夢見ていよう(前編)◆gry038wOvE



 第一回放送後────



 ここの三人の集団の間では、また奇妙な亀裂が生じようとしていた。
 五代雄介、西条凪、美樹さやか。三人の若者は、それぞれ性格もバラバラで、世界の特質もまちまちだった。そして、放送で呼ばれた知り合いの名前の数も。



「まどか……マミさん……」



 美樹さやかという少女においては、それが最も謙虚だった。
 彼女は大事な人を失いすぎたのだ。彼女の知らないところでは、彼女と最初に遭遇した虎の怪人も既に死んでいる。
 親友鹿目まどかや、かつて眼前で死した巴マミ、いけ好かない魔法少女の暁美ほむらと、四つあった知り合いの名前のうち、三つがもう────塗りつぶされた。
 本来なら死んだ人間の名前を塗りつぶすような惨酷な真似を、彼女はしないのだろうが、心の隅にあるもう一つの意思がそれをさせたのだった。
 斎田リコがダークファウストとなり、自らの絵を薄暗く塗りつぶしたように。本人でさえ、普通に○をつけたようにしか思っていなかった。

 そのまま、真っ黒で、見えなくなった名前が十八。

 一見狂気じみた様子に、五代や凪は気づかない。精神的に動揺しているのは確かで、言葉をかけづらいと思うのみだった。
 彼女がダークファウストであることにももちろん、気づかない。



「さやかちゃん……」



 ともかく、五代が彼女の肩に触れた。かける言葉はないのだが、とりあえず何らかの形でこの空気を消し去りたかった。
 だが、その手は払いのけられ、彼女は鬼気とした表情で、五代の面に向かい叫んだ。



「触らないで!!」



 親友まどかの死、巴マミの二度目の死、暁美ほむらの死────そこから導き出されるのは、単なる悲しみだけではない。
 マミやほむらのような魔法少女でも容赦なく殺されるこのバトルロワイアルの恐怖。自らもいつ死んでもおかしくないという絶望。
 …………ここに逃げ場などなく、ただどう足掻いても生き残れないような、そんな失望。
 そういえば、さやかは一度、虎の怪物に襲われ、死にかけていた(実はもうその虎の怪物さえ、この世にはいない)。
 あの時から、もうさやかは死ぬ可能性を考えておかねばならなくなったのである。



「今は放っておきなさい」

「…………そうですね」

「何にせよ、放送も終わったし、ここで立ち止まっていてはならないわ。ともかく、設定した進路に向けて歩きましょう」



 凪は、二人を促すように北の村へと歩き出した。
 切り替えが早いようだが、それは彼女の特色のひとつでもある。
 こうした行動は、素早く的確にやっていったほうが良いに決まっているからだ。
 さやかという少女にも、極力なら悲しむ時間を取らせてはならない。それが、彼女にとっても命取りとなる。


 それに、凪だって親しい人間の死がいかに辛いものなのかは、痛いほどわかっている。
 両親のことだって、溝呂木のことだって……。
 だからこそ、その悲しみや憎しみを糧に、ビーストを撃退してきた。
 彼女だって、これからそうして生きていくこともできるはずだ。彼女は、自分の生き方を恥じたことはない。
 まあ、五代ならばその生き方に批判的な意見を述べるだろうが。



(私たちは、死んだ者の無念を晴らして生きていくしかない……それしか、死んだ人間にできることなんてない。わかってるわね、美樹さやか……)



 無論、さやかが自暴自棄になって殺し合いに積極的になるならば凪は撃つし、逆に極端にへこたれるだけならば、極力は保護したいがやむを得ず見捨てる可能性もある。
 ゆえに、彼女には強く生きて欲しかった。





★ ★ ★ ★ ★




 また、こちらの二人も少しの動揺を見せているようだった。
 村雨良と、響良牙である。
 はっきり言えば、良牙の方はそこまで強い動揺は見せていない。不謹慎な話だが、照井竜の名前の次に巴マミの名前が呼ばれ、「天道あかね」が呼ばれなかったことに一瞬歓喜したくらいである。
 無論、十八人もの命が奪われることは嘆かわしいと思ってるし、人並みの正義感を彼は有していたから、ここから先、これ以上の死者が出ないことを祈るのみだったが。
 問題は村雨良のほうである。



