第116話 ミスリアルの荒くれ男達
1484年(1944年)2月10日 午前9時 ミスリアル王国ヘスレリナ
ミスリアル王国中南部にあるヘスレリナは、ミスリアルでも第6位の都市として広く知られている。
海沿いの町バジャウルンガの北9ゼルドの所にあり、昔から交通の要衝として発展してきた。
この町は、遠い過去に起きたミスリアル独立戦争の激戦地としても知られる他、ミスリアル人の聖地としても広く知られている。
どうしてここが聖地なのか?その理由は、ヘスレリナ郊外の森林地帯に聳え立つ、とある物にある。
エルフ族であるミスリアル人は、太古から森に住んできた。彼らは長年森と共に住み、森の精霊達と共に1本1本の木を大事に育ててきた。
そのミスリアルの民達なら、知らぬ物は居ないほど有名な物。
聖なる木、スレリナ。
この木こそ、ミスリアル王国を象徴する物の1つである。スレリナは、幹の回りが優に300メートルもあり、高さは200メートル以上もある。
まさに、山並みの大きさだが、それでいてスレリナの姿は美しく、見る者の心を癒すような力がある。
戦争が始まる前は、このスレリナを見るために、わざわざ遠くからやってくる旅人も多く、ヘスレリナの町は常に賑わっていたという。
ある日、エルフ族の聖地とも言うべきこの町に、彼らはやって来た。
へスレリナの町は、少し離れた郊外に町の外周を一周できる道がある。
道は一昔前まで荒れに荒れていたが、彼らがやってきてからは綺麗な道に早代わりし、今では、町の住民達が散歩がてらによく利用している。
この日も、街道沿いには現地の住民達が散歩したり、これから職場に向かう為、街道を利用していた。
あるエルフの少年は、大工道具を持って家に帰ろうとしていた。季節はまだ冬で、外気は冷たい。
しかし、空は晴れており、ぽかぽかとした陽光が体を温めてくれる。
「おっ」
ふと、少年は目の前からやって来る一団に注目した。
「今日もやってるなぁ。」
少年は、何故かにやけながら、走って来る一団を見つめていた。その一団は、ミスリアル兵ではない。
3列縦隊で走るその男達の側で、1人の男が何かを言っている。
3列縦隊の男達は、男が言った言葉を大声で口にしながら、男と一緒に走っている。
近付くに従って、男達の声が明瞭になってきた。
彼らがすぐ近くまで来た時、少年は彼らが歌っていたことに気が付いていた。
「いつもながら思うけど、毎回歌詞が違うんだなぁ。」
少年は感心しつつも、男達の歌の内容を聞き取っていた。
「シホールアンルはろくでなし~」
「シホールアンルはろくでなし!」
「マオーンドは腰抜けだ~」
「マオーンドは腰抜けだ!」
「オールフェスは馬鹿野朗~」
「オールフェスは馬鹿野朗!」
「虐殺、征服、疫病神~」
「虐殺、征服、疫病神!」
少年は、その内容に思わず吹き出してしまった。彼らにとって、敵国の首脳を罵倒する事なぞ日常茶飯事である。
しかし、その罵倒を、意外と抑揚の付いた替え歌にして歌いまくるとは。彼ららしいと言うべきであろうか。
通り過ぎ間際に、彼らと少年は目が合った。
3列縦隊の集団と、側の男が通り過ぎてすぐに、歌が再開される。
「エルフのボーイが笑ってる」
「エルフのボーイが笑ってる!」
「こっちを~見て笑ってる。」
「こっちを~見て笑ってる!」
「そんな君も入ろうぜ~」
「そんな君も入ろうぜ!」
「強者ぞろいのマリンコに~」
「強者ぞろいのマリンコに!」
男達の集団・・・・・アメリカ海兵隊の勇士達は、新たな歌詞を口ずさみながら走り去って言った。
「ふぅ・・・・俺まで歌詞にされるとはなぁ。そこらの吟遊詩人、顔負けの歌唱力だぜ。」
エルフの少年は苦笑しながらも、自分の家に向かって歩き続けた。
アメリカ合衆国海兵隊は、1944年2月の時点で、ミスリアル王国に4個師団及びに1個航空団を展開させていた。
バゼット半島中南部に位置するバジャウルンガには第1海兵師団及び第2海兵師団。
へスレリナには第3海兵師団及び第4海兵師団、そして、第5水陸両用軍団の司令部が置かれている。
その西方20マイルの地点にあるファストリナには第1海兵航空団が駐屯している。
海兵隊は時折、ミスリアル軍と共同訓練を行いながら、日夜錬度向上に励んでいた。
ミスリアル王国の民は、アメリカに国を救われた事を感謝している。
そんなアメリカの軍の中で、地上戦闘にも参加した海兵隊員達は、ミスリアル軍から戦友同然の扱いを受けている。
国民もまた同様であり、ミスリアル戦役が終了してから半年ほどは、海兵隊員というだけで盛大なもてなしを受けたほどだった。
それから1年以上経った今では、そんな過度な興奮もすっかり醒めている。
だが、海兵隊がミスリアルの民に愛されている事には変わり無く、今でも海兵隊員にはやや過剰なサービスをする所も少なくない。
普段はあまり良いイメージが付かぬ海兵隊員も、事前に通達されている事もあったであろうが、ミスリアル国内では滅多に犯罪を起こさなかった。
そんな海兵隊が、久方ぶりに前線に出る事になった。
「次の訓練までは休憩とする。解散!」
第3海兵師団第3海兵連隊第1大隊B中隊に所属しているルエスト・ステビンス中尉は、自ら指揮する小隊の訓練を終え、
部下達を休憩させる事にした。
先ほど、彼らは10キロのランニングを行ったばかりだ。
そのため、冬場であるにもかかわらず、ステビンス中尉を含む小隊の全員が、びっしょりと汗を掻いていた。
部下達に休憩を命じたステビンス中尉は、士官用の休憩室に足を運んだ。
顔立ちはやや面長だが、顔つきは精悍な感がある。髪は短めの角刈りで揃えられており、右腕には刺青が刻まれている。
「そろそろ、新米連中も使えるようになってきたな。」
ステビンスは独り言を言いながら、休憩室に入った。休憩室には、2人の士官が寛いでいた。
彼はそのうちの1人が、こちらに向けて手を上げたのに気付いた。
「よぉルエスト。久しぶりだな!」
鼻の下に口ひげを生やした男が、タオルで汗を拭きながら入って来たステビンスに声をかけてくる。
「おお、ルーシュか!」
ステビンスは、自分と同じ中尉の階級章を付けた男、ルーシュ・フランドル中尉に向けて満面の笑みを浮かべながら、その男の前に
置かれていた椅子に座った。
「司令部勤務のお前が、このキャンプに来るとはな。」
「お前、汗で濡れているな。」
