第148話 モンメロ沖海戦(中編)
1484年(1944年)6月26日 午前11時50分 モンメロ沖南90マイル地点
「ピケット駆逐艦より通信!我、レーダーにて敵大編隊を探知せり。位置は機動部隊より北東180マイル、速力は
200マイル。数は約150騎以上。」
第72任務部隊第2任務群の旗艦である空母エンタープライズのCICから、艦橋に報告が舞い込んできた。
「くそ、なんてしつこい奴らだ。」
TG72.2司令官のジョン・リーブス少将は、腹立たしげに呟いた。
「今度もまた、ファイターズスイープかな?」
「さぁ、そこは何とも。レーダーは敵の姿は捉えられますが、それが何の種類であるか判別できませんからなぁ。」
航空参謀は困ったような口ぶりでリーブスに言った。
マオンド側の第2波攻撃隊は,第1波同様戦闘ワイバーンのみで編成されており、40分前まで迎撃戦闘隊と激戦を繰り広げていた。
この戦闘で、アメリカ側は66騎のワイバーンを撃墜したが、自らも30機を撃墜され、12機が事故、あるいは修理不能で喪失
という少なからぬ損害をだしている。
米機動部隊は、僅か2時間余りの戦闘で100機以上の戦闘機を失ってしまった。
この戦闘機の大量喪失によって、早くも各任務群の迎撃戦闘に支障が出始めている。
次もまた、戦闘ワイバーンのみの攻撃となると、戦闘機の損耗は更に激しくなるだろう。
飛行甲板では、早くもF6Fが燃料と弾薬の補給を終えて出撃しようとしている。
エンタープライズは、敵の第1波に16機、第2波に24機を送り出している。
エンタープライズの搭載機数96機のうち(本来ならば100機搭載できるはずであったが、艦載機の大型化によって作業スペースに
難が生じていた。このため、艦長は作業の効率化を図るために96機編成にした)F6Fは夜戦型も含めて54機を搭載している。
このうち、夜戦型の8機は空戦に出さない事に決めたので、残る46機を迎撃戦闘に向かわせた。
飛行甲板に並んでいる戦闘機は22機であるが、これは第1次迎撃に参加した機と、第2次迎撃に参加して使える機、それに残る6機を
含めた数である。
エンタープライズ隊は、第1次迎撃と第2次迎撃で計6機のF6Fを失っている。
うち、撃墜された機は3機で、残る3機は事故機と修理不能機である。
エンタープライズは、パイロットがベテラン揃いという事もあって被撃墜数が少なく、それに反比例するかのように、撃墜数も20機と、
ダントツの成績を上げている。
ちなみに、一番損害が大きいのは、TG72.3のハンコックで、7機のF4Uが未帰還となり、3機が着艦事故で失われている。
「このまま、敵の攻撃が続くとなると、我々は攻撃隊を飛ばせないまま叩かれ続けるぞ。」
リーブスは苛立つような口ぶりで言う。
「肝心の敵機動部隊が一向に見つからない、という事も気になります。」
航空参謀が顔を曇らせながら言った。
時刻は既に正午に近くなっており、そろそろ第1段索敵隊が帰還してくる頃だ。
「あと少しで、索敵隊が帰還する頃ですが、戦闘中に帰ってきたら、やはり待たすしかありませんか。」
「それしかあるまい。パイロットは往復600マイルもの長距離を飛行して疲れているだろうが、この際仕方ない。」
ハイライダーは、アメリカ海軍の中では最も高速距離が長く、最大で1500マイルの彼方まで飛行できる。
今回の索敵でも、ハイライダーは燃料をほぼ満タンにしてから索敵を行っている。
そのハイライダーならば、艦隊上空の戦闘終結まで待機することができるであろう。
時刻が正午を過ぎた頃には、案の定索敵隊の機影がピケット艦のレーダーに捉えられた。
「くそ、まずい時にやって来たなぁ。」
リーブスは口をへの字に歪ませながら呟き、次いで航空参謀に顔を向ける。
「直掩隊の発艦はまだか?」
「あと5分。あと5分で発艦準備が完了します。」
航空参謀がそう言う。
きっかり5分後には、各空母から戦闘機隊が発艦し、敵編隊に向かっていった。
午後0時40分 空母エンタープライズのレーダーは、艦隊に近付きつつある敵編隊の姿を捉えていた。
「司令、敵のワイバーンが艦隊に近付きつつあります。数はおよそ70。」
「ううむ、今度の敵は攻撃騎を伴っていたか。」
「現在、待機していた戦闘機隊が敵の攻撃隊に襲い掛っていますが、数が十分ではない上に、敵の戦闘ワイバーンの攻撃を
かわしながらなので、どれぐらい落とせるか・・・・」
航空参謀が不安げな口ぶりで言った。
敵の第3波は、180騎以上の大編隊でTG72.2に接近してきた。
180騎のうち、100騎余りは戦闘ワイバーンであり、これらは120機の迎撃隊に真っ向から立ち向かっていった。
迎撃隊の一部は、攻撃隊に接近していくらかを落としたが、敵の戦闘ワイバーンの妨害が激しいため、攻撃ワイバーンを落としても
すぐ別の戦闘ワイバーンに追い立てられる有様である。
やがて、敵編隊は二手に別れ始めた。
敵編隊は、これまで通りTG72.2を左右両側から挟み込むように分離し、やがて接近してきた。
高度3000メートルの高みに位置した敵ワイバーンが輪形陣外輪部に近付くと、護衛の駆逐艦が高角砲を撃ち始めた。
ワイバーンの周囲に高角砲弾が炸裂する。
VT信管付きの砲弾は、初弾から敵ワイバーンの至近距離で炸裂する。
撃墜には至らなかったが、ワイバーンの竜騎士は精度の良い対空射撃に度肝を抜かれた。
対空戦闘開始から10秒ほどが経って、早くも輪形陣左側上空で1騎のワイバーンが叩き落とされる。
輪形陣に接近しているワイバーンのうち、左側で7騎、右側で8騎のワイバーンが、輪形陣外輪部に展開する米駆逐艦目掛けて突入を開始した。
狙われた駆逐艦は、すぐさま自艦を狙ってくるワイバーンに対して全力射撃を行う。
駆逐艦を狙って突入を開始したワイバーン隊に早速犠牲が出るが、猛烈な銃砲弾幕に怯む事無く、ワイバーンは駆逐艦に接近する。
左側で7騎中3騎、右側で8騎中4騎が撃墜されたが、残りは駆逐艦に向けて投弾を行った。
輪形陣の左側外輪で、2隻の駆逐艦が、右側では1隻が爆弾を叩き付けられた。
特に右側の輪形陣で損傷を被った駆逐艦フランバルトは、魚雷発射管に被弾してたちまち轟沈してしまった。
輪形陣右側から突入しようとしていた第21空中騎士団の第3、第4中隊は、アメリカ機動部隊の護衛艦から激しい対空砲火を浴びせられていた。
一番後ろに位置している第4中隊からは、無数の炸裂煙に覆われる前方の第3中隊がはっきり見えていた。
「あの弾幕の中に突っ込んでいくのか・・・・・!」
第4中隊長であるグライ・ドーゴス少佐は目を見開きながら言った。
早くも、第3中隊所属のワイバーンが撃墜され始めた。
第2中隊が輪形陣外輪部の駆逐艦を攻撃し、対空砲火を少しばかりでも少なくさせた筈なのだが、眼前の弾幕は第2中隊の
努力が全く無駄であった事を証明しているかのようだった。
第3中隊は、周囲に炸裂する高射砲弾に小突き回されながらも、着実に空母へと近付いていく。
やがて、第4中隊も駆逐艦の上空に近付いてきた。
唐突に、ドドォン!という炸裂音が鳴り、周囲で黒い小さな爆煙がいくつも沸き起こる。
破片が防御結界に当たり、その時の音が不気味に思えた。
「4番騎がやられた!」
駆逐艦の上空を越えても居ないうちに、第4中隊にも犠牲が出始める。
敵艦隊の統制射撃は精度が良い上に、量もかなり分厚い。
ワイバーン隊は250リンル(500キロ)の高速で、1500グレルというさほど低くはない高度を飛行しているのに、
その周囲には、空を黒一色で覆うためには少しでも隙間を空けてはならぬとばかりに、盛んに高射砲弾が炸裂する。
前方の第3中隊が巡洋艦、戦艦の上空を越えた頃には、その数は驚くほど少なかった。
第3中隊は、突撃前には12騎がいたのだが、空母に向けて急降下を開始した時には8騎に減っていた。
高射砲弾の迎撃だけで3割の損失という数字は、通常では考えられぬ損耗率である。
それでも、第3中隊は敵空母目掛けて突進していく。
「空母の近くにいる巡洋艦と戦艦・・・・特に、戦艦が撃ち上げる対空砲火は凄まじいな。」
ドーゴス少佐は、空母のすぐ近く(といっても1000メートルは離れているが)を航行する戦艦を見るなり、これまた
面食らったような表情を浮かべた。
艦型からして、新鋭のアラスカ級戦艦のようだが、この戦艦は両舷を盛んに明滅させながら援護射撃を行っている。
唐突に、その戦艦の右舷側から夥しい火箭が吹き上がった。
第3中隊が高度1000グレル以下に降下したのを見計らって対空機銃を発射したのだ。
巡洋艦からも激しい対空砲火が吹き上がっているが、それすらも可愛気に思えるほど、アラスカ級の対空射撃は壮絶であった。
第3中隊は、戦艦や巡洋艦、駆逐艦は勿論、標的にしている空母自身からも猛烈な迎撃を受けていた。
第3中隊の目標は、エセックス級の隣を航行するヨークタウン級空母のようだ。
8騎のワイバーンは、真一文字にヨークタウン級空母に突進していく。先頭のワイバーンが無数の機銃弾を浴びせられてたちまち撃墜された。
続いて4番騎が高射砲弾の炸裂で胴体を真っ二つに引き千切られた。
残りのワイバーンは、ヨークタウン級に接近しつつある。高度が800グレル、600グレル、500グレルと下がっていく。
だが、
「何故避けない?」
ドーゴス少佐は不思議に思った。
どういう訳か、ヨークタウン級空母は回避運動を取ろうとしない。
アメリカ軍の空母は、ワイバーンの爆弾を避けるために、盛んに回避運動を繰り返すと言われているが、目の前の空母は一向に
回避しようとしない。
「敵の艦長は新人か?」
ドーゴス少佐はそう呟いたが、この時、ヨークタウン級空母の航跡が、隣のエセックス級空母の航跡と比べてどこか真っ直ぐではない事に
気が付いた。
ワイバーン隊は命中精度を高めるべく、より一層降下角度を深めて突っ込んでいく。
敵がこのまま直進を続けるのならば、理想的な投弾が今すぐにでも出来るであろう。
彼の脳裏に、爆弾多数を受けて爆発炎上する敵空母の姿が浮かび上がった。
その姿は、敵空母の驚くべき行動によって打ち消されることになる。
「なっ!?」
ドーゴス少佐は思わず驚きの声を上げた。
なんと、敵空母は、ワイバーン隊の先頭騎が高度400から300グレルに下がった瞬間、いきなり回頭を始めたのだ。
第3中隊は、敵空母の右舷後方側から急降下を行っていたが、敵は第3中隊の内懐に飛び込むような形で急回頭を行った。
傍目から見れば、その細長い艦体は、機敏な運動には不向きに見えるであろうが、眼前のヨークタウン級はそんな想念を掻き消すほど、見事な
回頭を行っていた。
残り6騎となった第3中隊が次々に投弾する。
だが、敵空母の急な回避運動によって爆弾は次々と、敵艦の左舷後方側の海面に落下していった。
6発の300リギル爆弾は、ヨークタウン級に何ら損害を与えられぬまま、無為に海面を吹き散らすだけとなってしまった。
「なんて奴だ!」
ドーゴス少佐は、敵艦の大胆な行動に仰天した。
それと同時に、彼はヨークタウン級空母の艦長がただの新人ではないという事を思い知らされた。
「新たな敵ワイバーン10騎!前方上方より接近します!」
空母エンタープライズの艦長であるマサイアス・ガードナー大佐は、見張りの声を聞きながら、双眼鏡越しに敵ワイバーンの編隊を視認していた。
「一難去って、また一難か。」
ガードナー艦長は、いかつい顔の口元を歪ませながら呟いた。
「前任の艦長から、操艦術をきっちり教え込まれたお陰でなんとか回避できたが、今度もまた回避できるだろうか。」
新手の敵ワイバーンは、エンタープライズの大胆な回避運動を見ている。そして、敵の指揮官は何か対策を立てている事だろう。
だが、ガードナー大佐は敵指揮官の考えた策に勝たねばならなかった。
「敵竜母を攻撃する前に、このビッグEが被弾し、戦闘不能になるような事があったら、パイロットや乗員達に申し訳が立たん。
そうならんように、俺は努力せねば。」
ガードナー艦長は小さい声音で呟きながらも、左舷側の僚艦に視線を移す。
エンタープライズの左舷側には、巡洋戦艦のトライデントがいる。
アラスカ級巡洋戦艦の4番艦として生を受けたトライデントは、エンタープライズの回避運動に随行し、今では艦の前方上方に占位する
敵ワイバーン隊目掛けて高角砲や40ミリ機銃を乱射している。
「あっ!敵ワイバーンが散開しました!」
ガードナー艦長は、見張りの声を聞いた瞬間、ハッとなって前方上方に視線を戻す。
10騎のワイバーン隊は、2騎ずつに別れて扇状に広がりつつあった。
「くそ、ビッグEを180度方向から覆うようにして攻撃するつもりだな。」
ガードナー艦長は、瞬時に敵指揮官の意図を理解出来た。
10騎のワイバーン隊は、対空砲火を浴びながらも、広い範囲に散開しつつある。
恐らく、敵の編隊長は前方180度方向から押し包むようにして同時に攻撃すれば、エンタープライズに打撃を与えられると考えたのだろう。
敵編隊は、散開しながらエンタープライズに近付いてくる。
「どっちに避ければいい?」
ガードナーは思考を巡らせた。
左右どちらに回答しても、最低で5騎のワイバーンが襲い掛ってくる。それでは真っ直ぐ突っ走ればどうなるか?
