第198話 秤の果てに
1484年(1944年)11月18日 午前11時 トハスタ領コルザミ
マオンド陸軍第61歩兵師団第443連隊に所属している第1大隊は、11月17日からコルザミ南部の守備を任されていた。
第1大隊の指揮下にある第2中隊は、トハスタ領と、首都クリンジェのあるクリヌネルズの境界線付近に布陣している。
第2中隊の指揮官であるパルカス・スィールバ大尉は、休憩中に北の空域から、1騎のワイバーンが飛来してきた事に気が付いた。
「中隊長。友軍のワイバーンです。」
「ああ、知ってるよ。」
スィールバ大尉は、ぶっきらぼうな口調で部下の軍曹に答えた。
「しかし妙ですね。ワイバーン隊は必ず、編隊飛行で飛んで行くのに。」
「先程、大隊本部で聞いた話だが、何でもトハスタ領外と連絡が付かんらしい。」
「領外と連絡が付かない?どうしてです?」
「どうして?そんな物俺が知るか。俺に聞くよりは……」
スィールバ大尉は、隣で本を読んでいる魔道士の肩を叩いた。
「こいつに聞いた方が早いぜ。」
「もう、中隊長は本当に面倒臭がり屋なんですから。」
若い魔道士が困ったような顔つきでスィールバ大尉に言う。
「簡単に言えば、魔法通信が大規模に妨害されとるようです。」
「妨害だって?どこの馬鹿野郎がそんな事したんだ。」
軍曹が、途端に不機嫌そうな口調で言う。
「さぁ……そこまでは分かりかねますね。ちなみに、領内であるならば、魔法通信は可能です。」
「領内では通じるか。でも、領外に通じないとなると、これはとんでもない事じゃねえか?」
「ああ。とんでもない事だよ。」
スィールバ大尉が答える。
「方面軍司令部では、今犯人捜しに躍起になっているようだが、俺としてはアメリカ軍の仕業じゃないかな、と思う。」
「アメリカ軍ですか……まっ、考えられなくもないですね。」
魔道士は頷くが、軍曹は納得しなかった。
「中隊長、アメリカ軍はそんなまだるっこしい事はしないでしょう。あいつらは、ちょっとやそっとの障害にぶち当たっても、
戦艦やら大型飛空挺やらを持ち出して派手にぶっ飛ばそうとするんですよ。」
「でも、永遠にその方法のままやる、とは限らないぜ?砲弾にしろ、爆弾にしろ、無限ではねえからな。」
「……はぁ、確かにそうですけどね。」
「あと、大隊本部で聞いた話には、まだ続きがあるんだが……」
スィールバ大尉は言葉を切ってから、右手の人差し指を上に向けた。
「方面軍司令部では、ワイバーン隊から連絡騎を飛ばす事を決めたようだ。恐らく、こいつがその連絡騎だろうよ。」
「まぁ……賢明な判断ですね。」
魔道士は、スィールバ大尉が指差した方向を見ながら頷く。
上空には、その連絡騎と思しきワイバーンが飛行している。たった1騎のみで飛行するワイバーンは、優雅さすら感じさせた。
程なくして、ワイバーンは、彼らが居る陣地の上空を通過し、領境も超えて行った。
「行っちゃいましたね……おっ、向こう側からも早速、お出迎えが来ましたね。」
若い魔道士が、望遠鏡を覗きながら中隊長に言う。
スィールバ大尉は、そんな声をどうでも良さそうな顔つきで聞き流していた。
「どれどれ、見せてくれ……3騎上がって来てるな。やはり、あちらさんも連絡が取れない事が気掛かりだったのかな。」
「そうでしょうね。何しろ、このトハスタ領にはアメリカ軍の大軍が攻め込んで来ていますからね。中央としても情報は欲しいでしょうし。」
軍曹と魔道士は、会話を交わしながらワイバーン同士の会同の様子を見つめていたが、スィールバ大尉は、そんな会話も全く興味が
無かったため、聞き流していた。
(そういや、海岸付近から聞こえていた爆発音も、今じゃ全く聞こえないな。一体、どうしたのやら)
スィールバ大尉は、暢気な気持ちで、ぼんやりと空を眺めた。
軍曹と魔道士のどうでもいい会話は相変わらず続くが、彼は2人の言葉を聞き流し続けた。
だが、それも長くは続かなかった。
「ん?何か動きが……はっ?ワイバーンが、落とされた!?」
「軍曹も見ましたか!?」
「ああ、はっきりと見たぞ!連絡騎が、迎えに来たワイバーンにブレスで落とされやがった!!」
彼の耳に、聞き捨てならぬ言葉が次々と入って来た。
一瞬、彼は耳を疑った。
「おい。今何て言った?」
「中隊長!とんでもねえ事が起きましたよ!!」
軍曹は、半ば興奮しながらスィールバに言った。
「連絡騎が領境を超えて少ししてから、迎えに来たワイバーンに叩き落とされちまいました!」
「中隊長、見た限り、あれは意図的でした。」
「おいおい……味方が味方を撃ち落としただと?」
スィールバ大尉は、まるで夢の中に居るかのような感覚に囚われつつも、改めて2人に聞き返した。
だが、2人からの返事は、先と同様、全く変わらなかった。
1484年(1944年)11月18日 午前11時10分 トハスタ市
「失礼します!」
魔道士が、掛け声のような挨拶をしながら会議室に入って来た。
トハスタ領主イロノグ・スレンラド侯爵と、マオンド陸軍トハスタ方面軍司令官ラグ・リンツバ大将が、魔道士に顔を向ける。
「司令官。第61師団より緊急信であります!」
「緊急信だと?見せてくれ。」
魔道士は早足で歩み寄ると、リンツバ大将に紙を渡した。
紙に書かれている内容を一読した彼は、その瞬間、顔から血の気が引いてしまった。
目を見開きながら紙を見つめ続けるリンツバ大将の姿に、スレンラド侯爵は次第に不安を感じ始める。
「将軍。第61師団は、確かトハスタ南方付近……コルザミの防衛に当たっている部隊だな?」
「……は、はっ!その通りであります。」
リンツバ大将は、ようやく我に返ったと言わんばかりに、やや慌てた口調でスレンラドに返事する。
「そこから報告が来た、という事だが。その内容を私に教えてくれないかね?」
「はっ。直ちに。」
リンツバは威儀を正すと、先と比べて、幾分落ち着いた口調でスレンラドに報告をし始めた。
「緊急、我が師団指揮下の443連隊が、コルザミの領境付近を飛行中の連絡騎が南方から飛行して来た味方騎によって撃墜された
事を確認せり……であります。」
「………何ぃ!?」
スレンラドは、驚きの余り叫んでしまった。
「れ……連絡騎が……撃墜された…だと!?」
「はっ……報告にはそうあります。」
「本当なのか?もう一度、第61師団に確認してくれないかね?」
「わかりました。」
リンツバは、スレンラドの指示に従い、再度、第61師団司令部に確認を取らせた。
返事は10分程で帰って来た。
先程と同じ魔道士が会議室に入室し、魔法通信の内容が書かれた紙をリンツバに手渡した。
リンツバは、報告を読み終えるなり、幾分落胆したような表情を見せた。
「殿下。残念ながら……報告に誤りはありません。」
「なんだと……こんな……こんな馬鹿な事が!」
スレンラドは、両手で頭を抱えた。
「味方であるワイバーンを、同じ味方の筈であったワイバーンが問答無用で叩き落とすとは……ならん……あってはならん事だぞ!」
「……殿下。残念ながら、これは現実に起きた出来事です。正直申しまして、私自身、理解に苦しみます!」
リンツバの表情が、苦悶に歪む。
「味方ワイバーンが同じ味方のワイバーンを撃ち落とす。これは、本来あってはならない事です。ですが……現実にはそれが起きて
しまっている。殿下、私自身、この言葉を申し上げる事は実に馬鹿馬鹿しいと思います。しかし状況からして、もう、言わねばならなりません。」
リンツバは、スレンラドの目を見据えた。
「トハスタは、中央に見捨てられたのではありませんか?」
「…………」
会議室が、一瞬にして静まり返った。
会議室にいる司令部幕僚や、スレンラドを始めとする庁舎の幹部は無論の事、室内に居た将校や官僚までもが、話を止めてしまった。
室内には重苦しい緊張感が漂い、誰もが、自分達が置かれた状況に絶望感を抱き始めていた。
1分、2分、3分と、徐々に時間が流れていく。
会議室に漂う重苦しい沈黙は、そのまま永遠に続くかと思われた。
が……それも長くは続かなかった。
「すまないが、私は少し失礼させて貰う。」
スレンラドは、唐突にそう言うと、席から立ち上がった。
「……殿下!」
リンツバは、席から離れようとするスレンラドを呼び止めた。
「どこに……行かれるのですか?」
「いや、どこにも行きはしない。ただ……」
スレンラドは、言葉を発しながらドアに歩み寄り、そこで立ち止まってから、リンツバに顔を振り向けた。
「考え事をしたいだけだ。領主の責任を果たすための考えを……な。」
自室に移ったスレンラドは、頭の中でこのトハスタが置かれている状況を再確認し始めた。
まず、北方にはアメリカ軍の大軍が、陸軍の防衛戦を次々と突破しながら進撃しており、今も各地で南進を続けている。
それに加え、コルザミには、敵の空母機動部隊を伴った大艦隊が押し寄せ、早朝には戦艦を中心とする砲撃部隊が沿岸に接近し、
艦砲射撃を加えて来た。
敵艦隊には、大規模な輸送船団が含まれている事も確認されており、近い内に敵が上陸作戦を行う事は容易に想像できた。
これだけでも、トハスタが置かれている状況は、非常に不利な物である。
しかし、スレンラドはそれでも、マオンド共和国の一員として務めを果たすつもりであった。
