第174話 同盟国の暗部
1484年(1944年)8月23日 午後7時 バルランド王国首都オールレイング
バルランド軍北大陸派遣軍司令官であるウォージ・インゲルテント大将は、休暇のため、22日に祖国バルランドに戻っていた。
この日、インゲルテントは、自宅の3階のベランダから、首都を眺めていた。
「どうだね将軍。久しぶりの我が家は?」
隣でワインを飲みながら、同じく外の風景を眺めていた小太りの中年男性が聞いて来る。
「心地良い物ですな。いつもは見慣れているこの風景も、久方ぶりに見ると、妙な新鮮味があります。」
インゲルテントは、隣にいた小太りの男・・・・財務大臣のミルセ・ギゴルトに微笑みながら返した。
「それよりも、ワインの味は如何です?」
「なかなか悪くないぞ。」
ギゴルトは満足気な表情で言う。
「ウェンステルのワインは上物が多いと、前から聞いていたが、聞きしに勝る美味さだ。この程良い甘みは、甘い物好きの私にピッタリだよ。」
「ありがとうございます。」
「私はそのワインよりも、このやや辛めのワインが丁度良いですな。」
後ろから声が掛る。
振り向くと、ソファーに座っていた筈の30代後半と思しき男性が、ゆったりとした足取りでベランダに近付いてくる。
「そのワインは、私よりも妻に飲ませた方が喜ぶでしょうな。」
バルランド王国労働商業省の副大臣を務めるハバル・スカンヅラは、軽やかな口ぶりでインゲルテントに言う。
「では、1本土産にすると良いですよ。ワインはまだまだたっぷりありますから。」
「いやはや、面目ない。」
スカンヅラはそう言いつつ、恥ずかしげな笑みを浮かべながら頭の裏を掻いた。
「もうそろそろ、残りの客人も来る頃ですな。」
インゲルテントは、応接間の壁に掛けられた時計に目をやりながら呟く。
今日は、ギゴルトとスカンヅラの他に、2人の客人がこの屋敷に来る予定である。
それから1分もたたぬうちに、メイドがインゲルテントに声を掛けて来た。
「お館様。プラルザー様とキルスィグ様がお見えになられました。」
「おお、来たか。通して良いぞ。」
インゲルテントはメイドにそう指示してから応接間から下がらせた。
間もなくして、新たな客人が室内に入って来た。
「インゲルテント将軍。久しいな。」
「これはプラルザー大臣。再びお会いできて光栄ですよ。」
彼は、痩身の中年男・・・・内務大臣のガヘル・プラルザーと握手を交わす。
「将軍閣下、お元気そうで何よりですぞ。」
眼鏡を掛けた30代前半と思しき男が右手を差し出す。
「キルスィグ君、君も元気そうだな。その調子だと、仕事は順調にいっとるようだね。」
インゲルテントは陽気な口調で、輸出省次官であるエフド・キルスィグに返しつつ、握手を交わした。
「では皆さん。丁度腹も空いて来た頃です。ここはひとまず、夕食にしましょうか。」
彼は快活のある声音で言ってから、両手を叩いた。
応接室のドアが開かれ、メイドや執事が入ってくる。
彼らはテキパキとした動作で、料理を乗せるテーブルを設置し、次いで、豪華な料理を乗せて行く。
5分と経たずに、インゲルテントらの目の前には、豪華な料理や飲み物がずらりと並べられていた。
彼らはしばらくの間、インゲルテント家自慢のシェフが作った料理を楽しんだ。
それから40分後。
食事も粗方終えた頃、インゲルテントはプラルザーから質問を受けた。
「将軍。北大陸戦線は、現在膠着状態にあると言われているが、それは本当なのかね?」
「正直申しまして、それは事実です。我々連合軍は、エルネイル地方は完全に奪取しましたが、内陸から60ゼルドほど
進んだ所で、完全に足踏みしている状態です。」
「我がバルランド軍が行った攻勢は、敵の強固な防御のせいで失敗したと聞いているが、アメリカ製の武器を手にした我が軍は、
以前より強くなったのではないのかね?アメリカ製武器の購入には、鉱物資源の輸出を始めとして、少なからぬ代価を払っているのだが。」
「無論、その通りです。」
インゲルテントは即答する。
「ですが、今回ばかりは、敵の方に軍配が上がってしまいました。シホールアンル軍は、アメリカ軍の主力戦車であるシャーマン戦車をも
打ち破る事が出来る新型キリラルブスを多数導入した他、軽量型の対空魔道銃を要所に配置し、万全の態勢で我々を迎え討ちました。
無論、我が軍もアメリカから渡された火砲を用いて事前に砲撃を行った上で軍を進めました。我々は、作戦前に勝利を確信していました。
何せ、我がバルランド軍は上陸以来、連戦連勝でしたから。」
「なのに、負けてしまったのか?」
「はっ。面目ない事ですが。」
インゲルテントは申し訳なさそうに頭を下げる。
「私は帰国直前に、対抗部隊の詳細を知らされました。第62軍と67軍が戦った相手の中には、シホールアンル自慢の魔法騎士師団が
含まれていて、その師団は石甲師団に改変されていました。この石甲師団は、全てのキリラルブスが、最新鋭の強化型キリラルブスで、
火砲や魔道銃も他の師団より多く配備されていたようです。これとは別に他の部隊にも、シホールアンル軍は装備の整った精鋭師団
ばかりを前線に配備しており、我々は敵の精鋭と血で血を争う戦闘を繰り広げました。最初こそ、攻勢は躓きかけましたが、第62軍が
ようやく前線を突破して、敵の守備部隊を包囲しようとしました。事前の計画では、ここで第64軍も突入して、敵部隊を包囲、殲滅する
手筈でした。ですが、第64軍は、シホールアンル側の装甲列車をも投入した猛反撃によって消耗し、前線突破は困難になっていました。
その上、前線を突破した第62軍も攻撃部隊に多大の損害が生じており、このままでは逆に、第62軍が包囲される可能性がありました。
そこで私は、仕方なく」
「後退を命じた、という訳か・・・・」
ギコルトが意外そうな顔つきでインゲルテントを見つめた。
「冷酷な軍人を気取っていた君が部隊を後退させるとは、珍しい物だな。何かあったのかね?」
「別に、私は現場の事を考えて指示を下したまでです。」
インゲルテントは微笑みながら、しかし、冷ややかな目線で見つめ返した。
「一昔前ならば、攻撃続行を命じています。正直申しまして、私はあんな役立たず共がまだいる事に腹を立てているのです。奴らが
望む武器を与え、満足の行く食事も与え続けたというのに、あの体たらくとは!」
彼は、徐々に憤りを交えながら言い放つ。
「ですが、あ奴らとて、私が持つ大事な駒には違いありません。その持ち駒を全て失ってしまえば、私は連合国の他の将官達・・・・
特に、アメリカ軍の将官達に顔向けが出来なくなる。命令を発して、全滅させるまで戦わせるのは容易いですが、そうすれば、
私は彼らに無能と罵られるでしょう。一昔前のようなやり方は、もはや出来ないのですよ。」
「時代は変わるか。昔は、平民共なぞ気にせずに居られたが、今ではそうもいかん。特に、アメリカが参戦してからは、平民共は
貴族が何だ、というような態度を表し始めている。それもこれも、あの若造のせいだな。」
プラルザーが仇を思うかのような口ぶりでインゲルテントに言った。
「何が民主化だ。馬鹿馬鹿しい。ヴォイゼの若造はアメリカにかぶれすぎておる。」
プラルザーは嘲笑を浮かべながら、グラスのワインを一気に飲み干す。
