第129話 第2次スィンク沖海戦(前編)
1484年(1944年)4月16日 午前9時55分 ユークニア島南沖130マイル地点
第72任務部隊旗艦である戦艦プリンス・オブ・ウェールズの艦橋上で、司令官であるジェイムス・サマービル中将は、
通信参謀が持っていた2枚の電文を読み上げるなり、どこか複雑な表情を浮かべていた。
この2枚の紙に書かれた文章は、イラストリアス偵察機が発信した敵発見の報を傍受し、それを通信員が殴り書きで内容を記した物だ。
「敵艦隊の上空には、明らかに上空警戒用のワイバーンが居たようだな。この艦隊が我々が捜し求めている敵機動部隊である事は、
ほぼ間違いないだろう。しかし、どうも敵竜母の数が、思ったより少ないように思えるのだが・・・・諸君らはどう思うね?」
サマービルの問いに、1番始めに答えたのは参謀長のシャンク・リーガン少将である。
「私は、司令官の思われる通りであると確信します。13日のスィンク沖海戦では、敵は290騎ほどのワイバーンを押し立てて、
TF81を猛襲しました。先に、イラストリアスの偵察機が発見したこの3隻の竜母が、全て正規竜母なら良いですが、情報では
大型竜母は1隻のみで、残りは小型竜母であると伝えられています。大型竜母は、大げさに見積もってもヨークタウン級か、
エセックス級並み、最低でも、ワスプ級やイラストリアス級並みの搭載騎数を誇る筈。小型竜母は、インディペンデンス級か
ハーミズ級に準じるか、その中間辺りの搭載力を持つ筈です。3日前は、300騎近い攻撃隊を送り込んだ敵機動部隊の主力が、
正規竜母1隻、小型竜母2隻のみでは、話の筋が通りません。恐らく、相互援護の出来る範囲内に、必ずもう一隊の敵竜母群が居る筈です。」
「偵察機の搭乗員が、敵竜母の規模を見誤った。と言う可能性もあるのでは?」
リーガン少将の横から、情報参謀のレイス・ナセル大佐が言って来た。
「確かに、イラストリアス偵察機は敵機動部隊を見つけました。ですが、偵察機が敵と接触した時間は2分も満たない。
偵察機は、敵ワイバーンによってあえなく追い返されています。そんな短い時間では、敵竜母の詳細は分かりにくい筈。
もしかすると、敵機動部隊は、正規竜母3隻のみで行動しているかもしれません。そうなると、電文の中にあった別の
機動部隊の存在は、全くの幻と言う事になります。」
「お言葉ですが、敵の見誤りというのは、イラストリアスの搭乗員の技量からして考えにくいと思われます。」
航空参謀のフラナン・フォード中佐が反論した。
「イラストリアスのパイロット達は、半数ほどが転移前から一緒に付いて来たベテランです。そして、残り半数も、大多数が
太平洋戦線で繰り広げられた機動部隊決戦等を経験したパイロットです。彼らの錬度はかなり高く、合衆国海軍の中でも精鋭が集まる
ヨークタウン級3姉妹やレキシントン級姉妹の航空隊と比べても、殆ど互角です。TF72の中では、歴戦のワスプと並んで熟成した
航空隊を保有しています。そんな彼らは、僅か1分の接敵でほぼ敵側艦隊の陣容をほぼ掴む事が出来ます。情報参謀も、今年2月始めに
行われた演習で、僅か1分半程度の接敵で、対抗部隊であったイラストリアスの偵察機が、敵役だったワスプやゲティスバーグを始めとする
機動部隊の全容を掴んだ事を覚えているでしょう?」
「訓練と実戦は違うぞ。確かに、私もイラストリアス航空隊の錬度が高い事は充分承知している。だが、ベテランパイロットといえど、
常に完璧を成すのは難しいだろう。」
航空参謀と情報参謀の議論は、最初はやんわりとした雰囲気で続けられたが、互いに譲らないため、次第に2人の口調が荒くなってきた。
「まあまあ、2人とも落ち着きたまえ。今は延々と議論をする時ではあるまい。」
サマービルは苦笑しながら、熱くなりかけた2人の参謀を宥めた。
「とにもかくも、イラストリアスの偵察機が見つけたのは、我々が捜し求めていた敵機動部隊に間違いは無い。たとえ、それが一部であろうと、
本命であろうとな。この敵が本隊ならば、一挙に撃滅できて後が楽になる。逆に、本隊ではなくても、敵にTF72の力を見せ付ける事が出来る。
TF72に喧嘩を売れば、貴様ら本隊もこのようになる、とね。」
彼は、内心では既にこの敵機動部隊を攻撃するつもりでいた。
「航空参謀、TF72全体で残っている艦載機は何機だ?」
サマービルは、次のステップに進むため、まず航空参謀に質問する。
「はっ。今日未明の策敵開始前までに、TF72全体で500機の艦載機が使用可能でした。現在、第1、第2策敵隊として発艦した艦載機は
計36機。そのうち、アベンジャー、ヘルダイバーは21機です。」
今朝方発艦させた36機の策敵機のうち、アベンジャー、ヘルダイバーは21機も動員されており、うち1機は敵機に撃墜された可能性が高い。
残りの20機が帰還する頃には、攻撃隊の編成が完了しているだろうから、編成に加えるとしても2次攻撃隊からになるだろう。
TF72の艦載機は、戦闘に使える機のみを挙げれば、艦戦279機、艦爆83機、艦攻91となる。
1回の発艦で、全ての艦爆、艦攻を出させる事はまず不可能であるから、攻撃は2度に分けて行われる可能性がある。
「残った艦爆、艦攻の総数は、174機か。この174機のうち、どれだけの機数を第1次攻撃隊に加えられるか。これによって、
敵に与えられるダメージの度合いが大きく変わってくるな。」
サマービルは、小声でそう呟いた後、意を決したかのように顔を上げた。
「各任務群に命令。第72任務部隊は、これより敵機動部隊攻撃を行う。各任務群は、直ちに攻撃隊の発艦準備に取り掛かれ。各任務群司令部は、
任務部隊旗艦に攻撃隊の編成内容を知らせ。」
それから20分後、サマービルのもとに、攻撃隊に参加する陣容が知らされた。
「司令官、これが第1次攻撃隊の内訳です。」
「うむ、ご苦労。」
サマービルは通信参謀に一言返すと、手渡された紙に目を通した。
これから発艦するであろう攻撃隊は、TG72.1から112機、TG72.1から135機で編成されていた。
TG72.1は、F4U12機、F6F38機、SB2C22機、TBF42機。
TG72.2は、F6F57機、SB2C44機、TBF34機、計247機が第1次攻撃隊として発艦する。
247機のうち、142機はヘルダイバー、アベンジャーであり、TF72の保有する艦爆、艦攻の大部分が投入される形である。
サマービルは、この数字を見て満足した表情を浮かべた。
「攻撃隊の発艦は、1時間半後に開始される予定です。それまでに、敵の偵察ワイバーンに見つからなければ良いのですが。」
航空参謀は、不安そうな口調で言った。
「そこの所は何とも言えないな。上空警戒機は多く飛ばしているが、洋上の航空決戦では、それですら、敵に機動部隊が居る事を
悟らせてしまうからなぁ。私としては、敵のワイバーンに見つからずに攻撃隊を飛ばしたいと思っているがね。」
サマービルは、艦橋の窓際から、輪形陣中央部を航行する2隻の正規空母に目をやる。
プリンス・オブ・ウェールズの右舷側にいる空母ベニントンの甲板上では、早速数機の攻撃機が上げられていた。
よく目を凝らせば、甲板要員達が、重い艦載機を後部甲板に移動させようと、機体を押している所が見える。
そのエセックス級空母の艦首に立ち上がる艦首波は、意外と大きい。
いや、ベニントンのみならず、TF72に所属する艨艟達は、全てが高速力で南東に向かっていた。
「しかし、TF72が、26ノットの速力で敵に向かって突っ走っている今、偵察ワイバーンに見つかるのは時間の問題かもしれないな。」
サマービルは、自嘲気味に幕僚達に向かって言った。
「せめて、攻撃隊の発艦開始時間が縮まれば、敵に見つかる前に叩けるのですが。」
航空参謀が、残念そうに言った。
「仕方あるまい。なにしろ、200機以上の大編隊を一気に飛ばすんだ。時間が掛かるのは、やむをえない事だよ。」