「ミカゲ……」



 呼ばれた名前が、ゼクロスのどこかを刺激する。
 三影英介の名前は、彼にとって特殊だった。あの男は親友だった────。
 記憶の中に在り続け、BADANの盟友だった男、三影英介。一度は死んだが、どういう事情でか彼はこの場にて蘇った。
 まあ、改造人間である以上は、何者かがその残骸を回収して再生することもできるのだが、やはり傷を深く抉るような何かが、そこにはあった。



「本郷猛……」



 親友を殺した仮面ライダーの名前も、ゼクロスの頭を駆け巡る。
 この手で倒すべき男の名は、死者を告げる放送で呼ばれてしまった。
 本郷猛と一文字隼人のダブルライダーは、彼の仇であった────三影を殺した男も同じだ。

 事情を何となく聞いてはいるが、良牙は、その二つの死を悼む。
 良と同じように。彼の思いを知っているがゆえに。
 それから、



(シャンプー……やはり死んでいたか)



 その名前も胸に残った。一度、三途の川の向こう側へ逝きそうになった良牙を助けた(?)、例のシャンプー。あれは、ただの幻覚ではなかったようだ。
 その時と同じで、シャンプーの死は結構割り切った態度で感じていた。
 既に死を覚悟していたぶん、仕方がないことだと思っていたのだろう。
 それでも、胸の奥でシャンプーとの微かな思い出も、切なく思い出されていた。



「良……知り合いの名前が呼ばれて残念だな」

「…………」

「正直言えば俺だってシャンプーが死んで、悲しい。……俺が覚悟していたよりも、ずっとな」

「悲しい…………そうか、これが『悲しみ』か」



 涙は垂れない。ただ、垂れそうな気分だった。この気分こそが悲しみなのだと、男は理解する。
 そして、全てを理解していく。だが、知識欲が満たされることはなかった。
 そんな重苦しい表情の男を、良牙は同じように重く受け止める。獅子咆哮弾を使えたのなら、それは物凄い威力だっただろう。



「行くか、良」

「……」

「…………で、ここはどこだ?」



 呪泉郷に向かうはずだった彼らの現在地は、既に森を抜けた村の近く────D-2エリアだった。




★ ★ ★ ★ ★




「…………二人とも、一度止まりなさい」



 凪は、一度二人に制止をかけた。かなり前方に二人の人影があったからである。さやかと五代もそれに気づいたらしい。
 二人とも男性────片方の年齢は平均して五代と同じくらい、もう一人が高校生ほどか。
 何らかの形で協力し合っているのは確かだろうが、迂闊に接触しようとは思えない。



「念のため、警戒して」

「はい」



 凪は、そう言って前方の二人のもとへとゆっくり歩いていった。
 手元には銃を構えており、一応相手への威嚇を準備した状態である。
 まあ、五代とであったときのように、銃を突きつけながらではなく、一応は普通に接し、不審な要素が見られた時のみこれを使う形にしたい。



「…………そこの二人、ちょっといいかしら」



 三人は、二人の男性に歩み寄ると、殺し合いの最中などでなく、道を聞くような心地で彼らに接触した。



「……あんたは?」

「私は西条凪、彼が五代雄介、彼女は美樹さやかよ」

「そうか。俺は響良牙、こっちが村雨良だ」



 放送で動揺していない者同士が、軽く言葉を交わす。
 何かがぶつかり合うこともなく、また冗談のようなやり取りもない。
 ただ、淡々とした会話で、交流というには余所余所しかった。



「……私たちは今、情報を欲しているわ」

「そうか。俺もまず一つだけ聞きたいことがある」

「何?」

「………………ここはどこだ?」



 良牙は、非常に生真面目な表情で聞いた。
 凪は、その質問にできる限りストレートに答えた。



「私たちは、教会から北に向かった。そして、今ここからは村も見える。つまりここは、おそらくD-2エリアよ」

「そうか。…………くそぉぉぉぉ! いつになったら呪泉郷にたどり着けるんだ!!」

「……あのさ、呪泉郷って、ここから結構離れてるよね?」



 五代が口を挟む。良牙がどういう道筋を歩んできたかはわからないが、呪泉郷はここからだいぶ離れているようだった。
 おそらく、彼はかなり出鱈目な道を歩んできたと見える。
 少なくとも、こんなに嘆くほど呪泉郷を捜し求めた人間が、こんなにここにいるのは不自然だ。