答えは明確だ。思い思いの方向から接近してきた10騎のワイバーンに襲い掛られ、袋叩きにされてしまう。
「3、4発も食らうよりは、あえて1、2発食らったほうがマシだ。」
彼は口中で呟いた後、大音声で指示を下した。
「取り舵一杯!」
航海員が彼の命令を復唱し、操舵員が思いっきり舵を振り回す。それと同時に、左右の推進器を調節して回頭を少しでも早めようとする。
エンタープライズが舵を切る前に、敵ワイバーン隊が急降下を始めた。
トライデントがより一層激しく、対空砲火を放つ。
右舷側に取り付けられた4基の5インチ連装砲が数秒おきに射撃を繰り返し、敵ワイバーンの周囲に弾幕を張り巡らせる。
エンタープライズの右舷には、第7艦隊旗艦である重巡オレゴンシティがおり、向けられるだけの両用砲を撃ちまくって、歴戦の精鋭空母を援護する。
回頭が始まった。エンタープライズは左に艦首を巡らせ始めたが、ガードナー艦長は、その動作がさっきの物よりものろく感じた。
(早く回れ!頑張るんだビッグE!)
ガードナーは、内心で艦の回頭を促すが、その間にも敵ワイバーンは距離を詰めつつある。
艦橋前、後部に取り付けられている40ミリ4連装機銃座や、両舷の5インチ単装砲と各種機銃が一斉に射撃を再開する。
突出していた2騎のワイバーンに多量の銃砲弾が注がれ、周囲にVT信管付きの高角砲弾がひっきりなしに炸裂する。
1騎のワイバーンが、竜騎士共々40ミリ機銃弾に引き裂かれて絶命した。
一瞬のうちに息の根を止められたそのワイバーンは、スピードを緩めぬまま海面に直行した。
もう1騎のワイバーンもまた、同じように蜂の巣にされて撃墜される。
「右舷前方よりワイバーン2騎!急速接近!」
見張りの声音が艦橋に響く。別のワイバーン2騎が右前方上方より急降下しつつある。
そのワイバーンに対しても、機銃弾や砲弾が撃ち込まれている。
1騎のワイバーンが、高度700メートル付近まで降下したところで叩き落とされたが、もう1騎は爆弾を投下した。
爆弾は、投下した直後は真円だったが、1、2秒ほどでやや細長い姿になった。
「あれなら大丈夫だな。」
ガードナー艦長は安堵したように呟いた。
爆弾が落下してきたが、敵弾はエンタープライズの右舷前方50メートルの海面に落ちて、空しく水柱を立ち上げた。
休む暇もなく、別の方角から新たな2騎が迫ってくる。敵ワイバーンは、左右の翼を後ろ斜めに後退させながら猛速で急降下してくる。
エンジン音もなければ、ドーントレスやヘルダイバーのようなハニカムフラップ特有の甲高い轟音もない。
周囲に響き渡る高角砲や機銃の発射音がなければ、とても静かな物だろう。
2騎のワイバーンはぐんぐん迫って来る。
「畜生!弾幕が薄い!」
ガードナー艦長は苛立たしげに喚いた。
この2騎に対して、弾幕の量はさほど厚いとは言えない。(それでも、竜騎士達からしたら目を覆わんばかりの対空射撃である)
それもそうだ。何しろ、敵ワイバーンは広範囲に散らばり、思い思いの方向からエンタープライズに迫っている。
エンタープライズを始めとする艦は、その1つ1つに対して射撃を行っているが、これが火力の分散という、やってはならない事を
引き起こしてしまった。
「敵が周囲に分散しているから、その分対空火力が集中できにくくなってる。くそ、敵の指揮官もなかなかだな。」
ガードナー艦長は、敵指揮官に対して感嘆の念を抱いた。
2騎のワイバーンは、高度800まで降下した所で爆弾を投下した。今までの敵よりは、やや及び腰の投弾であったが、
「敵弾来ます!」
見張りが切迫した声音で言う。及び腰で投弾された爆弾のうち、1発が真円の姿のまま落下してきた。
「まずい、当たるかも知れんぞ!総員衝撃に備え!」
ガードナー艦長はそう叫びながら、内心ではまずったと呟いていた。
最初の爆弾が、右舷側から70メートル離れた海面に突き刺さる。ドーンという音を立てて水柱が吹き上がり、水中爆発の振動が微かに艦を揺らした。
「2発目が来るぞ!」
ガードナー艦長はそう言ってから、足を踏ん張った。その瞬間、強い衝撃が左舷から伝わってきた。
「食らった!」
余りにも強い衝撃に、ガードナー艦長は爆弾が命中したと確信した。だが、
「敵弾1!左舷中央部に至近弾!」
見張りのその報告が、彼の確信を打ち消してくれた。
「至近弾で済んだか・・・・」
ガードナーは、いつの間にか浮かんだ額の脂汗をぬぐいながら呟く。
その直後に、新たな敵騎接近の報が入る。
「敵ワイバーン2!右後方より接近!高度2200!」
「次から次へと!」
ガードナー艦長は苛立ちを露わにしながら呟いた。
敵ワイバーンは、1編隊ごとに突撃して時間差攻撃を仕掛けてくる。
1編隊が突入する間、他の編隊に犠牲は出るし、1編隊ごとの攻撃力はさほど大きくはないが、やられた側はたまった物ではない。
特に、1発の被弾で戦闘不能になりやすい空母にとって、この戦法は実に恐ろしい物だ。
エンタープライズを攻撃しようとしていた編隊が減ったためか、向けられる対空火器も増えて弾幕の厚みが増す。
2騎のワイバーンに多量の弾幕が注がれる。
高度1000メートルまで急降下したところで1騎目が叩き落とされる。
残るもう1騎も、機銃弾が命中して体から血が吹き出る。だが、そのワイバーンは落ちなかった。
ワイバーンは、最後の力を振り絞って決死の急降下を続けた。
瀕死のワイバーンに対して更なる対空射撃が加えられるが、投弾を防ぐ事は出来なかった。
敵ワイバーンが高角砲弾の直撃を受けて四散するが、見張り員の視線は爆弾に向けられていた。
「敵、爆弾投下!」
見張りの絶叫にも似た声が艦橋に響く。
(大丈夫、外れるぞ。)
ガードナー艦長は、内心そう思った。
その瞬間、ダーンという強烈な轟音と振動が、エンタープライズの巨大な艦体を揺さぶった。
ガードナー艦長は衝撃に耐えながら、艦橋の窓から吹き上がる炎と破片を見た。
「食らったか!」
彼は悔しそうに顔を歪めた。
同時に、彼は別のワイバーン編隊が来るか、と思ったが、予想に反して、見張りは静かだった。
艦橋内の電話が鳴った。ガードナーはそれに素早く飛び付いた。
「こちら艦長。どうした?」
「こちらはCIC。レーダーにて敵性航空部隊の撤退を確認しました。現在、艦隊に対する敵の攻撃は終息しています。」
その報告に、ガードナー艦長は安堵した。
「分かった。引き続き警戒を怠るな。」
彼はそう言ってから、受話器を置いた。ガードナーは、艦橋の窓に歩み寄って、被弾箇所がどこか確認した。
被弾箇所はすぐに分かった。
エンタープライズの飛行甲板中央部の左舷よりの所にやや大きめの穴が開いている。
そこからどす黒い煙と炎が吹き出しており、駆け寄ってきた乗員がそこに大量の海水を吹き掛けている。
「敵のほうが1枚上手だったか。」
ガードナーはため息を吐きながらそう呟いた。
「こちら艦長。ダメコン班か?」
「はい、私です。」
電話口の相手はそう言った。ガードナーは、その相手がダメコン班の班長であるジョン・マンロ少佐である事が分かった。
「被害は格納甲板に及んでいます。敵弾によってヘルキャット2機とアベンジャー3機、ヘルダイバー1機が破壊されました。
火災も発生しており、現在消火活動を行っています。」
「飛行甲板の穴だが、航空機の発着艦には支障を来しそうか?」
「現状のままだと、通常時のようには行きませんが、辛うじて発着艦は出来ます。応急修理を施せば、いつも通りに行けるでしょう。」
「分かった。とにかく、何としても消火を急いでくれ。頼んだぞ。」
「アイアイサー。」
マンロ少佐はそう返してから電話を切った。
「なんとか発着艦は出来る・・・・か。不幸中の幸いだな。」
ガードナーはそう言ってから、胸をなで下ろした。
ふと、彼は僚艦ボクサーの事が気になった。
「新人連中はどうなったかな?」
ガードナーは艦橋の張り出し通路に出て、僚艦ボクサーを探し求めた。ボクサーはすぐに見つかった。
「チッ、やっぱり食らってしまったか。」
ガードナーは舌打ちをしながら言った。僚艦ボクサーもまた、エンタープライズと同様に被弾していた。
ボクサーはエンタープライズよりも損傷が酷いのであろう、濛々たる黒煙を上げながら航行している。
「最低でも、2発は食らっているな。ボクサーのダメコン班の腕前は、まぁ良い方だが、被弾箇所によっては戦闘不能もあり得るな。」
ガードナーはそう言いながら、僚艦ボクサーを見つめ続けた。
目の前の新鋭空母が、飛行甲板のどこに被弾したかは分からないが、せめてエレベーターが無事であれば、なんとか作戦を続行できる。
ガードナーとしては、エレベーター以外の場所に爆弾が当たっている事を祈るしかなかった。
TG72.2の受難がひとまず終わった頃を見計らったかのように、その編隊はやってきた。
午後1時 TG72.3の旗艦である正規空母ハンコックのCICでは、ピケット艦から送られた新たな報告に、室内にいた将兵が驚きの
表情を浮かべていた。
「西方160マイル付近から接近する大編隊だと・・・・・・なんてこったい!」
とある将校は、驚きの余り頭を抱えてしまった。
この報告は、即座に艦橋の群司令部にも伝わった。
「どうやら、敵機動部隊はTF72の西側に回り込んでいたようだな。とすると、我がTF72は、敵機動部隊と基地航空隊に
よって挟み撃ちにされている訳か。」
TG72.3司令官であるジョン・マレー少将は、別段驚いた様子もなくそう言い放った。
「司令。事は極めて重大です。」
航空参謀が、顔を青く染めながらマレー少将に言う。
「戦闘機隊の大半は、TG72.2を襲った敵編隊との戦闘で疲弊し、母艦で補給と休養を行っています。そこから準備出来る
戦闘機は、先と比べてかなり少ない物となります。それに、敵編隊の進路から推測すると、敵はTG72.3に殺到します。」
TF72は、1個任務群ごとに南西側にずれるようにして航行している。
その反面、互いの距離が近いために、1つの任務群を攻撃した敵編隊が別の任務群を発見し、後続部隊に襲わせるという危険性も伴う。
頭上から見れば、一番南西の位置を航行しているのはTG72.1であり、TG72.3は北西側を航行している事になる。
簡単に言えば、斜めに配置された駒のうち、一番斜め上にあるのがTG72.3に当たる。
その斜め後方に配置された駒に、敵機動部隊から発艦した大編隊が向かいつつあるのだ。
「無論、全力を尽くしますが、疲弊した上に数の少なくなった迎撃隊が、敵攻撃隊を完全阻止できる保証はありません。」
「そこの所は俺も重々承知している。」
