概要
1946年8月の
協同共和党分派を推し進めた、
日本共和党幹事長の
大路晴雄は、これを実現した功績から
同志会大路派として強い影響力を持つことになる。しかし、これが同志会の本流である
同志会竹田派と対立するようになった。対立の表面化は、1947年8月の
大路晴雄による
二期会への独立につながる。
1950年10月、派閥会長として絶対的な権力を持っていた
竹田信哲がついに会長退陣を表明。後継会長候補には、
村上謙吾と
多田信勝の2名が挙げられたが、竹田自らの指名によって村上が就任することになった。村上就任直後、1951年1月に
竹田信哲は帰らぬ人となった。
1952年5月の
第16回衆議院総選挙以降、
1980年代には、所属議員数が激減し、最終的に
治水会へ合流する。
歴代会長
- 竹田信哲(1943年1月~1950年10月)
- 村上謙吾(1950年10月~1963年7月)
- 伊原大四郎(1963年7月~)
組織
会長
├─会長代行
└─事務総長
└─事務局
最終更新:2026年10月26日 18:03