自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

296 第218話 機動部隊VS機動部隊

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第218話 機動部隊VS機動部隊

1485年(1945年)1月23日 午前3時 レスタン領ハタリフィク

ハタリフィクにあるレスタン領軍集団司令部は、2時間前から深い静けさに覆われていた。
司令部のある建物は、一部の部屋に明かりが付いているが、他の大部分の部屋には明かりが灯っていなかった。
ほぼ真っ暗な状態である司令部の中を、レスタン領軍集団司令官、ルィキム・エルグマド大将は手元にランプを携えながら、
ゆっくりとした足取りで歩いていた。

「やはり、真夜中と言う事もあって、辺りは真っ暗だ。そのせいか、余計に寒く感じてしまうな。」

エルグマドは、冬の夜の冷気に体を震わせつつも、内部の散歩を続ける。
10分程軽く中を歩いた後、彼は未だに明かりが付いているある部屋の前に辿り着いた。

「……まだ起きておるのか……」

エルグマドは、微かに開かれた作戦室のドアを見据えながら、小声で呟く。
ドアを開けると、作戦室内には魔道参謀のフーシュタル中佐と作戦参謀のファイロク大佐、兵站参謀のラッヘル・リンブ少佐が、
作戦室に急いで設けられたソファーに座って話をしていた。

「エルグマド閣下。どうかされましたか?」

俯きながら話をしていたリンブ少佐が、エルグマドが室内に入って来た事に気付き、幾分驚いた様子で話し掛けてきた。

「いや、ちょいとばかり目が覚めてしまってな。」

エルグマドは微笑を浮かべながら、リンブらの側に歩み寄って来た。

「君達こそ、ここで何をしておるのかね?わしは休憩を取るように命じた筈だが。」
「は……我々も、どうも寝付けない物でして……気付いたらこうやって、起きている者同士で話し合っておりました。」
「話し合いか……酒を飲みながらかね?」

エルグマドは、2つのソファーの間に置いてある、背の低い小さなテーブルの上にある酒ビンとグラスを見ながら、リンブに聞いた。

「寝酒代わりにと、作戦参謀が持って来たのですが、かれこれ1時間程、こうして話し合っております。」
「ふむ……南部のティルクネコ産の果実酒か。美味そうじゃの。作戦参謀、わしにも一杯くれんかね?」
「喜んで、と、言いたい所でありますが……」
「グラスが足りんかね?ならば、君の物を少しだけ貸してくれ。」
「ハッ。では……」

ファイロク大佐は、空になった自分のグラスに果実酒を並々と注ぎ、それをエルグマドに手渡した。

「閣下。」
「うむ、ありがとう。」

エルグマドは、ファイロク大佐に礼を言ってから、グラスの果実酒を一気に飲み干した。

「ほほう……やはり、果実酒はティルクネコ産に限るな。」
「我が帝国自慢の酒ですからな。」

エルグマドの言葉に、ファイロク大佐も笑顔を張り付かせながら相槌を打った。

「閣下。もう一杯どうですか?」
「いや……今は良い。」

エルグマドは、グラスの口を左手で塞ぎながら、ファイロクに返した。

「それよりも、君達もここで話し合っているよりは、ひとまず、ゆっくり寝て、次に備えた方が良いと、わしは思うが……」

彼はそう言ってから、自分の頭を叩いた。

「命令を出しながら、勝手に中をうろつき回っているわしが言えた義理ではないな。」

エルグマドの何気ない一言に、ファイロクらは失笑した。

「ここで、楽しい気分に水を差すのは気が引ける事じゃが……状況が、我が方優勢じゃない今、我々に出来る事は、ただ、第4機動艦隊が
敵艦隊との決戦に勝利し、敵上陸部隊の進出を鈍らせてくれる事を祈るしかない。わしらは、それに備えて、準備をする必要がある。だから、
今は体を休めた方が良いぞ。」
「は……閣下のおっしゃる通りです。」

ファイロクは、深く頭を頷かせる。

「……どうした、兵站参謀。あまり、浮かぬ顔をしておるが。」
「……閣下。実は、先程まで、私達3人は話をしていたのですが……」

リンブはそこまで言うと、エルグマドに向け、ずいと体を乗り出してから言葉を続けた。

「閣下は、この戦争に、勝てると思われておりますか?」
「……わしからは、きっぱりとした事は言い難いが、戦は、勝つしかあるまい。だが、今、戦っている敵は余りにも強大すぎるが故に、
勝つ事は難しいだろう。最も、今までの固定観念……例えば、敵国の首都に乗り込み、文字通り、相手国を滅ぼすと言った意味での勝ち
と言う物を捨て、ある程度妥協しつつも、こちら側が有利な上で戦争を終わらせ、それを勝ちと言うような感じで意識を変えれば、勝てる、
と思える。」
「我々も、我が祖国がこの戦争で勝利を得る為には、エルグマド閣下の言われる通りだと話し合っていました。」

フーシュタル中佐が言う。普段は明るいこの青年参謀も、今は苦悩の末、疲れ果てた様子を顔に滲ませている。

「ですが……我が帝国。偉大なるシホールアンル帝国は、そう言った意味での勝ちですら、拾えぬ状況にあるのではないですか?」
「と、言うと?」
「帝国は、以前は強かった。武力は勿論、精神的な意味でもです。しかし、今では、あんな誇大戦果を発表し、それを訂正するどころか、
全くやらない。それどころか、国民は今では、それを信じ切って、今にも連合軍は我が軍の反撃を受け、押し戻されるとまで思いこんでいる。
先程、私は、司令部に遅れて赴任して来た、リンブ少佐の副官から話を聞きました。その話に、私は自分の気を疑いかけた程です。」
「……本国は、あの戦果を誤りであったと、国民に伝えていなかったのか?」
「副官からの話ではそうだったようです。」

リンブ少佐はそう言いながら、ふたの開いた果実酒を手に取った。

「この酒は、副官がここに赴任する前に、戦果発表を聞いて気前を良くした商人から貰った物です。」

リンブは、エルグマドに顔を向けた。

「副官はこう言われたそうです。『アメリカ機動部隊とやらは始末されたから、今度は敵の戦車部隊を狩りまくる番だな』と。」

彼はため息交じりにそう言いながら、ビンをテーブルに置いた。

「これは2日前、ティルクネコの宿で副官が実際に経験した事です。なのに、現状ではどうです?今は、我々にも余裕はあります。第29石甲軍は
大損害を被りつつも、我々の期待通りに、パットンを始めとする敵連合軍の進撃速度を鈍らせています。レーミア海岸では、昨日の夕方、包囲下に
ありながら勇戦を続けていたレーミア城守備隊が壊滅し、レーミア城にアメリカ軍の旗が掲げられましたが、敵地上部隊は未だに、内陸から1ゼルド半しか
制圧できておらず、我々はまだ、海岸線と呼べる位置に敵を押し留める事が出来ています。この後、第4機動艦隊が予定通り、任務を果たせば、
敵の大侵攻によって失った多くの人命は無駄にならずに済むでしょう。ですが……第4機動艦隊が敗退したら、我々はそれまで維持できた余裕を
一気に失います。いや、第4機動艦隊が任を果たしたとしても……もしかしたら、その場限り、と言う事も考えられるでしょう。」

