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226 第171話 黒衣のヴァンパイア(前編)

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第171話 黒衣のヴァンパイア(前編)
1484年(1944年)8月8日 午前1時 ジャスオ領エルネイル

夏真っ盛りの8月の夜は、暑さで動く事すら面倒と思える昼間と比べて、意外なほど涼しかった。
特に、エルネイル海岸は海辺の近くという事もあり、海からよく涼しい風が吹き込んでくる。

「ふぅ。やっぱり、夜は涼しいもんだな。」

第1海兵航空団所属のレーダー部隊の隊員であるウィリー・キーピス伍長は、休憩がてらにレーダー室の
隣にある休憩室の窓辺から身を乗り出して、涼しい夜風に当たっていた。
彼は5分前に同僚と交代したばかりである。
海辺の近くに作られた急造飛行場であるから、こうして涼んでいると、耳にザザーという波の音が聞こえてくる。
キーピス伍長はレーダー員の1人であり、任務中はほぼ休み無しでPPIスコープと睨めっこする。
そのため、交代が迫る頃には、目が疲れてしまう。目が疲れると、体までもがだるくなってくる。
レーダー員は楽な仕事と思われがちだが、意外とハードであり、レーダー員になりたての新米兵はほぼ全員が
「前線部隊に入れば良かった」と言うほどだ。
だが、レーダー員となって1年にもなるキーピス伍長にとって、この仕事の後の気だるさはもう慣れた物である。

「仕事の後に、こうして夜風に当たっていると、自然と疲れが癒されていくみたいだ。」

キーピス伍長は静かな声で呟く。
波の音に混じって、遠くから航空機の物と思しき爆音が聞こえてきた。

「コルセア隊か・・・・こんな時間まで、ご苦労さん。」

彼は、音の聞こえる方向に向かって、持っていたコーヒーカップを掲げた。
エルネイル沿岸飛行場。最近になって、パーキンソン飛行場と呼ばれたこの急造飛行場には、アメリカ陸軍の航空隊や海兵隊航空隊、
カレアント軍戦闘機隊が駐留している。

飛行場は、8日の時点で1500メートル級の滑走路が2つ完成し、1番最初に完成した南側の飛行場は第1海兵航空団と陸軍航空隊。
2番目に完成した飛行場にはカレアント軍戦闘機隊と陸軍航空隊が駐屯し、上陸部隊の支援に当たっている。
この急造飛行場の設営には、シービーズと呼ばれるアメリカ海軍工兵大隊と陸軍工兵隊が中心になって行い、今は700メートル東側に
B-29の駐屯も考慮した3000メートル級の滑走路が建設中である。
この急造滑走路群は、今の所シホールアンル側の航空部隊に襲われてはいないが、いつ敵がこの滑走路群を目標に定めても対処できるように、
昼夜分かたず厳重な警戒が敷かれている。
特に夜間は、迎撃に上がれる戦闘機が少ない事から昼間以上に警戒が強く、基地上空には絶えず夜間戦闘機が飛行している。
夜のパーキンソン飛行場を守るのは、8月1日に配備されてきた、VMF-412所属の36機のコルセアである。
このコルセアは右主翼にスペリー製のAIレーダーを装備しており、パーキンソン飛行場の夜の守りには必要不可欠な機体である。
この36機の夜間戦闘機は、4機ずつ1個小隊が3時間交代で上空に上がり、2機1組で飛行場の上空を旋回している。
VMF-412が配属されてから丸1週間が経ったが、今の所、キーピスらを始めとするレーダー員が騒ぎ出すような事態は発生していない。

「しかし・・・・いつもは暴れ放題なシホットにしては、最近はちと大人しいな。はっきり言って拍子抜けだぜ。」

キーピス伍長は、どこか物足りなさそうな口調で呟いた。
彼の言う通り、シホールアンル側はここ最近、目立った航空作戦を行っていない。
爆撃機が行けば盛大に歓迎はしてくるのだが、シホールアンル側が逆に、攻撃ワイバーンで反撃を仕掛けてくる事は全くない。
シホールアンル軍は、8月に入ってから、受け身に徹しているように感じられる。

