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203 第157話 シホールアンル首脳の懸念

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第157話 シホールアンル首脳の懸念

1484年(1944年)7月14日 午前9時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

この日、ウェルバンルは久方ぶりの好天に恵まれていた。
7月1日から、ウェルバンルには雨が降り続け、首都全体が雨季の湿気に覆われていた。
しかし、今日の天気はカラッとした晴れであり、夏特有の暑さに人々はしきりに出る汗を拭きつつも、
明るい表情で自らの仕事をこなし続けていた。
夏の活気に覆われる首都であるが、この首都の中でも、1箇所だけ、雰囲気だけを見れば冬と見紛う場所がある。
その場所は、帝国宮殿内にある大会議室であった。
会議室の長テーブルの前に腰を下ろしている、陸軍総司令官のウインリヒ・ギレイル元帥は、海軍総司令官の
レンス元帥と共に、オールフェスと会談を行なっていた。
玉座には、この国の長であるオールフェス・リリスレイが、やや砕けた姿勢で話に聞き入っていた。

「まず、北ウェンステル方面ですが、現在、我が軍が保持している領地は、最大でも南北50ゼルド(150キロ)
程度しかありません。アメリカを始めとする連合軍は以前と変わらぬ調子で、じりじりと支配権を広げつつあります。
先週にお話しした、在ウェンステル駐留軍に対する増援計画の件ですが、現状では増援を送るよりも、
在ウェンステル軍をジャスオ領に後退させるほうが、今後の被害軽減にも繋がるのではないか、という結論が、
総司令部では幾度か出ております。」
「ウェンステルは確保している土地自体が少ないからな、今後のことも考えるなら、もう諦めるしかねえな。」

オールフェスはため息混じりに呟いた。
シホールアンル軍は、現在も北ウェンステル領で連合軍と交戦を続けている。
連合軍が北大陸に上陸を果たしてから、早半年が経った。
北大陸におけるシホールアンルの支配権は、敵の侵攻によって大きく後退している。
北ウェンステル領は、1月時と比べて、シホールアンル側が保持している場所は圧倒的に少なくなっており、
地図上では点と点を確保しているに過ぎず、連合軍の一部は、ウェンステル=ジャスオ領の境にまで到達し掛けている。

隣のレイキ領は、5月に連合軍の大侵攻を受け、6月中旬までには、全てのシホールアンル軍が現地で殲滅されるか、北に叩き出された。
レイキ領での損害は戦死17000、捕虜49000、ワイバーン202騎、飛空挺21機で、今のシホールアンルにとって、
この損失は痛すぎる物だった。
レイキ領を完全に失った事により、同地にあった魔法石工場や関連施設等も徴収が出来なくなり、シホールアンルの経済に
少ないながらも、打撃を与える事になった。
シホールアンル側は、レイキ領のすぐ北にあるジャスオ、デイレア領に駐屯する軍に動員令を発し、領境に多数の軍勢を
配備して、連合軍の北進に備えている。

「北ウェンステル方面は、これまで通り、陸軍の判断に任せる。問題は、ホウロナに群がる敵だな。」

オールフェスは、忌々しげにそう言い放った。

「ホウロナ方面の状況に関しましては、当地の警戒が激しいため、なかなか有力な手がかりを得られません。ここ最近は、
頼みの綱であったレンフェラルによる偵察作戦も、連合軍側の迎撃によって未帰還数が相次いでいます。しかし、敵状が
全く解らぬというわけではありません。」

レンス元帥は、懐から封筒を取り出し、オールフェスの側に立っていた近衛兵を呼び寄せ、封筒をオールフェスに渡した。
オールフェスは封筒を開けて、中から数枚の紙を取りだした。

「こいつは、最近使い始めた写真という奴か。これに映っているのは、アメリカ軍の爆撃機と輸送機か・・・・」

オールフェスは小声で呟きながら、15、6枚ほどの枚の写真を1枚1枚めくっていく。
去る7月10日。シホールアンル海軍は、小型竜母ライル・エグ、ナラチ、巡洋艦3隻、駆逐艦5隻で編成した
強行偵察隊をホウロナ諸島の北西側近海にまで接近させた。
この2隻の小型竜母は、まだ夜も明けきらぬ午前4時に16騎の偵察ワイバーンを発艦させた。
16騎のワイバーンは、途中で2騎ずつに別れて、低空でホウロナ諸島の各島に迫った。
通常、偵察飛行は高度1000グレルから2000グレルを飛びながら行なう。

