第188話 それぞれの決意
1484年(1944年)11月2日 午前8時 カリフォルニア州サンディエゴ
この日、サンディエゴの太平洋艦隊司令部では、ニミッツを除く司令部幕僚達が作戦室に集まっていた。
太平洋艦隊参謀長であるフランク・フレッチャー中将は、通信参謀から渡された書類を見つめながら、苦笑いを浮かべていた。
「いやはや……流石はブル・ハルゼーだ。あれだけでは物足りなかったと見える。」
「まさか、ガーディアン隊…TG38.2の艦載機をも動員するとは、思いもよりませんでした。」
情報主任参謀エドウィン・レイトン大佐も、複雑そうな笑みを浮かべて、フレッチャーに言う。
「しかし、これでシホールアンル側は、レスタン領の警備をより厳重にするでしょう。今後は、今回のような、敵の意表を
ついた奇襲作戦は出来ないでしょうなぁ。」
「第3艦隊の奇襲部隊が無事に逃れられたのは、敵の航空戦力が足りなかった事が主な原因でしょう。」
航空参謀のウィンクス・レメロイ大佐も口を開く。
「ガーディアン隊とアタッカー隊は、共に1度ずつ航空攻撃を受けていますが、来襲した敵ワイバーンはせいぜい200騎
足らずで、何騎かは輪形陣内部に侵入して投弾を行っていますが、損害は全くと言って良い程ありませんでした。
TG38.2の空母のうち、軽空母2隻とエセックスは、艦載機を一時的にとはいえ、全て戦闘機のみで編成しており、
防空能力は通常と比べてかなり向上しておりました。」
レメロイ大佐は、ここで声のトーンを落とす。
「しかし、これでも、敵の大規模……それも、4、500機以上もの航空攻撃を仕掛けられれば、レビリンイクル沖の悲劇のような
事態に陥った可能性はあります。今回も、一部の空母がオールファイターキャリアとして参加したのにもかかわらず、輪形陣への
突破を許しておりますから。」
「ふむ。まだまだ、課題は尽きぬな。」
フレッチャーはそう言ってから、ゆっくりと頷いた。
「とはいえ、大西洋艦隊のマッケーン提督が考えたオールファイターキャリアがなかなか使えるという事が、これで分かった。
問題は尽きないが、その半面、得た成果も大きかったな。」
「ええ、その通りですね。」
レメロイ大佐も頷く。
その時、作戦室のドアが開かれた。
「おはよう諸君。」
「おはようございます。長官。」
入室してきたのは、太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ大将である。
幕僚達は、異口同音に同じ挨拶を返した。
「皆揃っているようだな。それでは、始めるとしようか。参謀長。」
ニミッツは、机の前に立ってから、参謀長であるフレッチャー中将に声を掛ける。
「それでは、一昨日以降に行われた、第3艦隊の作戦行動に関する報告をお伝えします。」
フレッチャーは、自分の目の前に置かれている書類に目を通しながら説明を始める。
「まず、TG38.7が行った、シホールアンル側の列車製造工場に対する艦砲射撃の結果ですが、アイオワ、ニュージャージーは
計890発の17インチ砲弾を撃ち込み、工場の壊滅に成功しています。」
10月30日の夜間に行われたアタッカー隊(TG38.7)による艦砲射撃は、1時間余の砲撃で敵の工場施設の大半を破壊する事が出来た。
第3艦隊司令部は、攻撃終了後に
『我、アイオワ、ニュージャージーの艦砲射撃を敢行、効果甚大。工場の完全破壊に成功せり。』
という電文を、太平洋艦隊司令部に送っている。
その翌日には、陸軍航空隊のF-13偵察機(B-29の偵察型)が、高高度からの偵察によって、工場施設の7割以上が損害を
受けている事を確認しており、第3艦隊は見事に任務を成し遂げている。
「翌日に行われた、陸軍機の偵察でその事は裏付けられています。」
「この列車製造工場は、シホールアンル陸軍の装甲列車部隊の後方拠点として使われていたと聞いている。敵の装甲列車部隊は、
ここをやられた事で、通常の作戦に大きな支障を来すだろうな。」
「はっ。その通りであります。」
フレッチャーが相槌を打つ。
「ハルゼー部隊は、翌1日にはレスタン領中西部の港を艦載機で攻撃し、ここの港に停泊していたシホールアンル軍艦艇、並びに
軍港施設に損害を与えています。1日の午後からは、戦艦部隊と機動部隊に敵の航空部隊が襲って来ましたが、戦闘機の迎撃と、
艦隊の対空砲火のお陰で、損害は戦艦ニュージャージーに直撃弾2発、空母エセックスに被弾1、至近弾2、駆逐艦3隻に
至近弾1ずつの被害で済んでおります。ちなみに、エセックスに投下された爆弾ですが、これは不発弾であり、実質的な損害は
飛行甲板の右後部に穴が開いただけに留まり、この穴も、応急修理によって塞がれています。」
「ふむ…損害はほぼ皆無に近いな。しかし、ハルゼーも無茶してくれるな。」
ニミッツは、幾らか困ったような表情を浮かべる。
「敵側の配置が魔法通信傍受機で分かるとはいえ、予定の無い軍港空襲までやらかすとは。」
「長官。私から見れば、ハルゼー提督のこの判断はやや誤りであったと思います。」
レイトン大佐が、厳しい表情を浮かべながらニミッツに言う。
「今回は事前に敵の航空戦力が少なかった事と、新戦術を試した事で、艦隊の損害は少なくて済みましたが、司令官の命令変更で
攻撃目標を勝手に決めるのはいかがなものか?と思います。」
「ミスターレイトン、君の言う事は良く分かるよ。」
ニミッツも当然とばかりに頷く。
「ハルゼーの判断は、確かに良く無い。もし、敵の航空部隊がもっと大規模だったら、損害も大きかったかもしれない。
ここの所は考えものだから、後で私がハルゼーに注意しよう。」
ニミッツはそう言ってから、机に広げられている地図を見つめ、レスタン領に右手の人差し指を向けた。
「ただし、それは単に、戦術的な面での話だ。戦略的に見れば、工場の破壊と、艦載機による軍港の襲撃は、我々にとって
大きなプラス。そして、敵にとっては大きなマイナスとなる。」
「……被占領国の民意を気にするシホールアンルにとっては、戦略爆撃機のみならず、艦載機の攻撃までもを受けた事は、
確かにマイナスになりますな。」
レイトンは複雑な表情を浮かべつつも、納得する。
「ハルゼーは、確かに自分勝手な判断で艦載機を差し向けたが、よくよく考えると、この予想外の攻撃は、連合軍にとって
大きなプラスとなる。独断専行も、やり方次第では良き戦略と言えるのだよ。」
ニミッツは満足気な表情を浮かべた。
「ハルゼーは最近、昔の猪突猛進さを出しつつも、意外と考えが巡るようになっている。もしかしたら、ビルはレスタン領の住民達に、
シホールアンル支配はもうすぐで終わるぞ、というメッセージを、あの予想外の空襲で伝えたかったのかもしれん。」
「なるほど、それで、あの無茶ともいえる軍港の空襲を……」
レメロイ航空参謀が納得したように言う。
「とはいえ、独断専行は時と場合によるからな。ハルゼーには、私の方から直接注意しよう。」
ニミッツは、最後は幾らかきつい口調でレイトンに言う。
「それにしても、艦隊の損害が僅少で済んだのは幸いだったな。」
「はっ。マッケーン提督が、大西洋艦隊司令部で出した提案を参考にした甲斐がありましたな。」
フレッチャーが言う。
「マッケーン提督は、大規模空襲による艦隊の被害を軽減するには、一部の空母に戦闘機の実を積ませて敵の航空戦力を減殺するしか
