インターミッション ◆gry038wOvE





 ────変身ロワイアル地下施設。



 加頭順がいたのは、そのうち、高さ四メートルほどの長方形の実験室だった。“悪の組織の暗躍”や“宇宙人の来訪”がなかった世界の地球人類が得るには、あと百年待たねばならない高性能な装置やテクノロジーがまるで散らかされるようにその一室に集められている。
 部屋の中央には、水槽のような透明な入れ物が部屋の形と同じ向きに配置されていた。入れ物の中には、透き通るような綺麗な緑色の培養液がたっぷりと注がれており、見れば、人肌や頭蓋のらしき物が浮かんでいた。

「冴子さん……」

 園咲冴子の肉体の再構成作業は加頭順ただひとりの手でも進んでいた。
 培養液に浸かった冴子の艶めかしい裸体は、四肢と髪を除いてほぼ再生しつつある。──液体の中で揺られる彼女の姿に、生前の面影が戻ってくる度、加頭はただ時間が過ぎゆくのが楽しみになっていた。
 現段階ではまだ完全な人間の姿には見えず、ばらばらの亡骸を眺めているのと大差ないが、先ほど見た時と比べても、再生は着々と進んでいる。
 ここまで状態が酷くなってしまったのは、やはり、冴子の肉体がバラゴにホラー化させられ、タイガーロイドによって完全に破壊されてしまった事が原因だ。──これにより遺体の断片を回収するのには必要以上の時間を要したし、肉親である来人の遺体が残っていなければ時間が更にかかっただろう。
 しかも、冴子の蘇生は、組織と一切関係ない加頭個人の野望であるがゆえ、その為の作業全てを加頭が一人で執り行わなければならなかった。助手がいないのは手間をかける。
 せめて側近の田端などが生きていればもう少し捗っただろうが、そちらも美国織莉子や吉良沢優などの裏切り者一派に殺されてしまった。──やはり、彼の死は加頭にとっても痛手であったといえよう。

 とはいえ、カイザーベリアルから授かった肉体再生技術は確かな物であった。──ベリアルが、BADANなどの諸組織の技術を拝借したお陰でもあり、元々財団Xが有していた『NEVER』の技術の応用が効いたのは助かった。
 現実に、園咲霧彦やゴ・ガドル・バなどは、死者でありながらベリアルの有する技術によって『NEVER』以外の形で再生されていたし、元の世界でも続々と死者が蘇生する想定外の出来事も起きている。

 まあ、結論から言えば、人間を蘇生する事は、複数世界のテクノロジーや法則、魔術などを利用すれば、充分“可能”な事なのだ。
 時間をかければ、この殺し合いで死んだ全員を甦らせる事だって、何ら問題はない──。
 勿論、たとえ殺されるとしても他の参加者にそんな事をしてやる義理はないし、加頭にとっても、冴子が唯一の例外だっただけだ。

 加頭は、あらかじめ、これからここを再び建て直し、ベリアルの管理が行き届かないこの世界で、冴子と共に住まわせてもらおうとベリアルに懇願していた。
 ベリアルもまた、加頭の願いと本心は理解しているのだろう。たかだか二人程度、自分の支配する世界から外れたところで、別に不満足はしない。──そのくらいの度量は彼にもあるし、要となる主催陣営の人間には褒美も滞りなく用意されている。
 そもそも、この場において、『変身ロワイアル』の企画進行を行った加頭に見返りを授けるのは当然であった。
 あくまで、加頭などの主催幹部の特別扱いが悟られないよう、それを他の仲間たちにはひた隠しにしているだけであり、主催者側の願いもベリアルは叶えられる限りは叶えてやるつもりだ。



