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構図がひとつ変わる

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構図がひとつ変わる ◆LxH6hCs9JU



 媛星を落とす。
 炎凪の脳内に語りかけてきた『声』は、彼を挑発するように言ってのけた。
 巨大隕石である媛星の落下は、すなわち地球の破滅を意味する。
 凪と彼の姉は何年もの間、媛星の回避に努めてきた。
 それを今さら、部外者などにどうこうさせてたまるものか。

 ――『それだけはさせない! させるものか!』

 式にすぎない身の上で、天上の存在にそう豪語してみせた。
 自身、枷に縛られる脆弱な駒でしかないというのに。
 運命に抗うことの難しさは、数百年越しで噛み締めてきた。
 無駄だと諦観しつつも、虎視眈々と情念は燃え――


 炎凪はここでも、媛星の回避を願う。


 ◇ ◇ ◇


「……な~んて、言っては見たものの……」

 数台の監視モニターが置かれ、無数のファイルが塔を築く、倉庫のような小部屋に炎凪の身はあった。
 机上に突っ伏しながら、課題に辟易する年相応の学生のように、唸り声を上げる。
 第四回放送を迎える前に語りかけてきた『声』を思い出しては、たびたび溜め息をついていた。

 あれから数時間、凪の頭の中は、忌々しい『声』の主によって埋め尽くされていた。
 言峰綺礼にすずやエルザ、数十名のHiMEもどきを手引きし、神崎に協力の意を示した黒幕。
 正体不明、年齢不詳、そもそもヒトであるのかも怪しい、信用足りえない存在。
 なぜ、『声』は凪に語りかけてきたのか……考えても考えても、懊悩にしかならない。

(媛星をぶつける。『奴』はそう言った後に、冗談だよ、って付け加えた。けど、実際はどうだろうか。
 僕や神崎にとってはおもしろくもなんともない話だし、そんなものを肯定すれば儀式を完遂する意味がなくなる。
 弥勒で媛星の力を得ようが、命ちゃんを永遠のものにしようが、地球が滅んじゃったら全部パーだ)

 星詠みの舞に協力するメリット――そんなものは、媛星の力を略奪すること以外に考えられない。
 実際、一番地やシアーズ財団の目論みはそれだ。現代を生きる人間として、権力に繋がる異能を欲している。
 純粋に、地球の危機を救いたい、などと思って協力している者などいないのだ。

 だが、例の『声』は媛星の力になどは興味がなく――媛星の落下、儀式の失敗が目的だと豪語した。
 地球の滅亡。部外者にとっては、確かに極上のエンターテイメントと呼べる代物になるのかもしれない。
 仮に『声』が人間を超越した存在……それこそ『神』のようなものであるとするならば、否定しきれる目的でもない。
 地球の存続と一時の享楽を天秤にかけ、愉快に振舞えるとするのなら。
 それはもう、『神』か、地球に住まわぬ異星人とでもしか思えなかった。

(そもそも、あんなアホな目的を僕に漏らすメリットがない。
 儀式の失敗が目的だっていうんなら、協力なんかせずに邪魔するだけでもいいし。
 ま、本人は本気に受け取るはずがないと思ってて、僕はおちょくられてるだけかなのもしれないけれど)

 今の今まで存在を秘匿としていた黒幕が、凪に存在を晒した理由はなんなのか。
 媛星をぶつけるなどという冗談を言うため、だけではないと仮定するならば。

(本当なら、神崎だって黙っちゃいないだろう。これはやっぱり、単なる冗談だったと受け取るべきなのかな……いや)

 探すしかない。
 冗談の意味、『声』たる黒幕の真意を。
 そして、凪は最悪の答えを一つ、探り当てる。

(――神崎黎人が既に、黒幕の傀儡にされている可能性か)

 神崎黎人ら一番地の目的は、私利私欲によるものだ。
 しかし彼らとて、儀式が失敗してしまい、地球が滅ぶのは望むところではない。
 一番地やシアーズ財団はあくまでも、星詠みの舞のおこぼれを狙っているにすぎないのだ。

 当然、儀式の進行を阻み、失敗を牽引するような輩が現れれば、排斥に向かうだろう。
 地球が滅んでしまえば、すべての野望が水の泡と化す。儀式の成功は、大前提として捉えておかねばならない。
 スポンサーの立ち位置にいる黒幕が儀式の失敗を企んでいるなどと知れば、そもそも協力を得たりなどしないだろう。

