――どうしてこうなったんだろう?


 それはきっと、人間ならば誰もが一度は抱いたことのある疑問。
 予期せぬ失敗、人間関係の不和、はたまた自分の人生を振り返った時にふと漏れる言葉。
 アンジェリカ・アルロニカは今、骨組みだけが残った家屋の陰に身を埋めて、心中そう溢していた。

 聞こえてくるのは銃声の音色と爆撃の騒音。
 数秒置きに比喩でなく地面が揺れて、ザッ、ザッ、という軍靴の音も耳に届いている。
 まるで激戦地の市街戦だ。だがこっちもこっちで比喩じゃない。
 今、アンジェリカ達は本物の"戦争"を体験させられているのだ。
 あの赤き騎士――レッドライダーというサーヴァントの手によって。

「アンジェ。調子はどうだ? いや、今聞くことでないのは重々承知しているのだが……」
「……ううん、大丈夫。とりあえず、今は。
 ごめんねあめわか。さっきはなんだか……急に頭の中がカーっとなって。自分が自分でなくなってる、みたいで……」
「謝ることではない。恐らく先刻のアンジェは、あの不埒なサーヴァントによる精神干渉を受けていたのだ」

 その推測は当たっている。
 黙示録の赤騎士が持つスキル。血湧き肉躍らせる〈喚戦〉。
 赤騎士は創造を以って大地を戦場に変え。
 そして〈喚戦〉を以って民衆を戦士に変える。
 視野狭窄と過剰な戦意、それに伴う攻撃方面への能力上昇。
 本来ならマスターは高確率でその感染に抵抗できるが、如何せんアンジェリカの場合は間が悪かった。
 神寂祓葉というトラウマとの再会で精神的に消耗していたところに不意打ちで〈喚戦〉をねじ込まれ、運悪く【赤】の汚染を受けてしまったのだ。

「つくづく許し難い外道、いや害獣よ。
 その所業、その在り方、ひとつとして許せぬ。
 まったく、人類史の何処からあのような厄災が転がり出て来たものやら……」
「……それなんだけどさ。わたし、分かるかも。あれの真名」
「何?」

 〈喚戦〉は、アンジェリカの自覚通り現在小康状態に入っている。
 だからこれは、何も短絡的な早合点で言い出した台詞ではなかった。
 戦争を司る、赤き怪物。預言、という単語。黒、白と、特定の色に固執する言動。

 仮説としても信じ難い、信じたくない結論であるが。
 あの英霊は、いや"終末装置"は、恐らく――――

「……ヨハネの黙示録の四騎士。その、【赤色】。
 人間に戦争を起こさせて、それを利用して人間を殺す権威を持ってるっていう、"第二の騎士"」
「いや――待て。そんなモノ、英霊として召喚できるわけが……」
「うん、確かに普通は無理だと思う。
 でも、さ。わたしもそこまで詳しいわけじゃないけど、今回の聖杯戦争って……そもそも"普通"じゃないでしょ」

 言って、アンジェリカはちらりと成り行きで共闘する運びになってしまった少女の方を見る。
 アホ毛をゆらゆらと所在なく揺らして、こんな状況だっていうのにわくわくしたように口を緩めながら、自分達の話を聞いている少女。
 神寂祓葉。〈この世界の神〉。彼女の存在然り、成り立ち然り、この針音都市の聖杯戦争はすべての要素が常軌を逸している。

「だったら、出てきてもおかしくないのかもしれない。どんなデタラメな奴も、どんな馬鹿げたスケールの奴も」

 そう、すべて元を辿ればこいつのせいなのだ。
 なのに何故、まるで私は人畜無害ですみたいな顔をしていられるのか。
 憔悴の中でもため息を禁じ得ないアンジェリカ。
 そんな彼女の心情など一顧だにせず、祓葉は何食わぬ顔で彼女の隣に腰を下ろしてくる。

「ねえねえ。お姉さん、何歳?」
「……十八」
「わ、やっぱり歳上さんだ。じゃあ……んと、アンジェ先輩って呼んでいい?」
「別にこだわりないし、好きにしていいけど……」

 じ、と、改めてアンジェリカは少女の顔を見る。
 正直苦手意識は未だにあるのだが、とんでもないことばかり起きたせいで一周回って心は落ち着いていた。
 笑顔を浮かべ、本当に人懐っこい後輩そのものな様子で剣を玩んでいる姿を見つめる。
 無邪気。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。あるいは、自分の悪性を欠片たりとも自覚していない、この世で最もおぞましい邪悪か。

 核の閃光と熱が炸裂したあの瞬間のことを、アンジェリカはきっと一生涯忘れられないだろう。
 この都市で志半ばに散るにせよ、生き抜いて元の人生の続きを歩めたとしても。
 脳細胞(ニューロン)に焼き付いた――灼き付いたあの光景は、もう絶対忘れられる気がしない。

 迫る滅びの炎の前に、ひとり立ち。
 輝く白剣を携えて、自分を守った英雄(しゅやく)の背中。
 美しかったし、格好よかった。恐怖も忘れて見惚れてしまった。
 〈はじまりの六人〉はみんなこれを見たのだろうと、思った。
 幼稚。純粋故の醜悪。無知と無配慮。それら欠点をすべて帳消しにする、眩しすぎる存在。

 まさに彼女は太陽のよう。
 すべてを照らし、癒やし、見る者の心を弾ませる一方で。
 ひとたび近付けば誰も彼も、何もかもを消し炭にする灼熱の星。

 ――今こうして曲がりなりにも共存できているのは、太陽(かのじょ)の側がその熱を律してくれているからだ。
 逆に言えばその気まぐれが終わってしまったら、もう二度とこんな距離で語らえなどしない。
 恐らく彼女と次に会う時、そこにいるのは人懐っこい後輩ではなく無慈悲な絶望の象徴だろう。
 出会う者皆灼き尽くす。遊びの二文字ですべてを正当化し、踏み潰す鏖殺の恒星。
 だからアンジェリカは、今はそんな場合じゃないと分かった上で尚、口を開くことにした。

「なんで、わたしを助けたの?」
「あのままじゃ先輩、死んじゃうと思ったから」
「……どうせ殺すんでしょ。あんたの"遊び"は、あんた以外の全員が死ぬまで終わらない」
「確かにそうだけどね。でも、うーん、それって助けちゃいけない理由にはならなくない?」

 あの時、祓葉の介入がなかったならどうなっていたか。
 それは確かめようのない"もしも"の話でしかない。
 天若日子は優秀なサーヴァントだ。アンジェリカも彼の実力は誰より信用している。
 彼ならば祓葉の手など借りずとも、見事に自分を核の炎から逃がしてみせたかもしれない。
 だが、"もしも"はどこまで論じ考えても所詮"もしも"。仮定で成り立つ仮説、すなわち机上の空論だ。

 自分は神寂祓葉に助けられた。
 このどうしようもなく身勝手な女の手で、雷光の継嗣(アンジェリカ)は守られた。
 あの瞬間に起こったことはどこまで行ってもそれだけで、だからこそ彼女はその事実を無視できない。
 蛇杖堂寂句ならば馬鹿な娘だと嘲笑したかもしれないが、誰に何と言われようと、アンジェリカはそこまで利口にはなれそうになかった。

「それに、アンジェ先輩ってたぶんいい人でしょ」
「は……?」
「先輩は私のことが怖いんだよね? いくら私が馬鹿でも、あんなに拒絶されたらそのくらい分かるよ。
 でも先輩は、そんな怖くてたまらない私とお話しようとしてくれた。逃げたかったら令呪を使うとか、いろいろやりようあるのにさ。
 わざわざ足を止めて、私のことを見てくれた。――あのね、それってとっても嬉しいことなんだよ?」

