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227 第172話 黒衣のヴァンパイア(後編)

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第172話 黒衣のヴァンパイア(後編)

1484年(1944年)8月10日 午前1時 ジャスオ領エルネイル

パーキンソン飛行場は、昨夜と同様に夜の静寂に包まれている。
昼間はあれほど熱かった気温も、夜になると涼しいと思えるほどに下がり、海からは心地の良い波の音と共に、冷たい海風が吹き込んでくる。
エルネイル海岸はいつもと同じように静かで、穏やかである。
だが、彼ら・・・・・パーキンソン飛行場に居る将兵達は、昨日とは打って変わった物々しい雰囲気を撒き散らしながら、
対空機関砲、高射砲、そしてレーダー室といった部署に配置していた。
そのパーキンソン飛行場から東側700メートルほど離れた爆撃機用の滑走路では、列線に並んでいる37機のP-61Bブラックウィドウが
点検後の暖気運転を行っている。
滑走路上から響き渡る2250馬力エンジンの音を聞きながら、エヴレイは仮設の搭乗員待機室に部下のパイロット達を集めていた。

「さて、これよりブリーフィングを行う。まずはシエニウ、君から言ってくれ。」

第212航空団司令であるエヴレイ・ゼルレイト准将は、第910夜間戦闘航空群司令を務めるシエニウ・ゼルレイト中佐に指示する。
昼間は年頃の女性のように振舞っていた彼女だが、今は軍人そのものの表情を浮かべている。

「皆も感付いているとは思うけど、今日は待ちに待った実戦が始まる。これを見て。」

シエニウは、後ろに張り付けられた地図を指示棒で叩く。

「昨夜、シホールアンル軍は二手に別れて、このエルネイル海岸の飛行場を襲った。一部隊は北の陸地側から。もう一部隊は海側から
襲って来た。シホールアンル軍は、海兵隊の夜間戦闘機隊を引き付けるため、陸地側から飛来して来たワイバーン隊に通常の高度で
飛行させてレーダーに映らせた。つまり、囮ね。夜間戦闘機隊がこの囮に食いついたのを見計らって、敵は低空侵入させていた
本隊を突入させ、見事に飛行場への爆撃を成功させた。」

シエニウは、椅子に座っているパイロット達に顔を振り向ける。

「飛行場を襲ったワイバーン隊は、技量面からしてベテランクラスと思われる。このワイバーン隊が、今夜もこの飛行場を狙ってくる
可能性は極めて高い。だが、今夜は敵の思う通りには、決して行かない。」

彼女は、言葉の最後の部分を重い口調で呟きながら、指示棒を地図の上にかざす。

「我々第910航空群は、カクタス航空隊と共に共同作戦を行う事にした。海兵隊のVMF-412は昨夜の戦闘で幾分損失を
出している物の、稼働機は24機まで揃えられる事が出来た。そこに、私達910FGが加わる。」

指示棒を、エルネイル飛行場からやや上に持っていく。

「今回は、VMF-412のコルセアが北側、並びに基地上空を。私達910FGが飛行場の東西を警戒する事になった。」

彼女は飛行場の左右を、棒の先端で交互に叩いた。

「今夜は、私達は勿論、海兵隊も全員が即時待機に入っている。敵さんはいつやってくるか分からないから、
今日は精神的にも、体力的にもきつい夜になるよ。といっても、あたし達は元々夜派だから、全くきつくないけどね。」

シエニウの冗談に、室内のパイロット達がどっと笑い声を上げる。

「とはいえ、海兵隊の夜戦部隊も、今夜に備えるために昼間はずっと眠っていたから、夜は大丈夫でしょう。」
「私達も眠っていたけどね。まっ、それはともかく。」

シエニウはパイロットの言葉に相槌を打ちつつ、話の締めに掛った。

「各飛行隊は、最初に1個小隊ずつを哨戒に出す事。719飛行隊と712飛行隊は東側、716飛行隊は西側を哨戒して。
各小隊は、飛行場から10マイル前進して警戒を行う事。敵の来襲が分かれば、各飛行隊は全機を速やかに発進させ、
敵ワイバーン隊の襲撃に備えるようにする事。」

パイロット達は、誰もが真剣な眼差しでシエニウの説明に聞き入っている。
彼らは表情にこそ表わさないが、内心では来る戦いに向けての闘志が沸き起こっている。
待機室は、見えないながらも、彼らの発する熱気に満ち溢れていた。

「今回は、飛行場から北40マイルの敵側支配権にミスリアル軍の特殊部隊が潜入している。彼らは今日の内にC-47で
空挺降下し、北の山中に陣取っている。彼らが敵のワイバーンらしき生命反応を捉えれば、情報は飛行場に伝えられる事に
なっている。この情報が来たら、敵の飛行場再攻撃はすぐに行われる、と考えていいわね。」
「なるほど、今回は万全の態勢で挑むわけですね。」

優男風の士官パイロットが呟く。彼は第719飛行隊の指揮官である。

「そうよ。敵の夜戦部隊を打ち破らない限り、この飛行場は満足に使えない。そうならないために、私達は確実に敵を捉え、
そして葬り去る。」

シエニウは、皆の頭に刻み込むような、重い口調で言い放つ。

「私からの説明は以上。航空団司令、何か説明する事は?」

シエニウは、傍らの兄に問い掛ける。
エヴレイは頷いてから、視線をパイロット達に向け直した。

「諸君。俺からはあまり言う事は無い。ただし、少しだけ言わせて貰う。」

彼は言葉を切り、パイロット達の顔を見回す。

「我々はようやく、祖国解放への第一歩を踏み出す。目標は、我が祖国レスタンだ。我々は、偉大なる旧祖が作り上げた祖国を、
侵略者の手から再び取り戻し、いずれは破壊されたレスタンを復興させるだろう。そのためにも、この初の実戦となるこの一戦で、
敵を完膚なきまでに打ち倒そう。決して、ここが死に場所であるとは思うな。」

彼は、鋭い視線でパイロット達を見回しながら言葉を続ける。

「死に場所は、我らが祖国、レスタンだ。あの日、戦火に散って行った多くの同胞達の願いを叶えるために、我々は新しい翼で、
祖国レスタンに帰ろう。」

エヴレイは、最後は穏やかな口調で、パイロット達に語った。

「私からは以上だ。皆、今日は派手にやるぞ。」

エヴレイは最後の一言を口にしてから、部屋を退出しようとする。

「全員起立!」

シエニウの声が掛るや、パイロット達が一斉に席を立った。
彼は、パイロット達の熱い視線を浴びながら、待機室から出て行った。


敵発見の報告は、それから10分後に届いた。

「司令!緊急信です!」

急遽設けられた司令部天幕でコーヒーを啜っていたゼルレイトの下に、通信兵が入って来た。

「第1海兵航空団に、ミスリアル軍特殊部隊から送られた情報が届いたようです。」
「早いな。」

ゼルレイトは意外そうな口調で言いながら、通信兵から紙を受け取る。
橋頭保から北40マイルの潜入したミスリアル軍特殊部隊は、1チーム5名ずつ。計8チームがアメリカ陸軍のC-47で空輸されている。

