2月14日、バレンタインデー。世界各地で男女の愛の誓いの日とされる日である。
科学の街、学園都市でもそれは例外ではない。
ある者は互いの愛を誓い、ある者は嫉妬に怒り狂い、ある者は自らの私怨で組織を動かそうとしたり、
『バレンタイン潰し隊』なるアホな集団を結成したりもする。


※一部過激な内容が含まれるため、音声のみでお楽しみください

「ヒャッハー!リア充爆発しやがれええええええええ!!」
「キャー!」
「何だコイツラー!」
「ちょっとアナタ達!人の恋路を邪魔してるんですか?」
「何だテメー!当たり前だろうがああああ!『バレンタイン潰し隊』ナメんな……ごっ、があああああああああああ!!」
「ヒイィィィ!薦道分隊長が火だるまに!何モンだテメェ!」
「私は愛の覗き……ゲフン……愛の露払い、針茉莉紗!さあ、煙永さん今のうちに彼氏さんのもとへ!」
「べっ、別に私はアイツの所にいくつもりじゃ……あーもう!わかったのよ!とにかくありがとうなのよ!」
「クソッ!待てっ!」
「待つのはアンタ達の方よ!人の恋路を邪魔する奴はぁー!!私に焼かれて地獄に落ちろおぉぉぉ!!」
「この女できるぞ!!他の部隊からも応援呼んで来い!」
「上等よ!かかって来いやあああ!全員コンガリ焼き尽くしてやるわ!!」
「助けてくれ!助けてくれ、バケモノだ!」
「ちくしょう!ちくしょう!俺たちだけじゃダメだ!家政夫の旦那はまだ来ないのかあぁぁ!」
「クソッタレ!地獄だぞ、まるで!?」
「あははははははははは!!悲鳴を上げろ……豚のようなぁぁぁ!!」
「コラ待て!警備員じゃん!お前ら全員大人しくお縄につくじゃん!」
「まっ、待ってくださいよー、黄泉川先生~~」
「鉄装!モタモタするなじゃん!」

………まあ今のは極めて特殊な例である。忘れてもらっても構わない。
ほとんどの者にとっては親しい人に日頃の感謝の気持ちを伝える日でもある。





ちょっと時間はさかのぼりバレンタインの1週間前。
所変わって、ここはこじんまりとしているが、どこか温かい雰囲気を醸し出す喫茶店『恵みの大地(デーメーテール)』
ここのテーブルで、ベージュのブレザーに紺系チェック柄のスカートを身に着けた学園都市でも指折りの名門お嬢様学校である
常盤台中学の4人組がいつものようにガールズトークに花を咲かせていた。

「でさー、そこでアタシは言ってやった訳よ!『まずはそのふざけた幻想をぶち壊す!』ってね!」
「ウフフ、晴ちゃんらしいね~」
「おお!さすがせいてんじゃな!」
「今の話のどこにそれを言う要素が!?です」

4人のリーダー格である金髪ショートカットの少女・金束晴天が他の3人に自慢げに
席から立ち上がりながら、まるで演説でもするかのように昨日の出来事を話していた。
これだけでは内容の想像がつきにくいが、どうやらスキルアウトに襲われていた女性を助けたようだ。
…………………金束本人ではなく、主に上記の台詞を言っていた人物が。

「でもその後、例の白黒野郎が来やがって面倒だったから速攻で逃げてきたって訳よ」
「何でそこで逃げるんですか!?わけわかんねえ!です」
「だってあの白黒野郎、面倒なのよ。『一般人はこういう荒事に首を突っ込んではいけませんのー』とか『負け犬の遠吠えはうるせーですのー』とか
『お姉様ハァハァですのー』とかほざいてきてさー。御坂さんも同じことやってるらしいのにぃ~~。チクショー!やっぱ超能力者だからかーー!
レベル5だからかーー!学園都市第3位だからなのかぁぁぁーーー!?」
「まあまあ、落ち着いてくださいです。晴天さん」
(何だか今白井さんの個人的な趣味と思われる、ものすごく不要な内容が入っていたような気がするです……)