 にぱ、と笑って祓葉はそんな、奇特そのものなことを言う。
 アンジェリカに言わせれば、それだって打算の産物でしかない。
 この聖杯戦争で蹴落とされず生き抜こうと思うなら、神寂祓葉という星について知るのは必要不可欠だ。
 何故なら誰もがいずれ、彼女と対峙することを余儀なくされる。誰一人、何一つその未来を避けられない。

 故にアンジェリカも、祓葉との対話を選んだのだ。
 彼女と言葉を交わして何かを得、後に繋ぐため。
 そしてあわよくば対抗の余地でも見つけられれば、そう思って恐怖を押し殺したのだ。

「みんな私のことを超強い化け物みたいに言うけどさ、アレ、実はちょっと寂しいんだよね。
 もちろん本気で遊んでくれるのは嬉しいんだけど、私はまだ自分を昔と地続きの人間だと思ってるから」

 なのにそんな自分の気も知らず――髪先をくるくると指で回しながら、そんなことを言うものだから。
 どこにでもいる普通の女の子みたいなことを、言い出すものだから。

「……何よ、それ」

 アンジェリカは思わず眉間に皺を寄せていた。
 〈喚戦〉の効果ではない。祓葉ほどの光は、赤の侵食さえその白色で塗り潰す。
 つまりこれは他の誰に植え付けられたものでもない、アンジェリカ・アルロニカ個人の激情。

「あんたは、何を言ってるのよ……ッ」

 気付けばそれは、言葉になって溢れ出す。
 きょとんとする祓葉の顔さえ、その決壊を止める理由になってはくれない。

「見なさいよ、これを……! あんたが無茶苦茶やるせいで、あんな怪物が紛れ込んだ!
 そのせいでこの有様なの! みんな死んだ、何もかも壊れた! なのにそれを無視して、どうしてそんな殊勝ぶったことが言えるの……!?」

 この世界は所詮再現された仮想で。
 そこに生きる人間は、魂すら持たない、命未満の仮初でしかない。
 分かってはいる。分かってはいるのだ、アンジェリカだって。
 でもだからと言って割り切れるかどうかは別問題。魔術師のように合理的な冷徹さを持たないアンジェリカには、その正論を呑み込めない。
 そうでなければ犠牲を払う覚悟を問われて、最小限などという言葉は出てこない。それがすべてだ。

 では、今此処にある有様はどうだ。
 活気に溢れ、多くの人々が行き来していた街並みは死の赤炎で穢された。
 命らしいものなど、もう自分達以外ひとつも窺えない。
 今身を隠しているこの焼け跡だって、数分前までは誰かが家族と暮らしていた家だった筈なのだ。
 そんなこの世の地獄そのものな世界の真ん中で、どうしてそんな台詞が吐けるのか。
 他でもないおまえが、すべての元凶だってのに。

 問うアンジェリカに、祓葉は困ったような顔をした。
 やはりそこに悪意がないことが分かってしまうから、ますますアンジェリカはやり切れない。

 そう、やり切れないのだ。
 だから――アンジェリカはこうして怒っている。
 そうする以外に、この感情のやり場が見つからないから。

「……それは、うん。ごめんね」
「っ――」
「無神経ってよく言われるんだよね、私。
 でも嘘は言いたくないから、結局思ってること全部言っちゃうの。
 いやあ、こんなんだからイリスにあんなに怒られるんだって分かってるんだけどなあ」

 イリス。〈蝗害〉を病院に遣わした〈はじまり〉のマスターの名前が出たことを気に留める余裕すら今はない。 
 天若日子が神妙な面持ちで、唇を噛み締めるアンジェリカの方を見ている。
 それに対してさえ、大丈夫、大丈夫だからと、心の中で伝えるのが精一杯だった。

 ――なんでこいつは、こんなに"普通の女の子"なんだ。

 アンジェリカは、そう思わずにはいられない。
 言動の全部が、ちょっと頭の足りない、だけど底抜けに明るい少女そのもの。
 傑物らしさの一片もそこには見当たらず、挙句にこの言い草だ。
 忘れもしない初邂逅の日。遊ぼうと言いながら夜闇に佇んでいたあの時の台詞に、ひとつの嘘もなかったことを思い知らされる。
 思考の加速にこれ以上魔力を使うのはどう考えても愚策だ。
 なればこそアンジェリカは、素の思考と素の時間で、この極星に向き合わねばならなかった。
 暫し何も言えずに黙りこくるという、思考加速の秘術を持つアルロニカ家の一人娘とは思えない無様を晒し――そして。

「……いいよ、わかった。あんたが馬鹿なのは短い付き合いの中でもよく分かったから、許してあげる」

 アンジェリカ・アルロニカは、言葉を紡いだ。

「その代わり――」

 とてもではないが、戦場の片隅で交わすような問答ではない。
 こうしている暇があるなら、迫りくる【赤】への対抗に時間と脳を使うべきだと分かってはいる。
 けれど。その上でアンジェリカは、魔術師として生きるのを嫌った少女は、神になってしまった少女との対話を優先した。

「――教えてよ、祓葉。あんたはどうして、こうなっちゃったの…………、いや。ごめん。違うな」

 知りたいことが、あった。
 それは〈はじまりの六人〉ならば興味を示さないだろうこと。
 彼女を恐るべき怪物としてしか捉えられない者達にしてみれば、至極どうでもいいだろう事柄。
 アンジェリカ・アルロニカだから、目先の利益よりもそちらを優先するという不合理な判断を下せた。

 それが遠い未来、何かを生み出すのか。
 それともごく順当に、何にもならず自分の脳髄に死蔵されるだけの無為に終わるのかは分からなかったが――


「こうなる前のあんたは――――どんな人間だったの?」


 結果、未熟な雷光は白光へ問う。
 根源とは違う異質、単独の霊長。
 生まれてはならなかった特異点。
 己以外のすべてを、無邪気のままに薪木へ変えてしまう恒星。
 その脅威度を思えばあまりにも無意味に思えるそんな問いかけ。

 それを受けても、祓葉は変わらなかった。
 迷うことなく、へらりと笑って。
 神は、少女の問いに、答えるのだ。


「つまんない人間だったよ」



◇◇



 アンジェリカ・アルロニカは、魔術師としての人生を忌む一方で、そうあるべく育てられてきた。
 彼女の中には魔術師らしい価値観こそ備わらなかったが、そうあるための知識はそれなりに詰め込まれている。 
 だからこそ、そんな彼女が口にした赤の騎士に対する一考察は見事これの本質を射止めていた。

 レッドライダーは、ガイアが擁するカウンターガーディアンのひとりである。
 すなわち抑止力。主神の怒りを体現すべく造られた〈終末の四騎士〉、その二番手。
 サーヴァントとして召喚されること自体が大いなるイレギュラーであり、彼の現界を招いたのは間違いなく神寂祓葉と彼女の共犯者による滅茶苦茶な企てが原因だった。

 彼もまた他の騎士達と同様に、世界史上もっとも多くの命を奪ってきた力を持つ。
 それこそが【戦争】。霊長がその完成を迎える日まで克服し得ない、根治不能のアポトーシス。
 武器とは手段のひとつに過ぎぬ。彼の正体とは、争うという行為そのもの。概念。
 故に戦神としての顔をも併せ持つ彼は、知識ある者からは星の従僕と呼ばれ、忌み嫌われてきた。

 是、生命体に非ず。
 是、"戦争"という災厄。
 是、神が地上に覚えた怒りの化身なり。
 是、滅びを識らぬ。
 是――ヨハネの預言を成就させる、星の終末装置なり。

 B-29戦闘機の爆撃が、更地同然と化した廃墟の六本木を蹂躙する。
 瓦礫の山は赤銅兵の駆るティーガー戦車が踏み越える。
 歩兵達は、それらの狩り残しを検めて軍靴の音を響かせる。
 是、単独にして先の大戦を、この国の傷跡をなぞるもの。
 敵う者はなく、止める者はなく、乗り越えられる者はない。
 この世界という舞台に名を連ねる、演者の資格持つ者でない限り。

