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234 第178話 レビリンイクル沖海戦(中編)

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第178話 レビリンイクル沖海戦(中編)

午前11時30分 第37任務部隊第2任務群旗艦 空母フランクリン

TG37.2司令官であるフレデリック・シャーマン少将は、艦橋の張り出し通路から、北東の空に現れた第1次攻撃隊を
じっと見つめていた。

「英雄達の帰還ですな。」

航空参謀を務めるローレス・ウェルキン中佐がシャーマンに語りかける。

「あと10分もすれば着艦体制に入るな。」

シャーマン少将は双眼鏡を胸に下ろしてからウェルキン中佐に返答する。

「司令。旗艦より通信。艦隊針路135度。」

通信参謀から指示を伝えられたシャーマンは、頷いてからフランクリン艦長に顔を向ける。

「艦長。針路135度だ。」
「アイアイサー。」

艦長のジェームズ・シューメーカー大佐は快活な声で答えてから、航海科に指示を飛ばす。

「風に立て!針路135度!」
「針路135度!アイアイサー!」

復唱の声が響き、操舵手が言われた針路に艦の舳先を向けるべく、舵輪を回す。
旗艦からの通達は、群旗艦を通じて各艦にも伝わる。
フランクリンが回頭し始めると、右舷側を行くイントレピッド、後方に付いている軽空母ラングレーとプリンストンも続く。

4空母の動きに合わせて、巡洋戦艦アラスカ、コンステレーション以下の各護衛艦も回頭を行う。
各艦が回頭を終えた頃には、第1次攻撃隊は艦隊から目と鼻の先にまで迫っていた。
愛機であるヘルダイバーを駆りながら、僚機と共に戦地から戻って来たカズヒロは、自らの母艦が属する機動部隊が、
一斉に回頭を行っている様子を見つめていた。

「大艦隊がピシっと合わせながら動く様は、いつ見ても凄いなぁ。」
「そりゃそうだろ。」

後部座席のニュールが苦笑する。

「何と言っても、俺達は海軍の中でも精鋭だぜ。あんな艦隊運動なんて朝飯前さ。ていうか、あれぐらいでいちいち感心するなよ。」
「お前は味気ない事言うなぁ。というか、ただ単に俺が幼いだけかね。」
「そうだろうな。」

ニュールの何気ない答えに、カズヒロはややむっとなった。

「そうか。じゃあ、着艦後は俺の稽古に付き合わせてやるよ。いいぞ、沖縄空手は。」
「う・・・・そいつはすまなかった。さっきの言葉は訂正するよ・・・」

ニュールは顔を引きつらせながら、なんとか笑顔を取り繕った。
艦隊が回頭を終えると、編隊は任務群毎に別れて行く。
カズヒロはイントレピッドが母艦であるから、同じ所属のヘルダイバーやアベンジャーの動きに合わせて、イントレピッドの
居る空母群に向かう。
最初に、燃料の乏しくなった機体が降りて行く。その殆どは戦闘機である。
戦闘機は、空戦時に激しい機動を行うため、燃料の消費が早い。
そのため、最初は戦闘機から着艦する事になっている。
まず、護衛に当たっていた戦闘機隊が先に高度を下げ、各母艦に向かって行く。
戦闘機隊の中には、被弾した機体も少なからず居る。そのため、危なげな着艦を行う者も出てくる。

「あっ!」

カズヒロは、僚艦であるフランクリンの着艦風景を見つめていた時、不意に1機のコルセアが左に大きく傾いた事に気が付いた。
着艦寸前であったコルセアは、慌ててエンジン出力を上げてから、甲板上空をフライパスしていった。
もしそのままの状態で着艦を行っていれば、そのコルセアは間違いなく海面に落下していただろう。
コルセアは甲板上空を飛び去ると、上昇しながら旋回して行った。

「ふぅ・・・・危ない。」

事故が未然に防がれたのを見たカズヒロは、無意識に安堵の表情を浮かべていた。
着艦作業は順調に進んでいた。
イントレピッド戦闘機隊は、幸いにも16機全機が帰還していた。
この16機のうち、8機が被弾していたが、パイロットは無事であり、全員が着艦を終えた。
戦闘機隊が終わると、次は艦爆隊の出番である。
艦爆隊の中で、燃料が足りぬ機や、被弾して負傷者が居る機体から先に降下していく。
VB-11(イントレピッド艦爆隊)は、12機中3機が現地で撃墜され、残り全機が被弾している。
カズヒロ機の損傷レベルは軽く、飛行には支障無い。
最初のヘルダイバーが、母艦であるイントレピッドに着艦していく。

「最後まで気を抜くな、頑張れ。」

カズヒロは、母艦の上空を旋回しながら、時折、視線を母艦の甲板に向ける。
最初に着艦態勢に入った機は、第1小隊の3番機だ。
3番機は、敵の航空基地爆撃の際に被弾している。機首のエンジンからはオイルが漏れ、右主翼の先端がささくれ立っている。
後部座席の機銃員は負傷しているらしく、帰還中に2、3度ほど、パイロットが必死に励ます声が無線から聞こえた。
そのヘルダイバーは見事な動作で着艦態勢に入る。

「見事だ。」

カズヒロは呟く。ヘルダイバーは徐々に母艦の飛行甲板へ接近し、そして、脚を甲板に下ろした。

その瞬間、ヘルダイバーの右足がへたれこみ、右主翼が甲板に付く。
機体は右に大きく向きを変えながら、艦橋の後ろ側に取り付けられている5インチ両用砲座に激突した。

「事故だ!」

ニュールの叫び声が聞こえた。
無難に着艦をこなすだろうと思った矢先に起きた突然の事故。ニュールのみならず、カズヒロ自身も内心でショックを受ける。
事故を起こしたヘルダイバーの周囲に、担架を持った衛生兵や、消火ホースを持った兵が走り寄る。
乗員が素早くパイロットと機銃手を引っ張り出した時、ヘルダイバーのエンジン部分から火災が発生する。
その火災を、消火ホースを持った水兵が勢いよく消火剤を撒き散らし、鎮火にかかった。
着艦事故のため、飛行甲板は10分間塞がれてしまった。
10分後、事故を起こして大破したヘルダイバーが、乗員達によって海に放り投げられる。
その光景は、まるで餌を運んで来た蟻の群れが、巣穴に餌を放り込んで様子を思い浮かべる。
着艦作業が再開される。
事故が起きたにも関わらず、僚機は手慣れた動作で次々と着艦していく。
1機、また1機と着艦を果たし、いよいよカズヒロの出番がやって来た。

「よし、行くぞ。」

カズヒロは意を決したかのように呟き、愛機をイントレピッドの艦尾に向ける。
前方に、母艦の艦尾が見える。カズヒロは機体の向きをまっすぐに直し、着艦姿勢を取らせる。
着艦した機体は、全てが前部の第1エレベーターから艦内に収容されている。カズヒロ機もまた、同様に収容されるだろう。
カズヒロは、車輪の収納スイッチを押す。両翼から脚が出され、やがて直立する。
イントレピッドとの距離は次第に詰まって来た。

「200・・・・100・・・・」

艦尾が視界いっぱいに広がる。パイロットにとっては、この時が一番緊張する。
高度を上げ過ぎれば、着艦フックをきちんと制動策に捉える事ができない。
空母には、艦載機に取り付けられている着艦フックを引っ掛けるための制動策が取り付けられている。

パイロット達は、慎重に愛機を操りながら、フックを制動策に引っ掛けさせなければならない。
甲板の端が完全に通り過ぎたと感じた時、カズヒロのヘルダイバーは三転着陸の要領で、両脚を飛行甲板に下ろしていた。
脚が甲板を叩く衝撃と同時に、後ろから急制動が掛る。ヘルダイバーの速度は急速に低下する。
着艦フックが制動策を捉えた瞬間である。

「フゥ、今日も4本目か。いつもながら、見事な着艦だ。」
「当り前さ。訓練生時代に嫌というほど練習したからな。」

ニュールの言葉に、カズヒロは自信に満ちた口調で答えた。
ヘルダイバーが完全に停止すると、カズヒロは甲板要員達が制動策を外すのを確認してから、スイッチを押して、着艦フックを
上昇させた。
ヘルダイバーはゆっくりと前進し、やがて、第1エレベーターの上に乗った。
カズヒロは次に、主翼の折りたたみスイッチを押す。
駆動音と共に、右主翼と左主翼が起き上がり、コクピットの真上に翼の先端が上がってくる。
翼の折りたたみを確認した整備員が手を上げると、巨大なエレベーターが格納庫内へ下降していった。
エレベーターが格納庫内で止まるのを確認してから、カズヒロは愛機のエンジンを止めた。
ふと、彼は艦内に続く入り口の方へ、戦闘機隊と思しきパイロット達が、大急ぎで走り去っていく光景を目の当たりにした。

「ん?何だあいつら。あんなに慌てて。」

カズヒロは不審に思ったが、戦闘機隊員の慌てる原因が何であるかは、この時はまだ、知る由も無かった。


カズヒロが着艦作業を行う前・・・・艦爆隊の1番機が着艦態勢に入った頃。
群旗艦であるフランクリンに、1通の電報が舞い込んで来た。

「司令官。旗艦タイコンデロガより緊急信であります。」
「緊急信?」

司令官席に座っていたシャーマンは、眉をひそめた。

(事故でもあったのか?)
彼はそう思いつつも、通信士官に視線を向けた。

「読んでくれ。」
「ハッ。緊急、偵察機が艦隊の南西、方位230度方向に・・・・・」

いきなり言葉が途切れる。

「どうした?」
「は、はっ!申し訳ありません!」

通信士官は謝ってから、続きを読んだ。

「方位230度方向、距離200マイル付近を低空飛行中の大編隊を発見せり!飛行物体は、時速240マイルで
艦隊に向かいつつあり!」

艦橋内の雰囲気が一瞬にして変わる。
誰もが、通信士官に目を剥く。

「以上であります!」
「・・・・・・・・・」

艦橋内が静まり返る。艦深部から伝わる機関の音や、波を切り裂く音だけが、不気味に響いていた。

「・・・・そう・・・か。」

シャーマンは、務めて平静な、しかし、僅かに震えた声で呟く。

「そうか。」

彼はもう1度だけ呟き、2度頷く。

「どうやら、我々は敵にしてやられたようだ。」

シャーマンのこの一言で、幕僚や艦橋要員達は我に返った。

「至急、各艦にこの事を知らせよう。敵は今度こそ、本気で襲い掛かってくるぞ。」


TF37司令部では、突然の敵大編隊発見の報に度肝を抜かれながらも、対応策を協議していた。

「やはりここは、戦闘機隊を向かわせて迎撃するべきです!」
「そうです!司令官、今すぐにやらなければ、わが母艦群は攻撃を受けます!」

参謀長と航空参謀が、先とは変わった様子でパウノールに詰め寄る。

「直掩隊で使える機はどれぐらいだ?」
「はっ。先の戦闘で相当の数が減りましたが、それでも150機は使えます。これに、予備の80機も加えれば大丈夫かと。」
「・・・・予備の80機を発艦させるまで、敵が来なければ良いのだが。今は第1次攻撃隊を収容中だ。この調子なら、
あと10分は掛るだろう。」

パウノールは、着艦するアベンジャーに視線を送りながら、2人の参謀に返した。

「しかし、情報では、敵の航空部隊はリトカウトにしか居ないとなっていた筈だが、どうしてだ?」
「恐らく、情報に誤りがあったと考えた方がよろしいかと思われます。」

タバトス大佐が言う。

「誤りか。確かにそうだろうな。所で、先ほど報告を送って来たハイライダーは、どこの艦に所属している?」
「フランクリンのVS-13であります。」

「VS-13か。確か、この隊はレビリンイクル方面の偵察を担当していたな。」
「はい。恐らく、帰還中にこの大編隊を発見したのでしょう。」
「帰還中に、か。」

パウノールは渋い表情を浮かべる。

「低空飛行をしていたと言うから、やはり、敵はレーダーの監視網を潜り抜けようとしていた訳だな。」
「しかし、それもハイライダーの存在で台無しになった。という訳ですな。」

タバトスが頷きながら言う。

「まぁそうなるが・・・・しかし、レビリンイクル方面から来るとは・・・・後で、この方面を徹底的に調べさせよう。
航空参謀、使えるF6Fは何機だ?」
「上がっている物ならば150機。各空母に待機している予備も加えれば、230機は確保出来ます。ちょうど、
着艦作業も終わりかけていますから、艦載機の収容後、指示が下ればすぐにでも発艦できます。」
「よし。残った機も全て発艦させよう。」

パウノールは頷いてから、タバトスに言った。

「この230機で、低空飛行中の敵大編隊を」

とまで言った時、通信兵が艦橋に飛び込んで来た。

「TG37.1司令部より緊急信であります!」
「緊急信だと?」

通信参謀がその紙を受け取る。通信兵は敬礼してから、艦橋から去って行った。

「・・・・司令官。」

通信参謀は、幾分震えた口調でパウノールに話し掛ける。

「TG37.1司令部からの通信によりますとが、北東方面より接近する敵編隊を探知したとの事です。」
「何?北東方面だと!?」

パウノールは思わず声を上げてしまった。

「はっ。報告分によりますと、ピケット艦が北東の方角、方位45度方向から接近する敵大編隊を探知した模様です。
位置は艦隊より180マイル。数は約・・・200機以上との事です。」
「200機・・・・本当に200機なのか?」
「レーダーの探知でありますから、編隊が重なって多く見えたために、実際よりも多めに数を推測する事もあるでしょうが、
話半分としても。」
「100機か。」

パウノールは頭を抱えてしまった。

「どんなに少なくても、100機以上。多ければ200機。別の敵編隊も含めれば、迎撃戦闘機隊の総数を上回っているぞ。」
「敵が一方向から来るのならばまだ幸いでしたが、東と西の2方向から来るとは、敵も考えた物です。」

タバトス大佐はため息を吐きながら、敵の巧みな戦術に感心した。

「感心している場合ではないぞ。」

パウノールは苛立ったような声で返す。

「敵が2方向から来るとなると、戦闘機隊をまとめて集中する事が出来ない。一隊はTG37.1、もう一隊はTG37.3に
向かっている。ここは、どうすれば良いのだろうか。」
「司令官。もはや時間がありません。」

参謀長が焦りを表しながらパウノールに詰め寄る。

「ここは敵をある程度減らすためにも、二手に分けて対応するべきです!」

「馬鹿物!戦力分散の愚を犯せというのか!」

パウノールは小さいながらも、ドスの利いた声で参謀長を叱り付ける。

「230機を纏めてどちらか一方に叩き付ければ、かなりの数を減らす事が出来る。西の敵にぶつければほぼ確実に撃退できる。
東の敵ならば、撃退する事は厳しいかも知れんが、それでも半数は落とすか、脱落させる事は出来るだろう。だが、中途半端に
分けては2方向とも阻止が失敗し、艦隊は攻撃を受けてしまう。艦隊の被害を抑えるには、戦力を分散させるよりも、損害が
出る事を覚悟して、どちらか一方。つまり、多い方を叩いた方が良い。」
「司令官。それでは、第3任務群は。」

