『ナナ』(なな、原題:Nana)は、フランスの自然主義作家エミール・ゾラ(Émile Zola、1840–1902)が1880年に発表した長編小説で、彼の生涯最大の代表作の一つ。
概要
ルーゴン・マッカール叢書(全20巻)の第9巻にあたり、前作『居酒屋』の主人公ジェルヴェーズの娘として生まれたナナの生涯を描く。第二帝政末期のパリを舞台に、腐敗した上流社会と下層階級の欲望の渦を、徹底した観察と解剖で暴き出した社会批判の傑作だ。物語は1867年のパリ、ヴァリエテ座のオペレッタ『金髪のヴィナス』で始まる。貧しい労働者街育ちのナナ(本名アンナ・クーポー)は、幼少期から娼婦として生き、舞台に立つや否や全裸に近い姿で観客を圧倒する。音痴で演技も下手だが、豊満な肉体と魔性の魅力で一夜にしてパリの社交界を席巻。高級娼婦として銀行家シュタイネル、喜劇役者フォンタン、皇后侍従ミュファ伯爵、貴族ヴァンドゥーヴル伯爵らを次々と虜にし、彼らの財産と人生を破壊していく。ナナは贅沢三昧の生活を送り、豪奢な邸宅や宝石を次々に手に入れるが、結局は男たちを食い尽くした末に、普仏戦争直前の1870年、天然痘に罹患してグランド・ホテルで孤独に死ぬ。遺体は醜く変形し、窓外では「ベルリンへ!ベルリンへ!」という群衆の叫びが響くという、帝国の崩壊を象徴する結末を迎える。
解説
ゾラの筆致は冷徹で、ナナを単なる「悪女」ではなく、遺伝と環境の産物として描く。彼女は下層階級の貧困とアルコール依存の家庭から生まれた「必然の怪物」であり、同時に第二帝政の退廃と男たちの偽善を映す鏡でもある。ナナの肉体は「自然の力」として描かれ、上流社会の男たちが自らの欲望に飲み込まれていく過程は、ゾラの自然主義理論(人間は遺伝と環境の奴隷)を体現する。出版当時、猥褻として大論争を巻き起こし、5万部を超えるベストセラーとなったが、道徳的非難も浴びた。日本では大正時代に永井荷風の部分訳から広まり、娼婦文学の古典として定着した。