「――見ツケタ」

 赤騎士の声が冷淡に響く。
 同時に彼へ向かうのは、光の如く冴え渡る高速の矢だ。
 一矢ではない。嵐のように、波のように、天津の秩序が異国の預言へ挑みかかる。

「見つかったのではない。出てきてやったのだ!」

 途端に響く銃声、砲声、鬨の声なくして奏でられる無機質の殺意。
 敵を人と思わず、芥のように踏み潰す戦争の無情さを風刺するように赤き軍勢は君臨する。
 だが蹂躙とはならない。堕ちたとはいえ神は神。天津に殉じようが地上を愛し染まろうが、彼の矢が衰えることなどありはしない。

「往生せよ、【赤】き害獣! 貴様がどこの邪神に殺害(それ)を許されているのか知らんが、此処は日ノ本、天津の国よ!
 我らの、そしてこの地に暮らす民の許しなくして終末を謳うなど片腹痛い! 弁えよ、下郎ッ!!」

 結果、彼は獅子奮迅のままに戦線を単体で押し止める。
 銃弾を裂き、砲弾を破り、空の戦闘機は翼を射たれて墜落する。
 これぞ神。これが神。天津の傲慢には功罪あれど、それが地上を見守るモノであることには偽りがない。
 であれば日の昇る国を蹂躙せんとする異教異国の軍勢、その跳梁を指を咥えて見守る道理はなし。
 天弓は躍動し、黙示録の預言を邪教の戯言と切り捨てる。

 そして――そんな当国の神が一時の味方として擁するのは、現代最新にして、あまねく道理を踏み砕く〈白き神〉。

「――来ルカ」

 レッドライダーが、その足を止める。
 次の刹那には既に、光剣の一撃が挨拶代わりに立ち並ぶ戦車達を爆散させながら、颯爽と死骸の街に躍り出ていた。

「偽リノ白騎士。冒涜セシ者ヨ……!」
「いい加減名前覚えてほしいなあ! 祓葉だっての!!」

 神寂祓葉――――いざ堂々出陣す。
 それだけで、荒廃した焼け野原に花が咲いたようにすら見えた。
 それほどまでに眩しく。それほどまでにおぞましい。
 彼女が目指すのはただ一点、敵軍の総大将にして今回の遊び相手たるレッドライダー。
 赤騎士も逃げない。逃げず、怯まず、その全身を兵器で膨張させることで受けて立った。

 光剣、一閃。
 迎え撃つは、ヨハネの預言書にも綴られた真紅の剣。
 先の打ち合いから学習して強度を強化したのか、次は祓葉の乾坤一擲を容易く受け止める。
 次の瞬間、赤騎士の無貌に再び口が生まれた。開かれた孔の中から、機関銃のフルオート射撃が飛び出して少女を蜂の巣に変えんとする。

「へへ。私だって毎回食らってあげるわけじゃないんだよ!」

 祓葉が大きく左足を後ろに引いて、助走をつけて振り抜いた。
 蹴りだ。そう、回し蹴りである。もちろん技術もクソもないので、その動きは稚拙に尽きる。
 だが宿る力の桁が違う。永久機関により限界を超越した現人神、スイッチの入った祓葉の躍動は誰にも止められない。

 結果――光剣にさえ頼らないただの回し蹴りが、そこまでに射出されていた弾丸の全弾を砂粒サイズにまで粉砕した。
 無論相手は機関銃である。この程度で弾幕を途絶させることはできないが、肉体が破壊されるタイムラグを度外視できるのは大きい。
 たとえ避けた負傷が祓葉にとっては数秒で再生できるものであろうと、時間は時間だ。
 何せそれだけの時間があれば、神寂祓葉は〈光の剣〉を振り上げられる。
 稚気のままに振り抜かれるその威力は既に、この戦場の誰もが知るところだ。

「そぉぉぉ、りゃぁぁぁっ――――!!!」

 パワー一辺倒の唐竹割りが、赤騎士を無残にも両断する。
 が、相手も不滅。血飛沫めいて飛び散った騎士の残骸は、その惨状からでも即座に戦線復帰が可能だ。
 割れた胴体が蛾の幼虫のように蠢いて。身体から離脱した飛沫は、クラスター爆弾となり地を埋め尽くす。
 瞬時に起爆。あらゆる生命の生存を許さない文字通りの"殲滅"は、せっかく蜂の巣の末路を防いだ祓葉をあえなく爆風の中に包んでしまったが――

「へへん。効かないねぇ……!」

 爆風が晴れるなり、現れるのは微笑むままの祓葉。
 無垢は時に神性と表裏一体。ならばこの、地上の地獄の中で変わらず微笑む彼女はまさしく〈この世界の神〉。
 無論無傷ではない。その証拠に腹は半分欠けているし、側頭部も一部吹き飛んで中身が飛び出し沸騰している。
 が――手足は残っている。祓葉は馬鹿だが白痴ではない。必要なら、そう思えるほど興が乗ったなら、時には合理的な判断だってできる。

 祓葉は地面に光の剣を突き刺し、滅茶苦茶な出力で暴走させた。
 これにより自分の四肢を吹き飛ばすだろう間合いにあるクラスター爆弾をすべて蒸発させたのだ。
 常人なら即死でも祓葉にとってはかすり傷。唯一具合が悪いのは、一瞬でも自分の躍動を止める手足の損傷のみ。

「だって私はヨハンの最高傑作! 私の抱き枕見くびってもらっちゃ困るぞぅ、赤い人――!!」

 よって神寂祓葉、一秒の間も空けることなく健在!
 再生を終えたばかりのレッドライダーに、都市における神意たるその光剣を振るい迫る!

 赤剣と光剣が、最短距離にて激突する。
 交わされる剣戟は、合理と非合理の対極。
 赤騎士は機械めいた合理を。祓葉は道理ゼロの非合理を。
 共に体現しながら、なぜか拮抗が成り立つ様は一周回ってシュールですらある。
 だがそのシュールレアリスムは共に、針音の仮想都市に招かれた者達が乗り越えなければならない試練そのものだ。

「穢ラワシイゾ、偽リノ白」
「だーかーらー! 祓葉だっての! ふ、つ、は!!」
「――フツハ」

 ……もしもこの場に赤騎士のマスターが居合わせていたなら、鉄面皮なりに驚きを浮かべたことだろう。
 無機質にして非人間的なる、そうあるべき赤の騎士が、この戦いを通じて少しずつ人間味らしきものを見せ始めている。
 抑止力の根絶者たる少女の名前を記憶し、呼んだことがその何よりの証拠。
 黙示録の騎士、ガイアの怒り。約束された終末装置が、人間ひとりを"個"として識別するなど――本来あり得ぬ話だ。

「フツハ、ヨ。貴様ハ――――タダタダ醜穢ナリ」

 とぷん。
 水音が響く。
 それはこの戦場における破滅の象徴。

 赤騎士が蠢く。
 【赤】が、蠢動する。
 紡ぎあげられるのはまたしても円筒。
 先の、本来の規模より遥かに矮小化されて尚、この六本木の大半を焼き尽くした現代霊長の大罪。

 ――――核爆弾の再創造が実行される。

「支配ハ無ク。戦争ハ無ク。飢饉ハ無ク。総テノ死ハ凌辱サレル」

 レッドライダーが神寂祓葉に示している、この感情らしき情動の名は彼以外誰も知り得ない。
 が、ひとつだけ確かなことは、黙示録の赤色は彼女が此処で死ぬことを望んでいる。
 まがい物の白色。赤も、黒も、蒼白も、本物の白さえも否定するだろう彼女という終末を、レッドライダーは在るべきでないと否定している。