「母艦単位の準備時間は、思ったよりは長く掛からない物ですが。」
「ふむ。タラント空襲の際、たった20機足らずでイタリア艦隊の攻撃に向かわせた事が、今では酷く懐かしく感じるなぁ。」
航空参謀の言葉に反応したサマービルは、H部隊司令官であった1940年のとある日を思い出していた。
「あの時は、少ないなりに充実していたな。搭載機の少なさがネックだったが、今みたいに数の多さや準備時間で、これほど
悩む事は無かった。」
「少数ゆえの利点、と言う奴ですな。」
航空参謀の言葉に、サマービルは苦笑した。
「まっ、そういう事だね。」
彼は、何気ない口調で言い返したが、その瞬間、彼の中で何かがひらめいた。
午前10時50分 ユークニア島南東沖560マイル地点
第1機動艦隊司令官であるホウル・トルーフラ中将は、魔道士官が持って来た紙を見ながら、一瞬体を震わせた。
「見つけたぞ。本命だ。」
トルーフラ中将は、やや熱に浮かされたような口調で、艦橋に立っている幕僚達に言った。
「偵察ワイバーンが、我が艦隊の北北西160ゼルド方向を南進しているアメリカ機動部隊を見つけた。我々の宿敵である、
正規空母を中心とする機動部隊だ!」
トルーフラは、静かながらも、威圧感のある口調で言った。
誰もが、来るべき物が来たと言いたげな表情を浮かべている。
「敵の補給路を寸断した今、敵機動部隊は我々を捜し求め、そしてついに見つけた。今頃、敵空母甲板には、攻撃用の飛空挺で
埋め尽くされている頃だろう。」
トルーフラは、そこまで言ってから、いきなり顔に笑みを浮かべた。
「望む所だ。我々も敵を見つけた今、取るべき道は1つ。敵空母の首を刈るまでだ。直ちに攻撃隊を発進させよ!」
トルーフラの号令の下、直ちに攻撃隊の発艦が始められようとしていた。
それから20分後、第1機動艦隊の全母艦で攻撃隊に参加するワイバーンが、次々と発艦していった。
トルーフラは、旗艦ヴェルンシアの艦橋から、1騎、また1騎と、次々に発艦していくワイバーンに見入っている。
「300騎中、220騎の戦闘、攻撃ワイバーンを投入したのだ。初の対機動部隊戦闘とはいえ、これだけの兵力があれば、
敵空母の1隻や2隻、軽く仕留められるだろうな。」
第1機動艦隊は、第1群から126騎、第2群から94騎、計220騎を攻撃に向かわせる胎である。
艦隊にいるワイバーンは、残り60機。戻って来る偵察役のワイバーンも含めれば、総数は80騎に達する。
艦隊上空の護衛が、いささか少ないように思えるが、トルーフラは、この攻撃に全てを賭けていた。
「さあ、言って来い。腹に抱いている300リギル爆弾をアメリカ空母に叩き付け、松明あ代わりに燃やしてやれ。」
トルーフラは、自信たっぷりに言い放った。
攻撃隊の全騎が発艦してから1時間後、第2群から緊急の魔法通信が入った。
「司令官!第2群のワイバーンから緊急連絡です。我、敵大編隊を見ゆ。数は90騎前後。」
魔道士の報告を聞いたトルーフラは、緊張で体が引き締まるような思いに囚われた。
「90騎前後か・・・・妙に少ないが。まあいい。使えるワイバーンは全て、敵編隊にぶつけろ。出来るだけ数を減らすのだ!」
午後0時20分 第1機動艦隊第2群
第1機動艦隊第2群旗艦である正規竜母イリョンスの艦橋上で、群司令官であるトルスコ・リガニ少将は、ワイバーンの迎撃を
突破し、輪形陣に迫りつつあるアメリカ軍機の群れに見入っていた。
「ついに来たか・・・・」
リガニ少将は、唸るような声音で呟く。
輪形陣に向かって来るアメリカ軍機は、艦隊の輪形陣右側の海域から、3グレルという近距離まで迫っている。
迎撃ワイバーンは、予想していたよりも思ったほど数を集められなかったが、それでも60騎を集める事が出来た。
しかし、魔道士の誘導ミスで20騎があらぬ方向に行ってしまい、残った40騎が米編隊に挑みかかった。
その40騎は、護衛についていた米戦闘機によって乱戦に引き込まれ、本来の目標である敵攻撃機の殲滅は全く果たせなかった。
輪形陣外輪部の駆逐艦が高射砲を撃ち始めた。
迫りつつあるアメリカ軍機は、低空と、高空の二手に分かれて迫りつつある。数はそれほど多くなく、二つのグループを合わせても
40機程度しか居ない。
傍目から見れば、寡兵にしか思えない数であるが、敵が少数であれ、受身に回っているのは第2群である。
戦闘の主導権がアメリカ側にあるのは、覆しようの無い事実だ。
低空と高空の敵編隊の周囲に、高射砲弾が炸裂して黒い雲が沸き起こるが、弾はいずれも見当外れの位置で炸裂している。
しかし、それも最初だけであり、対空射撃は徐々に正確になって行った。
高空の敵機群が駆逐艦の真上を通り過ぎようとした時、1機が至近で炸裂した砲弾によって右主翼を吹き飛ばされた。
一瞬にして片翼を失ったアメリカ軍機は、錐もみ状態になりながら海面に落下した。
それから5秒後には、低空から迫りつつあったアメリカ軍機に損害が及ぶ。
1機のアベンジャーが、機首のすぐ目前で高射砲弾の炸裂を受ける。
炸裂の瞬間、破片がコクピットやエンジンカウリングに突き刺さり、コクピットは搭乗員ごと薙ぎ払われ、アベンジャーは機首から
紅蓮の炎を吐いて、やがて海面に墜落した。
別の1機が、機体のすぐ後ろで砲弾の炸裂を受け、破片が機体を叩いた。一瞬の間を置いて、右主翼の付け根から燃料が噴出し、それが燃え上がった。
アベンジャーの搭乗員が恐怖に顔を歪めた時、右主翼の燃料タンクに火が回り、直後に爆発を起こした。
アベンジャーは胴体部分を炎の塊に変えた後、もんどりうって海面に激突し、機体は四散した。
駆逐艦部隊が、高射砲で食い止められたのは、この3機のみであった。
「濃密な弾幕を張った割には、意外と撃墜数が少ないな。」
リガニ少将は、意外と落ちないアメリカ軍機を見て眉をひそめた。
「シホールアンル軍の軍事顧問は、アメリカ機は頑丈で落ちにくいと言っていたが、これほどとは・・・・」
低空進入して来るアメリカ軍機の群れに、駆逐艦群から魔道銃の射撃が行われる。
七色の光弾が、アメリカ軍機に束のように注がれているのだが、異様にごつい形をしたアメリカ軍機は、1発や2発命中しても
威力の無い豆鉄砲を受けているかのように、全く参る様子が無い。
駆逐艦群が、雷撃機の撃退に手間取っている間、アメリカ軍の爆撃隊が既に、輪形陣中央の竜母めがけて急降下を開始した。
「ヘルダイバー8機、右舷斜め後方より急降下!」
どうやら、アメリカ軍機はイリョンスを狙って来たようだ。8機のヘルダイバーが、高度2000グレルからつるべ落としに突っ込んで来る。
イリョンスの高射砲が轟然と火を噴き、高射砲弾をたたき出す。
イリョンスを守る2隻の戦艦や、3隻の巡洋艦も、向けられるだけの対空砲を総動員して弾幕を張り巡らす。
ヘルダイバーの前面に、無数の高射砲弾が炸裂する。あたかも黒い壁が出現したかのようだ。
だが、ヘルダイバーの先頭機は、その黒い壁をあっさりと突き抜けた。続いて2番機、3番機と、弾幕を突っ切って行く。
唐突に、4番機の機首が巨人の張り手でも食らったかのようにひしゃげた。その次の瞬間、ヘルダイバーは爆発、四散した。
その爆炎の中から、後続機が飛び出してきた。
「しっかり狙って撃て!1機残らず叩き落してやるんだ!」
艦長が伝声管に向かって怒鳴り込んでいる。
恐らく、艦長はなかなか敵機を落とせぬ事に溜まりかねて、砲術科にハッパをかけているのだろう。
しかし、現状は、そんな事で好転するほど生易しい物ではなかった。
「あっ!艦首側からアメリカ軍機9機が急降下!突っ込んできまぁす!」
見張りの報告が、伝声管越しに聞こえて来た。
それを聞きつつ、艦長は面舵一杯を命じた。
転舵を命じてから40秒が経ち、イリョンスの艦首は右舷側に回頭を始めた。
魔道銃も加わった対空射撃は、まさに激烈であった。
