深夜から明朝に差し掛かる時間帯こそが、彼等のような存在にとっては最も活動のしやすい時期なのかもしれない。
窓さえ存在しない部屋に男女が集っているここは、第2学区に存在する警備員の訓練場に存在する地下室の一角。
そう・・・暗部で発生した事件を迅速に揉み消すことを主目的にしている幻の警備員集団・・・『Chase Of Unknown』。略して『COU』。
学生間では学園都市における都市伝説として語られるこの部署は・・・学園都市の『闇』の衣を纏いながら実在していた。

「ふぅ・・・。これで、【『ブラックウィザード』の叛乱】もようやく収拾が着けられそうかな」

灰色のスーツにカラフルな蝶ネクタイを身に着ける中年男が、目の前の机に広げている人生ゲームの駒(招き猫型)を弄りながらボソボソと喋る。
彼の名は尾振仔猫。くたびれた小太り体型からは想像も付かないかもしれないが、こう見えても『COU』の隊長を務める程の男である。

「(モグモグ)・・・とりあえず、これで暗部からの依頼も果たせましたね。・・・(モグモグ)」

フリフリのレースの付いたベージュ色ワンピースの上から赤色の革ジャンという奇想天外な私服の女性が、棒付きキャンディを咥えながら抑揚の無い発言をする。
彼女の名は葛木実鼬。良い意味でも悪い意味でも『マニュアル通りに動く人間』であり、そのマニュアル振りは彼女の異様な甘党振りにも遺憾無く発揮されている。

「今回の情報操作には“唯の1人も”死者が出ていないですからね。俺達の仕事じゃ、結構軽い方かな・・・」

黒髪ソフトモヒカンに死んだような目をしている男性が、部署では先輩に当たる葛木の言葉に相槌を打ちながら自身の意見を述べる。
彼の名は束鳶日詰。部署内では新人の部類に入る彼を一言で表すならば『(『COU』基準では)無個性平凡男』であり、個性豊かな同僚に負けじと仕事の傍らで色んなジャンルに挑戦する日々を送っている。

「私のような眼帯を掛けてたんだって、その東雲って奴ぁ?キャラ被りもいいトコだ。あぁ、私も参加したかったなぁ。そうすりゃ、この手で射殺(や)れたのに」

ボサボサに乱れた腰辺りまで伸びる茶髪に黒の眼帯が特徴的な女性が、咥える煙草から紫煙を燻らせながら過激発言を吐く。
彼女の名は狼森遊。『COU』きっての狂人で、『正当に人が撃てるから』というトンデモ理由で警備員になった程のトリガーハッピーである。

「狼森さんが出張るような事件ではありません。私達『COU』の主目的は暗部で発生した事件を迅速に揉み消すこと。
そして、今回の件は全体を揉み消すことなど到底不可能なケースです。貴方が担当する『最速で抹殺』事案には該当しませんよ」

リクルートスーツを着た七三分け男が、隊長から貰ったルービックキューブを弄びながら乾いた笑顔のままに同僚へ否定意見を述べる。
彼の名は虻川杭蠅。『COU』では主に交渉を担当し、『平和的解決』という名の『脅迫』を交渉相手へ呑ませることを旨とする不気味な男である。

「まぁ、今回以上の大事になる前に『ブラックウィザード』を討伐することができたのは、我々『COU』にとっても朗報であることには違いない」

ぐるぐる眼鏡に皺だらけのスーツを纏う男性が、眼前にあるパソコンの画面に映っている様々な画像と睨めっこしながら小声で呟く。
彼の名は蟻皐梟輔。『COU』では主に情報収集や改竄を担当する彼だが、普段はバンダナ等オタクファッションを平然と身に着けているために他メンバーからは失笑を買っている。

「そういや、まだ挨拶してなかっタ!!オハヨっス!!!隊長!!何時見ても、その蝶ネクタイが恐ろしいくらいに似合っていませんネ!!ダハハハハハ!!」

タンクトップに短パンを組み合わせた2m近い金髪青眼男が、ここに来て数十分経った今になってようやく隊長へ朝の挨拶をしていなかったことに気付き、話の流れなど完全無視且つ鼓膜が痛くなるくらいの大声で頭を下げる。
彼の名はマイケル=ヘブンリー。隊長である尾振が拾って来た警備員で、何事にも全力で取り組む好青年風ではあるのだが如何せん無頓着なために要所要所で余計なことをするために尾振からよく説教を受けている。

「・・・マイケル。挨拶どうこうの前に聞きたいことがあるんだ」
「WHY!?何ですか、隊長!!?」

『COU』のメンバーは現状尾振、葛木、束鳶、狼森、虻川、蟻皐、マイケルの7名である。情報漏洩を防ぐために部署で働いている人間の数及び詳細は一切公表されておらず、
正規の警備員すら部署の存在を知る者は少ない・・・そんな秘密組織の長である尾振は、自身が拾ったマイケルの“行い”について溜息を吐きながら指摘する。

「どうして、お前は会議中に焼き芋を頬張っているの?」
「(ブッ!!)・・・あっ、屁が出タ。ダハハハハハ!!!隊長も1つどうでス!!?うまいっすヨ!!」
「・・・・・・」

