自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

246 第187話 ハロウィンの夜に轟く砲声

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第187話 ハロウィンの夜に轟く砲声

1484年(1944年)10月31日 午後8時 レスタン領リムクミット

シホールアンル帝国軍第61対空旅団に所属しているウィーク・ヘレンバーノ大尉は、ようやく今日の課業を終えた所であった。

「中隊長、今日はお疲れ様でした。」
「ああ、貴様もな、曹長。」

ヘレンバーノ大尉は、中隊付きの副官であるフィグ曹長に、笑顔で返した。

「しかし、今日は大変でしたなぁ。」
「そうだな。」

フィグ曹長の言葉に、ヘレンバーノは苦笑しつつ、相槌を打った。

「朝っぱらから空襲警報が鳴ったかと思ったら、いきなり100機以上のスーパーフォートレスが飛んで来たからな。
何度見ても、あいつらは怪物そのものだよ。」

彼はそう言ってから、深いため息を吐いた。
レスタン領リムクミットは、レスタン領北西部の沿岸部に位置している。
この地域は、元々広大な森林地帯に覆われていたが、シホールアンル帝国がレスタン全土を制圧した後、この森林地帯を潰して、
そこに鉄道車両製造工場と、武器工場を作った。
この2つの工場は、1477年に完成し、その後、幾度も整備拡張を施されて、今では北大陸でも有数の工場地帯となっている。
そこに、アメリカ軍の主力大型飛空挺であるB-29スーパーフォートレスが大挙して飛来したのである。
このリムクミット工場地帯は、9月頃から段階的にアメリカ軍の戦略爆撃を受け続け、主要な工場を虱潰しに爆撃していった。
今日の空襲でも、武器工場と鉄道車両製造工場が爆撃を受け、武器工場は今日の空襲で文字通り全滅状態となってしまった。
空襲後の後始末は、工場の職員のみならず、付近の防空を担当している対空部隊までもが動員され、日中は破壊された工場の
残骸を回収する作業に追われた。
ヘレンバーノ大尉の所属する第61対空旅団もその作業に参加し、今日のうちに予定の作業を終わらせる事が出来た。

「それにしても曹長。アメリカ人って奴は、本当にしつこいな。」
「ええ。確かにそう思いますよ。」

フィグ曹長は頷きながら、後ろに見える健在な工場群を見つめる。
第61対空旅団は、主に鉄道車両製造工場の防空に当たる部隊として編成されている。
この工場を最初に見た物は、誰もが同じような言葉を発すると言われている。
何故か?
それは……工場が建設された場所にあった。

「こんな、山に囲まれたような工場を、これでもか、これでもかとばかりに狙って来ますからねぇ。上空の気流は、
周囲に立つ山のせいで荒れているのに。5000グレルから爆弾を投下したって、あまり当たりはしませんよ。」
「それなのに、連中は4回もこの工場を爆撃している。今日の爆撃を含めたら、実に5回だな。」
「本当にしつこいですよねぇ。それに、爆弾が当たっても、工場の屋根には耐久度で定評のある、流動石の分厚い層で
覆われていますから、爆発しても威力は軽減できます。アメリカさんからしたらますますやりにくいでしょうね。」
「でも、流石に無傷とまではいかなかったな。」

ヘレンバーノはフィグ曹長にそう言ってから、工場の方に視線を向ける。
第61旅団の対空陣地は、山の頂上か上部にあるため、工場群を見る時は自然に見下ろすような格好になる。
工場の一角で、点灯されているいくつもの光源魔法が一か所に集中されている。
光源魔法が照らされた場所には、半壊した2階建ての幅の広い建物がある。
この建物は、車輪の製造に携わる工場が置かれていた建物で、今日の空襲で爆弾の直撃を受けて破壊されてしまった。

「そういえば、これはさっき、陣地に戻る途中で会ったケルフェラク隊の知り合いから聞いた話なんですが、
スーパーフォートレスの一部には、威力の強い大型爆弾を積んだ機が居たそうです。」
「大型爆弾だと?どれぐらいの重さだ?」
「はぁ…知り合いからの話では、600リギル相当の重量を誇る爆弾が使われたとか。」
「600リギル相当……なるほど。」

ヘレンバーノは納得する。

「その重さなら、あの分厚い屋根もぶち破られるな。」
「確か、天井は400リギル相当の爆弾が直撃しても耐えられる、って言われていましたよね。」
「そうだな。アメリカさんが今まで投下して来た爆弾は300リギル相当の爆弾だったんだろう。しかし、いくら爆弾を
命中させても壊れないから、連中はついに、より破壊力のある爆弾を積んで来たんだ。」
「本当に、アメリカ産は物持ちがいいですねぇ。羨ましいぜ。」

フィグ曹長は、呆れ顔でそう言った。

「アメリカ人共が、物を豊富に揃えて来るのはいつもの事だ。それよりも、俺としては、早く新しい高射砲を作って、
ここに配備して貰いたい物だね。」

ヘレンバーノは、自嘲気味に呟く。
第61対空旅団は、これまでにも、防空区域に幾度もB-29の来襲を受けているのだが、旅団の対空砲は、撃っても
B-29が飛行する高度までは全く届かないため、旅団の将兵達は常に、一方的に施設が爆撃を受ける様を見続けて来ている。
ヘレンバーノは、これが士気に影響するのではないかと、常日頃から危惧していた。