 神崎たちは黒幕の真の狙いを知らない、というケースも考えられる。
 仮初の目的を看板として掲げ、利口な技術提供者の皮を被っているというのも、また大いにありうるだろう。
 しかし、神崎黎人の式神である炎凪に真意を吐露した時点で、その化けの皮は剥がれてしまうのだ。

 数百年前から黒曜の君に縛られた炎の式は、主に自由を拘束されてしまっている。
 脳内までは悟られずとも、凪の取る行動や会話は、すべて黒曜の君である神崎黎人に筒抜けなのだ。
 つまり、会話の内容までは知らないとしても、神崎は凪が『声』と会話していた事実を既に知っている。

 これが、式神のシステムを知らなかったが故の、黒幕の手落ちとは考えない。
 あの存在がそんなつまらないミスをするとは思えないし、一番地が化けの皮に気づいていないとも思えない。
 ならば、あれは本当にただの冗談だった、と考えるのが自然だろう。
 しかし凪の想像力は、平和的な妥協を許さない。
 弥生時代から続く使命を重んじ、常に全力で向かい合う。
 一瞬の判断ミスが滅びと後悔を生むからこそ、慎重に手を詰めていく。

 そうして導き出されたのが、黒曜の君の傀儡化――黒幕が既に、一番地を掌握しているという可能性だ。

(この殺し合いのゲームは既に星詠みの舞なんかじゃなく、黒幕の私欲の肥やしでしかない。
 神崎黎人や一番地の連中も、人心を操られているとか……鬼道でも不可能なことだけど、奴は得体がしれない。
 本当に御伽話の領域だけど、それすら可能なんじゃないかと思えてくるよ。だとしたらお手上げだしね)

 荒唐無稽な仮説の裏で、しかしこうやって自我を保っている炎凪という存在を鑑みる。
 ゲームを進めている管理者たちが傀儡だとするならば、凪だけを放っておく意味がわからない。
 そもそもそんなことをするならば、星詠みの舞にかこつける意味もなく……と、考察は堂々巡りを繰り返した。

「うー、あー、あー、うー」

 難解な問題集に苦しむ受験生のように、凪は子供っぽく呻き続けた。
 こうやって推理の泥沼に嵌っていること自体、黒幕の狙いどおりにも思える。
 自分は単に、遊ばれているだけなのではないか。考えれば考えるほど、頭が重くなった。

(星詠みの舞……その様式がどう変わろうと、結果的に媛星の衝突が防げるのなら、僕はそれで構わない。
 姉上だってそれを容認している。けど、今回の儀式で本当に媛星の衝突が防げるのか……?)

 一番地の使い走りとしての人生も、数百年の間で慣れた。
 待遇は悪くとも、媛星の衝突回避という、弥生時代に姉と交わした誓いは遵守できている。
 だから凪としては、黒曜の君が媛星の力を得ようが、結果的に地球が助かるならそれで満足だった。
 しかし今回は、黒幕という怪異極まりないファクターのおかげで、それすらままならないかもしれない。
 儀式のルールを改訂し、HiMEの紛い物を作り出し、想いの力を巡る闘争をより凄惨なものへと変えた。
 それでいて、ルールを変えた張本人の真意が読めないとあっては、不安にならざるをえない。

(神崎の式である僕には、見ているだけしかできない、か。諦めるのも慣れちゃったしね。
 せめて神崎の呪縛から逃れられたら、もうちょい小細工できるんだけど……)

 不安に駆られるがまま、足掻く幸薄の美少年……脳裏に浮かんできたフレーズに、凪は失笑する。
 一番地の術を解き、黒曜の君と結ばれた因果の鎖を断ち切る。
 長い時の中でついに諦め、それでも星詠みの舞がままなるのなら、と妥協した願い。それを再び、掘り起こす。
 星詠みの舞の格式を守るため、那岐としての宿命を遵守するために。

 こんな埃塗れの部屋で、監視モニターを眺めつつ資料を漁っているのも、ささやかな抵抗の一部だ。
 一番地の鬼道を打ち破るならば、それこそ神崎家と並び立っていた星詠みの舞の管理役、小野家の力に頼るしかない。
 しかし小野家の一族は当の昔、一番地の手によって根絶やしにされており、今では草薙の剣程度の名残しか残っていなかった。

(草薙だけ残っててもねぇ。小野家の人間も、星繰りの者も、今じゃいないわけだし。
 でも、まあ……『異世界』っていうのは広いよね。これなら、あるいは……)