 しかし──。
 そうして着々と加頭の理想郷を構築する準備が整いつつある中で、外の世界では、加頭にとって、想定外の問題が起こり始めていた。
 外の世界に逃がし、財団Xのキイマ以下に殺害するよう連絡していたはずの生還者たちが、いまだ一人も仕留められる事なく、こちらに向かっているという件だ。──敵を甘く見たつもりはないが、彼らはそれぞれのやり方で第二ラウンドを突破し、この加頭の世界に侵入しようとしているのである。
 これは、大きな失敗だった。正常に殺し合いが進んでいればこうはならなかったのだろうが、やはり初の試みだった事もあってか、主催の思惑通りには話が進まず、結局は外の世界に逃がし、更なる突貫工事として第二ラウンドを行う事になったが──それも、無駄であったのだ。

「おのれ……」

 この殺し合いの島を開拓し、冴子とただ二人で管理を逃れる夢を──彼ら死にぞこない連中が邪魔しようとする。
 加頭は映像を見て、遂に蒼乃美希と血祭ドウコク以外の全生存者が、時空移動船に回収されたと知る事になった。あるべき世界に留まっていればいいものを、わざわざここに戻ってくるのだ。
 折角、元の世界で死ねる幸福を提供してやったつもりが、奴らはそれを拒んだ。──何故、彼らが揃いも揃って、こんな決断をするのかわからない。

 ──今は、涼邑零が時空移動船に回収された段階だ。あのガルムとコダマも参加者の殺害に失敗したらしい。時間軸の修復や未来の魔戒騎士の参戦など、かなり想定外の出来事が起きたのだ。

「──奴ら、この期に及んで……またこの場所に戻って来る気かッ!!」

 加頭は、モニター越しにその事実を知り、手元の装置を強く殴った。
 その時点では、頑丈なモニター装置には異常がなかったのだが、そこから伝ったコードが突如、音を立てて断裂する。──クオークスとしての彼の超能力が無意識に発動してしまい、そこまで伝播していったのだろう。
 幾つかの映像がぷつりと途切れ、少しばかり肩で息をした加頭は、冷静になって暗いモニターに背を向けた。
 再び、この問題の原因は一体何であったのか考える。

 ドブライ。
 コダマ。
 ガルム。

 主催本部の幹部級が殺害され、キイマ、レム・カンナギ、カタルといった第二ラウンドの主用メンバーも全員死亡した。キイマはカンナギの裏切りによる物であるが、彼のように身に余るような野望を持つ者が冷静に行動しなかった場合の弊害の大きさには打ちひしがれる。
 エターナルの力を身に着けた良牙などには、財団Xの中でも手練れのメンバーに強力な装備を与えて派遣したつもりであったが、その超銀河王やサドンダスも、良牙やムースにあっさりと敗れてしまった。
 ──彼らの野望と間抜けさが足を引っ張ったわけだ。

 あの理解不能な野望が、この細やかな理想郷さえ邪魔をする──。
 彼らがあれほどまで敵を甘く見てかかるとは思いもしなかっただろう。
 ベリアルに授かった未来のコアメダルやコズミックエナジーの力、そしてギンガオードライバーを良牙対策の為に彼らに託したのは全て無駄だったわけだ。

「寄せ集めは……私たちも、同じか……」

 しかし、怒ったところで死者に対しては何もできず、悔やんだところでどうもなりはしなかった。
 血祭ドウコクがガイアセイバーズに対して、「寄せ集め」と言っていたが、この主催本部も同様に寄せ集めでしかなかったのだ。──これが、第二ラウンドというゲームの敗因だろう。
 かつての仲間との連携の失態に苛立ちながら、加頭はモニター室を後にした。

(それならば。私とベリアル様だけの力でこの理想郷を守るのみ……)

 彼の中には、既に他人を頼りにする組織人としての心はなかった。
 ただの一個人として──信頼すべきはカイザーベリアルと己だけだ。そして、時がくれば、ベリアルはこの島を去り、加頭は冴子と二人だけのこの島を獲得できる。

(待っていてください、冴子さん……)

