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手を繋いで走って行けるはずだ

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───借り物の力に頼る脆弱さを知るがいい!!




全身を疲労と痛みに包まれ、ゴロゴロと地面を転がる最中。
エリスの脳裏に浮かんだのは、つい先程戦った修羅の雷からの侮蔑だった。
借り物の力頼みの雑魚、全くもってその通りだと思う。
悔しいが、反論できる余地がない。



「だから……何だってのよ……」



ぜぇぜぇと肩で息をして。
それでも強く強く思う。身の程なんて知ってやるものか。弁えてなどやる物か、と。
自分はもう、決めたのだから。自分とルーデウスの命運を、ナルト達に賭けると。
決めたからには、突き進む。例えどれほど戦力差が歴然でも、知った事か。



「何が化け狐よ…私程度も、殺せてないじゃない………!!」



握りこぶしを地面に叩き付け。
その反動で立ち上がり、目を見開いて、眼前を見据える。
そこにはガムテを殺害してなお、妖狐の姿に囚われたナルトがいた。
動き自体は、先ほどに比べればかなり鈍い。
乃亜のハンデと、ガムテの戦いで負った自爆のダメージが戒めとなっているのだ。
だからこそ、こうして相対するエリスは命を繋いでいられる。



「笑わせんじゃないわよ……ッ!」



白亜の装甲の下で少女は叫び、憎しみに囚われたナルトへと突撃する。
ともすれば自殺と取られてもおかしくない、捨て身の突撃だ。
憎悪に塗りつぶされ、人間性と言うものを完全に失った瞳でナルトはそれを見つめ。
蟲を払うように、四本ある尾でエリスを叩き潰そうとする。
明かな片手間の対応。しかし片手間であっても、その程度で妖狐には十分すぎる。
たかが頑丈な殻を纏った程度の、人間の小娘一人を殺す事など。


「はぁッ!!」


悪鬼纏身インクルシオ。
その素体となった龍と混ざった影響か、エリスの反応速度と体捌きは明確に向上していた。
蟲を潰す程度の殺意とは言え、妖狐の尾を二本躱すなど以前の彼女では不可能。
迫りくる死を立て続けに二度躱して、尚も迫る死を更に越えようとする。



「………か、ぁ゛ッ!?」



ずぶりと、エリスの胸にナルトの貫手が突き刺さった。
現実は甘くはない。例え少し危険種の力を宿したとしても、簡単に戦力差は埋まらない。
妖狐がその気になれば、苦も無く抹殺する事ができる。
それが、エリスにとっての現実だった。



「───ふふっ」



だが、その時。
貫かれた筈のエリスは、陰りを見せない闘志を伺わせる表情で微笑んだ。
そして、ナルトに貫かれた肢体の輪郭が、ぐにゃりと歪む。
それが合図だった。



「────はああああああああッ!!」

────ドッ!という轟音と共に、ナルトの身体が傾いだ。
想定外の方向からの衝撃。それを起点に、豪雨の如き絶え間ない衝撃がナルトを襲う。
反撃の暇は与えない、そう言わんばかりの連打がナルトの全身を打ち据える。
ダメージは、さしてない。半身の喪失すら直ぐに修復してしまえるナルトにとって。
今受け続けている攻撃も、衝撃が響くばかりで大した痛痒には成りえない。
それでも先ほど自爆によって多大な損傷を負った体に断続的な衝撃は不味い。
本能で連打を黙らせるべく反撃を行おうとした妖狐の瞳に、不可解な光景が映った。
標的が、いないのだ。



「まだ……まだァ!!」



生れた一瞬の思考の空白をすり抜けて。
先ほどまでとは逆サイドの方向から再び連打を浴びる。
一体なぜ、そう考える暇もない。
ゴッ!ゴッ!ゴッ!ゴッ!ゴッ!とプロボクサーの拳を受け止めるサンドバッグの様に。
ナルトの身体を、衝撃が蹂躙する。



「───■■■■■■■■■!!!」



どんな小細工を弄したのかは知らないが、いい加減不愉快だ。
そう考えたナルトは、背後に控える尾に力を籠める。
例え姿が見えなくとも、近場で何かやっているのは間違いないはず。
であれば、自分の尾の一撃で一帯を消し飛ばしてやればいい。
数時間前に、自分達に向けてシュライバーが行おうとしたのと同じ対処法だ。
だが、それを成すよりも早く、飛び込んでくる影が一つ。



「はぁあああッ!!!」



飛び込んできたのは、確かに貫いたはずのエリスだった。
幻覚ではない、獣の本能でナルトは判断を下し、迎撃を行おうとする。
だが、それを阻止する様に再び連続した衝撃がナルトを打ち据えていく。
そして衝撃の妨害によって生まれた陥穽に、エリスの握る魔剣が閃く。
ヒュッという風切り音と共に、ナルトの背中から生えた尾が両断された。