しかし、シホールアンル軍は、捕虜の証言から“レーダー”と呼ばれる探知魔法の存在を掴んでおり、今年の6月から、
陸海軍の航空部隊はレーダーの存在を意識した訓練や戦法を取り入れている。
低空侵入を図った16騎のワイバーンは、それぞれが定められた島に近付いたが、ファスコド島に接近した2騎は、
空中哨戒に当たっていた第37任務部隊所属のF6F夜戦に掴まり、島を見る前に2騎とも撃墜された。
残る14騎は夜明けと同時に島に到達した。
島に駐留していたアメリカ軍は、夜明けと同時に現れたワイバーンに驚きながらも、すぐさま対空砲火を撃ち放った。
この強行偵察で、タウスラ島とトラド島に向かっていたワイバーンは撃墜された。
しかし、残ったワイバーンはなんとか生き残り、魔法映写によって取られた記録は無事に母艦に持ち帰ることが出来た。
TF37司令官ジョセフ・パウノール中将は、この複数のワイバーン群が北西側からやって来た事から、シホールアンル機動部隊が
近海にまで接近していると確信し、すぐにホウロナ諸島全体の基地に警報を発するように伝えた。
それと同時に、TF37の指揮下にある10隻の空母から迎撃用の戦闘機を準備させ、敵接近の報告を待つ他に、北西海域に
10機のS1Aハイライダーを飛ばして索敵に当たらせた。
ホウロナ諸島の陸軍航空隊も、B-24を18機発進させてこの索敵行に加わったが、敵機動部隊の姿は見つけられなかった。
偵察隊を発艦させた強行偵察隊は、ワイバーンを収容後、全速力で北上したため、アメリカ側の索敵網から逃れられた。
こうして、シホールアンル群は、犠牲を払いながらもその目的を一応果たし、貴重な情報を持ち帰る事が出来たのである。

「こりゃ、結構、色々な船が集まってるなぁ。」

オールフェスは、白黒の写真を見つめながら人事のように呟いた。
その写真はベネング島の港を移した物であるが、港には無数の輸送船で埋め尽くされている。
写真に写っている範囲内では、最低でも100隻は下らぬ数の船が写っている。
種類は、アメリカ製らしき輸送船や南大陸の輸送帆船、それに小舟など、かなり雑多であるが、それでも多数が集まれば
なかなかに壮観である。

「大体、何隻ぐらいの船が集まっている?」
「これまで、レンフェラル隊が集めた情報を照らし合わせながら分析した結果、最低でも800隻以上の船が集まっている
と思われます。撮影が出来なかったファスコド島等の島々に居るであろう、別の船も加えれば、船舶数は最終的に、
1000隻は下らぬかと。」

「1000隻・・・・・はは、すげえな。」

レンス元帥の言葉を聞いたオールフェスは、呆れて笑ってしまった。

「となると、一気に6、7万ほどの大軍が、ジャスオ領の西岸に上陸して来るわけか。」
「ですが、備えは出来ております。敵が南部地区は勿論、中西部地区に準備しても対応できるよう、後方には再編成の成った
第20軍を始めとする予備軍を配置しております。沿岸部の部隊が粘れれば、予備軍から差し向けられた増援部隊を追加して、
敵の進撃を阻めます。」