ないと言われていました。今回の作戦で、ガーディアン隊の5隻の空母の内、軽空母インディペンデンスとサンジャシント、
空母エセックスは、艦載機の大半を戦闘機で編成したため、防空能力は格段に向上しています。この結果、通常よりも多い数の戦闘機を
投入する事が出来、最終的に確認できた敵騎の撃墜数は実に98騎に上っています。」
ガーディアン隊こと、TG38.2の空母の内、インディペンデンス、サンジャシント、エセックスは戦闘機を中心に航空隊を編成させている。
通常、正規空母の航空隊は、エセックス級を基準とすると、戦闘機60機、艦爆24機、艦攻18機、艦偵8機、軽空母の場合は戦闘機30機、
艦攻15機である。
今回の作戦では、5隻の空母の内、通常編成の母艦はボノム・リシャールとランドルフだけに留まり、エセックスはF6F60機、
F4U34機、S1A8機。インディペンデンス、サンジャシントは、共にF6F40機を搭載した。
この編成にする時に、戦闘機パイロットの不足が指摘されたが、それは作戦行動をとっていない空母の艦載機パイロットや、待命状態にある
パイロットを臨時に加える事で解決した。
この結果、TG38.2は、戦闘機の数だけでも294機を保有する事になった。
通常の戦闘機の配備数は、1個任務群当たり180機から、最大で230機ほどであるから、TG38.2の戦闘機数は、通常時と比べて、
実に3割増しになったと言える。
このオールファイターキャリア戦術は、1日の航空戦で有効に機能し、敵ワイバーンの編隊は、艦隊の遥か手前で100~150機以上の
戦闘機に迎撃され、艦隊への攻撃も満足に行かなかった。
「この戦術のお陰で、敵の航空攻撃は失敗しました。マッケーン提督の案は見事に当たったと言えますな。」
フレッチャーが言い終えると、今度はレメロイが口を開く。
「このように、オールファイターキャリア戦術の利点は、計り知れない物があります。しかし、同時にデメリットもあります。」
彼は、エセックス・エアグループの編成表を見つめながら話す。
「それは、攻撃力の不足です。戦闘機が増えた分、艦爆と艦攻は大幅に減ります。このため、敵艦隊や拠点に対する攻撃力が減少する
場合があり、今回のレスタン領の軍港空襲でも、攻撃機の不足のため、中途半端な損害しか与えられなかった、という報告が届いております。」
「ふむ。そこは考え物だな。」
ニミッツは腕組をしながら、唸るような声で呟く。
「航空参謀、君はこの件に関して、何か考えはあるかね?」
「は……にわか仕込みの思案ではありますが……私の考えでは、1個任務群の中で戦闘機中心の編成を取らせるのは、正規空母、
軽空母の各1隻ずつが良いかと思います。艦隊は確かに大事な存在です。しかし、主要空母の殆どがオールファイターキャリアと
なってしまえば、肝心な攻撃力が足りなくなります。既に、現時点でも、全ての正規空母や軽空母は、艦載機の5割以上を戦闘機で
占めており、用兵側からは現状でも対地、対艦攻撃が不足気味な場合があると指摘されています。」
米機動部隊が本格的に拡充されてから早1年以上が経ち、空母部隊は様々な航空作戦をこなしてきている。
機動部隊の攻撃隊は、要塞や防御の堅固な陣地を攻撃する事があるが、時々、攻撃機の不足で、目標が一度の空爆で完全に沈黙
させられない場合があった。
この場合は、第2次、第3次と、艦載機の波状攻撃を行って目標の撃破に務めて来たが、艦載機の編成がより戦闘機中心となった場合、
波状攻撃を行っても、固い目標を撃破し切れない事が考えられる。
この問題が顕在化したのが、今回のレスタン領奇襲作戦である。
当時、第3艦隊が空襲を行ったヒルヒレムと呼ばれる地域の軍港には、18隻の輸送船、哨戒艇等の艦艇や、補給物資が保管されている倉庫があった。
ハルゼーはこれに打撃を与えるべく、TG38.2に航空攻撃を命じたが、この時用意出来た艦載機は、F6F48機、SB2C18機、
TBF18機であった。
空母機動部隊が相手を攻撃する場合は、手持ちの艦載機を全て叩きつけるのではなく、その空母毎に発艦出来る数の艦載機だけを用意して
攻撃しなければならない。
この為、TG38.2の航空攻撃は、必然的に“小出し”の状態となった。
攻撃隊はF6F2機、SB2C2機、TBF1機を失ったが、敵艦船3隻を撃沈し、6隻に損害を与えた他、倉庫等の施設も幾つか破壊した。
攻撃隊に同行したF6Fのうち、半数は5インチロケット弾搭載機であったため、これらも地上攻撃に参加している。
しかし、主力である攻撃機の機数が少ない事が祟り、敵に与えられた損害は、軍港の全体から見れば軽微と言ってよい物であった。
「それは問題だな。」
「航空参謀。君の言った正規空母1、軽空母1をオールファイターキャリアにするという案だが、もし敵の戦いとなれば、戦闘機中心の
空母が真っ先に被弾する可能性もあるぞ。」
フレッチャーが口を挟む。
「そこの所は承知しています。この問題は、艦隊の防空力を改善する事で解決すると考えています。参謀長も、新鋭のウースター級が
来年以降に就役する事はご存知でしょう。このウースター級を艦隊に加えられれば、艦隊上空の対空火力は以前よりも向上します。」
「ウースター級…対空砲を積めるだけ積んだ、究極の防空巡洋艦だな。」
ニミッツは苦笑しながら、ウースター級軽巡洋艦の性能を思い出す。
来年以降に就役するウースター級防空軽巡洋艦は、新式の54口径5インチ連装砲を12基と、これまた新式の3インチ連装高射砲を8基、
20ミリ機銃を12丁搭載しており、先輩格であるアトランタ級防空軽巡洋艦と比べて対空火力を相当向上させている。
元々、ウースター級は主砲に6インチ砲を高射砲化させた物を搭載する予定であったが、用兵側がアトランタ級よりも対空火力があり、
かつ、頑丈な艦を欲したため、急遽予定を変更して5インチ砲をより多く搭載した大型の防空巡洋艦を作り上げた。
現在、1番艦であるウースターと、2番艦であるロアノークは工期の8割が完成し、ウースターは45年6月、ロアノークは7月に戦力化が出来る予定だ。
「しかし、急場には間に合いません。かといって、主要空母の殆どをオールファイターキャリアにしては、肝心な攻撃力が更に低下する
可能性があります。私としましては、この急場を凌ぐために、一部の空母だけを戦闘機中心の編成にし、残りを通常編成にしてはどうか、
と考えたのです。」
「ベスト……とは言い切れないが、ベターな考えではあるな。」
ニミッツは納得したように言う。
「航空参謀の案を取るとなると、任務群毎に配備する空母は、最低でも4隻。多くて5隻は必要になるな。内訳は正規空母2、軽空母2。
又は正規空母3、軽空母2となるかな。」
「ええ。そうなります。」
フレッチャーの言葉に、レメロイは相槌を打ちながら頷く。
「戦闘機中心の編成を取る空母は、4隻の任務群のうち、正規空母1隻と軽空母1隻。5隻の任務群のうち、正規空母1隻と軽空母2隻が
妥当であると思います。しかし、それでは肝心の攻撃力も落ちますから、戦闘機中心の空母にも、艦爆、又は艦攻を1個中隊ほど搭載して、
攻撃力の低下を抑えた方が良いと思われます。」
「うむ。防御に力を入れつつも、一応は備えを置いておくか…なかなかの案だ。」