リンブはそう言いながら、懐からメモ用にとってある白紙を数枚取り出し、1枚を大きく二つに割った。

「これは、アメリカ機動部隊です。そしてもう1つは、第4機動艦隊です。今度の決戦で、アメリカ機動部隊は大損害を被り、敗退したとします。」

リンブは一方の紙をびりびりと破り捨て、テーブル上に置く。

「これで、レーミア海岸の敵海上部隊は姿を消し、我々は円満に任務を進める事が出来た。しかし……」

リンブは説明しながら、無事なもう1つの方の紙も、半分ほど切り取った。

「敵と戦う時には、当然、こちらにも犠牲が生じます。第4機動艦隊も損害は免れません。恐らくは、半数の戦力はすり潰すでしょう。
それはともかく、我々は、この決戦には勝ったとし、以前と同じく、敵と交渉を試みるでしょう。これで事が収まれば、我々も満足できます。
ですが……本当に、それで終わるのでしょうか。」

リンブは更に、懐から紙を出した。

「アメリカは以前、こちらの呼び掛けを蹴りました。それと同じ事を、また繰り返さぬとも限りません。そうなった場合。」

リンブは、一枚の紙をテーブルに置く。その側には、先程、彼が切り裂いた紙が置かれていた。

「第4機動艦隊は、半減した戦力で敵機動部隊と戦わねばなりません。それも、以前と同じく、高速力を有する大型空母を含む大機動部隊と。
また、我々も装備は更新したとはいえ、錬度の行き届いた部隊が少なくなった状態での戦闘を強要される事を、本国から命令される可能性が
あります。そうなったら、その決戦で我が軍が敗北するのは明らかです。仮に勝ったとしても……」

リンブは、半分になった紙をバラバラに破り捨てた。

「戦力は消耗し尽くす可能性があります。そして交渉に臨み、また失敗した場合……我々はこれまでにない苦戦を余儀なくされます。補給も、
装備も揃わない。しかし、兵力だけは揃うでしょう。我が国は本国だけでも、人口は1億5千万人はおります。そして、決戦もまた出来るでしょう。
ですが……」

リンブは懐から再び紙を取り出し、それを先程取り出した紙の側に置く。
テーブルには、薄汚れた羊皮紙と、真っ白な紙の2枚が置かれた。

「この2枚の紙が示す通り、我が方は国民も動員した結果、質も装備も悪い状態で戦わねばなりません。そうなったが最後……帝国は荒廃し、
今度こそ、亡国の道を歩む事になるでしょう。」

リンブは再び、エルグマドに顔を向けた。

「閣下……私は一介の兵站参謀に過ぎません。しかし、私ですらここまで予想できるのです。なのに……何故、本国は、あのような奇行を……
誇大戦果を、あたかも本物のように見せるのですか?あんな事を繰り返されては、勝てる戦争も勝てなくなります!」
「閣下。もしや、本国上層部は既に……」
「正気じゃない、と言いたいのだな?」

エルグマドがすかさず言い放つ。

「……」
「図星じゃな。」

エルグマドは、ファイロクの沈黙を肯定と受け取った。

「……わしも気付いておったさ。だが……我々は軍人だ。それに、推測ばかり考えて、今起きるかも知れぬ現実を忘れるのは、いかん事だな。
諸君らの言う事も良く分かる。だが、状況は変わる。そして、人の気持ちも変わる物だ。それ以前に……この先の未来がどう動くかは、
もはや神のみぞが知る事だ。」

エルグマドは、穏やかな口調で3人に言った。

「わしらは、自分達の考える最善の策で、悪い流れを良くしよう。今できる事は、それしかあるまい。」

彼は、ゆっくりとした足取りで、作戦室の大テーブルの側に歩み寄り、テーブルに敷かれたままの地図に視線を落とした。

「……予定では、第4機動艦隊は今日の早朝頃までには、レーミア沖120ゼルドに到達するそうだ。海軍の事に関しては、わしは素人だが……」

エルグマドは、脳裏に第4機動艦隊の指揮官の顔を思い浮かべる。
彼は、幼少の頃の彼女。リリスティの事をよく覚えている。
エルグマドが後方勤務で首都に居た際、彼女が12歳から13歳の頃、週に1度の割合で剣術を教えた事があった。
明朗闊達、容姿端麗と良い事づくめが揃ったリリスティは、彼が今までに教えて来た者達と比べて、一味違った印象を感じさせた。
あの時、エルグマドはリリスティが大物になると直感したが、その直感の通り、リリスティは、帝国の運命を掛けたといっても過言ではない決戦に、
帝国屈指の艦隊を率いて挑もうとしている。
相手は、レビリンイクル沖で無残な敗北を遂げたとは言え、依然として多数の空母を有するアメリカ機動部隊だ。
数からして、シホールアンル海軍の方が不利だ。
だが、相手側の精鋭と正面切って戦えるのは、武人として名誉な事でもある。

「リリスティは、不利な状態でも、常にこう言っていたな……相手に不足は無い、と。そして、試合に勝って来た。果たして、今回はその意地が
通用するだろうか。腕の見せどころじゃな、リリィ。」

エルグマドは、かつての教え子の愛称を口にしながら、心中で第4機動艦隊の奮闘を願った。


1485年(1945年)1月23日 午前6時 レーミア湾沖西方180ゼルド(540キロ)地点

第4機動艦隊は、偵察ワイバーンの発艦のため、艦隊速力を時速14リンル(28ノット)に上げ、風上に向かって艦を進めていた。
第4機動艦隊司令官であるリリスティ・モルクンレル大将は、旗艦モルクド艦橋の露天部に立ち、暗闇に覆われた夜の海を真っ直ぐ見据えていた。

「司令官。間もなく、第一偵察隊が発艦します。」

主任参謀のハクガ・ハランクブ大佐は、冷たい夜の冷気に体を震わせつつも、しっかりとした声音でリリスティにそう告げた。
リリスティは無言で頷く。
やがて、モルクドの飛行甲板から、2騎のワイバーンが風に乗って飛び立って行った。
ワイバーンの発艦風景は実に単調な物だ。
竜母自体が発する速力と、風上から流れる風を捉えたワイバーンは、少しばかり滑走した所でふわりと浮きあがり、艦の上空で徐々に
高度を上げた後、味方騎と編隊を組んで進撃して行く。

傍目から見れば単調その物だが、竜騎士乗りにとっては胸躍る瞬間だ。
最も、エンジンの爆音を響かせながら艦載機が発艦していく光景を見慣れていた米空母の搭乗員から見れば、ワイバーンの驚異的な離発艦能力の
前に度肝を抜かれるであろう。