マレー少将は頷きながら言った。
「ここはひとまず、進路を変えて敵をやり過ごすべきでしょう。」
航空参謀が提案してくる。だが、マレーは首を縦に降らなかった。
「いや、進路は変えない。」
「な・・・・しかし、それでは、TG72.3は」
「大丈夫だ。」
航空参謀の言葉を、マレーは遮った。
「敵が来るのならば、受けて立つまで。忘れたのか?我が任務群には頼れる仲間が居ることを。」
マレーは、その仲間に向けて顎をしゃくった。
TG72.3は、先日のベグゲギュスの襲撃で駆逐艦1隻を喪失し、駆逐艦2隻、重巡1隻が戦線離脱するという損害を受けている。
この他に、駆逐艦2隻が沈没艦の乗員を後送するため、一時的に戦線を離れていたが、昨日の正午までには艦隊に戻っている。
とはいえ、艦隊の対空火力はやや減少しており、対空戦闘に支障が出るのではないかと危惧されていた。
だが、TG72.3には、その危惧を払拭させる強力な護衛が付いていた。
それが、最新鋭戦艦のミズーリとウィスコンシンである。
5インチ両用砲は20門が搭載され、機銃は40ミリ、20ミリ合わせて計132丁が積まれている。
その威力は、モンメロ沖航空戦で発揮されており、2隻の戦艦が放つ対空砲火は、敵ワイバーンをなかなか寄せ付けなかった。
2隻の戦艦のうち、ウィスコンシンは5インチ連装砲1基と若干の数の対空機銃が戦闘によって使用不能になっているが、被害はそれだけである。
「2隻のアイオワ級の威力を、諸君らはしかと目にしているだろう?敵が来るのならば、むしろ好都合だ。強力な対空砲火で、敵機動部隊の
航空戦力を撃滅出来る。そうなれば、味方空母部隊が空船と化した敵竜母を楽に仕留めるだろう。」
「しかし、TG72.3の空母が全て被弾する可能性があります。この3空母が使用不能になれば、当然可動機数も減ります。」
「・・・・確かに、それは痛手ではある。」
マレー少将は、顔をうつむかせながら言うが、2秒ほど経って、一転して明るい表情を浮かべて言葉を続けた。
「だが、残りの空母部隊が生き残れば、勝算は充分にある。TF72には、歴戦のビッグEとタフ・イリス(イラストリアスの愛称)もいる。
ビッグEは残念ながら、被弾してしまったが、まだ作戦行動は可能だと聞いている。こいつらが残れば、我々はこの機動部隊戦闘を制したも同然だ。
TG72.3の将兵には、申し訳ない事だが・・・・」
幕僚達は、この時、初めてマレー少将の考えている事を理解出来た。
今の時点ならば、TG72.3は変針して敵の攻撃隊をやりすごす事が出来る。
だが、敵編隊は進路を変更して、発見済みのTG72.2か、未発見のTG72.1に襲い掛るであろう。
戦闘機戦力が、戦闘前よりかなり少ない今となっては、敵機動部隊からの刺客を完全に阻止出来ない。
TG72.1と、TG72.2。どちらか一方の空母戦力が壊滅するか、戦闘不能になれば、ようやく巡ってきた、敵機動部隊を壊滅させるという
好機を失いかねない。
TG72.3のパイロット達の腕前が酷い訳ではないが、機動部隊戦闘が初めてであるTG72.3では、敵竜母にダメージは与えても、
撃沈できるかどうかは分からない。
マレー自身としてはパイロット達を信頼してはいるが、それでも、ビッグEという歴戦艦を率いた身としては、技量はやや足りないと思っていた。
だから、彼はTG72.3に敵の攻撃を吸収させるべく、“囮”の役目を担わせようとしていた。
「今の現状で、敵機動部隊を撃滅するためにはやむを得ない事だと思うが、諸君らはどう思うかね?」
「・・・・・・」
幕僚達は黙り込んだ。内心では、反対したい気持ちで一杯である。
だが、マレーの考えも充分にわかっていた。1分ほど、艦橋内に思い沈黙が流れる。
「やはり、私の考えはまずいかな?」
マレーは、幕僚達は反対するのだろうと確信した。
マレーの案は現実的ではあるが、同時に犠牲も多い。反対するのは当然である。
1人の幕僚が口を開いた。
「司令官。私は、本当ならばあなたの案に頷くまいと思っていました。しかし、現状から行けば、この案が敵機動部隊撃滅には最も有効で
あると思いました。その事からして、私は司令官の案に賛成します。」
航空参謀が、真剣は表情でマレーに言った。それがきっかけとなったのか、幕僚達全員がマレーの案に賛成した。
「皆、私の案に賛成なのだな?」
「ビッグEやタフ・イリスに大暴れしてもらうには、致し方の無い事です。ここは、TG72.3が体を張って、敵の相手をしましょう。」
「TG72.3の上空を、敵ワイバーン隊の墓場にしてやりましょう。我らにミズーリ、ウィスコンシンありです!」
幕僚達は熱を帯びた口調でマレーに言った。
「よし、そうとなれば話は早いぞ。まずは、出せる限りの戦闘機を出そう。航空参謀!直ちに迎撃戦闘機の発進準備に取りかかれ!」
再び活気を取り戻したTG72.3司令部は、次の戦闘に向けて準備を始めた。
午後1時20分 第7艦隊旗艦 重巡オレゴンシティ
オレゴンシティの作戦室、幕僚達と協議していたオーブリー・フィッチ大将のもとに、通信参謀が血相を変えながら入り口から駆け寄ってきた。
フィッチのみならず、作戦室にいた幕僚全員の目が通信参謀に向けられた。
「これが、索敵機の報告を記した紙です。」
フィッチは、差し出された紙を受け取って、サッと目を通した。
彼の顔色がみるみるうちに変わっていく。
「我が艦隊より西方、方位270方向を航行する敵機動部隊を発見。距離は・・・・190マイル。」
「190マイルですと!?近いではありませんか!」
参謀長のバイター少将が驚きの余り、目を丸く見開いた。
「まさか、こんな近くに居たとはな。」
「まさに灯台下暗しですな。しかし、索敵に出たハイライダーにはレーダー搭載機も含まれていたようだが、この艦隊はレーダーに
捉えられなかったのか・・・・・」
「参謀長、全てのハイライダーにレーダーが搭載されている訳ではありません。」
バイターの言葉に反応した航空参謀のマクラスキー中佐が、首を横に振りながら説明を始める。
「レーダーを搭載したハイライダーは、保有機数のうち3分の1しかおりません。それに、今日は空に雲が多く点在しており、索敵にはやや
不向きな天候となっています。この事からして、索敵隊は雲の下に隠れていた敵機動部隊を見落とした可能性があります。」
「ううむ。だとすると、これはちと問題だな。」
「いずれにせよ、敵機動部隊の位置は割れたのです。ここは、守りから攻めに転ずるべきです。」
バイター少将は、フィッチに対して強い口調で言った。だが、フィッチは攻撃を躊躇った。
「敵の攻撃隊は、このTF72に近付いていると言うぞ。敵編隊はTG72.3に向かっているが、TG72.3が変針すれば、
敵はTG72.2か72.1に向きを変える。こんな時に、艦載機の弾薬、燃料補給を行えば、それこそ敵の思うつぼだ。」
フィッチは、TG72.3が変針すると思い込んでいた。
既に、ピケット艦からの報告で、敵編隊は200騎以上のワイバーンで構成されているという。
それに対して、TF72が用意できる戦闘機は、全体で110機ほどしかいない。
TF72は、戦闘開始前には370機の戦闘機を保有していたが、早朝からの激戦で可動機数は激減し、今では240機が艦隊に残るのみだ。
この240機という数は、迎撃に出る戦闘機も含めた数である。
TF72は、度重なる激戦によって130機の戦闘機を失ったのだ。
不幸中の幸いに、被撃墜機のパイロットは多くが救助されており、戦死した戦闘機パイロットは少ないようだ。
とはいえ、使える戦闘機戦力が全体の3分の1に減った今、敵の大編隊を押し留めることは難しい問題であった。
その大編隊は、TG72.3に向かっている。TG72.3は、変針さえすれば攻撃から逃れられる事が出来る。
フィッチとしても、TG72.3には変針してもらいたかった。
TG72.3の3空母はまだまだパイロットの技量に難があるが、それでも頼りがいのある新鋭空母群だ。
この新鋭空母群を温存すれば、TG72.1と72.2が戦闘不能になってもまだまだ戦える。
しかし、いくら時間が経っても、TG72.3は変針するそぶりを見せなかった。
午後2時 戦艦ミズーリの艦長であるウィリアム・キャラガン大佐は、戦闘機の迎撃を突破し、輪形陣の左右に展開しようと
するワイバーン群を睨み付けていた。
「ついに来やがったか。」
キャラガン艦長は、ワイバーンの数の多さに、さほど驚く事もなく呟いた。
やがて、左右に展開した敵ワイバーン隊が突撃を開始した。
ワイバーンの総数は90ほどだろう。その半数が、ミズーリのいる輪形陣右側に殺到しようとしている。
外輪部の駆逐艦が、一斉に高角砲を発射した。ワイバーン群の周囲に高角砲弾が炸裂する。
敵ワイバーンの先頭部隊が、早くも駆逐艦目掛けて急降下を開始した。
15、6騎ほどのワイバーンが4つの小編隊に別れ、それぞれが1隻の駆逐艦に突進する。
ワイバーンは次々に落とされていく。
とある小編隊は、投弾前に全てが叩き落とされてしまったが、投弾を完全に阻止することは、やはり不可能であった。
ワイバーンが爆弾を投下し終えると、翼を翻して避退運動に入る。
1騎のワイバーンが、背後から軽巡の40ミリ弾を浴びて絶命し、高速で海面に突っ込んだ。
回避運動を行う駆逐艦群の周囲に、水柱が吹き上がる。そのうちの1隻の艦体に爆弾炸裂の閃光が煌めき、次いで黒煙と破片が上空に巻き上げられる。
もう1隻の駆逐艦が2発の爆弾を被弾する。この駆逐艦は、前部から派手に爆炎を吹き上げた後、艦全体が黒煙に包まれて、急速に速度を落とし始めた。
駆逐艦の相次ぐ被弾によって、輪形陣右側の対空網に穴が生じた。
その穴目掛けて、残りのワイバーン隊が殺到してきた。
「仇は取ってやるぞ、戦友!」
キャラガン艦長は、被弾し、黒煙を噴き上げる駆逐艦に向けてそう言った。
ミズーリの両舷に設置されている20門の5インチ砲が、迫り来るワイバーン編隊に向けて唸る。
ミズーリの左舷には、群旗艦であるハンコックがおり、ハンコックもまた向けられる5インチ砲を総動員して、敵ワイバーンを撃ちまくる。
艦隊上空に張られた濃密な対空弾幕の前に、敵ワイバーンは徐々に数を減らしていく。
敵ワイバーン隊が巡洋艦の上空に達した所で、40ミリ機銃が火を噴いた。
上空を飛行している30騎ほどのワイバーンのうち、10騎がミズーリに向きを変えて急降下を開始した。
「ミズーリに向かってきたか。」
キャラガン艦長は、それを見てニヤリと笑みを浮かべる。
