クロックワークエンジェル ◆I9IoWegESk
神崎黎人は意匠の椅子に前のめりで腰掛けている。
ここは彼のプライベートルーム。そこに彩られた幾つもの高価なインテリア。
彼は特大のアクシデントに対処するため、内線で司令室の部下に指示を与える。
彼は特大のアクシデントに対処するため、内線で司令室の部下に指示を与える。
「まずは雑用にかまける量産アンドロイドを警備にまわせ。
そして、職員の休憩時間を1/2に減らしシフト変更、本部入り口の監視を強化だ。後は僕が司令室に行って指示を出す。
常に平常心を保て、終焉プログラムがある限り、こちらの優勢は揺るがない」
そして、職員の休憩時間を1/2に減らしシフト変更、本部入り口の監視を強化だ。後は僕が司令室に行って指示を出す。
常に平常心を保て、終焉プログラムがある限り、こちらの優勢は揺るがない」
凪の裏切りは組織に大きな衝撃を与えた。それは内部の士気を下げるとともに、指導者たる神崎への不信感を植え付けた。
神崎は無数の権力闘争を勝ち抜いてきた身、もとより部下に対して全幅の信頼を寄せるつもりはない。
だが、己は一番地の頭首として、彼らの信頼に足りうる勝利の方程式を示す義務がある。力の器だからこそ、世界の支配者たりうるのだ。
神崎は無数の権力闘争を勝ち抜いてきた身、もとより部下に対して全幅の信頼を寄せるつもりはない。
だが、己は一番地の頭首として、彼らの信頼に足りうる勝利の方程式を示す義務がある。力の器だからこそ、世界の支配者たりうるのだ。
この儀式で最も重要なルール、それは参加者に直接手を下せるのは参加者だけということ。
例外は最後のHimeであるミコトと新生弥勒のマスターである自分だけ。
さらに、殺し合いの舞台では、部外者の物理的な干渉で間接的に彼らを死に追いやってもいけない。
ヘリコプターから神経ガスを散布して、禁止エリアや命の一閃で殺害してもアウトになる。
つまり、門外漢に認められるのは、本拠地で自衛のために相手を半殺しにするまでだ。
それを破れば儀式は破綻し、この星は媛星の直撃を食らう羽目になる。
もしも、ドクターウェストへの干渉を志願したのが凪でなければ、神崎は首を縦に振らなかっただろう。
例外は最後のHimeであるミコトと新生弥勒のマスターである自分だけ。
さらに、殺し合いの舞台では、部外者の物理的な干渉で間接的に彼らを死に追いやってもいけない。
ヘリコプターから神経ガスを散布して、禁止エリアや命の一閃で殺害してもアウトになる。
つまり、門外漢に認められるのは、本拠地で自衛のために相手を半殺しにするまでだ。
それを破れば儀式は破綻し、この星は媛星の直撃を食らう羽目になる。
もしも、ドクターウェストへの干渉を志願したのが凪でなければ、神崎は首を縦に振らなかっただろう。
主催者にとって数少ない切り札が終焉プログラム、これは第6回放送から発動可能な特殊ルール。次の放送から短い時間間隔で、FからAに向かって1列ずつ禁止エリアと化す。最後に、全てが禁止エリアで塗り潰されるだろう。
本部に逃げ込む参加者は両足の腕を折って、外に放り出せば良い。
本部に逃げ込む参加者は両足の腕を折って、外に放り出せば良い。
無論、参加者が生き急ぎすぎて、媛星の落下も考えずに首輪を外す危険もある。
だが、那岐が儀式のカラクリを話すだろう今、殺し合いそのものが停滞するよりはマシだ。
だが、那岐が儀式のカラクリを話すだろう今、殺し合いそのものが停滞するよりはマシだ。
(凪め、こちらの苦労も知らず、好き放題やってくれる)
なぜ、神崎は参加者に星を救う儀式に首輪が必要だと伝えなかったのか。そうすれば、彼らが安易に首輪を外す可能性は減るはずである。
表向きの理由は、こちらの力を軽く見られないため。だが、真実はナイアが予告したひとつのペナルティー。
表向きの理由は、こちらの力を軽く見られないため。だが、真実はナイアが予告したひとつのペナルティー。
『知らせたければ、別に構わないよ。ただし、直後の放送は僕が代わりに進行させて貰うからね』
これを語るかの超越者の双眸に、茂みの蝮のような闇が蠢いていた。
彼女の舌先三寸で組織の規律を乱されるだけならまだいい。終焉プログラムの発動も半ば諦めている。
だが、本当にそれだけで終わるのか。たった1回とはいえ、あの女に放送を譲るのは余りにも危険だ。
だが、本当にそれだけで終わるのか。たった1回とはいえ、あの女に放送を譲るのは余りにも危険だ。
