峠は走っていた。空に光源がある以上『暗室移動』はほとんど使えない。
しかも、腕を負傷しているせいで空間移動に必要な計算が乱れがちである(銃弾自体はたまたま見付けたコンテナの影に入った際に『暗室移動』を用いて取り除いている)。
走ること10分・・・。峠は遂に見付けた。己が腕を撃ち抜いた仲間を。

「菊・・・!!!」
「峠・・・」

『演算銃器』を構えながらも、苦しい顔を峠に向ける花多狩。花多狩にとっても、今回の狙撃は非常に苦しんだ末の決断であった。


峠上下。この女の子の空間移動能力を何としても封じないと』


そう言葉を漏らした界刺が、花多狩に提案した作戦。それは、“仲間で親しい関係である花多狩の手によって、峠に傷を負わせる”というものであった。
空に浮かべた光源だけでは、『暗室移動』を封じるには不十分。故に、付き合いの深い花多狩が峠を狙撃することで峠の激昂を誘い、彼女を孤立化させる。
これが、界刺から花多狩に割り振られた非情極まる作戦。だが、界刺の提案を花多狩は承諾した。ある条件を付けて。

「菊ゥゥゥッッ!!!」
「(“峠は私の手で”。他の誰にも邪魔はさせない!!)」

互いの仲間と認め合う者達が激突する。互いの胸に哀しみの涙を流しながら。


花多狩菊VS峠上下  Ready?






羽香奈は1人逃走していた。彼女の前に降り掛かる現実から。己が命を脅かす全ての物事から。
各所で轟音が鳴り響き始めた中、それ故にコンテナの角から出て来た男に羽香奈は気付かなかった。


ドン!!


「キャッ!!」
「グアッ!!」

羽香奈は誰かとぶつかった衝撃で尻餅を付く。それは、相手も同様だったようで。

「の、農条さん?」
「羽香奈ちゃん!?」

羽香奈がぶつかったのは、農条。彼もまたこの戦場を駆け回っていたのである。


『ここは穏健派にも知られている。もし、今回の制裁に対する報復を彼等が考えているとしたら・・・』


「あ・・・あ・・・あああぁぁぁ!!!」
「羽香奈ちゃん!?お、落ち着いて・・・うっ!?」

農条の声を羽香奈は無視する。穏健派でありながら雅艶達過激派に付いた自分を、春咲桜への制裁を止めなかった自分を、目の前の穏健派に属する男は許さない。
刈野の言葉を思い出し、そう判断してしまった羽香奈は、自身の能力『絶対挑発』により農条をしゃがみ込ませる。

「あ・・・あたしは!!ぜ、絶対に・・・生き残るんだあああぁぁっっ!!!!」
「羽香奈ちゃん・・・!!!」

生き残る。それが、それだけが今の羽香奈が命懸けで目指す目的となっていた。


農条態造VS羽香奈琉魅  Ready?






金属操作は歩いていた。今の彼は多少の冷静さを取り戻していた。『敵』が自分を挑発して、他のメンバーから引き離させたことも理解している。
理解していて尚、彼は歩みを止めない。己が抱える苛立ちも同様に。何故なら、この歩みの先にある男が待っている筈だったからだ。

「遅いぞ、金属操作よ!!待ちくたびれたぞ!!!」
「鴉・・・。ゲコ太と仲場も・・・」

コンテナの上に立っている男―啄鴉―から声を掛けられた。啄は常のように漆黒のコートを羽織り、手に黒剣を携えている。
何時もと違っていると言えば、サングラスを掛けていることくらいか。
啄が立っているコンテナの下には、2人の男―ゲコ太マスク仲場志道―が臨戦態勢で待ち構えていた。
2人が身に付けているスーツには、何やら電飾のようなものが散りばめられている。

「こりゃあ一体何のマネだ、馬鹿鴉、ゲコ太、仲場?お前等・・・ここに遊びにでも来たつもりかよ?そんなんで、俺に勝てるとでも思ってんのかよ!?」
「何を言う!!俺達はここに遊びに来たわけでは無い。お前達を叩き潰すために来たのだ!!」
「その通り!!春咲殿をあれ程痛め付けるとは・・・許し難し!!!」
「金属操作よぉ・・・。幾ら何でもあれはやり過ぎなんじゃねぇか?お前は何とも思わなかったのかよ?」
「・・・・・・」

