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再会
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dannocomachi
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再会
どこへ行きたい?
「チョコちゃん、このあと、どこか行きたいところある?」
シュトレンさんに聞かれ、私は閉じたばかりのDPo-Xへ目を落としました。
行きたい場所はあります。
一年間、ずっと目指してきた場所です。
「……先輩たちに、会いたいです」
口に出すと、胸の奥が少しだけ熱くなりました。
みた先輩。
シロさん。
キャラメル先輩。
つきみ先輩。
同じ学校に入れば、すぐに会えると思っていました。
けれど、実際に入学してみると、二年生の教室は思っていたより遠く感じます。
「二年生なんだよね?」
「はい」
「じゃあ、会いに行こうよ」
シュトレンさんは、とても自然に言いました。
まるで隣の席へ話しかけに行くような調子です。
「ですが、まだ新学年の説明をしているかもしれません。それに、二年生の教室へ急に一年生が行ったら、ご迷惑では……」
「チョコちゃん」
「はい?」
「ちょっと難しく考えすぎじゃない?」
「そうでしょうか」
「会いに行って、忙しそうだったら出直せばいいだけだよ」
それは、確かにそうです。
けれど、そう簡単に考えられないから困っています。
私が返事に迷っていると、シュトレンさんは少し考え、ぱっと顔を明るくしました。
「それなら、まず校内を回ってみない?」
「校内を、ですか?」
「うん。二年生の教室がある方へ歩きながら、学校も見て回るの。途中で会えたらラッキーだし、会えなかったら最後に教室まで行けばいいよ」
「なるほど……」
先輩に会うためだけに二年生の教室へ向かうと思うと緊張します。
でも、校内を見て回る途中なら、少しだけ気持ちが楽になります。
「では、お願いします」
「決まりだね!」
シュトレンさんは嬉しそうに立ち上がりました。
「私もこの学校、まだ全然わからないから。一緒に迷おう!」
「迷うことが前提なんですか?」
「二人なら、ちょっとくらい迷っても楽しいでしょ?」
シュトレンさんは笑いながら、私の鞄を持つ手元を見ました。
「緊張してる?」
「少しだけです」
「大丈夫。先輩に会うまで、私が一緒にいるから」
今日会ったばかりなのに、そう言ってくれました。
私は小さく頭を下げます。
「ありがとうございます、シュトレンさん」
「友達なんだから、お礼はいらないよ」
友達。
その言葉に、また少し嬉しくなりました。
私たちは並んで、一年二組の教室を出ました。
シュトレンさんに聞かれ、私は閉じたばかりのDPo-Xへ目を落としました。
行きたい場所はあります。
一年間、ずっと目指してきた場所です。
「……先輩たちに、会いたいです」
口に出すと、胸の奥が少しだけ熱くなりました。
みた先輩。
シロさん。
キャラメル先輩。
つきみ先輩。
同じ学校に入れば、すぐに会えると思っていました。
けれど、実際に入学してみると、二年生の教室は思っていたより遠く感じます。
「二年生なんだよね?」
「はい」
「じゃあ、会いに行こうよ」
シュトレンさんは、とても自然に言いました。
まるで隣の席へ話しかけに行くような調子です。
「ですが、まだ新学年の説明をしているかもしれません。それに、二年生の教室へ急に一年生が行ったら、ご迷惑では……」
「チョコちゃん」
「はい?」
「ちょっと難しく考えすぎじゃない?」
「そうでしょうか」
「会いに行って、忙しそうだったら出直せばいいだけだよ」
それは、確かにそうです。
けれど、そう簡単に考えられないから困っています。
私が返事に迷っていると、シュトレンさんは少し考え、ぱっと顔を明るくしました。
「それなら、まず校内を回ってみない?」
「校内を、ですか?」
「うん。二年生の教室がある方へ歩きながら、学校も見て回るの。途中で会えたらラッキーだし、会えなかったら最後に教室まで行けばいいよ」
「なるほど……」
先輩に会うためだけに二年生の教室へ向かうと思うと緊張します。
でも、校内を見て回る途中なら、少しだけ気持ちが楽になります。
「では、お願いします」
「決まりだね!」
シュトレンさんは嬉しそうに立ち上がりました。
「私もこの学校、まだ全然わからないから。一緒に迷おう!」
「迷うことが前提なんですか?」
「二人なら、ちょっとくらい迷っても楽しいでしょ?」
シュトレンさんは笑いながら、私の鞄を持つ手元を見ました。
「緊張してる?」
「少しだけです」
「大丈夫。先輩に会うまで、私が一緒にいるから」
今日会ったばかりなのに、そう言ってくれました。
私は小さく頭を下げます。
「ありがとうございます、シュトレンさん」
「友達なんだから、お礼はいらないよ」
友達。
その言葉に、また少し嬉しくなりました。
私たちは並んで、一年二組の教室を出ました。
入学式の日の廊下
教室の外は、先ほどまでよりもずっとにぎやかになっていました。
壁には部活動紹介のポスターが並び、廊下の上には案内用のウィンドウがいくつも浮かんでいます。
運動部。
文化部。
現実側の校舎で活動する部活。
バーチャル校舎を中心に活動する部活。
その両方を行き来する部活。
表示されている内容が多すぎて、目を向けるたびに立ち止まりそうになります。
「すごいね。向こうの学校と全然違う」
シュトレンさんが、楽しそうに辺りを見回しました。
「ドイツの学校には、こういう部活動はなかったんですか?」
「活動はあったよ。でも、日本の学校みたいに、入学初日からみんなで勧誘する感じではなかったかな」
少し先では、楽器を持った上級生が演奏していました。
別の場所では、バーチャルフィールド上に小さなコートを展開し、運動部が実演をしています。
「こういうの、ちょっと憧れてたんだ」
シュトレンさんが言いました。
「高校生活に、ですか?」
「うん。友達と授業を受けたり、放課後に寄り道したり、部活を見に行ったり。たぶん、ここでは普通なんだろうけど、私には今まであまりできなかったことだから」
自己紹介の時にも、普通の高校生活を楽しみたいと言っていました。
明るく見えるシュトレンさんにも、ずっと待っていたものがあるようです。
私にとっての、先輩たちとの再会と同じなのかもしれません。
「では、たくさん経験しないといけませんね」
「うん。チョコちゃんも一緒にね」
「私もですか?」
「友達でしょ?」
また、迷いのない返事でした。
私は少し照れながらも、頷きました。
「はい」
その時、楽器を持った男子生徒が二人、こちらへ近づいてきました。
「新入生?」
「はい」
「二人とも、バンドとか興味ない? 今度、新入生向けの体験会やるんだけど」
一人が、案内ウィンドウをこちらへ送ってきます。
シュトレンさんは内容を確認しました。
「軽音系の部活ですか?」
「部活っていうより同好会かな。キーボードできる子を探してるんだよね」
「私、ピアノなら弾けます」
「本当? じゃあちょうどいいじゃん!」
男子生徒の顔が明るくなりました。
シュトレンさんは少し興味を持ったようでしたが、すぐに私の方を見ました。
「今日は友達と校内を回る予定なので、体験会の日程だけいただいてもいいですか?」
「もちろん。興味あったら来てよ」
「ありがとうございます」
シュトレンさんが案内を受け取ると、二人は別の新入生へ声をかけに行きました。
「シュトレンさん、ピアノを弾けるんですよね」
「うん。向こうにいた頃からずっと習ってるの」
「体験会、行ってみるんですか?」
「ちょっと気になるけど、今日はチョコちゃんの先輩探しが先かな」
「私は大丈夫ですよ?」
「私が一緒に行きたいの」
そう言いながら、シュトレンさんは受け取った案内をDPo-Xへ保存しました。
「バンドかぁ。普通の高校生活っぽいね」
その表情は、とても楽しそうでした。
私たちは二年生エリアの方角を確認し、再び歩き始めます。
しかし、少し進んだところで、今度は運動部らしい男子生徒たちに声をかけられました。
「二人とも、部活決めた?」
「いえ、まだです」
「それなら、うちの見学来ない? 女子のマネージャーも募集中なんだ」
「すみません。今は校内を回っている途中なので」
シュトレンさんが丁寧に断ります。
「見学くらいすぐ終わるって。二人とも一緒でいいからさ」
「今日でなくても、見学できるんですよね?」
「できるけど、せっかくだし今から行こうよ」
一人が、私たちの進む方向へ回り込みました。
悪い人たちではないのかもしれません。
ただ、少し距離が近く、断っても話を続けようとしています。
私は受験前の中学校で、部活動勧誘に囲まれた日のことを思い出しました。
あの時も、みなさん親切でした。
親切だったからこそ、断ることが難しかったのです。
けれど、今は一人ではありません。
「申し訳ありません」
私は、先ほどよりもはっきりと言いました。
「今日は行く場所を決めています。見学については、あとで改めて考えます」
相手は一瞬だけ驚いた顔をしました。
「そんな固くならなくても大丈夫だって」
「でも――」
シュトレンさんが何か言おうとした時でした。
「そこまでにしとけって」
よく知っている声が、廊下の向こうから聞こえました。
体が先に反応しました。
聞き間違えるはずがありません。
「嫌がってるの、見ればわかるだろ?」
人の間を抜け、制服姿の女の子が歩いてきます。
短い茶色の髪。
少しラフに着た制服。
現実でも、バーチャル世界でも変わらない、まっすぐな立ち方。
その少し後ろには、青灰色の髪をした女の子もいました。
「初日から新入生を人数で囲むの、部の印象が悪くなるだけだよ」
後ろの女の子が、淡々と言いました。
男子生徒たちは、少し気まずそうに互いの顔を見ました。
「別に、無理やりじゃないって」
「なら、一回断られた時点で終わりでいいだろ」
先頭の女の子が言います。
それ以上言い返すこともなく、男子生徒たちは「悪かった」と短く言って離れていきました。
私は、目の前の背中を見つめます。
一年ぶりです。
それでも、見間違えることはありませんでした。
「シロさん……?」
声が、少しだけ震えました。
女の子が振り返ります。
最初は驚いた顔。
次に私の顔を見て。
黒いお団子の横にある花飾りを見て。
その目が、大きく見開かれました。
「……チョコちゃん?」
「はい」
それだけ答えると、胸の奥に溜まっていたものが一気に動き出しました。
シロさんは数歩でこちらへ来ると、私の肩へ両手を置きました。
一度、頭を撫でようとしたようでしたが、お団子を見て手を止めます。
「髪、崩れるな」
「少しくらいなら大丈夫です」