だが、その決意は、早朝から発生した、謎の怪事件によって大きくぐらついた。
リィクスタ、リルマシク、シィムスナ、ジクスの4都市で起きた同時多発的な暴動は、瞬く間に各都市に広がり、今や、犠牲者の数は
3万名以上にも上ると言われている。
特に、対応が遅かったシィムスナでは、午前10時40分頃に現地の守備隊との連絡が途絶え、方面軍司令部では、シィムスナ守備隊は、
暴徒と、謎のキメラによる襲撃で全滅したと判断された。
シィムスナ守備隊の全滅は、シィムスナという町が壊滅したという事も意味しており、シィムスナに居た住民は、多数が暴徒とキメラの
餌食になったであろう。
この一連の大暴動を抑えるには、まず延軍が必要であった。
スレンラドは、当初、マオンド本国にもすぐに連絡が取れ、増援が送られて来るであろうと思っていた。
ところが、連絡手段である魔法通信は、領内全域で妨害されており、領内では連絡が取れ、領外には全く連絡が取れぬという異常事態が
発生した。
方面軍司令部からの報告で、すぐに魔法通信が妨害されている事が分かったが、解決策は全く見出せなかった。
状況は加速度的に悪化し、4都市では、守備隊や警備隊の必死の防戦や、少数のワイバーンによる援護があった物の、不死者と化した暴徒や、
暴徒の補佐役のような動きをするキメラの勢いは止められず、ついには都市の1つが地図上から消えてしまった。
このような大惨劇が、現在も続いているにも関わらず、通信妨害は一向に消えない。
最後の手段として、スレンラドは連絡騎を送り、本国にこの惨状を知らせようとした。
だが……その最後の望みは、頼りにしていた味方のワイバーンによって、問答無用に砕かれた。
「………」
スレンラドは、無言のまま執務机の横にある引き出しに手を伸ばし、そこから1本のワインとグラスを取り出した。
瓶の蓋を開け、グラスにワインを並々と注いだ。
「領主は、偉大なるマオンドに従い、民に良き生活を送るように導いていく……全ては、マオンドのためにあれ……か。」
スレンラドは、領主に任ぜられた20年前の事を思い出す。
首都クリンジェにある共和国宮殿に呼ばれ、国王直々に領主の印が押された証明書を手渡された。
あの時は、トハスタ人の為に。そして、偉大なるマオンドの為に奉公する事を誓った。
そして、今まで、彼は昔のわだかまりを捨て去ろうと、人民を指導し、そして、中央に尽くして来た。
トハスタを発展させたお陰でマオンドの国力も向上し、一昔前までは、
「トハスタの奉公ぶりを見習え!」
という謳い文句までもが出て来るほど、スレンラドが統べるトハスタの民達は、よく頑張ってくれた。
「全ては、マオンドのためにあれ。私はその言葉を胸に、かつての仇敵という思いを捨て、人民と共に尽くした。なのに……
その結果がこれなのか……」
スレンラドは、嗚咽するかのような声音で呟く。
叫び出したい感情を、ワインをあおる事で無理やり押さえた。
酒の苦みが口の中に染み渡り、スレンラドは思わず、顔をしかめた。
(あまり、美味くは無いな)
彼は、自身が愛飲していた高級酒に対して、内心でケチをつける。
それでも、彼はグラスにワインを注いだ。
「連絡騎を叩き落とした……という事は、本国は我々に、敵と戦って死ねと言っているのだな。それも、死に難い体を持つ異形と化して……」
スレンラドは、淡々と呟いた。
もはや、彼はわかっていた。騎士団長のティルクが言っていたように、トハスタは本国から見捨てられたという事を……
「トハスタ領には、このトハスタ市を含め、未だに100万近い住民が居る。本国は、我々のみならず、残りの100万の住民に対しても、
同じような事をやろうとしているのだろう。その起点となったのが……このトハスタ市周辺、という事か。」
スレンラドは、グラスのワインを飲みながらそう確信した。
トハスタ領の中で、このトハスタ市の周辺は、領内の中でも一番人口が多い。
住民が脱出しつつあったとはいえ、トハスタ市を含む諸都市には、計20万名以上もの人が居た。
ここで、全ての人が異形化すれば、後は雪達磨式に各地に広がって行く。
そうすれば、進撃しているアメリカ軍は、異形化した住民の対応に迫られ、最悪の場合は進撃中止を余儀なくされるだろう。
「ある意味では、素晴らしい作戦だな。」
スレンラドは、皮肉気にそう言い放った。
「上手くいけば、アメリカを恐れさせ、交渉のテーブルに座らせる事も可能かもしれない。それを考えた上で、この作戦を実行したとしたら……
なるほど、損も大きいが、得も大きい。」
スレンラドは、残ったワインを一気に飲み干し、3杯目をグラスに注ぐ。
その時、彼は脳裏の中で、ある事が閃いた。
ワインを半分まで注いだ所で止め、瓶の蓋を閉めた。
「だが……彼らは間違っていた。そう、とんでもない間違いを犯していた。」
スレンラドは、グラスを片手にベランダに歩み寄る。
彼は窓を開き、ベランダの向こう側……4ゼルド先にあるリィクスタ市を眺める。
リィクスタ市の方角からは、黒煙が噴き上がっている。
黒煙の量はそう多くは無く、町全体が火事で覆われている事はなさそうだ。
だが、その町では、今でも軍と警備隊の兵士達が、自らの命を賭して住民を守り続けているのだろう。
「中央は、俺達が完全に、“マオンド人”になっていると思い込んでいたようだ。だが……そうではない。」
スレンラドは、語調を強めながら言う。
「トハスタ人は、このような、自国民をも糧にして、戦争に打ち勝とうとする“退廃的で、腐れ切った”国家に身を売り渡した覚えは無い。
故に、我らは、我らの力を発揮させる事が出来る、考えの利く者にだけ仕える。もしくは……」
彼は、意を決して言葉を放つ。
「独立するか……だ。」
スレンラドは、グラスをあおり、残っていたワインを全て飲み干した。
「後悔させてやるぞ。マオンド。追いつめられたトハスタ人が、どのように行動するか、存分に思い知らせてやる。」
スレンラドは、憤りを含んだ口調でそう言った。
彼の頭の中にあった敵としてのアメリカは、この時、既に消え去っていた。
11月18日 午後1時 ジクス市北方2マイル地点
この日、ジャック・フィリップス大尉が率いる偵察中隊は、ジクス市から2マイル離れた小高い丘の頂上に到達した所で、部隊を一時停止させた。
中隊の指揮者であるM-8グレイハウンド装甲車から降りたフィリップス大尉は、丘から見下ろすような形でジクス市を見つめた。
「……おい。こりゃ、一体どういう事だ?」
彼は、丘の下を見据えながら、後ろに部下に頓狂な声で尋ねた。
「中隊長。何が見えたんです?」
部下の1人が、フィリップス大尉に聞いて来たが、その直後、彼は大慌てで後ろに下がり、肩に吊り下げていたトミーガンを構えた。
「マイリーだ!丘の下に、とんでもない数のマイリー共が居やがる!!」
「マイリー!?」
誰もが仰天し、瞬時に武器を構えた。
「こっちに気付いているんですか!?」
「とっくに気付いている!くそ、偵察機の連中は何を見てやがった!」
フィリップス大尉は、10分前に偵察機から、ジクス方面の情報を聞き取っていた。
報告では、ジクスの町はあちこちで火災が起きていると伝えられていたが、それ以外には何の知らせも無かった。
「中隊長!右にマイリーです!」
部下が、陸に上がって来たマオンド兵と思しき人を見、フィリップスに伝える。
偵察中隊の将兵は、全員が小銃や、車載機銃をその敵に向けた。
「ま、待ってくれ!戦う気は無い!!」
マオンド兵は、恐怖に顔を引きつらせながら、いきなり両手を上げた。その片手には、意外な物が握られていた。
「……白旗?」
「アメリカ人よ、聞いてくれ!俺達は降伏する!」
マオンド兵から発せられた思いがけない言葉を耳にしたフィリップスらは、一瞬、自分の耳を疑った。
「……何だと?」
「降伏すると言っているんだ!アメリカ軍を見たら、まずは降伏せよと、領主様から命令が出ている!」
「領主様から命令が出ているだと?それは本当なのか?」
「本当だ!それよりも早く、我々の降伏を受け入れてくれ!こうしている間にも、人が次々と死んでいるんだ!」
「人が死んでいる……」
フィリップスは、その一言を聞くなり、大隊本部から伝えられた、あの言葉を思い出した。
(ジクス方面のマオンド軍は、突然発生した暴動によって大混乱に陥っているらしい)
「まさか、お前達は、暴動を起こした奴らと戦っているのか?」
「暴動だと?違う!あれは暴動と呼べるものではない!」
マオンド兵は、苛立ったように叫んだ。
「町で起こっているのは地獄だ。どこかの畜生が、死人を生き返らせて、そいつに逃げる住民や仲間を貪り食わせているんだ!」
「死人が、人を食うだと……そんな馬鹿な。」
「そんな馬鹿な事が起きているから、俺達は命からがら、町から脱出して来たんだ!お願いだ、早く俺達を助けてくれ!」
助けてくれ、という言葉を聞いたフィリップスは、徐々にではあるが、状況を理解しつつあった。
「わかった。お前から聞いた事を、今から司令部に伝える。」
フィリップスがそう言うと、マオンド兵は顔に笑みを浮かべた。
「ありがとう!」
マオンド兵は、感激したと言わんばかりに相好を崩し、フィリップスに礼を述べた。