とても大事な会議の最中に袋に入っているほっかほかの焼き芋を皮ごと食べているマイケルの“行い”に、尾振は頭痛を発する脳を抱える他無い。
しかも、隊長への返答に放屁を伴うなど常識を逸脱しているとしか思えない。この男が普通の警備員を勤めることができなかった意味を今日も実感せざるを得ない尾振であった。

「ありゃ、反応が薄いなァ。他の皆はどうっすカ!!?甘くて最高っすヨ!!」
「甘い?・・・それじゃ、お言葉に甘えて・・・(パクッ)・・・あ、ああ、甘~い♪よしっ、ここにチョコレートを乗っけて・・・」
「ウ、ウェッ・・・焼き芋にチョコレートなんて・・・想像しただけで吐き気が」

マイケルの『甘い』発言に超絶甘党の葛木が反応・彼が差し出した焼き芋の甘さを気に入った彼女は常に持ち歩いているサイドバックからチョコレートを取り出し、
湯気が立っている焼き芋の上へ乗っけながら食し続ける。その様を見て部署内一番の常識人(自称)である束鳶は吐き気を催さざるを得ない。

「おぅ、そんじゃ私も頂こうか!・・・(パクッ)・・・うん、美味ぇ!!マイケルの差し入れは、何時も美味ぇモンばかりだな!!
さすがは、大食い大会常連なだけのことはあるってか?ククククク!!!よぉ、虻川!蟻皐!お前等もどうだ!?」
「折角の差し入れ(?)ですが、私は遠慮しておきます」
「君達には、もう少し世間一般的な常識を身に着けることをオススメしよう。隊長も、君達の言動に呆れ果てて言葉を失っているが?」

マイケルの持つ袋から勢い良く焼き芋を数個取り出した狼森は、舌に広がる甘味を堪能しながら同僚2人へ声を掛けるが当の虻川と蟻皐に断られてしまう。
この場合、虻川と蟻皐の反応が至極当然であることは間違い無い。重要な案件を議論する会議に焼き芋を持ち込む時点で色々とおかしいのだ。

「・・・・・・マイケル」
「おッ!隊長もようやく食べてみたくなったすカ!?」
「・・・1億歩譲って、僕達のために差し入れを持って来たとしよう。だけど、このクソ暑い今の時期にどうして焼き芋なの?」
「そりゃ、暑い時こそ熱いモンを食うのが体にいいからっすヨ!!こんなこと、世間では常識っすヨ!!」
「・・・・・・・・・お前に常識を語られるとは、さすがの僕も予想外だよ」

このバカに常識を諭されるとは、全くもって予想していなかった尾振は頭痛が酷くなるのを実感する。
マイケルはどんよりしている『COU』の中では砂漠のオアシス的な存在で、彼の性格や姿勢に葛木や束鳶は好感を持っている程だ。
あの狂人狼森ともまともに付き合える一方で、そのバカさ加減等で虻川と蟻皐からは嫌われているマイケルをここへ連れて来た己の判断は果たして正しかったのか、
現在進行中で考えている尾振はとにもかくにも本題へ戻るべくマイケルの差し入れを手で制しながら口を開く。

「とりあえず、目下の議論は今回の件で大きな役割を果たした『シンボル』について先程の『軍隊蟻』No.3樫閑恋嬢との交渉も含めて『COU』なりの方針を確定すること。
だから、さっさと本題へ戻るよ。僕は余り金にならない今回の議論をさっさと終わらせたいんだ」

【『ブラックウィザード』の叛乱】に深く関わった非公式グループ・・・『シンボル』への『COU』としての対処方針を定める。
守銭奴である尾振自身余り気が乗らない(=金にならない)今回の議論の主題は、当人達の想像以上に様々な組織が絡む重要案件となっていたのだ。






「皆まで言わずとも、手持ちの資料で『シンボル』が【『ブラックウィザード』の叛乱】で負った役割の大きさは理解できると思う。
僕のような臆病な人間からしたら、とてもじゃ無いが真似できない“目立つ行動”だったわけだけども・・・」
「なぁ、蟻皐!?お前は排除すべきって意見なんだったか!?」
「そうだ、狼森。俺は、今回の『シンボル』の動きから連中を即刻排除するべき存在だと考える。どんな小さな危険因子でも排除するべきだ。全ては『COU』のために」
「確かに、蟻皐さんの懸念はごもっともです。『闇』と深く関わっていると目される件の殺人鬼と激闘を繰り広げた界刺得世を筆頭に、
花盛支部の閨秀美魁抵部莢奈と共闘した末に『六枚羽』を撃墜した不動真刺仮屋冥滋等強大な実力を持つ能力者が幾人も存在する非公式グループの存在は中々に厄介です。
まぁ、『COU』内で交渉を担当する私としては戦闘力よりも“3条件”を呑ませた策略振りの方がよっぽど脅威と思いますが」
「別に、強大な能力者が揃う非公式グループは『シンボル』だけじゃ無い。とは言え、救済委員事件や【『ブラックウィザード』の叛乱】で示した結果はやっぱり大きいよね。でも・・・」
「今の所『シンボル』が『闇』や俺達『COU』の存在に気付いている確たる証拠は無い。俺としては、現段階で排除の方向へ踏み込むことには戸惑いを覚えますが・・・」
「(ゲフッ!!)・・・あぁ、食った食っタ。今は次の大食い大会に備えて冷たいモノを摂らないことに集中しないト」