 机に突っ伏していた顔を上げ、凪の視線が監視モニターへと移る。
 そこに映っていたのは、衛宮士郎が異形の西園寺世界に対し、短剣を振り翳す姿だ。
 魔術師たる士郎が投影し、行使した宝具――ルールブレイカーに、凪は興味を示した。

(魔術的な効力をキャンセルする道具。そんなゲームみたいな便利アイテムがあるなんて、ねぇ。
 僕の生きる現代には、もう小野家も星繰りの者もいないけど……この地には、別世界の人間や現象が集っている。
 自由になる方法……僕の世界にはなくても、別世界になら、別世界の概念が集うここでなら、可能性はあるってわけか)

 士郎のルールブレイカーは、死に逝く世界にせめてもの祝福を与えた。
 異なる世界の呪術に犯された彼女は、この異界の交差点における最もな被害者と言えよう。
 ルールブレイカーは、そんなしがらみすら断ち切ってしまったのだ。
 あの短剣ならば、神崎家の鬼道など……と、期待せずにはいられない。

(そして、そのルールブレイカーを所持しているのが……なんともねぇ)

 士郎が投影したルールブレイカーは、彼の死とともに朽ちた。
 しかし、会場の博物館に置かれていたオリジナルのルールブレイカーは、今は参加者の手に渡っている。
 凪はもう一方のモニターに視線を転じ、希望の短剣を装備する小さな勇士に目をやった。
 場所は教会、礼拝堂。右腕に自我を宿した人形を嵌める、魔術師でも戦乙女でもない少女が、それを携えていた。

高槻やよいプッチャンか……まー、力ずくで奪えないこともない二人か。バーニングとやらは怖いけど。
 それにしても、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナ……彼女の考察もまた、おもしろいね。
 案外……いや、かなり真に迫ってる。そういう考え方なら、黒幕の不審な行動にも頷ける……か?)

 凪はトーニャの裏事情に関する推理を耳にし、なかなか見所がある少女だ、と称賛した。
 黒幕と神崎黎人の利害関係は凪も知るところではないが、トーニャの考察どおりならつけいる隙はある。

(参加者との接触はご法度だ。深優ちゃんのときは別として。言峰みたいなちょーきょーも受けたくないしね。
 だけども、策謀を巡らせるなら今しかない。神崎を出し抜けるか否か……ちょっとした綱渡りだね、これは)

 凪はひとしきり悩んだ末、席を立つ。
 放送はもう間もなく。原稿の内容を脳内で構築しながら、向かった先は――


 ◇ ◇ ◇


「入れ」

 簡素な一言が開錠の合図となり、凪は神崎黎人の自室へと入室する。
 風華学園の生徒会会議室を模したその部屋は、壁一面に会場内の監視映像が映されており、神崎の視線もそちらへと向いていた。

 一方では、孤独の身となった源千華留がさまよい歩く様が。
 一方では、九鬼耀鋼が達人足りえる証明を成し、猛威を振るう様が。
 一方では、高槻やよいとファルシータ・フォーセットが湯に浸かる様が。

 ゲーム管理者としての職務を末端に一任することなく、神崎は自らの瞳で、闘争に励む参加者たちを見定めていた。
 神崎が座るチェアが半回転し、凪の正面へと向きなおる。
 頂点に君臨する者としての余裕ある微笑みを、偽ることなく従者へと見せつけた。
 凪としてはそれが頼もしくもあったが、しかし黒幕の不安を打ち消すほどのものではなかった。

「なんの用だ、凪?」
「いやなに、もうすぐ放送でしょ? 次も僕が喋るのかな~、って」
「もちろん。元々、こういうのはおまえの役目だったろう?」
「あ~……うん。そうなんだけどさ。実を言うと、ちょっと風向きが変わってきたんだよね」

 凪は頬をかき、控えめな態度で進言する。

「ものは相談なんだけどさ、マスター。次の放送役、辞退させてくれない? 他にやりたいことができたんだよね」

 凪の唐突な頼みに、神崎の眉がわずか釣り上がる。

「……おまえがこの僕に、黒曜の君に意見するというのも珍しいな」
「まー、お願いごとの類は無意味だからね。僕とマスターの関係じゃ」
「忘れたわけではないようだな。なら、今さらなにを願う? 黒曜の君の式にすぎないおまえが」
「だから、ちょっとやりたいことができたんだって。マスターに、その許可をもらいたいわけ」

