自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

148 第111話 脱出せよ

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第111話 脱出せよ

1484年(1944年)1月17日 午前7時 ラグレガミア南西3ゼルド地点

ラグレガミアからトアレ岬までは、トラルファ街道と呼ばれる道で繋がっている。
道の幅は、馬車が横に2台並んでも充分に走れるほど広く、昔から住民達に使われてきている。
現在、この街道を使用する馬車は、全体の6割ほどがシホールアンル軍所属の馬車隊である。
この日、1台の馬車がトアレ岬に向っていた。馬車の荷台から、レガル・チェイングは後ろを眺める。
朝の街道は、実に静かな物である。
すれ違う馬車は1時間に1、2台ほどで、人も6、7人が道の反対側を歩いていたのみである。

「いくら整備された街道とはいえ、朝方ともなれば寂しい物だ。」

レガルは、どこか気取った口調で、妹のセルエレに言った。

「今から2時間前、奴らも、この道を通ったのよね?」

セルエレは、兄の言葉を無視して、御者台で馬車を操る男に話しかけた。

「ええ。この地区に待機していた部下からそう報告がありました。このまま行けば正午ごろ、遅くても夕方までには
トアレに着くでしょう。」
「そう。しかし、兄さんもでかしたわね。」

セルエレは、兄レガルに対してやや冷たい口調で言った。

「当然だ。優秀な奴は運も味方につけるのさ。しかし、あの7人のウェンステル人が、俺達の捜し求めていた
鍵を見つけていたとはね。」

レガルは、顔をひくひくと引きつらせながら、昨日の事を思い出した。


昨日の午前2時頃、たまたま飲み屋に出かけていたレガルは、偶然にも馬車乗り場で見覚えのある集団を見つけた。

「・・・あれは、ラグレガミアで見かけた現地人共か。ん?誰かが一緒に居る。」

レガルは、遠くでそのウェンステル人達を見ていた。その時、集団の中に、青い長髪の女を見つけた。

「青い長髪・・・・・顔は、見た限りは明るい女、という感じだが。」

ふと、レガルはその女が、捜し求めていた女と意外に似ている事に気が付いた。
彼は慌てて、懐から持っていた似顔絵を出す。
似顔絵の特徴と、目の前に居る女の特徴とはやや合わなかったが、その後姿は、紛れも無く鍵本人であった。

「見つけた・・・・・ついに見つけた・・・・!」

レガルは喜びで一杯になった。すぐさま女を捕らえるべく行動に移ろうとしたが、彼の判断はやや遅すぎた。
最後の1人が荷台に乗るなり、馬車は急発進した。

「いかん!」

レガルはその馬車に飛び移るべく、走って追いかけたが、猛スピードで駆けていく馬車には全く追い付けなかった。
レガルは、妹のセルエレを叩き起こした後、別の馬車に乗って鍵の馬車が向ったと思われる地域、トアレ地方に向った。
すぐに追い掛けては、敵に感付かれてしまう危険があるため、レガルはあえて、2時間の差を置いて出発した。

それから5時間余り。彼らを乗せた馬車は、トアレ地方に向いつつあった。

「現地の部隊に指示は下したの?」
「ああ。1個小隊ほどが待機している。」
「これで鍵を入手出来れば、シホールアンル帝国は安泰ね。」
「そうだな。帝国も、そして、俺達の生活も。」

レガルはそう言いながら、ある光景が脳裏に浮かんでいた。
鍵奪取に成功すれば、皇帝陛下から必ず褒美を与えられるだろう。
勲章は勿論、各種の恩賞も貰える。そして、自分自身の名声も高まる。
将来が明るい事は間違いなしだ。

「ふふふふ、セルエレ、楽しみになって来たなぁ。」
「あんたも、同じ事考えていたみたいね。」

セルエレも、笑いながらレガルに言って来た。彼女も、自らの将来の事を想像していたのであろう。
2人は最初、小さな声で笑っていた。その小さな笑いは、時間が経つに連れて大きな物となっていた。


午後4時30分 トアレ地方

「もうすぐでトアレです。」

御者の声が、荷台にいるレガルに聞こえた。

「相変わらず、ウェンステル人の町並みは寂しい物だな。」

レガルは嘲るような口調で呟いた。

「鍵に関する新しい情報は?」
「はっ。鍵は、7人の工作員と一緒に、海岸近くの森に入ったようです。」
「分かった。現地の小隊に森で待機せよと伝えろ。」

レガルは御者の男に指示を下した。
今回、レガルは鍵の捕縛を行うために、国内省直属の非正規戦部隊約1個小隊(30名)の他に、
陸軍の現地駐留部隊のうち、約1個中隊を動員した。
国内省に所属している非正規戦部隊は、不満分子の逮捕、又は秘密裏の殺害を目的として編成されている。
この部隊は、幼少の頃から厳しい訓練を受けて来た元孤児や、拉致して来た少年少女を使えるようにし、
訓練が終われば非占領地に派遣される。
トアレ地方には、シホールアンル陸軍の駐屯地や司令部が海岸から2ゼルド離れた郊外にあり、非正規戦部隊の司令部も
現地軍司令部のある丘の城に置かれている。
非正規戦部隊の将兵は、鍵と同じ施設で訓練を施されてきた殺人兵器でもあり、鍵の“後輩”でもある。

