彼處にては その蛆つきず 火も消きえぬなり
―――マルコによる福音書9章48節
企業保有の採掘惑星の環境は、えてしてこの世の底である。
この世というのはつまるところ、企業を意味している。星の外を知らない労働者にとっての世界とは企業のことであり、企業とは意思ある世界の支配者だ。
その意思は常に利益を求め、競争に勝利することを望む。格安の献身を望む。従順を望む。忠誠を望む。そして何より、利益を激しく望む。
この世というのはつまるところ、企業を意味している。星の外を知らない労働者にとっての世界とは企業のことであり、企業とは意思ある世界の支配者だ。
その意思は常に利益を求め、競争に勝利することを望む。格安の献身を望む。従順を望む。忠誠を望む。そして何より、利益を激しく望む。
彼はそんな世界で産まれ、そんな世界で育った。アーキバス・コーポレーションの傘下の衛惑星採掘企業カエトラ・マイニングの保有惑星だ。
旧式の輸送船六隻による開拓団の七割は最初の三か月を耐えられず、開拓二世の平均寿命は五十歳に満たず、世代が開拓三世となる頃には惑星環境に耐えるために様々な人種的改良が行われていた。
不安定な大気は惑星規模の砂嵐となって人々を襲う。日々の採掘作業は常に危険と隣り合わせであり、人命よりも採掘機材の方が費用対効果が高いため、よく死亡者通知が流れていた。
旧式の輸送船六隻による開拓団の七割は最初の三か月を耐えられず、開拓二世の平均寿命は五十歳に満たず、世代が開拓三世となる頃には惑星環境に耐えるために様々な人種的改良が行われていた。
不安定な大気は惑星規模の砂嵐となって人々を襲う。日々の採掘作業は常に危険と隣り合わせであり、人命よりも採掘機材の方が費用対効果が高いため、よく死亡者通知が流れていた。
義務的に設けられていた無事故メーターは滅多に六時間を超えることはない。気が付けばリセットされ、気が付けばゼロになっている。誰もそんなものを見るわけがない。
彼は、そんな世界に居た。呼吸器系疾患の可能性を排除するために、彼はまず人工肺と防毒フィルターの移植手術を受け、筋繊維増強剤を打って採掘作業に従事した。すべては費用対効果によって値付けがされている世界で、彼はその世界の理をよく理解していた。惑星の日々は彼の魂を砂嵐と雷によって鍛造し、発破によって焼き入れし、費用対効果が刃を研いだ。彼は人の道徳や倫理を知っていたが、それに価値を感じなかった。それは費用対効果によく悪影響を及ぼすからだ。人の情によって破壊された採掘機材、重機、人の情によって失敗したリスク回避が彼にそれを教え込んだ。それは存在するが、なくてもいいものだと。
彼は忠実だった。使えぬ腕は切除し機械化させ、使えぬ脚は切除し機械化させ、見えぬ目は刳り貫いて機械化させ、使えぬ臓器は摘出して機械化させた。
彼は、そんな世界に居た。呼吸器系疾患の可能性を排除するために、彼はまず人工肺と防毒フィルターの移植手術を受け、筋繊維増強剤を打って採掘作業に従事した。すべては費用対効果によって値付けがされている世界で、彼はその世界の理をよく理解していた。惑星の日々は彼の魂を砂嵐と雷によって鍛造し、発破によって焼き入れし、費用対効果が刃を研いだ。彼は人の道徳や倫理を知っていたが、それに価値を感じなかった。それは費用対効果によく悪影響を及ぼすからだ。人の情によって破壊された採掘機材、重機、人の情によって失敗したリスク回避が彼にそれを教え込んだ。それは存在するが、なくてもいいものだと。
彼は忠実だった。使えぬ腕は切除し機械化させ、使えぬ脚は切除し機械化させ、見えぬ目は刳り貫いて機械化させ、使えぬ臓器は摘出して機械化させた。
彼は忠実だった。使えぬ者は処分して砂嵐に投げ込み、使えぬ機材は処分して資材に変換し、壊れた骨は取り出して機械化させ、壊れた機材は適切な方法で修繕する。
彼は忠実だった。すべての価値ある歯車を歯車たらしめ、歯車として機能するように強いることができた。歯車が壊れれば取り除き代替品を置き、時計本体の修繕もよくやった。
彼は忠実だった。肉体に価値などない。代替可能な存在の価値は、等しく低い。代替不可能な者こそが、強者となり支配者となる。