「ああ、うちの部下達と一緒に、そこの街道をジョギングして来た。歌を歌いながらな。」
ステビンスはニヤリと笑いながらフランドル中尉に話した。
「外では、あまり変な歌は歌っていないだろうな?ここ最近、周辺の町長や村長たちが、住民やその子供達の口が、ここ最近
悪くなっているという苦情が、ちらほら来ているようだぞ。」
「それは本当か?」
「ああ。というか、俺も実際に聞いちまったんだ。可愛いらしいエルフの女の子が、ケンカの最中にいきなりとんでもねえ事を
口走りやがった。相手の男の子は股間を抑えて、泣きながら逃げて行ったぞ。」
「どこで見たんだ?」
「バジャウルンガさ。」
フランドル中尉は苦笑しながら言った。
バジャウルンガの周辺には、第1海兵師団と第2海兵師団が駐屯している。
海兵隊の中では最も気性の荒い(海兵隊はどこも似たような物だが)兵が揃っている事で有名だ。
彼らは、訓練中は基地の外で行軍訓練を行う事もある。
ステビンス中尉が小隊の部下達と歌いながら走ったように、彼らもまた、同じ事をよくやる。
また、海兵隊員は総じて口が悪い。(とは言っても、全員が口汚い訳ではない)普通の会話の中もそうであるが、
行軍中の歌の中には、平気で敵国の軍人を馬鹿にしたり、子供が聞いてはいけないような言葉が並んでいる。
そんな海兵隊員の口の悪さが、現地の子供や住民達に聞かれ、影響を及ぼしているのであろう。
「まあ、こんな事も一時的な物でしかないだろうが。」
フランドルは苦笑いを浮かべながらも、タバコに火を付ける。
「お前がここに居ると言う事は、会議は既に終ったようだな。」
「終ったんだが・・・・これは言って良いのかなぁ。」
フランドルは頭をぼりぼりと掻きながら、話の続きをしようか迷う。
ふと、隣の士官が立ち上がって、休憩室から出て行った。
「丁度良い。今は俺とお前の2人だけだ。さぁ、続きを話してくれよ。」
「仕方ないな。誰にも言うなよ?」
昨日の午前9時。ヴィルフレイングにあるアメリカ軍司令部で、今月の20日に行われるホウロナ諸島攻略。
フリントロック作戦と呼ばれた、新たな攻勢作戦の打ち合わせが開かれた。
その時、第5水陸両用軍団の司令官である、ホランド・スミス中将は、末席に座る人物を見て、いささか驚いていた。
「おい、どうしてインゲルテント閣下がおられるんだ?」
スミス中将は、左隣に座っていた参謀長のグレーブス・アースカイン准将に聞いた。
しかし、聞かれたアースカイン准将は分かりませんといって肩を竦めただけである。
フリントロック作戦に関する話し合いは、これまでに2回ほど行われてきた。
今回は第5艦隊司令長官であるレイモンド・スプルーアンス大将(2月7日付けで昇進した)が会議の席に加わる予定であった。
ちなみに、今回の打ち合わせは、2月9日に行われる予定であったが、前日になって10日に行う事が決まった。
「予定がいきなり変わるとは、これはまた珍しい物だな。」
その時、スミス中将は、アースカイン准将に向かって苦笑混じりに呟いていたが、内心では何かあったのでは?と思っていた。
(もしかして・・・・打ち合わせ日が変更になった原因は・・・・)
スミス中将は、心で呟きながら、末席に座る男。
バルランド軍シホールアンル討伐軍司令官である、ウォージ・インゲルテント大将をちらりと見やる。
ふと、そのインゲルテント大将と目が合ってしまった。
スミスが目を逸らす前に、インゲルテント大将は薄笑いを浮かべながら、頭を微かに下げる。
異国の軍とはいえ、相手が大将であるからそのまま無視する訳には行かない。
スミスもまた、軽く会釈した。
「では、これより会議を行う。」
スプルーアンス大将の冷たい口調が室内に響き渡る。彼の一言で、打ち合わせは始まった。
「皆も知っているとは思うが。今日は、バルランド王国軍司令部から、インゲルテント閣下がお見えになっている。」
スプルーアンスは、インゲルテントに視線を向けながら、参加者達に言った。
名前を呼ばれたインゲルテントが席から立ち上がった。
「ウォージ・インゲルテントと申します。よろしく。」
インゲルテント大将は謙虚そうな口調で自己紹介し、軽く頭を下げてから席に座った。
「今回、我々第5艦隊は、バルランド軍と共にホウロナ諸島進行作戦を行う事に決定した。」
スプルーアンスの一言に、参加者一同は驚いた。
「長官、少しばかりよろしいでしょうか?」
第5艦隊所属第58任務部隊司令官のマーク・ミッチャー中将(2月付けでTF58司令官に就任)が聞いて来た。
「なんだ?」
「これまでの打ち合わせでは、今回の攻勢作戦は、わが軍のみで行うと計画されていたはずです。しかし、どうして、
突如バルランド軍も参加する事になったのでありますか?」
「それは、占領する島に問題があります。」
スプルーアンスが答える前に、インゲルテントがミッチャー中将に答えた。
「今回、我々はホウロナ諸島に進行しますが、進行予定地の1つであるファスコド島は、島の大部分が森林地帯となっています。
この島には、1個旅団のシホールアンル軍が駐屯していると、スパイからの情報で明らかになっています。この1個旅団は、
森林地帯での戦いに習熟した部隊であるという情報も入っております。我々バルランド軍としては、この敵部隊に対抗するためには
我々も、森林戦に慣れた部隊を派遣するほうが最善であると判断し、本国の精鋭2個師団をファスコド島進行作戦に投入しようと
判断しました。」
「インゲルト閣下の言われる通り、敵部隊は森林戦に長けた部隊らしい。」
スプルーアンスは補足する。
「海兵隊は、敵軍と比べて優秀な装備を持っているが、我々はあまり森林地帯の戦を経験していない。第1、第2海兵師団は、
1年前のミスリアル戦役で、森林地帯での戦闘を経験しているからまだマシだが、第3、第4海兵師団は全くの未経験だ。
私としては、経験者に未経験者を当てて、あたら酷い事に出会う事は避けたいと思った。その時に、インゲルテント閣下が
先の話を私に持ち掛けてくれた。」
スプルーアンスはそう言ったが、実際は持ち掛けてくれた・・・・と言うよりは、強引に参加をお願いしたいと頼まれた、と言ったほうが正しい。
インゲルテントは、スプルーアンスに直接面会するや、いきなりバルランド軍もホウロナ諸島攻略部隊を用意していると言って来た。
「どうか、是非、我々バルランド軍にも参加させて下さい!」