「入学式の日だろ。キャラメルに怒られる」
その言葉も。
少し困ったような笑い方も。
全部、覚えていました。
「本当にチョコちゃんだ」
「お久しぶりです、シロさん」
「うん。久しぶり」
シロさんは、私の肩へ置いた手に少しだけ力を込めました。
「合格おめでとう。ちゃんと来たな」
「はい。ようやく来られました」
卒業の日、シロさんは高校で待っていると言ってくれました。
その言葉どおり、目の前にいてくれます。
「すみません」
私は頭を下げました。
「受験の間、FoFにもほとんど顔を出せなくて。連絡も少なくなってしまって……」
「なんで謝るんだよ」
シロさんはすぐに言いました。
「受験のために勉強してたんだろ? みたから聞いてたし、みんなもわかってたよ」
「でも――」
「戻ってきたら、また一緒に遊べばいいだけだ」
あまりにもまっすぐで、私はそれ以上何も言えなくなりました。
代わりに、もう一度頷きます。
「はい」
「それに、たまにログインしてたのも知ってるよ。エクレアが話してたからな」
「エクレアさんが?」
「『チョコちゃん刀の使い方すごく上手くなってた!』って、かなり大きい声で」
想像できます。
アイリスさんに、声量を注意されているところまで想像できました。
「そういえば」
シロさんは、私の隣にいるシュトレンさんを見ました。
「そっちの子は?」
「あっ、紹介します」
私はシュトレンさんの方へ向き直りました。
「同じクラスのマリーシュトレンさんです。今日、最初にできたお友達です」
「最初にできた友達」
シロさんは、嬉しそうに笑いました。
「よかったな、チョコちゃん」
「はい」
「マリーシュトレンです。よろしくお願いします」
シュトレンさんが、きれいに頭を下げます。
「シュガーシロップ。みんなにはシロって呼ばれてる。よろしくな」
「チョコちゃんから、頼れる先輩がいると聞いています」
「私のこと?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
私は少し慌てました。
「シロさんのお名前を出して、詳しく話したわけではありません」
「花をくれた大切な先輩がいるって話は聞いたよ」
「シュトレンさん!」
シロさんの視線が、私の花飾りへ移ります。
すぐに、誰のことかわかったようでした。
「なるほど。みたの花か」
「はい……」
急に恥ずかしくなり、花へ触れます。
シロさんは少しだけ楽しそうに笑いましたが、それ以上は何も言いませんでした。
「まだ、みたには会ってない?」
「はい」
「じゃあ、一緒に行こう。今なら二年のホームエリアにいると思う」
「本当ですか?」
「たぶん、ずっとチョコちゃん探してる」
「シロさん、余計なこと言わない方がいいんじゃない?」
青灰色の髪の女の子が、横から言いました。
「余計じゃないだろ?」
「本人が認める前に言うと、あとで面倒になるよ」
「そうかな」
その女の子は、私とシュトレンさんへ軽く手を上げました。
「ユーリコレット。同じ二年。シロたちとよく一緒にいる」
「チョコチップです。よろしくお願いします」
「シュトレンです」
「よろしく。あと、今みたいな勧誘は全部まともに相手しなくていいから。しつこかったら近くの上級生か先生に言えばいいよ」
サバサバとした話し方ですが、私たちを心配してくれているのが伝わりました。
「ありがとうございます」
「私は案内の担当に戻るから。またあとで」
コレット先輩はそう言って、シロさんの肩を軽く叩きました。
「新入生連れて迷わないでよ」
「迷わないって」
「去年、近道しようとして遠回りしたでしょ」
「あれは地図が悪かった」
「地図に謝りな」
コレット先輩はそれだけ言い残し、廊下の向こうへ歩いていきました。
「コレットは、いつもあんな感じだから」
シロさんが言います。
「仲が良いんですね」
シュトレンさんが聞くと、シロさんは頷きました。
「去年知り合ったんだけど、今はキャラメルやミルクとも一緒にいることが多いかな」
先輩たちの一年間にも、私の知らない出会いがあったようです。
少しだけ不思議に感じました。
けれど、寂しいわけではありません。
むしろ、その人たちにも会ってみたいと思いました。
「それじゃ、みたのところへ行こうか」
シロさんが歩き出します。
私は一歩踏み出してから、シュトレンさんを振り返りました。
「シュトレンさんも、大丈夫ですか?」
「もちろん」
シュトレンさんは、私の隣へ並びました。
「チョコちゃんが一年間会いたかった先輩でしょ? 私も挨拶したいな」
「ありがとうございます」
「それに、花を選んだ人がどんな人なのか気になるし」
「その話は、もう忘れてください……」
「無理かも」
シュトレンさんは楽しそうに笑っていました。
壁には部活動紹介のポスターが並び、廊下の上には案内用のウィンドウがいくつも浮かんでいます。
運動部。
文化部。
現実側の校舎で活動する部活。
バーチャル校舎を中心に活動する部活。
その両方を行き来する部活。
表示されている内容が多すぎて、目を向けるたびに立ち止まりそうになります。
「すごいね。向こうの学校と全然違う」
シュトレンさんが、楽しそうに辺りを見回しました。
「ドイツの学校には、こういう部活動はなかったんですか?」
「活動はあったよ。でも、日本の学校みたいに、入学初日からみんなで勧誘する感じではなかったかな」
少し先では、楽器を持った上級生が演奏していました。
別の場所では、バーチャルフィールド上に小さなコートを展開し、運動部が実演をしています。
「こういうの、ちょっと憧れてたんだ」
シュトレンさんが言いました。
「高校生活に、ですか?」
「うん。友達と授業を受けたり、放課後に寄り道したり、部活を見に行ったり。たぶん、ここでは普通なんだろうけど、私には今まであまりできなかったことだから」
自己紹介の時にも、普通の高校生活を楽しみたいと言っていました。
明るく見えるシュトレンさんにも、ずっと待っていたものがあるようです。
私にとっての、先輩たちとの再会と同じなのかもしれません。
「では、たくさん経験しないといけませんね」
「うん。チョコちゃんも一緒にね」
「私もですか?」
「友達でしょ?」
また、迷いのない返事でした。
私は少し照れながらも、頷きました。
「はい」
その時、楽器を持った男子生徒が二人、こちらへ近づいてきました。
「新入生?」
「はい」
「二人とも、バンドとか興味ない? 今度、新入生向けの体験会やるんだけど」
一人が、案内ウィンドウをこちらへ送ってきます。
シュトレンさんは内容を確認しました。
「軽音系の部活ですか?」
「部活っていうより同好会かな。キーボードできる子を探してるんだよね」
「私、ピアノなら弾けます」
「本当? じゃあちょうどいいじゃん!」
男子生徒の顔が明るくなりました。
シュトレンさんは少し興味を持ったようでしたが、すぐに私の方を見ました。
「今日は友達と校内を回る予定なので、体験会の日程だけいただいてもいいですか?」
「もちろん。興味あったら来てよ」
「ありがとうございます」
シュトレンさんが案内を受け取ると、二人は別の新入生へ声をかけに行きました。
「シュトレンさん、ピアノを弾けるんですよね」
「うん。向こうにいた頃からずっと習ってるの」
「体験会、行ってみるんですか?」
「ちょっと気になるけど、今日はチョコちゃんの先輩探しが先かな」
「私は大丈夫ですよ?」
「私が一緒に行きたいの」
そう言いながら、シュトレンさんは受け取った案内をDPo-Xへ保存しました。
「バンドかぁ。普通の高校生活っぽいね」
その表情は、とても楽しそうでした。
私たちは二年生エリアの方角を確認し、再び歩き始めます。
しかし、少し進んだところで、今度は運動部らしい男子生徒たちに声をかけられました。
「二人とも、部活決めた?」
「いえ、まだです」
「それなら、うちの見学来ない? 女子のマネージャーも募集中なんだ」
「すみません。今は校内を回っている途中なので」
シュトレンさんが丁寧に断ります。
「見学くらいすぐ終わるって。二人とも一緒でいいからさ」
「今日でなくても、見学できるんですよね?」
「できるけど、せっかくだし今から行こうよ」
一人が、私たちの進む方向へ回り込みました。
悪い人たちではないのかもしれません。
ただ、少し距離が近く、断っても話を続けようとしています。
私は受験前の中学校で、部活動勧誘に囲まれた日のことを思い出しました。
あの時も、みなさん親切でした。
親切だったからこそ、断ることが難しかったのです。
けれど、今は一人ではありません。
「申し訳ありません」
私は、先ほどよりもはっきりと言いました。
「今日は行く場所を決めています。見学については、あとで改めて考えます」
相手は一瞬だけ驚いた顔をしました。
「そんな固くならなくても大丈夫だって」
「でも――」
シュトレンさんが何か言おうとした時でした。
「そこまでにしとけって」
よく知っている声が、廊下の向こうから聞こえました。
体が先に反応しました。
聞き間違えるはずがありません。
「嫌がってるの、見ればわかるだろ?」
人の間を抜け、制服姿の女の子が歩いてきます。
短い茶色の髪。
少しラフに着た制服。
現実でも、バーチャル世界でも変わらない、まっすぐな立ち方。
その少し後ろには、青灰色の髪をした女の子もいました。
「初日から新入生を人数で囲むの、部の印象が悪くなるだけだよ」
後ろの女の子が、淡々と言いました。
男子生徒たちは、少し気まずそうに互いの顔を見ました。
「別に、無理やりじゃないって」
「なら、一回断られた時点で終わりでいいだろ」
先頭の女の子が言います。
それ以上言い返すこともなく、男子生徒たちは「悪かった」と短く言って離れていきました。
私は、目の前の背中を見つめます。
一年ぶりです。
それでも、見間違えることはありませんでした。
「シロさん……?」
声が、少しだけ震えました。
女の子が振り返ります。
最初は驚いた顔。
次に私の顔を見て。
黒いお団子の横にある花飾りを見て。
その目が、大きく見開かれました。
「……チョコちゃん?」
「はい」
それだけ答えると、胸の奥に溜まっていたものが一気に動き出しました。
シロさんは数歩でこちらへ来ると、私の肩へ両手を置きました。
一度、頭を撫でようとしたようでしたが、お団子を見て手を止めます。
「髪、崩れるな」
「少しくらいなら大丈夫です」
「入学式の日だろ。キャラメルに怒られる」
その言葉も。
少し困ったような笑い方も。
全部、覚えていました。
「本当にチョコちゃんだ」
「お久しぶりです、シロさん」
「うん。久しぶり」
シロさんは、私の肩へ置いた手に少しだけ力を込めました。
「合格おめでとう。ちゃんと来たな」
「はい。ようやく来られました」
卒業の日、シロさんは高校で待っていると言ってくれました。
