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197 第152話 海面の韋駄天

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第152話 海面の韋駄天

1484年(1944年)6月26日 午後10時45分 モンメロ沖南18マイル地点

第8艦隊第86任務部隊第1任務群に所属している護衛駆逐艦16隻は、4隻ずつに別れてモンメロ沖に割り当てられた担当海域を哨戒していた。
モンメロ沖南方18マイル地点を哨戒している第78駆逐隊所属の護衛駆逐艦エルドリッジは、僚艦と共に12ノットの速力で航行していた。
露天艦橋で見張りに当たっていた当直将校のルイス・ハワード中尉は、眠気覚ましのコーヒーを啜りながら、左腕に付けている時計に視線を移した。

「あと15分で交代だな。」

彼は、少し嬉しそうな口ぶりで呟いた。
ハワード中尉は3時間近く前から露天艦橋に立っている。
途中、1度だけ用足しで席を外した以外は、ずっとここで哨戒任務に付いていた。

「しかし、南では味方の艦隊が派手に撃ち合っているというのに、ここの空気は静かですなぁ。」

見張り役の水兵がハワード中尉に話しかけてくる。

「静かなのは嫌かい?」
「いえ、嫌という訳ではありませんよ。むしろ、ずっと静かな方が良いですよ。」

水兵は苦笑しながら答えた。それにハワード中尉も反応して、声を出して笑った。

「言えてる。ここが騒がしくなる事は、俺達のみならず、輸送船団全体が危ない事になるからな。」
「自分達がこうしてのんびりしているのも、TF72とTG73.5のお陰ですね。」

水兵はそう返しながら、南の方角に顔を向けた。

ここからは全く見えないが、今頃は、迎撃に向かった味方艦隊が、敵の艦隊と激しい戦闘を繰り広げているだろう。
艦内の通信室には、味方艦から発せられる無線通信が頻繁に入ってきており、乗員達は味方艦隊の動静を確かめようと、
通信室の入り口の前にまで押し掛けていた。

「戦況はどうなっているかな?」
「さぁ、今はなんとも。先ほどはTG73.5で戦艦ミシシッピーが撃破された、という通信を聞いたという奴が居ましたが、
今の所、詳細はわからず仕舞いですね。」
「味方艦隊が頑張っている中、ただ待つというのも、なんだか苦しいもんだな。」

ハワード中尉は悶々とした表情を浮かべながら、水兵にそう言った。
当直員がのんびりとした気持ちで、露天艦橋で会話を交わしている間、CICでPPIスコープを見つめていた
ハロルド・ドルファン兵曹は、レーダーに映ったとある影に気が付いた。

「ん?この影は・・・・・」

ドルファン兵曹は目をPPIスコープに近付けた。すると、再び反応が現れた。

「どうした?」
「あ、班長。これを見て下さい。」

ドルファン兵曹は、声を掛けてきたひげ面の少尉に、今し方映った影を指さした。
線が通り過ぎると、三度反応が現れる。その反応は、先ほど見た位置と比べてやや移動している。

「先ほどから南東の方角、方位130度付近から不審な影が映っているんです。しかも、影は徐々に移動しつつあります。」
「本当だ。数は、さほど多くないようだな。」

ひげ面の少尉は、顎をなで回しながら言う。

レーダーに映っている反応は、合計で9。速度は20から22ノットほどである。

「距離は14マイルか。味方艦隊は今の所、マイリーの主力部隊と激戦中だが、味方艦艇の何隻かが、事前に離脱したのかな?」
「そのような報告はありませんよ。」

少尉の推測に対して、ドルファン兵曹は否定的な口ぶりで言う。

「だとすると、こいつは敵、と言うことになるが。しかし、敵がここまで辿り漬けるはずはない。敵の主力部隊は、今は1隻でも
多くの艦艇を必要としているだろうに。」
「ですが、念のために警報を出した方がよいのでは?IFFで敵か味方か、確認するのも良いでしょう。」
「そうだな。」

ドルファン兵曹の案に賛成した少尉は、まずは艦長に報告してから、この謎の艦隊が何であるかを確認させた。
それから1分後、

「なんてこった、IFFに反応なし・・・・こいつらは敵だって言うのか!?」

少尉は半ば仰天したような表情を浮かべて、そう言った。

「たかだか10隻未満とはいえ、マオンド側の軍艦がこんな所まで来るとは。沿岸部には潜水艦部隊が張っていたはずだぞ。」
「しかし、敵は偶然にも、その間をすり抜けることが出来た。そうとしか考えられません。」
「敵艦隊の艦種は何だ?」

少尉は、兵曹にすかさず、敵艦隊の詳細を確かめさせた。兵曹はしばらくの間、PPIスコープに視線を集中させる。

「9ある反応のうち、後続の3つの反応が大きい。そのうち、最後尾の艦は反応が大。」
「反応が大。ということは、戦艦か?」

少尉の問いに、ドルファン兵曹はゆっくりと頷いた。

「・・・・マイリーの奴らめ!」
少尉が忌々しげに喚いた直後、露天艦橋から緊迫した声音が流れてきた。
エルドリッジの露天艦橋からは、旗艦の上空で煌めいた照明弾がはっきりと見えていた。

「あのバイオレンスな色の照明弾。やばい、マイリーが近くに来ているぞ!」

ハワード中尉は驚愕の表情を浮かべて叫んだ。

「全員に告ぐ!総員戦闘配置!総員戦闘配置!」
艦内から、艦長の声がスピーカーに乗って聞こえてくる。艦内では、乗員が大わらわで各部署に向かい始める。
ハワード中尉も、自分の持ち場に戻ろうとしたその直後、水平線上で新たな閃光が灯った。しばらく経つと、砲弾の飛翔音が聞こえた。
それが極大に達したとき、旗艦の右舷側海面に水柱が吹き上がった。

「こりゃ、大変な事になったぞ!」

ハワード中尉は、水兵が震える口調で叫ぶのを聞きつつ、大急ぎで艦内に戻っていった。
階段を下りる途中、彼は艦長のグランス・ハミルトン少佐とすれ違った。

「ルイス、上の様子はどうだった?」
「敵さんは照明弾を撃ち上げてから、こちらに砲撃を加えてきています。姿は見れませんでしたが、水柱の大きさから見て、
戦艦クラスが居ると見て間違いないかと。」
「やはりか。畜生、こんな時にやってくるとはな。ルイス、君は元の部署で頑張ってくれ。俺は上で指揮を取る。」