 凪は普段と変わらぬひょうきんな態度で、主たる神崎に意見を続ける。
 一歩間違えればきつい仕置きが待っているだけに、平静を保つのが難しい。
 しかしキャラクターを変え謙虚に出たところで、神崎の対応が好転するわけでもないだろう。
 感情は偽らず、真意を探られないよう、平常心を心がけた。

「ふん……なら問おうか、炎凪。願いはなんだ?」
「ある参加者との接触。詳しく言うなら教会に行きたい。もっと詳しく言うなら、ドクター・ウェストを潰したい――かな」

 間を作らぬよう意識して、凪はさらっと言い放った。
 これを聞いた神崎の表情は――憮然。
 意外な言動に驚いているような、もしくは不快感を覚えているような、そんな顔だ。
 失笑や冷笑すらなく、筋肉を凍結させたような無表情で、神崎はさらに問う。

「わからんな。そんなことになんの意味がある?」
「僕の考えを詳しく話したいところだけど、その前に一つ確認。この会話……例の黒幕さんには聞かれていないかな?」

 神崎が、鼻を鳴らして答える。

「そういえば、もう気づいているんだったな。安心しろ。幸いにも、彼女はプライバシーを尊重するタイプのようでな」
「ありゃ。声からしてそんな感じがしたけど、ゲームマスターさんとやらは女性なんだ」
「……性別などどうでもいい。要は、聞かれては困る話なんだろう? 手短に済ませろ」

 黒幕が声だけとはいえ凪に接触してみせたことは、やはり神崎も認知の上らしい。
 そして同様に、その会話内容までは知らないと推察できる。
 なら、捏造は可能だ。虚言も、ある程度なら通用する。
 問題は、凪と神崎が持つ情報量の違い、真実と嘘の境界線――それを見間違えたら、凪の企みはご破算だ。

「じゃ、早速。僕はついさっき、その黒幕さんと話をしたんだけどね……彼女、媛星を落とすって言ったんだよ」
「馬鹿馬鹿しい。まさか、それを真に受けたわけじゃないだろうな?」
「本人は最後に、冗談ってつけ加えてたけどね。僕も本気にしているわけじゃない。ただ……」

 凪が黒幕についてい知っている事柄は、極端に少ない。
 情報量でいえば、神崎は凪の上をいっていて当然。
 その幅が開きすぎていないことを願いつつ、頭を垂れる。

「彼女が信じられない、っていうのは本心さ。マスターと彼女がどんな盟約を交わしたかは知らないけれど、
 彼女は媛星の力になんかは興味がないとも言っていた。実際、これだけの下地を作った力を鑑みれば、
 媛星の力なんてどうでもいいって言にも頷ける。異世界のこともそうだし、彼女は神様みたいな力を持ってるよ。
 だからますます、彼女が星詠みの舞にちょっかいを出してくる狙いが読めないのさ。不気味なほどにね。
 ひょっとしたら、本当に儀式の失敗を目論んでいるとも限らない。媛星衝突も、冗談では済まされないかもしれないよ」

 ネックとなっているのは、女性と思しき黒幕の真の目的。
 これを神崎が既知しているとして、媛星落下の件が冗談と言い切れるような根拠を持っていたならば、揺さぶりは効かない。
 嘘か真か判断できない不定の情報に踊らされる輩を演じ、凪は胸中に宿る不安を神崎にも伝染させようと目論んだ。

「凪。もう一度言おうか――馬鹿馬鹿しい」

 しかし、返ってきた神崎の言葉は酷く冷たい。

「星詠みの舞を失敗させたいというのなら、儀式をこんな大規模なものにする必要などないだろう」

 表情には未だ笑みが窺えず、憤りの影が垣間見えた。
 式神ゆえ、逆らえぬ主に恐怖を感じつつも……ここで引くわけにはいかない、と生唾を飲み込み食い下がる。

「それは確かにそうだ。これは、僕が抱えている一抹の不安でしかない。正直な話、僕はその不安に押し潰されそうでね。
 このままじゃ安心して放送することもできやしない。儀式が確実に成功するっていう、保証みたいなものがほしいのさ」

 主張するべきは、炎凪は神崎黎人の絶対の味方であるという事実だ。
 素性不明の黒幕に恐れは抱けど、黒曜の君に対して害意となることはしない。
 黒幕に対しての不安を煽り、炎凪に対しての安心を与える。油断という名の隙を形成するために。
 神崎黎人とて人間であるからして、感情に訴えかけ、コントロールすることは不可能ではないはずだった。