「故。――――私ハ、貴様ノ跳梁ヲ認メヌト、決定シタ」

 赤き魔力が、ゴボゴボと脈を打ち。
 それは造り上げられていく。それは編み上げられていく。
 如何なる手立てを使おうとも、此処で偽りの終末論を排するために。
 創造される第二の爆弾は、皇帝(ツァーリ)の名を恣にした使われざる大破局。

 レッドライダーがこの地に投入されたのには理由がある。
 が、彼はそんな"本来の意図"に寄り添う気などさらさらない。
 既に赤騎士は白き神を知った。ならば目指すはその誅戮、ガイアが望む使命の遂行のみ。
 一切の手抜かりなく、出し惜しみなく。偽りの白色を塗り潰すため、真の赤色は鳴動する。


「来タレ、眩キ戦争ヨ、来タレ」


 ――来たれ、終末の日(ドゥームズデイ)よ。


「是、在ルベキ終末ヲ言祝グ守人トナラン。Царь-――――」


 いざや滅べ、預言の否定者。
 たとえ何を犠牲にしようとも。
 どれほどの痛みを、この地上に刻み込もうとも。
 知ったことではない、我こそは殺戮を許可されしガイアの御遣いなりと。

 無機質故の傍若無人。
 容赦も呵責もない殺意が、最悪の形で創造されたその瞬間。


「おい。貴様、少しは人の話を聞けよ」


 騎士に非ず。
 そして現人神にも非ぬ。
 本物の神の声が、響いて――


「私は言ったぞ。断じて認めぬ、となァ――――!!」


 刹那。


「汝、害あるならば罰されよ。害なきならばかくやあらん!
 天津よ、堕ちたるこの身にどうか変わらぬ裁定を!
 ――――『害滅一矢・天羽々矢(がいめついっし・あめのはばや)』!!」



 降り注いだ破魔の矢が、創造完了寸前だった二発目の核爆弾を破砕させた。
 そう、これなるは高木神が神意にてその効能を確約した矢。
 この矢に射程はない。ただ強く疾く、条件さえ満たせば神さえも射殺す破魔の一矢。
 それが、レッドライダーの創造を打ち砕く。皇帝(Царь-)の名を冠する最悪を、実現させない。
 そして核の粉砕だけに飽き足らず、天羽々矢はその真下に在った赤騎士の不定形の身体をも撃ち抜き地面へ縫い止めた。

「…………!?」

 レッドライダーが、初めて驚きの感情に類する情動を滲ませる。
 動けない。黙示録に絶対性を確約された星の終末装置、殺戮を許されたる機構が、不自由に束縛されていた。
 彼はガイアの抑止力、そのひとつ。されど元を辿ればヨハネの記した終末論、神の御遣いである。
 たとえ神性のスキルを持たずとも。大いなる主神に依る存在という事実のみを寄る辺に――そして天若日子の逸話はそれを諌める。

 何故なら彼は凶暴な悪神を斃し、神々の使いを撃ち抜いた者。
 その弓矢は目の前を血に染める――たとえそこに神が在ろうとも。
 異教の神に類する赤色は、天津の尖兵が放つ矢で以って逆賊と定められた。
 是非もない。醜穢な破壊にて日ノ本の大地を汚したこの騎士を、天津が善良なるモノと看做す筈がない……!

 赤騎士は己の醜態を直視するよりも先に、仰ぎ見る。
 己に向けて、剣を振り上げる偽りの白色を。
 それは終末。それは現人神。振り上げるのは、〈光の剣〉。

「オ、オ。オオオオオオオオオオ……!」

 響く聲は慟哭か、奮起か。
 定かではない。どちらの意味でもないのかもしれない。
 だが、確かなことはひとつ。

「――――オオオオオオオオオオ!!!!」

 黙示録の赤色は、たかだか地に墜ちた程度で潰えるほど惰弱な存在ではないということ。
 縫い止められたヒトガタが、液状になって虚空へ拡がる。
 これによってレッドライダーは、天羽々矢の拘束を限定的に抜け出ることに成功する。
 同時に騎士が取った行動は、粉砕され飛散する核爆弾の残骸をすべて己の裡に収めることだった。

 喰らう、吸い込む、取り入れる。
 レッドライダーとは不定形、何にでもなれるが故にそこには限界が存在しない。
 脈打つ赤き終末は、四つ足で地を這う異形の獣の形を取った。
 この造形(フォルム)を選んだ理由は、これから行う戦闘行動の上でそれが一番合理的だったからに他ならない。
 そう、彼は自らに砲台のカタチを望んだのだ。
 四足で反動から重心を制御。巨大に開いた獣のあぎとは、光を放つための砲口そのもの。

 それはこの世に、まだ存在し得ない未来兵器。
 過去をなぞり再現する赤騎士が結果的に生誕させた、まったく新しい虐殺の光。
 核兵器に内蔵されたエネルギーと有害物質のすべてを咀嚼し、自己の体内にて流動させる。
 不定形であるが故に構造的限界を持たないレッドライダーにのみ可能なオーバーテクノロジー。
 これは投下するのではなく、放射して用いる大量破壊兵器。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――z____________________ッッッッ!!!!」



 ――――放射核熱線・ツァーリボンバである。



 解き放たれる死の猛毒熱線。
 純粋な威力だけで対城級。
 レッドライダーの核創造は要石の都合で威力も規模も原典に劣るが、その弱点を、全エネルギーを一本の線に凝縮することで補填する。
 その射程距離は既に港区はおろか二つ隣の区まで貫く次元。光線の軌道上に存在してしまったなら、英霊だろうと即座に蒸発させることは言うに及ばない。

 刮目せよ、礼賛せよ、これぞ預言の成就なり。
 神は騎士へ殺戮を許した。ならば騎士は、誉れを抱いて刃を振るうのみ。
 彼が振るう刃は戦争。流れたすべての血、生まれたすべての嘆きが彼の武器だ。
 人類、皆悉く死に絶えよ。抑止でありながら死の混沌を愛する赤色が、命の終わり(ドゥームズデイ)を告げに来た。



「いいね――――やろうか、不謹慎な赤色さん。預言の否定を見せてあげる」



 その爆光の前で、微笑む少女が剣を構える。
 其、英霊に非ず。其、無垢なる人間である。 
 支配せず、戦争を愛し、飢饉など知らず、死を克服した冒涜者。
 カウンターガーディアン達の目指す大将首が微笑しながらそこにいる。

 アンジェリカ・アルロニカは――神話と呼ぶにはおぞましすぎる、その激突をただ見つめていた。
 身体は震えている。唇は血が滲むほどに噛み締められている。何をしている今すぐ逃げろと脳は絶叫をあげている。
 それでも、目を逸らせない。この神話を直視する以外の選択肢が彼女にはない。
 鼓膜が馬鹿になりそうな轟音の中、それでも鮮明によみがえる声があった。




『人間は、誰もがみんながんばってるんだって』

『そんな世界で、私だけががんばれないんだ』

『だって何をしても、なんとなくでうまくいっちゃうから』

『幸せだったし、楽しかったけど、だけどどこかで寂しかったよ。
 私の隣で笑うこの人達と、私の見てる景色は同じじゃないから』

『私は、本気になれる何かがほしかった』

『そんな世界を、恋するみたいに夢見てた』

『そんな、私に』

『――――天使さまが、来てくれたんだよ』




 ああ。
 ねえ、祓葉。
 わたし、あんたの気持ちは微塵も分かんないよ。
 全部うまくいくから頑張れないのが悩みだなんて言われても、正直嫌味にしか聞こえない。

 でも、今になってジャックの言ってたことが分かった。
 あんたは、神さまなんかじゃない。
 あんたは、ただの人間だ。
 運命に出会ってしまっただけの、どこにでもいる普通の女の子。

