1957年の総統選挙は、2月18日、南京の国民大会堂で始まった。この選挙は、憲法に定められた国大ではなく、国大代行委員会で行われたことが特徴である。1957年2月18日、
国民党から立候補した
林柏生が、同じく国民党から立候補した
陳耀祖を破って選出された。翌1957年2月19日には、無所属で華北政務委員会会長の
王蔭泰を副総統に選出した。
1957年中華民国総統選挙 |
|
1954← |
1957年2月18日 |
→1961 |
|
|
|
████████████████████████ |
████████████████████████ |
候補者 |
林柏生 |
陳耀祖 |
政党 |
中国国民党 |
中国国民党 |
選挙票 |
40 |
2 |
得票率 |
95.24% |
4.76% |
選挙前総統 汪兆銘
中国国民党 |
|
選出総統 林柏生
中国国民党 |
概要
中華民国政府は、1936年に「五五憲草」と呼ばれる憲法草案を完成させた。しかし、大東亜戦争の勃発により、草案の編集は強制的に中断された。戦後、1947年12月25日に憲法第三読会が行われ、1948年1月1日に公布された。1948年12月25日、中華民国は正式に中華民国憲法を有効にした。1956年に汪精衛が死去したため、副総統であった
陳公博が
汪精衛の後を継いで総統となった。憲法に基づき、政府は旧正月明けの1957年2月18日に選挙を実施した。しかし、西北の反乱のために国大は召集できず、国大代行委員会の42人の委員が投票に当たった。
選挙結果
役職 |
候補者 |
所属政党 |
得票 |
当選 |
数 |
率 |
総統 |
林柏生 |
█ |
中国国民党 |
40 |
95.24% |
 |
陳耀祖 |
█ |
中国国民党 |
2 |
4.76% |
|
副総統 |
王蔭泰 |
█ |
無党籍 |
42 |
100% |
 |
最終更新:2024年09月19日 00:46