「まあまあ、今はとりあえず落ち着きましょう。」
そんなプラルザーに、インゲルテントは苦笑しながら、ボトルを取ってプラルザーのグラスに注いだ。
「シホールアンル軍は防御一辺倒で我が連合軍に当たっているようだが、それは全戦線でも同じかね?」
「はい。敵はリスクの大きい攻勢を取りやめ、少しでも有利に戦闘を行える防御に切り替えています。その影響で、
我々のみならず、アメリカ軍も前線で足踏みをしている状態です。その一方で、ウェンステル戦線・・・・おっと、
今では南部ジャスオ戦線でしたな。」
インゲルテントは慌てて言い直す。
「南部ジャスオ戦線では、我が軍は順調とまでは行っていませんが、それなりに早いペースで戦線を押し上げています。」
「ほほう、それならば、ジャスオ西部に居座るシホールアンル軍に対して、南からも圧力を加えられそうですな。」
キルスィグが調子の良い口ぶりで言ってくる。
「この調子なら、ジャスオの帝国軍に大打撃を与えられるのでは?」
「ところが、そう簡単な話ではないのだよ。」
インゲルテントは首を横に振りながら、キルスィグに返答する。
「確かに、南ジャスオ戦線で、連合軍は進撃を続けている。だが、この進撃は、我々にとってあまり好ましくない進撃なのだ。」
「好ましくない?それは一体・・・・?」
「まさか、シホールアンルは南部ジャスオに援軍を寄越したのかね?」
キルスィグとプラルザーが怪訝な表情を表しながら、インゲルテントに聞く。
「いえ、敵は援軍を寄越したりしていません。むしろ、その逆です。」
インゲルテントはそこまで言ってから、ため息を吐いた。
「シホールアンル軍は、南部部隊から徐々に撤退しつつあります。」
「撤退!?」
「そんな、まさか。」
キルスィグは驚いたような声を上げ、プラルザーはあり得ない、といった顔つきで言う。
「ほほう、つまり、シホールアンルはこれからもやる気満々という訳だね?」
そんな中で、ギコルトだけがインゲルテントの思う事を理解していた。
「ええ、その通りです。敵は、ジャスオ中西部からの上陸軍が、北大陸を分断する事を恐れて、上陸軍を押し留めると同時に、
南部から部隊を撤退させているのです。これは、ミスリアルとカレアント側の特殊部隊から送られた情報を分析した結果、
明らかになった物です。」
「敵はジャスオを放棄するつもりか?」
「恐らくは。もしかしたら、デイレアも放棄する可能性があります。」
「あれほど、他国を併?する事に固執してきたシホールアンルが、大事な領土をあっさりと放棄するとは・・・・・」
「確かに、北大陸の領土は、シホールアンルにとっていずれも掛け替えの無い領土です。ですが、簡単に言ってしまえば、
デイレア、レイキ、ジャスオは必要のない土地です。今の仕事に精通しているキルスィグ君なら、シホールアンルの考えて
いる事は良く分かるだろう?」
「はい。つまり、資源ですね?」
「その通り、資源だ。」
インゲルテントは深く頷いた。
「デイレア、レイキ、ジャスオは、資源が意外と少ない国です。自国を賄う分の資源は一応足りていますが、中には足りない
部分があります。デイレアは、穀物が豊富に取れますが、代わりに魔法石鉱山が少なく、南のレイキから輸入する事で、
不足分を賄っていました。逆にレイキは穀物の出荷量がどうしても少なく、デイレアに魔法石を輸出する代わりに、
穀物や食料品を輸入する事で自国を安定させています。ジャスオも同様で、この2国に魔法技術や建築技術関係の技術支援を
行う代わりに、各種資源を輸入して国を持たせていました。残りのバイスエ、ヒーレリ、それにウェンステルは自国領だけで
安定する事が出来、鉱物資源等も、かの3国と比べて豊富にあります。将軍閣下は、シホールアンル側は役立たずなこの3国
を捨てた上で、撤退して来た将兵と本国の将兵を加えて戦線を強化しようとしている、と考えておられるのではないですか?」
「当たりだ。」
インゲルテントは、生徒から満足行く回答を貰った先生のように表情を緩ませた。
「シホールアンルにしてみれば、せっかく得た領土を失うのは痛い。だが、領土は失っても、資源は豊富にある。それに、
この3国を捨てれば、戦線を一本化出来、防御を好きなだけ強化できる。正直言って、シホールアンルの戦争のやり方は、
昔と変わらず上手い。」
「奴らは、行ける時は徹底的にやり、不利な時はあっさりと引くからな。あの国は、風を読む事に長けている。将軍、そうなって
しまったら、君が望んでいた戦争の早期終結は果たせそうにないぞ。」
ギゴルトは、責めるような口調でインゲルテントに言った。
「いや、早期終結事態は可能だ。我々とシホールアンルが講和すればよい。いくら練達が揃っているシホールアンルとはいえ、
もはや苦しい時期だろう。」
プラルザーが口の端を歪めながら言う。
「最も、それは私達が望まぬ終わり方だ。この戦争には、勝たねばならない。でなければ、君が計画しつつある例の事も出来なく
なってしまう。」
「将軍閣下、貴族が今の姿のままで生きて行くためには、どうしても、英雄が必要なのです。シホールアンルを打ち倒したと言われる英雄が。」
スカンヅラが姿勢をずいと、前のめりにしながら言ってくる。
「貴族も。そして、国民も、英雄を欲しています。この戦争後の我々が起こした第一歩は、いずれはバルランドが南大陸での覇権を広げる
礎になります。」
「その事は、私も重々承知しています。」
インゲルテントは、余裕を表しながら、皆を見回す。
「それに、私は皆様方を不快にさせる情報ばかりを集めていた訳ではありません。」
「何か良い報せでもあるのかね?」
「はい。」
インゲルテントは顔を頷かせる。彼の表情は、揺ぎ無い自信に満ち溢れていた。
「先日、シホールアンル国内にいる私の知り合いから、今後の戦争の行方を左右するであろう情報を手に入れました。」
「それは本当かね?」
「ええ。確かな筋からの情報です。彼には、この日のために8年間頑張ってもらいました。」
彼はそう言った後、乾いた口を湿らせるため、ワインを少しだけ飲んだ。
「シホールアンルは強い。奴らがあれだけ派手に戦えるのは、資源が豊富に揃えられているからです。そして、
それを精製する施設も同様です。これが存在する限り、奴らは戦争を続けるでしょう。ですが、この大事な物が・・・・・
全部とは言えませんが、支障を来してしまうほどの量を失ってしまえばどうなります?」
「・・・・・まさか。」
インゲルテントを除く一同は、驚きの余り、互いに顔を見合わせた。
「我々はついに、その大事な物の多くを奪ってしまう事が可能となりました。」
彼はそう言いながら、ニヤリと笑った。
「それもこれも、全てアメリカのお陰です。」
それから5分後。
応接室の空気は、先程と比べて、妙に明るくなっていた。
「ふむ。これなら、君の思う通りに出来るだろう。」
「しかし将軍閣下、大丈夫なのでしょうか?」
キルスィグがやや不安気な表情を浮かべながら、インゲルテントに聞いて来た。
「アメリカ太平洋艦隊の一部とはいいますが、第37任務部隊は大艦隊ですぞ。流石にまずいのでは?」
「まずい物をまずくなくさせるのが、君の仕事だよ。」
インゲルテントは親しげな口調で答える。