「同感ですよ。」

フィグ曹長が頷く。

「特に、この工場は、前線で使われている装甲列車の生産拠点ですからね。ジャスオ戦線で活躍している第701装甲列車旅団の
車両も、全てがここから作られた物ですし。」
「ここを潰されたら、陸軍の装甲列車部隊は部品、砲身、その他諸々の補給に苦しむ事になるぞ。ここから近い列車製造工場と
言えば、本国にあるリルキミット工場ぐらいだからな。そこから前線までは300ゼルド以上も離れているから、ここが潰された
場合、補給が大変になるぞ。」
「確かに。今の所はまだ、こっちも保っていますけど……ホント、上層部の人達には頑張って貰いたいですねぇ。」
「だな。」

ヘレンバーノは大きく頷いた。

それから5分程、ヘレンバーノはフィグ曹長と共に、世間話に興じていた。

「おっと、もう時間だ。そろそろ帰らないとな。」
「え~、どうせならもっと居て下さいよ。残業しましょう、残業。」

フィグ曹長が勧めて来る。

「馬鹿野郎。今日は帰って寝たいんだ。昨日から仕事でロクに休んでいないから、今日ぐらいはゆっくりさせてくれ。」
「ははは。わかりました。ゆっくりして下さいね。」

曹長は諦めて、ヘレンバーノを解放する事にした。
ヘレンバーノが、机に置いていた鞄を手に取り、中隊本部から出ようとした時、前を駆け込んで来た魔道士に遮られてしまった。

「おおっと!?」
「あ、申し訳ありません!」

危うくぶつかりそうになった魔道士は、頭を下げた。

「どうした?何かあったのか?」
「は、はっ!先ほど、沿岸の監視小屋から緊急の報告が入りました。」

魔道士はそう言ってから、紙をヘレンバーノに渡す。
紙を見る前に、西の空の方から何かの音が聞こえ始めた。

「海上より、未確認機の接近を確認せり、各部隊は充分に警戒されたし。ふむ、今聞こえているあの音が、その未確認機だな。」
「は。恐らくは。」

魔道士が頷きながら答える。

「未確認機か……今日は、本国から飛空挺隊の増援が来るとは聞いていないしな。」

ヘレンバーノは1分程考えてから、顔をフィグ曹長に向けた。

「曹長。全員に警戒配置に付けと命じろ。」
「警戒配置でよろしいのですか?」
「ああ、それでいい。」

ヘレンバーノは即答する。

「あの未確認機は敵機かもしれない。アメリカ機動部隊には、夜間空襲をこなす航空部隊も含まれていると聞いている。
もしかしたら、あいつはそれの先導機かもしれないぞ。」
「わかりました。直ちに配置に付かせます。」
「ああ、急いでやれ。」

ヘレンバーノはそう言ってから、持っていた鞄を再び机の上に置いた。

「曹長。君の思い通り、俺は残業する事になったようだ。」
「ですな。」

曹長は苦笑しながら答えた。

「まっ、面倒くさい仕事はぱっぱと終わらしましょうや。」
「言えてるな。」

ヘレンバーノは当然とばかりに答えてから、深く頷いた。
工場の上空に青白い光が煌めいたのは、その直後の事であった。

10月31日 午後8時15分 第3艦隊旗艦ニュージャージー

「観測機、照明弾を投下しました!」

第3艦隊司令長官ウィリアム・ハルゼー大将は、その声を聞きながら、目標上空で光る照明弾を双眼鏡越しに見つめていた。

「ほほう、うっすらとだが、その下に工場らしき物が見えているぜ。」
「あれが、目標の鉄道車両製造工場ですな。」

側に立っていたロバート・カーニー参謀長が、ハルゼーに言う。

「だろうな。ラウス、お前も見えているか?」
「ええ。見えてますよ。」

ハルゼーの左隣に立っていた魔道参謀ラウス・クレーゲルも、持参して来た望遠鏡でその工場を確認していた。

「今の所、周囲に敵の艦隊はいないようですね。」
「うむ。こっちの読み通りだ。」

ハルゼーは満足気な笑みを浮かべた。

「連中、まさか、頼りにしていたレンフェラルの哨戒網があっさりと破られたとは、露ほどにも思っていないだろう。」

ハルゼーは、ラウスに顔を向ける。

「お前が、レンフェラルの哨戒網に穴が開くと言わなければ、今頃はホウロナ沖でのんびりとしていただろうな。
流石はバルランドでも随一の魔道士。頭が切れる。」
「いや、あれは何と言うか……たまたまタイミングが良かっただけっすよ。それに、魔法通信傍受機のお陰でもありますよ。」