金属操作の問いに答える啄達。啄達は金属操作という男をそこまで詳しく知っているわけではない。何せ、自分の本当の名前すら誰にも教えないくらいだ。
だが、それでも。啄達が知る金属操作という男は、過酷な制裁を与えられた春咲桜に対して見て見ぬフリができるような男では無い。そんな薄情者では無い。そう考えていた。

「見損なったぞ、金属操作!!お前は・・・お前は自分が下した決断を誇れるのか!?誰かに!!自分自身に!!・・・答えろ、金属操作!!!」

啄の問いが鋭さを増す。啄達の問いはある意味正論だ。だから・・・腹が立つ。無性に。

「・・・せぇよ」

唸り声。そうとしか形容できない低い低い声が金属操作から零れる。

「・・・うるせぇよ」

金属操作の視線が右へ向く。そこにあったコンテナを鋳造し、巨大な槍とする。金属を操作しているため、金属操作本人に重量の負荷は無い。


「うるせえつってんだよおおおぉぉっっ!!!!」
「ぬおっ!?」
「くっ!?」
「うわっ!?」

金属の槍が啄達へ放たれる。それを危うく交わす3人。啄が立っていたコンテナは、槍の直撃を受け物の見事に全壊の様相を呈していた。

「お前等に答える義務は無ぇよ。今・・・俺はムシャクシャしている。イラついている!!だから・・・そのウサ晴らしの相手になれ。
お前等のような“ごっこ連中”とは格が違うってことを教えてやる!!」

槍が変形する。形は、液状のドリル。高温を発しながら回転するソレは、狙いを啄達に定めていた。

「いいだろう!!お前の申し出、受けて立とう!!俺の新必殺技『閃劇』を味わう最初の人間がお前だ!!光栄に思うがいい!!ゲコ太!志道!気を抜くなよ!!」
「御意!!」
「ああ!!」

啄の声にゲコ太と仲場が応えた瞬間に、『閃劇』が出現する。それは、まるでゲコ太や仲場が身に纏っているものと同じ形容。
それは、界刺と以前からあーだこーだ言いながら開発した“秘策”。その完成形である。

「では、互いに死力を尽くして望むとしよう・・・いざ!!!」
「・・・だから、その“ごっこ”気取りをやめろっつってんだよおぉぉっっ!!!」

戦う理由が如何に小さくても、如何に変わっていても、如何に不条理でも、その者にとっては重要足り得ることがある。これは、それを証明するための“私闘”。


啄鴉&ゲコ太マスク&仲場志道VS金属操作  Ready?






「くっ!!刈野さん!!」

それは、突然上空から降ってきた滝。刈野と共にターミナルからの脱出を図っていた七刀に突如滝のような大量の水が降って来たのだ。

「ゴボゴボゴボ・・・・・・・・・ぶはっ!!」

水流に飲み込まれ、流されていく七刀。そして、彼が流れ着いた場所は、向かっていた出入り口とは間逆のターミナル中心。

「ハァ、ハァ。この水は・・・雅艶さんの予測通りなら・・・」

自分をここへ流した張本人。雅艶の言う所の『シンボル』の一員。ここへ“激流”を引っさげて登場した能力者に自分は狙われている。
そう判断する七刀は、水流に翻弄されながらも手放さなかった竹刀袋から愛用の日本刀を取り出す。

「(さて、この水を支配するのは一体どういう人物なのか・・・これはこれで少し楽し・・・)」
「あなたが・・・七刀列衣?」
「!!」

この状況にさえ余裕を見せる七刀の後方から少女の声が掛かる。その声に僅か驚き、しかし、尚も余裕を崩さずに、声が聞こえた方に体を向けようとする。

「これは、これは。自分の名前を知ってらっしゃる方でしたか。光栄の至りです。そのお声を聞く限り、この水を操るのは女性の方でしたか。意外でし・・・」



シュッ!!!