イリョンスの後方から、甲高い轟音を発しながら突っ込んで来る米艦爆に対して、イリョンスや左右後方にいる小型竜母2隻、戦艦2隻、
巡洋艦3隻や護衛駆逐艦が必死に撃ちまくる。
たちまち、5番機が火箭を集中されて、一瞬のうちに弾け飛んだ。
次いで、7番機が右主翼やエンジンから火を噴き出し、悲鳴じみた音を発しながら墜落する。
まさに、目を覆わんばかりの濃密な弾幕だが、撃墜出来たのは、先のも含めてたったの3機だけであった。
ヘルダイバーが、主翼の付け根にあるダイブブレーキを全開にしながら急降下してくる様は、まるで神話に出て来る空飛ぶ悪獣が、威嚇の咆哮を
あげながら地上の獲物に襲い掛かろうとする様を思わせる。
リガニ少将は、米艦爆の発する威圧感に、半ば潰されかけていた。
その直後、回頭するイリョンス目掛けて、1番機が爆弾を投下した。この爆弾は、イリョンスの左舷艦首側の海面に至近弾として落下した。
いきなり、ドーン!という轟音が鳴り、水柱が天高く吹き上がった。
続いて、2番機が爆弾を落とす。これは、イリョンスの右舷艦尾側の海面に至近弾として落下した。
その次の爆弾が、イリョンスの飛行甲板後部に命中した。
爆弾が命中した瞬間、至近弾が炸裂した時とは全く違う轟音が鳴り響き、イリョンスの巨大な艦体が、情けないぐらいに激しく揺さぶられた。
「飛行甲板後部に爆弾命中!格納庫に火災発生!!」
伝声管から、興奮で上ずった声が響いて来る。
艦長が答えようとするが、至近弾炸裂の轟音と衝撃によって会話が妨げられる。
またもや、新たな直撃弾がイリョンスの艦体を揺さぶった。
爆弾はイリョンスの前部甲板に命中した。リガニ少将は、艦橋の窓が一瞬、ピカッと光ったと思った。
その刹那、強烈な爆裂音が耳に飛び込んできた。閃光の後、窓の外に火柱と大小無数の破片が吹き上がるのが見えた。
「今度は前部に食らったか・・・・・!」
リガニ少将は、歯噛みしながら唸った。
ヘルダイバーの放った1000ポンド爆弾は、飛行甲板前部に突き刺さると、甲板を突き破って格納甲板の防御甲板に弾頭を叩き付け、
直後に炸裂した。
イリョンスの防御甲板は、厚さ70ミリの装甲板が張り巡らされており、1000ポンド爆弾の直撃にも耐える事が出来た。
しかし、爆発エネルギーは下に向かわない変わりに格納庫で荒れ狂った。竜母の格納甲板は、航空機の格納甲板と違って、陸上の
ワイバーン養育施設がそのまま艦内に移転したような形となっている。
分かりやすく言い換えれば、馬や牛の飼育施設が、そっくりそのまま空母の中に引っ越した物と考えて良いであろう。
ワイバーン1頭1頭には、狭苦しいながらも個別の部屋が与えられ、そこで定期的に餌付けをされている。
爆発エネルギーは、格納甲板内のこれらの飼育小屋を多数破壊し、火災を発生させた。
艦後方側から襲い掛かってきたヘルダイバーは、6発中2発の命中弾を与えて避退したが、休む暇も無く、別のヘルダイバーが
猛速で迫って来た。
対空砲火の目標が、このヘルダイバー群に向けられる。
ヘルダイバーの先頭が高度2000メートルを切った時、猛烈な対空砲火が繰り出された。
上空に沸き起こる無数の黒煙、竜母や護衛艦から上がる七色の光弾が、小癪なヘルダイバー群を捉えようとする。
だが、ヘルダイバーはなかなか落ちる気配を見せない。
先頭機は何発か光弾を受けるも、爆発する事も無ければ煙を吐く事も無く、回頭するイリョンスの頭を抑える形で急降下を続け、
高度400で爆弾を投下した。
後部第3魔道銃群で、ヘルダイバーに向かって魔道銃を撃ちまくっていたコナ・スロヌエ一等水兵は、ヘルダイバーの1番機が
投下する爆弾が、ほぼ丸い円になって落下するのを、しばし呆然としながら見ていた。
「おい!なにボサッとしとるんだ!さっさと撃て!!」
背後から、先輩に怒鳴られた。彼は慌てて、魔道銃の射撃を再開しようとした。
すると、視界の端で、爆弾後部甲板に突き刺さるのが見えた。
爆弾の姿が、神隠しにあったかのように消えた、と思いきや、いきなりダーン!という耳を劈くような轟音と共に、火柱が立ち上がった。
咄嗟に、スロヌエ一等水兵はその場に伏せた。直後、爆風がゴォー!という音と共に、甲板より一段下がった銃座の床の上を駆け抜けていった。
ものすごい轟音だったから、彼はすぐ後ろに居た先輩が、悲鳴を上げながら海に吹き飛ばされた事に気が付かなかった。
(こ、こえええ!)
彼は内心、こみ上げてくる恐怖感で一杯であった。
衝撃はこれだけに留まらず、その後も2回ほど、強い衝撃が伝わった。
どれほど時間が流れたであろうか、気が付くと、彼は同僚に襟首を掴まれて、無理やり立たされていた。
「おい!寝るんじゃねえ!アメリカ軍機はまだ居るぞ!」
同僚は、顔を真っ赤にしながら怒鳴りつつ、海のほうへ指を差した。
そこには、海面スレスレにまで高度を下げたアメリカ軍機が居た。
スロヌエ一等水兵は、アメリカ軍機・・・・形からして、アベンジャーと思われる敵機が、信じられないほどの超低空を飛行している事に仰天した。
彼から見れば、その10機のアベンジャーは、海面に腹をこすり付けんばかりの低空で飛行していた。
あまりにも低い高度で飛んでいるためか、アベンジャーのすぐ後ろの海面がシャーッと波立っている。
そのアベンジャーは、護衛艦の対空砲火を横合いや、後方から受けながらも、イリョンスの右舷後部から接近しつつある。
「くそ!左舷側にもアメリカ野郎が居るぞ!」
スロヌエ一等水兵は、耳にそんな言葉が聞こえたような気がしたが、彼はそれに気にとめる事無く、魔道銃の照準を、砲弾や光弾の外れ弾で
沸き立つ海面を、スレスレの低空でしたい寄るアベンジャーに定める。
それまで右回頭していたイリョンスが、急に回頭を止めた。
このまま直進に移るのかと思いきや、今度は左回頭に移った。
右舷側のアメリカ軍機は、この回頭で射点を外されたのであろう。イリョンスと距離を置くため、一旦は右旋回しつつ、距離を開けていく。
そして、イリョンスの右舷側に占位しようとしたとき、唐突に1機のアベンジャーが、光弾の集中射撃を食らって火を噴く。
そのアベンジャーは、機首から滑り込むようにして海面に墜落した。
スロヌエ一等水兵は、一番左端のアメリカ軍機を狙って魔道銃を撃つのだが、艦が回頭しているため、射線が追い付いていない。
「なかなか当たらんもんだな!」
スロヌエ一等水兵は、忌々しげにそう吐き捨てた。
いきなり、左舷側から航空機の轟音が近付いてきた、と思いきや、目の前に腹の爆弾倉を開いたアベンジャーが右舷側に飛び出して来た。
スロヌエ一等水兵は、驚きながらも咄嗟に射撃目標を変更し、今しがた、頭上を通り過ぎたアベンジャーに光弾を浴びせた。
距離100メートル程で放たれた光弾は、ミシン縫いのように、アベンジャーの右側胴体後部部分、星のマークがある部分から、右主翼の
辺りまで命中した。
至近距離でまともに光弾を食らったアベンジャーは、黒煙を吐きながらぐらりと傾き、海面に激突してから爆発した。
「ざまあみろ!アメリカ人!!」
初の敵機撃墜に、スロヌエ一等水兵は満面の笑みを浮かべた。
その刹那、彼は艦体に衝撃が伝わるのを感じた。その衝撃は、爆弾命中時の物とは全く異なっていた。
一瞬、足が床から離れた、と思った彼は、ズズーン!という重苦しい轟音を聞いた。
彼は、突きあがるような衝撃に姿勢を支える事が出来ず、あっという間に床の上へ転がってしまった。
「い、今の衝撃は・・・!?」
彼は、初めて体験する得体の知れない衝撃に、頭が混乱を起こしていた。
謎の衝撃が伝わって来た方向に、彼は目を向けた。左舷中央部から、高々と水柱が吹き上がっていた。
それを見て、彼はこのイリョンスが魚雷を食らった事に気が付いた。
吹き上がった水柱が崩れ落ちてから10秒ほど経った時、とある兵員が、
「左舷中央部に魚雷命中!応急班急げぇ!!」
と叫びながら、飛行甲板を駆けていくのが見えた。
(なんてこった!爆弾を食らった上に、魚雷までも・・・・!)