「俺は川沿いに歩いてきたはずだが」

「…………どこに川が?」

「……」



 見渡す限り、川はなかった。
 冒険家の五代や軍人の凪ならば、おそらく森であっても迷うことはない。
 だが、良牙という男はかなり特殊で、何が何であれ、どこでも道に迷う方向オンチだったのだ。
 ゆえに、五代と凪はこの男の行動が何とも理解しがたかったのだろう。案内でもできればよかったのだが。



「……まあ、村雨さん、響くん。とにかく情報を交換しましょう。何か手がかりがあるかもしれません」

「……そうだな」



 ともかく、五人は情報交換をすることに落ち着いた。
 村は近いには近いのだが、できうる限り早めに情報交換を済ませておきたいので、ともかくはここで立ち止まってだ。
 向かう方向も違うので、歩きながらというわけにもいかない。



「まずは、あなたたちが何らかの特殊能力を持っていないか……そこから聞きましょう」

「特殊能力?」

「変身能力と言うべきかしら。要するに、何かに変身する能力をもっていないか。そこから聞いていきたいわね」



 彼女の言葉に、良牙は驚いた。
 呪泉郷出身者や、仮面ライダーのことを言っているのだということが、すぐにわかったからだ。
 やはり、この場にはそういう特殊な人間が山ほどいるらしい。少なくとも、一人くらいはそういう人間に遭遇しているから、こういう質問をしてきたのだろう。
 天道あかねのように、変身能力も有していない少女は珍しいようだ。



「……ああ。俺は、まあ……。コイツも……うん」



 極力、子豚の姿になることなど言いたくはなかったし、良牙は言い渋っていた。
 ゼクロスのことに比べると、良牙の姿は男として情けない。実際、子豚になった方が戦闘能力は下がるのだし、デメリットばかりが大きい能力である。
 情報を出し渋る態度を示した良牙を、凪は警戒しつつも、言う。



「図星のようね」

「図星っていうか、まあ……俺たちは確かに変身能力を持ってる。…………だ、だが! あんたたちはどうなんだ!?」



 やや逆上した様子を見せ始めた良牙に対し、より警戒心を強めた凪は、情報の提供を停止しようかと想った。
 このまま大した情報も得られずに彼らを手放すのは何だが、それでも比較的マシといえよう。
 変身能力について触れたくないということは、バイオレンス・ドーパントに変身していた可能性だってゼロではない(まあ、凪たちの顔を知っていたようには見えなかったが)。
 何にせよ、対等な関係で情報を交換し合うことはできないように思えたのだ。
 まあ、話すとするなら危険人物の情報くらいだろう。


 変身能力の有無についての情報を開示できるわけが………………



「俺は変身できますよ、クウガに」



 だが、そんな凪の思考を押しのけるようにして、五代が堂々とバラしてしまう。
 何を考えているのだろうか。軽いノリで、笑顔を見せたまま、敵かもしれない男に自らが変身能力を持つことをバラしてしまう。
 勿論、五代は他二名のことまでべらべらと話すほど馬鹿ではなかったので、あくまでクウガのことしか情報を与えない。



「クウガ……?」



 それに反応したのは、後方にいる無愛想な男────村雨良であった。
 彼は変身能力をもつ者がいることに、反応を示し、その名称も気がかりのようだった。
 他の情報には大きな興味関心を抱いていないのに、変身能力と聞くと黙ってはいられまい。


 ────カメンライダー、の可能性があるからだ。



「クウガ……なんだその動物は? いや、ゼクロスとかエターナルみたいなものか?」

「クウガは、えっと…………未確認生命体第4号って呼ばれてるんですけど、誰か知ってます?」

「……いや」

「俺も知らない」

「そうですか…………なら、ここで実演してみれば」



 未確認生命体が凪にとっても知らない存在だったことを思い出す。少なくとも、この場に自分と同じ世界の出身者はいないらしいことも理解した。
 ともかく、クウガとはどんな存在なのかを説明するためえに、五代がその両手をお腹の前に持ってこようとした時、きつい女性の声が響いた。



「やめなさい!」



 凪が遮ったのである。
 無論だが、無闇やたらと異形の姿に変身して良いものではない。第一、仮面を被っては余計に敵だか味方だかわからないのだから、警戒心を持たれる。
 そのうえ、何度も変身すれば、その力に侵食されていく可能性だって否めない。
 そんな凪の意図を汲み取り、五代は笑顔で頭を掻いた。



