第166話 幽霊艦隊
1484年(1944年)7月28日 午前1時 エルネイル沖北西280マイル地点
その日、エルネイル地方は薄い雲に覆われていた。
夜の海上は、雲によって月の光が遮られているため、ほぼ真っ暗の状態となっている。
波の音しか聞こえぬ静かな夜の海。
その夜海を、一群の艦艇が航行していた。
シホールアンル海軍第2艦隊に所属する5隻の巡洋艦と、7隻の駆逐艦は、時速12リンル(24ノット)の高速で南西方面に向かっていた。
巡洋艦レルバンスクの艦長であるエウゴ・ドウルス大佐は、艦橋上で副長のカグム・イムカ中佐と雑談を交わし合っていた。
「艦長。本当に、我々は敵の輸送船団を叩けるのですかね?」
イムカ中佐は、懐疑的な口調でドウルス艦長に言った。
「敵さんは、レーダーという探知魔法を持っているのでしょう?」
「副長、レーダーは魔法ではないようだぞ。何でも、電波という不思議な物を発してこっちの姿を捉えようとしているらしい。」
ドウルス艦長は、イムカ中佐の間違いを指摘する。
「まぁ、君の言いたい事は分かる。つまり、君はレーダーという探知兵器を持った相手に、夜間の奇襲攻撃なぞは
無意味ではないか?そう言いたいのだな?」
「ええ。その通りです。」
イムカ中佐は臆すことなく言い放った。
イムカ副長は実直な性格であり、相手が上官であろうと自分の思った事はすぐに口に出す。
彼は、その実直な性格が災いして、士官学校の同期生が軍艦の艦長職に就いたりしているのに対して、彼は今も、
巡洋艦の副長職に留まっている。
最も、本人は海上勤務が好きであり、今の職に満足しているため、階級が他の者と低い事に関してはあまり気にしていない。
「我々は、これまでの海戦でアメリカ海軍相手に苦杯を舐めさせられています。特に、夜間の水上戦闘では、まともに
勝ったためしがありません。」
「まぁ、確かにそうだな。」
ドウルス艦長は頷く。
「この間の海戦では、一応敵艦隊を追い払ったが、損害はこっちの方が上だったからな。」
「アメリカ海軍は、レーダーを使用しながら砲撃を行えるという利点があるのに対して、こっちは相手を確認しながら
砲撃を続けなければなりません。そうなると、ほぼ人力で通している我々は、砲員や照準手等、その他諸々が、長時間の
戦闘で疲れ、次第に砲撃の精度は悪くなります。それに対して、敵はレーダーを使っていますから、疲れるのは砲員だけです。」
「機械はやられない限り、疲れ知らずだからなぁ。本当に、レーダーは始末に悪い。」
ドウルス艦長は苦笑しながら副長に言う。
シホールアンル軍が、レーダーの存在を突き止めたのは今年の1月からであり、以来、シホールアンル側は捕虜に
対する取り調べを強化し、レーダーという物の正体をずっと追い求めてきた。
その結果、シホールアンル側は、レーダーという兵器をある程度まで知る事が出来た。
シホールアンル軍は、レーダーには幾つもの種類がある事を突き止めている。
レーダーは大きく2つに分けられ、うち1つは対空レーダー。もう1つは水上レーダーである。
この2つに大別されたレーダーの中からも、更に細かい数のレーダーがあり、シホールアンル側はアメリカ側の
電測兵装の充実ぶりに恐怖すら覚えた。
これは捕虜からの証言をもとに知る事が出来た情報だが、これだけではまだ完全に信用する訳には行かない。
しかし、シホールアンル軍は、捕虜から得た情報によって、今までの戦闘で納得行かなかった部分が説明出来る事に気付いた。
海軍は、夜間の水上砲戦において、アメリカ側が常に良好な射撃精度を維持できる事に関して、最初は腕の良い魔法使いが
乗っているのだろうと考えていた。
だが、水上レーダーの存在を知った時、その考えは否定された。
通常、夜間の水上砲戦では、艦の性能は勿論であるが、魔導士の腕が良いか悪いかでも大分変わってくる。
魔導士の腕が良ければ、敵艦隊を遠く離れた所から探知出来る。
逆に悪ければ、敵に知らぬ間に気付かれて、いつの間にか砲撃を受けた、という事になる。
そして、魔導士が常に敵艦との位置を正確に知らせ続けられるのなら、砲術科はその報告を基に射撃を行える。
勿論、砲術科のみで射撃を行う事も可能だが、視界の悪い夜間砲戦では魔導士の協力も不可欠である。
いわば、シホールアンル海軍は腕に磨きを掛けた職人達によって支えられているのである。
だが、レーダーは違う。
捕虜からの話によれば、アメリカ側のレーダーは、スコープと呼ばれる電気式の丸い円に目標が浮かび、それは光点となって現れるという。
強制的に絵を描かせたところ、その構造は驚くほど単純であった。
更に話を聞いたところ、レーダー係は、ある程度の訓練を受けた水兵でも務まるという。
つまり、アメリカ海軍は、レーダーという機械によって、未熟者を訓練の積んだ魔導士並みに変える事が出来るのである。
(これには幾らか語弊があるのだが)
「アメリカ海軍は、更に進化したレーダーを開発中と聞いている。私はこの間、捕虜が描いたというレーダー表示器の
絵を、説明を受けながら見たんだがね。正直言って、こりゃ戦争にならんわと思ったよ。」
「全く、アメリカ人が羨ましいですな。」
イムカ副長の言葉に、ドウルス艦長は苦笑した。
「まぁ、この情報は、取調官が敵と“熱心に接してくれた”お陰で得られた物だが、こうしてみると、アメリカの技術力は
恐ろしい物がある。兵の効率化という点に置いて、我々は、アメリカに大きく後れを取っているな。」
ドウルス艦長はため息混じりにそう言ってから、側に置いてあった水の入ったカップを手に取り、残りの水を一気に飲み干した。
「しかし、今回の作戦では、我々はレーダーの事をあまり気にしなくて良いようだ。」
「え?それはどういう事ですか?」
ドウルス艦長の意外な言葉に、イムカ副長は怪訝な表情を浮かべる。
「何でも、今回の輸送船団襲撃作戦は、敵を脅して帰ってくる事が目的のようだ。無論、船団には接近して攻撃するだろうが、
司令官が言うには、適当に護衛艦等を撃沈して戻るだけの簡単な任務のようだ。言うなれば、早撃ち早逃げって奴さ。」
「はぁ?それじゃ敵の補給路を寸断できませんぞ!艦長、何故、艦隊司令部は、このような作戦を計画したのでありますか?」
「計画したのは艦隊司令部ではない。」
ドウルス艦長は首を横に振った。
「もっと上の奴らだ。」
「本国からですか・・・・また、あの掲示板荒らしが、我々の意見を聞かずに計画を了承したのですな?」
「おいおい、上層部の批判はよせ。」
いきり立つ副長を、ドウルス艦長は宥めた。
「まぁ、君の気持ちは解らんでも無いがね。私だって反対したさ。貴重な軍艦を失いかねないと。だが、
司令官閣下はどうしてもやると言われた。」
彼は呆れた表情を浮かべながら、前方を見据える。
現在、敵地に向かっている第2艦隊は、最新鋭のマルバンラミル級巡洋艦の6番艦であるリブリクルを旗艦に据え、
ウラムグレイ、バムルライコ、レルバンスク、レリブレグ、駆逐艦8隻で編成されている。
元々は巡洋艦7隻、駆逐艦18隻で編成されているが、今回は任務の特性上、身軽な編成の方が良いとされ、
やや中途半端な戦力で出撃する事になった。
最新鋭巡洋艦のリブリクルに座乗している司令官は、これまでレルバンスクに乗っていた,マレングス・ニヒトー少将ではない。
ニヒトー少将は、今年の3月に第4機動艦隊所属の巡洋艦部隊の指揮官に命ぜられ、旗艦であるレルバンスクを去っていった。
ニヒトーの代わりとして、本国からオプルァ・ユシオント少将が第2艦隊司令官に着任した。
オプルァ・ユシオント少将はニヒトーより2歳年下の将官であり、年齢は42歳である。
ユシオントは、中流貴族出の海軍士官である。
痩せ型で、外見上は温厚に見えるのだが、ユシオント少将に対する海軍内での評判は良くなかった。
温厚そうな感のあるユシオントだが、性格のほうは相当に悪く、上官には媚びへつらう物の、下級の物に対しては不必要なまでに厳しい。
元々、ユシオントは事務畑の人間であるのだが、適度に水上勤務もこなしており、腕は悪くない。
しかし、彼はその性格が災いして敵が多い。
ユシオントは、部隊内の掲示板に告知用の紙を頻繁に張り付けていた。
内容は普通の物が多い物の、中には降格人事であったり、仕事には関係のない集会の参加要望等、明らかに必要ではない物も混じっていた。
シホールアンル軍内での降格人事はまず、降格される人物を呼び出してから、降格される内容を記した紙を本人に渡し、
それから部隊内の掲示板に張り付けるのが通例である。
だが、ユシオントは、その人物に何の指示も無いまま、掲示板に紙を貼り付けて当人を仰天させていた。
しかも、降格される相手は、殆どがユシオントのやり方に対して指摘した物ばかりであり、彼は嫌がらせの面も含めて、わざと
知らせぬまま、掲示板に降格人事表を貼り付けたのである。
この事からして、ユシオントは掲示板荒らしという渾名を頂戴する羽目となり、彼は多数の人物に嫌われていた。
通常なら、ユシオントは罷免されてもおかしくないのだが、彼は商工大臣であるルギレスト・ユシオントの息子でもあり、
他の貴族達との繋がりも深いため、罷免しようにも出来ぬ状態にある。
そんな彼は、第2艦隊司令官に任ぜられてから早速、数々の問題を引き起こした。
彼の就任から早4ヶ月が経ったが、艦隊の士気はある程度保たれている。
むしろ、悪い事ばかりではない。
どちらかというと、旧式艦ばかりしか無かった第2艦隊は、最新鋭の巡洋艦であるリブリクルが配備され、駆逐艦も比較的
新しい艦が揃うようになった。
これも全て、ユシオントの力のお陰であるが、それでも、彼を嫌っている者は少なくない。
「まっ、上層部の考えている事は分からんでもない。」
ドウルスは頬を掻きながらイムカ副長に言う。
「敵の侵攻部隊は、ホウロナとエルネイルを往復する輸送船団によって支えられている。それに加え、沿岸地方には少なからぬ数の
戦闘艦艇が上陸部隊の支援に当たっている。それに反比例して、輸送船団の護衛は小型の駆逐艦や小型空母が主力となる。
つまり、巡洋艦以上の艦艇は、大半が敵機動部隊の護衛に回るか、エルネイルに居る事になる。となると、敵船団の守りは薄くなる。
そこに、巡洋艦数隻を主力とする快速部隊が突っ込んだらどうなる?」
「輸送船団側は不利になりますな。小型空母の艦載機も、夜間攻撃が出来る機体は余りありませんから、輸送船団を捕捉したら、
戦闘は我々に有利になります。」
「その通りだ。で、ここで幾らか敵艦を沈めた後、我々はさっさと退散する。そして、時期を見てまた船団を襲って、そして逃げる。
そうなると、敵は沿岸部の巡洋艦や戦艦群を輸送船団の護衛に回さなければならない。そうすると、沿岸地域の支援は薄くなり、
我が地上軍も艦砲射撃をさほど気にせずに、敵の攻撃を迎える事が出来る。」