ハミルトン少佐はそう言いながらハワード中尉の肩を叩き、階段を駆け上がっていく。
ハワード中尉はそれを見送るのも惜しいとばかりに、大急ぎで部署に戻っていった。

ハミルトン艦長が上に露天艦橋に上がった時、敵艦はDS78の旗艦であるレヴィに射撃を集中していた。

「旗艦より通信!DS78は、敵艦隊に向けて雷撃戦を行う!全艦、直ちに突撃されたし!」

通信員からの報告に、ハミルトン艦長は複雑な表情を浮かべた。
(接近して魚雷を叩き込むって訳か。まぁ、悪くはないが、こっちは3発の魚雷の他に、5インチ両用砲が2門しか持たない
護衛駆逐艦だ。こんな貧弱な武装しか持たない俺達じゃあっという間に揉み潰されちまう。普通なら、さっさとトンズラするのが
一番だ。だが、そうも言ってられん。)
ハミルトン艦長は視線を左舷に向ける。
DS78の左舷側後方3000メートルには、スィンク諸島へ向かおうとしていた4隻の輸送船がいる。
護衛駆逐艦よりも遙かに低速な輸送船が敵に捕捉されれば、それこそ一瞬で叩き潰されるであろう。
(ここはせめて、輸送船が安全圏に逃げられるまで時間を稼ごうという腹なのだろう。いや、それだけじゃない、
俺達が粘れば粘るほど、湾内にいる味方艦が助けに来てくれる。ここは頑張り所だな)
ハミルトン艦長はそう思うと同時に、体の中からむらむらと闘志が沸き立ってきた。
1番艦レヴィが回頭を始めると、DS78の4艦が順繰りに回頭していく。
4番艦であるエルドリッジは、一番最後に回頭した。その間、敵艦からの砲撃は続けられる。
レヴィが回頭した事によって、敵艦の砲撃は精度が悪くなったが、再び照明弾を上げ、精度を修正し始めた。
先頭艦レヴィの右舷や左舷に、太い水柱が3本ずつ立ち上がる。その大きさは、2000メートル離れたエルドリッジからも視認出来るほどだ。

「11インチクラスの大口径砲だな。あんな弾を食らったら、ペラペラの護衛駆逐艦なんぞ文字通り吹っ飛んじまう。」

ハミルトン艦長はおどけた口調で言いながらも、いつレヴィに弾が当たらぬか、内心ひやひやしていた。

「旗艦より通信!目標、敵駆逐艦!雷撃距離は5000!」
「距離5000か。それまで持てばいいが。」

ハミルトン艦長は不安げな口調で呟く。現在、彼我の距離は16000メートルまで近付いている。

DS78の4艦が27ノットで航行していると同時に、敵艦隊も22ノットの速度で接近していることから、距離5000までに辿り着くには
さほど長い時間はかからない。
だが、それまでに艦が被弾しないかは、全く予想が付かない。
敵艦隊から発せられる発砲炎が急に数を増した。
それまで、最後尾の艦しか砲撃を行っていなかったが、距離が16000メートルを割った所で、新たに2隻が発砲を開始した。
旗艦レヴィに多量の砲弾が降り注ぐ。砲弾の一部は、2番艦オスターハウスの近くに落下した。
距離は16000から15000、15000から14000、14000から13000と、徐々に縮まっていく。
距離12000で4隻の駆逐艦も反撃を行った。各艦に取り付けられた2門の5インチ両用砲が射撃を開始する。
5インチ砲弾の曳光弾が、目の前の発砲炎に向けて注がれる。
全速航行時の動揺のため、砲弾はことごとくが外れ弾となったが、それでも撃たれっぱなしでいるよりはマシであった。
そして気が付くと、4隻の駆逐艦は敵艦隊まで距離9000を切るまで迫っていた。
その頃には、敵駆逐艦も砲撃を開始していた。

「敵艦隊まで距離9000!」
「あと4000か、まだ長いな。」

見張りの声を聞いたハミルトン艦長は、憂鬱そうな口調で言う。いきなり、エルドリッジの艦首側方に水柱が立ち上がる。
海水の一部は露天艦橋にまで掛かり、ハミルトンを始めとする艦橋要員がそれを浴びる。
硝薬の混じった海水は異様に臭い。

「くそ、これじゃ濡れ鼠もいいところだ。」

ハミルトンは苛立ち紛れにそう吐き捨てた。
唐突に、前方で発砲炎とは異なる光が灯った。

「レヴィに敵弾命中!」

ハミルトンは、前方にいる旗艦レヴィの艦上で起こる爆発をしかと目にしていた。

それが切っ掛けとなったのか、レヴィに敵弾が次々と命中し始める。
レヴィは敵弾が命中してからしばらくは、27ノットの速度で航行を続けていたが、距離8200まで接近したときに、敵巡洋艦から放たれた砲弾がレヴィの機関室を破壊した。
その瞬間、レヴィはがくりと速度を落とした。
レヴィが10発以上を超える被弾の前に力尽きた時、2番艦オスターハウスは慌てて舵を切り、レヴィの左舷を通り過ぎた。
レヴィに代わって先頭に躍り出た瞬間、オスターハウスは敵艦隊の目標に定められ、レヴィが味わった集中砲火を浴びる事となった。

「オスターハウスに砲火が集中しています!」

見張りの言葉通り、砲火の集中されたオスターハウスは、周囲に多数の敵弾が落下して姿が見え辛くなっていた。
だが、圧倒的不利な態勢にも関わらず、オスターハウスは前、後部の5インチ砲を撃ちまくる。

「敵駆逐艦に火災発生!」

護衛駆逐艦群が放つ砲弾も敵に損害を与え始めた。3隻から放たれる5インチ砲弾は、4秒から5秒おきに敵1、2番艦に降り注ぐ。
そのうち、敵駆逐艦1番艦の中央部でオレンジ色の炎が踊り始めた。

「距離7800!」

航海科員が刻々と、距離の推移を知らせてくる。その時、オスターハウスの居た辺りで突然、大爆発が起こった。

「オスターハウスに敵弾命中!」
「・・・・なんてこった・・・・!」

ハミルトン艦長は、衝撃的な光景を目の当たりにしていた。
それまで、敵弾を集中されながらも全速で航行していたオスターハウスが、一瞬目を離した隙に敵弾を浴び、猛火に包まれていた。
オスターハウスは今や完全に行き足を止め、その小さな艦体は、前部と後部が反り返っていた。
この時、オスターハウスに命中した砲弾は1発。だが、その1発は敵戦艦の主砲弾であった。
オスターハウスは、敵戦艦から放たれた主砲弾を煙突の辺りに受けていた。

11インチ相当の大口径砲弾は、薄い装甲を紙のように突き破って艦内で爆発し、爆発エネルギーは艦内で荒れ狂い、
機械室や機関室を一息に破壊した末、艦体を断裂させた。
この一撃で、オスターハウスは沈没確実の被害を受けたのである。
オスターハウスが轟沈したため、DS78は3番艦ブース、4番艦エルドリッジが残るだけとなった。
ブースが停止するオスターハウスの側を通り抜ける。そのブースに対して、マオンド艦隊は射撃を集中する。
ブースにも、戦艦、巡洋艦、駆逐艦からの砲撃が集中される。敵の射弾は、数撃てば当たる方式で放たれているためか、全くと言って
いいほどブースに当たらない。
だが、その射撃精度はみるみるうちに良好な物となっていく。
しばらく経って、ブースにも敵弾が命中し始めた。
先のオスターハウスのように、敵戦艦の砲弾が直撃して轟沈するという事は無い。
だが、巡洋艦、駆逐艦の砲弾は次々と命中していく。
それまで反撃を行っていた前部の5インチ両用砲が、巡洋艦から放たれた砲弾によって叩き潰された。
駆逐艦の砲弾がついでにとばかりに、そのすぐ後ろにあった40ミリ連装機銃座を吹き飛ばす。
右舷側中央部に置いてあった20ミリ単装機銃座に砲弾が命中し、機銃が醜い鉄屑に変わる。
別の砲弾が後部に命中して、一気に2つの40ミリ連装機銃座を吹き飛ばして、ただでさえ多いとは言えぬ艦の対空火力を、
更に減少させる。