「7月後半で受けた損失が大きすぎたのかな?海軍さんや陸軍さんは上陸開始から飽く事無く大編隊を飛ばしまくっていたから、
きっとそうに違いない。」

キーピスは、勝手にそう思い込んでしまった。
しかし、彼はこの直後に、自分の考えが間違いであった事に気付くのだった。

キーピスの変わりに配置に付いたエド・ロックベルト伍長は、PPIスコープの表面を布で拭いていた。

「キーピスの野郎、ここで欠伸をしまくりやがったな。きたねえ唾が付きまくってまともにレーダーが見れんぜ、くそったれ。」

ロックベルト伍長は悪態を付きながらも、布で汚れた表面(さほど汚れてはいない)を噴き続けた。
10秒ほど表面を満遍なく撫でると、付いていた唾は全て拭きとられた。

「よし、これで見栄えが良くなった。」

ロックベルト伍長はにんまりと笑ってから、監視を続けた。
そのまま10分ほど眺め続け、今日も暇な1日になりそうだなと呟いた時、不意にレーダーが光点を捉えた。
レーダーには、6つの光点が移っている。そのうち、中心部を取り囲むようにして移っている4つは夜間戦闘機である。
残りの2つは、60マイルほど離れた北側から現れた。

「お・・・・・こいつは驚いた。」
「どうした?」

隣に座っているレーダー班班長のビード・ミルス中尉が声を掛けて来た。

「班長、これを見てください!」

ロックベルト伍長は、PPIスコープに浮かんだ光点を指さす。

「方位30度、北東の方角から接近しつつある飛行物体を探知しました。飛行物体の数は5・・・いや、6。まだ増えている。」
「距離は60マイル、速度は250マイルか。飛行高度は約3000メートル。数はまだ増え続けているな。間違いない、
シホット共の夜間空襲だ。」

ミルス中尉は断言した。
この時間帯で周囲を飛行しているのは、上を飛んでいる4機の夜間戦闘機だけだ。
それ以外の飛行物体は、味方にはない。
あるとすれば、それは敵が差し向けた刺客に間違いない。

「コルセア隊に通報だ!俺が直接指示する。マイクを貸せ。それから航空管制官を呼んで来い。」

ロックベルト伍長は彼に無線機のマイクを渡したあと、航空管制官を呼びに行った。
ミルス中尉は空いた椅子に座って、レーダーの光点を睨みつける。

「こちらリモンビア。ビューティーガイリーダーへ、聞こえるか?」
「こちらビューティーガイリーダー。どうした、お客さんか?」

無線機の向こうから、陽気な声が響いて来た。
リモンビアは航空基地の呼び出し符牒であり、ビューティーガイは今、上空を旋回している4機のコルセアの呼び出し符牒である。

「ああ。北東の方角、方位30度方向からシホットのワイバーンが現れた。数は今・・・・12騎だ。距離はここから60マイルを切った。」
「12騎だって?俺達は4機しかいねえぜ。」
「別のチームも叩き起こして合流させる。とにかく、君達は先にそいつらの相手をしてやってくれ。」
「了解。ところで、野郎はどうした?」
「今、うちの若いのが呼び出しに行っている。あ、今来た。代わるぞ。」

ミルス中尉はそう言ってから、後ろから近づく足音に顔を振り向かせた。

「やっと主役の登場かい。友達が待ってるぜ。」

彼は、歩いてきた航空管制官のウィリス・ハイト中尉にマイクを渡した。

「いやはや、俺が休んでいる間にすまんね。相手は誰だい?」
「ビューティーガイだ。」
「畜生、あいつらか。またぞろ金返せとか言われそうだ。」

ハイト中尉はあからさまに顔をしかめながら、ミルス中尉と交代した。

「こちらは管制官のハイト中尉だ。」
「よう、借金野郎!よろしく頼むぜ。」
「今日はやけに機嫌が良いようだな。」
「ああ、良いに決まっているだろう!何せ久しぶりの実戦何だからな!で、シホット共はどれぐらいの高度で飛んでいる?」
「高度は約3000メートルだ。今の内に高度を稼げば、奴さんの上までいけるぞ。」
「ようし、分かった!あと、別のチームはどうなった?」
「今から指示を出すよ。他のチームが現場に到着するまでは君達が頼りだ。しっかりと引っ掻きまわしてやれ。」
「OK!シホット共にブローニングをたんまりと食らわしてやるよ!」