「マスターも知ってのとおり、僕や姉上にとっては、星詠みの舞が完遂され、媛星がちゃんと回避できればそれでいい。
 誰が舞姫になろうが、儀式の形式がどれだけ様変わりしようが、一番地やシアーズが媛星の力のおこぼれを頂戴しようが、
 僕にとっては些細なことでしかないのさ。けど、その儀式が失敗なんてことになったら、僕としても黙っちゃいられない」

 そう――かつての〝那岐〟も、那岐の姉である〝陽巫女〟も、願ったのは地球の安寧と、それに繋がる媛星の回避だけだ。
 十二の戦乙女の想い人を贄に捧げ、彼女らに重苦を背負わせる外道と成り果てても、やめるわけにはいかなかった。
 星詠みの舞の完遂。それだけが、三百年に一度の危機を乗り越えるすべなのだから。
 憎まれ役になろうとも、乙女たちが泣こうとも、地球が救われるなら、それで――。

「……おまえの思いはわかった。で、その不安とドクター・ウェストの排除がどう繋がるんだ?」

 偽りではない、本心から作り出した言霊をぶつけたことで、神崎にわずかな揺らぎが生じた。
 話に乗ってきた神崎に対し、凪は微笑を見せ言う。

「殺し合いに乗ってる人、だいぶ少なくなってきたよね」

 神崎がまた、眉根を寄せた。
 無視することはできない不安要素を武器として突きつけることで、交渉を有利に運んでいく。

「そんな中で、誰かが首輪を外しでもしたら大変でしょう? まあ、生存者の中じゃ彼くらいしかできないだろうけど。
 彼が身を置いているグループは近くに危険人物もいないし、本人たちは篭城する気でいる。
 ひょっとしたら、このまま首輪を解除して、本当に殺し合いをボイコットしちゃうかも。
 そうなったら最後、舞姫は誕生することなく、今回の星詠みの舞は失敗。うだうだしている間に媛星が落ちてきてしまう」

 戦う意思を持った者が、いなくなる――。
 それは、バトル・ロワイアルというゲームの破綻を意味し、訪れてはいけない結末の一つとして、運営者たちに不安の種を撒き続けている。

 現状、神崎の背後にあるモニターでは九鬼耀鋼が死に、吾妻玲二や深優・グリーアの動きにも異変が見え始めた。
 積極的に殺戮を為そうとしているのは、もはや来ヶ谷唯湖と羽藤柚明の二人だけとも言えるかもしれない。
 その二人とて、クリス・ヴェルティン羽藤桂という爆弾を抱えている。どうなるかはわからない。
 山辺美希はそのスタンスが幸いしてまだ存命しているが、星詠みの舞の終局は純粋な闘争心なくしては厳しいものがある。

「僕はね……純粋に、怖いんだよ。星詠みの舞が潰えてしまうことが」

 ここ数百年における星詠みの舞の経過を思い出しつつ、現状と照らし合わせてみると……極めて危険な兆候だ。
 戦う意思を持った者がいなくなれば、それこそ星繰りの者や草薙といった保険が必要になってくるだろう。
 もっとも、小野家が根絶やしにされた今となってはそれもかなわず、保険は利かない仕様になってしまった。
 ともなれば、温存していた美袋命や、黒曜の君自らが出陣し……意志なき者たちを根絶する作業が出てきてしまう。

 闘争は円滑に進んでくれればそれで万々歳、しかし叶わぬようなら、こちらが調整を成さねばならない。
 均衡を保つための狂言回し、あるいは障害、あるいは先導役として――炎の式の勤めが、凪の身を縛る。

「やることは変わらないさ。元の世界で舞衣ちゃんたちにしてきたように、意志の弱い者を焚きつけるだけ。そう――オーファンを使ってね」

 星繰りの者亡き今、星詠みの舞の調停者は凪ひとりなのである。
 HiMEたちに運命を自覚させ、闘争を促すのも、調停者たる凪の役目。
 様式を変えたここでは不要の役目かと思われたが、事態は切迫している。