「距離は!?」

ハミルトン艦長は航海科に尋ねた。

「6300です!」
「このままじゃ、射点に辿り着く前に全滅だ!」

ハミルトンは呻くような小声でそう言った。
DS78は、射点に達する前に、既に2隻が撃沈破され、1隻が今も砲弾を浴びせられている。
ブースが沈むか、脱落するのも時間の問題である。

その時、見張りが絶望したような口調で報告してきた。

「避退中の輸送船上空に照明弾が!」

その瞬間、ハミルトンは、自分達の行った試みが無に帰した事を悟った。

「ブース魚雷発射!」

ブース艦長は、相次ぐ被弾に溜まりかねたのであろう。搭載されていた3発の魚雷を全て発射した。
その直後、ブースは艦尾に命中弾を受け、急速に速度を落とし始めた。

「ブース速力低下!被害甚大の模様!」
「ブースを避けるんだ!面舵20度!」

ハミルトンはすかさず指示を下す。エルドリッジの艦首が右に振られる。
しばらくして、炎上しているブースの側を通り抜けた。

「敵戦艦、輸送船を砲撃中!輸送船1に被害が発生したようです!」

CICから伝えられた報告を聞いて、ハミルトン艦長は険しい表情を浮かべた。

「敵との距離は!?」
「5900!」

ハミルトンはまだそんなにあるのかと思った。敵弾がエルドリッジに降り注いできた。
ドドーン!という音を立てて、エルドリッジの周囲に大小無数の水柱が立ち上がる。
(このままじゃ本当に全滅だ!くそ、どうすればいい?)

ハミルトンは思考を巡らせる。そして、短い逡巡のあと、彼は決断した。

「旗艦から通信は?」
「ありません。旗艦を呼び出そうとはしたのですが、脱落してからは音信は途絶えたままです。それから、ブースが
緊急信を送りました。恐らく、モンメロ湾のみならず、戦闘中の主力部隊も傍受しているでしょう。」
「そうか、分った。」

ハミルトンは頷いてから、言葉を続けた。

「このままではDS78は文字通り全滅だ。魚雷を発射した後、湾の中に居る味方艦と合流するため、一旦後退する。」

ハミルトンは自らの意向を伝えるや、艦内電話をひったくって水雷長を呼び出した。

「水雷長、魚雷発射だ。ぶっ放せ!」

ハミルトンの指示から5秒後、エルドリッジに設置されている21インチ3連装魚雷発射管から3本の魚雷が発射された。

「取り舵一杯!針路360度!敵と距離を置くぞ!」
「取り舵一杯、針路360度、アイアイサー!」

伝声管の向こう側で、活きの良い復唱が帰ってくる。エルドリッジが急回頭を行い、艦首が指定された方位に向けられる。
エルドリッジはそのまま、全速で敵艦隊から離れ始めた。逃げるエルドリッジに対して、敵艦隊は尚も砲撃を続ける。
いきなりガーン!という強い衝撃と轟音が響いた。

「後部両用砲損傷!砲撃不能!」

電話越しにダメコン班から、悲痛そうな声で報告が伝えられた。

エルドリッジは、先と違って敵艦隊に背を向けるようにして航行しているため、後部の両用砲1門でしか応戦が出来なかった。
それが潰された今、エルドリッジは敵の射程外に出るまで撃たれっぱなしとなる。

「マイリー共め、好き放題撃ちまくりやがって。」

ハミルトンが呪詛めいた言葉を言い放った。その刹那、目の前が真っ白な閃光に覆われた。

航海艦橋で指揮を取っていたハワード中尉は、唐突に上から伝わってきた強い振動に対して思わず首を竦めた。
舵輪を握っていた兵曹が仰天した顔を浮かべつつ、強い衝撃に負けまいと必死に耐える。
海図台の上に置いてあった海図や分度器、書類やコーヒーカップが振動で宙に舞った後、床にぶちまけられた。
振動が収まった後、ハワード中尉は真っ先に露天艦橋に居た艦長が心配になった。

「まさか!」

ハワード中尉は航海艦橋を飛び出し、階段を駆け上がった。
露天艦橋にはすぐに辿り漬けた。

「・・・・・・」

露天艦橋に立ったハワード中尉は、血まみれなって倒れ伏す6人の艦橋要員を見て顔を青く染めた。
砲弾が近くに命中したためか、倒れている兵の中には、四肢や首が千切れたり、上半身と下半身が分断された者が居た。

「・・・やあ、ルイス。」

掠れるような声がハワードの耳に聞こえた。彼はハッとなって、その声がした所に顔を向けた。

「・・・・艦長!!」

ハワードは、仰向けに倒れている艦長のもとに駆け寄った。ハミルトン艦長は、左目が破片にやられたのか、夥しい血を流している。
視線を胴体に移すと、右胸と脇腹の辺りに破片が刺さり、ライフジャケットが赤く染まっている。
ハミルトンの息は荒く、顔は激痛に歪んでいた。

「魚雷は・・・・魚雷はどうなった?」
「まだ、命中したかどうかは分りません。艦長、今は喋らないで下さい。すぐに衛生兵を呼びます!」

ハワードは衛生兵を呼ぶべく、その場を離れようとしたが、彼の足をハミルトン艦長が掴んだ。

「いや・・・・俺に・・・かまわんでいい。俺はもう・・・だめだ。」
「艦長!諦めては駄目です!この傷ならば、手当てすればなんとか」
「ならんから、俺は駄目だと言っているんだ。」

ハミルトン艦長は、はっきりとした声音でハワードに言った。

「これでも、元は医者だ。自分の体がどうなってしまったかは分る。それよりも・・・・」

そこまで言ってから、ハミルトンは咳き込んだ。
その時、唐突にくぐもった爆発音が聞こえた。ハワードはその爆発の方向に顔を向けた。
敵艦隊が居ると思しき海域に閃光が煌めいていた。その閃光は、発砲炎の物とは明らかに違う。
閃光はしぼみ、やがてオレンジ色の炎がゆらゆらとたなびき始めた。
よく見ると、駆逐艦と思しき艦が炎上しながら停止しているのが分った。

「艦長、魚雷命中です!ブースか、エルドリッジのどちらかの魚雷が、敵駆逐艦に命中したようです!」
「そうか・・・・ひとまず、これで1隻食ったな。」

ハミルトンはそう言ってから、視線をハワードにあわせた。

「ルイス・・・・この艦は、副長も居なくなっちまった。俺も駄目、副長も駄目になった今、後はお前に・・・
中尉の中では経験豊富なお前に・・・・・託すしかない。」
「何を言うんです!か、艦長、しっかりしてください!」