手持ちの資料と眼前のパソコンに映る情報から、『シンボル』への対処方針を議論する『COU』の面々達。
1名だけ議論から外れている気もするが、一々指摘するのも面倒になった尾振を中心に各々の意見が述べられていく。
概ねの意見としては排除の方針を示す蟻皐と虻川、観察段階で留める方針を示す葛木や束鳶と言った所か。
人数的には2対2。今頃になってようやく真剣に資料へ目を通しているバカは放って置くとして、自分以外で唯一意見を述べていない眼帯女へ尾振は言葉を向ける。

「狼森。お前はどう思うの?」
「私?そりゃ、普通は銃の引き鉄を引ける機会が増えるとなりゃ排除の方針に大賛成・・・なんだがな」
「何か気に掛かることでも?」
「別に私が気に掛けることじゃ無いんだけどな。隊長殿。もし、『シンボル』へ『今』手を出したら今回の案件を担当した『テキスト』っていう暗部が黙ってないんじゃねぇの?」
「・・・・・・フム」

狼森にしては珍しくまともな意見に尾振は頷きでもって己の意を示す。ちなみに、狼森にとっては別に『今』排除の行動へ出ることに特に拒否感は抱いていない。
だが、彼女の流儀として自身が関わる案件に『つまらない』や『面倒』を持ち込むことを嫌う。
『壁や地面に付いた銃痕を消すのが面倒だから』という理由で通常は二丁拳銃を用いるが、後始末のことを考える必要が無い場合は喜んで短機関銃を用いる。
『二丁拳銃はつまらないから』・・・そんな理由で。彼女は自身の欲望を最大限に発揮できる環境を望む傾向が強い。
部署内で目撃者が強者であったり、一秒でも早く消さなければならなかったりする事件を担当するのもそんな傾向の現れである。
そして、今回の場合は通常以上の『つまらない』や『面倒』が顕現する可能性がある。故に、狼森は警鐘を鳴らしているのだ。

「蟻皐。パソコンに保存した『テキスト』のリーダーと思われる人間の見解をもう一度述べてくれ」
「・・・『今回「テキスト」は「シンボル」を「観察対象」に留めることを決めた。これは、今回の案件を担当した暗部組織の最終結論だ。その意味をよぉく考えておくことを薦める』」
「これって、深く考えなくても『脅迫』だよね。虻川君お得意の丁寧口調に潜む脅しみたいな」
「私は相手の意見を最大限尊重していますよ?それに引き換え、『テキスト』のリーダーは私達の意見を全く無視しています。
葛木さん。あの人間と私が同類であると思われるのは心底心外です」
「(いや、虻川君は虻川君で結構相手の意見を無視しまくってると思うなぁ)」
「もしかして、『テキスト』は『シンボル』を暗部へ堕とすつもりなんじゃ・・・いや。それなら俺達の情報改竄能力をまず活かすべきだよな・・・」
「束鳶の言う通りだ。特に、情報改竄は俺の十八番だ。なのに、こんな『脅迫』染みた見解を・・・!!これでは、他の暗部へ依頼することもできない。
最終結論を否定したと捉えられた挙句暗部同士の抗争を招いてしまっては、『COU』の存続が危ぶまれる事態へ発展する可能性がある」

情報改竄を十八番とする蟻皐は、『テキスト』のリーダーが押し付けて来た見解に歯噛みする気持ちを抑えられない。
あの見解は、ようは『俺達の最終結論を否定するような行動を取ったらどうなるかわかってるよな?』という『脅迫』が根底にある。
『COU』でさえ詳細を全く教えられていない殺人鬼の死亡偽装等色々な手を打った自分達を無下にするかのような傲慢さに腹が立つが、事を荒立てるわけにもいかない。
『COU』は、言わば舞台裏でヒソヒソと動くことを主とする組織である。目立って良いことなどまず無いのだ。

「虻川。ついでに、『軍隊蟻』の樫閑恋嬢の交渉についても振り返っておこう。実際に彼女と通信で交渉したお前の口から今一度」
「わかりました。ゴホン!樫閑恋嬢の申し出は『「ブラックウィザード」壊滅に伴うスキルアウト等の混乱を抑制する』及び『「シンボル」の監視をする』の2点。
『軍隊蟻』は『シンボル』のリーダー界刺得世が通う成瀬台高校が存在する第5学区をナワバリとしています。
彼女達としてもナワバリ内で『シンボル』を切欠とする混乱は望んではいないのでしょう。真偽の程は不明ではありますが、
樫閑恋嬢と界刺得世が過去に接触を持ったことがあるという未確認情報もあります。まぁ、真偽がどうあれ以前私との交渉で『ブラックウィザード』の情報引渡しを拒否した手前、
今回彼女達が私達へ進んで協力する意図は色々あるのでしょう。警備員視点でも、『ブラックウィザード』壊滅に伴う混乱を収拾し切れるかと問われれば困難と言わざるを得ません。
しかしまぁ、長点上機の肝いりの存在はネックですねぇ。見えない圧力のようなモノを感じますよ」
「とは言え、『闇』との繋がりが深い長点上機が『軍隊蟻』での樫閑の行動を黙認していることが単なる指揮能力向上のためだけとは思えないな。
いざという時は樫閑を暗部へ堕とすことも可能性の1つとして捉えながら今は様子見の段階と言った所かな」
「そうでしょうね。『軍隊蟻』共々利用し尽し、様々な情報を取得した後に切り捨てる・切り捨てない双方の選択肢を確保しておく。いやはや、さすがは長点上機です」