ラウスは、自信なさげの口調でそう謙遜する。

それは、今から2週間近く前の出来事であった。
その日の昼。ラウスは昼食後の散歩がてらに、ニュージャージーの艦内を歩き回っていた。
この時、彼はたまたま、魔法通信傍受機を操作していたミスリアル人の通信兵から声を掛けられ、そのまま話し合いが続いた。
その話し合いの最中に、魔法通信傍受機が立て続けに魔法通信を傍受した。
ラウスはしばしの間、通信兵の仕事ぶりをぼーっと観察していた。
彼は何を思ったか、通信兵が机に置いていた受信文の写しを1枚1枚見、そこで彼は、何かに気付いた。
通信兵が傍受したのは、レンフェラルから発せられる定時連絡や、艦船発見の報告分であったが、その中に、レンフェラルの
交替を示す内容が含まれていた。
彼は通信兵にこの事を伝えると、通信兵はこの事実にやや驚いた後、通信士官にこの事を報告した。
そして、話は通信士官から第3艦隊司令部の通信参謀に行き、最後にはハルゼーの下に行きついた。
この一連の情報を分析した結果、シホールアンル軍は10月27日から31日の間、ホウロナ諸島並びに、ジャスオ領、
レスタン領沿岸の哨戒部隊を配置換えする事が判明し、3日間はホウロナ、大陸沿岸の哨戒網に穴が開く事が分かった。
そこにラウスの説明(レンフェラルの生態や、シホールアンル軍の部隊移動の状況等)も加わった事で、ハルゼーの持ち前の闘争心が、
久方ぶりに沸き起こる事になった。
ハルゼーは情報参謀とラウスの話しを聞いた後、すぐに参謀達を集めるように命じた。
その日の午後2時から開かれた緊急の作戦会議で、ハルゼーはレスタン領北西部沿岸のリムクミット鉄道車両製造工場の攻撃が
可能かどうかを、参謀達に問うた。
それから話はとんとん拍子に進み、10月21日には、第3艦隊司令部から太平洋艦隊司令部に対して、リムクミット攻撃の
作戦案が提出された。
太平洋艦隊司令部では、この作戦案を許可するか否かでかなり揉めたものの、最終的には海軍作戦部長のキング提督が了承した事で、
作戦開始が決定された。
10月27日。第3艦隊は、戦艦アイオワ、ニュージャージー、軽巡洋艦ナッシュヴィル、ヘレナ、サンタ・フェ、デンバー、
駆逐艦16隻を主軸とする新編成の第38任務部隊第7任務群と、空母エセックス、ボノム・リシャール、ランドルフ、
インディペンデンス、サンジャシント、巡洋戦艦コンステレーション、重巡洋艦ニューオリンズ、軽巡洋艦モントピーリア、
クリーブランド、サンディ・エゴ、駆逐艦20隻を主軸とする第38任務部隊第2任務群の2つに編成され、一路、レスタン沿岸へ
向かった。
今回の作戦では、敵の制海権内に進入しての急襲作戦であるため、参加する艦艇は全てが30ノット以上の速力を発揮できる
快速艦艇である。
機動部隊には、本来、ノースカロライナ級やサウスダコタ級といった戦艦も含まれるのだが、これらの艦は28ノットの
速力しか出せぬため、万が一、敵艦隊に追撃された場合、迅速に離脱出来ぬ可能性がある。

その点、アイオワ級戦艦30.5ノットという快速を誇る高速戦艦であり、砲戦力から見ても、目標に痛打を与えるには
申し分無かった。
リムクミット攻撃部隊は、TG38.2をガーディアン、TG38.7をアタッカーというコードネームで呼び、
互いに30マイルの距離を置きながら、哨戒網の穴を突き進んでいった。
そして10月31日、午後8時。リムクミット攻撃部隊の主力であるTG38.7は、目標から僅か8マイル(12キロ)
という至近距離まで迫る事が出来た。

アタッカー隊は、前方に楔形に配置した6隻の駆逐艦を先頭にし、その背後にアイオワ、ニュージャージーを据えている。
2隻の戦艦の左右にはそれぞれ2隻ずつ、計4隻の軽巡洋艦が配備され、その後方から10隻の駆逐艦が続く。
アタッカー隊の現在の速力は18ノットである。
その主力を担うアイオワ、ニュージャージーは、照明弾に照らされた目標に対して、9門の48口径17インチ砲を向けて行く。
ラウスは、艦橋前のスリットガラスから、駆動音が鳴らせながらゆっくりと旋回していく、6門の17インチ砲をじっと見据える。

「ラウス。聞く所によれば、あの工場の屋根はかなり頑丈に作られているようだが。アイオワとニュージャージーの砲撃で、
屋根を貫く事は出来ると思うか?」

ハルゼーは、徐にラウスに聞いた。

「出来ますよ。」

ラウスは即答する。

「B-29の2000ポンド爆弾で屋根は貫通出来たんです。爆弾よりも重く、しかも、速いスピードで飛ぶ17インチ砲弾なら
朝飯前じゃないですかね。」
「朝飯前か……確かにな。」