「!!!」

七刀の頬を掠めたのは、水。ウォーターカッターの如く圧縮・放出されたそれは、七刀の頬を切り裂いた。

「・・・あなたが、春咲さんの記憶を消した・・・そうですね?体に刻む形で」
「・・・ええ。それが?」

少女の後方には、大量の水が暴れまわっていた。まるで、少女の怒りを表しているかのように。その様に僅かにたじろぐ七刀。
今の一撃に対して、七刀は反射的に回避行動を取っていた。自身剣術を習っている七刀は、間合いや見切りに秀でている。
その七刀が不意打ちとは言え回避行動を取って掠り傷止まり。回避では無く。その事実を少し遅れて認識した七刀の背中に冷や汗が流れ落ちる。

「ゲスが・・・!!その命でもって・・・贖え!!!」

少女から宣告されるは、罪の裁き。下すは・・・“激涙の女王”水楯涙簾


水楯涙簾VS七刀列衣  Ready?






「(七刀君は無事かしら・・・っとと!!)」

突如降って来た滝のような水流のせいで七刀とはぐれてしまった刈野は、ある者と戦闘中であった。

「はっ!!!」

先程から不規則に刈野を襲ってくるのは小型のコンテナや鉄パイプ、木材といった念動力系の能力で操作された物体であった。
刈野は断続的に襲ってくるそれ等を自身の能力『発火能力』で撃ち落す。小型コンテナ程になれば、本来であれば一撃で撃ち落すのは難しいのだが、
その小型コンテナ自体が、あちこちが凹んだり軋んだりしている等ボロボロの状態であったため、一撃で撃ち落すことができていた。

「いい加減姿を現したらどうなの!?こんな闇討ちみたいな真似、卑怯だとは思わないの!?」

刈野はあえて挑発を交えながら、姿を現さない『敵』に向かって声を放つ。この挑発に伸るか反るか。それによって、『敵』の性質も見えてくる。

「・・・・・・卑怯?」
「!!」

それは、右前方のコンテナの角から聞こえた少女の声。そして、その少女が姿を現す。
刈野はその姿を見て驚愕する。常盤台制服を来たサイドテールの少女の腕にある腕章―風紀委員を示す―を目に映したからだ。

「風紀委員・・・!?そうか、あなたが雅艶君が言っていた・・・『シンボル』の協力者」
「・・・・・・卑怯?」

刈野が放った声に少女―一厘鈴音―は反応しない。俯き加減の顔が上がる。その目には憤怒の色が燃え滾っていた。

「よく卑怯なんて言えたもんですね!春咲先輩をあんな目に・・・しかも大人数で暴力を振るっておきながら・・・!!!」
「先輩?でも、春咲桜は風輪学園の生徒だった筈。あなたと一体どういう関係が・・・?」

刈野は疑問に思う。目の前の風紀委員は制服を見る限り常盤台の生徒だ。一方、春咲桜は風輪学園の生徒である。両者を繋ぐ線は何か。
そして、刈野は気付く。その切欠はまたしても風紀委員の腕章。

「まさか・・・あなた。春咲桜と同じ支部・・・?」
「そのまさかです!!私は風紀委員第159支部に所属する風紀委員です!!そして・・・春咲先輩の後輩です!!!」
「・・・成程。確かに春咲桜の後輩ならば、先輩があんな無残な目にあえば怒りの一口や二口、吐きたくなるのも当然ね」

一厘の言葉に納得する刈野。故に、毅然とした態度で言葉を返す。

「でもね、彼女は風紀委員として失格よ。現役の風紀委員でありながら、私達救済委員に入り込んでいた『裏切り者』。常盤台生なら自浄作用という言葉を知っているわね?
私達は何も特別なことはしていないの。これは、救済委員という組織内の自浄作用。制裁という名の・・・ね」
「風紀委員として失格・・・?」
「そうよ。公の機関に所属して置きながら、アウトローである救済委員に所属する。しかも、その理由が『自分の力を証明したい』?あの娘、救済委員を何だと思っているのかしら?
救済委員はあんな愚かな娘の訓練場じゃ無いのよ?あなた達風紀委員が裁けない者達へ容赦ない鉄槌を下す。それが、私達」