パウノールは顔をしかめながらも、鋭い目付きで参謀長を見つめる。

「第3任務群は、対空砲火で何とか耐えてもらおう。ここは、肉を切らせて骨を断つ方法で行くしかあるまい。」

パウノールの言葉に、艦橋内にいる幕僚達は息を飲んだ。

「航空参謀。各艦に通達。予備の戦闘機隊を急いで発艦させよと伝えよ。それと、夜間戦闘機隊にも一応準備させよう。」
「夜戦隊もですか?」

タバトスの問いに、パウノールは即答する。

「そうだ。夜戦隊も貴重な戦力だ。専門外の昼戦に出すのは、私も心苦しいが、母艦がやられては彼らも活躍できまい。
いざという時は、戦闘に加わってもらう。」
「わかりました。」

タバトスがそう返事してから、艦橋内の幕僚達は再び、せわしなく動き始めた。
(いい。これで行こう。)
パウノールは、北西の方角に顔を向ける。
北西方面から接近する100騎のワイバーン隊は、迎撃隊の出迎えを受けずにTG37.3に向かって来る。
敵は通常の爆弾の他に、マジックランスと呼ばれる特殊兵器も持っている。

先の空襲で、輪形陣外輪部の駆逐艦や軽巡がやられたのも、このマジックランスの一斉射撃が原因だ。
今は何とか、輪形陣は再構築出来たが、今度の防空戦でも、敵はまず、輪形陣を狙って来るだろう。
だが、既に覚悟は出来ている。

「来るなら来い、シホット。こっちも痛手は被るだろうが、貴様らも同時に、VT信管とレーダー統制射撃の影響を受ける。
どちらが息切れするか、試してみようじゃないか。」

パウノールは、知らず知らずの内に好戦的なセリフを吐いていた。

しかし、戦神がTF37に与えた試練は、パウノールが思っていたよりも遥かに過酷な物であった。


午前11時55分 TG37.3所属ピケット艦カッシン・ヤング

第3任務群より前方60キロに進出している駆逐艦カッシン・ヤングは、今しがた、艦隊に合わせて再び針路を北西に戻した。

「艦長、現針路に戻りました。」
「本隊の方は戦闘機の発艦を終えたようだな。」

駆逐艦カッシン・ヤング艦長ヘイリス・ブランドー少佐は、航海長に向かってやや緊張した口調で言う。

「何でも、艦隊は一方の敵は集中的に叩いて、もう一方は艦隊の対空砲火のみで対処するようですが、大丈夫なんですかね。」
「さあ。結果がどうなるかは俺も分からんが。」

ブランドー艦長は腕組をしながら航海長に答える。

「2方に戦力を分散して、2方とも突破されるよりは、片方は見逃しても、もう片方。つまり、見逃す方より手ごわい方を
ぶちのめして、被害を軽減させた方が賢明だ。司令官は、そう考えてから、敢えてこの方法で行こうと決めたんだろう。」
「しかし、第3任務群はエセックス級空母が3隻も居るんですよ?TF37の中では最強の戦力を有しているのに。」

「しかし、技量では第2任務群や第1任務群が勝っている。特に第2任務群は、開戦以来の歴戦艦であるレディ・レックスと
シスター・サラが居る。いわば、TF37の中でも最精鋭部隊だ。そんな奴らが攻撃を受けて脱落したとなれば、士気の低下は
少なからぬ物になる。パウノール司令官はそれを防ぐために、敢えて第3任務群に耐えてもらおうと考え付いた訳だ。」
「はぁ、とんだ貧乏くじですなぁ。」

航海長は不満げに言う。しかし、ブランドー艦長は陽気な声で言葉をつづけた。

「なに。戦争ってモンは、どっちかが貧乏くじを引かなきゃ上手く進まんものさ。それが、今回はTG37.3になったという訳だ。」
「パウノール司令官。後で色々文句言われそうですね。」

航海長は、苦笑しながら言い放った。
異変が起こったのは、その時であった。

「艦長!艦長!」

唐突に、外で見張りに付いていた水兵が、顔を引きつらせながら艦橋に飛び込んで来た。

「どうした?」
「ぜ、前方に敵らしき大編隊が!」
「大編隊だって?」

ブランドー艦長は眉間にしわを寄せつつも、窓から前方を見据える。
最初は分からなかったが、良く見ると、低空から何かの粒々が動いているのを確認出来る。

「あれは・・・・」

彼は一瞬、背筋に冷たい物を感じた。その物体は、低空でこちらに向かいつつある。
傍目から見れば、ただの粒々があるぐらいにし見えぬが、目を凝らすと、その粒の端々が蠢いている事が確認出来る。
航空機でそんな動きをする物は存在しない。
その飛行物体が何であるかは、誰の目にも明らかだった。

「敵だ!」

ブランドー艦長は叫んだ。

「シホットだ!シホット共がレーダーを警戒して、超低空で飛んで来やがった!!それも、凄い数だぞ!」

それは、恐ろしい光景であった。
カッシン・ヤングの前方から、10キロも離れていない空に、軽く100騎以上を超えるワイバーンが姿を現したのだ。
VT信管付きの5インチ砲弾を装備し、20ミリ機銃と40ミリ機銃を何丁も持っているフレッチャー級駆逐艦は、
例え10騎以上のワイバーンに襲われても、上手くいけば撃退出来る事もある。
しかし、今、目の前に現れたワイバーンの総数は、100騎どころか、200。
いや、300にも達するかと思うほどの大群である。
幾ら優秀なフレッチャー級駆逐艦とはいえ、こんな大群相手では、像に立ち向かう小動物も同然であった。
彼は咄嗟に艦内電話をひったくり、通信室を呼び出した。

「通信、聞こえるか!?」
「ハッ。こちら通信室です。」
「本隊に急いで連絡を送れ!我、前方9マイルに敵大編隊を視認!敵は低空飛行で艦隊に接近しつつあり!以上だ!」
「アイアイサー!」

通信員はいつもと変わらぬ口調で返してから、電話を切った。

「くそったれ、何でこんな事になったんだ!」

ブランドー艦長は先ほどから薄々感じていたが、この大編隊の発見で、自分達の艦隊がどのような状況に陥ったかを、
はっきり理解出来た。
大編隊とカッシン・ヤングの距離は、急速に詰まりつつある。

「対空戦闘用意!敵が攻撃してきたら全力でぶっ放せ!」

ブランドー艦長は、マイクに向かって乗員に戦闘配置を伝える中、ワイバーンの一群が編隊から離れつつあった。

午後0時15分 第37任務部隊第3任務群旗艦 空母タイコンデロガ

旗艦タイコンデロガの艦橋内では、カッシン・ヤングから送られてくる通信が、通信参謀によって読み上げられていた。

「カッシン・ヤングより続報。機関部に被弾、航行不能・・・・これだけです。」
「これだけ?」

パウノールはすかさず聞く。先ほどよりも幾分青ざめた表情を浮かべている。

「カッシン・ヤングとの連絡を取り続けろ!」
「ハッ!」

パウノールは厳しい声音で通信参謀に命じる。

「なんて事だ。更に敵の大編隊が現れるとは。それも、300騎というとてつもない数とは!!」

彼は思わず、帽子を叩きつけたくなったが、寸での所で抑えた。

「司令官。我々は、完全に敵の術中に嵌ってしまいました。」

参謀長が、声を震わせながら言葉を発する。

「インゲルテント将軍の情報では、敵は300騎のワイバーンのみを配置していた筈だった。所が、今ではどうです?
敵は、西、東、そして、北から続々と航空部隊を送り込んできました。あの将軍は、ニセ情報を掴まされてしまったのですよ。」
「まったく。とんだ無能将軍だな!」

パウノールは、同盟国の将軍。それも、大将の地位にあるインゲルテントをそう切り捨てた。

「お陰で、TF37はとんでもない目に会う事になった。俺は、帰ったらあの貴族野郎をぶん殴ってやるぞ!」

彼は腹立ちまぎれにそう吐き捨てると、すぐに別の命令をタバトスに伝える。

「航空参謀。夜戦隊を使おう。」
「司令官、今ですか?」
「ああ。今だ。」

パウノールは即答した。

「艦隊はこれより南東に向けて反転する。今は追い風だから発艦は容易じゃないが、反転すれば風上になるから、
航空機は発艦しやすい。その時に夜戦隊を飛ばそう。その後に。」

パウノールは次の言葉を言おうとして、一瞬躊躇った。
(良いのだろうか。これで・・・・・・いや、これで良い。これで良いのだ。損害を軽くするには、これが最善の方法だ)
彼は心中で呟いてから、言葉の続きを口にする。
「TF37は戦闘海域から離脱する。こうなったら、もはや作戦どころではない。」
「司令官、よろしいのでしょうか?」

参謀長が聞いてくるが、パウノールは躊躇せずに答える。

「ああ。構わんさ。このまま行った所で、シェルフィクルの周辺にはごろごろと航空基地が置かれ、防御も飛躍的に
強化されているだろう。そんな所に艦隊を突っ込ませても被害を増やすだけだ。そんな得にもならん事をやるぐらいなら、
さっさと引き上げた方がましだよ。」

パウノールは振り返り、TF37司令部の幕僚達を見回した。

「責任は、俺が取る。俺のクビが飛ぶ事で、太平洋艦隊の精鋭を救えるなら、安い買い物だ。」
「・・・・司令官。」

幕僚達は、パウノールの決意に対して、再び息を呑んだ。
彼らは、パウノールに対しては単なる平凡な提督としか見ていなかった。

同じ機動部隊の指揮官としてなら、パウノールよりもミッチャーに対して好感を持っていた。
パウノールは、本国ではタワーズ提督の派閥に属しており、本人も官僚的な将官として広く知られていた。
だが、そんな平凡な将官な筈であったパウノールが、実は豪胆で知的な将官であると知った時、彼らはパウノールの事を
信頼できる将官として見直したのである。

「さて。これから死ぬほど忙しくなるぞ。連中は大群だが、俺達には自慢の艦隊防空網がある。シホット共に、
上手いアイスキャンデーをたっぷり食らわせてやろうじゃないか。」

パウノールは、圧倒的不利な状況にもかかわらず、猛将ハルゼーが言うような好戦的なセリフを口にしたのであった。


午後0時30分 シェルフィクル沖260マイル地点

「来たぞ。」

TG37.3所属の防空巡洋艦リノ艦長であるフィック・ガーランド大佐は、艦隊の左側から見え始めたワイバーン群を眺めていた。
敵編隊は、ピケット艦であるカッシン・ヤングに発見されてから高度を上げ、通常の隊形で迫りつつある。
敵は編隊の一部を切り離してカッシン・ヤングを攻撃し、撃沈している。
そして、今度はTG37.3を襲おうとしていた。

「艦長、敵が二手に別れます。」

副長がガーランド艦長に伝える。目の前にいるワイバーンの大編隊は、鮮やかな動きで、大きく二手に別れた。
一方は輪形陣の左側から、もう一方は右側に回りつつある。

「シホールアンル軍お得意のサンドイッチ戦法か。」

ガーランド艦長は、小声で呟く。
先ほど発艦した夜間戦闘機は、少数で大兵力にあてても無駄と判断されたため、東の戦域に投入された。
東の戦域では、残りの戦闘機隊が全力で敵と立ち向かっている。

そのため、東から進行して来た敵編隊は、早くも甚大な損害を被っているようだ。
しかし、その一方で、TG37.3に向かいつつある敵編隊は、ほぼ無傷の状態で攻撃を開始しようとしている。

「こりゃ、かなりしんどい戦になりそうだ。」

ガーランド艦長はそう言ってから、軽く舌打ちした。

「敵編隊、間もなく攻撃位置に付きます。」

敵のワイバーン隊は、低空と高空に別れながらも、輪形陣の真横に占位しつつある。
リノは輪形陣の左側に居るため、左に占位しようとしている敵編隊を渡り合わなければならない。
アトランタ級防空巡洋艦の6番艦として就役したリノは、5インチ連装両用砲を8基16門、40ミリ4連装機銃4基、
連装2基18丁、20ミリ機銃12丁を搭載している。
舷側には5インチ連装砲7基と40ミリ4連装機銃2基、連装1基、20ミリ6丁を向ける事が出来る。
これらの対空火器が、一斉に左舷側に向けられる。
7基の5インチ砲は、方の角度を微調整しながら、筒先を輪形陣真横に占位しつつある敵に向けられていく。

「敵との距離、約1万5千メートル。」

砲術長が敵との距離を知らせてくる。

「低空からの敵に注意しろ。連中は魔法兵器を持っているぞ。」

ガーランド艦長は砲術長に注意を促す。
敵編隊が輪形陣に向かって突進し始めたのはその時であった。

「敵編隊、向かって来ます!」
「駆逐艦群が射撃を開始しました!」

見張りが報告を伝えてくる。

輪形陣外周部に位置する駆逐艦群が対空射撃を開始した。
陣形の左側には、4隻のフレッチャー級駆逐艦と2隻のアレン・M・サムナー級駆逐艦が居る。
第1回の空襲前には、更に2隻のアレン・M・サムナー級駆逐艦が居たが、この2隻は敵の空襲で既に撃沈されている。
うち1隻は、マジックランスが魚雷発射管に命中したため誘爆大火災を起こし、あっという間に沈んで行った。
その駆逐艦の生存者は、僅かに7名のみであった。
6隻の駆逐艦は、先に散って行った僚艦の仇討ちとばかりに、5門ずつ、あるいは6門ずつ装備した5インチ両用砲を撃ちまくる。
先に高空から侵入を試みた敵ワイバーン群の周囲に対空砲火が炸裂する。
最初の射撃で、敵編隊の間近で高角砲弾が炸裂し、敵ワイバーン1騎が早くも墜落し始めた。

「両用砲、撃ち方始め!」

ガーランド艦長は、砲術長に命じた。その2秒後に、リノの5インチ連装砲7基が咆哮した。
5インチ砲は、艦砲としては小口径の部類であるが、それでも14門の砲が一斉に発砲すると、相当の衝撃が艦全体に伝わってくる。
リノの前方に位置するバサディナと、空母群の左真横を守る戦艦サウスダコタも発砲を開始した。
そのすぐ後に、空母群も射撃を開始する。
巡洋艦、戦艦、空母も混じった対空射撃は、格段に激しさを増した。
敵編隊の周囲で炸裂する高角砲弾の数が、一気に倍以上に跳ね上がる。次第に、敵編隊の数が減り始めた。
敵編隊は、輪形陣に近付く毎に、被撃墜数を出して行く。
最初は1騎、また1騎という調子で落ちていた敵機が、今ではまとめて2騎撃墜される事もある。
VT信管付きの高角砲弾は、いつもと同様に、敵ワイバーンに対して猛威を振るっている。
とある敵ワイバーンのすぐ後方で高角砲弾が炸裂する。
殺到して来る断片に防御魔法が応え、最初の一撃は耐えるが、そのすぐ後に、真下で高角砲弾が爆発する。
防御魔法の耐用度はすぐに限界値に達し、夥しい破片がドラゴンの腹や翼を抉った。
一瞬にして大きな傷を負ったワイバーンだが、人間如きの武器に負けてたまるかと奮起し、痛みを気にせずに、
主と共に飛行を続けようとする。
しかし、米国製高角砲弾の嵐は、そんな健気なワイバーンをあっさりと吹き飛ばす。
新たな砲弾が炸裂するたびに、ワイバーン群はその数を減らしていく。
高空のワイバーン群が苦闘している間に、低空から侵入してきたワイバーンは、目標である輪形陣外周部の駆逐艦まであと
2000メートルにまで迫った。

