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基本情報



略歴

シャルティア国王ボルニファースの息子。
姉であるエルフリーデがいるため王位継承権は第二位となるが、自らが王位を継ぐ野望を捨てきれず、可能な限り自分の点数稼ぎと姉エルフリーデの失点を狙っている。

マルティンが領内の巡察をするのを狙っての強襲計画があると知ると、これを利用して逆に手柄にするべく、国立リストレア魔導学園の平民組生徒を影武者にして視察地へ派遣する。
結果的に平民組が流民を撃退したため、これを自分の手柄としたが、父であるボルニファースは視察を中断して戻ってきたとしか捉えておらず、逆に叱責を受けた。

王位継承のためどうしても勲功のほしいマルティンは、レミリアル国侵攻軍の総指揮官の地位を貰うが、敵軍が誘い込むためにわざと負けていることを見抜けず、静止を聞かずに無茶な進軍を続けて反撃を受け敗北、腹心のガレリアの裏工作により、敗北より前にマルティンはこれまでの戦果を報告する為王都に戻っていたことにして、敗戦の責任を現場の指揮官に押し付けた。

その後、ギアノ国が滅亡したと知ると、何の戦果も挙げられないままこの侵略戦争が終わるのではないかとの焦りから、同盟国である朱焔国が裏切りを画策しているとでっち上げ、それを口実に侵略を進言、既に周辺国を併合できると考え始めていた父ボルニファースはその気になりこれを承認する。

暁美ヶ原の戦い朱焔里の戦いと勝利を重ねて朱焔国を攻め落とすが、無実の朱焔国に濡れ衣を着せたことから素早く戦後処理をしなければならなかった為、式守一颯をその場で処刑し、その娘である式守珠月のことは気にかけなかった為、後の復興軍の旗揚げを許すこととなる。

7974年2月には国立リストレア魔導学園に対して二度目の攻略がはじまり、この攻撃隊の総指揮を執る。(魔導学園攻略戦
将来の王位継承権争奪の敵となる叔父リクハルドを策略にはめて敵陣で孤立させ、学園によって討たせることに成功すると、その後は犠牲を厭わない強引な力攻めで学園陥落を成功させた。

全ては順調だと思われていたが、7974年6月にブレイアスの乱が勃発すると、水面下で準備されていた反王国連合軍が一斉に蜂起、一気に戦局は悪化していく。
主力部隊はそれぞれの戦場に足止めされ、国内に残されていた最後の主力部隊はアルブレッド渓谷の戦いで壊滅、ブレイアスは降伏の使者を送るが、ボルニファースが使者を処刑して徹底抗戦の姿勢を見せると、これに同調した。

しかし、王都に反王国連合軍が迫り、父である国王ボルニファースが暗殺されると、急いで王都から脱出、他国への亡命を図ろうとしたが、その道中で馬車が止まり、御者たちが次々とマルティンを攻撃し、彼は四肢を切り落とされた姿で街道に捨てられた。

馬車の御者たちは、皆家族の命を貴族や王族の専横によって奪われていた者たちであり、復讐の機会を虎視眈々と狙っての行動であった。


人物

  • 国王の地位を継ぐことだけを考え、国の統治に関しては一切の考えを巡らせたことはなかった。


関連項目


最終更新:2026年05月19日 05:32