ビューティーガイリーダーは上機嫌な口調でそう言ってから会話を終えた。
ハイト中尉は矢継ぎ早に別のチームにも指示を下す。
5分後には、12機のコルセアがエンジンを唸らせ、そそくさと発進していった。

それから10分後。

「こちらビューティーガイ。シホットのワイバーンをレーダーで捉えた。これより交戦する!」
「了解。既に応援も向かっている。無理するな。」

ハイト中尉は冷静な声音でビューティーガイリーダーに注意を促した。
PPIスコープでは今しも、4機のコルセアがワイバーンに近付きつつある。
その後方には、4機ずつの編隊が3つほど映っている。
いずれも、敵ワイバーンの迎撃のために緊急発進したF4U-N2である。

「ひとまず、これで敵の奇襲は防げそうだな。」

ハイト中尉は安堵したように言う。

「いや、まだ気は抜けないぜ。」

対して、ミルス中尉は首を横に振った。

「連中はまだ別のワイバーンを用意しているかもしれん。夜間戦闘機隊があの12騎を追い払っても、そのすぐ後に第2波が
迫っている可能性もある。」
「無論、気は抜いていない。そのために、スクランブルチーム以外の連中も急いで叩き起こさせた。」

ハイトはそう言いながら、滑走路の方に向けて顎をしゃくった。
先ほどの12機は、仮眠室で眠っていた待機要員であり、呼び出しが掛れば5分以内に愛機へ飛び乗れるように指示されている。
この他にも、宿舎に眠っていた別の隊員(非番か、既に哨戒任務を終えた隊員達である)にも緊急招集を掛け、一部は誘導路上で愛機のエンジンを吹かしていた。

「敵さんが第2波を用意しているのなら、こっちだって後詰めを用意している。明日には、陸軍さんの増援が来る。新入りさん
にもやりやすい環境を作らにゃならんから、連中の思うようにはさせんさ。」

ハイトはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
その刹那、爆発音が響き、彼の笑みはしばし凍りついた。

「・・・・・・!?」

すぐに我に返ったハイトは、レーダー室を飛び出し、窓辺から爆発のあった方角に視線を向けた。

「あ、あれは・・・・!」

ハイトは驚愕の表情を浮かべていた。
北側の飛行場からオレンジ色の光が揺らめいている。そこに閃光が走る。
少し間を置いて、ドーンという爆発音が轟いた。閃光はすぐに消え、代わりに炎の揺らめきが見え始める。
爆発はこの2回に留まらず、3回、4回と繰り返された。

「なんてこった、北飛行場が爆撃されてるぞ!」

ミルスは思わず仰天してしまった。

「こりゃ一本取られたぞ!」

ハイトは唸るような声で言う。

「レーダーが捉えた敵影は囮だったんだ!本隊は、レーダーの映りにくい低高度を飛んでいたんだ。」
「くそったれめ・・・・・」

ミルスはやり場のない怒りに顔を赤くする。
そこでふと、彼はある事に気付いた。

「おい、北飛行場が襲われているとなると、シホット共はこの南飛行場も目標に定めているんじゃねえのか?」
「目標にされているとなると・・・・・待機している夜間戦闘機隊が危ない!」

ハイトは咄嗟にレーダー室に飛び込み、無線機で待機中のコルセア隊指揮官を呼び出した。

「こちらは航空管制官のハイトです!少佐、すぐに機から降りてください!」
「降りろだと?馬鹿を言うな!!」

コルセア隊の指揮官は声を荒げた。

「シホット共が味方の基地を爆撃しとるんだぞ!俺達も出て行って連中を全部叩き落とす!」
「少佐!この飛行場にもワイバーンが向かっている可能性があります!滑走中に攻撃を受けたら、いかなコルセアと
いえど確実にやられます!」

ハイトも自然に、大声で相手に喚き散らす形になってしまった。
それにコルセア隊指揮官から返事が響いた時、洋上で対空砲火の発砲炎が煌めいた。
その位置は、南飛行場と目と鼻の先であった。