「なるほど。戦艦部隊が居なくなるだけでも、支援の密度は大きく変わりますからな。」
「それに、船団攻撃が中途半端に終わっても、敵はまた次の襲撃に備えなければならん。つまり、上層部は、小規模の動きで
敵の大兵力をエルネイルから遠ざけようと考えているんだ。」
「ふむ、筋は通っていますな。」
イムカは頷いた。
「ですが、もし、敵の船団に巡洋艦。それも、ブルックリン級やクリーブランド級といった艦が護衛に付いていたら、我々も危ないですぞ。」
「その時はその時さ。俺達は、訓練の成果を相手に教えてやるまでだ。」
ドウルスは不敵な笑みを浮かべた。
その時、伝声管から声が響く。水兵が素早く伝声管に取り付いて、相手と会話を交わす。
「艦長!ハランガ大尉が敵らしき生命反応を探知したと。」
「何?本当か!」
ドウルスはやや興奮気味に言いながら、伝声管に取り付く。
「艦長だ。生命反応を捉えたのか?」
「はい。南西12ゼルド方向に、東に向かう反応を捉えました。距離が未だに遠いため、反応は薄いですが。」
伝声管の向こう側に居るレムクロ・ハランガ大尉は、冷静な口調でドウルスに報告する。
ハランガ大尉は、昨年10月に起きたマルヒナス沖海戦で、いち早くアメリカ軍艦隊を探知するという殊勲を挙げている。
この結果、第2艦隊は敵の襲撃に備えることが出来た。
当時、中尉であったハランガは、この功績によって大尉に昇進した。
ドウルスは、ハランガの能力を信頼しており、今度の作戦でも真っ先に敵を見つけてくれると確信していた。
「流石は海軍有数のベテラン魔導士。見事な腕前だ。引き続き、目標の探知を続けてくれ。」
ドウルスは賛辞の言葉を送りつつも、ハランガに指示を下してから会話を終えた。
「旗艦からは何も言って来ないようだな。」
「ええ。というか、旗艦に乗り組んでいる魔導士は、まだ新米ですからな。こっちから敵を発見したと知らせましょうか?」
「無論だ。」
ドウルスは頷いてから、再び伝声管に取り付いた。
「私だ。旗艦に敵らしき生命反応を探知したと伝えてくれ。」
「了解です。」
彼はハランガに命じた後、旗艦から返事が返ってくるのを待った。
2分後に、返事はやってきた。
「艦長!旗艦より返信であります!」
ハランガの部下である若い魔導士が、紙を持ってきた。ドウルスはそれを受け取って、一読する。
「当方では敵影を確認できず。もう1度確認されたし。だと?」
ドウルスは眉をひそめる。
「司令官はハランガの報告を信じていないのか。仕方ない、もう1度送ろう。」
ドウルスは改めて、敵発見の通信を送らせた。
だが、今度は返事が来なくなった。
それからしばらく時間が経った。
「艦長、敵との距離、7ゼルドです。」
「遅い!旗艦は何をやっとるんだ!!」
ドウルスは苛立ち紛れに喚いた。
「敵はレーダーを持っているんだぞ!?もし、レーダーに捕らえられてしまえば、俺達は敵の船団に逃げられてしまうぞ!」
「艦長。ここは押さえて下さい。」
いきり立つドウルスを、イムカ副長が諫めた。
「司令官にも、何かお考えがあるのではありませんか?」
「考えがあるにしても、こっちが報告を送って大から分時間が経つぞ。今はまだ、敵の動きに変化が無いが、俺達の艦隊が
敵のレーダーに移り込めば、もはやそれまでだ。敵はさっさと逃げ散り、俺達はただ、時間を空費しただけで港に帰る事になる。
元は嫌がらせに近い作戦とはいえ、何の戦果も無しでは話にならん。」
ドウルスが憤りを隠さぬ口ぶりでイムカにまくしてた、ちょうどその時。
「艦長!旗艦より通信です!」
艦橋に、先ほどの若い魔導士が入ってくる。
艦長は荒々しげに差し出された紙を受け取ると、内容を一読した。
「我、敵らしき物を探知。これより増速し、敵船団に向かう。艦隊速力、15リンル。ようやく、本来の仕事が出来そうだ。」
ドウルスはため息混じりに言うと、声高に命令を発した。
「これより敵に向けて突入する!速度上げ!速力15リンル!」
「速力15リンル、了解!」
誰かが復唱する声が聞こえる。それからやや間を置いて、レルバンスクの速度が上昇し始めた。
艦はやがて、15リンルまでに増速していた。
「さて、今回の作戦で、俺達はどれぐらいまでやれるかな?」
ドウルスは、値踏みをするかのような口ぶりで呟く。
今頃、敵はレーダーで第2艦隊を捉えているだろう。ハランガの報告では、敵部隊は12リンルというやや早めの速度で航行している。
数は30隻ほどで、うち20隻は反応が大きいようだ。
この敵部隊は、通常の船団よりは速度が速いため、ドウルスはこの敵船団が、アメリカ側の高速輸送船であると確信している。
アメリカ海軍は、今年の3月頃から通常の輸送船を改造した高速輸送船を使い始めており、徐々にではあるが、その数を増やし続けている。
「敵の護衛艦は10隻。殆どは駆逐艦だろうが、巡洋艦も1、2隻は混じっていると見て良いだろう。今回は嫌がらせ程度だから、
司令官閣下はこの護衛艦隊を半壊させてから撤退しても良いと考えていそうだ。しかし、それでは少々、物足りない感があるな。」
ドウルスは顎をさすりながら呟く。
「せめて、貴重な高速輸送船の数も減らしたい所だ。化け物じみたアメリカの国力からして、大したことにはならんだろうが、
それでも、優秀な船員を減らす事は出来る。司令官が躊躇したら、意見具申してみようか。」
彼はそう決意した。
だが、同時に、思いがけぬ報告が飛び込んできた。
「駆逐艦リーリギランスより緊急信!我が艦の左右より魚雷接近!」
いつの間にか、艦橋に飛び込んできた若い魔導士が、顔を真っ赤にしてから怒鳴っていた。
その直後、艦の後方で何かが光った。
くぐもったような爆発音が響いたのは、それから5秒後の事であった。
この時、駆逐艦リーリギランスには左舷から3本、右舷から1本の魚雷が向かっていた。
艦長は見張りの報告を聞いてから、慌てて取り舵一杯を命じた。
しかし、その時には魚雷は艦から400メートルの至近距離に迫っていた。
リーリギランスは回頭によって、左舷からの魚雷を2本かわした。だが、それだけであった。
まず、左舷中央部に魚雷が突き刺ささる。魚雷は、駆逐艦の薄い艦腹を叩き割って内部に侵入。
艦深部に設けられていた魔導機関室に達した直後に信管を作動させた。
爆発によって、巨大な魔法石が瞬く間に叩き折られ、周囲に居たローブを着た魔導士達が、驚く暇もなく抹殺される。
魔動機関室に隣接される他の部屋が一瞬にして破壊され、運悪く、便所に閉じこもっていた水兵が横合いから押し寄せた
壁に挟まれ、圧死する。
その直後に猛烈な火炎が吹き込んで、無惨な圧死体は瞬く間に消し飛び、次いで、流れ込んできた海水がその場を満たした。
この一撃で動力を粉砕されたリーリギランスはすぐに減速し始め、左舷中央部の跛孔から流れ込む海水によって傾斜を深めつつ
あったが、そこに反対側から迫ってきた魚雷が命中する。
魚雷は、狙い澄ましたかのように右舷中央部に突き刺さった。
先の一撃で瀕死に陥ったリーリギランスは、この打撃によって艦体が真っ二つに叩き割られた。
リーリギランスが、僅か30秒ほどで沈没確実の損害を被った後、別の艦が魚雷を食らった。
駆逐艦ペキアルは、左舷後部から迫る3本の魚雷を発見したが、回避運動を行なったにも関わらず、1本を艦尾に受けてしまった。
魚雷は高速回転するスクリューに50ノット近いスピードでぶつかり、弾頭部がスクリューによって削られながらも、逆に
スクリューをねじ曲げて艦体に突進する。
削れた先端部が艦尾にガンと突き刺さった直後に、信管が作動する。
爆発の瞬間、艦尾部分の装甲板はあっさりと破られ、艦尾の推進器や舵機は瞬く間に破壊された。
ペキアルの艦尾に水柱が高々と上がってから、さほど間を置かずに、ペキアルは急速に速度を落としていく。
ペキアルのすぐ後方を航行していた駆逐艦スティンミグは、大慌ててペキアルを避けた。
スティンミグは辛うじて、魚雷を回避出来た。
スティンミグの中央部甲板で見張りを行なっていたエウクト・ガレス1等兵曹は、ペキアルの惨状を見るなり、仰天してしまった。
「おい見ろよ。ペキアルの艦尾が曲がっちまってるぞ!」
ガレス1等兵曹は、ペキアルを指さしながら、興奮した声で同僚に伝えた。
ペキアルは、魚雷の爆発によって推進器を失い、艦尾に破孔を穿たれた上、艦体の一部が曲がってしまった。
ガレス1等兵曹は、駆逐艦とはいえ、鋼鉄製の艦体をあっさりと曲げてしまうほど強力な魚雷に対して、限りないまでの恐怖を感じた。
立て続けに2隻が避雷し、駆逐艦列はバラバラになり始めた時、更に別の1隻が避雷する。
第71駆逐隊の旗艦である駆逐艦エイグラウグは、急回頭によって2本の魚雷をかわしたが、どういう訳か、時間差で
やって来た魚雷が艦の左舷前方に迫った。
「魚雷接近!」
見張りが目を見開きながら絶叫した瞬間、夜目にも鮮やかな真っ白な航跡が、艦の前部・・・第1砲塔の横に命中した。
次の瞬間、くぐもったような爆発音が響き、高々と水柱が吹き上がる。
それから、真っ白な閃光が第1砲塔の付け根辺りで煌めいた。
艦橋にいた乗員達は、その閃光に目潰しを食らわされた。そして、二度と目を開くことはなかった。
魚雷は駆逐艦特有の薄い艦体をぶち破り、弾頭部は第1砲塔の火薬庫辺りに達した。そこで魚雷は爆発し、次の瞬間には火薬庫の誘爆を引き起こした。
爆発エネルギーは第2砲塔の火薬庫までも誘爆させ、エイグラウグの前部部分を粉砕した。
雷もかくやと思うほどの大音響が響いた後、エイグラウグは黒煙を吹きながら急速に沈没していく。
文字通りの轟沈であった。
「エイグラウグが轟沈した!!」
ドウルスの耳に、見張りの悲痛めいた報告が飛び込む。
「どういう事だこれは!?」
彼はすっかり混乱していた。
「潜水艦か!?」
「いえ、潜水艦ではないようです。潜水艦ならば、生命反応探知機に引っ掛かるはずですが。」
「敵の艦隊はまだ先だぞ。魚雷を発射するには遠すぎる。」
「艦長!旗艦の前方に発砲炎が!!」
思案する暇も無いまま、見張りから再び、凶報が伝えられる。前を見ると、旗艦の左舷前方に幾つもの発砲炎が煌めいている。
闇の中に湧き出た発砲炎の中に、一瞬だけ何かのシルエットが浮かび上がった。
(まさか・・・・)
ドウルスは背筋に冷たい物を感じながらも、即座に命令を発した。
「あの発砲炎の上空に照明弾を撃ち上げろ!敵がいるぞ!」
「りょ、了解しました!」
レルバンスクが行動を起こし始めた時、第2艦隊旗艦リブリクルの艦橋では、突然現れた未知の艦隊から発せられた
砲撃によって大混乱に陥っていた。
敵艦の射撃は正確だった。まず、第1射が降り注ぎ、艦首と中央部に1発ずつが命中する。
その次に第2射が降り注ぎ、後部に敵弾が命中して火災が起こる。
その衝撃から立ち直らぬうちに第3射が撃ち込まれ、第2砲塔がまだ1発の砲弾を撃たぬまま粉砕される。
射撃は旗艦リブリクルと、2番艦ウラムグレイに集中している。