ハルゼーはニヤリと笑った。

「長官、アイオワより受信。我、発砲準備完了。」

後ろに控えていた通信参謀が、ハルゼーに伝える。

「ニュージャージーも発射準備を終えました。いつでも射撃を開始できます。」
「よろしい。アイオワのリーに伝えろ。攻撃開始、とな。」
「アイアイサー。」

通信参謀は頷くと、通信士官にハルゼーの言葉を伝える。
それから5秒後に、アイオワが発砲を開始し、次いで、ニュージャージーも主砲を撃ち放った。
発砲の瞬間、3基ある3連装砲塔のうち、それぞれの1番砲から巨大な発砲炎が吹き出した。
ラウスは、3門の17インチ砲の射撃によって、艦内がビリビリと震えるのが分かった。
しばし時間が経ってから、陸地の方で弾着の爆炎と思しき光が浮かびあがる。

「観測機より入電。アイオワ第1射、初弾命中。ニュージャージー第1射、近弾。」
「ほほう、またもやアイオワが初弾命中を出したか。」

ハルゼーは報告を聞くなり、したり顔で呟く。

「前回行われた、要塞に対する艦砲射撃でも、アイオワが初弾命中を出している。アイオワの艦長は、普段から乗員を
しごいているようだから、錬度はこのニュージャージーよりも上かもしれんぞ。」
「その通りですな。」

カーニーが相槌を打った。

「でも、ニュージャージー乗員の腕前も相当な物だと、私は思いますぞ。」
「そこの所は俺も分かっているさ。先の要塞攻撃では、アイオワとニュージャージーのコンビで上手く目標を潰せたからね。
今回も先と同様に、上手く事が運ぶだろう。」

ハルゼーが言い終えた瞬間、ニュージャージーが第2射を放つ。3門の砲身から砲弾が弾き出され、それが大気を裂いて
目標に向かって行く。
ニュージャージーの射弾が降り注ぐ前に、アイオワの第2射弾が標的に突き刺さる。

3発中、2発が手前の海に落ちたが、1発が台形状の石造りの広い建物に命中し、一瞬にして粉砕された。
その次にニュージャージーの射弾が落下して来る。3発中、1発は南側の山の斜面に落下して炸裂したが、2発が港に命中し、
その場に山積みにされていた材料の入った木箱や、倉庫が一瞬にして吹き飛ばされた。

「アイオワ、第2射命中弾あり。ニュージャージー、第2射命中弾あり。」

無線機のスピーカーから、観測機を務めるアベンジャーのパイロットの声が響く。

「長官、この通りです。ニュージャージーもアイオワに負けまいとしていますよ。」
「ああ、本当に良い腕前だよ。俺はてっきり、ニュージャージーに居たベテランの何人かが新造艦のモンタナに取られたから、
少し腕が落ちたかなと思っていたが……それは杞憂に終わったようだな。」
「CICに居る艦長も、今頃は満足しとるでしょう。」

ラウスは、ハルゼーとカーニーの会話を耳にしながら、弾着によって火災を起こした陸地を、双眼鏡越しにじっと見据える。

「こっからじゃ見え辛いけど……一応、建物が燃えているのが分かるなぁ。」

陸地の工場群は、火災の影響で、おぼろげながらもその姿を表している。
工場は大部分が平らな屋根だが、所々には台形状の屋根もある。
建物の中には、煙突と思しき物や、幾らか背の高い建物も見受けられる。
(確か、あの工場は、森林地帯を潰して作られたと聞いている。シホールアンルは、あそこで装甲列車を始めとする鉄道車両を
作っているようだ。ここが完全に破壊されたら、前線で暴れている連中の装甲列車は思うように動けなくなるだろうな……)
ラウスは心中でそう呟く。
ニュージャージーの各3番砲が火を噴き、再び猛烈な轟音が、海上に響く。
この時、陸地から光源魔法の白い光が艦隊に伸びて来た。

「長官、敵がサーチライトを点灯して来ました。どうやら発見されたようです!」
「敵が反撃して来るな。」

ハルゼーは、小声で一言呟く。彼の言う通り、陸地から発砲炎が明滅し、艦隊に砲弾が降り注いで来る。

発砲炎は、沿岸のみならず、山の頂上からも見える。敵が砲撃を開始してから少し間を置いて、艦隊の右側に幾つ物水柱が噴き上がる。
それに対して、アイオワ、ニュージャージーの右側700メートルの位置に展開していた、軽巡洋艦のナッシュヴィルとヘレナが砲門を開いた。

