諸君。
ここに集まってくれたということは、私の私信を受け取ってくれたものと判断する。
とてもありがたいことだ。感謝を申し上げる。
さて、私のことはもう知っているだろうが、あらためて自己紹介をするべきだろう。
私はエレナ・クルツ。空軍艦士である。
そして、我が強襲火艦部隊の指揮官にして、陸軍降下強襲歩兵部隊の代理指揮官である。
私の肩書きの由来、それをまず話さなければいけない。
私がなぜ陸軍の管轄をも扱えうるのかについて、陸軍の諸君も知りたいことだろう。
まず、そこから話そう。貴官らには知らされてしかるべきだ。
私の祖母、フリーダ・クルツの初陣を知るものは多くない。
あれは秘密作戦時代の話で、誰も知り得ないからだ。
そこで、空軍火艦士だったフリーダ・クルツは、二つの出会いをした。
一つは、祖母の天職となる火艦との出会いだ。
空軍にとって、陸上作戦用の部隊が絶対に必要な時期だった。
なぜ必要だったかは貴官らにもよくわかるだろう。
かのヒグラート渓谷での戦闘は、空軍艦士を著しく消耗させたからだ。
広大な土地と、陸軍でさえ入り込めない地形と、敵艦とのにらみ合いで陸上作戦ができない事態。
墜落した艦士を、敵の陸軍を蹴散らしながら救出する任務を遂行できる部隊が必要だった。
それを請け負ったのが、ドゥルガの輸送区画に砲兵区画を移植した火艦だった。
だが、火艦はそれだけでは単純な火力支援兵器にとどまるものだ。
それを作戦に合致させるために必要なものがあった。
陸軍の支援、それも航空展開に耐えうる強靱な部隊がなければ部隊は成立しない。
そこに立候補したのは、古きよき渓谷戦役の英雄、戦車を操り砂塵に駆けるラプーンその人だった。
それこそ、フリーダ・クルツの二つ目の出会いだった。
強襲空挺歩兵、今も陸軍で高らかに呼ばれているその名を、今回は拝借する。
貴官らも知ってのとおり、強襲空挺歩兵はラプーンが創設した部隊だ。
戦車の英雄がなぜこの部隊を創設したかは、空挺歩兵である貴官らの胸がよく知っているだろう。
彼は実に歩兵思いだった。それは戦車兵だった頃からの、彼の意志によるところだ。
常に前へ。歩兵の前へ。敵の眼前へ。
常に戦車兵とはそうだと聞く。一時の断絶を経てもそれを変わらないようだ。
戦車兵の貴官らの眼を見れば、そうなのだと確信させてくれる。
私はここで言葉をはばからない。たとえ貴官らの心象を悪くしようとも。
かの英雄は、戦車兵として挫折したのだ。
装備の差という埋めがたい差によって、徹底的に打ちのめされた。
敵の装備にたいして、戦闘方式の変化による戦術的優位性を用いても彼は負けたのだから。
彼の傷痍勲章は、そうして彼の戦車兵としての役割を終わらせた。
だが、彼は諦めなかった。
常に前へ。歩兵の前へ。敵の眼前へ。
ラプーンはその言葉とともに貴官らが忠誠を誓う強襲空挺歩兵を編成した。
戦車が役割を成さないのであれば、人が人を守るしかない。
貴官らの信奉する「羽蟻」が生まれるまでには、彼の人望が大きく関与している。
渓谷戦役時代、彼は作戦を立案するにあたって、空軍揚陸艦の乗務員をたぶらかしたのだ。
空軍としては当然、そのような見方になる。
これは純然たる事実なのだから。
空軍と陸軍が、あまつさえ職域を超えて手を取り合うなど、と。
陸軍に寝返った揚陸艦部隊は、戦車兵に協力して、ラプーンの作戦を大いに助けたことだろう。
この関係は、ラプーンが戦車兵を辞したあとでも続くことになる。
ここまでは貴官らも知るところだ。
もう薄々感づいているものもいるかもしれない。
そう、ラプーンはその先のことも考えていた。
いつか「羽蟻」だけでは前線を支えきれなくなることはラプーンにもわかっていた。
彼は戦車兵で、戦車のない部隊がどれほど苦しい戦いをしているのか知る人間だった。
そこで、彼は戦車の代用となるものを探しはじめた。