ハワード中尉は、眠りに落ちようとするハミルトンの肩を揺さぶり、艦長の意識を保とうとした。だが、それも無駄な努力だった。

「ルイス、艦の指揮を・・・・取ってくれ。絶対に・・・・・味方艦隊と、合流しろよ。」

ハミルトンはそこまで言ってから、瞼を閉じた。

「・・・・・・・・・・・・・」

ハワードは、何も言葉を発せず、呆然とした表情で艦長を見つめていた。
ふと、彼は頬に何かが流れているのが分った。

「・・・・・分りました。」

ハワードは頷くと、ハミルトンに敬礼を送った。
それからすくっと立ち上がったハワードは、生き残っていた艦内電話をひったくり、艦内の乗員に伝えた。

「乗員に告ぐ。敵弾命中によって艦長以下、艦橋要員が戦死した!これより航海長であるハワード中尉が指揮を取る!
命令は先と変わらず。このままモンメロ沖の味方艦隊と合流する!」

戦艦マウニソラの艦橋上では、最後の輸送船が停止する様子をが見て取れた。
急襲部隊司令官に任じられたウィグム・ロウゴムク少将は、それを望遠鏡越しに見つめていた。

「これで4隻目、だな。敵駆逐艦はどうなった?」

ロウゴムク少将は、感情を感じさせぬ口調で主任参謀に聞いた。

「はっ。最後の敵駆逐艦には逃げられましたが、少なくとも3隻は撃沈か、大破させました。前哨戦は我々の圧勝ですな。」
「圧勝・・・・かね?」

ロウゴムク少将は、その鋭い目付きで主任参謀を見つめる。

「こっちは前哨戦で貴重な駆逐艦を1隻撃沈され、2隻が損傷している。損傷艦はまだ戦闘力を維持しているが、
駆逐艦群の隊形は敵の雷撃で乱れ、集合には今しばらくかかる。先の敵駆逐艦群が時間稼ぎを目的としていたのならば、
我々はまんまと、敵の術中に嵌ったことになる。これで圧勝と言うには、いささか誇張のしすぎではないかね?」

ロウゴムク少将は厳しい口調で、主任参謀に言った。

「しかし、このような小艦隊が、敵の輸送船団に接近できるとは夢にも思いませんでしたな。」

マウニソラ艦長が、やや興奮した口調でロウゴムク少将に言った。

「偶然が重なった結果だろうな。その最初のきっかけとなったのが、敵潜水艦の魚雷攻撃だった。」

マウニソラは、今回の海戦が勃発する2日前の6月24日未明に、アメリカ潜水艦から放たれた魚雷を艦腹に受けた。
最初の1発は、右舷中央部に命中した。魚雷は、最近になって張られた厚いバルジを突き破って防水区画で炸裂した。
この時、魔動機関室にも炸裂時の振動によって魔法石に異常が発生し、マウニソラは浸水とこの魔法石の不具合で速力が低下し始めた。
ただの1発で中破程度の損害を受けたマウニソラに、もう1発の魚雷が迫っていた。
誰もが当たると思い、来るであろう猛烈な衝撃に耐えようとした。
唐突に、マウニソラの舷側で水柱が吹き上がった。
再び伝わった強い衝撃に、乗員の全てが命中したと思い込んだ。
しかし、それは間違いであった。アメリカ潜水艦の魚雷は、マウニソラから僅か30メートルまで迫ったときに爆発を起こしたのである。
これによって、マウニソラはそれ以上の被害を受ける事は無かった。

それから2時間後、マウニソラは速力が11リンル出せるまでに回復したが、艦隊の速力は12リンルであり、マウニソラを
連れては艦隊速力は遅くなり、予定時刻までに敵艦隊に辿り漬けない。
そこで、第2艦隊司令部はマウニソラに巡洋艦2隻と駆逐艦6隻を付けて、小規模な艦隊を編成し、潜水艦に見つからぬよう、陸地に近い
海域を進ませて敵船団まで接近し、頃合いを見計らって輸送船団に突入させようと考えた。
これは、実質的に囮のような物であったが、マウニソラを主力とする奇襲部隊は、陸地伝いに航行し、夜更けと共にモンメロ沖に向けて突進した。
本来ならば、第2艦隊本隊はロウゴムク少将の艦隊と第1機動艦隊から分派された艦隊を囮にしてモンメロ泊地に突っ込む予定であったが、
逆に第2艦隊本隊が敵の有力な艦隊と遭遇したため、結果的に、ロウゴムク部隊が敵船団突入の任を負うことになった。
そして、ロウゴムク部隊は、輸送船団襲撃の手始めとして、敵駆逐艦3隻と輸送船4隻を血祭りに上げた。

「良い偶然は、もっと良い偶然を生む物だな。」

ロウゴムク少将は、無表情であった顔に初めて微笑を浮かべた。

「モンメロまで距離は?」
「あと8ゼルドほどです。もはや目の前ですな。」

艦長は誇らしげな口ぶりで言った。
マウニソラの主砲は、最大で8.5ゼルド(25500メートル)向こうまで砲弾を届かせる事ができる。
ここからアメリカ軍の上陸地点までは、既に射程内に捉えられている。

「ここは、陸地に一発、どでかい奴をぶちこみたい所だが、今は我慢して、陸地の近くにたむろしている輸送船団を狙おう。
ベグゲギュスの報告では、今も200隻以上の船が陸地の近くに居ると聞く。あと少しだけ近付いてから砲撃を行おう。
弾の数が少ないから、一発一発を有効に使わねばいかんな。」

ロウゴムク少将は、相変わらず冷たい口調で艦長に言った。
それから3分が経つと、新たな敵艦がロウゴムク部隊に接近してきた。

「駆逐艦ドルムギより魔法通信!我、左右に多数の生命反応を探知。最低でも5、6隻ずつの敵艦が接近中の模様。」

「流石はアメリカ軍の拠点だ。新手が来るのが早い。」

ロウゴムク少将はそう言ってから、全艦に照明弾を発射させた。
やがて、敵艦が居ると思わしき海域に照明弾が光った。

「左舷前方より敵駆逐艦5隻!右舷前方にも同じく、駆逐艦5ないし6!高速で接近してきます!」
「速力はどれぐらいだ?」

ロウゴムクは隣に立っていた艦長に尋ねた。
艦長はすぐに見張り員から敵艦の推定速度を聞いた。

「司令、敵駆逐艦は15リンル以上の速力で、こちらに向かっているようです。」
「となると、敵は艦隊型駆逐艦か。先の敵より厄介だぞ。」

ロウゴムクは、この敵駆逐艦が侮れぬ敵であることを悟った。
先の駆逐艦は船団護衛型駆逐艦で、武装もあまり強力ではなく、搭載している魚雷も少ないため、ほとんど一方的に撃破できた。
だが、艦隊型駆逐艦は武装も強力で、魚雷も8本から10本を搭載している。
今向かってくる敵艦は合計で11隻。11隻の駆逐艦から放たれる魚雷は、80本から100本以上にも上る。
下手すれば、戦艦マウニソラ以下の全艦が、魚雷の投網に捉えられてことごとく撃沈される恐れがある。