その言葉どおり、目の前にいてくれます。
「すみません」
私は頭を下げました。
「受験の間、FoFにもほとんど顔を出せなくて。連絡も少なくなってしまって……」
「なんで謝るんだよ」
シロさんはすぐに言いました。
「受験のために勉強してたんだろ? みたから聞いてたし、みんなもわかってたよ」
「でも――」
「戻ってきたら、また一緒に遊べばいいだけだ」
あまりにもまっすぐで、私はそれ以上何も言えなくなりました。
代わりに、もう一度頷きます。
「はい」
「それに、たまにログインしてたのも知ってるよ。エクレアが話してたからな」
「エクレアさんが?」
「『チョコちゃん刀の使い方すごく上手くなってた!』って、かなり大きい声で」
想像できます。
アイリスさんに、声量を注意されているところまで想像できました。
「そういえば」
シロさんは、私の隣にいるシュトレンさんを見ました。
「そっちの子は?」
「あっ、紹介します」
私はシュトレンさんの方へ向き直りました。
「同じクラスのマリーシュトレンさんです。今日、最初にできたお友達です」
「最初にできた友達」
シロさんは、嬉しそうに笑いました。
「よかったな、チョコちゃん」
「はい」
「マリーシュトレンです。よろしくお願いします」
シュトレンさんが、きれいに頭を下げます。
「シュガーシロップ。みんなにはシロって呼ばれてる。よろしくな」
「チョコちゃんから、頼れる先輩がいると聞いています」
「私のこと?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
私は少し慌てました。
「シロさんのお名前を出して、詳しく話したわけではありません」
「花をくれた大切な先輩がいるって話は聞いたよ」
「シュトレンさん!」
シロさんの視線が、私の花飾りへ移ります。
すぐに、誰のことかわかったようでした。
「なるほど。みたの花か」
「はい……」
急に恥ずかしくなり、花へ触れます。
シロさんは少しだけ楽しそうに笑いましたが、それ以上は何も言いませんでした。
「まだ、みたには会ってない?」
「はい」
「じゃあ、一緒に行こう。今なら二年のホームエリアにいると思う」
「本当ですか?」
「たぶん、ずっとチョコちゃん探してる」
「シロさん、余計なこと言わない方がいいんじゃない?」
青灰色の髪の女の子が、横から言いました。
「余計じゃないだろ?」
「本人が認める前に言うと、あとで面倒になるよ」
「そうかな」
その女の子は、私とシュトレンさんへ軽く手を上げました。
「ユーリコレット。同じ二年。シロたちとよく一緒にいる」
「チョコチップです。よろしくお願いします」
「シュトレンです」
「よろしく。あと、今みたいな勧誘は全部まともに相手しなくていいから。しつこかったら近くの上級生か先生に言えばいいよ」
サバサバとした話し方ですが、私たちを心配してくれているのが伝わりました。
「ありがとうございます」
「私は案内の担当に戻るから。またあとで」
コレット先輩はそう言って、シロさんの肩を軽く叩きました。
「新入生連れて迷わないでよ」
「迷わないって」
「去年、近道しようとして遠回りしたでしょ」
「あれは地図が悪かった」
「地図に謝りな」
コレット先輩はそれだけ言い残し、廊下の向こうへ歩いていきました。
「コレットは、いつもあんな感じだから」
シロさんが言います。
「仲が良いんですね」
シュトレンさんが聞くと、シロさんは頷きました。
「去年知り合ったんだけど、今はキャラメルやミルクとも一緒にいることが多いかな」
先輩たちの一年間にも、私の知らない出会いがあったようです。
少しだけ不思議に感じました。
けれど、寂しいわけではありません。
むしろ、その人たちにも会ってみたいと思いました。
「それじゃ、みたのところへ行こうか」
シロさんが歩き出します。
私は一歩踏み出してから、シュトレンさんを振り返りました。
「シュトレンさんも、大丈夫ですか?」
「もちろん」
シュトレンさんは、私の隣へ並びました。
「チョコちゃんが一年間会いたかった先輩でしょ? 私も挨拶したいな」
「ありがとうございます」
「それに、花を選んだ人がどんな人なのか気になるし」
「その話は、もう忘れてください……」
「無理かも」
シュトレンさんは楽しそうに笑っていました。
待っている側
「みた、さっきから同じ画面を何回開いてるの?」
隣の席から、フェタシェールが聞いた。
みたらしっぽはDPo-Xを閉じる。
「三回くらい」
「六回は見た」
「そんなに?」
「私、隣にいるからね」
入学式と新年度説明が終わり、二年生の教室にも自由時間が訪れていた。
フェタは机に頬杖をつきながら、みたらしっぽの方を見る。
「連絡すればいいのに」
「入学初日だし、友達と話してるかもしれないから」
「まだ友達できてないかもしれないよ」
「それはそれで、邪魔したくない」
「どう転んでも連絡しないんだ」
「式が終わったら会えると思ってたんだけど」
「学校の予定を甘く見てたね」
それは認めざるを得なかった。
入学式後、二年生には新入生案内の補助が割り振られた。
思った以上に時間がかかり、チョコのいる一年生エリアへ向かう機会を逃してしまった。
今から探しに行くことはできる。
けれど、広い校内を当てもなく歩くより、連絡した方が早い。
わかっているのに、なぜかまだメッセージを送れずにいる。
「一年ぶりなんでしょ?」
フェタが聞いた。
「直接会うのはね」
「楽しみ?」
「うん」
みたらしっぽは素直に答えた。
フェタは少し意外そうな顔をしたあと、笑う。
「じゃあ、変に格好つけないで待ってれば?」
「格好つけてるつもりはないよ」
「落ち着いてるふりはしてる」
「してない」
「してるよ」
教室の扉が開き、つきみが戻ってきた。
DPo-Xを胸元へ抱え、少し疲れた顔をしている。
「案内、終わった?」
みたらしっぽが聞く。
「だいたい」
「迷った新入生いた?」
「三人」
「地図渡した?」
「学校の案内用を渡した」
「つきみの足跡地図じゃなくて?」
「私のはチョコ用」
みたらしっぽとフェタが、同時につきみを見る。
つきみは一瞬だけ止まった。
「何?」
「ちゃんと作ってたんだ」
「約束したから」
中学校の卒業式の日。
つきみはチョコへ、高校の校内図を作ると言っていた。
一年経っても、その約束を覚えていたらしい。
「見せて」
フェタが言う。
「だめ」
「なんで?」
「まだ本人に渡してないから」
「少しくらい」
「だめ」
つきみはDPo-Xを両手で抱え直した。
その動きが、何か大事なものを隠しているように見える。
「足跡、いっぱいある?」
みたらしっぽが聞く。
「必要な分だけ」
「かわいい?」
「機能性」
「まだ何も言ってないのに」
「言う顔だった」
フェタが楽しそうに二人を見ていた。
「つきみ、そういうのかわいいね」
「フェタまで」
つきみは少しだけ頬を膨らませる。
その時、みたらしっぽのDPo-Xが振動した。
送信者はシュガーシロップ。
<チョコちゃん見つけた>
みたらしっぽは、思わず立ち上がった。
膝が机に当たり、表示面が小さく揺れる。
フェタが落ちかけたDPo-Xを押さえた。
「急だね」
「ごめん」
続けてメッセージが届く。
<同じクラスの友達も一緒>
<今からそっち行く>
「来る?」
つきみが聞いた。
「うん」
短く答えただけなのに、声が少し上ずった気がした。
フェタはその様子を見て、笑いをこらえている。
「何?」
「別に」
「絶対何かあるでしょ」
「みたが、ちゃんと先輩の顔してるなと思って」
「どんな顔?」
「待ってた人が来る顔」
みたらしっぽは言い返そうとして、やめた。
たぶん、そのとおりだった。
教室の前を、案内用の資料を持ったルーシャアッサムが通りかかった。
開いた扉から中を覗く。
「一年生を連れてくるなら、東側の階段が空いてるよ。中央はまだ勧誘で混んでる」
「ありがとう」
みたらしっぽが答えると、アッサムは軽く頷いた。
「見つかったんだ」
「うん」
「ならよかったね」
アッサムはそれだけ言い、隣の教室へ向かった。
みたらしっぽは教室の入口へ目を向ける。
今からチョコが来る。
一年ぶりに。
同じ学校の制服を着て。
卒業の日には、まだ遠かったこの場所へ。
隣の席から、フェタシェールが聞いた。
みたらしっぽはDPo-Xを閉じる。
「三回くらい」
「六回は見た」
「そんなに?」
「私、隣にいるからね」
入学式と新年度説明が終わり、二年生の教室にも自由時間が訪れていた。
フェタは机に頬杖をつきながら、みたらしっぽの方を見る。
「連絡すればいいのに」
「入学初日だし、友達と話してるかもしれないから」
「まだ友達できてないかもしれないよ」
「それはそれで、邪魔したくない」
「どう転んでも連絡しないんだ」
「式が終わったら会えると思ってたんだけど」
「学校の予定を甘く見てたね」
それは認めざるを得なかった。
入学式後、二年生には新入生案内の補助が割り振られた。
思った以上に時間がかかり、チョコのいる一年生エリアへ向かう機会を逃してしまった。
今から探しに行くことはできる。
けれど、広い校内を当てもなく歩くより、連絡した方が早い。
わかっているのに、なぜかまだメッセージを送れずにいる。
「一年ぶりなんでしょ?」
フェタが聞いた。
「直接会うのはね」
「楽しみ?」
「うん」
みたらしっぽは素直に答えた。
フェタは少し意外そうな顔をしたあと、笑う。
「じゃあ、変に格好つけないで待ってれば?」
「格好つけてるつもりはないよ」
「落ち着いてるふりはしてる」
「してない」
「してるよ」
教室の扉が開き、つきみが戻ってきた。
DPo-Xを胸元へ抱え、少し疲れた顔をしている。
「案内、終わった?」
みたらしっぽが聞く。
「だいたい」
「迷った新入生いた?」
「三人」
「地図渡した?」
「学校の案内用を渡した」
「つきみの足跡地図じゃなくて?」
「私のはチョコ用」
みたらしっぽとフェタが、同時につきみを見る。
つきみは一瞬だけ止まった。
「何?」
「ちゃんと作ってたんだ」
「約束したから」
中学校の卒業式の日。
つきみはチョコへ、高校の校内図を作ると言っていた。
一年経っても、その約束を覚えていたらしい。
「見せて」
フェタが言う。
「だめ」
「なんで?」
「まだ本人に渡してないから」
「少しくらい」
「だめ」
つきみはDPo-Xを両手で抱え直した。
その動きが、何か大事なものを隠しているように見える。
「足跡、いっぱいある?」
みたらしっぽが聞く。
「必要な分だけ」
「かわいい?」
「機能性」
「まだ何も言ってないのに」
「言う顔だった」
フェタが楽しそうに二人を見ていた。
「つきみ、そういうのかわいいね」
「フェタまで」
つきみは少しだけ頬を膨らませる。
その時、みたらしっぽのDPo-Xが振動した。