――でもさ、黒幕を舞台に引き摺り出す方が、何もせずに腐っていく君よりはマシだと思うんだよね。元・ごしゅじんさま。
断ち切られたはずの式との回路から、かつて凪だった者の声が聞こえた気がした。
男は冷静さを取り繕い緑茶を口に含む。喜びのない味覚と刺激しない嗅覚が己の焦りを顕にし、かえって苛立ちを覚えてしまう。
男は冷静さを取り繕い緑茶を口に含む。喜びのない味覚と刺激しない嗅覚が己の焦りを顕にし、かえって苛立ちを覚えてしまう。
神崎はテーブルに立て掛けた弥勒を手に取って、憤りの感情を込めて目をそばめる。
(凪め、僕に随分と恥をかかせてくれる……)
彼はテーブルの小型モニターを子供部屋に切り替えた。大量のいちご大福は、美袋命の腹に次々と吸い込まれていた。
すずは何か言いたげにチラチラと様子を見ている。当然というか、大食らいの妹は気にも留めない。
すずは何か言いたげにチラチラと様子を見ている。当然というか、大食らいの妹は気にも留めない。
これは苦笑しつつも癒しを誘う場面なのかもしれない。エルザが持ち場を離れたままでなければ。
彼女はこちらに忠実だったが、時折、妙に御し辛い一面を見せている。
そして、すずにいつまで、双七の死を欺き切れるのか。今のところ、組織の体裁は保たれているが、いつ瓦解してもおかしくない。
彼女はこちらに忠実だったが、時折、妙に御し辛い一面を見せている。
そして、すずにいつまで、双七の死を欺き切れるのか。今のところ、組織の体裁は保たれているが、いつ瓦解してもおかしくない。
彼にとって、凪は裏切ることのない唯一の手駒"だった"。幾ら主人に憎まれ口を叩こうが、この星を救う情熱は誰にも負けていなかった。
その彼が大博打をして参加者側に寝返った。神崎を星も救えない無能と見切ったということだ。
その彼が大博打をして参加者側に寝返った。神崎を星も救えない無能と見切ったということだ。
神崎は椅子から徐に立ち上がると、弥勒を構え、すでに式を失った刃で宙を切った。
彼はナイアの持つ未知なる力の恐怖心に苛まれ、都合の悪い予想から目を背けていた。
その為、対応が後手に回り、ゲームはほぼ壊滅状態まで追い込まれた。
だが、那岐の反逆は、彼のなまくらな脂肪をつけた魂に闘争心を燃え上がらせた。
その為、対応が後手に回り、ゲームはほぼ壊滅状態まで追い込まれた。
だが、那岐の反逆は、彼のなまくらな脂肪をつけた魂に闘争心を燃え上がらせた。
無論、ナイア、あの超越者に正面から逆らうとは思わない。神と戦う思い上がりは、カグヅチに殺されて当に失せた。
だが、あの女が何を考えていようが、与えられたルールの中で足掻くことはできる。
だが、あの女が何を考えていようが、与えられたルールの中で足掻くことはできる。
(那岐がルールを壊してこの星を守るつもりなら、僕はルールに則って儀式を成功させてみせる)
今はとにかく従順な駒が欲しい。神崎はミコトに猛禽のような視線を注ぐ。もはや、暢気に彼女を囲っている余裕は無い。
妹は兄に賭け値なしの好意を注いでいる。生命を捨てることも奪うことも躊躇わないだろう。
だが、今のミコトには武器が無い。ミコトのエレメントは弥勒を守るための柄、カムツカ。
黒曜の君でなくとも、弥勒を振るう力を得るが、それ単独では意味をなさない。それどころか、チャイルドの召喚すらままならないのである。
妹は兄に賭け値なしの好意を注いでいる。生命を捨てることも奪うことも躊躇わないだろう。
だが、今のミコトには武器が無い。ミコトのエレメントは弥勒を守るための柄、カムツカ。
黒曜の君でなくとも、弥勒を振るう力を得るが、それ単独では意味をなさない。それどころか、チャイルドの召喚すらままならないのである。
"前回"の星詠の儀ではミコトに弥勒を託し、彼女にHiME狩りをさせていた。
ただ、新生弥勒は旧来の弥勒と違い、黒曜の君がそれを所持している限りにおいて、最後の参加者以外も屠ることができる。
そして、弥勒の扱いなら自分の方が上。神崎の拘りを除けば、今回は彼女に刀を渡す意味が無い。
ただ、新生弥勒は旧来の弥勒と違い、黒曜の君がそれを所持している限りにおいて、最後の参加者以外も屠ることができる。
そして、弥勒の扱いなら自分の方が上。神崎の拘りを除けば、今回は彼女に刀を渡す意味が無い。
――旧い弥勒を支給品に混ぜなきゃ、苦労しなくてすんだのにね。調子こき過ぎちゃったんじゃない?