スロヌエ一等水兵は、内心で参ったと思った。
イリョンスは、既に爆弾5発を受け、艦内で大火災を起こして濛々たる黒煙を吐いている。
これだけでも、竜母としては致命的なのに、更に魚雷までも食らったのである。
彼のような末端の兵士でも、こうまでも被害を受けたら、数ヶ月単位は前線に出られないなと確信できた。
イリョンスは、先の被雷が祟ったのか、みるみるうちに速力を落としている。
イリョンスは尚も、回避運動を試みているが、その動きは、被雷前と比べても明らかに鈍い。
速力は、12リンルほどに落ちているだろう。
好機と見たのか、9機のアベンジャーは横一列に展開しながら、急速に距離を詰めてくる。
「させるか!!」
スロヌエ一等水兵は、したいよって来るアベンジャーを見ると、むらむらと敵愾心を掻き立てた。
彼は再び魔道銃に手を伸ばし、引き金を引いた。
彼のみならず、第3魔道銃群の同僚達も、必死に魔道銃を撃ちまくる。
しかし、急激な回避運動と、飛行甲板から吹き上がる黒煙が邪魔で、なかなか照準を定め切れない。
時折、黒煙に視界が完全に妨げられ、射撃が完全にメクラ撃ちになる場合もある。
イリョンスを守る護衛艦も、援護射撃を行うのだが、アベンジャーを阻止するには至らない。
9機のアベンジャーは、横一列に展開したまま距離700メートルの近距離まで迫るや、一斉に魚雷を投下した。
アベンジャーは、そのまま両翼の機銃をぶっ放しながら左舷側に抜けていった。
アベンジャーの放った機銃弾が、スロヌエ一等水兵のすぐ右横に着弾した。
「!?」
彼は、驚愕した表情で、火花の飛び散った床に見入っていたが、その次の瞬間、彼は機銃座の真下に潜り込んで行く白い航跡に視線を移した。
艦橋の見張り員を勤めていたリョロウ・ミナスク一等水兵は、後部の第3魔道銃群が、真下から吹き上がった水柱によって空高く吹き飛ぶのを、
恐怖の眼差しで見つめていた。
「おい、見ろよ!アメリカ人共が魔道銃の射手達を全員ふっ飛ばしやがった!」
彼は、興奮で浮ついた口調で、吹き飛ぶ魔道銃群を指差しながら同僚に言った。
その3秒後には、右舷中央部と、艦橋よりやや前の舷側に水柱が吹き上がった。
余りにも物凄い衝撃に、ミナスク一等水兵は体が一瞬、宙に浮いた。彼はその時、このイリョンスが海面から飛び上がったのかと思った。
イリョンスは、艦腹を4本の魚雷に叩き割られ、瀕死の状態に陥っていた。
まず、ベニントン艦攻隊が叩き込んだ1本の魚雷は、左舷側中央部に命中、魚雷はバルジを易々と貫通して防水区画を仕切る壁に激突。
これに大穴を穿った。
魚雷の先端が、艦低部の通路側に10センチ飛び出た所で魚雷は炸裂。
その瞬間、火炎と爆風が周囲の区画を2つほど叩き壊し、その余波は通路側の前後に吹き込んでいった。
命中箇所には、大量の海水が流れ始めていたが、被雷から1分後に駆け付けた応急班によって、浸水の拡大は最小限に抑えられようとしていた。
この時点で、イリョンスの損害レベルは大破に近い中破レベルの損傷であった。
応急班の将兵達は、この被害なら、イリョンスはまだ沈まぬと確信し、顔に安堵の色を浮かべた。
だが、右舷側からやって来たイラストリアス艦攻隊の雷撃が、その芽生えた希望を吹き飛ばした。
なぜならば、イラストリアス隊は、イリョンスの右舷側に3本の魚雷を命中させたからだ。
イリョンスの属するヴェルンシア級正規竜母は、ワイバーンの搭載力向上を目標に作られているが、同時に、防御にも力が入れられている。
その1つが、格納甲板の防御装甲であるが、この他にも、機関室の交互配置という珍しい試みも取り入れられている。
ヴェルンシア級正規竜母は、後部と中央部に魔道機関室を配置している。これは、シホールアンル海軍が経験した戦闘を基に考えられたものだ。
シホールアンル海軍の竜母は、ほとんどが中央部か、後部にまとめて魔道機関室を配置していたため、敵の攻撃、特に魚雷を食らった時は、
艦の心臓部たる機関室が一気に壊滅する事がしばしばあった。
しかし、ヴェルンシア級正規竜母の採用した機関部の配置方法は、ダメージコントロールの面から見ても効果的であり、万が一、どちらか
1つの機関室が破壊されても、生き残った機関室が動いていれば船は航行できる。
シホールアンル側は、ヴェルンシア級竜母に施された機関の配置方法に興味を抱き、ホロウレイグ級竜母や、現在建造が急がれている新鋭艦にも
広く取り入れている。
だが、戦神はイリョンスを見放していた。
イラストリアス隊の放った魚雷のうち、右舷側後部と、中央部に命中した魚雷は、バルジを突き破って艦内で炸裂した。
その命中した箇所が、交互に配置された魔道機関部のすぐ近くであった。
爆発した航空魚雷は、周囲の区画を滅茶苦茶に叩き壊した。
解放されたエネルギーが、炸裂地点すぐ目の前の壁を吹き飛ばす。
その壁の向こう側には、巨大な魔法石を取り囲んで、作業を行っている魔道士達がいた。
猛烈な爆風は、勢いを殺さぬまま魔道機関室を蹂躙し、その場に居た全ての物が、悲鳴を上げる暇も無く殺傷され、魔法石は紅蓮の炎と、強烈な
爆風によって破壊された。
後部機関室、前部機関室が致命的な打撃を被った事に加え、右舷艦橋横に受けた被雷は、イリョンスにとってとどめの一撃となった。
イリョンスは、右舷側に立ち上がった水柱がゆっくりと崩れ落ちた後も、10秒ほどは高速で航行していたが、やがて右舷側の傾斜を深めながら海上に停止した。
空襲は、僅か15分ほどで終わった。最後のアメリカ軍機が、艦隊の上空から姿を消して5分が経過した。
リガニ少将は、傾斜したイリョンスの艦橋で、悔しさに顔を歪めていた。
「くそ・・・・流石はアメリカ機動部隊だ。この間やりあった奴らより、腕の良い奴が揃っていやがる!」
彼は、イリョンスが中破・・・最悪は大破程度の損害を被り、もしかしたら自分は戦死するだろうと覚悟を決めていた。
予想に反して、彼は生き延びた。
だが、彼の旗艦・・・・マオンド海軍自慢の正規竜母であるイリョンスは、ヘルダイバーやアベンジャーに袋叩きにされ、もはや沈没寸前の状態である。
たった50機足らず・・・・迎撃ワイバーンが40機しかおらず、敵戦闘機に拘束されたために、攻撃機を減らせなかったとしても、多くはない機数で
ここまでやるとは、彼のみならず、艦隊の誰もが予想出来なかった。
「イリョンスは、こんな有様になったが、我々にはあと5隻の竜母がおり、しかも攻撃隊が敵機動部隊に向かっている。敵機動部隊が壊滅すれば、
我々にもまだ、勝機がある。」
リガニ少将は、自信のにじみ出た口調で一気にまくしたてた。
「しかし、短い空襲なのに、嫌に疲れてしまったな。」
彼は、知らず知らずのうちに、自らが疲れていた事に気が付いた。
(無理も無いか。何しろ、我々は初めて、敵の空襲を受けたんだ。戦闘中はあまり感じないが、体は極度の緊張と興奮で疲れを溜めていたんだろう)
リガニ少将はそう思うと、自然と深いため息を付いた。
アメリカ軍機が去って、まだ5分足らずだが、彼にとって、その5分は馬鹿に長いように感じられた。
そして、第2群の休憩時間もまた、たった5分間だけであった。
「新たな敵機接近!数は約100!」
この突然の報告に誰もが顔を強張らせた時、早くも2戦目を迎えた迎撃ワイバーンは、艦隊から30マイルという近距離で、
迎撃戦闘を始めていた。
1484年(1944年)4月16日 午前9時55分 ユークニア島南沖130マイル地点
第72任務部隊旗艦である戦艦プリンス・オブ・ウェールズの艦橋上で、司令官であるジェイムス・サマービル中将は、
通信参謀が持っていた2枚の電文を読み上げるなり、どこか複雑な表情を浮かべていた。
この2枚の紙に書かれた文章は、イラストリアス偵察機が発信した敵発見の報を傍受し、それを通信員が殴り書きで内容を記した物だ。