 冴子が目覚めを待つ実験室の前を通りがかった時──彼の決意は一層強くなった。






 加頭は、地下施設に存在するワープ機能を使い、地上に出た。
 やはりというか、少し空気に味があった。暫く地下に閉じこもり続けたせいで全く気づかなかったが、外は夜だった。冷えた空気と星空が目に入る。
 それを美しいと思う気持ちは、勿論、彼にはない。──既に、人間らしい感情など殆ど欠落しているのだから。
 彼の中にある感情といえば、それは冴子への──歪んだ、てごたえのない愛だけだ。

 この場には既にカイザーベリアルと加頭順の二名しか残っておらず、後は園咲冴子の再誕の瞬間に、それぞれが道を分かつ予定だ。
 ──カイザーベリアルは、今はまだ、ここに残っている。

「陛下!」

 加頭が見上げると、そこにはカイザーベリアルの巨体が映った。彼のこの鋭い目つきに威圧感を覚えないのは、“死”の恐怖と“感情”なきNEVERである加頭くらいの物だろう。
 しかし、それでも加頭はわざわざ命を捨てる性格でもない為、ベリアルに対して明確な反抗を取るつもりはなかった。
 ──いや、捨てたくないのは“命”よりも、“目的”の方だろうか。
 冴子を得ようとする気持ちは未だ変わらない。もしかすると、加頭は常に、命そのものよりも、生の中で偶然芽生える目的だけを追ってきた人間なのかもしれない。

「なんだ? ……“ユートピア”の加頭」

 現状、ベリアルの方が格上であるが、彼もまたベリアルの野望への協力を惜しまなかった加頭に対する感謝の念は、ベリアルにも少なからずあるらしく、用済みだからと加頭を殺したり、彼に非協力的な態度を取ったりするという事はなかった。
 冴子と加頭が敵にならない限りは、絶対にこの関係の両立は崩れないだろう。──ベリアルも、加頭を利用する為には協力を惜しまない。
 そもそも、ベリアルは、悪の権下でありながら、利用できる部下には一定の待遇や見返りを提供する性格ではあった。
 ──それは、ちょっとした反抗や失敗だけでも崩れる脆い関係であったのだが。

 ……とはいえ、こうして明確な上下関係がある以上、その協力を得るには、せめて頭を下げなければならない。
 日本で生きてきた組織の一員の加頭は、こうして目の前の格上に対して、頭を下げる事には躊躇はなかった。

「……遂に、蒼乃美希と血祭ドウコクを除く全員がアースラに乗船しました」
「そうか──」

 ベリアルがここに残り続けているのは、こうして未だ加頭の報告を聞く必要があるからだ。
 ここまでの活躍で、加頭が、絶対に裏切らず、目的の為には協力してくれる格下であるというのは理解しているが、こうして邪魔者となる参加者を全員脱出させ、外の世界で殺す作戦は見事なまでに失敗している。
 ある意味では、こうして残り続ける事も、加頭が本当に使える人間なのか見極める品定めの延長でもあるのかもしれない。
 勿論、ベリアルにも許しがたい結果が出た時、加頭も冴子もこの世からいなくなる。

「──しかし、蒼乃美希は消息不明。血祭ドウコクはこの場への出航を拒否しています。陛下の敵になるようなお相手はいないかと」
「ああ。確かに、俺様にはそんな奴らは敵じゃない」

 加頭はその言葉で、少し眉を動かした。
 そんな加頭の様子を知ってか知らずか、ベリアルは次の一句を告げる。

「──奴らに来られて問題なのは、お前の方じゃねえのか?」
「……」

 ベリアルは、鋭かった。
 ウルトラマンたちがこの世界に侵入できない現状では、当面の敵は、せいぜいウルトラマンノアとダークザギくらいの物だったが、ザギは破られ、ノアも封印した。そうなった以上、もはやデータ上、ここに来られる参加者にはベリアルの障害となるレベルの相手はいないし、来たところで返り討ちにできる。
 ただし、加頭と冴子くらいの実力の場合、そうは行かない。