「絶望と恐怖を与えれば、人間なんてものは簡単に壊れるさ。
 星詠みの舞に背く者たちはみんな……戦わざるをえなくなるようにしてやればいい」

 神崎の冷厳な姿勢に同調する凪。
 凍てついた表情は、使命に忠実な調停者としてのものだ。
 それがたとえポーズであったとしても、神崎に伝わればそれで十分だった。

「……一つ注意しておく。参加者たちを焚きつけるのはいいが、絶対におまえの手では殺すな」

 凪と神崎が数秒、視線を交わし合い、そして言葉が生まれた。
 容認を意味する言霊が、支配者の口から直々に垂れ流される。

「参加資格を持つ者を殺すのは、同じく参加資格を持つ者だけ。これは遵守しなければならないルールだ。
 ドクター・ウェストも、腕を使いものにならなくするだけで十分だろう。やりすぎは厳禁だ。いいな?」

 想定の範囲内と言える忠告――ただ、そんなものはどうでもいい。
 神崎が凪の内情をどう読み取ったかはわからないが、彼はこの瞬間、凪の提案をのんだのだ。
 行動が許可された――刹那の隙が生まれた――というならば、この直訴はとりあえず成功と言えた。

 とはいえ、露骨に喜んでは怪しまれる。
 今の自分はあくまでも、取引相手の圧力を恐れる熱意溢れた勤労者として、上司の機嫌を窺いながら動く。
 凪は緊張感を保ったまま、しれっとした風に訊いた。

「守らなかったら、ちょーきょー?」
「ああ。過去最高の、とびっきりのやつだ」
「ひえぇぇ~……そいつぁたまらないや」

 いつもの飄々とした炎凪を解禁し、神崎の笑みを誘う。
 彼も黒曜の君としての厳格な姿勢は崩さず、しかしほんの一瞬、風華学園生徒会副会長としての微笑を見せた。
 ……どうやら、傀儡にはなっていないようだ。と凪は心中で安堵しながら、神崎に告げる。

「ま、とりあえずはりょーかい。それじゃあ、放送は代役を頼むね。僕は大体、放送が開けたくらいのタイミングで飛び込むから」

 放送も間近に迫ってきたところで、おちおちしてはいられない。凪はその場で振り返った。
 神崎に背を向けて部屋の出入り口へと向かう最中、背中に刺されるような違和感を覚えて、歩みを止める。

「凪」

 ほぼ同時に、神崎の呼び止めが入った。
 背中に突き刺さる違和感が神崎の熱烈な視線であると悟り、凪は警戒の装いで振り返る。
 神崎はジッと凪を見つめたまま、黒曜の君としての態度で、再度の忠告を言い放った。

「いいか、絶対に殺すなよ。おまえが殺してしまっては――星詠みの舞はそれこそ気泡と化す。心しておけ」

 二度の警告には、背筋を脅かすほどの重みが感じられた。

「わかってるって。元の世界でもHiMEは殺しちゃいけないルールだったし、今回は星繰りの者もいないし。そんなの僕だってゴメンゴメン」

 表面には違和感を出さず、凪は常のように切り返す。
 神崎はそれ以上なにも言わず、再びチェアを半回転、モニターへと視線を転じた。
 凪も振り返り、退室する。

「……ふぅ」

 部屋の扉が閉じたところで、凪は溜め息をついた。
 久方ぶりの綱渡りは悪くない結果に落ち着いたが、最後の警告には肝を冷やされた。
 放送の前に用意を済ませるため、凪は廊下を歩みながら考えてみる。
 神崎の二度に渡る警告――そこに孕まれていた重みの正体は、なんだったのだろうか。

(星詠みの舞は、言ってしまえば十二人の乙女の想いを天に届けるための儀式だ。
 形式は想いと想いをぶつけた戦い、乙女の一大事。当人たち事故死なんてしちゃったら、こっちはてんやわんやだ。
 チャイルドだけが残ったり、触媒が被ったりした場合にも共通する問題だけれど……HiMEが部外者に殺されでもしたらたまらないよ)

 そういった不測の事態に対応するためのシステムが、星繰りの者と草薙の剣だ。
 バトル・ロワイアルと名を変えた此度の星詠みの舞では、どちらの保険も機能しない。
 故に事故は避けるべきであり、もし起きてしまえば、取り返しのつかないことになる。
 管理者としては懸念すべき要項の一つであるが故、神崎もそれを気にかけているのだろうか。

(それにしたって、あの神崎がねぇ……どうにも裏がありそうな気がするのは、僕の考えすぎかな?)