恐らく、敵の指揮官は、ミズーリの対空火力を減殺するためにワイバーンを差し向けたのだろう。
確かに、その判断は間違っていない・・・・筈であった。
10騎のワイバーンは、ミズーリとの距離を急速に詰めた。
そして、敵ワイバーンの高度が600グレルを切った時、ミズーリの対空火力はその全力を開放した。
40ミリ機銃の射撃に加え、新たに20ミリ機銃までもが加わった対空戦闘は、言語に尽くせぬ物があった。
敵ワイバーンが、立て続けに3騎も撃墜された。
ミズーリを攻撃しようとしていた残りのワイバーンの竜騎士達は、目の前の巨大戦艦が凶暴な存在である事を改めて確信した。
4番騎が慌てふためいたように爆弾を落とし、避退運動に入ろうとした瞬間、高角砲弾の炸裂を至近距離で浴びて体をずたずたに引き裂かれた。
5番騎の竜騎士が、生き残りに向けて逃げろと伝える。
残った6騎のワイバーンは、当てずっぽうに爆弾を投下して、ミズーリの魔の手から逃れようとしたが、更に2騎が追い撃ちを受けて撃墜された。
投下された爆弾は、殆どが見当外れの位置に落下したが、1発だけが右舷中央部側の海面に至近弾となった。
「敵ワイバーン群撃退!」
見張りが上ずった声音で艦橋に報告してきた。
「全滅する前に逃げたか。まっ、懸命な判断だな。」
キャラガン艦長は、後退していくワイバーンを眺めながら、嘲笑するかのような口ぶりで言う。
戦闘はまだ終わっていない。残りのワイバーンが、主目標である正規空母に向けて進みつつある。
ミズーリは、僚艦と共にその敵ワイバーンを1騎でも多く叩き落とし、空母群を守らなければならない。
砲術長が命じたのであろう、上空を通過しようとしているワイバーンの編隊に両用砲や40ミリ機銃が向けられ、発砲する。
1騎、また1騎と、ワイバーンは墜落していくが、いくら味方が落とされようが関係ないとばかりに、ワイバーンは後から後から押し寄せてくる。
気が付くと、敵のワイバーンは僅か15、6騎ほどに減っていた。その生き残りは、ハンコックに向けて急降下を始めた。
「敵が急降下を始めたぞ!爆弾を落とす前に全て叩き落とせ!」
キャラガン艦長は、砲術長に向けてそう命じた。
ミズーリの左舷側の両用砲、機銃がガンガン唸り、多量の火箭がシャワーよろしく敵ワイバーンに向けて注がれていく。
ハンコックの隣にいるレンジャーⅡもまた、敵ワイバーンの突撃を受けているのだろう、僚艦ウィスコンシンや巡洋艦が、必死に援護射撃を行っている。
多量の対空火器が集中されたために、空母群の上空には隙間もないほどに高射砲弾の炸裂煙や曳航弾の火箭で埋め尽くされている。
そこに、敵ワイバーン隊は躊躇することなく突っ込んでいった。
唐突に1騎のワイバーンが左右両方の羽を千切り飛ばされ、そのまま墜落し始めた。
別のワイバーンは、横合いから胴体を40ミリ弾によって串刺しにされ、臓腑を派手に撒き散らしながら悲鳴を上げる。
その長い首に別の40ミリ弾が命中して、不運なワイバーンは介錯された。
敵編隊が高度1000メートルを切った頃には、15騎はあったワイバーンは9騎に減っていた。
だが、味方の数が大きく減じても、マオンド側のワイバーン隊は怯まなかった。
更に2騎が叩き落とされた所で、敵ワイバーンは次々と爆弾を落とした。
「ハンコック、回頭します!」
ハンコックの艦長はタイミングを見計らったかのように、艦を回頭し始めた。
「面舵40度!」
すかさず、キャラガン艦長も命じた。このまま行けば、急回頭したハンコックに衝突するかもしれない。
そうならないために、ミズーリも変針する必要があった。
「敵騎が落とした爆弾は7発。あのタイミングなら、なんとかかわせるかな。」
キャラガン艦長は、どこか楽観した気分でそう呟いた。そんな彼の楽観気分は、それから3秒後に吹き飛んでしまった。
爆弾は、初弾からハンコックのど真ん中に命中した。
それが合図であったのように、ハンコックに次々と爆弾が落下した。
飛行甲板の爆炎は、1つ、2つ、3つ、4つと数えられた。爆発と共に、黒煙と夥しい破片が吹き上がる。
艦首右舷側海面に至近弾が落下し、高々と水柱が吹き上がる。ついで、後部甲板に閃光が起きた、と思ったとき、至近弾がその閃光を覆い隠した。
水柱が晴れた時、ハンコックは飛行甲板から多量の黒煙を吐き出しながら海上を突っ走っていた。
「何てこった!」
その瞬間、キャラガン艦長は空母群の護衛という任が失敗に終わったという事を確信した。
「ハンコックは、最後の最後で、上手い奴らに当たってしまったのか。」
キャラガンからしたら、そう言わずにはいられないほど、あのワイバーン編隊の爆撃は見事な物だった。
午後2時30分 TG72.3旗艦であるハンコックの艦橋からは、飛行甲板中央部に開いた被弾箇所がはっきり見る事が出来た。
「舷側エレベーターが変な所に傾いている。爆発のショックでどこかがいかれてしまったな。」
マレー少将は、窓から被弾箇所と、そのすぐ隣にあった舷側エレベーターに見入っていた。
被弾箇所にある穴からは、絶えず黒煙が吹き出し、5、6人ほどの水兵が消火を行っている。
爆弾は、前部エレベーターのすぐ後ろと中央部、後部エレベーターに命中した。
命中弾の数は5発で、いずれもが飛行甲板を貫通し、格納甲板で炸裂していた。
格納甲板にあった搭載機はほとんどが被害を受け、最低でも6割の機体は使い物にならない。
飛行甲板は見ての通り、あちこちがまくれ上がっており、ハンコックが空母としての機能を失った事は明白であった。
「司令、被害状況の集計が出ました。」
「見せてくれ。」
マレー少将は、通信参謀から差し出された紙を受け取り、さっと目を通した。
彼は、半ば憂鬱めいた気持ちになった。
先の攻撃で、TG72.3は駆逐艦1隻を失い、3隻を大中破された。しかし、何よりも痛いのが主力空母の被弾だ。
3隻ある空母のうち、旗艦ハンコックと、軽空母ライトが被弾し、共に発着艦不能に陥った。
TG72.3の空母戦力は、この時点で4割以下に落ち込んだのでしまった。事実上の壊滅である。
だが、希望もある。
3隻の空母の中で、唯一、レンジャーⅡだけは被弾を許さなかった。途中、幾度も危うい場面はあったが、レンジャーは紙一重で爆弾を避け続けた。
「レンジャーが残った事だけが、唯一の救いだな。」
「レンジャーの艦長は操艦のプロですからな。」
マレー少将に、ハンコックの艦長が相槌を打つ。
「それだけじゃないぞ。レンジャーの艦長は、初代レンジャーの艦長も務めていた。」
彼は、左手に見えるレンジャーの勇姿を眺めながら、艦長に言った。
「恐らく、レンジャーの艦長は、初代と同じ轍を踏ませてなるものかと思い、必死に操艦したのだろう。その結果、20騎以上の
ワイバーンに襲われても、レンジャーは無事に残った。今回の戦闘では、レンジャーだけが、敵に対して勝利を得ることが出来たようだな。」
その時、通信参謀が新たな報告を持ってきた。
「司令、TF72旗艦より命令です。これより、反撃に移る。戦闘可能空母は、直ちに攻撃隊発進準備に掛かれ。」
それに頷いたマレー少将は、通信参謀に顔を向けた。
「旗艦に返信、了解と伝えよ。」
マレー少将はそう言った後に、周囲を見回した。
TF72は、レンジャーを含む可動全空母でもって、敵機動部隊撃滅に向かう予定だ。
「司令、レンジャーより入電であります。」
別の通信士官が艦橋に入るなり、マレー少将に言ってきた。
「読め。」
「はっ。宛、TG72.3司令官 発、レンジャー艦長ラルク・ハーマン レンジャーは健在なり。これより、可動全機をもって敵竜母部隊
撃滅に向かう。全乗員の士気、極めて旺盛なり。」
その電文を聞き終わるや、マレー少将は苦笑した。
「ハーマンの奴、相当に熱くなっているな。」
マレーは、内心でそう呟きながら、一階級下の同期生の顔を思い浮かべた。
「レンジャーに返信だ。」
マレーは一呼吸置いてから、穏やかな、しかし、力強い口調で言った。
「貴艦の健闘を祈る。我らの分まで、存分に戦われたし。」
1484年(1944年)6月26日 午前11時50分 モンメロ沖南90マイル地点
「ピケット駆逐艦より通信!我、レーダーにて敵大編隊を探知せり。位置は機動部隊より北東180マイル、速力は
200マイル。数は約150騎以上。」
第72任務部隊第2任務群の旗艦である空母エンタープライズのCICから、艦橋に報告が舞い込んできた。
「くそ、なんてしつこい奴らだ。」
TG72.2司令官のジョン・リーブス少将は、腹立たしげに呟いた。
「今度もまた、ファイターズスイープかな?」
「さぁ、そこは何とも。レーダーは敵の姿は捉えられますが、それが何の種類であるか判別できませんからなぁ。」
航空参謀は困ったような口ぶりでリーブスに言った。
マオンド側の第2波攻撃隊は,第1波同様戦闘ワイバーンのみで編成されており、40分前まで迎撃戦闘隊と激戦を繰り広げていた。
この戦闘で、アメリカ側は66騎のワイバーンを撃墜したが、自らも30機を撃墜され、12機が事故、あるいは修理不能で喪失
という少なからぬ損害をだしている。
米機動部隊は、僅か2時間余りの戦闘で100機以上の戦闘機を失ってしまった。
この戦闘機の大量喪失によって、早くも各任務群の迎撃戦闘に支障が出始めている。
次もまた、戦闘ワイバーンのみの攻撃となると、戦闘機の損耗は更に激しくなるだろう。
飛行甲板では、早くもF6Fが燃料と弾薬の補給を終えて出撃しようとしている。
エンタープライズは、敵の第1波に16機、第2波に24機を送り出している。
エンタープライズの搭載機数96機のうち(本来ならば100機搭載できるはずであったが、艦載機の大型化によって作業スペースに
難が生じていた。このため、艦長は作業の効率化を図るために96機編成にした)F6Fは夜戦型も含めて54機を搭載している。
このうち、夜戦型の8機は空戦に出さない事に決めたので、残る46機を迎撃戦闘に向かわせた。
飛行甲板に並んでいる戦闘機は22機であるが、これは第1次迎撃に参加した機と、第2次迎撃に参加して使える機、それに残る6機を
含めた数である。
エンタープライズ隊は、第1次迎撃と第2次迎撃で計6機のF6Fを失っている。
うち、撃墜された機は3機で、残る3機は事故機と修理不能機である。
エンタープライズは、パイロットがベテラン揃いという事もあって被撃墜数が少なく、それに反比例するかのように、撃墜数も20機と、
ダントツの成績を上げている。
ちなみに、一番損害が大きいのは、TG72.3のハンコックで、7機のF4Uが未帰還となり、3機が着艦事故で失われている。