「いや……礼には及ばん。そういえば……」
フィリップスは、マオンド兵をじっと見つめる。
「君の官姓名を教えて貰いたいのだが。」
「私は、マオンド陸軍……いや、元マオンド陸軍第14歩兵師団第2連隊指揮官を務める、フリジル・リンパグ少佐だ。連隊長は既に
戦死したため、私が連隊を率いている。」
「OK、リンパグ少佐。」
フィリップスは頷いた。
「まだ、君達を信用する事は出来んが、決して、だまし討ちを企てようとするな。」
「そんな馬鹿げた事はしない。」
リンパグ少佐は、丘の下を指差した。
「我々は、町から脱出して来た2万名の住民を保護しながら戦っているんだ。だまし討ちをする余裕は、全く無いよ。」
第15軍司令官を務めるヴァルター・モーデル中将は、唐突に入って来たその報告を、眉をひそめながら聞いていた。
「第18師団司令部からの報告は、以上であります。」
通信参謀の説明を聞き終えると、モーデル作戦地図に顔を向ける。
現在、第15軍はラジェリネの南方20マイル(32キロ)付近に進出している。
その前方20マイルには、15軍指揮下の第15軍団が進出しており、現在も進撃を続けている。
15軍の先鋒を務めている第18機甲師団は、早朝から機甲偵察隊を先発させて偵察を行っていた。報告を送って来たのは、
その偵察隊の一部隊である。
「ふむ……つまり、ジクスのみならず、トハスタ領内に居るマオンド軍は、全部隊が我々に降伏を申し出ている、という事か。」
「はっ。報告を読む限りは、そうなります。」
幕僚の1人が相槌を打つ。
「……確か、敵軍の将校は、トハスタ領領主の命令で、我が軍に降伏せよと命じられたと言っている。それほど、この地方は、
訳の分らん不死者とやらに追い詰められているのか。」
「不死者……レーフェイル派遣軍総司令部では、わかり易く“ゾンビ”と名付けているようですが、そのゾンビと、キメラの襲撃に
よって被った被害は、甚大な物になるようです。」
「報告では、既に幾万もの住民が死に絶え、ゾンビとなって街を占拠しているようだな。」
「はっ。」
幕僚は頷いた。
「司令官。至急、この事をマッカーサー司令官に知らせねば。これは、ある意味ではチャンスでもありますぞ。」
「チャンス……か。貴官の言う通りだな。」
モーデルは納得する。
「元々、我々は、ここからが本番であると思っていたが、マオンド側は訳の分らぬ作戦を実行したため、領地と国の間で分裂状態に陥った。
もし、このトハスタ領を早期に占領出来、住民の被害も抑える事に成功すれば、我が軍の評価はますます高くなるな。」
モーデルは通信参謀に顔を向けた。
「通信参謀。至急、マッカーサー閣下に、この事を伝えてくれ。上手くすれば、我々が敵の首都に一番乗り出来る日が近くなるぞ。」
「わかりました。」
通信参謀は頷くと、急いで作戦室から出て行った。
レーフェイル派遣軍司令官であるダグラス・マッカーサー大将は、第15軍が送られて来た報告を読むなり、思わず、自らの目を疑ってしまった。
「ミスター・バックナー。この報告は一体、どういう事かね?本当に、第18機甲師団は、敵から直々に降伏の申し込みを受けたのか?
ゾンビとやらと戦っているマオンド兵を見たのか?」
「報告書にはそう書いてあります。今の所、続報が入ってきておりませんので、判断材料には乏しいですが……私が思うには、早朝に送られて
来た大西洋艦隊司令部からの警告と、朝から続いていると思われる、トハスタ方面での一連の暴動。そして、第18機甲師団から送られて
来たゾンビ現るの報告は、実は1つの大事件として繋がっているのではないか?と思うのですが。」
「1つに繋がる……か。」
マッカーサーは、片手でコーンパイプを弄びながら、机に置かれている地図に目を通す。
地図には、トハスタ領内にある4つの都市の部分……リィクスタ、リルマシク、シィムスナ、ジクスが赤い丸で囲まれている。
レーフェイル派遣軍司令部は、今日の午前8時頃に、大西洋艦隊司令部より暴動勃発の報と、第7艦隊が傍受した魔法通信の内容を伝えられている。
報告によれば、4都市のマオンド軍守備隊は、倒しても生き返るという不気味な敵と、それを補佐する形で襲って来るキメラらしき化け物に押され、
民間人に夥しい犠牲者が出ているという。
マッカーサーは、引き続き、大西洋艦隊司令や、第7艦隊司令部からの情報を集めるように命じ、同時に、ジクスに近付きつつある第15軍に
未知の敵勢勢力が出現、十分に注意されたしという警告を送った。
情報は、その後も次々と送られ、派遣軍司令部では、マオンド軍を苦しめている不死者とやらの正体はなんであるか?という議論が続けられたが、
今の所、結論には至っていない。
その代わり、未知の不死者の呼び名が決まった。
呼び名を決めたのは、バックナー参謀長であった。
バックナーは、アフリカやカリブ海沿岸地域で伝わっていた風習の事を思い出し、その風習にあった話と、今回の暴動を結びつけ、わかり易いように、
不死者をゾンビと呼称してはどうか?と幕僚達に述べた。
幕僚達はこれに同意し、マッカーサーも二つ返事で了解を出している。
「通信参謀。この暴動に関する被害の最新情報は?」
「はっ。推定ではありますが、死傷者は総計で4万名近くになり、今も被害は拡大中です。それから、3時間前にシィムスナから連絡が途絶えた、
という情報も入っております。」
「連絡が途絶えた……つまり、町1つが消えてしまったという訳だな。」
マッカーサーは、シィムスナと書かれた地図上の名前をみながら、通信参謀に言った。
「となると、犠牲者数は更に増える事になるな。全く、マオンドの奴らは、同じマオンド人に対して恐ろしい事をする物だ。」
マッカーサーは、この愚策を実行したマオンド軍上層部に呆れてしまった。
1人の通信士官が会議室内に入り、通信参謀に紙を手渡した。
紙に書かれた内容を一読した通信参謀は、マッカーサーに報告する。
「閣下。第18機甲師団より続報です。マオンド軍と接触した偵察隊が、現地の戦闘の参加と、敵の降伏申し入れの許可を求めてきています。」
「何だと?そんなにジクス方面は危機的状況に……」
マッカーサーは、途中で口を閉ざす。
(いや、町の外に、住んでいた多数の住民が命からがら逃げている時点で、危機的状況にある。もしかしたら、ジクスのマオンド軍は、
自力ではゾンビやキメラの攻撃を支えきれぬほどに消耗しているのかもしれないな。)
マッカーサーは心中でそう確信した。
「……ふむ。ひとまず、現地の情勢が危ない事は分かった。」
「それから閣下。相手側のトップと思しき人物が、現地の魔道士を経由して、降伏の申し入れを行ってきたようです。」
「相手側のトップ……となると、トハスタ領の領主か。」
「はい。名前はイロノグ・スレンラド。侯爵の地位に付いており、現在はトハスタの領主を務めているようです。」
「……領主が、魔道士を経由してまで降伏の申し入れを行って来るとは……これは、予想していたよりも、トハスタ南部の情勢は悪いようだな。」
「閣下……どうされますか?」
バックナー参謀長が言う。
「現地の敵勢勢力を抑えるには、一刻も早く増援を送らなければなりません。恐らく、15軍のモーデル軍司令官も、我々の返事を今か今かと
待ちわびている事でしょう。」
バックナーは、今年の9月にレーフェイル派遣軍司令部に栄転する前まで、モーデル率いる第15軍参謀長として勤務しており、モーデルが
何を考えているかは容易に想像ができた。
「………」
マッカーサーは、しばらくの間黙考する。
ここは敵地である。トハスタ領とマオンド本国がいさかいを起こしている今ならば、それに付け込んで一気に前進出来るかも知れない。
だが、トハスタ領主の申し入れを撥ね退けた場合、トハスタ南部はゾンビで溢れ返る事になる。
マオンド軍の狙いは、トハスタ南部の住民を全てゾンビにし、侵攻して来る派遣軍の進撃を鈍らせ、最終的には進撃を止める事にあるのだろう。
レーフェイル派遣軍が、この騒動を無視した場合、その時点で、マオンド側の思惑にはまり、アメリカ軍は各地でゾンビに襲われ、ゾンビ化
した味方を撃ち殺す兵が続出するであろう。
(魔法通信傍受機が無ければ、今頃は……)
マッカーサーは、一瞬体が震えたが同時に、この便利な機械を開発した技術者達に、感謝の念が生まれた。
「降伏の申し入れだが、この際、受け入れる事にしよう。」
マッカーサーの言葉を聞いた幕僚達は、意外な言葉が出たとばかりにざわめいた。
「諸君。もし、トハスタ南部がゾンビの大群で覆われてしまったらどうなると思う?神出鬼没のゾンビやキメラに対応に我が軍は追われ、
しまいには、掃討を終えるまでトハスタ領内から出られなくなるだろう。そうなれば、敵は戦力を回復し、攻勢に打って出るかも知れない。
また、新たなゾンビを生み出して、このトハスタで起きたような遅滞戦術で、再び我が軍の進撃を妨害しようと試みるだろう。」
マッカーサーは、コーンパイプを加え、パイプに入れた葉に火を付けた。
「だが、敵の試みは、トハスタ領主の反逆という手によって失敗するかもしれない。諸君、トハスタ領内のマオンド軍が降伏するだけで、