送信者はシュガーシロップ。
<チョコちゃん見つけた>
みたらしっぽは、思わず立ち上がった。
膝が机に当たり、表示面が小さく揺れる。
フェタが落ちかけたDPo-Xを押さえた。
「急だね」
「ごめん」
続けてメッセージが届く。
<同じクラスの友達も一緒>
<今からそっち行く>
「来る?」
つきみが聞いた。
「うん」
短く答えただけなのに、声が少し上ずった気がした。
フェタはその様子を見て、笑いをこらえている。
「何?」
「別に」
「絶対何かあるでしょ」
「みたが、ちゃんと先輩の顔してるなと思って」
「どんな顔?」
「待ってた人が来る顔」
みたらしっぽは言い返そうとして、やめた。
たぶん、そのとおりだった。
教室の前を、案内用の資料を持ったルーシャアッサムが通りかかった。
開いた扉から中を覗く。
「一年生を連れてくるなら、東側の階段が空いてるよ。中央はまだ勧誘で混んでる」
「ありがとう」
みたらしっぽが答えると、アッサムは軽く頷いた。
「見つかったんだ」
「うん」
「ならよかったね」
アッサムはそれだけ言い、隣の教室へ向かった。
みたらしっぽは教室の入口へ目を向ける。
今からチョコが来る。
一年ぶりに。
同じ学校の制服を着て。
卒業の日には、まだ遠かったこの場所へ。
一年ぶりの名前
二年生のホームエリアへ近づくにつれ、私は少しずつ緊張してきました。
シロさんに会えた時は、考えるより先に声が出ました。
けれど、みた先輩のところへ向かっているとわかると、急にいろいろなことを考えてしまいます。
受験中に送った短いメッセージ。
返してもらった応援の言葉。
合格を伝えた日。
卒業式の花。
一年間、捨てずに持っていたこと。
学校用アバターにもつけてきたこと。
「チョコちゃん、歩き方が固くなってるよ」
シュトレンさんが小声で言いました。
「そうでしょうか」
「右手と右足が一緒に出そう」
「そこまでではありません」
「冗談だよ」
シュトレンさんは、私の腕へ軽く触れました。
「大丈夫。シロ先輩みたいに、きっと普通に迎えてくれるよ」
「はい」
シロさんは、迷わず私を見つけてくれました。
みた先輩も、きっと。
東側の階段を上がり、二年生の教室が並ぶ通路へ出ます。
シロさんが、一つの教室を指さしました。
「ここ」
扉は開いていました。
中には何人かの生徒が残っています。
窓際に、つきみ先輩。
その近くに、短い髪の女の子。
そして、教室の入口へ向かって立っている人。
姿を見た瞬間、胸の奥がいっぱいになりました。
FoFの装備はありません。
剣も持っていません。
学校の制服を着ています。
けれど、みた先輩です。
目が合いました。
ほんの一瞬、時間が止まったように感じました。
みた先輩は、少しだけ笑いました。
「久しぶり、チョコ」
一年間、待っていた声でした。
「……お久しぶりです、みた先輩」
声が震えそうになりました。
でも、最後まで言えました。
みた先輩が、こちらへ歩いてきます。
卒業式の日よりも、少しだけ先輩らしく見えました。
「合格おめでとう」
「ありがとうございます」
「一年、頑張ったね」
その一言で、胸の奥が急に熱くなりました。
試験の結果だけではありません。
会えなかった一年間のことを、全部認めてもらえたような気がしました。
「はい」
私は、花飾りへ触れました。
「やっと、来られました」
「うん。待ってた」
みた先輩の視線が、私の髪にある花へ移ります。
「それ、つけてくれてるんだ」
「捨てられませんでした」
卒業の日にも、同じことを言いました。
あの時は、一年後のことをまだ想像できていませんでした。
今は、その一年後に立っています。
「何度か、外そうと思った日はありました」
「そうなの?」
「寂しくなくなったら捨てていいと、言われましたから」
「うん」
「でも、寂しくない日にも、大切なものだったので」
みた先輩は少しだけ目を丸くしました。
それから、いつもの柔らかい表情に戻ります。
「そっか」
短い返事でした。
けれど、それで十分でした。
「似合ってるよ、チョコ」
「……ありがとうございます」
少しだけ、泣きそうになりました。
卒業式の日のように泣いてしまうのは恥ずかしいので、何度か瞬きをします。
その様子を見ていたシュトレンさんが、隣で小さく笑いました。
「本当に花の先輩だったんですね」
「シュトレンさん」
「花の先輩?」
みた先輩が首を傾げます。
「チョコちゃんが大切にしてる花をくれた先輩だから、そう呼んでました」
「そういう呼び方はしていません」
「心の中では」
「それは私にもわかりません」
シロさんが笑いました。
「みた、よかったな。花の先輩だって」
「何がよかったの?」
「響き?」
「微妙だなぁ」
みた先輩は少し困った顔をしながら、シュトレンさんへ向き直りました。
「みたらしっぽです。チョコがお世話になってます」
「今日会ったばかりなので、お世話というほどではありません」
シュトレンさんが答えます。
「でも、これから仲良くする予定です。マリーシュトレンです」
「今日、友達になったんだよね」
みた先輩が私へ聞きます。
「はい。シュトレンさんから話しかけてくださいました」
「そっか。よかった」
自分のことのように安心した顔をしてくれました。
「ありがとうございます、シュトレンさん」
みた先輩が言うと、シュトレンさんは少し意外そうに瞬きました。
「どうして先輩がお礼を言うんですか?」
「チョコ、一人で抱え込むことがあるから」
「みた先輩」
「でも、しっかりしてるから大丈夫」
「後から付け足したように聞こえます」
「本当にそう思ってるよ」
「ふふっ」
シュトレンさんが笑いました。
「なんとなく、チョコちゃんが会いたがっていた理由がわかりました」
「何がわかったんです?」
「それは、もう少し仲良くなってから教えるね」
気になる言い方でした。
シロさんに会えた時は、考えるより先に声が出ました。
けれど、みた先輩のところへ向かっているとわかると、急にいろいろなことを考えてしまいます。
受験中に送った短いメッセージ。
返してもらった応援の言葉。
合格を伝えた日。
卒業式の花。
一年間、捨てずに持っていたこと。
学校用アバターにもつけてきたこと。
「チョコちゃん、歩き方が固くなってるよ」
シュトレンさんが小声で言いました。
「そうでしょうか」
「右手と右足が一緒に出そう」
「そこまでではありません」
「冗談だよ」
シュトレンさんは、私の腕へ軽く触れました。
「大丈夫。シロ先輩みたいに、きっと普通に迎えてくれるよ」
「はい」
シロさんは、迷わず私を見つけてくれました。
みた先輩も、きっと。
東側の階段を上がり、二年生の教室が並ぶ通路へ出ます。
シロさんが、一つの教室を指さしました。
「ここ」
扉は開いていました。
中には何人かの生徒が残っています。
窓際に、つきみ先輩。
その近くに、短い髪の女の子。
そして、教室の入口へ向かって立っている人。
姿を見た瞬間、胸の奥がいっぱいになりました。
FoFの装備はありません。
剣も持っていません。
学校の制服を着ています。
けれど、みた先輩です。
目が合いました。
ほんの一瞬、時間が止まったように感じました。
みた先輩は、少しだけ笑いました。
「久しぶり、チョコ」
一年間、待っていた声でした。
「……お久しぶりです、みた先輩」
声が震えそうになりました。
でも、最後まで言えました。
みた先輩が、こちらへ歩いてきます。
卒業式の日よりも、少しだけ先輩らしく見えました。
「合格おめでとう」
「ありがとうございます」
「一年、頑張ったね」
その一言で、胸の奥が急に熱くなりました。
試験の結果だけではありません。
会えなかった一年間のことを、全部認めてもらえたような気がしました。
「はい」
私は、花飾りへ触れました。
「やっと、来られました」
「うん。待ってた」
みた先輩の視線が、私の髪にある花へ移ります。
「それ、つけてくれてるんだ」
「捨てられませんでした」
卒業の日にも、同じことを言いました。
あの時は、一年後のことをまだ想像できていませんでした。
今は、その一年後に立っています。
「何度か、外そうと思った日はありました」
「そうなの?」
「寂しくなくなったら捨てていいと、言われましたから」
「うん」
「でも、寂しくない日にも、大切なものだったので」
みた先輩は少しだけ目を丸くしました。
それから、いつもの柔らかい表情に戻ります。
「そっか」
短い返事でした。
けれど、それで十分でした。
「似合ってるよ、チョコ」
「……ありがとうございます」
少しだけ、泣きそうになりました。
卒業式の日のように泣いてしまうのは恥ずかしいので、何度か瞬きをします。
その様子を見ていたシュトレンさんが、隣で小さく笑いました。
「本当に花の先輩だったんですね」
「シュトレンさん」
「花の先輩?」
みた先輩が首を傾げます。
「チョコちゃんが大切にしてる花をくれた先輩だから、そう呼んでました」
「そういう呼び方はしていません」
「心の中では」
「それは私にもわかりません」
シロさんが笑いました。
「みた、よかったな。花の先輩だって」
「何がよかったの?」
「響き?」
「微妙だなぁ」
みた先輩は少し困った顔をしながら、シュトレンさんへ向き直りました。
「みたらしっぽです。チョコがお世話になってます」
「今日会ったばかりなので、お世話というほどではありません」
シュトレンさんが答えます。
「でも、これから仲良くする予定です。マリーシュトレンです」
「今日、友達になったんだよね」
みた先輩が私へ聞きます。
「はい。シュトレンさんから話しかけてくださいました」
「そっか。よかった」
自分のことのように安心した顔をしてくれました。
「ありがとうございます、シュトレンさん」
みた先輩が言うと、シュトレンさんは少し意外そうに瞬きました。
「どうして先輩がお礼を言うんですか?」
「チョコ、一人で抱え込むことがあるから」
「みた先輩」
「でも、しっかりしてるから大丈夫」
「後から付け足したように聞こえます」
「本当にそう思ってるよ」
「ふふっ」
シュトレンさんが笑いました。
「なんとなく、チョコちゃんが会いたがっていた理由がわかりました」
「何がわかったんです?」
「それは、もう少し仲良くなってから教えるね」
気になる言い方でした。
約束の地図
「チョコ」
つきみ先輩が、窓際から歩いてきました。
「入学おめでとう」
「ありがとうございます、つきみ先輩」
つきみ先輩はDPo-Xを両手で持っています。
少しだけ迷ったように画面を見てから、私へ差し出しました。
「これ」
「何でしょうか」
受け取ると、校内地図が表示されました。
一年生の教室。
二年生のホームエリア。
職員室。
図書室。
保健室。
購買。
食堂。
部活動棟。
バーチャルフィールドへのアクセスゲート。