「駆逐艦部隊に左舷前方の敵を撃たせろ。巡洋艦とマウニソラは、右舷前方の敵を撃つ。」

マウニソラの前部2基の連装砲が、右舷側に向けられる。
発砲は駆逐艦群のほうが早かった。その次に、巡洋艦2隻が発砲を開始する。
2隻の巡洋艦のうち、1隻は元偽竜母であった特設対空巡洋艦であり、もう1隻は、ツボルグム級巡洋艦である。
発射速度は、ツボルグム級より、前方の特設対空巡洋艦のほうが早い。
艦上に設置された4ネルリ連装両用砲と単装両用砲のうち、右舷前方に指向可能な5門がここぞとばかりに撃ちまくる。

猛速で突進してくる米駆逐艦群に、砲弾の雨が降り注ぐ。
そこにマウニソラの巨弾が加わった。
マウニソラは、砲塔1門ずつを用いた交互撃ち方で巨弾を放つ。米駆逐艦群の周囲に砲弾が落下する。
しかし、高速で疾駆する敵艦に、砲弾はなかなか命中しない。

「速度が速い分、弾が当たりにくいな。」

ロウゴムクは単調な口ぶりで呟く。マウニソラが第4射、第5射、第6射と放つが、どれも空しく水柱を吹き上げるだけだ。
第7射を放つが、やはり空振りに終わる。その時、先頭艦に巡洋艦が放った砲弾が命中した。
爆発光が煌めいた瞬間、細長い棒らしき物が吹き飛ぶのが見える。それは、敵駆逐艦の砲身であった。
それから矢継ぎ早に、砲弾が先頭艦に命中する。短時間で12、3発の命中弾を受けた敵艦は、ガクリと速度を落とし、隊列から離れていく。
いきなり、左舷前方で真っ白な光が洋上を照らした。光はすぐにしぼみ、それから耳を聾するような音が木霊した。

「左舷前方の敵駆逐艦1、轟沈!」

(魚雷か、あるいは弾薬庫に弾が当たったな)
ロウゴムクは見張りの声を聞いた後、内心でそう確信した。
敵駆逐艦も主砲で反撃してくる。先頭艦を2番艦に砲火が集中し、先頭艦が早くも速度を落とし始めた。
次いで、2番艦が後部に火災を発生し、その火災炎はみるみる大きくなる。
左舷前方の敵駆逐艦が距離3000ラッグ(6000メートル)まで接近したとき、唐突に回頭を始めた。
それを見つめていたロウゴムクは、咄嗟に魔導参謀に伝えた。

「魚雷が来るぞ!全艦回避運動!」

ロウゴムクの指令を聞いた駆逐艦群が回避を始めた。それを見越したかのように、右舷前方の敵駆逐艦群も回頭を始めた。
ロウゴムクが回避運動を取るように命令を下してから5分後。

「右舷後方より魚雷2本接近!」

左側に回避運動を行っていたマウニソラに、2発の魚雷が迫ってきた。
すぐに艦長が面舵一杯を命じる。魚雷は、この緊急回頭によって、艦尾ギリギリを避けていった。

「巡洋艦レスムブより通信、我、魚雷回避成功!続いて対空巡洋艦ロウルザより通信、魚雷回避成功!」

その報告に、ロウゴムクは安堵のため息を吐く。
その直後、先ほども聞いたくぐもった爆発音が、海上を圧した。その爆発音は、2度聞こえた。

「駆逐艦レアブグヌ被雷!大火災を起こして洋上に停止しつつあり!」

その報告を聞くや、ロウゴムクは目を瞑った。
(小型の駆逐艦では、アメリカ軍の魚雷は1発だけでも致命傷なのに、それを2発も食らうとは・・・・・なんと幸薄きことか)
彼は、心中でそう嘆いた。
感傷に浸る暇もなく、新たな爆発音が響いてきた。
今度は、敵駆逐艦との砲撃戦で損傷し、速度を落としていた駆逐艦ブヌースウが避雷した。
右舷中央部に突き刺さった魚雷は、爆発エネルギーを艦内で荒れ狂わせ、一瞬のうちに魔動機関室を破壊してそこを水浸しにした。
ブヌースウはこの避雷によって瞬時に停止し、左舷側から急速に沈没しようとしていた。
避雷した艦は、この2隻だけに留まった。

「司令、回避運動によって、隊形が大幅に乱れています。幸いにも味方艦は近くにおりますので、隊形を整えるまで思ったよりは
時艦はかからぬかと思いますが。」
「分っておる。」

ロウゴムクは、主任参謀の言葉を遮るようにして答えた。

「だが、なるべく早めに隊形を整えねば、我々は別の新手によって各個撃破されてしまう。残存艦に急げと伝えろ。」

普段、冷静沈着なロウゴムクにしては珍しく、焦りの混じった声音で主任参謀に命じた。
それから20分後、隊形を整えたロウゴムク隊は、再び進撃を開始した。
この時は、モンメロ沖まで7ゼルドまで迫っていた。
残り6隻となった艦隊は、22ノットの速力で進撃を続けていたが、またしてもアメリカ軍は新手を送り込んできた。

「司令!前方に新たな敵艦隊!艦種は駆逐艦、数は推定にして12隻!」

(12隻・・・・先ほどよりも多いな。)
ロウゴムクは、内心でそう呟いたが、彼は先と変わらず、落ち着き払った声音で命令を発した。

「砲撃を敵駆逐艦群に集中させる。艦隊の砲力を結集して敵を蹴散らせ。」


それから30分後。

「敵駆逐艦群、離脱していきます。」

ロウゴムクは、先ほどよりもより険しい表情を浮かべながら、報告を聞いていた。
マウニソラを始めとする6隻の残存艦は、新手の敵駆逐艦との戦闘を今し方終えた。
襲ってきた駆逐艦は、先の艦隊型駆逐艦と違って、いくらか速力の遅い船団護衛型の駆逐艦であったが、この駆逐艦群はこれまでの
駆逐艦群より闘志に満ち溢れていた。
敵駆逐艦の中には、マウニソラから僅か1500グレルまで接近して砲撃のみならず、機銃掃射を浴びせる物も居た。
このお陰でマウニソラは左右両舷に配置されていた魔導銃の3分の1と、両用砲を1基ずつ破壊された。
また、魚雷攻撃によって新たに駆逐艦1隻が避雷した。

その他にも、巡洋艦ロウルザとレスムグも敵駆逐艦の砲弾により損傷を負い、ここにして、ロウゴムク部隊の所属艦で無傷な艦は
1隻も居なくなった。
これに対して、ロウゴムク部隊は、敵駆逐艦1隻を撃沈し、6隻を撃破するか、損傷させた。
敵駆逐艦は一通り攻撃を終えた後、どこかに消えていった。

「9隻あった艦隊が、もはや5隻に・・・・・やはり、アメリカ軍は強い。」

ロウゴムクは、素直にアメリカ艦隊の実力と闘志に感嘆した気持ちを抱いていた。
こちらは9隻の魚雷も持たぬ小艦隊とはいえ、巡洋艦と戦艦、それに、ある程度の駆逐艦を揃えたバランスの取れた艦隊であり、砲戦力に関しては駆逐艦しか無いアメリカ艦隊が不利となる。
しかし、敵は魚雷という兵器を活用して、ロウゴムク部隊に壊滅に等しい損害を与えた。
3波にも渡る執拗な攻撃は、アメリカ側の勝利に対する執念がいかに強いかを物語っている。

