ロッズの惑星上事業提携者となることで対外中立を決め込んだグリッド044の上層区画、二人の男と一人の女が屋台の椅子に座っている。
ベリウス大陸の北東部、ルビコン動乱を遠目に眺めていたグリッド044は猜疑心に蝕まれた小男の納める影響力皆無の弱小集団の一つでしかなかったが、その小男がロッズ・インクの事業提携契約に飛びついた結果、複数の独立傭兵やロッズのランカーの拠点となり、この地域では誰も手の付けられない一種の聖域にまで成り上がった。
隣接する地続きのグリッドも事業規模拡大のためにと美味いことを言ってロッズのランカーに掃除を任せ、今ではグリッド044を中心とした居住・配信・通信・整備などなどの複合拠点となっている。聖域であると同時にACの整備拠点であるということは、それなりの数の独立傭兵やロッズのアリーナでの収入をアテにしている連中が住み着くということでもある。
そんな連中である三人は出された湯気立つ丼を一瞥した後、割箸を割ってそれに手を付け始めた。この屋台の店主曰く醤油味とのことだったが、湯気に混じる匂いは胡麻油の風味しか感じられない。
≪ネニシェスク≫は渦巻き模様が描かれたよくわからないものを慣れない箸で掴んで口に入れ、魚肉のような味わいを薄っすら感じながら飲み下し、器用に箸を使ってラーメンを食っている隣の二人を見た。
黒髪に眼鏡の冴えない細身の地味な青年は≪チップマン≫で、箸使いは器用だが湯気を顔面に受けて眼鏡のレンズが真っ白に曇っている。器用なのか不器用なのか分からない。
そしてその隣はチップマンとは対照的に派手な明るい緑の髪と目に、肌をそれなりに露出したファッションの女、≪ショートテイル≫だ。なぜかこいつが箸の扱いが一番うまい。
二人が揃って麺を美味そうに啜って食うのを眺め、ネニシェスクは手に持った箸と蓮華を手放し、溜息を吐きそうになるのをこらえながら言った。
ベリウス大陸の北東部、ルビコン動乱を遠目に眺めていたグリッド044は猜疑心に蝕まれた小男の納める影響力皆無の弱小集団の一つでしかなかったが、その小男がロッズ・インクの事業提携契約に飛びついた結果、複数の独立傭兵やロッズのランカーの拠点となり、この地域では誰も手の付けられない一種の聖域にまで成り上がった。
隣接する地続きのグリッドも事業規模拡大のためにと美味いことを言ってロッズのランカーに掃除を任せ、今ではグリッド044を中心とした居住・配信・通信・整備などなどの複合拠点となっている。聖域であると同時にACの整備拠点であるということは、それなりの数の独立傭兵やロッズのアリーナでの収入をアテにしている連中が住み着くということでもある。
そんな連中である三人は出された湯気立つ丼を一瞥した後、割箸を割ってそれに手を付け始めた。この屋台の店主曰く醤油味とのことだったが、湯気に混じる匂いは胡麻油の風味しか感じられない。
≪ネニシェスク≫は渦巻き模様が描かれたよくわからないものを慣れない箸で掴んで口に入れ、魚肉のような味わいを薄っすら感じながら飲み下し、器用に箸を使ってラーメンを食っている隣の二人を見た。
黒髪に眼鏡の冴えない細身の地味な青年は≪チップマン≫で、箸使いは器用だが湯気を顔面に受けて眼鏡のレンズが真っ白に曇っている。器用なのか不器用なのか分からない。
そしてその隣はチップマンとは対照的に派手な明るい緑の髪と目に、肌をそれなりに露出したファッションの女、≪ショートテイル≫だ。なぜかこいつが箸の扱いが一番うまい。
二人が揃って麺を美味そうに啜って食うのを眺め、ネニシェスクは手に持った箸と蓮華を手放し、溜息を吐きそうになるのをこらえながら言った。
「……お前ら、実を結ばない木に限って誰も石を投げないって言葉知ってるか?」
「ぶふっ!!」
「ほげっ!!」
ほぼ同時に二人が咳き込む。