リブリクルとウラムグレイは、正確な射撃の前に次々と命中弾を浴びていく。
矢継ぎ早に送られてくる射弾。そして、雨のように着弾する多数の砲弾。
“あの巡洋艦”と戦った者であるならば、敵の正体についてはもはや言うまでもない。
新たに第4射が着弾し、艦体のどこかが砲弾に傷つけられた直後、発砲炎の真上に赤紫色の光が灯った。
その光は、旗艦より10000メートルまで迫っていた4隻の巡洋艦をくっきりと照らし出していた。
「あれは・・・・・!」
ドウルスは、目の前に現れた敵巡洋艦を見るなり、愕然とした。
「なぜ・・・なぜブルックリン級が居る!?どうして、探知魔法に引っ掛からなかった!?」
斉射の瞬間、艦橋の前面が発砲炎によって明るく染まった。
15門の47口径6インチ砲が咆哮する様は、やはり迫力満点である。
それからきっかり6秒後に、15門の主砲が更に咆哮する。
「凄い・・・・これが、噂のブルックリンジャブという奴か・・・・」
第34任務部隊第2任務群の指揮官であるアーロン・メリル少将は、隣に立っているミスリアル海軍所属の
ダークエルフが、やや驚いたような声音で呟くのを聞いた。
「どうですかな?ブルックリンジャブの威力は?」
「噂には聞いていましたが、これほどとは。」
ダークエルフの士官、もとい、ミスリアル海軍魔法技術部所属のフェルク・フランバルト大佐は興奮を滲ませた口調で言う。
第7斉射が放たれてから、メリルは言葉を返した。
「私も、あなた方の魔法技術には驚かされましたよ。」
メリルはそう言ってから、視線を艦首に向けた。
エルネイル上陸作戦「エックスレイ」が発動する直前にあたる7月23日。
ミスリアル海軍側から太平洋艦隊司令部を通じて、メリルの指揮するTG34.2の艦艇を使って、今開発中の魔法兵器の
実地試験をしたいとの要請があった。
メリルは太平洋艦隊司令部から、半ば命令に近い形でこの要請を聞き、渋々ながらも了承を下した。
翌24日。TG34.2の旗艦である軽巡洋艦ブルックリンに、フランバルト大佐率いるミスリアル海軍魔法技術部の面々が訪れた。
そこでメリルは、ミスリアル海軍が、艦艇の発している生命反応を打ち消す魔法を開発中であると聞いた。
元々、この世界の戦場では、自らの生命反応を消す魔法は幾つもあったが、それは個人が使用する程度の物である。
魔法技術の進んだ現在では、魔法で生命反応を消しても、それが人為的であるために対抗魔法を発せられれば一発で見つかるため、
この手の魔法は今では廃れた物になっていた。
だが、ミスリアル側は、1483年12月で、大西洋戦線で起きたとある海戦をヒントに、別の方法でもって生命反応を打ち消せば
良いと考えた。
昨年12月に起きた海戦とは、米潜水艦ボーフィンとマオンド側駆逐艦との戦いで、この時、ボーフィンは、レーフェイル大陸から
逃げてきたハーピィのメリマを保護していたが、ボーフィンは途中で、マオンド駆逐艦に追い詰められた。
その劣勢を挽回したのが、メリマの生命探知妨害魔法であった。
これによって、ボーフィンは反撃ができ、見事マオンド駆逐艦を返り討ちにした。
これに注目したミスリアル王国は、アメリカに派遣した派遣要員をメリマに会わせ、その魔法の仕組みについて詳しく聞いた。
それからしばらく経った1484年2月に、ミスリアルは新たな生命探知妨害魔法の開発に着手した。
今回、新開発の探知妨害魔法はこれまでの魔法とは仕組みも、規模も異なる物であった。
従来の探知妨害魔法は、相手が発する妨害魔法の魔法波を打ち消す形で、相手の目から逃れようとしていた。
しかし、今の魔法技術では、人為的に魔法波が打ち消されればそこだけが異常であると術者に知らされるように出来ており、例え
探知妨害魔法を発してもそれだけで位置がばれる可能性があった。
だが、ミスリアル側が開発した新魔法は、相手側の妨害魔法の魔法波を打ち消さず、逆にそれを弾くような魔術結界でもって
受け流す事を目的としている。
魔法波を消せば異常は発生するが、“消しさえしなければ”相手には異常であるとは伝わらない。
それに、魔法の発動範囲は、従来の魔法が個人でしか使えぬ代物であったに体し、この魔法では個人は勿論の事、魔法石を
基点に魔法陣を敷けば半径100メートル以内を魔法の効用範囲に置くことが出来る。
後年、ステルス戦闘機を開発したアメリカから、マジック・ステルスとも言われたこの新魔法は順調に開発を続けられ、
7月にはようやく、試作品が出来た。
そして、そのテスト用魔法の試験役に選ばれたのが、メリルの率いるTG34.2であった。
ミスリアル側は、この時のためにあるだけの試作品を持ってきたが、魔法石は16個しか無いため、ごく少数の艦にしか
魔法陣を書き込めなかった。
メリルは考えた末に、TG34.2の準主戦力である軽巡洋艦ブルックリン、フェニックス、フィラデルフィア、
ビロクシーと、フレッチャー級駆逐艦で編成されている第69駆逐隊の4隻を実験艦として使用する事にした。
この8隻は、TG34.2の僚艦と共に上陸支援に当たった後、27日に弾薬補給を済ませてからしばらく待機に入った。
28日に、第3艦隊旗艦ニュージャージーから、敵の水上部隊がホウロナ諸島から出発したAP-31船団を
狙っているとの通報を受けた。
ニュージャージーには魔法通信傍受機が設置されており、シホールアンル軍の極秘情報などは、ほとんどが
このニュージャージーによって傍受されていた。
メリルの率いる艦隊は、27日の正午までにはAP-31船団と合流し、敵の襲撃を待った。
ブルックリンのSGレーダーが敵艦隊を捉えたのは午前1時過ぎであり、レーダー員が方位25度方向、距離20マイル付近に浮かぶ光点を見つけた。
当時、メリル戦隊は船団から約6マイル離れた北側海域に布陣していた。
本来ならば船団の近くに布陣している筈なのだが、メリルは万が一の場合を考えて、艦隊をやや離れた海域に布陣させる事にした。
メリルは敵艦隊発見の報を聞くや、すぐに艦隊の進路を変針させ、敵に近付いた。
レーダー上の敵艦隊は、メリル艦隊が12マイルまで接近しても全く気付かなかった。
メリルは駆逐隊を左右に分離させて、まず敵駆逐艦の排除を行う事にした。
駆逐隊は2隻ずつが敵の左右に回り、距離5000で魚雷を発射した。
魚雷発射完了の報が届いてからしばらく経った時、メリル戦隊は、敵巡洋艦群の右舷側から接近しつつあった。
駆逐隊の放った魚雷が、敵駆逐艦に次々と命中した瞬間、彼は即座に砲撃を命じた。
距離10000メートルから敵の右舷前方に回り込んでいた4隻の軽巡は、それぞれ割り当てられた目標に向けて砲撃を開始する。
旗艦ブルックリンと2番艦フェニックスは敵1番艦を、3番艦フィラデルフィアと4番艦ビロクシーは敵2番艦目掛けて砲を撃ち放つ。
メリルは最初から斉射で砲撃を行なわせた。彼は、2隻分の戦力を敵1隻に注ぎ込み、短時間で無力化しようと考えていた。
メリルの目論見は見事に当たり、敵1番艦と2番艦は早くも、10発以上の命中弾を受けていた。
第9斉射が放たれ、ブルックリンの9700トンの艦体が僅かに傾ぐ。
ここでようやく、敵1番艦と2番艦も砲撃を行なった。敵艦の前部と後部に発砲炎が煌めく。
その直後に、敵艦の艦体に6インチ砲弾が突き刺さる。
敵巡洋艦の砲弾が、シュー!という音と立ててブルックリンの上空を飛び抜けていく。
敵艦の砲弾は、ブルックリンの右舷500メートルに落下した。
「照準が甘い。敵さん、かなり慌てて居るぞ。」
メリルは単調な口ぶりで呟いた。
敵巡洋艦は更に斉射を繰り返すが、どれもこれもブルックリンには当たらない。
逆に、ブルックリンやフェニックスの砲弾を立て続けに食らう。
6インチ砲弾が反撃を始めたばかりの1番砲塔を粉砕し、2本ある砲身を空高く吹き飛ばす。
艦首に命中した砲弾はその先端部を粉砕し、綺麗に尖っていたはずの先端部が無惨にひしゃげる。
敵1番艦は新鋭艦なのであろう。これまでの巡洋艦とは違って、何も無いはずの中央部に1基の連装砲塔が設置されている。
敵巡洋艦はこの砲塔も使用して、ブルックリンに反撃を仕掛けるのだが、この砲塔もフェニックスから撃ち込まれた6インチ弾に叩き潰された。
別の砲弾は艦橋基部に命中し、周辺にあった魔導銃や艦体の破片を派手に撒き散らし、新たな火災を発生させる。
敵巡洋艦は都合28発を食らい、砲塔2基が粉砕されたが、それでも艦橋や機関部等は健在であり、第5斉射をブルックリンに向けて放つ。
唐突にガーン!という強い衝撃が加わったかと思うと、ブルックリンの周囲に水柱が吹き上がった。
「後部甲板に敵弾命中!火災発生!」
艦橋にダメコン班から送られた報告が届けられる。
「シホットの連中、ようやく目が覚めたようだな。」
メリルは、炎上する敵1番艦を睨み付けながら独語する。
敵1番艦は既に30発近い6インチ弾を食らって、艦体のあちこちから火災を起こしている。
だが、新鋭艦だけあって、なかなかにしぶとい。
ブルックリンが第14斉射を放つ。敵1番艦に6インチ弾が着弾する前に、敵艦も第6斉射を放った。
その直後、艦の前部や艦橋の当たりに命中の閃光が灯る。
その1秒後に、フェニックスから放たれた6インチ砲弾が落下し、4発が中央部から後部にかけて、満遍なく命中する。
敵1番艦はこの被弾によって、新たに艦橋からも火災を起こした。
「お、艦橋が燃えている。これはひょっとしたら・・・・・」
メリルは、敵1番艦を見つめながら、何かを期待するかのように呟いた。
ブルックリンとフェニックスは更に斉射弾を放つ。新たに7発の砲弾が敵1番艦に命中する。
そして、立て続けに3斉射分の砲弾が敵1番艦の周囲に落下し、命中弾は敵艦の艦体を一寸刻みに抉る。
その間、敵1番艦は何ら反撃のそぶりも見せなかった。
やがて、敵艦に変化が見られた。
「敵1番艦、減速します!」
見張りの興奮で上ずった声が艦橋に響く。メリルも、自らの目で敵1番艦がよろめくように減速している様を確認していた。
「敵2番艦沈黙!取り舵に転舵!戦域を離脱する模様です!」
「撃ち方止め!目標を変更する!」
メリルは凛とした声で指示を下す。
「ブルックリン、目標敵3番艦!フェニックス、目標敵4番艦!フィラデルフィア、ビロクシー、目標5番艦!」
メリルの指示が各艦に飛んでいく。
その横で、フランバルト大佐は感嘆したような顔つきで戦闘に見入っていた。
「これがブルックリンジャブ・・・・噂には聞いていたが、これほどまでに早いとは。」
「勝負はこれからです。」
メリルはフランバルトに振り返った。
「敵はまだおります。当然ながら、敵は味方の仇とばかりに、怒りに燃えて立ち向かってくるでしょう。まだ油断はできません。」
彼は首を横に振りながらフランバルトに告げる。
そこへ、CICから意外な報告が飛び込んできた。