(まあ、要するにお互い変身する能力があるみたいね。元々変身能力はなかった私にも、ガイアメモリが支給された……)



 本来、相手に話すべき情報をここでは伏せる。さやかのことも同様だ。
 互いが心を許さない限り、綺麗には纏まらないのだ。
 情報を開示するのは、好き勝手にベラベラと喋る五代だけでいい。



「……あなたたちは、これからまた呪泉郷という場所に向かうつもり?」

「ああ。その通りだ」

「それならば、また別行動ね」



 変身能力を有する二人に、保護は必要ないと感じたのだろう。
 それ以上に、こうして不安定な面子が増え続けると、それはそれで厄介になると考えた。
 内側からチームワークが破壊され、勝手に崩壊していく場合だってある。



「一緒にならないんですか? ほら、大勢の方が色々と便利だし」

「確かにそうね。……けど、あまり人を集めすぎると、今度は内側からチームが崩壊することもある。
 特殊部隊とは違う。ここにいる人は、行き当たりばったりのチームしか組めない以上、慎重に行動しなければならない」

「その人の言う通りだ。俺たちも他の仲間は必要ない」



 良牙と村雨は、少なくとも五代のようなタイプとは違った。
 確かに、戦力は必要だと思ってはいるが、互いが互いの能力にある程度の信頼を置いているからこそ、他の仲間を必要としないのである。
 反面、凪たちのチームはそうした信頼関係よりは、各々が役割分担をした即興のチームであるがゆえ、確かに戦力面では問題も起こる可能性が高かった。

 とりあえず、凪は目の前の二人の命に忠告を入れておくことにした。
 いくら信用の足らない相手とはいえ、危険人物の情報くらいは開示してもよいだろう。



「別れる前に、危険人物については伝えておくわ。溝呂木眞也には要注意。それから、バイオレンスのメモリのドーパントと、白い虎の怪人にも警戒しなさい」

「そうか。なら、俺も伝えておく。仮面ライダーエターナルには警戒しろ」



 ──白い、虎の、怪人。
 そんな言葉が、村雨の脳裏に引っ掛かった。
 少なくとも、タイガーロイドのことではないのだろう。────村雨の知っている彼は、黄色い毛皮だった。
 三影に出会ったのならば、少なくとも「白い」という捕捉は不要で、「虎の怪人」とだけ言えばいい。
 なのに、わざわざそういう脚注を入れたあたり、どうやらタイガーロイドのことではないのだろうと、彼は解釈した。



「…………俺たちはもう行く。急いでいるからな」

「そう。気をつけなさい」

「そうそう。呪泉郷はそのまま真っ直ぐ歩けば着くはずだから」

「わかった」



 五代としても、真っ直ぐ進むだけならば迷わないとでも思っているのだろう。良牙も(一応)そうだ。
 良牙は快く返答した。村雨の進路も、彼と同じである。
 さて、二人はこのまま再び森に戻っていくわけだが、ここで村雨は当人も気づかぬままやり逃したことがあった。


 まず、白い虎の怪人をタイガーロイドと切り離して考えたことである。
 さやかはその怪人の変身前の姿も知っているのだから、詳細な情報を得ることができれば、彼は三影の動向について知ることができた。
 ────まあ、既に死んでいるわけだが、それによって、凪たちも怪人の死を知ることができたはずだ。



 彼らの距離は離れていく。その背中を、深刻な表情で見つめる少女がいることさえ気づかずに。




★ ★ ★ ★ ★



 さやかは、先ほどの二人が歩いていく背中を見送っていた。
 結局、一言も会話を交わすことはなく別れた。…………まあ、色々と思うところもあったし、まだショックが強かったため、積極的に話す気になれなかったせいもある。



 ──────彼らも変身する。



 それが怖かった。
 自分がその全てをかけて変身した魔法少女────それに見合うだけの強力な存在のはずなのに、それを凌駕する存在があるかもしれないということが怖かった。
 だけど、魔法少女なんて結局、こうしてみればちっぽけな存在でしかないのだ。
 本気で挑んだって、彼らに叶うのかもわからない。下手すれば、何もできないまま……。