我々はゾンビの掃討に力を入れる事が出来るのみならず、この領内の住民にも恩を売る事が出来る。我々は今、早くも好機を迎えている。」
「好機……ですか?」
幕僚の1人が、怪訝な表情で聞いて来る。
「そう。好機だ。当初、我々はトハスタ南部の戦いからが、これからの勝負になるだろうと考えていた。だが、敵は奇策を実行し、それが
現地領主と、現地軍の降伏という思わぬ幸運を生んでくれた。それだけではない。我々は、マオンド軍が、卑劣かつ、残虐な行為で持って、
住民を大量に殺戮したという証拠を掴める絶好の機会にも恵まれた。もし、このゾンビの掃討が成功した場合、マオンド上層部に計り知れぬ
打撃を与えられるかもしれない。この掃討戦を制すれば、我々は後の戦闘でも常に、主導権を握れるだろう。」
マッカーサーは言葉を区切ると、パイプを一息吸い、口から紫煙を吐き出す。
「トハスタ領主の降伏を受け入れよう。責任は私が取る。それから、第15軍にジクス方面の増援を要請したまえ。通信参謀!」
「はっ。」
マッカーサーは通信参謀に質問する。
「集められる限りの航空兵力を集めて、ジクス方面の攻撃に向かわせろ。15軍の増援が来るまでは、頼れる地上戦力はマオンド軍の残余と、
偵察中隊しかない。五月雨式でも構わんから、直ちに航空支援を送ってやれ。」
「わかりました。」
「それから……各航空軍…特に、B-29装備部隊に連絡を取ろう。」
「B-29装備部隊ですか?」
マッカーサーの言葉を聞いた通信参謀が、頓狂な声を上げる。
「そうだ。報告書を見る限り、ゾンビは火に対して弱いようだ。そこで、私が直接提案してみようと思う。」
彼は、通信参謀に言いながら、頭の中では、今年になって登場した、ある航空爆弾の事を思い出していた。
11月18日 午後7時 トハスタ市
スレンラドは、午後4時までには庁舎を離れ、5時にトハスタ市を一望できるトリスク山の頂上に辿り着き、ここから住民の避難の指揮を取っていた。
「殿下。住民の避難は滞りなく進んでおります。今の所、市内に居た住民は約7割。各都市より流れて来た避難民は、ほぼ全員が指定された区域に
避難を済ませてあります。」
リンツバ大将は、状況の推移をスレンラドに伝えた。
スレンラドは頷くと、市街地の東側に目を向けた。
既に、日は暮れており、周囲は暗い。
だが、スレンラドは、あの暗闇の向こう……壁から東に遠く離れた場所から、無数の不死者達が蠢いている事を知っていた。
(あの暗闇の向こうに、幾万もの不死者達が、このトハスタ市を目指して突き進んでいる。軍の偵察隊からは、見えるだけでも数千以上もの
不死者が向かっていると報告を送ってきている)
スレンラドは、不意に悲しくなった。
トハスタ領の民は、スレンラドの事を慕って来た。
しかし、今では、その民達が、自分達を殺そうとする敵と化している。
(トハスタ人同士で殺し合いとは。本国の連中も、陰湿な作戦を考えた物だ。)
スレンラドの思考は、横から聞こえて来た声によって中断された。
「たった今、砲撃部隊が現場海域に到達したとの報告が入りました。」
スレンラドは、横で機械を操っている見慣れぬ人間……アメリカ艦隊より派遣された特使、ウェイド・マクラスキー中佐に目を向けた。
「もう間もなく、上空に観測機が現れます。」
「ありがとうございます。」
スレンラドは、マクラスキー中佐に軽く頭を下げた。
「観測機が上空に到達したら、指示通りに、市外の魔道士達に行動するよう命じます。」
今から6時間前の午後1時頃。
スレンラドが、アメリカ側に申し入れた降伏は受け入れられ、トハスタの軍はアメリカ軍に降伏すると同時に、不死者撃滅のため、トハスタ領の
全軍とアメリカ軍は一時、協力する事が決まった。
午後3時には、アメリカ側から水上機に乗った特使と、その護衛6名が派遣された。
その後の打ち合わせでは、トハスタ市内に迫る不死者の軍団を阻止するため、アメリカ軍は、高速機動部隊を始めとする全艦隊を上げて迎撃する事が
決定し、夕方までには、戦艦3隻を主力とする砲撃部隊が、トハスタ沿岸に到達する筈だった。
この砲撃部隊は、早朝にコルザミを砲撃した第73任務部隊であり、第7艦隊司令部から命令を受け取った後は、12ノットの速力でトハスタ沿岸に
向かっていた。
本来ならば、16ノットから18ノットの速力で急行する筈であったが、途中で増援を入れたため速力が低下し、到着時刻が遅れる事になった。
砲撃部隊の到着は遅れてしまったが、その代わりに、護衛空母から発艦した34機の攻撃隊がトハスタ方面に到達し、同地で防戦を行っていた軍部隊に
航空支援を行った。
これが影響してか、ゾンビ軍団の進撃は一時停止し、敵は夜が訪れるまで、トハスタ市から10キロ離れた森林地帯の中に籠り続けた。
トハスタ方面ではこのように、状況は一時的に良くなったが、ジクス方面でも、現地駐留の軍部隊と都市警備隊、そして住民達は、
来援したアメリカ軍によって窮地を脱する事が出来た。
現在、ジクス方面は、急行して来た第18機甲師団によって包囲され、ジクス市は、18000ものゾンビ化した敵と、ナルファトス教の執行部隊が
立て篭もり、依然としてこう着状態が続いていた。
「砲撃部隊は、沿岸部に到達後、マーカーを確認次第、艦砲射撃を行います。砲弾は、避難された住民の皆さんの頭上を通り越すので、
砲弾の飛翔音で恐怖に駆られる民も居ますでしょう。その予防策として、住民の皆さんに、砲撃音は気にしないでくれと伝えてくれない
でしょうか?」
「砲弾の飛翔音で、ですか。」
「たかが飛翔音と思われるかもしれませんが、何も知らない人が、知らせも無いまま飛翔音を延々と聞かされれば、耐えきれない可能性が高い。
戦場では、予備知識がある兵士でさえ、長期間砲弾の飛翔音や炸裂音を聞かれていれば、精神に変調を来す場合があります。それを防ぐためにも、
これは味方の砲撃であるから安心してくれ、と伝えてくれないでしょうか?」
現在、トハスタ市の住民は、沿岸の砂浜から3キロ以内の所に避難している。
これは、万が一の誤射や、市街地ごとの砲撃を考えての事である。
「なるほど……わかりました。リンツバ将軍。」
スレンラドは、リンツバに声を掛けた。
「話は聞いたな。指揮下の部隊にこの事を伝えてくれないか?」
「はっ。すぐに部隊に知らせます。」
リンツバは頷くと、魔道士を呼びつけて、部隊に今の言葉を伝えさせるように命じた。
「あと少しで、あなた方が得意とする戦艦の艦砲射撃が見れますな。」
スレンラドは、マクラスキーに言った。
「3隻もの戦艦が放つ制圧射撃。参考がてらに、とくと拝見させてもらいますぞ。」
リンツバも、顔に期待の色を浮かべながらマクラスキーに言う。
「ありがとうございます。」
マクラスキーは、素っ気ない口調で2人に答えてから、ふと、思い出したように付け加えた。
「あと、言い忘れていた事があります。」
「ん?それは何ですかな?」
リンツバがすかさず聞いて来る。
「実を言いますと、今、近くに来ている艦隊の他に、機動部隊からも増援が送られて来るとの知らせが届きました。増援部隊は、
TF73の到達から、20分ほど遅れてトハスタ沖に到達し、砲撃に加わる予定です。」
11月18日 午後7時10分 トハスタ沖南西30マイル地点
戦艦ウィスコンシンの艦長であるアール・ストーン大佐は、艦橋に仁王立ちになりながら、遥か前方を見据えていた。
「しっかし、これはとんでもない事になったなぁ。」
ストーン大佐は、複雑な表情を浮かべつつ、小声で呟いた。
「まさか、ゾンビとやらと戦うために、俺達が動員されるとはね。」
彼がそう言い放った時、ウィスコンシンの長大な艦首が、音を立てながら波を切り裂くのが聞こえ、艦が僅かに動揺した。
第7艦隊司令部は、第73任務部隊の増援として、戦艦ミズーリ、ウィスコンシン、巡洋戦艦コンスティチューション、トライデントを
主力とする艦隊を送る事を決定し、増援部隊に選ばれた艦艇は、途中まで輪形陣を組みながらトハスタ沖に急行した。
増援部隊は、この4戦艦の他に重巡洋艦ロサンゼルス、ウィチタ、軽巡洋艦セント・ルイス、ダラス、駆逐艦8隻で編成され、
これらの艦隊は臨時に第72任務部隊第4任務群と名付けられた。
指揮官には、10月に第10戦艦戦隊司令(戦艦ミズーリ、ウィスコンシンで編成されている)に就任したばかりのモートン・ディヨー少将が
任ぜられている。
これらの艦艇は、燃料補給を済ませた艦を中心に選んでいるため、所属している任務群にもばらつきがあるが、今となっては、それは
些細な事である。
TG72.4は、2隻のアイオワ級戦艦が出せる30ノットのスピードで航行しており、あと30分もすれば、TF73と合流が出来る。
「まさか、こんな形で、俺が操るウィスコンシンが使われるとは。だが、久しぶりに、この自慢の主砲が使える。」
ストーン艦長は、艦橋から前方を眺め下ろす。
彼が立っている所からは、2基の3連装48口径17インチ砲を見る事が出来る。
「このウィスコンシンとミズーリの17インチ砲で、ゾンビとやらを叩きのめして、マイリーの連中に馬鹿な試みは出来ないという事を、
たっぷりと教えてやろうじゃないか。」
ストーン艦長は、小さいながらも、自信に溢れた口調でそう言い放った。