ギレイル元帥は自信たっぷりに言った。
シホールアンル軍は、北ウェンステル領に3個軍を投入して連合軍と戦火を交えている。
その後方であるジャスオ領には、本国から来た部隊も合わせて、12個軍が展開し、そのうち3個軍が南部地区、
2個軍が中西部地区、もう3個軍が北部地区に配備されている。
残る4個軍は、中西部地区と南部地区の中間付近にあたる90ゼルド(180キロ)ほど離れた内陸部に配置されている。
これらの4個軍は、もし、中西部地区や南部地区に攻撃を受けた場合、すぐに現場へ急行できるように、海岸線からやや遠くに配置されている。
4個軍のほとんどは、昨年から登場した快速砲戦型ゴーレムを主軸とする石甲部隊で編成されており、1個軍あたり4個石甲師団並びに、
2個機動旅団で編成されている。
特に第20軍では、通常の師団に加えて、初めて石甲部隊に編成替えが行なわれた第72魔法石甲騎士師団がいる。
この魔法石甲騎士師団は、84年5月から前線に現れ始めた、長砲身砲搭載のキリラルブス改が初めて本格的に配備されており
(とはいっても、各部隊の定数には達していない)、快速部隊の中では最も攻撃力が強い。
しかし、第72師団がキリラルブス改を集中的に配備したために、他の部隊におけるキリラルブス改の配備が遅れ、
配備されたとしてもごく少数しかなかった。
だが、キリラルブス改の性能は折り紙付きであり、過去にアメリカ軍の一個戦車大隊をこの改良式一台で相手取ったり、
前進中のアメリカ軍部隊の背後や側面を突いて、少なからぬ損害を与えるなど、獅子奮迅の活躍ぶりを見せている。
もし、アメリカ軍を始めとする上陸部隊が侵攻してきたら、第72師団も含む後方予備軍もまた、アメリカ側と激しい戦闘を繰り広げるであろう。
新兵器を投入できたシホールアンル陸軍ではあるが、全体的には依然として、アメリカ側に比べて武器装備が劣っている。
シホールアンル側は、対空魔導銃を過剰生産して、陸軍部隊に臨時の制圧火器として配備させてはいるが、個人の携帯武器に、
アメリカ側のような小銃の類は無い。

一部の部隊は、戦闘後にアメリカ軍の小銃等の火器を回収して、そのまま使用する場合もあるが、弾薬の補給が全く見込めないため、
すぐに使い捨てとなる。
それ以外の部隊は、依然として剣術を中心とした白兵戦術に頼るしかないため、戦闘が始まれば、歩兵の出番は石甲部隊の後に
付いていくだけしかなくなる。
現在、シホールアンル側もようやく、個人携帯用の魔導銃の開発に成功し、量産へ向けてのテストが重ねられているが、
早くも作業が難航しており、量産に入れるのは早くても10月末という厳しい結果が出ている。
(実際は、来年初春に量産が開始される予定であったが、アメリカ側の圧倒的な火力の前に甚大な損害を出していた陸軍の
前線部隊が、主な携帯武器が剣と弓、槍だけでは今年中にシホールアンルから歩兵が居なくなる、という厳しい口調で上層部に
意見具申したため、陸軍上層部は帝国首脳と掛け合い、あちこちから公式、非公式を問わず技術者を掻き集めた。そのため、
急遽開発スピードが速まり、10月末までには何とか量産開始の目処が立った。)
とはいえ、キリラルブス改などの新兵器を戦列に加える事が出来た陸軍は、今度の戦いは南大陸戦以上に互角の戦いを
繰り広げられるだろうと、内心でそう確信していた。
それに、レンス元帥が水を差すような事を言う。

「しかし、陸軍航空隊は、一連の戦闘でワイバーン隊に少なからぬ損害が出て居るではありませんか。今年一月から先月に掛けて、
陸軍は計590騎のワイバーンを失っています。それでも、ジャスオ方面の航空隊は十分な数のワイバーンを有していますが、
相手も実戦経験豊富なアメリカ軍や南大陸軍です。敵の航空部隊が進軍中に大挙飛来してきたら、いかな精鋭部隊とはいえ、
損害は免れぬはずです。」
「そこは重々承知している。だが、損害が出ることは織り込み済みだ。それに、ワイバーンの数も、現時点では満足・・・・
とまではいかんが、不足ではない。今の状況でも、地上軍の護衛はなんとか果たせるはずだ。」