「ヘレナ、ナッシュヴィル、撃ち方始めました!」

見張りの声が艦橋に響く。
2隻の軽巡洋艦は、敵の沿岸砲に対して、初めから斉射を放って応戦する。
沿岸砲の砲手は、突然現れたアメリカ艦隊の姿に狼狽しつつも、大事な工場を守るべく、必死に大砲を撃つ。
この時、工場の試射場には、ちょうど完成したばかりの装甲列車が3両おり、搭載された8ネルリ砲(約20センチ)列車砲を装備していた。
列車砲の兵士は、アメリカ艦隊の工場破壊を阻止するために、まずは一番手前の軍艦に対して砲を撃ち放った。
この一見、勇敢にも思える行動が、この完成したばかりの列車砲の運命を決定づけた。
列車砲を撃った兵士達は、手前の軍艦が、海軍で恐れられているあのブルックリン級軽巡洋艦であるという事を知らなかった。
一際大きな発砲炎を不審に思った2隻の巡洋艦の艦長は、砲門を工場の一際大きな長方形状の建物に向け、斉射弾を叩き込んだ。
最初の斉射弾が、発砲炎のあった工場に命中したと確認するや、すぐに6秒置きの速射に切り替える。
試射場の建物に30発もの6インチ砲弾が降り注ぐ。
この斉射弾で早くも1両目が破壊された。シホールアンル兵が、新造したばかりの装甲列車を失った事によって、悲嘆にくれる暇も無く、
新たな斉射弾が降って来る。
6秒置きに放たれる斉射弾は、弾着の度に試射場の列車や、機材を吹き飛ばし、調整に使う貴重な工作器具や、建物の壁や屋根を叩き壊して行く。
ある1発は、装甲列車の8ネルリ砲搭載車に命中した。
その瞬間、列車内の弾薬庫に入っていた予備の砲弾が誘爆し、陸戦では頑丈に戦える様に施された装甲が、内側からの圧力によって
呆気なく弾け飛んだ。
別の1発は、砲を釣り下げるクレーンに命中した。
クレーンは根元から叩き折られ、本体部分が装甲列車に倒れ込み、金属的な叫喚を上げて屋根に食いこんだ。
ナッシュヴィルとヘレナが第6斉射を放った時には、試射場に居た3両の装甲列車は、その施設ごと破壊しつくされていた。
両艦が沿岸砲を相手取っている時、アイオワとニュージャージーは6度目の交互撃ち方を終えていた。

「長官、ただ今より一斉撃ち方に入ります。」
「了解。」

カーニーの報告に対して、ハルゼーは素っ気なく答える。

9門の17インチ砲は、斉射の準備のため、しばしの間沈黙する。前方のアイオワも同様だ。
(さて、本番はこれからだな)
ラウスは、右に向いた主砲を、横目でチラリと見てからそう思った。
斉射のブザー音が2度鳴った。ニュージャージーの前方を行くアイオワが、先に斉射弾を放つ。
その次の瞬間、ニュージャージーが第1斉射を放った。
戦艦の斉射は、9門の砲が一斉に撃つ訳では無く、1番砲が発砲してからほんの僅かな間の後に2番砲、そして3番砲と放たれる。
戦艦の乗組員は、慣れて行けば斉射音がずれているなと分かる。
ラウスも最近になって、ようやく分かってきたが、それでも、斉射の時の衝撃は、交互撃ち方時の物とは比べ物にならない。
まるで雷が間近で落ちたかのような大音響が鳴り響き、57000トンの艦体が、微かに左舷側に傾いた、と思われる程に揺れる。
右舷側海面は、発砲の瞬間、真昼のような明るさに包まれた。
アイオワ、ニュージャージーから放たれた18発の17インチ砲弾は、目標を正確に刺し貫いた。
それまでの交互撃ち方で、工場の沿岸部分はあちこちから火の手が上がっていたが、そこに18発の大口径砲弾が降り注いだ事で、
被害は急激に拡大した。
高高度から降り注いだ1000ポンド爆弾の直撃にも耐えた分厚い天井は、音速の2倍以上の速度で殺到した18インチ砲弾
によってあっさりと穴を穿たれる。砲弾は工場内部に突入し、床に突き刺さった。
砲弾はそこで爆発エネルギーを解放し、着弾地点の周囲にあった様々な物を瞬時に粉砕する。
沿岸側の工場は、この第1斉射で既に破壊された試射場を含む、全敷地内の2割が損害を被った。
より火勢が増した工場群に対して、第2斉射弾が降り注いで来た。
無傷で残っていた工場に砲弾が突き刺さり、爆発で分厚い天蓋があっさりとまくれ上がり、側面が爆風で吹き飛び、隣の施設に二次被害を与える。
アイオワ、ニュージャージーは、第3斉射、第4斉射と、40秒置きに9門の17インチ砲を撃ち放って行く。
本来ならば、アイオワ級戦艦の主砲は、35秒置きに斉射が出来ると言われているが、それはカタログスペックを見ただけで言われた物であり、
実際には40秒から45秒、間隔を詰めても38秒で1斉射が最適であると、現場では判断されている。
TG38.7を率いているウィリス・リー中将は、事前の打ち合わせで斉射に移行後は、40秒置きで斉射を続行するとアイオワ、ニュージャージーの
艦長に伝えたため、2隻の戦艦はきっかり40秒置きに斉射弾を放っていた。

「長官、工場群の火勢が強くなってきましたな。」

カーニーがハルゼーに言う。

「17インチ砲弾は、連中自慢の頑丈な屋根を、見事に貫いているようだな。」

ハルゼーはしたり顔で、カーニーに返した。

「まっ、設計者も、まさか戦艦の砲弾を撃ち込まれるとは思ってもみなかっただろうから、これは当然の結果だ。この調子で行けば、
1時間以内には工場を壊滅させられるだろう。」