「このまま、敵の攻撃が続くとなると、我々は攻撃隊を飛ばせないまま叩かれ続けるぞ。」
リーブスは苛立つような口ぶりで言う。
「肝心の敵機動部隊が一向に見つからない、という事も気になります。」
航空参謀が顔を曇らせながら言った。
時刻は既に正午に近くなっており、そろそろ第1段索敵隊が帰還してくる頃だ。
「あと少しで、索敵隊が帰還する頃ですが、戦闘中に帰ってきたら、やはり待たすしかありませんか。」
「それしかあるまい。パイロットは往復600マイルもの長距離を飛行して疲れているだろうが、この際仕方ない。」
ハイライダーは、アメリカ海軍の中では最も高速距離が長く、最大で1500マイルの彼方まで飛行できる。
今回の索敵でも、ハイライダーは燃料をほぼ満タンにしてから索敵を行っている。
そのハイライダーならば、艦隊上空の戦闘終結まで待機することができるであろう。
時刻が正午を過ぎた頃には、案の定索敵隊の機影がピケット艦のレーダーに捉えられた。
「くそ、まずい時にやって来たなぁ。」
リーブスは口をへの字に歪ませながら呟き、次いで航空参謀に顔を向ける。
「直掩隊の発艦はまだか?」
「あと5分。あと5分で発艦準備が完了します。」
航空参謀がそう言う。
きっかり5分後には、各空母から戦闘機隊が発艦し、敵編隊に向かっていった。
午後0時40分 空母エンタープライズのレーダーは、艦隊に近付きつつある敵編隊の姿を捉えていた。
「司令、敵のワイバーンが艦隊に近付きつつあります。数はおよそ70。」
「ううむ、今度の敵は攻撃騎を伴っていたか。」
「現在、待機していた戦闘機隊が敵の攻撃隊に襲い掛っていますが、数が十分ではない上に、敵の戦闘ワイバーンの攻撃を
かわしながらなので、どれぐらい落とせるか・・・・」
航空参謀が不安げな口ぶりで言った。
敵の第3波は、180騎以上の大編隊でTG72.2に接近してきた。
180騎のうち、100騎余りは戦闘ワイバーンであり、これらは120機の迎撃隊に真っ向から立ち向かっていった。
迎撃隊の一部は、攻撃隊に接近していくらかを落としたが、敵の戦闘ワイバーンの妨害が激しいため、攻撃ワイバーンを落としても
すぐ別の戦闘ワイバーンに追い立てられる有様である。
やがて、敵編隊は二手に別れ始めた。
敵編隊は、これまで通りTG72.2を左右両側から挟み込むように分離し、やがて接近してきた。
高度3000メートルの高みに位置した敵ワイバーンが輪形陣外輪部に近付くと、護衛の駆逐艦が高角砲を撃ち始めた。
ワイバーンの周囲に高角砲弾が炸裂する。
VT信管付きの砲弾は、初弾から敵ワイバーンの至近距離で炸裂する。
撃墜には至らなかったが、ワイバーンの竜騎士は精度の良い対空射撃に度肝を抜かれた。
対空戦闘開始から10秒ほどが経って、早くも輪形陣左側上空で1騎のワイバーンが叩き落とされる。
輪形陣に接近しているワイバーンのうち、左側で7騎、右側で8騎のワイバーンが、輪形陣外輪部に展開する米駆逐艦目掛けて突入を開始した。
狙われた駆逐艦は、すぐさま自艦を狙ってくるワイバーンに対して全力射撃を行う。
駆逐艦を狙って突入を開始したワイバーン隊に早速犠牲が出るが、猛烈な銃砲弾幕に怯む事無く、ワイバーンは駆逐艦に接近する。
左側で7騎中3騎、右側で8騎中4騎が撃墜されたが、残りは駆逐艦に向けて投弾を行った。
輪形陣の左側外輪で、2隻の駆逐艦が、右側では1隻が爆弾を叩き付けられた。
特に右側の輪形陣で損傷を被った駆逐艦フランバルトは、魚雷発射管に被弾してたちまち轟沈してしまった。
輪形陣右側から突入しようとしていた第21空中騎士団の第3、第4中隊は、アメリカ機動部隊の護衛艦から激しい対空砲火を浴びせられていた。
一番後ろに位置している第4中隊からは、無数の炸裂煙に覆われる前方の第3中隊がはっきり見えていた。
「あの弾幕の中に突っ込んでいくのか・・・・・!」
第4中隊長であるグライ・ドーゴス少佐は目を見開きながら言った。
早くも、第3中隊所属のワイバーンが撃墜され始めた。
第2中隊が輪形陣外輪部の駆逐艦を攻撃し、対空砲火を少しばかりでも少なくさせた筈なのだが、眼前の弾幕は第2中隊の
努力が全く無駄であった事を証明しているかのようだった。
第3中隊は、周囲に炸裂する高射砲弾に小突き回されながらも、着実に空母へと近付いていく。
やがて、第4中隊も駆逐艦の上空に近付いてきた。
唐突に、ドドォン!という炸裂音が鳴り、周囲で黒い小さな爆煙がいくつも沸き起こる。
破片が防御結界に当たり、その時の音が不気味に思えた。
「4番騎がやられた!」
駆逐艦の上空を越えても居ないうちに、第4中隊にも犠牲が出始める。
敵艦隊の統制射撃は精度が良い上に、量もかなり分厚い。
ワイバーン隊は250リンル(500キロ)の高速で、1500グレルというさほど低くはない高度を飛行しているのに、
その周囲には、空を黒一色で覆うためには少しでも隙間を空けてはならぬとばかりに、盛んに高射砲弾が炸裂する。
前方の第3中隊が巡洋艦、戦艦の上空を越えた頃には、その数は驚くほど少なかった。
第3中隊は、突撃前には12騎がいたのだが、空母に向けて急降下を開始した時には8騎に減っていた。
高射砲弾の迎撃だけで3割の損失という数字は、通常では考えられぬ損耗率である。
それでも、第3中隊は敵空母目掛けて突進していく。
「空母の近くにいる巡洋艦と戦艦・・・・特に、戦艦が撃ち上げる対空砲火は凄まじいな。」
ドーゴス少佐は、空母のすぐ近く(といっても1000メートルは離れているが)を航行する戦艦を見るなり、これまた
面食らったような表情を浮かべた。
艦型からして、新鋭のアラスカ級戦艦のようだが、この戦艦は両舷を盛んに明滅させながら援護射撃を行っている。
唐突に、その戦艦の右舷側から夥しい火箭が吹き上がった。
第3中隊が高度1000グレル以下に降下したのを見計らって対空機銃を発射したのだ。
巡洋艦からも激しい対空砲火が吹き上がっているが、それすらも可愛気に思えるほど、アラスカ級の対空射撃は壮絶であった。
第3中隊は、戦艦や巡洋艦、駆逐艦は勿論、標的にしている空母自身からも猛烈な迎撃を受けていた。
第3中隊の目標は、エセックス級の隣を航行するヨークタウン級空母のようだ。
8騎のワイバーンは、真一文字にヨークタウン級空母に突進していく。先頭のワイバーンが無数の機銃弾を浴びせられてたちまち撃墜された。
続いて4番騎が高射砲弾の炸裂で胴体を真っ二つに引き千切られた。
残りのワイバーンは、ヨークタウン級に接近しつつある。高度が800グレル、600グレル、500グレルと下がっていく。
だが、
「何故避けない?」
ドーゴス少佐は不思議に思った。
どういう訳か、ヨークタウン級空母は回避運動を取ろうとしない。
アメリカ軍の空母は、ワイバーンの爆弾を避けるために、盛んに回避運動を繰り返すと言われているが、目の前の空母は一向に
回避しようとしない。
「敵の艦長は新人か?」
ドーゴス少佐はそう呟いたが、この時、ヨークタウン級空母の航跡が、隣のエセックス級空母の航跡と比べてどこか真っ直ぐではない事に
気が付いた。
ワイバーン隊は命中精度を高めるべく、より一層降下角度を深めて突っ込んでいく。
敵がこのまま直進を続けるのならば、理想的な投弾が今すぐにでも出来るであろう。
彼の脳裏に、爆弾多数を受けて爆発炎上する敵空母の姿が浮かび上がった。
その姿は、敵空母の驚くべき行動によって打ち消されることになる。
「なっ!?」
ドーゴス少佐は思わず驚きの声を上げた。
なんと、敵空母は、ワイバーン隊の先頭騎が高度400から300グレルに下がった瞬間、いきなり回頭を始めたのだ。
第3中隊は、敵空母の右舷後方側から急降下を行っていたが、敵は第3中隊の内懐に飛び込むような形で急回頭を行った。
傍目から見れば、その細長い艦体は、機敏な運動には不向きに見えるであろうが、眼前のヨークタウン級はそんな想念を掻き消すほど、見事な
回頭を行っていた。
残り6騎となった第3中隊が次々に投弾する。
だが、敵空母の急な回避運動によって爆弾は次々と、敵艦の左舷後方側の海面に落下していった。
6発の300リギル爆弾は、ヨークタウン級に何ら損害を与えられぬまま、無為に海面を吹き散らすだけとなってしまった。
「なんて奴だ!」
ドーゴス少佐は、敵艦の大胆な行動に仰天した。
それと同時に、彼はヨークタウン級空母の艦長がただの新人ではないという事を思い知らされた。
「新たな敵ワイバーン10騎!前方上方より接近します!」
空母エンタープライズの艦長であるマサイアス・ガードナー大佐は、見張りの声を聞きながら、双眼鏡越しに敵ワイバーンの編隊を視認していた。
「一難去って、また一難か。」
ガードナー艦長は、いかつい顔の口元を歪ませながら呟いた。
「前任の艦長から、操艦術をきっちり教え込まれたお陰でなんとか回避できたが、今度もまた回避できるだろうか。」
新手の敵ワイバーンは、エンタープライズの大胆な回避運動を見ている。そして、敵の指揮官は何か対策を立てている事だろう。
だが、ガードナー大佐は敵指揮官の考えた策に勝たねばならなかった。
「敵竜母を攻撃する前に、このビッグEが被弾し、戦闘不能になるような事があったら、パイロットや乗員達に申し訳が立たん。
そうならんように、俺は努力せねば。」
ガードナー艦長は小さい声音で呟きながらも、左舷側の僚艦に視線を移す。
エンタープライズの左舷側には、巡洋戦艦のトライデントがいる。
アラスカ級巡洋戦艦の4番艦として生を受けたトライデントは、エンタープライズの回避運動に随行し、今では艦の前方上方に占位する
敵ワイバーン隊目掛けて高角砲や40ミリ機銃を乱射している。
「あっ!敵ワイバーンが散開しました!」
ガードナー艦長は、見張りの声を聞いた瞬間、ハッとなって前方上方に視線を戻す。
10騎のワイバーン隊は、2騎ずつに別れて扇状に広がりつつあった。
「くそ、ビッグEを180度方向から覆うようにして攻撃するつもりだな。」
ガードナー艦長は、瞬時に敵指揮官の意図を理解出来た。
10騎のワイバーン隊は、対空砲火を浴びながらも、広い範囲に散開しつつある。
恐らく、敵の編隊長は前方180度方向から押し包むようにして同時に攻撃すれば、エンタープライズに打撃を与えられると考えたのだろう。
敵編隊は、散開しながらエンタープライズに近付いてくる。
「どっちに避ければいい?」
ガードナーは思考を巡らせた。
左右どちらに回答しても、最低で5騎のワイバーンが襲い掛ってくる。それでは真っ直ぐ突っ走ればどうなるか?