「第一偵察隊として出したワイバーンは、各竜母群をあわせて計22騎。第2偵察隊も含めれば、総計で48騎か……これで敵機動部隊を発見出来ず、
逆に敵に発見された場合、私達は防戦一辺倒になるしかないわね。」

リリスティはハランクブに言った。

「確かにそうですが、それはそれで対策は練っております。私としては、むしろそうなった方が、都合が良いと考えてはおります。」
「艦隊上空にワイバーンを集中配備して、のこのこと現れて来る米艦載機……特に攻撃機を片っ端から叩き落とす……か。魅力的な案ではあるね。」

リリスティは頷きながらそう言う。

「でも、そんな都合よく行くのかな?」
「そこの所は、実際にやってみなければわかりません。ですが、防戦に徹し、敵艦載機を落とし続ければ、敵機動部隊は対艦攻撃能力を喪失し、
実質的に無力化される筈です。そうなれば、我々は敵機動部隊の攻撃を気にする事無く、逆に敵機動部隊や輸送船団を一方的に叩く事が可能に
なります。とはいえ、相手も精強揃いですから、敵の波状攻撃を完全に阻止するのは難しいでしょう。」
「まぁ……そうなるね。」

リリスティは苦笑を浮かべた。

「我々が防戦に徹するかどうかは、彼らの結果次第です。敵機動部隊を発見すれば、予定通り攻撃隊を発艦させて、出来る限り敵を叩くまでです。」
「あの嘘情報と同じとまでは行けないだろうけど、それに近い戦果を出したい物ね。最も、それは非常に難しい事だけど。」
「レスタン領のわが陸軍航空隊の動きも気になる所ですが……」

ハランクブは、不安の混じった声音でリリスティに言う。

「そもそも、陸軍のワイバーン隊を敵機動部隊攻撃に差し向けたとして、戦果を上げられるかどうか……彼らは先日のヒーレリ領沖航空戦で
とんでもない事をやらかしておりますからな。」

航空参謀のタリボ・フォヴルノ中佐が厳つい顔に深い皺を刻みながらハランクブに答える。

「彼らも敵機動部隊攻撃に参加してくれるとは思いますが、ここは、陸軍航空隊は囮役の様なものと考え、敵機動部隊殲滅は我々だけで行う、と
考えた方が宜しいでしょう。我々にかかる負担は相当な物になりますが、現状では致し方ない事かと思われます。」
「主任参謀と航空参謀の考えは良く分かる。けど、あまり悲観しない方がいいわよ。」

リリスティは顔を横に振りながら、2人の幕僚に言う。

「確かにワイバーン隊は頼り無いかもしれないけど、陸軍はそれ以外にも、飛空挺で編成された航空隊も対機動部隊用に確保し、それは今も
健在と伝えられている。飛空挺隊は歴戦の部隊だから、何らかの戦果は挙げてくれる筈。最低でも、ヒーレリ沖航空戦のワイバーン隊のような
結果は見せない筈よ。」
「ケルフェラク隊ですか……なるほど。あの部隊なら、司令官のおっしゃる通り、頼りになりますな。」
「航空参謀。攻撃隊を発艦させる時は、陸軍の攻撃隊が発進させる時とほぼ同時にやった方がいいわね。上手く行けば、スプルーアンスを
左右から挟み撃ちに出来る。」
「事前の打ち合わせ通りに、という事ですな。」

航空参謀の言葉を聞いたリリスティは、深く頷いて肯定の意を現した。

「……攻撃の手順はこんな物だけど……実行に移すかどうかは、まだわからない。あたし達に出来る事は、偵察隊が敵機動部隊を発見するのを祈るのみ。」

リリスティは腕組しながら、未だに夜の明けきらない冬の洋上をじっと見据える。
真冬という事もあって、彼女は厚い防寒着に身を包んでいるが、外の気温は氷点下に達しているため、強風が吹き付ける艦橋上はかなり寒い。
だが、今は決戦前であり、やや興奮気味という事もあってか、リリスティは不思議にも、寒いとは感じなかった。

午前7時 レーミア湾沖西方70マイル地点 第5艦隊旗艦アラスカ

第5艦隊旗艦である巡洋戦艦アラスカ艦長リューエンリ・アイツベルン大佐は、信号所より伝えられる報告に耳を傾けていた。

「艦長!群旗艦より通信!艦隊速力24ノット!」
「こちら艦長、了解した。」

リューエンリは頷きながら答えると、艦内電話で航海科を呼び出した。

「こちら艦長だ。速力下げ。24ノット!」
「速力24ノット!アイアイサー!」

受話器の向こうで張りの良い復唱が聞こえた後、電話は切れた。
程無くして命令は実行され、それまで28ノットの速力で突っ走っていたアラスカは徐々にスピードを落とし、24ノットにまで低下した。
それからという物の、艦深部にある逞しい機関音以外は、会話一つない静けさに覆われる。
午前5時の、早めの総員起床いらい、アラスカの艦橋内は、殆どの時間が沈黙に包まれていた。
(慣れた身とはいえ……戦闘前は嫌に緊張する物だ)
リューエンリは心中で、そう呟いた。

「……第2索敵隊の発艦も終わり。あとは、敵発見の報告を待つだけですな。」

不意に、横に立っていた副長のロバート・ケイン中佐がリューエンリに話しかけて来る。

「艦長。今度の決戦では、是非ともレビリンイクル沖の雪辱を果たしたいものですね。」
「そうだな。」

リューエンリは軽く頷いた。

「敵は竜母14、5隻を主力とする大艦隊だが、こっちも19隻の高速空母を有する大所帯だ。戦闘の規模で言えば、これまでの物よりも
かなりでかい。今日は、レビリンイクル沖海戦よりも激しい戦闘が展開されるだろうな。」

「しかし……そうなると、陣形の最左翼にいる空母群が心配になりますね。」

ケイン副長は不安げに言う。
現在、第58任務部隊は、ヒーレリ領沖航空戦で稼働空母が3隻となったTG58.4とTG58.5を取り囲むようにして進んでいる。
TF58は全艦隊が24ノットの速力で南に向かって航行している。
隊形としては、まず、アラスカも所属するTG58.1が陣の先頭に立ち、その右舷側斜め……西北20マイル地点にはTG58.2、
TG58.1の北東20マイル地点にはTG58.3が展開している。
TG58.1の後方には10マイルの距離を開けてTG58.4が続き、そのまた10マイル後方にはTG58.5が続く。
大輪形陣のしんがりは戦艦部隊であるTG58.6が務めており、全艦隊は一糸乱れぬ姿で航行を続けている。
TF58は昨日の洋上補給を終えた後から再びレーミア湾沖を遊弋しており、定期的に転舵を行っている。
今から5時間前には、TG58.6が陣形の先頭に立っていたが、午前2時頃の転舵で、TG58.1が艦隊の先を行く事になっている。
この陣形の都合上、敵機動部隊の攻撃を最も受けやすい部隊はTG58.2であろう。
TG58.2は、開戦以来の精鋭艦であるヨークタウン級空母3隻と軽空母1隻を主力とする機動部隊である。
同任務群は、12月より前線に復帰したエリオット・バックスマスター少将が率いている。
旗艦は、かつて、自らが艦長を務めた事もある空母ヨークタウンに定めており、そこで任務群の指揮を執っている。
第5艦隊所属の高速空母群では最精鋭部隊として名高いTG58.2だが、もし、シホールアンル機動部隊からの攻撃隊が来襲した場合、
位置的にTG58.2は最も危険な位置に居ると思われていた。

