Relampago Espada -雷光の大剣-
空は晴れ渡り、ひとかけらの雲もない完璧な晴天。少しだけ蒸し暑い空気が、まもなく訪れる夏を予感させる。
「今日はとてもいい天気ですねぇー!」
テレビの向こうで、お天気お姉さんが声高らか言う。平日の朝は、オフィス街へ出勤するビジネスマンたちが多く利用し、店内はとても賑やかな雰囲気に包まれる。いつものダイナー、いつもの角のテーブル席、いつものコーヒー。この朝のコーヒーでルツの一日は始まる。
特殊作戦部隊R.S.O.C.の解散からおよそ一ヶ月と少し。ただの一般市民となったルツはどう生活するべきか常に悩んだいた。部隊にいた頃は、毎日何かしらの依頼をこなし、空いた時間に装備の手入れ、それでも時間が空けば、街に行って可愛い女の子をディナーに誘ってワンナイトラブ。
だけどここは九十四番艦ではない、長きに渡りその決着の見えない、アークスとダーカーの戦争の最前線基地とも呼べる一桁番台のアークスシップ。街の女の子はガードが固く中々なびいてくれない。ナンパもほとんどスルーされる。この船での友達といったらダイナーの店員のおばちゃんとバイトの子くらいなものだ。
「またお仕事サボってるんですかー?」
噂をすれば現れた。アルバイトちゃん。
「毎日決まった時間にお店に来て何時間も同じ席で一杯のコーヒーをチビチビ飲んでて。暇なんですか?」
「暇じゃねえよ、これが俺のルーティンなんだよ」
まあ実際は暇なんだけど。
「もしかして……あたしに会いに来てる?」
「は?お前が学校でどんだけモテて、何人の男を抱いたか知らないが自意識過剰過ぎだろ。もう10歳は歳とって、胸のサイズツーカップくらい上げてから出直してこい」
アルバイトの子は顔を真っ赤にし、頬を膨らます。トレンチに乗せたブルーベリーパイを机に叩きつけて厨房の方へ入っていく。
おばちゃんも手で目を覆っている。
俺は悪くない。ガキに興味はない。
バイトに叩きつけられ形の崩れたパイをスプーンでかき集め口に押し込むと、カウンターに代金を置く。
「ご馳走さま」
「お兄さん、女の子には優しくしなきゃダメよ」
聞いてますよの意思表示の為に軽く会釈して店を出る。
ダイナーの前の通りを歩いて街に向かう。
企業広告が映し出された飛行船が頭上を過ぎる。
『洗濯洗剤スグオ・チール!! 取れにくいダーカーの返り血もスッキリ洗浄!あのルーキーも使ってる!』
三番艦に来てからアイツの名前を見ない日はない。ニュースクリップのトピックスのほとんどは、ダークファルス【巨躯】の討伐の話題で持ち切り。ニュースページの隅。九十四番艦のビル倒壊事故に巻き込まれ亡くなったと報じられているネイサンの名前。同じ事故で意識不明の重体となった公安局の男性警察官とも報じられている。オラクルの影の立役者とも言われたこともあると誇らしげに語っていた男の死は、閲覧数の多い人気記事のランキングにすら載ってない。
市街地に入るためゲートで認証を行う。ここは市街地が階層分けされていない。臨戦地区のすぐ真下に市街地が広がっている。有事の際にすぐにアークスが駆け付けられる為らしい。
俺のいた船とは文化も構造も違う。市街地の店舗のほとんどの対象とした客層はアークスで、武器や防具、出撃の際に必要な必需品が市街地で売られている、なんてことはない。
対象の客層がアークスであることは間違いないが、ちゃんと市民も楽しい休日を過ごせるようになっている。商品の購入や入店の全てに生体認証が介入し、何処の誰がその場に居るのかを把握し管理している。そのせいか犯罪の発生率は極めて低い。九十四番艦にも見習って欲しいものだ。でも常に何かの戦争の渦中に巻き込まれる生活を送っていた身からすると、少し退屈ではあった。
はぁ。なんか面白いこと起きねぇかな。
──ポタリ
ん?雨か?