彼は、カーニーにそう言ってから、視線を陸地に向ける。
工場の火勢は急速に拡大しているのか、先ほどよりも火勢が強まっているように見える。

「火の回りが早い……可燃物が収められている倉庫でも吹っ飛ばしたんすかね。」
「そこの所は分からんね。」

ラウスの何気ない呟きに、ハルゼーが相槌を打つ。

「しかし、砲の発射試験も行えるこの工場には当然、弾薬庫もあるだろうから、それが誘爆して火の回りが早くなったのだろうな。」

ハルゼーは、単調な口ぶりでラウスに言う。
右舷側で交戦していた、ヘレナとナッシュヴィルが、唐突に発砲を止めた。
カーニーの下に通信参謀が何かを伝える。カーニーは頷いてから、ハルゼーに顔を向けた。

「長官、巡洋艦部隊より通信です。我、敵砲台の制圧に成功せり。」
「ほう、敵の反撃を潰したか。流石は海軍自慢の早撃ちガンマンだ。」

ハルゼーは満足気な表情を浮かべつつ、右舷側を航行する2隻のブルックリン級軽巡に目を向けた。
敵の砲台は、専らヘレナとナッシュヴィルを狙ったため、2隻の軽巡は艦体のあちこちに敵弾を受けていた。
ヘレナは7発、ナッシュヴィルは9発を受け、共に火災を起こしていたが、15門の47口径6インチ砲は無事であり、
損傷自体も小破レベルに留まっていた。
前方のアイオワが、右舷側を発砲炎で染め上げてから2秒後に、ニュージャージーが第5斉射を放つ。
艦橋から見える6門の主砲から紅蓮の炎が吹き出し、大音響を上げて砲弾が叩き出される。
何度経験しても慣れない衝撃が、ハルゼーを始めとする第3艦隊幕僚に伝わる。
(しかし、相変わらず凄いもんだ……俺が魔法学校の座学で習った、最大級の攻撃魔法が頼り無く思えるなぁ……
あのうざかったスパルタ教師にこれを見せたら、一体どんな顔をするかねぇ)
ラウスはそう思いながらも、改めて17インチ砲の凄さを実感した。

幾度目かになる大音響が下界の工場で鳴り響く。
中隊の指揮所で、ヘレンバーノ大尉は、1つの建物が飛来して来た大口径砲弾によって、文字通り粉砕される様子を
信じられない思いで見つめていた。

「何てこった………工場の関係者達が頑丈だ、頑丈だ、と自慢しまくっていた屋根が、いとも簡単に吹き飛びやがったぞ!」
「中隊長!ありゃ、戦艦の大口径砲弾ですよ!それもとんでもない大きさの奴です!」

フィグ曹長が、上ずった口調でヘレンバーノに言う。

「くそ、沿岸砲台の穀潰し共は何やっているんだ。さっさと追い返せよ!」

一向に敵を追い返せないでいる沿岸砲台を、ヘレンバーノは腹立ちまぎれに罵った。
そこに、状況把握のために情報収集を行っていた魔道士から報告が伝えられた。

「大変です!敵の反撃で、沿岸砲台が全滅した模様です!」
「な……全滅だと…?」
「はっ!既に、沿岸砲台からは連絡が途絶えています!」
「敵は?敵はどうなっている!?」
「敵の状況については、今しがた偵察班から報告が入りましたが、敵には目立った損害は与えていないようです。なお、敵艦隊には
ブルックリン級巡洋艦と思しき艦も含まれるとの事です。」

魔道士が報告を終えた瞬間、工場の敷地内でまたもや連続爆発が起こった。

「くそ、また敵戦艦の砲弾が降って来たぞ。このままじゃ、工場は壊滅」

ヘレンバーノは、途中で眼前に広がった眩い光によって、言葉を遮られた。

「う……!」

彼は咄嗟に右腕で目を覆う。

その直後、今までに聞いた事の無い、猛烈な爆発音が鳴り、指揮所が地震もかくやと言わんばかりの
衝撃で激しく揺さぶられた。
ヘレンバーノは転倒し、背中を思い切り打ちつけ、一瞬気を失った。
気が付くと、彼はフィグ曹長に起こされていた。

「中隊長!しっかりして下さい!」
「……ん…ぐ…!」

ヘレンバーノは咄嗟に起きようとしたが、後頭部に痛みが走り、頭がグラリと揺れる。

「頭が……」
「中隊長、ゆっくりと起きて下さい。さっきの衝撃で中隊長は派手に転んで、頭と背中を打ってますからね。」
「そうか……どうりで頭と背中が痛い訳だ。」

ヘレンバーノはそう返しながら、我ながら情けないと思った。
その瞬間、またもや敵の大口径砲弾が落下して来た。
砲弾が炸裂した後、指揮所の床が揺れ動く。
先程の猛烈な揺れと比べて、あまり大きくはない。

「そうだ…さっき、やたらにでかい爆発音が響いていたな。曹長、あれは何が爆発した音だ?」
「中隊長、さっきの爆発は、弾薬庫の誘爆によって引き起こされた物です。敵戦艦の砲弾は、丁度、砲弾製造工場の
辺りに落ちたようです。」
「砲弾製造工場……おい、確か、その辺りは、流動石がより厚く敷固められていると聞いたが。」
「ええ。弾薬庫の方は特に防備が固く、戦艦の15ネルリ砲弾にも耐えられると言っていましたね。」
「確かそうだった。火災が起きない限りは安全だと言われていたのに……」