「大事な人が殺されて!腹が立つまんま暴れるならッ!私と一緒じゃない!!」



尾が再生する暇を、与える訳にはいかない。
打ち据えられる衝撃は先ほどまでよりもなお速く、そして強く。
切断された尾も、本来なら数秒かからず再生する筈なのに、再生速度が明らかに鈍い。
そうだ。これは先ほどガムテが振るっていた刃に斬られた時の感触と同じ───
その事実に気づいても、妖狐は目の前のエリスに翻弄されていた。
エリスに攻撃を仕掛ければ、正体の見えない攻撃に打ち据えられ。
不可視の攻撃の正体を探ろうとすれば、エリスが癒えない傷を付ける刀で斬り込んでくる。
ダメージは少ないが…尾が切り裂かれた影響もあり、抜け出すことができない。



「アンタは!私と違って!みんなの前に立つんでしょ!火影になるんでしょッ!!」



エリスは溢れる情動を叩き付ける。
ダメージを与えられずとも構わない、行動を阻害できればそれでいい。
鬱陶しいと感じさせる程度に反撃を邪魔できれば、それで役目は果たせる。
本命は自分ではない。自分の役目は陽動だ。
だから少女は叫ぶ。憎悪の壁の向こうに立つ少年に届くように。



「だったら、早く目を────ッ!?」



少女の痛切な叫びが、最後まで紡がれることは無かった。
ど、という津波が岩壁を削るような音と共に、衝撃が空間に伝播し。
それに次いでごしゃり、という衝突音が周囲に響き渡った。
衝撃の発生源は無論の事、ナルトだ。
尾を欠いて尚圧倒的なチャクラを、圧力に変換し周辺に向けて放ったのだった。
そして、衝撃音の発生源は今しがたナルトと交戦していたエリスの物ではない。
衝撃を受けた瞬間、閻魔を振るっていたエリスの姿は霞の様に消え失せている。
その代わりとでも言うかのように、三十メートルほど離れた地点に。
インクルシオに包まれた、本物のエリスの姿が現れていた。




「がっ……!」



白い装甲の下で、びちゃびちゃと鮮血を吐く。
尾の直撃を受けるよりはマシだが、衝撃波だけでこの威力。
ただの人間が尾獣と戦う事の厳然たる現実が、露わになっていた。
今迄エリスが用いていたインクルシオの奥の手───透明化がダメージにより解除され。
その姿を晒したのと同じく。



「────ふふっ……やっぱり………」



だが、その現実を前にしても、エリスは装甲の下で確信を得て笑った。
やっぱり、どれだけ姿を変えようと、自分を未だ下せていない。
どれだけ妖狐と私の実力が離れていようと。
憎悪と怒りに任せて暴れるだけの今のナルトでは。
私の心は、折れない。



「今の暴れるだけのアンタより」

「私を止めたアンタの方がよっぽど強かったわ………!」




          ■     ■     ■




ナルトを助けようとしているのはエリスだけではない。
彼のもう一人の仲間───イリヤもまた、ナルトを救う機会を伺っていた。
だがナルトから数十メートル先で戦況を見つめるその表情は焦燥に彩られ、芳しくない。



「サファイア、まだなの……!?」
『もう少しです、もう少しで封印式の解析を………』



その原因は、封印札の解析だ。
手に入れた時点で使えなくも無かったが、今のナルトは既に尾獣化が進行している。
このままでは、封印札を使って尚抑え込めないリスクが存在するのだ。
それを阻止するには封印式を解析し、サファイアがバックアップを行うしかない。
しかし未だその作業が完了していないため、撃って出る事ができないでいた。



「お願いサファイア、早く………!」



縋るような声を出しつつも、イリヤもまた、座して待つばかりではない。
魔力回路を起動しつつ、その手に握った折れた刀の一部を握り締めて。
幼き肢体に宿した暗殺者の英霊の能力を行使する。



「妄想幻像(ザバーニーヤ)……!」




宝具の名を紡ぐと共に、イリヤの眼前に現れるイリヤと全く同じ大きさの影。
これこそイリヤが現在肉体に宿したアサシン、百貌のハサンの宝具である分身能力だ。
数体の分身を生成し、更に己の聖杯としての機能に無意識のうちに従って。
イリヤは、そっと握る折れた刀の刀身───鏡花水月の残滓に魔力を込めた。
これこそ、先ほど小さな妖狐と化したナルトが体験した現象の正体。
ナルトに挑んだ“増えたエリス”の正体であった。
百貌のアサシンの能力を応用し、エリスが拾った鏡花水月の能力の残滓を引き出す。
それによって、イリヤは己の分身をエリスに見せかけたのだ。



「行って!」



生み出した分身達を、インクルシオを纏うエリス本体の援護に回らせる。
今の鏡花水月の能力はあくまで残滓、完全催眠には程遠い。
もしシュライバーの様な狡猾で勘働きも頗るいい相手なら、騙すのは不可能だろう。
だが、今のナルトは憎悪に支配され駆動する暴走状態。
正気を失い、本能で暴れる今なら疑似的に再現した鏡花水月も通用する。



『───解析完了まで、残りおよそ一分!』



サファイアが叫ぶ一分と言う時間が、イリヤにはとてつもなく長く感じられた。
先ほどまではエリス本体がインクルシオの奥の手である透明化で隠れられていたが。
今は先ほど受けた攻撃の衝撃で、それが解除されてしまっている。
イリヤが差し向けた数体の分身の援護だけで、果たして保つ物か……
かなり厳しい勝負である事は、イリヤにも明らかだった。