金束が話を続け、隣の三つ編みの小柄な少女が心の中でツッコミを入れる。

「あ~晴ちゃん、今の白黒さんのモノマネすごく似てたね~」
「そ、そうか?いやー照れるなぁ……ってモノマネじゃねーし!」
「だいぶ前に同じ風紀委員さんでもモノマネしてた人いたし~、流行ってんのかな~」
「って希雨!お前、話聞けよ!!そういうトコは昔から変わんないわね」

そんな中、胸あたりまでの黒髪ストレートで細目の優しそうな表情の幼馴染・銀鈴希雨
何だか癒されるものを見続けているような穏やかな笑顔を浮かべながら、のんびりとした口調で相槌を打っていた。

「声のトーンにも、しろくろっぽさが現れてたったい!さすがはせいてん!芸人の鑑じゃな!」
「世津!アタシは芸人じゃねえっつーの!」

隣に座る「常盤台のお嬢様」というよりは「ジャングルの野生児」を彷彿とさせる雰囲気をかもし出し、
上着を腰に巻いて、やや小柄な背の割には大きな胸のせいで留められないのかワイシャツ姿でボタンを1,2個開けっ放しにして
制服を激しく着崩している少女・銅街世津は子供のように目をキラキラさせ興味津々と言った感じで金束の話を聞いていた。

「言われてみればさっきの鈴の鳴るような声が特に……って、また話題が脱線してやがるーーー!です」
「えーっとゴメン、駄々っ子モードは勘弁な月代」

そしてその3人に両手で頭を抱えて机に顔ドラムしたいのを我慢しつつ、
ノリツッコミをしながら話を聞いていたのが、鉄鞘月代である。
灰色がかった黒髪を三つ編みにしており制服を皺ひとつなくきっちりと、
いかにも真面目な学生ですと言わんばかりに着こなして眼鏡をかけた小柄な少女だ。

先ほども申し上げたが彼女たちは多数の様々な学校が集う学園都市の中でも指折りの、名門中の名門・常盤台中学の学生だ。
が、トークの内容は生け花やお金持ちしか手にすることのできない高級ブランドの話……ではなく、何気ない世間話から時には下ネタまで
お嬢様というよりも普通の女子中学生たちと何ら変わりないトークを面白おかしく繰り広げていた。
これが彼女たち4人の日常である。

彼女らは常盤台ではある意味有名人で『常盤台バカルテット』と呼ばれている。
「お嬢様らしさのカケラもない残念集団」とか「常盤台のブランドを汚す」とか陰口を叩く心ない者たちもいる。
しかしほとんどの者や校外の者からは「悪い意味でのお嬢様らしさがない」「名門常盤台生にも関わらず気さくで話しやすい」と案外評判は悪くない。
どうやら金束も落ち着いてきたようで、席に座りながら新たな話題を提供する。

「そういや世間はもうすぐバレンタインよね」
「ばれんたいん?それ何だっちゃ?」

ワイシャツ姿の野生児少女、銅街が問いかける。
店内に暖房がかかっているとはいえ2月だというのに寒くないのだろうか……。
彼女は学園都市に入る前は、日本最後の秘境と呼ばれるほどのド田舎から来たためか故郷にはそのような習慣がなかったそうな。

「バレンタインはね~、日本では女の人が愛をこめてチョコレートを贈る日なんだよ~」
「チョコいっぱい食べれると!?それはいい日だっちゃ!!」
「希雨の奴『女の人が男の人に』って所、わざとハショりやがったわね」
「ウフフ~晴ちゃ~ん。海外ではそうとも限らないんだよぉ~」
「アー、ハイハイソーデスネーっと」

銀鈴が優しく微笑みながら答える。
その答えに目を輝かせて子供のような無邪気な笑顔を見せる方言少女。
その様子を見ていた金束は苦笑いを浮かべながら銀鈴に目をやる。
そして鉄鞘は再び心の中でこう呟いていた。

(せっちゃんが去年も全く同じ質問をしてやがったことと、希雨さんの答えが全く同じなことは話が進まなくなりそうだから黙っておこうです。でも…)

4人で一番背が低くても、胸部が一番慎ましやかでも、鉄なんとかさんと言われても、
鉄鞘月代さんは話の進行の空気まで読める、よい子だ。
そんな鉄鞘は眼鏡の眉間を右手で軽く上げた後、その手をそのまま顎のあたりに持ってきて首を傾げ始めた。