「確か、敵側に最も近い任務群はTG58.2だったな。」
「はい。あの部隊は精兵揃いですが、それでも航空部隊の集中攻撃を食らったら甚大な被害が出るかも知れません。ヨークタウン級は、
爆弾に対する防御は満足できるものがありますが、水雷防御に関しては不安がありますからな。敵が雷撃隊を大量に投入して来た場合、
TG58.2は危険な状況に陥りかねないと思われます。」
「まっ、副長の言う通りだな。」

リューエンリは2度頷いた。

「だが、そう悲観ばかりする必要も無いだろう。確かにTG58.2は危ない場所に居る。集中攻撃を食らって損害が続出する事もあるだろう。
だが、こっちの防空体制は以前と同じか、それ以上に厚い。しかも、今回は正面切っての決戦だ。損傷は受けるにしても、喪失艦……特に、
正規空母を失う事は、恐らくないだろう。」

「恐らく……ですか。」
「ああ、恐らくさ。」

リューエンリは、ため息交じりにそう返した。

「世の中、絶対という事は無いからね。前の海戦でサラトガが撃沈された時、俺は改めて思い知らされた物さ。」

彼は、ケイン副長に顔を向ける。

「今は戦争をしてるんだ。あれがこうなる、何かがどうなると、断定する事はできん。だから、俺はあえて、曖昧な言葉を使ったんだ。
君も分かるだろう?」
「はっ。艦長の言われる通りです。」

ケイン副長は深く頷いた。
リューエンリは腕時計を見る。時間は午前7時5分を過ぎていた。

「ちょいと、外の空気を吸って来る。君も来るかね?」
「はい。お供いたします。」

ケイン副長は、リューエンリの勧めを受け、共に艦橋の外に出た。
艦橋の後ろ側にある出入り口から張り出し通路に出る。外に出た瞬間、冬の冷たい空気が体全体に吹きかかって来た。

「防寒着を着ていても、やっぱり寒いな……副長、今の気温は何度だ?」
「少しお待ちください。」

ケイン副長は、見張り員から今現在の気温を聞いた。

「艦長。今の時点で、気温は2度のようです。」

「2度か。やはり、冬の勤務はきつい物だな。」

リューエンリは体を震わせながら、ケイン副長に返した。

「この時期の勤務は地獄のような物ですからな。ですが、自分らはまだマシな方です。向こう側の連中……特に甲板要員は、うちらよりも
寒い思いをしながら、任務に当たっている事でしょうな。」

ケイン副長は、アラスカの右舷前方を行くエセックスに顔を向けた。
空母の甲板要員は、攻撃隊に参加する攻撃機の陳列や艦載機の離発着の誘導等の任務をこなさなければならないが、厳寒期になると、彼らは
防寒着に身を包んで作業に当たる。
空母が攻撃機を発艦させる際、4、50機程の攻撃機を敵地や敵艦隊攻撃用の装備を付け、燃料や機体の整備を終え、飛行甲板に上げて
発艦準備を終わるまで、通常でも2時間近くはかかる。
その間、飛行甲板はもとより、格納甲板でも万が一の事故が起きた場合に備えて、格納庫のハンガーを開けているため、外から絶え間なく、
冷たい空気が流れ込んで来る。
このため、飛行甲板の甲板要員や、格納甲板の整備員達は絶えず、厳寒に身を晒しながら、黙々と自らの任をこなしていた。
(この世界では、後の米空母が開放式格納庫から閉鎖式格納庫に戻ったのも、厳寒期の乗員の作業環境改善が主な要因の1つとも言われている)

「機動部隊ではよく、空母航空団のパイロット達に視線が注がれるが、彼らが敵地で活躍できるのも、甲板要員や整備員達の活躍があってこそだ。
彼らが身を震わせながらも、黙々と任務を果たして、初めて、敵機動部隊を叩く機会が生まれる。俺は根っからの船乗りだから、空母の事は
あまり知らないが、TF58がしっかり機能していられるのも、彼ら甲板要員や、整備員達のお陰だと思う。」
「艦長の言われる通りです。」

ケイン副長は、目の前の空母をじっと見据えたまま、リューエンリに言った。
アラスカの右舷前方800メートルの位置を航行するエセックスの飛行甲板には、既に準備を終えたと思しき艦載機が格納甲板から上げられ、
そのうち、数機が甲板要員によって後部に並べられつつある。
冬の冷気を体にまんべんなく浴びながら作業を行う彼らにとって、この作業は過酷な物であろう。
だが、エセックスの甲板要員達は寒さなぞ知らぬとばかりに、意気揚々と立ち働き、訓練でしっかり馴染んだ動作を的確にこなしていく。
これと同じ光景は、TG58.1の各空母群で見受けられ、各空母の甲板には、第1次攻撃隊に参加する艦載機が並べられつつあった。

そうこうしているうちに時刻は過ぎていき、気が付けば、時間は午前7時30分を過ぎていた。

「ようやく、明るくなってきたな。」
リューエンリは、空を見上げながらそう呟いた。
今や、洋上を覆っていた夜は払拭されつつあり、空には薄い青空が広がっていた。

「おや?」

唐突に、ケイン副長が怪訝な表情を浮かべた。

「どうした?」
「艦長、エセックスの艦載機ですが……どうやら、第1次攻撃隊は制空戦闘と対空艦潰しに励むようですね。」
「なに?それは本当か?」

リューエンリはそう言いながら、双眼鏡でエセックスの飛行甲板を注視する。
エセックスの甲板上には、既に30機程の艦載機が並べられていた。
素人目に見れば、この30機程の艦載機は、単に攻撃準備を行っているにしか見えないが、リューエンリのように、経験のある者が見た場合、
その30機の編成を見る限り、第1次攻撃隊の作戦目標が通常とは異なる物である事を容易に見抜く事が出来る。

「副長、君の言う通りだな。」

リューエンリは双眼鏡を下ろし、ケインに顔を向けた。
「エセックスの甲板上にはアベンジャーが1機も居ない。あそこに居るのはヘルキャットとヘルダイバーだけだ。」

午前7時55分 レーミア湾沖西方400マイル地点

空母ヨークタウンより発艦したハイライダー2機は、TF58の北西、方位300度並びに320度方向の海域を索敵している。
ホセ・スチュード中尉の操縦するハイライダーは、午前6時頃に母艦を飛び立った後、時速200マイルのスピードで、レーミア湾沖の洋上を
飛び続けていた。