「アメリカは、我が国から銅を輸入している。南大陸各国の中では、我々が最大の輸出量を誇っている。元々、北大陸に送るはず
だった銅が、送り主が滅んだ影響でそのまま放置されていたが、それが無ければ、アメリカは危なかった。そして、アメリカは今も、
我が国に頼っている。君は確か、銅輸出に対しては重要な役割を担っているな?」
「はい。明日来訪されるハル国務長官との会議では、臨時に輸出担当の責任者として運輸大臣と共に参加する予定です。」
「そのハル長官に言って欲しいのだ。もし、この作戦が受け入れる事が出来なければ、銅やその他の物資の輸出が難しくなる、と。」
「閣下、あなたはアメリカを敵に回す気ですか?」
「何を言うか。むしろ、頼れる味方として信頼している。」
インゲルテントは即答する。
「ただ、戦争には終わらせなければいけない時期という物がある。アメリカとて、財政は限りなく豊か、ではない。現に、
幾度も国民から資金を集めているではないか。シホールアンルを降伏させるには、どうしても使える手駒が必要だ。私は、
手駒を変えたいだけだ。それも、永久にではない、一時的にだ。無論、言い方は色々あるから、君の方で考えてくれ。
どんな暴論でも、優秀な正論に変えるのは、君の専売特許だろう?」
「はっ、そうですな。」
最初は戸惑いを見せていたキルスィグも、インゲルテントの言葉を聞いていく内に乗り気になった。
「ハル長官との会談では、運輸大臣に話を通してから私のほうで上手く伝えましょう。そもそも、銅鉱物の産出量に関する問題は、
以前から指摘されていましたからな。」
「頼んだぞ。」
インゲルテントはそう言ってから、キルスィグに向けてグラスを掲げた。
「それにしても、君と言う奴は相変わらず、利用する物は何でも利用するのだな。例え、相手が同盟国の軍であろうとも。」
「はっはっは。私に掛れば、容易き事です。」
インゲルテントはそう言ってから、視線を宙に漂わせる。
彼の双眸には、帆の暗い光が混じっていた。
「全ては、我が家の復讐のため。革命と偽って、我が主君を倒した、憎きヴォイゼ家を根絶やしにするためです。そのためには、
手段を選びません。最も、あの若造は私が、滅んだ筈のウィスフテント家の人間だとは気付いておらぬようですが。」
インゲルテントはそこまで言ってから、視線をギコルトに戻した。
「それはともかく、まずは宴を楽しみましょう。」
彼はそう言ってから、再び招待客達のグラスに酒を注いで行った。
8月26日 午前8時 アメリカ合衆国ワシントンDC
この日、ワシントンは快晴であった。
国会議事堂前の大通りは、いつもと同じように多数の自動車が行き交っている。
ポトマック河の川沿いには、住人が歩き、ある物は暑い日差しに汗を垂らしながら歩き続け、ある者は立ち止まって、川の水に
触れながら友人と雑談を交わしたり等、さまざまな光景が見られる。
戦時中であるにも関わらず、アメリカ国民はいつもと同じような1日を過ごしつつあり、アメリカ国内は平穏そのものであった。
その国の主たる男は、今、ホワイトハウスの執務室で、国務長官のコーデル・ハルと、海軍作戦部長のアーネスト・キング大将、
陸軍参謀総長のジョージ・マーシャル大将と話し合っていた。
「・・・・なるほど。バルランド側は条件を突きつけて来たか。」
アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは、腕組みしながら唸った。
「バルランド王国で、銅の産出量に問題があるのは以前から指摘されていたようです。それに加え、バルランド側の最大の銅鉱山は
事故で休業状態にあり、産出量は低下する見込みのようです。こうなると、我が国の産業にも影響を及ぼしかねません。」
ハル国務長官は、冷静な口調でルーズベルトに言う。
「だが、それを防ぐ手は何とか用意している。それが、シホールアンル帝国最大の工業地帯を、爆撃で壊滅させ、戦争終結を早める事・・・か。
ミスターキング。我が海軍の機動部隊で持って、それは本当に可能なのかね?」
「可能です。」
キングは答えた。
「シホールアンル帝国は、大陸南西部のシェルフィクル地方にある工業地帯に多数の重要施設、並びに魔法石鉱山等を有しています。
このシェルフィクル工業地帯は沿岸部にあり、機動部隊の艦載機なら充分に攻撃が可能です。」
「その重要地点の防備に当たっていた航空部隊が、つい最近、大幅に減らされたというのです。これは、バルランド側の将軍である、
ウォージ・インゲルテント大将から得た情報です。」
「インゲルテント将軍か。本当に信用できるのかね?」
ルーズベルトは不快げな表情を表す。
「かの将軍は、ホウロナ諸島攻略でミスしているし、つい最近の攻勢作戦でもヘマをやらかしている。彼は、自軍が使えぬから我々を
利用しようと、考えたのではないかね?」
「まさか、そこまでは考えていないでしょう。大統領閣下、これはバルランド側からの提案です。決して、強く要請する、といった
内容ではないのです。とは言っても、工業地帯を攻撃したら、物資の輸出は定量まで確約する、と言った時点で彼らの意図は丸わかりですが。」
「バルランド側は焦っているのではありませんか?」
傍で話を聞いていたマーシャル大将が、ハルに質問する。
「バルランドを始めとする南大陸は、我々がこの世界に転移する以前から、シホールアンルと戦争を続けています。この世界の基準からして、
4、5年を超える長規模の戦争はなるべくやりたくない代物だと思われます。現代戦でも多大な消費が出る戦争です。経済基盤が中世と
似たような物であるバルランドは、既に戦争継続が厳しい状態にあるのではありませんか?」
「そこの所は、私は分かりかねます。ですが、考えられない事ではありませんな。」
「それに、戦争の早期終結は、南大陸のみならず、我々にも良いニュースとなる。勿論、私はシホールアンルとマオンドの現体制が
打ち倒されるまで、戦争は続ける。2国の首脳達は、劣勢に陥ろうが立ち向かおうとしている。しかし、もし、彼らが戦争継続に
必要な物を失えば、どうなるだろうか?」
ルーズベルトは、3人の顔を見回しながら言う。
「敵はやる気満々でいる。ならば、そのやる気を削げばよい。」
「大統領閣下、もしや。」
キングが尋ねてくる。
「ミスターキング。今、我が合衆国には、ある病が流行り始めている。」
ルーズベルトはそう言った後、側に置いてあった新聞を広げた。
「ここを見たまえ。戦死者の家族達が、ロサンゼルスでデモを開いている。将軍、これまでに、我が合衆国が受けた戦死傷者はいくらに
上ると思うかね?陸海合わせて、30万以上だ。」
彼は眼鏡を外し、両手を組んで、その上に顎を乗せる。
「戦死者の数は、30万以上の中のうち、3分の1にも満たないだろうが、それでも10万近い合衆国軍人が、この戦争で命を落としている。
確かに、私達は勝ち進んでいる。遠く異世界の大陸では、我が軍を主導とする連合軍が、シホールアンル軍やマオンド軍を追い詰めている。
もはや主導権を握った以上、勝ちは見えた。いずれは、敵国の首都に乗り込み、我が国の将兵は、星条旗よ永遠なれを聞きながら、町中を
行進するであろう。だが、それに至るまでは、あとどれぐらいの月日が必要になるか?」