「うーん」
「どうした?月代」
「でもウチ女子中学ですよね。なので残念ながらあまり縁はないと思うです」
「む~。じゃあ、ばれんたいん楽しめないのかの?」
「それがそうでもないんだなー!これがっ!」
「ど、どういうことです!?」
「どういうことね?せいてん!」

しょんぼりする銅街を励ますように、金束は机をバンと叩き立ち上がり3人を見渡しながらドヤ顔で話す。
周囲の視線が金束に集まる。

「友チョコって知ってるか?」
「そんな『熱膨張って知ってるか?』みたいに言わなくても知ってるよ~」
「そりゃ希雨は知ってるだろうよ。去年は何もなかったけど小学生の頃チョコくれてたしな」
「ゴメンね~晴ちゃん、去年は晴ちゃん等身大チョコの材料が足りなくて~」
「お前は去年そんなモン作ろうとしてやがったのかーー!!」
(去年の今頃、希雨さんが珍しく寮監様に怒られてたのってそれだったんですね……)

そう叫びながら金束が銀鈴の胸ぐらをつかもうとしたとき、包帯の覆面にメイド服という何とも変わったいでたちの女性が
いつの間にかテーブルの前に出現し、手際よく陶器でできたコップを置いて行った。

「し、忍さん!いつの間に!です」
「全く気配を感じんかったと!」
「忍者みたいだね~」
「相変らず忍さんは神出鬼没だわね」
「……芽功美さんから……サービスの熱々の紅茶です……体…暖まりますよ…どうぞ……」
「「「「あ、ありがとうございます」」」」

包帯姿のメイドさんこと鋼加忍さんにより寒い季節には嬉しい、いい感じに温まった紅茶が4人の前に並べられた。
紅茶をサービスしてくれた、見た目なら10代でも通用しそうな『恵みの大地』の店長・大地芽功美さんは他の客の応対に追われているようだ。
実年齢は……世の中には知らないほうがいいこともあるのです。
他メンバーの話が一段落した所で、両手を叩いて周囲を注目させつつ金束は先ほどから話がそれかけていた案を皆に告げる。

「さて、話を戻しますか!今度のバレンタインは友チョコ交換しよう!」
「「「おー!!」」」
「あと希雨!食べきれないから、アタシの等身大チョコは絶対やめろ!いいな!」
「む~。晴ちゃんが言うならわかった~」
「あー、さっきからずっと力説しまくってたら喉乾いたわ」
「………あっ、そんなに慌てたら………」

そう言いながら金束は紅茶をいつものように、ミネラルウォーターか何かのごとくゴクゴクと飲み干した。
鋼加の制止も聞かず、熱い紅茶をそんな飲み方なんかしちゃったら……

「ごっ!がああああああああ!またこのオチかあああああ!!」
「アレ?晴天?あの紅茶にはハズレ仕込んでないハズだけどねぇ」
「う~ん、ただ単に熱かっただけだと思います~。晴ちゃ~ん、私がいるから大丈夫だよ~」
「やっぱり、せいてんはすごいっちゃ!芸人の鑑じゃき!」
「はぁ、どこからツッコんだらいいのやら……です」
「………だから言ったのに………」

慌てて熱々の紅茶を飲んだせいで、もだえ苦しむ金束。
彼女の口を自らの能力『氷結籠手(アイスハンド)』で冷やす銀鈴。
相変らず銅街は目をキラキラさせている。そしてどこからツッコンでいいのか悩む鉄鞘と鋼加であった。
他の常連客や従業員たちの注目も集めてしまったためか、2人の顔は真っ赤に染まっていた。




そして2月14日バレンタイン当日。平日なため時刻は必然的に放課後。
『恵みの大地』店内でもバレンタインなだけに様々な人の様々な思いが交差していた。

バカルテット以外でも友チョコ交換している花盛学園の制服を着た女子学生の集団がいた。
別の席には金束たちと同じ常盤台に通っている『派閥』と呼ばれるグループも見受けられる。
比較的『電撃使い』が多く集う、苧環華憐率いる『苧環派閥』、
宇宙工学を専攻するフィーサ=ティベル率いる『フィーサ派閥』などがその例である。
………何やら「変人捕縛計画」なる物騒なキーワードが聞こえてきているのは気のせいだろう……たぶん。
中には常盤台でも最大派閥である『食蜂派閥』には及ばないが、大規模な派閥である『外幕派閥』の面々とその長である外幕彩花の姿もあった。

