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概要

十年戦争とは、アルファ1746年、ラ・ディアス帝国がウラヌス国に侵攻をはじめた時点から、1755年に完全撤退するまでのおよそ十年に及ぶ侵略戦争の総称。

ラ・ディアス帝国が終始圧倒しながら、三国同盟の結成と七騎士反乱の勃発により撤退し、十年に及ぶ戦いの末に元の国境線に戻るだけの戦いであったことから、皇帝スレイナのそれまでたもっていたカリスマが地に落ちる原因の一つとなった。


戦闘に至るまでの背景


▲1742年における勢力図

ウラヌス国とトルティナ国は、世界大戦時代でも敵対したこともあり、潜在的に互いの事を脅威に思っていたが、1739年のウラヌス国の侵略により、トルティナ国のミスラータ、アビスト、ブロービルといった大都市が奪われたことにより、ウラヌス国とトルティナ国は緊張状態であった。
領土のほとんどが砂漠地帯だったウラヌス国にとって、これらの肥沃の地は先祖代々から狙っていた地であったが、ラ・ディアス帝国が六界連合軍に派兵した結果、主力部隊の半分を失い、いまなら干渉してこないと思っての侵略であった。
1740年にラ・ディアス帝国がトルティナ国救援の援軍を派遣するが、予想通り戦力は少なく、また帝国軍の内部に内通者がいた為、ウラヌス国はこれを撃退する。
1742年にウラヌス有利の条件でトルティナ国との間に休戦が結ばれることで、一度は戦いに決着がついたが、両国の間の火種は燻っていた。

しかし、1745年頃からラ・ディアス帝国とトルティナ国の関係が急速に悪化、これは領土奪還のため密かに連絡を取り合っていた二国だが、最終的に条件が折り合わずに決裂した為と言われているが、明確な史料は現在まで発見されず、憶測の域を出ない。

翌年1746年にラ・ディアス帝国はウラヌス国に進軍、アビストを陥落させ、この戦いをもって十年戦争の開戦となる。

これに呼応して共にウラヌス国に攻め込むと思われていたトルティナ国だが、前述の通り両国の関係は悪化しており、逆に侵略を警戒して守りを固めていた。
また、ロップス国も、ウラヌス国との関係は良好ではあったものの、この時点では自国の守りを固めるにとどまった。


十年戦争


▲1748年12月における勢力図

ラ・ディアス帝国のストライアが総指揮をとったミスラータ攻略戦により、ウラヌス国領となっていた大都市ミスラータが陥落する。
堅固な大都市であったミスラータのあまりにも早すぎる陥落に周辺国にも動揺が広がる。
一連のラ・ディアス帝国の侵攻を静観していたロップス国だが、これによりウラヌス国の支援を提案。
ロップス国は、かつて内政干渉を受けた歴史からラ・ディアス帝国への反感がもともと強い国ではあるものの、さすがにこの案には及び腰となる者も多く、またウラヌス国を敵視するトルティナ国からの反発も予想された為、正面から援軍を送るのではなく、海路を使っての密かな支援を行うこととなった。



▲1749年12月における勢力図

ラ・ディアス帝国の侵攻が一気に加速、ストライアと、後続部隊として到着したクリスアーノウラヌス国軍との決戦となったファルナスの戦いに勝利すると、余勢をかってギャラント、ブロービル、ベントンといった主要都市を次々と陥落させ、砂漠地帯への侵攻が開始される。



▲1750年12月における勢力図

オールトにまで追い詰められたウラヌス国の民を救援するオールト撤退作戦ロップス国のピアノの発案によって計画、決行され、更に三国同盟 (ロップス、ウラヌス、トルティナ)が結成される。
1750年、オールトまで陥落させ、勝利を確信したラ・ディエス帝国は、ストライアの提案によりトルティナ国、ロップス国へも同時侵攻を開始する。



▲1751年12月における勢力図

トルティナ国は、城塞都市アラメーンの必死の抵抗により帝国軍を一年に及び足止めする。
更に、三国同盟は戦場での連合軍こそ組まなかったが、互いに情報を共有することで防衛に徹し、ラ・ディエス帝国軍を各地で足止め、疲弊させていった。

トルティナ国は、アラメーン救援のため大軍を送り込むが、バージョルークの戦いにおいて囮にされていたクリスアーノを討つ事には成功するが、待ち構えていたストライアの火計によって壊滅させられる。
これによりアラメーンは更なる孤立状態となるが、下級役人であったデルスターンが提案した心理作戦によってついに守りきることに成功した。



▲1752年12月における勢力図

三国同盟をもってしてもラ・ディアス帝国の侵攻を鈍化させるのが精一杯だったが、1752年からラ・ディエス国内での治安が悪化し、後続部隊が途絶え始めると、三国は戦線を押し返し始めると、トルティナ国軍は、本来は自分たちの領土であったブロービル(ウラヌス、後にラ・ディアスと二重に占拠されていた)の奪還に成功、北においても、10月のオールト上陸作戦で、重要拠点となる港町オールトの奪還に成功する。



▲1753年12月における勢力図

ラ・ディアス帝国内で七騎士反乱が勃発し外征どころではなくなり、遠征軍の指揮官であったストライアも今後の情勢を見て守備隊を残してすばやく撤退、トルティナウラヌス両国はこの機を逃さず領地の奪還に動き、ロップス国はギャラント攻略戦に勝利してこの地を占拠、反撃がはじまる。

ロップス国は、占拠しているギャラント、オールトの地を本来の所有者であるウラヌス国に返還することを約束、ただし一連の戦いが終わるまではウラヌス国軍が南に兵力を集中できるように、いまはロップス国軍の拠点として使用することで合意した。


▲1754年12月における勢力図

帝国の守備隊を撃退してウラヌス国は領土の多くを奪還し、ギャラント、オールトの地も約束通りロップス国から無条件で返還してもらえた。
ロップス国はこの時点で最前線からは手を引き、奪還地の治安維持や物資輸送などの後方支援に移行したが、志願のあった若手将軍は客将としてウラヌストルティナ軍に参戦した。

こうして領土の奪還が進むが、その一方で問題も発生する。
ブロービルの地は本来の持ち主であるトルティナ国が先に奪還していたが、ウラヌス国としてはこの地も奪還対象であった、しかしここで所有権を主張して対立を起こして三国同盟を解体するわけにもいかず、実質上の領土返還を黙認、アビストの奪還に全力を注ぐこととなった。



▲1755年における勢力図

ウラヌストルティナ両国は旧領をほぼ奪還したが、この時アビストの地もトルティナ国が再奪取、その経緯がウラヌス国軍が苦戦している間にトルティナ国軍が強襲を仕掛けて難なく制圧したこともあり、両国はアビストの所有権を巡って一触即発となるが、ロップス国のピアノが仲裁にはいる。
オールト撤退作戦に続いてロップスが奪還した領地を無条件でウラヌスに返還していることからロップス国の顔を潰すわけにはいかず、何よりもラ・ディアス帝国がいつ再侵攻するかわからないという潜在的な共通の敵の存在から、かろうじて同盟を維持するに至った。


戦いの結末

1753年の七騎士反乱により、外征どころではなくなった帝国軍が撤退したことによりかろうじて勝利し、それぞれの国の領土は一連の戦いがはじまる前の状態に戻ったが、元々燻っていた火種は、いつ爆発してもおかしくない火薬としてこの地にしこりを残すこととなる。


最終更新:2025年11月02日 00:53