「あっ………!?」



そして、15秒を過ぎた時に、危惧は現実のものとなる。
小さく燻っていた火種が再び激しく燃え盛る様に。
ず、と凄まじい圧力を放って、先ほどイリヤが出した分身が切り裂いた魔力の塊。
尾獣の証であるチャクラの尾が再生し形を得たのだ。
そして再び現れた尾は、暴威を以てイリヤが生んだ分身と、エリスの本体に襲い掛かる。
まず、三本の尾で一瞬の内に分身達が打ち払われた。
ナルトの視界では、複数人のエリスを殲滅した景色となっているだろう。



「ダメッ!待って!やめて!ナルトく────ッ!!」



そして、当然それだけでナルトは止まらない。
残った最後の一本の尾が、鞭の様にエリスへと伸びた。
それを見て、悲鳴の様な制止の声をイリヤは叫ぶが、それが聞き入れられることは無く。
先ほどよりも芯を捕えた軌道で、先ほどよりもなお強く。
振るわれた尾は、インクルシオに包まれたエリスを襲った。
───ゴォォォォォンッ!!!という何かが砕ける音が響き、そして。
エリスの身体が宙を舞い、あっけなく落下して沈黙する。



残り、三十秒。





          ■     ■     ■




道具は、限界を超えない。
壊れて失うだけだ。
だからこそ、ゼオンと言う少年は自分達を蔑んだのだろう。
ぼんやりと、掠れた意識の中でエリスはそんな事を考えた。
だが、しかし。




────もっとよ。私の身体が欲しいなら幾らでもくれてやるから……



だが───何事にも例外と言う物は存在する。
エリスの纏う帝具悪鬼纏身インクルシオは超級危険種タイラントを素体とした帝具だ。
それ故に、タイラント自体は滅びつつも素材となった細胞は今も生きている。
生きているが故に、進化する事すら可能であるのがインクルシオだ。
ただし、使用者の肉体を代償として。



────意地を見せなさい!!



もっと先へ。更に向こうへ。
エリスは魂で己が纏う装甲に訴える。
負けるな、と。戦え、と。ボロボロの崩壊しかかった装甲に喝を入れる。
闘争心こそインクルシオにとって、最高の供物。
であるが故に、純白の戦闘衣装はエリスの叫びに呼応する。



「オオオォオオオオォオオオォォオオオオオオオッ!!!!」



全身は血まみれ、精神・肉体共に満身創痍。
だが、それでも決意と覚悟の焔は消えていない。
それを闘志へと変換して、咆哮を響かせながら奮い立つ。
肉体が食いちぎられる様な痛みに苛まれるが、関係はない。
その痛みのお陰で装甲は再生に至った。これならばまだ、戦える。
気つけの為に唇を血が出る程噛み締めながら、眼前の妖狐を視線で射貫く。



「ヴヴヴ……」



何処か面倒くさそうに、妖狐はエリスと視線を交わらせた。
どんな表情を浮かべているのかは分からなかったが、纏う雰囲気や態度は伝わる。
無駄な事を。今のナルトの様子から伺える感情はそれだけだった。
確かに力量の差は歴然。エリスの体力も最早風前の灯。
後一撃でも受ければその瞬間にエリスの命は終わるだろう。



「今度は───私が勝つ」



しかし、だからこそ前へ。
ルーデウスを喪った時から、生に未練はない。
だからこそ、今この時に全てを賭けて走る事ができる。
きっと、ルーデウスも同じはずだ。
彼も大切なものの為に命を賭けられるはずだ。
だから私も、ここで臆するわけにはいかない。
未来はいつだって先にしかない。だから今はただ前へ。
更に先へと、己の内側で誰かが唄う。




「───ヴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ゛!」



標的の接近により妖狐もまた、迎撃態勢を取る。
とは言え万に一つの敗北もあり得ない死にぞこない相手だ。
尾を振るい、腕を振るう。雑に戦い、雑に殺す。
それだけで十分殺しきれる相手。小細工など必要ない。
例え殺す気であろうと、インクルシオを進化させようと。
エリス・ボレアス・グレイラッドの剣は九尾の妖狐に届かない。



「───あ゛ぁぁぁあ゛ああああぁぁぁあああああ゛ッ!!!」



その現実はエリスも理解している筈であるのに。
彼女の気勢は猛り狂い、鬼神の如き様相だった。
闘志に導かれ、最後の交錯が始まる。
殺到する尾を、強引にその手に握った和道一文字で逸らしいなす。
ここまでは先ほどまでと同じ。エリスにとっての詰みへと向かう流れだ。
たかだか人間の小娘が数秒と打ち合えるほど、人柱力の力は甘くはない。
三手で完全にエリスの剣閃は弾かれ、がら空きになった胴に尾を叩き込む。
それでエリスの身体は真っ二つになって終いだ。



「────ヴ」



だが、ここで僅かに不可解な事態が発生する。
三手を過ぎてなお、エリスは未だ生存している。
重いハンデを科されているとは言え人智を超えた九尾のパワーを以てしてなお。
十秒を数えて人間の小娘如きの生存を許している。
無論のこと、最後に勝利するのが何方かは揺るがないにせよ。
エリスの奮戦は、九尾の本能を俄かに驚嘆させる物だった。
────残り、十五秒。