「旗艦と音信が不通の上、2番艦ウラムグレイも戦闘不能な今、もはやこれ以上の戦闘は不可能だ。全艦に撤退を指示しろ!」
ドウルスは有無を言わせぬ口ぶりで、伝声管越しにハランガへ命じた。
「艦長!まだ戦力は残っています!敵の正体も分かった今、ここは思う存分戦えるはず。」
「馬鹿野郎!」
食い下がるイムカ副長を、ドウルスは怒鳴りつけた。
「相手はブルックリン級とクリーブランド級が4隻だぞ!それに対して、俺達は砲が8門程度のルオグレイ級しかいない。
こんな状態で敵と戦ったら全滅するのは明らかだ。ここはひとまず、戦力が残っている内に撤退するしかない!俺は残存の
巡洋艦艦長の中では先任だ。敵と戦うかどうかは俺が決める。」
「ですが、敵は追撃してきますぞ!?」
「それぐらいわかっとる!」
ドウルスは先よりも大きな声音で怒鳴る。
「だから、このレルバンスクが囮役を務める。」
「・・・・・・」
艦橋が静まり返った。
相手はブルックリン級とクリーブランド級が合せて4隻。それに対して、立ち向かうのはレルバンスク1隻のみ・・・・・・
「そんな。無謀です!」
イムカは顔を真っ赤に染めて叫んだ。
「相手は恐るべき速射能力を持つブルックリンとクリーブランドですぞ!レルバンスク1隻のみでは」
「いずれは押し潰される。」
ドウルスはイムカの言葉を遮るようにして言う。
「だが、俺達が時間を稼げば稼ぐほど、残りの味方は敵から遠ざかれる。敵駆逐艦は、味方駆逐艦が上手く押え込んで
いるようだ。後は、誰かが残って、味方の脱出を援護しなければならない。」
「・・・・・本当に、よろしいのですね?」
イムカはドウルスを睨み付けた。
「レスバンスクに乗り組んでいる1100名の乗員は、あなたを恨むかもしれませんぞ。」
「それも覚悟の上だ。」
ドウルスは胸を張って言い切った。
「それに、貴様達も、どこぞから現れたあの幽霊艦隊に仕返ししたいと思っているだろう?ならば、俺達でやってやろう。」
「・・・・・はぁ。貴方は昔からそんな感じですねぇ。」
イムカはため息を吐きながら言う。
「分かりました。艦長、お供します。」
「すまんな。」
「味方を逃がすためです。仕方ありませんよ。」
イムカの呟きに、ドウルスは苦笑した。
メリルは、目の前に展開される意外な光景に目を瞬かせていた。
「これは一体・・・・」
どういうわけか、敵巡洋艦群は1隻を残して全て転舵し始めた。残った1隻が砲撃を加えてきた。
「司令!敵艦隊は撤退するようです。早く追撃しなければ!」
「追撃するにも、あの巡洋艦が邪魔だ。4隻であいつを排除してから、残りを追う!早く追わなければ、
敵は自軍の制空権内に逃れてしまう。」
メリルは、やや焦りながらも、敵巡洋艦に砲火を集中するように命じた。
敵巡洋艦の砲弾が落下した。敵はブルックリンを狙っていたが驚くべき事に、初弾からブルックリンを挟叉した。
「挟叉されました!」
「厄介だな・・・・あの艦にはかなりの腕利きが乗っているぞ。」
メリルは舌打ちしながら言う。
ブルックリンを始めとする4隻の巡洋艦が、主砲を放つ。4隻とも最初から斉射である。
敵巡洋艦の周囲に無数の水柱が吹き上がる。
すわ轟沈かと思える光景だが、敵巡洋艦は艦首で水柱を蹴散らしながら健在な姿を現す。
更に第2斉射弾が放たれ、それも敵艦の周囲に落下する。
「命中弾無し!」
CICから無情な報告が知らされたとき、敵巡洋艦が第2斉射を放った。
ブルックリンも第3斉射を撃つ。ブルックリンに続いて、残り3隻の軽巡も主砲を放つ。
敵巡洋艦に計57発の6インチ砲弾が殺到していく中、敵巡洋艦の8発の7.1ネルリ砲弾もブルックリン目掛けて落下する。
着弾は敵艦の砲弾が先であった。いきなり強い衝撃がブルックリンの艦体を揺さぶる。
何かが破壊されるような、金属的な叫喚がけたたましく響いた。
「だ、第1砲塔損傷!」
「左舷中央部に命中弾!火災発生!」
「なっ、砲塔を潰されたのか!?」
メリルは、敵巡洋艦の正確な砲撃に度肝を抜かされた。
ブルックリンが放った射弾も、他艦の砲弾と一緒に落下する。水柱に包まれる前に、敵巡洋艦の前部甲板に命中と思しき閃光が見えた。
直後に水柱が立ち上がり、しばしの間敵巡洋艦を覆い隠す。
敵巡洋艦は水柱を突き崩しながら、依然として30ノット以上の速力で航行している。
前部甲板からは、うっすらと白煙がたなびいているが、それ以外は目立った損傷は見られない。
敵巡洋艦が斉射を放つ前に、2度斉射が加えられる。艦体に幾つもの命中弾が降り注ぎ、爆発光の中に破片が飛び散るのが見えた。
敵艦が4度目の斉射を放つ。その直後に、ブルックリンは第7斉射を放つ。
12門の6インチ砲が咆哮し、白熱した砲弾が敵巡洋艦目掛けて落下していく。
またもや、敵巡洋艦の周囲に砲弾が落下する。敵巡洋艦の砲弾もまた、ブルックリンに降り注いだ。
今までよりも強い衝撃が艦橋に伝わり、メリルは思わず転倒しそうになったが、フランバルトが支えてくれたお陰で、床に転倒せずに済んだ。
「大丈夫ですか!?」
フランバルトは血相を変えた顔つきでメリルに尋ねる。
「ええ。大丈夫です。」
メリルは頷くと、何とか体勢を立て直した。
「左舷中央部、並びに前部甲板に被弾!第1両用砲損傷!」
「くそ、敵もやるな!」
メリルは悔しげに顔を歪めるも、内心では敵巡洋艦の意外な奮闘に感嘆していた。
ブルックリンが新たな斉射弾を放つ。12発の砲弾は、目標たる敵巡洋艦目掛けて殺到していく。
僚艦の砲弾も敵巡洋艦に落下していく。が・・・・
「敵巡洋艦、転舵しています!」
いつの間にか、敵巡洋艦は転舵を行なっていた。敵巡洋艦はメリル部隊に頭を向ける形で回頭を行なっていた。
そのため、未来位置を狙って放たれた50発以上の砲弾は全てが外れ、海面に空しく水柱を吹き上げるだけとなってしまった。
「咄嗟に転舵するとは。こりゃ、思った以上に手こずりそうだぞ。」
メリルは苦々しげな口ぶりで呟いた。ブルックリンは更に斉射弾を放つ。
いつもなら、ブルックリンジャブと呼ばれる急斉射の発砲音も、この時に限ってはどこか頼りなく聞こえた。
午前1時50分
巡洋艦レルバンスクは、今や沈没寸前の状態にあった。
「艦長。もはや航行は不可能です。」
「ああ。もう潮時だな。」
レルバンスクの艦橋で指揮を取り続けたドウルス艦長は、砲弾の破片によって傷付いた右腕を押さえながら、イムカ副長に答えた。
レルバンスクは、4隻の敵巡洋艦に立ち向かった末に、50発以上の砲弾を食らい、全砲塔が粉砕された。
その上、接近してきた敵駆逐艦の雷撃によって、左舷側中央部に魚雷1本を受けてしまった。
満身創痍となっていたレルバンスクにとって、この1本の魚雷はとどめの一撃となった。
これによって機関室はほぼ壊滅し、レルバンスクは左舷側に傾斜したまま、火災炎を吹き上げながら洋上に停止した。
「あれは、旗艦だな。」
ドウルスは、左舷側遠くに見える燃え盛る艦影を見て、確信したように言う。
旗艦であるリブリクルは、被弾によって速力が低下した所に、敵駆逐艦の雷撃を食らった。
左舷側に3本の魚雷を受けたリブリクルは後部弾薬庫が誘爆を起こし、艦体が第4砲塔の辺りから断裂してしまった。
実質的に沈没確実の損害を被ったリブリクルはレルバンスクから500グレル離れた海域に停止し、今は数少ない
生き残りが艦から脱出している。
報告によれば、生存者の中には第2艦隊司令官であるユシオント少将を始めとする第2艦隊司令部や、艦橋にいた
艦長等の艦橋職員は誰1人として含まれていないという。
「艦長。退艦しましょう。もはや、この艦は持ちません。」
「そうだな。副長、君は残りの乗員を率いて降りてくれ。俺は、一番最後に降りる。」
「しかし・・・・」
イムカは言葉を続けようとしたが、ドウルスが手を上げて制したため、続けられなかった。
「俺は、みんなを危険な目に遭わせてしまったんだ。そんな俺が早々と退艦する事は、責任を途中で放棄する事と同じだ。
俺は、最後まで残るよ。」
「・・・・分かりました。お待ちしておりますぞ、艦長。」
「ああ。先に行ってくれ。」
ドウルスはそう言ってから、副長を艦橋から退出させる。
副長が出て行ったのを確認してから、彼は窓の向こうにいる敵艦隊に視線を向けた。
レルバンスクの右舷には、4隻の敵巡洋艦がいる。うち、2隻はレルバンスクの反撃によって火災を起こしている。
「たった1隻の巡洋艦で、4隻の巡洋艦と渡り合った。レルバンスクは敵に袋叩きにされたが、それでも2隻に手傷を負わした。
まっ、劣勢であったにしてはよく頑張ってくれたな。こいつは。」
ドウルスはしんみりとした口調で言いながら、長い間乗ってきた乗艦に賛辞の言葉を送る。
やがて、最後の乗員が右舷側から飛び降りた。
それを確認したドウルスは、自らも脱出するために、艦橋から退出していった。
それから20分が経った。
レルバンスクの乗員達は、敵であったアメリカ巡洋艦のボートに次々と救助されつつあった。
メリルは、酷い有様と化した前部甲板と、救助されるシホールアンル兵を交互に見やりながらため息を吐いた。
「しかし、あの敵巡洋艦はしぶとかったな。まさか、たった1隻でブルックリンに大破同然の損害を被らせ、
フェニックスにも手傷を負わせるとは。」
ブルックリンは、敵巡洋艦の砲弾は13発も食らい、前部の第1、第2、第3砲塔を破壊されたほか、左舷側の両用砲2基と
後部カタパルトを粉砕され、実質的に大破の判定を受けた。
2番艦フェニックスも第2砲塔と左舷側の両用砲2基、左舷側の対空機銃の過半を失った。
結果的に、敵巡洋艦は50発以上の砲弾を食らい、最後には魚雷によって止めを刺された物の、その獅子奮迅ぶりには
戦慄を覚えるほどだった。
「あの敵巡洋艦に手こずったせいで、敵の残りは逃がしてしまったな。敵は最後の最後で、俺達に勝った訳だ。」
メリルは苦笑しながらそう言う。
「とはいえ、我々は巡洋艦2隻、駆逐艦4隻を撃沈し、シホールアンル側の企みを粉砕しました。海戦自体は大勝利といっても良いでしょう。」
フランバルトが穏やかな口調でメリルに言う。
「まあ、確かにそうですな。最初は完全に奇襲でしたからな。それもこれも、あなた方の開発した魔法のお陰ですよ。」
「ありがとうございます。」
フランバルトは軽く頭を下げた。
「恐らく、敵の生き残りはこう報告するでしょうな。幽霊のような艦隊に襲われたと。」
「幽霊のような艦隊・・・・・ふむ、そうでしょうな。」
メリルはまんざらでもない様子で微笑んだ。
「敵艦、沈みます!」
見張りからの報告が艦橋に響く。メリルは、視線を炎上する敵艦に向けた。
左舷側に傾斜していた敵巡洋艦は、力一杯戦い抜いた事で満足したかのように、ゆっくりと、静かに沈んでいく。
(憎い敵だったが、見事な戦いぶりだった。最高の乗員と共に最後まで戦えて、貴様も満足だったろう)
メリルは、心中でそう呟きながら、沈みつつある敵艦に向けて敬礼を送っていた。