彼は右手を離し、その手で新聞の記事を叩いた。
「少なくとも、1年半はかかるかもしれない。いや、2年以上は見積もった方が良い。我が軍の装備は優秀だ。だが、敵の国土は、
余りにも広い。我々は、その長い期間を待つ事ができる。だが、国民は、果たして待てるだろうか?」
ハルとキング、マーシャルの脳裏に、とある光景がよぎる。
圧倒的な戦力で持って、次々と戦線を押し上げて行く陸海軍。
だが、敵の反撃は熾烈であり、海で、陸で、空で、将兵は次々と死に絶えて行く。
ある者は、敵兵と白兵戦をしながら討死し、ある者は墜落していく航空機の中で死の瞬間を待つ。
また、ある者は乗艦共々水葬にされ、国には僅かな遺品のみが届く。
勝ち戦の筈の戦争。しかし、犠牲者達の遺族にとっては、愛する家族を失えば、その時点で戦争は負けたに等しい。
無論、自分の息子の死を、祖国のためだと褒め称える者もいるだろう。
だが、全員がそのような思いを抱く筈が無い。
やがて、厭戦気分が芽生え、それはいつしか、反戦運動に繋がっていく。
小さな火は、徐々に拡大し、最後には手の施しようのない大火に成長する。
地方で行われた反戦運動は、時間が経つにつれて大きくなり、やがては・・・・・・
(このDCにも達する・・・・か)
キングは、憂鬱そうな思いで、そう結論付けた。
「私は、戦争を中途半端な形に終わらせたくない。はっきりと決着を付けた上で終わらせたいと思っている。
インゲルテント将軍の提案は、我々にとって願っても無いチャンスだ。ミスターキング。私は、海軍に対して、
作戦案の立案を要請する。」
その言葉を聞いた瞬間、キングは内心で諦めの念が沸き起こった。
「だが、同時にインゲルテント将軍の案が、本当に実行可能か。そして、その情報は本当に信用に足りる物かどうかも確かめて
欲しい。もし、将軍の案が実行不可能であり、情報が全くデタラメな代物ならば、将軍の案は取り下げて良い。」
「案を取り下げるのですな?」
ハルが尋ねる。
「その場合、バルランド側は、我が国に対する銅等の輸出を減らす可能性があります。かの国も、今は苦しいようですからな。」
「構わん。ある程度備蓄も溜まっている。」
ルーズベルトは躊躇いを感じさせぬ口調で答えた。
「ですが、作戦に成功したとしても、戦争はどれぐらいの期間で終結するかが問題ですな。」
マーシャルが横から言ってくる。
「大西洋戦線が収まれば、その戦力を太平洋戦線に注げる。今、レーフェイル大陸では、マオンド側の勢力減退が著しいからな。
かの国は、元々あった領土のうち、既に3分の1を失っている。恐らく、今年中には決着がつくかもしれない。」
「作戦が成功し、大西洋戦線が収まれば・・・・最長でも来年の9月までは、戦争は終結するかもしれない。とすると、あと1年か。」
ルーズベルトはそう言ってから、深くため息を吐く。
「それまで、国民が大人しくしておればいいが・・・・・それはともかく。」
彼は、キングに顔を向け、改まった口調で告げる。
「例の案は、裏付け調査を同時に進めながら、一応作戦計画を立案してもらいたい。実行可能かどうかは、私か、リーヒ提督に、
なるべく早く知らせて欲しい。」
「はっ、早急に取り掛かります。」
キングは、いつもと変わらぬ冷静な口調でルーズベルトに答えた。
その一方で、彼の内心には、この案が取り下げられて欲しい、という思いが強く浮かんでいた。
9月5日 午後2時 カリフォルニア州サンディエゴ
アメリカ太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ大将は、この日の午後2時5分前から、参謀長のフレッチャー中将と
共に作戦室で待機していた。
「キングさんからサンディエゴに赴くとは、これまた珍しいですね。」
椅子に座っているフレッチャーは、立ちあがって地図を眺めているニミッツに語りかけた。
「何でも、緊急で伝えたい事があるようだ。もしかしたら、敵機動部隊をさっさと潰せ、と命じるかも知れんぞ。」
「それはちときついですな。」
「だが、ハルゼーの奴なら、喜んでキングの命令を受け入れてくれ、と言うかも知れんぞ。第3艦隊の連中は、敵機動部隊が
イースフィルクに入港した翌日に、敵艦隊攻撃の許可を求めて来ているからな。あの時は却下したが。」
「しかし、キングさんからも同じような事言われたら、流石に断り切れないでしょうな。」
「恐らくはな。まっ、私も腹案を持っているから、さほど心配はしとらんが。」
ニミッツはそう言ってから、不敵な笑みを浮かべた。
その時、作戦室のドアが開かれた。
「長官。海軍省からキング作戦部長がお見えになりました。」
「うむ。こっちに通してくれ。」
ニミッツは従兵にそう言ってから、自らも椅子に座った。
そう間を置かずに、キングが入室して来た。
「やあ、待ったかね?」
キングは、いつもと変わらぬ無表情さを張り付かせつつ、2人に話し掛けて来た。
「いえ。大丈夫です。何かお飲み物でも?」
「紅茶を一杯頼む。では、ここに座らせて貰うぞ。」
キングは、ニミッツとフレッチャーに向き合う形で、反対側に座った。
「太平洋方面はどうなっているかね?」
「はっ。現在、太平洋方面では、シホールアンル海軍の機動部隊が本国から、ヒーレリの前進拠点であるイースフィルク軍港に
入港して以来、緊張状態が続いております。現在、ホウロナ諸島には、第3艦隊所属の第37、第38任務部隊を待機させると同時に、
エルネイル周辺の海軍部隊に厳重な警戒態勢を取るように命じ、敵機動部隊の襲撃に備えています。」
「敵からは、何か動きはあったかね?」
「いえ。敵機動部隊は23日に入港して以来、ずっと待機したままです。その他には、護送船団と敵の海洋生物が幾度か交戦して
いますが、今の所は小康状態となっております。」
「第3艦隊からは何かあったかね?」
「はっ。第3艦隊司令部からは、24日に敵機動部隊攻撃の許可を求める通信が入りましたが、それ以外は何もありません。」
「フン。流石は血の気の多いハルゼーだ。反応が鋭い。」
キングは嘲笑するかのような口ぶりで呟く。
「命令は却下したのかね?」
「はい。現状では、艦載機のみによる攻撃では危険が大きいと判断し、第3艦隊側の提案を却下いたしました。」
「妥当な判断だ。」
キングは頷く。
「さて、本題に入ろう。」
キングは、持っていた鞄から封筒を取り出し、それをニミッツに渡した。
「まずは、中に入っている書類に目を通したまえ。」
「はっ。」
ニミッツは小さく頷いてから、封筒の中から書類を取りだす。そこには、次の作戦に関する数枚の書類があった。
「Operation Hailstone・・・・これは・・・一体?」
「次の作戦の名前だ。太平洋艦隊は、近日中に新しい作戦に取りかかってもらう。」
キングは有無を言わせぬような口調でニミッツに言う。
冷静な口調とは対照的に、キングの心は、裏付け調査の望まぬ結果に対する不快感で満ち溢れていた。
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SS投下終了です。
訂正です。
文中でなぜか併?という文字がありますが、あれは併吞と書いてあります。
この場をお借りして訂正いたします。