「敵艦隊の上空には、明らかに上空警戒用のワイバーンが居たようだな。この艦隊が我々が捜し求めている敵機動部隊である事は、
ほぼ間違いないだろう。しかし、どうも敵竜母の数が、思ったより少ないように思えるのだが・・・・諸君らはどう思うね?」
サマービルの問いに、1番始めに答えたのは参謀長のシャンク・リーガン少将である。
「私は、司令官の思われる通りであると確信します。13日のスィンク沖海戦では、敵は290騎ほどのワイバーンを押し立てて、
TF81を猛襲しました。先に、イラストリアスの偵察機が発見したこの3隻の竜母が、全て正規竜母なら良いですが、情報では
大型竜母は1隻のみで、残りは小型竜母であると伝えられています。大型竜母は、大げさに見積もってもヨークタウン級か、
エセックス級並み、最低でも、ワスプ級やイラストリアス級並みの搭載騎数を誇る筈。小型竜母は、インディペンデンス級か
ハーミズ級に準じるか、その中間辺りの搭載力を持つ筈です。3日前は、300騎近い攻撃隊を送り込んだ敵機動部隊の主力が、
正規竜母1隻、小型竜母2隻のみでは、話の筋が通りません。恐らく、相互援護の出来る範囲内に、必ずもう一隊の敵竜母群が居る筈です。」
「偵察機の搭乗員が、敵竜母の規模を見誤った。と言う可能性もあるのでは?」
リーガン少将の横から、情報参謀のレイス・ナセル大佐が言って来た。
「確かに、イラストリアス偵察機は敵機動部隊を見つけました。ですが、偵察機が敵と接触した時間は2分も満たない。
偵察機は、敵ワイバーンによってあえなく追い返されています。そんな短い時間では、敵竜母の詳細は分かりにくい筈。
もしかすると、敵機動部隊は、正規竜母3隻のみで行動しているかもしれません。そうなると、電文の中にあった別の
機動部隊の存在は、全くの幻と言う事になります。」
「お言葉ですが、敵の見誤りというのは、イラストリアスの搭乗員の技量からして考えにくいと思われます。」
航空参謀のフラナン・フォード中佐が反論した。
「イラストリアスのパイロット達は、半数ほどが転移前から一緒に付いて来たベテランです。そして、残り半数も、大多数が
太平洋戦線で繰り広げられた機動部隊決戦等を経験したパイロットです。彼らの錬度はかなり高く、合衆国海軍の中でも精鋭が集まる
ヨークタウン級3姉妹やレキシントン級姉妹の航空隊と比べても、殆ど互角です。TF72の中では、歴戦のワスプと並んで熟成した
航空隊を保有しています。そんな彼らは、僅か1分の接敵でほぼ敵側艦隊の陣容をほぼ掴む事が出来ます。情報参謀も、今年2月始めに
行われた演習で、僅か1分半程度の接敵で、対抗部隊であったイラストリアスの偵察機が、敵役だったワスプやゲティスバーグを始めとする
機動部隊の全容を掴んだ事を覚えているでしょう?」
「訓練と実戦は違うぞ。確かに、私もイラストリアス航空隊の錬度が高い事は充分承知している。だが、ベテランパイロットといえど、
常に完璧を成すのは難しいだろう。」
航空参謀と情報参謀の議論は、最初はやんわりとした雰囲気で続けられたが、互いに譲らないため、次第に2人の口調が荒くなってきた。
「まあまあ、2人とも落ち着きたまえ。今は延々と議論をする時ではあるまい。」
サマービルは苦笑しながら、熱くなりかけた2人の参謀を宥めた。
「とにもかくも、イラストリアスの偵察機が見つけたのは、我々が捜し求めていた敵機動部隊に間違いは無い。たとえ、それが一部であろうと、
本命であろうとな。この敵が本隊ならば、一挙に撃滅できて後が楽になる。逆に、本隊ではなくても、敵にTF72の力を見せ付ける事が出来る。
TF72に喧嘩を売れば、貴様ら本隊もこのようになる、とね。」
彼は、内心では既にこの敵機動部隊を攻撃するつもりでいた。
「航空参謀、TF72全体で残っている艦載機は何機だ?」
サマービルは、次のステップに進むため、まず航空参謀に質問する。
「はっ。今日未明の策敵開始前までに、TF72全体で500機の艦載機が使用可能でした。現在、第1、第2策敵隊として発艦した艦載機は
計36機。そのうち、アベンジャー、ヘルダイバーは21機です。」
今朝方発艦させた36機の策敵機のうち、アベンジャー、ヘルダイバーは21機も動員されており、うち1機は敵機に撃墜された可能性が高い。
残りの20機が帰還する頃には、攻撃隊の編成が完了しているだろうから、編成に加えるとしても2次攻撃隊からになるだろう。
TF72の艦載機は、戦闘に使える機のみを挙げれば、艦戦279機、艦爆83機、艦攻91となる。
1回の発艦で、全ての艦爆、艦攻を出させる事はまず不可能であるから、攻撃は2度に分けて行われる可能性がある。
「残った艦爆、艦攻の総数は、174機か。この174機のうち、どれだけの機数を第1次攻撃隊に加えられるか。これによって、
敵に与えられるダメージの度合いが大きく変わってくるな。」
サマービルは、小声でそう呟いた後、意を決したかのように顔を上げた。
「各任務群に命令。第72任務部隊は、これより敵機動部隊攻撃を行う。各任務群は、直ちに攻撃隊の発艦準備に取り掛かれ。各任務群司令部は、
任務部隊旗艦に攻撃隊の編成内容を知らせ。」
それから20分後、サマービルのもとに、攻撃隊に参加する陣容が知らされた。
「司令官、これが第1次攻撃隊の内訳です。」
「うむ、ご苦労。」
サマービルは通信参謀に一言返すと、手渡された紙に目を通した。
これから発艦するであろう攻撃隊は、TG72.1から112機、TG72.1から135機で編成されていた。
TG72.1は、F4U12機、F6F38機、SB2C22機、TBF42機。
TG72.2は、F6F57機、SB2C44機、TBF34機、計247機が第1次攻撃隊として発艦する。
247機のうち、142機はヘルダイバー、アベンジャーであり、TF72の保有する艦爆、艦攻の大部分が投入される形である。
サマービルは、この数字を見て満足した表情を浮かべた。
「攻撃隊の発艦は、1時間半後に開始される予定です。それまでに、敵の偵察ワイバーンに見つからなければ良いのですが。」
航空参謀は、不安そうな口調で言った。
「そこの所は何とも言えないな。上空警戒機は多く飛ばしているが、洋上の航空決戦では、それですら、敵に機動部隊が居る事を
悟らせてしまうからなぁ。私としては、敵のワイバーンに見つからずに攻撃隊を飛ばしたいと思っているがね。」
サマービルは、艦橋の窓際から、輪形陣中央部を航行する2隻の正規空母に目をやる。
プリンス・オブ・ウェールズの右舷側にいる空母ベニントンの甲板上では、早速数機の攻撃機が上げられていた。
よく目を凝らせば、甲板要員達が、重い艦載機を後部甲板に移動させようと、機体を押している所が見える。
そのエセックス級空母の艦首に立ち上がる艦首波は、意外と大きい。
いや、ベニントンのみならず、TF72に所属する艨艟達は、全てが高速力で南東に向かっていた。
「しかし、TF72が、26ノットの速力で敵に向かって突っ走っている今、偵察ワイバーンに見つかるのは時間の問題かもしれないな。」
サマービルは、自嘲気味に幕僚達に向かって言った。
「せめて、攻撃隊の発艦開始時間が縮まれば、敵に見つかる前に叩けるのですが。」
航空参謀が、残念そうに言った。
「仕方あるまい。なにしろ、200機以上の大編隊を一気に飛ばすんだ。時間が掛かるのは、やむをえない事だよ。」
「母艦単位の準備時間は、思ったよりは長く掛からない物ですが。」
「ふむ。タラント空襲の際、たった20機足らずでイタリア艦隊の攻撃に向かわせた事が、今では酷く懐かしく感じるなぁ。」
航空参謀の言葉に反応したサマービルは、H部隊司令官であった1940年のとある日を思い出していた。