「加頭。俺の前に現れたのは、ただ報告する為じゃねえな」
「……おっしゃる通りです」

 加頭は、今度は逆に、眉一つ動かす事がなかった。
 元々、それを頼みに来たのだ。──今のユートピアだけでは埋まらない実力差を、ゼロにする為に。
 悟られた以上は、卑屈な態度を取り続けなくても良いだろう。
 彼は、無表情なまま、地面に手をつき、這いつくばって、ベリアルに懇願する。

「──ユートピアは旧世代型のガイアメモリです。制限が解けた今、エターナルと対峙すれば勝機はない……! だから陛下、力を下さい……! 私に、冴子さんと私の二人だけの理想郷を守る力を……ッ!」

 ──ユートピアはゴールドメモリとはいえ、T2以前のガイアメモリである。
 仮面ライダーエターナルに変身できる響良牙が「エターナルレクイエム」を発動した場合、彼のユートピアメモリも機能を停止してしまう事になる。──この世界の戦闘制限が解除されている現状では、加頭には生身で戦うリスクも生まれるわけだ。
 そもそも、エターナルレクイエムの有無に関わらず、かつては大道克己の変身した仮面ライダーエターナルには一度殺された経験もあった。
 仮にあのマキシマムドライブが発動してしまった場合、ドーパントへの変身能力もなしに彼らと張り合うのは不可能であろう。

「お願いします……必ず、陛下のお役に立ってみせます……ッ!!」

 ならば、もう、恥も外聞もない。
 ──今は、ベリアルにとっても、こうして加頭に力を与えた方が、手間が省けるであろう事は明らかであるし、加頭が懇願すれば、ユートピア以上の力を授けてくれるだろう。
 そこまで頭の中の算段がある上での言葉であるのは、ベリアルも理解しているはずだ。
 要するに、利害が一致し続ける限り、それぞれは裏切りもせずに互いに協力し合える事になる。──今もそうだった。これはあくまでポーズで、互いの目論見や性格は理解しあっている。なのにこれだけ滑稽な劇を見せているのは、どこかおかしくもあった。
 加頭は、少しばかり反応を待つ事になったが、すぐにベリアルはにやりと笑った。

「面白ぇ……。頭を上げろ」

 加頭は言われた通り、頭を上げた。額に土がこびりついているが、別段、彼が気にする事はなかった。もしこの場に誰か人がいれば、誠意のない土下座だというのが誰の目にも明らかだっただろう。
 ベリアルも、その先を告げた。

「そこまで言うなら、くれてやる」
「ありがとうございます……」
「ああ、立てよ」

 ベリアルは、加頭を切るほどの事ではないと判断したのだ。
 それは加頭の目論見通りだった。クオークス、NEVER、ドーパントの力に加えて、──こうして、ベリアル帝国の一員としての新たな力を得られるという事。それは未だ蘇らない冴子に代わり、一時的に加頭の心を満たすだろう。
 彼の中には、微塵も──それに対しての恐れはないし、それがベリアルにとって脅威となる事もない。
 敵を返り討ちに出来、ベリアルに逆らうには至らないほどの力が加頭の手に入れば、両者にとってそれは“得”だ。
 加頭は、立ち上がった。

「俺様の持つ、闇の力だ……少し我慢しなッ!!」

 ベリアルの右腕──その巨大な爪の先から、加頭の頭部に向けて、膨大などす黒い闇の力を雪崩れ込ませた。それは頭部を抜けてつま先まで、身体の芯を侵していく。
 かつてミラーナイトを操ったベリアルウィルスにも似ていたが、その中にはあらゆる怪獣や宇宙人たちの怨念を吸収しており、加頭に加頭としての自我を持たせたまま、力を与える事ができるのだ──ダークザギがやった事の応用である。