インゲルテントは、そう何度もスプルーアンスに言って来た。だがこの時、スプルーアンスは
「事前の予定では、既に海兵隊4個師団で、ホウロナ諸島の主要な島を占領すると決めています。そのため、船の数も、
護衛艦もその分しかありません。あなた方バルランドは、今回の作戦参加は出来ぬかと思われます。」
だが、インゲルテントは何度も頼み込んできた。しまいには、
「ならば、我々バルランドだけでも、ホウロナ諸島に赴きます。銃器や飛空挺が無いとはいえ、我々の軍にも精兵はもちろん、
必要なだけの輸送船、護衛艦が揃っています!この作戦は、我が国の要人のみならず、国民からも強い支持を受けています。」
と、半ば脅迫めいた口調でスプルーアンスに言う有様であった。
スプルーアンスは考えた末に、その場での回答は保留するとし、本国の司令部に指示を仰いで、それから回答を行う事にした。
その事が、2月7日の昼頃に起きたのである。
スプルーアンスは、当然ニミッツ長官も断るであろうと思っていた。だが、太平洋艦隊司令部から送られて来た指示は、意外な物であった。
それはともかく、こうして、インゲルテントは自国の軍に、手柄を立てさせる機会を与えたのである。
「インゲルテント閣下にお聞きします。」
第57任務部隊司令官である、ジョセフ・パウノール中将(2月付けでTF57司令官に任命)が質問する。
「バルランド側は、輸送船を何隻用意されているのです?」
「輸送船は、200隻を用意いたしました。この200隻は、シホールアンル側の大型輸送船をモデルにして建造しています。
これの護衛に本国艦隊から巡洋艦6隻、駆逐艦24隻、スループ艇18隻を用意しています。」
一瞬、上陸部隊指揮官である、リッチモンド・ターナー中将が顔をしかめるのを、スミス中将は見逃さなかった。
(いらんジャマが増えてしまった、と思っているな・・・・)
スミスはそう確信した。
ターナー中将は、第5艦隊の上陸部隊総指揮官という大役を任されている。
今回のフリントロック作戦では、高速機動部隊である第57任務部隊、上陸部隊を乗せた第53任務部隊の輸送船団500隻の他に、
新たに第5艦隊へ編入された、船団護送部隊である第52任務部隊が参加する。
そのうち、上陸部隊を乗せた輸送船団や、護送船団を統一指揮するのがターナー中将である。
500隻以上の輸送船団、護送艦隊を指揮するのは大変である。
そこへ、200隻もの輸送船(しかも帆船だ)や護送艦隊も加わるとなると、アメリカ側の負担も必然的に増える事になる。
幸いにも、護送艦隊にはサンガモン級やキトカン・ベイ級護衛空母が12隻いるため、艦載機補充用として使われる空母を差し引いても、
計8隻の護衛空母がいるために、船団の空はなんとか守れる。
だが、敵がベグゲギュスと似たような水中生物兵器を、バルランド側に差し向ければ、アメリカ側は対応し切れなくなるだろう。
そうならぬ為には、ほかの艦隊や本国に頭を下げて、護衛艦を引っ張って来るしかない。
ターナー中将が嫌そうな表情を浮かべるのも、仕方ないと言える。
「敵に対する備えは万全ですよ。」
インゲルテントは、パウノール中将に微笑みながら回答した。その笑みは、どこか裏があるような感がある。
(フン、言うだけ言っておれ)
スミス中将は、内心不快な気持ちになりながらそう思った。
「我々は、バルランド側の2個師団も含めた上で、ホウロナ諸島攻略を行う。」
スプルーアンス大将は、作戦参謀のフォレステル大佐に目配せする。
頷いたフォレステル大佐は立ち上がり、壁の前まで歩み寄る。その後、彼は壁に掲げてあるホウロナ諸島の地図を指示棒で指した。
「我々が攻略する予定であるホウロナ諸島ですが、ご覧の通り、大小8個の島々で形成されています。いちばん南ある小さい島はトラド島、
そこから上にタウスラ島、スナウ島、ファスコド島、ジェド島、エゲ島、ベネング島、サウスラ島となっています。我々が占領する島は、
このファスコド島、ジェド島、エゲ島、ベゲング島です。フリントロック作戦では、ファスコド島にはバルランド軍2個師団を充てる予定です。
2日後のジェド島上陸には第3海兵師団、同じ日に、エゲ島上陸に第4海兵師団、その翌日のベゲング島上陸に第1海兵師団を充てます。
第2海兵師団は予備部隊として、しばらく待機してもらいます。」
「作戦の開始時期は2月の下旬辺りを予定している。海兵隊の各部隊は、遅くても2月20日までには、駐屯地から出て、エスピリットゥ・サント
に向かってもらいたい。」
スプルーアンスが付け加えた。
「以上が、フリントロック作戦の大まかな内容だが・・・・何か質問は?」
真っ先に、スミス中将が手を上げた。
「シホールアンル側の航空部隊はどうなっていますかな?ホウロナ諸島は、大陸から1000キロ離れていますが、敵側も当然、我々の侵攻を
予期して航空部隊を展開させているはずです。」
「ホウロナ諸島や、大陸沿岸の航空部隊については、私が説明いたします。」
インゲルテントの隣に座っていた、小太りのバルランド軍将校。シホールアンル討伐軍参謀長のフラクド・キルクレグ少将が説明した。
「シホールアンル軍は、現在までに、1個空中騎士軍をホウロナ諸島のいずれかの島に配備しています。それから、北ウェンステル領北西部並びに、
ジャスオ領南部区域にも、1個空中騎士軍の配備が確認されています。これらを合計すると、約700~800騎のワイバーンが、ホウロナ諸島や、
大陸の間の海域に集中できます。」
「700から800か・・・・私の機動部隊とほぼ互角か、やや上回る数字だな。」
パウノール中将が呟いた。
現在、第57任務部隊は、修理のため回航された空母イントレピッドを除いて、正規空母5隻、軽空母4隻が使用できる。
この9隻の空母は、護衛空母からの補充を終えた事もあってフル編成で作戦に望めるため、艦載機690機を運用できる。
「いささかきついな。」
スプルーアンスがパウノールに言う。しかし、パウノールはさほど心配していなかった。
「ですが長官。陸上の航空基地は、空母と違って動けません。それに対して、機動部隊は好きな時間に、好きな場所から相手を叩けます。
今回の場合、ホウロナ諸島の西に回る形で部隊を移動させれば大丈夫かと思われます。敵のワイバーンは、片道1000キロ以上を飛べません。