陸軍は、ジャスオ方面には地上軍のみならず、大規模なワイバーン隊も展開させている。
ワイバーン隊の全数は計3600騎以上であり、これに飛空挺であるケルフェラク隊180機が加わる。
シホールアンル南部方面で休養を取っている部隊も含めれば、250機ほどに増える。
計3800以上の航空機で、シホールアンル側は連合軍と戦う事になるのだ。

「とはいえ・・・・陛下。」

ギレイル元帥が真剣な表情で、オールフェスの顔を見つめた。

「私個人としては、神業的な物量を誇る連合軍・・・・特に、アメリカ軍と戦うには、これでも少々、心細いと思うのです。」
「可動ワイバーンの4割以上を投入してもかい?」
「はい。」

ギレイルは即答した。

「陛下。ここは・・・・“亡霊”を生き返らせて、ジャスオ領に投入したいのでありますが。」
「消えたあいつらをかい?」

オールフェスは眉をひそめながら聞き返す。

「はい。せめて、500・・・・いや、300ほどでも構いません。」
「ギレイル。お前の思っている事は、俺にも解るぜ。」

オールフェスはため息を吐き、腰まで伸びた長い髪を弄びながら言う。

「ケルフェラクでしか戦えないほどの化け物機を、百機単位で投入するアメリカ軍だ。確かに、ぞれだけじゃあ心細いだろうな。」

オールフェスの言葉に、ギレイルはやや期待した。

「では・・・・・」
「でもな、消えちまった物をポンッと出すのは、ちと無理だな。」
「・・・・・しかし、事は重大です!ここは何とぞ、兵力転用の許可をお願いします!」

ギレイルは、顔を赤くしながら言うが、オールフェスは首を縦に振らなかった。

「だから、無理だと言ってるだろう?あいつらは、“消えちまった”んだよ。アメリカ人共がえさに食い付く、その日まで、奴らは
姿形のない亡霊にならないといけない。」

ギレイルは、尚も言い返そうとオールフェスを見つめる。
だが、彼はそこで言葉を発せ無かった。
オールフェスは、顔はどこかだらけたような面構えだが、目付きだけは別物だった。
(聞き分けがねえのか?てめえは。それ以上抜かしやがると・・・・・)
一瞬、心の中でオールフェスの声が聞こえたような気がした。

「わ、わかりました。小官の無礼をお許し下さい。」

いつの間にか、冷や汗で背中をぬらしていたギレイルは、震えた口調で謝り、席に座った。

「海軍としては、先日の会議で決めたとおりに動いてくれ。今は、派手にやらなくていい。マオンドの例もあるしな。」

オールフェスは視線をレンス元帥に変えて、穏やかな口ぶりで言う。

「全く、共和国様の惨敗ぶりには、涙すら出ないほどだったよ。気持ちは解らないでもないけど、
俺としてはもっと上手い方法が無かったのかと思うな。」
「しかし、相手はアメリカ軍です。我々より劣った装備しか持たぬマオンドにとっては、あの行動は致し方無いかと思われますが。」

レンス元帥は、オールフェスの物言いに内心でムッとしながらも、冷静な口ぶりで言う。

「やり方としては、まぁ間違っては居ないと思うんだよ。でも、やはり戦力が少なすぎた。前は増援なんか送らんでも
良いだろうと思っていたが、今はリリスティ姉の部隊を一部だけでも良いから送ってやれば良かったと反省しているよ。」

(ていうか、俺がリリスティ姉の意見を握り潰したんだけどな)
オールフェスは内心でそう呟きながら、いまから一ヶ月以上前の6月4日の事を思い出した。
その日、オールフェスは久しぶりに町を出歩いていると、偶然普段着・・・・というか、やや露出度が高い運動着で歩き回って
いたリリスティに出会った。
リリスティによると、妹たちに付き合わされていたいつも通りの運動から、辛うじて逃げ出したという。
オールフェスはしばらく、リリスティと共に首都を歩き回ったが、彼女はそこで、マオンドに機動部隊を送ってはどうかと提案したのである。

「あたし達の艦隊のうち、1個竜母群(正規竜母2隻、小型竜母2隻主体)だけでも、マオンドに送りたいと思うんだけど。
そうすれば、質、量ともにアメリカの大西洋艦隊を上回るし、何よりもマオンドに対するアメリカ側の負担を重く出来ると思うの。
どうかな?」
「どうかなって言われてもなぁ・・・・」