「──────ッッッ!!?!??」

 彼らの体長の差のお陰もあって、まさに加頭の全身を包み込む雪崩そのものとなった。飲み込むにはあまりに量が多すぎる──。
 しかし、加頭が頭から被っているその闇は、彼の身体を傷つけたり、痛みを与えたりする事はなかった。ベリアルが粗雑に加頭にぶつけた力の全てが、彼の中に吸収されていく。
 ただ、加頭の中では体の芯から崩れ、裏返るような奇妙な感覚があった。
 苦しいようで、心地よい、ただ不気味な反応。

「この力を授けてやるのは、お前だけだ……感謝してもらうぜッ!!」
「うっ……ウォォォォォォッッ!!!!!!!」

 加頭の頭の中に、それらの力の使い方が浮かび、それに対する感謝の念が湧きでた。
 冴子への愛は消えずそのまま、加頭のこれまでの生の経験や人格にも大きな不調を齎す事もなく──ただ、確かに、彼の中の何かを刺激しながら。
 それくらいの事は、加頭にとってはどうでも良かった。
 NEVERになった時点で、自分自身の人格などに対する執着もそこまで濃くはない。
 力が体の底から湧きあがってくる喜びが──彼の中に、実に久々に生まれてくる。
 加頭の目に笑みの形が形作られる。

「────久々の、感覚だッッ!!!! この喜び……この悲しみ……ッッ!!!!」

 それは、長らく感情を顔に出せなかった彼が久々に見せた“表情”だった。
 しかし、だんだんと彼の中の意識がぼやけ始めた。強すぎる力を得たゆえに、肉体や精神が一時的に摩耗して、動かなくなっただろう。

 それから──加頭はしばらく、意識を失う事になった。
 再び、彼が地上を見た時、そこにベリアルの姿はなかったが、彼はにやりと笑った。






 ……また、しばらく時間が経った。


 もう灯りを付ける必要がなくなった暗い空きの一室。──相変わらず、そこは暗がりのまま、何も置かれず、何も飾られず、誰もいなかった。
 かつては、ここで八宝斎という男が処刑されたのだが、それもまるで遠い過去のようだった。彼のように軽い理由で戦いに参戦した者が早くに死亡したのは必然的事実だろう。加頭にとっては興味のない話だ。
 だが、たとえどんな理由であれ──一つの道を突き進むからには、その信念を曲げてはならない。
 ──ここにいる自分のように、逆らわず、曲げず、ただベリアルを信頼し続ける事が、願いを叶える最大の手段だと、八宝斎やサラマンダー男爵や吉良沢優や美国織莉子やレム・カンナギはもっと早くに気づくべきだっただろう。

「──────」

 一糸まとわぬ裸体の腰に、黒いガイアドライバーだけを一つ巻いて、真っ直ぐに歩いていく男がいた。
 ──それが、加頭順であった。

 もはや、財団Xに縛られていた一人のエージェントとしての白い詰襟の制服も脱ぎ捨て、培養液の中にいる今の冴子と同じ、一人の人間の男か女になった。
 加頭が目指すのは、言わばこの世界のアダムとイヴである。

 普段上げていた前髪は、先ほどのベリアルの闇によって、前に倒れていた。──或いは、更に制御不能な重力を発現する彼のメモリが暴走させ、整髪料を洗い落としてしまったのかもしれない。
 感情を自在に表す事が出来るようになった彼は、その時、ただ意味もなく、少し顔を歪ませた。
 細い瞳と白い歯は、普段わかりづらかった端正な彼の表情を自然に際立てていた。

 先ほど計測した加頭とユートピアメモリとの適合率は、「計測不能」。──これが最新鋭の機械が出した結論だ。
 これまで98パーセントだった「残り2パーセント」を埋め、余るほどになった。尚、98パーセントという数字も通常のガイアメモリの所有者ならばまず信じがたい数値であり、加頭自身も「運命」と称するほどだった物である。
 もはや、それは、彼の存在そのものが“人類”ではなく、ガイアメモリと同等に不可解な“ナニカ”へと変身したという事であった。