刈野の言葉にうまく反論できない一厘。そもそも、元々の原因は春咲にある。その部分を突かれたら反論し難いのは当然である。

「それに、あの娘が私達救済委員の情報を風紀委員に漏らさないという保証があるのかしら?そんなリスクを考えれば、あの娘を排除するのは当然のこと。
あんな娘じゃあ、それこそ風紀委員の時でもてんで役に立たなかったんじゃ無いかしら?そこの所はどうなの、後輩さん?」
「えっ・・・!?」
「自分の力を証明したければ、風紀委員(ホーム)で思う存分発揮すればよかったのよ。そうすれば、あんな制裁を喰らう必要は無かった。
でも、あの体たらくだと・・・風紀委員でも居場所が無かったのかもしれないわね。可愛そうな娘。同情はしないけど」
「くっ・・・!!」
「そんな彼女の報復に、あなたは仲間として一緒に来たの?だとしたら、あなたも風紀委員失格ね。そもそも後輩失格なんじゃない?先輩の心労を何一つ理解できなかったんだし。
そして、今度は先輩の暴挙に手を貸す。ふふっ、先輩が先輩なら後輩も後輩か。大体・・・」
「・・・通りですよ」
「えっ?何かしら?」

饒舌に喋り続ける刈野に対し、今まで反論を封じられていた一厘が声を挙げる。その目に強い意志を秘めて。

「あなたの言う通りですよ!私は春咲先輩が苦しんでいる姿も、その理由も何一つ知らなかった!
先輩に抱いていた自分の感情も碌に把握できていなかった!!あまつさえ、先輩のために頑張っていた人へ嫉妬さえしてしまった。
あなたに言われなくても、今の私は風紀委員失格よ!!私は・・・救いようが無い大馬鹿者なのよ!!!」
「あら。自覚あるのね、あなた。だったら何故・・・」
「でも、こんな私をあの人は信じてくれた!頼ってくれた!ここに居ていいよって!春咲先輩を助けてもいいって!!
風紀委員にふさわしいかどうかは全部終わってから決めていいって!!あの人に・・・私は救われた!!!春咲先輩も!!!」

界刺がいなければ、今の自分や春咲はいない。それがわかっているから、そう信じているからこその叫び。

「自分が『正しい』のか『間違っている』のか、今の私じゃわからない。だから、この戦いで見極める。答えを出す!誰のためでも無い、自分のために!!
でないと・・・私は私を救ってくれたあの人に応えられない!!!」

一厘の意志に呼応するかのように、彼女の周囲にある物体が幾十も浮かび上がる。刈野もこれ以上の会話は無駄だと判断し、切り上げの言葉を放つ。

「風紀委員としてでは無く、自分自身として・・・ね。嫌いじゃないけど、風紀委員が言っていい言葉じゃ無いわ。やっぱり、あなたは風紀委員失格ね。
いいわ。あなたはこの『風紀狩り』の手によって罰を与えてあげる。それにしても・・・あの『シンボル』の変人にそこまでの価値があるのかしら?」

挑発交じりの宣言に、一厘は凛とした態度で言い放つ。

「えぇ。私の知る限り、最高の男性(へんじん)ですよ!!変な渾名を付ける、人をおちょくる、情けも容赦も一切無い、そんな人だからこそ!!私はあの人を心の底から信じられる!!
ふふっ、あなたってもしかして・・・男を見る目が無いんじゃないですか?よくそんなんで、風紀委員にふさわしいかふさわしくないかって見極められますね?」


刈野の目の色が変わる。それは、一厘の挑発が気に入らなかった証。激突の時まで・・・3・・・2・・・1・・・0。


一厘鈴音VS刈野紅憐  Ready?