 じゃあ、自分は何のために魔法少女になったのだろう。



 幼馴染の願いを叶えるためだけだったのか……。魔女の戦いなど、否定されて然るべきオマケだったのだろうか。
 マミは何のために死んだのだろう。さやかは何のために魔法少女になったのだろう。
 …………あんなにも命をかけたのに、大したリスクを負わずに変身ができる人間がいるなんて不平等だ。



(……もっと、力が欲しい。魔法少女の力を証明できる力が……)




 ああやって、何人も魔法少女みたいな存在がいる。
 何のリスクも負わずに変身能力を有した者もいるのではないか────そう考えると、嫉妬さえ覚えた。
 さやかはこの変身のために、こんなにも色んなものを失ったのに。
 そのうえに、その「何のリスクもない変身者」が魔法少女より強かったら……。




★ ★ ★ ★ ★




(面白い…………面白くなってきたぞ…………!)



 溝呂木は、ついに「好機が来た」と思った。 
 そう、今まさに、さやかと他参加者の接触が行われているのである。
 ただ、すぐに殺してしまうのは忍びないので、タイミングを見計らっているだけであった。


 それからしばらくし、参加者同士の会話が終わり、解放される。
 どうやらあそこで凪たちが出会った二人の参加者は、凪たちと共に行動するわけではないらしい。
 その一連の様子を、溝呂木は覗いており、そして笑みを浮かべていた。



(…………お前の好きなように暴れろ!)



 さやかの心に乱れが生まれていたのである。
 さやかは、五代たちとの出会いによって、安定しているかのように見えた。
 だが、放送から先はそういうわけにもいくまい。
 仲間の死を伝えられた後、彼らとの接触によって何か言い知れぬ感情の乱れが生じた。



 ファウストの意識を、溝呂木が展開させる────。



 そう、再び戦いが始まるのである。





★ ★ ★ ★ ★





 トクン…

  トクン…

   トクン……


 美樹さやかの鼓動が、大きな音を鳴らし始めた。
 ────いや、聴覚機能が下がり、周囲の何も聞こえなくなっただけなのだ。
 目も見えない。だから、周囲から見てみれば、彼女の瞳孔は死んだように開いている。
 世界が真っ黒に染まり始めた。



(あ、あれ…………なんだろう、これ…………)



 ただ、意識だけは少しだけあった。
 自らの異変を、異変と感じられるだけの意識は。
 それが消えるのは、次の瞬間である────。



(え──────)



 さやかは、そのまま自分が沼に落ちていくような感覚に陥った。そして、そのまま意識を葬った。
 実際は違う。
 この現象の答えは単純であった。
 さやかがさやかでなくなる。──────ダークファウスト、その意思のめばえであった。



★ ★ ★ ★ ★




「さや、かちゃん……?」



 五代は、様子がおかしくなったさやかに一声かける。名前を呼ぶ途中、躊躇ったように、何もないところで区切った。
 それは、ただ単純に、さやかに声をかけずらかったからだ。
 明らかに瞳孔が開ききったさやかの姿は、まるで死んだようであり、さやかと呼んでいいのかを一瞬迷うほどに、生気がなかった。



「ハッハッハッハッハッハッ……………」



 さやかの声で、奇妙な高笑いが聞こえた。その声は、既にその場を去ろうとしていた村雨と良牙にもはっきりと聞こえ、彼らは流石に気になり、振り返る。
 その時────


 さやかの顔に、何か妙なビジョンが重なった。人間のものではない。
 黒い複眼と、二つに分かれた奇妙な頭、銀色の鉄面皮────それが、さやかの顔の上から、現れてくる。



『フハハハハハハハハハッ…………!!』



 さやかの声は、野太い男性の声になる。次に彼らの目を引くのは、結果的に彼女の変貌した姿である。
 闇の中から現われた彼女は、ダークファウスト────闇の道化師の姿なのである。
 男性の声、不気味な容貌、いずれもさやかとは全く別人であることを証明していた。
 咄嗟の出来事に、五代や良牙は固まったが、ただ一人だけ、すぐに行動できる者もいた。



「どうして、こいつが……クッ!」



 凪は、さやかの姿の変貌に驚愕し、そして銃を構え、躊躇わずに一発、至近距離から弾丸を撃った。
 かつて倒したはずのダークファウストが、突然目の前に発現したのが、彼女としては衝撃的だったのだろう。────仲間の孤門を襲った最大の悲劇・斎田リコの死とダークファウストのことも。リコではないダークファスウトというのが、そもそもおかしいように思えた。

 しかし、こんな突然の出来事にも、冷静に対応しきることができるのが、彼女であった。
 先ほどまで、ファウスウトは目の前にいたさやかだったというのに、その引き金を引く指には、一瞬の迷いさえない。


 パァンッ!


