初出:12話
正式名称
ピエル・エネ・エン・アキアヌ
家族構成
父方の親戚:グロワス10世の正妃子がアキアヌ大公女を娶ったことでルロワ王家の傍流となった。
容姿
30代後半、中年太りが始まっているが貫禄のある体躯を持つ。
髪はライトブラウン、瞳は緑(*1)。
髪はライトブラウン、瞳は緑(*1)。
地位
「アキアヌ大公」、「枢密院首相(初代)」
通称
民の護り手、野党第一党首。
作中での活躍
初登場時30代後半。ピエルはルロワ王家の傍流として、ガイユールと並び広大な領地を持つアキアヌ公領の当主であり、ルロワ家が断絶した場合、王位請求権の第一となるため、王権に対する主要なカウンターパートとして存在し続けた。彼は開明的な思想を持ち、「平民の護り手」と呼ばれており、その立場からグロワス13世の治世初期の過激な政策を批判し続けた。また、自領では大農場経営を推進し、都市に多くの労働者人口を送り出した一方で、彼らを支援するための慈善事業も行っていた。
グロワス13世が実権を臣下に委任する枢密院体制の構想を打診した際、ピエルは当初、「王の器」がないと断言し、この構想を王権の弱体化を招くものとして受け入れることをためらった。しかし、王の挑発的な言動と、枢密院体制がアキアヌ家を含む大諸侯を国政の責任者に据えることで、国家を真の近代国家へと変貌させる試みであると理解した結果、初代枢密院首相の地位を受け入れた。枢密院への王権委任後は王国の僕を自称(86)。
彼は枢密院体制下で首相として活動する一方、グロワス13世とは頻繁に私的な会合(酒席)を持ち、王の政治的な相談相手であり続けた。
二重戦争の終結に伴い、敗戦責任により枢密院首相を辞任した(93)が(1735年)、王の死(1735年8月)の直前に、王の依頼を受けてグロワス14世の修行のため3年の期限付きで首相に返り咲いた(94)。これは、彼の政治的な手腕と、王が遺した近代国家への礎を継ぐ者としての役割が期待されたためである。