戦車とはどのような要素で構成されているのか。
敵の眼前いち早く進出し、強大な火力による衝撃を与えうるものだ。
つまり、彼は機動力と直接的な火力支援によるものだと導きだした。
一つ注釈をつけるとすれば、彼の時代の戦車と、現代とで解釈が違うことを考慮に入れるべきだろう。
だが、今でも戦車兵の貴官らは、その定義を否定はするまい。
では、それを成し遂げるにはどうすればいいのか。
陸軍自身の装備では望めない状況において、ラプーンには強力なつながりがあった。
揚陸艦部隊との親交が深いラプーンの存在は、揚陸艦の輸送力を火力に変換する至る。
精密な榴弾砲を輸送区画に搭載してしまえばいい。
空軍由来の機動力で接近し、圧倒的な火力で敵に打撃を与えうる戦闘方式だ。
単独での運用は揚陸艦の巨体ゆえに不可能として、護衛の空挺歩兵部隊によって欠点は補うことができる。
むしろ、求められる作戦の規模をみれば、揚陸艦同士なら空挺歩兵と同時に運用するのが混乱も少ない。
陸軍が求めたものも、まさに火艦そのものだった。
その構想は、思惑が噛みあった空陸軍合同の企画となっていた。
火艦は空軍が受け持ち、火艦を護衛する強襲空挺歩兵は陸軍が受け持つようになった。
そこで、フリーダは火艦側の、つまり空軍の部隊長として。
ラプーンは陸軍の強襲空挺歩兵の司令官として出会った。
陸軍が求めて空軍が提供する「火」艦と、空軍が求めて陸軍が提供する「羽」蟻による混成部隊。
くわえて、その作戦名は核となる強襲火艦につけられ、「火羽」は火艦の代名詞となった。
「火羽」という名前の秘密作戦は、こうして始まった。
今日までの出来事を思えば、そのようなことがあったということは、誰もが耳を疑うだろう。
私は、この部分を、特に貴官らに話しておかなければいけない。
あのとき、なにがあったのかがわからなければ、貴官らとの団結は霧のように朦朧としたものになってしまうからだ。
表向きの協力とは違い、両者の思惑は複雑に交錯していた。
どちらも「火羽」という戦闘団を欲していた。
それは偽らざる本音だ。
だが、それぞれの目的は異なっていた。
空軍は艦士救出任務をするために編成しようとしていたし、陸軍は歩兵を助けるための手段として用いようとした。
どちらもこの成果を持ち帰り、できれば「火羽」計画に携わったもの全員を部隊に編成できればと思っていたようだ。
そこで、空軍と陸軍が持ちうる予算や権力は、どちらが上だろうか。
貴官らと対面して、私はあえて問い、そして事実を告げなければならない。
空軍がすべて陸軍に勝っているのだ、と。
無論、昔も状況はなんら変わっていなかった。
空の上にいくほど「高貴」とされる世界において、空軍の力は圧倒的だ。
そして、空軍にはどうしてもこの計画を空軍主導としなければならない理由があった。
離反する低高度艦士への求心力の回復が、空軍の喫緊の課題だった。
空軍のなかで「高貴」ではないがゆえに虐げられてきた低高度艦士は、陸軍との強いつながりがあった。
戦車兵と、強襲空挺歩兵の貴官らには聞かせるまでもないことだろう。
ラプーンがその架け橋となったのだから。
それこそが空軍が問題視していたことだった。
空軍の命令を聞かず、陸軍と癒着している低高度艦士を、ふたたび空軍の傘下に収めなければならない。
ひいては、その結果が乗務員救出任務の成否をわけ、艦士全体の士気にもつながるものだった。
それを、おめおめと陸軍に、またしてもラプーンに引っ張り込まれでもしたらどうだ。
空軍にとってはなんとしても阻止したいと思っていただろう。
ラプーンは人を融和させる特別な能力があったとしても、私は驚かない。
フリーダ・クルツもまた、その力の前に陥落した一人だった。
もしかしたら、恋仲になっていたかもしれないほど、友好は深くなっていた。