 乾いた銃声が鳴る。
 だが、その銃撃は、ダークファウストの手のひらで弾かれてしまう。



『西条凪…………貴様は最後だ』



 だが、その銃撃に、ダークファウストは言葉で反応を示した。
 ダークファウストの中から聞こえた声に、凪は戦慄を覚える。
 既にダークファウストを知っているがゆえ、このビーストの性質を知っている。
 ウルトラマンの影の存在たち──ダークウルトラマンたちは、意思の疎通を行い、そして周囲に語りかけることもある。
 そして、そのダークファウストが名指ししたのである。



 ────貴様は最後、即ち「最後に殺す」と。



 いくばくの焦りを感じた彼女は、傍らで呆然とする男に指示する。



「五代、あなたも変身しなさい!」

「は、はい…………わかりました! ────変身!!」



 五代は普段の変身ポーズを取り、その姿をクウガへと変身した。
 その間に、凪は後方支援体制を取れるよう、数歩下がる。このままだと、ファウストの手の届く距離にいることになってしまうのである。
 前方を五代、そして後方を凪というのがこの二人の基本的な応戦体制である。



「良、なんだかわからんが俺たちも戦うぞ!」

「…………あれが、クウガか!」



 良牙は既に前に向かって走り出していた。
 一方、良は冷静にダークファウストとクウガを見据え、仮面ライダーゼクロスに変身する。



「────変身!」



 五代に倣うようにそうつぶやいたゼクロスとなった良の姿は、仮面ライダーとしては何かが欠落していた。
 だが、この場の助っ人としては、充分に豪としていた。



「はぁっ!」



 クウガは、マイティフォームのまま、前方の怪人をひたすらに殴り続けた。
 腹や肩など、極力は顔を狙っていない。しかも戦いというには、何か心に言いしれぬ抵抗感を残したままである。
 そう、ファウストのことなど知らない五代にとって、これはまださやかだから、迂闊なことはできない。
 あれだけ人を殺す存在になることを恐れたさやかなのだから、殺されないように戦っている。────勿論、彼女を殺しもしない。


 彼女がさやかの意思とは無関係に攻撃をしかけていることはわかっている。
 だが、彼女を救うために、クウガは彼女の目を覚まさせる方法を探しながら戦っていた。



「マイクロチェーン!」



 だが、そんな甘い五代とは別の次元で生きているゼクロスが、別所から割り込んだ。
 一切の躊躇なく、手の甲からマイクロチェーンを発射し、ファウストの体に電撃を送り出した。────まあ、彼も殺しを目的としているわけではない。ただ、目の前の怪人を撃退することには、大きな抵抗はなかっただけである。
 突如として全身に電撃が走ったファウストは、思わず雄たけびをあげずにはいられなかった。
 元々、ダークファウストは強い戦士ではないのだから。



『ぐぁぁぁっ!』

「衝撃集中爆弾!」



 マイクロチェーンを仕舞うと、次はクウガさえも巻き込まぬ勢いで、衝撃集中爆弾を投げ込む。────いや、むしろクウガを巻き込んだ方が都合が良いと考えたのである。
 何故なら、クウガの外形は、まさしく「カメンライダー」と酷似していたから────。


 ベルトを使った変身や、変身ポーズ。赤い複眼や、ストロンガーのような角。むき出された筋肉など────。
 その要素は、ゼクロスの知る仮面ライダーと何ら変わりがない。
 つまるところ、ファウストと同時に撃退する相手であるとも思えた。




『ぐっ…………』

「うわぁっ!」



 だが、衝撃集中爆弾が爆発する寸前の所で自らの前方にダークシールドを展開したファウストは、救われる。
 一方、自分に向かってきた爆弾と、ダークシールドにぶつかった爆弾の誘爆を同時に受けたクウガが、少しひるんだ。目前の行動もかなりぶれている。
 無造作に投げ出された爆弾の数々は、流石にクウガにも効いた。
 それだけでなく、近距離にいた凪や良牙も、危険に曝されるところであった。────まあ、それはゼクロスの計算によって、危険に曝されないよう調節されていたのだが、実際に近くで爆発を見た二人からしてみれば、そんな様子には映らない。



(あいつの攻撃、見境がない……!)