「くっ!!こんな時に・・・」
「どうした、雅艶!?穏健派の連中か?それとも『シンボル』の奴等か?」

雅艶の呻き声に反応する麻鬼。彼等は『多角透視』により安全を確保しながらターミナルの出入り口へ急いでいた。

「・・・いや、そのどちらでも無い。新手が来た。しかも・・・『裏切り者』がな」
「『裏切り者』?・・・荒我拳斬山千寿か・・・」

春咲桜も『裏切り者』ではあるが、新手では無い。それに、彼女程度ならあの雅艶が焦るわけも無い。
穏健派の連中と示し合わせていたのか、それとも単独行動か。今の雅艶と麻鬼には判別が付かない。

「・・・雅艶。そこには・・・荒我拳の近くには例の176支部に所属すると吠えた女も居るのか?」
「あぁ。居る。あの感じだと、おそらく単独行動だろう」

『多角透視』で捉えたのは荒我、斬山、そして・・・焔火。焔火は荒我の傍におり、斬山は荒我達とは離れた距離にその身を置いていた。
その3人が、自分達が目指す出入り口の近くに居る。おそらく、過激派に報復するために。

「・・・雅艶。すまないが、ここでお前とはお別れだ」
「麻鬼!?」

雅艶は麻鬼の別行動宣言に驚くが、麻鬼は淡々と言葉を述べる。

「俺は、その176支部の風紀委員に用がある。こればかりは、お前の命令はきけない。フッ、これも巡り合わせか・・・」
「麻鬼。お前・・・」
「心配そうな顔をするな、雅艶。ついでに『裏切り者』への制裁もやっといてやるよ。だから、雅艶。お前は必ずここから脱出しろ!」

麻鬼の指摘を受けて、雅艶は初めて自分が麻鬼の言う所の“心配そうな顔”をしていることに気付く。そんな間抜けを見せた仲間に麻鬼は、素知らぬ態度で餞別の言葉を贈る。

「お前さえ健在ならば、過激派は滅びない。この俺が言うんだ。お前は自信をもって今後も指揮を執れ!!俺も用事を済ませたら、すぐにお前の所へ向かおう!!だから、さっさと行け!!」

そこには、普段は顔色1つ変えない麻鬼の笑った顔があった。その笑顔に、雅艶は勇気を貰う。だから、返す言葉は決まっている。

「わかった!!後で必ず会おう、麻鬼!!」






雅艶と別れた麻鬼は、悠然と歩を進める。雅艶から『敵』の居場所は伝えられている。
そして、そこに『敵』は居た。

「(おい、本当にその春咲桜って女は、こいつ等に捕まったまんまじゃ無ぇんだよな!?)」
「(空間移動系能力者は同系統の能力者を転移することはできないらしいわ!だから、多分・・・)」
「(多分って何だ!?ハッキリしろよ!!)」
「(わ、私だってゆかりっちに聞いただけだしー!!)」
「何をコソコソ言っているかは知らんが、春咲桜ならば、ここに居るぞ?俺達へ報復するためにな」
「なっ!?」
「ほ、報復!?」
「・・・その反応だと、お前達が穏健派の連中や『シンボル』と示し合わせてここに居るわけでは無さそうだな」
「穏健派が過激派に報復・・・マジかよ」
「『シンボル』って・・・あの変人が居るって噂の!?」

麻鬼の言葉に各々違った反応をする荒我と焔火。荒我達は、状況整理後、まっすぐこのコンテナターミナルへ足を運んだ。
但し、下手に近付きすぎると雅艶の監視網に引っ掛かるので、どういう手段で攻め入るか考えあぐねていた。
ただ時間だけが経過するそのじれったい状況に変化が生まれたのは、この近辺では有り得ない“激流”と光源の点火であった。
鳴り響く轟音、銃声、叫び声。斬山は穏健派が過激派へ報復しに来たと予測していたが、荒我には信じ難かった。
制裁中の春咲桜を助けに来なかった連中が、今頃ノコノコと現れるわけが無い。それに、荒我が知る限り、あれ程の“激流”を生み出す能力者は穏健派には存在しなかった。