ワイバーン隊の指揮官が、ワイバーンの腹に下げている2発の対艦爆裂光弾の発射準備を命じた瞬間、米駆逐艦の舷側が
発砲炎に染まった。
6隻のフレッチャー級、アレン・M・サムナー級は、低空のワイバーンが、40ミリ機銃の有効射程内である距離2000まで
迫るのを待っていた。
そして、敵が2000メートルまで迫った直後に、機銃を一斉に撃ち放った。
不意に1騎のワイバーンが40ミリ弾の連射を食らった。
最初はいつも通り、防御用の魔法が起動して40ミリ弾を弾き飛ばすのだが、魔力の消費量が尋常ではなかった。
10発目を受けた所で魔法防御が撃ち抜かれ、7発目以降が竜騎士やワイバーンをずたずたに引き千切り、あるいは粉砕した。
先の空襲でも、シホールアンル側のワイバーン隊は猛烈な対空砲火によって多くの犠牲を出している。
それと同じ光景が、米駆逐艦群の目の前で再現されていた。
40ミリ弾の連射で立て続けに4騎が叩き落とされるが、ワイバーン隊の指揮官にとって、この程度の犠牲は予想の範囲内であった。
自信を失わぬワイバーン隊に、更なる追い撃ちが加わる。
敵編隊が距離1200まで迫ると、今度は20ミリ機銃までもが射撃に加わる。
40ミリ、20ミリの嵐の前に、ワイバーンの被撃墜数が増して行く。
米艦隊の対空射撃は、先の戦闘よりも幾分激しい物に思われた。
だが、対空砲火陣がいくら健闘しても、対応できる高角砲や機銃は限られている。
米駆逐艦群の奮闘は、敵の物量攻勢という、ある意味皮肉な攻撃で潰えてしまった。
高空から、高角砲の弾幕射撃をくぐり抜けたワイバーンが急降下で迫る。
同時に、低空侵入の敵ワイバーンがより一層高度を下げて、爆裂光弾の発射態勢に入る。
シホールアンル側は、駆逐艦1隻に対して、10騎前後のワイバーンを差し向けていた。
リノの対空機銃は、駆逐艦パーシバル上空に迫るワイバーン6騎を狙って撃ちまくる。

「撃て!パーシバルを援護しろ!」

機銃座の指揮官が、射手に向かって叱咤する。
20ミリ機銃や40ミリ機銃が絶え間なく銃弾を吐き出す。
1騎のワイバーンが横合いから射抜かれ、そのまま死のダイブに移行する。
別のワイバーンは40ミリ弾の集中打を食らって、体が幾つもの肉塊に変えられる。
高空のワイバーン群が爆弾を投下するより早く、低空侵入を図ったワイバーンが対艦爆裂光弾を発射する。
魔道士でもある竜騎士が唱えた術式が、対艦爆裂光弾に組み込まれた魔法石を起動させる。

腹から投下された2発の魔法兵器は、棒状の物体から緑色の光弾に変身して、猛スピードでパーシバルに突進する。
発射された光弾は全部で6発。うち、1発が途中で爆発し、残り5発が目標の生命反応を捉えて殺到する。
対空機銃の目標がワイバーンから、緑色の光弾に変わる。
1発が40ミリ弾の直撃を食らって大爆発を起こし、その余波がもう1発を誘爆させる。
しかし、パーシバルに出来たのはそこまでだった。
残り3発が、パーシバルの艦首と左舷中央部に命中した。
光弾が命中するや、パーシバルの艦体から爆炎が噴き上がった。

「パーシバル被弾!火災発生!!」

ガーランド艦長は、見張りの報告を耳にしていたが、彼自身、パーシバルが被弾する一部始終を目の当たりにしている。

「くそ、食らったか!」

彼は、パーシバルの惨状からして大破は間違いないと確信した。
艦首はまだしも、中央部には機関部や缶室といった重要な物が集中している。
装甲の薄い駆逐艦では、猛速で迫る魔法の槍を食らえば、一発で機関部をやられてしまう。
だが、意外な事に、パーシバルは大量の黒煙を吐き出しつつも、依然として28ノットのスピードで洋上を驀進していた。
パーシバルが右に急回頭を行った瞬間、周囲に爆弾が降り注ぎ、高々と水柱が噴き上がる。
駆逐艦の小さな艦体が水柱に包み隠された時、ガーランドはパーシバルが新たな被害を被ったのかと思った。
だが、それは杞憂に終わった。
パーシバルは、被弾によって表面が裂けた艦首で水柱を突き崩しつつ、その健在な姿を現した。
パーシバルから吐き出される対空砲火は少ない。前部2基の5インチ砲のうち、艦首側に近い1基は被弾で損傷し、
中央部の機銃座は被弾によって大半が使い物にならなくなった。
だが、被弾個所から黒煙を引きつつも、残る僅かな機銃と、高角砲でもってワイバーンを迎え撃っている。
その姿は、パーシバル自身が敵ワイバーンに対して、まだ終わりではないと声高に叫んでいるようであった。

「あっ!マーツに被弾!行き足止まります!」

パーシバルのように、何とか被害を抑えられた艦も居れば、まともに被弾する艦もある。

パーシバルと同じ駆逐隊に属している駆逐艦マーツは、対艦爆裂光弾を1発食らった後に、3発の爆弾を受けてしまった。
命中した3発の爆弾のうち、1発は左舷中央部の最上甲板を貫通して缶室と兵員室の中間付近で炸裂した。
缶室に致命的な損害を被ったマーツは機関出力が急激に低下し、被弾から僅か10秒ほどで速力が20ノット以下にまで
低下し、やがて艦隊から落伍していった。
マーツの他にも、アレン・M・サムナー級駆逐艦のブラッシュが被弾した。
相次いで3隻が被弾炎上した事により、輪形陣の外郭はほぼ崩れ去った。

「後続の敵ワイバーン、約70騎以上が接近!」
「迎撃しろ!撃ち落とせ!」

ガーランド艦長は大音声で命じる。リノの5インチ連装砲7基が方向を続け、対空機銃も、新たにやって来た後続部隊に
向けて撃ちまくる。
駆逐艦群の対空火力が大幅に減殺された事は痛手であったが、それでも戦艦や巡洋艦、空母は健在であり、相当量の
高角砲弾が、後続部隊を手荒く歓迎する。
駆逐艦の上空を突破して来たワイバーン群が、激しい迎撃を受け始める。
低空侵入で巡洋艦に向きを変えたワイバーンが、瞬時にVT信管付きの砲弾で首を吹き飛ばされ、海面に叩きつけられる。
損傷した駆逐艦を飛び越したワイバーンは、まだ生きている反対舷の対空機銃に背後から撃たれ、失態を悟った時には
既にワイバーン共々、この世から葬り去られてしまった。
だが、大半のワイバーンは駆逐艦の防衛ラインを突破し、陣形の更に内側へ突き進んでいく。
70騎のうち、高空から24騎、低空から20騎が別れて、陣形の内殻を固める巡洋艦や戦艦に向かって来た。
リノには高空から7騎、低空から5騎が迫って来た。

「敵騎左舷上方より降下!高度3000!」
「低空のワイバーン、本艦より左舷2000メートルに接近!」

見張りが、敵騎の行動を逐一知らせてくる。
低空と高空の敵ワイバーンに向けて、5インチ砲や機銃が一斉に唸る。
砲術長が判断したのだろう、7基の5インチ砲のうち、4基は低空に、3基は高空の敵に
向けられている。
機銃は約半数ずつが高空と低空に振り分けられている。

(魚雷発射管を撤去していなかったら、近接防御力はこれほどなかっただろうな)
ガーランド艦長は心中で呟く。
アトランタ級防空巡洋艦は、基準排水量6000トンの軽巡にしては過剰と思えるほどの重火力を有しているが、
それが災いして復原性に難があると指摘されていた。
この問題を解決するためには、魚雷発射管と舷側の両用法を下ろして、重量を軽減させた方が良いと考えられていた。
だが、シホールアンル側のワイバーンが、今後より脅威になると考えられたため、後期型となるリノからは魚雷発射管
だけを撤去し、そこに40ミリ機銃を配置するだけで終わり、両用法の撤去は見送られた。
そのお陰で、リノは前期型とほぼ同等か、それを上回る対空火力で敵と戦う事が出来た。
高空から急降下しつつあった1騎が高角砲弾によって叩き落とされた。
低空侵入のワイバーン1騎が、真上から砲弾の炸裂を受け、爆風で海面に押し付けられた。
ワイバーンと竜騎士は、防御魔法のお陰で傷は付かなかった物の、態勢を立て直す暇もないまま、そのまま海面に突っ込んでしまった。
更にワイバーンが2騎撃墜されるが、完全に阻止する事は出来ない。
最初に攻撃を加えて来たのは、低空で侵入して来た4騎のワイバーンであった。
この時、ガーランド艦長は取舵一杯を命じ、リノは急回頭を行おうとしていた。
そこに、ワイバーンから放たれた8発の対艦爆裂光弾が、舷側に殺到して来た。
リノの砲術長は、慌てて光る高速体に向けて射撃を命じる。
40ミリ機銃や20ミリ機銃が発砲を開始するが、もはや後の祭りであった。
まず、艦首に2発の対艦爆裂光弾が突き刺さり、派手に爆炎が沸き起こる。
次に、第1砲塔の側面に光弾が命中し、砲塔が爆発によって木端微塵に吹き飛ばされ、すぐ側にあった第2砲塔にも損害が及んだ。
命中弾は舷側中央部や後部にも及び、リノは短時間の間に、5インチ連装砲4基と40ミリ機銃、20ミリ機銃の過半を失った。
被弾個所からは火災が発生し、黒煙が噴き出て、後方にたな引いて行く。

「1番、2番両用砲、4番、6番両用砲損傷!機銃群の損害大!各所で火災も発生!」

ダメコン班から、悲鳴のような声音で被害報告が伝えられる。

「急いで消火に当たれ!負傷者は急いで運び出すんだ!」

ガーランド艦長はすかさず指示を飛ばす。その瞬間、後方で大爆発が起こった。

「軽巡バサディナ被弾!舷側から大爆発を起こしています!」

見張りが、リノの後方に居たバサディナの様相を知らせて来た。
バサディナは、使用可能な2門の両用砲と機銃を使ってワイバーンと渡り合っていたが、この時、バサディナには計18騎の
ワイバーンが向かっていた。
バサディナは、対空砲火によって5騎を叩き落としたが、残りのワイバーンは悠々と爆弾を投下、または光弾を放った。
バサディナの舷側には6発の爆裂光弾が命中し、生き残っていた対空機銃も文字通り全滅してしまった。
光弾のうち1発は艦橋に命中し、艦橋に詰めていた艦長以下艦橋職員を全て殺傷した。
この一撃で、バサディナは実質知的に戦闘不能となってしまった。
そこに追い撃ちを掛けたのが、ワイバーン群の急降下爆撃であった。
バサディナは、光弾が艦橋に被弾する前に取舵一杯を命じていたため、艦の舳先は左に振られ始めていた。
そこに、残り7騎に減ったワイバーン群が次々と爆弾を投下して来た。
投下された300リギル爆弾は、手負いとなったバサディナに降り注ぐ。
最初の1発目と2発目がバサディナの左右に落下して、高々と水柱を噴き上げる。3発目がバサディナの1番砲塔に命中した。
爆弾は砲塔の天蓋を叩き割って内部に達し、そこで爆発した。
爆発の瞬間、3本の砲身が根元から吹き飛ばされ、砲塔が紅蓮の炎に包まれる。
幸いにも今は対空戦闘中であり、砲塔内には砲弾が残されていなかった事から、誘爆による2次被害発生は避けられた。
しかし、バサディナはクリーブランド級軽巡の特徴でもある12門の長砲身砲のうち、早くも3門を失い、砲戦力は75%に
低下してしまった。
最初の被弾からすぐ後に、別の爆弾が落下して来る。
4発目と5発目は海面に落下したのみに終わったが、6発目と7発目がそれぞれ右舷側と左舷側に命中した。
右舷側に落下した爆弾は、右舷側の2番両用砲の脇に命中して艦内で炸裂した。
この爆発によって2番両用砲は旋回盤が歪められ、砲撃不能となった。
最後の爆弾は、残骸と化した左舷側の2番両用砲座に命中した。爆弾は火災によって脆くなった装甲板を容易く突き破り、
両用砲弾庫に達してから炸裂した。
炸裂の瞬間、両用砲弾庫に積まれていた大量の高角砲弾が誘爆を起こし、バサディナは左舷側後部から火柱を噴き上げた。
誘爆による被害は、最上甲板に大穴を開けただけには留まらず、被弾個所で働いていたダメコン班を全滅させた他、爆炎が
缶室や機関部にも及んで、バサディナの動力部をほぼ壊滅させてしまった。
これが戦艦クラスならば、ある程度耐える事も出来たであろう。
しかし、いかな優秀なクリーブランド級とはいえ、所詮は巡洋艦である。

重巡並みの防御を誇る大型軽巡も、内側からの打撃には弱かった。

「バサディナの被害甚大の模様!あっ、行き足が鈍ります!!」

ガーランド艦長は、その言葉を聞いてから、機動部隊の輪形陣が崩壊しつつあるという事を実感した。
駆逐艦群は半数が撃破され、防空艦として頼られていたアトランタ級やクリーブランド級でさえ、敵の猛攻の前に為す術がない。

「低空と高空の同時攻撃と来るとは、敵も侮れんな。」

ガーランド艦長は、悔しげに顔を歪めながら呟いた。
巡洋艦群までもが苦戦する中、輪形陣内防空艦の中でも、最後の砦でもある戦艦サウスダコタとアラバマは、
苦闘する仲間達を尻目に、圧倒的な量の対空砲火を、接近するワイバーンに向けて撃ちまくっていた。
サウスダコタ級戦艦は、1番艦サウスダコタが8基の5インチ連装砲と40ミリ4連装機銃17基68丁、
20ミリ機銃70丁を搭載し、2、3、4番艦では5インチ連装砲が2基増えて10基になっている。
空母群の右側を守るアラバマもサウスダコタ級4番艦として生を受けた戦艦であり、10基の5インチ連装砲の
他に40ミリ4連装機銃15基60丁、20ミリ機銃70丁を積んでいる。
サウスダコタとアラバマが向けられる火砲は、これの半分に過ぎぬが、それでも放たれる弾量は、巡洋艦や駆逐艦よりも多い。
巡洋艦群の上空を突破して、戦艦に向かったワイバーン群は、この2戦艦から放たれる圧倒的な弾幕に突っ込んでしまった。
最初の洗礼を受けたのは、サウスダコタ撃破を目標としたワイバーン14騎であった。
14騎のワイバーンのうち、6騎は高空から、8騎は低空から迫っていた。
このワイバーン群に対して、サウスダコタの舷側の高角砲、機銃が一斉に唸りを上げる。
巡洋艦や駆逐艦と対峙した時とは比べ物にならぬほどの弾量がワイバーンに襲い掛かる。
低空侵入を図ったワイバーンのうち、最初で2騎が、40ミリ弾によって叩き落とされる。
高空から迫るワイバーンにも、VT信管付きの高角砲弾や20ミリ機銃のシャワーが待ち受ける。
ワイバーンはバタバタと叩き落とされていく。発射距離と定めていた700メートルにまでたどり着くまで、ワイバーンの
残存数は14騎から8騎に減っていた。
残ったワイバーンが、爆裂光弾や爆弾を投下する。
サウスダコタの筒先は、爆裂光弾に向けられ、すぐに射撃が開始される。
向かっているのは爆裂光弾だけではないのだが、巡洋艦や駆逐艦とは違って、サウスダコタは爆弾には反応しない。
発射された爆裂光弾は、鮮やかな光を放ちながら700キロ以上の猛速で突進するが、高角砲、40ミリ、20ミリ
機銃の火の壁が立ちはだからんとする。