「鍵は、訓練施設では伝説の女として知られている。俺が集めた部隊は、その女達の後輩でもある。後輩達は鍵を越えようと、
一生懸命頑張ってきた。さて、鍵はどのような判断を下して来るかな」

まるで物見遊山に行く観光客が言うような口調で、レガルは呟いた。

「海岸沿いの森となると・・・・その7人の工作員は、アメリカ軍のスパイね。」
「そう見て間違いないな。恐らく、海岸から船を使って脱出するつもりだろう。」

レガルはそう言ってから、人の悪そうな笑みを浮かべた。

「最も、俺たちはとり逃がすつもりは無いが。」
「非正規戦の精鋭30人が、鍵の捕縛に当たるからね。それに、後詰めの部隊も用意してあるし。」
「それもあるが・・・・実は、他にも予備を用意してある。しかも、あの人が直々に準備してくれている。」

午後4時50分

その頃、ヴィクター達は、森の中にある隠れ家で無線交信を行っていた。
無線機に付いているマイクから流れて来た声を、ヴィクターは真剣な眼差しで聞いている。

「・・・・おい、それは本当なのか?」
「残念だが、事実だ。」

無線機の向こう側は、無念そうな口調で言った。

「迎えの潜水艦は、途中でシホットの哨戒艇と交戦して損傷してしまった。艦長からの話では、潜水航行が出来なくなるほど
痛め付けられたようだ。」
「なんてこった!じゃあ、今日中の迎えは無理だってのか!?」

ヴィクターは、唸るような口調で言い放った。
彼らは、午後1時までにはこの隠れ家に入り、急いで無線を開いた。
そこでヴィクターは、海軍の潜水艦が、午後10時までに迎えに来てくれると聞いて安堵していた。
ところが、その迎えの潜水艦は、思わぬ敵との戦闘で傷付いてしまい、迎えには来れぬと言うのだ。
ヴィクターは焦っていた。
トアレ地方に付くまで、フェイレや工作部隊のメンバー達は幾度か、何者かが監視していると言ってきている。
彼らがこのような事を言った後は、必ずと言って良いほど敵と交戦している。
今、ヴィクター達のいる隠れ家に、追っ手が迫っているのはほぼ確実であろう。
そんな時に、迎えが来れないという連絡が入ったのである。

「もうすぐで追っ手が来るかもしれないのに。」
「いや、迎えは一応来る事になっている。」
「何だって?」

相手が発した思わぬ言葉に、ヴィクターは思わず自分の耳を疑った。

「それは本当か!?」
「ああ。代わりの奴があんたらを是非とも迎え入れたいと言っている。そいつは意外と近くに居てね。到着予定時刻は
詳しくは分からんが、早くて午後8時、最悪でも今日中にはそっちに向うと言っている。」
「そいつはありがたい。助かるぜ」

ヴィクターは、嬉しさのあまり、無線の交信相手に抱き付きたくなった。

「それから、迎えに行く船からこのような通信を受け取っている。トアレ地方で目立つ敵施設は無いか、とね。」
「目立つ敵施設・・・・か。」

ヴィクターはその言葉を反芻しながら、アルブに見せてもらった建物を思い出した。
その建物は、町の郊外に叩く聳え立つ城であり、海側からは見えないが、内陸側からはシホールアンルの紋章が城壁に描かれ、
ベランダからは国旗が誇らしげにはためいていた。
城の中には、トアレ地方に展開するシホールアンル軍の司令部があり、北ウェンステル南西部を支配するシホールアンル側の
象徴としても知られている。
また、この城はよく目立つため、シホールアンル側は米軍機の空襲を予期して、城自体や、その周囲に強力な対空砲陣地
を敷いているため、空からは容易に近付けぬ対空要塞とも化している。

「俺達の居る隠れ家・・・・正確には、トアレ岬の北東5キロ程の丘に城が建っている。その城はシホットが占拠していて、
中に司令部が入っているようだ。備砲で砲撃するのかい?」
「ああ、一応な。迎えの船は、敵さんの注意を引き付ける目的で、砲を撃とうとしているようだ。」
「迎えの船に、住宅地には砲弾を当てるなと言ってくれ。その城から東へ1マイルも行けば、住宅密集地がある。砲撃する時は丘から
超えないように撃てと厳命してくれ。」
「OK。」
「これより交信を終了する。」

ヴィクターはそう言って、無線機のスイッチを切った。

「ヴィクターさん、迎えの船は来るんですか?」
「ああ。必ず来るよ。」

エリラの質問に、ヴィクターは微笑みながら答えた。

「迎えに来る予定だった潜水艦が、途中でトラブルにあって来れなくなったんだが、代わりの潜水艦が急行中のようだ。」
「そうですか・・・・良かった。」

エリラはほっと胸を撫で下ろした。

「ヴィクターさん、取って来たぜ。」

その時、ライバが土で汚れた袋を携えて、隠れ家に入ってきた。
ライバは袋を床に置くと、チャックを開けた。
しばらく、彼は中身と睨めっこした後、ヴィクターに顔を向けた。