「おい、ハリス。あと5分で定時連絡の時間だ。しっかり送れよ。」
「了解です。」

機長の指示に、後部座席のハリス・シュライク一等兵曹は平静な声音で答えながら、機上レーダーの表示機に見入っている。

「どうだ?レーダーには何も映らんか?」
「ええ。相変わらず、反応がありません。一応、正常に作動はしてるんですがね。」
「作動しているんならまだいいが……そいつはなかなかの気難し屋だからな。操作には注意しろ。」
「わかってますよ。こう見えても機械の扱いは昔から得意だったんです。ヘマはしませんよ。」

シュライクは自信に満ちた口調でスチュードに答えた。
彼らが乗るS1A-2ハイライダーは、S1A-1には無かった機上レーダーを搭載する事で索敵能力が向上しているが、この機上レーダーが
なかなかに厄介な代物であり、正式採用されてから今日まで、動作不良になったり、故障で使用不能になる事が多々あった。
この機上レーダーもまた、新兵器特有の初期不良に大いに悩まされているのだが、ハイライダーの偵察員からすれば役立たずの重量物も同然である。
とあるパイロットなどは、

「こんな使えん物はさっさと降ろせ!その分、重量が減って性能が上がるぜ!!」

と声高に叫んだ程である。
とは言え、ここ最近は初期不良を解消した改良型が(といっても一応だが)艦隊に多く配備されており、以前と比べてレーダーは
正常に動くようになった。
しかし、原因不明の機能停止や故障が無くなった訳では無く、依然として気難し屋と呼ばれる通り、整備員や偵察員にとって、
扱い辛い機械である事に変わりは無い。
シュライクは、そんな“問題児”をあやすように、こまめに出力を切り替えながら、レーダーを監視し続ける。
かれこれ2時間近くも見続けているため、シュライクは目に疲れを感じて来た。

「目の調子がおかしくなってきたな……こんな近くで画面を見続けていたら、視力はガタ下がりだろうな。戦争が終わった後、俺は眼鏡を
付けなきゃいけないかもしれん。」

視力は2.0はあったのに……と、彼は愚痴を呟きながら、視力低下の原因を作ったかもしれない海軍上層部を恨んだ。
彼は腕時計の針を見てみた。

「午前8時まで、あと2分か……ちょっくら外の様子でも見るか。」

シュライクは目の休憩とばかりに、レーダー表示機から目を離し、周囲を見回す。
ハイライダーの風防ガラスは、SB2CヘルダイバーやTBFアベンジャーのように枠が取り付けられているが、この2機首と比べて、
ガラスの枠はかなり少ない。
もともと艦爆乗りであるシュライクは、ヘルダイバーとハイライダーを比べて、

「刑務所のオリとガラスコップの中みたいな差だな。」

と述べた程、ハイライダーの視界は良かった。
もともと、艦上偵察機として開発されたハイライダーは、ヘルダイバーやアベンジャーのような型枠式風防を採用した物の、偵察を
行うために型枠は限り無く少なくされ、P-51やP-47のような涙滴式風防に近い形となっている。
そのため、ハイライダーのコクピットから見る外の風景は、まさに絶景その物であった。

「やはり空は綺麗だなぁ……戦争中じゃなきゃ、張り切って楽しめたんだが。」

シュライクはぼそりと呟きながら、交互に左右、上下を見ていく。
偵察員は時折、レーダー表示機から目を離しては周囲に気を配らないといけないが、その時は1分程目を離すだけであり、すぐに
レーダーに目を向けなければならないため、それだけでは目の疲れは取れない。
安全が確認された空域でなければ、偵察員は満足に目を休める事も出来なかった。
この時も、彼がレーダー表示機から目を離した時間は、ほんの1分程度であった。

「さてと……」

シュライクは再び、レーダー表示機の監視に入る。

「……ん?いま何か映ったぞ。」

彼はレーダーが、何らかの反応を映した事に気付いた。

「どうも反応が微弱だな……」
「ハリス!定時連絡の時間だぞ!」
「機長!レーダーに艦船と思しき反応があります!」
「なに?艦船だと?」

スチュードは咄嗟に聞き返した。

「はい。反応は微弱ですが……」
「位置は?」
「は。自分達の位置から西に20マイルの辺りです。反応は幾らか弱いので、例の敵機動部隊かどうかまではわかりませんが……」
「ハリス。報告を送れ。」
「了解です。」

シュライクはスチュードの指示に従い、定時連絡を行うと同時に、この不審な反応を発見したとの報告も母艦ヨークタウンに送った。

「送信完了です。機長、偵察コースからずれますが、この反応がある所に行ってみますか?」
「勿論だ。こいつが敵機動部隊である可能性もある。レーダーを見つつ。周辺の警戒も怠るなよ。」

スチュード機は、機首を反応のあった方角に向けた。
ハイライダーは、断雲を縫って時速200マイルのスピードでひたすら飛び続ける。
シュライクは時折、周囲に目を配りながら、レーダーを監視し続けた。
反応のあった方角に向かい始めてから5分程が経った。

「機長!レーダーの反応が極めて大きい!」

「ハリス。こりゃ当たりかも知れんぞ。」
「反応からして、5マイルほど西に艦隊らしき物が居る筈です。」
「5マイルか。充分に視認できるな。」

スチュードはそう返した後、心中で高度を下げる事を決めた。

「ハリス!高度を下げる!このままじゃ敵の正体を確かめる事が出来ない!」
「了解です。シホット共のツラを拝見するとしましょう!」

シュライクの威勢のいい声を聞いたスチュードは、その意気だと言わんばかりに微笑しつつ、操縦桿を下げた。
ハイライダーは断雲の中に突っ込み、一気に雲の下へ向かって行く。
周囲が雲に覆われて真っ白に染まる中、3500メートルを指していた高度計みるみる下がっていく。
高度計が2000に下がった所で、ハイライダーは雲の下に飛び出した。


午前8時5分。第4機動艦隊は米偵察機の触接を受けていた。

「司令官!第2群が敵偵察機に発見されました!」

第4機動艦隊旗艦モルクド艦上でその報せを受けたリリスティは、思わず眉をひそめた。

「チッ、先に見つかったか。」

リリスティは不機嫌そうな一言を発するが、すぐに平静な顔つきで主任参謀に指示を飛ばす。
「こっちの索敵隊も、あと少しでアメリカ機動部隊を見つける筈。それに備えて攻撃隊の発進準備を急がせて。」
「わかりました。各竜母群に伝えます。」