1484年(1944年)11月18日 午前11時 トハスタ領コルザミ
マオンド陸軍第61歩兵師団第443連隊に所属している第1大隊は、11月17日からコルザミ南部の守備を任されていた。
第1大隊の指揮下にある第2中隊は、トハスタ領と、首都クリンジェのあるクリヌネルズの境界線付近に布陣している。
第2中隊の指揮官であるパルカス・スィールバ大尉は、休憩中に北の空域から、1騎のワイバーンが飛来してきた事に気が付いた。
「中隊長。友軍のワイバーンです。」
「ああ、知ってるよ。」
スィールバ大尉は、ぶっきらぼうな口調で部下の軍曹に答えた。
「しかし妙ですね。ワイバーン隊は必ず、編隊飛行で飛んで行くのに。」
「先程、大隊本部で聞いた話だが、何でもトハスタ領外と連絡が付かんらしい。」
「領外と連絡が付かない?どうしてです?」
「どうして?そんな物俺が知るか。俺に聞くよりは……」
スィールバ大尉は、隣で本を読んでいる魔道士の肩を叩いた。
「こいつに聞いた方が早いぜ。」
「もう、中隊長は本当に面倒臭がり屋なんですから。」
若い魔道士が困ったような顔つきでスィールバ大尉に言う。
「簡単に言えば、魔法通信が大規模に妨害されとるようです。」
「妨害だって?どこの馬鹿野郎がそんな事したんだ。」
軍曹が、途端に不機嫌そうな口調で言う。
「さぁ……そこまでは分かりかねますね。ちなみに、領内であるならば、魔法通信は可能です。」
「領内では通じるか。でも、領外に通じないとなると、これはとんでもない事じゃねえか?」
「ああ。とんでもない事だよ。」
スィールバ大尉が答える。
「方面軍司令部では、今犯人捜しに躍起になっているようだが、俺としてはアメリカ軍の仕業じゃないかな、と思う。」
「アメリカ軍ですか……まっ、考えられなくもないですね。」
魔道士は頷くが、軍曹は納得しなかった。
「中隊長、アメリカ軍はそんなまだるっこしい事はしないでしょう。あいつらは、ちょっとやそっとの障害にぶち当たっても、
戦艦やら大型飛空挺やらを持ち出して派手にぶっ飛ばそうとするんですよ。」
「でも、永遠にその方法のままやる、とは限らないぜ?砲弾にしろ、爆弾にしろ、無限ではねえからな。」
「……はぁ、確かにそうですけどね。」
「あと、大隊本部で聞いた話には、まだ続きがあるんだが……」
スィールバ大尉は言葉を切ってから、右手の人差し指を上に向けた。
「方面軍司令部では、ワイバーン隊から連絡騎を飛ばす事を決めたようだ。恐らく、こいつがその連絡騎だろうよ。」
「まぁ……賢明な判断ですね。」
魔道士は、スィールバ大尉が指差した方向を見ながら頷く。
上空には、その連絡騎と思しきワイバーンが飛行している。たった1騎のみで飛行するワイバーンは、優雅さすら感じさせた。
程なくして、ワイバーンは、彼らが居る陣地の上空を通過し、領境も超えて行った。
「行っちゃいましたね……おっ、向こう側からも早速、お出迎えが来ましたね。」
若い魔道士が、望遠鏡を覗きながら中隊長に言う。
スィールバ大尉は、そんな声をどうでも良さそうな顔つきで聞き流していた。
「どれどれ、見せてくれ……3騎上がって来てるな。やはり、あちらさんも連絡が取れない事が気掛かりだったのかな。」
「そうでしょうね。何しろ、このトハスタ領にはアメリカ軍の大軍が攻め込んで来ていますからね。中央としても情報は欲しいでしょうし。」
軍曹と魔道士は、会話を交わしながらワイバーン同士の会同の様子を見つめていたが、スィールバ大尉は、そんな会話も全く興味が
無かったため、聞き流していた。
(そういや、海岸付近から聞こえていた爆発音も、今じゃ全く聞こえないな。一体、どうしたのやら)
スィールバ大尉は、暢気な気持ちで、ぼんやりと空を眺めた。
軍曹と魔道士のどうでもいい会話は相変わらず続くが、彼は2人の言葉を聞き流し続けた。
だが、それも長くは続かなかった。
「ん?何か動きが……はっ?ワイバーンが、落とされた!?」
「軍曹も見ましたか!?」
「ああ、はっきりと見たぞ!連絡騎が、迎えに来たワイバーンにブレスで落とされやがった!!」
彼の耳に、聞き捨てならぬ言葉が次々と入って来た。
一瞬、彼は耳を疑った。
「おい。今何て言った?」
「中隊長!とんでもねえ事が起きましたよ!!」
軍曹は、半ば興奮しながらスィールバに言った。
「連絡騎が領境を超えて少ししてから、迎えに来たワイバーンに叩き落とされちまいました!」
「中隊長、見た限り、あれは意図的でした。」
「おいおい……味方が味方を撃ち落としただと?」
スィールバ大尉は、まるで夢の中に居るかのような感覚に囚われつつも、改めて2人に聞き返した。
だが、2人からの返事は、先と同様、全く変わらなかった。
1484年(1944年)11月18日 午前11時10分 トハスタ市
「失礼します!」
魔道士が、掛け声のような挨拶をしながら会議室に入って来た。
トハスタ領主イロノグ・スレンラド侯爵と、マオンド陸軍トハスタ方面軍司令官ラグ・リンツバ大将が、魔道士に顔を向ける。
「司令官。第61師団より緊急信であります!」
「緊急信だと?見せてくれ。」
魔道士は早足で歩み寄ると、リンツバ大将に紙を渡した。
紙に書かれている内容を一読した彼は、その瞬間、顔から血の気が引いてしまった。
目を見開きながら紙を見つめ続けるリンツバ大将の姿に、スレンラド侯爵は次第に不安を感じ始める。
「将軍。第61師団は、確かトハスタ南方付近……コルザミの防衛に当たっている部隊だな?」
「……は、はっ!その通りであります。」
リンツバ大将は、ようやく我に返ったと言わんばかりに、やや慌てた口調でスレンラドに返事する。
「そこから報告が来た、という事だが。その内容を私に教えてくれないかね?」
「はっ。直ちに。」
リンツバは威儀を正すと、先と比べて、幾分落ち着いた口調でスレンラドに報告をし始めた。
「緊急、我が師団指揮下の443連隊が、コルザミの領境付近を飛行中の連絡騎が南方から飛行して来た味方騎によって撃墜された
事を確認せり……であります。」
「………何ぃ!?」
スレンラドは、驚きの余り叫んでしまった。
「れ……連絡騎が……撃墜された…だと!?」
「はっ……報告にはそうあります。」
「本当なのか?もう一度、第61師団に確認してくれないかね?」
「わかりました。」
リンツバは、スレンラドの指示に従い、再度、第61師団司令部に確認を取らせた。
返事は10分程で帰って来た。
先程と同じ魔道士が会議室に入室し、魔法通信の内容が書かれた紙をリンツバに手渡した。
リンツバは、報告を読み終えるなり、幾分落胆したような表情を見せた。
「殿下。残念ながら……報告に誤りはありません。」
「なんだと……こんな……こんな馬鹿な事が!」
スレンラドは、両手で頭を抱えた。
「味方であるワイバーンを、同じ味方の筈であったワイバーンが問答無用で叩き落とすとは……ならん……あってはならん事だぞ!」
「……殿下。残念ながら、これは現実に起きた出来事です。正直申しまして、私自身、理解に苦しみます!」
リンツバの表情が、苦悶に歪む。
「味方ワイバーンが同じ味方のワイバーンを撃ち落とす。これは、本来あってはならない事です。ですが……現実にはそれが起きて
しまっている。殿下、私自身、この言葉を申し上げる事は実に馬鹿馬鹿しいと思います。しかし状況からして、もう、言わねばならなりません。」
リンツバは、スレンラドの目を見据えた。
「トハスタは、中央に見捨てられたのではありませんか?」
「…………」
会議室が、一瞬にして静まり返った。
会議室にいる司令部幕僚や、スレンラドを始めとする庁舎の幹部は無論の事、室内に居た将校や官僚までもが、話を止めてしまった。
室内には重苦しい緊張感が漂い、誰もが、自分達が置かれた状況に絶望感を抱き始めていた。
1分、2分、3分と、徐々に時間が流れていく。
会議室に漂う重苦しい沈黙は、そのまま永遠に続くかと思われた。
が……それも長くは続かなかった。
「すまないが、私は少し失礼させて貰う。」
スレンラドは、唐突にそう言うと、席から立ち上がった。
「……殿下!」
リンツバは、席から離れようとするスレンラドを呼び止めた。
「どこに……行かれるのですか?」
「いや、どこにも行きはしない。ただ……」
スレンラドは、言葉を発しながらドアに歩み寄り、そこで立ち止まってから、リンツバに顔を振り向けた。
「考え事をしたいだけだ。領主の責任を果たすための考えを……な。」
自室に移ったスレンラドは、頭の中でこのトハスタが置かれている状況を再確認し始めた。
まず、北方にはアメリカ軍の大軍が、陸軍の防衛戦を次々と突破しながら進撃しており、今も各地で南進を続けている。
それに加え、コルザミには、敵の空母機動部隊を伴った大艦隊が押し寄せ、早朝には戦艦を中心とする砲撃部隊が沿岸に接近し、
艦砲射撃を加えて来た。
敵艦隊には、大規模な輸送船団が含まれている事も確認されており、近い内に敵が上陸作戦を行う事は容易に想像できた。
これだけでも、トハスタが置かれている状況は、非常に不利な物である。
しかし、スレンラドはそれでも、マオンド共和国の一員として務めを果たすつもりであった。