「あの時は、少ないなりに充実していたな。搭載機の少なさがネックだったが、今みたいに数の多さや準備時間で、これほど
悩む事は無かった。」
「少数ゆえの利点、と言う奴ですな。」
航空参謀の言葉に、サマービルは苦笑した。
「まっ、そういう事だね。」
彼は、何気ない口調で言い返したが、その瞬間、彼の中で何かがひらめいた。
午前10時50分 ユークニア島南東沖560マイル地点
第1機動艦隊司令官であるホウル・トルーフラ中将は、魔道士官が持って来た紙を見ながら、一瞬体を震わせた。
「見つけたぞ。本命だ。」
トルーフラ中将は、やや熱に浮かされたような口調で、艦橋に立っている幕僚達に言った。
「偵察ワイバーンが、我が艦隊の北北西160ゼルド方向を南進しているアメリカ機動部隊を見つけた。我々の宿敵である、
正規空母を中心とする機動部隊だ!」
トルーフラは、静かながらも、威圧感のある口調で言った。
誰もが、来るべき物が来たと言いたげな表情を浮かべている。
「敵の補給路を寸断した今、敵機動部隊は我々を捜し求め、そしてついに見つけた。今頃、敵空母甲板には、攻撃用の飛空挺で
埋め尽くされている頃だろう。」
トルーフラは、そこまで言ってから、いきなり顔に笑みを浮かべた。
「望む所だ。我々も敵を見つけた今、取るべき道は1つ。敵空母の首を刈るまでだ。直ちに攻撃隊を発進させよ!」
トルーフラの号令の下、直ちに攻撃隊の発艦が始められようとしていた。
それから20分後、第1機動艦隊の全母艦で攻撃隊に参加するワイバーンが、次々と発艦していった。
トルーフラは、旗艦ヴェルンシアの艦橋から、1騎、また1騎と、次々に発艦していくワイバーンに見入っている。
「300騎中、220騎の戦闘、攻撃ワイバーンを投入したのだ。初の対機動部隊戦闘とはいえ、これだけの兵力があれば、
敵空母の1隻や2隻、軽く仕留められるだろうな。」
第1機動艦隊は、第1群から126騎、第2群から94騎、計220騎を攻撃に向かわせる胎である。
艦隊にいるワイバーンは、残り60機。戻って来る偵察役のワイバーンも含めれば、総数は80騎に達する。
艦隊上空の護衛が、いささか少ないように思えるが、トルーフラは、この攻撃に全てを賭けていた。
「さあ、言って来い。腹に抱いている300リギル爆弾をアメリカ空母に叩き付け、松明あ代わりに燃やしてやれ。」
トルーフラは、自信たっぷりに言い放った。
攻撃隊の全騎が発艦してから1時間後、第2群から緊急の魔法通信が入った。
「司令官!第2群のワイバーンから緊急連絡です。我、敵大編隊を見ゆ。数は90騎前後。」
魔道士の報告を聞いたトルーフラは、緊張で体が引き締まるような思いに囚われた。
「90騎前後か・・・・妙に少ないが。まあいい。使えるワイバーンは全て、敵編隊にぶつけろ。出来るだけ数を減らすのだ!」
午後0時20分 第1機動艦隊第2群
第1機動艦隊第2群旗艦である正規竜母イリョンスの艦橋上で、群司令官であるトルスコ・リガニ少将は、ワイバーンの迎撃を
突破し、輪形陣に迫りつつあるアメリカ軍機の群れに見入っていた。
「ついに来たか・・・・」
リガニ少将は、唸るような声音で呟く。
輪形陣に向かって来るアメリカ軍機は、艦隊の輪形陣右側の海域から、3グレルという近距離まで迫っている。
迎撃ワイバーンは、予想していたよりも思ったほど数を集められなかったが、それでも60騎を集める事が出来た。
しかし、魔道士の誘導ミスで20騎があらぬ方向に行ってしまい、残った40騎が米編隊に挑みかかった。
その40騎は、護衛についていた米戦闘機によって乱戦に引き込まれ、本来の目標である敵攻撃機の殲滅は全く果たせなかった。
輪形陣外輪部の駆逐艦が高射砲を撃ち始めた。
迫りつつあるアメリカ軍機は、低空と、高空の二手に分かれて迫りつつある。数はそれほど多くなく、二つのグループを合わせても
40機程度しか居ない。
傍目から見れば、寡兵にしか思えない数であるが、敵が少数であれ、受身に回っているのは第2群である。
戦闘の主導権がアメリカ側にあるのは、覆しようの無い事実だ。
低空と高空の敵編隊の周囲に、高射砲弾が炸裂して黒い雲が沸き起こるが、弾はいずれも見当外れの位置で炸裂している。
しかし、それも最初だけであり、対空射撃は徐々に正確になって行った。
高空の敵機群が駆逐艦の真上を通り過ぎようとした時、1機が至近で炸裂した砲弾によって右主翼を吹き飛ばされた。
一瞬にして片翼を失ったアメリカ軍機は、錐もみ状態になりながら海面に落下した。
それから5秒後には、低空から迫りつつあったアメリカ軍機に損害が及ぶ。
1機のアベンジャーが、機首のすぐ目前で高射砲弾の炸裂を受ける。
炸裂の瞬間、破片がコクピットやエンジンカウリングに突き刺さり、コクピットは搭乗員ごと薙ぎ払われ、アベンジャーは機首から
紅蓮の炎を吐いて、やがて海面に墜落した。
別の1機が、機体のすぐ後ろで砲弾の炸裂を受け、破片が機体を叩いた。一瞬の間を置いて、右主翼の付け根から燃料が噴出し、それが燃え上がった。
アベンジャーの搭乗員が恐怖に顔を歪めた時、右主翼の燃料タンクに火が回り、直後に爆発を起こした。
アベンジャーは胴体部分を炎の塊に変えた後、もんどりうって海面に激突し、機体は四散した。
駆逐艦部隊が、高射砲で食い止められたのは、この3機のみであった。
「濃密な弾幕を張った割には、意外と撃墜数が少ないな。」
リガニ少将は、意外と落ちないアメリカ軍機を見て眉をひそめた。
「シホールアンル軍の軍事顧問は、アメリカ機は頑丈で落ちにくいと言っていたが、これほどとは・・・・」
低空進入して来るアメリカ軍機の群れに、駆逐艦群から魔道銃の射撃が行われる。
七色の光弾が、アメリカ軍機に束のように注がれているのだが、異様にごつい形をしたアメリカ軍機は、1発や2発命中しても
威力の無い豆鉄砲を受けているかのように、全く参る様子が無い。
駆逐艦群が、雷撃機の撃退に手間取っている間、アメリカ軍の爆撃隊が既に、輪形陣中央の竜母めがけて急降下を開始した。
「ヘルダイバー8機、右舷斜め後方より急降下!」
どうやら、アメリカ軍機はイリョンスを狙って来たようだ。8機のヘルダイバーが、高度2000グレルからつるべ落としに突っ込んで来る。
イリョンスの高射砲が轟然と火を噴き、高射砲弾をたたき出す。
イリョンスを守る2隻の戦艦や、3隻の巡洋艦も、向けられるだけの対空砲を総動員して弾幕を張り巡らす。
ヘルダイバーの前面に、無数の高射砲弾が炸裂する。あたかも黒い壁が出現したかのようだ。
だが、ヘルダイバーの先頭機は、その黒い壁をあっさりと突き抜けた。続いて2番機、3番機と、弾幕を突っ切って行く。
唐突に、4番機の機首が巨人の張り手でも食らったかのようにひしゃげた。その次の瞬間、ヘルダイバーは爆発、四散した。
その爆炎の中から、後続機が飛び出してきた。
「しっかり狙って撃て!1機残らず叩き落してやるんだ!」
艦長が伝声管に向かって怒鳴り込んでいる。
恐らく、艦長はなかなか敵機を落とせぬ事に溜まりかねて、砲術科にハッパをかけているのだろう。
しかし、現状は、そんな事で好転するほど生易しい物ではなかった。
「あっ!艦首側からアメリカ軍機9機が急降下!突っ込んできまぁす!」
見張りの報告が、伝声管越しに聞こえて来た。
それを聞きつつ、艦長は面舵一杯を命じた。
転舵を命じてから40秒が経ち、イリョンスの艦首は右舷側に回頭を始めた。
魔道銃も加わった対空射撃は、まさに激烈であった。
イリョンスの後方から、甲高い轟音を発しながら突っ込んで来る米艦爆に対して、イリョンスや左右後方にいる小型竜母2隻、戦艦2隻、
巡洋艦3隻や護衛駆逐艦が必死に撃ちまくる。