尾振と虻川は、『闇』に属するor関わるor関わっていた学生を秘かに抱える『5本指』筆頭の長点上機の手腕を評価する。
徹底的な能力至上主義を掲げるが故に排他的な性質を有するこの学園は、『闇』に限らず“その手”の学生を抱える環境としては理想的とも言える。

「まぁ、樫閑が気付いていないとも思えないけどね。・・・『仰羽智暁の「ブラックウィザード」入り』と『彼女の失踪』に対する反応は?」
「・・・フッ。フフッ。隊長の予想通りでしたし私の予想通りでした。あの時の彼女の凍り付いた表情は、今もキッチリ保存していますよ」

そんな学生の1人である樫閑を揺さ振る策として尾振と虻川が持ち出したのは、『ブラックウィザード』のメンバー仰羽智暁の失踪。
彼女が『ブラックウィザード』のメンバーであった事実が彼女達へ与える影響・・・すなわち『軍隊蟻』のNo.2と呼ばれる男との『血筋』が意味するモノ。


『君達・・・という言い方には語弊がありますね。「軍隊蟻」のNo.2仰羽啓靖君の心情を思うと、私も胸が張り裂けそうですよ。
“義を以って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ”を掲げる君達「軍隊蟻」のNo.2の親戚が悪辣非道を行っていた「ブラックウィザード」のメンバーだったんですから。
加えて、彼女は失踪してしまった。逃亡という表現の方が正しいのかもしれない。まぁ、君達の面子を守るためにもここは公開捜査は行わないつもりですよ?』
『・・・・・・わかったわ』


“義を以って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ”を掲げる『軍隊蟻』No.2の血縁が『ブラックウィザード』のメンバーだった意味は相当に大きい。
No.2自身がどう思うかは知らないが、スキルアウトとして一般人からの評価も高い『軍隊蟻』への評価を大きく低下させる大きな要素を得ることができた。
長点上機が『軍隊蟻』での樫閑の行動を黙認しているのも、『軍隊蟻』への一般人の評価が高いというのが大きい。
『シンボル』と同様に『COU』が警戒する『軍隊蟻』を排除する時の手札は1つでも多い方がいい。

「『そんなことが無くても公開捜査なんか最初からするつもりなんて無い』とでも内心では思っていそうだね、樫閑は?」
「えぇ。・・・話を戻しましょう。私と蟻皐は遅かれ早かれ『シンボル』の排除へ動くべきだと考えます。
一方、葛木や束鳶は現段階では観察に留めるべきとの考えです。狼森はどっちつかず。・・・隊長ご自身はどうお考えですか?」
「『シンボル』は警備員視点で監視できない点からは危険だと言わざるを得ない。風紀委員ならば仕事で接触する機会もそれなりにあるが、
ボランティアのような人間相手ではそうはいかない。葛木。束鳶。お前達は、これでも反対を貫くのか?」
「私達は、『今』の情報を基にするなら観察に留めるべきだと考えているだけだよ。できるだけ穏便なやり方で終われるならそれに越したことは無いし」
「『テキスト』がどう動くかも不明な現状では早急な排除が勇み足になりかねないですし、俺の素直な想いとしては観察が望ましいと思います」
「・・・・・・」

虻川・蟻皐・葛木・束鳶は、各々が持つ揺るがぬ意見を隊長へ示す。最後に決断するのは『COU』隊長尾振仔猫。
隊長である彼の決断は絶対である。“表”の治安組織とも『闇』の治安組織とも今まで渡り合って来られたのは、彼の決断が功を奏し続けているからである。
異常な程に慎重な性格で、リスクの高い賭けは絶対にしない彼だからこそその場その場におけるリスク判定を入念に行うことができる。
時にはそれが仇となることもあるが、彼の判断で自分達が決定的に危うくなったことは今まで一度も無い。唯の一度も。

「・・・・・・実は、懸念事項の1つであった“3条件”がこの度撤回されたの。178支部の固地債鬼の悪手を記録した媒体も全部返却されるという形で」
「「「「えっ????」」」」
「今メールが来たの。上層部は殺人鬼や網枷双真の件等を揉み消すための口実として、“3条件”撤回等を用いるそうなの。
『“3条件”等が存在し続けている状態で「シンボル」達の行動に目を瞑ることが揉み消しの口実にはならない』という意見を封殺するために」
「「「「・・・!!!」」」」

メンバーから確かな信頼を託されている尾振は、先程届いたメール内容を明かしながら自身の意見を述べ始める。
彼は、メール内容を読み進めながら上層部の意図を全て理解した。事前にある程度は予想していたが、上層部としては殺人鬼や網枷双真の件等をそのまま公開したく無かった。
故に、現場で死線を潜った風紀委員会を黙らすために『「シンボル」他「協力者」達の“全て”の行いを非公式にするから目を瞑れ』という“交換条件”を提示することを決めた。
更に、【『ブラックウィザード』の叛乱】で失態を犯した彼等彼女等の反論を確実に封じ込める手段として『“3条件”撤回』及び『固地債鬼の悪手を記録した媒体全返却』も利用した。
界刺得世にどういう思惑があったのかまでは知らない。もしかすれば、ここまで読んだ上での行動だったかもしれない。
もしそうなら、自分好みの慎重さである。“3条件”を用いれば無理矢理にでも突破できたかもしれない状況下であえて撤回した“勇気ある”慎重さ。
慎重とは、決して臆病から来るモノだけでは無い。臆病にばかり『頼っていれば』、いずれ肝心な時に失敗する。
そもそもが臆病である尾振だからこそ理解している。臆病な人間が『COU』の隊長をずっと務めていられる大きな理由である『慎重』に込められたモノは実に大きいのだ。