答えは明確だ。思い思いの方向から接近してきた10騎のワイバーンに襲い掛られ、袋叩きにされてしまう。
「3、4発も食らうよりは、あえて1、2発食らったほうがマシだ。」
彼は口中で呟いた後、大音声で指示を下した。
「取り舵一杯!」
航海員が彼の命令を復唱し、操舵員が思いっきり舵を振り回す。それと同時に、左右の推進器を調節して回頭を少しでも早めようとする。
エンタープライズが舵を切る前に、敵ワイバーン隊が急降下を始めた。
トライデントがより一層激しく、対空砲火を放つ。
右舷側に取り付けられた4基の5インチ連装砲が数秒おきに射撃を繰り返し、敵ワイバーンの周囲に弾幕を張り巡らせる。
エンタープライズの右舷には、第7艦隊旗艦である重巡オレゴンシティがおり、向けられるだけの両用砲を撃ちまくって、歴戦の精鋭空母を援護する。
回頭が始まった。エンタープライズは左に艦首を巡らせ始めたが、ガードナー艦長は、その動作がさっきの物よりものろく感じた。
(早く回れ!頑張るんだビッグE!)
ガードナーは、内心で艦の回頭を促すが、その間にも敵ワイバーンは距離を詰めつつある。
艦橋前、後部に取り付けられている40ミリ4連装機銃座や、両舷の5インチ単装砲と各種機銃が一斉に射撃を再開する。
突出していた2騎のワイバーンに多量の銃砲弾が注がれ、周囲にVT信管付きの高角砲弾がひっきりなしに炸裂する。
1騎のワイバーンが、竜騎士共々40ミリ機銃弾に引き裂かれて絶命した。
一瞬のうちに息の根を止められたそのワイバーンは、スピードを緩めぬまま海面に直行した。
もう1騎のワイバーンもまた、同じように蜂の巣にされて撃墜される。
「右舷前方よりワイバーン2騎!急速接近!」
見張りの声音が艦橋に響く。別のワイバーン2騎が右前方上方より急降下しつつある。
そのワイバーンに対しても、機銃弾や砲弾が撃ち込まれている。
1騎のワイバーンが、高度700メートル付近まで降下したところで叩き落とされたが、もう1騎は爆弾を投下した。
爆弾は、投下した直後は真円だったが、1、2秒ほどでやや細長い姿になった。
「あれなら大丈夫だな。」
ガードナー艦長は安堵したように呟いた。
爆弾が落下してきたが、敵弾はエンタープライズの右舷前方50メートルの海面に落ちて、空しく水柱を立ち上げた。
休む暇もなく、別の方角から新たな2騎が迫ってくる。敵ワイバーンは、左右の翼を後ろ斜めに後退させながら猛速で急降下してくる。
エンジン音もなければ、ドーントレスやヘルダイバーのようなハニカムフラップ特有の甲高い轟音もない。
周囲に響き渡る高角砲や機銃の発射音がなければ、とても静かな物だろう。
2騎のワイバーンはぐんぐん迫って来る。
「畜生!弾幕が薄い!」
ガードナー艦長は苛立たしげに喚いた。
この2騎に対して、弾幕の量はさほど厚いとは言えない。(それでも、竜騎士達からしたら目を覆わんばかりの対空射撃である)
それもそうだ。何しろ、敵ワイバーンは広範囲に散らばり、思い思いの方向からエンタープライズに迫っている。
エンタープライズを始めとする艦は、その1つ1つに対して射撃を行っているが、これが火力の分散という、やってはならない事を
引き起こしてしまった。
「敵が周囲に分散しているから、その分対空火力が集中できにくくなってる。くそ、敵の指揮官もなかなかだな。」
ガードナー艦長は、敵指揮官に対して感嘆の念を抱いた。
2騎のワイバーンは、高度800まで降下した所で爆弾を投下した。今までの敵よりは、やや及び腰の投弾であったが、
「敵弾来ます!」
見張りが切迫した声音で言う。及び腰で投弾された爆弾のうち、1発が真円の姿のまま落下してきた。
「まずい、当たるかも知れんぞ!総員衝撃に備え!」
ガードナー艦長はそう叫びながら、内心ではまずったと呟いていた。
最初の爆弾が、右舷側から70メートル離れた海面に突き刺さる。ドーンという音を立てて水柱が吹き上がり、水中爆発の振動が微かに艦を揺らした。
「2発目が来るぞ!」
ガードナー艦長はそう言ってから、足を踏ん張った。その瞬間、強い衝撃が左舷から伝わってきた。
「食らった!」
余りにも強い衝撃に、ガードナー艦長は爆弾が命中したと確信した。だが、
「敵弾1!左舷中央部に至近弾!」
見張りのその報告が、彼の確信を打ち消してくれた。
「至近弾で済んだか・・・・」
ガードナーは、いつの間にか浮かんだ額の脂汗をぬぐいながら呟く。
その直後に、新たな敵騎接近の報が入る。
「敵ワイバーン2!右後方より接近!高度2200!」
「次から次へと!」
ガードナー艦長は苛立ちを露わにしながら呟いた。
敵ワイバーンは、1編隊ごとに突撃して時間差攻撃を仕掛けてくる。
1編隊が突入する間、他の編隊に犠牲は出るし、1編隊ごとの攻撃力はさほど大きくはないが、やられた側はたまった物ではない。
特に、1発の被弾で戦闘不能になりやすい空母にとって、この戦法は実に恐ろしい物だ。
エンタープライズを攻撃しようとしていた編隊が減ったためか、向けられる対空火器も増えて弾幕の厚みが増す。
2騎のワイバーンに多量の弾幕が注がれる。
高度1000メートルまで急降下したところで1騎目が叩き落とされる。
残るもう1騎も、機銃弾が命中して体から血が吹き出る。だが、そのワイバーンは落ちなかった。
ワイバーンは、最後の力を振り絞って決死の急降下を続けた。
瀕死のワイバーンに対して更なる対空射撃が加えられるが、投弾を防ぐ事は出来なかった。
敵ワイバーンが高角砲弾の直撃を受けて四散するが、見張り員の視線は爆弾に向けられていた。
「敵、爆弾投下!」
見張りの絶叫にも似た声が艦橋に響く。
(大丈夫、外れるぞ。)
ガードナー艦長は、内心そう思った。
その瞬間、ダーンという強烈な轟音と振動が、エンタープライズの巨大な艦体を揺さぶった。
ガードナー艦長は衝撃に耐えながら、艦橋の窓から吹き上がる炎と破片を見た。
「食らったか!」
彼は悔しそうに顔を歪めた。
同時に、彼は別のワイバーン編隊が来るか、と思ったが、予想に反して、見張りは静かだった。
艦橋内の電話が鳴った。ガードナーはそれに素早く飛び付いた。
「こちら艦長。どうした?」
「こちらはCIC。レーダーにて敵性航空部隊の撤退を確認しました。現在、艦隊に対する敵の攻撃は終息しています。」
その報告に、ガードナー艦長は安堵した。
「分かった。引き続き警戒を怠るな。」
彼はそう言ってから、受話器を置いた。ガードナーは、艦橋の窓に歩み寄って、被弾箇所がどこか確認した。
被弾箇所はすぐに分かった。
エンタープライズの飛行甲板中央部の左舷よりの所にやや大きめの穴が開いている。
そこからどす黒い煙と炎が吹き出しており、駆け寄ってきた乗員がそこに大量の海水を吹き掛けている。
「敵のほうが1枚上手だったか。」
ガードナーはため息を吐きながらそう呟いた。
「こちら艦長。ダメコン班か?」
「はい、私です。」
電話口の相手はそう言った。ガードナーは、その相手がダメコン班の班長であるジョン・マンロ少佐である事が分かった。
「被害は格納甲板に及んでいます。敵弾によってヘルキャット2機とアベンジャー3機、ヘルダイバー1機が破壊されました。
火災も発生しており、現在消火活動を行っています。」
「飛行甲板の穴だが、航空機の発着艦には支障を来しそうか?」
「現状のままだと、通常時のようには行きませんが、辛うじて発着艦は出来ます。応急修理を施せば、いつも通りに行けるでしょう。」
「分かった。とにかく、何としても消火を急いでくれ。頼んだぞ。」
「アイアイサー。」
マンロ少佐はそう返してから電話を切った。
「なんとか発着艦は出来る・・・・か。不幸中の幸いだな。」
ガードナーはそう言ってから、胸をなで下ろした。
ふと、彼は僚艦ボクサーの事が気になった。
「新人連中はどうなったかな?」
ガードナーは艦橋の張り出し通路に出て、僚艦ボクサーを探し求めた。ボクサーはすぐに見つかった。
「チッ、やっぱり食らってしまったか。」
ガードナーは舌打ちをしながら言った。僚艦ボクサーもまた、エンタープライズと同様に被弾していた。
ボクサーはエンタープライズよりも損傷が酷いのであろう、濛々たる黒煙を上げながら航行している。
「最低でも、2発は食らっているな。ボクサーのダメコン班の腕前は、まぁ良い方だが、被弾箇所によっては戦闘不能もあり得るな。」
ガードナーはそう言いながら、僚艦ボクサーを見つめ続けた。
目の前の新鋭空母が、飛行甲板のどこに被弾したかは分からないが、せめてエレベーターが無事であれば、なんとか作戦を続行できる。
ガードナーとしては、エレベーター以外の場所に爆弾が当たっている事を祈るしかなかった。
TG72.2の受難がひとまず終わった頃を見計らったかのように、その編隊はやってきた。
午後1時 TG72.3の旗艦である正規空母ハンコックのCICでは、ピケット艦から送られた新たな報告に、室内にいた将兵が驚きの
表情を浮かべていた。
「西方160マイル付近から接近する大編隊だと・・・・・・なんてこったい!」
とある将校は、驚きの余り頭を抱えてしまった。
この報告は、即座に艦橋の群司令部にも伝わった。
「どうやら、敵機動部隊はTF72の西側に回り込んでいたようだな。とすると、我がTF72は、敵機動部隊と基地航空隊に
よって挟み撃ちにされている訳か。」
TG72.3司令官であるジョン・マレー少将は、別段驚いた様子もなくそう言い放った。
「司令。事は極めて重大です。」
航空参謀が、顔を青く染めながらマレー少将に言う。
「戦闘機隊の大半は、TG72.2を襲った敵編隊との戦闘で疲弊し、母艦で補給と休養を行っています。そこから準備出来る