この特殊部隊は、東西60マイルの範囲に投入され、一番西側の部隊は、海岸から4キロ離れた森林に潜伏していた。
その中の一部隊が、北方30マイルから侵入しつつあるワイバーンらしき生命反応を捉えたと伝えて来た。
この魔法通信を受け取ったカレアント軍の魔道士は、大急ぎでこの通信の内容を第1海兵航空団に知らせ、
それが第212航空団にも回されて来た。

「北方30マイル、高度2000メートル付近を飛行中のワイバーンらしき生命反応を探知せり。これは当たりだな。
海兵隊のレーダー基地からは何か情報は?」
「今の所はありません。」

通信兵は即答した。

「無い・・・か。エルネイルの北側は山岳地帯が多く、囮役でも橋頭保から60マイルまでの距離は身を隠し易いからな。
山岳地帯から抜ければ、レーダー波にその姿は捉えられ、夜戦部隊はスクランブルに入る。そこで敵の作戦はほぼ成功、
という訳か。全く、シホールアンルらしい作戦だな。」

ゼルレイトは苦笑してから、通信兵を顔を向けた。

「通信兵。910FGに命令を伝えろ。敵編隊接近を探知、直ちに全機発進せよ。」
「了解!」

通信兵は命令を大急ぎで伝えるべく、司令部天幕から飛び出して行った。

「よし、それでは、久しぶりの実戦に臨むとするか。」

ゼルレイトは、どこか暢気さすら感じられる口ぶりでそう言うと、椅子から立ち上がり、司令部天幕から外に出て行く。
彼は既に飛行服に着替えていたゼルレイトは、自らも出撃する気でいた。
やがて、彼は愛機の側まで近付いていた。

「待たせて済まんな。」

彼は、愛機の前で整備員と共に話し合っていた2人の搭乗員に声を掛ける。
整備員は、2日前に輸送船でエルネイルに到着していたため、212航空団は迅速に整備を行う事が出来た。

「では司令、行きましょうか。」

機銃手を務めるシリル・イリフィト曹長が愛機に親指を指して言う。

「あいつらに、このP-61を見せてあっと驚かせてやりましょう。」

レーダー手のクルフ・フェイギス中尉も微笑みながら、ゼルレイトに語りかけた。

「おう。新生レスタン王立飛竜騎士団の腕前を、とくと見せてやろう。」

エヴレイは不敵な笑みを浮かべながら言う。その後、彼らは愛機に乗り組んだ。
整備員が、操縦席の側からハシゴを退ける。
エヴレイは、フラップや各部の点検をした後に、エンジンを始動させた。
今さっきまで暖気運転を行っていたため、エンジンはすぐにかかった。
飛行場内は、P-61Bの放つエンジン音でたちまち満たされていく。
待機していた整備員が車輪止めを外す。それを確認したゼルレイトは、愛機を誘導路に載せ、滑走路まで移動させる。
滑走路の端に到達したP-61は、一旦停止し、指揮所から指示を待つ。

「司令、海兵隊のVMF-412が発進を開始しました。」

無線機から、急造の管制塔に陣取った航空管制官の声が流れる。

「別働隊が飛行場に向かっているかもしれません。早めに離陸しましょう。」
「ヴァンピーズリーダー了解。これより離陸を開始する!」

エヴレイは愛機のエンジン出力をより一層高める。その次に、車輪のブレーキを解除する。
滑走路の端に止まっていたP-61は、最初はゆっくりとだが、次第に速度を速めながら滑走路を走っていく。
速度計はみるみる内に上がっていく。未だに未舗装のため、細かい砂利が機体を振動させるが、エヴレイは何の気にも留めなかった。
速度が適正に達したと判断した彼は、操縦桿を引く。車輪から伝わっていた大地の感触が和らぎ、代わりにフワリとした浮遊感が体に伝わる。
高度計が回転を始め、機体は徐々に上昇していく。彼の愛機は、エルネイルの夜空に舞いあがっていた。

「離陸完了。後は、後続を待つだけだな。」

エヴレイはそう呟いた後、視線を正面に向けた。この日の空は若干雲が多く、月が出ていないため、空はほぼ真っ暗だ。
普通ならば、飛行すら躊躇う夜空である。
だが、エヴレイとを始めとするレスタン人達には、全く問題なかった。


午前1時30分 エルネイル北西17マイル地点

シホールアンル軍第82空中騎士隊は、この日も二手に別れて、エルネイルの沿岸飛行場を目指していた。
第82空中騎士隊は、昨日の戦闘で敵飛行場に爆弾多数を命中させて、少なくとも1つの飛行場を使用不能にしている。
代償としてワイバーン16騎を失ったが、部隊は依然として76騎のワイバーンを有しており、作戦続行は可能であった。
この日は、昨日に引き続き、空中騎士隊の全戦力を挙げて敵飛行場を爆撃する事が決まった。
今回の目標は、中途半端に終わった第2飛行場と、新たに発見された東側にある第3飛行場を爆撃する事だ。
第82空中騎士隊は、陽動隊と攻撃隊の二手に別れている。
陽動隊はワイバーン28騎で編成され、高度1000グレルを飛行して敵の夜戦部隊を引き付ける。
その一方で、攻撃隊である48騎のワイバーンは、超低空で侵入して敵飛行場へ接近を試みる。
攻撃隊の指揮官であるシンギル・エフマウ少佐は、1分前に受信した魔法通信を思い出し、今日も攻撃は成功したなと思っていた。

「敵は今日も、陽動隊に引き付けられたか。恐らく、何機かは飛行場の周辺に待機しているだろうが、せいぜい5、6機
ぐらいしか居ないだろう。たかだか5、6機の敵が、40騎以上のワイバーンを阻止できる訳が無いな。」

エフマウ少佐は嘲笑するかのような口ぶりでそう言った。

「それに加え、俺達は今、海岸線を這うようにして飛んでいる。連中は海から来るかと思って待ち構えているだろうが、
それはない。何しろ、沖合に停泊している艦船から攻撃を食らうからな。だから、今日は少し変わった場所から向かう事にした。」