「…………………っ!!!」



だが、ここで限界がやって来た。
如何に帝具の力で限界を超えたとしても。
エリスと九尾の間には、決して覆らない力の差が存在する。
決して埋まらない、絶望的な戦力差だ。
薙ぎ払った尾の一撃をいなしきれず、エリスの防御が吹き飛ばされる。
後は無防備になった胴か、あるいは首に尾や貫手を叩き込めば決着。
先ほどの様に分身ではない事を確信しているため、これで本当に全てが終わる。
妖狐はそう信じて疑わなかった。一秒後までは。



「ヴ……ッ!?」



がくり、と。
九尾の身体から力が抜ける。
また目の前の小娘が小細工を弄したのか。
そう考えて注視するものの、エリスはただ己の刀を腰だめに構えるのみ。
では、誰が。そう考えた九尾の問いに答えを提示したのは、エリスの背後に浮かぶ影。
空中で制止する────勇者ニケのマヌケ面だった。




「っぶねー…ギリッギリになってすまんかったっ」



何も考えていない簡単作画の顔で、素朴に笑って。
空中に静止したニケは、眩い光でナルト達を照らしていた。
舞い戻った仲間の言葉に対して、エリスは腰に構えた剣を握り。



「いや────いい仕事よ。ニケ!」



はっと笑って抜刀術の構えを取った。
静かに瞼を閉じ、身体に残った闘気を全てつぎ込む。
黒の帳が降りた瞳で想起するのは己の剣の師、剣王ギレーヌ。
彼女ならばどうするか、どう“斬る”かを想像(イメージ)し、己の身体に落とし込む。
剣神流の奥義「光の太刀」には彼女は未だ遠い。
例え龍の細胞と混ざった所で、今この瞬間に辿り着ける領域ではない。
しかし、遠くない未来にて光の太刀すら我が物とする彼女の剣才は、紛れもなく本物だった。



「いくわよ、ナルト。死ぬんじゃないわよ」

「ヴ…………!」


放送直後に起きた決闘の再演であるかのように。
あの時と同じセリフをエリスは綴り─────世界から音が消えた。
その剣閃は光の速度に達しない。精々が音速止まり。
しかし、それでも剣神流の上位技である「無音の太刀」をエリスは再現して見せた。
音を置き去りにした乾坤一擲の斬撃が、無防備な妖狐の身体を袈裟に裂く。



「ヴヴ……オ゛………ッ!!」



だが、妖狐は。
うずまきナルトは斃れない。
人柱力である彼にとって、この程度のダメージは致命傷には程遠い。
五秒足らずで叩き込まれた斬撃で生まれた傷は完治するだろう。
だから成果としては闘気でほんの僅かな、十秒に満たない時間止まるだけだ。
通常なら何の意味もない、ただ絶望的な戦力差を提示するだけの戦果。
しかし、今この瞬間においてそのちっぽけな戦果こそエリスは求めていた。
自分にできるのは此処までだ。だから後は────



「頼んだわよ───イリヤッ!」



祈る様に、信じる様に。
微笑を浮かべながら、エリスは本命である仲間の名を口にする。
残り二秒。バトンは繋がれた。



「──────うんっ!」



気配遮断の能力を解除して。
ニケが現れた瞬間から既に駆け出していたイリヤが、その姿を現す。
片手には、たった今解析の終わった自来也の封印札。
もう片方の手に、何かキラキラと光るブローチを握って。
子供の喧嘩で掴みかかる様に手を突き出し、ナルトの額目掛けて吶喊を行う。




「ヴ、オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛─────ッ!」



その瞬間、イリヤが正面から突撃するのを空中で眺めていたニケは“ヤバい”と思った。
かっこいいポーズの効果が、今この時をもって解けてしまったのだ。
それはつまり、ナルトの反撃を許すと言う事を意味する。
よりによって後ちょっとの所で!毒づくものの、状況はニケを置き去りにして進行する。
まだ復帰直後の為尾の動きは鈍い。エリスの斬撃のダメージもあるのだろう。
だがらナルトは、反撃として貫手を選んだ。
尾獣の膂力を持ってすれば、目の前の小娘の身体など紙切れ同然だ。
その考えの元、自身の憎悪を否定する小娘を否定するべく一撃を見舞う。



「──────ヴ、オ゛……ッ!?」



だが、殺戮が成されることは無かった。
妖狐の一撃が、イリヤを貫くことは無かった。
何故なら、交錯の瞬間彼女はその手に握っていた物を突き出していたから。
封印札ではない。仲間の一人であるディオ・ブランドーから与えられたものだ。
それをアサシンクラスの動体視力でタイミングを合わせ、突き出した。




────精々、上手く使え。




実に忌々し気な態度と共に渡されたブローチ。
彼のゴールド・エクスペリエンスの力で作ったテントウムシのブローチだった。
それだけ述べれば、チャクラの衣を纏った人柱力の一撃を防げるはずもない。
ゴールド・エクスペリエンス発現直後の、ある能力特性が無ければ。



「オ゛オオオオオオオオッ!?」



貫手の一撃が押し戻される。
盾になどなる筈もない小さなブローチの威力に、抗しきれない。
いや違う。この衝撃は。この圧力は。これは、自らの力だ。
本能から行きついた、ナルトのその推論は正しかった。
そう、ゴールド・エクスペリエンスの能力で生み出された生命は。
受けた衝撃を、衝撃を加えた元凶へと反射する─────!!