スープがハネてカウンターに散らばり、店主の眉がちょっと釣り上がる。
チップマンとショートテイルはネニシェスクに箸を向ける。店主の眉がさらに釣り上がった。
スープがハネてカウンターに散らばり、店主の眉がちょっと釣り上がる。
チップマンとショートテイルはネニシェスクに箸を向ける。店主の眉がさらに釣り上がった。
「それはさ……、ネニシェスク。今言わなきゃ駄目なことだった?」
「そーだそーだ! 負けた後の美味しいラーメンタイム中に言うことかぁ!?」
「一番の借金持ちに奢られてるお前らに言われてもなぁ。お前らもはや食う前に礼とか言わねえじゃん?」
「いやそれはネニシェスクが奢るの好きなタイプかもしれないし……」
「ウチらだって好きで奢られてるんじゃないっていうかぁー……」
「即金持ってんなら払ってもらうが?」
「「奢っていただいてありがとうございます」」
よろしい、とネニシェスクは箸を面に突っ込んで冷ましてから麺の束を口に運ぶ。
幸いにしてこのラーメンの原材料に関して口を挟むほどの阿呆はいない。もそもそとした麺に胡麻油が絡まって脂っこいが、これでも腹には溜まるし味は良い方だ。
乗っている具も刻みネギと茹で卵――この卵がなんの卵なのか口を挟む馬鹿もいない――と、ジャガイモに鶏肉(?)と食い物としては豪勢だ。それなりに値段もする。
いくら星外企業のロッズが惑星上事業提携者として後ろ盾になっても、ルビコン3に星外の豊かさがいきなり入ってくるわけではない。そうなるには銀河と宇宙はあまりにも広すぎるし、企業は何時だって狡猾で抜け目がない。このグリッド044はルビコン3の中で比較的マシな部類にあるだけで、星外の生活を知る人間にとってはそれでもまだ酷いほうだ。
それでも、この聖域が出来る前より生活は確かに楽になり充実したとネニシェスクは丼を空にしながら、
幸いにしてこのラーメンの原材料に関して口を挟むほどの阿呆はいない。もそもそとした麺に胡麻油が絡まって脂っこいが、これでも腹には溜まるし味は良い方だ。
乗っている具も刻みネギと茹で卵――この卵がなんの卵なのか口を挟む馬鹿もいない――と、ジャガイモに鶏肉(?)と食い物としては豪勢だ。それなりに値段もする。
いくら星外企業のロッズが惑星上事業提携者として後ろ盾になっても、ルビコン3に星外の豊かさがいきなり入ってくるわけではない。そうなるには銀河と宇宙はあまりにも広すぎるし、企業は何時だって狡猾で抜け目がない。このグリッド044はルビコン3の中で比較的マシな部類にあるだけで、星外の生活を知る人間にとってはそれでもまだ酷いほうだ。
それでも、この聖域が出来る前より生活は確かに楽になり充実したとネニシェスクは丼を空にしながら、
「ふう」
と息を吐く。
まあ、ああだこうだと言っても、ネニシェスクがルビコン3で過ごした中で、このグリッド044とその衣食住はまず間違いなくトップクラスなのは間違いない。
機体を置くにも整備をするにも飯を食うにも金はかかるが、ロッズのお膝元だけあってここに居ついていればアリーナへの試合を都合してくれるのだからありがたい。おまけにロッズのアリーナ依頼は弾薬・修理費が依頼主持ちで負けても少額の報酬がある。依頼受諾と同時に配信などに関する複雑な権利破棄契約にも合意したとみなされているので、ネニシェスクなどは初めて依頼を貰った時、かなり怪しんだものだが。
爪楊枝で歯の間を掃除しながらネニシェスクが隣の面々を見れば、チップマンは一口が小さいのでまだ食っていて、箸の扱いが上手いうえに啜るのも上手いショートテイルはいつの間にか替え玉を頼んで味変とばかりに卓上調味料の胡椒を振りかけている。ネニシェスクがジト目で睨むとあからさまに顔を逸らし、そしてそのまま食い始める。肝っ玉が太いのか細いのかよくわからない女である。ため息も出ない。