6発中、相次いで3発までもが高角砲弾や機銃に叩き落とされた。
猛速で向かって来る飛行物体に、機銃弾を命中させる事はほとんどまぐれに等しいが、サウスダコタの圧倒的な弾幕は、
まぐれを“必然”に変えるほどの効力を持っていた。
高角砲弾の炸裂や機銃弾の弾着で白く泡立つ海面を、3発の光弾が突き進む。
やがて、舷側の生命反応目掛けて海面から上昇し、くるりと捻りながら次々と弾着する。
舷側に3つの爆発光が煌めき、爆炎と黒煙が破片と共に沸き上がる。
そこに、高空から降って来た爆弾が殺到する。
サウスダコタの左舷側海面に1発目が着弾し、その直後に、右舷側甲板に2発目が落下して炸裂する。
3発目は第3砲塔の天蓋に命中して、派手に爆炎を噴き上げた。
4発目は第2砲塔に着弾したが、不発弾であったため炸裂せず、天蓋から弾き飛ばされて左舷側の海面に落ちた。
相次ぐ被弾によって、サウスダコタの舷側・・・特に左舷側は黒煙に包まれたため、高角砲や機銃の射撃がストップした。
攻撃を担当したワイバーン隊の次席指揮官(サウスダコタからの最初の一撃で、ワイバーン共々撃墜された)は、
敵戦艦の対空砲が沈黙した事に満足感を覚えながら、足早に戦場を離脱し始めた。
すぐ後に続いて来た空母攻撃隊が、低空や高空から戦艦の向こう側に見える空母に近付こうとする。
その時、撃破した筈の戦艦が、再び猛烈な射撃を開始する。
黒煙の向こう側から高角砲や機銃が放たれ、高空のワイバーンをVT信管で吹き飛ばし、艦の前方や側方を抜けようとする
ワイバーンを次々と狙い撃ちにする。
ガーランド艦長は、リノの艦上からサウスダコタの奮戦を見つめていたが、彼は改めて、戦艦の頑丈さに舌を巻いた。

「流石は戦艦だぜ。俺のリノは、あれとほぼ同じ数の敵弾を食らってグロッキー気味だというのに。やはり、戦艦の
防御力は頼りになるなぁ。」

彼は羨ましげな口ぶりで言いながら、サウスダコタの戦闘に見入る。
しかし、残存のワイバーンは、戦艦の阻止線も突破して、ついに空母へ近付こうとしていた。
残存のワイバーン27騎に狙われた空母はバンカーヒルであった。
バンカーヒルの右隣を行くタイコンデロガは、同じように突破して来た30騎のワイバーンから攻撃を受けようとしている。
ワイバーン群に対して、サウスダコタとアラバマは、右舷側の高角砲や機銃で追い撃ちを掛ける。
これに空母から放たれた高角砲や機銃弾が加わる。
戦艦と空母群の間隔は約900メートル。
航空機やワイバーンにとって、900メートルの距離を飛ぶのに要する時間は、ごく短い。

空侵入のワイバーンに至っては、目標から最大で700、最短でも500メートルぐらいまで近付けば良いから、
攻撃位置に到達するまでは僅か数秒、遅くても10秒以上はかからない。
しかし、この僅かな時間が、竜騎士にとって最も長い時間になる。
空母や戦艦から放たれた機銃や高角砲弾が容赦なく襲って来る。1騎のワイバーンが機銃弾を食らって、呆気なく叩き落とされる。
低空侵入のワイバーンが、弾幕を掻い潜るべく、20メートル以下の超低空で空母に向かうが、その前面に水柱が立ちあがり、
ワイバーンはそれに突っ込んで、目標手前で無残な最期を遂げる。
バンカーヒルは、左舷側の5インチ砲をワイバーンの前方に撃ちこんでいた。
艦橋の前後部に取り付けられている8門の5インチ砲には高空を任せ、舷側の4門には機銃と共に低空のワイバーンを撃たせる、
というのが、バンカーヒル艦長が考えた作戦であった。
ワイバーン群がばたばたと叩き落とされていく。
だが、バンカーヒルの迎撃も、サウスダコタの援護も、ワイバーンの完全阻止には至らない。
最初に、低空からの接近に成功した9騎のワイバーンが対艦爆裂光弾を一斉に放つ。
18発もの光弾が、猛速でバンカーヒル目掛けて突っ込んでいく。
機銃座の指揮官が光弾を撃てと命じ、40ミリ機銃や20ミリ機銃が向きを変えて銃弾を弾き飛ばす。
バンカーヒルの後方に居る軽空母のキャボットが、僚艦の危機を救おうと、向けられるだけの機銃を狂ったように撃ちまくる。
相次いで3発の光弾が銃弾を受け、空中で爆発を起こす。
バンカーヒルまであと200メートルまで迫った時には、更に2発が爆発し、1発がその巻き添えを食らってやはり誘爆する。
だが、残りは生命反応を感知し、生き物のような動きでくるりと回ってから、舷側に突っ込んで言った。
バンカーヒルの前部から後部にかけて、順繰りに爆発が起こった。
まず、前部甲板に着弾した4発の光弾は、全てが機銃座とシャッターに命中し、炸裂した。
爆発の瞬間、飛行甲板がまくれ上がり、機銃座に付いていた将兵が残らず吹き飛ばされる。
シャッターを付き破って格納甲板に突入した光弾は、駐機していたアベンジャーに命中して爆発し、格納庫内に夥しい破片を撒き散らした。
左舷側中央部には6発が命中した。
このうち3発は、何故か原因不明の不具合を起こし、命中しても爆発しなかったが、残る3発は機銃座や舷側エレベーターに損害を与えた。
機銃座に命中した爆裂光弾は、20ミリ機銃を兵員もろとも吹き飛ばし、バンカーヒルの対空火力を削いで行く。
舷側エレベーターに命中した光弾は、炸裂によって真っ平らな甲板部分に幾つもの穴を開けた他、昇降部に重大な損傷を負わせ、
実質的にエレベーターとしての機能を失わせてしまった。
後部には2発が命中した。この2発もまた機銃座や砲座に命中した。

この誘爆によって、バンカーヒルは後部から火焔を噴き上げ、千切れた飛行甲板の破片が宙高く舞い上がる。
機銃座では光弾が命中した瞬間、その場にあった20ミリ機銃6丁を破壊した他、今や米空母には必需品となっている着艦誘導灯も
吹き飛ばし、バンカーヒルの母艦機能までも著しく低下させた。
低空侵入のワイバーン達が急速に離脱した後に、急降下で迫って来たワイバーンが次々に爆弾を投下する。
しかし、バンカーヒルはこの時になって急回頭を行った。
駆逐艦群や巡洋艦群ややったのと同じように左舷に回頭し始めたバンカーヒルは、大きな孤を描いていく。
その未来位置に、次々と爆弾が落下し、空しく水柱を噴き上げて行く。
14騎のワイバーンは、見事な動作で急降下爆撃を行ったのだが、ほとんどの爆弾はことごとく外れてしまった。
最後の1発だけが、バンカーヒルの飛行甲板に命中した。爆弾は甲板の後部、エレベーターの手前に命中し、格納甲板で炸裂した。
爆発の瞬間、甲板がやや盛り上がり、穿たれた破孔や開かれたハンガーから爆風が吹き出して行く。
バンカーヒルの右舷側を行くタイコンデロガも災難に会って居たが、こちらはバンカーヒルよりもマシな状態であった。
タイコンデロガはまず、低空侵入して来た12騎のワイバーンから対艦爆裂光弾を発射された。
バンカーヒルに向かった光弾は19発であったが、タイコンデロガに関しては24発もの光弾が向かう事になった。
しかし、ここで予想外の事態が発生した。
12騎のワイバーンは、爆裂光弾を発射したまでは良かったが、4騎のワイバーンから発射された光弾は、途中で海面に落ちたり、
発射後に爆発すると言った珍事を引き起こした。
光弾は、途中で対空砲火に撃墜された物も出た事から、最終的には9発がタイコンデロガに命中した。
タイコンデロガは、右舷側の機銃座や高角砲に少なからぬ損害が出たが、ここでもまた爆裂光弾は3発が不発となり、被害を与えられた
のは僅か6発のみであった。
この6発は、右舷側前部の機銃座と舷側の開放部、それに艦橋後部の5インチ砲座を吹き飛ばして火災を発生させたが、バンカーヒルと
比べると、被害は比較的軽かった。
その直後に、13騎のワイバーンからなる急降下爆撃の洗礼も受けたが、タイコンデロガは艦長の巧みな操艦のお陰で、
被弾を3発に抑えられた。
この3発の内、被害を与えられたのは2発だけである。2発の命中弾は、いずれも格納甲板に達してから爆発し、格納庫内の艦載機
18機が破壊されるか損害を被ったが、飛行甲板の穴は、応急修理を施せば再生は可能なレベルであり、敵ワイバーン隊はタイコンデロガの
母艦機能を完全に喪失させる事は出来なかった。

艦橋内に火災警報のブザーが鳴り響いている。
パウノールは、自らの旗艦であるこのタイコンデロガに起こった事を、しかと理解していた。

「艦長、現地点で、タイコンデロガの損害レベルはどれぐらいかね?」
「はっ。最悪の場合、大破レベルもあり得るかもしれませんが、ダメコン班からの話では、右舷側の飛行甲板の損傷は、
一応許容できる物である事。それと、飛行甲板は応急修理をすればまだ使える見込みがあるという事です。この事も
考えれば、損害レベルは中破程度にまで下がるでしょう。最も、格納甲板の火災を鎮火できればの話ですが。」
「少なくとも、バンカーヒルよりは幾分マシかと思われます。」

航空参謀のタバトス大佐が言う。

「バンカーヒルは飛行甲板左舷側の損害が酷い上に、甲板にも穴をあけられています。艦長からの報告によれば、
飛行甲板はドックに入れて、本格的に修理を施さねば、再生の見込みは立たないとあります。」
「バンカーヒルは、舷側エレベーターやカタパルト部分も損傷しているからな。しかし、最も痛いのが、舷側の機銃群が
ほぼ壊滅した事だ。あれでは、対空戦闘など到底出来はしまい。」

パウノールは、左舷側を航行するバンカーヒルを見つめる。
バンカーヒルは先の被弾で、機銃群がほぼ壊滅するという大損害を被っている。
左舷側の対空火器で、使用可能な物は5インチ砲2門と機銃3丁という有様であり、飛行甲板も舷側から中央部にかけて
盛り上がっている個所が幾つもあるという。
特に後部甲板の損傷は酷く、着艦用のワイヤーがほとんど使い物にならない上、甲板その物にも穴が開いているため、
現場の応急修理だけでは、甲板の再生は不可能と判断されている。
バンカーヒルは実質的に発着艦不能に陥ったが、格納甲板より下の重要区画には何ら損害を負っていないため、機関の
全速発揮はいつでも可能だ。

「正規空母2隻が、早々に傷を負ってしまった事は大きな痛手だが、タイコンデロガはまだ空母として使える望みがあるし、
キャボットとボクサーは無傷だ。TG37.3はまだ空母群としてやって行ける。」
「しかし・・・・一番の問題は、その空母群を護衛する艦です。」

参謀長が険しい表情を浮かべながらパウノールに言う。

「先ほどの空襲で、輪形陣外輪部の駆逐艦は3隻が撃沈され、5隻が撃破。巡洋艦も防空軽巡リノが中破し、軽巡バサディナが大破。
他にもアンカレッジとピッツバーグが右舷側の対空火器を4割、または5割を破壊されています。満足に使える駆逐艦が6隻に減り、
巡洋艦もノーザンプトンを残して全てが損傷している今、艦隊の防空能力は著しく低下しています。このような状況に陥っている
にもかかわらず、西側からは、あらたな敵編隊が我が機動部隊に迫りつつあります。ここは、ボクサー、キャボットに着艦した
戦闘機も上げて、可能な限り数を減らすべきです!」
「しかし、急場には間に合いません。」

タバトスが否定した。

「各母艦では準備が進んでいますが、敵編隊は途中で速度を上げたのか、既に艦隊より50マイルまで迫っています。ボクサー、
キャボットにいる残りの戦闘機隊を上げたとしても、その頃には戦闘が始まっています。発艦作業中は真っ直ぐに航行しなければ
いけません。そんな中に敵機が殴り込んでくれば、ボクサーとキャボットはたちまちの内にやられてしまうでしょう。」
「確かにな。」

パウノールが頷く。

「敵にとって、発艦作業中の空母ほど、極上の獲物はあるまい。」
「では司令官・・・・艦隊は再び、上空援護無しに攻撃を受けるのですか!?」

参謀長が、半ばヒステリックな声音で叫んだ。
だが、パウノールは首を横に振った。

「誰がそんな事言ったかね?」

彼は、参謀長を見据えながら言う。

「私はまだ、1機の戦闘機も発艦させないとは言っておらん。タバトス。ボクサー、キャボットで使える戦闘機は、あと何機ある?」
「はっ。総数で20機であります。そのうち、発艦できるのはせいぜい10機。多くても14、5機程かと思われますが。」
「14、5機か。」

パウノールは、幾分落胆したような口調で呟く。
作戦前は、1個任務群だけでも100機以上の戦闘機を揃える事が出来た。だが、今ではたったの10機。多くても14、5機。
約10分の1程度しか使えない。残りの戦闘機は、殆どが防空戦闘に出向くか、あるいは艦で整備を待っている。
(なんたる事だ・・・・シホールアンル軍が、このような罠を張り巡らせたばかりに、TF37は危機的状況に陥っている!)
彼は、作戦開始当初と比べて、余りにも変わり過ぎた状況に対して、思わず悲観的になりそうになる。
しかし、彼はその度に思い直して、指揮官としての顔を保ち続ける。

「それでいい。出そう。それから、第2任務群にも戦闘機が出せるかどうか聞こう。」
「第2任務群ですね?」
「そうだ。」

彼は深く頷いた。

「攻撃を受けていない第2任務群は、まだ使える母艦が4隻もある。この4隻から、少しだけでも良いから戦闘機が出せるか
聞くのだ。急いで連絡を付けよう。」
「分かりました。」

パウノールの指示に従い、タバトス大佐は大急ぎで、第2任務群へ連絡をつないだ。

シホールアンル軍第108空中騎士隊に所属している戦闘ワイバーンは36騎と、攻撃ワイバーン68騎は、午後1時10分に
アメリカ機動部隊まであと10ゼルドという距離まで達していた。
目標であるアメリカ機動部隊はすぐに見つける事が出来た。