「まさか・・・あの“激流”は『シンボル』の・・・?」
「勘が鋭いな、女。お前の想像通りだ。『シンボル』のメンバーの1人があの“激流”を操っていたようだ。実力的にはレベル4でも最高クラスの能力者だろう。
全く、あの連中が穏健派に加勢しただけで俺達過激派がこうも押されるとはな」
「あ、あんな規模を自在に操る能力者が『シンボル』には居る・・・?しかも、過激派を上回る攻勢を仕掛けている?・・・信じられない」
「(『シンボル』って確か・・・ウチの上級生にそこに所属している奴がいたな。そいつ等がここに来てんのか?)」

焔火は驚きの声を隠せない。焔火も『シンボル』の名前くらいは知っていた。無駄にキラキラ光る変人が居るグループが、自分達風紀委員の真似事をしているというレベルの知識だが。
だが、そこには自分以上の実力者が居る。あの“激流”を見た焔火は確信を持つ。しかも、麻鬼の言を信じるならば、『シンボル』の1人が加勢しただけで戦況が劇的に変わる程だと言う。

「まぁ、そんなことはどうでもいい。今の俺の興味はお前なのだからな」
「わ、私!?あ、あなたなんかに興味を持たれるようなことなんて・・・」
「正確には、お前が176支部に所属していることについて・・・だがな」
「176支部?そ、そう言えば倉庫での戦闘でも176支部が何とかって・・・」
「おい、俺を無視してんじゃねぇぞ!!!」

荒我の怒声を無視して焔火に興味深げな視線を送る麻鬼。笑みさえ浮かべている麻鬼の視線を気味悪く感じたのか、焔火は荒我の背後に身を隠すように寄せた。

「(な、何よあいつ!変質者か何か!?)」
「(し、知るかよ、そんなこと!!)」

焔火の問いに荒我はヤケクソでもって返答する。荒我自身、麻鬼と会話したことなど片手で数える程度しか無いのだ。

「そう、怯えるな。お前・・・それでも神谷の後輩か?」
「!?な、何で神谷先輩のことを・・・?」

焔火は、麻鬼から176支部の先輩風紀委員である神谷稜の名前が出たことに驚く。何故、この男から先輩の名前が出るのか。焔火には理解できない。

「何でもなにも、俺は神谷とは同僚だった。“同じ風紀委員支部”の」
「ど、同僚?“同じ風紀委員支部”?ま、まさか・・・」
「緋花!?」

焔火は今度こそ言葉を失った。その反応を見て麻鬼は更に笑みを深める。

「そう、そのまさかだ。俺は風紀委員第176支部に所属した元風紀委員だ。つまり、お前の元先輩に当る。ククッ、まさかこんな所で神谷の後輩に出会えるとはな」

笑いを零す麻鬼の右手に“小型ナイフ”が、左手にはいくつもの小針が発生する。それを見て臨戦態勢に入る荒我。焔火は、まだ言葉を失くしたまま呆然としている。

「わ、私の元先輩・・・!?」
「緋花!!ボーっとしてんじゃ無ぇ!!来るぞ!!」
「さて、神谷の後輩の実力・・・とくと拝ませてもらおうか!!」

麻鬼が疾走する。因縁の対決が唐突に始まる。


荒我拳&焔火緋花VS麻鬼天牙  Ready?






「・・・そろそろ出て来たらどうだ、斬山?」
「・・・やっぱりバレてたか」

ここは、雅艶達が目指していたターミナル出入り口のすぐ手前。そこの一角から、フードを頭に被る男―斬山千寿―が姿を現した。
雅艶は、どこか覚悟を決めたような整然とした表情を浮かべている。その表情に斬山は目を丸くする。

「いい顔になって来たじゃねぇか、雅艶。最近は指揮官なんつー裏方仕事ばっかりで、こうやって表立って戦り合うことも無かったんじゃねぇか?」
「そうだな。言われてみりゃあ、こういうのは確かに久し振りだ。中々緊張するよ」
「おいおい。口調も砕けて来てんじゃねぇか。何時ものようなはっきりとした物言いはどうした?」
「あれは、指揮官の役割を負ってからの口調でな。その方が指示を出しやすいと思っただけだ」