 加頭はその一室で、また表情を消した。

──UTOPIA!!──

 そのガイダンスボイスと共に、ユートピアメモリはガイアドライバーに装填され、加頭の身体はユートピア・ドーパントへと変身する。
 ──青い炎があがり、雷鳴が鳴り、一斉にこの一室の壁が崩壊していく。
 それが終わると、そこにあるのは、かつてエターナルやダブルに敗れた、崩れゆく理想郷の姿であった。

──BELIAL!!──
──DARK EXTREAM!!──

 追加の音声が鳴ったのは、加頭がベリアルウィルスの力を内部から発動した瞬間だ。
 ユートピアの姿は、だんだんと角ばっていき、崩れかけていたように見えた“理想郷”は、だんだんと彼の頭部で再生を始める。
 体色は一斉に黒みがかり、石堀光彦が発したような黒い闇のエネルギーが彼の外に纏われた。

「────ベリアル……エクストリィィィィィィィムッッ!!!!!!!!」

 意味もない心よりの叫びが、思わず彼の口から漏れ出してしまった。
 そうして誰もいない一室に響かせる声は、崩れかかっているこの一室と、それに伴って壊れかけていくこの地下基地の全てに呑まれかけていた。
 この程度の材質では、ユートピアの力に耐えきれなくなったのだろう。
 だが、──その崩壊が、次の瞬間、一斉に止まる。

「……ッ」

 彼が、その片腕に握った“理想郷の杖”を振るった時であった──。
 まるで崩れかけていた周囲の物体の全てが時を止めたかのように、重力にさえ逆らって空中で静止する。
 そして、それらは、ユートピアの変身前にあった位置に、念動力のようにゆっくりと戻っていった。
 ──これもまた、彼の今の力。
 破壊された理想郷を、“治す”力。崩壊が収まり、静かになった所、中央でユートピアが佇んでいた。

「──ハハッ」

 ユートピアメモリは、ベリアルから授かった力によって更に強いエネルギーのコーティングをされた。
 それに伴い、ユートピア・ドーパントもまた、“これまで以上”の超強化態となる。
 エターナルレクイエムへの耐性もあり、当面の敵を撃退するには充分なエネルギーを蓄えている。──もはや、エターナル程度は敵ではない。

「ハハハハッ……」

 ガイアプログレッサーさえも超えるベリアルウィルスの力により、昏く、重く、ただ深く、ユートピアの姿は超進化していた。
 今の彼は、元の世界に帰れば、単身、地球規模のガイアインパクトを発動する事ができる力さえも持っている。

 ──だが、はっきり言って、もうそちらの目的の事はどうでも良い。
 元々、あれも冴子との理想郷を望む心が齎した結果だ。結局、一人きりの理想郷という所であったが──これから出来る場所は違う。

「ハッハッハッハッハッハッ……!!!!」

 ユートピアは嗤う。
 今は、笑顔を試すわけでもなく、ただ、腹の底から湧きあがってくるいいようのない可笑しさを自らの中で讃えていた。
 高らかな笑みが木霊する。

「──……さて、最早こんなところに隠れる必要はありませんね」

 加頭が理想郷の杖を再び振るった時であった。
 地下に隠されていたこの基地が、重力に逆らい、轟音と共に、突如せりあがり始めた。

 ────猛烈な地鳴り。

 何百人という人間が収納されていた超大規模な蟻の巣のような基地の外から、土が溢れだし、崩壊したレーテが土の中へと埋もれ、隠れていく。
 それと同時に、彼らを包んでいた、F-5の一つの山が消え、その山肌にあった物──遺体や捨てられた支給品の全てが土の中へと消えていった。

 そして、地上に出た、ベリアルの体長ほどの巨大な“手”の形の要塞──それが、彼らが巣食っていた地下秘密基地の正体であった。
 帝都要塞地下秘密基地 プチ・マレブランデス──かつてカイザーベリアルが居城とした惑星ほどの巨大宇宙要塞を縮小化し、内部を大幅に改造した物であった。
 意匠だけがかつてのマレブランダスと同様であるが、この殺し合いに際して内部の七割が改装され、もう殆ど別物といって良い状態になっている。

