寓話に登場する怪物には、ふたつの種類がある。
そのふたつを分かつのは美醜という基準だ。美しく人を惑わせる怪物と、醜悪で恐ろしげな怪物。不思議と寓話に語られるそれらには、その中間、中庸というものが存在しない。
美しくも醜くもない怪物はいない。そして──真に人が恐れるべきなのは、美しき怪物の方だ。
少なくともリヒターはそう考えていた。醜悪で恐ろしげであることは、敵を遠ざける虚勢に過ぎない。それは生物の進化の帰結であり、外敵から身を守るための、狩られる側の知恵であるから。
しかし美しい怪物の場合は、その真逆だ。
美貌で獲物を惑乱し、誘い込む。狩る側の怪物は美しく、見えざる悪意と殺意に満ちている。それが人の手によって生み出された怪物ならば、なおさらだ。
そのふたつを分かつのは美醜という基準だ。美しく人を惑わせる怪物と、醜悪で恐ろしげな怪物。不思議と寓話に語られるそれらには、その中間、中庸というものが存在しない。
美しくも醜くもない怪物はいない。そして──真に人が恐れるべきなのは、美しき怪物の方だ。
少なくともリヒターはそう考えていた。醜悪で恐ろしげであることは、敵を遠ざける虚勢に過ぎない。それは生物の進化の帰結であり、外敵から身を守るための、狩られる側の知恵であるから。
しかし美しい怪物の場合は、その真逆だ。
美貌で獲物を惑乱し、誘い込む。狩る側の怪物は美しく、見えざる悪意と殺意に満ちている。それが人の手によって生み出された怪物ならば、なおさらだ。
「──あー、あー、こちらジュスマイヤー。隊長、ユーコピー?」
リヒターが腰を下ろしたコックピットのコンソールから、胡乱な女の声がした。不真面目な声音、空とぼけた声色の、およそ戦場には不似合いな声だった。
「……アイコピー。どうした。体調が悪いという話なら聞かんぞ。お前のバイタルは至って正常だ」
「あら、人のプライバシーをのぞき見するなんて。存外悪趣味ね、隊長殿。アタシの心拍数はそんなに官能的に見えるのかしら?」
ジュスマイヤーと呼ばれた女の声は、皮肉たっぷりにそう応じた。リヒターはなにか気の利いた返しをしようか逡巡したが、この日の彼のユーモアはあいにくと品切れだった。
「私語は慎め。一昨日にも咎められたばかりだろう。さっさと要件を言ったらどうだ」
「ちょっとした問題が起きてねぇ。今ほど交戦中の敵機だけど、どうもベイラムの連中みたいなの」
「それがどうした。お前がてこずるような相手ではないだろう」
「要するに──」
苦虫をかみつぶしたように、リヒターの表情がゆがむ。
「手ごろな獲物が見つかったと。そう言いたいのか」
「アタシはこいつらの相手で手一杯だし。いい機会だと思わない?」
まるで子供の悪戯、悪だくみに誘うようなその言葉に、リヒターはますます不機嫌になり、しばしの沈黙をもってジュスマイヤーに抗議する。すると彼女は、少し声音を剣呑にして、とつとつとリヒターにこうまくしたてた。
「ずいぶん虫の居所が悪そうね。けど、迷ってる暇はなさそうよ。もちろん、アタシに八つ当たりしてる暇もない。早いとこあの怪物を呼んだらどう?」
「お前に言われるまでもない。引き続き陽動部隊の殲滅を続けろ」
「はあ? ちょっと、こいつらもあの白いのにやらせればいいじゃない。撤退させてくれないの?」
「親切心で忠告するが、多少なりとも弾を撃っておかないと納得しない連中もいる。とりわけ親愛なる『我が社』にはな。今後もサボタージュがしたいなら素直に従うことだ。ジュスマイヤー」
「ちっ、ご忠告痛み入るわね。オーバー」
舌打ちを最後に、ジュスマイヤーは通信を打ち切った。
リヒターは瞼を下ろし、深くため息をつくと、コンソールのチャンネルを変更した。檻の中にいる怪物に向けて、リヒターは静かにこう告げる。
リヒターは瞼を下ろし、深くため息をつくと、コンソールのチャンネルを変更した。檻の中にいる怪物に向けて、リヒターは静かにこう告げる。
「──イレヴン。仕事の時間だ」
「コピー!」
それに応じたのは、少年か少女か、性差の曖昧な子供のソプラノだった。その愛らしい声色が、リヒターをまたしても不機嫌にする。そんな彼に構うことなく、愛らしい声は続けた。
「V.Vイレヴン。アイスブレーカ、出撃するぞ!」
瞬間、リヒターがコックピットの側面に目を遣ると、随伴していたヘリのペイロードが展開し、そこから一機のACが解き放たれた。
手つかずの氷原の凍土のように、白い機体が宙を舞う。
白い怪物が戦場へと舞い降りていく。
その姿は、それが人殺しの道具であることをひととき忘れさせるほどに美しく──
度し難いほどの、悪意と殺意に満ちていた。
手つかずの氷原の凍土のように、白い機体が宙を舞う。
白い怪物が戦場へと舞い降りていく。
その姿は、それが人殺しの道具であることをひととき忘れさせるほどに美しく──
度し難いほどの、悪意と殺意に満ちていた。
交信記録:発信元不明
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