 わたしは、自分に与えられた運命を嫌ったけれど。
 あんたには、ずっと運命(それ)だけが足りなかったんだね。
 あんたの気持ちは、わたしには分からない。
 たぶん一生、その悩みはわたしには理解できない。
 だから、あんたの話を聞いてわたしが思ったことはこんなところだ。

 "どうして、こいつはこうなんだろう"。
 "どうして、こんなやつがすべての元凶なんだろう"。
 "いっそ、もっと気持ちよくぶっ飛ばせる悪党だったらよかったのに"。
 "とても狡猾で、憎たらしくて、おまけにちゃんと強くて"。
 "こんなやつ、ぶっ殺してやるって"。
 "そう思えるやつが、黒幕だったらよかったのに"。

 ――――"あなたが、本当に神さまだったらよかったのに"。
 ――――"そしたらわたし、こんな気分にならなくて済んだのに"。


「ふふ。行くよ、ヨハン! 力をちょうだい、いつもみたいに!!」

 胸の永久機関に語りかけて。
 少女は、光の剣を振り上げる。
 星の聖剣ならずして、世界の理をねじ伏せる剣。
 異星法則とでも呼ぶべき、不条理を可能にする彼女だけの光。
 それを、天高らかに掲げて。
 いつもみたいに微笑みながら、祓葉は核の放射熱線に向かい立つ。

 見る者すべての精神を灼き。
 見る者すべての常識を砕き。
 そうして此処まで辿り着いた、熾天の王女。
 偽りの白は今、英雄のように立っていた。

「界統べたる(クロノ)――――」

 人類史が続く限り決して消えることのない、戦禍の記憶。
 黙示録の騎士、斯くも恐ろしく君臨す。
 だが。だが――
 この地にはもう、"預言の子"が誕生している。

「――――勝利の剣(カリバー)ッ!!」

 光は轟き、手に取る奇跡の真名は謳われる。
 迫る光と、いま新たに放たれた光。
 ふたつの光輝、ふたつの死が、喰らい合うように激突し。
 瞬間――日の落ちた東京に、第二の太陽が花咲いた。



◇◇



 光が晴れる。
 アンジェリカは、それを見る。
 かつての賑わいは炎光の中に消え去り。
 瓦礫と廃墟が点在するばかりの、命なき街となった六本木。
 そこに新たな戦跡が、これまでのどの破壊よりも強い存在感で追加されていた。

 巨大な削岩機を用意して抉り取ったような、一直線の破壊痕。
 それが視界の彼方、遥か闇夜の果てまで続いている。
 赤騎士も、彼が眷属として呼び出した赤銅兵達も。
 戦車も、戦闘機も、銃火器も、ひとつたりとも残っていない。
 神話の戦争が終わった後に残った荒廃を切り出して、遺跡として残したような光景だった。
 その証拠に、アンジェリカは壮絶な破壊の痕に恐怖も悔恨も抱けない。
 視界のどこまでも続くグラウンド・ゼロ。その虚無が、わけもなく神聖な景色に思えてならなかった。

 そんな冗談みたいな"絶景"の中に。
 やはり、ああやはり。当然のように彼女は立っている。
 地上の興亡など知らん顔で雲間から覗いている月明かり。
 それがスポットライトのように、白き神を照らし出していた。

「――終わったよ、先輩」

 女神であればよかった。
 あの赤騎士のように、そもそも言葉の通じない怪物であればよかった。
 なのにこの少女は、"後輩"は、恐ろしいほど人間らしい顔でこうして笑いかけるのだ。

 レッドライダーはどうなったのか。
 倒せたのか、逃げられたのか。
 本来真っ先に確かめるべきことが行動に移せない。
 こうして忘我の境を晒すほど、目の前の少女がキレイだったから。

「そういえば先輩。さっき、私に何か言おうとしてたよね。
 赤騎士さんが出てきて、なんか有耶無耶になっちゃったけど」

 この戦いは、神話である。
 綴る者のいない、紡がれて消えるだけの神話。
 狂気と狂気が殺し合い、廻る星々の中心で太陽の神は微笑み謳う。
 そんな神話の端役として、今自分は此処にいるのだと自覚した。

 だけど――この神話は矛盾している。
 アンジェリカ・アルロニカはそう思う。
 彼女だけが辿り着けた、ひとつの見解。
 狂気の衛星がそれを笑い飛ばそうと、雷光はもう抱いた想いを捨てられない。

 この神話には、神さまがいない。
 題目は神話で、やっていることも看板に偽りのない大戦争だというのに。
 本来神と呼ばれる存在がいるべき場所に、ただの少女が立っている。
 そう、少女だ。神寂祓葉は少なくともアンジェリカにとって、神でも怪物でもなかった。

 ――運命に出"遭って"しまった、どうしようもなく純粋な女の子。

「先輩あの時、なんて言おうとしてたの?」

 言おうとしていた言葉がある。
 示さねばならないと思った答えがある。

 聖杯戦争を遊びと呼び。
 自分の遊びのために、すべてを巻き込む巨大な恒星。
 炎の星、光の根源。まさに、太陽のような女。
 彼女の存在に、この世界は耐えられない。
 誰ひとり、その輝きを受け止められる人間はいない。
 神寂祓葉の存在は――世界のすべてを狂わせる。彼女のために、世界が狂ってしまう。

 再度対峙して、わずかでも言葉を交わして。
 そのことが、今度こそよく分かった。
 誰も、彼女と同じ世界では生きられないのだと。

 だからこそ伝えたかった言葉はひとつ。
 それを以って太陽への恐怖と訣別するのだと、あの時はそう決めていた。

「…………ごめん」

 問いかける祓葉から目を逸らした。
 これだけ振り回され、憧れた世界を壊されて。
 憎んでも憎みきれない筈の悲劇の元凶に、取って付けたように謝罪する。

「忘れちゃったや」

 嘘だ。
 本当は覚えている。
 忘れるはずなんてない。
 ただ、言えなかっただけ。
 どうしても、それを言葉にできなかっただけ。
 だってもう知ってしまった。
 自分は、神寂祓葉の神さまじゃない言葉を聞いてしまった。


『私は、本気になれる何かがほしかった。そんな世界を、恋するみたいに夢見てた』


 あんなことを言われてしまったら。
 聞いてしまったら。
 もう、言えやしなかった。



 ――――あんたはもう、地上にいちゃいけない存在だよ。



 そんなこと。
 自分を先輩と呼んで笑うこの少女にはどうしても、言えなかったのだ。



◇◇



 祓葉は去っていった。
 なんでも、まだもう少しあちこち回って交流したいらしい。
 そう言って歩き出しては、何度も振り向いて全力で手を振ってくる彼女に、アンジェリカは笑みを作って軽く手を挙げるしかできなかった。

 そうして、その輪郭が完全に夜の闇の向こうに消えてしまった頃。
 糸が切れたみたいに、アンジェリカ・アルロニカはその場にへたり込んでいた。

「アンジェ……!」
「……ごめん。なんか、急にどっと疲れが来て」

 駆け寄る天若日子にそう言って、アンジェリカは素直に彼の身体に体重を委ねる。
 病み上がりだからというのもあるかもしれないが、恐らくは短い時間でいろいろありすぎたせいだろう。
 これまで経験した戦いの全部を過去にするみたいな、レッドライダーとの激しい交戦。
 そして――神寂祓葉との遭遇と交流。半時あまりで経験するにはあまりにハイカロリーな体験だった。

「あめわかは大丈夫? 怪我とか、してない……?」
「軽く掠った程度だ。英霊としては少々情けないが、……矢面にはずっとあの娘が立ってくれたからな」
「そっ、か。よかった」

 〈蝗害〉だけでも悩みの種だったというのに、あんな怪物まで潜んでいるとは思わなかった。
 やはりこの聖杯戦争、まともに戦っていたら命がいくつあっても足りない。
 そういう意味でもホムンクルスと合流し、依存しすぎない範囲で同盟体制を強化することは必須だと実感した。
 考えることはあまりにも多い。考えたくないことも、あまりにも多い。