「隊長!遠方の洋上に黒煙です!」

108空中騎士隊の指揮官であるエンドム・ロンパド中佐は、部下の言う通り、洋上に黒煙が上がっているのを確認した。

「ほほう、黒煙の量が多いな。第1次の連中、派手に暴れ回ったな。」

ロンパド中佐は嬉しげに呟く。

彼の部隊は、北方から低空で侵入した第1次攻撃隊が敵機動部隊を攻撃し、敵の護衛艦艇に損害を与えてから
突入する予定であった。
30分前に、第1次攻撃隊の指揮官機から魔法通信が伝わり、少なくとも敵の護衛艦10隻を撃沈破し、空母2隻に損害を与えたようだ。

「俺達も第1次の連中に負けぬ戦果を上げるぞ!」

ロンパド中佐は、更なる戦果拡大に期待しながら、部下達に攻撃態勢に入れと命令しようとした。

「隊長!前方より敵機です!」

唐突に、戦闘ワイバーン隊から報せ入った。

「敵機だと?何機だ?」
「数は約10機前後です。」
「蹴散らせ!」

ロンパド中佐は、有無を言わせぬ調子で命じた。
上空に展開していたワイバーン隊のうち、約20騎が編隊から離れ、戦闘機に向かって行く。
戦闘ワイバーンが向かって行くのを見つめてから、ロンパド中佐は新たな指示を下した。

「全騎、攻撃態勢に移れ。」

その一言で、編隊は降下を開始する。胴体に付けられている装備が重いためか、攻撃ワイバーンの機動は爆弾搭載時と比べて鈍い。
しかし、充分な訓練を積んでいるため、統制の取れた動きで下降を続けている。
(待望の新装備がやって来た訳だが、68騎のワイバーンのうち、何騎が射程内に入れるだろうか)
ロンパド中佐は不安だった。
第1次攻撃隊は、アメリカ軍の護衛艦に損害を与えたと言うが、それでも敵は猛烈に反撃を加えてくるだろう。
アメリカ機動部隊の対空砲火は異常であり、仲間内からは“精鋭殺戮部隊”とまで言われているほどだ。
シホールアンル軍には、開戦前には、名の知れた空中騎士隊がいくつもあった。
それらの中には、広報誌で幾度も紹介される空中騎士隊もあり、陸軍のエリート部隊として一般民衆からも広く知られていた。

だが、アメリカ機動部隊の対空砲火は、そんな精鋭揃いのワイバーン隊までをも貪欲に食らい尽くしてしまう。
敵空母撃破の判定と引き換えに、壊滅判定を受けた腕利きの部隊は、1つや2つではない。
米機動部隊の対空防御は、昨年9月からは異常な防御力を発揮し始め、今では、アメリカ機動部隊への攻撃は、死出の旅路とまで
言われる始末だ。

「第1次攻撃隊には、相当の犠牲が出ているのだろうな。だが、敵機動部隊は戦闘前と比べて、防御力を削がれているだろう。
1次の戦友達の努力を無駄にしないためにも、この新兵器を必ず、敵空母にぶち込んでやる!」

ロンパド中佐はそう意気込んだ。
しかし、そんな彼の心境を見透かしたかのように、目の前の雲からいきなり、戦闘機が現れた。

「ヘルキャット!?」

彼がそう叫んだ直後、敵機の両翼が光った。

「敵機だ!気を付けろ!」

ロンパド中佐はそう叫びながら、相棒の体を捻らせた。
重い装備を積み込んでいるため、動きはやや鈍かったが、敵機から放たれた機銃弾は何とか避けられた。
しかし、後続の部下達はそうもいかなかった。
あるワイバーンは、避ける暇も与えられず、3機のヘルキャットから放たれた機銃弾をまともに食らった。
機銃弾の嵐は魔法防御をあっという間に消耗させ、しまいには効力を無くし、暴れ込んだ高速弾が竜騎士とワイバーンの
体を容赦なく串刺しにする。
剣や槍、弓の攻撃は勿論、剣銃弾や小銃弾ですら容易に傷付かせないワイバーンの厚い皮膚は、12.7ミリの高速弾に
よって容易く貫かれていく。
竜騎士とワイバーンが共に致命傷を負い、急速に高度を下げて行くが、ヘルキャットはそれを確認する間もなく、
猛速で急降下していった。
この最初の正面攻撃で、相次いで3騎のワイバーンが撃ち落とされた。

「ヘルキャットの攻撃を受けている!救援を寄越してくれ!」

ロンパド中佐は、泡を食ったような表情を表しつつも、意識をしっかりとさせながら戦闘ワイバーン隊に魔法通信を送る。

「何ですって?そっちにもヘルキャットが現れたのですか!?」
「そうだ!数は12、3機だ!くそ、上昇して来る。あいつら、徹底的にやるつもりだぞ!」
「了解!応援をすぐに向かわせます。それまで頑張ってください!」

戦闘ワイバーン隊の指揮官は救援を送る事を約束してくれた。その直後に、1騎のワイバーンがヘルキャットの餌食となる。

「畜生、何が頑張れだ!」

ロンパド中佐は悔しげに呟いた。
彼らが愛用している83年型汎用ワイバーンは、武装を外せば戦闘ワイバーンとしても活躍出来るが、今は腹に重い荷物を
抱えているため、速度はせいぜい250レリンク程度しか出せず、動きも鈍くなっている。
今、攻撃隊は高度500グレルまで降下しており、攻撃高度である20グレルまで下がろうとしているのだが、
その間にもアメリカ軍機は食い下がってくるだろう。
また別のワイバーンがアメリカ軍機の餌食になる。今度は相次いで2騎が落とされた。
敵にいいように嬲られる事に耐え切れなくなったのか、ついにワイバーンの1小隊(1個小隊は4騎)が、勝手に装備を
捨ててヘルキャットに立ち向かった。

「隊長!すみませんが、後はお願いします!」
「馬鹿者!誰が装備を捨てろと言った!?」

ロンパド中佐は、魔法通信を送って来た小隊長を叱り付ける。

「話は後です!あのヘルキャットは我々が引き受けます。隊長は敵機動部隊に向かってください!武運を祈ります!」
「おい!待て!」

ロンパド中佐は尚も呼び止めようとしたが、ワイバーン小隊は彼の制止を振り切って、ヘルキャットに立ち向かって行った。
13機のヘルキャットのうち、8騎がワイバーンに引き止められ、たちまちのうちに空中戦が始まる。
しかし、全てのヘルキャットを食い止める事は出来ず、5機が編隊に食らい付いてくる。
ワイバーン小隊が装備を捨ててまで食い止めに入ったにも関わらず、アメリカ軍機は依然として食らいつく。
更に1騎のワイバーンが、背後から機銃弾を浴び、一瞬の内に叩き落とされた。

「戦闘隊!早く来てくれ!!」

ロンパド中佐は、幾分慌てた口調で戦闘隊にそう伝える。
しかし、戦闘隊も敵機との交戦で忙しいのか、全く応答が来ない。

「隊長!5時下方から1機向かいます!」

唐突に、部下から魔法通信が入る。後ろに振り返ると、そこには急上昇しながら迫ってくるヘルキャットが居た。
ロンパド騎とヘルキャットの距離はかなり近い。
彼は咄嗟に相棒を右に横滑りさせる。それに合わせたかのように、ヘルキャットも機銃を発射した。
ワイバーンが体を横にスゥッと滑った直後、すぐ左横を機銃弾が飛び去る。
いきなり、ワイバーンの周囲が赤紫色に光る。
その光が2度3度と繰り返された後に、ヘルキャットが前方に飛び出した。

「お返しだ!」

ロンパド中佐は怒りのこもった声で叫んでから光弾を発射させる。
光弾の連射がヘルキャットの後ろ姿に向けて注がれるが、敵はそれを見透かしていると言わんばかりに、機体を
ロールさせて光弾を全て避けた。

「敵ながら、良い動きしやがる!」

ロンパド中佐は舌打ちしながら呟く。
そのヘルキャットに、意外な方角から光弾が注がれた。

光弾は、ヘルキャットの真上から降って来た。この攻撃は予測していなかったのか、ヘルキャットは避ける事無く、
まともに攻撃を受けてしまった。
機首から胴体後部にかけて、満遍なく光弾を食らったヘルキャットは、白煙を引きながら墜落していく。

「ロンパド中佐!遅れて申し訳ありません!」

脳裏にそんな声が響いたかと思うと、目の前を4騎のワイバーンが通過し、急転回してロンパド中佐の左右に付く。

「お待たせしました。今より攻撃隊の護衛に付きます。」
「おお、来てくれたか!」

ロンパドは満面の笑みを浮かべながら、第2中隊の指揮官の顔を見つめた。

「早速だが、うちの小隊がヘルキャットと戦っている。今すぐ応援に向かってくれ!」
「はっ。既に2個小隊が応援に向かっています。自分らは攻撃隊の周囲をうろつくあいつらを追い散らしてきます。」

第2中隊の指揮官は、攻撃隊から距離を置いて、様子をうかがっているヘルキャットを指さした。

「ああ、よろしく頼む!」

ロンパドがそう言うと、第2中隊の指揮官は頷き、直率の小隊を率いてヘルキャットに向かった。
彼は、目の前に顔を向ける。眼前には、既にアメリカ機動部隊が見えていた。
距離は7ゼルドを割っている。

「ようやく、俺達にも出番が回って来たな。」

彼は、目の前の敵艦隊を睨みつけながら、小声で呟く。
ふと、彼は攻撃隊が何騎残っているのかが気になり、後ろを振り返った。

「ううむ、大分やられたな。」

攻撃隊は、先ほどまでは68騎いたのだが、ヘルキャットの襲撃によって、数は56騎に減っている。
ヘルキャットとの交戦時間は10分程度であったが、編隊は戦力の3割近くを失ってしまった。
僅か12、3機程度のヘルキャットとはいえ、襲撃を受ければ、動きの鈍い攻撃ワイバーンがどれほど痛手を受けるかを、
ロンパドは改めて思い知らされた。
敵との距離が6ゼルドに狭まり、ロンパドは自らの率いる第1中隊と第2中隊を、第3、第4中隊から分離させた。
事前の打ち合わせでは、ロンパドは第1、第2中隊を輪形陣の左側から、第3、第4中隊を右側から攻撃を加える事になっている。
彼としては、68騎のままで攻撃を行いたかったのだが、敵戦闘機の予想外の襲撃によって数が減ってしまった今、敵に対して
計画通りの打撃を与えられるかどうか不安だった。
ロンパド隊が敵輪形陣の後部に回り込み、そして左翼に回り込むまでは更に10分ほど時間を要した。

「全騎突撃せよ!」

ロンパドは、ただ一言だけ命じた。その言葉1つだけで、56騎のワイバーンは一斉に突入を開始した。
ロンパド隊は、特殊装備を搭載しているため、高度20グレルという超低空で飛行している。
敵の輪形陣内部に到達するまでは、更に10グレルから5グレルという、まさに這うような高度で進む。
速度は、160レリンク以上は出せない。本来ならば、特殊装備を投下するにはこれだけでも早過ぎる。
今回搭載している特殊装備。もとい、84式魔道魚雷は、シホールアンル帝国がようやく開発した対艦専用の兵器である。
魚雷の開発は、アメリカと戦い始めた1481年末から開始されたが、当時、魚雷と言う兵器すら初めて見る
シホールアンルにとって、開発は非常に困難な代物であった。
魚雷の開発を担当したシホールアンル海軍兵器開発局は、後に捕獲された潜水艦用魚雷等を参考に開発を続け、
目標としていた1483年8月の完成まで急ピッチで作業を急いだ。
しかし、その道のりは険しかった。
最初は魚雷という物がどうやって作られ、どのような原理で動くかを理解しようとしたが、推進機関の小型化や
炸薬量の調整等、今までに経験しなかった技術の数々に開発者達は頭を抱えた。
苦労の末、何とか試作品が完成し、早速テストを行っても、魚雷は作動すらせずに海中に沈む。
別の日に行われたテストでは、ワイバーンの速度が速すぎたため、投下した魚雷が海面で跳ね返ってワイバーンに当たり、
ワイバーンと竜騎士が墜落するという予想外の惨事が起きる。
また、ある時に行われたテストでは、投下は成功した物の、海面に突入した瞬間に爆発し、危うく、2度目の事故が
発生しかけたり、地上で整備を行っていた魚雷が勝手に動き出して、周囲の作業場に被害が起きたりもした。
開発者達が苦労した中で、最大の難関は信管にあった。

魚雷の信管は、作り方や配置が少しでもまずければ、目標に当たっても作動しなかった。
作動したとしても、海面に着水した瞬間で爆発する物もあれば、目標に当たる前に自爆したり、不発として回収された
魚雷が、何故かいきなり爆発したりなど、トラブルが多発した。
魚雷と言う初めての兵器の開発によって、技術者や魔道士達は神経をすり減らされ、ある魔道士に至っては、働き過ぎが
祟ってノイローゼになり、病院送りになるという事も起こった。
シホールアンル海軍の技術者と魔道士達は、それでも諦めずに開発を続け、何とか魚雷は開発した。
魔道魚雷の開発が終わったのは、1484年1月であり、予定よりも5カ月以上も遅れての完成であった。
しかし、開発者達の苦悩はこれでは終わらなかった。
実戦部隊には、3月から引き渡され始め、最初に実物を渡されたのは、正規竜母モルクドに属するワイバーン隊であった。
このワイバーン隊は、早速廃船を使って雷撃訓練を行ったが、この時、雷装で出撃した12騎のワイバーンは、魚雷の欠陥ぶりを
まざまざと見せつけられる事になった。
ワイバーンが投下した12本の魚雷の内、正確に作動したのは9本。そして、目標に命中して起爆したのは6本と言う
惨憺たる有様であった。
その後の訓練でも、魚雷の不具合は頻発した。実戦配備から1ヶ月後が経っても不具合は全く改善されず、しまいには
艦隊司令官であるリリスティ自らが、わざわざ艦を降りて開発局に怒鳴り込んでくるほどであった。
開発局は大慌てで改良型を開発し、6月からは再び量産出来るようになった。
今度の作戦では、第108空中騎士隊の他、第4機動艦隊の全正規竜母や飛空挺部隊にも魔道魚雷は配備されている。
魔道魚雷は、術者が詠唱を唱えた後に投下する物と、投下後の衝撃で中の魔法石が割れ、その後に作動する魚雷がある。
前者はワイバーン隊へ、後者は飛空挺隊に配備されている。
魔道魚雷の重量は370リミラ(740キロ)で、その内、弾頭の炸薬量は150リミラ(300キロ)に達する。
速度は20リンル(40ノット)まで出せ、射程距離は2500グレルである。
ワイバーン隊は、この重い荷物を腹に抱えた状態で飛ばなければならぬため、機動性と速度は格段に落ちた。
しかし、魚雷の威力は絶大であり、アメリカ軍の大型艦も数発当てれば航行不能に出来、駆逐艦クラスなら1、2発で
撃沈可能と見込まれている。
必殺の新兵器を抱えたワイバーン隊は、訓練通りに相棒の高度を徐々に下げながら、輪形陣に突入していく。
輪形陣外輪部に、駆逐艦の姿が見える。
通常なら、7、8隻の駆逐艦が輪形陣の片側に配置され、攻撃を行う側はまず、この駆逐艦群から放たれる対空砲火を
潜り抜けなければならない。
しかし、目の前にいる駆逐艦は、たったの3隻しかいない。