1484年(1944年)7月28日 午前1時 エルネイル沖北西280マイル地点
その日、エルネイル地方は薄い雲に覆われていた。
夜の海上は、雲によって月の光が遮られているため、ほぼ真っ暗の状態となっている。
波の音しか聞こえぬ静かな夜の海。
その夜海を、一群の艦艇が航行していた。
シホールアンル海軍第2艦隊に所属する5隻の巡洋艦と、7隻の駆逐艦は、時速12リンル(24ノット)の高速で南西方面に向かっていた。
巡洋艦レルバンスクの艦長であるエウゴ・ドウルス大佐は、艦橋上で副長のカグム・イムカ中佐と雑談を交わし合っていた。
「艦長。本当に、我々は敵の輸送船団を叩けるのですかね?」
イムカ中佐は、懐疑的な口調でドウルス艦長に言った。
「敵さんは、レーダーという探知魔法を持っているのでしょう?」
「副長、レーダーは魔法ではないようだぞ。何でも、電波という不思議な物を発してこっちの姿を捉えようとしているらしい。」
ドウルス艦長は、イムカ中佐の間違いを指摘する。
「まぁ、君の言いたい事は分かる。つまり、君はレーダーという探知兵器を持った相手に、夜間の奇襲攻撃なぞは
無意味ではないか?そう言いたいのだな?」
「ええ。その通りです。」
イムカ中佐は臆すことなく言い放った。
イムカ副長は実直な性格であり、相手が上官であろうと自分の思った事はすぐに口に出す。
彼は、その実直な性格が災いして、士官学校の同期生が軍艦の艦長職に就いたりしているのに対して、彼は今も、
巡洋艦の副長職に留まっている。
最も、本人は海上勤務が好きであり、今の職に満足しているため、階級が他の者と低い事に関してはあまり気にしていない。
「我々は、これまでの海戦でアメリカ海軍相手に苦杯を舐めさせられています。特に、夜間の水上戦闘では、まともに
勝ったためしがありません。」
「まぁ、確かにそうだな。」
ドウルス艦長は頷く。
「この間の海戦では、一応敵艦隊を追い払ったが、損害はこっちの方が上だったからな。」
「アメリカ海軍は、レーダーを使用しながら砲撃を行えるという利点があるのに対して、こっちは相手を確認しながら
砲撃を続けなければなりません。そうなると、ほぼ人力で通している我々は、砲員や照準手等、その他諸々が、長時間の
戦闘で疲れ、次第に砲撃の精度は悪くなります。それに対して、敵はレーダーを使っていますから、疲れるのは砲員だけです。」
「機械はやられない限り、疲れ知らずだからなぁ。本当に、レーダーは始末に悪い。」
ドウルス艦長は苦笑しながら副長に言う。
シホールアンル軍が、レーダーの存在を突き止めたのは今年の1月からであり、以来、シホールアンル側は捕虜に
対する取り調べを強化し、レーダーという物の正体をずっと追い求めてきた。
その結果、シホールアンル側は、レーダーという兵器をある程度まで知る事が出来た。
シホールアンル軍は、レーダーには幾つもの種類がある事を突き止めている。
レーダーは大きく2つに分けられ、うち1つは対空レーダー。もう1つは水上レーダーである。
この2つに大別されたレーダーの中からも、更に細かい数のレーダーがあり、シホールアンル側はアメリカ側の
電測兵装の充実ぶりに恐怖すら覚えた。
これは捕虜からの証言をもとに知る事が出来た情報だが、これだけではまだ完全に信用する訳には行かない。
しかし、シホールアンル軍は、捕虜から得た情報によって、今までの戦闘で納得行かなかった部分が説明出来る事に気付いた。
海軍は、夜間の水上砲戦において、アメリカ側が常に良好な射撃精度を維持できる事に関して、最初は腕の良い魔法使いが
乗っているのだろうと考えていた。
だが、水上レーダーの存在を知った時、その考えは否定された。
通常、夜間の水上砲戦では、艦の性能は勿論であるが、魔導士の腕が良いか悪いかでも大分変わってくる。
魔導士の腕が良ければ、敵艦隊を遠く離れた所から探知出来る。
逆に悪ければ、敵に知らぬ間に気付かれて、いつの間にか砲撃を受けた、という事になる。
そして、魔導士が常に敵艦との位置を正確に知らせ続けられるのなら、砲術科はその報告を基に射撃を行える。
勿論、砲術科のみで射撃を行う事も可能だが、視界の悪い夜間砲戦では魔導士の協力も不可欠である。
いわば、シホールアンル海軍は腕に磨きを掛けた職人達によって支えられているのである。
だが、レーダーは違う。
捕虜からの話によれば、アメリカ側のレーダーは、スコープと呼ばれる電気式の丸い円に目標が浮かび、それは光点となって現れるという。
強制的に絵を描かせたところ、その構造は驚くほど単純であった。
更に話を聞いたところ、レーダー係は、ある程度の訓練を受けた水兵でも務まるという。
つまり、アメリカ海軍は、レーダーという機械によって、未熟者を訓練の積んだ魔導士並みに変える事が出来るのである。
(これには幾らか語弊があるのだが)
「アメリカ海軍は、更に進化したレーダーを開発中と聞いている。私はこの間、捕虜が描いたというレーダー表示器の
絵を、説明を受けながら見たんだがね。正直言って、こりゃ戦争にならんわと思ったよ。」
「全く、アメリカ人が羨ましいですな。」
イムカ副長の言葉に、ドウルス艦長は苦笑した。
「まぁ、この情報は、取調官が敵と“熱心に接してくれた”お陰で得られた物だが、こうしてみると、アメリカの技術力は
恐ろしい物がある。兵の効率化という点に置いて、我々は、アメリカに大きく後れを取っているな。」
ドウルス艦長はため息混じりにそう言ってから、側に置いてあった水の入ったカップを手に取り、残りの水を一気に飲み干した。
「しかし、今回の作戦では、我々はレーダーの事をあまり気にしなくて良いようだ。」
「え?それはどういう事ですか?」
ドウルス艦長の意外な言葉に、イムカ副長は怪訝な表情を浮かべる。
「何でも、今回の輸送船団襲撃作戦は、敵を脅して帰ってくる事が目的のようだ。無論、船団には接近して攻撃するだろうが、
司令官が言うには、適当に護衛艦等を撃沈して戻るだけの簡単な任務のようだ。言うなれば、早撃ち早逃げって奴さ。」
「はぁ?それじゃ敵の補給路を寸断できませんぞ!艦長、何故、艦隊司令部は、このような作戦を計画したのでありますか?」
「計画したのは艦隊司令部ではない。」
ドウルス艦長は首を横に振った。
「もっと上の奴らだ。」
「本国からですか・・・・また、あの掲示板荒らしが、我々の意見を聞かずに計画を了承したのですな?」
「おいおい、上層部の批判はよせ。」
いきり立つ副長を、ドウルス艦長は宥めた。
「まぁ、君の気持ちは解らんでも無いがね。私だって反対したさ。貴重な軍艦を失いかねないと。だが、
司令官閣下はどうしてもやると言われた。」
彼は呆れた表情を浮かべながら、前方を見据える。
現在、敵地に向かっている第2艦隊は、最新鋭のマルバンラミル級巡洋艦の6番艦であるリブリクルを旗艦に据え、
ウラムグレイ、バムルライコ、レルバンスク、レリブレグ、駆逐艦8隻で編成されている。
元々は巡洋艦7隻、駆逐艦18隻で編成されているが、今回は任務の特性上、身軽な編成の方が良いとされ、
やや中途半端な戦力で出撃する事になった。
最新鋭巡洋艦のリブリクルに座乗している司令官は、これまでレルバンスクに乗っていた,マレングス・ニヒトー少将ではない。
ニヒトー少将は、今年の3月に第4機動艦隊所属の巡洋艦部隊の指揮官に命ぜられ、旗艦であるレルバンスクを去っていった。
ニヒトーの代わりとして、本国からオプルァ・ユシオント少将が第2艦隊司令官に着任した。
オプルァ・ユシオント少将はニヒトーより2歳年下の将官であり、年齢は42歳である。
ユシオントは、中流貴族出の海軍士官である。
痩せ型で、外見上は温厚に見えるのだが、ユシオント少将に対する海軍内での評判は良くなかった。
温厚そうな感のあるユシオントだが、性格のほうは相当に悪く、上官には媚びへつらう物の、下級の物に対しては不必要なまでに厳しい。
元々、ユシオントは事務畑の人間であるのだが、適度に水上勤務もこなしており、腕は悪くない。
しかし、彼はその性格が災いして敵が多い。
ユシオントは、部隊内の掲示板に告知用の紙を頻繁に張り付けていた。
内容は普通の物が多い物の、中には降格人事であったり、仕事には関係のない集会の参加要望等、明らかに必要ではない物も混じっていた。
シホールアンル軍内での降格人事はまず、降格される人物を呼び出してから、降格される内容を記した紙を本人に渡し、
それから部隊内の掲示板に張り付けるのが通例である。
だが、ユシオントは、その人物に何の指示も無いまま、掲示板に紙を貼り付けて当人を仰天させていた。
しかも、降格される相手は、殆どがユシオントのやり方に対して指摘した物ばかりであり、彼は嫌がらせの面も含めて、わざと
知らせぬまま、掲示板に降格人事表を貼り付けたのである。
この事からして、ユシオントは掲示板荒らしという渾名を頂戴する羽目となり、彼は多数の人物に嫌われていた。
通常なら、ユシオントは罷免されてもおかしくないのだが、彼は商工大臣であるルギレスト・ユシオントの息子でもあり、
他の貴族達との繋がりも深いため、罷免しようにも出来ぬ状態にある。
そんな彼は、第2艦隊司令官に任ぜられてから早速、数々の問題を引き起こした。
彼の就任から早4ヶ月が経ったが、艦隊の士気はある程度保たれている。
むしろ、悪い事ばかりではない。
どちらかというと、旧式艦ばかりしか無かった第2艦隊は、最新鋭の巡洋艦であるリブリクルが配備され、駆逐艦も比較的
新しい艦が揃うようになった。
これも全て、ユシオントの力のお陰であるが、それでも、彼を嫌っている者は少なくない。
「まっ、上層部の考えている事は分からんでもない。」
ドウルスは頬を掻きながらイムカ副長に言う。
「敵の侵攻部隊は、ホウロナとエルネイルを往復する輸送船団によって支えられている。それに加え、沿岸地方には少なからぬ数の
戦闘艦艇が上陸部隊の支援に当たっている。それに反比例して、輸送船団の護衛は小型の駆逐艦や小型空母が主力となる。
つまり、巡洋艦以上の艦艇は、大半が敵機動部隊の護衛に回るか、エルネイルに居る事になる。となると、敵船団の守りは薄くなる。
そこに、巡洋艦数隻を主力とする快速部隊が突っ込んだらどうなる?」
「輸送船団側は不利になりますな。小型空母の艦載機も、夜間攻撃が出来る機体は余りありませんから、輸送船団を捕捉したら、
戦闘は我々に有利になります。」
「その通りだ。で、ここで幾らか敵艦を沈めた後、我々はさっさと退散する。そして、時期を見てまた船団を襲って、そして逃げる。
そうなると、敵は沿岸部の巡洋艦や戦艦群を輸送船団の護衛に回さなければならない。そうすると、沿岸地域の支援は薄くなり、
我が地上軍も艦砲射撃をさほど気にせずに、敵の攻撃を迎える事が出来る。」
「なるほど。戦艦部隊が居なくなるだけでも、支援の密度は大きく変わりますからな。」