「――嵐のような娘だったな」
「うん」
「あのご老体が畏れるのも頷ける。私が言うのも何だが、アレはまさしく、神の如き生き物だった」
「……そうだね」

 言い得て妙だ、とアンジェリカは小さく首を縦に振る。
 神の如きもの。アレはそういう生き物だ。
 その存在は世界にとって、人間にとって有害すぎる。
 魔術師の合理性を持ち合わせないアンジェリカにさえそれが分かった。
 理屈を通り越して、魂としてそう理解させる説得力があった。
 神寂祓葉は、この地上に存在してはならない生物だ。
 あの輝きと無法が許されるのはそれこそ空の彼方、遠い宇宙の真ん中だろう。

 蛇杖堂寂句が何を言いたいのか分かった。
 彼が何を目指し、どうアレと向き合っているのかも分かった気がした。
 恐らく自分の辿り着いた視座は、彼のそれに近いのだろうことも。

「誰かが、祓葉を倒さなきゃいけない。
 聖杯戦争に勝つためとかじゃなくて、誰かがそれをやらなきゃ何も終わらないんだ」

 それは、〈はじまりの六人〉かもしれない。
 彼らの因縁とは何の関係もない、端役の誰かかもしれない。
 祓葉の空に近付ける才能を持った、新たな恒星の器かもしれない。
 もしかすると、自分かもしれない。

 祓葉を倒せる人間が現れるのだとすれば、そこに役柄の違いはないはずだ。
 だってあの子は、主役だとか脇役だとか、そういう小さなことを気にするタイプではなかったから。
 彼女にとって世界のすべては自分を楽しませてくれる遊び相手。
 誰に殺されるとしても祓葉は最後の一瞬まで、ああやって笑いながら逝くのだろうと思った。
 それが、生物としての"死"でも。もしくは、本来在るべき場所への"追放"でも。

「ねえ、あめわか」

 ぎゅ、と拳を握る。
 怒りでも使命感でもなく。
 もっと複雑で、だからこそ質の悪い情動を込めて。

「もしその時が来たとして――わたし、あいつを倒せるのかな」

 強さのことを言ってるわけじゃない。
 黙示録の騎士と正面切って殺し合える超人なんて、普通に考えたら誰も倒せないのだし。
 これは、その前提が崩れるようなことがあったとしての話。
 そしてその時、祓葉を終わらせる権利を自分が持っていたならの話――そんな"もしも"の空想。

 アンジェリカ・アルロニカは、神寂祓葉を知ってしまった。
 一時でも心を通わせて、あの微笑みがどれほど屈託ないものかを味わった。
 そんな記憶を持ちながら、どこまでも弱い自分はその時祓葉を殺せるのか。
 命なき都市の背景が消費されることにさえ心を痛めてしまう自分に、あの純真な後輩を殺せるのか。

 何を甘ったれたことを言っているのだと自分でも思う。
 そう叱咤されても文句は言えない。
 けれどアンジェリカの"朋友"は、静かに祓葉の去った方を見つめて。

「――――アンジェ。何かを討つと決めた時、絶対にしてはいけないことがある。なんだか分かるか?」
「……躊躇わない、こと?」
「"わけも分からず殺すこと"だ」

 そう、迷える少女の吐露に応えた。
 それは友人としての言葉であり。
 だがそれ以上に、先人――英霊としての言葉だった。

 天若日子は、地上を愛してしまった。
 中国平定の使命に背を向け、女神との穏やかな日々を望んだ。
 そんな彼の末路は、凶暴な悪神を殺した偉大な神に相応しい威厳あるものではなかった。

 彼は、試されたのだ。
 そして試練に破れた。
 真意を司る神の甘言に促されるまま、雉の鳴女を撃ち殺した。
 それが正しいか間違っているか、考えることもせず。
 矢を番え、弓を引いた。放たれた矢は雉を殺し、彼自身に返ってきた。

「どうせ殺すのだから、と思考停止するのは最悪だ。
 そうやって命を奪っても、十中八九ろくなことにならん。
 証明はこの私だ。天津の神々が与えてくれた最後の慈悲に気付けもしなかった大馬鹿者よ」
「……あめわか……」
「そんな顔をするな。悔いがないと言えば嘘になるが、すべては終わったことだ。
 そしてだからこそ私は、アンジェにあんな思いをしてほしくないのだ」

 害を持って射ったのなら罰を。
 正しきを持って射ったのなら不問に。
 では、思いも巡らせずに射殺すのはどちらだろう。
 決まっている。今なら分かる。無関心に命を奪うなど、加害以外の何物でもあるまいに。

「――存分に悩め、アンジェ。君にはそれが許されている。他の誰が許さなくても、この天若日子が許してやる!」

 敵を知らずして正しきを持つなど不可能。
 討つべきものの顔を知らぬまま滅ぼすなど、これ以上の非礼はないのだから。
 針音都市の誰よりもそれを知っているからこそ、天津の御子はアンジェのすべてを許す。
 その甘さも、弱さも、迷いも。すべていつか、彼女が正しきを成すための礎石になると信じて。

 夜の街は既に廃墟。
 熱は去り、闇の低温が支配する黄泉の国。
 そんな廃墟の街に、今は少女がひとりきり。
 未熟でも、小さくとも。その瞳に雷光を抱く魔術師が、ただ静かに世界を見ていた。



◇◇



「ッ……はぁ、はぁ……!」

 港区・六本木の事実上の壊滅から程なくした頃。 
 中央区のとある廃ビルの中で、ひとりの青年が肩で息をしていた。
 肌には脂汗を通り越して氷水のように冷えた水滴が伝っている。

 呼吸は荒く、全力疾走どころかフルマラソンを走り切った後のように乱れて聞くだけでも痛々しい。
 毛細血管が断裂しているのか、両眼には赤い血管がひび割れを思わせる形で浮き出ている。
 気を抜けば冗談でなく意識が飛びそうな疲労感と、ごっそり生命力を抜き取られたみたいな虚脱感。
 頭痛もそうだが胸痛がひどい。手を当ててみると、心臓が今までにない速さで不整脈を打っていた。

 無骨だが見目麗しい青年がそんな姿を晒しているものだから、悲惨さは尚更顕著である。
 しかし、彼が何をした結果この有様になっているのかを聞けば同情する者は一気に目減りするのではないか。
 青年の名は、悪国征蹂郎。泣く子も黙る現代の愚連隊、〈刀凶聯合〉を統率する頭目だ。
 彼のサーヴァントは黙示録の赤騎士。戦争の化身、厄災のカウンターガーディアン――レッドライダー。
 六本木に赤騎士を投下し、結果的にその敷地の大半を焦土に変えた元凶。それはこの征蹂郎なのだ。

(……此処まで、とはな……。
 イレギュラーがあったとは、いえ……無計画に投入できるカードでは、やはりないか……)

 征蹂郎とて、可能ならば後に控える怨敵〈デュラハン〉との決戦まで無駄な消耗はしたくなかった。
 そう考えていたのだ、つい先ほどまでは。
 その前提を覆させたのは、他でもないデュラハン――首のない騎士達の王。周鳳狩魔との電話会談である。

 会談を終えた時、征蹂郎は自身の未熟を恥じた。
 誤認していた。十分に警戒していたつもりだったが、それでも足りなかったことを思い知った。
 "あの男"は傑物だ。恐らく集団を統率し、智謀を以って事に当たる上では自分など及びもつかない。
 心酔ではなく合理で忠誠を集める王。その采配は反吐が出るほど悪辣だが、故に敵を削ることにかけて突出している。
 それは、暗殺者であり、どこまで行っても一個の暴力装置でしかない征蹂郎には無い能力だ。
 だから焦った。焦りながら、静かに沸騰する脳髄で極限まで考えた。