戦闘機は、先と比べてかなり少ない物となります。それに、敵編隊の進路から推測すると、敵はTG72.3に殺到します。」
TF72は、1個任務群ごとに南西側にずれるようにして航行している。
その反面、互いの距離が近いために、1つの任務群を攻撃した敵編隊が別の任務群を発見し、後続部隊に襲わせるという危険性も伴う。
頭上から見れば、一番南西の位置を航行しているのはTG72.1であり、TG72.3は北西側を航行している事になる。
簡単に言えば、斜めに配置された駒のうち、一番斜め上にあるのがTG72.3に当たる。
その斜め後方に配置された駒に、敵機動部隊から発艦した大編隊が向かいつつあるのだ。
「無論、全力を尽くしますが、疲弊した上に数の少なくなった迎撃隊が、敵攻撃隊を完全阻止できる保証はありません。」
「そこの所は俺も重々承知している。」
マレー少将は頷きながら言った。
「ここはひとまず、進路を変えて敵をやり過ごすべきでしょう。」
航空参謀が提案してくる。だが、マレーは首を縦に降らなかった。
「いや、進路は変えない。」
「な・・・・しかし、それでは、TG72.3は」
「大丈夫だ。」
航空参謀の言葉を、マレーは遮った。
「敵が来るのならば、受けて立つまで。忘れたのか?我が任務群には頼れる仲間が居ることを。」
マレーは、その仲間に向けて顎をしゃくった。
TG72.3は、先日のベグゲギュスの襲撃で駆逐艦1隻を喪失し、駆逐艦2隻、重巡1隻が戦線離脱するという損害を受けている。
この他に、駆逐艦2隻が沈没艦の乗員を後送するため、一時的に戦線を離れていたが、昨日の正午までには艦隊に戻っている。
とはいえ、艦隊の対空火力はやや減少しており、対空戦闘に支障が出るのではないかと危惧されていた。
だが、TG72.3には、その危惧を払拭させる強力な護衛が付いていた。
それが、最新鋭戦艦のミズーリとウィスコンシンである。
5インチ両用砲は20門が搭載され、機銃は40ミリ、20ミリ合わせて計132丁が積まれている。
その威力は、モンメロ沖航空戦で発揮されており、2隻の戦艦が放つ対空砲火は、敵ワイバーンをなかなか寄せ付けなかった。
2隻の戦艦のうち、ウィスコンシンは5インチ連装砲1基と若干の数の対空機銃が戦闘によって使用不能になっているが、被害はそれだけである。
「2隻のアイオワ級の威力を、諸君らはしかと目にしているだろう?敵が来るのならば、むしろ好都合だ。強力な対空砲火で、敵機動部隊の
航空戦力を撃滅出来る。そうなれば、味方空母部隊が空船と化した敵竜母を楽に仕留めるだろう。」
「しかし、TG72.3の空母が全て被弾する可能性があります。この3空母が使用不能になれば、当然可動機数も減ります。」
「・・・・確かに、それは痛手ではある。」
マレー少将は、顔をうつむかせながら言うが、2秒ほど経って、一転して明るい表情を浮かべて言葉を続けた。
「だが、残りの空母部隊が生き残れば、勝算は充分にある。TF72には、歴戦のビッグEとタフ・イリス(イラストリアスの愛称)もいる。
ビッグEは残念ながら、被弾してしまったが、まだ作戦行動は可能だと聞いている。こいつらが残れば、我々はこの機動部隊戦闘を制したも同然だ。
TG72.3の将兵には、申し訳ない事だが・・・・」
幕僚達は、この時、初めてマレー少将の考えている事を理解出来た。
今の時点ならば、TG72.3は変針して敵の攻撃隊をやりすごす事が出来る。
だが、敵編隊は進路を変更して、発見済みのTG72.2か、未発見のTG72.1に襲い掛るであろう。
戦闘機戦力が、戦闘前よりかなり少ない今となっては、敵機動部隊からの刺客を完全に阻止出来ない。
TG72.1と、TG72.2。どちらか一方の空母戦力が壊滅するか、戦闘不能になれば、ようやく巡ってきた、敵機動部隊を壊滅させるという
好機を失いかねない。
TG72.3のパイロット達の腕前が酷い訳ではないが、機動部隊戦闘が初めてであるTG72.3では、敵竜母にダメージは与えても、
撃沈できるかどうかは分からない。
マレー自身としてはパイロット達を信頼してはいるが、それでも、ビッグEという歴戦艦を率いた身としては、技量はやや足りないと思っていた。
だから、彼はTG72.3に敵の攻撃を吸収させるべく、“囮”の役目を担わせようとしていた。
「今の現状で、敵機動部隊を撃滅するためにはやむを得ない事だと思うが、諸君らはどう思うかね?」
「・・・・・・」
幕僚達は黙り込んだ。内心では、反対したい気持ちで一杯である。
だが、マレーの考えも充分にわかっていた。1分ほど、艦橋内に思い沈黙が流れる。
「やはり、私の考えはまずいかな?」
マレーは、幕僚達は反対するのだろうと確信した。
マレーの案は現実的ではあるが、同時に犠牲も多い。反対するのは当然である。
1人の幕僚が口を開いた。
「司令官。私は、本当ならばあなたの案に頷くまいと思っていました。しかし、現状から行けば、この案が敵機動部隊撃滅には最も有効で
あると思いました。その事からして、私は司令官の案に賛成します。」
航空参謀が、真剣は表情でマレーに言った。それがきっかけとなったのか、幕僚達全員がマレーの案に賛成した。
「皆、私の案に賛成なのだな?」
「ビッグEやタフ・イリスに大暴れしてもらうには、致し方の無い事です。ここは、TG72.3が体を張って、敵の相手をしましょう。」
「TG72.3の上空を、敵ワイバーン隊の墓場にしてやりましょう。我らにミズーリ、ウィスコンシンありです!」
幕僚達は熱を帯びた口調でマレーに言った。
「よし、そうとなれば話は早いぞ。まずは、出せる限りの戦闘機を出そう。航空参謀!直ちに迎撃戦闘機の発進準備に取りかかれ!」
再び活気を取り戻したTG72.3司令部は、次の戦闘に向けて準備を始めた。
午後1時20分 第7艦隊旗艦 重巡オレゴンシティ
オレゴンシティの作戦室、幕僚達と協議していたオーブリー・フィッチ大将のもとに、通信参謀が血相を変えながら入り口から駆け寄ってきた。
フィッチのみならず、作戦室にいた幕僚全員の目が通信参謀に向けられた。
「これが、索敵機の報告を記した紙です。」
フィッチは、差し出された紙を受け取って、サッと目を通した。
彼の顔色がみるみるうちに変わっていく。
「我が艦隊より西方、方位270方向を航行する敵機動部隊を発見。距離は・・・・190マイル。」
「190マイルですと!?近いではありませんか!」
参謀長のバイター少将が驚きの余り、目を丸く見開いた。
「まさか、こんな近くに居たとはな。」
「まさに灯台下暗しですな。しかし、索敵に出たハイライダーにはレーダー搭載機も含まれていたようだが、この艦隊はレーダーに
捉えられなかったのか・・・・・」
「参謀長、全てのハイライダーにレーダーが搭載されている訳ではありません。」
バイターの言葉に反応した航空参謀のマクラスキー中佐が、首を横に振りながら説明を始める。
「レーダーを搭載したハイライダーは、保有機数のうち3分の1しかおりません。それに、今日は空に雲が多く点在しており、索敵にはやや
不向きな天候となっています。この事からして、索敵隊は雲の下に隠れていた敵機動部隊を見落とした可能性があります。」
「ううむ。だとすると、これはちと問題だな。」
「いずれにせよ、敵機動部隊の位置は割れたのです。ここは、守りから攻めに転ずるべきです。」
バイター少将は、フィッチに対して強い口調で言った。だが、フィッチは攻撃を躊躇った。
「敵の攻撃隊は、このTF72に近付いていると言うぞ。敵編隊はTG72.3に向かっているが、TG72.3が変針すれば、
敵はTG72.2か72.1に向きを変える。こんな時に、艦載機の弾薬、燃料補給を行えば、それこそ敵の思うつぼだ。」
フィッチは、TG72.3が変針すると思い込んでいた。
既に、ピケット艦からの報告で、敵編隊は200騎以上のワイバーンで構成されているという。
それに対して、TF72が用意できる戦闘機は、全体で110機ほどしかいない。
TF72は、戦闘開始前には370機の戦闘機を保有していたが、早朝からの激戦で可動機数は激減し、今では240機が艦隊に残るのみだ。
この240機という数は、迎撃に出る戦闘機も含めた数である。
TF72は、度重なる激戦によって130機の戦闘機を失ったのだ。
不幸中の幸いに、被撃墜機のパイロットは多くが救助されており、戦死した戦闘機パイロットは少ないようだ。
とはいえ、使える戦闘機戦力が全体の3分の1に減った今、敵の大編隊を押し留めることは難しい問題であった。
その大編隊は、TG72.3に向かっている。TG72.3は、変針さえすれば攻撃から逃れられる事が出来る。
フィッチとしても、TG72.3には変針してもらいたかった。
TG72.3の3空母はまだまだパイロットの技量に難があるが、それでも頼りがいのある新鋭空母群だ。
この新鋭空母群を温存すれば、TG72.1と72.2が戦闘不能になってもまだまだ戦える。
しかし、いくら時間が経っても、TG72.3は変針するそぶりを見せなかった。
午後2時 戦艦ミズーリの艦長であるウィリアム・キャラガン大佐は、戦闘機の迎撃を突破し、輪形陣の左右に展開しようと
するワイバーン群を睨み付けていた。
「ついに来やがったか。」
キャラガン艦長は、ワイバーンの数の多さに、さほど驚く事もなく呟いた。
やがて、左右に展開した敵ワイバーン隊が突撃を開始した。
ワイバーンの総数は90ほどだろう。その半数が、ミズーリのいる輪形陣右側に殺到しようとしている。
外輪部の駆逐艦が、一斉に高角砲を発射した。ワイバーン群の周囲に高角砲弾が炸裂する。
敵ワイバーンの先頭部隊が、早くも駆逐艦目掛けて急降下を開始した。