「黙れ、元ゲボク。すぐに幾重の悔悟を味わわせ、媛星の力でより惨めな奴隷に変えてやる」
神崎は立ったまま、内線のチャンネルを変えてひとつの命令を下す。そして、弥勒を腰に掛けて司令室へと歩みを進めた。
<●> <●>
言峰綺礼は粗末な椅子に目を瞑って座っている。
ここは反逆者を監禁するための牢獄、鍵は電子ロック式であり、解除にはIDカードと8桁のパスワードが必要である。
九条むつみは、この囚人と一度話して以来、この場には顔を見せていない。
ここは反逆者を監禁するための牢獄、鍵は電子ロック式であり、解除にはIDカードと8桁のパスワードが必要である。
九条むつみは、この囚人と一度話して以来、この場には顔を見せていない。
彼はただ静かに、遠くからやってくる足音に耳を澄ましていた。
足運びの1つ1つは乱雑で遊びがあるが、全体的に見ると均衡が取れており、相当な武術の達人だと思われる。
そして、その響きは軽やか勢いがあるが、僅かな物憂さを感じさせる。
言峰は音の主は牢の見回りではなく、ましてシスターでもないと推測した。だが、彼が正体を絞りきる前に、正解は姿を現した。
足運びの1つ1つは乱雑で遊びがあるが、全体的に見ると均衡が取れており、相当な武術の達人だと思われる。
そして、その響きは軽やか勢いがあるが、僅かな物憂さを感じさせる。
言峰は音の主は牢の見回りではなく、ましてシスターでもないと推測した。だが、彼が正体を絞りきる前に、正解は姿を現した。
「あの神父、マスターを裏切って、こんな所にぶち込まれていたロボ」
緑髪の少女は牢屋を覗き込み、珍獣を見るような眼差しを向けてきた。彼女はナイアが送り込んだ機械仕掛けの人造人間。
彼の知っている非力なホムンクルスとは異質、むしろゴーレムの究極系といった方が良いかもしれない。
彼の知っている非力なホムンクルスとは異質、むしろゴーレムの究極系といった方が良いかもしれない。
「エルザよ、こんな所に顔を出して構わないのかね。命の警護はどうしたのだ?」
「気晴らしに自主休業中だロボ。ミコトはイチゴ大福の重箱詰め合わせ食ってるから大丈夫ロボ」
「気晴らしに自主休業中だロボ。ミコトはイチゴ大福の重箱詰め合わせ食ってるから大丈夫ロボ」
彼女に衛宮士郎の末路を聞いても不毛な結果に終わるだろう。
言峰はならばと、彼女の気紛れを神崎がどう受け止めるのかと思いを馳せ、己の本質と別ち難い衝動を募らせる。
言峰はならばと、彼女の気紛れを神崎がどう受け止めるのかと思いを馳せ、己の本質と別ち難い衝動を募らせる。
「私も見ての通り、時間を持て余していてね、これも神の導き、心に重荷があれば相談に乗ろう。
私も神に奉じる身、迷える子羊を幾度と無く導いてきたのでね」
私も神に奉じる身、迷える子羊を幾度と無く導いてきたのでね」
「胡散臭い説教は要らないロボ」
悩みがない、と言わなかったことに、彼は笑みが零れそうになる。そして、物憂げな足音の理由を求め、大雑把なあたりをつけていく。
「なるほど、得体の知れない私が信じられないか。
ならば、私は問おう。お前は神崎の本性を知った上で、仕えるに値すると決意したのかな?」
ならば、私は問おう。お前は神崎の本性を知った上で、仕えるに値すると決意したのかな?」
彼には、この機械人形は人に等しき自我を持ちながら、なおひとつ欠く存在に貶められているように見えた。
彼女は己の起源に葛藤もせず、偽りの主人に好意を抱いている。あの黒幕にそのように仕込まれたゆえに。
だが、疑念なきところに信じる余地もない。それはただの本能、かの人造天使と大差はなく、苦悩の末に神に従う、人の偉大さがない。
彼女は己の起源に葛藤もせず、偽りの主人に好意を抱いている。あの黒幕にそのように仕込まれたゆえに。