「洋上の艦艇より報告!敵ワイバーンと思しき機影を発見!敵ワイバーンは飛行場に向かっている模様!」

伝令がレーダー室に飛び込み、報告を言い終えた直後、南飛行場の滑走路に爆弾炸裂の閃光が灯った。

8月9日 午前10時 エルネイル沖西方50マイル地点

その日の天気は、気持ち良くなるような快晴であり、洋上遠くを見渡す事が出来た。

「左前方洋上に味方の艦隊。」

愛機であるP-61ブラックウィドウの操縦桿を握っていたエヴレイ・ゼルレイト准将は、機銃手、レーダー手に味方艦隊の存在を知らせる。
しばらく飛行を続けると、その味方艦隊の陣容が分かって来た。
味方艦隊は、輪形陣を敷いている。
輪形陣の真ん中には、板切れを浮かべたような艦が複数おり、その周囲を多数の護衛艦が取り巻き、上空には護衛機が旋回している。

「第3艦隊所属の高速機動部隊だろう。輪形陣の真ん中に居る空母が明らかに大きい。」
「太平洋艦隊の主力ですね。」

機銃手の女性搭乗員が彼に相槌を打ってくる。

「ああ。あいつらのお陰で、地上部隊はかなり前進しているそうだ。」
「機動部隊の連中に頼っていた分、これからは自分らが頑張らなきゃいかんですね。」

今度はレーダー手が彼に話し掛けてきた。

「そうだな。前進基地が出来れば、後は俺達の出番だ。航空基地が出来るまで援護してくれた連中に恥を見せぬ
戦いをしなくちゃならんな。」

彼はそう意気込んだ。

エヴレイ・ゼルレイト准将は、今度、エルネイルに配属される事になった第212夜間戦闘航空団の指揮官である。
第212夜間戦闘航空団は、夜間戦闘機であるP-61Bブラックウィドウを装備した第910並びに、911夜間戦闘航空群と、
夜間戦闘も行えるように改装されたA-26インベーダーを装備した第961夜間爆撃航空群で編成されている。

各航空群は、それぞれが36機ずつで編成されており、航空団全体では総数は108機にも上る大所帯である。
第212夜間戦闘航空団は第6航空軍に所属しており、8月5日に段階的にエルネイルに派遣される事が決まり、その第1段階として、
第910戦闘航空群が8月6日に派遣される事が決まった。
だが、この日はエルネイル地方周辺の天候が悪化しているため、910FG(戦闘航空群)は予定を変更し、天候が回復する8月9日に
エルネイルへ向かう事になった。
彼ら第212夜間戦闘航空団は、北大陸から脱出してきたレスタン人で編成されており、P-61やA-26のパイロットは、殆どが
レスタン王国のワイバーン隊に所属していた。
ゼルレイト准将もその1人で、彼は対シホールアンル戦役初期から王立近衛飛竜騎士団の副指揮官として戦ってきた。
彼らは、1942年11月から訓練を開始した。
最初は、初めて乗る飛行機に戸惑いを見せていたが、次第に飛行機の特性を呑み込んでいった。
彼らの愛機であるP-61ブラックウィドウは、今年の4月から段階的に部隊へ配備され、4月末までには全ての航空群が機体を受領出来た。
P-61は、ワイバーンと比べると機動性は落ちる物の、双発機にしては運動性能は抜群であり、海軍のF6FやF4U、陸軍のP-51や
P-61と模擬空戦を行い、いずれも良好な成績を収めている。
これは、新開発の装備を取り入れたお陰であり、それ以前のP-61なら、単発機と互角にやり合う事は叶わなかったであろう。
訓練は5月から7月中旬までアメリカ本土で行われ、8月1日にホウロナ諸島に移送された後も、212航空団は猛訓練を続けた。
彼らは115空挺旅団の将兵達と同様に、自らの祖国レスタンの解放という目的を持っている。
そのため、彼らの技量はみるみる内に上がり、今ではすっかり1人前に仕上がっていた。
そこに、やっと巡って来た出番。
第212航空団の将兵は、祖国解放への第一歩を踏み出せると意気込み、士気を向上させた。
だが、機上の彼らの表情はいまいち冴えなかった。