昨夜は、洋上から侵入した彼らだが、飛行場へ突入する寸前に、停泊していた艦船に発見され、攻撃を受けた。
この時、エフマウ隊はワイバーン2騎を撃墜された。
残りは無事飛行場に到達し、対空砲火を浴びながらも爆撃を成功させている。
エフマウは帰還後に、敵が対策として、沖合の艦船を増強しているのではないかと考えていた。
昨夜攻撃してきた艦船は、殆どが輸送船か、小型艇ぐらいだったので、被害も少なくて済んだ。
だが、敵が艦船を増強しない事はほぼあり得ない。恐らく警戒艦艇を増やしたうえに、対空火力の増強した艦を新たに配備させるに違いない。
アメリカ海軍には、対空戦闘力が強力なアトランタ級巡洋艦が居る。
昨夜の空襲で怒り狂った米軍が、この移動式対空要塞とも言える防空巡洋艦を、機動部隊から1、2隻ほど融通を付けて、飛行場の沖合に
配備する事は容易に想像できた。
エフマウは、増強された艦船からの攻撃を防ぐために、あえて海岸線に沿って飛ぶ事にした。

「間もなく目標だ。各員、敵飛空挺との突発戦闘に備えろ!」

彼は、攻撃隊の各騎に命じる。
たった5、6機の敵とはいえ、相手はアメリカ軍自慢の高速戦闘機コルセアである。不意打ちを食らえば、対処しきれない。
それからしばらくの間、攻撃隊は高度30グレルという超低空で進み続けた。

「あと4グレル。そろそろだな。」

攻撃隊は、飛行場まで12キロまで迫った。ここまで近付けば、攻撃は成功したも同然である。

「各騎に告ぐ。これより全速力で敵飛行場に向かう、第1、第2中隊は第2飛行場。第3、第4中隊は発見された第3飛行場を攻撃しろ!」
「了解!」

一通り魔法通信でのやり取りが終え、攻撃隊は突入態勢を整え始める。
200グレルで飛行していたワイバーンは、一気に最大速度まで増速しようとする。
攻撃隊が2個中隊ごとに別れようとしたその時、不意に飛空挺のエンジン音が鳴り始めた。
そのエンジン音は、急速に近付いてくる。

「隊長!1時方向から敵機です!」
「やはり待ち構えていたか!」

エフマウは忌々しげに答えたが、別に驚いた訳ではなかった。
敵機が待ち構えている事は既に予想しており、彼としては考えていた対策を取れば良い事であった。

「2番計画に移行する!第1中隊は爆弾を投下し、敵機の迎撃に当たれ!」
「了解!」

指示を受け取った第1中隊の12騎のワイバーンが、胴体から爆弾を落として、迫り来る敵機と向かい合う。
第1中隊長は、魔法補正で強化された目で、相手を見つめていた。
普通の人間なら、夜間はほぼ真っ暗で見えづらく、目が暗闇に慣れたとしても大体の輪郭ぐらいしか分からない。
夜間飛行となれば尚更であり、夜間戦闘専門のワイバーン隊には、特に夜目が優れている魔道士が配属される。
魔道士は、なるべく夜間戦闘をやりやすくするため、自らの目に暗視の魔法を掛けて、視界をやや明るくする。
完全とは行かぬが、通常時に比べればかなり視界が開け、真っ暗なはずの夜闇もやや薄暗い、といった感じになる。
第1中隊長は、やや鮮明になった目で相手を見つめていたが、彼は何かが違う事に気づいていた。

「ん?あれは双発機だ。コルセアじゃないな。」

接近しつつある敵機は、単発機では無く、双発機であった。
アメリカ軍は、ヘルキャットやコルセアを夜間戦闘機に改造して、航空基地や拠点の防空に当たらせている。
彼らは、ヘルキャットかコルセアと戦うのだろうかと思っていたが、向かって来た敵は双発機だ。しかも、敵機はやや変わった形をしていた。
(あの形・・・・ライトニングか?)
第1中隊長は、内心でそう思った。敵機は、あのP-38ライトニングと似たような形をしている。

だが、細部は所々違っており、相手がライトニングであるとは確信出来ない。
(新鋭機?いや、ライトニングを夜間戦闘機に改造した物かもしれん。いずれにしろ、侮れない相手だ)
第1中隊長はそう判断した。敵機との距離はぐんぐん縮まる。
相手が上方から襲い掛かってくるのに対し、第1中隊は下方から立ち向かっている形であるため、戦術的には第1中隊が不利である。
だが・・・・
(こっちは高度50グレル以下の超低空。対して、連中は高速ゆえに、編隊の下方に飛びぬける事は出来ない。やったら最後、
愛機を地面か海面にぶつけておしまいだ。つまり、連中は機銃を撃った後に俺達の上を飛びぬけなければならない。俺達は、
敵の第一撃を凌いだ生き残りで敵の背後に付く事が出来る。敵の指揮官は、誤った判断を下してしまったな)
第1中隊長は敵の判断ミスを嘲笑った。
アメリカ軍機は距離を詰めて来る。距離が縮まるにつれて、敵機の細部が明らかになった。
敵機の数は5機で、第1中隊に比べて少ない。
機首はP-38とは違って太くなっている。P-38は全体的にほっそりとしているが、あの機は機首の後ろが盛り上がっている。
それに、機体もP-38と比べてやや大きく感じられる。
(あれはライトニングじゃないぞ!)
第1中隊長はそこで初めて、あのアメリカ軍機が新型機である事を確信した。

「各機に告ぐ!奴は新型機だ!気を付けろ!!」

彼は部下に注意を促した。
互いの距離が300メートルまで近付いた時、敵機が機首から機銃を放って来た。
第1中隊も光弾を発射した。ワイバーンの口から緑色の弾丸が発せられ、それが敵新鋭機が放った機銃弾と交錯する。
第1中隊長は、咄嗟に愛機の体を捻らせる。間一髪、機銃弾がワイバーンのすぐ左側を掠めて行く。
1発が防御魔法の効用圏内に触れ、愛機の周囲が赤紫色に発光する。