足を組みつつ、一人先に食い終わってしまったネニシェスクはカウンターに肘をつき、手で顎を支えながらふと気になったことをそのまま口にする。
まあ、ああだこうだと言っても、ネニシェスクがルビコン3で過ごした中で、このグリッド044とその衣食住はまず間違いなくトップクラスなのは間違いない。
機体を置くにも整備をするにも飯を食うにも金はかかるが、ロッズのお膝元だけあってここに居ついていればアリーナへの試合を都合してくれるのだからありがたい。おまけにロッズのアリーナ依頼は弾薬・修理費が依頼主持ちで負けても少額の報酬がある。依頼受諾と同時に配信などに関する複雑な権利破棄契約にも合意したとみなされているので、ネニシェスクなどは初めて依頼を貰った時、かなり怪しんだものだが。
爪楊枝で歯の間を掃除しながらネニシェスクが隣の面々を見れば、チップマンは一口が小さいのでまだ食っていて、箸の扱いが上手いうえに啜るのも上手いショートテイルはいつの間にか替え玉を頼んで味変とばかりに卓上調味料の胡椒を振りかけている。ネニシェスクがジト目で睨むとあからさまに顔を逸らし、そしてそのまま食い始める。肝っ玉が太いのか細いのかよくわからない女である。ため息も出ない。
足を組みつつ、一人先に食い終わってしまったネニシェスクはカウンターに肘をつき、手で顎を支えながらふと気になったことをそのまま口にする。
「そういや、戦闘評価がEやFランクの場合、一試合でどんだけ貰えるんだ?」
「ん? ……それはぁ、勝った場合の話? 負けた場合の話?」
「俺がお前らに話してるんだから負けた場合の話だろうが」
「ウチらさっきから言われっぱなしでちょっとイラっとしてきたんだけど」
「ま、まぁ……、ネニシェスクは最初からD判定でそこからCにランクアップした口だから……ね?」
「むぐぐ。でもウチは器が広いからこの替え玉に免じて答えてあげよう」
「普通は奢られるんだから一言断り入れるもんなんだがな」
「ウチだと負け試合でも試合成立金って名目でだいたい50コーム入ってるんよ。そっからACの格納庫使用料と居住関連のお金とか出せるけど……」
「まあ、弾薬費や修理費免除でもそれだけだと厳しいよな。ああ、Eランクの俺も50コームだね」
「なるほどな。ちなみにDランクだと75コームでCランクだと100コームだったぞ」
瞬間、チップマンとショートテイルの目が点になった。
そのあとすぐにショートテイルは麺を啜りながら眉間に皺を作ってサブスクがとか課金がとかガチャがとか呪文を唱えだしたが、チップマンは少しだけなにかを考えたような表情をしたものの、すぐに肩をすくめてなにかを諦めたように汁を吸って増えた麺を啜り始める。
死に物狂いで戦う傭兵はその分だけリターンがあるはずだ、というのは、宇宙全体に広まるデマの一つだ。実際はここでラーメンをすすっている三人を見れば分かる。
ネニシェスクはアーキバスがルビコン3の動乱が本格化する前に送り込まれた先行偵察部隊の生き残りで、他のメンバーはほとんどが戦死か行方不明だ。
チップマンはベイラムの第一次ルビコン派兵の生き残りで、ベイラムの死守命令連発司令官と敗残兵狩りをし始めたルビコニアンたちから逃れてきた。
ショートテイルは惑星封鎖機構の禁域指定に乗じて送り込まれてきた威力偵察組で、ほぼフリーフォーオール状態の中で生き残った。
ここにいる三人は、陣営も生き方も違っているが、どのように扱われたかは共通している。下っ端のACパイロット如きなどは、どこについても同じ役回りが待っている。得られる報酬と命を天秤にかけた時、釣り合う価値があると思えるほどの数字を、与えられることはない。そんな境遇でも生き残ったと胸を張ることもできない。ただ生きているだけでは、傭兵はやっていけない職業なのだ。