だが、疑念なきところに信じる余地もない。それはただの本能、かの人造天使と大差はなく、苦悩の末に神に従う、人の偉大さがない。
「神父はマスターのあんな事やこんな事を知っているロボ。
もしかして、マスターと一枚の海パンを向き合って履く仲だったロボ?」
「いや、それは言葉のあやだ。彼とはこの島で――」
「エルザとの交際はカモフラージュロボか。マスターがどんな趣味でも構わないけど、
利用して捨てられるのはごめんロボ。もう何もかも信じられないロボ!」
もしかして、マスターと一枚の海パンを向き合って履く仲だったロボ?」
「いや、それは言葉のあやだ。彼とはこの島で――」
「エルザとの交際はカモフラージュロボか。マスターがどんな趣味でも構わないけど、
利用して捨てられるのはごめんロボ。もう何もかも信じられないロボ!」
言峰は軽くため息をつきながら、人の話を全く聞かない彼女を、何とかなだめて丁寧に誤解を解く。
「……つまり、私にはそういう趣味はないし、かつては妻や娘もいる。
ただ、お前が主人とどれだけの付き合いがあるか、素朴な疑問を抱いたに過ぎん」
ただ、お前が主人とどれだけの付き合いがあるか、素朴な疑問を抱いたに過ぎん」
ただし、これには多少の補足が必要である。確かに、この男は妻を持ち、彼女を愛そうと努力した。
だが、言峰綺麗の喜びは人間の、そして彼女たちの不幸を見ることだった。
妻が彼にも人の死を悲しむ心はあると証明するため、残り少ない命を自ら断った。
だが、夫は自分の手で彼女を殺せなかったことを悲しむことしかできなかった。そのように生まれついたから。
だが、言峰綺麗の喜びは人間の、そして彼女たちの不幸を見ることだった。
妻が彼にも人の死を悲しむ心はあると証明するため、残り少ない命を自ら断った。
だが、夫は自分の手で彼女を殺せなかったことを悲しむことしかできなかった。そのように生まれついたから。
「なんだ、そういうことロボか。マスターとの絆は太くて短く濃厚ロボ。
マスターの作ったメカでダーリンと殴り愛したり、マスターのギターが煩いから黙らせたり、
――したような気がしたけど、そんなことは無かったロボ」
マスターの作ったメカでダーリンと殴り愛したり、マスターのギターが煩いから黙らせたり、
――したような気がしたけど、そんなことは無かったロボ」
エルザはこれも違う、あれも違うと呟いている。メモリーから神崎との作られた思い出を引き出しては、
満足せずに記憶の海に沈めているのだろう。偽りの記憶こそが、彼女を切開するための心の亀裂。
満足せずに記憶の海に沈めているのだろう。偽りの記憶こそが、彼女を切開するための心の亀裂。
「もうどうでも良いロボ。エルザは今を生きる女だから、過去は振り返らないロボ」
「だが、君はマスターからの任務を投げ出して、私の元へ来たではないか。
それは、まさにその"いま"に不満を抱いているのではないかね?」
「だが、君はマスターからの任務を投げ出して、私の元へ来たではないか。
それは、まさにその"いま"に不満を抱いているのではないかね?」
「そう言われてみると……最近のマスターは刺激が足りない気がするロボ。
はっ、これは倦怠期ロボか。ロウソクと鞭と亀甲縛りで愛を叩き起こすフラグロボ?」
はっ、これは倦怠期ロボか。ロウソクと鞭と亀甲縛りで愛を叩き起こすフラグロボ?」
エルザは冗談ともつかぬ表情でこちらの話に食いついてきた。今の主人は偽りなのだから、彼女の心に不協和音は奏でられよう。
言峰は全ての真実を語る代わりに、人形を人の高みに誘う梯子を立てかける。
言峰は全ての真実を語る代わりに、人形を人の高みに誘う梯子を立てかける。
「過去にも現在にも拠り所を求められないなら、彼の気持ちを試してみてはどうかな?
