rb:英雄にあこがれた少年がいた。
生まれながらに富と自由を与えられたその少年は両親が望むような正義感に溢れ、弱いものを守るんだと事あるごとにそう言っていた。
 ヒーローごっこはいつも主役のリーダーを演じ、立派な理想を掲げ、その理想に近づいて行くため、学校ではいつもクラスメイトを導く立場に率先してなっていた。誰にでも優しく人望も厚かった彼に誰もが期待した。
 彼は英雄に憧れた。その思いは年を重ねても色褪せる事なく、より強いものとなり現実に近づいていった。
 夢への第一歩、アークス士官学校高等部への入学を間近に控えたある日、父親が役員を務めていた会社が倒産した。今までのような裕福で自由な暮らしは出来なくなり、役員という地位のある職を失ったストレスで酒に明け暮れまともに稼ぐことをしなくなった彼の家庭は上層区で生活する権利を失った。
それまで、自分たちの暮らす地面の下にも世界が広がっている事を知らなかった彼にとってそれは衝撃的な出来事だった。

 地下の中層区と呼ばれるその区画には広々とした空は存在しない。上層区にも空は存在しなかったが空を映し出した天蓋は、あたかもそれが本物の空に感じられるほど大きく広がっていた。しかし中層区の空は鉄色の隔壁。太陽の自然光を一切取り入れない閉鎖的な空間の隙間を埋め尽くすようにビルが並んでいた。
暗く閉鎖的な街並みにつられてから歩く人々の顔も暗く見えた。
 今までの恵まれた環境での暮らしから一変し家族は戸惑いを隠し切れなかった。
 特に母親は中層区での生活に耐えられなかったようで、外を歩くことすら嫌がっていた。彼を含む四人兄弟の下二人、妹と弟を学校にいかせるため彼と彼の姉は働かざるおえなくなった。姉は頭脳明晰で事務局で仕事を始め、彼は年齢のせいもあって身体を酷使する力仕事についた。最初こそは姉と二人、うまくやっていっていたが、ある時を境にその生活すらも厳しくなっていった。

 母親が上層区に戻ろうと、中層区で成功し上層部への企業展開が期待される企業の役員と交際を始めたのだ。役員ともなると中層区といえどそれなりにいい暮らしをしており、召し物も高価なものばかり食事も然り。母親も高価な洋服や飾りものを身に纏いあたかも自分も社会的ヒエラルキーの上位に位置する女であるかのように、その男に合わせた格好身なりをするようになった。
だが、母親にそんな高価なものをいくつも買う経済力はなく、母親は家族の生活費、弟妹の学校費にまで手を出していった。
 当然生活は困窮していったが母親はその男の元でいい暮らしをしていた。自分たちの生活がどうなろうと弟と妹は学校に行かせてあげたいと彼と彼の姉は今まで以上に働くようになった。働けど働けど二人の資金は母親の召物に変わって行く。そして母親は無事男を手に入れ上層区へと戻ることが叶い、もう母親は家族の元に戻らず、家族を捨て新しい男との新しい生活に移った。その頃残された彼の家族は借金に追われていた。
 彼と彼の姉の地道に稼いだお金では生活するので精一杯で借金の返済が出来なかった。もっと金が必要だ、一気に稼げる仕事に就くべきと覚った彼は、仕事を辞め、傭兵となった。

 傭兵派遣も行う民間軍事企業「R.S.O.C.」に入った。
 そこはアークスとは異なる軍事組織だが、ダーカーに対する術を持つため他の民間軍事企業に比べ、比較的仕事依頼が入ってくる企業で、彼は仕事に困ることはなかった。
アークス士官学校に入学していたら恐らくしていたであろう戦闘訓練を重ね、フォトンの特性、ダーカーについての基礎知識を頭に叩き込み、非正規アークスとして市街地を襲うダーカーを相手に何度も死線をくぐり抜けた。
 稼ぎの半分以上は家に送り家族の生活費と借金返済に回す生活のため、同僚同士の飲み会にも参加せず、気取った服装、娯楽の一切をしないことで、特に企業の上層部から気に入られていった。
ある日、上官からその仕事ぶりを支持されていた彼の元に上層部から一通のメールが届いた。内容は上層区の本部への転属だった。
 本部での仕事は直接的にアークスと繋がりがあり、協力体勢で依頼の幅も今まで以上に広がり報酬も大きくなる。彼にとって願っても無い昇進だった。
 しかし彼を待っていたのは、血塗られたアークスとオラクル社会の裏側だった。
 華々と昇進し本部へ迎えられた彼が配属された部隊は「特殊作戦群d分遣隊」
 この部隊に任される任務のほとんどは諜報活動と暗殺。多くを守るために個を切り捨てる決断をした上層部の言葉を実行する事を専門としたスパイ部隊だった。
 彼がこの部隊の一人に選出された理由は、上層部から信頼における人物であり守秘義務を全うできると評価されたからだ。
 選ばれたからには仕事を全うしようと努力した。何も抵抗がなかった訳じゃないです。今までダーカーを相手に戦ってきたのがある日突然人に変わったのだから。しかしそこは彼の決断力が活かされた。家族のため、どんなことで多くの人を救うために繋がるのであれば止む終えないと覚悟し、任務を全うした。

 こうして彼は姿形は違えど、幼き頃の弱いものを助けたいという願いを叶えた。
 しかしその姿は決して英雄と呼べるものではなかった。






 rb:英雄に憧れた少年がいた。
 本の中の世界と、群青色の培養液に満たされたカプセルが彼の世界の全てだった。英雄譚を読み外の世界に憧れ、英雄という存在に憧れた。
 カプセルのガラスの向こうには自分と同じようにカプセルに入った子供達が無数に等間隔に並べられている。少年がいる場所は虚空機関の研究所。彼は強化人間計画の実験体だった。
人間には限界がある、その限界を突破して凄まじい力を発揮する人間というのが数年単位で片手で数えられるくらいの数現れる。彼らのデータを元に彼らと同等の力を持った人間を一から作り出すのが強化人間計画の目的。