必要な場所が見やすく整理されています。
そして、それぞれをつなぐ道には、小さな犬の足跡が並んでいました。
「もしかして……」
私は、つきみ先輩を見ました。
「中学校の卒業式で言っていた、校内図ですか?」
「うん」
「本当に作ってくれたんですね」
「約束したから」
つきみ先輩は、何でもないことのように答えました。
でも、一年間ずっと更新してくれていたのだと思います。
地図の端には、学校生活の短いメモまであります。
<朝は中央通路が混む>
<購買の限定パンは二限目終了後に予約>
<図書室奥の席は静か>
<雨設定の日は東棟から移動した方が早い>
中庭の隅には、少し大きな犬の足跡。
その横に、
<昼休みに落ち着ける>
と書かれていました。
「この大きな足跡は?」
「おすすめ」
「つきみ先輩のお気に入りの場所ですか?」
「たまにルナの写真を見る場所」
「やっぱりルナちゃんなんですね」
「目印としてわかりやすいから」
私は、思わず笑いました。
「かわいいです」
「機能性」
つきみ先輩は、すぐに答えました。
シュトレンさんも地図を覗き込みます。
「すごい。足跡も全部つきみ先輩がつけたんですか?」
「そうだけど」
「かわいいですね!」
「……機能性だから」
「つきみ、顔赤いよ」
みた先輩が言いました。
「赤くない」
「少し赤い」
短い髪の女の子も言います。
つきみ先輩はDPo-Xを返してもらおうと手を伸ばしました。
「やっぱり、まだ渡さない」
「だめです」
私は大切に胸元へ抱えました。
「いただきます」
「コピーだから、元のデータは私にあるけど」
「それでも返しません」
つきみ先輩は少しだけ困った顔をしました。
けれど、最後には小さく笑います。
「迷ったら使って」
「はい。大切にします」
卒業の日に交わした約束が、また一つ形になりました。
「そういえば、紹介がまだだったね」
みた先輩が、短い髪の女の子を指しました。
「フェタシェール。去年から僕の隣の席で、今年も隣」
「二年連続なんだ」
シロさんが言います。
「先生が何か考えてるのかもね」
フェタ先輩は、気さくに笑いました。
「フェタでいいよ。みたが授業中ぼーっとしてたら、だいたい私が起こしてる」
「そんなにぼーっとしてないよ」
「先生に名前呼ばれる直前で戻ってくるの、ぼーっとしてるって言うんだよ」
「ゲームのこと考えてる?」
シロさんが聞きます。
「半分くらい」
「半分は認めるんだ」
私は少し笑ってしまいました。
「初めまして。チョコチップです」
「話は何度か聞いてるよ。よろしく、チョコちゃん」
「よろしくお願いします、フェタ先輩」
「困った時、みたが見つからなかったら私に聞いて。隣にいること多いから」
「ありがとうございます」
とても話しやすそうな人です。
みた先輩が一年間、この学校でどんな人たちと過ごしていたのか。
少しずつ見えてきました。
つきみ先輩が、窓際から歩いてきました。
「入学おめでとう」
「ありがとうございます、つきみ先輩」
つきみ先輩はDPo-Xを両手で持っています。
少しだけ迷ったように画面を見てから、私へ差し出しました。
「これ」
「何でしょうか」
受け取ると、校内地図が表示されました。
一年生の教室。
二年生のホームエリア。
職員室。
図書室。
保健室。
購買。
食堂。
部活動棟。
バーチャルフィールドへのアクセスゲート。
必要な場所が見やすく整理されています。
そして、それぞれをつなぐ道には、小さな犬の足跡が並んでいました。
「もしかして……」
私は、つきみ先輩を見ました。
「中学校の卒業式で言っていた、校内図ですか?」
「うん」
「本当に作ってくれたんですね」
「約束したから」
つきみ先輩は、何でもないことのように答えました。
でも、一年間ずっと更新してくれていたのだと思います。
地図の端には、学校生活の短いメモまであります。
<朝は中央通路が混む>
<購買の限定パンは二限目終了後に予約>
<図書室奥の席は静か>
<雨設定の日は東棟から移動した方が早い>
中庭の隅には、少し大きな犬の足跡。
その横に、
<昼休みに落ち着ける>
と書かれていました。
「この大きな足跡は?」
「おすすめ」
「つきみ先輩のお気に入りの場所ですか?」
「たまにルナの写真を見る場所」
「やっぱりルナちゃんなんですね」
「目印としてわかりやすいから」
私は、思わず笑いました。
「かわいいです」
「機能性」
つきみ先輩は、すぐに答えました。
シュトレンさんも地図を覗き込みます。
「すごい。足跡も全部つきみ先輩がつけたんですか?」
「そうだけど」
「かわいいですね!」
「……機能性だから」
「つきみ、顔赤いよ」
みた先輩が言いました。
「赤くない」
「少し赤い」
短い髪の女の子も言います。
つきみ先輩はDPo-Xを返してもらおうと手を伸ばしました。
「やっぱり、まだ渡さない」
「だめです」
私は大切に胸元へ抱えました。
「いただきます」
「コピーだから、元のデータは私にあるけど」
「それでも返しません」
つきみ先輩は少しだけ困った顔をしました。
けれど、最後には小さく笑います。
「迷ったら使って」
「はい。大切にします」
卒業の日に交わした約束が、また一つ形になりました。
「そういえば、紹介がまだだったね」
みた先輩が、短い髪の女の子を指しました。
「フェタシェール。去年から僕の隣の席で、今年も隣」
「二年連続なんだ」
シロさんが言います。
「先生が何か考えてるのかもね」
フェタ先輩は、気さくに笑いました。
「フェタでいいよ。みたが授業中ぼーっとしてたら、だいたい私が起こしてる」
「そんなにぼーっとしてないよ」
「先生に名前呼ばれる直前で戻ってくるの、ぼーっとしてるって言うんだよ」
「ゲームのこと考えてる?」
シロさんが聞きます。
「半分くらい」
「半分は認めるんだ」
私は少し笑ってしまいました。
「初めまして。チョコチップです」
「話は何度か聞いてるよ。よろしく、チョコちゃん」
「よろしくお願いします、フェタ先輩」
「困った時、みたが見つからなかったら私に聞いて。隣にいること多いから」
「ありがとうございます」
とても話しやすそうな人です。
みた先輩が一年間、この学校でどんな人たちと過ごしていたのか。
少しずつ見えてきました。
知らなかった一年
「みた君、チョコちゃん見つかった?」
教室の外から、キャラメル先輩の声がしました。
振り返ると、キャラメル先輩と、二人の女の子が立っています。
一人は、先ほど会ったコレット先輩。
もう一人は、柔らかい金色の髪をした、ふわりとした雰囲気の女の子です。
「チョコちゃん、久しぶり」
キャラメル先輩が微笑みました。
「入学おめでとう」
「ありがとうございます、キャラメル先輩」
「花、今もつけてるんだね。すごく似合ってる」
「ありがとうございます」
「約束してたもの、持ってきたよ」
キャラメル先輩から、共有データが送られてきました。
<だんのこまち第一高等学校 一年生向け生活メモ>
制服の組み合わせ。
授業で使うDPo-Xの機能。
提出物の確認方法。
現実校舎とバーチャル校舎で必要な持ち物の違い。
先生ごとの注意点。
その中には、
<シロちゃんの失敗例>
という項目までありました。
「キャラメル」
シロさんが画面を覗き込みます。
「本当に作ったの?」
「卒業式の日に約束したからね」
「私の失敗、何個ある?」
「今は十二個」
「そんなに?」
コレット先輩が横から言いました。
「十二個で収まったなら、かなり選んでるね」
「コレットまで」
「事実でしょ」
キャラメル先輩は、きれいに微笑んでいます。
「同じ失敗をしなければ、シロちゃんの失敗も無駄にならないよ」
「私を教材にしないでほしい」
「でも、とても助かります」
私が言うと、シロさんは少し複雑そうな顔をしました。
「チョコちゃんが助かるなら、まあいいか」
「諦めるの早いね」
コレット先輩が言います。
金色の髪の女の子が、私の前へ出ました。
「初めまして~。ミルククラウンです」
「初めまして。チョコチップです」
「シロちゃんたちから、少し話を聞いてたよ。入学おめでとう~」
優しく、ゆっくりした話し方です。
「ありがとうございます」
「こっちは、お友達?」
ミルク先輩がシュトレンさんを見ます。
「マリーシュトレンです。今日、チョコちゃんと友達になりました。こっちに来るまではドイツにいました。」
「ドイツにいた!?私、旅行が好きだから、気になる~」
「ドイツへ行ったことがあるんですか?」
「あるよ。クリスマスマーケットがすごくきれいだった」
「どこの街ですか?」
シュトレンさんの目が輝きました。
二人の会話が、一気に弾み始めます。
「マリーちゃん、お菓子作りもするんだね?」
キャラメル先輩が聞きました。
「はい。家がお菓子屋なので、小さい頃から作っています」
「今度、チョコちゃんと一緒に作ってほしいな」
「ぜひ!」
「キャラメル、初対面から予定を決めるの早くない?」
シロさんが言います。
「やりたいことは、早めに決めた方が楽しいよ?」
「その笑顔、絶対もう日程考えてる」
「まだ場所までしか考えてないよ」
「かなり考えてるじゃん」
みんなの会話を聞きながら、私は少し不思議な気持ちになりました。
私が受験勉強をしていた一年の間に、先輩たちは新しい人たちと出会っていました。
コレット先輩。
ミルク先輩。
フェタ先輩。
先ほど見かけたアッサム先輩。
私が知らない出来事や、思い出もたくさんあるはずです。
その中へ急に戻ってきて、本当に馴染めるのか。
ほんの少しだけ、不安に思っていました。
けれど、先輩たちは私を外へ置きませんでした。
当たり前のように名前を呼び。
当たり前のように紹介し。
私の隣にいるシュトレンさんまで、一緒に輪の中へ入れてくれています。
「チョコ」
みた先輩が呼びました。
「はい?」
「大丈夫?」
「……はい」
みた先輩は、私の表情を見ていたようです。
「知らない人、増えたでしょ」
「少しだけ驚きました」
「一年あったからね」
「でも、嬉しいです」
「何が?」
「先輩たちが、この学校で楽しそうにしていたことがわかったので」
卒業の日。
先輩たちを送り出したあと、知らない場所へ行ってしまうような寂しさがありました。
けれど、先輩たちは新しい場所でも、ちゃんと自分たちの日常を作っていました。
そして今、その日常の中へ私も入れてくれています。
「今度は、チョコの一年が始まるね」
みた先輩が言いました。
「はい」
私は隣のシュトレンさんを見ます。
シュトレンさんも、こちらへ笑い返してくれました。
「楽しみです」
教室の外から、キャラメル先輩の声がしました。
振り返ると、キャラメル先輩と、二人の女の子が立っています。
一人は、先ほど会ったコレット先輩。
もう一人は、柔らかい金色の髪をした、ふわりとした雰囲気の女の子です。
「チョコちゃん、久しぶり」