1484年(1944年)8月23日 午後7時 バルランド王国首都オールレイング
バルランド軍北大陸派遣軍司令官であるウォージ・インゲルテント大将は、休暇のため、22日に祖国バルランドに戻っていた。
この日、インゲルテントは、自宅の3階のベランダから、首都を眺めていた。
「どうだね将軍。久しぶりの我が家は?」
隣でワインを飲みながら、同じく外の風景を眺めていた小太りの中年男性が聞いて来る。
「心地良い物ですな。いつもは見慣れているこの風景も、久方ぶりに見ると、妙な新鮮味があります。」
インゲルテントは、隣にいた小太りの男・・・・財務大臣のミルセ・ギゴルトに微笑みながら返した。
「それよりも、ワインの味は如何です?」
「なかなか悪くないぞ。」
ギゴルトは満足気な表情で言う。
「ウェンステルのワインは上物が多いと、前から聞いていたが、聞きしに勝る美味さだ。この程良い甘みは、甘い物好きの私にピッタリだよ。」
「ありがとうございます。」
「私はそのワインよりも、このやや辛めのワインが丁度良いですな。」
後ろから声が掛る。
振り向くと、ソファーに座っていた筈の30代後半と思しき男性が、ゆったりとした足取りでベランダに近付いてくる。
「そのワインは、私よりも妻に飲ませた方が喜ぶでしょうな。」
バルランド王国労働商業省の副大臣を務めるハバル・スカンヅラは、軽やかな口ぶりでインゲルテントに言う。
「では、1本土産にすると良いですよ。ワインはまだまだたっぷりありますから。」
「いやはや、面目ない。」
スカンヅラはそう言いつつ、恥ずかしげな笑みを浮かべながら頭の裏を掻いた。
「もうそろそろ、残りの客人も来る頃ですな。」
インゲルテントは、応接間の壁に掛けられた時計に目をやりながら呟く。
今日は、ギゴルトとスカンヅラの他に、2人の客人がこの屋敷に来る予定である。
それから1分もたたぬうちに、メイドがインゲルテントに声を掛けて来た。
「お館様。プラルザー様とキルスィグ様がお見えになられました。」
「おお、来たか。通して良いぞ。」
インゲルテントはメイドにそう指示してから応接間から下がらせた。
間もなくして、新たな客人が室内に入って来た。
「インゲルテント将軍。久しいな。」
「これはプラルザー大臣。再びお会いできて光栄ですよ。」
彼は、痩身の中年男・・・・内務大臣のガヘル・プラルザーと握手を交わす。
「将軍閣下、お元気そうで何よりですぞ。」
眼鏡を掛けた30代前半と思しき男が右手を差し出す。
「キルスィグ君、君も元気そうだな。その調子だと、仕事は順調にいっとるようだね。」
インゲルテントは陽気な口調で、輸出省次官であるエフド・キルスィグに返しつつ、握手を交わした。
「では皆さん。丁度腹も空いて来た頃です。ここはひとまず、夕食にしましょうか。」
彼は快活のある声音で言ってから、両手を叩いた。
応接室のドアが開かれ、メイドや執事が入ってくる。
彼らはテキパキとした動作で、料理を乗せるテーブルを設置し、次いで、豪華な料理を乗せて行く。
5分と経たずに、インゲルテントらの目の前には、豪華な料理や飲み物がずらりと並べられていた。
彼らはしばらくの間、インゲルテント家自慢のシェフが作った料理を楽しんだ。
それから40分後。
食事も粗方終えた頃、インゲルテントはプラルザーから質問を受けた。
「将軍。北大陸戦線は、現在膠着状態にあると言われているが、それは本当なのかね?」
「正直申しまして、それは事実です。我々連合軍は、エルネイル地方は完全に奪取しましたが、内陸から60ゼルドほど
進んだ所で、完全に足踏みしている状態です。」
「我がバルランド軍が行った攻勢は、敵の強固な防御のせいで失敗したと聞いているが、アメリカ製の武器を手にした我が軍は、
以前より強くなったのではないのかね?アメリカ製武器の購入には、鉱物資源の輸出を始めとして、少なからぬ代価を払っているのだが。」
「無論、その通りです。」
インゲルテントは即答する。
「ですが、今回ばかりは、敵の方に軍配が上がってしまいました。シホールアンル軍は、アメリカ軍の主力戦車であるシャーマン戦車をも
打ち破る事が出来る新型キリラルブスを多数導入した他、軽量型の対空魔道銃を要所に配置し、万全の態勢で我々を迎え討ちました。
無論、我が軍もアメリカから渡された火砲を用いて事前に砲撃を行った上で軍を進めました。我々は、作戦前に勝利を確信していました。
何せ、我がバルランド軍は上陸以来、連戦連勝でしたから。」
「なのに、負けてしまったのか?」
「はっ。面目ない事ですが。」
インゲルテントは申し訳なさそうに頭を下げる。
「私は帰国直前に、対抗部隊の詳細を知らされました。第62軍と67軍が戦った相手の中には、シホールアンル自慢の魔法騎士師団が
含まれていて、その師団は石甲師団に改変されていました。この石甲師団は、全てのキリラルブスが、最新鋭の強化型キリラルブスで、
火砲や魔道銃も他の師団より多く配備されていたようです。これとは別に他の部隊にも、シホールアンル軍は装備の整った精鋭師団
ばかりを前線に配備しており、我々は敵の精鋭と血で血を争う戦闘を繰り広げました。最初こそ、攻勢は躓きかけましたが、第62軍が
ようやく前線を突破して、敵の守備部隊を包囲しようとしました。事前の計画では、ここで第64軍も突入して、敵部隊を包囲、殲滅する
手筈でした。ですが、第64軍は、シホールアンル側の装甲列車をも投入した猛反撃によって消耗し、前線突破は困難になっていました。
その上、前線を突破した第62軍も攻撃部隊に多大の損害が生じており、このままでは逆に、第62軍が包囲される可能性がありました。
そこで私は、仕方なく」
「後退を命じた、という訳か・・・・」
ギコルトが意外そうな顔つきでインゲルテントを見つめた。
「冷酷な軍人を気取っていた君が部隊を後退させるとは、珍しい物だな。何かあったのかね?」
「別に、私は現場の事を考えて指示を下したまでです。」
インゲルテントは微笑みながら、しかし、冷ややかな目線で見つめ返した。
「一昔前ならば、攻撃続行を命じています。正直申しまして、私はあんな役立たず共がまだいる事に腹を立てているのです。奴らが
望む武器を与え、満足の行く食事も与え続けたというのに、あの体たらくとは!」
彼は、徐々に憤りを交えながら言い放つ。
「ですが、あ奴らとて、私が持つ大事な駒には違いありません。その持ち駒を全て失ってしまえば、私は連合国の他の将官達・・・・
特に、アメリカ軍の将官達に顔向けが出来なくなる。命令を発して、全滅させるまで戦わせるのは容易いですが、そうすれば、
私は彼らに無能と罵られるでしょう。一昔前のようなやり方は、もはや出来ないのですよ。」
「時代は変わるか。昔は、平民共なぞ気にせずに居られたが、今ではそうもいかん。特に、アメリカが参戦してからは、平民共は
貴族が何だ、というような態度を表し始めている。それもこれも、あの若造のせいだな。」
プラルザーが仇を思うかのような口ぶりでインゲルテントに言った。
「何が民主化だ。馬鹿馬鹿しい。ヴォイゼの若造はアメリカにかぶれすぎておる。」
プラルザーは嘲笑を浮かべながら、グラスのワインを一気に飲み干す。
