自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

029 第23話 決行前夜

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第23話 決行前夜

1482年 5月16日 ヴィルフレイング

ヴィルフレイングに到着した、第16任務部隊は、グンリーラ島救援作戦に向けて、出撃前の補給物資の
調達や艦の整備に追われていた。
乗員達はせわしなく働いているが、誰もが陰りのある表情を浮かべている。
その原因は、ラウスの隣にいた。

「ラウス君。わしは絶対にビッグEから降りんぞ。絶対にな!」

第16任務部隊司令官であるウィリアム・ハルゼー中将は強い口調で、だが力の無い声音でそう言い放ったが、

「あの~、そんなんじゃあ・・・・・やばくないっすか?」
「やばくはない!!!!」

ラウスに対し、ハルゼーは怒鳴った。

「まあまあ、司令官、少し落ち着きましょう。」

ブローニング大佐が額に汗を浮かべながらなだめるが、

「落ち着いている!!どいつもこいつも、俺を病人扱いしおって!!!」

火に油を注ぐ結果となった。
(いや、あんたは病人だって)
ラウスはそういいかけたが、気の立っているハルゼーに聞かれればぶん殴られる可能性は大だ。

よって、ラウスは思うだけに留める。

「こんなものはな、病気のうちに入らんのだ。」

そう言いながら、ハルゼー中将は頬をぼりぼりと掻く。
実を言うと、ハルゼーはここ数日前から、急性の皮膚病を患っていた。

最初は、ほんのちょっぴりしかなかった発疹が、みるみるうちに全身に広がってしまい、
気が付けば、ハルゼーは体中が発疹だらけとなっていた。
軍医からは降りて病院に行ったほうが良いと指示されたが、ハルゼーは却下している。

「し、司令官。」
「なんだ?」

ブローニング大佐は、腫れ物をさわるような口調で(実際腫れ“者”であるが)ハルゼーを呼びかける。

「そろそろ作戦会議の時間です。キンメル長官が司令部でお待ちになっておられます。」
「おお、そうかそうか。それでは言ってくるぞ。ラウス君、また後でな。」

ハルゼーは笑みを浮かべて、それでいていつも肩を叩くはずなのだが、そのまま声をかけただけで艦橋から降りて行った。
ハルゼーが艦橋から消えたのを見計らって、

「なんだ、病気だって知ってるじゃん。」

ラウスは何気なく呟いた。

4時間後、ハルゼーはヴィルフレイングにある海軍病院に入院させられていた。

「畜生、医者共め。薬をあちこち塗りたくりおって。おかげで臭すぎてまともに息もできん。」

彼は忌々しげに呟いた。
本来なら、ハルゼーは病院の窓から見える空母・・・・エンタープライズに戻って部下に作戦会議の結果を
報告していたはずなのだ。
しかし、肝心の作戦会議に出た事が、運の尽きであった。

「ビル、一体これはどういう事だ!?」

司令部で、キンメルとばったり会った時、キンメルは仰天したように言ってきた。

「ああ?これか。ちょっと皮膚病にかかってしまってな。軍医は降りて治療しろと抜かしていたが、
こんなもの放って置けば治る。」

彼は軍服の上から腕を掻きながら、気負うようにそう言った。だが、

「治るもんか!ひどい発疹だぞ!おいおいおい、顔どころか、全身にも回っているようだぞ。
今すぐ病院に行って来い!」
「ハッハッハ、大げさな」
「大げさじゃないぞ。こんな酷い皮膚病を抱えたままグンリーラに向かうつもりだったのか?
君はどうかしているぞ!それはともかく、今すぐ病院に行け!」