ニミッツがそう評価を下す。
「ひとまず、この点は、後日、第3艦隊側からも人を招いて協議する事にしよう。我々だけで決めては、第3艦隊の幕僚達も面白く無い
だろうからな。」
ニミッツの一言に、作戦室の幕僚達は笑い声を上げた。
「今度の奇襲作戦で、第3艦隊はシホールアンル側の装甲列車部隊の動きを封じる事が出来た。これによって、前線の陸軍部隊も仕事が
やりやすくなっただろう。また、沿岸部に対する空襲を行った事も大きなプラスとなった筈だ。」
「これで、12月頃に予定されているラインクラッシュ作戦も、予定通り実施できますな。」
「そうだな、参謀長。」
ニミッツは頬を緩ませながら、フレッチャーに返す。
「レスタンを解放すれば、シホールアンルは更に領土を失う事になる。奴らも必死で向かって来るだろうから、今度の戦いも、また厳しい物に
なるだろう。その為にも、考えられる問題点は、なるべく早い内に解決せねばな。」
1484年11月2日 午後1時 レスタン領南東部ハタリフィク
レスタン領南東部にある町、ハタリフィクに、シホールアンル軍の司令部が置かれたのは、10月の末を過ぎてからの事であった。
ハタリフィクは、元々10万人の市民が済んでいたが、10年前の戦争の影響で、住民は離れ、今ではシホールアンル軍の要塞都市と化していた。
この町の中心部にある3階建ての屋敷には、シホールアンル陸軍レスタン方面軍の司令部が置かれた。
今年の10月20日付けを持って、レスタン東部方面軍司令官に任命されたルィキム・エルグマド大将は、司令部幕僚達と共に、机に広げられた
地図を見つめていた。
「司令官、もはや、ジャスオ戦線が消え去るのは時間の問題です。連合軍は首都解放を行った後、ジャスオ防衛軍を急速に押し上げています。
一部の敵軍は、デイレア領にも攻め入る構えを見せており、レスタン領以南の領土は、もはや、風前の灯火と言えるでしょう。」
彼の副官で、方面軍の作戦参謀を務めるヒートス・ファイロク大佐が、単調な口ぶりでエルグマドに言う。
「じゃろうな。」
エルグマドもまた、さほど動揺見せずに答える。
「これは既に予想されていた事だ。本土の考えでは、ジャスオとデイレアは放棄し、軍を北に撤退させる事になっている。敵がジャスオ領や
デイレア領を完全に制圧した所で、我々は決定的な打撃を与えられた訳ではない。」
「むしろ、戦はこれからが本番、と言えるでしょう。」
ファイロク大佐が喋る。
「現在、レスタン領には、ジャスオ戦線から撤退を終えた部隊が再編中であり、一部の軍は領境の前線に配備されつつあります。東部方面軍では、
2個軍が前線に布陣しております。西部方面軍もこちらと同様に、2個軍を配備しています。」
「航空部隊はどんな具合かね?」
「航空部隊は、本土から転用された部隊が配備され、西部方面軍では1個空中騎士軍。東部方面軍では2個空中騎士軍が配備されています。
12月までには、西部方面軍にあと2個空中騎士軍が、東部方面軍には1個空中騎士軍が配備される予定です。飛空挺部隊の配備状況に
つきましては、詳細は定かではありませんが、今の所、本土からの増援部隊を会わせて、5個飛行隊が配置に付いています。」
「5個飛行隊か…少し少ないな。」
エルグマドは眉をひそめた。
「予定では、今の時点で最低でも6個飛行隊は揃えている話なのだが……」
「レビリンイクル沖の航空戦で、少なからぬ数の飛空挺を失った事が原因かと思われます。」
それまで黙って話を聞いていた航空参謀が口を開く。
「あの航空戦では、参加した200機の飛空挺のうち、78機が未帰還となり、12機が帰還後に使用不能として廃棄されています。本国では、
全力を挙げて飛空挺の補充を行っていると聞いていますが、短期間では、あの損害の埋め合わせを行うのは難しい事かと思われます。」
「飛空挺は工場から作られるが、乗り手は時間を掛けて育てる物だからな。」
エルグマドは、喉を唸らせながら航空参謀に言う。
「勝利の代償にしては、なかなか痛い物だ。」
「問題は他にもあります。」
別の幕僚が口を開く。
「当初、東部方面軍の防御線には、防衛の切り札とも言われている第701装甲列車旅団も配備される予定でした。しかし、装甲列車部隊の
後方拠点であるリムクミットの列車製造工場が破壊された事により、701旅団は近場の休養所を失った状態となっています。」
「それはわしも知っとる。」
エルグマドは顔をしかめながら幕僚に語る。
「防御線の構築が順調に進みつつあるこの時期に、装甲列車の後方拠点を失ったのは痛すぎる。701旅団の装甲列車が使う砲弾はいずれも
特注品であるからな。リムクミットを失った今、装甲列車に装備している砲の整備や弾薬の補給を満足に出来るのは、今やリルキミット、
ただ1か所しかないからのぅ……」
「確か、701旅団は、ここ最近まで連戦続きだったそうだが。」
ファイロク大佐が情報担当の魔道参謀に問い掛ける。
「はい。701旅団の戦力は、これまでの戦闘で約3割を失っており、使用していた車両も整備が必要の事です。予定では、11月2日から
リムクミット入りして、11月末まで整備、補修、戦力の補充を行う筈でした。しかし、リムクミットが失われたとなると……予定は狂いますね。」
「701旅団の指揮官は、いつ頃までに前線に戻れると言っていた?」
エルグマドはすかさず質問する。
「キーリス准将の話では……本国のリルキミットに入るのは、11月6日。前線に復帰するのは、早くて12月中旬、場合によっては、
年を越すかもしれぬと、言っておりました。」
「年を越す……か。」
エルグマドは頭を抱える。
「わざわざ、2隻の戦艦。それも、最新鋭のアイオワ級を寄越してまで工場を破壊するとは。アメリカ人もやりよるわい。」
「装甲列車部隊は、ジャスオ領内ではあちこちで連合軍部隊を痛め付けていましたからな。それだけ、恨みも大きかったのでしょう。」
魔道参謀が言う。
「しかし、701旅団の装甲列車が、リムクミット入りしていない時期に攻撃を加えられたのは、ある意味、不幸中の幸いでもあります。
アメリカ軍の攻撃が、11月2日に行われていたら、701旅団は工場ごと叩き潰されていたでしょう。」
「そうなっていたら、我々は作戦計画の見直しを余儀なくされていただろう。」
エルグマドの言葉に、幕僚達は一様に頷く。
「問題はそれだけではありません。」
別の幕僚が発言する。
「アメリカ軍は、リムクミットを壊滅させたその翌日に、ヒルヒレムの軍港を爆撃しています。このヒルヒレムには、5万人の現地民が住んで
おり、彼らは初めて、アメリカ軍の艦載機を間近で見ております。スーパーフォートレスの爆撃ならまだしも、艦載機までもが襲って来たと
いう事は、近い内に、連合軍が絶対防衛圏へ攻め込むという事を表しています。その事は、現地民達にも知れ渡っているでしょう。」
「ううむ……これまでの例を見る限り、被占領国の現地民達は、敵軍が来た途端に民兵と化して、後方撹乱を行う者が多いからのぅ。本当に参った物だ。」
エルグマドは、眉間の皺を一層深くする。
被占領国に駐屯するシホールアンル軍にとって、現地民達の動向は敵軍以上に気になる物だ。
シホールアンル軍は、過去の戦闘で多くの残虐行為を働いた影響で、現地民達の反シホールアンル感情は尚高い。