オールフェスはしばし、答えに窮した。
それを好機とみたリリスティは、盛んに機動部隊の派遣を提案してきた。
が、オールフェスは頑として断り、リリスティの提案を退けた。
それから、2人は珍しく大喧嘩をしてしまったが、最後には何とか中を取り戻して、互いに別れた。
その後、宮殿に戻ったオールフェスは、リリスティに殴られた後を侍従長のマルバに見つかって説教された。
それからしばらく経ったある日、今度は海軍上層部の提案としてリリスティの案が持ち込まれたが、オールフェスはそれを退けた。
その会議から3日後に起きたモンメロ沖海戦で、マオンド海軍は果敢に戦った物の、アメリカ大西洋艦隊に惨敗し、主戦力の大半を
喪失して、事実上壊滅した。
ここでもし、リリスティの提案を受け入れていたら、モンメロ沖海戦の様相はがらりと変わったであろう。

「とはいえ、済んだ事を気にしても仕方がないか。」
「ええ、その通りかと思われます。」

レンス元帥が相槌を打った。

「アメリカ太平洋艦隊は、最低でも18隻の高速空母を有しています。それに、敵第3艦隊の司令長官は、
レアルタ島沖海戦やバゼット半島海戦で名を馳せた、あのウィリアム・ハルゼーです。彼がもし、我々の
竜母戦力が欠けているのに気が付けば、ここぞとばかりに、全艦隊を挙げて決戦を挑んできた事でしょう。
あのハルゼーは、そういった事を好むようですからな。」

「そりゃあり得るな。まっ、結果としてはほぼ無傷のまま竜母部隊を温存し、果ては戦力を増やす事が出来た。
俺が考えている計画は、もうしばらくで実行に移せそうだ。」

オールフェスが陰りのある笑みを浮かべる。
それを見たレンス元帥は、ぞっとするような感覚に囚われた。

「しかし、相手の出方を待つというのは、やっぱり慣れねえ物だな。好き放題に暴れ回っていた昔が懐かしいぜ。」

オールフェスはそう言うと、深々とため息を吐いた。

3人はその後も会談を続けたが、頭の中は、敵の上陸作戦がいつ始まるかで一杯であった。
彼らの懸念は、完全装備のアメリカ上陸軍相手にどこまで戦えるかであり、それ以外の事は完全に思考の外であった。


1484年(1944年)7月15日 北ウェンステル領ラグレガミア

ラグレガミアの町は、解放前と比べてすっかり様変わりしていた。
ここラグレガミアは、2月30日にカレアント軍によって解放された後、町の近郊にある平原部にアメリカ軍が飛行場を
作ったため、陸軍航空隊やカレアント軍飛竜騎士団の将兵がこの町をよく利用した。
今では前線から休養にやってきた連合軍の将兵もやって来るようになり、あまり大きいとは言えなかった町は、
久方ぶりに活気を取り戻していた。
その日、第5航空軍第156爆撃航空師団に所属しているラシャルド・ベリヤ大尉は、友人であるカレアント人の
飛竜騎士4名を連れてラグレガミアの町を歩いていた。

「ここは夏場でも涼しいと聞いていたが、本当に涼しいんだな。まるで、春か秋のようだぜ。」

ベリヤ大尉は丸まった頬を緩ませながら、友人の1人であるウイスド・ルインステン大尉に話した。

「ラシャルドはここに来るのは初めてか?」

犬耳の浅黒い肌をしたルインステン大尉は、きょとんとした表情でベリヤに聞いた。

「実は、今日が初めてなんだよ。こっちに来て2ヶ月が経つが、俺はそれまで基地内のPXで我慢していたんだ。」
「あらあら、運動不足ねえ。基地内に籠もってるから、きっちりと痩せれないのよ。」