と、司令長官命令で、ハルゼーは強引に入院させられた。
そして、今病院のベッドで、エンタープライズを羨望の眼差しで見つめていた。

その時、ドアがノックされた。

「どうぞ!」

ハルゼーはぶっきらぼうに告げる。
ドアが音立てて開かれ、そこから彼を病院に追いやった本人が出てきた。

「やあビル、調子はどうだい?」
「君か。全く、俺をこんな場所に放り込みやがって。くそ、かゆくてたまらん」

苛立ち紛れにそう言いながら、腕を掻き毟ろうとしたが、寸手のとこでやめた。

「おっと、医者からは掻くなと言われていたな。危ない危ない。この通り、調子は悪いですぞ、司令長官殿。」
「まあ、そう怒るな。俺は君の事を心配して病院に入れてやったんだ。それに、開戦以来、君は働き詰めだから、
そろそろまとまった休暇をやったほうが良かったかなと思っていたんだ。」
「こんな大事な時にか?いくらなんでもそれはないだろう。」
「この作戦が終わった後に取らそうと思ったんだよ。だが、君がそんな状態じゃな。
戦場に連れて行ってもいつも通り出来るとも限らんしな。」
「痒みを抑えるぐらい、どうってことない。」
「君はそうかもしれんが、君は今、機動部隊を束ねている指揮官だ。部下も君を信頼している。
頼りになる司令官が、発疹だらけの元気の無い姿で艦橋に立っていたら、どうなると思う?
君の敢闘精神は買うが、艦隊は君のみならず、部下将兵もいる事を忘れてはならない。」

キンメルの言葉に、ハルゼーは思わず言葉に詰まった。
彼の言葉は正しかった。
確かに、部下は不安に思うだろう。不安はあらゆる局面で、将兵の判断力を鈍らせる元凶となりえる。

その不安を吹き飛ばす役目を担う司令官が、病気の身で指揮する事は避けたい事である。
それに、今回の救出作戦は敵の制海権下で行われる危険なものだ。
キンメルがハルゼーを降ろしたのも、その一連の事を考えての事であろう。

「・・・・負けたよ。確かに君の言う通りだ。どうせこんな酷い姿で戻っても、ビッグEの奴らに
余計な心配を掛けさせるばかりだからな。所で。」

ハルゼーは薄々とだが、キンメルが見舞いに来た理由を分かっていた。

「君がこうして、俺の所に来たのは、単に俺の様子を見に来ただけではないだろう?」
「分かっていたか。」

キンメルは苦笑しながら、見舞いに来た本当の理由を打ち明けた。

「実はな、君が抜けた事で、第16任務部隊の司令官は空席の状態だ。
そこでだが、代理を立ててもらいたいのだ。第15任務部隊のニュートンに指揮を頼んでもいい。」
「なるほど。なら答えは決まっているよ。」
「ほう?なら話が早いな。」

ハルゼーの思い切りの良さに、キンメルは感心した。
彼としては、ハルゼーが指揮を取らせろと言ってくると思ったが、予想に反してハルゼーは代役か、
他の任務部隊の司令官に頼もうと決めていたようだ。

「誰に指揮を取らせる?」
「スプルーアンスだ。」

その言葉に、キンメルは耳を疑った。

「スプルーアンス・・・だと?」
「ああ、そうだ。俺は、あいつにTF16の指揮を任せたい。」
「ちょっと待てよ、ビル。スプルーアンスは第5巡洋艦戦隊の司令官だ。いわば巡洋艦乗りだぞ。」
「TF17のフレッチャーも巡洋艦乗りだ。それに、スプルーアンスは航空戦の事も普段から勉強している。
何度かあいつに、空母戦闘の秘訣を教えてくれと言われた事もあるよ。」
「教えくれだと?例えばどこで?」
「どこといえば・・・・」

ハルゼーは肩を竦め、少し考えた後に答えた。

「レストランとか、あいつがビッグEに遊びに来たり、俺がノーザンプトンに押し掛けて行ったり、まあ色々だ。」
「ビル、本当に勤まると思うのかね?」
「あいつならやれる。あいつは控え目な性格だが、物事は分かる。それに、俺と違って頭が良い。正直、
あいつにはかなわんと思っている。むしろ、今回の作戦には、作戦の性質上、スプルーアンスのほうが適任かもしれんぞ。」