たちまち、5番機が火箭を集中されて、一瞬のうちに弾け飛んだ。
次いで、7番機が右主翼やエンジンから火を噴き出し、悲鳴じみた音を発しながら墜落する。
まさに、目を覆わんばかりの濃密な弾幕だが、撃墜出来たのは、先のも含めてたったの3機だけであった。
ヘルダイバーが、主翼の付け根にあるダイブブレーキを全開にしながら急降下してくる様は、まるで神話に出て来る空飛ぶ悪獣が、威嚇の咆哮を
あげながら地上の獲物に襲い掛かろうとする様を思わせる。
リガニ少将は、米艦爆の発する威圧感に、半ば潰されかけていた。
その直後、回頭するイリョンス目掛けて、1番機が爆弾を投下した。この爆弾は、イリョンスの左舷艦首側の海面に至近弾として落下した。
いきなり、ドーン!という轟音が鳴り、水柱が天高く吹き上がった。
続いて、2番機が爆弾を落とす。これは、イリョンスの右舷艦尾側の海面に至近弾として落下した。
その次の爆弾が、イリョンスの飛行甲板後部に命中した。
爆弾が命中した瞬間、至近弾が炸裂した時とは全く違う轟音が鳴り響き、イリョンスの巨大な艦体が、情けないぐらいに激しく揺さぶられた。
「飛行甲板後部に爆弾命中!格納庫に火災発生!!」
伝声管から、興奮で上ずった声が響いて来る。
艦長が答えようとするが、至近弾炸裂の轟音と衝撃によって会話が妨げられる。
またもや、新たな直撃弾がイリョンスの艦体を揺さぶった。
爆弾はイリョンスの前部甲板に命中した。リガニ少将は、艦橋の窓が一瞬、ピカッと光ったと思った。
その刹那、強烈な爆裂音が耳に飛び込んできた。閃光の後、窓の外に火柱と大小無数の破片が吹き上がるのが見えた。
「今度は前部に食らったか・・・・・!」
リガニ少将は、歯噛みしながら唸った。
ヘルダイバーの放った1000ポンド爆弾は、飛行甲板前部に突き刺さると、甲板を突き破って格納甲板の防御甲板に弾頭を叩き付け、
直後に炸裂した。
イリョンスの防御甲板は、厚さ70ミリの装甲板が張り巡らされており、1000ポンド爆弾の直撃にも耐える事が出来た。
しかし、爆発エネルギーは下に向かわない変わりに格納庫で荒れ狂った。竜母の格納甲板は、航空機の格納甲板と違って、陸上の
ワイバーン養育施設がそのまま艦内に移転したような形となっている。
分かりやすく言い換えれば、馬や牛の飼育施設が、そっくりそのまま空母の中に引っ越した物と考えて良いであろう。
ワイバーン1頭1頭には、狭苦しいながらも個別の部屋が与えられ、そこで定期的に餌付けをされている。
爆発エネルギーは、格納甲板内のこれらの飼育小屋を多数破壊し、火災を発生させた。
艦後方側から襲い掛かってきたヘルダイバーは、6発中2発の命中弾を与えて避退したが、休む暇も無く、別のヘルダイバーが
猛速で迫って来た。
対空砲火の目標が、このヘルダイバー群に向けられる。
ヘルダイバーの先頭が高度2000メートルを切った時、猛烈な対空砲火が繰り出された。
上空に沸き起こる無数の黒煙、竜母や護衛艦から上がる七色の光弾が、小癪なヘルダイバー群を捉えようとする。
だが、ヘルダイバーはなかなか落ちる気配を見せない。
先頭機は何発か光弾を受けるも、爆発する事も無ければ煙を吐く事も無く、回頭するイリョンスの頭を抑える形で急降下を続け、
高度400で爆弾を投下した。
後部第3魔道銃群で、ヘルダイバーに向かって魔道銃を撃ちまくっていたコナ・スロヌエ一等水兵は、ヘルダイバーの1番機が
投下する爆弾が、ほぼ丸い円になって落下するのを、しばし呆然としながら見ていた。
「おい!なにボサッとしとるんだ!さっさと撃て!!」
背後から、先輩に怒鳴られた。彼は慌てて、魔道銃の射撃を再開しようとした。
すると、視界の端で、爆弾後部甲板に突き刺さるのが見えた。
爆弾の姿が、神隠しにあったかのように消えた、と思いきや、いきなりダーン!という耳を劈くような轟音と共に、火柱が立ち上がった。
咄嗟に、スロヌエ一等水兵はその場に伏せた。直後、爆風がゴォー!という音と共に、甲板より一段下がった銃座の床の上を駆け抜けていった。
ものすごい轟音だったから、彼はすぐ後ろに居た先輩が、悲鳴を上げながら海に吹き飛ばされた事に気が付かなかった。
(こ、こえええ!)
彼は内心、こみ上げてくる恐怖感で一杯であった。
衝撃はこれだけに留まらず、その後も2回ほど、強い衝撃が伝わった。
どれほど時間が流れたであろうか、気が付くと、彼は同僚に襟首を掴まれて、無理やり立たされていた。
「おい!寝るんじゃねえ!アメリカ軍機はまだ居るぞ!」
同僚は、顔を真っ赤にしながら怒鳴りつつ、海のほうへ指を差した。
そこには、海面スレスレにまで高度を下げたアメリカ軍機が居た。
スロヌエ一等水兵は、アメリカ軍機・・・・形からして、アベンジャーと思われる敵機が、信じられないほどの超低空を飛行している事に仰天した。
彼から見れば、その10機のアベンジャーは、海面に腹をこすり付けんばかりの低空で飛行していた。
あまりにも低い高度で飛んでいるためか、アベンジャーのすぐ後ろの海面がシャーッと波立っている。
そのアベンジャーは、護衛艦の対空砲火を横合いや、後方から受けながらも、イリョンスの右舷後部から接近しつつある。
「くそ!左舷側にもアメリカ野郎が居るぞ!」
スロヌエ一等水兵は、耳にそんな言葉が聞こえたような気がしたが、彼はそれに気にとめる事無く、魔道銃の照準を、砲弾や光弾の外れ弾で
沸き立つ海面を、スレスレの低空でしたい寄るアベンジャーに定める。
それまで右回頭していたイリョンスが、急に回頭を止めた。
このまま直進に移るのかと思いきや、今度は左回頭に移った。
右舷側のアメリカ軍機は、この回頭で射点を外されたのであろう。イリョンスと距離を置くため、一旦は右旋回しつつ、距離を開けていく。
そして、イリョンスの右舷側に占位しようとしたとき、唐突に1機のアベンジャーが、光弾の集中射撃を食らって火を噴く。
そのアベンジャーは、機首から滑り込むようにして海面に墜落した。
スロヌエ一等水兵は、一番左端のアメリカ軍機を狙って魔道銃を撃つのだが、艦が回頭しているため、射線が追い付いていない。
「なかなか当たらんもんだな!」
スロヌエ一等水兵は、忌々しげにそう吐き捨てた。
いきなり、左舷側から航空機の轟音が近付いてきた、と思いきや、目の前に腹の爆弾倉を開いたアベンジャーが右舷側に飛び出して来た。
スロヌエ一等水兵は、驚きながらも咄嗟に射撃目標を変更し、今しがた、頭上を通り過ぎたアベンジャーに光弾を浴びせた。
距離100メートル程で放たれた光弾は、ミシン縫いのように、アベンジャーの右側胴体後部部分、星のマークがある部分から、右主翼の
辺りまで命中した。
至近距離でまともに光弾を食らったアベンジャーは、黒煙を吐きながらぐらりと傾き、海面に激突してから爆発した。
「ざまあみろ!アメリカ人!!」
初の敵機撃墜に、スロヌエ一等水兵は満面の笑みを浮かべた。
その刹那、彼は艦体に衝撃が伝わるのを感じた。その衝撃は、爆弾命中時の物とは全く異なっていた。
一瞬、足が床から離れた、と思った彼は、ズズーン!という重苦しい轟音を聞いた。
彼は、突きあがるような衝撃に姿勢を支える事が出来ず、あっという間に床の上へ転がってしまった。
「い、今の衝撃は・・・!?」
彼は、初めて体験する得体の知れない衝撃に、頭が混乱を起こしていた。
謎の衝撃が伝わって来た方向に、彼は目を向けた。左舷中央部から、高々と水柱が吹き上がっていた。
それを見て、彼はこのイリョンスが魚雷を食らった事に気が付いた。
吹き上がった水柱が崩れ落ちてから10秒ほど経った時、とある兵員が、
「左舷中央部に魚雷命中!応急班急げぇ!!」
と叫びながら、飛行甲板を駆けていくのが見えた。
(なんてこった!爆弾を食らった上に、魚雷までも・・・・!)