「……ここで待ちましょう。全てが終わる時と、また、私たち二人が全てを始める時を……ゆっくりと」

 不落の要塞に残された加頭は、そう呟いた。
 まずは、この要塞でアースラから落として見せる──。






 加頭は、それから、変身を解き、別室で白いタキシードを着用し、また冴子のいる場所へと向かった。何度この部屋に通った事だろう。
 培養液に浸かっている冴子は、だんだんと加頭の知る彼女を取り戻しつつある。両腕や両足が再生され、頭部には産毛らしき物も見え始めていた。
 加頭は、初めて、冴子の姿を見て笑顔を見せた。それは、愛娘を見る父親のように優しく──それゆえにどこか不気味にも見える笑みだった。

「──冴子さん。私にも、ようやく、感情のこもった言葉が言えるようになりましたよ」

 薔薇のブーケを透明な硝子の上に乗せ、寄り添うように、冴子の眠るプールに腕をかけてみた。
 その裸身を眺めると、そこには加頭がこれまで知らなかったような黒子や傷までもが復元されている事がわかった。
 ──自分が知る以上に、正確に復元されている冴子の身体。

 そう、ずっとこれが欲しかった。
 だが、身体が繋がったとしても、心が繋がらなければ意味はない。
 かつて手にかけた園咲冴子への愛を必ず証明し、彼女にも愛されたいのだ。
 ──だから、彼は、その想いの全てを込めた満面の笑みで告げる。

「好きです。愛しています、冴子さん。……どうですか?」

 かつて拒絶され、本気にされなかった言葉だ。
 それを聞き届けたのか、不完全な冴子が、ふと、再び目を開けた。──彼女の意思が蘇ったのだろうか。まだ生者の顔色ではないので、あまりに不気味であった。
 加頭もまた、喜ぶより、驚いてしまったほどだ。
 何せこの数日、一度も見られなかった光景である。

「い…………せ…………」
「……」

 冴子の意識や脳組織、声帯が蘇り始めているのか、彼女は、口元で何かの言葉を形づくったようだった。声に出たといえるのは、二音ほど。
 ……しかし、それだけで充分だった。彼女の唇の微かな動きと、その二音だけでも、加頭にはその言葉の意味する事がわかってしまったのだから。
 それでも、──加頭は感情を抑え、余裕ぶって笑みを見せた。

「……少しショックです、冴子さん。ですが、その人はもういません。井坂深紅郎も、園咲霧彦ももういないんです。……だから、私だけを見てください、冴子さん」

 彼女は、井坂の名前を呼んだのだろう。──「井坂先生」と。
 それが、あの時間軸の冴子の最も頼る人であるのは加頭も知っている。
 殺し合いの場でも、冴子はずっと井坂の事を話していたので、その時ばかりは心苦しくも思っていた。

 だが、──今は、違う。
 井坂はいない。そんな人間の事は、この先の二人だけの世界の中で忘れさせてみせる。
 かつての婿であった霧彦の事も、彼女の頭にないように。

「最後のゲームを見ていてください……これを終えて──」

 間もなく、冴子は復活するはずだ。
 それより先に彼らに来られてしまったら、ベリアルから授かった力で、すぐに返り討ちにしてみせよう。
 全ての障害がなくなれば、加頭順と園咲冴子はきっと結ばれる。

「──そうしたら、今度こそ作りましょう、“二人”だけの理想郷を──」

 冴子の傍らに飾られたウェディングドレスは、純白の生地に砕いて散りばめた七色の宝石を不気味に輝かせた。
 そして、冴子の身体は、再度眠りにつき、それから一人で喋り続けた加頭の声には、それ以上、反応しなかった。

 ────彼が、感情の籠った愛を投げかけない限り。



【加頭順@仮面ライダーW GAME Re;START】



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最終更新:2016年01月06日 17:00