「しかし、ここまで来た以上、我々はただひたすら進むだけだ。あと1、2ゼルド進んだら、敵船団を砲撃しよう。」

ロウゴムクは、幕僚達にそう伝えた。マウニソラの弾薬庫には、まだまだ砲弾が残っている。
敵船団を完全に壊滅させる事は出来ないだろうが、アメリカ軍上陸部隊の進撃を大幅に送らせるぐらいの被害は与えられるはずだ。
ロウゴムク部隊の任務は、この時点でほぼ達成されようとしていた。

それから10分が経った。

「砲撃を開始する。照明弾発射。」

ロウゴムクは命令を発した。前部の主砲から照明弾が発せられる。
やや間を置いて、照明弾が炸裂した。

「ほう・・・・こいつは豪勢だな。」

ロウゴムクは、照明弾の光の下に照らされた無数の輸送船を見て呟く。

「さて、狩りを始めよう。各艦、砲撃を開始せよ!」

彼は、最後の命令を発した。
あと1分ほどで、あの輸送船団はマウニソラを始めとする5隻の戦艦、巡洋艦、駆逐艦の猛砲撃を受けるであろう。
アメリカ軍は、過去に2度、輸送船団を血祭りに上げている。その順番が、アメリカ側に巡ってきたのだ。

「因果は巡る、だな。アメリカ人。」

ロウゴムクは、突き放すような口調で呟いた。

「し、司令!」

魔導参謀が血相を変えながら、彼の側に走り寄ってきたのはその時であった。


船体が一瞬浮き上がったかと思うと、すぐにドスンと落ちて水飛沫を上げる。
夏のぬるい空気は、その高速力によってたちまち冷え、乗員にとっては心地の良い、自然のクーラーとなる。
41ノット(76キロ)の高速で走る魚雷艇は、兎もかくやと思えるほど、動揺を繰り返していた。

「おうおうおう、見えてきたぜ。」

そんな強い揺れを気にする様子もなく、第82任務部隊第3群指揮官であるマウリオ・ペローネ大佐は目の前の
マオンド艦隊を視認していた。

「こちらシーラビット(TG82.3のコードネーム)、敵艦隊を視認した。これより攻撃に移る!」

ペローネ大佐は、隊内無線で各艇に伝えた。
彼が率いるTG82.3は45隻の魚雷艇で編成された部隊で、元々は沿岸警備用を目的として作られた。
TG82.3が使用する魚雷艇はエルコ社製80フィート型と呼ばれる物で、1942年1月から部隊運用が始まった。
全長24.4メートル、全幅6.3メートルという小柄な船体だが、兵装は21インチ魚雷発射管4門、12.7ミリ連装機銃2基、
爆雷投下器8基と、この体型にしてはかなりの重武装ぶりである。
エンジンはパッカード4-2500M3600馬力エンジンを搭載しているため、41から43ノットの高速力で洋上を航行できる。
ペローネ大佐は、部隊を二手に分けていた。
アメリカ軍は、この敵艦隊に対して、即興ではあるが、瞬時に敵主力を壊滅できる作戦を考えた。
まず、残存の駆逐艦と護衛駆逐艦で波状攻撃をかけ、敵の護衛艦を減らす。
敵の護衛艦がある程度減ったところで、PT戦隊が奇襲を掛けて、左右から魚雷攻撃を浴びせて、油断した敵艦隊を壊滅させる、という物である。
敵艦隊に対して最後の槍となったTG82.3は、敵艦隊が船団に近付いた所で、待機していた海域から一斉に発進した。
そして今、敵艦隊は、左右から45隻の魚雷艇に接近されつつあった。

「敵艦隊まで約12000!」

見張りが敵艦隊との距離を刻々と伝えてくる。
40ノット以上の速力で突っ走っているため、距離が縮まるのも早い。
51トンの船体は、波浪を乗り越える度に揺れ、船底が盛んに水飛沫を吹き上げる。

「雷撃距離は1000。まだまだ距離があるな。」

ペローネ大佐は、目の前の敵艦隊を睨み付けながら呟く。
距離が10000を割ったとき、敵艦隊が射撃を開始した。
ペローネの乗るPT137の左舷側に水柱が吹き上がるが、すぐに後方へと流れる。
残存する全ての艦が、撃てるだけの砲を撃ちまくるが、機動性抜群の魚雷艇は、次々と吹き上がる水柱を避ける。
しかし、犠牲を避けることは出来なかった。不運な魚雷艇が、敵駆逐艦から放たれた砲弾をまともに食らった。
ろくな装甲を施されていない魚雷艇は、文字通り木っ端微塵に吹き飛んだ。

別の艇は、敵戦艦から放たれた主砲弾が至近に落下した。その直後、水柱の煽りを食らった船体が横転し、もんどり打って海面に叩き付けられた。
魚雷艇に次々と犠牲が出るが、残りは依然、41から43ノットの猛速で接近する。
敵艦から放たれる砲弾は、小柄で機動性に富んだ魚雷艇に対しては悲しいほど命中率が低かった。
TG83.5は、先頭が距離2000に近付くまで、5隻を失ったのみで済んだ。
ペローネ大佐のPT137は、次々と襲い来る敵弾をひらりひらりとかわしながら、敵巡洋艦と思しき艦に接近しつつある。
1700メートルまで近付くや、敵艦から光弾が放たれてきた。
砲撃のみでは仕留めきれぬと見て、魔道銃も総動員したのであろう。

「その判断、悪くないぜ。だが、それでも俺達は止められんぞ!」

ペローネ大佐は獰猛な笑みを浮かべた。光弾が向かってくるが、PT137の操舵手は巧みに舵を切って、光弾に当たるまいとする。
唐突に、後方で爆発音が轟いた。

「あ、PT151がやられた!」

機銃手が、悔しげな口ぶりで叫んだ。しかし、ペローネはそれに振り向こうとしない。
51トンの船体は、相変わらず動揺を繰り返す。砲弾の弾着によって波が荒れているため、揺れは先よりも大きい。
しかし、3600馬力の高出力エンジンは、PT137を始めとする魚雷艇を40ノット以上の速力でもって洋上を疾駆させる。

「そろそろ雷撃距離だ。しっかり狙え!」

PT137は、敵巡洋艦の舷側に狙いを定めた。敵艦から放たれる砲撃と銃撃は激しい。
敵艦隊の反対側で一際大きな爆発が起きる。反対側から突撃を行っていた僚艇が、光弾か砲弾を魚雷発射管に食らい、爆発したのであろう。
(もう少し、もう少しだ)
ペローネ大佐は、雷撃距離に達するまで待った。そして、ついに待望の時がやってきた。

「1000です!」
「よし、魚雷発射だ!」

ペローネ大佐は大音声で命じた。
PT137の両舷に取り付けられている21インチ魚雷発射管のうち、まず、右舷側の2基が魚雷を発射する。
その後に操舵手がやや右に舵を取って狙いを調整し、残る左舷側の発射管から2本の魚雷を発射した。