スロヌエ一等水兵は、内心で参ったと思った。
イリョンスは、既に爆弾5発を受け、艦内で大火災を起こして濛々たる黒煙を吐いている。
これだけでも、竜母としては致命的なのに、更に魚雷までも食らったのである。
彼のような末端の兵士でも、こうまでも被害を受けたら、数ヶ月単位は前線に出られないなと確信できた。
イリョンスは、先の被雷が祟ったのか、みるみるうちに速力を落としている。
イリョンスは尚も、回避運動を試みているが、その動きは、被雷前と比べても明らかに鈍い。
速力は、12リンルほどに落ちているだろう。
好機と見たのか、9機のアベンジャーは横一列に展開しながら、急速に距離を詰めてくる。
「させるか!!」
スロヌエ一等水兵は、したいよって来るアベンジャーを見ると、むらむらと敵愾心を掻き立てた。
彼は再び魔道銃に手を伸ばし、引き金を引いた。
彼のみならず、第3魔道銃群の同僚達も、必死に魔道銃を撃ちまくる。
しかし、急激な回避運動と、飛行甲板から吹き上がる黒煙が邪魔で、なかなか照準を定め切れない。
時折、黒煙に視界が完全に妨げられ、射撃が完全にメクラ撃ちになる場合もある。
イリョンスを守る護衛艦も、援護射撃を行うのだが、アベンジャーを阻止するには至らない。
9機のアベンジャーは、横一列に展開したまま距離700メートルの近距離まで迫るや、一斉に魚雷を投下した。
アベンジャーは、そのまま両翼の機銃をぶっ放しながら左舷側に抜けていった。
アベンジャーの放った機銃弾が、スロヌエ一等水兵のすぐ右横に着弾した。
「!?」
彼は、驚愕した表情で、火花の飛び散った床に見入っていたが、その次の瞬間、彼は機銃座の真下に潜り込んで行く白い航跡に視線を移した。
艦橋の見張り員を勤めていたリョロウ・ミナスク一等水兵は、後部の第3魔道銃群が、真下から吹き上がった水柱によって空高く吹き飛ぶのを、
恐怖の眼差しで見つめていた。
「おい、見ろよ!アメリカ人共が魔道銃の射手達を全員ふっ飛ばしやがった!」
彼は、興奮で浮ついた口調で、吹き飛ぶ魔道銃群を指差しながら同僚に言った。
その3秒後には、右舷中央部と、艦橋よりやや前の舷側に水柱が吹き上がった。
余りにも物凄い衝撃に、ミナスク一等水兵は体が一瞬、宙に浮いた。彼はその時、このイリョンスが海面から飛び上がったのかと思った。
イリョンスは、艦腹を4本の魚雷に叩き割られ、瀕死の状態に陥っていた。
まず、ベニントン艦攻隊が叩き込んだ1本の魚雷は、左舷側中央部に命中、魚雷はバルジを易々と貫通して防水区画を仕切る壁に激突。
これに大穴を穿った。
魚雷の先端が、艦低部の通路側に10センチ飛び出た所で魚雷は炸裂。
その瞬間、火炎と爆風が周囲の区画を2つほど叩き壊し、その余波は通路側の前後に吹き込んでいった。
命中箇所には、大量の海水が流れ始めていたが、被雷から1分後に駆け付けた応急班によって、浸水の拡大は最小限に抑えられようとしていた。
この時点で、イリョンスの損害レベルは大破に近い中破レベルの損傷であった。
応急班の将兵達は、この被害なら、イリョンスはまだ沈まぬと確信し、顔に安堵の色を浮かべた。
だが、右舷側からやって来たイラストリアス艦攻隊の雷撃が、その芽生えた希望を吹き飛ばした。
なぜならば、イラストリアス隊は、イリョンスの右舷側に3本の魚雷を命中させたからだ。
イリョンスの属するヴェルンシア級正規竜母は、ワイバーンの搭載力向上を目標に作られているが、同時に、防御にも力が入れられている。
その1つが、格納甲板の防御装甲であるが、この他にも、機関室の交互配置という珍しい試みも取り入れられている。
ヴェルンシア級正規竜母は、後部と中央部に魔道機関室を配置している。これは、シホールアンル海軍が経験した戦闘を基に考えられたものだ。
シホールアンル海軍の竜母は、ほとんどが中央部か、後部にまとめて魔道機関室を配置していたため、敵の攻撃、特に魚雷を食らった時は、
艦の心臓部たる機関室が一気に壊滅する事がしばしばあった。
しかし、ヴェルンシア級正規竜母の採用した機関部の配置方法は、ダメージコントロールの面から見ても効果的であり、万が一、どちらか
1つの機関室が破壊されても、生き残った機関室が動いていれば船は航行できる。
シホールアンル側は、ヴェルンシア級竜母に施された機関の配置方法に興味を抱き、ホロウレイグ級竜母や、現在建造が急がれている新鋭艦にも
広く取り入れている。
だが、戦神はイリョンスを見放していた。
イラストリアス隊の放った魚雷のうち、右舷側後部と、中央部に命中した魚雷は、バルジを突き破って艦内で炸裂した。
その命中した箇所が、交互に配置された魔道機関部のすぐ近くであった。
爆発した航空魚雷は、周囲の区画を滅茶苦茶に叩き壊した。
解放されたエネルギーが、炸裂地点すぐ目の前の壁を吹き飛ばす。
その壁の向こう側には、巨大な魔法石を取り囲んで、作業を行っている魔道士達がいた。
猛烈な爆風は、勢いを殺さぬまま魔道機関室を蹂躙し、その場に居た全ての物が、悲鳴を上げる暇も無く殺傷され、魔法石は紅蓮の炎と、強烈な
爆風によって破壊された。
後部機関室、前部機関室が致命的な打撃を被った事に加え、右舷艦橋横に受けた被雷は、イリョンスにとってとどめの一撃となった。
イリョンスは、右舷側に立ち上がった水柱がゆっくりと崩れ落ちた後も、10秒ほどは高速で航行していたが、やがて右舷側の傾斜を深めながら海上に停止した。
空襲は、僅か15分ほどで終わった。最後のアメリカ軍機が、艦隊の上空から姿を消して5分が経過した。
リガニ少将は、傾斜したイリョンスの艦橋で、悔しさに顔を歪めていた。
「くそ・・・・流石はアメリカ機動部隊だ。この間やりあった奴らより、腕の良い奴が揃っていやがる!」
彼は、イリョンスが中破・・・最悪は大破程度の損害を被り、もしかしたら自分は戦死するだろうと覚悟を決めていた。
予想に反して、彼は生き延びた。
だが、彼の旗艦・・・・マオンド海軍自慢の正規竜母であるイリョンスは、ヘルダイバーやアベンジャーに袋叩きにされ、もはや沈没寸前の状態である。
たった50機足らず・・・・迎撃ワイバーンが40機しかおらず、敵戦闘機に拘束されたために、攻撃機を減らせなかったとしても、多くはない機数で
ここまでやるとは、彼のみならず、艦隊の誰もが予想出来なかった。
「イリョンスは、こんな有様になったが、我々にはあと5隻の竜母がおり、しかも攻撃隊が敵機動部隊に向かっている。敵機動部隊が壊滅すれば、
我々にもまだ、勝機がある。」
リガニ少将は、自信のにじみ出た口調で一気にまくしたてた。
「しかし、短い空襲なのに、嫌に疲れてしまったな。」
彼は、知らず知らずのうちに、自らが疲れていた事に気が付いた。
(無理も無いか。何しろ、我々は初めて、敵の空襲を受けたんだ。戦闘中はあまり感じないが、体は極度の緊張と興奮で疲れを溜めていたんだろう)
リガニ少将はそう思うと、自然と深いため息を付いた。
アメリカ軍機が去って、まだ5分足らずだが、彼にとって、その5分は馬鹿に長いように感じられた。
そして、第2群の休憩時間もまた、たった5分間だけであった。
「新たな敵機接近!数は約100!」
この突然の報告に誰もが顔を強張らせた時、早くも2戦目を迎えた迎撃ワイバーンは、艦隊から30マイルという近距離で、
迎撃戦闘を始めていた。