斬山の指摘を受けて、雅艶はふと耽る。何時から自分はこうやって指揮官みたいな役割を負うようになったのだろう。
確か、最初は集団で行動する利益や重要性を説いていただけだった。それが、何時の間にか指揮官的役割を負うようになった。口調も役割に釣られて堅苦しくなった。
こういう前面に出る本格的な戦闘も随分久し振りだった。最近はスキルアウトを潰すのにも自分が表に出ず、風紀委員達に情報を送る等して叩き潰していた。
故に、こうやって実際に戦場の上に立つと・・・緊張した。それは、本当に懐かしい感覚だった。

「斬山。1つ確認したい」
「おう!いいぞ」
「お前達は穏健派や『シンボル』とどこまで関わり合いを持っている!?」
「『シンボル』?・・・成程な。あの“激流”染みた水量を誰が操っているのかと思えば、『シンボル』の連中か。重徳の一件と言い、今回と言い、連中も結構派手にやってんな」
「重徳?何だ、そりゃあ?」
「あぁ。お前は知らないんだな。まぁ、それも無理無ぇか。スキルアウトのほんの一部でしか知られてねぇことだしな」
「おい。さっきから何を・・・」
「悪ぃ、悪ぃ。質問の件だけどよ、俺等は単独行動だ。穏健派とも『シンボル』とも関係無ぇ。俺等は落とし前をつけに来ただけだ」
「落とし前?『裏切り者』のお前が?」
「だ・か・ら・裏切ってなんかいねぇっつってんだろ!人を勝手に『裏切り者』扱いするな!迷惑千万だ!!」
「そりゃあ、こっちの台詞だ!!倉庫でも、今もお前等は俺の、俺達の邪魔をしやがる。一体何が目的だ!?」
「だから、さっき言っただろ!落とし前をつけに来たってな。聞いてなかったのかよ
つまりよぉ、俺はお前等をとっちめに来たんだよ。忘れたとは言わせねぇぞ?テメェ等・・・俺の友達(ダチ)に手ぇ出しただろうが・・・!!」
「友達?・・・まさか、荒我のことか?」
「まさかじゃ無ぇよ。それ以外の理由があるかってんだ!テメェ等は俺の友達に手ぇ出した。だから、その落とし前をつけに来た。簡単だろ?」
「お前・・・」
「まぁ、強いて他に挙げるなら・・・雅艶。お前に説教の1つ2つを聞かせてやろうと・・・」
「ふざけるな!!」

斬山の言葉を雅艶の大声が遮る。見れば、雅艶が握っている白杖が震えていた。

「そんな・・・そんなことで、俺達の秩序を乱されてたまるか!!俺達の邪魔をさせてたまるか!!・・・もう、探り合いは面倒だ。
斬山。お前は俺達を潰しに来たんだろ?だったら、さっさとしてみろ。言っとくが、俺はそう易々とやられはしないぞ?」

雅艶はここに来てある決断を下す。全部で5つある『多角透視』の内、躯園・林檎組と七刀・刈野組に付けていた『多角透視』を自身に戻す。
斬山の『軌道修正』による遠距離射撃に応対するために。残りの2つは今はまだ“動かせない”。
(ちなみに、この決断の後に七刀・刈野組を水楯が攻撃したために、雅艶からの注意喚起が七刀・刈野には無かったのである)

「・・・そうだな。ここは戦場。これ以上の言葉のやり取りは不要ってか。まぁ、それもいいだろう」

斬山が懐から拳銃を2丁取り出す。雅艶は、何時でも近くにあるコンテナへ飛び込めるように脚に力を込める。

「それじゃあ・・・始めようぜ、雅艶!!殺し合いってヤツをよおぉぉっ!!!」

引き鉄が引かれる。銃声が鳴り響く。衝突音が幾重にも重なるそれは、殺し合いの開始(スタート)。


斬山千寿VS雅艶聡迩  Ready?