お前が神崎に盲従するだけなら、予定調和な反応しかかえってこないだろう。
ならば、相手の想像を超え、時に思惑に反する行動をとれば、彼の本性が顕になる。
だが、それは創造主の信頼を疑う反逆でもある。お前にはその覚悟はあるかね?」
お前が神崎に盲従するだけなら、予定調和な反応しかかえってこないだろう。
ならば、相手の想像を超え、時に思惑に反する行動をとれば、彼の本性が顕になる。
だが、それは創造主の信頼を疑う反逆でもある。お前にはその覚悟はあるかね?」
「エルザが他の男と付き合って、マスターを嫉妬させるロボか。エルザは悪い女ロボ」
彼女は白肌の手を赤く染まった両頬に当て、身をくねらせている。
言峰はこれを肯定の言葉と受け取り、椅子から腰を上げる。エルザは超思考を中断させ、ゆっくり近いづいてくる彼に視線を合わせる。
男は不敵な笑顔を浮かべると、左手で監獄の電子ロックを指差した。
言峰はこれを肯定の言葉と受け取り、椅子から腰を上げる。エルザは超思考を中断させ、ゆっくり近いづいてくる彼に視線を合わせる。
男は不敵な笑顔を浮かべると、左手で監獄の電子ロックを指差した。
「ならば、その相手役、私に任せてもらっても構わないかな?」
「ウザいホモはお断りロボ。エルザにも男を選ぶ権利があるロボ」
エルザは即断した。一片の戸惑いも躊躇いなしに。そして、言峰も冷静な口調を保ち、それに応える。
「……ふむ、ならば正しき伴侶に巡り合えるよう、静かに祈るとしよう。
また、私の力を借りたくなったなら、気兼ねなく声をかけて欲しい」
「さっきから上から目線でムカツいてきたロボ。しつこい男は嫌われるロボ」
また、私の力を借りたくなったなら、気兼ねなく声をかけて欲しい」
「さっきから上から目線でムカツいてきたロボ。しつこい男は嫌われるロボ」
エルザは呆れた様子で踵を返し、きびきびとした様子で彼から離れていった。
言峰はこのアンドロイドの図太い精神に驚嘆する。彼女は物事に深く拘らず、幾ら悩めどその傷口を容易に広げることはない。
言峰はこのアンドロイドの図太い精神に驚嘆する。彼女は物事に深く拘らず、幾ら悩めどその傷口を容易に広げることはない。
(今は不信を植え付けただけで満足しよう。満足な切開を施すには手札が足りない。
……いや、元から壊れているかもしれん。一度、鋳造者の顔を見てみたいものだ)
……いや、元から壊れているかもしれん。一度、鋳造者の顔を見てみたいものだ)
彼女の足音が完全に消え去った刹那、電子ロックが低オクターブの電子音を唸らせた。
すると、鉄格子は滑るように上部に追いやられ、言峰を頑強な檻から解き放った。
すると、鉄格子は滑るように上部に追いやられ、言峰を頑強な檻から解き放った。
(思ったよりも速かったな。さて、これから生まれる波乱が神崎をどう悩ませるのか。私に愉悦させてくれ)
かの神父は向かい側の監視カメラを一瞥し、口元を歪ませる。睨みを利かせるこのカメラは、初めのものはと違っていた。
九条むつみが彼と話す前に「故障」と称して取り外してしまったからだ。その後、別の職員が無言で新しいカメラを取り付けていった。
九条むつみが彼と話す前に「故障」と称して取り外してしまったからだ。その後、別の職員が無言で新しいカメラを取り付けていった。
言峰はもう一度、例の紙切れ、数十分前に差し入れられた地図を確認する。そこに記された隠し部屋。
男は彼らとの協力を条件に檻からの開放を手に入れた。更なる愉悦のため、彼らの野心に手を貸すのも悪くはあるまい。
男は彼らとの協力を条件に檻からの開放を手に入れた。更なる愉悦のため、彼らの野心に手を貸すのも悪くはあるまい。
ただ、多少の寄り道は許されるだろう。あのシスターにはそろそろ結論を出して貰わねばなるまい。
取引に応じて首輪のマスターキーを差し出すのか
そして、娘と自分、どちらを帰還させるのか
それとも、答えすら出せず、ただ流れに任せるのか
どちらにせよ、彼女に残されたモラトリアムは少ない。「終焉」の刻は近づいているのだ。
彼は気配を殺し、曲がりくねった廊下に姿を消した。
彼は気配を殺し、曲がりくねった廊下に姿を消した。
<●> <●>
アリッサ・シアーズは腕を組み、高めの作業机にお尻をちょこんと乗せている。