我々がホウロナ諸島の西側に陣取れば、シホールアンル側は大陸の航空部隊の援護を受けられませんから、各個撃破が期待できます。」
パウノールは自信ありげにスプルーアンスへ言う。
「うむ。確かに、空母部隊の機動性を持ってすれば、そのような各個撃破は期待できるな。だがな、ミスターパウノール。今回は小細工を
しなくても済むぞ。」
スプルーアンスが、ミッチャー中将に顔を向けた。
「今回は、ミッチャー中将の機動部隊も投入する。パウノールのTF57、ミッチャーのTF58で持って、敵の航空勢力を事前に叩いてもらう。」
スプルーアンスのその一言に、室内にはどよめきが起こった。
「参謀長、こいつぁ凄いぞ。」
スミス中将は、アースカイン参謀長に小声で言った。
「太平洋艦隊の快速機動部隊が勢揃いするぞ。これさえあれば、鬼に金棒だな。」
ミッチャー中将の指揮する第58任務部隊は、正規空母5隻、軽空母4隻を主力としており、艦載機の数は約700機。
TF57と合わせれば、総数で1400機近くに達する。
この大機動部隊で持ってすれば、正面から堂々と、敵の大軍を打ち破れるであろう。
「今回は豪華ですな。」
アースカイン参謀長も、言葉を震わせながらスミス中将に言った。
しかし、スミス中将は、相変わらずムスッとした表情を浮かべている。
「この素晴らしい大軍団があれば、あの憎きシホールアンルは塵芥も同然だ。アメリカは本当に凄い!。」
インゲルテント大将が、張りのある声音で言った。それに対して、スプルーアンスは、
「ありがとうございます。」
ただ怜悧な表情を張り付かせたまま、インゲルテントに一礼しただけであった。
打ち合わせは30分ほど続いた。
「フリントロック作戦は、この陣容で行く。我々連合軍は、ホウロナ諸島を可及的速やかに奪回した後、ここを来るべき
上陸作戦の前進基地にする予定だ。今回の作戦は非常に重要な物だ。その為にも、私は諸君らの健闘を祈っている。」
スプルーアンスのこの一言で、作戦会議は終ったが、スミス中将は一抹の不安を抱いたまま、アースカイン参謀長と共にヘスレリナに戻った。
「これが、アースカイン閣下から聞いた会議の内容さ。」
フランドルは、タバコをもみ消しながらステビンスに言う。
彼は、アースカイン准将の副官としてヴィルフレイングに赴いていた。
会議の終了後、アースカイン准将から会議の内容を聞かされている。
「・・・・なんか、インゲルテントのおっさんが馬鹿に強引のような気がするんだが。」
「強引のような気がする、じゃなくて、強引そのものさ。」
彼は苦笑しながら、もう1本のタバコを取り出して、ジッポライターで火を付ける。
旨そうに吸ってから、言葉を続ける。
「スプルーアンス長官に脅迫まがいなお願いをしたほどだ。バルランド側は、よほど手柄を立てたいようだね。」
「手柄欲しさに軍を動かしても、実際は悲惨な思いをした、という話はごろごろあるぞ。転移前の日本の牟田口将軍みたいだな。
そのインゲルテントと言う奴は。」
「まぁ、その将軍よりはマシだろうよ。あの時は、本当に支援も見込めない中での無茶な作戦だったようだが、こっちにはしっかり
練られた作戦案を下に、世界最強の機動部隊と、世界最強のマリンコが同時に動くからな。そこに付いて行ったインゲルテント閣下は、
一応頭を使っているほうだよ。」
「漁夫の利だな。うちの親父(スミス中将のこと)がそう言っていたよ。」
フランドルが苦虫を噛み潰したような表情になる。
それもそうであろう。いくら有利とは言え、海兵隊が攻めに行く島には、最低でも1個師団程度の敵軍部隊がいると予想されている。
なのに、インゲルテントの所属するバルランド軍は、ホウロナ諸島最大の島でありながら、たったの1個旅団しかいない。
最も防備が弱いと思われるファスコド島に、2倍以上の数で攻めに行くのである。
バルランド軍は、去年の総反攻でシホールアンル軍となかなか良い勝負をしている。
それも、通常の陸戦部隊で良い戦いが出来たのであるから(良い勝負が出来たのは、事前にワイバーン部隊の掃討や地上支援を、
アメリカ軍が行ったお陰と言われている)精鋭部隊を2個師団も送れば、相手方の1個旅団が潰れるのは当然の事だ。
楽をして名誉を得ようとしている、と呟いたスミス中将は、あれ以来ずっと不機嫌であるという。
それに、バルランド側が先陣を切ると言う事も、スミスの機嫌を一層悪くする原因となっている。
「なあに、そう怒るなって。」
ステビンスが、フランドルとは対照的に明るい口調で言って来た。
「インゲルテント閣下は、今回の戦いで自国の名誉・・・・・いや、あの悪徳将軍の事だから、個人の名誉の事だろう。
その名誉のために、自国軍の箔を付けさせようと考えているんだろうな。」
そこで、ステビンスはニヤリを笑った。
「だがそうはいかねえ。あいつらが漁夫の利を狙うのなら、やらせればいい。俺達は俺達のやり方で、島をさっさと
奪っちまえばいいのさ。奴らよりも早くな。」
「ほほう・・・つまり、バルランド側が島の制圧に手間取っている間に、俺達海兵隊はすぐに島を奪う。そして、奪った後に、
もたもたしているあいつらにこういってやる訳か。」
「そう、こう言うのさ。」
一呼吸置いてから、2人は異口同音に言い放った。
「「やあ、同盟国軍の皆さん。仕事の調子はどうだね?」」
2人は、思わず爆笑してしまった。
「そう!そう言ってやるんだよ!」
「ああ・・・腹がいてえ。しかし、これは傑作だぜ。」
彼らはひとしきり笑い合った後、腹を抱えながら雑談を再開した。
「まあいずれにしろ、俺達の出番はすぐそこまで来ている訳だな。」
ステビンスは、改めて、噛み締めるような口調で呟く。
「俺達がホウロナを抑えれば、後はジャスオ領上陸か。」
「そして、シホット共の聖地へ・・・・と言う訳だ。」
2人は、互いに呟きながらも、脳裏にある光景を思い描いていた。
脳裏に浮かんだのは、水平線を埋め尽くす味方の大船団だ。その大船団から無数の上陸用舟艇が発進し、陸地に向かって行く。
その上空には、これまた、空を覆わんばかりの味方機の大編隊だ。
無数の上陸用舟艇と、大編隊が向かう先には、未だに足の踏み入れた事のない陸地。
北大陸中西部沿岸の姿があった。
恐らく、今までに無い規模の大上陸作戦になるであろう。
兵員数はどれぐらい必要か?後方支援部隊も含めれば相当数の数になるだろう。
50万?それとも70万?