「ハァ、ハァ・・・」
「林檎。大丈夫?どっか近くで休もうか?」
「ううん。大丈夫だよ、躯園姉ちゃん。大丈夫だから・・・急ご!」
「林檎・・・。えぇ!」

躯園に気丈に答える林檎。体格が小さい林檎にとって、戦場という状況下と長距離の移動による精神的・肉体的疲労は相当なものになっていた。
躯園も林檎程では無いにしろ、疲弊の色を濃くしていた。だが、妹が気丈に振舞っている以上、姉である自分が無様な格好は見せられない。

「あ、あれ!出入り口だよ、躯園姉ちゃん!!」
「そうね!!もうすぐだから頑張って、林檎!」
「うん!!」

春咲『姉妹』の視線の先に、ターミナルの出入り口が見えて来た。もうすぐ戦場(ここ)から脱出できる。そう、喜ぶ『姉妹』の前に・・・“2人”が姿を現した。

「よ!感動的な『姉妹』愛!!見せ付けてくれるねぇ!」
「!!」
「だ、誰?あの2人は・・・?躯園姉ちゃん・・・?」

出入り口の近くにあるコンテナの角から現れ、『姉妹』の前に立ち塞がった“2人”の顔は・・・ガスマスクで隠されていた。

「全く。その優しさの欠片でもいいから、お嬢さんにくれてやっていたら大分違っていたのかねぇ」
「・・・そんなことは有り得ませんよ。今、目の前にあるこの光景が・・・現実です」
「「!!」」
「そりゃ、そうだ」

ガスマスクを被る“2人”の声を聞き、驚愕する躯園と林檎。特にその1つは、春咲『姉妹』にとって聞き慣れた声であった。

「そんじゃあ、とっとと目の前にある現実に盛大なツッコミを入れてやるか、お嬢さん?」
「えぇ。そうしましょう」

驚愕する躯園と林檎を無視し、互いの話を進める“2人”そして、被っていたガスマスクを外し、その容貌が露になる。

「さ・・・桜・・・!!?」
「お前・・・!!!」

そう・・・春咲『姉妹』の前に立ち塞がった“2人”とは。躯園の妹で林檎の姉である春咲桜。そして、『シンボル』のリーダーである界刺得世
春咲の目には悲愴な決意が、界刺の目には僅かな怒りの色が宿っていた。そして・・・

「躯園お姉ちゃん・・・林檎ちゃん・・・!!!」
「春咲『三姉妹』の感動のご対面だああぁぁっっ!!!んふっ!!それじゃあ・・・潰すよ・・・!!?」

“2人”は春咲『姉妹』に向けて宣戦布告する。それは避け得ぬ、哀しくも譲れない戦い。


春咲桜&界刺得世VS春咲躯園&春咲林檎  Ready?






“それ”は・・・来た。猛烈な速度でもって、瞬く間に戦場に突入する。

「!!来たか・・・!!」

雅艶の『多角透視』が捉えた姿。雅艶が確かな誤算と認めざるを得ない“存在”が・・・遂に姿を見せた。

「来るぞ、仮屋!!気を抜くな!!」
「うん、わかってる!!回転寿司食べ放題が懸かっているんだから!!」

“彼女”を待ち構えるために、光源が浮かび上がった頃から上空で待機していた不動と仮屋。
彼等は、本来であれば過激派とぶつけるための戦力として界刺が考えていた仲間である。
そんな彼等を、過激派にぶつける以外の目的で頼らなくてはならなくなった、それは界刺にとっての誤算。

「まぶしいですねー!まさか、あやしい親交を深めるためのお近づきに店長がくれたサングラスがこんなときに役に立つとは思いませんでしたー!!」

それは、誰にとっても誤算になり得る“存在”。この戦場における最大の“イレギュラー”。

「さぁ!!何をしてるかは知らねぇが・・・もし、あれが救済委員の奴等の仕業なら・・・このあたしが全部丸ごとブッ飛ばしてやるよ!!!!」

“花盛の宙姫”の襲来。空を統べる“それ”が―戦場を席巻する!!


不動真刺&仮屋冥滋VS閨秀美魁&抵部莢奈  Ready?

continue!!

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年05月31日 23:31