キャラメル先輩が微笑みました。
「入学おめでとう」
「ありがとうございます、キャラメル先輩」
「花、今もつけてるんだね。すごく似合ってる」
「ありがとうございます」
「約束してたもの、持ってきたよ」
キャラメル先輩から、共有データが送られてきました。
<だんのこまち第一高等学校 一年生向け生活メモ>
制服の組み合わせ。
授業で使うDPo-Xの機能。
提出物の確認方法。
現実校舎とバーチャル校舎で必要な持ち物の違い。
先生ごとの注意点。
その中には、
<シロちゃんの失敗例>
という項目までありました。
「キャラメル」
シロさんが画面を覗き込みます。
「本当に作ったの?」
「卒業式の日に約束したからね」
「私の失敗、何個ある?」
「今は十二個」
「そんなに?」
コレット先輩が横から言いました。
「十二個で収まったなら、かなり選んでるね」
「コレットまで」
「事実でしょ」
キャラメル先輩は、きれいに微笑んでいます。
「同じ失敗をしなければ、シロちゃんの失敗も無駄にならないよ」
「私を教材にしないでほしい」
「でも、とても助かります」
私が言うと、シロさんは少し複雑そうな顔をしました。
「チョコちゃんが助かるなら、まあいいか」
「諦めるの早いね」
コレット先輩が言います。
金色の髪の女の子が、私の前へ出ました。
「初めまして~。ミルククラウンです」
「初めまして。チョコチップです」
「シロちゃんたちから、少し話を聞いてたよ。入学おめでとう~」
優しく、ゆっくりした話し方です。
「ありがとうございます」
「こっちは、お友達?」
ミルク先輩がシュトレンさんを見ます。
「マリーシュトレンです。今日、チョコちゃんと友達になりました。こっちに来るまではドイツにいました。」
「ドイツにいた!?私、旅行が好きだから、気になる~」
「ドイツへ行ったことがあるんですか?」
「あるよ。クリスマスマーケットがすごくきれいだった」
「どこの街ですか?」
シュトレンさんの目が輝きました。
二人の会話が、一気に弾み始めます。
「マリーちゃん、お菓子作りもするんだね?」
キャラメル先輩が聞きました。
「はい。家がお菓子屋なので、小さい頃から作っています」
「今度、チョコちゃんと一緒に作ってほしいな」
「ぜひ!」
「キャラメル、初対面から予定を決めるの早くない?」
シロさんが言います。
「やりたいことは、早めに決めた方が楽しいよ?」
「その笑顔、絶対もう日程考えてる」
「まだ場所までしか考えてないよ」
「かなり考えてるじゃん」
みんなの会話を聞きながら、私は少し不思議な気持ちになりました。
私が受験勉強をしていた一年の間に、先輩たちは新しい人たちと出会っていました。
コレット先輩。
ミルク先輩。
フェタ先輩。
先ほど見かけたアッサム先輩。
私が知らない出来事や、思い出もたくさんあるはずです。
その中へ急に戻ってきて、本当に馴染めるのか。
ほんの少しだけ、不安に思っていました。
けれど、先輩たちは私を外へ置きませんでした。
当たり前のように名前を呼び。
当たり前のように紹介し。
私の隣にいるシュトレンさんまで、一緒に輪の中へ入れてくれています。
「チョコ」
みた先輩が呼びました。
「はい?」
「大丈夫?」
「……はい」
みた先輩は、私の表情を見ていたようです。
「知らない人、増えたでしょ」
「少しだけ驚きました」
「一年あったからね」
「でも、嬉しいです」
「何が?」
「先輩たちが、この学校で楽しそうにしていたことがわかったので」
卒業の日。
先輩たちを送り出したあと、知らない場所へ行ってしまうような寂しさがありました。
けれど、先輩たちは新しい場所でも、ちゃんと自分たちの日常を作っていました。
そして今、その日常の中へ私も入れてくれています。
「今度は、チョコの一年が始まるね」
みた先輩が言いました。
「はい」
私は隣のシュトレンさんを見ます。
シュトレンさんも、こちらへ笑い返してくれました。
「楽しみです」
足跡の先
全員で教室に残っていると、さすがに人数が多くなってきました。
そこで、つきみ先輩の地図にあった中庭のベンチへ移動することになりました。
学校用マウントの自転車を使うほどの距離ではありません。
みんなで廊下を歩き、階段を下り、中庭へ向かいます。
校内にはまだ部活動の勧誘が続いていました。
シロさんは何度か運動部の先輩に呼ばれ、そのたびにキャラメル先輩から、
「今日は後輩の案内中です」
と止められていました。
「シロさん、いろいろな部活から呼ばれるんですね」
「助っ人に行くことが多いからな」
「バドミントン部ではない部にも?」
「人数足りない時だけ」
コレット先輩が後ろから言います。
「この前は、同じ日に三つ掛け持ちしてたよ」
「三つも?」
「最後は歩きながら寝そうになってた」
「あれは疲れてただけ」
「それを寝そうって言うんだよ」
キャラメル先輩とコレット先輩が、左右からシロさんへ言います。
ミルク先輩はその少し後ろで、シュトレンさんへ旅行の写真を見せていました。
フェタ先輩は、みた先輩と授業の予定について話しています。
つきみ先輩は先頭で、足跡地図どおりに歩いていました。
「つきみ先輩」
私が声をかけると、少しだけ速度を落としてくれました。
「何?」
「この地図、一年間ずっと作っていたんですか?」
「ずっとではないよ。気づいた時に更新しただけ」
「私が入学するまで?」
「約束したから」
「ありがとうございます」
「迷われると、探すの大変だし」
「やっぱり心配してくれていたんですね」
「効率の問題」
「そういうことにしておきます」
「チョコ、言うようになったね」
「つきみ先輩たちから学びました」
つきみ先輩は少しだけ困ったように笑いました。
中庭の隅にあるベンチへ到着します。
周囲には木々が並び、校舎のにぎやかな音が少し遠くなりました。
つきみ先輩の地図に、大きな足跡がついていた場所です。
「本当に静かですね」
シュトレンさんが言います。
「風も気持ちいい」
「だからおすすめ」
つきみ先輩は少しだけ得意そうでした。
「ここでルナちゃんの写真を見るの?」
ミルク先輩が聞きます。
「たまに」
「見たいな~」
「今?」
「うん」
つきみ先輩は少し迷ってから、DPo-Xに保存された写真を一枚表示しました。
小さなトイプードルが、クッションの上で丸くなっています。
「かわいい!」
シュトレンさんとミルク先輩の声が重なりました。
キャラメル先輩もすぐに近づきます。
「つきみちゃん、もっとないの?」
「あるけど」
「見せて」
「一枚だけの予定だった」
「かわいいから仕方ないよ」
つきみ先輩は困った顔をしながら、結局次の写真を開きました。
少しずつ人が集まり、いつの間にか小さなルナちゃん鑑賞会になっています。
みた先輩は少し離れたところで笑っていました。
「つきみ、人気だね」
「ルナが人気なだけ」
「つきみ先輩も、かわいいです」
私が言うと、つきみ先輩はすぐにこちらを見ました。
「チョコまで?」
「事実です」
「誰に教わったの、その返し」
「エスプレッソさんでしょうか」
「納得したくないけど、納得した」
つきみ先輩の耳が、少し赤くなっています。
卒業の日と変わりません。
それが、少し嬉しく感じました。
そこで、つきみ先輩の地図にあった中庭のベンチへ移動することになりました。
学校用マウントの自転車を使うほどの距離ではありません。
みんなで廊下を歩き、階段を下り、中庭へ向かいます。
校内にはまだ部活動の勧誘が続いていました。
シロさんは何度か運動部の先輩に呼ばれ、そのたびにキャラメル先輩から、
「今日は後輩の案内中です」
と止められていました。
「シロさん、いろいろな部活から呼ばれるんですね」
「助っ人に行くことが多いからな」
「バドミントン部ではない部にも?」
「人数足りない時だけ」
コレット先輩が後ろから言います。
「この前は、同じ日に三つ掛け持ちしてたよ」
「三つも?」
「最後は歩きながら寝そうになってた」
「あれは疲れてただけ」
「それを寝そうって言うんだよ」
キャラメル先輩とコレット先輩が、左右からシロさんへ言います。
ミルク先輩はその少し後ろで、シュトレンさんへ旅行の写真を見せていました。
フェタ先輩は、みた先輩と授業の予定について話しています。
つきみ先輩は先頭で、足跡地図どおりに歩いていました。
「つきみ先輩」
私が声をかけると、少しだけ速度を落としてくれました。
「何?」
「この地図、一年間ずっと作っていたんですか?」
「ずっとではないよ。気づいた時に更新しただけ」
「私が入学するまで?」
「約束したから」
「ありがとうございます」
「迷われると、探すの大変だし」
「やっぱり心配してくれていたんですね」
「効率の問題」
「そういうことにしておきます」
「チョコ、言うようになったね」
「つきみ先輩たちから学びました」
つきみ先輩は少しだけ困ったように笑いました。
中庭の隅にあるベンチへ到着します。
周囲には木々が並び、校舎のにぎやかな音が少し遠くなりました。
つきみ先輩の地図に、大きな足跡がついていた場所です。
「本当に静かですね」
シュトレンさんが言います。
「風も気持ちいい」
「だからおすすめ」
つきみ先輩は少しだけ得意そうでした。
「ここでルナちゃんの写真を見るの?」
ミルク先輩が聞きます。
「たまに」
「見たいな~」
「今?」
「うん」
つきみ先輩は少し迷ってから、DPo-Xに保存された写真を一枚表示しました。
小さなトイプードルが、クッションの上で丸くなっています。
「かわいい!」
シュトレンさんとミルク先輩の声が重なりました。
キャラメル先輩もすぐに近づきます。
「つきみちゃん、もっとないの?」
「あるけど」
「見せて」
「一枚だけの予定だった」
「かわいいから仕方ないよ」
つきみ先輩は困った顔をしながら、結局次の写真を開きました。
少しずつ人が集まり、いつの間にか小さなルナちゃん鑑賞会になっています。
みた先輩は少し離れたところで笑っていました。
「つきみ、人気だね」
「ルナが人気なだけ」
「つきみ先輩も、かわいいです」
私が言うと、つきみ先輩はすぐにこちらを見ました。
「チョコまで?」
「事実です」
「誰に教わったの、その返し」
「エスプレッソさんでしょうか」
「納得したくないけど、納得した」
つきみ先輩の耳が、少し赤くなっています。
卒業の日と変わりません。
それが、少し嬉しく感じました。
また明日
気づけば、自由時間もかなり過ぎていました。
明日からは通常授業が始まります。
一年生は、次の登校に備えて各自のホーム座標や提出物を確認しなければなりません。
中庭から戻る途中、先輩たちとは一年生エリアへ向かう分岐で別れることになりました。
「チョコ、明日から授業だよね」
みた先輩が言いました。
「はい」
「困ったことあったら連絡して」