いや、それではまだ少な過ぎると思えるほどの兵員が集められるかもしれない。
その中に、フランドルやステビンスが入る可能性はあるだろう。
最も、今度の作戦で生き残れればの話ではあるが。
(それでも、一世一代の大作戦に参加したい。)
2人はいつしか、来るべき大作戦。
後に、史上最大の作戦と呼ばれる事となった大上陸作戦に、自分も参加したいと思っていた。
1484年(1944年)2月10日 午前9時 ミスリアル王国ヘスレリナ
ミスリアル王国中南部にあるヘスレリナは、ミスリアルでも第6位の都市として広く知られている。
海沿いの町バジャウルンガの北9ゼルドの所にあり、昔から交通の要衝として発展してきた。
この町は、遠い過去に起きたミスリアル独立戦争の激戦地としても知られる他、ミスリアル人の聖地としても広く知られている。
どうしてここが聖地なのか?その理由は、ヘスレリナ郊外の森林地帯に聳え立つ、とある物にある。
エルフ族であるミスリアル人は、太古から森に住んできた。彼らは長年森と共に住み、森の精霊達と共に1本1本の木を大事に育ててきた。
そのミスリアルの民達なら、知らぬ物は居ないほど有名な物。
聖なる木、スレリナ。
この木こそ、ミスリアル王国を象徴する物の1つである。スレリナは、幹の回りが優に300メートルもあり、高さは200メートル以上もある。
まさに、山並みの大きさだが、それでいてスレリナの姿は美しく、見る者の心を癒すような力がある。
戦争が始まる前は、このスレリナを見るために、わざわざ遠くからやってくる旅人も多く、ヘスレリナの町は常に賑わっていたという。
ある日、エルフ族の聖地とも言うべきこの町に、彼らはやって来た。
へスレリナの町は、少し離れた郊外に町の外周を一周できる道がある。
道は一昔前まで荒れに荒れていたが、彼らがやってきてからは綺麗な道に早代わりし、今では、町の住民達が散歩がてらによく利用している。
この日も、街道沿いには現地の住民達が散歩したり、これから職場に向かう為、街道を利用していた。
あるエルフの少年は、大工道具を持って家に帰ろうとしていた。季節はまだ冬で、外気は冷たい。
しかし、空は晴れており、ぽかぽかとした陽光が体を温めてくれる。
「おっ」
ふと、少年は目の前からやって来る一団に注目した。
「今日もやってるなぁ。」
少年は、何故かにやけながら、走って来る一団を見つめていた。その一団は、ミスリアル兵ではない。
3列縦隊で走るその男達の側で、1人の男が何かを言っている。
3列縦隊の男達は、男が言った言葉を大声で口にしながら、男と一緒に走っている。
近付くに従って、男達の声が明瞭になってきた。
彼らがすぐ近くまで来た時、少年は彼らが歌っていたことに気が付いていた。
「いつもながら思うけど、毎回歌詞が違うんだなぁ。」
少年は感心しつつも、男達の歌の内容を聞き取っていた。
「シホールアンルはろくでなし~」
「シホールアンルはろくでなし!」
「マオーンドは腰抜けだ~」
「マオーンドは腰抜けだ!」
「オールフェスは馬鹿野朗~」
「オールフェスは馬鹿野朗!」
「虐殺、征服、疫病神~」
「虐殺、征服、疫病神!」
少年は、その内容に思わず吹き出してしまった。彼らにとって、敵国の首脳を罵倒する事なぞ日常茶飯事である。
しかし、その罵倒を、意外と抑揚の付いた替え歌にして歌いまくるとは。彼ららしいと言うべきであろうか。
通り過ぎ間際に、彼らと少年は目が合った。
3列縦隊の集団と、側の男が通り過ぎてすぐに、歌が再開される。
「エルフのボーイが笑ってる」
「エルフのボーイが笑ってる!」
「こっちを~見て笑ってる。」
「こっちを~見て笑ってる!」
「そんな君も入ろうぜ~」
「そんな君も入ろうぜ!」
「強者ぞろいのマリンコに~」
「強者ぞろいのマリンコに!」
男達の集団・・・・・アメリカ海兵隊の勇士達は、新たな歌詞を口ずさみながら走り去って言った。
「ふぅ・・・・俺まで歌詞にされるとはなぁ。そこらの吟遊詩人、顔負けの歌唱力だぜ。」
エルフの少年は苦笑しながらも、自分の家に向かって歩き続けた。
アメリカ合衆国海兵隊は、1944年2月の時点で、ミスリアル王国に4個師団及びに1個航空団を展開させていた。
バゼット半島中南部に位置するバジャウルンガには第1海兵師団及び第2海兵師団。
へスレリナには第3海兵師団及び第4海兵師団、そして、第5水陸両用軍団の司令部が置かれている。
その西方20マイルの地点にあるファストリナには第1海兵航空団が駐屯している。
海兵隊は時折、ミスリアル軍と共同訓練を行いながら、日夜錬度向上に励んでいた。
ミスリアル王国の民は、アメリカに国を救われた事を感謝している。
そんなアメリカの軍の中で、地上戦闘にも参加した海兵隊員達は、ミスリアル軍から戦友同然の扱いを受けている。
国民もまた同様であり、ミスリアル戦役が終了してから半年ほどは、海兵隊員というだけで盛大なもてなしを受けたほどだった。
それから1年以上経った今では、そんな過度な興奮もすっかり醒めている。
だが、海兵隊がミスリアルの民に愛されている事には変わり無く、今でも海兵隊員にはやや過剰なサービスをする所も少なくない。
普段はあまり良いイメージが付かぬ海兵隊員も、事前に通達されている事もあったであろうが、ミスリアル国内では滅多に犯罪を起こさなかった。
そんな海兵隊が、久方ぶりに前線に出る事になった。
「次の訓練までは休憩とする。解散!」
第3海兵師団第3海兵連隊第1大隊B中隊に所属しているルエスト・ステビンス中尉は、自ら指揮する小隊の訓練を終え、
部下達を休憩させる事にした。
先ほど、彼らは10キロのランニングを行ったばかりだ。
そのため、冬場であるにもかかわらず、ステビンス中尉を含む小隊の全員が、びっしょりと汗を掻いていた。
部下達に休憩を命じたステビンス中尉は、士官用の休憩室に足を運んだ。
顔立ちはやや面長だが、顔つきは精悍な感がある。髪は短めの角刈りで揃えられており、右腕には刺青が刻まれている。
「そろそろ、新米連中も使えるようになってきたな。」
ステビンスは独り言を言いながら、休憩室に入った。休憩室には、2人の士官が寛いでいた。
彼はそのうちの1人が、こちらに向けて手を上げたのに気付いた。
「よぉルエスト。久しぶりだな!」
鼻の下に口ひげを生やした男が、タオルで汗を拭きながら入って来たステビンスに声をかけてくる。
「おお、ルーシュか!」
ステビンスは、自分と同じ中尉の階級章を付けた男、ルーシュ・フランドル中尉に向けて満面の笑みを浮かべながら、その男の前に