輪形陣からやや離れた後方にも敵艦と思しき艦は居るが、本隊とは余りにも離れ過ぎているため、対空戦闘に参加出来る
状態ではない。

「外周部に居る駆逐艦の数が少ない。第1次攻撃隊は相当に暴れ回ったようだな。」

ロンパド中佐は不敵に笑みを浮かべた。
駆逐艦が対空砲火を放つ。ロンパド隊の近くに高角砲弾が炸裂し始める。
数はさほど多くは無く、密度も薄い。
駆逐艦3隻は、いずれもフレッチャー級である。それぞれ5門ずつの主砲を放って、ロンパド隊の前面に弾幕を形成しようとしている。
敵艦が2度、3度と、砲撃を繰り返して行くうちに、ワイバーン隊の近くにも砲弾が炸裂し始める。

「5番騎がやられた!!」

唐突に魔法通信が舞い込んで来る。敵の砲弾が僚騎を撃墜したようだ。
駆逐艦群の対空砲火は近付くにつれて激しさを増す。距離500グレルに迫るや、敵は機銃も撃って来た。
高角砲弾の炸裂と、機銃の弾着で海面が徐々に泡立っていく。すぐ側で砲弾が落下し、水しぶきが上がる。
新たなワイバーンが、機銃に撃ち抜かれて墜落する。
ワイバーンは翼から海面に突っ込み、2度ほどバウンドした後、最後には派手に海水を跳ね上げる。
ロンパド騎が160レリンクのスピードで駆逐艦群の上空を通り過ぎる。
あるワイバーンは、敵駆逐艦の前方や後方を飛び抜けて行く。運の悪いワイバーンが、飛び去ろうとした瞬間に対空砲火に絡め取られ、
一瞬の内に墜落した。
ワイバーンや竜騎士は、何が起きたのか理解できぬまま、この世から去って行った。
ロンパド隊は、駆逐艦群の上空を何とか通過出来た。しかし、対空砲火は徐々に激しさを増して行く。
ロンパド隊の前面には、新たに巡洋艦1隻と戦艦1隻が現れた。
この2艦からは、駆逐艦とは比べ物にならぬぐらい激しい対空砲火が撃ちだされている。
巡洋艦の方はアトランタ級防空巡洋艦であるが、前回の空襲で損傷したのだろう。
艦体の所々に、爆撃を受けた傷が散見され、何基かの高角砲は沈黙するか、あるいは砲塔自体が無くなっている。
だが、撃ち放たれる対空砲火は侮れぬ物がある。
そして、巡洋艦のやや内側に居る戦艦は、まさに活火山さながらの様相を呈している。

「サウスダコタ級戦艦か。」

ロンパドは、その戦艦の艦級を言い当てる。
第1次攻撃隊は確かに暴れ回ったが、戦艦相手には分が悪かったようだ。
前方のサウスダコタ級戦艦は、断続的に高射砲を放っている。舷側に目立った損傷は見当たらない。
敵艦の生命反応を探知し、正確に目標へ突入する魔法の槍も、戦艦の重装甲には歯が立たず、対空火力の減殺も
為し得なかったようだ。

「怯むな!突っ込め!」

ロンパドは、魔法通信で部下達に命じる。

「相手は手負いのザコだ!無視して進め!」

指揮官の檄が飛ぶ。部下達はそれに応じる事は無いが、必死に低高度を維持し、目標である敵空母の至近に近付く事のみを考える。
しかし、犠牲は次々と出て行く。
1騎のワイバーンが、高角砲弾の直撃を食らってバラバラになる。
別の1騎は、ワイバーンが機銃弾に撃ち抜かれる。
ワイバーンは傷を負いながらも、仲間の後に続こうとするが、高度を維持できず、徐々に上昇していく。
そこを弾幕に絡め取られてしまった。
20ミリ弾や40ミリ弾が、ワイバーンの頑丈な肉体を切り刻み、最後には致命的な傷を負わせて絶命する。
絶命したワイバーンは、血を拭きながら海面に落下した。
サウスダコタ級戦艦の威力は恐るべき物があった。ワイバーンは1騎、また1騎と、まるで射的の的よろしく撃ち抜かれ、
海に叩き付けられていく。
ロンパド隊がサウスダコタ級戦艦の上空を飛び抜けた際には、第1中隊は8騎、第2中隊は9騎に撃ち減らされていた。
突入開始前には、第1中隊は14騎、第2中隊は13騎であった。それから考えると、第1、第2中隊は実に4割近い
損害を出した事になる。
しかし、膨大な犠牲を払った末に、彼らは念願の目標を視界に捉える事が出来た。

「見えたぞ、敵空母だ!!」

ロンパドは歓喜の声を上げた。
目の前には、長い間目標としていた空母。それも、正規空母が居た。
敵の正体は、83年から姿を現し始めたエセックス級正規空母である。
名実共に、連合軍の最優秀艦として誉れの高い憎きエセックス級空母は、飛行甲板や舷側から黒煙を吐き出しながら、
14リンル程の速力で海上を航行している。
第1次攻撃隊は敵空母の舷側を徹底的に叩いたのだろう。
いつもは真っ赤に染まる筈の舷側の機銃座も、今では数箇所から申し訳程度に撃たれているぐらいで、主に高射砲で反撃を行っている。
距離は500グレル。投下距離である400グレルまでもう少しである。
彼は、相棒の向かう先を、敵艦の前方に定める。軍艦そのものを狙って魚雷を投下すると、魚雷は軍艦の艦尾を外れてしまう。
軍艦は常に動いているため、その未来位置を狙って魚雷を落とすしかない。

「魚雷投下・・・・・用意!」

ロンパドは、魚雷を吊っている紐を握る。
この紐を引けば、魚雷を釣り下げている別の紐が、引かれるナイフに切り裂かれて海面に落ちる。
彼は早口で、魚雷を作動させる詠唱を行う。
敵空母からの対空砲火は少ないが、逆にサウスダコタ級戦艦からの追い撃ちが激しい。
後方から注がれる機銃弾や高角砲弾によって、新たな犠牲が出る。
だが、戦艦の援護も無為に返す時が来た。

「魚雷・・・・投下!!」

ロンパドは、万感の思いを込めた言葉を吐き出し、紐を勢いよく引いた。
魚雷が投下されたのだろう、ワイバーンの動きが、呪縛を解かれたかのように軽くなるのが分かる。
(高度を上げるな!そのままだ!)
咄嗟に相棒へ命じ、寸での所で抑えさせた。
ワイバーンは高度を維持すると同時に、速度を上げた。160レリンクしかなかったスピードが次第に上がって行く。
ロンパド騎は、敵空母の前方を通過して言った。
通過する前に、彼はエセックス級空母が回頭しているのを確認したが、それでも、魚雷は何発かが命中するだろうと思っていた。
敵空母前方を通過し、輪形陣の前側から離脱を図っていると、後方から重々しい爆発音が連続で聞こえて来た。
彼は、魚雷の行方が気になって、後ろを振り返る。
そこには、左舷側に高々と水柱を噴き上げている敵空母の姿があった。

パウノールは、空母タイコンデロガの艦橋で、超低空で接近して来たワイバーンが、次々と爆弾を投下する光景を見つめていた。

「反跳爆撃ではないぞ、あれは雷撃だ!」

パウノールは、敵ワイバーンが超低空で飛行していると聞いた時から、敵は反跳爆撃を企てていると確信した。
反跳爆撃は、陸軍航空隊で考案された戦法で、主に輸送船や小型艦艇を仕留める際に使われると聞いていた。
それと同じ戦法を、シホールアンル軍は復活させたのかと、パウノールは思っていた。
シホールアンル軍は、1942年2月のガルクレルフ沖海戦で、空母サラトガに対して反跳爆撃を行っている。
しかし、サラトガの損害は軽かった半面、敵の航空部隊は甚大な損害を受けている。
それ以来、シホールアンル軍は反跳爆撃を行わず、専ら緩降下爆撃か急降下爆撃を行って、アメリカを始めとする
連合国海軍を苦しめていた。
その封印された戦法を、シホールアンル軍は切り札として使って来たのだと、パウノールのみならず、誰もがそう確信していた。
しかし、その確信は見事に覆された。敵は反跳爆撃よりも恐ろしい戦法を実用化したのである。
タイコンデロガの右舷には、17騎のワイバーンが迫っていた。
艦長は予め舵を切らせていたのか、タイコンデロガが右に回頭を始めた。
右舷から、白い航跡が迫って来る。その航跡は、通常の魚雷と比べて幾分薄く、見えずらい。
その薄い航跡が17本も迫って来る。
タイコンデロガが急回頭を行っているため、17本のうち、9本が被雷コースから外れた。
しかし、残り8本が迫って来る。
8本中、更に3本がタイコンデロガの艦首を通り過ぎる。残り5本が、斜め前からタイコンデロガの舷側に迫っていた。
距離は100メートルも離れていない。

「魚雷が来る!総員衝撃に備え!」

タイコンデロガの艦長が、上ずった声音で艦内に伝えた。
パウノールは衝撃に備えるため、両足を踏ん張った。いきなり、下から突き上げるような衝撃が伝わった。
パウノールはその振動に負けまいと、必死に踏ん張ったが、彼の試みは無為に終わった。
猛烈な衝撃に耐え切れず、パウノールは床に転がされてしまった。
TF37の幕僚達も、ほとんどが衝撃に足を取られて転倒、あるいは壁に叩き付けられた。
床に転倒してから5秒後に、新たな衝撃がタイコンデロガに伝わる。

基準排水量27000トンの艦体が、初めて味わう魚雷の威力にもだえ苦しむかのように振動し続ける。
パウノールは猛烈な振動に体を揺さぶられつつも、内心では最悪な事態になったという思いが沸き起こっていた。
程無くして、振動は収まった。
パウノールは、体のあちこちに痛みを感じながらも、我慢して体を起こした。
いつの間にか、艦の速度が低下している。それに、艦自体も右に傾いている。
艦内電話の呼び出し音が鳴り、すぐに艦長が駆け付けて、受話器を取る。

「こちら艦長だ!ああ、そう、魚雷が命中した。何?缶室に浸水が発生しただと!?それに別の缶室にも
被害が出ている?ああ、分かった、すぐにダメコン班を送る!」

タイコンデロガの艦長が、顔を青ざめながら受話器の向こうとやり取りを交わす。
1分ほど話し合ってから、艦長は受話器を置いた。

「艦の状況は?」

パウノールは、冷静な声音で艦長に聞いた。

「はっ。本艦は右舷側前部と中央部に魚雷を食らいました。缶室1基が破損し、1基が運転に支障を来てして
いるようです。同時に、艦内に浸水が発生しています。火災の鎮火と、浸水拡大を防ぐと同時に、今から左舷側に
注水を施し、艦の復元に努めます。」
「速度はどれぐらいまで落ちるかね?」
「この被害状況では、良くても25ノットが出せれば良い方です。場合によっては23か、18ノット程度しか
スピードは出ないかと思われます。」
「良くて25ノット。悪くて18ノットか。」

パウノールは険しい表情を浮かべた。
エセックス級正規空母は、ヨークタウン級の拡大発展型空母として就役している。
連合国軍からは、ヨークタウン級から受け継いだ防御能力が高く評価されており、いくら被弾しても、修理を施せば何度も
戦場に戻って来るエセックス級は、不沈艦とも呼ばれている。
確かに、エセックス級はヨークタウン級譲りの頑丈さを引き継ぎ、文字通り、不沈艦として数々の戦場で活躍して来た。

しかし、エセックス級は、前級の利点のみならず、欠点までも受け継いでいた。
ヨークタウン級空母は、爆弾で受けた被害は極限できるように設計されているが、水中防御。
一般に、水雷防御と呼ばれる点に関しては、評価が低い。
これはエセックス級空母にも言える事である。
エセックス級空母の舷側には、弾頭炸薬量230キロ相当の魚雷が命中しても耐えられるような装甲が施してある。
しかし、この装甲は、戦艦のようにバルジを張り、更に幾重もの頑丈な壁で防御をする多層式防御ではなく、船体に1枚だけ
装甲板を張ったような物であり、それも厚さは最大で102ミリと、幾分物足りなさを感じさせる。
エセックス級の防御機能はこれだけではなく、船体内に幾つもの防水区画を設けて、浸水に対する備えを整えている。
これならば、2本程度の被雷には耐えられると、造船関係者は言っている。
だが、片舷に対して、一度に3本以上の魚雷を受けた場合、これらの防御機能は想定通りに発揮するとは限らず、艦の被害が
拡大する原因になるのではないかと、常に心配されて来た。
タイコンデロガには、実に4本もの魚雷が、艦の前部から後部まで、満遍なく命中していた。
これは、想定されていた命中数よりも多い物で、この時点でタイコンデロガの命運は決まったも同然であった。
だが、ここで意外な事が起こった。
最初に命中した魚雷は、斜めから舷側にぶち当たった。
本来なら、ここで信管が作動する筈なのだが、どう言う訳か、信管は作動しなかった。
魚雷は、自らの弾頭を叩き潰しただけで終わり、後は海中深くに沈んでいった。
2発目がそこから更に20メートル。艦橋前部の5インチ連装両用砲が配置されている部分の少し前で命中した。
この魚雷はしっかりと起爆し、タイコンデロガの艦腹に大穴を穿った。
そして、更に30メートルほど離れた位置、右舷側中央部に3本目が命中した。
3本目も、2本目と同様に炸裂し、タイコンデロガのあまり厚くない艦腹に2つ目の穴を開き、大量の海水を艦内に流し込んだ。
3本目が炸裂してから4秒後に、4本目が後部に命中した。
しかし、この4本目は、1本目と同じように信管が作動せず、弾頭部を自らの速力で潰しただけで、タイコンデロガに何ら
被害を与えなかった。
命中コースに入っていた筈の5本目は、惜しい所でタイコンデロガを外れ、艦尾方向に抜けて行った。
この2本の魚雷が起爆した事によって、タイコンデロガは右舷側の缶室にダメージを被ってしまった。
飛行甲板の損害に加え、艦腹に穴を開けられてしまった事で、タイコンデロガの被害レベルは中破から大破に格上げされた。

「司令官、聞いての通りですが、本艦の損害は思ったよりも深刻です。速力が25ノット程度しか出せぬとなると、艦隊行動に
影響を及ぼす可能性があります。」
「うむ。帰還した後は、タイコンデロガはしばらくドック送りになるな。」