ヘレンバーノはそこまで言ってから、絶句する。
アメリカ軍の戦艦の中で、15ネルリ相当か、それ以上の主砲を持つ戦艦は、ノースカロライナ級とサウスダコタ級しか居ないと、
1か月前までは言われていた。
しかし、つい最近になって、ノースカロライナ級とサウスダコタ級を遥かに凌駕する巨大戦艦が、既に配属されたと伝えられている。

上層部はそれだけしか教えず、ただ、その新鋭戦艦がアイオワ級と呼ばれる、とだけしか伝えられていない。
ヘレンバーノをも含む旅団の将兵は、そのアイオワ級の具体的な性能は余り知らなかった。
だが、海軍にも知己が居ると言われているフィグ曹長は、その友人から、アイオワ級に関してやや詳しい情報を聞き出していた。

「ちゅ、中隊長!沿岸の偵察部隊より追申!」
「何だ?」

ヘレンバーノは、痛みに耐えつつ、ゆっくりと体を起こしながら魔道士に聞く。
魔道士は、先の爆発の影響か、すっかり怯えきっていた。

「砲撃を行っている戦艦は、新鋭のアイオワ級戦艦と思われる!尚、敵戦艦は2隻を確認!尚も砲撃を続行中、であります!」
「アイオワ級が2隻だと……!?」

今度はフィグ曹長が仰天した。

「そんな……あんな化け物戦艦が2隻も居るなんて……」
「お、おい、どうした曹長?」

ヘレンバーノは、愕然とする曹長に慌てて声を掛ける。
その時、またもや敵戦艦の主砲弾が落下して来た。爆発音が轟き、下の工場から更に火勢が上がる。

「中隊長。この工場はもう……終わったも同然ですよ。」
「な、何を言う!」

ヘレンバーノは声を張り上げた。いつもは冷静沈着で、頼りになる曹長が、今だけは妙に弱気だ。
(は……思い出した。確か、フィグ曹長は、南大陸で実戦を経験していたな。)
ヘレンバーノは、内心で曹長の戦歴を思い出す。

「中隊長、あのアイオワ級戦艦は、今年の7月に、北ウェンステル北部にあったウェンカレル要塞攻撃に参加していると聞きました。」
「ウェンカレル要塞……あの有名な。」

「はい。」

フィグ曹長は頷いた。

「ウェンカレル要塞は、外見は古めかしいですが、非常に強固な要塞で、アメリカ軍の重爆撃を受けても尚も健在でした。
しかし、そのウェンカレル要塞も、2隻のアメリカ戦艦の艦砲射撃を受けて、あっという間に壊滅しました。その時の戦艦が、
あのアイオワ級です。」
「アイオワ級……」
「中隊長、あのアイオワ級は、マオンド共和国との戦いでも、マオンドの新鋭戦艦を圧倒したとも言われています。
自分の弟が言っていましたが、もしかしたら、アイオワ級戦艦の主砲は、16ネルリ砲以上かもしれないと。」
「16ネルリ以上……?そんな、馬鹿な。」

ヘレンバーノの口から、自然に否定的な言葉が出て来る。
その刹那、主砲弾の弾着に、再び床が揺れ動いた。その衝撃は、大口径砲弾特有の物だ。
ヘレンバーノは、着弾した主砲弾がフィグ曹長の言葉を肯定しているように思えた。

「畜生め……どうして…こんな事に…海軍は何をやっていたんだ。」

彼は、呻くような口調でそう呟いた。

アイオワ、ニュージャージーの艦砲射撃は、工場の弾薬庫が誘爆を起こした後も続けられた。
ある砲弾は、装甲列車の組立工程を行う施設に命中した。
この施設には、他と同様に300リギル爆弾の直撃にも耐えられるような防備が施してあったが、17インチSHSは、
その頑丈な屋根を容易く突き破り、装甲列車の車体に食いこんでから炸裂した。
爆発の瞬間、装甲を取り付けられ、完成間近であった装甲列車の車体が、真っ二つに引き千切られ、工場内には夥しい
破片が飛び散った。
別の砲弾は、装甲列車に搭載する砲を製造する工場に着弾する。
3発の17インチ砲弾は工場内に突入した後、砲身や、作業に使われる工具類等を滅茶苦茶にたたき壊しながら床に突き刺さり、
そこで炸裂する。