置かれていた椅子に座った。
「司令部勤務のお前が、このキャンプに来るとはな。」
「お前、汗で濡れているな。」
「ああ、うちの部下達と一緒に、そこの街道をジョギングして来た。歌を歌いながらな。」
ステビンスはニヤリと笑いながらフランドル中尉に話した。
「外では、あまり変な歌は歌っていないだろうな?ここ最近、周辺の町長や村長たちが、住民やその子供達の口が、ここ最近
悪くなっているという苦情が、ちらほら来ているようだぞ。」
「それは本当か?」
「ああ。というか、俺も実際に聞いちまったんだ。可愛いらしいエルフの女の子が、ケンカの最中にいきなりとんでもねえ事を
口走りやがった。相手の男の子は股間を抑えて、泣きながら逃げて行ったぞ。」
「どこで見たんだ?」
「バジャウルンガさ。」
フランドル中尉は苦笑しながら言った。
バジャウルンガの周辺には、第1海兵師団と第2海兵師団が駐屯している。
海兵隊の中では最も気性の荒い(海兵隊はどこも似たような物だが)兵が揃っている事で有名だ。
彼らは、訓練中は基地の外で行軍訓練を行う事もある。
ステビンス中尉が小隊の部下達と歌いながら走ったように、彼らもまた、同じ事をよくやる。
また、海兵隊員は総じて口が悪い。(とは言っても、全員が口汚い訳ではない)普通の会話の中もそうであるが、
行軍中の歌の中には、平気で敵国の軍人を馬鹿にしたり、子供が聞いてはいけないような言葉が並んでいる。
そんな海兵隊員の口の悪さが、現地の子供や住民達に聞かれ、影響を及ぼしているのであろう。
「まあ、こんな事も一時的な物でしかないだろうが。」
フランドルは苦笑いを浮かべながらも、タバコに火を付ける。
「お前がここに居ると言う事は、会議は既に終ったようだな。」
「終ったんだが・・・・これは言って良いのかなぁ。」
フランドルは頭をぼりぼりと掻きながら、話の続きをしようか迷う。
ふと、隣の士官が立ち上がって、休憩室から出て行った。
「丁度良い。今は俺とお前の2人だけだ。さぁ、続きを話してくれよ。」
「仕方ないな。誰にも言うなよ?」
昨日の午前9時。ヴィルフレイングにあるアメリカ軍司令部で、今月の20日に行われるホウロナ諸島攻略。
フリントロック作戦と呼ばれた、新たな攻勢作戦の打ち合わせが開かれた。
その時、第5水陸両用軍団の司令官である、ホランド・スミス中将は、末席に座る人物を見て、いささか驚いていた。
「おい、どうしてインゲルテント閣下がおられるんだ?」
スミス中将は、左隣に座っていた参謀長のグレーブス・アースカイン准将に聞いた。
しかし、聞かれたアースカイン准将は分かりませんといって肩を竦めただけである。
フリントロック作戦に関する話し合いは、これまでに2回ほど行われてきた。
今回は第5艦隊司令長官であるレイモンド・スプルーアンス大将(2月7日付けで昇進した)が会議の席に加わる予定であった。
ちなみに、今回の打ち合わせは、2月9日に行われる予定であったが、前日になって10日に行う事が決まった。
「予定がいきなり変わるとは、これはまた珍しい物だな。」
その時、スミス中将は、アースカイン准将に向かって苦笑混じりに呟いていたが、内心では何かあったのでは?と思っていた。
(もしかして・・・・打ち合わせ日が変更になった原因は・・・・)
スミス中将は、心で呟きながら、末席に座る男。
バルランド軍シホールアンル討伐軍司令官である、ウォージ・インゲルテント大将をちらりと見やる。
ふと、そのインゲルテント大将と目が合ってしまった。
スミスが目を逸らす前に、インゲルテント大将は薄笑いを浮かべながら、頭を微かに下げる。
異国の軍とはいえ、相手が大将であるからそのまま無視する訳には行かない。
スミスもまた、軽く会釈した。
「では、これより会議を行う。」
スプルーアンス大将の冷たい口調が室内に響き渡る。彼の一言で、打ち合わせは始まった。
「皆も知っているとは思うが。今日は、バルランド王国軍司令部から、インゲルテント閣下がお見えになっている。」
スプルーアンスは、インゲルテントに視線を向けながら、参加者達に言った。
名前を呼ばれたインゲルテントが席から立ち上がった。
「ウォージ・インゲルテントと申します。よろしく。」
インゲルテント大将は謙虚そうな口調で自己紹介し、軽く頭を下げてから席に座った。
「今回、我々第5艦隊は、バルランド軍と共にホウロナ諸島進行作戦を行う事に決定した。」
スプルーアンスの一言に、参加者一同は驚いた。
「長官、少しばかりよろしいでしょうか?」
第5艦隊所属第58任務部隊司令官のマーク・ミッチャー中将(2月付けでTF58司令官に就任)が聞いて来た。
「なんだ?」
「これまでの打ち合わせでは、今回の攻勢作戦は、わが軍のみで行うと計画されていたはずです。しかし、どうして、
突如バルランド軍も参加する事になったのでありますか?」
「それは、占領する島に問題があります。」
スプルーアンスが答える前に、インゲルテントがミッチャー中将に答えた。
「今回、我々はホウロナ諸島に進行しますが、進行予定地の1つであるファスコド島は、島の大部分が森林地帯となっています。
この島には、1個旅団のシホールアンル軍が駐屯していると、スパイからの情報で明らかになっています。この1個旅団は、
森林地帯での戦いに習熟した部隊であるという情報も入っております。我々バルランド軍としては、この敵部隊に対抗するためには
我々も、森林戦に慣れた部隊を派遣するほうが最善であると判断し、本国の精鋭2個師団をファスコド島進行作戦に投入しようと
判断しました。」
「インゲルト閣下の言われる通り、敵部隊は森林戦に長けた部隊らしい。」
スプルーアンスは補足する。
「海兵隊は、敵軍と比べて優秀な装備を持っているが、我々はあまり森林地帯の戦を経験していない。第1、第2海兵師団は、
1年前のミスリアル戦役で、森林地帯での戦闘を経験しているからまだマシだが、第3、第4海兵師団は全くの未経験だ。
私としては、経験者に未経験者を当てて、あたら酷い事に出会う事は避けたいと思った。その時に、インゲルテント閣下が
先の話を私に持ち掛けてくれた。」
スプルーアンスはそう言ったが、実際は持ち掛けてくれた・・・・と言うよりは、強引に参加をお願いしたいと頼まれた、と言ったほうが正しい。
インゲルテントは、スプルーアンスに直接面会するや、いきなりバルランド軍もホウロナ諸島攻略部隊を用意していると言って来た。
「どうか、是非、我々バルランド軍にも参加させて下さい!」