15、6騎ほどのワイバーンが4つの小編隊に別れ、それぞれが1隻の駆逐艦に突進する。
ワイバーンは次々に落とされていく。
とある小編隊は、投弾前に全てが叩き落とされてしまったが、投弾を完全に阻止することは、やはり不可能であった。
ワイバーンが爆弾を投下し終えると、翼を翻して避退運動に入る。
1騎のワイバーンが、背後から軽巡の40ミリ弾を浴びて絶命し、高速で海面に突っ込んだ。
回避運動を行う駆逐艦群の周囲に、水柱が吹き上がる。そのうちの1隻の艦体に爆弾炸裂の閃光が煌めき、次いで黒煙と破片が上空に巻き上げられる。
もう1隻の駆逐艦が2発の爆弾を被弾する。この駆逐艦は、前部から派手に爆炎を吹き上げた後、艦全体が黒煙に包まれて、急速に速度を落とし始めた。
駆逐艦の相次ぐ被弾によって、輪形陣右側の対空網に穴が生じた。
その穴目掛けて、残りのワイバーン隊が殺到してきた。
「仇は取ってやるぞ、戦友!」
キャラガン艦長は、被弾し、黒煙を噴き上げる駆逐艦に向けてそう言った。
ミズーリの両舷に設置されている20門の5インチ砲が、迫り来るワイバーン編隊に向けて唸る。
ミズーリの左舷には、群旗艦であるハンコックがおり、ハンコックもまた向けられる5インチ砲を総動員して、敵ワイバーンを撃ちまくる。
艦隊上空に張られた濃密な対空弾幕の前に、敵ワイバーンは徐々に数を減らしていく。
敵ワイバーン隊が巡洋艦の上空に達した所で、40ミリ機銃が火を噴いた。
上空を飛行している30騎ほどのワイバーンのうち、10騎がミズーリに向きを変えて急降下を開始した。
「ミズーリに向かってきたか。」
キャラガン艦長は、それを見てニヤリと笑みを浮かべる。
恐らく、敵の指揮官は、ミズーリの対空火力を減殺するためにワイバーンを差し向けたのだろう。
確かに、その判断は間違っていない・・・・筈であった。
10騎のワイバーンは、ミズーリとの距離を急速に詰めた。
そして、敵ワイバーンの高度が600グレルを切った時、ミズーリの対空火力はその全力を開放した。
40ミリ機銃の射撃に加え、新たに20ミリ機銃までもが加わった対空戦闘は、言語に尽くせぬ物があった。
敵ワイバーンが、立て続けに3騎も撃墜された。
ミズーリを攻撃しようとしていた残りのワイバーンの竜騎士達は、目の前の巨大戦艦が凶暴な存在である事を改めて確信した。
4番騎が慌てふためいたように爆弾を落とし、避退運動に入ろうとした瞬間、高角砲弾の炸裂を至近距離で浴びて体をずたずたに引き裂かれた。
5番騎の竜騎士が、生き残りに向けて逃げろと伝える。
残った6騎のワイバーンは、当てずっぽうに爆弾を投下して、ミズーリの魔の手から逃れようとしたが、更に2騎が追い撃ちを受けて撃墜された。
投下された爆弾は、殆どが見当外れの位置に落下したが、1発だけが右舷中央部側の海面に至近弾となった。
「敵ワイバーン群撃退!」
見張りが上ずった声音で艦橋に報告してきた。
「全滅する前に逃げたか。まっ、懸命な判断だな。」
キャラガン艦長は、後退していくワイバーンを眺めながら、嘲笑するかのような口ぶりで言う。
戦闘はまだ終わっていない。残りのワイバーンが、主目標である正規空母に向けて進みつつある。
ミズーリは、僚艦と共にその敵ワイバーンを1騎でも多く叩き落とし、空母群を守らなければならない。
砲術長が命じたのであろう、上空を通過しようとしているワイバーンの編隊に両用砲や40ミリ機銃が向けられ、発砲する。
1騎、また1騎と、ワイバーンは墜落していくが、いくら味方が落とされようが関係ないとばかりに、ワイバーンは後から後から押し寄せてくる。
気が付くと、敵のワイバーンは僅か15、6騎ほどに減っていた。その生き残りは、ハンコックに向けて急降下を始めた。
「敵が急降下を始めたぞ!爆弾を落とす前に全て叩き落とせ!」
キャラガン艦長は、砲術長に向けてそう命じた。
ミズーリの左舷側の両用砲、機銃がガンガン唸り、多量の火箭がシャワーよろしく敵ワイバーンに向けて注がれていく。
ハンコックの隣にいるレンジャーⅡもまた、敵ワイバーンの突撃を受けているのだろう、僚艦ウィスコンシンや巡洋艦が、必死に援護射撃を行っている。
多量の対空火器が集中されたために、空母群の上空には隙間もないほどに高射砲弾の炸裂煙や曳航弾の火箭で埋め尽くされている。
そこに、敵ワイバーン隊は躊躇することなく突っ込んでいった。
唐突に1騎のワイバーンが左右両方の羽を千切り飛ばされ、そのまま墜落し始めた。
別のワイバーンは、横合いから胴体を40ミリ弾によって串刺しにされ、臓腑を派手に撒き散らしながら悲鳴を上げる。
その長い首に別の40ミリ弾が命中して、不運なワイバーンは介錯された。
敵編隊が高度1000メートルを切った頃には、15騎はあったワイバーンは9騎に減っていた。
だが、味方の数が大きく減じても、マオンド側のワイバーン隊は怯まなかった。
更に2騎が叩き落とされた所で、敵ワイバーンは次々と爆弾を落とした。
「ハンコック、回頭します!」
ハンコックの艦長はタイミングを見計らったかのように、艦を回頭し始めた。
「面舵40度!」
すかさず、キャラガン艦長も命じた。このまま行けば、急回頭したハンコックに衝突するかもしれない。
そうならないために、ミズーリも変針する必要があった。
「敵騎が落とした爆弾は7発。あのタイミングなら、なんとかかわせるかな。」
キャラガン艦長は、どこか楽観した気分でそう呟いた。そんな彼の楽観気分は、それから3秒後に吹き飛んでしまった。
爆弾は、初弾からハンコックのど真ん中に命中した。
それが合図であったのように、ハンコックに次々と爆弾が落下した。
飛行甲板の爆炎は、1つ、2つ、3つ、4つと数えられた。爆発と共に、黒煙と夥しい破片が吹き上がる。
艦首右舷側海面に至近弾が落下し、高々と水柱が吹き上がる。ついで、後部甲板に閃光が起きた、と思ったとき、至近弾がその閃光を覆い隠した。
水柱が晴れた時、ハンコックは飛行甲板から多量の黒煙を吐き出しながら海上を突っ走っていた。
「何てこった!」
その瞬間、キャラガン艦長は空母群の護衛という任が失敗に終わったという事を確信した。
「ハンコックは、最後の最後で、上手い奴らに当たってしまったのか。」
キャラガンからしたら、そう言わずにはいられないほど、あのワイバーン編隊の爆撃は見事な物だった。
午後2時30分 TG72.3旗艦であるハンコックの艦橋からは、飛行甲板中央部に開いた被弾箇所がはっきり見る事が出来た。
「舷側エレベーターが変な所に傾いている。爆発のショックでどこかがいかれてしまったな。」
マレー少将は、窓から被弾箇所と、そのすぐ隣にあった舷側エレベーターに見入っていた。
被弾箇所にある穴からは、絶えず黒煙が吹き出し、5、6人ほどの水兵が消火を行っている。
爆弾は、前部エレベーターのすぐ後ろと中央部、後部エレベーターに命中した。
命中弾の数は5発で、いずれもが飛行甲板を貫通し、格納甲板で炸裂していた。
格納甲板にあった搭載機はほとんどが被害を受け、最低でも6割の機体は使い物にならない。
飛行甲板は見ての通り、あちこちがまくれ上がっており、ハンコックが空母としての機能を失った事は明白であった。
「司令、被害状況の集計が出ました。」
「見せてくれ。」
マレー少将は、通信参謀から差し出された紙を受け取り、さっと目を通した。
彼は、半ば憂鬱めいた気持ちになった。
先の攻撃で、TG72.3は駆逐艦1隻を失い、3隻を大中破された。しかし、何よりも痛いのが主力空母の被弾だ。
3隻ある空母のうち、旗艦ハンコックと、軽空母ライトが被弾し、共に発着艦不能に陥った。
TG72.3の空母戦力は、この時点で4割以下に落ち込んだのでしまった。事実上の壊滅である。
だが、希望もある。
3隻の空母の中で、唯一、レンジャーⅡだけは被弾を許さなかった。途中、幾度も危うい場面はあったが、レンジャーは紙一重で爆弾を避け続けた。
「レンジャーが残った事だけが、唯一の救いだな。」
「レンジャーの艦長は操艦のプロですからな。」
マレー少将に、ハンコックの艦長が相槌を打つ。
「それだけじゃないぞ。レンジャーの艦長は、初代レンジャーの艦長も務めていた。」
彼は、左手に見えるレンジャーの勇姿を眺めながら、艦長に言った。
「恐らく、レンジャーの艦長は、初代と同じ轍を踏ませてなるものかと思い、必死に操艦したのだろう。その結果、20騎以上の
ワイバーンに襲われても、レンジャーは無事に残った。今回の戦闘では、レンジャーだけが、敵に対して勝利を得ることが出来たようだな。」
その時、通信参謀が新たな報告を持ってきた。
「司令、TF72旗艦より命令です。これより、反撃に移る。戦闘可能空母は、直ちに攻撃隊発進準備に掛かれ。」
それに頷いたマレー少将は、通信参謀に顔を向けた。
「旗艦に返信、了解と伝えよ。」
マレー少将はそう言った後に、周囲を見回した。
TF72は、レンジャーを含む可動全空母でもって、敵機動部隊撃滅に向かう予定だ。
「司令、レンジャーより入電であります。」
別の通信士官が艦橋に入るなり、マレー少将に言ってきた。
「読め。」
「はっ。宛、TG72.3司令官 発、レンジャー艦長ラルク・ハーマン レンジャーは健在なり。これより、可動全機をもって敵竜母部隊
撃滅に向かう。全乗員の士気、極めて旺盛なり。」
その電文を聞き終わるや、マレー少将は苦笑した。
「ハーマンの奴、相当に熱くなっているな。」
マレーは、内心でそう呟きながら、一階級下の同期生の顔を思い浮かべた。
「レンジャーに返信だ。」
マレーは一呼吸置いてから、穏やかな、しかし、力強い口調で言った。
「貴艦の健闘を祈る。我らの分まで、存分に戦われたし。」