ハルゼーの意思は固いようだ。
スプルーアンス少将は、確かにどこか違うとキンメルは思っていた。
冷静沈着にして寡黙。
それでいて、与えられた役目はきっちりこなす男だ。
一見平凡な男だが、不思議な事に、好き嫌いの激しいアーネスト・キング作戦部長も好評価を与えているいう噂もあり、
意外に抜け目の無い提督である。

「本当に、スプルーアンスでいいのかい?」
「しつこいなハズバンド。俺がいいと言ったらいいんだ。あいつに伝えといてくれ。TF16をよろしく、とな。」

ハルゼーは人なつこそうな笑みを浮かべながら、キンメルにそう言った。

5月18日 午後6時 ヴィルフレイング

ラウス・クレーゲル魔道士は、第16任務部隊の参謀達と共に、エンタープライズの作戦室で
そわそわしながら司令官の登場を待っていた。

「なあクレーゲル魔道士、君は今度の新司令官どう思う?」

ラウスは、後ろにいる航空参謀のグィン・タナトス中佐に声をかけられた。
TF16の幕僚達とは、昨年に知り合って以来、もはや顔馴染みとなっている。
まあ、ラウスの立場は、形的に第16任務部隊の魔道参謀のようなものであるから、幕僚達も気軽に声をかけてくれる。

「う~ん・・・・分かんねえっす。」
「俺も分からんよ。」
「実際に働いてみないと分からんだろう。とにかく、今は作戦会議の報告を待つだけさ。」
「実戦経験はあるから、臆病では無いだろう。でも、機動部隊を指揮するのは初めてだからな、本人も不安に思ってるかもしれん。」

割り込んできた航海参謀のエド・ウォーレンス中佐にタナトス中佐が答える。

「ハルゼー提督からは、あいつも機動部隊を任せられるとか言ってましたけど」

幕僚達がざわめいている中、突然ドアが開かれた。全員が立ち上がり、直立不動の態勢を取る。
入って来た新司令官、レイモンド・スプルーアンス少将は、怜悧な表情を浮かべたまま、用意された椅子の側に立った。

「休んでいい。」

スプルーアンス少将はそう言って、全員を座らせた。

着任の挨拶は昨日で済ませてあり、前日よりは意気込んだ様子は見られない。

「諸君、作戦の決行日が決まった。決行日は5月20日だ。」

スプルーアンス少将は、背後にかけられている地図を指示棒で叩いた。

「諸君らも知っている通り。今度の作戦は、ここ、グンリーラ島に取り残されている、バルランド王国軍
を救出する事である。グンリーラ島の周辺海域は、シホールアンル海軍の制海権下にあるのは周知の通りだ。
当初の予定では、南大陸南端に用意されていた輸送船を使って、合衆国海軍の援護の下、北上してグンリーラ島
に向かうとの事であった。」

スプルーアンスは、淡々とした口調で説明した。
表情からして、意気込んだ様子は全く見られず、見る者からすれば、本当にやる気あるのか?と思わせてしまう。
スプルーアンス少将は続けた。

「しかし、既にこの船団は、南大陸に侵入しているシホールアンル側のスパイに発見される可能性が高いため、
我が合衆国海軍が、西海岸から直接、輸送船団を派遣して、グンリーラ島に向かう。輸送船団は既に出航している模様だ。
今回、隠密作戦と言う事もあり、第16任務部隊は、同じ参加部隊である第15任務部隊とは一緒に出港しない。
まず、TF16から先に出港し、次にTF15が翌日に出港する事になる。敵にグンリーラ島に向かっている事を
察知されぬため、一旦北東に偽装進路を取り、大きく迂回した所で」

スプルーアンスは、とある1点をトントンと叩いた。

「輸送船団と合流し、グンリーラ島に向かう。救助作戦が決行されている間、TF15は島の南西70マイル地点、
TF16は北西70マイル地点に配置し、策敵機を飛ばして敵の襲撃に備える。そして、船団がバルランド軍部隊の
収容を完了した後、我々は東に迂回針路を取りながら、ヴィルフレイングに帰還する。これが、グンリーラ島救出作戦の骨子だ。」