ハランクブ主任参謀は命令を受けたあと、魔道参謀を呼んで攻撃隊発艦準備を急がせよと伝えた。

その直後、味方索敵隊から緊急信が入って来た。

「司令官!ジルファリアの索敵ワイバーンより緊急信です!我、艦隊より西南150ゼルド付近に敵機動部隊を発見せり!敵は空母3
ないし4隻ずつの輪形陣を4または5個形成している模様!敵の針路は南方約12リンル(24ノット)程なり!」
「よし!こっちも敵を見つけた!」

リリスティは張りのある声音でそう言い放った。

「主任参謀!予定通り、攻撃隊を発進させる。それから、陸軍にも伝えて。準備完了、とね。」
「了解です!」

主任参謀は頷くと、魔道参謀に対して矢継ぎ早に指示を飛ばした。

午前8時30分には、各竜母群とも、攻撃隊の発艦準備を終えていた。
リリスティは、艦橋の張り出し通路から飛行甲板を眺め下ろしていた。

「司令官!各竜母群ともに発艦準備完了しました!」

魔道参謀の報告に、リリスティは1度頷いてから、待望の命令を発した。

「魔道参謀。各竜母群に通達。各自、攻撃隊を発艦させよ。」

リリスティの命令は、ほぼ短時間で各竜母群に伝わった。
風上に向かって14リンルのスピードで驀進する各竜母から、待ってましたとばかりに艦載ワイバーンが発艦していく。
リリスティの乗る旗艦モルクドでも、攻撃隊の発艦が始まった。
モルクドでは、搭載しているワイバーン76騎のうち、38騎が戦闘ワイバーンで、残り38騎が攻撃役となっている。
このうち、モルクドは戦闘ワイバーン18騎と攻撃ワイバーン14騎を発艦させる。
攻撃ワイバーンは、全てが魚雷を抱いていた。

最初に、戦闘ワイバーンが発艦していく。
身軽な戦闘ワイバーンは、飛行甲板を20メートルも滑走しない内に風の流れを掴み取り、すぐに空中に上がっていく。
戦闘ワイバーン18騎は、どれもあっさりとした格好で発艦していったが、攻撃ワイバーンは少しばかり勝手が違った。
重い魚雷を抱いている攻撃ワイバーンは、飛行甲板の後ろ部分から滑走し始め、艦橋を通り過ぎた所でようやく空に上がり始め、
その後はゆるやかに上昇していく。
短時間で風を掴み、あっさりと空に上がった戦闘ワイバーンと比べると、明らかに鈍く感じるが、重い魚雷を抱いている以上は仕方がなかった。
発艦作業は僅か15分ほどで終わった。
上空には、モルクドと、他の竜母から発艦したワイバーン隊が空中で合流しながら、徐々に編隊を形成して行く。
その上空を、別のワイバーン編隊が飛び越して行った。

「司令官。掃討隊が先行します。」

航空参謀がリリスティに話しかけて来る。彼女は、一足先に敵機動部隊へと向かう掃討隊に目を向けた。

「ええ……彼らには是非とも、頑張って貰いたい所ね。」

リリスティは小声で返しながら、彼らの奮闘を祈った。
それから5分後。モルクドの攻撃隊を加えた第2次攻撃隊は、200騎以上の大編隊を形成しながら、米機動部隊攻撃に向かって行った。

アメリカ機動部隊とシホールアンル機動部隊は、僅か5分ほどの差でお互いを発見し、攻撃隊を発艦させた。
シホールアンル軍は2波400騎以上の攻撃隊を発艦させ、その1時間後には、180騎のワイバーンを第3次攻撃隊として発艦させた。
その一方で第58任務部隊も午前8時25分に第1次攻撃隊184機、午前8時50分に第2次攻撃隊240機を発進させ、一路、
シホールアンル機動部隊攻撃に向かわせていた。
両軍合わせて計38隻の空母・竜母が激突するレーミア沖大海空戦は、こうして幕を開けたのであった。

午前10時25分 レーミア湾沖北西350マイル地点

TG58.1とTG58.2から発艦した第1次攻撃隊は、発艦から1時間50分後に敵ワイバーンの迎撃を受けた。

「こちら指揮官機。12時方向に敵騎多数!」

第1次攻撃隊指揮官であるデイビット・マッキャンベル中佐は、敵ワイバーン編隊を視認した後、即座に隊内無線で各機に伝えた。
第1次攻撃隊はTG58.1とTG58.2の所属機で編成されている。
TG58.1は、エセックスからF6F24機、SB2C12機、イントレピッドからF6F24機、SB2C10機、
ボノム・リシャールからF4U32機を発艦させた。
TG58.2は、ヨークタウンからF4U18機、SB2C16機、エンタープライズからF6F20機、SB2C12機。
ホーネットからF4U28機を発進させている。
総計で184機の第1次攻撃隊は、途中で不調になった機が現れる事も無く、全機が無事、ここまで辿り着く事が出来た。

「VF-9とVF-12、VF-5とVF-6で敵戦闘機を食い止める。VF-11とVF-8はヘルダイバーの掩護にあたれ!」

マッキャンベルは無線で指示を下した後、機首を上げて敵ワイバーン隊に向かった。
VF-12(イントレピッド戦闘機隊)第2中隊第1小隊の3番機を務めるケンショウ・ミヤザト1等兵曹は、VF-12の僚機と
共に、先行するVF-9のF6Fを追う形で敵ワイバーン編隊に向かっていた。

「敵もまた多いな……」

ケンショウは、前方の敵編隊を見つめながら、ぼそりと呟いた。
数は、100騎程は居るだろう。
制空隊は5分ほど敵に前進した後、戦闘を開始した。

「隊長機より各機へ。これより交戦を開始する。」

無線機のレシーバーに、VF-12指揮官であるジョセフ・ケネディ少佐の声が響く。

「了解!」

ケンショウは返事しつつ、目は敵ワイバーン隊と交戦に入るVF-9の戦闘機隊を追っていた。
VF-9のF6F24機が戦闘を開始した後、各戦闘機隊はそれから1分程の短時間で次々と戦闘に参加して行った。
ケンショウのVF-12は敵ワイバーン隊目掛けて急降下に入り、最初は正面攻撃で2騎のワイバーンを撃墜した。
一通り下降したあと、24機のF6Fは2機ずつに別れて敵ワイバーンとの戦闘を継続する。

「3時方向に敵ワイバーン2騎だ!付いてこいよ!」

ケンショウは、昨年の11月から新たにペアを組んでいるケビン・フィリッツ1等兵曹に声をかける。

「OK!サラっと食っちまいましょうぜ!」

フィリッツ1等兵曹は陽気な声音でケンショウに返した。
2機のF6Fは、フルスロットルで2騎のワイバーンに接近する。
ワイバーンも横合いから接近するヘルキャットに気付いたのか、旋回し、正面から向かって来た。
互いに高速で動いているため、敵発見から機銃を発射するまでの時間は思いのほか短かった。
彼我ともに、300メートルの距離に達してから攻撃を開始した。
ケンショウは機銃の発射ボタンを押して12.7ミリ機銃を撃ちまくる。相手側もワイバーンが口を開け、光弾の連射を放って来る。
12.7ミリ弾が命中したのだろう、一瞬だけ、敵ワイバーン1騎の周囲が赤紫色の光を点滅させた。
手応えありと感じた時、ケンショウのF6Fにも光弾が殺到する。
光弾がどこかに命中したのか、機体が2度、鈍い音と共に振動した。
互いに与えられた打撃はそれだけであった。
2騎のワイバーンと2機のヘルキャットは決定的な一撃を加える事が出来ず、そのまま猛速ですれ違った。