「……たまにはこういうのも……悪くないな」
(私そんなに高価なチョコ持ってこなかったのに、みんなすごい高級なチョコばっかりですわ!?私なんかのチョコで本当に喜んでくれますの~!?)
「アレッ?外幕様のチョコ、意外と庶民的ですね」
「フッ、やはり新入りのアナタには少し理解が難しかったようですわね。これは外幕様は庶民の感覚もお忘れにならない高潔な方という表れですわ!」
「そうでしたか!それは失礼しました!私も精進せねばっ!」
「……構わんよ」(いやこの新入りの娘のもってきたチョコ、逆に私が謝りたいくらいに高級な一品なんですけどーー!?)
「さすがは外幕様!庶民の感覚もお忘れにならず、我々に付き合ってくださる器の大きさに感服しますわ!」
「………」(何かまた私に対する誤解が大きくなっちゃったような気がしますわ………)

こちらも友チョコ交換をしているようだ。

向かいの席には、風紀委員の少女と不良っぽい少年という不思議な組み合わせもいた。
黒髪癖毛を後ろで無造作に結んだ胸の大きい風紀委員の少女・焔火緋花が無邪気な笑顔で、
成瀬台の制服を着たリーゼントの少年・荒我拳に手作りチョコを渡していた。
そんな中、荒我は焔火の足元の紙袋に目をやりながら口を開いた。

「………緋花、お前女子なのにけっこうもらってんなー」
「あう……それがお世話になった人とかに配る分で紙袋持ってきたんだけど、いつの間にか貰う側にもなっちゃってて……」
「そうか。男としては軽くヘコむぜェ……」
「ゴメンッ!私がうっかり持って帰り忘れちゃったから」
「でもよ、それはお前の人柄の表れでもあるんじゃねえのか?それは誇ってもいいと思うぜ」
「そ、そうかな?……えへへ、また拳に励まされちゃったね。……えっと、その……ありがと……」
「そりゃこっちの台詞だぜ。チョコ、ありがとな!」

その様子を少し離れた席から見守っている男女4人組。
女子の方は焔火の親友である、赤いフレームの眼鏡が似合う風紀委員・葉原ゆかりと、
腰まである茶髪のちょっと目つきの悪い少女・浮河真白
男子の方は荒我の舎弟という名の親友である、金髪スポーツ刈りの小柄な少年・梯利壱と、
茶髪のドレッドヘアでマスクをつけた少年・武佐紫郎である。

「あちゃー、緋花ちゃんやっちゃいましたね……」
「あのバカ緋花!あれほど紙袋は急いで家において来いって言ったのにィ!」
「だけどアレが話題のきっかけになったから、結果オーライでやんすね。オイラも嬉しいでやんすよ」
「……よかったね兄貴…緋花ちゃん……」
「フン、うまくいかなきゃアイツにキッチン貸してやった私の立場がねえっつーのッ」
「フフッ真白ちゃんったら……。それはそうと私たちからも梯君と武佐君にチョコ持ってきましたよ」
「アンタ達も緋花やゆかりの大事な友達だからね。……私のはゆかりみたいに手は込んでない板チョコだけどさ。胸と同じとか言ったらぶっ飛ばすわよ」
「誰も言ってないし思ってないってば!真白ちゃんったら素直じゃないんだから!」
「おおお!これは思わぬサプライズでやんすよ!やったでやんすね!武佐君!」
「……やったね、梯君!僕らも貰えるとは思わなかったね!……アレ?兄貴も緋花ちゃんもこっち見てない?」
「おーい、ゆかりっちー、真白っちー、梯君に武佐くーん」
「ちょっとおぉ!私たちのこと普通にバレてんじゃないのよッ!!緋花のヤツ、笑顔でこっちに手振ってやがるし!」
「………私はこうなるとは思ってましたけどね。こうなった以上みんなで楽しみましょうか」(緋花ちゃんって『電撃使い』ですしね……)

どうやらバレちゃっていたようだ。葉原に至ってはそれすら予想していたようだ。
隣の席には「チョコラーメン」とかいう非常に不可思議な単語が飛び出している『百来軒』の福百紀長赤堀椿森夜詩門の3人組もいた。
カウンター席ではゴリラ顔の大柄な警備員・緑川強が、隣に座っていた同じく警備員の女性・橙山憐からチョコをもらっていた。