 しかし彼は失敗作だった。数百回に分けて行われた緻密な検査と実験の末に失敗した不完全体だった。
投与した薬の影響で身体能力や体の頑丈さは群を抜いていたが、最も伸びるべきフォオン適性は一向に伸びる気配がなく。果てに産業廃棄物として下層区の廃棄施設に捨てられてしまった。
 管理された環境で育った彼には世間の常識が一切通じない。また彼自身常識の一切を理解していないなかった。そんな彼が下層区で生き抜くのは至難だった。治安の悪い下層区では強盗殺人は当たり前。そんな社会的落伍者の掃き溜めで子供が自分の力だけで生きて行くためにはなんだってする必要があった。
上層区、中層区から運ばれてくるゴミを漁って、食べられそうな食べ物を見つけて、生きるために人を殺して金を盗む。世間一般の子供達が学校で勉学に励む中、彼は大人と理不尽な世界を相手に命掛けで戦っていた。
 そんなある日、色々な理由から下層区での暮らしを余儀なくされた子供達が身を寄せ合う小さな集落のような場所に、一人の男が訪れた。男の名はネイサン・ステイン。民間軍事企業「R.S.O.C.」の代表取締役兼指揮官を名乗るその男は、子供たちを少年兵として雇うといって接触してきた。集落の稼ぎ頭で子供たちを統率していた彼は男の話を聞いた。少年兵といってもいきなり実戦に投入したりはせず、幼い頃から修練を積ませていずれ本当の兵士として雇うという、女児は給仕の手伝いなどをする形で雇用するといった内容だった。
 正直、無法地帯の下層区で暮らして行くよりもずっといい話だった。彼は男の話を即呑んだ。手っ取り早い稼ぎ方だ、上の自由な暮らしを手に入れられる、そう直感したからだ。ほかの子供達も餓死と強盗に怯え暮らす生活よりも男の話に魅力を感じていた、そして何よりも彼が出て行ってしまったら誰も自分たちを守ってくれる人が居ないと感じて居たのだ。

 子供達の全員が同じ支部に配属されるわけではなくいくつかのグループに分けられ、彼は中層区の支部に割り当てられた、ほかのグループは上層区の本部に割り当てられたらしい。
 中層区の支部にはあのネイサンという男はおらず、違う男の下についた。しかしこの男の下に配属されたのが子供達の地獄の始まりだった。実戦投入はなかったものの、訓練も子供に合わせた内容ではなく、大人と組手をさせられたり、筋肉を鍛える訓練と称しサンドバッグにさせられたこともあった。さらに女児は給仕の手伝いではなく、隊員の性処理に毎日扱われていた。
 彼は一緒に来た子供達よりも小さい頃に投与された薬の影響で大人たちの暴力にも耐えられてきたが、ほかの子供達は病んでしまったり実際に死んでしまった子供もいた。
 この環境に耐えられず彼に相談して来た子供達が何人もいた。しかし彼は子供達の相談には応じなかった。ここで上官に刃向かうことになれば自分も罰せられる、大人たちの暴力を我慢していればいずれ仕返すことが彼にはできたからだ。

 それから彼は子供達の中で孤立していった。が、それは彼にとってとても都合がよかった。彼は大人たちとの組手の中で大人たちの動きを目で盗んで実戦を繰り返すうちに大人相手でも余裕で対抗できるようになっていった。そうしていくうちに一部の大人とは交流関係が生まれていった。
 大人たちとの交流の中で酒を覚え、タバコを覚え、女を覚え、薬を覚えた。
 一緒に来た子供達とは完全に距離を置き、大人たちの中で一人、一人前の軍人となった。ネイサンの話ではなかった実戦投入も、この上官の下ではあることにされていた。初の実戦では多くの少年兵が命を落とし唯一生き残った少年兵は彼だけだった。それどころか彼は初陣にして大人に負けず劣らずダーカーを数体倒して見せた。
 その実績は本部に届いたが経歴を見られ、日頃の姿を監視されていた結果、将来有望ではあるが遡行に難あり、と彼は表向き昇進、本来の目的は監視下に置き更生させるという名目で本部に転属となった。

 およそ10年間傭兵を続け、少年が16歳に成長しているうちに、いつの間にか周りには同年代の実績ある傭兵が集まっており、青年を集めた部隊が設立されていた。「特殊作戦群d分遣隊」は、直接的にアークスの支援を行うわけではなくあくまで陰から支える形で、決して公にはならない地味なことをこなしていく部隊だった。最初は逃げ遅れた民間人の救助や避難経路の確保などが中心となっていたが、いつからかアークスが抱える膿の除去までも行うようになっていた。およそ二年の期間で特殊作戦群d分遣隊は民間人救助部隊から、アークスに仇なす者を炙り出すための諜報暗殺部隊と化していた。
ある日、いつもと暗殺任務の後、呼び出された部屋で待っていたのはネイサンと見知らぬ白髪の男だった。
 上層部からのお墨付きをもらった優等生が、人殺し部隊に参入するらしい。直感的にその男が気に食わなかった。ネイサンの紹介を適当に流し聞いていたとき、男はわざわざ彼に近寄って握手を求めた。

「初めまして。俺はアレックス・チェーサー。今日から君たちの仲間だ。君たちとは対等な立場になりたいんだ」
最終更新:2024年05月22日 11:54