インゲルテントは、そう何度もスプルーアンスに言って来た。だがこの時、スプルーアンスは
「事前の予定では、既に海兵隊4個師団で、ホウロナ諸島の主要な島を占領すると決めています。そのため、船の数も、
護衛艦もその分しかありません。あなた方バルランドは、今回の作戦参加は出来ぬかと思われます。」
だが、インゲルテントは何度も頼み込んできた。しまいには、
「ならば、我々バルランドだけでも、ホウロナ諸島に赴きます。銃器や飛空挺が無いとはいえ、我々の軍にも精兵はもちろん、
必要なだけの輸送船、護衛艦が揃っています!この作戦は、我が国の要人のみならず、国民からも強い支持を受けています。」
と、半ば脅迫めいた口調でスプルーアンスに言う有様であった。
スプルーアンスは考えた末に、その場での回答は保留するとし、本国の司令部に指示を仰いで、それから回答を行う事にした。
その事が、2月7日の昼頃に起きたのである。
スプルーアンスは、当然ニミッツ長官も断るであろうと思っていた。だが、太平洋艦隊司令部から送られて来た指示は、意外な物であった。
それはともかく、こうして、インゲルテントは自国の軍に、手柄を立てさせる機会を与えたのである。
「インゲルテント閣下にお聞きします。」
第57任務部隊司令官である、ジョセフ・パウノール中将(2月付けでTF57司令官に任命)が質問する。
「バルランド側は、輸送船を何隻用意されているのです?」
「輸送船は、200隻を用意いたしました。この200隻は、シホールアンル側の大型輸送船をモデルにして建造しています。
これの護衛に本国艦隊から巡洋艦6隻、駆逐艦24隻、スループ艇18隻を用意しています。」
一瞬、上陸部隊指揮官である、リッチモンド・ターナー中将が顔をしかめるのを、スミス中将は見逃さなかった。
(いらんジャマが増えてしまった、と思っているな・・・・)
スミスはそう確信した。
ターナー中将は、第5艦隊の上陸部隊総指揮官という大役を任されている。
今回のフリントロック作戦では、高速機動部隊である第57任務部隊、上陸部隊を乗せた第53任務部隊の輸送船団500隻の他に、
新たに第5艦隊へ編入された、船団護送部隊である第52任務部隊が参加する。
そのうち、上陸部隊を乗せた輸送船団や、護送船団を統一指揮するのがターナー中将である。
500隻以上の輸送船団、護送艦隊を指揮するのは大変である。
そこへ、200隻もの輸送船(しかも帆船だ)や護送艦隊も加わるとなると、アメリカ側の負担も必然的に増える事になる。
幸いにも、護送艦隊にはサンガモン級やキトカン・ベイ級護衛空母が12隻いるため、艦載機補充用として使われる空母を差し引いても、
計8隻の護衛空母がいるために、船団の空はなんとか守れる。
だが、敵がベグゲギュスと似たような水中生物兵器を、バルランド側に差し向ければ、アメリカ側は対応し切れなくなるだろう。
そうならぬ為には、ほかの艦隊や本国に頭を下げて、護衛艦を引っ張って来るしかない。
ターナー中将が嫌そうな表情を浮かべるのも、仕方ないと言える。
「敵に対する備えは万全ですよ。」
インゲルテントは、パウノール中将に微笑みながら回答した。その笑みは、どこか裏があるような感がある。
(フン、言うだけ言っておれ)
スミス中将は、内心不快な気持ちになりながらそう思った。
「我々は、バルランド側の2個師団も含めた上で、ホウロナ諸島攻略を行う。」
スプルーアンス大将は、作戦参謀のフォレステル大佐に目配せする。
頷いたフォレステル大佐は立ち上がり、壁の前まで歩み寄る。その後、彼は壁に掲げてあるホウロナ諸島の地図を指示棒で指した。
「我々が攻略する予定であるホウロナ諸島ですが、ご覧の通り、大小8個の島々で形成されています。いちばん南ある小さい島はトラド島、
そこから上にタウスラ島、スナウ島、ファスコド島、ジェド島、エゲ島、ベネング島、サウスラ島となっています。我々が占領する島は、
このファスコド島、ジェド島、エゲ島、ベゲング島です。フリントロック作戦では、ファスコド島にはバルランド軍2個師団を充てる予定です。
2日後のジェド島上陸には第3海兵師団、同じ日に、エゲ島上陸に第4海兵師団、その翌日のベゲング島上陸に第1海兵師団を充てます。
第2海兵師団は予備部隊として、しばらく待機してもらいます。」
「作戦の開始時期は2月の下旬辺りを予定している。海兵隊の各部隊は、遅くても2月20日までには、駐屯地から出て、エスピリットゥ・サント
に向かってもらいたい。」
スプルーアンスが付け加えた。
「以上が、フリントロック作戦の大まかな内容だが・・・・何か質問は?」
真っ先に、スミス中将が手を上げた。
「シホールアンル側の航空部隊はどうなっていますかな?ホウロナ諸島は、大陸から1000キロ離れていますが、敵側も当然、我々の侵攻を
予期して航空部隊を展開させているはずです。」
「ホウロナ諸島や、大陸沿岸の航空部隊については、私が説明いたします。」
インゲルテントの隣に座っていた、小太りのバルランド軍将校。シホールアンル討伐軍参謀長のフラクド・キルクレグ少将が説明した。
「シホールアンル軍は、現在までに、1個空中騎士軍をホウロナ諸島のいずれかの島に配備しています。それから、北ウェンステル領北西部並びに、
ジャスオ領南部区域にも、1個空中騎士軍の配備が確認されています。これらを合計すると、約700~800騎のワイバーンが、ホウロナ諸島や、
大陸の間の海域に集中できます。」
「700から800か・・・・私の機動部隊とほぼ互角か、やや上回る数字だな。」
パウノール中将が呟いた。
現在、第57任務部隊は、修理のため回航された空母イントレピッドを除いて、正規空母5隻、軽空母4隻が使用できる。
この9隻の空母は、護衛空母からの補充を終えた事もあってフル編成で作戦に望めるため、艦載機690機を運用できる。
「いささかきついな。」
スプルーアンスがパウノールに言う。しかし、パウノールはさほど心配していなかった。
「ですが長官。陸上の航空基地は、空母と違って動けません。それに対して、機動部隊は好きな時間に、好きな場所から相手を叩けます。
今回の場合、ホウロナ諸島の西に回る形で部隊を移動させれば大丈夫かと思われます。敵のワイバーンは、片道1000キロ以上を飛べません。
我々がホウロナ諸島の西側に陣取れば、シホールアンル側は大陸の航空部隊の援護を受けられませんから、各個撃破が期待できます。」
パウノールは自信ありげにスプルーアンスへ言う。