「はああああああああっ!!!」



そして。
遂にその時はやって来た。
衝撃の反射により、無防備になった妖狐へ。
ばしぃん、と平手が叩き付けられる音が大気に響き渡る。
イリヤの掌から、エリスやニケから受け取ったバトンが。
自来也の封印札がナルトの額へと収まり、がくりと彼は膝を付く。



「ヴ、ヴ……オ゛………ッ!」




だが、ここでイリヤやエリス達の計算が狂う。
膝を付いて尚、ナルトは憎悪を手放そうとしなかった。
尾獣のチャクラが既に溢れすぎていたため、妖狐を抑え込むのが難航しているのだ。
このままでは。
イリヤ達に戦慄が走る。ここで失敗すれば最早後はないからだ。
仲間達を血の海に沈め、ナルトは暴走マーダーとして殺し合いに君臨するだろう。



「いい加減ッ!」



しかしその未来に至るよりも早く。
憎しみという衣に囚われた少年の背後を簒奪する者がいた。
純白の装甲は解除され、真紅の長髪を露わにして。
エリス・ボレアス・グレイラッドはうずまきナルトの腰に腕を巻き付ける。
そして、しっかりとホールドした身体を勢いよくのけ反り後方へ。



「目を────!!」



少年と少女の身体は見事なまでに弧を描き、美しい虹が描かれて。
全ては流れゆく。ナルトの身体は地を離れ、天へと流れ、再び大地へと戻る。
封印札を貼られ、それに抗する事で手いっぱいだった妖狐にそれを阻む術はなく。



「────醒ませッ!!」


────ゴォォォォンッ!!!
アスファルトに残響する轟音。
ナルトの脳天が、地面に叩き付けられた音だった。
それを皮切りに、ぴしりと彼を覆っていたチャクラの衣に罅が入る。
狂想が、終わりを迎えた合図だった。
チャクラの衣はどんどん剥がれてゆき、額に封印札を貼られたナルトの表情が露わになる。
その表情に、憎しみの色は見えなかった。
朧げな意識の中、ナルトは自分を止めた少女を見上げて呟く。



「ほんと…よーしゃ、ねーってばよ……エリス」



少年の、そんな声かけに対して少女は。



「当然よ、言ったでしょ。今度は私が勝つって」



豊かな赤い髪をかき上げ、エリスは得意げに笑う。
血まみれで、それでも胸を張って佇む少女は戦乙女の様に荘厳だった。
それを眺めてから、ナルトは薄い微笑と共に再び意識を喪失した。



「「ジャ………」」



そして、エリスの最後の一撃から、決着に至るまで。
傍らで見届けた勇者と魔法少女は顔を見合わせて。
何方からともなく、笑ってしまいそうなほど豪快な幕引きの名を呼んだ。



「「ジャーマン・スープレックス………」」





          ■     ■     ■




目を醒まして、まず考えたのは。
自分がまだ、生きているのかという事だった。
そして、認識する。どうやら、自分はあの自称勇者に本当に助けられたらしい、と。
いや、助けられたと言うには余りにも半端か。
一割命が戻って来ただけで、九割は彼岸へと渡ったままだ。
このまま横たわっていれば、そのまままた死になおせるだろう。

そう考えた時だった。

掠れた視界の中で。
不可解な物が目に入ったのは。
それは、ガムテが見失った筈の一本の短刀だった。
柄の部分を小さな砂の塊が支え、ふよふよと浮かんでいる。
まるで、横たわる少年に使えと言っているかのように。
それを見て、想像したのは自分がついさっき殺した赤髪の少年の顔。
本来なら自分が救わなければならない対象でだけど大義の為に殺した。割れた子供。
それが殺した張本人に武器を渡しているというのか?何のために?



───いや、オレに期待する事なんて決まってるよな。



あぁ、ならば行こう。
それならば少年は、割れた子供達の王は行かなければならない。
例え死んでいたとしても、殺すべき相手を殺しに行かなければ。
何故なら、殺しの王子さまは、全ての割れた子供の味方だから。
だから、だから彼は。
残った力を総動員し、懐に忍ばせてあった薬(ヤク)へと手を伸ばした。
震える手の中で二枚の薬を僅かな間逡巡する様に眺め…舌へと運ぶ。
巡る覚醒作用。直後に、頭上に浮かぶ短刀に手を伸ばす所作は淀みのない物だった。
短刀を受け取りながら立ち上がり────割れた子供は、最後の暴走を開始する。