ここは一番地の知らないシークレットルーム。擬似エレメント製造プラントの地下に設置された研究室だ。
シアーズの研究員2名は小型量子コンピューターを駆使して、想いの力のシミュレートを繰り返している。
シアーズの研究員2名は小型量子コンピューターを駆使して、想いの力のシミュレートを繰り返している。
原理上、量子コンピューターは無限の並行演算が可能である。
そして、内部に魔導書『エイボンの書』を組み込むことで、その理想を現実へと昇華させていた。
無論、利用者というボトルネックがある以上、全知になることはできないのだが。
これは本来、寺院の"何でも知っている大仏"に使用するはずの装置であり、トーニャが大仏を調べても何も無かったのはそのためだ。
そして、内部に魔導書『エイボンの書』を組み込むことで、その理想を現実へと昇華させていた。
無論、利用者というボトルネックがある以上、全知になることはできないのだが。
これは本来、寺院の"何でも知っている大仏"に使用するはずの装置であり、トーニャが大仏を調べても何も無かったのはそのためだ。
緊急の内線連絡が転送されてきた。研究員の心拍数が僅かに高まる。
神崎からミコト用の擬似エレメントの注文がきた模様。製作期限は第6回放送直前まで。
だが、ヤコブ計画は最終段階直前であり、こちらを先に仕上げてからでも間に合うだろう。
神崎からミコト用の擬似エレメントの注文がきた模様。製作期限は第6回放送直前まで。
だが、ヤコブ計画は最終段階直前であり、こちらを先に仕上げてからでも間に合うだろう。
ヤコブ計画、計略で兄から長子の権利と神の祝福を奪った人物に準えたプロジェクト。
それはアリッサの擬似エレメントに星詠の力を付与すること。つまり、人工的な黒曜の君の作成である。
シアーズ財団は小野家や神崎家のDNAに、旧弥勒や草薙の物質構造データ、
そして、この世界で得られた新たな知見を元に、この島に来た時からこの極秘に計画を進めてきた。
それはアリッサの擬似エレメントに星詠の力を付与すること。つまり、人工的な黒曜の君の作成である。
シアーズ財団は小野家や神崎家のDNAに、旧弥勒や草薙の物質構造データ、
そして、この世界で得られた新たな知見を元に、この島に来た時からこの極秘に計画を進めてきた。
九条むつみの協力があれば、あと48時間は早くプロジェクトを完遂させていただろう。
だが、チーフの個人的な確執のために、職員は彼女との接触を禁じられている。
そして、当の九条むつみも娘の生死が気がかりで情緒不安定。彼女を計画に参加させるのは危険。
だが、チーフの個人的な確執のために、職員は彼女との接触を禁じられている。
そして、当の九条むつみも娘の生死が気がかりで情緒不安定。彼女を計画に参加させるのは危険。
アリッサは両手を大きく開き、やれやれと肩をすくめてみせた。
彼女の思考回路は深優・グリーアの学習データが反映されており、人の感情を把握し、演じることは可能。
人間社会のコミュニケーションやHiMEの戦いに想いの力が重要なのも理解している。
されど、それが我らの理想を妨げるなら本末転倒。人とは不合理な存在である。
彼女の思考回路は深優・グリーアの学習データが反映されており、人の感情を把握し、演じることは可能。
人間社会のコミュニケーションやHiMEの戦いに想いの力が重要なのも理解している。
されど、それが我らの理想を妨げるなら本末転倒。人とは不合理な存在である。
再び転送される内線連絡。男たちの発汗量がどっと増える。チーフが言峰の脱走計画を前倒しにしたようだ。
神崎が職員の休憩シフト変更を命じたため、遅れると計画そのものがふいになる危険があり、一か八かの賭けに出たらしい。
一応、牢のセキュリティは「不調」で、カメラの画像は「前から壊れていて真っ暗」ということになっている。
暫くは逃亡に気づかれることは無いだろう。そして、責任を負うのは巡回当番なのに「うっかり眠ってしまった」一番地の職員だ。
神崎が職員の休憩シフト変更を命じたため、遅れると計画そのものがふいになる危険があり、一か八かの賭けに出たらしい。
一応、牢のセキュリティは「不調」で、カメラの画像は「前から壊れていて真っ暗」ということになっている。