だが、その決意は、早朝から発生した、謎の怪事件によって大きくぐらついた。
リィクスタ、リルマシク、シィムスナ、ジクスの4都市で起きた同時多発的な暴動は、瞬く間に各都市に広がり、今や、犠牲者の数は
3万名以上にも上ると言われている。
特に、対応が遅かったシィムスナでは、午前10時40分頃に現地の守備隊との連絡が途絶え、方面軍司令部では、シィムスナ守備隊は、
暴徒と、謎のキメラによる襲撃で全滅したと判断された。
シィムスナ守備隊の全滅は、シィムスナという町が壊滅したという事も意味しており、シィムスナに居た住民は、多数が暴徒とキメラの
餌食になったであろう。
この一連の大暴動を抑えるには、まず延軍が必要であった。
スレンラドは、当初、マオンド本国にもすぐに連絡が取れ、増援が送られて来るであろうと思っていた。
ところが、連絡手段である魔法通信は、領内全域で妨害されており、領内では連絡が取れ、領外には全く連絡が取れぬという異常事態が
発生した。
方面軍司令部からの報告で、すぐに魔法通信が妨害されている事が分かったが、解決策は全く見出せなかった。
状況は加速度的に悪化し、4都市では、守備隊や警備隊の必死の防戦や、少数のワイバーンによる援護があった物の、不死者と化した暴徒や、
暴徒の補佐役のような動きをするキメラの勢いは止められず、ついには都市の1つが地図上から消えてしまった。
このような大惨劇が、現在も続いているにも関わらず、通信妨害は一向に消えない。
最後の手段として、スレンラドは連絡騎を送り、本国にこの惨状を知らせようとした。
だが……その最後の望みは、頼りにしていた味方のワイバーンによって、問答無用に砕かれた。
「………」
スレンラドは、無言のまま執務机の横にある引き出しに手を伸ばし、そこから1本のワインとグラスを取り出した。
瓶の蓋を開け、グラスにワインを並々と注いだ。
「領主は、偉大なるマオンドに従い、民に良き生活を送るように導いていく……全ては、マオンドのためにあれ……か。」
スレンラドは、領主に任ぜられた20年前の事を思い出す。
首都クリンジェにある共和国宮殿に呼ばれ、国王直々に領主の印が押された証明書を手渡された。
あの時は、トハスタ人の為に。そして、偉大なるマオンドの為に奉公する事を誓った。
そして、今まで、彼は昔のわだかまりを捨て去ろうと、人民を指導し、そして、中央に尽くして来た。
トハスタを発展させたお陰でマオンドの国力も向上し、一昔前までは、
「トハスタの奉公ぶりを見習え!」
という謳い文句までもが出て来るほど、スレンラドが統べるトハスタの民達は、よく頑張ってくれた。
「全ては、マオンドのためにあれ。私はその言葉を胸に、かつての仇敵という思いを捨て、人民と共に尽くした。なのに……
その結果がこれなのか……」
スレンラドは、嗚咽するかのような声音で呟く。
叫び出したい感情を、ワインをあおる事で無理やり押さえた。
酒の苦みが口の中に染み渡り、スレンラドは思わず、顔をしかめた。
(あまり、美味くは無いな)
彼は、自身が愛飲していた高級酒に対して、内心でケチをつける。
それでも、彼はグラスにワインを注いだ。
「連絡騎を叩き落とした……という事は、本国は我々に、敵と戦って死ねと言っているのだな。それも、死に難い体を持つ異形と化して……」
スレンラドは、淡々と呟いた。
もはや、彼はわかっていた。騎士団長のティルクが言っていたように、トハスタは本国から見捨てられたという事を……
「トハスタ領には、このトハスタ市を含め、未だに100万近い住民が居る。本国は、我々のみならず、残りの100万の住民に対しても、
同じような事をやろうとしているのだろう。その起点となったのが……このトハスタ市周辺、という事か。」
スレンラドは、グラスのワインを飲みながらそう確信した。
トハスタ領の中で、このトハスタ市の周辺は、領内の中でも一番人口が多い。
住民が脱出しつつあったとはいえ、トハスタ市を含む諸都市には、計20万名以上もの人が居た。
ここで、全ての人が異形化すれば、後は雪達磨式に各地に広がって行く。
そうすれば、進撃しているアメリカ軍は、異形化した住民の対応に迫られ、最悪の場合は進撃中止を余儀なくされるだろう。
「ある意味では、素晴らしい作戦だな。」
スレンラドは、皮肉気にそう言い放った。
「上手くいけば、アメリカを恐れさせ、交渉のテーブルに座らせる事も可能かもしれない。それを考えた上で、この作戦を実行したとしたら……
なるほど、損も大きいが、得も大きい。」
スレンラドは、残ったワインを一気に飲み干し、3杯目をグラスに注ぐ。
その時、彼は脳裏の中で、ある事が閃いた。
ワインを半分まで注いだ所で止め、瓶の蓋を閉めた。
「だが……彼らは間違っていた。そう、とんでもない間違いを犯していた。」
スレンラドは、グラスを片手にベランダに歩み寄る。
彼は窓を開き、ベランダの向こう側……4ゼルド先にあるリィクスタ市を眺める。
リィクスタ市の方角からは、黒煙が噴き上がっている。
黒煙の量はそう多くは無く、町全体が火事で覆われている事はなさそうだ。
だが、その町では、今でも軍と警備隊の兵士達が、自らの命を賭して住民を守り続けているのだろう。
「中央は、俺達が完全に、“マオンド人”になっていると思い込んでいたようだ。だが……そうではない。」
スレンラドは、語調を強めながら言う。
「トハスタ人は、このような、自国民をも糧にして、戦争に打ち勝とうとする“退廃的で、腐れ切った”国家に身を売り渡した覚えは無い。
故に、我らは、我らの力を発揮させる事が出来る、考えの利く者にだけ仕える。もしくは……」
彼は、意を決して言葉を放つ。
「独立するか……だ。」
スレンラドは、グラスをあおり、残っていたワインを全て飲み干した。
「後悔させてやるぞ。マオンド。追いつめられたトハスタ人が、どのように行動するか、存分に思い知らせてやる。」
スレンラドは、憤りを含んだ口調でそう言った。
彼の頭の中にあった敵としてのアメリカは、この時、既に消え去っていた。
11月18日 午後1時 ジクス市北方2マイル地点
この日、ジャック・フィリップス大尉が率いる偵察中隊は、ジクス市から2マイル離れた小高い丘の頂上に到達した所で、部隊を一時停止させた。
中隊の指揮者であるM-8グレイハウンド装甲車から降りたフィリップス大尉は、丘から見下ろすような形でジクス市を見つめた。
「……おい。こりゃ、一体どういう事だ?」
彼は、丘の下を見据えながら、後ろに部下に頓狂な声で尋ねた。
「中隊長。何が見えたんです?」
部下の1人が、フィリップス大尉に聞いて来たが、その直後、彼は大慌てで後ろに下がり、肩に吊り下げていたトミーガンを構えた。
「マイリーだ!丘の下に、とんでもない数のマイリー共が居やがる!!」
「マイリー!?」
誰もが仰天し、瞬時に武器を構えた。
「こっちに気付いているんですか!?」
「とっくに気付いている!くそ、偵察機の連中は何を見てやがった!」
フィリップス大尉は、10分前に偵察機から、ジクス方面の情報を聞き取っていた。
報告では、ジクスの町はあちこちで火災が起きていると伝えられていたが、それ以外には何の知らせも無かった。
「中隊長!右にマイリーです!」
部下が、陸に上がって来たマオンド兵と思しき人を見、フィリップスに伝える。
偵察中隊の将兵は、全員が小銃や、車載機銃をその敵に向けた。
「ま、待ってくれ!戦う気は無い!!」
マオンド兵は、恐怖に顔を引きつらせながら、いきなり両手を上げた。その片手には、意外な物が握られていた。
「……白旗?」
「アメリカ人よ、聞いてくれ!俺達は降伏する!」
マオンド兵から発せられた思いがけない言葉を耳にしたフィリップスらは、一瞬、自分の耳を疑った。
「……何だと?」
「降伏すると言っているんだ!アメリカ軍を見たら、まずは降伏せよと、領主様から命令が出ている!」
「領主様から命令が出ているだと?それは本当なのか?」
「本当だ!それよりも早く、我々の降伏を受け入れてくれ!こうしている間にも、人が次々と死んでいるんだ!」
「人が死んでいる……」
フィリップスは、その一言を聞くなり、大隊本部から伝えられた、あの言葉を思い出した。
(ジクス方面のマオンド軍は、突然発生した暴動によって大混乱に陥っているらしい)
「まさか、お前達は、暴動を起こした奴らと戦っているのか?」
「暴動だと?違う!あれは暴動と呼べるものではない!」
マオンド兵は、苛立ったように叫んだ。
「町で起こっているのは地獄だ。どこかの畜生が、死人を生き返らせて、そいつに逃げる住民や仲間を貪り食わせているんだ!」
「死人が、人を食うだと……そんな馬鹿な。」
「そんな馬鹿な事が起きているから、俺達は命からがら、町から脱出して来たんだ!お願いだ、早く俺達を助けてくれ!」
助けてくれ、という言葉を聞いたフィリップスは、徐々にではあるが、状況を理解しつつあった。
「わかった。お前から聞いた事を、今から司令部に伝える。」
フィリップスがそう言うと、マオンド兵は顔に笑みを浮かべた。
「ありがとう!」
マオンド兵は、感激したと言わんばかりに相好を崩し、フィリップスに礼を述べた。