「いわば、我々TF16と、TF15は終始ボディガードに徹すると言う訳ですな。」

航空参謀のタナトス中佐が発言した。

「もし、敵が機動部隊を繰り出してきた場合はどうなるのでしょうか?」
「その場合はTF16、15で合同して叩く。敵を撃退できる程度の損害を与えればそれで良い。」

スプルーアンスは視線をラウスに向けた。

「クレーゲル魔道士。情報によれば、ネイレハーツに在泊する敵の竜母は確か2隻、だったな?」
「はい。確かに2隻です。」

ラウスはいつものやや気の抜けたような口調で言う。

「ですが、ここ最近は現地のスパイの情報が途切れ途切れにしか入手できない状況で、正確な事は
わかりません。ある情報では、西海岸地区の沖合いで別の竜母部隊が行動しているのを見たとの報告
がありますが、それらが東海岸地区に来る事は無いと言い切れません。むしろ、情報面に関しては、
スパイの魔法通信よりもアメリカ海軍の保有する潜水艦部隊のほうが、より詳しい物を得られるかと。」
「魔法通信が途切れがち、というのは気になるな。太平洋艦隊の潜水艦部隊は何隻投入されている?」

ブローニング大佐がその問いに答えた。

「現在、第18任務部隊及び第19任務部隊の総勢30隻の潜水艦が、3つの散開線に分かれて配置されています。」

ブローニング大佐は、スプルーアンスが置いた指示棒を取って、散開線の位置を示した。

「まず、ガルクレルフから10マイル離れた海域にA散開線。次にネイレハーツから13マイル離れた海域にB散開線。
最後に、グンリーラ島北北西の海域にC散開線を配置し、シホールアンル軍の動向を監視しています。定時連絡によれば、
昨日午後11時に、護送船団20隻がネイレハーツに入港との上が入っております。後は平穏そのものです。」
「敵艦隊は外洋で訓練は行わないのかね?」
「ここ最近は、ほとんど港で停泊しているようです。」
「なるほど・・・・救助作戦が終わるまで、ずっと引っ込んでもらいたいものだ。
敵艦隊の動向は今後も確認するとして、問題は輸送船だ。」

スプルーアンス少将は、口調にやや苦味を混ぜた。

「今回の作戦で、我が合衆国海軍は西海岸から輸送船団を送り込むが、残念な事に肝心の高速船が足りないという
情報があり、速度が18ノット程度の輸送船以外用意できないとの事だ。高速輸送船が揃い始めるのはまだ少し先の事で、
今回の作戦には間に合わせられんらしい。」
「と、なりますと。ますます難しくなりますな。」

ブローニング大佐の一言に、誰もが暗然とした表情になる。
バルランド側にはこっちが高速船を用意して救助すると言ったが、米本国には肝心の高速船はあまり見当たらず、
見つけても収容人員が少ない船しか無かった。
今回の救助作戦では、スピードは勿論の事、収容人員の多い船を連れて行く事も作戦成功の条件に入る。
いくら高速性能がよかろうが、収容人員が足りなければ往復しなければならない。
3万の兵を救うのに何度も往復しては、危険性は何倍以上も増大する。
何往復もして幾多もの高速船やバルランド兵を海没する危険に晒すよりは、スピードは遅かろうが、
収容人員が1000人単位で出来る輸送船を揃えて行こうと決まったのだ。

戦況地図
             ノ
            ノ
           ノ
          ソ
         Oネイレハーツ
        /
       /
      ソ
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    /
   ノ                                                     グンリーラ島
  ノ                                                        〇
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ノ                                                       

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 ゝ
  ゝ
   ゞ
   ヾ
    ゝ
     ヽ
      ゝ
       ヾ
        ヽ
        ソ
        ミ
       /
      Oガルクレルフ
     ゝ