腕に落ちた水滴を眺める。赤黒い。どこかでみた液体。ああ、さっきの洗濯洗剤の広告で見た液体。
上を見上げると、強靭な金色の爪で女性の腹部を貫いた鳥が頭上に留まっている。
ずるりと爪から女性が滑り落ちルツの目の前に落下した。
市街地と臨戦地区を繋ぐエレベーターを中心に、赤黒い霧が発生し、その中から鳥のようなダーカーが次々と出現する。
頭上のダーカーが、旋回しながら急降下。鋭いクチバシをまるでドリルのようにし突っ込んでくる。
「ったくどうなってんだよ!」
直前で、左に転がり回避する。頭を整理し事の異常さに気が付くと自然と動悸が激しくなった。鳥型ダーカーは滑空し、顔を向き直す。再びルツに狙いを定め羽ばたく。こんな状況だと言うのに、緊急警報は黙り。市民に対する避難勧告もない。当然アークスの、出動もない。悲鳴を上げ逃げ惑う人々を容赦なく引き裂くダーカー。
ダーカー因子の反応を検知し作動するセントリータレットが自動照準でダーカーを狙うが天衣無縫な動きにセントリータレットまでもが翻弄されていた。次々に切り裂かれていく人々と飛び散る血潮。人気溢れる商店街は一瞬にして地獄へと変わった。
市民の通報により駆け付けた公安局の警察官たち。適正を持たない者でも護身程度に扱える小銃を抱え、逃げ惑う市民とダーカーの間に立ち塞がり応戦する。しかしきりがなく無尽蔵に湧き出るダーカー。次々と新種、情報リストにない翼を持つダーカーが現れる。既存のダーカーといえばアプレンティスの眷属である虫系ダーカーとエルダーの眷属である水棲系ダーカー。これらはアークスとの戦闘を重ね数多くのデータが存在することから行動パターンの予測や弱点の特定などが容易だったが、今目の前にいるのは新種。行動パターンも分からなければ弱点の位置すら分からない。ただ闇雲にフォトン弾をぶつける事しか出来ない。
しかも今応戦しているのは一介の警察官。ダーカーとの戦闘経験など皆無。自衛の術を持つただの市民となんら変わらない。
ダーカーに翻弄され次々と串刺しにされていく警官たち。市民を避難させつつ、後退していく。ルツもその人の波に身を任せる事しか出来ない。そんな状況下に舌打ちをする。
身を挺して市民を守りたい訳じゃない。自分が守られる側にいることに腹が立って仕方がないのだ。
車や交通機関を使って逃げようとした人々は既に攻撃を受け、電車は止まり、高速道路は大型トレーラーが攻撃され横転したことで、道を完全に塞ぎその場所から長蛇の渋滞となって機能が停止している。公道から高架になっている高速道路を見上げた時、横転したトレーラーからアークス製の武器、さらに細かく言うならガンスラッシュがトレーラーに積まれているのが見えた。
「……! あれがあれば」
だが、事はそう上手く運ばない。新たに出現するエルダーの眷属、水棲系ダーカーのゼッシュレイダが前方の高架下に現れた。前方の人の波から大量の悲鳴が聞こえてくる。悲鳴と共にゼッシュレイダが、剣のような鋭さを持った腕を振り上げる。その動きを見て人の波が来た道に振り返り我先にと子供だろうが大人だろうが老人だろうが若者だろうが関係なく、我先にと押し退けて逃げる。ゼッシュレイダの腕が振り下ろされると悲鳴の音量が少し小さくなったように思えた。振り下ろされた腕は、高速道路の柱を両断しバランスを保てなくなった高速道路が落下する。地面にぶつかり瓦礫となって砂煙が舞う。押し寄せる砂煙の中をただひたすら走り続ける人の波。振り返れば、波の半分以上が落下した高速道路の下敷きとなり押し潰れたのだろう、姿が見えない
ルツは人の波に抗ってゼッシュレイダの方へ、瓦礫に突き刺さったガンスラッシュを取りに向かった。降り注ぐ瓦礫の雨を掻い潜りガンスラッシュを手に取る。フォトンが扱えない関係上、スラッシュモードしか使えないが、ないよりはマシだと、ガンスラッシュを片手に携え、足元からゼッシュレイダの巨大な体躯を見上げる。
ゼッシュレイダの弱点は頭部、身体を駆け上がれば造作もない。しかしフォトンジェネレーターを持たず、フォトンによる身体能力の補助を受けていないルツはただの市民と何ら変わらない戦闘力、身体を駆け上がろうする前に、足蹴にされた。何とかガンスラッシュで防ぎ直接身体に攻撃を当てられるようなことは無かったものの、その衝撃は凄まじく、数メートル後方に吹き飛ばされた。
ダガンやエルアーダとはパワーも身体も
桁違い、俺では歯が立たな過ぎる。