爆発の瞬間、作業台に所狭しと並べられていた6ネルリ砲や8ネルリ砲がブリキ細工よろしく吹き飛ばされ、一本の砲身は工場の
ガラスを突き破り、外に吹き飛んでしまった。
艦砲射撃を開始してから20分が経ち、アイオワとニュージャージーは一旦射撃を止めた。
そして、回頭を行った後、艦砲射撃を再開した。
その時には、既に工場の4割に当たる施設が全壊、並びに半壊しており、沿岸部はほぼ壊滅状態に陥っていた。
これだけでも、本来の工場としての機能は失われているが、アメリカ軍はそれでも、容赦しなかった。
今度の艦砲射撃は、主に内陸部に近い工場が狙われた。
2隻の戦艦が斉射弾を放つ度に、確実に工場の施設は破壊されていく。
とある斉射弾は、それまで奇跡的に残っていた、列車搭載用の魔法石を保管する施設に命中した。
この施設には、他の施設と比べて400リギル相当の爆弾にも耐えられるような防備が施されていたが、1.4トンもの重量を持つ
17インチSHSの前には無力であった。
天井を貫通した17インチ砲弾は、巨大な保管容器に入っていた魔法石を、その容器ごと叩き割ってから炸裂し、周囲にあった
魔法石が瞬く間に吹き飛ばされた。
別の斉射弾は、列車の車体部分を作る工場に命中する。
数発の17インチ砲弾がまとまって着弾し、炸裂した瞬間、縦に並べられていた2両の列車は木端微塵に吹き飛ばされ、車体を
作っていた工具や工作機械も一緒くたに破壊される。
爆発エネルギーは、この施設自体を支える支柱をも破壊し、爆発から3秒後に、車体製造施設は音を立てながら崩壊してしまった。
装甲列車製造に必要な個所は、1つ、また1つと、次々に破壊され、工場はもはや、壊滅したも同然であったが、それでも、
アイオワとニュージャージーは砲撃を止めなかった。
2隻の巨艦が放つ17インチ砲弾は、燃え盛る工場に延々と降り注いでいった。
ヘレンバーノは、工場から噴き出る煙にむせながら、工場が破壊されていく光景を、成す術も無く見守り続けた。

南北に3キロ、東西に2キロという巨大な規模を誇る工場が灰燼に帰したのは、それから20分後の事であった。

午後9時20分 第3艦隊旗艦ニュージャージー

戦艦アイオワ、ニュージャージーを主力とするアタッカー隊は、午後9時10分には艦砲射撃を終え、針路を南に向けて避退を開始していた。
ハルゼーは、艦橋の張り出し通路から、斜め後方に見えるオレンジ色に照らされた陸地を見つめていた。

「敵の工場が燃えていますね。」

ハルゼーの隣で、同じ場所を見つめていたラウスが口を開いた。

「あの様子じゃ、もう使い物にならんな。」

ハルゼーは、冷静な口調でラウスに言う。

「アイオワとニュージャージー合わせて、800発もの砲弾を叩き込んでいる。控え目に見積もっても、工場施設の約半数は
確実に破壊しているだろう。もし、半数が艦砲射撃で生き残ったとしても、発生した火災によって、被害は拡大するだろうから、
実質的には全滅したも同じだ。」
「……となると、シホールアンル軍は、ここを失ったために、前線に配備している装甲列車への補給や整備がやりにくくなりますね。」

ラウスの言葉に、ハルゼーは2度頷く。

「これで、陸軍さんを苦しめていた装甲列車も、少しは大人しくなるだろうよ。陸軍の知り合いから聞いた話だが、敵の装甲列車は
神出鬼没で、現れたら派手に大砲を撃ちまくるようだ。だが、やや遠いとは言え、一番近い所にある拠点を失った今、奴らもおいそれと
出られなくなる。」
「確かに……整備拠点を失った今、以前のように大砲を撃ちまくれば、当然整備が必要になりますからねぇ。ここを失った以上、
本格的な整備を受けるには、わざわざ本国に行かなければならない。」
「そうだ。ここが潰れれば、必然的に、前線で使える車両が激減し、防御力も弱くなる。陸軍航空隊の連中が、執拗にここを爆撃した意味が、
今では良く分かるよ。」

ハルゼーは、神妙な顔つきにながら、そう言い放った。
不意に、遠くからドォーンという音が響いて来た。

「工場の方で、また誘爆が起きたようですね。」
「ああ。まるで断末魔の叫び声だな。」

ハルゼーは、眉をひそめながらラウスに言う。
ふと、彼はある事を思い出した。

「そういえば、今日はハロウィンだったな。」
「ハロウィンというと、前にハルゼーさんが言っていたアメリカのイベントですね。」
「ハロウィンのイベントは、アメリカだけじゃなくて、ヨーロッパの国々でも行われていた物なんだが、今頃は、本国のあちこちで、
子供達が近所の家々に行ってお菓子をねだっている頃だろうなぁ。」
「トリック・オア・トリートと言いながらですか。」
「そうだな。」

ハルゼーは微笑む。

「まっ、俺達もこうして、派手にハロウィンを祝った訳だが。」
「ハロウィンを祝った……ですか。」

ラウスはそこまで言ってから、ハルゼーの言わんとしている事を理解出来た。

「俺達のやった事は、トリック・オア・トリートならぬ、ピース・オア・キャノンだな。」
「ピース・オア・キャノン?」
「ああ。平和をくれなきゃ、大砲をぶっ放すぞ、という意味だ。まっ、俺の口から出た、下らん戯言だが。」

ハルゼーはそう言ってから、高々と笑った。
(平和をくれなきゃ、大砲をぶっ放すぞ……か。ホント、アメリカ人は物騒だなぁ)
ラウスは、殺伐とした雰囲気には似合わぬ、のんびりとした心境でそう思ったのであった。
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