「5番騎被弾!落ちます!」
「くそ、ワイバーンがやられた!落ちる!」

立て続けに悲報が飛び込んで来た。敵機の機銃弾は、2騎のワイバーンに致命弾を浴びせたのだ。

5機の双発機が、轟音をがなり立てながら真上を飛びぬけて行く。その際、アメリカ軍機特有の国籍マークと、尾翼に描かれた絵が目に入った。

「機体全体を真っ黒に塗装してやがる。まさに闇の狩人だ。」

第1中隊長は、敵機の塗装を見てそんな感想を抱く。
敵機が通り過ぎたのを見計らって、彼はワイバーンの姿勢を変えさせる。
航空機では考えられない急機動で、彼を含めた10機のワイバーンは姿勢を変え、飛び去って行った米軍機の背後に付こうとする。
彼は最先頭に居たため、姿勢を変えた後は必然的に、編隊の最後尾に位置する。
位置を入れ替わった最後尾のワイバーンが、手近なアメリカ軍機に襲い掛かる。
他のワイバーンも、別のアメリカ軍機に突っかかっていく。
(残念だったなアメリカ人!仲間の仇は討たせて貰うぞ!)
第1中隊長はそう思いながら、早くも勝利を確信した。
だが、その次の瞬間、意外な光景が目に入った。
なんと、敵の戦闘機は後ろからも機銃を放って来た。勢い余って近付きすぎたワイバーンは、この機銃弾の嵐をまともに食らってしまった。

「12番騎がやられた!」
「9番騎、7番騎被弾!落ちる!」

第1中隊長は、突然の出来事に一瞬、唖然となった。

「な・・・・何が起きている!?」

彼は状況が理解できなかった。
戦闘機は、前方に居る敵しか攻撃出来ない筈だ。あの戦闘機は、前方火力を強化した新鋭機と思い込んでいた。
事実、敵機は機首のみならず、胴体上方からも発砲炎を煌めかせていた。
彼は敵機の重武装ぶりに舌を巻いたが、武装を増やした分は機動性は落ち、後ろから突っかかれば大丈夫だと思い込んでいた。
だが、彼の思惑は見事に外れた。

「まさか・・・・胴体上方の武装は・・・・・・」

彼の脳裏に、敵の爆撃機がいつも積み込んでいる旋回式の機銃座が思い浮かぶ。あの機銃座なら、前方は勿論の事、側方や後方にも撃てる。
その機銃座を、あの戦闘機が搭載しているのだとしたら、突然のワイバーン撃墜も説明がつく。

「アメリカ人め、後ろにも撃てる戦闘機を作り上げるとは。出来ない事はいつも強引に成し遂げるんだな!」

彼は憎らしげな口調で喚いた。

「あいつらは後ろにも撃てる機銃を持っているぞ!後ろ上方ではなく、下方から近付け!」

すかさず指示を送る。
彼の指示を受け取ったワイバーンは、敵機の下側に潜り込もうとする。
だが、敵機もさるもので、機体を左右に傾けては、追い縋るワイバーンに向けて旋回機銃を放ってくる。
そのため、ワイバーンはなかなか光弾を撃てない。
しかし、それでも2機のワイバーンが敵機の下方に潜り込んだ。

「よし、いいぞ!撃ち落とせ!」

第1中隊長はようやく掴んだチャンスに胸を躍らせた。だが、またもや意外な光景が目の前に現れた。
なんと、ワイバーンの光弾が放たれると同時に、2機の米軍機は唐突に旋回を行った。
その旋回半径は、彼らがこれまで目にして来たどの米軍機よりも小さかった。

「なっ!?」

彼は再び驚いた。2騎のワイバーンは慌てふためいたように、この2機を追い始める。
だが、この2機のワイバーンは、旋回機銃の火網に捉えられた。
多量の高速弾がワイバーンを包み込み、その中の何発かが命中する。

最初の数連射は防御結界が弾くが、機銃弾は後から後から押し寄せて来る。高速弾の物量攻撃に防御結界は耐用限界に達し、ついには作動しなくなった。
そこに後から撃ちこまれた機銃弾が殺到し、竜騎士やワイバーンに次々と命中する。
ワイバーンの翼が集中射によって吹き飛ばされ、別の1弾は竜騎士の体を貫通して死に追いやる。
2騎のワイバーンは、旋回機銃によって呆気なく撃ち落とされてしまった。

「く・・・・・おのれ!!」

相次ぐ味方騎の被弾に、第1中隊長の怒りは爆発した。すぐさま相棒に指示を伝え、こちらに向きを変えて来た2機の敵機に向かう。

「許さん・・・・許さんぞ!!」

彼は顔を真っ赤に染めながら叫んだ。
部下達は、殆どがベテランぞろいである。
第1中隊のうち、半分はレスタン戦役からの古参兵で、彼自身、レスタン戦役でレスタン軍の飛竜騎士団相手に戦闘を行っている。
その一騎当千の部下達が、目の前にいる謎の新鋭機によってばたばたと撃ち落とされている。
部下思いで知られる彼としては、許し難い行為であった。

「貴様らは全て撃ち落としてやる!!」

彼は悪鬼の如き相貌を表しながら、敵機を追う。敵機のうち、1機が彼に向かって来た。
向かい合ってから2秒後に、機銃弾と光弾が交錯する。
彼は先ほどと同様に、咄嗟に身を捻って機銃弾を交わす。対して、相手もなかなかな機動で光弾をかわした。
通り過ぎる際に、再び真黒な機体と、尾翼に描かれた絵がちらりと目に入る。
双発機はかなりの大馬力エンジンを積んでいるのだろう、エンジン音がとても大きい。

「やかましい奴だ。今すぐ黙らせてやる!」

彼は喚きながら、相棒に方向転換を命じる。
ワイバーンが空中で急転回を行い、目の前に双発機の後ろ姿が見える。

幸いにも、相手は上昇中であり、機体の下方がちらりと見える。
機銃は尾翼が邪魔なのか、彼に向けて発砲して来ない。
真後ろならば、尾翼に邪魔される事なく撃てたであろうが、彼は双発機の左斜め下方にいるため、左の尾翼が彼のワイバーンと重なり合っていた。

「くたばれ・・・・!?」

相棒に攻撃を命じようとした瞬間、背筋に凍りつくような感覚が伝わる。
彼は唐突に下降を命じていた。ワイバーンが攻撃を止めて、下降に入った瞬間、そのすぐ真上を機銃弾の奔流が駆け抜けて行った。

「横合いから撃って来るとは!」

彼は額に冷や汗を浮かべていた。
機銃弾が注がれて来た方向を見ると、そこには新たな双発機が5、6機ほど現れ、彼の上空を飛び去っていく。

「危なかった。もし、敵の殺気を感じ取っていなければ、今頃は落とされていたな。」

彼はそう呟きながら、自分の鋭い勘に感謝した。
同時に、心中では何故か、尾翼に描かれていた絵が気になっていた。
(あの絵・・・・どこかで見たような)
彼は、妙な既視感に囚われた。
尾翼に描かれていた絵・・・・青い十字架を下地にし、竜に跨る騎士が、剣を掲げているという勇壮な絵は、以前にどこかで目にした記憶がある。
だが、それはどこで見たのだろうか?