「まあまあ、今はとりあえず落ち着きましょう。」
そんなプラルザーに、インゲルテントは苦笑しながら、ボトルを取ってプラルザーのグラスに注いだ。
「シホールアンル軍は防御一辺倒で我が連合軍に当たっているようだが、それは全戦線でも同じかね?」
「はい。敵はリスクの大きい攻勢を取りやめ、少しでも有利に戦闘を行える防御に切り替えています。その影響で、
我々のみならず、アメリカ軍も前線で足踏みをしている状態です。その一方で、ウェンステル戦線・・・・おっと、
今では南部ジャスオ戦線でしたな。」
インゲルテントは慌てて言い直す。
「南部ジャスオ戦線では、我が軍は順調とまでは行っていませんが、それなりに早いペースで戦線を押し上げています。」
「ほほう、それならば、ジャスオ西部に居座るシホールアンル軍に対して、南からも圧力を加えられそうですな。」
キルスィグが調子の良い口ぶりで言ってくる。
「この調子なら、ジャスオの帝国軍に大打撃を与えられるのでは?」
「ところが、そう簡単な話ではないのだよ。」
インゲルテントは首を横に振りながら、キルスィグに返答する。
「確かに、南ジャスオ戦線で、連合軍は進撃を続けている。だが、この進撃は、我々にとってあまり好ましくない進撃なのだ。」
「好ましくない?それは一体・・・・?」
「まさか、シホールアンルは南部ジャスオに援軍を寄越したのかね?」
キルスィグとプラルザーが怪訝な表情を表しながら、インゲルテントに聞く。
「いえ、敵は援軍を寄越したりしていません。むしろ、その逆です。」
インゲルテントはそこまで言ってから、ため息を吐いた。
「シホールアンル軍は、南部部隊から徐々に撤退しつつあります。」
「撤退!?」
「そんな、まさか。」
キルスィグは驚いたような声を上げ、プラルザーはあり得ない、といった顔つきで言う。
「ほほう、つまり、シホールアンルはこれからもやる気満々という訳だね?」
そんな中で、ギコルトだけがインゲルテントの思う事を理解していた。
「ええ、その通りです。敵は、ジャスオ中西部からの上陸軍が、北大陸を分断する事を恐れて、上陸軍を押し留めると同時に、
南部から部隊を撤退させているのです。これは、ミスリアルとカレアント側の特殊部隊から送られた情報を分析した結果、
明らかになった物です。」
「敵はジャスオを放棄するつもりか?」
「恐らくは。もしかしたら、デイレアも放棄する可能性があります。」
「あれほど、他国を併?する事に固執してきたシホールアンルが、大事な領土をあっさりと放棄するとは・・・・・」
「確かに、北大陸の領土は、シホールアンルにとっていずれも掛け替えの無い領土です。ですが、簡単に言ってしまえば、
デイレア、レイキ、ジャスオは必要のない土地です。今の仕事に精通しているキルスィグ君なら、シホールアンルの考えて
いる事は良く分かるだろう?」
「はい。つまり、資源ですね?」
「その通り、資源だ。」
インゲルテントは深く頷いた。
「デイレア、レイキ、ジャスオは、資源が意外と少ない国です。自国を賄う分の資源は一応足りていますが、中には足りない
部分があります。デイレアは、穀物が豊富に取れますが、代わりに魔法石鉱山が少なく、南のレイキから輸入する事で、
不足分を賄っていました。逆にレイキは穀物の出荷量がどうしても少なく、デイレアに魔法石を輸出する代わりに、
穀物や食料品を輸入する事で自国を安定させています。ジャスオも同様で、この2国に魔法技術や建築技術関係の技術支援を
行う代わりに、各種資源を輸入して国を持たせていました。残りのバイスエ、ヒーレリ、それにウェンステルは自国領だけで
安定する事が出来、鉱物資源等も、かの3国と比べて豊富にあります。将軍閣下は、シホールアンル側は役立たずなこの3国
を捨てた上で、撤退して来た将兵と本国の将兵を加えて戦線を強化しようとしている、と考えておられるのではないですか?」
「当たりだ。」
インゲルテントは、生徒から満足行く回答を貰った先生のように表情を緩ませた。
「シホールアンルにしてみれば、せっかく得た領土を失うのは痛い。だが、領土は失っても、資源は豊富にある。それに、
この3国を捨てれば、戦線を一本化出来、防御を好きなだけ強化できる。正直言って、シホールアンルの戦争のやり方は、
昔と変わらず上手い。」
「奴らは、行ける時は徹底的にやり、不利な時はあっさりと引くからな。あの国は、風を読む事に長けている。将軍、そうなって
しまったら、君が望んでいた戦争の早期終結は果たせそうにないぞ。」
ギゴルトは、責めるような口調でインゲルテントに言った。
「いや、早期終結事態は可能だ。我々とシホールアンルが講和すればよい。いくら練達が揃っているシホールアンルとはいえ、
もはや苦しい時期だろう。」
プラルザーが口の端を歪めながら言う。
「最も、それは私達が望まぬ終わり方だ。この戦争には、勝たねばならない。でなければ、君が計画しつつある例の事も出来なく
なってしまう。」
「将軍閣下、貴族が今の姿のままで生きて行くためには、どうしても、英雄が必要なのです。シホールアンルを打ち倒したと言われる英雄が。」
スカンヅラが姿勢をずいと、前のめりにしながら言ってくる。
「貴族も。そして、国民も、英雄を欲しています。この戦争後の我々が起こした第一歩は、いずれはバルランドが南大陸での覇権を広げる
礎になります。」
「その事は、私も重々承知しています。」
インゲルテントは、余裕を表しながら、皆を見回す。
「それに、私は皆様方を不快にさせる情報ばかりを集めていた訳ではありません。」
「何か良い報せでもあるのかね?」
「はい。」
インゲルテントは顔を頷かせる。彼の表情は、揺ぎ無い自信に満ち溢れていた。
「先日、シホールアンル国内にいる私の知り合いから、今後の戦争の行方を左右するであろう情報を手に入れました。」
「それは本当かね?」
「ええ。確かな筋からの情報です。彼には、この日のために8年間頑張ってもらいました。」
彼はそう言った後、乾いた口を湿らせるため、ワインを少しだけ飲んだ。
「シホールアンルは強い。奴らがあれだけ派手に戦えるのは、資源が豊富に揃えられているからです。そして、
それを精製する施設も同様です。これが存在する限り、奴らは戦争を続けるでしょう。ですが、この大事な物が・・・・・
全部とは言えませんが、支障を来してしまうほどの量を失ってしまえばどうなります?」
「・・・・・まさか。」
インゲルテントを除く一同は、驚きの余り、互いに顔を見合わせた。
「我々はついに、その大事な物の多くを奪ってしまう事が可能となりました。」
彼はそう言いながら、ニヤリと笑った。
「それもこれも、全てアメリカのお陰です。」
それから5分後。
応接室の空気は、先程と比べて、妙に明るくなっていた。
「ふむ。これなら、君の思う通りに出来るだろう。」
「しかし将軍閣下、大丈夫なのでしょうか?」
キルスィグがやや不安気な表情を浮かべながら、インゲルテントに聞いて来た。
「アメリカ太平洋艦隊の一部とはいいますが、第37任務部隊は大艦隊ですぞ。流石にまずいのでは?」
「まずい物をまずくなくさせるのが、君の仕事だよ。」
インゲルテントは親しげな口調で答える。