「装備品は異常無しだな。いじられている様子は無い。」
「分かった。皆に武器を渡してくれ。」
「あいよ。」

ライバは頷いてから、まずヴィクターにM3短機関銃とM1911自動拳銃を手渡した。
持ち込んできた武器は、万が一の場合に備えて、隠れ家から少し離れた場所に埋めて置いた。
ライバは、その埋めた袋を掘り出して、ここに持って来たのである。

「これは?」

その時、フェイレが物珍しそうに銃を見つめていた。
外見からして、油さし機に似たような武器である。

「ああ、フェイレは銃を見るのは初めてだったか。こいつは、M3短機関銃という武器だ。」

ヴィクターは説明しながら、M3短機関銃に付いていた弾倉を外し、薬室を確かめてからフェイレに持たせた。
ずしりと来る感触に、フェイレは戸惑った表情を見せた。

「お、重い。」
「こいつはそんな物だ。慣れれば余り重さも感じなくなる。この銃は、この弾倉に入っている弾を撃ち出して、相手を倒す。
弾倉には30発の弾が入っている。こいつで敵の集団にバリバリと撃ちまくれば、相手はばたばたと倒れる。」
「恐ろしい武器・・・・これを作った工場は、昔から似たような武器を作って来たのね。」

フェイレはそう断言した。
アメリカ軍は、このような強力な武器を山ほど装備するようだ。これなら、体力的に強いとは言えぬ兵士も強力な武器を持つ事になる。
あの精強なシホールアンル軍が、今のような状況に追い込まれたのも分かるような気がした。

ふと、フェイレはヴィクターが笑みを浮かべている事に気が付いた。

「どうして笑っているの?」
「いや、ちょいとね。」

ヴィクターはそう言ってから、右手を差し出す。察したフェイレはM3短機関銃を彼に渡した。

「実はなフェイレ。この武器を作った工場は、ちょっと前までは武器を作っていなかったんだ。」
「は?武器を作っていなかった?」
「ああ。この武器を作った会社はジェネラルモータースという名前の会社で、車という機械を作っていたんだ。」

「う~ん・・・・・なんか、今の自分じゃ理解できそうにもない話ね。」

首を傾げるフェイレに、ヴィクターは思わず苦笑した。

「まぁ、その事は後で話すとするか。フェイレ、周りの様子はどうだ?」
「周りの様子は・・・・・」

フェイレは、すぐに探査系の魔法を発動させた。
隠れ家にある生命反応は、ヴィクター達工作部隊の物であるから、気にしないでも大丈夫だ。
それから5分ほどが経ち、彼女は探査魔法を止めた。

「この隠れ家からそう遠くない所で、幾つかの生命反応がある。」
「生命反応?」
「うん。そう遠くないほどに6つほど。移動中だったわ。」
「敵の動きはどうだった?」
「・・・・かなり良い。恐らく、特殊部隊ね。」
「早速追っ手がお出ましか。」

ヴィクターはそう呟いた後、袋から取り出した時計に視線を移した。
時間は、午後5時20分を回っている。

「迎えは、早くても8時に来る・・・か。あと2時間40分、人生で、最も長い時間になりそうだ。」

ヴィクターは、どこか憂鬱な口調で呟いた。

午後7時 トアレ地方

レガルとセルエレは、海岸近くの森に少し入った所にある指揮所に入った。

「お待ちしておりました。どうぞ、お座り下さい。」

現地駐留部隊の中隊長が、用意していた椅子に座らせようとする。だが、2人はそれを断った。

「いや、いい。それよりも、部隊の配備はどうなっている?」
「非正規戦部隊は、隠れ家を取り囲むように布陣しています。あとは、あなたの命令を待つだけです。」
「そうか・・・・・セルエレ、どうする?」

レガルは、セルエレに聞いた。

「もう少し待っておくかい?」

レガルは、攻めるも良し、もう少し待つのもまた良いと思っていた。
鍵と一緒に居る敵の工作員は、せいぜい7人から、多くて8人程度である。
それに対し、こちら側は訓練施設で殺人術を徹底して叩き込まれ、数々の任務をこなしてきた30人の精鋭である。
今すぐ突入しても、30対8か9程度であるから、勝算は充分にある。
逆に、敵を待たす事も良い。待つという事は、意外に神経をすり減らす物である。
いつ敵が来るか分からぬ状態では、どのような優秀な者でもたちまち参ってしまう。
いわば、一種の心理戦である。
敵が、心理戦に耐え切れなくなり、逆に打って出れば、こちらも一気に総攻撃に出て相手を一網打尽にできる。
即攻撃か。心理戦か。
どちらを取っても、レガル達が主導権を握っている限りは敵に勝算は薄い。いや、無いと言ったほうが正しいのかもしれない。

「待つのもいいけど、それだと早く仕事が終われないし。やっちゃいましょう。」
「わかった。では、10分後に突入させよう。」

レガルは決断した。

「敵のアメリカ人共は本当にご苦労だった。さて、これからは長い眠りに付いて貰うとするか。」

彼は、傍目から見ればぞっとするような冷笑を浮かべていた。
そして、あっという間に10分が過ぎた。
レガルは、待機している部隊に、魔法通信を送った。


「目標物以外は全て殺せ、か。了解。」

鍵捕縛班の第2班班長を務めるロフル・ウレンスは、魔法通信の内容を読み取るなり、ニヤリを笑みを浮かべた。
今、彼の第2班は、隠れ家から北西100メートルの森に隠れている。