相撲取りが四股を踏むように片足を大きく上げる。巨大な影がルツを覆う。
押し潰されて死ぬとは、抵抗のしようが
ない呆気ない幕引きじゃねえか。
クソッタレ。
死を覚悟し諦めかけたその時、目の前に星が流れ落ちる。
否、それは剣だった。眩い光を放つ上空からルツとゼッシュレイダの間に流れ落ちてきたのだ。
片足を上げた状態で衝撃波を受けたゼッシュレイダは甲羅を地につけるように転倒し立ち上がろうと藻掻く。
ゼッシュレイダが倒れて生じた風がルツの前髪を撫でるように通り過ぎ、新たな影がルツを覆った
「あんた大丈夫かい?」
自分の体躯と変わらない巨大な剣を片手に持ち、こちらに手を差し伸べる一人の男。毛先を逆立てるようにセットされた髪、立派な黒髭、鍛え抜かれた強靭な肉体。いくつもの戦場を潜り抜けてきたのだろう、差し出された男の手はゴツゴツとして傷だらけだった。
「こんなデカいダーカー相手に一人でよく頑張った!ここからはアークスの仕事だ」
ああ、来た。俺の嫌いなヒーローの到着
だ。クソッタレ。
男は転倒したゼッシュレイダを脚から駆け上がり、身体に登ると胸にあるダーカーコアを抉るように切り付ける。痛みに藻掻くゼッシュレイダは、甲羅の穴からダーカー粒子砲を撃ちその反動を利用して飛び起きる。再度俯せに倒れると手足、頭、尻尾を甲羅に収納しそのまま回転し駒のように回り出す。そこかしこの建物を破壊する無差別な攻撃。倒壊したビルの瓦礫が雨のように降り注ぐもそれすらも大剣でいなし、ルツに傷一つ付けない配慮をする。甲羅の駒が動きを止め立ち上がったタイミングを逃さず、ゼッシュレイダの脚を、草を根元から刈り取る鎌のように、大剣で横薙ぐとまたも横転。ふたたび立ち上がろう藻掻くゼッシュレイダに対し、今度は身体によじ登らず少し離れた位置で剣を空に掲げる。
大気中のフォトン、体内のフォトンを剣の刀身に集中させる。巨大な剣を更に巨大化させるようにフォトンを纏わせる。
『オーバーエンド・ゲルト!』
彼特有のその技名を叫び剣を振ると、巨大化したフォトンの剣はゼッシュレイダを地面ごと真っ二つに切り裂いた。パキッとコアが割れ、赤黒い煙となって霧散した。
オーバーエンドを振るった衝撃波で周囲は綺麗に掃除され塵ひとつ残っていない。ルツの前髪もオールバックになっている。
ゼッシュレイダの消滅と同時にフォトンの刃も消えていき、剣はふたたび眩い光を放ち始めた。大剣を背中に納めると、ルツの方に駆け寄る男。
「怪我はないか?」
「あぁ」
「ここから2キロ先に市民の避難所がある。そこに行け。こいつ以外にもデカいダーカーがうようよしててな俺はそっちを狩らにゃいけんから、護衛は出来ないが歩けるか?」
「あぁ」
「……ホントに大丈夫かアンタ?」
「あぁ」
「……もし何かどっか怪我が後から見つかったりしたらここに請求してくれて構わない」
男は端末を立ち上げアークスカードをルツに送信した。
「俺はリク。リク・ランズだ。何かあったら連絡してくれ、そんじゃまたな!」
颯爽とその場を立ち去るリクの背中を口を開けたまま見送る。
本物のアークスの強さを目の当たりにして開いた口が塞がらない。今まで自分たちがフォトン増強装置を付けて戦っていたのだって子供のお遊びに見えるほどの力の差を感じた。強さへの憧れを強く感じると同時に自分の無力さを叩き付けられた。
『後天的フォトン適性付与手術……君なら知っているんじゃないかな?』
頭の中でルーサーが囁く。
たしかに心の中では力を欲している。しかし悪態をついて誘いを断ったのは自分。またこちらから頭を下げるのはプライドが許さない。でもそんなことを言ってたら今までと同じだ。俺は力が欲しい。
欲望とプライドがぶつかり合い、葛藤する。
避難所についても結論は出ず、怯え震える子供たちのそばでじっと天井のシミの数を数える。
ヒーローになりたいわけじゃない。
誰かを助けたいわけじゃない。
誰かに守られるのが心底気に入らない。
ただ、それだけだった。
「もしもし、あぁ君はルーサーさんが言ってた人ですね」
……
「ルーサーさんから話は聞いてます。後天的フォトン適正付与手術のことですよね?」
……
「え? ルーサーさんですか? 彼は今手が話せない状況でして。彼の代わりに俺が担当しますよ。ルーサーさんから頼まれてますから」
……
「ええ、では明朝、今から指定する場所に来てください。住所は──」
最終更新:2024年05月22日 11:46