このレスタンでも同様であり、傍目では、元々敵であったシホールアンル兵に愛想よく振舞う気の良い人が、裏ではシホールアンル兵の
陰口を叩く事は当たり前にある。
それでも、レスタンの住民達は、“一帝国臣民”として従順に振舞ってきているが、近々行われる連合軍の作戦如何では、反シホールアンル
感情が一気に爆発する可能性は少なく無い。
エルグマドは、この事を考慮して、指揮下の部隊には、住民に不届きを働く者は例外なく厳罰に処すと命じているため、エルグマドの担当
している作戦区域では、今の所平和である。
ただ、西部方面軍では、エルグマド軍ほど徹底した対策は取っておらず、国内省直属の部隊が厳しい取り締まり行っている事もあって、
反シ感情は日々高まりつつあると言われている。
「国内省の馬鹿役人共が足を引っ張らなければ、レスタン戦線は安泰なのですが……」
ファイロク大佐が、表情を暗くしながらそう言う。
「同感じゃな。」
エルグマドは当然とばかりにそう言い張る。
「素人共は、大人しく机に座って自分好みの落書きでも書いておれば良いのだ。」
エルグマドの一言に、幕僚達がどっと笑った。
彼が率いる司令部の幕僚達は、全員、国内省が嫌いである。
国内省は、自らが設立した私設軍隊を利用して占領地域の治安維持に当たる事が多いのだが、この治安維持活動が問題を起こしており、
敵軍に対しても寛容で知られるエルグマドは、見るだけで腹が立つと言う程で、国内省の治安維持活動は粗暴かつ、残酷であった。
これが国内省の私設軍隊だけの問題であるのならばまだマシであったが、軍の中にも、帝国中枢の考えに染まった部隊が多数おり、
初期の北大陸戦では、国内省の私設軍隊と、軍の鎮圧部隊が共同で“反逆民の殲滅”を行う事が多々あった。
エルグマド軍の幕僚達は、いずれもがその考えを嫌っており、中でもファイロク大佐等は、国内省の役人を見つけては議論を吹き掛け、
欠点を問い質して論破しまくるほどの国内省嫌いであり、時には掴み合いの喧嘩になる事もある。
「軍が、ただの人殺し好きの奇人の集まりと言われ出したのも、あの私設軍隊のやり方に影響されたせいだ。あんな、補給部隊の
苦労を増やすような穀潰し共はさっさと消えてしまえば良いのだ。」
エルグマドは、国内省の私設軍隊を皆の前でののしった。
「軍司令官閣下のおっしゃる事は良く分かりますよ。国内省軍の20万の兵員がうちの陸軍に来てくれれば、防御にでも、攻勢にでも使えるんですがなぁ。」
「まっ、国内省軍の事はここまでにしておこうか。」
エルグマドは苦笑いを浮かべながら、話題を変える。
「しかし、スーパーフォートレスの空襲にも耐えた、工場の屋根が、戦艦の艦砲射撃でいとも簡単に破壊されるとは、予想だにしていませんでした。」
ファイロク大佐が、悲しげな表情になりながら言う。
「アイオワ級は、アメリカ軍の最新鋭の戦艦であると言われている。その強さは、レーフェイル戦線でマオンド軍戦艦との対決で
現されているが、何でも、16ネルリ砲を上回る口径の主砲を積んでいる、と噂されているな。」
「16ネルリ砲以上……」
幕僚達は、皆が押し黙った。
陸軍にも大口径砲はあるが、最大の物でも13ネルリ(33センチ)程度である。
それを上回る口径の主砲を搭載している海軍の戦艦は、陸軍の砲兵達から見れば、まさに王様のような目で見られている。
だが、アイオワ級戦艦は、シホールアンル側が最強と自負しているネグリスレイ級戦艦よりも強い主砲を有している事に、幕僚達は衝撃を隠せなかった。
「アイオワ級の噂は、かねてから聞いておりましたが……」
「リムクミットの惨状を見る限り、噂は現実だった。という事じゃよ。」
エルグマドはため息を吐いた。
「アメリカ軍は、レーフェイル戦線で2隻、そして、この大陸の沖に2隻のアイオワ級を布陣させていると言われている。つまり、
計4隻のアイオワ級戦艦が、西や東で暴れまわっとるのだ。そして、それも含んだ大機動部隊を有し、レーフェイル大陸と
ベルリィク大陸の2正面で戦える程の国力。」
エルグマドは、幕僚達の顔を見回す。
「いつもながら思うが、わしらの祖国は、とんでもない国を相手に回してしまったのだな。」
「我が帝国の国力と、アメリカの国力の差は、一体どれぐらいなのでしょうなぁ。」
「それはわしには分からんさ。」
エルグマドは肩をすくめる。
「軍司令官閣下、以前、道端を歩いていた国内省の役人が、地域住民に演説していましたが、その時、その子役人は何と言っていたと思いますか?」
魔道参謀が言う。
「まさか、変な妄言を吐いたのか?」
「はい。何と、その子役人はこう言ったんです。『アメリカと同等以上の国力を持つ我が帝国は、必ず、このレスタンで敵を食い止め、
じきに矮小な南大陸軍と共に、アメリカ軍を殲滅するであろう!』と。」
エルグマドは、呆れたようにため息を吐く。
「魔道参謀、その子役人を見つけたら、わしの所に連れて来んか?わしがもてなしてやろう。」
「はっ。機会があれば。」
魔道参謀は、含み笑いをしながら頷いた。
「相変わらず、国内省の馬鹿役人共は現実を見切れておらんのだな。」
「そればかりか、嘘を言っていますよ。」
ファイロク大佐が相槌を打つ。
「ああ、まさに嘘だ。悔しい事だが、我が帝国はアメリカの国力に負けている。軍が、数年がかりでやっと北大陸を抑えたのに、
アメリカは3年で北大陸とレーフェイル大陸に派兵した。それも、大軍で持って。はっきり言って、帝国とアメリカの国力差は、
良くても4:6ぐらいだ。詳しく調べれば、差はもっと開くかもしれん。もしかしたら、その国内省の馬鹿役人は、あえてこの差を
無視して、あのような妄言を吐いたのかもしれんな。」
「………」
室内が沈黙に包まれた。
いや、彼らとて分かってはいた。
こちら側が大損害を受けた場合、3週間はかかる戦力の再編を、アメリカはもっと短い時間で成し遂げ、攻撃を加えて来る。
航空戦の場合はそれが顕著であった。
時々入って来る空中騎士軍からの情報には、大損害を与えた筈のアメリカ軍航空部隊が、僅か1週間で同数か、それ以上の
航空兵力を投入して戦線を圧迫している、といような物がかなりの割合を占めている。
一昔前ならば、そのような事は全くありえなかった。
だが、そのあり得ない筈の事は現実に起きている。
国力の差という、非情な現実は、今、戦場のあらゆる場所で見られるようになった。
「だが、まだ機会はあるぞ、諸君。」
エルグマドは、張りのある声音を室内に響かせる。
「国力の差は如何ともしがたい。しかし、わしらには、戦える戦力がある。ファイロク大佐、君がアメリカ人捕虜から聞いたという、
あの言葉を覚えておるな?」
エルグマドの問いに、ファイロクは頷く。
「敵を知り、己を知れば百戦するも危うからず、だ。わしらは、断片的ながらも、アメリカという国の力を知っている。
それを知った上で、わしらは戦える作戦を考えようではないか。」
彼は、いつもの自信のある声音で言葉を放つ。
「状況は悪くなりつつあるが、ここはレスタン領だ。我が軍が用意した防御地点はいくらでもある。そして、少ないながらも、
時間もある。敵が来たら、待ってましたとばかりに応えてやろう。」
エルグマドは笑みを浮かべる。
狡猾武者の発するその雰囲気に、いつしか、幕僚達も自信を取り戻していた。
