片仮名(かたかな)
『言語学大辞典術語』
漢字の字画の一部を独立させて(阿→ア,伊→イ)作られた音節文字の体系.現今では平仮名(→仮名)と対比されるが,本来の文字である漢字(真名)に対して,「かたかたの仮名」,すなわち,漢字の偏旁のうち,一方をとった不完全な文字という意の命名らしい.
漢字の字画の一部を独立させて(阿→ア,伊→イ)作られた音節文字の体系.現今では平仮名(→仮名)と対比されるが,本来の文字である漢字(真名)に対して,「かたかたの仮名」,すなわち,漢字の偏旁のうち,一方をとった不完全な文字という意の命名らしい.
漢文訓読は上代に始まるが,9世紀に入ると,ヲコト点と片仮名とを使用して仏典のテキストに書き込まれるようになった.中国古典文で書かれたテキストの狭い行間に書き込むために字画の少ない漢字を選び,さらに,その一部をとって片仮名が形成されたと一般に説明されている.最初の段階では個人レベルで使用されていたため,基づく漢字に幅があり,また,同じ漢字に基づいても,どの部分をとるかが一定していなかったが,しだいに社会性をもつようになって淘汰され,現行の片仮名に近づいた.字体も,たとえば,「ウ」は,最初「宇」の冠をとった偏平な字体であったが,末画がしだいに左下に伸び,独立した文字として均衡のとれた字体になった.
文献によって密度は異なるが,片仮名で行間に書き込まれたのは,覚え書き程度の語句であった.それらは,テキストの訂正や注記などの漢字と容易に識別できるように,字形上の明確な特徴をもつことが必要であった.
漢字から非漢字を作るには,字画を省略するのが簡単かつ効果的な方法であった.たとえば,「天」の末画を省略しただけで非漢字になる.さらに,その第三画の始点を下げることによって,現行の「テ」が作られた.なかには,漢字の字画を省略せずに片仮名に転用したものもあるが,たとえば,「三」の全体がしだいに右下がりになって「ミ」になり,「千」の末画がしだいに左に曲がって「チ」になることによって,「三千」と「ミチ」とを視覚的に区別できるように発達している.
訓読文献では,片仮名が,いわば,漢字に寄生して使用された.「下」の右傍に「サケテ」と注記してあれば,「おろして」と読まないようにという指示であるから,[サゲテ]であることは自明である.片仮名が清濁を区別しない文字体系として成立したのは,別々の字母で書き分けなくても,漢字との関連において語句が同定できたからである.
仮名の場合には,漢字と交用しても混乱が生じないように,曲線的な字形をもつことを特徴としたが,片仮名の場合には,漢字を省略して得られた極端に少ない字画であることが識別の特徴であった.その特徴をもつことによって,訓読文献の行間などに書き入れるだけでなく,表語的な漢字と交用して文章を書くことも可能になった.それが片仮名文である.
仮名が,美的な内容の仮名文を書くための美的な文字として発達したのに対し,片仮名は,もっぱら実用の場で使用された.文学作品でも,『今昔物語集』のように優雅さを生命としない作品は,片仮名文である.片仮名文では,実質的な意味をもつ語句に漢字が多用されるので,連綿や墨継ぎなどによって語句の単位を明示する必要がなく,したがって,片仮名には続け書きが発達していない.また,美的な文章を綴る文字ではないから,巧拙が問題にされることがない.片仮名は学問的な温床で発達し,もっぱら,漢字の和訓や漢字音の表記などに使用され,正書法に拘束されずに使用されてきた.現今でも,発音に忠実に表記する場合や外来語の表記などに片仮名が使用されているのは,そういう伝統の継承である.
字書の漢字の和訓などは,確実な同定の困難な場合が少なくないために,11世紀頃から,必要に応じて仮名ごとの抑揚が声点で標示されるようになり,併せて清濁も標示されるようになった.現在の濁点の直接の起源はそこにあるが,濁音の仮名に必ず濁点を加えるようになったのは,明治期以後のことである.