だが、それは破局した。
ラプーンが戦闘中行方不明になったためだ。
貴官らはラプーンの最後がどのようなものだったか知らないだろう。
秘密作戦のことは一般に開示されないものだ。
資料には、ただいなくなったとしか記載されない。
だから、ここにいる降下強襲兵がなぜ生まれたのかも、事実を知るものはいないというわけだ。
彼らも、陸軍に属する貴官らのまなざしを受けても、なにも言わない。
なぜ陸軍を離れて「空軍」に付き従うのかという詰問にも、けして口を割ることはない。
なぜ陸軍の金を使って空軍が陸軍の部隊を運用しているのかという質問にも、誰も答えようとしない。
それが秘密作戦に端を発した、守秘義務というものだからだ。
だが、私は貴官らと肩を並べるために、これを破ろうと思う。
信頼とは、信じるというのは、そういうものだ。
祖母は今でもそう言うし、私もそれを信奉する一人だからだ。
陸軍の指揮官機に搭乗していたラプーンは、
アーキル連邦の対空砲に撃墜された。
空軍の乗務員救出作戦が一段落ついた頃の話だ。
彼は刻一刻と敵が追いすがってくる歩兵の撤退作戦に「火羽」を支援投入していた。
そこで、一度だけ指揮官機が戦線から突出したことがあった。
指揮官機の撤退するなかで、潰したはずの偽装砲台の筒先を通過してしまった。
彼は撃墜された。
生還者はいなかった。誰も帰ってこなかった。死体袋さえ彼らには不要だった。
我が帝国の機密資料はそう記している。
帝国は彼らの最後を知らない。
だが、
アーキル連邦の情報部を経由した情報はその先を知っている。
ラプーンは砲火の破片に傷つき、墜落の衝撃で生涯を終えた。
そこで起きた指揮官機撃墜という事件は、「火羽」計画のバランスを崩壊させた。
権力で勝っていた空軍にたいして、かろうじて人徳で対抗していたラプーンがいなくなった。
陸軍側で部隊の指揮を即座に任せられるものがすべていなくなってしまったのだ。
そして、フリーダ・クルツは陸軍強襲空挺歩兵の指揮権を持つ人間だった。
正式な指揮官が着任するまでの間、運営を任せるに足る存在だとラプーンが託したものだった。
だが、空軍にとってはこれこそが最高の転機であり、陸軍を押し切って合同作戦を占有することができた。。
結局、指揮権はフリーダが持ったまま、「火羽」計画に参加した強襲空挺歩兵は空軍の管轄となった。
強襲火艦部隊が設立されたとき、空軍は部隊の混同を避けるために、強襲空挺歩兵を降下強襲歩兵と改めた。
空軍は憂いなく火艦とその護衛部隊を手に入れ、陸軍に金を出し続ける要求を勝ち取った。
それ以来、空軍と陸軍の関係は一気に瓦解し、ラプーンを失ってしまっては、誰も持ち直すことはできなかった。
空軍のことは空軍に、陸軍のことは陸軍に。
揚陸艦についての指揮権の大半を空軍が奪還したからには、もはや融和などできるはずもない。
さようなら、私たちが肩を組むことは永遠にないでしょう。
高貴な空軍と卑俗な陸軍は、やはり住む世界が違ったのです。
今となっては歴史だが、私の指揮する部隊と肩書きの理由は、このようなものだ。
フリーダクルツは老い、指揮権を後任に任せた。
私はその後任が老いた際に求めた後任としてここにいる。
だが、私が秘密作戦の話を蕩々と話したのは、なにも私の部隊の口上を聞いてもらうためではない。
貴官らを納得させるために、私の名と空軍の勲章を出したところで意味はないだろう。
知ってほしい本当のところ、これがラプーンの遺志を継ぐものだと私が確信するところにある。
ラプーンはなにを求めて、最後まで戦い抜いたのか。
それは、陸軍のすべてに救いの手を差し伸べるためであった。
すべては歩兵のために、歩兵の盾となる。
常に前へ。歩兵の前へ。敵の眼前へ。
陸軍は見捨てはしない。
ラプーンは常にそう言っていた。
私の祖母がそう言うのだから、間違いはない。