別の友人であるウィーリ・ヘイルト中尉がベリヤの腹を指さしながらいった。

「うるせえぞ虎耳!これは俺のチャーミングポイントなんだよ。」
「なんじゃそら。」

ルインステンが突っ込むと、皆が爆笑した。

「まぁそれはともかく、こうして夏場でも涼しい場所があると、自分達としても助かりますよ。」

ベリヤの隣にいた狐耳の青年、ルハンド・タウスッド少尉が言うと、皆が一様に頷いた。

「獣人の俺達は、何かと毛深いですし。」
「え~?むさいあんたらと一緒にしないでよ!」

最後の1人である狐耳のエミィル・フェインヴ中尉が、何故かタウスッド少尉の頬をつねりながら言う。

「いてててて!何すんだよ!」

タウスッドはため口でフェインヴ中尉に言う。

「何よその口は。あたしは上官よ?」

「うるせえな。その前に俺とお前は同い年で、しかも幼なじみだぜ。任務外では普通で良いだろ。」
「だめ!」

フェインヴはぴしゃりと言う。

「それ以前に、毛深いとこのどこが悪いのよ?見て、この気高い尻尾!」

彼女は、ズボンの切れ目から伸びる尻尾をタウスッドに見せびらかせた。

「あんたのへたれた尻尾とはわけが違うのよ!」
「なんだと、この体自慢の脳筋女が!」
「うっせえわね!この早r」
「はいはいはい、てめえらそこまでにしな~」

ベリヤ中尉が、二人の尻尾を鷲掴みにして上方向に引っ張った。

「わ、わっ!?何するんすか!?」
「ああん、あたしの自慢の尻尾がぁ~。」

二人は抗議の視線をベリヤに向けるが、ベリヤはそれを気にすることなく続ける。

「お熱いのは戦闘中と夜のベッド上だけにしろい。さもなきゃ、貴様らを俺の愛機の翼に
へばり付けて、ルベンゲーブにある度胸試しの峡谷を延々と飛んでやるぞ、コラ。」

ベリヤのきつい渇に、二人は悄然として首をうなだれ、最後にすみませんと、口を揃えて謝った。

「全く、とんでもねえカップルだ。」
「まあまあ、喧嘩するほど中が良いって言うじゃないですか。いっそ好きにやらしたら良かったのに。」

ヘイルトがベリヤに言うが、彼は首を横に振った。

「続けさせていたら、色々とやばい言葉が出ていたぞ。周囲にいるお子さん達に聞かれちゃまずかろう。」

ベリヤの言葉を聞いたヘイルトは、しばしの間、周りを見渡した。
周囲には、町の住民が多くおり、その分家族連れも目立ち、子供の姿もかなり目に付く。

「なるほど、迂闊でしたね。」

ヘイルトはレイバンのサングラス越しにやや上目遣いになりながら、ベリヤに謝った。
ベリヤの友人である3人のカレアント人将校は、カレアント公国第1親衛飛行騎士団に所属している飛竜騎士である。
カレアント公国は、当初はこの第1親衛飛行騎士団のみを戦闘に参加させていたが、今では他に4個飛行騎士団を前線に
投入している。
追加された飛行騎士団のうち、一部はつい最近採用されたばかりの米国製戦闘機、P-39エアコブラを装備しており、
レイキ領攻略戦では予想以上の活躍をぶりを見せ、アメリカ側から勲章を繰られたパイロットも居るほどだ。
第1親衛飛行騎士団は、84年1月からは再編成のために一旦前線を離れ、新鋭の改良型ワイバーンと後退した後、
同年5月に北ウェンステル領のラグレガミアに配備された。
このラグレガミアには、ベリヤ大尉の属する航空師団指揮下の第178航空団が駐屯しており、連日、3、40機の
B-24が護衛を引き連れて、北ウェンステル領に陣取るシホールアンル軍を目標に爆撃に向かっていた。
5月中旬頃には第1新鋭飛行騎士団もB-24の護衛に加わり始め、P-38やP-47と共に、B-24目掛けて
襲い掛ってくる敵ワイバーンに対して、果敢に立ち向かっていった。
5月中旬になると、この基地のすぐ側に出来たもう1つの航空基地にB-29が駐屯し始めた。
その頃から、B-29の群れはここから遙か北のジャスオ領やエンテック領へ向けて、2日か3日置きに戦略爆撃を行なうために、
未明頃から夜明けに掛けて一度に5、60機ほどが出撃していった。
刻々と、後方の航空基地へと変貌しつつあるラグレガミアだが、そんな中、アメリカ軍とカレアント軍のパイロット達は、
任務を重ねるごとに互いの信頼を深め合っていった。
今では、ベリヤ中尉のように、アメリカ人とカレアント人が一緒になって外を歩き回るのは少なくなく、逆にカレアント人か、
アメリカ人が単独で歩くのを見つける方が珍しくなってきている。