1484年(1944年)11月2日 午前8時 カリフォルニア州サンディエゴ
この日、サンディエゴの太平洋艦隊司令部では、ニミッツを除く司令部幕僚達が作戦室に集まっていた。
太平洋艦隊参謀長であるフランク・フレッチャー中将は、通信参謀から渡された書類を見つめながら、苦笑いを浮かべていた。
「いやはや……流石はブル・ハルゼーだ。あれだけでは物足りなかったと見える。」
「まさか、ガーディアン隊…TG38.2の艦載機をも動員するとは、思いもよりませんでした。」
情報主任参謀エドウィン・レイトン大佐も、複雑そうな笑みを浮かべて、フレッチャーに言う。
「しかし、これでシホールアンル側は、レスタン領の警備をより厳重にするでしょう。今後は、今回のような、敵の意表を
ついた奇襲作戦は出来ないでしょうなぁ。」
「第3艦隊の奇襲部隊が無事に逃れられたのは、敵の航空戦力が足りなかった事が主な原因でしょう。」
航空参謀のウィンクス・レメロイ大佐も口を開く。
「ガーディアン隊とアタッカー隊は、共に1度ずつ航空攻撃を受けていますが、来襲した敵ワイバーンはせいぜい200騎
足らずで、何騎かは輪形陣内部に侵入して投弾を行っていますが、損害は全くと言って良い程ありませんでした。
TG38.2の空母のうち、軽空母2隻とエセックスは、艦載機を一時的にとはいえ、全て戦闘機のみで編成しており、
防空能力は通常と比べてかなり向上しておりました。」
レメロイ大佐は、ここで声のトーンを落とす。
「しかし、これでも、敵の大規模……それも、4、500機以上もの航空攻撃を仕掛けられれば、レビリンイクル沖の悲劇のような
事態に陥った可能性はあります。今回も、一部の空母がオールファイターキャリアとして参加したのにもかかわらず、輪形陣への
突破を許しておりますから。」
「ふむ。まだまだ、課題は尽きぬな。」
フレッチャーはそう言ってから、ゆっくりと頷いた。
「とはいえ、大西洋艦隊のマッケーン提督が考えたオールファイターキャリアがなかなか使えるという事が、これで分かった。
問題は尽きないが、その半面、得た成果も大きかったな。」
「ええ、その通りですね。」
レメロイ大佐も頷く。
その時、作戦室のドアが開かれた。
「おはよう諸君。」
「おはようございます。長官。」
入室してきたのは、太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ大将である。
幕僚達は、異口同音に同じ挨拶を返した。
「皆揃っているようだな。それでは、始めるとしようか。参謀長。」
ニミッツは、机の前に立ってから、参謀長であるフレッチャー中将に声を掛ける。
「それでは、一昨日以降に行われた、第3艦隊の作戦行動に関する報告をお伝えします。」
フレッチャーは、自分の目の前に置かれている書類に目を通しながら説明を始める。
「まず、TG38.7が行った、シホールアンル側の列車製造工場に対する艦砲射撃の結果ですが、アイオワ、ニュージャージーは
計890発の17インチ砲弾を撃ち込み、工場の壊滅に成功しています。」
10月30日の夜間に行われたアタッカー隊(TG38.7)による艦砲射撃は、1時間余の砲撃で敵の工場施設の大半を破壊する事が出来た。
第3艦隊司令部は、攻撃終了後に
『我、アイオワ、ニュージャージーの艦砲射撃を敢行、効果甚大。工場の完全破壊に成功せり。』
という電文を、太平洋艦隊司令部に送っている。
その翌日には、陸軍航空隊のF-13偵察機(B-29の偵察型)が、高高度からの偵察によって、工場施設の7割以上が損害を
受けている事を確認しており、第3艦隊は見事に任務を成し遂げている。
「翌日に行われた、陸軍機の偵察でその事は裏付けられています。」
「この列車製造工場は、シホールアンル陸軍の装甲列車部隊の後方拠点として使われていたと聞いている。敵の装甲列車部隊は、
ここをやられた事で、通常の作戦に大きな支障を来すだろうな。」
「はっ。その通りであります。」
フレッチャーが相槌を打つ。
「ハルゼー部隊は、翌1日にはレスタン領中西部の港を艦載機で攻撃し、ここの港に停泊していたシホールアンル軍艦艇、並びに
軍港施設に損害を与えています。1日の午後からは、戦艦部隊と機動部隊に敵の航空部隊が襲って来ましたが、戦闘機の迎撃と、
艦隊の対空砲火のお陰で、損害は戦艦ニュージャージーに直撃弾2発、空母エセックスに被弾1、至近弾2、駆逐艦3隻に
至近弾1ずつの被害で済んでおります。ちなみに、エセックスに投下された爆弾ですが、これは不発弾であり、実質的な損害は
飛行甲板の右後部に穴が開いただけに留まり、この穴も、応急修理によって塞がれています。」
「ふむ…損害はほぼ皆無に近いな。しかし、ハルゼーも無茶してくれるな。」
ニミッツは、幾らか困ったような表情を浮かべる。
「敵側の配置が魔法通信傍受機で分かるとはいえ、予定の無い軍港空襲までやらかすとは。」
「長官。私から見れば、ハルゼー提督のこの判断はやや誤りであったと思います。」
レイトン大佐が、厳しい表情を浮かべながらニミッツに言う。
「今回は事前に敵の航空戦力が少なかった事と、新戦術を試した事で、艦隊の損害は少なくて済みましたが、司令官の命令変更で
攻撃目標を勝手に決めるのはいかがなものか?と思います。」
「ミスターレイトン、君の言う事は良く分かるよ。」
ニミッツも当然とばかりに頷く。
「ハルゼーの判断は、確かに良く無い。もし、敵の航空部隊がもっと大規模だったら、損害も大きかったかもしれない。
ここの所は考えものだから、後で私がハルゼーに注意しよう。」
ニミッツはそう言ってから、机に広げられている地図を見つめ、レスタン領に右手の人差し指を向けた。
「ただし、それは単に、戦術的な面での話だ。戦略的に見れば、工場の破壊と、艦載機による軍港の襲撃は、我々にとって
大きなプラス。そして、敵にとっては大きなマイナスとなる。」
「……被占領国の民意を気にするシホールアンルにとっては、戦略爆撃機のみならず、艦載機の攻撃までもを受けた事は、
確かにマイナスになりますな。」
レイトンは複雑な表情を浮かべつつも、納得する。
「ハルゼーは、確かに自分勝手な判断で艦載機を差し向けたが、よくよく考えると、この予想外の攻撃は、連合軍にとって
大きなプラスとなる。独断専行も、やり方次第では良き戦略と言えるのだよ。」
ニミッツは満足気な表情を浮かべた。
「ハルゼーは最近、昔の猪突猛進さを出しつつも、意外と考えが巡るようになっている。もしかしたら、ビルはレスタン領の住民達に、
シホールアンル支配はもうすぐで終わるぞ、というメッセージを、あの予想外の空襲で伝えたかったのかもしれん。」
「なるほど、それで、あの無茶ともいえる軍港の空襲を……」
レメロイ航空参謀が納得したように言う。
「とはいえ、独断専行は時と場合によるからな。ハルゼーには、私の方から直接注意しよう。」
ニミッツは、最後は幾らかきつい口調でレイトンに言う。
「それにしても、艦隊の損害が僅少で済んだのは幸いだったな。」
「はっ。マッケーン提督が、大西洋艦隊司令部で出した提案を参考にした甲斐がありましたな。」
フレッチャーが言う。
「マッケーン提督は、大規模空襲による艦隊の被害を軽減するには、一部の空母に戦闘機の実を積ませて敵の航空戦力を減殺するしか