「行くぞ。」

彼は、押し殺した声で部下達に命じた。
ウレンスの後ろから黒の作戦服を身につけた部下達が素早く、しかし、音を立てずに走り抜けていく。
森は、鬱蒼とした木々に覆われているが、その狭い間を、まるで透き通っているかのような速さで抜ける。
(偉大な先輩との手合わせか。)
ウレンスは、内心喜びに満ちていた。
シホールアンル帝国内にある特殊訓練施設では、日々、多くの孤児達が殺人兵器となるべく訓練を受けている。
最近は、志願兵が圧倒的多数を占めるようになっているが、ウレンスはその中で、数少ない孤児組である。
彼は今年で19歳になる少年だが、北大陸では既に20以上もの秘密作戦に携わり、全てを成功させている。

殺した“敵”の数は数え切れぬほどだ。敵の中には、女子供も結構含まれていたが、ウレンスは命令通りに処理し続けた。
(今までの敵は、どいつもこいつも頼りなかった。だが、同じ訓練所を出た先輩・・・・青髪の人食い女帝と戦えるとはね。
上の連中も、たまにはいい仕事を持ってきてくれるな)
ウレンスは、内心でそう呟いた。
他の班も既に動き始めているのだろう、右手、または左手からも、移動する気配を感じる。仲間達は、ほんの微かな気配しか放っていない。
ベテラン兵士でも、彼ら非正規戦部隊の気配を感じ取る事は非常に難しいと言っている。
今回の獲物は、偉大な先輩を連れ去ろうとしているアメリカ人達だ。
そのアメリカ人達は、意外と侮れない武器を持っていると聞く。
だが、流石にこの北大陸まで、噂の銃とやらは“持ち込んでいない”であろう。
持ち込めば、すぐにバレてしまう。普通のスパイなら、目立つ物をあえて持ちたがらない。
だとすれば、武器はナイフか長剣、あるいはクロスボウぐらい。
それに魔法使いの攻勢魔法が加わるぐらいだ。偉大な先輩も防戦に加わる筈だから、多少は梃子摺るであろう。
(しかし、俺達は先輩の後輩だ。先輩と同じ事を、俺達は叩き込まれている。先輩さえ抑えれば、後はこっちの物だ)
ウレンスは、やや楽観していた。
先頭が、隠れ家まであと30メートルまで迫った。
ちなみに、この非正規戦部隊は、北大陸のみでしか活動していない。だから、彼らは、窓から外を睨む銃口に、全く気がついていなかった。
最先頭が30メートルを切った時、突然、窓からダダダダダ!という聞いた事もない音が鳴り響いた。

「なっ!?」

ウレンスが突然の轟音に仰天した時、先頭にいた2人の部下が悲鳴を上げながら倒れた。

「なんてこった!」

ウレンスは驚愕に顔を歪めた。その時、猛烈な殺気を彼は感じた。咄嗟に、身の危険を感じた彼はすぐに地面に伏せる。
何かが、彼の背中の上を駆け抜けていく。サブマシンガンの弾が、彼を捉え損ねて空を切った音であった。

「畜生!あいつら、銃を持ち込んで居やがった!」

この突然の不意打ちに、非正規戦部隊の隊員は、あっという間に9人が撃ち倒されていた。
窓や、側壁の穴からひとしきり閃光が煌き、銃弾が伏せる隊員達に向っていく。
1人の兵が腕を撃たれる。初めて体験する被弾に、常に笑って人を殺していたその兵が、驚きに顔を歪め、思わず姿勢を上げる。
その次の瞬間、サブマシンガンの銃弾が次々と、その兵の胴体に命中する。
一瞬のうちに胸や腹を撃ちぬかれ、その兵は体から血を吹き出しながら昏倒した。
連射音がしばらく続いた後、森はしんと静まり返った。

「・・・・・・・」

誰もがしばらくの間、地面に伏せていた。
初めて体験する銃弾の嵐に、さしもの精鋭部隊も体が竦んでいた。
ふと、別の殺気が向かって来るのを、ウレンスは感じた。彼はすかさず顔を上げた。

「意外と反応が早いわね。」

目の前に、青い長髪の女性が立っていた。その瞬間、ウレンスは体を横に転がした。
ついさっきまで、顔があった位置に足が振り下ろされている。

「くそ!」

彼はすぐに立ち上がって、その青髪の女の足に蹴りを入れ、その次いでに肘打ちを入れる。
並みの人ならば、蹴りで体制を崩された後に、肘打ちを顔面に受けている。その後は、大抵、顔面に大きな怪我を負っている。
当たり所が悪ければ、死に至る場合もある。
その必殺の打撃が、

「ふぅ、危ない!」

いとも簡単にかわされた!