しばしの間、ラグレガミアの町を練り歩いていた4人は、休憩のために、やや古びた喫茶店に入ることにした。

「ほう、なかなか洒落た物を付けているじゃないか。」

先頭に立ってドアを明けようとしたベリヤは、窓に英語でウェルカムと書かれているのを見て思わず微笑んだ。
ドアを開けると、既に店の半分ぐらいの席が客で埋まっていた。
客の大半は、アメリカかカレアントの軍人である。

「へい、らっしゃい!」

カウンターに立っていた気の良さそうな初老のマスターが、ベリヤ達に向けて挨拶を送った。

「4名様でよろしいでしょうか?」
「ええ、4名で。」
「毎度あり!そえでは、こちらにどうぞ。」

マスターはにこやかな笑みを浮かべながら、カウンター前の席に座るように勧めた。
カウンター前には席が5つ空いている。ベリヤは入り口から2番目の席に座った。
それから、残る3人もベリヤの右側の席に座っていく。

「ご注文のほうは?」
「親父さん、いつものやつで頼む。俺達がよく飲む奴さ。」
「おお、これはこれは、ルインステンさん。お久しぶりですね。」
「こちらこそ、お久しぶり。店の調子はどうだい?」
「最近は上々ですよ。アメリカ軍の将軍さんもたまに来るぐらいですからね。」

マスターはそう言いながら、飾ってあった写真に指を向ける。

その写真には、見覚えのある将軍と店主、それに店主の息子が写っていた。

「おいおい、ありゃパットン将軍じゃねえか!」

唐突に、ベリヤが頓狂な声を上げた。

「そうです。パットン将軍です。何でも、パットンさんは南大陸で、あのシホールアンル軍を蹴散らした事で有名ですよね。」
「ああ、そうともさ。今は別方面に転属になっているが・・・しかし、とんでもない大物がこの店の常連客とは・・・・・」

店主は誇らしげに微笑んだ後、ベリヤに聞いた。

「お客さんは何になさいます?」
「う~ん・・・・じゃあ、こいつらと同じ物で頼む。それが何であるかは、見てからのお楽しみだな。」
「ははは、なかなか良い言葉ですね。わかりました。」

マスターはそう言うと、奥の厨房に顔を向けた。

「おーい、ヴァント!カベリンナ茶を4つだ!」
「あいよー!」

奥から威勢の良い声が聞こえた。どうやら、奥に料理人がいるようだ。

「お客さん、この店は初めてですか?」
「ええ、そうですよ。」
「最初でこの店一番の人気香茶を選ぶとは、お目が高いですね。」
「いや、別に選んだわけじゃないぜ。こいつらと違う物を頼んだら、どこぞの馬鹿たれが
空気読めとかぬかしやがるもんでな。」

ベリヤは横目で誰かを見つめた。その誰かとはフェインヴの事である。

「でも、あなたは良い香茶を選びましたよ。何せ、パットン将軍が絶賛するほどですからね。」
「ほほう、あのガソリン好きの親父が好きな香茶を俺も飲めるのならば、光栄に思うね。」