「下るぞ!」

ケンショウはペアにそう言った直後、すぐに操縦桿を押し倒した。
2機のヘルキャットは水平飛行から一転、急降下に入った。
ケンショウは急降下のGに耐えながら、後ろを振り返った。
一瞬だけだが、彼の眼には、急機動で反転し、追尾して来たと思しきワイバーンが映っていた。

「ふぅ、危ない。あいつら、ちゃっかり後ろを取ろうとしていた。」

ケンショウはホッと息を吐きながらそう呟いた。
ワイバーンは、少数で米戦闘機と戦闘を行う際は、持ち前の急機動を行って無防備な背後に回り、旋回中の戦闘機を撃墜する事が多々ある。
ケンショウらと相対した2騎のワイバーンも、旋回半径の大きいヘルキャットの隙を衝いて撃墜マークを稼ごうとしたのだろう。
だが、2騎のワイバーンは、獲物である筈のヘルキャットが咄嗟に急降下した事で狙いを外されてしまった。
空戦機動ではヘルキャットに勝るワイバーンだが、急降下速度ではかなわない。
2騎のワイバーンはヘルキャットに追い縋ろうと、同じように急降下で距離を詰めようとしたが、それは無駄な努力でしか無かった。
高度5000から3000まで降下した所で、ケンショウは機体を引き起こした。

「流石のワイバーンも、ヘルキャットの急降下には追いつけないな。ホント、グラマンワークスはいい仕事をしてくれるぜ。」

ケンショウはそう呟いた後、ペアを引き連れて、再び空戦域に舞い戻って行く。
数分ほどで、ケンショウは新たな獲物を見つけた。

「居たぞ。2時方向に敵だ。」

ケンショウはペアにそう告げた後、そのワイバーンが向かっている先を見て体を硬直させた。
そのワイバーンは、味方のコルセア目掛けて突進していた。
2機のコルセアは、1機のワイバーンを追い回しているのに集中しているのか、横合いから迫りつつあるワイバーンに全く気が付いていない。

「あの馬鹿野郎が!ケビン!トンマな味方の尻拭いに行く!付いて来い!」
「了解!」

ケンショウはレシーバーに響くペアの声を聞きながら、愛機の速度を上げた。
500キロ程で飛行していたヘルキャットがぐんぐん増速する。機首のエンジンは轟々と唸りを上げ、重い機体を強引に引っ張っていく。
ヘルキャットは短時間で、最高速度である611キロを指していたが、敵ワイバーンとの距離はまだ1100メートルほどもある。
ケンショウとしてはせめて、600メートルまで近付いてから発砲したいと思っているが、このままでは間に合いそうにも無い。

「直進性の高い50口径でも、こんな距離から撃ったらあまり当たらない。だが……やってみるか。」

ケンショウはそう呟きつつ、機銃の発射ボタンに指をかざす。
発射前に、自分達に向かって来る敵は居ないか周囲を確認した。

「こっちを狙っている奴は居ない……当たれ!」

ケンショウは狙いを定め、6丁の12.7ミリ機銃を放った。しかし、機銃弾は全て外れてしまった。
その間、敵ワイバーンはコルセアの横合い300メートル程に達していた。

「しくじった!」

ケンショウは自らの失態を悟った。
味方のコルセアに敵ワイバーンの光弾が殺到するかと思われた。
だが、その瞬間、2騎の敵ワイバーンのうち、1騎が真上から機銃弾を注がれた。
微かに映っていた人影らしき物が12.7ミリ弾の集中射を受けて砕け散り、曳光弾がワイバーンを幾度も貫いた。
ワイバーンが姿勢を崩す前に、1機のヘルキャットが猛速で下方に抜けて行った。
もう1騎のワイバーンも上方から機銃弾を撃たれたが、こちらは間一髪のところで避け切れた。
2機のヘルキャットが一撃離脱戦法を終えた時、1騎のワイバーンは致命弾を食らって墜落し始め、もう1騎は慌てふためいたように
コルセアの追跡を止め、戦域を離脱して行った。
ケンショウとケビンはコルセアの支援を止め、周囲の状況を確認しながら減速し、一旦水平飛行に戻った。

「味方に持って行かれちまったな。」

レシーバーに、ケビンの声が聞こえてきた。

「というか、今日はまだ、1機も落としていないな。」
「まぁ、こういう日もあるさ。」

ケンショウは苦笑しながら、ケビンに返した。

「一応、今は戦闘中だ、別の奴を探すぞ!」
「OK!」

2人は気分を切り替え、再び敵ワイバーンに挑むべく、獲物を探し始めた。

第1次攻撃隊のヘルダイバーとコルセアは、敵機の迎撃を受けながら、敵機動部隊の至近に迫りつつあった。

「こいつはまた、豪勢だなぁ。」

空母ヨークタウン艦爆隊隊長コルグ・ジェファーソン少佐は、シホールアンル機動部隊の堂々たる陣容を見るなり、思わず目を丸くしていた。

「目の前の輪形陣だけでも竜母が4隻は居る。その奥や側の海域には似たような輪形陣が幾つもありやがる。連中も総力戦だな。」
「隊長!見えますか?シホット共はエライ数の竜母を揃えてきましたね!」

ジェファーソン少佐は、同じVB-5所属の第2中隊長、マーカス・ウェルトランド大尉の興奮した声を聞いた。

「ああ。ざっと見ても10隻は下らんかもしれん。こりゃ、TF58の艦載機だけでは全部沈めるのは難しいぞ。」

ジェファーソン少佐は苦笑しながら、ウェルトランド大尉にそう返した。

「攻撃機隊指揮官より各機に告ぐ。これより敵艦隊攻撃に入る!コルセア隊は輪形陣外輪部の敵駆逐艦!俺達ヘルダイバー隊は巡洋艦部隊を
たたく!後ろから付いて来る2次の連中に頑張って貰う為にも、シホット共の対空砲座と銃座を片っ端から叩き潰せ!いいな!?」