「やっぱり、あの施設出身とあって、いい腕してるわ!」

女の声が耳に入るが、彼の頭は、この目の前の化け物をどうやって倒すかで一杯であった。

「こうなったら!」

彼はフェイレの鋭い回し蹴りをかわしながら、腰のナイフを取り出そうとした。
目標に対してはなるべく、無傷で捕縛するように命じられていたが、相手が凶暴な戦闘技能者である場合は仕方がない。
ナイフで脇腹を浅く抉る程度なら大丈夫だ。
ウレンスはそう思い、常人では目に見えぬ速さでナイフを取り出し、それをフェイレの腹に突き刺そうとした。

「チッ!」

女の舌打ちが聞こえた、と思った瞬間、女の腕が自分の腕に絡まり、そして、あらぬ方向に曲げられた。
自分の腹に何かが突き刺さった。

「う・・・ぐぁ・・・・」

あろう事か、自分のナイフが、自分の腹に突き刺さっていた。

「が・・・・なぜ?」

ウレンスは信じられなかった。
目の前の女は、彼が戦闘不能になったと確信したのであろう、それ以上攻撃しようとしない。
ふと、背後から部下がナイフを突き出す。

確実に突き刺さる、と思った時、女はまるで見えていたかのように体を1回転させて、その突きをいとも簡単にかわす。
そして、一瞬にして背後に回った女は、頭を鷲掴みにする。息つく暇も無く、その後頭部を、自らの膝に打ち付けた。
部下の体がびくんと痙攣し、口から泡を吹いて昏倒する。

「動きはいいけど、あたしには及ばないわね。」

女は、その冷たい瞳で言った後、彼の顎を蹴り上げた。
この間、非正規戦部隊の他の班は、家から飛び出してきたエリラとイルメの奇襲を受けていた。
エリラは攻勢魔法の一種である閃光魔法で相手の目を眩ました後、急所に拳を容赦無く突き入れて倒す。
イルメはサブマシンガンを見える敵に向かって撃ちまくった後、生き残りの敵に突進して、力押しで押していく。
非正規戦部隊の将兵も、手錬が揃っているだけあって立ち直りは早く、最初は優勢に立っていたエリラやイルメも、次第に押され始めた。
だが、その非正規戦部隊の士気を木っ端微塵に打ち砕く事態が、後方で発生した。

指揮所は、隠れ家から500メートル離れた場所にある。
最初、レガルとセルエレは、物事は万事順調に行っていると思っていた。
所が、突然響いて来た銃撃音に彼らは仰天した。

「い、今の音は!?」
「銃撃だ!あいつら、密かに機関銃を持ち込んでいやがった!」

レガルとセルエレは、やられたと思った。
隠れ家にいた工作員達は、確かに待っていた。だが、待つ事は逆に、不利な筈の彼らを有利にしていた。
そして、レガルの命令で行動を開始した非正規戦部隊を見つけるや、彼らは持っていた銃器を一斉に撃ちまくったのである。
交戦から5分ほどが経っても、一向に鍵を捕縛したとの情報は入って来ない。
逆に、隠れ家から出て来た数人の敵が、鍵と一緒に外で暴れ回っているという情報が入る始末だ。

「ええい!役立たず共め!」

レガルは、非正規戦部隊の不甲斐無さに激怒した。
ふと、上空に何かの音が聞こえてきた。まるで、大きな羽虫が通過していくような音である。

「飛空挺だ!飛空挺が上空を飛んでいる!」

いきなり、中隊長が引きつった声で叫んだ。

「もしかして、鍵の捜索にやって来たのではありませんか?」
「鍵の捜索・・・・いや、もしかしたらその支援かもしれない。」

レガルはそう答えた。

「アメリカ軍機は爆弾を積んでいる可能性があります。そうなれば」
「落ち着け!」

すっかり狼狽している中隊長に、レガルはぴしゃりと言った。

「中隊長、ここはどこだ?鬱蒼と茂る森林地帯だぞ?上空からは森の木々が邪魔になって、中は見えない。」
「あ、確かにそうですな。」
「恐らく、アメリカ人達は海岸で飛空挺の出迎えを受ける予定だったのだろう。だが、奴らは今、非正規戦部隊との交戦で海岸にいけない。」
「このまま時間を稼げば、飛空挺は諦めて飛び去っていく。ここは、時間を稼いだほうがいいわ。」

セルエレも、自信ありげな口調で言ってきた。
突然の予期せぬ事態に、狼狽しかけた彼らだが、レガルとセルエレの説明を聞いて落ち着きを取り戻した。

「なるほど。確かにそうですなぁ。」
「ああ。しかし、予想外の奇襲を受けたと言うから、非正規戦部隊の被害は大きいだろう。ここは、君の中隊からも増援を出したほうが良いと思う。」

「わかりました!すぐに増援を送ります!」

中隊長は、勇み込むような口調で返事した後、指揮所から出ようとした。
指揮所の天幕からは、背後の丘の上に聳え立つ城が見える。
その城の上空に、青白い光が現れた。
一瞬にして、勇壮な姿を感じさせる城が闇夜から浮かび上がる。

「・・・・今のは?」

レガルとセルエレは互いに顔を見合わせた後、急いで指揮所の天幕から出た。
後方に聳え立つ司令部の上に、いくつもの照明弾が見える。
この時、海側のほうから何かの飛翔音が聞こえて来た。
それがあっという間に通り過ぎたと感じた瞬間、司令部のある城のすぐ左側で爆発が起こった。
爆発の規模は意外に大きく、丘の斜面がごっそり抉られ、上空に高々と土砂が吹き上がっている。