「それに、船団攻撃が中途半端に終わっても、敵はまた次の襲撃に備えなければならん。つまり、上層部は、小規模の動きで
敵の大兵力をエルネイルから遠ざけようと考えているんだ。」
「ふむ、筋は通っていますな。」
イムカは頷いた。
「ですが、もし、敵の船団に巡洋艦。それも、ブルックリン級やクリーブランド級といった艦が護衛に付いていたら、我々も危ないですぞ。」
「その時はその時さ。俺達は、訓練の成果を相手に教えてやるまでだ。」
ドウルスは不敵な笑みを浮かべた。
その時、伝声管から声が響く。水兵が素早く伝声管に取り付いて、相手と会話を交わす。
「艦長!ハランガ大尉が敵らしき生命反応を探知したと。」
「何?本当か!」
ドウルスはやや興奮気味に言いながら、伝声管に取り付く。
「艦長だ。生命反応を捉えたのか?」
「はい。南西12ゼルド方向に、東に向かう反応を捉えました。距離が未だに遠いため、反応は薄いですが。」
伝声管の向こう側に居るレムクロ・ハランガ大尉は、冷静な口調でドウルスに報告する。
ハランガ大尉は、昨年10月に起きたマルヒナス沖海戦で、いち早くアメリカ軍艦隊を探知するという殊勲を挙げている。
この結果、第2艦隊は敵の襲撃に備えることが出来た。
当時、中尉であったハランガは、この功績によって大尉に昇進した。
ドウルスは、ハランガの能力を信頼しており、今度の作戦でも真っ先に敵を見つけてくれると確信していた。
「流石は海軍有数のベテラン魔導士。見事な腕前だ。引き続き、目標の探知を続けてくれ。」
ドウルスは賛辞の言葉を送りつつも、ハランガに指示を下してから会話を終えた。
「旗艦からは何も言って来ないようだな。」
「ええ。というか、旗艦に乗り組んでいる魔導士は、まだ新米ですからな。こっちから敵を発見したと知らせましょうか?」
「無論だ。」
ドウルスは頷いてから、再び伝声管に取り付いた。
「私だ。旗艦に敵らしき生命反応を探知したと伝えてくれ。」
「了解です。」
彼はハランガに命じた後、旗艦から返事が返ってくるのを待った。
2分後に、返事はやってきた。
「艦長!旗艦より返信であります!」
ハランガの部下である若い魔導士が、紙を持ってきた。ドウルスはそれを受け取って、一読する。
「当方では敵影を確認できず。もう1度確認されたし。だと?」
ドウルスは眉をひそめる。
「司令官はハランガの報告を信じていないのか。仕方ない、もう1度送ろう。」
ドウルスは改めて、敵発見の通信を送らせた。
だが、今度は返事が来なくなった。
それからしばらく時間が経った。
「艦長、敵との距離、7ゼルドです。」
「遅い!旗艦は何をやっとるんだ!!」
ドウルスは苛立ち紛れに喚いた。
「敵はレーダーを持っているんだぞ!?もし、レーダーに捕らえられてしまえば、俺達は敵の船団に逃げられてしまうぞ!」
「艦長。ここは押さえて下さい。」
いきり立つドウルスを、イムカ副長が諫めた。
「司令官にも、何かお考えがあるのではありませんか?」
「考えがあるにしても、こっちが報告を送って大から分時間が経つぞ。今はまだ、敵の動きに変化が無いが、俺達の艦隊が
敵のレーダーに移り込めば、もはやそれまでだ。敵はさっさと逃げ散り、俺達はただ、時間を空費しただけで港に帰る事になる。
元は嫌がらせに近い作戦とはいえ、何の戦果も無しでは話にならん。」
ドウルスが憤りを隠さぬ口ぶりでイムカにまくしてた、ちょうどその時。
「艦長!旗艦より通信です!」
艦橋に、先ほどの若い魔導士が入ってくる。
艦長は荒々しげに差し出された紙を受け取ると、内容を一読した。
「我、敵らしき物を探知。これより増速し、敵船団に向かう。艦隊速力、15リンル。ようやく、本来の仕事が出来そうだ。」
ドウルスはため息混じりに言うと、声高に命令を発した。
「これより敵に向けて突入する!速度上げ!速力15リンル!」
「速力15リンル、了解!」
誰かが復唱する声が聞こえる。それからやや間を置いて、レルバンスクの速度が上昇し始めた。
艦はやがて、15リンルまでに増速していた。
「さて、今回の作戦で、俺達はどれぐらいまでやれるかな?」
ドウルスは、値踏みをするかのような口ぶりで呟く。
今頃、敵はレーダーで第2艦隊を捉えているだろう。ハランガの報告では、敵部隊は12リンルというやや早めの速度で航行している。
数は30隻ほどで、うち20隻は反応が大きいようだ。
この敵部隊は、通常の船団よりは速度が速いため、ドウルスはこの敵船団が、アメリカ側の高速輸送船であると確信している。
アメリカ海軍は、今年の3月頃から通常の輸送船を改造した高速輸送船を使い始めており、徐々にではあるが、その数を増やし続けている。
「敵の護衛艦は10隻。殆どは駆逐艦だろうが、巡洋艦も1、2隻は混じっていると見て良いだろう。今回は嫌がらせ程度だから、
司令官閣下はこの護衛艦隊を半壊させてから撤退しても良いと考えていそうだ。しかし、それでは少々、物足りない感があるな。」
ドウルスは顎をさすりながら呟く。
「せめて、貴重な高速輸送船の数も減らしたい所だ。化け物じみたアメリカの国力からして、大したことにはならんだろうが、
それでも、優秀な船員を減らす事は出来る。司令官が躊躇したら、意見具申してみようか。」
彼はそう決意した。
だが、同時に、思いがけぬ報告が飛び込んできた。
「駆逐艦リーリギランスより緊急信!我が艦の左右より魚雷接近!」
いつの間にか、艦橋に飛び込んできた若い魔導士が、顔を真っ赤にしてから怒鳴っていた。
その直後、艦の後方で何かが光った。
くぐもったような爆発音が響いたのは、それから5秒後の事であった。
この時、駆逐艦リーリギランスには左舷から3本、右舷から1本の魚雷が向かっていた。
艦長は見張りの報告を聞いてから、慌てて取り舵一杯を命じた。
しかし、その時には魚雷は艦から400メートルの至近距離に迫っていた。
リーリギランスは回頭によって、左舷からの魚雷を2本かわした。だが、それだけであった。
まず、左舷中央部に魚雷が突き刺ささる。魚雷は、駆逐艦の薄い艦腹を叩き割って内部に侵入。
艦深部に設けられていた魔導機関室に達した直後に信管を作動させた。
爆発によって、巨大な魔法石が瞬く間に叩き折られ、周囲に居たローブを着た魔導士達が、驚く暇もなく抹殺される。
魔動機関室に隣接される他の部屋が一瞬にして破壊され、運悪く、便所に閉じこもっていた水兵が横合いから押し寄せた
壁に挟まれ、圧死する。
その直後に猛烈な火炎が吹き込んで、無惨な圧死体は瞬く間に消し飛び、次いで、流れ込んできた海水がその場を満たした。
この一撃で動力を粉砕されたリーリギランスはすぐに減速し始め、左舷中央部の跛孔から流れ込む海水によって傾斜を深めつつ
あったが、そこに反対側から迫ってきた魚雷が命中する。
魚雷は、狙い澄ましたかのように右舷中央部に突き刺さった。
先の一撃で瀕死に陥ったリーリギランスは、この打撃によって艦体が真っ二つに叩き割られた。
リーリギランスが、僅か30秒ほどで沈没確実の損害を被った後、別の艦が魚雷を食らった。
駆逐艦ペキアルは、左舷後部から迫る3本の魚雷を発見したが、回避運動を行なったにも関わらず、1本を艦尾に受けてしまった。
魚雷は高速回転するスクリューに50ノット近いスピードでぶつかり、弾頭部がスクリューによって削られながらも、逆に
スクリューをねじ曲げて艦体に突進する。
削れた先端部が艦尾にガンと突き刺さった直後に、信管が作動する。
爆発の瞬間、艦尾部分の装甲板はあっさりと破られ、艦尾の推進器や舵機は瞬く間に破壊された。
ペキアルの艦尾に水柱が高々と上がってから、さほど間を置かずに、ペキアルは急速に速度を落としていく。
ペキアルのすぐ後方を航行していた駆逐艦スティンミグは、大慌ててペキアルを避けた。
スティンミグは辛うじて、魚雷を回避出来た。
スティンミグの中央部甲板で見張りを行なっていたエウクト・ガレス1等兵曹は、ペキアルの惨状を見るなり、仰天してしまった。
「おい見ろよ。ペキアルの艦尾が曲がっちまってるぞ!」
ガレス1等兵曹は、ペキアルを指さしながら、興奮した声で同僚に伝えた。
ペキアルは、魚雷の爆発によって推進器を失い、艦尾に破孔を穿たれた上、艦体の一部が曲がってしまった。
ガレス1等兵曹は、駆逐艦とはいえ、鋼鉄製の艦体をあっさりと曲げてしまうほど強力な魚雷に対して、限りないまでの恐怖を感じた。
立て続けに2隻が避雷し、駆逐艦列はバラバラになり始めた時、更に別の1隻が避雷する。
第71駆逐隊の旗艦である駆逐艦エイグラウグは、急回頭によって2本の魚雷をかわしたが、どういう訳か、時間差で
やって来た魚雷が艦の左舷前方に迫った。
「魚雷接近!」
見張りが目を見開きながら絶叫した瞬間、夜目にも鮮やかな真っ白な航跡が、艦の前部・・・第1砲塔の横に命中した。
次の瞬間、くぐもったような爆発音が響き、高々と水柱が吹き上がる。
それから、真っ白な閃光が第1砲塔の付け根辺りで煌めいた。
艦橋にいた乗員達は、その閃光に目潰しを食らわされた。そして、二度と目を開くことはなかった。
魚雷は駆逐艦特有の薄い艦体をぶち破り、弾頭部は第1砲塔の火薬庫辺りに達した。そこで魚雷は爆発し、次の瞬間には火薬庫の誘爆を引き起こした。
爆発エネルギーは第2砲塔の火薬庫までも誘爆させ、エイグラウグの前部部分を粉砕した。
雷もかくやと思うほどの大音響が響いた後、エイグラウグは黒煙を吹きながら急速に沈没していく。
文字通りの轟沈であった。
「エイグラウグが轟沈した!!」
ドウルスの耳に、見張りの悲痛めいた報告が飛び込む。
「どういう事だこれは!?」
彼はすっかり混乱していた。
「潜水艦か!?」
「いえ、潜水艦ではないようです。潜水艦ならば、生命反応探知機に引っ掛かるはずですが。」
「敵の艦隊はまだ先だぞ。魚雷を発射するには遠すぎる。」
「艦長!旗艦の前方に発砲炎が!!」
思案する暇も無いまま、見張りから再び、凶報が伝えられる。前を見ると、旗艦の左舷前方に幾つもの発砲炎が煌めいている。
闇の中に湧き出た発砲炎の中に、一瞬だけ何かのシルエットが浮かび上がった。
(まさか・・・・)
ドウルスは背筋に冷たい物を感じながらも、即座に命令を発した。
「あの発砲炎の上空に照明弾を撃ち上げろ!敵がいるぞ!」
「りょ、了解しました!」
レルバンスクが行動を起こし始めた時、第2艦隊旗艦リブリクルの艦橋では、突然現れた未知の艦隊から発せられた
砲撃によって大混乱に陥っていた。
敵艦の射撃は正確だった。まず、第1射が降り注ぎ、艦首と中央部に1発ずつが命中する。
その次に第2射が降り注ぎ、後部に敵弾が命中して火災が起こる。
その衝撃から立ち直らぬうちに第3射が撃ち込まれ、第2砲塔がまだ1発の砲弾を撃たぬまま粉砕される。
射撃は旗艦リブリクルと、2番艦ウラムグレイに集中している。