「アメリカは、我が国から銅を輸入している。南大陸各国の中では、我々が最大の輸出量を誇っている。元々、北大陸に送るはず
だった銅が、送り主が滅んだ影響でそのまま放置されていたが、それが無ければ、アメリカは危なかった。そして、アメリカは今も、
我が国に頼っている。君は確か、銅輸出に対しては重要な役割を担っているな?」
「はい。明日来訪されるハル国務長官との会議では、臨時に輸出担当の責任者として運輸大臣と共に参加する予定です。」
「そのハル長官に言って欲しいのだ。もし、この作戦が受け入れる事が出来なければ、銅やその他の物資の輸出が難しくなる、と。」
「閣下、あなたはアメリカを敵に回す気ですか?」
「何を言うか。むしろ、頼れる味方として信頼している。」
インゲルテントは即答する。
「ただ、戦争には終わらせなければいけない時期という物がある。アメリカとて、財政は限りなく豊か、ではない。現に、
幾度も国民から資金を集めているではないか。シホールアンルを降伏させるには、どうしても使える手駒が必要だ。私は、
手駒を変えたいだけだ。それも、永久にではない、一時的にだ。無論、言い方は色々あるから、君の方で考えてくれ。
どんな暴論でも、優秀な正論に変えるのは、君の専売特許だろう?」
「はっ、そうですな。」
最初は戸惑いを見せていたキルスィグも、インゲルテントの言葉を聞いていく内に乗り気になった。
「ハル長官との会談では、運輸大臣に話を通してから私のほうで上手く伝えましょう。そもそも、銅鉱物の産出量に関する問題は、
以前から指摘されていましたからな。」
「頼んだぞ。」
インゲルテントはそう言ってから、キルスィグに向けてグラスを掲げた。
「それにしても、君と言う奴は相変わらず、利用する物は何でも利用するのだな。例え、相手が同盟国の軍であろうとも。」
「はっはっは。私に掛れば、容易き事です。」
インゲルテントはそう言ってから、視線を宙に漂わせる。
彼の双眸には、帆の暗い光が混じっていた。
「全ては、我が家の復讐のため。革命と偽って、我が主君を倒した、憎きヴォイゼ家を根絶やしにするためです。そのためには、
手段を選びません。最も、あの若造は私が、滅んだ筈のウィスフテント家の人間だとは気付いておらぬようですが。」
インゲルテントはそこまで言ってから、視線をギコルトに戻した。
「それはともかく、まずは宴を楽しみましょう。」
彼はそう言ってから、再び招待客達のグラスに酒を注いで行った。
8月26日 午前8時 アメリカ合衆国ワシントンDC
この日、ワシントンは快晴であった。
国会議事堂前の大通りは、いつもと同じように多数の自動車が行き交っている。
ポトマック河の川沿いには、住人が歩き、ある物は暑い日差しに汗を垂らしながら歩き続け、ある者は立ち止まって、川の水に
触れながら友人と雑談を交わしたり等、さまざまな光景が見られる。
戦時中であるにも関わらず、アメリカ国民はいつもと同じような1日を過ごしつつあり、アメリカ国内は平穏そのものであった。
その国の主たる男は、今、ホワイトハウスの執務室で、国務長官のコーデル・ハルと、海軍作戦部長のアーネスト・キング大将、
陸軍参謀総長のジョージ・マーシャル大将と話し合っていた。
「・・・・なるほど。バルランド側は条件を突きつけて来たか。」
アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは、腕組みしながら唸った。
「バルランド王国で、銅の産出量に問題があるのは以前から指摘されていたようです。それに加え、バルランド側の最大の銅鉱山は
事故で休業状態にあり、産出量は低下する見込みのようです。こうなると、我が国の産業にも影響を及ぼしかねません。」
ハル国務長官は、冷静な口調でルーズベルトに言う。
「だが、それを防ぐ手は何とか用意している。それが、シホールアンル帝国最大の工業地帯を、爆撃で壊滅させ、戦争終結を早める事・・・か。
ミスターキング。我が海軍の機動部隊で持って、それは本当に可能なのかね?」
「可能です。」
キングは答えた。
「シホールアンル帝国は、大陸南西部のシェルフィクル地方にある工業地帯に多数の重要施設、並びに魔法石鉱山等を有しています。
このシェルフィクル工業地帯は沿岸部にあり、機動部隊の艦載機なら充分に攻撃が可能です。」
「その重要地点の防備に当たっていた航空部隊が、つい最近、大幅に減らされたというのです。これは、バルランド側の将軍である、
ウォージ・インゲルテント大将から得た情報です。」
「インゲルテント将軍か。本当に信用できるのかね?」
ルーズベルトは不快げな表情を表す。
「かの将軍は、ホウロナ諸島攻略でミスしているし、つい最近の攻勢作戦でもヘマをやらかしている。彼は、自軍が使えぬから我々を
利用しようと、考えたのではないかね?」
「まさか、そこまでは考えていないでしょう。大統領閣下、これはバルランド側からの提案です。決して、強く要請する、といった
内容ではないのです。とは言っても、工業地帯を攻撃したら、物資の輸出は定量まで確約する、と言った時点で彼らの意図は丸わかりですが。」
「バルランド側は焦っているのではありませんか?」
傍で話を聞いていたマーシャル大将が、ハルに質問する。
「バルランドを始めとする南大陸は、我々がこの世界に転移する以前から、シホールアンルと戦争を続けています。この世界の基準からして、
4、5年を超える長規模の戦争はなるべくやりたくない代物だと思われます。現代戦でも多大な消費が出る戦争です。経済基盤が中世と
似たような物であるバルランドは、既に戦争継続が厳しい状態にあるのではありませんか?」
「そこの所は、私は分かりかねます。ですが、考えられない事ではありませんな。」
「それに、戦争の早期終結は、南大陸のみならず、我々にも良いニュースとなる。勿論、私はシホールアンルとマオンドの現体制が
打ち倒されるまで、戦争は続ける。2国の首脳達は、劣勢に陥ろうが立ち向かおうとしている。しかし、もし、彼らが戦争継続に
必要な物を失えば、どうなるだろうか?」
ルーズベルトは、3人の顔を見回しながら言う。
「敵はやる気満々でいる。ならば、そのやる気を削げばよい。」
「大統領閣下、もしや。」
キングが尋ねてくる。
「ミスターキング。今、我が合衆国には、ある病が流行り始めている。」
ルーズベルトはそう言った後、側に置いてあった新聞を広げた。
「ここを見たまえ。戦死者の家族達が、ロサンゼルスでデモを開いている。将軍、これまでに、我が合衆国が受けた戦死傷者はいくらに
上ると思うかね?陸海合わせて、30万以上だ。」
彼は眼鏡を外し、両手を組んで、その上に顎を乗せる。
「戦死者の数は、30万以上の中のうち、3分の1にも満たないだろうが、それでも10万近い合衆国軍人が、この戦争で命を落としている。
確かに、私達は勝ち進んでいる。遠く異世界の大陸では、我が軍を主導とする連合軍が、シホールアンル軍やマオンド軍を追い詰めている。
もはや主導権を握った以上、勝ちは見えた。いずれは、敵国の首都に乗り込み、我が国の将兵は、星条旗よ永遠なれを聞きながら、町中を
行進するであろう。だが、それに至るまでは、あとどれぐらいの月日が必要になるか?」