彼は忠実だった。採掘惑星の機械化に成功し、周辺星域の私掠船団や海賊を一掃し、自らの大部分を高度に機械化し、高みを目指していた。
彼は忠実だった。すべての価値ある歯車を歯車たらしめ、歯車として機能するように強いることができた。歯車が壊れれば取り除き代替品を置き、時計本体の修繕もよくやった。
彼は忠実だった。肉体に価値などない。代替可能な存在の価値は、等しく低い。代替不可能な者こそが、強者となり支配者となる。
彼は忠実だった。採掘惑星の機械化に成功し、周辺星域の私掠船団や海賊を一掃し、自らの大部分を高度に機械化し、高みを目指していた。
彼は、彼自身に忠実だ。
すべてを飲み込み光さえも通さぬ嵐の最中にあってなお、彼は常に心臓よりも微かに遅れた音を立てる、メトロノームを聞いていた。
人間の目を潰し機材を吹き飛ばし、ともすれば崩落さえ引き起こしかねない暴風の中で、かれは砂と風のがなり合いにも感じられる轟音の中、カチカチカチという音を聞き分けていた。
すべてを飲み込み光さえも通さぬ嵐の最中にあってなお、彼は常に心臓よりも微かに遅れた音を立てる、メトロノームを聞いていた。
人間の目を潰し機材を吹き飛ばし、ともすれば崩落さえ引き起こしかねない暴風の中で、かれは砂と風のがなり合いにも感じられる轟音の中、カチカチカチという音を聞き分けていた。
すべての歯車の鼓動を管理するためには、すべての歯車を規格化し代替可能としてそれに値する補給と修繕システムを組み上げるだけで良かった。それらすべては代替可能だ。
カチカチカチ、とメトロノームが脈動よりも遅れて音を鳴らしていた。彼はその音を聞いていた。脈動を制御して彼は、脈拍とメトロノームが完璧な調和を齎すようにそのリズムに乗った。
それは心地よい調べだ。嵐を超越した代替不可能な、唯一のものだ。
カチカチカチ、とメトロノームが脈動よりも遅れて音を鳴らしていた。彼はその音を聞いていた。脈動を制御して彼は、脈拍とメトロノームが完璧な調和を齎すようにそのリズムに乗った。
それは心地よい調べだ。嵐を超越した代替不可能な、唯一のものだ。
彼は彼自身に忠実だ。だからこそ、彼はすべてを制御し支配する存在になるべきだと考えた。
魂は、精神は、価値が薄いというのに代替手段が存在しない。故に制御できず、支配できず、無為な行為をこの世に齎す。
彼は彼自身に忠実だ。一人の若者が採掘惑星の経営方法さえも一変させ、本社に引き抜かれるのはまさに栄達というべきだったのだろう。
彼は彼自身に忠実だ。小さな褐色の少女が、彼を見上げて言った。
魂は、精神は、価値が薄いというのに代替手段が存在しない。故に制御できず、支配できず、無為な行為をこの世に齎す。
彼は彼自身に忠実だ。一人の若者が採掘惑星の経営方法さえも一変させ、本社に引き抜かれるのはまさに栄達というべきだったのだろう。
彼は彼自身に忠実だ。小さな褐色の少女が、彼を見上げて言った。
「あなたの考えはここよりも先進開発局にぴったりかもね」
彼は彼自身に忠実だ。少女の言ったことは正しかった。
彼はもはや、何者にも忠実である必要性を感じなかった。
彼は今や代替不可能な制御し、支配する者だった。
彼はもはや、何者にも忠実である必要性を感じなかった。
彼は今や代替不可能な制御し、支配する者だった。
そうなることで彼は初めて、晴れやかな心地を享受することができた。
しかし彼にとってそれは、心地よいだけだった。彼は晴れやかさなど求めていなかった。
機械の指が、今日もメトロノームを弾く。
しかし彼にとってそれは、心地よいだけだった。彼は晴れやかさなど求めていなかった。
機械の指が、今日もメトロノームを弾く。
カチカチカチカチ。
脈拍よりも微かに遅れ、音は彼に嵐を思い起こさせる。
50BPMで奏でられる音に、彼は脈拍を合わせて調和に浸る。
脈拍よりも微かに遅れ、音は彼に嵐を思い起こさせる。
50BPMで奏でられる音に、彼は脈拍を合わせて調和に浸る。
嵐こそ、その支配こそ、彼が求めるものなのだ。
- 関連項目
- V.II ルシエンテス
投稿者 | 狛犬えるす |