 その果てに辿り着いた結論がこれだ。
 ――――やはり、レッドライダーの性能は一度試運転(テスト)しておく必要がある。

 赤騎士が自軍最大最強の特記戦力であることは征蹂郎も承知していた。
 が、征蹂郎は本気の彼を知らない。黙示録に存在を示唆された戦争の騎士が、一体どこまでやれるのか。
 ぶっつけ本番で投入したワイルドカードの末路が空振りに終わっては世話がない。
 だからこそ征蹂郎は、"その判断により地獄が現出する"可能性を承知した上で、レッドライダーの実戦投入を決断した。
 念のためある程度距離を空けた区に投下し、敵を探し出して、実験台として使う。
 事実その目論見は、うまく行った。いくつかの誤算を除けば、であったが。

 第一の誤算。
 本気のレッドライダーは、自分のような一介の殺し屋が御し切れる存在ではなかった。

 性質ではなく、燃費の話だ。
 赤騎士は征蹂郎の期待に応えた。
 しかし結果はこれだ。自分を優れたマスターと思ったことは皆無だったが、改めて現実を突き付けられた気分だ。
 聯合戦でレッドライダーを投入しない選択肢はないものの、無策に扱えば末路は自滅以外にないと確信した。

 そして第二の誤算。
 この都市には、そこまでしても滅ぼし切れない怪物がいた。

 聯合との決着を当座の目標にしている征蹂郎だが、そんな彼でも流石にあの"怪物"は無視できない。
 彼は予めレッドライダーの宝具で偵察用のドローンを創造させ、それを用いてリアルタイムで六本木の戦況を観察していた。
 そこで目撃したのが、怪物のように君臨し、核爆弾を斬り伏せて赤騎士と殺陣(ダンス)を踊る〈白い少女〉。
 神寂祓葉と呼ばれていた彼女の介入が、征蹂郎の予測をすべて狂わせ破壊してくれた。
 彼女さえいなければ、レッドライダーがあそこまで増長し、自身が此処まで這々の体になることもなかっただろう。
 おまけに状況が悪すぎた。あの赤騎士ならばあの状況からでも撤退できたのかもしれないが、決戦の前である。
 念には念を入れ万全を期す形で、征蹂郎は令呪一画を使い強引に騎士を退かせる羽目にもなってしまった。

 無論、得られた成果もある。
 レッドライダーは征蹂郎の想像を超えて強い。
 彼の存在は、デュラハンが擁するという四騎の英霊に単体で比肩し得る。
 そして神寂祓葉と共に戦っていた、"アンジェ"というマスターとそのサーヴァント・アーチャーの情報も相応に観測できた。

 ……代償に六本木は死の街になったが、それで今更鈍るほど、悪国征蹂郎という男は甘くない。

(――甘さなど、抱いてられない)

 甘いままでは、周鳳狩魔には勝てない。
 ドローン伝いに鑑賞した六本木の惨状は、征蹂郎にむしろ強い決意を抱かせた。
 彼は暗殺者。大量虐殺をしでかした経験など、当然ながらなかったが。
 実際にやってみて得たものは、自分はこの重圧に耐えられる人間らしいという発見だった。

 今のうちに行動を起こしておいてよかった。
 決戦までにはまだ時間がある。
 四時間もあればある程度は疲労も取れるだろうし、魔力も補えるだろう。
 大丈夫だ。何も、問題はない。自分に言い聞かせるようにそう呟いて、征蹂郎がぐったりと椅子の背に体重を預けた時。

「どうぞ。隣のお兄さん達にもらいました」

 横から、すっ、と毒々しいデザインの缶飲料が差し出された。
 エナジードリンクだ。飲み口にはストローが刺さっている。
 視線だけで確認すると、差し出したのは褐色肌の少女だった。
 むくつけき不良達の集うこのアジトには似つかわしくない少女。というか、幼女。
 アルマナ・ラフィー。征蹂郎の同盟相手である彼女の手から、青年は震えの残る手で缶を受け取った。

「どうでしたか。結果は」
「……想像、以上だ。良い面でも、悪い面でも」
「そうですか。後でアルマナにも映像を見せてください」
「……、……」

 ストローに口を付ける。
 吸い上げた液体の味はやはりというべきかケミカルの一辺倒。
 炭酸の刺激が乾きに乾いた喉を潤していく感覚が心地よい。
 プラシーボ効果とは大したもので、飲んだ瞬間に靄のかかった思考が少し鮮明になった気がした。

「アグニさん。
 アルマナはボランティアでトーキョーレンゴーに加担しているわけではありません。
 あくまで同盟関係です。であれば私にも、情報を共有してもらう権利はあるのではないですか」
「――すまない。そういう意味で黙り込んだわけじゃ、ない」
「と、言いますと?」

 無表情にわずかな不服を浮かべたまま、アルマナが首を傾げる。
 彼女の言っていることはもっともだし、征蹂郎もそんなところをケチって彼女達との関係を悪化させるつもりはなかった。
 なのに一瞬、無言という形で渋ってしまった理由は、もっとずっとつまらないこと。

「…………キミには、あまり見せたくない映像になってしまった」

 そう、つまり、そういうことだ。
 アルマナ・ラフィーの過去を悪国征蹂郎はよく知っている。
 何故ならその場にいたのだから。家族を殺されて泣き叫ぶ幼い顔を、覚えているから。

 周鳳狩魔が合理的(ロジカル)な人間であるなら。
 悪国征蹂郎は、無機的(システマチック)な人間である。
 彼にとって守るべきもの、それはこんな自分を慕ってくれる仲間達のみ。
 尊重するべき枠組みの中に、このちいさな少女は入っていない。
 故に征蹂郎は自分が彼女に対して覚えてしまう感情を、自己満足と弾劾していた。
 大切なものができてから、大切なものをすべて奪われた少女に肩入れしてしまうなど――これを自己満足と言わずして何と呼ぶのか。

「……出会った時から思っていましたが」
「いや……すまない。罵倒は甘んじて受ける。キミには、その権利が――」
「アグニさんは、不自由な方ですね」
「……。不自由。……オレが、か?」
「はい。アルマナの眼にはそう映ります」

 六本木にあるのは戦の跡だ。
 銃弾が吹き荒び、爆撃が蹂躙し、命という命が潰えた不毛の地。
 それは、彼女に見せるべきではないと思った。
 もしも自分が、殺された仲間の骸を改めて突き付けられたらどんな想いになるかと考えてしまった。
 そんな征蹂郎に、アルマナはいつも通りの虚無的な表情のままで言う。

「先ほども言いましたが、アルマナはもう何も気にしていません。
 終わったことは終わったことです。アルマナにとって大切なのは、これからです」
「…………そうか」
「なのでアグニさんがアルマナのためにあれこれ気を遣ったり、罪の意識を抱く必要はありません。
 抱かなくてもいい感情で無駄に右往左往しているようなので、それを指して不自由と表現しました」
「キミは……なんというか。思ったよりも、ストレートに物を言うんだな……」

 とはいえ――こうまで言われて、尚も引きずるのは流石に女々しいが過ぎる。何より非生産的だ。
 征蹂郎はすっぱりと彼女に対する思考を切り替えることを決めた。
 人間、弱ると悪い意味で思慮深くなってしまうというのは本当らしい。
 まさか自分のような人間にまで、そんな機能が搭載されているとは思わなかったが。

「分かった……。オレももう一度、確認をしておきたいからな……一緒に見る、というのでいいか……?」
「構いません。映像が見られるのなら、アルマナはなんでも」
「……それと、もうひとつ。別に対価というわけではないが、キミの意見を聞きたいことがある」
「――ノクト・サムスタンプのことですか?」