          ■     ■     ■




ゼオン、ガムテープの少年、そして暴走したナルト。
厳しい連戦となったが、何とかなったらしい。
戦闘の終結を確信しながら、エリスはニケとイリヤに声を掛けた。



「はっ!はい何でしょうかエリスの姐御!」
「姐御!!」



声を掛けた二人の様子は、何かおかしかった。
何それと尋ねると、いや、何となく…と二人そろって返って来る。
兄妹のように息の合った返答であった。



「それ、鬱陶しいからやめて」
「「はい………」」



生と死の最前線だった状況は一先ずの終息を見たと言えるけれど。
それでもふざけている場合ではない。
大分派手にやり合ったし、溺れる犬を叩こうとする不心得者が近くにいるかもしれない。
そうなれば最悪だ。何しろここに居るのは全員満身創痍なのだから。
だから、一刻も早くここを離れる必要がある。
そう告げて、エリスはゆっくりと。



「ちょ、おいっ!?エリス!?」
「どうしたの、エリスッ!!」



静かに崩れ落ちた。
慌ててニケとイリヤが駆け寄り、呼吸を確かめる。
呼吸は行っているが浅く身体が冷たい。血を流し過ぎたのだ。
それも当然だろう。ここまでで最も無理な戦闘を行っていたのが、エリスだったのだから。



「このままじゃヤバい、兎に角ディオの奴を探して───」
「探さずとも僕ならここにいる!」



背後からディオの声が響き、すかさず振り返る。
すると、50メートル程先のコンビニの影から、ディオが駆け寄ってきていた。
いや遠いな。心中でツッコみながらも、ニケは近づいてきたディオに語り掛ける。
エリスを治してやってくれ、と。
それに対するディオの態度は冷淡だった。




「フン、これを外すなら考えてやる」
「お前な、このジョーキョーで………」
「嫌なら別にいいんだ。だが…エリスを治せるのはこのディオだけだ。
それに、労働に対する正当な対価を用意するのは当然だろう」



今更取り繕う意味も無いと言わんばかりの不遜な態度で。
腕を組みふんぞり返りながら、ディオはニケに頭のこらしめバンドを外す様要求を行う。
その要求に暫しの逡巡を見せるが、結局イリヤの後押しもありニケは折れた。
一応はディオの言う事も筋の通ったモノでもあったからだ。



「治療の前にここを離れるぞ、ハイエナ共が寄ってくるかもしれん」
「……だな、今来られたら間違いなく一網打尽だ。さっさとずらかろう」
「あ、じゃあエリスさんは私が………」



少なくとも逃げるという点においてはニケとディオは意気投合していた。
なのでナルトとエリス、何方を背負うかを決めてさっさと出発しようとする。
その最中、ニケは一つディオに頼んだことを思い出す。
治療を頼んだガムテのことだ。今ここにいないという事は逃げたりしたのだろうか?
そんな能天気な考えを浮かべているのだろうなというニケの表情を敏感に読み取り。
ディオは心中で邪悪に笑った。馬鹿めが、生きている筈は無いだろう。
何しろ黄金体験がスタンドパワーを流した時、既に息が止まっていた。
死んでいる方が自然と言う状態だった。



「………力及ばず済まない。しかし────」



申し訳なさそうな顔を浮かべるが、心中では嬉しさを抑えるのがとても大変だった。
一体此奴は、現実を知らされれば、突き付けられればどんな顔をするだろうか?
楽しみで楽しみで仕方なかった。
一応本性を出さず、悦んでいる事を隠しながら一つの事実をディオは伝えようとする。
しかし、その報告がなされることはなかった。
ぞく、と。
言い知れぬ悪寒を、全員がその瞬間に感じ取ったためだ。



「────サファイアッ!!」
『物理保護全開!!』



イリヤがエリスの身体を咄嗟にニケの方へと突きだし、前方に駆けステッキを向ける。
よい反応だった。もしかすれば彼女の機能が作用したのではないかと思う程。
もし、彼女の反応が間に合っていなければディオ達一行は此処で死んでいただろう。
視界が赤黒く染まるほどの爆炎を見れば、疑いようはない。



「───っ゛!ぅ、あああああああああッ!!!!」



だが、その爆炎を止めるには咄嗟の物理保護では余りに荷が勝ち過ぎていた。
僅か数秒の拮抗の後、粉々に障壁が砕け散り、イリヤが吹き飛ばされる。
その瞬間を目にした直後、弾かれたようにニケはエリスの身を地に降ろし、
イリヤが吹き飛ばされようとする軌道に割り込み、死に物狂いで受け止めた。
びりびりと腕に痺れが走る。仮面を付けて居なければ一緒に吹き飛んでいたかもしれない。
お次は何だよ。吐き捨てる様にそう呟いて、炎が飛んできた方向へ視線を送る。




「ふふっ、よく防いだわね。言い杖を使っているじゃない」



そこに立っていたのは、黒衣の女。
黒のゴシックロリータに、艶やかな銀髪を伸ばした少女。
こんな出会いでなければ、お近づきになりたいと思う程の美少女だった。
だが、残念ながらそれは叶わないだろう。
能天気なニケをして、けたたましい程本能が警鐘を鳴らしているのだから。
出会った瞬間に確信できた。目の前の少女は、危険だと。