ベリヤそう言うと、ニヤリと笑った。
その時、ドアがカランカランと、音立てて開かれた。

「うわぁ~、結構居るなぁ。」

ベリヤは、入ってきた人物がどこかで聞いたような声をしている事に気が付き、おもむろに顔を向けた。

「・・・・・こいつぁ驚いた。」

ベリヤの言葉を聞いた大尉の階級章を付けている男は、ベリヤに顔を向けるなり、満面の笑みを見せた。

「久しぶりだな!マルセイユ!」
「そっちこそ。元気そうじゃないか、ベリヤ!」

2人は互いに笑いながら、握手をしあった。
残る3人のみならず、店内に居た軍人の殆どが、今しがた入店した大尉。
ハンス・マルセイユ大尉に驚きの視線を向けた。

「も、もしかして、あなたがあの有名なマルセイユ大尉ですか!?」

タウスッドが、驚きの余り耳をぴんと張り詰めながら聞いた。

「ああ、そうだ。俺がハンス・マルセイユさ。」

「会えて光栄です!自分はカレアント軍第1新鋭飛行騎士団の飛竜騎士を務めます、ルハンド・タウスッド少尉であります!」
「ほほう、ワイバーン乗りだな。君達の活躍は聞いてるよ。本国で訓練中にも、南大陸のドラゴン・フレンズは頼りになると、
幾度となく聞かされたからね。ベリヤ、そちらも同じ部隊に所属しているワイバーン乗りさんか?」
「ああ、そうだ。おい、この機会だから自己紹介してやれ。」

ベリヤは、ルインステンらに自己紹介するように促した。
一通り自己哨戒が終わると、マルセイユはベリヤの左隣の席に座った。

「しかし、ここでアメリカ軍のトップエースに巡り会えるとは思っても見ませんでした。」
「すごいなぁ、写真で見るよりもハンサムだわ。」
「何か、いい人っぽそう、あたし、マルセイユさんの彼女になろうかな。」
「おい!薄情な奴だな、お前!」

ベリヤは、友人達の反応を見ながらマルセイユに語りかけた。

「見ろよ、大人気だぜ。68機撃墜のエースは伊達じゃねえな。」
「そう買い被るなよ。こんな俺でも、この間はしくじってしまったんだからな。」
「まっ、過去の事は気にするな。どうだ、お前も香茶を頼まないか?」
「ああ、一杯もらうとするよ。」

マルセイユはベリヤの勧めに快く応じ、マスターに注文を頼んだ。
しばらくすると、奥の厨房から5つのカップが運ばれてきた。
カップからは、コーヒーや紅茶とは一味も二味も違う、独特な甘い香りが漂っていた。

「これはうまそうだな。」

ベリヤは、薄い赤色をした香茶を見て、ふと呟いた。
彼はまず、一口啜ってみた。

「お、甘いね。ちょうど良い甘さに、独特の花の香りが伝わる・・・・うん。こいつは旨いぞ。」

ベリヤは満足行った表情で言うと、更にカベリンナ茶を飲んだ。

「良い素材を使ってるね。これなら腹一杯飲んでも飽きないよ。」

マルセイユも、ベリヤと同じように初めて飲む上質な香茶に舌鼓を打っていた。

「ところで、いつ戻ったんだ?」

ベリヤは、香茶を半分ほど飲んでから、マルセイユに聞いた。

「7月の始め頃かな。サンディエゴを出てエスピリットゥ・サントに降りてからは、P-51に乗ってここまで来た。
ここに寄ったのは休憩のためさ。」
「休憩?」

ベリヤは怪訝な表情を浮かべる。

「ラグレガミアに配属になったんじゃないのか?」
「違うよ。俺は確かに5航軍勤務だが、所属はここからもっと北東の所にあるリスド・ヴァルク基地になってる。」
「リスド・ヴァルク・・・・そういや、最近出来たこの基地に、B-29の部隊が配備されたばかりだな。」
「そこに、俺は行くのさ。」
「何でまた、そんな北の僻地に?」
「俺にもわからん。司令は何も言わんし、知ってそうな奴も、私は知りませんよの一点張りだ。まっ、場所からして
大体予想は付くがね。」

マルセイユは、脳裏に、北ウェンステル領の北東部・・・・・国境地帯から200マイル(320キロ)という
僻地といっても良い場所にある、リスド・ヴァルクの位置を思い浮かべた。
そこから北に1200マイル進んだ先には、“かの国”がある。

「今度の作戦で、上の連中はいよいよ、敵の本土に手を出すつもりらしい。」
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