パウノールは、疲れたような口ぶりで参謀長に返す。
その後に、彼はバンカーヒルに視線を移した。

「今日は厄日だな。」

彼は、目の前の光景から目を逸らさなかった。
バンカーヒルは、左舷側に大きく傾いた状態で、完全に停止していた。

「隊内無線を開いてくれ。バンカーヒルの艦長と話がしたい。」

パウノールは、参謀長に指示を下す。1分ほど経ってから、参謀長は受話器を渡した。

「司令官。通信が開きました。」
「ありがとう。」

パウノールは礼を言い、それからバンカーヒルの艦長と話し始める。

「こちらはパウノールだ。」
「ハッ!司令官。」

バンカーヒルの艦長は、畏まった口調で返して来る。

「こちらから見た限りでは、かなり酷い事になっているようだが。」
「本艦は、左舷に魚雷を6本食らいました。そのうち、起爆したのは5本です。」
「5本・・・・」

パウノールは思わず絶句する。
水中防御に難があるエセックス級空母は、当たり所が悪ければ、タイコンデロガのように2本だけ受けても危険な状態になる。
バンカーヒルは、その危険な兵器である魚雷を5本も食らってしまった。
バンカーヒルの船体左舷側がどのような状況に陥っているかは、誰の目から見ても容易に想像がついた、

「命中魚雷は全て起爆し、左舷側の缶室と機関室はほぼ壊滅状態です。魚雷は燃料タンクも傷つけているため、左舷側海面は
真っ黒に染まっております。」
「そんなに酷いのか。」
「はっ。我々は全力で消火と防水作業に努めていますが、状況は芳しくありません。」
「わかった。可能な限り復旧作業を続けてくれ。駄目なら艦を放棄しても構わん。決して、艦と共に残ろう、という考えは起こすな。」
「・・・・・・・・はっ。」

バンカーヒル艦長は、しばし間を置いてから、しわがれた声で一言返した。

「艦長、そう気を落とす事は無い。船がああなってしまったのは非常に残念だ。だが、船は駄目でも、乗員を助けられれば、
まだ救いはある。エセックス級は確かに、高い金と膨大な時間を費やして建造された正規空母であるが、作られたのは何も
1隻だけではない。こう言ってはいけないかもしれないが、本国にはまだ予備がある。君達は今日の教訓を糧にして生き延び、
次に再起を図ると良い。」

パウノールの言葉に、艦長はしばしの間、言葉を発せなかった。

「どうだ、納得いかんか?」
「いえ。司令官のお言葉、しかと理解しました。」
「ふぅ、そうか。では、後を任せても大丈夫だな?」
「はっ。後はお任せください。ひとまず、出来る限りの事を尽くしてから、決断を下します。」
「うむ。頼んだぞ。」

パウノールは、一旦言葉を置いてから続ける。

「それから、ボーガンはどうしている?そこにいるかね?」
「いえ、群司令は被雷時の際に転倒され、頭を打って気絶されています。今は衛生兵が手当てをしていますが。」
「なんという事だ。1個任務群の司令官が負傷するとは。」
「頭を強かに打っていますから
、詳しく容体を調べなければなりません。私は群司令をサウスダコタに移乗させたいと
考えているのですが。」
艦長の提案を、パウノールはすぐに受け入れた。

「いいだろう。すぐに移乗させよう。では、これで会話はお開きだが、乗員の事はしっかりと頼むぞ。」
「はっ、お任せください。」

パウノールと艦長の会話は、それで終わり、彼は受話器を参謀長に返した。

「なんて事だ。」

彼は、呻くような声で独語する。

「エセックス級空母が沈没の憂き目に遭うとは。くそ、これは由々しき事態だぞ。」

パウノールは通信参謀に振り返った。

「通信参謀!至急、第3艦隊司令部に報告を送れ。」
「はっ。内容はどのような物で?」
「そうだな・・・・」

彼はしばし間を置いてから答えた。

「TF37は敵の波状攻撃によって、尚も損害を受けつつあり。敵は新たに、魚雷を開発した模様。」

午後1時45分 TG37.2旗艦 空母フランクリン

「信じられん。」

フランクリン艦橋で、司令官席に座って報告を聞いていたシャーマン少将は、強いショックを受けていた。

「バンカーヒルが、エセックス級空母が沈没確実とも言える損害を受けるとは・・・・」
「司令官。敵は魚雷を実戦に投入して来たようです。バンカーヒルは、敵ワイバーンから投下された魚雷を食らって
航行不能に陥り、たった今、艦の放棄が決定し、総員退艦が発令されたようです。それに加え、旗艦タイコンデロガも
右舷に2本を受け、25ノット以上の速力は出せぬようです。」
「何たる事だ・・・・・敵が魚雷を開発していたとは。」

シャーマンは、頭を横に振りながら言う。

「司令官。上空援護の戦闘機隊が着艦します。」

航空参謀が、シャーマンに知らせて来る。

「戦闘機は何機ほど戻って来ている?」
「敵編隊の迎撃には260機が出動し、うち、38機が撃墜され、残りは222機です。そのうち、タイコンデロガと
バンカーヒル所属の戦闘機は、他の母艦に分散して降りる事になっています。」
「TG37.1が見つけた新たな敵編隊は、あとどれぐらいで接触するかね?」
「あと1時間程です。」

航空参謀の答えに、シャーマンは無言で頷く。
TG37.1は、10分前まで敵の空襲を受けていた。
敵編隊は、TG37.1に辿り着く前に260機の戦闘機から激しい迎撃を受けており、元々200騎は居た編隊は、
輪形陣到達時には60騎しか居なかった。
敵編隊の内訳は、戦闘ワイバーン80騎に攻撃ワイバーン120騎であったが、米戦闘機隊は攻撃ワイバーンに狙いを
集中したため、実に60騎ものワイバーンが落とされた。

残り60騎は、TG37.1の輪形陣左側に攻撃を仕掛け、駆逐艦1隻を撃沈し、防空巡洋艦ジュノーと駆逐艦3隻を
大中破させた。
敵ワイバーン隊は、輪形陣の護衛艦に対しては一応の戦果を上げられた者の、攻撃ワイバーンの大半を撃墜されて、
あえなく撃退された。
主力である正規空母レキシントンやサラトガ、軽空母2隻には何ら損害は無く、TG37.1は、ひとまず勝利を収める事が出来た。
この報告はTG37.2にも知らされ、シャーマンは敵の術中に嵌りながらも、勇戦する味方機動部隊を誇らしげに思った。
その直後に、新たな敵編隊発見の報と、味方空母喪失の凶報が舞い込んで来た。

「敵編隊の数は、推定で150から200騎。TG37.1は、急いで代わりの戦闘機隊を出すと言っているようだが。」
「第1次攻撃隊の帰還機から、再度出撃が可能な機体を選んで迎撃に向かわせるようです。数はせいぜい、30機が良い所でしょう。」
「30機か。意外と少ないな。」
「我々も応援を送りましょうか。」

航空参謀が進言する。

「TG37.3の支援には13機送りましたが、他にも10機が再出撃可能となっております。」
「10機か。まぁ、無いよりはまだ良いだろうが。」

シャーマンは唸った。
艦橋に航空機の爆音が響いてきた。どうやら、直掩隊が発艦を開始したようだ。

「出さぬ訳には行かないな。」
「司令官、では。」
「10機だけとは言え、立派な戦力だ。出そう。」

シャーマンは決意を述べ、航空参謀に顔を向けた。

「飛行甲板が空き次第、すぐに飛ばせ。時間が無いぞ。」
「分かりました!」

航空参謀は、快活のある声で返してから、艦橋を飛び出して行った。
シャーマンは司令官席から立ち上がり、艦橋の張り出し通路に出る。そこから、飛行甲板を見下ろした。
飛行甲板には、着艦して来た戦闘機に群がり、フックにかかったワイヤーを取り外しているのが見える。
その前方に視線を移すと、既に翼を折り畳んだ戦闘機が、エレベーターに乗せられて、格納甲板に下ろされていく。
戦闘機は次々と着艦して来る。
10機目が降りたところで、新たな戦闘機が着艦態勢に入るが、その機はフランクリンの所属機では無い。
この戦闘機は、コルセアであった。
コルセアは、手慣れた動きで飛行甲板に滑り込み、停止する。

「あれは、タイコンデロガの艦載機だな。」

シャーマンは小声で呟いた。
タイコンデロガは、2次に渡る空襲で飛行甲板に穴を開けられた他、魚雷を食らって速力を低下させている。
タイコンデロガ所属の艦載機は、母艦に下りる事が出来ぬため、各空母に分散して待避し、甲板の穴が塞がったら
母艦に戻る手筈になっている。
あのコルセアは、タイコンデロガの甲板が使えるようになるまでは、大事なお客さんという事になる。

「タイコンデロガの艦載機は、母艦が走れるからまだマシだな。」

シャーマンはそう言ってから、新たに着艦態勢に入った気に目を向ける。
今度の戦闘機は、フランクリンにも搭載されているF6Fだが、この機は右主翼の先端に丸い物が付いている。
その戦闘機も着艦に成功した後、ゆっくりと、艦の前部に移動する。シャーマンは、その機の尾翼に注目した。
尾翼には、上向きの太い矢印(↑このような形である)が描かれている。

「バンカーヒルの所属機か・・・・・」

シャーマンは、一瞬だけ心苦しくなった。
各空母の艦載機は、垂直尾翼に母艦の航空群のマークが描かれている。
このマークは、どの機がどの母艦の所属機であるかを判別するために記入されており、今年の2月から各母艦は勿論、
訓練中や、建造中の艦にも異なったマークが割り振られている。

ちなみに、フランクリンには、白いダイヤのマークが割り当てられており、これは艦爆、艦攻、艦偵、戦闘機全てに描かれている。
目の前に居るバンカーヒル所属機のパイロットは、不安げな顔つきで周囲を見回している。
着艦した空母は、元の母艦と同じエセックス級であるが、自分達が長い間過ごして来たバンカーヒルとは、どこか雰囲気が違うのだろう。
そのF6Fも、タイコンデロガ所属機と同様に前部エレベーターから格納甲板に下ろされていった。

「司令官。お話したい事が。」

シャーマンは、後ろから声を掛けられた。彼は、体を後ろに振り向かせる。

「どうした艦長?」

彼は、シューメーカー艦長に尋ねた。

「先ほど、発艦したハイライダーから緊急信が届きました。」
「緊急信だと?」
「はい。」

艦長は、隣に控えている航空参謀に目配せした。

「こちらです。」

航空参謀は、紙をシャーマンに渡した。シャーマンは受け取った紙の内容を一読した。
表情が固まった。
シャーマンは、何度も文面を読み直した。そして、彼は、TF37が、思っていたよりも深刻な状況に陥っている事を理解した。

「最悪だ。」

シャーマンは、青くなった顔を2人に向きながら言った。

「敵は、機動部隊までも繰り出して来たぞ。」

時間はこれより3時間遡る。

「何?ハイライダー1機が消息不明になっただと?」

午前10時30分頃、艦橋の張り出し通路で涼んでいたシャーマンのもとに、航空参謀からそのような報告が伝えられた。

「はっ。原因は今のところ不明です。」
「ふむ・・・・そのハイライダーの現在地はどのへんかね?」

シャーマンはそう言ってから、航空参謀と共に艦橋内の作戦室に移動した。

「消息の途絶えたハイライダーは、発艦してから3時間経っています。そこから推定して。」

航空参謀は、索敵線をなぞり、途中で指を止める。

「この辺りかと思われます。」
「艦隊から約400マイルほど南西か。しかし、どうしてハイライダーは、消息不明になったのかね?」
「原因としては、無線機の故障か。または、最悪の事態に陥った、というのが挙げられますが。」
「無線機の故障か、あるいは最悪の事態・・・・か。」

シャーマンは、思わず唸ってしまった。その時、彼はある事を思いついた。

「念のため、別の偵察機を飛ばしてみようか。」
「予備のハイライダーを、ですか?」
「いや、飛ばすかどうかは、司令官に報告を送って判断を仰いでからだ。偵察機が墜落したという事はあり得ない
だろうが、万が一の場合もある。もし墜落したのなら、予備のハイライダーを飛ばしてパイロットの位置を突き止め、
近海の潜水艦に救助してもらうしかない。」
「では、一応報告は送りましょう。」
「うむ。飛ばすかどうかは司令官の判断に任せよう。航空参謀、飛行長にも話をして、予備の偵察機を準備させてくれ。」
「分かりました。」

航空参謀は頷いてから、報告を旗艦タイコンデロガに送った。
それからパウノール司令官直々に、念のためにハイライダーを発艦させよという指示が下り、フランクリンは予備に残して
おいた、2機のハイライダーを、消息の途絶えた偵察機捜索のため発艦させた。
その2機のハイライダーが、予想外の報告を送って来たのである。


「我、艦隊より南西230マイル、方位230度方向に敵大編隊を探知せり。敵の進路は北東、方位50度。敵の詳細は不明。」

その報告は、敵編隊発見を知らせる物であった。
シャーマンは、航空参謀を連れて再び作戦室に向かった。
慌ただしい足取りで作戦室に入った2人は、海図の前で立ち止まる。

「ハイライダーは、ここで敵編隊発見を知らせて来た。」

シャーマンは、海図を指で小突きながら航空参謀に言う。

「敵の進路は方位50度。ハイライダーの発見位置から、その反対側に線を引くが・・・・どこまで言っても海しかない。」
「北にレビリンイクル列島がありますが、流石に遠すぎますな。」
「うむ。本来ならば、海の底から敵の航空部隊が湧いて出て来る、という事はあり得ない。」

シャーマンは、側にあった赤鉛筆を手に取り、海図に線を記して行く。

「だが、敵がある物を用意していたのならば、話は違って来る。」
「つまり、敵は機動部隊を用意していた、という事になりますね。」

シャーマンは手の動きを止め、とある一点を赤丸で覆った。

「その通りだ。」

彼は、鋭い目付きで海図を見つめる。

「敵はこっちを追撃しながら、思う存分叩く事が出来る。地上の航空部隊に叩かれた傷だらけの艦隊をな!」

シャーマンはそこまで言ってから、鉛筆を海図に向かって投げ付けた。
(最悪だ・・・・俺達はインゲルテントの失敗のツケを払わされる事になってしまった。既にバンカーヒルを始めと
する複数の艦が撃沈され、旗艦タイコンデロガまでもが傷付いた。そして、試練はまだ終わらない・・・・)
シャーマンは、あまりにも救いの無い状況に、思わず叫び出しそうになった。
そのまま1分ほど、室内に重苦しい沈黙が流れる。

「航空参謀。」
「え・・・は、はっ!」
「すぐにパウノール司令官に報告しろ。急げ!」
「分かりました!」

航空参謀は、大急ぎで作戦室から出て行った。
シャーマンは、両手をテーブルに置き、海図を見つめ続ける。
レビリンイクル列島と、北大陸沿岸部から現れた航空部隊。
そして、艦隊の南に回り込んだ、新手の敵編隊と、未確認の敵機動部隊。
第37任務部隊は、3方向から袋叩きにされる形で、敵の航空攻撃を受け続けている。
「来襲した敵騎は、既に700騎以上。これは、事前に想定されていた数よりも遥かに上回る数字だ。そこに加えて、
南からも新たな敵編隊が発見され、こっちに向かいつつある。これまでの戦闘で、バンカーヒルと駆逐艦6隻が撃沈され、
タイコンデロガを始めとした他の艦艇にも損害が出ている。今頃、敵の司令官はどのような心境で作戦を指導しているのだろか。」

シャーマンはそう呟くが、敵の司令官の心を読み取る力は、彼には無い。
だが、パウノールやシャーマンとは対照的な気持ちで指揮を取っている事は確かであろうと、彼はそう思っていた。