「司令。そういえば、エルネイル基地が爆撃を受けたようですね。」

レーダー手が幾分沈みがちな口調で聞いてくる。

「ああ。俺達の受け入れ先となる飛行場の被害は軽かったらしい。だが、別の飛行場が手酷くやられようだ。詳しい情報は知らんが、
シホールアンルの連中は、いよいよ本気で、エルネイル飛行場を潰しに掛ったらしい。」
「奴ら、今夜も来ますかね。」

「来る。」

ゼルレイトはきっぱりと言い放つ。

「エルネイル基地は弱っている。奴らは、相手が弱っていると見れば、容赦なく襲い掛かってくる。俺達の祖国にやったように、
あいつらはエルネイル飛行場を徹底的に叩くだろうよ。」
「だけど、そうはならないかもしれませんな。」

レーダー手は断言する。

「何と言っても、俺達ブラックヴァンピーズが参陣するんですからね。」
「ハハハハハ!その通りだ!」

ゼルレイトは愉快げに大笑いする。

「今夜は新しい翼を得たレスタン飛竜騎士団とシホールアンル自慢の空中騎士隊の再戦、という事になるな。
連中に、進化したレスタン軍飛竜騎士団の実力を見せつけようじゃないか。」

彼の言葉に、2人の搭乗員は無言で、だが、自信に満ちた表情を浮かべてから、ゆっくりと頷いた。


午前10時30分 パーキンソン飛行場

南飛行場では、損傷した滑走路の復旧作業が依然として続いていた。
滑走路に空いた穴は、ブルドーザーやパワーショベルといった土木機械で埋められていくが、如何せん、穴の数が多い。

「あと20分ほどで終わりそうだな。」

昨夜、レーダー員を務めていたロックベルト伍長は、休憩室でタバコを吹かしながら、復旧作業を見守っていた。

「シホット共は、この飛行場に10発以上も爆弾をぶち込みやがった。」

同じく、隣でタバコを吸っていたミルス中尉が忌々しげに言う。

「うち、2発はよりにもよって、パワーショベルやブルドーザーが集まっていた場所に落ちた。そのお陰で、使える土木機械が
めっきり減って、いつもは短時間で終わる作業がこんなにも長引いた。」
「駐機していた機体も何機かやられましたね。特に、夜間戦闘機隊に損害が出たのが痛かった。」

パーキンソン飛行場は、昨夜の空襲で滑走路に多数の爆弾を叩きこまれた挙句、ワイバーンの地上掃射によって駐機していた
ドーントレス6機とアベンジャー3機、それにVMF-412所属のコルセア5機を撃破された。
それに加え、一部の外れ弾が土木機械集積所に命中し、何台ものブルドーザーやパワーショベルが破損してしまった。
この結果、パーキンソン飛行場は半日以上は使用不能に陥った。
だが、この飛行場の被害は、北飛行場と比べればまだマシな方である。
2人が雑談を交わしている間に、上空に陸軍機の編隊が現れた。

「中尉、来ましたぜ。」
「あれが陸軍の夜間戦闘機隊か。」

2人は、未完成の爆撃機用滑走路に着陸しようとする双発機に視線を向ける。
爆撃機用滑走路は幸運にも被弾を免れたため、今日来援予定だった陸軍機の受け入れは何とか果たせる事が出来た。

「まっ黒ですな。」
「うちのコルセアもあれほど黒くは無いな。」

彼らは、双発機の塗装に注目する。
VMF-412のコルセアは夜間戦闘機仕様のため、通常のコルセアよりは濃いブルーの色が塗装されている。

だが、この双発機は、機首と国籍マークを除いた全ての部位が真っ黒に塗られていた。

「そういえば、あの双発機隊のパイロットは、全員がレスタン人であると、自分は聞いた事があります。」
「レスタン人。あのエルフに似たヴァンパイア達か?」
「ええ、そうです。」
「ほほう。」
ミルス中尉は僅かに頬を緩ませる。
「連中の機体は新開発の夜間戦闘機だ。コルセアのような後付け設定ではなく、その目的のために一から作られている。
陸さん期待の最新鋭機を駆るのは、復讐心に燃える亡国のパイロット達・・・か。」