 アルマナの問いに、征蹂郎は小さく頷く。
 この建物内及び近辺に奴の"眼"がないことは彼女に確認して貰った。
 今この瞬間、此処で交わす会話をサムスタンプの詐欺師に知られる恐れはない。

「周鳳狩魔……デュラハンの首領は、〈脱出王〉を抑えていると奴へ伝えろと、言ってきた……」
「……サムスタンプ氏は、もうそれについて知り及んでいる様子でしたが」
「ああ。だから……形だけを見れば、周鳳の空振りだ。
 が……オレには、どうもそうは思えない。あの狡猾な男が、空を切るかもしれない揺さぶりを今更かけてくるものか、とな……」
「――なるほど。〈脱出王〉の存在を知られているのは承知の上での揺さぶりだと?」

 話が早い。
 この年頃の少女とは思えない察しのよさに内心驚く。
 "施設"にも、こんな幼さで此処まで出来上がっている同胞は滅多にいなかった。
 それを良いことと呼ぶかどうかは別として、今は話が早いに越したことはない。

「〈脱出王〉を"抑えている"と、奴は言った。
 ノクトが山越某と知己らしいことを踏まえると……その言葉に、特殊な意味が出てくるのかもしれない」
「なるほど。そこに引っ掛かりを覚えたから、伝えるかどうか悩んでいると」
「そういうことに……なるな」

 レッドライダーの性能を確認し終えた今、デュラハンとの決戦にはだいぶ勝算が出た。
 元々負けるつもりは毛ほどもなかったが、それが自信ではなく確信の域に近付いている。
 だが不気味なのはやはり〈脱出王〉。あの油断ならない詐欺師をして特筆事項として挙げていたマスター。
 であれば、事実上の外部顧問と化しているノクトに狩魔の言を伝える意味はないと思える。
 わざわざ敵に回りかねない情報を与えてどうするのだ、という話だ。

 が――

「伝えなかったら伝えなかったで、奴は必ずその弱みを突いてくる……そうも、思う」
「でしょうね。十中八九、そうなるでしょう。あの方はそういう人間だとアルマナも思います」
「だからそこが、悩みの種でな……」

 ノクト・サムスタンプという人間のことを、この時点で既に征蹂郎は微塵も侮っていない。
 あの男には敵も味方もない。誰しもの味方であると同時に、奴は誰しもにとっての敵だ。

 一方でアルマナは、王からの言伝てを思い出していた。
 傭兵を名乗る彼に気を許すな。同じ戦場で戦うのは避け、背を預けるなと。
 その言葉には嘘はない。だが必ずしもすべてが真実とは限らない。必ず何か重要な事項を伏せている。
 ――悪魔を相手にしているようだとアルマナは思った。益にもなるが、しかし確実に害を成す。ノクト・サムスタンプは、そういう男だ。


 と。
 そこで。


「…………、っ」


 アルマナが、不意にその令呪を押さえて。
 何か戦慄したように、感情表現に乏しい幼顔を歪めた。

「――どうした? アルマナ」
「……王さまが、戦っています。それも恐らく、かなりの強敵と」
「……一難去ってまた一難、だな……」

 針音都市に休む暇はない。
 誰であれ、どの立場であれ、それは変わらない。
 たとえ戦地に居なくとも。
 彼も彼女も誰も彼も、戦争と無縁じゃいられない。

 法なき都市に今も誰かの咆哮が響いている。
 いつかひとつの願いが至るまで。
 星を超え、太陽を超え、熾天の冠を戴くまで――



◇◇



【港区・六本木/一日目・日没】

【アンジェリカ・アルロニカ】
[状態]:魔力消費(中)、罪悪感、疲労(大)、祓葉への複雑な感情、〈喚戦〉(小康状態)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:ヒーローのお面(ピンク)
[所持金]:家にはそれなりの金額があった。それなりの貯金もあるようだ。時計塔の魔術師だしね。
[思考・状況]
基本方針:勝ち残る。
0:なんで人間なんだよ、おまえ。
1:ホムンクルスに会う。そして、話をする。
2:あー……きついなあ、戦うって。
3:蛇杖堂寂句には二度と会いたくない。できれば名前も聞きたくない。ほんとに。
[備考]
ミロクと同盟を組みました。
前回の聖杯戦争のマスターの情報(神寂祓葉を除く)を手に入れました。
外見、性別を知り、何をどこまで知ったかは後続に任せます。

蛇杖堂寂句の手術により、傷は大方癒やされました。
それに際して霊薬と覚醒剤(寂句による改良版)を投与されており、とりあえず行動に支障はないようです。
アーチャー(天若日子)が監視していたので、少なくとも悪いものは入れられてません。

神寂祓葉が"こう"なる前について少しだけ聞きました。


【アーチャー(天若日子)】
[状態]:疲労(中)
[装備]:弓矢
[道具]: ヒーローのお面
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アンジェに付き従う。
0:アンジェを支える。
1:アサシンが気に入らない。が……うむ、奴はともかくあの赤子は避けて通れぬ相手か。
2:赤い害獣(レッドライダー)は次は確実に討つ。許さぬ。
3:神寂祓葉――難儀な生き物だな、あれは。
[備考]


【港区・六本木→移動中/一日目・日没】

【神寂祓葉】
[状態]:健康、わくわく
[令呪]:残り三画(永久機関の効果により、使っても令呪が消費されない)
[装備]:『時計じかけの方舟機構(パーペチュアルモーションマシン)』
[道具]:
[所持金]:一般的な女子高生の手持ち程度
[思考・状況]
基本方針:みんなで楽しく聖杯戦争!
0:聖杯戦争! おもろー!!
1:結局希彦さんのことどうしよう……わー!
2:もう少し夜になるまでは休憩。お話タイムに当てたい(祓葉はバカなので、夜の基準は彼女以外の誰にもわかりません。)
3:悠灯はどうするんだろ。できれば力になってあげたいけど。
4:風夏の舞台は楽しみだけど、私なんかにそんな縛られなくてもいいのにね。
5:もうひとりのハリー(ライダー)かわいかったな……ヨハンと並べて抱き枕にしたいな……うへへ……
6:アンジェ先輩! また会おうね~!!
[備考]
二日目の朝、香篤井希彦と再び会う約束をしました。

【ライダー(レッドライダー(戦争))】
[状態]:損耗(大/急速回復中)、令呪による撤退中
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:その役割の通り戦場を拡大する。
1:神寂祓葉を殺す
2:ブラックライダー(シストセルカ・グレガリア)への強い警戒反応。
[備考]
※マスター・悪国征蹂郎の負担を鑑み、兵器の出力を絞って創造することが可能なようです。


【中央区・刀凶聯合拠点のビル/一日目・日没】

【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(大)、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、覚悟と殺意
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:周鳳狩魔――お前は、お前達は、必ず殺す。
1:周鳳の話をノクトへ伝えるか、否か。
2:アルマナ、ノクトと協力してデュラハン側の4主従と戦う。
3:可能であればノクトからさらに情報を得たい。
4:ライダーの戦力確認は完了。……難儀だな、これは……。
[備考]
 異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
 聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
 養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。

 六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。

【アルマナ・ラフィー】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:カドモスから寄託された3体のスパルトイ。
[道具]:なし
[所持金]:7千円程度(日本における両親からのお小遣い)。
[思考・状況]
基本方針:王さまの命令に従って戦う。
0:王さま……。
1:もう、足は止めない。王さまの言う通りに。
2:当面は悪国とともに共闘する。
3:傭兵(ノクト)に対して不信感。
[備考]
 覚明ゲンジを目視、マスターとして認識しています。
 故郷を襲った内戦のさなかに、悪国征蹂郎と遭遇しています。


[全体備考]
六本木の九割ほどが核兵器で壊滅しました。
放射能汚染が発生しているため、近寄らない方が無難です。



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最終更新:2025年02月21日 22:18