「よし、取り舵一杯!あとはトンズラだ!機銃手、あてずっぽうで構わんから敵艦に向けて撃ちまくれ!」

ペローネ大佐の側にいた艇長が、後ろの機銃員に向けて命じた。機銃員立ちは頷くや12.7ミリ機銃を敵巡洋艦に向けて撃った。
ドダダダダダというリズミカルな音を立てて、ブローニング社製の50口径M2重機関銃が唸りを上げる。
曳光弾が敵巡洋艦に向かっていくのが見える。
機銃手は、せめて機銃座の1つや2つでも潰せればと思い、弾数を惜しむことなく撃ちまくる。
やがて、敵巡洋艦から遠ざかり、今度は敵戦艦が見えた。機銃手はその戦艦に目標を変更して、2連装の12.7ミリ機銃を撃ちまくった。
速力が早いため、敵戦艦との戦闘も短時間で終わる。
敵戦艦の艦尾側に抜けたとき、後方で腹に応えるような爆発音が響くのを、ペローネ大佐ははっきりと聞き取っていた。

ロウゴムク少将は、初めて目にする魚雷艇に衝撃を受けていた。
マウニソラ以下の艦艇は、急速に距離を詰めてくる無数の小型艇を砲撃するのだが、敵の小型艇は見た事もない機動性でこちらの砲弾をかわしていた。
魔導士から未確認の生命反応が高速で向かってきている、という報告を受けてから僅かな時間で、未知の高速艇は艦隊から1000グレルという近距離まで近付いていた。

「魔導銃を撃て!」

ロウゴムクはすかさず命じた。
(主砲では、俊敏に動き回る高速艇を捉える事が難しい。しかし、魔導銃ならば、その動きにもある程度対応できるはずだ。)
彼は内心でそう確信した。
それは、確かに間違っては居なかった。しかし、魔導銃が撃ち始めた後、ロウゴムクは深い失望を抱くことになる。
魔導銃が一斉に放たれる。七色の光弾は、洋上を疾駆する高速艇に向けて注がれる。
ロウゴムクは、敵の高速艇が毒々しい色合いをした光弾に絡め取られ、次々と爆発する光景を脳裏に思い描いた。
唐突に、右舷側で爆発が起こった。それから5秒後に左舷側でも爆発が相次ぐ。

「その調子だ。」

ロウゴムクは小声で呟く。しかし、魔導銃による反撃も、この時点では遅すぎた。

「敵高速艇、距離500グレルまで接近、あ、回頭しました!」

唐突に、そんな報告が飛び込んでくる。ロウゴムクは、言葉の最後の部分に反応した。
(回頭した・・・・・まさか、魚雷!?)
ロウゴムクは、内心で自らの失態を悟った。彼は、高速艇群が魚雷を搭載しているとは知らなかった。
彼はただ、抵抗手段が少なくなったアメリカ軍が、時間稼ぎのためにあのような小型艇も投入してきたのだろうとしか思っていなかった。
だが、

「魚雷がロウルザに向かいます!あ、駆逐艦にも魚雷が!」

この小型艇は、とんでもない攻撃力を有した獰猛な敵であった。
彼がもし、魚雷艇の存在を知っていれば、このような失態は起こさなかったであろう。
アメリカ海軍は、魚雷艇をほとんど後方でしか使わなかった。
魚雷艇の存在は、シホールアンルは勿論の事、南大陸の住人ですら殆ど知らず、魚雷艇を見かけた者も、高速の沿岸警備艇で
あろうとしか思っていなかった。
シホールアンル海軍は、PTボートの事を高速警備艇であるとして知っているに過ぎず、スパイも全くと言って良いほど魚雷艇に
興味を示さなかったため、情報はごく限定的、それも間違った物でしか伝えられなかった。
情報不足のツケを、マオンド海軍は自らの艦艇でもって、一気に支払うハメになったのである。
巡洋艦ロウルザの右舷側に水柱が立ち上がった。水柱は1本だけではなく、2本、3本と連続する。
その直後、ロウルザは艦前部から大爆発を起こした。

「ロウルザ大火災!弾火薬庫が誘爆した模様!」

見張りが伝声管越しに、絶叫めいた口調で報告を送ってくる。この見張り員は、明らかに混乱を起こしていた。

「駆逐艦エグヴェス被雷!」
「ウスグンドがやられた!」

高速艇の放った魚雷は、激戦で生き残った僚艦を次々と捉えていく。

「右舷方向から高速艇3接近!」
「左舷側方より高速艇4、急速接近!」

マウニソラにも、敵の高速艇がやって来た。艦長はすかさず反撃を命じる。
だが、その命令は無意味であった。
マウニソラが魔導銃を撃ち始めたとき、敵の高速艇は定められた雷撃距離よりも更に近い、800メートルという近距離に達していた。
魔導銃が射撃を開始した直後、敵の高速艇群は一斉に魚雷を放った。

「右舷より魚雷多数接近!」
「左舷方向より魚雷!接近しまぁす!!!」

見張り員は、更に絶叫した。ロウゴムクは窓に駆け寄り、左舷側の海面を見つめた。
発砲炎で洋上が明るくなる。その明るくなった海面に、するすると白い物が伸びていた。

「・・・・アメリカ人め。」

ロウゴムクが初めて、憎しみの色を顔に表したとき、破局はやって来た。
唐突に、マウニソラの艦体が下から突き上げるような猛烈な振動に揺さぶられた。
振動は強烈であり、乗員全員が床から飛び上がり、壁や床に叩き付けられた。
大地震もかくやという猛烈な衝撃は、マウニソラの頑丈な巨体を容赦なく揺らし続けた。
ロウゴムクは、強烈な爆発音と共に、眼前が炎に包まれるのを目の当たりにした。
(ああ、弾火薬庫が誘爆したか)
彼は人事のような心境でそう思った。それから、彼の意識はぷっつりと途切れた。

輸送船団の近くで待機していた護衛駆逐艦エルドリッジの露天艦橋からは、敵戦艦の吹き上げる火柱がはっきりと見えた。

「・・・・すげえ。」

臨時に艦の指揮を取っていたハワード中尉は、その壮大な光景に見入っていた。

「航海長、シーラビットより入電です。我、肉薄魚雷攻撃により、敵残存艦全てに魚雷を命中させり。戦艦1、巡洋艦1、
駆逐艦2撃沈確実。巡洋艦1を撃破せり。」
「撃破された巡洋艦も、今頃は艦内の大浸水で大わらわだろう。しかも、ここは敵の大群のど真ん中だ。早晩、沈没することは
間違いなしだろう。」

ハワード中尉は、しみじみとした口ぶりで通信員に言った。
輸送船団は、被雷した敵艦が吹き上げる火災にうっすらと照らし出されている。
あと少し対処が遅れていれば、この輸送船団が、敵艦の代わりにモンメロ沖を照らし出していたであろう。