「界刺得世は、ある意味では『“3条件”撤回』等を表明することで風紀委員会内で起きたかもしれない『感情論の泥沼』を防いだとも言える。
もちろん、自分達のためなんだろうし風紀委員会にとっては幸だったか不幸だったかはわからないけど・・・結構僕好みの性格だね。
『シンボル』もその活動を休止するようだし、今回の“目立つ行動”は彼にとってもやはり想定外だったのだろうね。ハァ・・・この慎重さのほんの少しでもマイケルにあれば・・・ねぇ」
「フムフム。成程成程。・・・・・・隊長!!」
「・・・・・・今度は何なの?」

界刺得世の慎重振りに目を細める尾振へ、今までずっと資料を読み込むことに集中していたマイケルが挙手しながら声を掛ける。
慎重さの欠片も無い彼の自信満々な表情の源泉は何処にあるのか、本当にわからない隊長がうんざりした表情を向けながら返答を待つ。

「ようは、界刺クンを観察すればいいんすよネ!?葛木サンや束鳶サンの意見なラ!!」
「最初から2人はそう言ってるじゃないか。お前は本当に人の話を・・・」
「私、界刺クンとは顔見知りっすからこんなの簡単っすヨ!!ダハハハハハ!!!」
「そうかそうか、お前と界刺得世は顔見知り・・・・・・はっ?」
「他にも不動クンや仮屋クンともっス!!特に、仮屋クンには次の大食い大会で必ず勝つために彼が大食い記録を立てた店を片っ端から当たってるっスから、
顔を合わせることも多いっス!!でも、最近は“闘食の王者”が仮屋クンのレコード記録を次々に塗り替えてるんだよなァ。私も負けてられ・・・」
「マイケル・・・・・・」
「クククククク!!!こりゃ“灯台もと暗し”ってヤツか!!?こんな近くに観察を容易に行える人材が居やがったとはなぁ。ククククク!!」
「(『また、「シンボル」を活動休止にした界刺得世は警備員予備役である緑川強主催の「筋肉探求」へ参加することとなった模様。理由は不明』・・・か。
確か、マイケルは緑川主催の『筋肉探求』の常連。マイケルの正体を知っての行動か?いや・・・それならもっと前から『筋肉探求』に潜り込んでいてもおかしくない。
わざわざ『怪しまれる可能性の高い』このタイミングで『筋肉探求』へ参加するのは、慎重な奴らしく無い行動だ。・・・・・・そうか。
これは、警備員の庇護下に入る体を装うことでスキルアウト等や能力者狩りのような連中からの攻撃を防ぐためだな。界刺得世は左腕に重傷を抱えていると聞くし。
今回の件で『シンボル』に注目しているのは『COU』だけじゃ無いからな。まぁ、それでも警戒だけはきっちりしておこう)」

知り合い発言をこのタイミングでカミングアウトしたマイケルに狼森は笑いを抑えることができない。
もっと早い段階でマイケルがカミングアウトしておけば、こんなに議論が長引くことも無かっただろう。“灯台もと暗し”とはまさにこのことである。
他方、隊長尾振は届いたメールの最後の方にあった文面と今までの情報を統合して、熟慮した後に『COU』としての総意を述べる。

「マイケル。一応確認しておくけど、界刺得世達と『筋肉探求』で会ったことは無いの?」
「無いっすヨ!!界刺クン達に『筋肉探求』のことを話したことすら無いっス!!」
「そうか・・・。マイケル。お前に指示を与える。界刺得世達を観察しろ。別に四六時中じゃ無い。大食いの時でも『筋肉探求』の時でもいい。
極自然に連中の動向を探れ。何か怪しい言動があればすぐに僕へ報告しろ。いいな?」
「了解っス!!ようは、何時も通りに自然体で接しろってことですネ!!?」
「・・・・・・・・・あぁ。お前の場合はそれが一番だろな。・・・これが現状における『COU』としての総意かな。
『軍隊蟻』との交渉や『テキスト』が下した最終結論がある手前、【『ブラックウィザード』の叛乱】の直後である今、【叛乱】を理由にした勇み足は慎むべきだと思うの。
無論、連中が『COU』にとって見過ごせない動きを活発化させればこの限りじゃ無いけど。いいね、皆?」
「「「「「「了解」」」」」」
「(『シンボル』そのものも活動休止に追い込まれたし、個人レベルならともかくグループ全体での派手な動きは避けるかな?
まぁ、“裏”の連中がこのまま黙っているとも思えない。少なからず連中へアクションを起こすことを考える輩が出て来るのは避けられない。
僕達としてはそいつ等の手で叩き潰される展開がすごくおいしいけど・・・そう上手く事が運ぶとも思えない。とにもかくにも今は様子見か)」

尾振の下した決定にメンバー全員が了承の意を表す。各々が胸の内で納得しているかしていないかは別として、ここで異を唱えても仕方無いことくらいは理解している。
この決定は流動的な代物だ。つまりは、幾らでも変動する可能性の有する暫定措置でしか無い。
こうして自分達に害が及ばない範囲を見極めた『変化する決定』を了承し、幻の警備員集団・・・『Chase Of Unknown』は会議を終え部屋を後にした。