「おっす緑川君。今年収穫0は可愛そうだと思ったから、義理チョコバナナ恵んでやるっしょ」
「おう、ありがとよ。だが俺も今年は0じゃないんだよな」
「ナヌッ!?一体どこからっしょ!?」
「焔火姉妹からのチョコバナナと、差出人不明のスッゲェ~歯ごたえのいいチョコ(※差出人はもしかしなくてもこの人です)」
「ほほう緑川君もモテ期に入ったんだねぇ~。明日は嵐かもしれねえっしょ」
「橙山お前やっぱ何かムカつくな。まあ、こういう冗談言えるのも女性だとお前くらいかもしれんがな」

何だかんだで仲のいい警備員2人であった。

大人数向けの席では、20代半ばくらいの女性から中学生くらいまでの姉妹なのか似た顔の女性7人に囲まれて、
チョコをもらっていたり、雑談したり、殴られかけている祐天寺学院の制服を着た少年・劣飼清士朗がいた。
爆発し……ゲフンゲフン……爆発事故には是非とも気を付けてほしいものだ。

そこと正反対の位置にあるテーブルには、
制服は少年2人を除けばバラバラだが何年も付き合っているかのごとく仲のよさそうな男女5人組がいて、

「………私の気持ちです……」
「勘違いしないでよね馬鹿!義理よ義理っ!」
「一応もらっとくよ。んふっ」
「ううむ、改めて渡されると照れるものだな……」
「2人ともありがと~。でももう少し量があると嬉しかったなぁ~」
「んふっ、味はまあまあだね」
「お前たち、こういうものは気持ちだ気持ちっ!……ってもう食べてるし!」

と話していた。
従業員の鋼加も、紺色の髪の毛のロン毛で細目で優しそうな風貌をしている柵川中学の制服を着た少年・鳥羽帝釈にチョコを渡しており、
それぞれのバレンタインを満喫していた。


そして我らが常盤台バカルテットの面々は……

4人は再びいつものように『恵みの大地』に集い、いつもの4人用の座席に座っていた。
……ハズなのだが、銀鈴がまだ到着していなかった。

「きさめはどうしたんかのう。ルームメイトの私にも、先行っといてとしか言わんかったし……心配ぜよ」
「何やら潰し隊とか名乗る物騒な人たちもいるらしいですしね」
「よし!アタシがひとっ走り行って探してこようか!アタシの能力ならひとっ走りでイケるわ!」

勢いよく立ち上がる金束を鉄鞘が右手で制止しつつ、左手で自らの眉間の眼鏡をクイッと上げる。

「お気持ちはわかりますが、行き違いになる恐れもあります」
「そうだけどさぁ…」

カランコロン


『恵みの大地』の出入り口の扉についている鐘の音が聞こえた。
ちょうど3人が噂をしていた銀鈴希雨がやってきたのだ。

「ゴメンね~、遅くなっちゃった~」
「おお!きさめ!まっちょったぞ!」
「何やら騒ぎもあったと聞いていたので心配でしたが、無事でよかったです」
「いやー、よかったよかった!希雨来るの遅いから体にチョコ塗りたくって来るかと思ってヒヤヒヤしたわよ」
「あはは~晴ちゃんってば相変らず面白いね~。白黒さんじゃあるまいし、そんなことしないよ~」
「ええっ!?あの白黒野郎マジでやってんのか!?」
「御坂さん相手なら、ほぼ確実にやると思うよ~」
「白井さんならやりかねないのが恐いです……いや、やってそうですねあの人……」
「しろくろもなかなかの芸人魂だっちゃ!負けとれんな!せいてん!」
「張り合いたくもねえ!ったく……あの白黒野郎、風紀委員なのにいつか『務所にぶちこまれる』ぞ」