「ただ…宝の持ち腐れね。使い手がだらしないわ」



頬に手を添えて。
くすくすと、鼠を嬲る猫のような表情を浮かべ、少女はニケ達の現状を指摘する。
少女の言葉が何を差しているかは、腕の中のイリヤを見れば直ぐに分かった。
ニケの腕の中でイリヤは気を失っており、苦し気に呻くのみ。
これでは先ほどの爆炎が再び飛んで来れば、もう凌ぐことはできない。
ただでさえ、ナルトもエリスも気を失っている以上、イリヤの気絶は致命的に過ぎた。



「まずはブラヴォーと言っておきましょうか。弱い子供が集まって…
よくその子の内にいる獣を抑え込んだものだわ。中々頑張るじゃない」
「ははっ、お褒めに預かりマジ感謝。ついでに名前の一つも教えてくんない?」



ぱちぱちぱちと白々しい拍手を送る少女はちょっとムカついたけど。
ここで相手を怒らせるわけにはいかない。ニケは少女のノリに合わせる事にした。
その上で、何とか戦闘の回避ないし戦闘になるまでの時間を引き延ばせないかと試みる。
今の状況で目の前の少女の様な相手とぶつかれば、まず間違いなく全滅だ。
だから、先ずは名前を尋ねる事を求め、尋ねられるままに少女も応える。
彼女はニケの誰何に対し、己をリーゼロッテ・ヴェルクマイスターと名乗った。



「えっと…じゃあリーゼロッテ?何かもー、見てわかる位殺る気マンマンっぽいけどさ。
此処は見逃してくんない?だってほら、因縁フラグは多い程良いって言うぜ?
ここまで影薄そうな顔にも見えるし、因縁作りパートも大事だと思う訳よ俺」
「お前は何を言っているの?」
「うん、俺もちょっと何言ってるかよく分かんないわ。ごめん」



気の抜けたやりとりを行うモノの、ニケの頬に冷たい汗が伝う。
リーゼロッテの表情は口元こそ微笑みを浮かべているが、目元は全く笑っていない。
次の瞬間には「しゃあっ!」と気合を入れて襲い掛かって来そうな雰囲気を放っている。
どうやら、交渉やボケやツッコミで見逃してくれる相手ではないようだ。
一触即発の雰囲気の中、ニケはこそこそと傍らのディオに語り掛ける。



「……おいディオ。俺がかっこいいポーズでリーゼロッテの奴止めるから。
お前はその間にナルト達担いで逃げてくれ。スタンドいれば三人行けるだろ」
「あの女を相手に足手纏いを連れて…か?馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが…
ここまでバカだったとは、怒りを通り越して呆れすら湧いてくるというものだぞ」
「いいだろ。連れてかないとうっかり途中でかっこいいポーズ解いちゃうかもだ」
「………………」



ディオの憎まれ口がそこで止まる。
足手纏いを連れて居ようと連れて居まいと。
ディオがこの場を生きて離脱できるかどうかは、ニケが相手を止められるか次第だ。
もし止められなければ、瞬く間に二人とも殺されるだろう。
途中でわざとかっこいいポーズを解除された場合でも、やはりディオの命運は尽きる。
だからこそ、ニケには協力せざるを得ない。
そして協力しなければならないからこそ、この後暫し彼はニケの案に口を挟むのを辞める。
無言で状況が動くまで待つと言う選択に、彼は行きついた。
だが、状況を動かすのはニケではなく。




「あら、もう逃げる算段?それじゃあつまらないじゃない────」



獣が牙を剥く様のように、リーゼロッテは不吉な笑みを見せ。
そして、片腕を上げながら空中へと浮かび上がる。
不味い。本能的に直感し、ニケもまたポーズを取りながら空中へと跳び上がる。
そして、魔神王や九尾などの強敵たちにも通用した光魔法を躊躇なく行使した。



「光魔法キラキラ!かっこいいポーズ!!」
「…………、へぇ、成程ね?」



拘束は、機能した。
光魔法キラキラ。勇者にのみ許された世界を救う出鱈目な力。
その光の力を持ってして、黒魔術の傾倒者であるリーゼロッテを抑え込んだのだ。
しかしその時勇者は戦慄する、かっこいいポーズ事態は確かに通用した。
だが、リーゼロッテの表情からはまるで凶兆が消えていない。
第六感から来る悪寒は、今や頭のてっぺんからつま先に至るまで全身を包み。
それを裏付ける様に、リーゼロッテが天井へ掲げた手に莫大な魔力が集積していく。



「………っ!」



その絶望的な光景に、ニケが言葉を失う。
止められていない訳では無い。止めた上で、何もできないのだ。
リーゼロッテ・ヴェルクマイスターの魔力制御は完璧だった。
尾獣玉を暴発させ自滅したナルトとは違う。
身体の自由が効かなくなってなお、完璧に魔力の塊を制御している。
否。それどころかリーゼロッテの掌でその規模を拡大させていた。