ミルスは側にあった灰皿にタバコを押し付け、火を揉み消した。

「今度、シホット共が襲い掛かってきたら、あいつらはここぞとばかりに立ち向かうだろう。俺達は期せずして、
心強い味方を得る事になったな。」
「心強い味方・・・・・確かに。」

ロックベルト伍長は納得する。
そんな2人の呟きに応えるかのように、双発機は2基の大馬力エンジンを唸らせつつ、爆撃機用滑走路に次々と着陸していった。

待機していた地上勤務員の誘導を受けながら、ゼルレイトは愛機を駐機場にまで進ませた。
「よし、到着だ。」
彼はそう言ってから、機体のブレーキをかけ、その後にエンジンのスイッチを切る。
轟々と唸っていた2基の2250馬力エンジンが徐々に静かになり、大直径の4枚のプロペラは次第に回転数を落とし、やがては止まった。
操縦手と後ろのレーダー手はキャノピーを開けて、そこから這い上がり、機体の側面に用意されたハシゴを伝って下りる。
機銃手は下の扉を開けて、機体の下面に降りて出てきた。

「ふう、やはり、この時期はどこにいても暑いな。」

ゼルレイトは呟きながら、飛行帽を取り外した。飛行帽の中からエルフ特有の長い耳が現れる。
彼の顔立ちは端整であり、一見してどこにでも居そうな30代後半の男に見える。
だが、顔の左頬には痛々しい切り傷の跡が残っている他、数々の実戦を潜り抜けたせいもあって、戦士特有の精悍さが滲んでいた。
ゼルレイト機の右側に別のP-61が停止する。キャノピーが開かれた後、パイロットが飛び降りて来た。

「うわ!」

地上でハシゴを持って来た海兵隊員が、いきなり飛び降りて来たパイロットを見て驚きの声を上げる。

「あ、驚かせてごめんね~。」

パイロットは明るい声で海兵隊員に謝罪しつつ、飛行帽を取る。
その際に、長い耳がピンと伸びた。
飛行眼鏡と飛行帽が取られると、そこには銀髪のヴァンパイアが居た。
身長は意外に高く、顔つきは整っていて、髪はポニーテール状に束ねられている。
肌はやや褐色で、体つきは飛行服に隠れている物の、体型が良く出ている。

「うわ・・・・すげえ美人だ。」

海兵隊員は再び驚いてしまった。

「褒めてくれるの?姉さん嬉しいわ~。」

そのレスタン人パイロットは、海兵隊員がまだ20代前半である事を見抜いて、わざと色気のある声音で言う。
笑う際に尖った犬歯が見えるが、それがかえって可愛らしさを醸し出している。