―――――――――――――――

別の某所にて。

「ヘックション!」
「どうしたの?風邪?」
「別に…」
「風邪なんかひいたら大変だよ!ホラ、私のマフラー使って!」
「………すまねえ……」

―――――――――――――――

「!?…今どっかの風紀委員のエースが噂されたクシャミしたような気がするっちゃ!」
「何じゃそりゃ?全身チョコなんて白黒野郎くらいしかしないでしょ!?」
「何となくですが、違うキーワードが引っかかった気がするです」
「せっちゃんの『精密処理(プロセススキップ)』ってときどき変な予知拾うよね~」
「厳密に言えばせっちゃんの能力は予知能力ではないんですがね。何ででしょうか」
「あたしゃ、そげんこつ言われてもいっちょん分からん」
「だよねぇ~」
「そんじゃー、そろそろチョコ交換始めるったい!楽しみでごわすよ!」
「ごわす!?……そ、そうね世津の言う通りだわ。それじゃーせーの、で出すわよっ!」(相変らず世津の方言はカオスだわね……)
「「「「せーのっ!」」」」

名門常盤台のお嬢様らしからぬ妙に気合が入った掛け声(特に金束)とともに、
4人は己が友人のために作ってきた友チョコを机に並べた。

鉄鞘は学園都市製の水筒からカップに注がれた香りのいいホットチョコ。
銅街はどこで覚えたのかは不明だがドライフルーツ入りのチョコケーキ。
銀鈴は自らの能力を駆使して作った常盤台バカルテットに似せたフィギュア型のチョコ。
そして金束は……時間がなくて合流直前にコンビニで買ってきた板チョコである。
コンビニの支払い済みのシールまでしっかり貼られたままだ。
全員がそれぞれのチョコを出した後、他のメンバーが言葉を発する前に金束は机をバンと叩き立ち上がった。

「あーもう!どーせアタシは友チョコでも負け犬ですよーーーだ!ドチクショウがあああ!!」

女子がやってはいけない表情とともに、大声で叫ぶ今の金束にはお嬢様らしさなどカケラも存在しなかった。
そのままの勢いでイジけて店の外に飛び出そうとする金束を止めたのは意外な人物だった。

「晴ちゃん!」

普段はのんびりした口調で話す銀鈴が暴走する金束を制止するように叫ぶ。
いつもは微笑んでいるように細い目も見開いていた。その普段とは違う幼馴染の様子に金束も思わず足を止めた。

「希雨!?」
「私は晴ちゃんのチョコ、すごく嬉しいよ。飾らない所や本当は情に厚い娘だってことが出てるわ。それはせっちゃんも月ちゃんも同じだと思う。
それにコレさっき板チョコに挟んでたでしょ?」

銀鈴は金束が出してきた板チョコの包装紙に挟まっていた、さっき破いたばかりと思われる小さなノートの切れ端を持っていた。
その横で銅街と鉄鞘も無言で頷いていた。

「ゲッ、何故それをっ!?」
「どうせみんなに渡すんですから、いつ見るかだけの違いだと思うです」
「切れ端になんか書いてるっちゃ!」

金束が挟んだ切れ端には殴り書きでちょっと読みにくいが、このようなことが書いてあった。

『月代へ、いつもアタシの勉強や課題てつだってくれてありがとう』
『世津へ、お前といると本当に退屈しなくて楽しい』
『希雨へ、これからも親友でいてくれるとうれしい』

単純だがそれ故に金束らしいとも、不器用ながらも心がこもっているとも言えるメッセージだった。

「ありがとう晴ちゃん!私、嬉しいよ」
「やはり心が大事ということですかね」
「確かにそうだけどさぁー、何かさぁ、改めると恥ずかしいというか何というか……ゴニョゴニョニョ」
「むむっ?せいてんの語尾がポ○モンみたいじゃぜ!」
「せっちゃ~ん、世の中にはわかっていてもあんまり言わないほうがいいこともあるんだよォ~。とあるトラウマ進化みたいにねェ~」
「というか何でみんなそんなに、とある携帯怪獣に詳しいんですか……」
「常盤台にはレベル5のピ○チュウ様がおるからかもしれないっちゃ!!」
「それは関係ないと思うです」
「懐かしいわね……私も……学生時代は……ポ○モンマスターと……言われていたわ」
「「「「忍さん!いつの間に!」」」」
「何か……毎回言われてる気がするわ……」
「みんな凝ってるわね~。持ち込みもいいけど、ウチの自慢のメニューも注文しなさいよ!バレンタインフェアもやってるしさ!」