ないと言われていました。今回の作戦で、ガーディアン隊の5隻の空母の内、軽空母インディペンデンスとサンジャシント、
空母エセックスは、艦載機の大半を戦闘機で編成したため、防空能力は格段に向上しています。この結果、通常よりも多い数の戦闘機を
投入する事が出来、最終的に確認できた敵騎の撃墜数は実に98騎に上っています。」
ガーディアン隊こと、TG38.2の空母の内、インディペンデンス、サンジャシント、エセックスは戦闘機を中心に航空隊を編成させている。
通常、正規空母の航空隊は、エセックス級を基準とすると、戦闘機60機、艦爆24機、艦攻18機、艦偵8機、軽空母の場合は戦闘機30機、
艦攻15機である。
今回の作戦では、5隻の空母の内、通常編成の母艦はボノム・リシャールとランドルフだけに留まり、エセックスはF6F60機、
F4U34機、S1A8機。インディペンデンス、サンジャシントは、共にF6F40機を搭載した。
この編成にする時に、戦闘機パイロットの不足が指摘されたが、それは作戦行動をとっていない空母の艦載機パイロットや、待命状態にある
パイロットを臨時に加える事で解決した。
この結果、TG38.2は、戦闘機の数だけでも294機を保有する事になった。
通常の戦闘機の配備数は、1個任務群当たり180機から、最大で230機ほどであるから、TG38.2の戦闘機数は、通常時と比べて、
実に3割増しになったと言える。
このオールファイターキャリア戦術は、1日の航空戦で有効に機能し、敵ワイバーンの編隊は、艦隊の遥か手前で100~150機以上の
戦闘機に迎撃され、艦隊への攻撃も満足に行かなかった。
「この戦術のお陰で、敵の航空攻撃は失敗しました。マッケーン提督の案は見事に当たったと言えますな。」
フレッチャーが言い終えると、今度はレメロイが口を開く。
「このように、オールファイターキャリア戦術の利点は、計り知れない物があります。しかし、同時にデメリットもあります。」
彼は、エセックス・エアグループの編成表を見つめながら話す。
「それは、攻撃力の不足です。戦闘機が増えた分、艦爆と艦攻は大幅に減ります。このため、敵艦隊や拠点に対する攻撃力が減少する
場合があり、今回のレスタン領の軍港空襲でも、攻撃機の不足のため、中途半端な損害しか与えられなかった、という報告が届いております。」
「ふむ。そこは考え物だな。」
ニミッツは腕組をしながら、唸るような声で呟く。
「航空参謀、君はこの件に関して、何か考えはあるかね?」
「は……にわか仕込みの思案ではありますが……私の考えでは、1個任務群の中で戦闘機中心の編成を取らせるのは、正規空母、
軽空母の各1隻ずつが良いかと思います。艦隊は確かに大事な存在です。しかし、主要空母の殆どがオールファイターキャリアと
なってしまえば、肝心な攻撃力が足りなくなります。既に、現時点でも、全ての正規空母や軽空母は、艦載機の5割以上を戦闘機で
占めており、用兵側からは現状でも対地、対艦攻撃が不足気味な場合があると指摘されています。」
米機動部隊が本格的に拡充されてから早1年以上が経ち、空母部隊は様々な航空作戦をこなしてきている。
機動部隊の攻撃隊は、要塞や防御の堅固な陣地を攻撃する事があるが、時々、攻撃機の不足で、目標が一度の空爆で完全に沈黙
させられない場合があった。
この場合は、第2次、第3次と、艦載機の波状攻撃を行って目標の撃破に務めて来たが、艦載機の編成がより戦闘機中心となった場合、
波状攻撃を行っても、固い目標を撃破し切れない事が考えられる。
この問題が顕在化したのが、今回のレスタン領奇襲作戦である。
当時、第3艦隊が空襲を行ったヒルヒレムと呼ばれる地域の軍港には、18隻の輸送船、哨戒艇等の艦艇や、補給物資が保管されている倉庫があった。
ハルゼーはこれに打撃を与えるべく、TG38.2に航空攻撃を命じたが、この時用意出来た艦載機は、F6F48機、SB2C18機、
TBF18機であった。
空母機動部隊が相手を攻撃する場合は、手持ちの艦載機を全て叩きつけるのではなく、その空母毎に発艦出来る数の艦載機だけを用意して
攻撃しなければならない。
この為、TG38.2の航空攻撃は、必然的に“小出し”の状態となった。
攻撃隊はF6F2機、SB2C2機、TBF1機を失ったが、敵艦船3隻を撃沈し、6隻に損害を与えた他、倉庫等の施設も幾つか破壊した。
攻撃隊に同行したF6Fのうち、半数は5インチロケット弾搭載機であったため、これらも地上攻撃に参加している。
しかし、主力である攻撃機の機数が少ない事が祟り、敵に与えられた損害は、軍港の全体から見れば軽微と言ってよい物であった。
「それは問題だな。」
「航空参謀。君の言った正規空母1、軽空母1をオールファイターキャリアにするという案だが、もし敵の戦いとなれば、戦闘機中心の
空母が真っ先に被弾する可能性もあるぞ。」
フレッチャーが口を挟む。
「そこの所は承知しています。この問題は、艦隊の防空力を改善する事で解決すると考えています。参謀長も、新鋭のウースター級が
来年以降に就役する事はご存知でしょう。このウースター級を艦隊に加えられれば、艦隊上空の対空火力は以前よりも向上します。」
「ウースター級…対空砲を積めるだけ積んだ、究極の防空巡洋艦だな。」
ニミッツは苦笑しながら、ウースター級軽巡洋艦の性能を思い出す。
来年以降に就役するウースター級防空軽巡洋艦は、新式の54口径5インチ連装砲を12基と、これまた新式の3インチ連装高射砲を8基、
20ミリ機銃を12丁搭載しており、先輩格であるアトランタ級防空軽巡洋艦と比べて対空火力を相当向上させている。
元々、ウースター級は主砲に6インチ砲を高射砲化させた物を搭載する予定であったが、用兵側がアトランタ級よりも対空火力があり、
かつ、頑丈な艦を欲したため、急遽予定を変更して5インチ砲をより多く搭載した大型の防空巡洋艦を作り上げた。
現在、1番艦であるウースターと、2番艦であるロアノークは工期の8割が完成し、ウースターは45年6月、ロアノークは7月に戦力化が出来る予定だ。
「しかし、急場には間に合いません。かといって、主要空母の殆どをオールファイターキャリアにしては、肝心な攻撃力が更に低下する
可能性があります。私としましては、この急場を凌ぐために、一部の空母だけを戦闘機中心の編成にし、残りを通常編成にしてはどうか、
と考えたのです。」
「ベスト……とは言い切れないが、ベターな考えではあるな。」
ニミッツは納得したように言う。
「航空参謀の案を取るとなると、任務群毎に配備する空母は、最低でも4隻。多くて5隻は必要になるな。内訳は正規空母2、軽空母2。
又は正規空母3、軽空母2となるかな。」
「ええ。そうなります。」
フレッチャーの言葉に、レメロイは相槌を打ちながら頷く。
「戦闘機中心の編成を取る空母は、4隻の任務群のうち、正規空母1隻と軽空母1隻。5隻の任務群のうち、正規空母1隻と軽空母2隻が
妥当であると思います。しかし、それでは肝心の攻撃力も落ちますから、戦闘機中心の空母にも、艦爆、又は艦攻を1個中隊ほど搭載して、
攻撃力の低下を抑えた方が良いと思われます。」
「うむ。防御に力を入れつつも、一応は備えを置いておくか…なかなかの案だ。」