「いや……礼には及ばん。そういえば……」
フィリップスは、マオンド兵をじっと見つめる。
「君の官姓名を教えて貰いたいのだが。」
「私は、マオンド陸軍……いや、元マオンド陸軍第14歩兵師団第2連隊指揮官を務める、フリジル・リンパグ少佐だ。連隊長は既に
戦死したため、私が連隊を率いている。」
「OK、リンパグ少佐。」
フィリップスは頷いた。
「まだ、君達を信用する事は出来んが、決して、だまし討ちを企てようとするな。」
「そんな馬鹿げた事はしない。」
リンパグ少佐は、丘の下を指差した。
「我々は、町から脱出して来た2万名の住民を保護しながら戦っているんだ。だまし討ちをする余裕は、全く無いよ。」
第15軍司令官を務めるヴァルター・モーデル中将は、唐突に入って来たその報告を、眉をひそめながら聞いていた。
「第18師団司令部からの報告は、以上であります。」
通信参謀の説明を聞き終えると、モーデル作戦地図に顔を向ける。
現在、第15軍はラジェリネの南方20マイル(32キロ)付近に進出している。
その前方20マイルには、15軍指揮下の第15軍団が進出しており、現在も進撃を続けている。
15軍の先鋒を務めている第18機甲師団は、早朝から機甲偵察隊を先発させて偵察を行っていた。報告を送って来たのは、
その偵察隊の一部隊である。
「ふむ……つまり、ジクスのみならず、トハスタ領内に居るマオンド軍は、全部隊が我々に降伏を申し出ている、という事か。」
「はっ。報告を読む限りは、そうなります。」
幕僚の1人が相槌を打つ。
「……確か、敵軍の将校は、トハスタ領領主の命令で、我が軍に降伏せよと命じられたと言っている。それほど、この地方は、
訳の分らん不死者とやらに追い詰められているのか。」
「不死者……レーフェイル派遣軍総司令部では、わかり易く“ゾンビ”と名付けているようですが、そのゾンビと、キメラの襲撃に
よって被った被害は、甚大な物になるようです。」
「報告では、既に幾万もの住民が死に絶え、ゾンビとなって街を占拠しているようだな。」
「はっ。」
幕僚は頷いた。
「司令官。至急、この事をマッカーサー司令官に知らせねば。これは、ある意味ではチャンスでもありますぞ。」
「チャンス……か。貴官の言う通りだな。」
モーデルは納得する。
「元々、我々は、ここからが本番であると思っていたが、マオンド側は訳の分らぬ作戦を実行したため、領地と国の間で分裂状態に陥った。
もし、このトハスタ領を早期に占領出来、住民の被害も抑える事に成功すれば、我が軍の評価はますます高くなるな。」
モーデルは通信参謀に顔を向けた。
「通信参謀。至急、マッカーサー閣下に、この事を伝えてくれ。上手くすれば、我々が敵の首都に一番乗り出来る日が近くなるぞ。」
「わかりました。」
通信参謀は頷くと、急いで作戦室から出て行った。
レーフェイル派遣軍司令官であるダグラス・マッカーサー大将は、第15軍が送られて来た報告を読むなり、思わず、自らの目を疑ってしまった。
「ミスター・バックナー。この報告は一体、どういう事かね?本当に、第18機甲師団は、敵から直々に降伏の申し込みを受けたのか?
ゾンビとやらと戦っているマオンド兵を見たのか?」
「報告書にはそう書いてあります。今の所、続報が入ってきておりませんので、判断材料には乏しいですが……私が思うには、早朝に送られて
来た大西洋艦隊司令部からの警告と、朝から続いていると思われる、トハスタ方面での一連の暴動。そして、第18機甲師団から送られて
来たゾンビ現るの報告は、実は1つの大事件として繋がっているのではないか?と思うのですが。」
「1つに繋がる……か。」
マッカーサーは、片手でコーンパイプを弄びながら、机に置かれている地図に目を通す。
地図には、トハスタ領内にある4つの都市の部分……リィクスタ、リルマシク、シィムスナ、ジクスが赤い丸で囲まれている。
レーフェイル派遣軍司令部は、今日の午前8時頃に、大西洋艦隊司令部より暴動勃発の報と、第7艦隊が傍受した魔法通信の内容を伝えられている。
報告によれば、4都市のマオンド軍守備隊は、倒しても生き返るという不気味な敵と、それを補佐する形で襲って来るキメラらしき化け物に押され、
民間人に夥しい犠牲者が出ているという。
マッカーサーは、引き続き、大西洋艦隊司令や、第7艦隊司令部からの情報を集めるように命じ、同時に、ジクスに近付きつつある第15軍に
未知の敵勢勢力が出現、十分に注意されたしという警告を送った。
情報は、その後も次々と送られ、派遣軍司令部では、マオンド軍を苦しめている不死者とやらの正体はなんであるか?という議論が続けられたが、
今の所、結論には至っていない。
その代わり、未知の不死者の呼び名が決まった。
呼び名を決めたのは、バックナー参謀長であった。
バックナーは、アフリカやカリブ海沿岸地域で伝わっていた風習の事を思い出し、その風習にあった話と、今回の暴動を結びつけ、わかり易いように、
不死者をゾンビと呼称してはどうか?と幕僚達に述べた。
幕僚達はこれに同意し、マッカーサーも二つ返事で了解を出している。
「通信参謀。この暴動に関する被害の最新情報は?」
「はっ。推定ではありますが、死傷者は総計で4万名近くになり、今も被害は拡大中です。それから、3時間前にシィムスナから連絡が途絶えた、
という情報も入っております。」
「連絡が途絶えた……つまり、町1つが消えてしまったという訳だな。」
マッカーサーは、シィムスナと書かれた地図上の名前をみながら、通信参謀に言った。
「となると、犠牲者数は更に増える事になるな。全く、マオンドの奴らは、同じマオンド人に対して恐ろしい事をする物だ。」
マッカーサーは、この愚策を実行したマオンド軍上層部に呆れてしまった。
1人の通信士官が会議室内に入り、通信参謀に紙を手渡した。
紙に書かれた内容を一読した通信参謀は、マッカーサーに報告する。
「閣下。第18機甲師団より続報です。マオンド軍と接触した偵察隊が、現地の戦闘の参加と、敵の降伏申し入れの許可を求めてきています。」
「何だと?そんなにジクス方面は危機的状況に……」
マッカーサーは、途中で口を閉ざす。
(いや、町の外に、住んでいた多数の住民が命からがら逃げている時点で、危機的状況にある。もしかしたら、ジクスのマオンド軍は、
自力ではゾンビやキメラの攻撃を支えきれぬほどに消耗しているのかもしれないな。)
マッカーサーは心中でそう確信した。
「……ふむ。ひとまず、現地の情勢が危ない事は分かった。」
「それから閣下。相手側のトップと思しき人物が、現地の魔道士を経由して、降伏の申し入れを行ってきたようです。」
「相手側のトップ……となると、トハスタ領の領主か。」
「はい。名前はイロノグ・スレンラド。侯爵の地位に付いており、現在はトハスタの領主を務めているようです。」
「……領主が、魔道士を経由してまで降伏の申し入れを行って来るとは……これは、予想していたよりも、トハスタ南部の情勢は悪いようだな。」
「閣下……どうされますか?」
バックナー参謀長が言う。
「現地の敵勢勢力を抑えるには、一刻も早く増援を送らなければなりません。恐らく、15軍のモーデル軍司令官も、我々の返事を今か今かと
待ちわびている事でしょう。」
バックナーは、今年の9月にレーフェイル派遣軍司令部に栄転する前まで、モーデル率いる第15軍参謀長として勤務しており、モーデルが
何を考えているかは容易に想像ができた。
「………」
マッカーサーは、しばらくの間黙考する。
ここは敵地である。トハスタ領とマオンド本国がいさかいを起こしている今ならば、それに付け込んで一気に前進出来るかも知れない。
だが、トハスタ領主の申し入れを撥ね退けた場合、トハスタ南部はゾンビで溢れ返る事になる。
マオンド軍の狙いは、トハスタ南部の住民を全てゾンビにし、侵攻して来る派遣軍の進撃を鈍らせ、最終的には進撃を止める事にあるのだろう。
レーフェイル派遣軍が、この騒動を無視した場合、その時点で、マオンド側の思惑にはまり、アメリカ軍は各地でゾンビに襲われ、ゾンビ化
した味方を撃ち殺す兵が続出するであろう。
(魔法通信傍受機が無ければ、今頃は……)
マッカーサーは、一瞬体が震えたが同時に、この便利な機械を開発した技術者達に、感謝の念が生まれた。
「降伏の申し入れだが、この際、受け入れる事にしよう。」
マッカーサーの言葉を聞いた幕僚達は、意外な言葉が出たとばかりにざわめいた。
「諸君。もし、トハスタ南部がゾンビの大群で覆われてしまったらどうなると思う?神出鬼没のゾンビやキメラに対応に我が軍は追われ、
しまいには、掃討を終えるまでトハスタ領内から出られなくなるだろう。そうなれば、敵は戦力を回復し、攻勢に打って出るかも知れない。
また、新たなゾンビを生み出して、このトハスタで起きたような遅滞戦術で、再び我が軍の進撃を妨害しようと試みるだろう。」
マッカーサーは、コーンパイプを加え、パイプに入れた葉に火を付けた。
「だが、敵の試みは、トハスタ領主の反逆という手によって失敗するかもしれない。諸君、トハスタ領内のマオンド軍が降伏するだけで、