「みた先輩も、授業があるのでは?」
「返せる時に返すよ」
「でも、無理はしないでくださいね」
「もう心配されてる」
フェタ先輩が笑いました。
「チョコちゃん、みたの生活管理もお願い」
「フェタ」
「何?」
「初日から変なこと教えないで」
「変じゃないよ。必要」
「必要なんですか?」
私が聞くと、フェタ先輩は真剣な顔で頷きました。
「かなり」
「フェタ」
「はいはい」
シロさんが私の肩を軽く叩きます。
「また明日な、チョコちゃん」
「はい、シロさん」
キャラメル先輩からは、先ほどの生活メモの更新通知が届きました。
「キャラメル先輩、今追加しましたか?」
「うん。大事な情報だから」
「消していいよ、チョコ」
みた先輩が言います。
「参考にします」
「チョコまで」
コレット先輩が短く笑いました。
「この子、思ってたより強いね」
「チョコちゃんは前からしっかりしてるよ」
シロさんが言います。
「知ってる」
先輩たちと、少しずつ距離が戻っていきます。
離れていた一年間が、全部なくなるわけではありません。
知らない人も。
知らない出来事も。
変わったこともあります。
けれど、関係が消えていたわけではありませんでした。
「みた先輩」
「何?」
「今日は、会えてよかったです」
みた先輩は少しだけ目を細めました。
「僕も」
「明日からも、よろしくお願いします」
「うん。また明日、チョコ」
また明日。
一年間、言うことのできなかった言葉です。
「はい。また明日です、みた先輩」
シュトレンさんと並び、一年生エリアへ向かいます。
少し歩いてから振り返ると、先輩たちはまだその場にいました。
シロさんが大きく手を振っています。
キャラメル先輩も。
ミルク先輩も。
コレット先輩は小さく。
つきみ先輩はDPo-Xを片手に持ったまま。
みた先輩も、こちらを見ていました。
私は花飾りへ一度触れ、手を振り返しました。
「いい先輩たちだね」
シュトレンさんが言いました。
「はい」
「チョコちゃんが、ずっと会いたかった理由がわかったよ」
「そうでしょうか」
「うん。」
二人で笑いました。
「明日、教室まで一緒に行こうね」
「はい」
「校門で待ち合わせ?」
「学校座標での待ち合わせは、校門でいいのでしょうか」
「高校生っぽいから校門がいい」
「理由がそれなんですね」
「普通の高校生活、大事だから」
シュトレンさんは、楽しそうに言いました。
私には、待っていてくれた先輩たちがいます。
そして今日、新しく一緒に歩く友達ができました。
どちらも大切にしたいと思いました。
明日からは通常授業が始まります。
一年生は、次の登校に備えて各自のホーム座標や提出物を確認しなければなりません。
中庭から戻る途中、先輩たちとは一年生エリアへ向かう分岐で別れることになりました。
「チョコ、明日から授業だよね」
みた先輩が言いました。
「はい」
「困ったことあったら連絡して」
「みた先輩も、授業があるのでは?」
「返せる時に返すよ」
「でも、無理はしないでくださいね」
「もう心配されてる」
フェタ先輩が笑いました。
「チョコちゃん、みたの生活管理もお願い」
「フェタ」
「何?」
「初日から変なこと教えないで」
「変じゃないよ。必要」
「必要なんですか?」
私が聞くと、フェタ先輩は真剣な顔で頷きました。
「かなり」
「フェタ」
「はいはい」
シロさんが私の肩を軽く叩きます。
「また明日な、チョコちゃん」
「はい、シロさん」
キャラメル先輩からは、先ほどの生活メモの更新通知が届きました。
「キャラメル先輩、今追加しましたか?」
「うん。大事な情報だから」
「消していいよ、チョコ」
みた先輩が言います。
「参考にします」
「チョコまで」
コレット先輩が短く笑いました。
「この子、思ってたより強いね」
「チョコちゃんは前からしっかりしてるよ」
シロさんが言います。
「知ってる」
先輩たちと、少しずつ距離が戻っていきます。
離れていた一年間が、全部なくなるわけではありません。
知らない人も。
知らない出来事も。
変わったこともあります。
けれど、関係が消えていたわけではありませんでした。
「みた先輩」
「何?」
「今日は、会えてよかったです」
みた先輩は少しだけ目を細めました。
「僕も」
「明日からも、よろしくお願いします」
「うん。また明日、チョコ」
また明日。
一年間、言うことのできなかった言葉です。
「はい。また明日です、みた先輩」
シュトレンさんと並び、一年生エリアへ向かいます。
少し歩いてから振り返ると、先輩たちはまだその場にいました。
シロさんが大きく手を振っています。
キャラメル先輩も。
ミルク先輩も。
コレット先輩は小さく。
つきみ先輩はDPo-Xを片手に持ったまま。
みた先輩も、こちらを見ていました。
私は花飾りへ一度触れ、手を振り返しました。
「いい先輩たちだね」
シュトレンさんが言いました。
「はい」
「チョコちゃんが、ずっと会いたかった理由がわかったよ」
「そうでしょうか」
「うん。」
二人で笑いました。
「明日、教室まで一緒に行こうね」
「はい」
「校門で待ち合わせ?」
「学校座標での待ち合わせは、校門でいいのでしょうか」
「高校生っぽいから校門がいい」
「理由がそれなんですね」
「普通の高校生活、大事だから」
シュトレンさんは、楽しそうに言いました。
私には、待っていてくれた先輩たちがいます。
そして今日、新しく一緒に歩く友達ができました。
どちらも大切にしたいと思いました。
家で待っていた妹
接続を終えると、現実の部屋へ視界が戻りました。
「おかえり、お姉ちゃん」
ミントちゃんが、ベッドの上から顔を上げます。
手元には端末。
その横には、二人分の飲み物が置いてありました。
「ただいま戻りました」
私は接続スペースから立ち上がり、ミントちゃんの隣へ座ります。
「どうだった?」
「無事に終わりました」
「それだけ?」
「学校はとても広かったです。クラスは一年二組で、自己紹介もしました。校内図もいただいて、先輩たちにも会えました」
「一気に来たね」
ミントちゃんは笑いながら、飲み物を一つ渡してくれました。
「先輩、ちゃんとお姉ちゃん見つけてくれた?」
「最初に見つけてくれたのは、シロさんでした」
「みた先輩は?」
「そのあと、シロさんが連れていってくれました」
「花、気づいた?」
「はい」
「なんて言ってた?」
私は少しだけ迷いました。
「似合っていると」
「よかったじゃん」
ミントちゃんは、自分のことのように嬉しそうに笑いました。
「それから、友達もできました」
「初日で?」
「はい。マリーシュトレンさんです」
「どんな子?」
「明るくて、優しくて、ピアノとお菓子作りが得意で……私とは、かなり違う方です」
「違うから仲良くなれることもあるでしょ」
「そうかもしれません」
「写真ある?」
「まだ一緒には撮っていません」
「じゃあ明日だね」
「勝手に決めないでください」
「でも撮るでしょ?」
「……たぶん」
ミントちゃんは、私の肩へもたれました。
「楽しそうでよかった」
「心配していたんですか?」
「ちょっとだけ」
「私も、少し心配でした」
「知ってる」
「顔に出ていましたか?」
「お姉ちゃんのことだからね」
私はミントちゃんの頭へ、自分の頭を軽く寄せました。
「応援してくれて、ありがとうございました」
「まだ初日だよ?」
「初日までのことです」
受験中も。
今朝も。
いつも隣にいてくれました。
「これからもお願いします、ミントちゃん」
「もちろん」
ミントちゃんは、私の手を握りました。
「それで、今日はFoF行く?」
「少しだけ」
「疲れてない?」
「疲れました」
「なら寝たら?」
「でも、少しだけみなさんと遊びたいです」
「じゃあ本当に少しだけね」
「はい」
「お姉ちゃんの少し、たまに長いから」
「ミントちゃんには言われたくありません」
「私は少しって言ってないもん」
「もっとだめです」
二人で笑いながら、私はFoFへの接続準備を始めました。
「おかえり、お姉ちゃん」
ミントちゃんが、ベッドの上から顔を上げます。
手元には端末。
その横には、二人分の飲み物が置いてありました。
「ただいま戻りました」
私は接続スペースから立ち上がり、ミントちゃんの隣へ座ります。
「どうだった?」
「無事に終わりました」
「それだけ?」
「学校はとても広かったです。クラスは一年二組で、自己紹介もしました。校内図もいただいて、先輩たちにも会えました」
「一気に来たね」
ミントちゃんは笑いながら、飲み物を一つ渡してくれました。
「先輩、ちゃんとお姉ちゃん見つけてくれた?」
「最初に見つけてくれたのは、シロさんでした」
「みた先輩は?」
「そのあと、シロさんが連れていってくれました」
「花、気づいた?」
「はい」
「なんて言ってた?」
私は少しだけ迷いました。
「似合っていると」
「よかったじゃん」
ミントちゃんは、自分のことのように嬉しそうに笑いました。
「それから、友達もできました」
「初日で?」
「はい。マリーシュトレンさんです」
「どんな子?」
「明るくて、優しくて、ピアノとお菓子作りが得意で……私とは、かなり違う方です」
「違うから仲良くなれることもあるでしょ」
「そうかもしれません」
「写真ある?」
「まだ一緒には撮っていません」
「じゃあ明日だね」
「勝手に決めないでください」
「でも撮るでしょ?」
「……たぶん」
ミントちゃんは、私の肩へもたれました。
「楽しそうでよかった」
「心配していたんですか?」
「ちょっとだけ」
「私も、少し心配でした」
「知ってる」
「顔に出ていましたか?」
「お姉ちゃんのことだからね」
私はミントちゃんの頭へ、自分の頭を軽く寄せました。
「応援してくれて、ありがとうございました」
「まだ初日だよ?」
「初日までのことです」
受験中も。
今朝も。
いつも隣にいてくれました。
「これからもお願いします、ミントちゃん」
「もちろん」
ミントちゃんは、私の手を握りました。
「それで、今日はFoF行く?」
「少しだけ」
「疲れてない?」
「疲れました」
「なら寝たら?」
「でも、少しだけみなさんと遊びたいです」
「じゃあ本当に少しだけね」
「はい」
「お姉ちゃんの少し、たまに長いから」
「ミントちゃんには言われたくありません」
「私は少しって言ってないもん」
「もっとだめです」
二人で笑いながら、私はFoFへの接続準備を始めました。
夜の小さな冒険
FoFへログインすると、学校用アバターの黒いお団子から、見慣れた水色の髪へ姿が変わりました。
花飾りだけは同じ場所にあります。
ギルドハウスの扉を開けると、中から話し声が聞こえました。
「こんばんは」
私が声をかけると、最初に振り返ったのはスフレさんでした。
「おかえり、チョコちゃん」
その言葉に、少しだけ胸が温かくなります。