彼は右手を離し、その手で新聞の記事を叩いた。
「少なくとも、1年半はかかるかもしれない。いや、2年以上は見積もった方が良い。我が軍の装備は優秀だ。だが、敵の国土は、
余りにも広い。我々は、その長い期間を待つ事ができる。だが、国民は、果たして待てるだろうか?」
ハルとキング、マーシャルの脳裏に、とある光景がよぎる。
圧倒的な戦力で持って、次々と戦線を押し上げて行く陸海軍。
だが、敵の反撃は熾烈であり、海で、陸で、空で、将兵は次々と死に絶えて行く。
ある者は、敵兵と白兵戦をしながら討死し、ある者は墜落していく航空機の中で死の瞬間を待つ。
また、ある者は乗艦共々水葬にされ、国には僅かな遺品のみが届く。
勝ち戦の筈の戦争。しかし、犠牲者達の遺族にとっては、愛する家族を失えば、その時点で戦争は負けたに等しい。
無論、自分の息子の死を、祖国のためだと褒め称える者もいるだろう。
だが、全員がそのような思いを抱く筈が無い。
やがて、厭戦気分が芽生え、それはいつしか、反戦運動に繋がっていく。
小さな火は、徐々に拡大し、最後には手の施しようのない大火に成長する。
地方で行われた反戦運動は、時間が経つにつれて大きくなり、やがては・・・・・・
(このDCにも達する・・・・か)
キングは、憂鬱そうな思いで、そう結論付けた。
「私は、戦争を中途半端な形に終わらせたくない。はっきりと決着を付けた上で終わらせたいと思っている。
インゲルテント将軍の提案は、我々にとって願っても無いチャンスだ。ミスターキング。私は、海軍に対して、
作戦案の立案を要請する。」
その言葉を聞いた瞬間、キングは内心で諦めの念が沸き起こった。
「だが、同時にインゲルテント将軍の案が、本当に実行可能か。そして、その情報は本当に信用に足りる物かどうかも確かめて
欲しい。もし、将軍の案が実行不可能であり、情報が全くデタラメな代物ならば、将軍の案は取り下げて良い。」
「案を取り下げるのですな?」
ハルが尋ねる。
「その場合、バルランド側は、我が国に対する銅等の輸出を減らす可能性があります。かの国も、今は苦しいようですからな。」
「構わん。ある程度備蓄も溜まっている。」
ルーズベルトは躊躇いを感じさせぬ口調で答えた。
「ですが、作戦に成功したとしても、戦争はどれぐらいの期間で終結するかが問題ですな。」
マーシャルが横から言ってくる。
「大西洋戦線が収まれば、その戦力を太平洋戦線に注げる。今、レーフェイル大陸では、マオンド側の勢力減退が著しいからな。
かの国は、元々あった領土のうち、既に3分の1を失っている。恐らく、今年中には決着がつくかもしれない。」
「作戦が成功し、大西洋戦線が収まれば・・・・最長でも来年の9月までは、戦争は終結するかもしれない。とすると、あと1年か。」
ルーズベルトはそう言ってから、深くため息を吐く。
「それまで、国民が大人しくしておればいいが・・・・・それはともかく。」
彼は、キングに顔を向け、改まった口調で告げる。
「例の案は、裏付け調査を同時に進めながら、一応作戦計画を立案してもらいたい。実行可能かどうかは、私か、リーヒ提督に、
なるべく早く知らせて欲しい。」
「はっ、早急に取り掛かります。」
キングは、いつもと変わらぬ冷静な口調でルーズベルトに答えた。
その一方で、彼の内心には、この案が取り下げられて欲しい、という思いが強く浮かんでいた。
9月5日 午後2時 カリフォルニア州サンディエゴ
アメリカ太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ大将は、この日の午後2時5分前から、参謀長のフレッチャー中将と
共に作戦室で待機していた。
「キングさんからサンディエゴに赴くとは、これまた珍しいですね。」
椅子に座っているフレッチャーは、立ちあがって地図を眺めているニミッツに語りかけた。
「何でも、緊急で伝えたい事があるようだ。もしかしたら、敵機動部隊をさっさと潰せ、と命じるかも知れんぞ。」
「それはちときついですな。」
「だが、ハルゼーの奴なら、喜んでキングの命令を受け入れてくれ、と言うかも知れんぞ。第3艦隊の連中は、敵機動部隊が
イースフィルクに入港した翌日に、敵艦隊攻撃の許可を求めて来ているからな。あの時は却下したが。」
「しかし、キングさんからも同じような事言われたら、流石に断り切れないでしょうな。」
「恐らくはな。まっ、私も腹案を持っているから、さほど心配はしとらんが。」
ニミッツはそう言ってから、不敵な笑みを浮かべた。
その時、作戦室のドアが開かれた。
「長官。海軍省からキング作戦部長がお見えになりました。」
「うむ。こっちに通してくれ。」
ニミッツは従兵にそう言ってから、自らも椅子に座った。
そう間を置かずに、キングが入室して来た。
「やあ、待ったかね?」
キングは、いつもと変わらぬ無表情さを張り付かせつつ、2人に話し掛けて来た。
「いえ。大丈夫です。何かお飲み物でも?」
「紅茶を一杯頼む。では、ここに座らせて貰うぞ。」
キングは、ニミッツとフレッチャーに向き合う形で、反対側に座った。
「太平洋方面はどうなっているかね?」
「はっ。現在、太平洋方面では、シホールアンル海軍の機動部隊が本国から、ヒーレリの前進拠点であるイースフィルク軍港に
入港して以来、緊張状態が続いております。現在、ホウロナ諸島には、第3艦隊所属の第37、第38任務部隊を待機させると同時に、
エルネイル周辺の海軍部隊に厳重な警戒態勢を取るように命じ、敵機動部隊の襲撃に備えています。」
「敵からは、何か動きはあったかね?」
「いえ。敵機動部隊は23日に入港して以来、ずっと待機したままです。その他には、護送船団と敵の海洋生物が幾度か交戦して
いますが、今の所は小康状態となっております。」
「第3艦隊からは何かあったかね?」
「はっ。第3艦隊司令部からは、24日に敵機動部隊攻撃の許可を求める通信が入りましたが、それ以外は何もありません。」
「フン。流石は血の気の多いハルゼーだ。反応が鋭い。」
キングは嘲笑するかのような口ぶりで呟く。
「命令は却下したのかね?」
「はい。現状では、艦載機のみによる攻撃では危険が大きいと判断し、第3艦隊側の提案を却下いたしました。」
「妥当な判断だ。」
キングは頷く。
「さて、本題に入ろう。」
キングは、持っていた鞄から封筒を取り出し、それをニミッツに渡した。
「まずは、中に入っている書類に目を通したまえ。」
「はっ。」
ニミッツは小さく頷いてから、封筒の中から書類を取りだす。そこには、次の作戦に関する数枚の書類があった。
「Operation Hailstone・・・・これは・・・一体?」
「次の作戦の名前だ。太平洋艦隊は、近日中に新しい作戦に取りかかってもらう。」
キングは有無を言わせぬような口調でニミッツに言う。
冷静な口調とは対照的に、キングの心は、裏付け調査の望まぬ結果に対する不快感で満ち溢れていた。
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SS投下終了です。
訂正です。
文中でなぜか併?という文字がありますが、あれは併吞と書いてあります。
この場をお借りして訂正いたします。