―――剣闘士の敬礼
組みあがった新しい機体をガレージで目にする瞬間は、独特の高揚感と達成感をもたらしてくれる。
長らくトップランカーとしてロッズ・インクと蜜月の関係を続けているイシュチェルでさえ、そうなのだ。
ガレージに満ちる機械油と電気的な香りを嗅ぎながら、イシュチェルは新しく組みあがった自分の機体を見る。
紅に染まった曲線美が、そこにある。手すりに両手を置き、体重をかけながら彼女は誇らしげに頬を緩めた。
ルビコン3向けに組み上げた機体だが、イシュチェルは事が済んだら持ち帰りたいと思った。
長らくトップランカーとしてロッズ・インクと蜜月の関係を続けているイシュチェルでさえ、そうなのだ。
ガレージに満ちる機械油と電気的な香りを嗅ぎながら、イシュチェルは新しく組みあがった自分の機体を見る。
紅に染まった曲線美が、そこにある。手すりに両手を置き、体重をかけながら彼女は誇らしげに頬を緩めた。
ルビコン3向けに組み上げた機体だが、イシュチェルは事が済んだら持ち帰りたいと思った。
『はははッ! 新しいお人形さんにご満足ってところだねぇ、イシュチェルさぁん』
渋みのある声がガレージのスピーカーから流れだす。
派手に笑い声をあげるので音が割れているが、喋っている当人はそれを気にするような立ちではないのは声音を聞けばわかる。
ふざけていて、掴みどころのない、道化師のような声だ。
しかし、イシュチェルは声と声の主を不快だと思ったことはない。今もそうだ。
派手に笑い声をあげるので音が割れているが、喋っている当人はそれを気にするような立ちではないのは声音を聞けばわかる。
ふざけていて、掴みどころのない、道化師のような声だ。
しかし、イシュチェルは声と声の主を不快だと思ったことはない。今もそうだ。
「感謝するよ、オフィサー。お前はいつも私を楽しいところへ誘ってくれる」
『いつもながら個性的な反応だねえ? 俺としてはさ、いつも君を死地目掛けて蹴飛ばしてるつもりなんだけどなあ?』
「ならば私にとって死地こそが、自分の身を置くべき居場所なのかもしれないな」
『頂点に君臨しながらその闘争本能と向上心が萎えない。変わらず君は最高だねえ、素敵だ』
「出会った時も似たようなことをのたまっていたな」
『アハハッ! そうだっけ? ま、いいんじゃないの?』
手すりに体重を預け、紅のACに惚れ惚れしたまなざしを向けるイシュチェルを、スピーカーの声の主は笑う。
それは道化師のような声音ではあるものの、心底楽しそうな笑い声だった。
そしてしばしの沈黙が流れた後、全く異なる声音で、声の主は低く言った。
それは道化師のような声音ではあるものの、心底楽しそうな笑い声だった。
そしてしばしの沈黙が流れた後、全く異なる声音で、声の主は低く言った。
『―――俺もお前も、本質は変わってないってことさ』
「ああ、そうだな。出会ったあの時から私とお前は変わっていない。変わる必要性を感じていない」
『ルビコン3でもそうだっていう確信があるのかな、イシュチェルさん?』
「不変だと信じているよ、オフィサー」
『なるほど? それがそうなら俺は楽しいけどさ、それがそうじゃなくなっても俺は楽しいだろうねえ』
「戦い続けることに悦びがある。今更、それ以外になにを求めるところがある?」
『さってね。そういうの、マジで考えるのは趣味じゃないんだ。キャラじゃないしさ』
「だろうな」
肩をすくめていそうな声の主に対して、イシュチェルはくつくつと笑いながらそう言う。
長いことイシュチェルはこのオフィサーという男とさまざまな戦いを巡り、生き抜き、戦い抜いてきたが、その関係性は変わらない。
満足のいく戦場へオフィサーはイシュチェルを導いてくれる。イシュチェルはそれを信じ、裏切られたとしても戦い抜き生き抜くことができると信じている。
二人は笑いながらその関係性を「今すぐにでも殺しあえる気安い関係」と評しているが、それは傍から見れば異様なものだ。二人は、殺しあえることを信じあっているということなのだから。
長いことイシュチェルはこのオフィサーという男とさまざまな戦いを巡り、生き抜き、戦い抜いてきたが、その関係性は変わらない。
満足のいく戦場へオフィサーはイシュチェルを導いてくれる。イシュチェルはそれを信じ、裏切られたとしても戦い抜き生き抜くことができると信じている。
二人は笑いながらその関係性を「今すぐにでも殺しあえる気安い関係」と評しているが、それは傍から見れば異様なものだ。二人は、殺しあえることを信じあっているということなのだから。
『で、死んだら墓碑はいらないんだよね?』
口元に笑みを浮かべていそうな声でオフィサーが言えば、イシュチェルはぶっきらぼうに返す。
「必要ない。追悼セールなりは勝手にしろ。私の死後に興味はない」
『君が歌って踊れるトップランカーなら追悼アルバムで儲かるんだけどなぁ?』
「興味ないな。精々、戦闘の録画でもやっておくといい」
『そうすることにするよーん。ま、君以外の連中もいることだしぃ?』
『一番尖ってるのは君だけどねぇーん。ま、やること考えたらこいつらで十分でしょ』
控えめな笑い声を上げながらオフィサーが言うのを聞き流し、イシュチェルは紅のACの隣のハンガーに鎮座する、紫の重量二脚型ACに目を向ける。
「で、情勢はどうなんだ。私は誰と戦えばいい?」
『惑星封鎖機構の御真面目さん次第かな。出る杭を順番に打ってくようなもんだよ、御真面目さんのすることだからね!』
「長引きそうだな」
『そんだけ戦えるってことさあ。悪い話じゃないでしょー?』
「そうだな、悪い話じゃない。お前も良い相手が見つかると良いな」
『簡単に言うねぇ。猿共の中から人間を見つけるのって大変なんだよー? 分かってますかー?』
「それはお前の領分だ。私は、戦えればそれでいい。強者ならなお良い」
『その強者、見つけたら俺にも知らせてくれると嬉しいなぁ』
「考えておく」
『わーお、望み薄って感じだねー!!』
ふふふ、と笑うオフィサーの声を聴きながら、イシュチェルは端末を取り出して新しいACの機体名を設定する。
機体を何度かえても、機体名だけは引き継いできた。それは自分の存在を誇示する名であり、その名は自分を表す構成要素の一つだ。
バタブコズメル―――紅の曲線美と重火器の化身。イシュチェルの強さの象徴であり、第二の身体。身体に馴染む、鉄の暴力。
機体を何度かえても、機体名だけは引き継いできた。それは自分の存在を誇示する名であり、その名は自分を表す構成要素の一つだ。
バタブコズメル―――紅の曲線美と重火器の化身。イシュチェルの強さの象徴であり、第二の身体。身体に馴染む、鉄の暴力。
「私は楽しみだ、オフィサー」
『―――俺も楽しみだ。面白い人間がいるかもしれん』
低く、落ち着いた声がスピーカーから流れている。
イシュチェルは口元を緩め、視線を自分のACへと向けなおす。
良い機体だ、と彼女は己の暴力を見つめながら、静かに高揚し、静かにそれを楽しんだ。
イシュチェルは口元を緩め、視線を自分のACへと向けなおす。
良い機体だ、と彼女は己の暴力を見つめながら、静かに高揚し、静かにそれを楽しんだ。
投稿者 | 狛犬えるす |