「おいおい、男を誘惑するのはやめろ。」

調子に乗ろうとするそのパイロットを、歩み寄って来たゼルレイトが呆れた口調で制止する。

「あ、怒られちゃった。すまないね坊や。若い人を見ると、つい。」
「何が若い人を見るとだ。30後半にもなる大人がよく」
「年の事は言わない約束よ!!」

ゼルレイトの口が、神速の早さで繰り出された彼女の掌に塞がれる。

「ちょ、群司令!准将閣下が死んじゃいます!」

いつの間にか両手で口を押さえていた彼女は、はっとなって手を離す。

「あ、あたし!またやっちゃった!」
「ゲホ!こいつめ、本気で口を塞いで来たぞ。」

ゼルレイトは咳込みながら、彼女を引いた目つきで見つめた。

「シエニウ。いくら肉親だからとはいえ、少しは手加減ってもんを知らんのか?」
「あ・・・・まぁ、これは事故よ事故。」

彼女・・・・第910夜間戦闘航空群司令、シエニウ・ゼルレイト中佐は妙に明るい口調で彼に応えた。

「あー、まーたやってるんですかぁ?」

騒ぎを聞きつけた他のパイロット達が集まって来た。

「いつもお熱いなぁ。」
「たった1人の肉親だからね。じゃれ合いも自然と熱くなるものよ。」

「ほほう。この調子で、夜はガバーッと。」
「それはちとまずくない?」
「そんな乱暴な事はないでしょう!もっと優しげにやるのが普通よ?」

何故か、自分勝手にがやがや騒ぎ始めたレスタン人パイロット達を前にして、海兵隊員達は誰もが、

「おい、こいつら本当に頼りになるのか?」

と、ため息交じりに呟いた。
雑談が5分ほど続いた後、一行の駐機場に1台のジープが猛スピードでやって来た。

「おい、航空団司令だぞ!」

それまで、ややだらけた顔を浮かべていた海兵隊員が一様に表情を引き締める。

「どうやら、じゃれ合いもここまでのようだな。」

ジープの接近を察知したエヴレイは、雑談を交わす部下達に振り返る。

「雑談休止!お偉いさんが来るぞ!」

彼の一言で、話し声がぱっと止み、自然に縦列を作って直立不動の体勢が整えられる。
駐機している機体の前に、100人以上が2列に並んだ。
その手際良さに、頼りなさそうに見ていた海兵隊達は唖然とした。
ジープが停止し、助手席から第1海兵航空団の指揮官が降りて来た。
海兵隊員が即座に姿勢を正す。

「気を付け!航空団司令に敬礼!」

エヴレイの号令の下、レスタン人パイロット達は姿勢を正し、見事な動作で敬礼を行う。
第1海兵航空団の司令も答礼を返した。

「私は第1海兵航空団司令を務める、リチャード・ベニング少将だ。指揮官は君か?」
「はっ。エヴレイ・ゼルレイト准将であります。こちらは、この度配置された第910夜間戦闘航空群指揮官を務めます、
シエニウ・ゼルレイト中佐です。」
「私がシエニウ・ゼルレイト中佐です。よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく。君達の来援には感謝するよ。」

ベニング少将は微笑みながら、2人の手を力強く握った。

「本来なら、陸軍航空隊の指揮官が君達を出迎える筈だったが、生憎、本人は昨夜の空襲で病院送りになってしまった。
そのため、今は臨時に陸・海兵隊航空部隊統合司令官となった私が出迎えをする事になった。」
「そうなのですか。」

エヴレイは沈んだ声で答える。

「容体のほうは如何でしょうか?良ければ、今日中にも面会を行いたいのですが。」
「幸いにも両足骨折だけで、意識はしっかりしている。ただ、幕僚連中が殆ど死傷したから精神的に強いショックを受けている。」
「それほど、昨夜の空襲は酷かったのですか?」
「うむ。シホールアンルの連中は、特に北飛行場を重点的に叩いたからな。一応、面会はなるべく控えてほしいと医者からは
言われているが・・・・どうするかね?」
「行きます。」

エヴレイは即答する。

「指揮官は私の恩人でもありますから。」
「そうか・・・・・フェラガンの奴は、君達の実戦投入を何よりも楽しみにしていたからな。君達が面会するのならば、
それはそれで良い薬になる。」

ベニング少将はうんうんと頷いた。

「話は変わるが。この後、司令部の方に来てもらえないかね?少しばかり話があるのだが。」
「もしや・・・・シホールアンル軍がらみの事ですね?」
「当たりだ。これから作戦会議があるのだが、君達にも是非参加してもらいたい。」
「良いでしょう。」

エヴレイは快諾した。

「では、この後司令部で話し合いを行おう。」

ベニング少将はそう言った後、910FGの閲兵を行い、その後司令部に戻って行った。

「シエニウ。各飛行隊の指揮官を集めてくれ。」
「OK。1分以内に集めるわ。」

彼の指示を受け取った彼女は、部下達の群れに入り込み、見つけた飛行隊長達に話し掛けて行った。

午前11時20分

第1海兵航空団の司令部には、第212航空団司令であるエヴレイと群司令のシエニウ、そして3個飛行隊の隊長達が集まっていた。
海兵隊側からもVMF-412の各指揮官が集まり、誰もがベニング少将に視線を向けていた。

「まず、昨日の空襲についてだが・・・・」

ベニング少将は、壁に掛けてある地図を指示棒で指しながら説明していく。

「シホールアンル軍は大陸側と、海側の二手に別れて飛行場に向かって来た。この2隊のうち、大陸側からやって来たワイバーン隊は
夜間戦闘機隊を引き付けるための囮であった可能性がある。このワイバーン隊に夜間戦闘機隊が対応している間、洋上を低く飛んで
来た別のワイバーン隊が飛行場に突入し、爆弾を滑走路などに落として来た。この結果、北飛行場と南飛行場は敵の爆撃に見舞われ、
特に北飛行場は相当の損害を被ってしまった。」