『COU』が解散して少し経った頃・・・すなわち新しい1日の始まりを告げる太陽が姿を現す頃、ある廃ビルの3階にて散乱している鉄製の箱の上に座っている男が陽気な声で隣に居る男へ話し掛ける。

「『ブラックウィザード』も潰されてもうたし、これから俺等の出番がぎょーさん増えそうやな・・・毒島ちゃん?」

傷んだ金髪の長髪を後ろで結わいている彼の顔には某有名スプラッター映画に出てくる大男の付けているマスクが着用されており、その素顔は全くわからない。
彼の名は家政夫(ヘルプマン)。関西弁を操りながら刃物を研いでいる彼を一言で表すのならば『金の亡者』である。

「調子に乗んな。『ブラックウィザード』が潰れて他の中小スキルアウトの動きが活発化しても、俺達のやることは変わらねぇ。
『霞の盗賊』は『暴食部隊<マンイーター>』みたいな雑食じゃ無いんだ。手当たり次第に食い漁ってりゃ何時かやられるぜ?」

家政夫に話し掛けられた少年・・・サングラス、帽子、フード、バンダナ、全てを黒一色に統一している彼もまた着衣によって顔の下半分を隠しているため素顔がよく掴めない。
彼の名は毒島拳。ある事情から家政夫と共にスキルアウト討伐を専門とする闇サイト『霞の盗賊<フォグシーフ>』の立ち上げた“裏”の住人である。

「せやけど、毒島ちゃんだって商売上がったりになるよりかは何倍もいいやろ?愛しいお姉ちゃんのためにその身を血塗られた世界へ投じても・・・(パンッ!パンッ!)・・・痛い!!痛い!!」
「わかってるとは思うが、姉さんに手ぇ出したら・・・」
「わかっとるって。こう見えてもこの家政夫さんは“線引き”をきっちり引いて仕事に臨むタイプや。まぁ、安心しぃや」
「(全く安心なんかできねぇけどな。さすがに、姉さんのことを何時までも隠し通せるわけは無いとは思ってたが・・・金が全てのこの男ならまだ何とかなるか)」

家政夫の不用意な―狙っての―発言への仕置きとして、ポケットから引き抜いた拳銃から銃弾を数発彼の体へぶち込む毒島。
本来であれば重傷は避けられないのだが、肉体を再生する―厳密には再生では無いが―家政夫にとってはこの程度問題は無い。

「しかしまぁ、最近のスキルアウトは能力者が混じり始めとるなぁ。これも『ブラックウィザード』とかの影響か。・・・あぁ、そうや。
毒島ちゃん。【『ブラックウィザード』の叛乱】で話題になった『シンボル』のことはもう耳に入れてるんか?」
「・・・あぁ。言っとくが、連中を相手取るつもりは無ぇぞ?」
「まだ何も言ってないやん。毒島ちゃんは気ぃ短過ぎや。えぇとな・・・噂やと『調子に乗った「シンボル」のリーダーが「ブラックウィザード」と風紀委員会の戦闘に首を突っ込んで、
逆に返り討ちを喰らって風紀委員会のお世話になったそうだ』らしいで。それに、今回の件を受けて『シンボル』は活動を休止するみたいやね」
「へぇ・・・」
「せやから、これからは悪目立ちした『シンボル』を他のスキルアウトが潰しに掛かるかもしれんのや。つまり・・・」
「餌として『シンボル』を利用し、群がってくるスキルアウトを俺達『霞の盗賊』が秘密裏に討伐するって流れか。・・・悪くないな」

家政夫の提案に毒島は一定の評価を与える。毒島も【『ブラックウィザード』の叛乱】に介入した『シンボル』の噂は耳に入れている。
『ブラックウィザード』が潰れた今、活発化したスキルアウトが連中を狙う可能性は大いに有り得る。そこを『霞の盗賊』が狙う。
餌の周囲を張っていれば獲物の方から近付いてくれるのだ。労力的な意味でも、現在の『シンボル』の利用価値は結構高い。

「そうやろ?別に『シンボル』を相手取るわけや無い。俺等は連中に群がってくるハイエナを狩るだけや」
「だが、連中が俺等の存在に気付く恐れはあるだろ?あそこには例の“変人”が居るし」
「フフン♪そん時はそん時や。俺等を害するモンは、俺の金儲けを邪魔する奴や。毒島ちゃんかて、“対能力者用の戦闘方法”を構築してるやん。
自分もわかっとる筈や。“こんなことをしとる俺等は何時か強大な能力者とぶつかる可能性がある”ってことに」
「・・・・・・」
「まぁ、討伐メンバーは結構な能力者が多いし黒崎ちゃんみたいな無償で協力してくれる人間も居る。
俺としてはぎょーさん金積まれたら、相手が無能力者でも高位能力者でも関係あらへんのが本音やけど」
「・・・『シンボル』を餌にするのは構わない。だが、連中は狩りの対象外だ。討伐メンバーにはちゃんと説明しろよ?」
「あぁもう!毒島ちゃんは本当に優しいお人や!抱き締めたい!!そうや、この際本当に抱き締め・・・(パンッ!パンッ!)・・・痛い!!じょ、冗談や冗談!!」