「なっ!?」

突然の爆発に、レガルとセルエレ、いや、指揮所の天幕にいた全員が度肝を抜かれた。

突然、ドドォーン!という重厚な爆発音が、夜の森の中に響き渡った。
たった今、3人目の敵を殴り倒して、4人目の敵と戦おうとしていたエリラは、突然の轟音に体を竦めた。
目の前の敵も、いきなり鳴り響いた爆発音に、動きを止めた。
海側の方角から、ズドーンという間延びしたような爆発音が響いて来た。
上空にまたもや、何かが空気を切り裂いて飛翔していく音が鳴る。
そして、再び轟音と共に、地震のような振動が大地を揺らした。

「く、くそ!こんな事で俺はひるまんぞ!」

いきなり、目の前の敵が喚いてきた。

「死ね!」

敵はナイフを振りかざして突っ込んで来たが、動揺しているためか、動きがのろい。
エリラはそれをすっとかわし、その敵の頭に左回し蹴りを叩き込む。
が、敵も上手い者で、かかとが敵の頭を掠めただけで、大したダメージを与えられなかった。

「ちょこまかと動きやがって!」

敵は苛立っているのか、先よりも大声で喚いた。
その次の瞬間、またもや飛翔音が鳴った、と思いきや、ドォーン!というこれまでに聞いた事の無いような大音響と振動が鳴り響いた。

「ひ、うわぁぁーーーーー!!」

いきなり、敵が後方に逃げ出した。突然、おかしな行動を起こした敵に、フェイレはしばらく茫然としていた。

「・・・・あらら、どっか行っちゃった。」

彼女がそう呟いた時、またもや砲弾の弾着音が鳴り響いた。
今度は結構遠かった。

「エリラ、無事か!?」

ヴィクターの叫び声が聞こえた。エリラは、声のした方角に体を向けた。

「はい!無事です!」

「そうか。畜生、海軍の奴ら、下手糞な射撃をしやがる。全員、今すぐ俺の所に来てくれ!」

エリラは、ヴィクターの言われるがままに、隠れ家のすぐ近くまで走った。
隠れ家の周囲には、先ほどまで戦っていた敵部隊の死体が散乱しているその数は12体ほどあった。

「皆集まったな。」

砲弾の飛翔音が鳴り続ける中、ヴィクターは集まった面々を見つめながら口を開いた。

「今さっき、無線機に連絡が入った。それによると、海軍の連中は立った今、迎えに来てくれたようだ。」
「迎えに来てくれた、ですって?」

ライバは、素っ頓狂な口調で言いながら、砲弾の飛翔音が鳴る上空に指を向ける。

「お出迎えは潜水艦ですよね?潜水艦の砲撃にしては、馬鹿に威力がでかいようですが・・・」
「ああ、実はな。出迎えは潜水艦じゃない。戦艦を含む艦隊が、沖に来ているんだ。」
「「戦艦!?」」

フェイレを除いた、メンバーの全員が驚いたように叫んだ。

「ああ、そうだ。詳しい事は後で話そう。それよりも、今は海岸に向って脱出する事を考えよう。
既に、大型無線機は銃で破壊した。後は、俺達が逃げるまでだ。」

ふと、ヴィクターは後ろを振り返った。
遠くから、多数の篝火がゆらゆらと揺れ動いている。

「シホットの増援が来ている。急いで逃げるぞ!」

ヴィクターは切迫した口調で仲間達に言った。

「そうね、まずは、ここからとんずらする事が先ね。」

イルメは、刃先で裂かれた右頬に布をあてがいながら、陽気な口調で言う。

「よし、皆行くぞ!」

ヴィクターの掛け声が発せられるや、フェイレを含んだ工作部隊の面々は、先の格闘戦の疲れを感じさせぬ足取りで走り始めた。


「急げ!あいつらを捕まえるんだ!」

レガルは、大声で後続する歩兵隊に向って叫んだ。
彼とセルエレは、非正規戦部隊の生き残り達が、突然の砲撃に驚いて逃げ出したのを見て、残った歩兵中隊を率いて鍵を捉える事にした。
そして、追跡開始から40分ほどが経ち、森の切れ目が見えてきた。

森の上空に、魔道士が打ち上げた照明弾が光る。

「居たぞ!あいつらだ!」

中隊長が、ずっと先に動いている幾つかの人影に指揮棒を向けた。

「足止めに攻勢魔法を撃て!」

命令された魔道士が、威嚇のために人影の背後に攻勢魔法を飛ばす。雷のような物が掌から飛び出し、それが木の幹に命中して爆発する。
別の攻勢魔法は、人影の側に命中して土煙を上げた。
いきなり、2つの人影が振り返った。そして、遠くから機関銃を打って来た。