 行動を起こすための許可は得たが、神崎の裏までは読み切れなかった。
 これがはたして、失策に繋がるか否か……心配ではあるが、ここで慎重に徹しては、機会を逃す。
 猶予はもうあまりなく、だからこそ凪は、現世に残る星詠みの舞の責任者として、使命を果たそうとするのだった。


 ◇ ◇ ◇


 パタン、と自室の扉が閉じる音を背後に、神崎黎人は舌打ちをした。
 険しい顔で映像の灯る壁面を眺めながら、炎凪の唐突な訪問について考える。

(凪め……いったいどういうつもりだ?)

 第四回放送の直前、黒幕――ナイアが凪に接触を図っていたことは、神崎も知りえていた。
 大昔に神崎家の術師が行使した術式のおかげで、炎凪の行動はすべて、黒曜の君の資格ある者に筒抜けとなっている。
 その腹の内までは知ることができないが、凪がナイアとの接触を始点に、焦燥を覚えだしたのは確かだ。
 無理もない。媛星にすら匹敵する大いなる存在の片鱗を感じ取り、不安に……いや、恐怖しているのだろう。
 この、神崎黎人と同じように。

(星詠みの舞が崩されるかもしれない……おまえの心配は最もだ。僕とて、命の住む世界が滅ぶのは望むところではない)

 待機を命じている妹への想いを馳せながら、神崎は目を伏せる。

(だがな、凪。彼女という存在がいなければ、そもそも今回の星詠みの舞はなかったのさ。
 僕にとっての過去に値するおまえには、知りえもしない事実だろうがな……)

 神崎は一度死した身だ。死に逝く魂を邪神に拾われ、時間を遡行し、このような形で運命をやり直している。
 与えられた二度目の機会で、今度こそ悲願を成就してやろうという意気込みはある。
 その一方、既に一度は破滅を見た者として、絶望を迎える覚悟がないわけでもなかった。

 三度目の機会があるとは夢にも思っていないが――神崎にとって、此度の星詠みの舞は悪条件下であることに変わりはない。
 志は玉砕覚悟、だからこそ凪ほどの不安は抱えていない。
 やるからにはベストを尽くし、しかし失敗を恐れて生を渇望したりはしない。
 自身は生き返った人間などではなく、未練に縋りつく屍なのだと言い聞かせ……ぐっ、と歯を食いしばった。
 神崎の身は、いつの間にか震えていた。

(情けないものだな。これが、黒曜の君の名を受け継ぐ男の末路か)

 自嘲し、改めて恐れを抱く。
 ナイア、言峰綺礼、すず、エルザ、炎凪、六十五人の新たなHiME、自身を取り巻く異常極まりない環境に――ただただ震えた。

(凪。おまえは反抗的な上に小生意気だが、星詠みの舞に対する執念だけは評価できる。
 媛星の回避さえままなれば他はどうでもいいという弁も、信頼に足る。だからといってやりすぎるなよ。
 今回の星詠みの舞のシステムは、首輪の解除はもちろんのこと、当事者たちで想いを賭け合わねばならない。
 星繰りの者も草薙もあてにはならない、だからこそ事故などあってはならないのだから)

 震えがやまぬ中、神崎は懇願するように心中で唱える。
 炎凪を式として信用し、唯一ともいえる〝裏切らない〟味方として頼り切っているからこそ。

(頼むぞ。この『星詠みの舞』を、どうにかして完結に向かわせてみろ――)


 ◇ ◇ ◇


(――こんなものはもう、『星詠みの舞』とは呼べない。こんな紛い物、僕の手でぶち壊してやる)

 主の願いとは裏腹に――凪の抱く反逆の牙は、さらに鋭く研磨を遂げていた。
 神崎が下した二度の忠告。
 その背景に垣間見えた彼の恐れは、儀式の失敗というよりもむしろ――例の黒幕に向けられているような気がしてならなかった。
 神崎との交渉がすんなり済んだことを踏まえ、そして教会でトーニャが唱えた仮説を肯定して考えてみると、神崎と凪の情報量にそれほどの差はないのではと思えてくる。
 完全なる傀儡となったわけではないが、精神的には傀儡もほとんど同じ。
 今の神崎黎人からは、かつての黒曜の君のような尊大さが感じられない。
 まるで、一度絶望を見た屍人のようだ――と、凪は歩を進めながら嘆いた。