ニミッツがそう評価を下す。
「ひとまず、この点は、後日、第3艦隊側からも人を招いて協議する事にしよう。我々だけで決めては、第3艦隊の幕僚達も面白く無い
だろうからな。」
ニミッツの一言に、作戦室の幕僚達は笑い声を上げた。
「今度の奇襲作戦で、第3艦隊はシホールアンル側の装甲列車部隊の動きを封じる事が出来た。これによって、前線の陸軍部隊も仕事が
やりやすくなっただろう。また、沿岸部に対する空襲を行った事も大きなプラスとなった筈だ。」
「これで、12月頃に予定されているラインクラッシュ作戦も、予定通り実施できますな。」
「そうだな、参謀長。」
ニミッツは頬を緩ませながら、フレッチャーに返す。
「レスタンを解放すれば、シホールアンルは更に領土を失う事になる。奴らも必死で向かって来るだろうから、今度の戦いも、また厳しい物に
なるだろう。その為にも、考えられる問題点は、なるべく早い内に解決せねばな。」
1484年11月2日 午後1時 レスタン領南東部ハタリフィク
レスタン領南東部にある町、ハタリフィクに、シホールアンル軍の司令部が置かれたのは、10月の末を過ぎてからの事であった。
ハタリフィクは、元々10万人の市民が済んでいたが、10年前の戦争の影響で、住民は離れ、今ではシホールアンル軍の要塞都市と化していた。
この町の中心部にある3階建ての屋敷には、シホールアンル陸軍レスタン方面軍の司令部が置かれた。
今年の10月20日付けを持って、レスタン東部方面軍司令官に任命されたルィキム・エルグマド大将は、司令部幕僚達と共に、机に広げられた
地図を見つめていた。
「司令官、もはや、ジャスオ戦線が消え去るのは時間の問題です。連合軍は首都解放を行った後、ジャスオ防衛軍を急速に押し上げています。
一部の敵軍は、デイレア領にも攻め入る構えを見せており、レスタン領以南の領土は、もはや、風前の灯火と言えるでしょう。」
彼の副官で、方面軍の作戦参謀を務めるヒートス・ファイロク大佐が、単調な口ぶりでエルグマドに言う。
「じゃろうな。」
エルグマドもまた、さほど動揺見せずに答える。
「これは既に予想されていた事だ。本土の考えでは、ジャスオとデイレアは放棄し、軍を北に撤退させる事になっている。敵がジャスオ領や
デイレア領を完全に制圧した所で、我々は決定的な打撃を与えられた訳ではない。」
「むしろ、戦はこれからが本番、と言えるでしょう。」
ファイロク大佐が喋る。
「現在、レスタン領には、ジャスオ戦線から撤退を終えた部隊が再編中であり、一部の軍は領境の前線に配備されつつあります。東部方面軍では、
2個軍が前線に布陣しております。西部方面軍もこちらと同様に、2個軍を配備しています。」
「航空部隊はどんな具合かね?」
「航空部隊は、本土から転用された部隊が配備され、西部方面軍では1個空中騎士軍。東部方面軍では2個空中騎士軍が配備されています。
12月までには、西部方面軍にあと2個空中騎士軍が、東部方面軍には1個空中騎士軍が配備される予定です。飛空挺部隊の配備状況に
つきましては、詳細は定かではありませんが、今の所、本土からの増援部隊を会わせて、5個飛行隊が配置に付いています。」
「5個飛行隊か…少し少ないな。」
エルグマドは眉をひそめた。
「予定では、今の時点で最低でも6個飛行隊は揃えている話なのだが……」
「レビリンイクル沖の航空戦で、少なからぬ数の飛空挺を失った事が原因かと思われます。」
それまで黙って話を聞いていた航空参謀が口を開く。
「あの航空戦では、参加した200機の飛空挺のうち、78機が未帰還となり、12機が帰還後に使用不能として廃棄されています。本国では、
全力を挙げて飛空挺の補充を行っていると聞いていますが、短期間では、あの損害の埋め合わせを行うのは難しい事かと思われます。」
「飛空挺は工場から作られるが、乗り手は時間を掛けて育てる物だからな。」
エルグマドは、喉を唸らせながら航空参謀に言う。
「勝利の代償にしては、なかなか痛い物だ。」
「問題は他にもあります。」
別の幕僚が口を開く。
「当初、東部方面軍の防御線には、防衛の切り札とも言われている第701装甲列車旅団も配備される予定でした。しかし、装甲列車部隊の
後方拠点であるリムクミットの列車製造工場が破壊された事により、701旅団は近場の休養所を失った状態となっています。」
「それはわしも知っとる。」
エルグマドは顔をしかめながら幕僚に語る。
「防御線の構築が順調に進みつつあるこの時期に、装甲列車の後方拠点を失ったのは痛すぎる。701旅団の装甲列車が使う砲弾はいずれも
特注品であるからな。リムクミットを失った今、装甲列車に装備している砲の整備や弾薬の補給を満足に出来るのは、今やリルキミット、
ただ1か所しかないからのぅ……」
「確か、701旅団は、ここ最近まで連戦続きだったそうだが。」
ファイロク大佐が情報担当の魔道参謀に問い掛ける。
「はい。701旅団の戦力は、これまでの戦闘で約3割を失っており、使用していた車両も整備が必要の事です。予定では、11月2日から
リムクミット入りして、11月末まで整備、補修、戦力の補充を行う筈でした。しかし、リムクミットが失われたとなると……予定は狂いますね。」
「701旅団の指揮官は、いつ頃までに前線に戻れると言っていた?」
エルグマドはすかさず質問する。
「キーリス准将の話では……本国のリルキミットに入るのは、11月6日。前線に復帰するのは、早くて12月中旬、場合によっては、
年を越すかもしれぬと、言っておりました。」
「年を越す……か。」
エルグマドは頭を抱える。
「わざわざ、2隻の戦艦。それも、最新鋭のアイオワ級を寄越してまで工場を破壊するとは。アメリカ人もやりよるわい。」
「装甲列車部隊は、ジャスオ領内ではあちこちで連合軍部隊を痛め付けていましたからな。それだけ、恨みも大きかったのでしょう。」
魔道参謀が言う。
「しかし、701旅団の装甲列車が、リムクミット入りしていない時期に攻撃を加えられたのは、ある意味、不幸中の幸いでもあります。
アメリカ軍の攻撃が、11月2日に行われていたら、701旅団は工場ごと叩き潰されていたでしょう。」
「そうなっていたら、我々は作戦計画の見直しを余儀なくされていただろう。」
エルグマドの言葉に、幕僚達は一様に頷く。
「問題はそれだけではありません。」
別の幕僚が発言する。
「アメリカ軍は、リムクミットを壊滅させたその翌日に、ヒルヒレムの軍港を爆撃しています。このヒルヒレムには、5万人の現地民が住んで
おり、彼らは初めて、アメリカ軍の艦載機を間近で見ております。スーパーフォートレスの爆撃ならまだしも、艦載機までもが襲って来たと
いう事は、近い内に、連合軍が絶対防衛圏へ攻め込むという事を表しています。その事は、現地民達にも知れ渡っているでしょう。」
「ううむ……これまでの例を見る限り、被占領国の現地民達は、敵軍が来た途端に民兵と化して、後方撹乱を行う者が多いからのぅ。本当に参った物だ。」
エルグマドは、眉間の皺を一層深くする。
被占領国に駐屯するシホールアンル軍にとって、現地民達の動向は敵軍以上に気になる物だ。
シホールアンル軍は、過去の戦闘で多くの残虐行為を働いた影響で、現地民達の反シホールアンル感情は尚高い。