冗談で抱き締めに掛かろうとした家政夫を何時ものように銃弾で黙らせた後に毒島は今後について思考を働かせる。
大型スキルアウトの一角が壊滅したことで、自分達の討伐にも少なからず影響が出て来るのは確定事項だ。
つまり、これまでのようにはいかない。しかも、討伐メンバーはどいつもこいつも一癖二癖ある連中ばかりだ。
【『ブラックウィザード』の叛乱】を受けてメンバーの考えが変化する可能性もある。ならば・・・その可能性を見極める試金石として相応しいのはやはり・・・

「今日の討伐対象はチーム名“吠える闘犬(バーキングブル)の下っ端数人。いつも通りビルに追い込んで潰そう。
詳細については携帯に送ったプランに書いてるからちゃんと目を通しとけよ?今日は参加メンバーも少ねぇんだから」
「こんな朝早くから今夜の狩りのことを・・・さすがは毒・・・(パンッ!パンッ!)・・・痛っ!!何でや!?俺、なんか今悪いことでもした!!?」

『霞の盗賊』の本分である狩りをおいて他に無い。流動するパワーバランスに呑み込まれないために、そして自身の『目的』を必ず達成するために。
毒島拳は相棒(?)である家政夫と共に血塗られた道を歩く。その先にあるのは希望か絶望か・・・彼にさえわからない。






場所は大きく移る。時差の関係で各家庭で大体夕食が終わったここイギリスの首都ロンドンに存在する聖ジョージ大聖堂の大広間にて、
赤毛を三つ編みにした中学生ぐらいの少女が編纂中の占星術書を虚ろな瞳で眺めながら溜息を吐き続けていた。

「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

ロングTシャツにアーミーパンツというラフな格好である少女は、こう見えても対魔術に特化した実働戦闘組織『必要悪の教会<ネセサリウス>』の一員である。
彼女の名はリノアナ・サーベイ。10歳にして魔導書の写本を書き上げた天才少女と謳われる占星術師である。

「・・・・・・」
<リノアナさんやい。溜息を吐くのはいいけど、僕達の近くでそれをするのは勘弁してくれって飼い主さんに代わってこのフギンがお願いしてみる>
<このムニンからも頼むぜ。ポーラの機嫌がそろそろヤバイ領域に足を踏み入れ始めてやがるからな>

黒いローブを被った女性らしき人間の両肩に乗るカラス2匹から放たれる声は、まるで腹話術のような光景を連想させるがこのカラス達はれっきとした霊装である。
彼女の名はポーラ=ウェッジウッド。『必要悪の教会』の諜報部所属の魔術師で、彼女の肩に乗るカラスはそれぞれフギンとムニンという名称を持つ。

「リノアナったら、数日前にあった仕事の帰り際からずっとこんな調子なんですよ。私が何度聞いても碌な返事も・・・(ブツブツ)」

下着スレスレのやけに露出の高い洋風着物を身に着ける水色長髪の少女は、同い年のリノアナの態度に少々の苛立ちを見せながらポーラへ言葉を掛ける。
彼女の名はジーデリウス=ノグズ。『ジディ』という愛称を持つ彼女は、その格好と大人びた顔付きから実年齢より高く見られることが最近の悩みであったりする。

「ハハン!どうせ、仕事で他人には言えないようなミスでもして落ち込んでるんじゃないのか!?天才少女の名も堕ちたモノだな。
やはり、真に天才なのはこの僕様ヘンリー=プランタジネットなんだ・・・(ドゴッ!!)・・・ガハッ!!」

身長145cmと13歳にしては小柄な部類に入る金髪碧眼の少年がリノアナの前へ仁王立ちし、殊更『天才』を主張しようとして後方から突っ込んで来た少女に吹っ飛ばされる。
彼の名はヘンリー=プランタジネット。ルーン魔術を用いて北欧神話に登場する『THORN(巨人)』を現出させる強力な魔術師である。

「ヤッホー。皆、新しい仕事が来た・・・ってあれ?どうしてあんな所にヘンリーが寝転がってるの?」

自身が吹っ飛ばした(ことに気付いていない)ヘンリーと同じ金髪碧眼の少女で特に目立つのは右腕に装着されている霊装義手だろうか。
彼女の名はマティルダ=エアルドレッド。『マチ』という愛称を持つ彼女は、強者との死闘を常日頃から渇望している奇妙な女の子と周囲から見られている。

「突入して来たマチさんが勢い余ってヘンリーを吹っ飛ばしたからですよ。ねぇ、ダレンさん?」

金髪灰眼で女顔の青年が、マティルダの突貫を避けた―故にヘンリーが吹っ飛んだ―際に持ち上げた粥の入った容器を机の上へ戻す。
彼の名はダグ=ターナー。何処までもマイペースで、放浪癖もあって、度々女子浴場等へも出現するトラブルメーカーである。

「・・・・・・(風船に穴が開いて急速に萎んでいく折に聞こえる音。表現する感情は『呆れ』)」

片目を伸びる前髪で隠す背の高い青年は、ダグの問いに霊装『チェリーニのヴァイオリン』にて奏でる『音』によって表現する。
彼の名はダレン=シンクレア。寡黙で必要以上の事は喋らない癖に霊装での感情表現は嫌という程行う少々困ったちゃんな23歳である。