「思い出せん。」

彼は苛立った口調で呟く。そこに、先ほどの敵機が襲いかかって来た。
高度は先ほどより上がってはいるが、それでも60グレルほどであるから、敵機は緩降下で向かってくる。
今度は相棒の首を敵に向けるだけの時間が無い。

ワイバーンへ更に下降せよと命じ、相棒が応えてすぐに高度を落とす。
相棒が下降してくれたお陰で、何とかその攻撃を凌いだ。
敵機の攻撃は次々に行われる。その執拗さは異常と思えるほどであった。
都合5回目の攻撃をやり過ごした第1中隊長は、既に疲れ始めていた。

「畜生、なんてしつこい奴らだ!まるで、レスタンの吸血動物共と戦っているみたいだ!」

彼は息を荒げながらそう言い放った。
思えば、レスタン戦役の時も、彼は執拗に敵のワイバーンから攻撃を受けた。
後で知ったが、彼はレスタン軍ワイバーン隊の中でも最精鋭とされる部隊と戦っていた。
その部隊の紋章も見せてもらった。
(確か、奴らの紋章は竜に跨る騎士が剣を掲げ・・・・・・・・・)
そこで、彼の思考が停止した。

「・・・・・・・・」

記憶の中にある紋章と、先ほど目にした、敵新鋭機の尾翼に描かれた絵が脳裏で重なる。
その2つの絵は、十字架を除いてはほぼ、デザインが一致していた。
それに、彼は敵機の機動を見て疑問に思っていた事があった。
敵の双発機は、今までの米軍機と比べて意外と機動性が良いではあるが、今は視界の悪い夜間である。
相手は当然、敵や味方との空中衝突を恐れて過激な機動はしないはずだ。
現に、コルセアやヘルキャットは、味方との接触を恐れるかのように戦闘を行っていたという。
だが、今交戦中の双発機は、そんな事なぞ気にしていないかのような動きを見せている。
そのため、味方のワイバーンは動き回る敵機に対して苦戦を強いられている。
これは、パイロットによほど強い暗視魔法を掛けねば、絶対に不可能な事だ。
しかし、それは普通の人間に限っての事だ。
相手があの吸血動物・・・・・シホールアンルが最も恐れたあの小さき国、レスタンの人間ならば、あのような動きは朝飯前だ。

「・・・・・なんという事だ。俺達は、レスタン人を相手に戦っていたのか!」

彼は、驚愕の表情を浮かべてそう叫んだ。
その刹那、20ミリ弾の奔流が、彼と相棒のワイバーンを包み込んだ。


目標のワイバーンは、20ミリ弾をひとしきり浴びた後、錐揉み状態になって海面に落下した。

「これで2騎目か。ワイバーンも進化した分、落とし難くなったな。」

ゼルレイトは、ふぅとため息を吐いた。

「それにしても、この機の運動性は目を見張る物があるな。ワイバーン相手だと、あまり役には立たんと思っていたが。」

彼は、この機に取り付けられている新装備に対して、改めて好印象を抱いた。
彼の乗るP-61Bブラックウィドウは、今年の4月に生産された最新鋭の夜間戦闘機である。
全長15.11メートル、全幅20.12メートル、重量は12トンにも及び、戦闘機と言うには爆撃機に相応しい大きさである。
この機体には、プラット&ホイットニー社製のR-2800-65空冷18気筒2250馬力エンジンが2基積み込まれ、
時速は598キロを発揮でき、一時的に600キロを超える事もある。
乗員数は3名で、武装は胴体側面に20ミリ機銃4丁、後方背面に12.7ミリ4丁を旋回機銃にして搭載している他、爆弾類も
最大で900キロまで積める。
機首には新開発のAIAレーダーを搭載し、夜間でも作戦行動が可能なように作られている。
しかし、本機の最大の特徴は、単発機に対しても運動性能では引けを取らない事である。
量産型となったP-61Bブラックウィドウでは、P-61Aに搭載されなかった新装備、自動空戦フラップが追加された。
自動空戦フラップは、1943年9月にブリュースター社によって開発された。
当時、ブリュースター社は、アメリカ海軍が開発中である航空機搭載型潜水艦の艦載機を開発中であり、その航空機に搭載する
新開発のフラップを研究していた。
この新開発のフラップは、空中戦の際に機体の速度とGに応じて自動的に展開するように考えられた物で、これは、潜水艦搭載用の
航空機の機動性を良くする事を目的に開発されていた。

このフラップの開発には、転移時に日本大使館で働いていた元川西航空機の技術者が加わり、自動空戦フラップの開発促進に貢献している。
ブリュースター社の新鋭水上機は1943年10月に初飛行を行い、海軍側の厳正な審査を通って、10月15日にSO3Aという
正式名称を与えられた。
この成功を聞き付けたノースロップ社は、ブリュースター社と協議を行い、11月には業務提携を行う事が決まった。
その月の中旬には、早くもP-61に自動空戦フラップを搭載される事が決まり、その月の末までには大車輪で再設計が行われた。
そして、1944年2月には、自動空戦フラップ搭載の試作型が制作され、テスト飛行ではA型を上回る機動性を見せて関係者を驚かせた。
海軍機や陸軍機との戦闘では、新たに装備されたフラップを生かして対抗機と互角以上に戦い、本機の優秀さを世に知らしめた。
そして、44年4月には最初の量産型がロールアウトし、この機体が212航空団に受領される事になった。
自動空戦フラップの優秀さは、今日の戦闘で遺憾なく発揮された。
流石に、航空機には出来ない超機動を有するワイバーン相手では、何度か背後を取られそうになったが、数か月の訓練で機体の特性を
掴んだレスタン人パイロット達は容易に背後を取らせなかった。

「最後の1騎を撃墜しました!」

無線機から部下の声が響いてくる。

「ほう、1個中隊12騎を文字通り全滅させたか。うちの連中も、なかなかやるもんだ。」

ゼルレイトは、部下達の奮闘ぶりに思わず頬を緩ませた。

「こちら712飛行隊。これより敵ワイバーン隊と交戦に入ります。」
「こちら719飛行隊。敵ワイバーン隊を視認、これより突入します!」

719飛行隊と712飛行隊の指揮官から交戦開始の通信が入った。
712飛行隊と719飛行隊は、それぞれ12機のP-61で編成されているが、相手は30騎以上いる。
数はシホールアンル側が優勢であるため、突破されたら飛行場が危ない。