そのあとすぐにショートテイルは麺を啜りながら眉間に皺を作ってサブスクがとか課金がとかガチャがとか呪文を唱えだしたが、チップマンは少しだけなにかを考えたような表情をしたものの、すぐに肩をすくめてなにかを諦めたように汁を吸って増えた麺を啜り始める。
死に物狂いで戦う傭兵はその分だけリターンがあるはずだ、というのは、宇宙全体に広まるデマの一つだ。実際はここでラーメンをすすっている三人を見れば分かる。
ネニシェスクはアーキバスがルビコン3の動乱が本格化する前に送り込まれた先行偵察部隊の生き残りで、他のメンバーはほとんどが戦死か行方不明だ。
チップマンはベイラムの第一次ルビコン派兵の生き残りで、ベイラムの死守命令連発司令官と敗残兵狩りをし始めたルビコニアンたちから逃れてきた。
ショートテイルは惑星封鎖機構の禁域指定に乗じて送り込まれてきた威力偵察組で、ほぼフリーフォーオール状態の中で生き残った。
ここにいる三人は、陣営も生き方も違っているが、どのように扱われたかは共通している。下っ端のACパイロット如きなどは、どこについても同じ役回りが待っている。得られる報酬と命を天秤にかけた時、釣り合う価値があると思えるほどの数字を、与えられることはない。そんな境遇でも生き残ったと胸を張ることもできない。ただ生きているだけでは、傭兵はやっていけない職業なのだ。
「ぷはぁ……ウチ、お腹いっぱい。大将、ごちそうさまでした!」
「俺もやっと食べ終えたよ。ネニシェスク、支払い頼むよ?」
両手をあわせて店主に頭を下げるショートテイルと、苦笑しながら申し訳なさそうに首を引っ込めるチップマンを見ながら、ネニシェスクは少しばかりはにかむ。
血は金で買えるが命は買えない。金は数えられ、パンは重さを図られる。人生は、花畑を横切るほど単純ではない。そんなことはとっくの昔に分かっていた。分かっていても、やってみようと、やれるかもしれないと思ってこの道に入り込んだ。こいつらだってその口だろう。
端末を取り出して支払いを一括で持ってやりながら、ネニシェスクは爪楊枝を丼の中に吐き捨て、立ち上がり、
血は金で買えるが命は買えない。金は数えられ、パンは重さを図られる。人生は、花畑を横切るほど単純ではない。そんなことはとっくの昔に分かっていた。分かっていても、やってみようと、やれるかもしれないと思ってこの道に入り込んだ。こいつらだってその口だろう。
端末を取り出して支払いを一括で持ってやりながら、ネニシェスクは爪楊枝を丼の中に吐き捨て、立ち上がり、
「行くぞ、晩飯は奢らないから覚えとけよ」
と言って歩き出す。
背後でショートテイルとチップマンがなにか言っていたが、ネニシェスクは少しばかり良くなった機嫌に免じてそれを無視することにした。
ネニシェスクは明日の試合のことを考える。相手は格上のタントラム・バカルターだ。負けるかもしれないが、アリーナのレギュレーションで死ぬのは稀だ。
ミリタリーブーツの踵を鳴らしながら上機嫌に歩くネニシェスクは、鼻で笑う。
誰に言うでもなく、誰に思うでもなく、ただふと、こう思った。
何時も、誰でも、人生は後悔だらけだ。だが、それの何が悪い。
後悔していたって、機嫌がいい日は誰にでもある。生きているだけ、万々歳だ、と。
背後でショートテイルとチップマンがなにか言っていたが、ネニシェスクは少しばかり良くなった機嫌に免じてそれを無視することにした。
ネニシェスクは明日の試合のことを考える。相手は格上のタントラム・バカルターだ。負けるかもしれないが、アリーナのレギュレーションで死ぬのは稀だ。
ミリタリーブーツの踵を鳴らしながら上機嫌に歩くネニシェスクは、鼻で笑う。
誰に言うでもなく、誰に思うでもなく、ただふと、こう思った。
何時も、誰でも、人生は後悔だらけだ。だが、それの何が悪い。
後悔していたって、機嫌がいい日は誰にでもある。生きているだけ、万々歳だ、と。