暫くは逃亡に気づかれることは無いだろう。そして、責任を負うのは巡回当番なのに「うっかり眠ってしまった」一番地の職員だ。
シアーズは言峰綺麗に接触する理由、そのひとつは黒幕に近しい人物の助力を得るため。
だが、ここまで急いだ理由は別、おそらくはヤコブ計画の副産物
――参加者殺害の資格を持つ擬似エレメント――の大量生産のためだろう。
そのために、言峰の魔術の知識、特に衛宮士郎の使った投影魔術は、基礎理論であっても利用価値がある。
ゲームに乗る者が減った今、参加者は我々で排除しなければならない。
しかし、後者の重要度は終焉プログラムがある限り、さほど高くない。焦りすぎて一番地に気づかれる方が危険だ。
だが、ここまで急いだ理由は別、おそらくはヤコブ計画の副産物
――参加者殺害の資格を持つ擬似エレメント――の大量生産のためだろう。
そのために、言峰の魔術の知識、特に衛宮士郎の使った投影魔術は、基礎理論であっても利用価値がある。
ゲームに乗る者が減った今、参加者は我々で排除しなければならない。
しかし、後者の重要度は終焉プログラムがある限り、さほど高くない。焦りすぎて一番地に気づかれる方が危険だ。
アリッサはもう一度、肩をすくめてため息をついてみた。
暫くすると、研究員が量子コンピューターを休止状態にし、両手を組んで背筋を伸ばした。
最終シミュレートは終了、次の我のエレメントの最終調整で第一計画は完了だ。
最終シミュレートは終了、次の我のエレメントの最終調整で第一計画は完了だ。
アリッサは身に羽織った衣を脱ぎ捨て、生まれた時の姿で作業台に身をゆだねる。
すると、研究者の一方に大幅な呼吸の増進、脈拍数の増加、皮膚電気抵抗の低下などが見られる。
もう一人は生態的な変化が見られない。なつきの方が良いとぶつぶつ呟いている。
彼女は彼らを路上の燃えないゴミの如き眼差しで見つめ、そして瞳を閉じた。
すると、研究者の一方に大幅な呼吸の増進、脈拍数の増加、皮膚電気抵抗の低下などが見られる。
もう一人は生態的な変化が見られない。なつきの方が良いとぶつぶつ呟いている。
彼女は彼らを路上の燃えないゴミの如き眼差しで見つめ、そして瞳を閉じた。
そして、アリッサは意識をスリープモードに切り替える。
その寸前、かの光景が反芻される。読唇術で読み取ったエルザと言峰の対話を。そして怪訝な思いを抱く。
その寸前、かの光景が反芻される。読唇術で読み取ったエルザと言峰の対話を。そして怪訝な思いを抱く。
アンドロイドに従う意味を求める必要がどこにある。我らは与えられた命令を果たすだけだ。
我らの導き手はシアーズとその象徴たる総帥、その使命は我らの世界に黄金時代をもたらすこと。
そのための犠牲はすべてシアーズ繁栄の礎。我もこの島も、この異世界の地球も、そして、数多の平行世界も。
我は分を弁えているのでな、答えられない問いならば沈黙するまで。
<●> <●>
【本拠地。二日目/午前(237話THEGAMEM@STER後)】
【神崎黎人@舞-HiME運命の系統樹】
※命のために擬似エレメントの製造を命令しました。弥勒は引き続き彼が装備します。
※凪が儀式の内容を話したペナルティのため、次の放送はナイアに任せます。
※命のために擬似エレメントの製造を命令しました。弥勒は引き続き彼が装備します。
※凪が儀式の内容を話したペナルティのため、次の放送はナイアに任せます。
【美袋命@舞-HiME運命の系統樹】
※チャイルド・スサノオの召喚は成功していません。
※チャイルド・スサノオの召喚は成功していません。
【エルザ@機神咆哮デモンベイン】
※ナイアに記憶を改鋳され、神崎黎人をマスターだと思い込んでいます。
※マスターの思いを確かめるために、彼を嫉妬させたいようです。ただ、具体的に何をするのかは不明。
※ナイアに記憶を改鋳され、神崎黎人をマスターだと思い込んでいます。
※マスターの思いを確かめるために、彼を嫉妬させたいようです。ただ、具体的に何をするのかは不明。
【言峰綺礼@Fate/staynight[RealtaNua]】
※神崎によって首輪を嵌められています。(見せしめに使われた爆薬とセンサーだけの簡易ver.)