そのために「羽蟻」をつくり、「火羽」に目をつけた。
彼ははそこで夭折し、永遠に立ち上がれなくなっただけなのだ。
だが、何度でも言おう。
ラプーンは人を融和させる特別な力があるに違いない。
私の祖母は、フリーダ・クルツはラプーンに心酔していた。
恋仲になってもおかしくないほどに。
ところで、貴官らは「蟻の英雄」という言葉を知っているだろうか。
「アリのように」と実直さを信条とする陸軍を、空軍が指しす言葉だ。
陸軍がどれほど活躍しようとも空軍にとっては知ったことではない。
もし英雄アリがいたとして、空を飛ぶ鳥にとってはすべて同じアリにしか見えないのだ、と。
空軍が貴官ら陸軍をことあるごとに嘲笑し、侮辱する言葉だ。
私も空軍の人間だ。そういった感性は空軍の人間として一人前には持ち合わせているだろう。
だが、私がその言葉を口に出したとき、私は祖母に思いきり殴られた。
老いてさえ筋の通った軍人の拳には、私をたたき直すほどの力があった。
そうして、私が火艦に着任すると、空軍とは違った環境で学ぶうちに思い知らされた。
フリーダは、「火羽」時代から部隊編成のすべてを掌握していながらも、陸軍のことを片時も忘れていなかったのだ。
空軍の利益を考えながらも、陸軍が降下強風歩兵に出資していることを主張し、陸軍側の便宜を通してきた。
我がクルツ家は、フリーダの代で成り上がった貴族だが、その権力は大いに活躍した。
いつでもクルツ家は陸軍に融和的で、それでいて空軍の追求を躱してきた。
ひとえに、それはフリーダが焦がれたラプーンのためなのだ。
ただ一人の男が目指した、新しい地平線のために。
それももう終わりにしようではないか。
私はここに宣言する。
ここカノッサ湿地帯において、ときは満ちた。
苦渋に耐え忍んできた今までとは違い、ここには貴官らの求めるすべてがある。
目にかなう戦車があり、強襲空挺歩兵の士気も十分であることがわかった。
私はこの瞬間、空軍
ドクトリンから離反する。
私の全権限をもって、揚陸艦部隊を集中運用する。
おそらく一度しかできない緊急的な大規模編成となるだろう。
だが、一度だけで十分だ。
私たちはこれより、徴収したした
ゼクセルシエ戦車による強襲揚陸作戦を実行する。
貴官らには作戦を成立させる十分な訓練を与えたつもりだ。
それならば、私がこまごまと言って聞かせずとも、作戦の趣旨はわかるはずだ。
戦車を揚陸し、強襲空挺歩兵が戦車の攻勢を維持しながら前進する。
なお、本作戦には降下強襲歩兵を用いない。
作戦終了時に貴官らを収容するために後詰めとして用いるためである。
戦域は私がすべて管理し、攻勢限界も私が判断する。
すべての指揮権はこの私にある。
誰にも言い訳をさせず、貴官らが遺憾なく力を発揮できる場を用意したつもりだ。
これは貴官らだけの戦争だ、存分に暴れたまえ。
ただし、これだけは断言する。
私たちは、グランパルエ河を渡って向こう側まで行く。
私は貴官らの渡河を遂行できるように、戦力を調整し、送り込み続けるだろう。
貴官らを見捨てはしない。
私は一度ですべてを決定づける結果を求めるし、貴官らにも達成する十分な闘志が備わっていると確信している。
戦線に穴を空けよう。
歩兵が戦車とともに歩める世界を願って。
限りない水平線の──地平線の先まで共に歩めるように。
かつての英雄、戦車兵ラプーンの願いを叶えるために、力を貸して欲しい。
私、エレナ・クルツはここに、強襲揚陸戦闘団の設立を宣言する。
まだ正式な部隊とはいえないが、私はすでに未来を確信している。
本作戦が、私の、そして貴官らの未来をもたらす一撃になるからだ。
さあ行こう、「蟻の英雄」たちよ。
私には、諸君の姿が、活躍が、その身に訪れるすべてが見通せる。
さあ行こう、不可能を見つけに。
最終更新:2020年03月18日 01:12