リブリクルとウラムグレイは、正確な射撃の前に次々と命中弾を浴びていく。
矢継ぎ早に送られてくる射弾。そして、雨のように着弾する多数の砲弾。
“あの巡洋艦”と戦った者であるならば、敵の正体についてはもはや言うまでもない。
新たに第4射が着弾し、艦体のどこかが砲弾に傷つけられた直後、発砲炎の真上に赤紫色の光が灯った。
その光は、旗艦より10000メートルまで迫っていた4隻の巡洋艦をくっきりと照らし出していた。
「あれは・・・・・!」
ドウルスは、目の前に現れた敵巡洋艦を見るなり、愕然とした。
「なぜ・・・なぜブルックリン級が居る!?どうして、探知魔法に引っ掛からなかった!?」
斉射の瞬間、艦橋の前面が発砲炎によって明るく染まった。
15門の47口径6インチ砲が咆哮する様は、やはり迫力満点である。
それからきっかり6秒後に、15門の主砲が更に咆哮する。
「凄い・・・・これが、噂のブルックリンジャブという奴か・・・・」
第34任務部隊第2任務群の指揮官であるアーロン・メリル少将は、隣に立っているミスリアル海軍所属の
ダークエルフが、やや驚いたような声音で呟くのを聞いた。
「どうですかな?ブルックリンジャブの威力は?」
「噂には聞いていましたが、これほどとは。」
ダークエルフの士官、もとい、ミスリアル海軍魔法技術部所属のフェルク・フランバルト大佐は興奮を滲ませた口調で言う。
第7斉射が放たれてから、メリルは言葉を返した。
「私も、あなた方の魔法技術には驚かされましたよ。」
メリルはそう言ってから、視線を艦首に向けた。
エルネイル上陸作戦「エックスレイ」が発動する直前にあたる7月23日。
ミスリアル海軍側から太平洋艦隊司令部を通じて、メリルの指揮するTG34.2の艦艇を使って、今開発中の魔法兵器の
実地試験をしたいとの要請があった。
メリルは太平洋艦隊司令部から、半ば命令に近い形でこの要請を聞き、渋々ながらも了承を下した。
翌24日。TG34.2の旗艦である軽巡洋艦ブルックリンに、フランバルト大佐率いるミスリアル海軍魔法技術部の面々が訪れた。
そこでメリルは、ミスリアル海軍が、艦艇の発している生命反応を打ち消す魔法を開発中であると聞いた。
元々、この世界の戦場では、自らの生命反応を消す魔法は幾つもあったが、それは個人が使用する程度の物である。
魔法技術の進んだ現在では、魔法で生命反応を消しても、それが人為的であるために対抗魔法を発せられれば一発で見つかるため、
この手の魔法は今では廃れた物になっていた。
だが、ミスリアル側は、1483年12月で、大西洋戦線で起きたとある海戦をヒントに、別の方法でもって生命反応を打ち消せば
良いと考えた。
昨年12月に起きた海戦とは、米潜水艦ボーフィンとマオンド側駆逐艦との戦いで、この時、ボーフィンは、レーフェイル大陸から
逃げてきたハーピィのメリマを保護していたが、ボーフィンは途中で、マオンド駆逐艦に追い詰められた。
その劣勢を挽回したのが、メリマの生命探知妨害魔法であった。
これによって、ボーフィンは反撃ができ、見事マオンド駆逐艦を返り討ちにした。
これに注目したミスリアル王国は、アメリカに派遣した派遣要員をメリマに会わせ、その魔法の仕組みについて詳しく聞いた。
それからしばらく経った1484年2月に、ミスリアルは新たな生命探知妨害魔法の開発に着手した。
今回、新開発の探知妨害魔法はこれまでの魔法とは仕組みも、規模も異なる物であった。
従来の探知妨害魔法は、相手が発する妨害魔法の魔法波を打ち消す形で、相手の目から逃れようとしていた。
しかし、今の魔法技術では、人為的に魔法波が打ち消されればそこだけが異常であると術者に知らされるように出来ており、例え
探知妨害魔法を発してもそれだけで位置がばれる可能性があった。
だが、ミスリアル側が開発した新魔法は、相手側の妨害魔法の魔法波を打ち消さず、逆にそれを弾くような魔術結界でもって
受け流す事を目的としている。
魔法波を消せば異常は発生するが、“消しさえしなければ”相手には異常であるとは伝わらない。
それに、魔法の発動範囲は、従来の魔法が個人でしか使えぬ代物であったに体し、この魔法では個人は勿論の事、魔法石を
基点に魔法陣を敷けば半径100メートル以内を魔法の効用範囲に置くことが出来る。
後年、ステルス戦闘機を開発したアメリカから、マジック・ステルスとも言われたこの新魔法は順調に開発を続けられ、
7月にはようやく、試作品が出来た。
そして、そのテスト用魔法の試験役に選ばれたのが、メリルの率いるTG34.2であった。
ミスリアル側は、この時のためにあるだけの試作品を持ってきたが、魔法石は16個しか無いため、ごく少数の艦にしか
魔法陣を書き込めなかった。
メリルは考えた末に、TG34.2の準主戦力である軽巡洋艦ブルックリン、フェニックス、フィラデルフィア、
ビロクシーと、フレッチャー級駆逐艦で編成されている第69駆逐隊の4隻を実験艦として使用する事にした。
この8隻は、TG34.2の僚艦と共に上陸支援に当たった後、27日に弾薬補給を済ませてからしばらく待機に入った。
28日に、第3艦隊旗艦ニュージャージーから、敵の水上部隊がホウロナ諸島から出発したAP-31船団を
狙っているとの通報を受けた。
ニュージャージーには魔法通信傍受機が設置されており、シホールアンル軍の極秘情報などは、ほとんどが
このニュージャージーによって傍受されていた。
メリルの率いる艦隊は、27日の正午までにはAP-31船団と合流し、敵の襲撃を待った。
ブルックリンのSGレーダーが敵艦隊を捉えたのは午前1時過ぎであり、レーダー員が方位25度方向、距離20マイル付近に浮かぶ光点を見つけた。
当時、メリル戦隊は船団から約6マイル離れた北側海域に布陣していた。
本来ならば船団の近くに布陣している筈なのだが、メリルは万が一の場合を考えて、艦隊をやや離れた海域に布陣させる事にした。
メリルは敵艦隊発見の報を聞くや、すぐに艦隊の進路を変針させ、敵に近付いた。
レーダー上の敵艦隊は、メリル艦隊が12マイルまで接近しても全く気付かなかった。
メリルは駆逐隊を左右に分離させて、まず敵駆逐艦の排除を行う事にした。
駆逐隊は2隻ずつが敵の左右に回り、距離5000で魚雷を発射した。
魚雷発射完了の報が届いてからしばらく経った時、メリル戦隊は、敵巡洋艦群の右舷側から接近しつつあった。
駆逐隊の放った魚雷が、敵駆逐艦に次々と命中した瞬間、彼は即座に砲撃を命じた。
距離10000メートルから敵の右舷前方に回り込んでいた4隻の軽巡は、それぞれ割り当てられた目標に向けて砲撃を開始する。
旗艦ブルックリンと2番艦フェニックスは敵1番艦を、3番艦フィラデルフィアと4番艦ビロクシーは敵2番艦目掛けて砲を撃ち放つ。
メリルは最初から斉射で砲撃を行なわせた。彼は、2隻分の戦力を敵1隻に注ぎ込み、短時間で無力化しようと考えていた。
メリルの目論見は見事に当たり、敵1番艦と2番艦は早くも、10発以上の命中弾を受けていた。
第9斉射が放たれ、ブルックリンの9700トンの艦体が僅かに傾ぐ。
ここでようやく、敵1番艦と2番艦も砲撃を行なった。敵艦の前部と後部に発砲炎が煌めく。
その直後に、敵艦の艦体に6インチ砲弾が突き刺さる。
敵巡洋艦の砲弾が、シュー!という音と立ててブルックリンの上空を飛び抜けていく。
敵艦の砲弾は、ブルックリンの右舷500メートルに落下した。
「照準が甘い。敵さん、かなり慌てて居るぞ。」
メリルは単調な口ぶりで呟いた。
敵巡洋艦は更に斉射を繰り返すが、どれもこれもブルックリンには当たらない。
逆に、ブルックリンやフェニックスの砲弾を立て続けに食らう。
6インチ砲弾が反撃を始めたばかりの1番砲塔を粉砕し、2本ある砲身を空高く吹き飛ばす。
艦首に命中した砲弾はその先端部を粉砕し、綺麗に尖っていたはずの先端部が無惨にひしゃげる。
敵1番艦は新鋭艦なのであろう。これまでの巡洋艦とは違って、何も無いはずの中央部に1基の連装砲塔が設置されている。
敵巡洋艦はこの砲塔も使用して、ブルックリンに反撃を仕掛けるのだが、この砲塔もフェニックスから撃ち込まれた6インチ弾に叩き潰された。
別の砲弾は艦橋基部に命中し、周辺にあった魔導銃や艦体の破片を派手に撒き散らし、新たな火災を発生させる。
敵巡洋艦は都合28発を食らい、砲塔2基が粉砕されたが、それでも艦橋や機関部等は健在であり、第5斉射をブルックリンに向けて放つ。
唐突にガーン!という強い衝撃が加わったかと思うと、ブルックリンの周囲に水柱が吹き上がった。
「後部甲板に敵弾命中!火災発生!」
艦橋にダメコン班から送られた報告が届けられる。
「シホットの連中、ようやく目が覚めたようだな。」
メリルは、炎上する敵1番艦を睨み付けながら独語する。
敵1番艦は既に30発近い6インチ弾を食らって、艦体のあちこちから火災を起こしている。
だが、新鋭艦だけあって、なかなかにしぶとい。
ブルックリンが第14斉射を放つ。敵1番艦に6インチ弾が着弾する前に、敵艦も第6斉射を放った。
その直後、艦の前部や艦橋の当たりに命中の閃光が灯る。
その1秒後に、フェニックスから放たれた6インチ砲弾が落下し、4発が中央部から後部にかけて、満遍なく命中する。
敵1番艦はこの被弾によって、新たに艦橋からも火災を起こした。
「お、艦橋が燃えている。これはひょっとしたら・・・・・」
メリルは、敵1番艦を見つめながら、何かを期待するかのように呟いた。
ブルックリンとフェニックスは更に斉射弾を放つ。新たに7発の砲弾が敵1番艦に命中する。
そして、立て続けに3斉射分の砲弾が敵1番艦の周囲に落下し、命中弾は敵艦の艦体を一寸刻みに抉る。
その間、敵1番艦は何ら反撃のそぶりも見せなかった。
やがて、敵艦に変化が見られた。
「敵1番艦、減速します!」
見張りの興奮で上ずった声が艦橋に響く。メリルも、自らの目で敵1番艦がよろめくように減速している様を確認していた。
「敵2番艦沈黙!取り舵に転舵!戦域を離脱する模様です!」
「撃ち方止め!目標を変更する!」
メリルは凛とした声で指示を下す。
「ブルックリン、目標敵3番艦!フェニックス、目標敵4番艦!フィラデルフィア、ビロクシー、目標5番艦!」
メリルの指示が各艦に飛んでいく。
その横で、フランバルト大佐は感嘆したような顔つきで戦闘に見入っていた。
「これがブルックリンジャブ・・・・噂には聞いていたが、これほどまでに早いとは。」
「勝負はこれからです。」
メリルはフランバルトに振り返った。
「敵はまだおります。当然ながら、敵は味方の仇とばかりに、怒りに燃えて立ち向かってくるでしょう。まだ油断はできません。」
彼は首を横に振りながらフランバルトに告げる。
そこへ、CICから意外な報告が飛び込んできた。