「しかし、今回は魚雷艇隊に助けられましたなぁ。」

通信員は興奮冷め止まぬといった口ぶりで、ハワードに言う。

「奴らは、いつも日陰者とか言われていたからな。だが、今回はその渾名を払拭させる良い機会になっただろう。
全く、魚雷艇隊も上手い事をしてくれるじゃないか。」

PT戦隊は、いつも戦線後方で任務に当たっているせいか、艦隊の将兵からは日陰者と呼ばれており、彼らは見下されていた。
とある時には、挑発してきた戦艦の乗員と、それを咎めた魚雷艇の乗員が喧嘩を起こしたこともある。
だが、今回の戦いで、PT戦隊は普段の鬱憤を晴らすかのように暴れまくった。
その結果、マオンド側の最後の槍は、目標を目の前にして見事に粉砕されたのである。

「今何時だ?」

ふと、ハワード中尉は時間が気になり、腕時計に目をやった。
時刻は、午前0時を過ぎていた。

「1時間か・・・・・これまでの人生で、最も長く、最も短く感じられた1時間だったな。」


6月27日 午前0時20分 第7艦隊旗艦オレゴンシティ

「マオンド側の殴り込みは、なんとか排除できたようだな。」

第7艦隊司令長官であるオーブリー・フィッチ大将は、ホッと胸をなで下ろしていた。

「最後の魚雷艇隊の攻撃で、敵の残存艦はあらかた撃沈できたようです。」

バイター少将は、フィッチよりも明るい声音でそう言った。

「しかし、味方艦隊にも少なくない損害が出てしまいましたな。」
「TG73.5からの報告では、喪失艦は駆逐艦3隻のみで済みましたが、主力戦艦の全ては大中破し、こちらが貸した
5隻の巡洋艦のうち、リトルロックとマンチェスターが大破。ウィチタが中破しています。駆逐艦の損傷も7隻に及ぶようです。」
「TG72.4の損害もなかなかに大きいぞ。」

フィッチは相槌を打った。
敵機動部隊から分派された艦隊を迎え撃ったTG72.4は、巡洋艦カンバーランドが損傷大で放棄、雷撃処分されたほか、
駆逐艦ヴァンパイアとセイバーが撃沈された。
この他にも、巡洋戦艦のレナウンとトライデント、巡洋艦ケニアとドーセットシャーが大破し、旗艦プリンス・オブ・ウェールズも中破した。
戦艦ウィスコンシンとミズーリは健在だが、2隻とも左舷側の対空火器は全滅の状態であり、特にウィスコンシンは被弾によって、レーダー類の
ほとんどを使用不能にされている。

この2隻も、後方に下げなければ、機動部隊の護衛艦として使う事はできない。

「特にショックを感じているは、サマービル司令官だろう。何せ、転移以来、一緒に戦って来た艦艇を初めて失ったのだからな。」
「確かに。しかし、今回の戦闘で、マオンド海軍の主力艦隊はほぼ壊滅できました。」

情報参謀のコナン・ウェリントン中佐が言う。

「マオンド海軍は、保有戦艦の全てと竜母、巡洋艦の大半、駆逐艦の半数以上を撃沈、または撃破されています。この結果、
マオンド海軍は組織的抵抗力を完全に失ったと判断できます。」
「うむ。犠牲は少なくなかったが、得た物は大きい。これで、我々は1つのヤマ場を超えたわけだ。」

フィッチの言葉に、司令部の幕僚達は一様に頷いた。

「だが、まだ仕事は終わった訳ではない。私達には、沈没艦の乗員を救助するという重要な仕事が残っている。
ゆっくり休むのは、これを終わらせてからだ。諸君、疲れているだろうが、あと一踏ん張りしてもらうぞ。」


午前6時 スメルヌ沖西方50マイル地点

駆逐艦ドノンスク艦長であるルロンギ中佐は、集結地点に集まった僚艦の少なさに愕然としていた。

「戻ったのは、たったのこれだけか。」

彼はそう言うなり、深いため息を吐いた。集結地点には、昨夜の激闘を戦い抜いた艦が集まっている。
どの艦も大なり小なり損傷を受けている。ドノンスクも、前部砲塔を失い、中央部には生々しい弾痕と火災の跡が残っている。
この残存艦の中で、戦艦と思しき艦艇は1隻も見あたらない。

また、9隻あった巡洋艦も、今ではボロボロにされた3隻が居るだけだ。
駆逐艦も12隻しかいない。
このくたびれた15隻の艦隊が、戦闘開始前に戦艦3隻、巡洋艦9隻、駆逐艦20隻を有していた第2艦隊の残余であった。

「結局、奇襲部隊は目的を達せられなかったな。」

傍らに立っていたレトンホ大佐が、覇気のない声音で呟いた。

「奇襲部隊は、船団攻撃に成功した場合は魔法通信で状況を知らせると決めてあったのだが、それが無いとなると、船団攻撃の前に
全滅した可能性が高い。結局、我々の努力は無為に帰した事になる。」
「機動部隊から分派された部隊も、散々に打ち負かされたようですな。」
「ああ。」

レトンホ大佐は頷いた。

「この決戦に敗北した以上、ヘルベスタンの友軍はもはや救えないな。50万の有力な軍勢を失うとなると、これから我が祖国は、
厳しい状況で敵と向かい合わねば並んだろうな。」

レトンホ大佐の言葉に、ルロンギ中佐は改めて、自分達は敗北したのだと思った。
夜が明けようとしている。暗かった洋上は徐々に明るみを取り戻し、やがていつもの朝が来る。来る筈であった。
しかし、鮮やかな夕日は、分厚い雨雲に覆われており、いつもよりも少ない光量を、第2艦隊を浴びせただけに留まる。
しばらく経つと、集結した第2艦隊の艦艇群は雨に打たれ始めた。

モンメロ沖海戦 両軍の損害

アメリカ軍

沈没 重巡洋艦カンバーランド 駆逐艦9隻、護衛駆逐艦5隻
大破 正規空母ハンコック 戦艦ミシシッピー テキサス 巡洋戦艦レナウン トライデント 
重巡洋艦ロチェスター ドーセットシャー リトル・ロック 軽巡洋艦ケニア 駆逐艦7隻 護衛駆逐艦5隻

中破 正規空母ボクサー ライト 戦艦ニューメキシコ アイダホ プリンス・オブ・ウェールズ 
重巡洋艦ウィチタ ロサンゼルス 軽巡洋艦ナイジェリア マイアミ 駆逐艦5隻

小破 正規空母エンタープライズ 戦艦ウィスコンシン ミズーリ 軽巡洋艦セント・ルイス フレモント

航空機喪失286機(着艦事故並びに修理不能機含む)

マオンド軍

沈没 正規竜母ヴェルンシア ミリニシア ニグニンシ 小型竜母イルカンル 戦艦リグランバグル ケリムガルダ 
イルマリンラ コルトム グラーズレット ミルラキンズ マウニソラ ライニクラ
巡洋艦10隻 駆逐艦14隻

大破 小型竜母ミカル 巡洋艦3隻 駆逐艦8隻

中破 巡洋艦1隻 駆逐艦3隻

小破 駆逐艦1隻

ワイバーン喪失439騎
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