未明に行われた空襲で、北飛行場は20発以上の爆弾を叩きこまれ、駐機していたカレアント軍所属のP-39と陸軍航空隊の戦闘機、
並びに軽爆40機以上が地上撃破され、滑走路にも満遍なく爆弾を叩きこまれている。
爆撃は飛行機や滑走路のみならず、司令部を始めとする地上施設にも行われ、少なからぬ死傷者が出た。
この結果、北飛行場は最低でも丸1日は使用不能になってしまった。
基地の防空隊は激しく応戦し、ワイバーン20騎の撃墜を報じているが、視界の悪い夜間に起きた戦闘であるため、この数字は丸々
信用する事は出来ず、話半分と考えた方が良い。
本当に20騎ほど撃墜したとしても、飛行場が使用不能にされたとあっては気休め程度にしかならない。

「今回の夜間戦闘で、我が敗北した原因は3つある。1つは、レーダー上に映った敵影を爆撃役のワイバーンも混ざっている
戦爆連合編隊と誤認した事。レーダーでは敵が爆撃役か、空戦役かを見分けるのは難しい。敵はレーダーの存在を知っている
というから、今回はこの特性を逆に利用して来たのだろう。2つ目は、洋上の艦船が少なかった事。当時、洋上にはPTボートが
3隻と護衛駆逐艦2隻しかおらず、しかも、敵が超低空を飛んで来た事で発見が致命的に遅れた。そのため、敵ワイバーンは
直前まで発見されずに飛行場に近付く事が出来た。」

ベニング少将は一旦言葉を切ってから、話を続ける。

「最後の3つ目は、投入した戦闘機が少なかった事だ。」

彼は、VMF-412の指揮官をちらりと見ながら言う。

「当時、VMF-412は16機しか飛ばさなかった。残りは地上で待機状態にあった。敵は最初、12騎ほどで飛行場に
向かっていたが、実際は60騎以上ものワイバーンがこの作戦に参加していた。我々は、敵編隊の規模と、戦術を見誤った末に、
敵の攻撃を許してしまった。」

ベニングはしばし、顔を俯かせる。
昨夜の戦闘で、VMF-412は3機を撃墜された代わりに、7騎のワイバーンを撃墜し、5騎に傷を負わせるなど、果敢な
戦いぶりを見せたが、ホームベースである飛行場は被弾し、地上で待機していた5機のコルセアを含む14機を地上撃破された。
ベニングは自らの采配ミスが、このような結果を生んだと言っても過言ではないと、内心で思っていた。

「シホールアンル側は、必ず、この弱体化した飛行場に追い討ちを掛けて来るだろう。」

ベニングはふぅっと息を吐いてから、俯かせていた顔を再び上げる。

「そこでだ。今夜は、VMF-412と910FGで共同作戦を行いたい。」
「共同作戦ですか?」

シエニウがすかさず聞き返す。

「そうだ。本来、VMF-412は夜間作戦を専門に行えるように編成されているが、昨夜の戦闘で稼働機が減っている。
これでは、敵が昨夜のように全力で来られたら防ぎようが無い。」
「そこで、我々にも防空戦闘に参加してもらいたい、という事ですね?」
「私は海兵隊側の人間であるから、陸軍側である貴官達には要請しか出来ん。参加するか否かは、君達次第だ。」
「なるほど。」

エヴレイは納得したように深く頷く。

「少将。考えるまでもありません。」

彼は闘志のこもった視線をベニングに向ける。

「我々は、シホールアンルと戦うため。そして、祖国を解放するために北大陸へやって来たんです。そのために、私達は
アメリカ軍に志願し、厳しい訓練に耐えて来たのです。正直申しまして、我々の方から戦闘に参加させてくださいと
お願いしようと思っていました。」
「では・・・・参加してくれるのかね?」
「勿論です。」

エヴレイは即答する。

「シホールアンルの連中に、夜の住人に相応しいのはどちらであるか、しかと思い知らせてやりましょう。」
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