午後2時 シェルフィクル沖南方440マイル沖

第4機動艦隊旗艦であるモルクドの艦橋では、司令官であるリリスティ・モルクンレル中将が、内部を行ったり来たりしながら
思案をしていた。

「司令官。ひとまず、上空直掩のワイバーン20騎を艦隊の前方に展開させました。これなら、敵の高速偵察機をすぐに探知出来ます。」

主任参謀のハランクブ大佐が、リリスティに報告する。

「次も、撃墜は出来る?」
「無論です。」

ハランクブ大佐は即答する。

「上空は雲で覆われています。偵察機は、雲の中に隠れているワイバーンには気付きません。先ほど撃墜した敵機のように、のこのこと
低空に舞い降りて来た所を襲えば大丈夫です。」
「確かにね。」

リリスティは、素っ気ない口調でハランクブ大佐の言葉を聞き流す。

「司令官、どうかされたのですか?」

ハランクブが尋ねると、リリスティは立ち止まって振り返る。

「ごめん、少しだけ静かにしてくれないかな?」

彼女は、無表情でハランクブに言った。

「は、はっ!申し訳ありません!」

ハランクブは慌てて謝罪してから、目線を前に移した。
小うるさい主任参謀を黙らせたリリスティは、再び思案を始めた。
(発艦した攻撃隊から、偵察機が向かっているとの情報が入って来た。後で調べた結果、その偵察機の進路は、
ちょうどあたし達の艦隊の進路と重なり合っていた。このままいけば、敵は間もなく、艦隊の上空に現れる。
その時は、上空援護のワイバーンが仕留める。という手筈になっている。だけど、敵も馬鹿じゃない。)
リリスティは、心中で呟きながら、脳裏にある事を思い出す。
アメリカ軍が、レーダーという未知の兵器を使用している事は既に知っている。
このレーダーという兵器は、敵の軍艦に広く使用されているが、最近では飛空挺にも搭載できる小型のレーダーも
前線に出ており、敵の夜間戦闘機は、主翼に搭載したレーダーでワイバーンや飛空挺を捉えて攻撃して来るという。
今の所、アメリカ軍は対飛行物体用のレーダーを使用しているのみで、対艦用のレーダーが登場したという情報は
入って来ていない。
艦隊は、10ゼルド前方に戦闘ワイバーンを展開させて、敵偵察機狩りを行っている。
先のハイライダーは、このワイバーンの警戒網に入り込んだ末に撃墜されている。
敵の偵察機が、艦隊の近くまで接近するまで速度を変えなかった事は、敵がまだ航空機搭載用の対艦レーダーを
積んでいないという証拠になる。
もしレーダーを積んでいれば、艦隊上空にはワイバーンですら対応できぬ程の猛速で突っ切り、通り魔のように
帰って行くだろう。
そして、悠々と敵艦隊発見の報を送っていたに違いない。
(一応、敵の偵察機はレーダーを搭載していない事が分かった。でも、まだ問題はある)
リリスティは内心で結論付けながらも、まだ不安が残っていた。
敵も、偵察機1機が未帰還になった事は既に知っているだろう。どうして未帰還になったかは分からないとしても、
最悪の事態に至った、という事も考えているに違いない。
敵の偵察機が、途中ですれ違ったワイバーンの編隊を見て、近くに艦隊が居る事は察知している筈である。
そうなると、敵は進路を変更して偵察を続行するかもしれない。
要するに、前方から来ると思われていた敵偵察機が、いきなり思わぬ方向・・・・例えば、艦隊の後方から
いきなり現れるという事も考えられるのだ。
(私は頃合い良し、と判断して、300騎のワイバーンを発艦させた。だけど、この300騎のワイバーンが、
いらぬ心配を招き寄せてしまうとは・・・・)
リリスティは内心で呟きながら、せめて、偵察機が前方から接近して来る事を強く祈った。
思案にふけるリリスティをよそに、ハランクブは航空参謀と共に会話を交わしていた。

「それにしても、陸軍は派手にやっておりますなぁ。早くも、敵正規空母1隻を撃沈確実とは。」
「空母の他に、護衛艦にも沈没艦が続出しているようだ。やはり、対艦爆裂光弾と魔道魚雷の投入を待った甲斐があったな。」
「いくら頑丈な米空母といえど、柔らかい下っ腹を抉られてはたまらんでしょうな。」
「陸さんの頑張りに応えるべく、我が海軍も出せる限りの戦力は出し続けねばな。敵機動部隊を壊滅させれば、その分講和への
道のりも近くなる。」

リリスティは、幕僚達の会話を聞いて行くうちに、不快な気持が心中に沸き起こった。
(フン、何が出せる限りよ。あんたらは陸軍のワイバーン隊が被った損害を分かっているの?)
彼女は、幕僚達の後ろ姿を、きつい眼差しで見つめる。
シホールアンル軍は、これまでに計700騎以上のワイバーンを投入し、敵正規空母1隻、駆逐艦7隻撃沈確実。空母1隻、
巡洋艦4隻、駆逐艦5隻を撃破し、敵機200機以上を撃墜したという。
しかし、アメリカ機動部隊の反撃は激烈であり、陸軍は今の時点でワイバーン300騎近くが未帰還となり、100騎が
深い傷を負っているという。
特に、攻撃ワイバーンの損耗率は高く、最初に攻撃を敢行した第21空中騎士軍の攻撃隊は、6割を超える損失を出したという。
(オールフェス・・・・あんたが考えた罠は、見事に当たっているよ。だけど、あんたは予想していたの?
ワイバーン隊に夥しい犠牲が出るという事を。)
リリスティは、脳裏にオールフェスの顔を浮かべる。
亜麻色の長髪がよく似合う美系の優男といった感じ従兄弟は、ここ数年ですっかり変わってしまった。
そんなオールフェスが考えた敵の意表を突く作戦。
それは、確かに画期的な作戦だった。

シェルフィクル地方の航空兵力は、公式には第21空中騎士軍に属する300騎しかなかった。
否、なかった事にされた、というのが正しいであろう。
シホールアンル軍は、この300騎の他に、密かに“幽霊達”を配備していた。
幽霊と呼ばれた者達。その正体は、前線に配備される予定であったワイバーン隊や飛空挺部隊であった。
表面上では、この地方には300騎のみしか居ない事になっていた。
だが、実際に用意された航空兵力は、約1200。
リリスティの艦隊も含めれば、シホールアンル軍は実に、1800以上ものワイバーンや航空機を用意していたのである。
オールフェスが考えていた作戦方針は、敵の分力を大兵力で叩くという物である。
その方針から考えれば、連合軍のスパイ情報に吊り出された敵機動部隊は、まさに極上の獲物であった。

シェルフィクル地方に来襲した敵機動部隊は、アメリカ太平洋艦隊が有する2つの高速空母部隊のうち、最も規模の大きい方の
部隊であり、空母12隻を主力に、多数の護衛艦艇を率いる大機動部隊である。
艦載機の数は、推定で800から900程度。並みの戦力で立ち向かえば、即座に返り討ちにされてしまうほどの規模だ。
だが、シホールアンル側にとって、この大機動部隊を釣り出せた事は、まさに幸運であった。
そして今日、敵がリトカウトに大編隊を送り出してから、罠は本格的に動き出した。
アメリカ機動部隊は、相次ぐ航空攻撃の前に、確実に戦力をすり減らされている。
特に、長い間目標とされて来た米正規空母・・・・それも、まだ新鋭艦の部類に入るエセックス級空母に撃沈確実の損害を
与えられた事は、実に喜ばしい物であった。
リリスティですら、陸軍から知らされたこの情報には、思わず小躍りした程である。
しかし、彼女はある不安を抱え始めていた。
既に米空母が撃沈され、敵の防御力が低下した以上、恐れる物は無い筈だった。
だが、リリスティは感じていた。
発進した航空部隊の被害は、余りにも多すぎた。
作戦開始から半日しか経っていないのに、シホールアンル側は300騎近いワイバーンを失っている。
昨年9月に、米機動部隊を猛攻した第10空中騎士軍も、総兵力の内、約7割もの損失を出して壊滅した事は、まだ記憶に新しい。
(もしかして、あたし達はこの戦いで・・・・・)
不意に、思いがけぬ光景が頭をよぎる。
しかし、リリスティはすぐに打ち消した。
(いや、今は余計な事を考えない方がいい。今はまだ戦闘中。指揮官がこんな所で馬鹿なこと考えていたらいけないわ)
彼女は、邪念を振り払って、この作戦に関する事だけを再び考え始めた。


空母フランクリンから発艦した2機のS1Aハイライダーは、艦隊から南西に270マイル離れた海域に到達した直後、
突如、機上レーダーが艦隊らしき反応を捉えた。

「機長!レーダーに反応があります!艦隊です!」

偵察編隊の指揮官も務める機長のウィルグ・アーヴィング大尉は、やはりかと呟いた。

「敵さんは艦隊を用意していたか。道理でワイバーンの数が多い訳だ。」

「反応からして、敵艦隊は輪形陣を組んでいるようです。やはり、イギリスさんのレーダーは凄いですなぁ。」
「まぁな。しかし、そのレーダーを積んだお陰で、このハイライダーは予定よりもスピードが出せなくなったそうだが。
それはともかく、味方艦隊にこの情報を送ろう。」

アーヴィング大尉は、後部座席の部下にそう言ってから、僚機に無線で話しかける。

「大尉、そちらでも捉えましたか?」
「ああ。バッチリと捉えている。あの雲の向こうには、敵機動部隊が居る。」
「どうします?このまま雲を突っ切って、敵さんのツラを直に見ましょうか?」
「お前はどうしたい?」

アーヴィング大尉は、僚機のパイロットに質問で返す。
僚機のパイロットは、数秒ほど黙考した後、彼に答えた。

「何か、危ないような気がします。」
「危ない?どうしてだい?」
「敵さんもこっちの接近を知っているでしょう。敵は位置を知られたくないから、俺達をワイバーンで撃ち落とそうと
するでしょう。恐らく、あの雲を抜けたら、ワイバーン共に盛大に歓迎されるかもしれませんよ。」
「ふむ。確かに。もしかしたら、雲の中にも何匹か居るかもしれないな。」

アーヴィング大尉は納得したように言ってから、偵察続行か、否かの決断を下した。

「よし、ここは程程に引き返すとするか。おい、艦隊へ報告したか?」
「ええ、バッチリです。今頃、司令部は泡食ってるでしょう。」
「だろうな。」

アーヴィングは頷いた。

「あのワイバーンの数からして、シホット共の正規竜母が居るのは間違いない。連中、サウスラ島を襲いに来た奴らとは
別の竜母を用意してやがったんだ。ハルゼーの親父さんも、今頃は顔を真っ赤にしてるだろう。」

アーヴィングは部下に答えながら、愛機の方向を正反対に向ける。
機首が進行方向とは真逆を向いてから10秒ほど経った時、突然、後方2000メートルほどの雲から7騎のワイバーンが現れた。
たまたま後ろを振り向いていた後部座席の部下は、突然現れたワイバーンに仰天してしまった。

「機長!シホットのワイバーンです!」
「何!?」

アーヴィングも驚いた口調で返したが、体は自然に反応していた。
ワイバーン発見の知らせが入った直後、スロットルを開き、エンジン出力を上げて増速する。

「おい!後ろにワイバーンだ!」

彼は、僚機のパイロットに敵接近を知らせる。その間にも、ハイライダーは加速を続けている。
2機のハイライダーは、巡航速度である380キロから増速し、速度計が一気に上がって行く。
アーヴィング機と部下の機は、共に水メタノール噴射装置を押していた。
ハイライダーの速度が急激に上がる。
機首の2100馬力エンジンは、何かに喜んでいるかのように猛々しく唸り、レーダーや防弾板の追加で重くなった機体を
軽々と引っ張って行く。

「機長!後方にワイバーンです!距離900!」

猛速で迫って来たワイバーンは、ハイライダーをあと少しで射程に捉えようとしていた。
距離はさらに縮まり、彼我の距離は850メートルを切る所まで近付く。
しかし、850メートルまで縮まった距離は、急に広がり始めた。
速度計は570キロ、590キロ、610キロと上がって行く。ワイバーンとの距離は、数秒の内に1100メートルまで
広がったが、ハイライダーは加速を続ける。
速度計が、通常の最高速度である686キロを指すが、加速はまだ続く。
2機のハイライダーは、加速開始から3分程で702キロという最高速度を叩き出した。

「機長!凄いですな!シホットのワイバーン共があっという間に離されちまった!」

「そりゃ当り前さ!なんたって、こいつは最高の機体に最高のエンジンを積んだ傑作機だからな。条件がよっぽど悪くない限り、
奴らのワイバーンに遅れは取らん。まさに、我に追い付くワイバーン無し、ってとこだな!」

アーヴィングは、愉快そうな声音で部下に返した。

「さて、出力を落とそう。」

彼は愛機のスピードを緩めに掛った。
700キロ以上の猛速を叩き出した2機のハイライダーは、徐々にスピードを落とし始め、やがては何事も無かったかのように
巡航速度で母艦への帰投を開始した。


「く・・・・アメリカ人め!」

リリスティは、顔に悔しげな表情を表しながら、小声で呟く。

「敵は機上レーダーで、こっちを探知したようね。見つけていないのなら、今頃は上空のワイバーンに叩き落とされている。
なのに、雲の手前で引き返し始めたという事は、もはや索敵の必要はなくなったという事。つまり、あいつらは任務を果た
したという訳・・・・か。」
「司令官、お気持ちは分かりますが、ハイライダーがこっちを探知したからとはいえ、敵機動部隊が我が艦隊に攻撃隊を
差し向ける余裕は無い、と考えられます。」

ハランクブ大佐は、諌めるような口調でリリスティに言う。

「敵機動部隊は、既に正規空母1隻を撃沈され、もう1隻を大破させられています。その上、陸軍の飛空挺部隊や、
我が機動部隊から発艦したワイバーン隊の攻撃を受けようとしています。この攻撃で、敵は更に損害を被るでしょう。
攻撃が上手くいけば、敵は全ての正規空母を撃沈されるか、あるいは撃破されるかもしれません。そうなれば、
アメリカ機動部隊はずっと、受身の体勢で戦うしか無いでしょう。」
「まぁ、そうかもね。でも、敵が大人しく攻撃を受けるままで居続けるのかな。」

リリスティは府に落ちぬと言わんばかりだ。

「こっちが有利なのは分かる。だけど、あたし達は忘れては行けないわ。」

リリスティは一旦言葉を切り、目線を正面へ向ける。

「あたし達が戦っている相手は、アメリカ海軍。それも、精鋭の誉れ高い高速空母部隊だよ?そんな奴らと戦っている以上、
相手からの反撃は、必ずあると思って良い・・・・いえ、必ず来るわね。」
「必ず、ですか?」

ハランクブは首をひねる。リリスティは鋭い目線で彼を見つけた。

「ええ、必ずよ。あたしが敵の司令官なら、少ない兵力を掻き集めてでも手痛い一撃を食らわせようとするわ。だから、
貴方達も、相手が文字通り全滅するか、完全にこの海域から逃げ出すまでは、決して気を緩めないで。」
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