(危ねぇ……っ!)


 ゆえに、二人はまた少し後退する。もしかすれば、こうして生身の人間を突き放すことも、ゼクロスの目的だったのかもしれない。
 特に良牙などは、折角参戦したのに、生身ゆえ近付くことさえできないのは気が重いことだろう。



『おのれ……!』



 ダークファウストは、ゼクロスに向けてダークフラッシャーを次々と発射する。
 闇の弾丸の数々が、まるでゼクロスに先ほどの衝撃集中爆弾のお返しでもするかのようにゼクロスの周囲を爆破しまくる。
 ファウストは、それにひるんだゼクロスが一切攻撃をして来ないだろうと睨み、今度は眼前のクウガの体を狙った。



『死ねぇっ!』



 ファウストは手を真っ直ぐ、クウガの方へと伸ばした。
 かなりの近距離で、衝撃集中爆弾の威力の残滓を受けるクウガに、今度は、ダークレイ・ジャビロームが浴びせられる。
 すると、クウガの体は後方に十メートルほど吹き飛ばされて転がってしまった。
 クウガ、ゼクロスのいずれも、このタイミングでは地面に伏しており、立っているのはファウストと生身の人間だけであった。



(ぐ…………折角、「俺たちも戦うぞ!」などと言ったのに何もできん…………。
 恥ずかしい、そして気が重い……気が重い……気が重い…………!!!!!!)



 一方、その頃良牙は、再参戦を無意識下に狙っていた。
 そう、彼の特技は何も、その打たれ強さと身体能力だけではない。
 接近戦でなくても、使いようのある技があった。
 気のコントロールも、一応はその能力のうち。────重く、そして、強い一撃がここに完成する。



「獅子咆哮弾!!」



 ファウストは、まさかの生身でのビームに驚愕し、そのまま獅子咆哮弾に飲み込まれてしまった。
 これには凪も驚きを隠せない。あれは身体能力などではない、只の化け物の技だ…………と。



「やったか!?」



 見てみると、ファウストが強いダメージを受けて、片膝をついて座るように良牙を睨んでいた。
 どうやら、攻撃は充分に効いたらしい。クウガやゼクロスとは違い、生身の良牙に対し、ファウストも少しの油断をしていたのである。一切の予備動作をせず、獅子咆哮弾はファウストにクリーンヒットした。
 ファウストでなくとも、おそらく良牙の能力がこれほど高いことなどに気づかないだろう。



(や、やったぞ……! 今度は役に立った)



 だが、その直後の、この気の抜けようである。じーん、という効果音が聞こえそうだ。
 おそらく、これではすぐには獅子咆哮弾は使えまい。



「ゼクロス・キック!」



 そんな良牙のダメっぷりを補うが如く、誰からも目を離されていたゼクロスが上空から風を切って真っ直ぐファウストの方へ蹴りの体勢に入っていた。良牙以外の全員は、良牙があれだけの体術を持っていたとは知らなかったので、そちらに目を奪われてしまったのだろう。
 ファウストらがゼクロスの起立と跳躍に気がついたのは、掛け声が聞こえた時である。
 だから、ゼクロスの掛け声は、かなり不意だった。

 ゼクロス・キックは調整不足だが、敢えてこの技を選択した理由がある。
 ゼクロスは感情を表に出しはしないが、決して冷徹無比ではない。ダークファウストが女性であるようには思えなかったし、弱っているファウストが相手ならば撃退に使えると思ったのである。
 ────それに、特訓とやらの前に、もう一度ゼクロス・キックを試してみたいと思った。



『何…………!』



 突然の不意打ちに、ファウストは固まる。
 ファウストは、上空からやってくる攻撃を、避けることもできないまま待っていた。────ダークシールドを展開するための動作もできないし、その攻撃の様子に目を奪われた。
 ゼクロスの土踏まずが己の眼前に向かってくるのを、じっと見て、そして動かぬ体をどうしようかと、あがこうとしている。
 ファウストがどれだけあがこうが、これは自由落下に任せた動作である以上、誰にもどうしようもないのである。




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最終更新:2013年03月15日 00:07