「うむ。確かに、空母部隊の機動性を持ってすれば、そのような各個撃破は期待できるな。だがな、ミスターパウノール。今回は小細工を
しなくても済むぞ。」
スプルーアンスが、ミッチャー中将に顔を向けた。
「今回は、ミッチャー中将の機動部隊も投入する。パウノールのTF57、ミッチャーのTF58で持って、敵の航空勢力を事前に叩いてもらう。」
スプルーアンスのその一言に、室内にはどよめきが起こった。
「参謀長、こいつぁ凄いぞ。」
スミス中将は、アースカイン参謀長に小声で言った。
「太平洋艦隊の快速機動部隊が勢揃いするぞ。これさえあれば、鬼に金棒だな。」
ミッチャー中将の指揮する第58任務部隊は、正規空母5隻、軽空母4隻を主力としており、艦載機の数は約700機。
TF57と合わせれば、総数で1400機近くに達する。
この大機動部隊で持ってすれば、正面から堂々と、敵の大軍を打ち破れるであろう。
「今回は豪華ですな。」
アースカイン参謀長も、言葉を震わせながらスミス中将に言った。
しかし、スミス中将は、相変わらずムスッとした表情を浮かべている。
「この素晴らしい大軍団があれば、あの憎きシホールアンルは塵芥も同然だ。アメリカは本当に凄い!。」
インゲルテント大将が、張りのある声音で言った。それに対して、スプルーアンスは、
「ありがとうございます。」
ただ怜悧な表情を張り付かせたまま、インゲルテントに一礼しただけであった。
打ち合わせは30分ほど続いた。
「フリントロック作戦は、この陣容で行く。我々連合軍は、ホウロナ諸島を可及的速やかに奪回した後、ここを来るべき
上陸作戦の前進基地にする予定だ。今回の作戦は非常に重要な物だ。その為にも、私は諸君らの健闘を祈っている。」
スプルーアンスのこの一言で、作戦会議は終ったが、スミス中将は一抹の不安を抱いたまま、アースカイン参謀長と共にヘスレリナに戻った。
「これが、アースカイン閣下から聞いた会議の内容さ。」
フランドルは、タバコをもみ消しながらステビンスに言う。
彼は、アースカイン准将の副官としてヴィルフレイングに赴いていた。
会議の終了後、アースカイン准将から会議の内容を聞かされている。
「・・・・なんか、インゲルテントのおっさんが馬鹿に強引のような気がするんだが。」
「強引のような気がする、じゃなくて、強引そのものさ。」
彼は苦笑しながら、もう1本のタバコを取り出して、ジッポライターで火を付ける。
旨そうに吸ってから、言葉を続ける。
「スプルーアンス長官に脅迫まがいなお願いをしたほどだ。バルランド側は、よほど手柄を立てたいようだね。」
「手柄欲しさに軍を動かしても、実際は悲惨な思いをした、という話はごろごろあるぞ。転移前の日本の牟田口将軍みたいだな。
そのインゲルテントと言う奴は。」
「まぁ、その将軍よりはマシだろうよ。あの時は、本当に支援も見込めない中での無茶な作戦だったようだが、こっちにはしっかり
練られた作戦案を下に、世界最強の機動部隊と、世界最強のマリンコが同時に動くからな。そこに付いて行ったインゲルテント閣下は、
一応頭を使っているほうだよ。」
「漁夫の利だな。うちの親父(スミス中将のこと)がそう言っていたよ。」
フランドルが苦虫を噛み潰したような表情になる。
それもそうであろう。いくら有利とは言え、海兵隊が攻めに行く島には、最低でも1個師団程度の敵軍部隊がいると予想されている。
なのに、インゲルテントの所属するバルランド軍は、ホウロナ諸島最大の島でありながら、たったの1個旅団しかいない。
最も防備が弱いと思われるファスコド島に、2倍以上の数で攻めに行くのである。
バルランド軍は、去年の総反攻でシホールアンル軍となかなか良い勝負をしている。
それも、通常の陸戦部隊で良い戦いが出来たのであるから(良い勝負が出来たのは、事前にワイバーン部隊の掃討や地上支援を、
アメリカ軍が行ったお陰と言われている)精鋭部隊を2個師団も送れば、相手方の1個旅団が潰れるのは当然の事だ。
楽をして名誉を得ようとしている、と呟いたスミス中将は、あれ以来ずっと不機嫌であるという。
それに、バルランド側が先陣を切ると言う事も、スミスの機嫌を一層悪くする原因となっている。
「なあに、そう怒るなって。」
ステビンスが、フランドルとは対照的に明るい口調で言って来た。
「インゲルテント閣下は、今回の戦いで自国の名誉・・・・・いや、あの悪徳将軍の事だから、個人の名誉の事だろう。
その名誉のために、自国軍の箔を付けさせようと考えているんだろうな。」
そこで、ステビンスはニヤリを笑った。
「だがそうはいかねえ。あいつらが漁夫の利を狙うのなら、やらせればいい。俺達は俺達のやり方で、島をさっさと
奪っちまえばいいのさ。奴らよりも早くな。」
「ほほう・・・つまり、バルランド側が島の制圧に手間取っている間に、俺達海兵隊はすぐに島を奪う。そして、奪った後に、
もたもたしているあいつらにこういってやる訳か。」
「そう、こう言うのさ。」
一呼吸置いてから、2人は異口同音に言い放った。
「「やあ、同盟国軍の皆さん。仕事の調子はどうだね?」」
2人は、思わず爆笑してしまった。
「そう!そう言ってやるんだよ!」
「ああ・・・腹がいてえ。しかし、これは傑作だぜ。」
彼らはひとしきり笑い合った後、腹を抱えながら雑談を再開した。
「まあいずれにしろ、俺達の出番はすぐそこまで来ている訳だな。」
ステビンスは、改めて、噛み締めるような口調で呟く。
「俺達がホウロナを抑えれば、後はジャスオ領上陸か。」
「そして、シホット共の聖地へ・・・・と言う訳だ。」
2人は、互いに呟きながらも、脳裏にある光景を思い描いていた。
脳裏に浮かんだのは、水平線を埋め尽くす味方の大船団だ。その大船団から無数の上陸用舟艇が発進し、陸地に向かって行く。
その上空には、これまた、空を覆わんばかりの味方機の大編隊だ。
無数の上陸用舟艇と、大編隊が向かう先には、未だに足の踏み入れた事のない陸地。
北大陸中西部沿岸の姿があった。
恐らく、今までに無い規模の大上陸作戦になるであろう。
兵員数はどれぐらい必要か?後方支援部隊も含めれば相当数の数になるだろう。
50万?それとも70万?
いや、それではまだ少な過ぎると思えるほどの兵員が集められるかもしれない。
その中に、フランドルやステビンスが入る可能性はあるだろう。
最も、今度の作戦で生き残れればの話ではあるが。
(それでも、一世一代の大作戦に参加したい。)
2人はいつしか、来るべき大作戦。
後に、史上最大の作戦と呼ばれる事となった大上陸作戦に、自分も参加したいと思っていた。