「伏せろ!」

中隊長が叫んだ。200メートルも距離が離れているため、全く当たらなかったが、それでも彼らを怯ませる効果はあった。

「何している!さっさと走れ!」

レガルは血走った目で中隊長に言った。

「あいつらが連れている鍵を手に入れれば、我が帝国は安泰だ!それに、貴様らも英雄になる!さあ、俺に続け!」

レガルがそう喚きたてながら、遠くの人影に向って走り出そうとした時、目の前に緑色の閃光がきらめいた。

「くそ、目潰しか!!」

いきなりの不意打ちに、レガルやセルエレ、それに駆け出そうとした中隊長らも目を覆った。
20秒ほどで、視力は回復してきた。

「おのれ、小癪な真似を!!」

レガルは、怒りで顔を歪めながら、再び走り出した。その直後、何かの飛翔音が響いて来た。
と思ったその刹那、ドォーン!という爆発音が森の中に木霊した。
レガルは爆風に背中を叩かれ、胸を地面に強打する。
胸が巨大な槌に潰されたかのように圧迫され、一瞬だが呼吸が止まった。

「・・・・・!」

声にならぬ痛みに、レガルは胸を抑える。いきなり、彼の体に誰かが乗ってきた。レガルはそれを押しのけた。

「はぁ・・・はぁ・・・・い・・・今のは?」

レガルは、突然の事態に頭が混乱しかけていた。彼は周りを見渡そうとして、まず、押しのけた何かを見た。

「・・・・・おい、セルエレ・・・・セルエレ!」

レガルは、胸の苦しみも忘れて、セルエレの体を揺さぶった。
先ほど、彼の体に乗ってきた何かは、セルエレであった。

「・・・・あ、兄さん。」

セルエレは、はっきりした口調で答えた。

「はは・・・・あたしって、運が無いね。」

セルエレは、自分の左胸と腹部を押さえていた。そこから、血が噴き出ている。

「馬鹿!何も喋るな!」
「今、喋らないと、言いたい事も言えないよ。」

セルエレは、微笑みながら兄に言った。口の端から血が流れている。傷は、内臓にまで達しているようだ。

「言いたい事・・・だと?」
「うん。まぁ色々あって、最後はこうだったけど・・・・楽しかったよ。」

いきなり、背後で爆発が起きる。レガルは爆風からセルエレを守ろうと、自らの体を盾にした。
幸い、この砲弾の爆発で、レガルは傷を負わなかった。

「セルエレ・・・・?」

ふと、レガルは妹が目を閉じている事に気が付いた。何度呼び掛けても、妹は反応しなかった。

「・・・・・なんてこった・・・・・!」

レガルは、自分の不甲斐無さを呪った。
鍵を追い詰める事ばかり考えていたために、彼は沖にアメリカ軍艦艇が進出している可能性を全く考慮していなかった。
ただ、鍵を捕まえ、本国に引きずり戻せば良いとしか考えていなかった。
その結果が、これである。
レガルは、セルエレと共に仕事熱心として知られている。
その持ち前の仕事熱心さが、妹を死なせると言う最悪の結果を生んだのである。

「俺は・・・・・俺は・・・・・!」

レガルは、妹の亡骸を目の前にして泣いていた。
その時、1発の砲弾が至近距離で炸裂した。レガルとチェイングは、その爆煙の中に消えた。
煙が晴れると、そこには、重なり合うようにして息絶えた、2人の男女の遺体があった。


巡洋戦艦アラスカの艦上では、海岸から2000メートルの至近距離にまで近付いた軽巡洋艦のクリーブランド、コロンビア、
オークランドが、緑色の光から後方の部分を砲撃する様子が見て取れた。
3隻の軽巡は、5分間射撃を行ってから砲撃を止めた。

「巡洋艦部隊が砲撃を終えました。」

アラスカ艦長であるリューエンリ・アイツベルン大佐は、見張りの報告を聞いた。

巡洋戦艦アラスカは、急遽編成された救出部隊の旗艦として、軽巡3隻、駆逐艦12隻を率いてこのトアレ岬沖に赴いていた。
アラスカは今、他の駆逐艦部隊と共に、敵艦隊出現に備えて沖合を警戒している。

「敵さんはクリーブランド級の6インチ砲、アトランタ級の5インチ砲をモロに喰らったかもしれないな。」

3隻の軽巡は、敵の追撃部隊から逃れようとする工作部隊の援護のため、緑色のマーカーからやや後方に向けて、5分間全力射撃を行った。
5分間の間に、クリーブランドとコロンビアは6か7秒おきに、オークランドは5秒おきに斉射を繰り返した。
海岸から400メートル離れた森林地帯には、5インチ砲弾、6インチ砲弾総計1000発以上がぶち込まれ、今では赤々と燃えている。
敵の追撃部隊は、恐らく歩兵中心の部隊であったろう。
追跡中であった敵部隊は、いきなり海側から多量の砲弾を叩き込まれたのだから、さぞかし仰天した事であろう。
(仰天する所か、逃げる暇も無く殲滅された可能性もある。あの森の中は、阿鼻叫喚の巷と化していたかも知れん)
リューエンリは、憎むべき敵とは言え、一瞬だけシホールアンル側に同情の念が沸いた。
それから20分ほど時間が過ぎ、アラスカに通信が入った。