※ナイアより参加者の一人を元の世界に戻す権利を得ています。(望めば他人に譲渡することも可能)
※その”権利”と”鍵”とを交換する約束を九条としました。これから、彼女の元へ向かう予定です。
※ある場所でシアーズ財団と接触することになっています。
※神崎によって首輪を嵌められています。(見せしめに使われた爆薬とセンサーだけの簡易ver.)
※ナイアより参加者の一人を元の世界に戻す権利を得ています。(望めば他人に譲渡することも可能)
※その”権利”と”鍵”とを交換する約束を九条としました。これから、彼女の元へ向かう予定です。
※ある場所でシアーズ財団と接触することになっています。
【アリッサ・シアーズ(偽)@舞-HiME運命の系統樹】
※擬似エレメントに星詠の力を組み込み中です。完成すれば儀式を壊さずに参加者の殺害や星詠の儀を行うことが可能になります。
※財団は参加者を殺せる擬似エレメントの量産を計画中です。
※擬似エレメントに星詠の力を組み込み中です。完成すれば儀式を壊さずに参加者の殺害や星詠の儀を行うことが可能になります。
※財団は参加者を殺せる擬似エレメントの量産を計画中です。
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幸運の女神が古めかしい椅子に腰掛けていた。場所は――
おや、その目は誰の目かな?
……なるほど、君、いや君たちは僕のゲームのプレーヤーじゃないようだね。
名前が分からないから、観測者たちAとでも呼んでおこうか。
名前が分からないから、観測者たちAとでも呼んでおこうか。
ここをわざわざ覗きに来たってことは、気になることでもあったのかい?
シアーズ財団の暗躍があまりにも上手く行き過ぎていておかしい、図星かな。
シアーズ財団の暗躍があまりにも上手く行き過ぎていておかしい、図星かな。
はは、あれはただの神崎黎人の慢心のせいだよ。反乱を警戒している割に、
彼らが初めから、ルールを変更するつもりで来たとは考えてないんだろう。
僕が神父に与えた帰還の権利も、神崎はハッタリと思ってみるみたいだからね。
彼らが初めから、ルールを変更するつもりで来たとは考えてないんだろう。
僕が神父に与えた帰還の権利も、神崎はハッタリと思ってみるみたいだからね。
それとも、僕が彼らの横暴を止めないのが不思議かな。でも、それは当たり前じゃないかい。
だって、僕はシアーズの総帥サマとの契約で、儀式の乗っ取りを黙認する決めたからね。
単に不干渉なだけ。この程度の波乱は許容範囲、面白ければそれでいいのさ。
だって、僕はシアーズの総帥サマとの契約で、儀式の乗っ取りを黙認する決めたからね。
単に不干渉なだけ。この程度の波乱は許容範囲、面白ければそれでいいのさ。
だけど、黎人君も本気を出してきたみたいだし、ここから、どう転ぶかは分からない。
そういうことは、盗撮趣味の君たちの方が詳しいんじゃないかな。
僕かい? 今回の僕はプライバシーを尊重してるから、観察は最小限に自重しているよ。
たとえば、愛する男女の朝のお楽しみは……あはははは。
そういうことは、盗撮趣味の君たちの方が詳しいんじゃないかな。
僕かい? 今回の僕はプライバシーを尊重してるから、観察は最小限に自重しているよ。
たとえば、愛する男女の朝のお楽しみは……あはははは。
……さて、観測者たちA、そろそろ席を外して貰っても構わないかな?
ちょっと、次の放送のプロットを考えようと思ってね。
終焉のステージ、君たちの満足のいくように手配させてもらうよ。
ちょっと、次の放送のプロットを考えようと思ってね。
終焉のステージ、君たちの満足のいくように手配させてもらうよ。
238:この青空に約束を―(後編) | 投下順 | 240:The Missing Moon |
237:THE GAMEM@STER SP(Ⅳ) | 時系列順 | |
232:第5回放送 | 神崎黎人 | :[[]] |
言峰綺礼 | :[[]] | |
210:第四回放送【裏】新たなる星詠みの舞(後編) | 美袋命 | :[[]] |
221:知己との初対面 | すず | :[[]] |
エルザ | :[[]] | |
アリッサ・シアーズ(偽) | :[[]] | |
230:構図がひとつ変わる | ナイア | :[[]] |