「大したものよその魔法。酷く適当なのに、根本的に私とは相性が悪そう。
誇っていいわ。ハンデを加味しても、私の動きを少しの間とはいえ止めるなんて」



まぁ────それが、意味がある事かは別問題だけれど。
小さいの嫌に耳に響く声で囁き、リーゼロッテは酷薄に笑う。
その笑みだけで、ニケも、ディオも悟ってしまった。
逃げた所で、意味は無いと。
あと数秒、子供の足で逃げられる距離を稼いでも、生み出された業火に焼き尽くされる。
かりに奇跡的に初撃の爆炎を生き残ったとしても、追撃が飛んでこない道理はない。
イリヤ達を連れて逃げても、一人で逃げても結果は変わらないだろう。
1から10を引いても100を引いても、マイナスへと至るのが変わらない様に。
ディオすらそう考える程、状況は詰んでいた。



「フフ…ほら、あと五秒くらいで解けるわよ?逃げなくていいの?」



嘲笑を隠しもせず、嬲る様にリーゼロッテは問いかける。
残り数秒。それは処刑のギロチンが振り下ろされるまでの猶予時間だ。
生存できる可能性を生むために用意された時間では、ない。
ディオは舌打ちを一つして、その時ようやく走り出そうとした。
スタンドでナルトとイリヤを担ぎ上げ、ニケの事は一瞥もしない。
勿論彼が二人を拾ったのは善意からではない。盾とするためだ。
紙の盾に等しい事は分かっていたが、それでも何かせずにはいられなかった。
そもそも意味を問いだせば、逃げること自体が無意味に等しいのだから。
そして、後二秒。ニケ達に打つ手は何もなく。無慈悲に最後の時間が消失していく───




「……さようなら。五人纏めて、仲良く逝きなさい」



遂にかっこいいポーズの効果時間が切れ、ニケが地面へと落下する。
それに合わせてリーゼロッテは腕を振りかぶり、振り下ろさんとする。
その刹那、リーゼロッテが殲滅の為に意識の八割を裂いたその刹那に。



妖刀が、空を裂いた。
な、とリーゼロッテが声を上げる間もなく。
ザンッ!!と音を立てて、彼女の磁の肌に刃が食い込む。



「ちっ……!」



不死身に等しい再生能力を誇るリーゼロッテだったが、この時は反射的に防御を優先した。
もし防御を選択していなければ、彼女はここで討ち取られていたかもしれない。
そう思わせる程、リーゼロッテの首を狙った刃は彼女の腕に軌道を逸らされても突き進み。
コンマ数秒で、リーゼロッテの胸から上を両断した。



(再生が────ッ!)



先ほどまでの余裕ぶった態度とは違う。
リーゼロッテの瞼が見開かれる。
たった今斬られた刀には再生を阻害する作用でもあったのか。
胸から下の再生が中々始まらないのだ。
舌打ちを零して方針を変更。闖入者の排除に意識を切り替える。
何、問題はない。胴を飛ばされた程度では滅びはしないのだから。
小癪な賊を討滅してからでもこの場にいる者の殲滅は十分可能。
一人残らず逃がさない。笑みを作り直し、裂かれた下半身を巨大な蟲へと変える。
逃げ場のない空中だ。自らを切り裂いた少年と見られる闖入者では対処できない。
油断も慢心も無く、厳然たる事実として、リーゼロッテはそう判断した。
だが。



「意外と」



自身を食いちぎらんと迫る蟲が迫る中で、少年は穏やかな笑みを浮かべていた。
死の恐怖を超越した表情で刀を振るった反動を用い、身を半回転。
そして、残った方の足でリーゼロッテを蹴り上げた。そして、それで終わらない。
蹴りつけた反動で更にバレエのプリマが如く身を躍らせ。
吹き飛んだ足先の代わりに埋め込んだ関の短刀(ドス)を閃かせる。
すると、大口を開け少年を食いちぎろうとしていた巨大蟲の頭部があっさりと両断された。



「矮小(かわい)いよなァ」



リーゼロッテの攻勢を切り抜け、大地へと落下していく闖入者の少年。
それを見てリーゼロッテは身体を再生させつつ更なる追撃に出ようとする。
まだ生み出した火球は死んではいない。このまま振り下ろす。
そうすれば全ては終わり。勝利するのはこの自分以外にあり得ない。
五秒後には骨まで炭化した焼殺死体が六つ転がっているだろう。
本当に振り下ろすことが来たなら。




「ぐ────っ!」



リーゼロッテの残った身体が、爆炎の中に呑み込まれる。
なぜそうなったかは単純だ。少年がリーゼロッテの作った焔の中へ彼女を蹴り込んだのだ。
下半身を切り裂かれ、更に少年の迎撃に意識を割かれていたリーゼロッテは反応が遅れた。
その為、魔女は自らが作り出した業火に灼かれる事となる。
魔女狩りで火刑に処された、オルレアンの魔女のように。



「────ッ!!!」



大地に降り立ち、少年は魔女が焼かれる様を見届ける。
それを背後で見つめるニケ達だったが、その後ろ姿には見覚えがあった。
汗で剥がれたのだろうか。今や顔を覆っていたガムテープは存在せず。
半身も傷自体は塞がっている様だが抉り取られ、痛ましい様を晒している。
何故生きているのが理解に苦しむ程の重症なのは間違いなく。
姿を認めて思わず、ニケは息を呑む。
明かな致命傷を負いながらも、魔女を切り裂いた少年の背中は。
哀しいほど、“王”としての背中そのものだった。


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