「その代わり、新たに護衛を増やす予定だ。」

スプルーアンスは、珍しく笑みを浮かべながら説明した。

「用意する輸送船は34隻だが、護衛も軽巡1、駆逐艦16から修理の成ったアリゾナに訓練
を終えた軽巡2隻と駆逐艦4隻を新たに加える。これなら、敵の水上部隊に襲われても、
対抗できぬ事はない。」

米側も、護衛不足によって輸送船が沈められる事を危惧しており、今回の作戦では護衛を増やす事にした。
まず、修理の成ったアリゾナは、修理と同時に対空火器の増強を施されており、これまでの5インチ単装高角砲
を取り除き、代わりに5インチ連装両用砲を6基、28ミリ4連装機銃6基24丁、20ミリ機銃を38丁積み込んで
対空防御を強化した。
又、訓練の終えた軽巡2隻は、アトランタ級の対空軽巡であるジュノーとサンディエゴで、姉のアトランタと同じように
5インチ連装両用砲を8基積んでいる。
この2艦は、機動部隊の護衛艦艇としてヴィルフレイングに向かおうとしていたが、急遽救援部隊に編入されている。
旧式とは言えど、既に敵と相対した戦艦や、新鋭の対空軽巡が配備されている事から、護衛艦艇はかなり充実していると言えた。

「急ぎとは言え、準備はなんとか整ったと言う訳だ。後は、我が機動部隊の行動如何で、全ては決まるだろう。」
「司令官、質問があります。」

タナトス中佐が手を上げた。

「今度の作戦では、隠密性と共に、グンリーラのバルランド軍との協調体制を作らねばなりません。
その点については既に話は決まっているのでありますか?」
「それならもう決まっている。今夜にも、カタリナがグンリーラに向かう筈だ。
カタリナにはバルランド側の参謀を乗せてグンリーラに向かう。」

1482年5月19日 午後2時 ネイレハーツ

ネイレハーツには、シホールアンル海軍の主力部隊が停泊していた。
その主力の一角を成す竜母チョルモールとゼルアレ。
その内の1隻であるチョルモールの艦橋で、ルエカ・ヘルクレンス少将は、渡された紙面に眼を通すなり苦笑した。
彼は、体つきはがっしりとしており顔は端整な顔立ちである。年は若く、今年で32歳になる。
元々女好きで、軍に入った後もあちらこちらで色々起こしており、少佐時代には、今の上官である
リリスティ・モルクンレル中将をナンパしたという噂があるが、その真相は定かではない。

「こいつはなんだ?憂さ晴らしに出かけようってか?」

彼はやや呆れたような口調で、魔道参謀に言った。
紙には、グンリーラ島に駐留する南大陸軍を事前に爆撃と艦砲射撃で殲滅せよ、とだけ書いてあった。

「司令もそう思われますか?」
「思うに決まっているだろう。何しろ、ここ最近は黒星ばかりついているしな。全く、弱い者いじめに走るとは、
上の奴らは何を考えてる事やら。」

ヘルクレンス少将は首を横に振りながら呟いた。

「上層部は、そう単絡的に作戦を立案しないと思いますが。」
「まっ、何か考えはあるんだろう。でもな、俺としてはこの艦隊に相応しい戦いを出来る奴と戦いたいと思うんだ。」
「相応しい戦いを出来る奴・・・・もしかして、アメリカ海軍ですか?」
「そうだ。奴ら、積んでいる飛空挺の数は多いが、奇襲をかければ何とかなる。
それにな、俺はあのアメリカの空母とやらが気に入らないんだ。何もかもな。」

ヘルクレンスは憎悪のこもった口調で呟いた。

「まるで、竜母の偽者を見ているようで、吐き気がする。その偽者共を、俺は早く血祭りに挙げたいんだ。」
「気持ちは分かりますが、今の状況では渡り合いたくない相手ですよ。」
「そんな事分かってる。俺も修羅場を潜り抜けて来た男だ。数が揃わない内は大人しくするつもりさ。」