「旗艦と音信が不通の上、2番艦ウラムグレイも戦闘不能な今、もはやこれ以上の戦闘は不可能だ。全艦に撤退を指示しろ!」
ドウルスは有無を言わせぬ口ぶりで、伝声管越しにハランガへ命じた。
「艦長!まだ戦力は残っています!敵の正体も分かった今、ここは思う存分戦えるはず。」
「馬鹿野郎!」
食い下がるイムカ副長を、ドウルスは怒鳴りつけた。
「相手はブルックリン級とクリーブランド級が4隻だぞ!それに対して、俺達は砲が8門程度のルオグレイ級しかいない。
こんな状態で敵と戦ったら全滅するのは明らかだ。ここはひとまず、戦力が残っている内に撤退するしかない!俺は残存の
巡洋艦艦長の中では先任だ。敵と戦うかどうかは俺が決める。」
「ですが、敵は追撃してきますぞ!?」
「それぐらいわかっとる!」
ドウルスは先よりも大きな声音で怒鳴る。
「だから、このレルバンスクが囮役を務める。」
「・・・・・・」
艦橋が静まり返った。
相手はブルックリン級とクリーブランド級が合せて4隻。それに対して、立ち向かうのはレルバンスク1隻のみ・・・・・・
「そんな。無謀です!」
イムカは顔を真っ赤に染めて叫んだ。
「相手は恐るべき速射能力を持つブルックリンとクリーブランドですぞ!レルバンスク1隻のみでは」
「いずれは押し潰される。」
ドウルスはイムカの言葉を遮るようにして言う。
「だが、俺達が時間を稼げば稼ぐほど、残りの味方は敵から遠ざかれる。敵駆逐艦は、味方駆逐艦が上手く押え込んで
いるようだ。後は、誰かが残って、味方の脱出を援護しなければならない。」
「・・・・・本当に、よろしいのですね?」
イムカはドウルスを睨み付けた。
「レスバンスクに乗り組んでいる1100名の乗員は、あなたを恨むかもしれませんぞ。」
「それも覚悟の上だ。」
ドウルスは胸を張って言い切った。
「それに、貴様達も、どこぞから現れたあの幽霊艦隊に仕返ししたいと思っているだろう?ならば、俺達でやってやろう。」
「・・・・・はぁ。貴方は昔からそんな感じですねぇ。」
イムカはため息を吐きながら言う。
「分かりました。艦長、お供します。」
「すまんな。」
「味方を逃がすためです。仕方ありませんよ。」
イムカの呟きに、ドウルスは苦笑した。
メリルは、目の前に展開される意外な光景に目を瞬かせていた。
「これは一体・・・・」
どういうわけか、敵巡洋艦群は1隻を残して全て転舵し始めた。残った1隻が砲撃を加えてきた。
「司令!敵艦隊は撤退するようです。早く追撃しなければ!」
「追撃するにも、あの巡洋艦が邪魔だ。4隻であいつを排除してから、残りを追う!早く追わなければ、
敵は自軍の制空権内に逃れてしまう。」
メリルは、やや焦りながらも、敵巡洋艦に砲火を集中するように命じた。
敵巡洋艦の砲弾が落下した。敵はブルックリンを狙っていたが驚くべき事に、初弾からブルックリンを挟叉した。
「挟叉されました!」
「厄介だな・・・・あの艦にはかなりの腕利きが乗っているぞ。」
メリルは舌打ちしながら言う。
ブルックリンを始めとする4隻の巡洋艦が、主砲を放つ。4隻とも最初から斉射である。
敵巡洋艦の周囲に無数の水柱が吹き上がる。
すわ轟沈かと思える光景だが、敵巡洋艦は艦首で水柱を蹴散らしながら健在な姿を現す。
更に第2斉射弾が放たれ、それも敵艦の周囲に落下する。
「命中弾無し!」
CICから無情な報告が知らされたとき、敵巡洋艦が第2斉射を放った。
ブルックリンも第3斉射を撃つ。ブルックリンに続いて、残り3隻の軽巡も主砲を放つ。
敵巡洋艦に計57発の6インチ砲弾が殺到していく中、敵巡洋艦の8発の7.1ネルリ砲弾もブルックリン目掛けて落下する。
着弾は敵艦の砲弾が先であった。いきなり強い衝撃がブルックリンの艦体を揺さぶる。
何かが破壊されるような、金属的な叫喚がけたたましく響いた。
「だ、第1砲塔損傷!」
「左舷中央部に命中弾!火災発生!」
「なっ、砲塔を潰されたのか!?」
メリルは、敵巡洋艦の正確な砲撃に度肝を抜かされた。
ブルックリンが放った射弾も、他艦の砲弾と一緒に落下する。水柱に包まれる前に、敵巡洋艦の前部甲板に命中と思しき閃光が見えた。
直後に水柱が立ち上がり、しばしの間敵巡洋艦を覆い隠す。
敵巡洋艦は水柱を突き崩しながら、依然として30ノット以上の速力で航行している。
前部甲板からは、うっすらと白煙がたなびいているが、それ以外は目立った損傷は見られない。
敵巡洋艦が斉射を放つ前に、2度斉射が加えられる。艦体に幾つもの命中弾が降り注ぎ、爆発光の中に破片が飛び散るのが見えた。
敵艦が4度目の斉射を放つ。その直後に、ブルックリンは第7斉射を放つ。
12門の6インチ砲が咆哮し、白熱した砲弾が敵巡洋艦目掛けて落下していく。
またもや、敵巡洋艦の周囲に砲弾が落下する。敵巡洋艦の砲弾もまた、ブルックリンに降り注いだ。
今までよりも強い衝撃が艦橋に伝わり、メリルは思わず転倒しそうになったが、フランバルトが支えてくれたお陰で、床に転倒せずに済んだ。
「大丈夫ですか!?」
フランバルトは血相を変えた顔つきでメリルに尋ねる。
「ええ。大丈夫です。」
メリルは頷くと、何とか体勢を立て直した。
「左舷中央部、並びに前部甲板に被弾!第1両用砲損傷!」
「くそ、敵もやるな!」
メリルは悔しげに顔を歪めるも、内心では敵巡洋艦の意外な奮闘に感嘆していた。
ブルックリンが新たな斉射弾を放つ。12発の砲弾は、目標たる敵巡洋艦目掛けて殺到していく。
僚艦の砲弾も敵巡洋艦に落下していく。が・・・・
「敵巡洋艦、転舵しています!」
いつの間にか、敵巡洋艦は転舵を行なっていた。敵巡洋艦はメリル部隊に頭を向ける形で回頭を行なっていた。
そのため、未来位置を狙って放たれた50発以上の砲弾は全てが外れ、海面に空しく水柱を吹き上げるだけとなってしまった。
「咄嗟に転舵するとは。こりゃ、思った以上に手こずりそうだぞ。」
メリルは苦々しげな口ぶりで呟いた。ブルックリンは更に斉射弾を放つ。
いつもなら、ブルックリンジャブと呼ばれる急斉射の発砲音も、この時に限ってはどこか頼りなく聞こえた。
午前1時50分
巡洋艦レルバンスクは、今や沈没寸前の状態にあった。
「艦長。もはや航行は不可能です。」
「ああ。もう潮時だな。」
レルバンスクの艦橋で指揮を取り続けたドウルス艦長は、砲弾の破片によって傷付いた右腕を押さえながら、イムカ副長に答えた。
レルバンスクは、4隻の敵巡洋艦に立ち向かった末に、50発以上の砲弾を食らい、全砲塔が粉砕された。
その上、接近してきた敵駆逐艦の雷撃によって、左舷側中央部に魚雷1本を受けてしまった。
満身創痍となっていたレルバンスクにとって、この1本の魚雷はとどめの一撃となった。
これによって機関室はほぼ壊滅し、レルバンスクは左舷側に傾斜したまま、火災炎を吹き上げながら洋上に停止した。
「あれは、旗艦だな。」
ドウルスは、左舷側遠くに見える燃え盛る艦影を見て、確信したように言う。
旗艦であるリブリクルは、被弾によって速力が低下した所に、敵駆逐艦の雷撃を食らった。
左舷側に3本の魚雷を受けたリブリクルは後部弾薬庫が誘爆を起こし、艦体が第4砲塔の辺りから断裂してしまった。
実質的に沈没確実の損害を被ったリブリクルはレルバンスクから500グレル離れた海域に停止し、今は数少ない
生き残りが艦から脱出している。
報告によれば、生存者の中には第2艦隊司令官であるユシオント少将を始めとする第2艦隊司令部や、艦橋にいた
艦長等の艦橋職員は誰1人として含まれていないという。
「艦長。退艦しましょう。もはや、この艦は持ちません。」
「そうだな。副長、君は残りの乗員を率いて降りてくれ。俺は、一番最後に降りる。」
「しかし・・・・」
イムカは言葉を続けようとしたが、ドウルスが手を上げて制したため、続けられなかった。
「俺は、みんなを危険な目に遭わせてしまったんだ。そんな俺が早々と退艦する事は、責任を途中で放棄する事と同じだ。
俺は、最後まで残るよ。」
「・・・・分かりました。お待ちしておりますぞ、艦長。」
「ああ。先に行ってくれ。」
ドウルスはそう言ってから、副長を艦橋から退出させる。
副長が出て行ったのを確認してから、彼は窓の向こうにいる敵艦隊に視線を向けた。
レルバンスクの右舷には、4隻の敵巡洋艦がいる。うち、2隻はレルバンスクの反撃によって火災を起こしている。
「たった1隻の巡洋艦で、4隻の巡洋艦と渡り合った。レルバンスクは敵に袋叩きにされたが、それでも2隻に手傷を負わした。
まっ、劣勢であったにしてはよく頑張ってくれたな。こいつは。」
ドウルスはしんみりとした口調で言いながら、長い間乗ってきた乗艦に賛辞の言葉を送る。
やがて、最後の乗員が右舷側から飛び降りた。
それを確認したドウルスは、自らも脱出するために、艦橋から退出していった。
それから20分が経った。
レルバンスクの乗員達は、敵であったアメリカ巡洋艦のボートに次々と救助されつつあった。
メリルは、酷い有様と化した前部甲板と、救助されるシホールアンル兵を交互に見やりながらため息を吐いた。
「しかし、あの敵巡洋艦はしぶとかったな。まさか、たった1隻でブルックリンに大破同然の損害を被らせ、
フェニックスにも手傷を負わせるとは。」
ブルックリンは、敵巡洋艦の砲弾は13発も食らい、前部の第1、第2、第3砲塔を破壊されたほか、左舷側の両用砲2基と
後部カタパルトを粉砕され、実質的に大破の判定を受けた。
2番艦フェニックスも第2砲塔と左舷側の両用砲2基、左舷側の対空機銃の過半を失った。
結果的に、敵巡洋艦は50発以上の砲弾を食らい、最後には魚雷によって止めを刺された物の、その獅子奮迅ぶりには
戦慄を覚えるほどだった。
「あの敵巡洋艦に手こずったせいで、敵の残りは逃がしてしまったな。敵は最後の最後で、俺達に勝った訳だ。」
メリルは苦笑しながらそう言う。
「とはいえ、我々は巡洋艦2隻、駆逐艦4隻を撃沈し、シホールアンル側の企みを粉砕しました。海戦自体は大勝利といっても良いでしょう。」
フランバルトが穏やかな口調でメリルに言う。
「まあ、確かにそうですな。最初は完全に奇襲でしたからな。それもこれも、あなた方の開発した魔法のお陰ですよ。」
「ありがとうございます。」
フランバルトは軽く頭を下げた。
「恐らく、敵の生き残りはこう報告するでしょうな。幽霊のような艦隊に襲われたと。」
「幽霊のような艦隊・・・・・ふむ、そうでしょうな。」
メリルはまんざらでもない様子で微笑んだ。
「敵艦、沈みます!」
見張りからの報告が艦橋に響く。メリルは、視線を炎上する敵艦に向けた。
左舷側に傾斜していた敵巡洋艦は、力一杯戦い抜いた事で満足したかのように、ゆっくりと、静かに沈んでいく。
(憎い敵だったが、見事な戦いぶりだった。最高の乗員と共に最後まで戦えて、貴様も満足だったろう)
メリルは、心中でそう呟きながら、沈みつつある敵艦に向けて敬礼を送っていた。