「クリーブランドより入電。我、目標を含む工作部隊全員を収容せり、であります。」
「司令、どうやら作戦は成功したようです。」

リューエンリは、それまで黙っていた士官。
救出部隊司令官フランクリン・ヴァルケンバーグ少将にそう言った。

「うむ。どうやら、騎兵隊の役割をなんとか果たせたようだな。」

ヴァルケンバーグ少将は満足気な口調で言いながら、内陸のほうに双眼鏡を向ける。
視線の先には、先ほど、このアラスカが砲撃した、シホールアンル軍司令部のある城がある。
アラスカは、15000メートルの距離から、クリーブランド、コロンビアが搭載する水偵の協力を得て、この目立つ城に艦砲射撃を行った。
最初、アラスカの射撃はかなり甘く、第3射にいたっては目標からかなり手前に落ちると言う有様であった。
だが、交互撃ち方5回目で、ようやく目標を捉えた後、3回の斉射で城に7発の命中弾を浴びせて炎上させた。

その後、ヴァルケンバーグ少将は、工作部隊と無線通信を交わした後、3隻の軽巡に援護を行うように命じた。
そして40分後、海岸に現れた工作部隊の援護のため、3隻の軽巡は追っ手を追い散らすため、森に向けて砲弾を叩き込んだ。
援護射撃が効いたのであろう、敵部隊はそれ以上追撃する事は無く、工作部隊は無事にクリーブランドに乗艦できた。

「さて、任務は終わった。長居は無用だ、早めに引き上げるとしよう。」

ヴァルケンバーグ少将はそう言うと、全艦に向けて新たな指示を送った。

午前8時30分 トアレ岬沖7マイル地点

フェイレは、工作部隊のメンバーと供に、軽巡洋艦クリーブランドの部屋で休んでいた。

「ふぅ~、これで、ようやく一安心だ。」

ヴィクターは、これまでにないほど明るい表情で言った。

「しかし、潜水艦の変わりに、こんなでっかい軍艦を用意するとは、アメリカ海軍も太っ腹ですねぇ。」

エリラは、興奮した口調でヴィクターに言った。

「ああ、そうだな。まあ、詳しい事は後で聞くとして、今はゆっくり眠りたいな。」
「僕は眠るよりも、メシが食いたいですね。」

ライバが笑いながら言って来た。彼は、工作部隊のメンバーの中で、一番の大食漢である。

「今日なんか、適当に軽い食事を1回取ったのみですよ。これじゃあ体が持ちませんぜ。」
「まあまあ、今は我慢しろよ。」

ヴィクターは苦笑しながら言う。
敵地を無事に抜けたためか、工作部隊のメンバー達はいつも以上に饒舌だ。
あの一番無口であったハムクですら、満面に笑顔を浮かべてルークと話し合っている。
(みんな緊張していたんだね)
フェイレは、会話を交わすメンバー達を見て、ふとそう思った。

「あ、そういえば皆さん。今からこの薬を飲みませんか?」

エリラは、側においていた袋から試験管のような物を取り出した。

「これは変装解除薬なんですけど、北大陸から脱出した以上、もうこの姿は必要ないですし、今のうちに飲んでおきますか?」

エリラの提案に、メンバー達は即答した。

「「1本くれ!」」

全員が異口同音に呟き、手を差し出していた。

「分かりました~♪じゃあ、1本ずつ渡していきますね。」

エリラは呑気な口調で、全員に1本ずつ試験管を渡した。

「なるほど、薬を使って変装していたわけね。」

フェイレは、ははぁと言ってエリラに向けて呟いた。

「ええ。このほうが手っ取り早かった物ですから。」

エリラは微笑を浮かべながら返事すると、自らも試験管の魔法薬を一気に飲み干した。

それから20分が経った。

「・・・・あんた、獣人だったんだ・・・・」

フェイレは、エリラの真の姿を見て驚いていた。
エリラは、変身が解ける前は、ボーイッシュなウェンステルの女、といった格好であった。
それが、今では頭に猫耳を生やした、ショートカットの獣人娘である。
エリラは、女性としては美人に入る部類で、それでいながら、

「噂には聞いていたけど、獣人って初めて見るわ・・・・これ、本物?」

フェイレは何気ない動作で、エリラの耳を触った。それは、紛れも無く本物だった。
エリラは、予め変装魔法の解除薬を準備していた。
この解除薬は、任務が成功したあとに飲む物と決めていた。変装魔法は、解除薬を飲んでから
短時間で元に戻るように作ってあるため、エリラ達は短時間で、以前の姿に戻っていた。

「びっくりした?」

エリラがてへっと笑いながら聞いた。

「まあ、それなりに。」
「それなりにって、ちょっと曖昧よ。」

フェイレとエリラは、やがて互いに笑い合いながら会話を重ね始めた。
それが1分も経たぬ内に、突然、艦内に警報ベルが鳴り響いた。

「敵艦隊発見!総員戦闘配置!総員戦闘配置!」

部屋の外にある通路で、青い服を着けた水兵や、カーキ色の服を着けた士官が、血相を変えて駆け抜けていく。
中には、もたもたしている兵がおリ、それを見つけた下士官が、時折怒鳴り散らして、その兵のケツを叩く。

「敵艦隊だって・・・・?おいおい、これから海戦が始まっちまうのかよ。」

ヴィクターの声が耳に飛び込んできた。フェイレは、その声が困惑で震えているように思えた。
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