「ただいま戻りました」
ガトーショコラさんが、机に広げていた地図から顔を上げました。
「入学式、お疲れ様」
「ありがとうございます」
エクレアさんは椅子から勢いよく立ち上がります。
「どうだった!? 友達できた!? 部活は!? 決闘は!?」
「質問が多いです」
アイリスさんが横から言いました。
「それから、入学式の日に決闘はしないわよ」
「しないの?」
「普通はしないわ」
「この学校ならありそうじゃない?」
「ないわ」
最近少しずつFoFへ戻っていたので、エクレアさんやアイリスさんとは何度か会っていました。
それでも、こうしてギルドハウスへ人が揃っている光景は久しぶりです。
部屋の奥には、エスプレッソさんもいました。
こちらを見ると、小さく手を上げます。
「再会、成功?」
「はい。無事に会えました」
「それは良かった」
短い言葉ですが、表情が少しだけ柔らかく見えました。
「チョコ」
みたらしっぽさんが、ギルドハウスの奥から歩いてきます。
学校で会ったばかりなのに、FoFの姿で見ると、また少し違った感覚がしました。
「疲れてない?」
「少し疲れました」
「正直だね」
「今日は短い依頼だけにします」
「ちょうどよかった」
みたらしっぽさんは、机の上に置かれた依頼書を開きました。
王都近くの草原で、春露草を集める採取依頼。
ギルドハウスで使う薬と、スフレさんが試したい染料に必要らしいです。
「戦闘はたぶんグラスボアくらい。三十分で戻れると思う」
「行きます」
「即答だ」
「体を動かしたい気分です」
「じゃあ、私も行く!」
エクレアさんが手を上げます。
「あなたはさっきまでコロシアムにいたでしょう」
アイリスさんが言いました。
「まだ元気!」
「休みなさい」
「元気なのに!」
「明日の予定を忘れてるわよ」
「あっ」
「忘れていたのね」
結局、依頼へ向かったのは、みたらしっぽさん、シロさん、つきみさん、ガトーショコラさん、そして私でした。
王都の外へ出ると、夜の草原に風が吹いていました。
大きなレイドではありません。
強大なボスもいません。
光る草を探し、時々現れるグラスボアを倒すだけです。
けれど、その何でもない時間が、とても懐かしく感じました。
「右に三体」
ガトーショコラさんが銃を構えます。
発砲音。
一体の足元へ弾丸が入り、突進の方向がずれました。
「シロ、正面」
「任せろ!」
シロさんが前へ出ます。
私は、その横を抜けました。
グラスボアの動きを見ます。
踏み込み。
呼吸。
刀を抜く瞬間。
「一閃!」
光が走り、一体が倒れました。
「いいね」
つきみさんが言います。
「前より、構えが落ち着いた」
「ありがとうございます」
「受験中も練習してた?」
「短い時間だけです」
「ちゃんと続けてたんだね」
みたらしっぽさんが、別の一体へ連撃を入れます。
「無理して戻そうとしなくていいから。学校もFoFも、少しずつで」
「はい」
最後の一体を、シロさんが押し返しました。
「チョコちゃん、今!」
「はい!」
刀を振り抜きます。
戦闘終了。
静かな草原へ、虫の声が戻りました。
「鈍ってないな」
シロさんが笑います。
「エクレアさんとアイリスさんに、少し練習へ付き合っていただきました」
「あの二人なら、少しで済まなさそう」
みたらしっぽさんが言いました。
「当初の予定より、一部屋多く進みました」
「やっぱり」
みんなで笑いました。
採取地点へ着くと、淡く光る春露草が風に揺れていました。
私は一つずつ丁寧に摘み、袋へ入れます。
つきみさんは近くの岩へ座り、周囲を見ながら休んでいました。
ガトーショコラさんは高い場所から、安全を確認しています。
シロさんは、なぜか一番大きな草を探していました。
「大きさで品質変わらないよ」
みたらしっぽさんが言います。
「見栄えがいいだろ?」
「薬にするんだけど」
「なら量多そうな方がいい」
「採取量は表示でわかるよ」
「気分の問題」
変わらない会話。
変わったこともたくさんあります。
でも、変わらないものもありました。
依頼数を集め終え、王都へ戻る途中。
みたらしっぽさんが、私の隣へ並びました。
DPo-Xに、メッセージが届きます。
送信者はシュトレンさんでした。
<明日、校門で待ち合わせしようね!>
続けて、時間の候補が三つ送られてきます。
私は一番早い時間を選びました。
<はい。よろしくお願いします、シュトレンさん>
すぐに返事が届きます。
<明日からは「シュトレンさん」じゃなくてもいいよ?>
それは、まだ少し難しそうです。
私は少し迷ってから、
<少しずつ頑張ります>
と返しました。
「新しい友達?」
みたらしっぽさんが聞きます。
「はい」
「そっか」
それ以上は何も聞かず、少し嬉しそうに笑ってくれました。
一年ぶりの再会は、元の場所へ戻るだけのものではありませんでした。
待っていてくれた人たち。
この一年で先輩たちが出会った人たち。
今日、私が初めて出会った友達。
それぞれの時間が、少しずつ一つの日常へ重なっていきます。
王都の灯りが近づいてきました。
ギルドハウスへ帰れば、集めた春露草をみんなで仕分けます。
明日になれば、シュトレンさんと校門で待ち合わせます。
学校でも。
FoFでも。
また会える日々が、ようやく始まりました。
花飾りだけは同じ場所にあります。
ギルドハウスの扉を開けると、中から話し声が聞こえました。
「こんばんは」
私が声をかけると、最初に振り返ったのはスフレさんでした。
「おかえり、チョコちゃん」
その言葉に、少しだけ胸が温かくなります。
「ただいま戻りました」
ガトーショコラさんが、机に広げていた地図から顔を上げました。
「入学式、お疲れ様」
「ありがとうございます」
エクレアさんは椅子から勢いよく立ち上がります。
「どうだった!? 友達できた!? 部活は!? 決闘は!?」
「質問が多いです」
アイリスさんが横から言いました。
「それから、入学式の日に決闘はしないわよ」
「しないの?」
「普通はしないわ」
「この学校ならありそうじゃない?」
「ないわ」
最近少しずつFoFへ戻っていたので、エクレアさんやアイリスさんとは何度か会っていました。
それでも、こうしてギルドハウスへ人が揃っている光景は久しぶりです。
部屋の奥には、エスプレッソさんもいました。
こちらを見ると、小さく手を上げます。
「再会、成功?」
「はい。無事に会えました」
「それは良かった」
短い言葉ですが、表情が少しだけ柔らかく見えました。
「チョコ」
みたらしっぽさんが、ギルドハウスの奥から歩いてきます。
学校で会ったばかりなのに、FoFの姿で見ると、また少し違った感覚がしました。
「疲れてない?」
「少し疲れました」
「正直だね」
「今日は短い依頼だけにします」
「ちょうどよかった」
みたらしっぽさんは、机の上に置かれた依頼書を開きました。
王都近くの草原で、春露草を集める採取依頼。
ギルドハウスで使う薬と、スフレさんが試したい染料に必要らしいです。
「戦闘はたぶんグラスボアくらい。三十分で戻れると思う」
「行きます」
「即答だ」
「体を動かしたい気分です」
「じゃあ、私も行く!」
エクレアさんが手を上げます。
「あなたはさっきまでコロシアムにいたでしょう」
アイリスさんが言いました。
「まだ元気!」
「休みなさい」
「元気なのに!」
「明日の予定を忘れてるわよ」
「あっ」
「忘れていたのね」
結局、依頼へ向かったのは、みたらしっぽさん、シロさん、つきみさん、ガトーショコラさん、そして私でした。
王都の外へ出ると、夜の草原に風が吹いていました。
大きなレイドではありません。
強大なボスもいません。
光る草を探し、時々現れるグラスボアを倒すだけです。
けれど、その何でもない時間が、とても懐かしく感じました。
「右に三体」
ガトーショコラさんが銃を構えます。
発砲音。
一体の足元へ弾丸が入り、突進の方向がずれました。
「シロ、正面」
「任せろ!」
シロさんが前へ出ます。
私は、その横を抜けました。
グラスボアの動きを見ます。
踏み込み。
呼吸。
刀を抜く瞬間。
「一閃!」
光が走り、一体が倒れました。
「いいね」
つきみさんが言います。
「前より、構えが落ち着いた」
「ありがとうございます」
「受験中も練習してた?」
「短い時間だけです」
「ちゃんと続けてたんだね」
みたらしっぽさんが、別の一体へ連撃を入れます。
「無理して戻そうとしなくていいから。学校もFoFも、少しずつで」
「はい」
最後の一体を、シロさんが押し返しました。
「チョコちゃん、今!」
「はい!」
刀を振り抜きます。
戦闘終了。
静かな草原へ、虫の声が戻りました。
「鈍ってないな」
シロさんが笑います。
「エクレアさんとアイリスさんに、少し練習へ付き合っていただきました」
「あの二人なら、少しで済まなさそう」
みたらしっぽさんが言いました。
「当初の予定より、一部屋多く進みました」
「やっぱり」
みんなで笑いました。
採取地点へ着くと、淡く光る春露草が風に揺れていました。
私は一つずつ丁寧に摘み、袋へ入れます。
つきみさんは近くの岩へ座り、周囲を見ながら休んでいました。
ガトーショコラさんは高い場所から、安全を確認しています。
シロさんは、なぜか一番大きな草を探していました。
「大きさで品質変わらないよ」
みたらしっぽさんが言います。
「見栄えがいいだろ?」
「薬にするんだけど」
「なら量多そうな方がいい」
「採取量は表示でわかるよ」
「気分の問題」
変わらない会話。
変わったこともたくさんあります。
でも、変わらないものもありました。
依頼数を集め終え、王都へ戻る途中。
みたらしっぽさんが、私の隣へ並びました。
DPo-Xに、メッセージが届きます。
送信者はシュトレンさんでした。
<明日、校門で待ち合わせしようね!>
続けて、時間の候補が三つ送られてきます。
私は一番早い時間を選びました。
<はい。よろしくお願いします、シュトレンさん>
すぐに返事が届きます。
<明日からは「シュトレンさん」じゃなくてもいいよ?>
それは、まだ少し難しそうです。
私は少し迷ってから、
<少しずつ頑張ります>
と返しました。
「新しい友達?」
みたらしっぽさんが聞きます。
「はい」
「そっか」
それ以上は何も聞かず、少し嬉しそうに笑ってくれました。
一年ぶりの再会は、元の場所へ戻るだけのものではありませんでした。
待っていてくれた人たち。
この一年で先輩たちが出会った人たち。
今日、私が初めて出会った友達。
それぞれの時間が、少しずつ一つの日常へ重なっていきます。
王都の灯りが近づいてきました。
ギルドハウスへ帰れば、集めた春露草をみんなで仕分けます。
明日になれば、シュトレンさんと校門で待ち合わせます。
学校でも。
FoFでも。
また会える日々が、ようやく始まりました。