このレスタンでも同様であり、傍目では、元々敵であったシホールアンル兵に愛想よく振舞う気の良い人が、裏ではシホールアンル兵の
陰口を叩く事は当たり前にある。
それでも、レスタンの住民達は、“一帝国臣民”として従順に振舞ってきているが、近々行われる連合軍の作戦如何では、反シホールアンル
感情が一気に爆発する可能性は少なく無い。
エルグマドは、この事を考慮して、指揮下の部隊には、住民に不届きを働く者は例外なく厳罰に処すと命じているため、エルグマドの担当
している作戦区域では、今の所平和である。
ただ、西部方面軍では、エルグマド軍ほど徹底した対策は取っておらず、国内省直属の部隊が厳しい取り締まり行っている事もあって、
反シ感情は日々高まりつつあると言われている。
「国内省の馬鹿役人共が足を引っ張らなければ、レスタン戦線は安泰なのですが……」
ファイロク大佐が、表情を暗くしながらそう言う。
「同感じゃな。」
エルグマドは当然とばかりにそう言い張る。
「素人共は、大人しく机に座って自分好みの落書きでも書いておれば良いのだ。」
エルグマドの一言に、幕僚達がどっと笑った。
彼が率いる司令部の幕僚達は、全員、国内省が嫌いである。
国内省は、自らが設立した私設軍隊を利用して占領地域の治安維持に当たる事が多いのだが、この治安維持活動が問題を起こしており、
敵軍に対しても寛容で知られるエルグマドは、見るだけで腹が立つと言う程で、国内省の治安維持活動は粗暴かつ、残酷であった。
これが国内省の私設軍隊だけの問題であるのならばまだマシであったが、軍の中にも、帝国中枢の考えに染まった部隊が多数おり、
初期の北大陸戦では、国内省の私設軍隊と、軍の鎮圧部隊が共同で“反逆民の殲滅”を行う事が多々あった。
エルグマド軍の幕僚達は、いずれもがその考えを嫌っており、中でもファイロク大佐等は、国内省の役人を見つけては議論を吹き掛け、
欠点を問い質して論破しまくるほどの国内省嫌いであり、時には掴み合いの喧嘩になる事もある。
「軍が、ただの人殺し好きの奇人の集まりと言われ出したのも、あの私設軍隊のやり方に影響されたせいだ。あんな、補給部隊の
苦労を増やすような穀潰し共はさっさと消えてしまえば良いのだ。」
エルグマドは、国内省の私設軍隊を皆の前でののしった。
「軍司令官閣下のおっしゃる事は良く分かりますよ。国内省軍の20万の兵員がうちの陸軍に来てくれれば、防御にでも、攻勢にでも使えるんですがなぁ。」
「まっ、国内省軍の事はここまでにしておこうか。」
エルグマドは苦笑いを浮かべながら、話題を変える。
「しかし、スーパーフォートレスの空襲にも耐えた、工場の屋根が、戦艦の艦砲射撃でいとも簡単に破壊されるとは、予想だにしていませんでした。」
ファイロク大佐が、悲しげな表情になりながら言う。
「アイオワ級は、アメリカ軍の最新鋭の戦艦であると言われている。その強さは、レーフェイル戦線でマオンド軍戦艦との対決で
現されているが、何でも、16ネルリ砲を上回る口径の主砲を積んでいる、と噂されているな。」
「16ネルリ砲以上……」
幕僚達は、皆が押し黙った。
陸軍にも大口径砲はあるが、最大の物でも13ネルリ(33センチ)程度である。
それを上回る口径の主砲を搭載している海軍の戦艦は、陸軍の砲兵達から見れば、まさに王様のような目で見られている。
だが、アイオワ級戦艦は、シホールアンル側が最強と自負しているネグリスレイ級戦艦よりも強い主砲を有している事に、幕僚達は衝撃を隠せなかった。
「アイオワ級の噂は、かねてから聞いておりましたが……」
「リムクミットの惨状を見る限り、噂は現実だった。という事じゃよ。」
エルグマドはため息を吐いた。
「アメリカ軍は、レーフェイル戦線で2隻、そして、この大陸の沖に2隻のアイオワ級を布陣させていると言われている。つまり、
計4隻のアイオワ級戦艦が、西や東で暴れまわっとるのだ。そして、それも含んだ大機動部隊を有し、レーフェイル大陸と
ベルリィク大陸の2正面で戦える程の国力。」
エルグマドは、幕僚達の顔を見回す。
「いつもながら思うが、わしらの祖国は、とんでもない国を相手に回してしまったのだな。」
「我が帝国の国力と、アメリカの国力の差は、一体どれぐらいなのでしょうなぁ。」
「それはわしには分からんさ。」
エルグマドは肩をすくめる。
「軍司令官閣下、以前、道端を歩いていた国内省の役人が、地域住民に演説していましたが、その時、その子役人は何と言っていたと思いますか?」
魔道参謀が言う。
「まさか、変な妄言を吐いたのか?」
「はい。何と、その子役人はこう言ったんです。『アメリカと同等以上の国力を持つ我が帝国は、必ず、このレスタンで敵を食い止め、
じきに矮小な南大陸軍と共に、アメリカ軍を殲滅するであろう!』と。」
エルグマドは、呆れたようにため息を吐く。
「魔道参謀、その子役人を見つけたら、わしの所に連れて来んか?わしがもてなしてやろう。」
「はっ。機会があれば。」
魔道参謀は、含み笑いをしながら頷いた。
「相変わらず、国内省の馬鹿役人共は現実を見切れておらんのだな。」
「そればかりか、嘘を言っていますよ。」
ファイロク大佐が相槌を打つ。
「ああ、まさに嘘だ。悔しい事だが、我が帝国はアメリカの国力に負けている。軍が、数年がかりでやっと北大陸を抑えたのに、
アメリカは3年で北大陸とレーフェイル大陸に派兵した。それも、大軍で持って。はっきり言って、帝国とアメリカの国力差は、
良くても4:6ぐらいだ。詳しく調べれば、差はもっと開くかもしれん。もしかしたら、その国内省の馬鹿役人は、あえてこの差を
無視して、あのような妄言を吐いたのかもしれんな。」
「………」
室内が沈黙に包まれた。
いや、彼らとて分かってはいた。
こちら側が大損害を受けた場合、3週間はかかる戦力の再編を、アメリカはもっと短い時間で成し遂げ、攻撃を加えて来る。
航空戦の場合はそれが顕著であった。
時々入って来る空中騎士軍からの情報には、大損害を与えた筈のアメリカ軍航空部隊が、僅か1週間で同数か、それ以上の
航空兵力を投入して戦線を圧迫している、といような物がかなりの割合を占めている。
一昔前ならば、そのような事は全くありえなかった。
だが、そのあり得ない筈の事は現実に起きている。
国力の差という、非情な現実は、今、戦場のあらゆる場所で見られるようになった。
「だが、まだ機会はあるぞ、諸君。」
エルグマドは、張りのある声音を室内に響かせる。
「国力の差は如何ともしがたい。しかし、わしらには、戦える戦力がある。ファイロク大佐、君がアメリカ人捕虜から聞いたという、
あの言葉を覚えておるな?」
エルグマドの問いに、ファイロクは頷く。
「敵を知り、己を知れば百戦するも危うからず、だ。わしらは、断片的ながらも、アメリカという国の力を知っている。
それを知った上で、わしらは戦える作戦を考えようではないか。」
彼は、いつもの自信のある声音で言葉を放つ。
「状況は悪くなりつつあるが、ここはレスタン領だ。我が軍が用意した防御地点はいくらでもある。そして、少ないながらも、
時間もある。敵が来たら、待ってましたとばかりに応えてやろう。」
エルグマドは笑みを浮かべる。
狡猾武者の発するその雰囲気に、いつしか、幕僚達も自信を取り戻していた。