「よし、俺達も向かうぞ!」

ゼルレイトは、無線機越しに妹のシエニウの乗るP-61に話し掛けた。

「数は向こうが上だ。押し切られたら飛行場が危ない。」
「OK。シホールアンルの連中を徹底的に叩くわよ!」

無線機の向こうに居る妹は、好戦的な口調で返事して来た。
13機のP-61は、機首を飛行場に向け、敵ワイバーン編隊の右側方目掛けて猛然と突進していった。

第719飛行隊の指揮官であるヨシェア・フリングズ少佐は、中隊を率いながら、超低空で目標に向かおうとしている
敵ワイバーン編隊を視認していた。

「居たぞ。敵の攻撃隊だ。数はざっと見て30騎近くか。」

フリングズ少佐は、冷静な口調で独語する。
719飛行隊は、敵ワイバーン編隊の前方上方から近付きつつあった。
719飛行隊の後方には712飛行隊が続いており、719飛行隊が攻撃した10秒後に、敵ワイバーン編隊に攻撃する事になっている。
夜の眷族でもあるレスタン人は、夜間でも昼間のようにしっかりと見え、物の形状は勿論の事、色合いもわかる。
後年開発される暗視カメラよりも優れた視界を確保出来るため、彼らは視界の悪いとされる夜間でも普通に振舞う事が出来た。
昼間よりは微妙に薄暗い感のある視界の中に、翼を上下させながら飛行を続けるワイバーン編隊が映っている。

「さあ、勝負だ!」

フリングズ少佐は意気込んだ口調で言ってから、愛機を更に増速させる。
左右に取り付けられているR2800-65空冷18気筒、2250馬力エンジンがより一層音を張り上げ、550キロほどで
止まっていた速度計が再び上昇していく。
P-61は、最大で598キロ、調子が良い時は600キロ代まで出せるが、今は高度150メートルの低空を飛行中であるため、
最大速度を発揮するまではいかない。
だが、それでも570キロまで加速したP-61は、ワイバーン編隊との距離を急速に縮めて行く。

ワイバーン編隊の一部が、爆弾らしき物を地面に投下し、姿勢を向けて来た。

「第1小隊は向かってくるワイバーンを。第2、第3小隊は攻撃ワイバーンを狙え!」

フリングズ少佐は各小隊に指示を下しながら、照準器を正面のワイバーンに重ねる。
彼の直率する第1小隊は、それぞれが別のワイバーンを狙っていた。
距離が800、700、600と、早い勢いで縮まってくる。敵との距離が200を切った瞬間、敵が光弾を放って来た。

「食らえ!」

フリングズ少佐は気合を入れるかのような言葉を発しながら、機銃の発射スイッチを押した。
ドドドドドド!という重い、リズミカルな発射音と、びりびりとした振動が操縦席を包み込むようにして伝わってくる。
4丁の20ミリ機銃から放たれた曳光弾がサーッと敵機目がけて注がれる。
それを潜り抜けるかのように、緑色の光弾が襲いかかって来た。
光弾の筋が機体の右側に逸れて行く。
全てが外れ弾になった訳ではなく、機体にガンガン!というハンマーで叩かれるような音と振動が伝わった。
咄嗟に彼は、各種計器に目を通すが、幸いにも致命弾には至っておらず、エンジン等には異常は見られなかった。
視線を前に移した瞬間、彼は、目の前のワイバーンがひとしきり防御結界発動の光を発した後に、右の翼を千切り
飛ばされる様子を目の当たりにした。
敵ワイバーンは、20ミリ機銃弾の奔流を浴びせられていた。
襲いかかって来た多量の20ミリ弾は、12.7ミリ弾よりも威力が高く、防御結界の消耗速度は通常より倍ほどにも及んだ。
この結果、予想よりも短時間で打ち破られた防御結界は、残りの20ミリ弾の来襲を許す事になった。
翼に数発の20ミリ弾が集中し、頑丈なはずの竜の皮膚が容易く撃ち抜かれる。
翼の一部分に集中した弾着は、やがてその部分の断裂を招き、着弾から3秒後には、そのワイバーンの左側の翼は付け根に
近い部分からばっさりと吹き飛んだ。
片方の翼を失ったワイバーンが致命的なきりもみ状態に陥った時、残りのワイバーンも20ミリ弾を食らい、あるワイバーンは
胴体の急所に弾を食らって絶命し、別のワイバーンはまず竜騎士が吹き飛ばされ、次にワイバーンの首が複数の20ミリ弾に
もぎ取られて、そのまま落ちて行く。

第1小隊は、その悲運なワイバーン達の最後を看取る事も無く、猛速で敵ワイバーン編隊の上空を通り抜ける。
後続の第2、第3小隊が攻撃ワイバーンの編隊に向けて機銃を乱射する。
撃ち下ろされる形となった敵ワイバーン編隊では、次々と被弾し、墜落していくワイバーンが続出する。
とあるワイバーンは、背中を貫通した機銃弾が胴体に抱えていた爆弾に命中して、空中で派手に自爆させられてしまった。
最後尾に居た別のワイバーンは、上空を通り過ぎた敵機を落とそうと、勝手に爆弾を落として姿勢を急転回させ、すぐさま後を追い始める。
このワイバーンは、編隊の上空を通り過ぎた第3小隊の4番機に食い付いた。
ワイバーンが敵機の右斜め、やや下方の位置に付く。距離は100グレルほどしかない。

「機長!5時下方に敵ワイバーン!」

機銃手が緊迫した声音で機長に伝える。

「チッ、調子に乗りすぎたか!」

機長であるパイロットは舌打ちする。

「回るぞ!歯を食いしばっとけ!!」

パイロットは、車のハンドルに似た操縦桿を回しながらフットバーを踏み込む。
愛機の機体が右に大きく傾きつつ、右に旋回していく。普通ならば、双発機がワイバーンに一番やってはいけない行動は水平旋回である。
ワイバーンは航空機には無い超機動で動き回るため、機動性の鈍い双発機は対ワイバーン戦で水平旋回は禁止されている。
もしやってしまったら、相手に絶好の射撃位置に付かれて、コクピットなり、エンジンなりを好き放題に攻撃されてしまう。
しかし、これは従来機での話である。
P-61Bブラックウィドウは、大柄な機体からは考えられないような旋回を見せ始めた。
主翼の自動空戦フラップが速度とGを感知し、機体が適切な旋回を行えるようにフラップを展開させる。
フラップの補助によってP-61の旋回半径は小さくなっていく。
敵機の予想外の機動性に、竜騎士は唖然となりつつも、反射的に相棒に追え!と指示していた。
ワイバーンはすぐさま追跡に入る。アメリカ軍機は、従来機とは格段に良い旋回性能を有していた。
普段ならば、鈍重な筈のアメリカ軍機だが、旋回半径が小さいためか、なかなか後ろを取る事が出来ない。