ヘルクレンスは、積極果敢な軍人であるが、同時に冷静沈着な人でもある。
一見、ヘルクレンスの粗野な言動を見て、大多数が荒っぽい男と見るが、中身は一味違う。
作戦行動の際は、相手がいれば一目散に突っかかろうとするが、それも状況が全てこちら側に有利と判断した
場合のみであり、不安要素があればすぐに確認を取らせる。

「リリスティよりは、まだ上手く出来そうに無いよ。」

と日々漏らしているが、軍人としての能力は非凡な物を持っている。
アメリカの軍人に例えるならば、空母ホーネット艦長のマーク・ミッチャー大佐か、空母レキシントン艦長の
フレデリック・シャーマン大佐に近いであろう。

「アメリカ人共が向かってくるなら、話は別だけどね。」

そう言って、ヘルクレンス少将は笑みを浮かべた。

「さて、グンリーラへの憂さ晴らしは23日か。まだ時間はあるはずだから、のんびりと待っておくか。」

彼は余裕のある表情で、魔道参謀に言った。

「のんびりとですか。まあ、遠足みたいなものですからな。とりあえず、荷の手配は今のうちに
済ませて起きましょう。」

「ああ、頼むぞ。」

ヘルクレンスの言葉に頷くと、魔道参謀は艦橋を出て行った。


1482年5月20日 午前1時 ヴィルフレイング

夜も深みを増しつつある中、一群の艦艇が、ひっそりと出港しつつあった。

「ノーザンプトン出港します!」

見張りの声が聞こえると、スプルーアンスは双眼鏡をエンタープライズの左舷前方を通過していくノーザンプトンに向けた。
かつて、第5巡洋艦戦隊の司令を勤めた時、自らの旗艦として定め、ガルクレルフ沖海戦では敵と戦った重巡である。
その馴染み深い重巡が我先にと、駆逐艦の後を追っていく。
その次に出港するのは、TF16の旗艦であるエンタープライズだ。
艦長の指示を受け取ったのだろう、エンタープライズの艦体が、ゆっくりと港の入り口に向かっていく。

「3ヶ月前も、このような感じだったな。」

スプルーアンスは、右隣にいるブローニング参謀長に声をかけた。

「司令官もノーザンプトンに乗っておられましたな。」
「うむ。あの日も、なんと静かな出港であったか、と思ったが、一度経験しているとは言え、
ひっそりと出港していくのはどこか寂しい物があるな。」

しんみりとした口調で彼は言った。

本来ならば、天気のいい日中に乗員が登舷礼を行い、軍楽隊が錨を上げてや、星条旗よ永遠なれといった歌を
盛大に吹き上げながら威風堂々と出港するのだ。
だが、本当なら気分の高揚するはずの出撃なのに、誰もが冷めた気分で黙々と作業をこなしている。

「夜の出撃、だからでしょうな。それから、敵のスパイに察知されぬためでもあります。」
「そうだろう。」

スプルーアンスはそう言って頷いた後、黙ったまま海面を見続けた。
(この作戦、シホールアンル側が何もしなければ上手く収まるだろう。いや、収まってもらいたい)

ブローニングは内心でそう思った。
何しろ、今回は航空戦の知識は少しながらあるとはいえ、機動部隊指揮官としては新米のスプルーアンスが
司令官であるから、不安は尽きない。
ブローニングとしては、スプルーアンス少将が上手くTF16を指揮できるかやや疑問だが、ハルゼー提督が
推薦した人だから、それに掛けるしかないと割り切っていたが。
(さて、おっかないギャング共が、夜逃げ人に気付かなけれいいが。果たして吉と出るか、凶とでるか・・・・)

TF16は、予定通り出港した後、輪形陣を組んで会合ポイントにへと向かった。
史上初の機動部隊同士の決闘となるグンリーラ沖海戦の役者は、順調に揃いつつあった。
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