我々はゾンビの掃討に力を入れる事が出来るのみならず、この領内の住民にも恩を売る事が出来る。我々は今、早くも好機を迎えている。」
「好機……ですか?」
幕僚の1人が、怪訝な表情で聞いて来る。
「そう。好機だ。当初、我々はトハスタ南部の戦いからが、これからの勝負になるだろうと考えていた。だが、敵は奇策を実行し、それが
現地領主と、現地軍の降伏という思わぬ幸運を生んでくれた。それだけではない。我々は、マオンド軍が、卑劣かつ、残虐な行為で持って、
住民を大量に殺戮したという証拠を掴める絶好の機会にも恵まれた。もし、このゾンビの掃討が成功した場合、マオンド上層部に計り知れぬ
打撃を与えられるかもしれない。この掃討戦を制すれば、我々は後の戦闘でも常に、主導権を握れるだろう。」
マッカーサーは言葉を区切ると、パイプを一息吸い、口から紫煙を吐き出す。
「トハスタ領主の降伏を受け入れよう。責任は私が取る。それから、第15軍にジクス方面の増援を要請したまえ。通信参謀!」
「はっ。」
マッカーサーは通信参謀に質問する。
「集められる限りの航空兵力を集めて、ジクス方面の攻撃に向かわせろ。15軍の増援が来るまでは、頼れる地上戦力はマオンド軍の残余と、
偵察中隊しかない。五月雨式でも構わんから、直ちに航空支援を送ってやれ。」
「わかりました。」
「それから……各航空軍…特に、B-29装備部隊に連絡を取ろう。」
「B-29装備部隊ですか?」
マッカーサーの言葉を聞いた通信参謀が、頓狂な声を上げる。
「そうだ。報告書を見る限り、ゾンビは火に対して弱いようだ。そこで、私が直接提案してみようと思う。」
彼は、通信参謀に言いながら、頭の中では、今年になって登場した、ある航空爆弾の事を思い出していた。
11月18日 午後7時 トハスタ市
スレンラドは、午後4時までには庁舎を離れ、5時にトハスタ市を一望できるトリスク山の頂上に辿り着き、ここから住民の避難の指揮を取っていた。
「殿下。住民の避難は滞りなく進んでおります。今の所、市内に居た住民は約7割。各都市より流れて来た避難民は、ほぼ全員が指定された区域に
避難を済ませてあります。」
リンツバ大将は、状況の推移をスレンラドに伝えた。
スレンラドは頷くと、市街地の東側に目を向けた。
既に、日は暮れており、周囲は暗い。
だが、スレンラドは、あの暗闇の向こう……壁から東に遠く離れた場所から、無数の不死者達が蠢いている事を知っていた。
(あの暗闇の向こうに、幾万もの不死者達が、このトハスタ市を目指して突き進んでいる。軍の偵察隊からは、見えるだけでも数千以上もの
不死者が向かっていると報告を送ってきている)
スレンラドは、不意に悲しくなった。
トハスタ領の民は、スレンラドの事を慕って来た。
しかし、今では、その民達が、自分達を殺そうとする敵と化している。
(トハスタ人同士で殺し合いとは。本国の連中も、陰湿な作戦を考えた物だ。)
スレンラドの思考は、横から聞こえて来た声によって中断された。
「たった今、砲撃部隊が現場海域に到達したとの報告が入りました。」
スレンラドは、横で機械を操っている見慣れぬ人間……アメリカ艦隊より派遣された特使、ウェイド・マクラスキー中佐に目を向けた。
「もう間もなく、上空に観測機が現れます。」
「ありがとうございます。」
スレンラドは、マクラスキー中佐に軽く頭を下げた。
「観測機が上空に到達したら、指示通りに、市外の魔道士達に行動するよう命じます。」
今から6時間前の午後1時頃。
スレンラドが、アメリカ側に申し入れた降伏は受け入れられ、トハスタの軍はアメリカ軍に降伏すると同時に、不死者撃滅のため、トハスタ領の
全軍とアメリカ軍は一時、協力する事が決まった。
午後3時には、アメリカ側から水上機に乗った特使と、その護衛6名が派遣された。
その後の打ち合わせでは、トハスタ市内に迫る不死者の軍団を阻止するため、アメリカ軍は、高速機動部隊を始めとする全艦隊を上げて迎撃する事が
決定し、夕方までには、戦艦3隻を主力とする砲撃部隊が、トハスタ沿岸に到達する筈だった。
この砲撃部隊は、早朝にコルザミを砲撃した第73任務部隊であり、第7艦隊司令部から命令を受け取った後は、12ノットの速力でトハスタ沿岸に
向かっていた。
本来ならば、16ノットから18ノットの速力で急行する筈であったが、途中で増援を入れたため速力が低下し、到着時刻が遅れる事になった。
砲撃部隊の到着は遅れてしまったが、その代わりに、護衛空母から発艦した34機の攻撃隊がトハスタ方面に到達し、同地で防戦を行っていた軍部隊に
航空支援を行った。
これが影響してか、ゾンビ軍団の進撃は一時停止し、敵は夜が訪れるまで、トハスタ市から10キロ離れた森林地帯の中に籠り続けた。
トハスタ方面ではこのように、状況は一時的に良くなったが、ジクス方面でも、現地駐留の軍部隊と都市警備隊、そして住民達は、
来援したアメリカ軍によって窮地を脱する事が出来た。
現在、ジクス方面は、急行して来た第18機甲師団によって包囲され、ジクス市は、18000ものゾンビ化した敵と、ナルファトス教の執行部隊が
立て篭もり、依然としてこう着状態が続いていた。
「砲撃部隊は、沿岸部に到達後、マーカーを確認次第、艦砲射撃を行います。砲弾は、避難された住民の皆さんの頭上を通り越すので、
砲弾の飛翔音で恐怖に駆られる民も居ますでしょう。その予防策として、住民の皆さんに、砲撃音は気にしないでくれと伝えてくれない
でしょうか?」
「砲弾の飛翔音で、ですか。」
「たかが飛翔音と思われるかもしれませんが、何も知らない人が、知らせも無いまま飛翔音を延々と聞かされれば、耐えきれない可能性が高い。
戦場では、予備知識がある兵士でさえ、長期間砲弾の飛翔音や炸裂音を聞かれていれば、精神に変調を来す場合があります。それを防ぐためにも、
これは味方の砲撃であるから安心してくれ、と伝えてくれないでしょうか?」
現在、トハスタ市の住民は、沿岸の砂浜から3キロ以内の所に避難している。
これは、万が一の誤射や、市街地ごとの砲撃を考えての事である。
「なるほど……わかりました。リンツバ将軍。」
スレンラドは、リンツバに声を掛けた。
「話は聞いたな。指揮下の部隊にこの事を伝えてくれないか?」
「はっ。すぐに部隊に知らせます。」
リンツバは頷くと、魔道士を呼びつけて、部隊に今の言葉を伝えさせるように命じた。
「あと少しで、あなた方が得意とする戦艦の艦砲射撃が見れますな。」
スレンラドは、マクラスキーに言った。
「3隻もの戦艦が放つ制圧射撃。参考がてらに、とくと拝見させてもらいますぞ。」
リンツバも、顔に期待の色を浮かべながらマクラスキーに言う。
「ありがとうございます。」
マクラスキーは、素っ気ない口調で2人に答えてから、ふと、思い出したように付け加えた。
「あと、言い忘れていた事があります。」
「ん?それは何ですかな?」
リンツバがすかさず聞いて来る。
「実を言いますと、今、近くに来ている艦隊の他に、機動部隊からも増援が送られて来るとの知らせが届きました。増援部隊は、
TF73の到達から、20分ほど遅れてトハスタ沖に到達し、砲撃に加わる予定です。」
11月18日 午後7時10分 トハスタ沖南西30マイル地点
戦艦ウィスコンシンの艦長であるアール・ストーン大佐は、艦橋に仁王立ちになりながら、遥か前方を見据えていた。
「しっかし、これはとんでもない事になったなぁ。」
ストーン大佐は、複雑な表情を浮かべつつ、小声で呟いた。
「まさか、ゾンビとやらと戦うために、俺達が動員されるとはね。」
彼がそう言い放った時、ウィスコンシンの長大な艦首が、音を立てながら波を切り裂くのが聞こえ、艦が僅かに動揺した。
第7艦隊司令部は、第73任務部隊の増援として、戦艦ミズーリ、ウィスコンシン、巡洋戦艦コンスティチューション、トライデントを
主力とする艦隊を送る事を決定し、増援部隊に選ばれた艦艇は、途中まで輪形陣を組みながらトハスタ沖に急行した。
増援部隊は、この4戦艦の他に重巡洋艦ロサンゼルス、ウィチタ、軽巡洋艦セント・ルイス、ダラス、駆逐艦8隻で編成され、
これらの艦隊は臨時に第72任務部隊第4任務群と名付けられた。
指揮官には、10月に第10戦艦戦隊司令(戦艦ミズーリ、ウィスコンシンで編成されている)に就任したばかりのモートン・ディヨー少将が
任ぜられている。
これらの艦艇は、燃料補給を済ませた艦を中心に選んでいるため、所属している任務群にもばらつきがあるが、今となっては、それは
些細な事である。
TG72.4は、2隻のアイオワ級戦艦が出せる30ノットのスピードで航行しており、あと30分もすれば、TF73と合流が出来る。
「まさか、こんな形で、俺が操るウィスコンシンが使われるとは。だが、久しぶりに、この自慢の主砲が使える。」
ストーン艦長は、艦橋から前方を眺め下ろす。
彼が立っている所からは、2基の3連装48口径17インチ砲を見る事が出来る。
「このウィスコンシンとミズーリの17インチ砲で、ゾンビとやらを叩きのめして、マイリーの連中に馬鹿な試みは出来ないという事を、
たっぷりと教えてやろうじゃないか。」
ストーン艦長は、小さいながらも、自信に溢れた口調でそう言い放った。