(問題は、神崎の呪縛を解いた先だ。星繰りの者もいないこの地で儀式を続けたとしても、成功率は低いだろう。
 戦う意思のある者が減っているのは事実だし、徒党を組んでいるみんなは、ちょっとやそっとじゃ崩壊しそうにない。
 たとえオーファンで焚きつけたって、とことん抗ってみるだろうねぇ。んで、いつかは争いが絶えて、儀式はおじゃんと)

 そうしている間に媛星は落ち、黒幕が笑い転げる――そんな結末は、見たくも想像したくもない。
 やはり、星詠みの舞はオリジナルの法式にのっとるのが一番だ。
 本来の星詠みの舞では、戦乙女たちがおもしろいように闘争に興じてくれた。
 運命論者を語るわけではないが、それが彼女たちの運命だったのだろう。

 だがここにいる参加者たちは、そんな運命は背負っていない。
 神崎がどんな裏事情を背負っているかは知らないが、凪としては、最も成功率の高いやり方で媛星が回避できれば、それでいい。
 それには、元の鞘に収まるのが懸命だと判断した。だからこそ、なおのこと歩は速まる。

 まずは、自由を得る。
 その上で、この星詠みの舞もどきを破壊する。
 そして、元の世界でちゃんとした星詠みの舞をやり直す。

 簡単ではないかもしれないが、あの黒幕ならばそれをも可能にする力を持っているに違いない。
 黒幕の真の目的は未だ不明瞭ゆえ、交渉の余地とてあると言えるだろう。
 ひょっとしたら対立する運命が待っているかもしれないが、このまま唯々諾々と従っているよりはよっぽど未来が明るい。

 炎凪は抗うことを選択する。
 媛星の回避、地球の存続、姉との誓い――それらを叶えるために。
(……諦めがよくなったほうだと思ってたけど、僕も頑張るなぁ。みんなに感化されちゃったのかな?)

 薄暗い回廊を、歩み、歩み、歩み……礼拝堂に繋がる通路の途中で、気づく。
 満たされる暗黒の中に、気配のみ、得体の知れないなにかが存在している。
 正体は掴めず、しかしそれが何者であるかは、すぐにわかった。

 暗闇の向こうから、人影が歩み寄ってくる。
 瀟洒なスーツを着た、眼鏡美人の姿が映った。
 盛大なプロポーションは少年の目からしても圧巻であり、胸元など目のやり場に困る。
 場違いな格好はなんのためか、不審な初対面に、凪は心して問いかけた。

「やあ。やっと姿を見せてくれたようだね、黒幕さん?」
「――お喋りをする気はないよ。ひとつ、君に教えておきたいことがあってね」

 得体の知れぬ存在に、凪は不思議と動じなかった。
 なぜこうも平然としていられるのか、自分でも不思議でならない。
 見えざる神の手に招かれるように、凪は黙って耳を傾ける。

「ナイア――僕のことは、今後そう呼ぶといい」

 それだけ告げて、黒幕はまた闇の中に消えていった。
 凪もまた、何事もなかったかのように歩みを再開する。

 漆黒の回廊に佇みながら、光の出口を目指す。
 担当を辞退した放送が、微かに耳に入ってくる。
 頭の端で、ナイアという存在について考える。
 扉を抜けた先で、上手くいけばいいなと夢想する。
 さて、媛星の回避を願う凪が立つ場所はどこか。
 闇は教えてはくれず、扉は静かに開かれる――。



【炎凪@舞-HiME運命の系統樹】
【思考・行動】
 基本:星詠みの舞の完遂。媛星の回避。
 1:此度の星詠みの舞を破壊し、元の世界でオリジナルの星詠みの舞をやり直す。
 2:自由を得るため、ルールブレイカーで神崎に課せられた封印の解除を試みる。
 3:ドクター・ウェストから首輪解除の可能性を奪うという名目で教会に向かい、
   ルールブレイカーの持ち主(高槻やよいとプッチャン)に接触。
   神崎に悟られぬよう、なるべく自然なやり方でルールブレイカーを自身に差し向けさせる。
 4:参加者の殺害はタブー。ちょーきょーこわい。


229:反逆の狼煙、そして受け継がれる遺志 投下順 231:The knife in the blue
231:The knife in the blue 時系列順 232:第5回放送
210:第四回放送【裏】新たなる星詠みの舞(後編) 神崎黎人
炎凪 237:THE GAMEM@STER SP(Ⅰ)
214:団結(Ⅳ) ナイア 239:クロックワークエンジェル



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