バカルテット達の会話に『恵みの大地』の従業員である鋼加と冬蔦直も加わってきた。

「冬蔦さん……目がお金マークになってるです……」
「さりげなく一番高いメニュー、チラつかせてやがるしね」
「直さんも食べます~?せっちゃんのケーキけっこうありますし~」
「いただきます!!私ってばタダなモノに弱いのよねぇ~!」
「……喫茶店で……お客に逆に……食べ物貰う……なんてね」
「……えっと、忍さんダジャレのつもりだった?アタシにはわからなかったけどさ…」
「……うん。……今のは『お客』と『逆』を……響きでかけたもので」
「いや解説しなくていいです。むしろ解説しねえでくださいです」
「そうだ!希雨の見てみよう!そうしよう!コレよくできてるわねー」

鋼加のダジャレと言えるのかどうか、よくわからない解説で再び場がカオスになりそうなのを
鉄鞘はツッコミで、金束は別の話題で止めようとする。
金束の言葉を受けて、みんなの注目が銀鈴のフィギュア型チョコに集まる。

「どうぞ~。ディテールにちょっと手間取って遅くなっちゃったけど~、自信作だよ~」
「す、すごいですね」
「食べるのがもったいないっちゃ!」
「能力を駆使して作ったな。スゴいな希雨!」
「えへへ~ありがと~、苦労したかいがあったよ~」

銀鈴が作ってきたチョコは常盤台バカルテットの4人組にそっくりで、
4人が仲良く連れ立って歩いている様子をフィギュアチョコにしたものだった。
苦労して少し遅刻までしてしまっただけあって、銀鈴の言うとおり細かい部分までよくできていた。
そう、細かい部分まで。

「特に晴ちゃんは自信作なんだ~。晴ちゃんなら頭の先から足先や爪の長さや~、髪の毛の一本一本に~、最近変化したスリーサイ……」
「コラッ!希雨テメェ!!アタシと部屋違うのにどうやって調べやがった!この野郎!」
「いっ、いふぁいよ(痛いよ)~~ふぇいふぁ~~ん(晴ちゃ~ん)」
「おおーきさめのほっぺ、けっこう伸びるのぅ!」

再び金束の顔が女の子がやってはいけない表情に変わる。
その両手で無駄に細かい、いや細か過ぎるチョコフィギュアを作った幼馴染のほっぺを縦横斜めに引っ張りながら。
そしてそれを鉄鞘がなだめる。

「まあまあ晴天さんも抑えてください!希雨さんも心を込めて作ったんですから!」
「………そうね。アンタとはガキの頃からの付き合いだし、これくらいで勘弁してやるわ」
「いたた~、相変らず晴ちゃんは激しいね~」
「まだ言うかこの野郎!そして頬を赤らめるな!!」
「ある意味いつもの光景だっちゃ。うむ、やはり平和な日常が一番でござるな!」
「一番最後をシメにくいであろう、せっちゃんがスッゲェ強引にシメやがりましたーーー!!」

そんな常盤台バカルテットに再び鋼加と冬蔦が声をかける。

「……そろそろ……漫才は……いいかしら……」
「芽功美さんからの、お客さん全員へのサービスのジュース持ってきたのよ。ホラ、アンタ達も持って。乾杯するわよ」

周囲を見渡すと、店の客全員がサービスで配られたジュースを持って乾杯の準備をしていた。
そして先ほどのバカルテット漫才も他の客ほぼ全員に見られていた。
金束は顔を赤く染めて乾いた苦笑いをするしかなかった。
一方、鋼加と冬蔦は店長の大地芽功美や『定温保存(サーマルハンド)』を利用した宅配から戻ってきた石墨雫が待つ
カウンターに戻っていった。もちろん彼女たちの手にもジュースの入ったコップが握られていた。

「みんなにジュース配り終えたかい?」
「……バッチリです……」
「今皆さんに配ったジュースはサービスだよ!それじゃーみんな、乾杯!」
「乾杯!!」

特に派手なバトルも壮大なオチもないのだが、『恵みの大地』でのバレンタインデーはこんな感じだ。
常盤台バカルテットもいろいろありまくったが、一応充実したバレンタインを送ることができた。

しかし、彼女たちが男性にそのチョコを渡すのはいつの日になることやら………
それはまた別のお話。

END

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最終更新:2013年02月22日 07:46