「あっ、そうなの。ヘンリーごめんね♪」
「お、おのれぇ・・・。この天才に向かって何という行いを・・・!!」
「もしかしなくとも、ヘンリーは天才じゃ無いんじゃないかなぁ?」
「何だと、この年増女め!!」
「カチーン!!私は年増じゃ無いって何回言ったらわかるの、このチビ!!」
「い、今、僕様のことをチビと言ったなぁ!僕様は天才なんだぞ! 君みたいな馬鹿が天才である僕様を侮辱して許されるとでも思ってるのかぁ!」
「あぁ・・・また始まったよ」
「・・・・・・(先程と同じ音)」
<実年齢より高く見られちゃうジディと低く見られちゃうヘンリー・・・か>
<どっちにもなりたくねぇぜ>

この7名でチームを組んでから何十回目になるかわからないジーデリウスとヘンリーの口喧嘩にダレンとポーラ(フギン・ムニン)は呆れ果てる。
女顔に悩むダグはまだそこまで呆れてはいないが、さすがにこう何十回も似たようなイザコザを見せ付けられると辟易する気持ちを抑え切れないのだ。
感情の起伏が乏しい彼が辟易するくらいである。それだけ不毛な罵り合いということなのだ。

「おぉ!!喧嘩か!!決闘か!!よっし!!やれやれ!!!」
「マチさんも落ち着いて下さい。欲望がダダ漏れですよ。それより、新しい仕事って何ですか?」

決闘大好きっ娘のマティルダの機先を制するかのように、ダグが彼女の口から出た『仕事』について質問する。
ジーデリウスとヘンリーの口論にマティルダが加わって事態が改善した試しが無い。むしろ悪化しかしていない。
経験則としてこれ以上の泥沼を防ぐために、それでも言葉の抑揚乏しいままダグは少女へ問い掛ける。

「あっ!そうだそうだ。えっとね・・・案件自体は何時もやってることとさして変わりないかな。詳細は後で渡される紙で確認してね。私ってこの手の説明が下手糞だから」
<あぁ・・・>
<マチらしい>
「・・・・・・(腹の音。表す感情は『マチらしい』。マティルダ専用音)」
「・・・・・・なら、どうしてあんな猛スピードでここへ来たんですか?」
「だってさ、その近辺にはあの『科学』の総本山があるし」
「ッッッ!!!」
「学園都市・・・ですか?」
「そう。その学園都市」

マティルダの言葉に僅か不意を突かれるダグ。普段マイペースな彼が不意を突かれる程に、学園都市という存在が『魔術』世界において重要な意味を持っているのだ。
そんな彼以上に不意を突かれたのは、先程までずっと溜息を吐き続けていた赤毛の少女。学園都市という単語を耳にした彼女の脳裏には、あの碧髪の少年の顔がよぎっていた。

「こ、今度の任務は日本ですか!?おぉ、憧れの地・・・日本。何時か行ってみたいと思っていたかの地へ赴ける機会が到来したんだ・・・よし!!」
「ぼ、僕様を無視するんじゃ・・・」
「確か、先日学園都市で我が『必要悪の教会』から派遣されたステイル=マグヌスが現地の人間と共に元ローマ正教のアウレオルス=イザードを撃破した・・・んだったな」
「うおっ。ダレンさんが喋った」
<アウレオルスと何か関係していたり?>
<全く関係無いんじゃね?>
「2年くらい前だっけ、私も関わった案件であの辺りに行ったことあるんだよねぇ。んで、その案件の当事者のリノアナに一刻も早く伝え・・・(ダッ!!)・・・リ、リノアナ!!?」

ジーデリウス・ヘンリー・ダレン・ダグ・ポーラ(フギン・ムニン)・マティルダが思い思いの言葉を口にする最中、
編纂中の書物を放り出して突如大広間を飛び出して行くリノアナ。周囲のシスターの怪訝な視線も無視して遂には建物の外へ出た赤毛の少女は、
闇夜に浮かぶ星々を黒き眼へ映し出した後に、何時の間にか彼女の脇に抱えられていた魔道書『星体観測』を強く掴みながらかの少年の名を口にする。

「界刺得世・・・。とうとう『惑星の掟』を使いましたね。そして、これもまた星の導きなのでしょう」

数日前界刺へ魔力を送った際に感じた感触・・・『金牛宮』を表す魔法陣の一角が“欠けていた”ことから、リノアナは少年が『惑星の掟』を使用したことを察した。
彼女が再び彼と出会う条件として決めていた事柄・・・『オカルトとして全く信じていなかった魔術を彼自身が使用する』ことが達せられた今、
少女は彼と会うために新たな魔術―『星体観測』―の使用を決断する。さすがにこの場ではできないが。

「“無知”な当時の私があなたに『与えてしまった』“呪(のろ)い”・・・それでもあなたは生きている。
これは今尚“呪い”を保ち続けている身勝手な私のケジメ・・・界刺得世、必ず会いましょう」


『魔術』世界を生きる赤髪の少女リノアナ・サーベイは、『科学』世界を生きる碧髪の少年界刺得世と再会することを強く、只管に強く望む。
その機会(チャンス)がもうすぐ到来する。そのためなら何だってする。この世の法則を異世界の法則で捻じ曲げてでも。
個人の想いが組織を凌駕する魔術師としての本能をその身に宿す赤毛の少女の瞳は・・・何処か嬉しそうで・・・何処までも哀しそうであった。

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最終更新:2013年09月04日 22:44