しかし、流石は機動性に優れるワイバーンだけあって、何とか敵機の後ろに付く事が出来た。
二つに分けられた尾翼の真ん中目掛けて、竜騎士は相棒に攻撃しろと指示した。
機銃手は、尾翼の間にワイバーンの姿が入るのを見計らって、旋回機銃を放った。
4丁の12.7ミリ機銃が一斉に火を噴く。100メートルほどまで迫っていたワイバーンに曳光弾が殺到していく。
その一方で、ワイバーンも攻撃を行っていた。敵ワイバーンに無数の機銃弾が殺到したのと同時に、右エンジンに光弾が命中する。
ガガン!バリバリ!という鉄を引き裂く音と振動が、ブラックウィドウの機体を揺さぶる。

「くそ、被弾した!」

パイロットはやはり旋回性能では敵わなかったかと、内心で公開した。その直後、被弾した右エンジンから火災が発生した。

「第3小隊4番機被弾!火災が発生!」

裏返った声がレシーバーに響く。

「4番機!大丈夫か!?」
「こちら4番機、搭乗員には異常ありません!ですが、右エンジンをやられました!今から自動消火装置を作動させて消火を試みます!」

3小隊指揮官機と4番機のパイロットが無線で会話する。

「ふぅ、なんとか火は消えました。ですが、右エンジンはもう使い物になりません。」
「左エンジンは無事か?」
「はい。片肺ですが、飛ぶ事は可能です。ですが、戦闘は出来ないでしょう。」
「わかった、しばらく南の方に避退していろ。」
「了解です!」

それを最後に、3小隊指揮官機と4番機とのやり取りは終わった。

「撃墜されずに済んだか。」

フリングズ少佐はほっと胸を撫で下ろす。
この時には、712飛行隊も敵編隊に攻撃を加えていた。
敵編隊は、712飛行隊と719飛行隊の猛攻を受け、整然としていた編隊はバラバラに崩れていた。
シホールアンル軍は、36騎いたワイバーンの内、半数を落とされていた。
だが、敵は諦めなかった。

「少佐!間もなく飛行場です!」

眼下に飛行場が見えて来た。もはや、飛行場とは目と鼻の先であり、今から攻撃を行おうとしても間に合いそうにもない。

「くそ、諦めるのはまだ早いぜ!」

彼は自分自身に言い聞かせながら、水メタノール噴射スイッチを押す。
水メタノールは、緊急時にエンジンの馬力を上げるために使用する物で、これを使えば、エンジンの馬力が上がり、
一時的に所定の最高速度を上回る事が出来る。
水メタノールが加えられた影響で、エンジンの馬力数は上がり、P-61は低高度で出せる最高速度を上回る、時速590キロを叩き出した。
迎撃に出たワイバーンとの空戦で敵編隊から離れていた第1小隊だが、この急加速によって敵編隊との距離を縮める事が出来た。
第1小隊が猛速で突進している間、敵編隊は南飛行場からの対空砲火を浴びながら、何故か上空を飛びぬけた。

「こちら管制塔!敵編隊は爆撃機用飛行場に向かっている模様!」

無線機から声が流れる。

「なんてこった、俺達の飛行場じゃないか!くそ、やらせはしないぞ!!」

フリングズは唸るような声で呟きながら、敵との距離が早く縮まれと祈る。

愛機は低高度での所定速度を超える猛速を叩き出しているのだが、敵ワイバーンとの距離は一向に縮まらないように感じる。
ワイバーンの周囲には対空砲火が炸裂している。南飛行場のみならず、爆撃機用飛行場からも高射砲や対空機銃が撃ち出されている。
それに加えて、何機かの味方機が盛んに敵ワイバーン目掛けて襲いかかっている。
普通なら、味方が対空砲火を放っている時は近寄らずに、戦闘の模様を見守るだけだが、レスタン人パイロット達はお構いなしに
突っ込んでは、ワイバーンに攻撃を加えて行く。
フリングズの率いる小隊も同様に、対空砲火の中に愛機を突っ込ませる。
敵のワイバーン隊はぽつりぽつりと、櫛の歯掛けるようにして落ちて行くが、それでも13、4騎ほどが健在である。
敵騎が爆撃機用飛行場まであと500メートルに迫った時、彼の率いる第1小隊はようやく射点に辿りついた。

「食らえ!」

フリングズは発射スイッチを押す。
幾度も体験した、包み込むような射撃の振動が伝わり、12.7ミリ弾より幾らか太い曳光弾が1騎の敵ワイバーンに注がれる。
既に、相次ぐ射撃で魔法防御が消えていたのだろう。敵ワイバーンは全身に20ミリ弾を浴び、夥しい血を拭きながら墜落し始める。

「まずは1騎!」

フリングズはそう呟きながら、素早く2騎目に狙いを付け、20ミリ機銃を撃った。
今度も、4条の火箭がワイバーンを串刺しにするだろうと、彼は確信した。
だが、その確信は、敵の巧みな動きによって脆くも崩れ去った。
敵ワイバーンは咄嗟に上昇し、彼の第2撃目を空振りにさせてしまった。
それを最後に、彼らの小隊は敵ワイバーンの左側方に飛び抜けてしまった。

「畜生!」

フリングズは悔しげに叫んだ。これで、基地の近くに迫ったワイバーンは爆弾を投下するであろう。
(基地への爆撃は許してしまった。ならば・・・・避退しようとする奴らを全て叩き落としてやる!)
彼はそう思いながら、敵愾心を掻きたてる。

愛機を急旋回させ、投弾を終えた敵ワイバーンに向かわせようとした。
その時、敵ワイバーンの背後から、10機以上の味方機が猛スピードで迫っていた。

第1海兵航空団の対空部隊に所属するレイリー・カスター少尉は、上官から命令を受けて、レスタン人航空隊が配備されている
爆撃機用飛行場の防空任務に付いた。
彼は、40ミリ連装機銃を直接指揮して、迫り来るワイバーン隊を迎撃していた。
敵のワイバーンは、13、4騎ほどに減ってもまだ飛行場への爆撃を諦めなかった。

「シホット共め!意地でもこの飛行場に爆弾を叩きこむつもりだな!」

カスター少尉は汗の伝う顔を忌々しげに歪めた。
この時、陸軍のブラックウィドウ1個小隊ほどが、背後から敵ワイバーンに襲い掛かった。
1騎のワイバーンが背後から機銃を浴びて撃墜される。
だが、残りのワイバーンは思い思いの動作で射撃を交わした。

「あいつら!射撃をかわしやがった!」
「やばい、爆弾が来るぞ!」

40ミリ機銃を撃っていた射手と装填手が叫んだ。

「何してる、さっさと撃ち落とせ!敵は近いぞ!」

カスター少尉は、浮き足立つ部下達を叱咤するが、彼も内心ではやられたなと思っていた。
だが、陸軍のブラックウィドウ隊はまだ諦めていなかった。
敵が爆弾を投下するかしないかという距離まで迫った時、後方から10機前後のブラックウィドウが襲いかかった。
今度こそは敵ワイバーン隊も避け切れず、たちまちのうちに半数以上が撃ち落とされた。

「凄い!流石は夜の戦闘を生業とするヴァンパイアだ!」

カスター少尉は、ブラックウィドウ隊の鮮やかな動きに、心底から感嘆する。
だが、それも束の間であった。
残ったワイバーンが、ついに爆弾を投下した。

「あ!残りが爆弾を投下した!」

射手がそう喚いた直後、ダーン!という炸裂音が辺りに鳴り響いた。
この時、生き残っていたワイバーン5騎で、このワイバーンは胴体に1発の150リギル爆弾を搭載していた。
連続した爆発音が周囲に響き渡り、地震さながらの振動が大地を揺さぶる。
最初の爆弾が着弾してから3秒後、滑走路の南側で唐突に、紅蓮の炎が沸き上がった。
その後に、ドーン!というこれまでよりも大きな爆発音が鳴り、周囲をオレンジ色に染め上げた。

「なんてこった・・・・燃料集積所がやられてる!」

カスター少尉は、直撃弾を浴びて燃え盛る燃料集積所を見て、仰天してしまった。
ワイバーン隊の放った爆弾の中で、滑走路に着弾した物は1発も無かった。
爆弾はいずれもが滑走路の端に命中し、飛行隊の離発着に支障を来すような被害は与えられなかった。
だが、外れ弾のうちの1発が、滑走路の脇に野積みにされていたガソリン入りのドラム缶を直撃した。
爆弾はドラム缶の山に着弾した瞬間に炸裂し、それが大量のガソリンに引火して大爆発を起こさせた。
このガソリンの誘爆大火災によって、橋頭保中に轟音が響き渡り、誰もが度肝を抜かされた。


午前2時 エルネイル

敵を撃退したブラックウィドウ隊は、飛行場に着陸して来た。
最後に着陸したエヴレイは、愛機を滑走路の脇に止めてからエンジンを停止させた。

「よし。ひとまずは敵を追っ払ったぞ。」

彼は、心の底から満足していた。
彼自らが出陣した戦いで、212航空団は2機の損失と、7機が被弾した代わりに、ワイバーンを30騎以上撃墜した。
212航空団と、飛行場の被害は皆無とは言えず、初戦で撃墜機、並びに被弾機が生じた事と、一部なりとはいえ、基地への
爆撃を許したのは痛かったが、被撃墜機の搭乗員はいずれも脱出に成功し、飛行場の損害も、ガソリン集積所に直撃弾を浴びた
だけで、奇跡的に人的被害は無かった。

「まずは、初勝利だな。」

彼は満足気にそう言った後、コクピットから側に付けられたハシゴを使って機体から出る。
滑走路の南端にあったガソリン集積所は激しく燃えており、何台もの消防車がその周囲に展開して、消火作業に当たっている。

「あの爆弾が、滑走路に落ちていたら危なかったわね。」

不意に、後ろから声が掛った。
妹のシエニウが後ろから歩み寄り、エヴレイの左脇で止まる。

「2騎落としたわ。兄さんは何騎落としてる?」
「3騎だ。それにしても、敵のワイバーンはやはりすばしっこい。自動空戦フラップの付いたブラックウィドウでも、機動性では
ワイバーンには敵わないな。」
「でも、ワイバーンは意外と苦労していたわよ?あのワイバーンが飛行機相手に機動で苦労するなんて初めて見たわ。」
「それほど、俺達の新しい相棒が優れていたって事さ。でなきゃ、今日の大戦果はあげられなかった。」

エヴレイは、感慨深げに愛機を見上げる。
彼の新しい相棒となったP-61は期待に違わぬ活躍を見せてくれた。
この新鋭機の餌食となったあのワイバーン隊は、恐らく、シホールアンルでも数少ない夜戦部隊の一部であろう。
(もしかしたら、レスタン戦役で出会った、あの部隊かもしれんな)
彼は、脳裏に昔の光景を思い浮かべる。
レスタン戦役も末期には行ったあの時、エヴレイは少なくなったワイバーン隊を率いて、敵ワイバーンの大群と渡り合った。

敵は数も多いながら、戦技も優れていた。
そのお陰で、エヴレイ達は防衛戦を行いながら、撤退せざるを得なかった。
それから早10年。
当時の苦い思いを糧に、エヴレイを始めとする王立飛竜騎士団の生き残り達は、新しい相棒と共に、久方ぶりの勝利を挙げる事が出来た。

「ようやく、第一歩を踏み始めたな。」

エヴレイは、シエニウに顔を向ける。

「俺達がやる、祖国解放への第一歩が。」
「ええ。」

シエニウは、ゆっくりと頷く。

「これから、更に長い日々が続くね。」
「そう。まだまだ先は長い。だが・・・・・」

エヴレイは、北の方角。祖国レスタンのある方角に顔を向けた。

「これで、俺達の時は進み始めた。祖国が制圧されてから、止まっていた時がな。後は、ひたすら突っ走るのみだ。」

エヴレイはそう言ってから、右腕を差し出す。掌は開かれていた。
シエニウはすぐに意図を理解し、右手でその掌を掴んだ。

「その通りね。」

彼女は闘志のこもった笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。

ノースアメリカンP-61Bブラックウィドウ

全長:15.11メートル
全幅:20.12メートル
重量10トン 全備重量12トン

エンジン:プラット&ホイットニーR-2800-65空冷18気筒 2250馬力×2
最大速度:598キロ(一時的に600キロオーバーも可)
航続距離:3800キロ 
最大上昇限度:11000メートル
乗員数3名
武装:20ミリ機銃4丁(胴体側面)12.7ミリ機銃4丁(背面回転銃座)
爆装 最大900キロ

P-61Bブラックウィドウは、ノースロップ社が生産した初の量産型である。
このB型は、A型には無かった自動空戦フラップを取り入れた事で、運動性能が向上し、模擬戦では陸、海軍の主力機相手に
良好な成績を収めた。
本機は、良好な運動性能と共に優秀なレーダーを搭載しており、機体全体の防御力もほぼ満足出来る仕上がりになっている。
また、本機は900キロの爆弾搭載力を有しており、状況次第では夜間侵攻用の戦闘爆撃機としての使用も可能である。
P-61Bは、4月から実戦部隊に配備され始めており、徐々にP-61の装備部隊は増える見通しであり、本機の今後の
活躍が期待されている。
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