「了解です!」

レシーバーに敵艦隊攻撃を行うヘルダイバーやコルセアのパイロットから、張りの良い声が響いて来た。
攻撃隊に付いて来たコルセアが我先にと、猛速で低空に降りて行く。
ホーネットとランドルフのコルセアは、半数が5インチロケット弾を搭載している。
総計で30機のコルセアは、ジェファーソン少佐の指示通り、5機ずつに別れながら敵駆逐艦目掛けて突進して行く。
一気に低空まで降り立ったコルセアは、そのままフルスロットルで敵艦隊に接近して行く。
敵艦隊が急速に接近して来るコルセア目掛けて、一斉に砲門を開いた。
輪形陣外輪部の敵駆逐艦と、駆逐艦から近い位置にいる敵巡洋艦は、舷側に向けられるだけの両用砲を撃ちまくる。
コルセアは、5機が横一列に並び、まっしぐらに敵駆逐艦に向かって行く。
その周囲に高射砲弾が炸裂し、ひっきりなしに砲弾炸裂の黒煙が湧き立つ。
1機のコルセアが、右主翼に砲弾の直撃を受けた。
一気に右主翼の半分を失ったコルセアは、激しく回転しながら海面に激突し、ばらばらに砕け散った。
別のコルセアが砲弾の炸裂を間近で食らう。
モロに破片を浴びたコルセアは、機体全体から白煙を噴き出したが、パイロットはそれでも諦めず、被弾してから10秒ほどは飛び続けた。
だが、さしもの頑丈なコルセアも、致命傷を受けたうえに、魔道銃の集中射を浴びせられては耐えようがなかった。
コルセア隊は、敵艦まであと1500メートルに迫った所で魔道銃の射撃を受けた。
先程、高射砲弾の被弾に辛くも耐えたコルセアに光弾が集中された。
その瞬間、コルセアは胴体から炎を噴き出し、2秒ほど空中をのたうった後、機首から海面に突っ込んだ。
更にもう1機のコルセアが光弾の集中射を食らって叩き落とされたが、時速500キロ以上の猛速で突っ込むコルセアの群れを阻止する事は、
遂に出来なかった。
残った27機のコルセアは、敵艦から距離700メートルの所で次々とロケット弾を発射した後、12.7ミリ機銃を撃ちまくった。
高射砲弾や魔道銃で、一方的に敵を小突き回していたシホールアンル駆逐艦は、仲間を失い、復讐の意気に燃えるコルセアの痛烈な
反撃を食らった。
まず、1隻のシホールアンル駆逐艦に5インチロケット弾が時速1000キロ以上のスピードで殺到する。
対地目標には絶大な効果を発揮する5インチロケット弾も、高速で移動する艦艇……特に駆逐艦以下の目標に対しては、命中精度は
お世辞にも良いとは言えず、発射したロケット弾の大半は敵艦の周囲に刺さって無為に水柱を噴き上げるだけに留まった。
だが、一部のロケット弾は見事、敵駆逐艦に命中していた。

1発は敵駆逐艦の艦首部に命中した。爆発エネルギーは錨鎖庫を吹き飛ばし、中に収まっていた錨を爆風で海中に叩き出した。
あるロケット弾は艦中央部に命中し、そこに集中配備されていた4基の連装式魔道銃を、操作要員もろとも吹き飛ばし、火災を発生させた、
かと思うと、続けて3発のロケット弾が前部、中央部、後部に命中し、更に火災を発生させる。
そのシホールアンル駆逐艦は、総計で5発のロケット弾を食らった。
損傷個所はいずれも艦上であり、艦深部の機関室や弾薬庫等の重要個所は無事であったが、6門あった主砲は4門に減らされ、改装で
8丁から16丁に増やした魔道銃は、一気に6丁が破壊され、右舷側に指向出来る魔道銃は僅か2門のみとなり、対艦および、対空戦闘力を
大きく削がれてしまった。
コルセアの攻撃を受けた駆逐艦は計6隻。そのうち、1隻は大破炎上し、3隻が中破程度の損害を受け、その竜母群の輪形陣右側部分の
対空網に大穴が開いた。
黒煙を上げる敵駆逐艦の上空を、ヨークタウンとエンタープライズの艦爆隊が通過して行く。

「ようし、あいつを狙うぞ……」

ジェファーソン少佐は、ヨークタウン艦爆隊の攻撃目標を、敵巡洋艦2番艦に定めた。
敵の輪形陣右側には、2隻の巡洋艦が航行している。
エンタープライズ隊は前方を行く敵1番艦へ向かい、ヨークタウン隊はその後方を行く敵2番艦に向かった。
急降下に入るまで、ヨークタウン隊は激しい対空弾幕の中を飛行して行く。
コルセア隊が輪形陣外輪部の敵駆逐艦をロケット弾で攻撃してくれたお陰で、敵駆逐艦からの対空砲火は少なく、輪形陣外輪部に侵入するまでは、
周囲で炸裂する砲弾も少なかった。
だが、敵駆逐艦の上空を通り過ぎようとした後は、周囲で炸裂する砲弾の数は激増した。
ヨークタウン隊の周囲で砲弾が炸裂する度に、ヘルダイバーの機体は爆風で煽られ、ひっきりなしに揺れる。
周囲や前方の空域は、今や高射砲弾炸裂の黒煙でいっぱいであった。

「シホット共の対空砲火も激しくなった物だなぁ……戦争初期の頃とは大違いだ。」

ジェファーソンは陽気な口調で呟くが、体中に冷や汗が吹き出している。
彼は開戦以来、空母の艦爆搭乗員として戦線を渡り歩いて来た。
開戦当初は空母サラトガに乗艦していたが、43年夏頃からは空母ヨークタウンに移動となっている。

レアルタ島沖海戦を始め、グンリーラ島沖海戦、ミスリアル王国支援作戦、サウスラ島沖海戦といった数々の激戦を経験してきた彼にとっても、
シホールアンル軍機動部隊の対空火力は、明らかに増強されている事が分かる。

「隊長!4番機がやられました!」

唐突に、後部座席に座っている部下から悲報が届く。
4番機の搭乗員は、10月にVB-5の一員となった若者だ。
VB-5に配属となった当初は、新米搭乗員らしい初々しい場面を幾度も見せた物だが、ここ最近は連続する出撃で経験を積んだ事もあり、
ようやく自信が付き始めた頃であった。
今日の出撃では、初めてとなる機動部隊決戦を前にして、ジェファーソンに

「必ずや、敵艦に爆弾を叩きつけて見せますよ。」

と、自信たっぷりに行って来たものだが、その彼らは、敵艦に爆弾を投下するどころか、敵艦に向けて降下をする事もかなわぬまま、冬の寒い
海に散って行ったのだ。

「クソ……死ぬにはおしい奴らがやられちまったか……!」

ジェファーソンは仲間の散華に歯噛みしつつも、すぐに意識を切り替え、眼前の目標に爆弾を叩き付ける事のみを考える。
現在、ヨークタウン隊は高度4500メートル上空を飛行しながら、敵巡洋艦の右舷上方に占位しつつある。
(あと数秒で急降下爆撃を開始できる。)
ジェファーソンが心中でそう呟いた時、またもや悲報が飛び込んで来た。

「第2小隊長機被弾!墜落して行きます!」
「……!」

ジェファーソンは頭が熱くなるのを感じたが、それも一瞬の事であり、すぐに任務に集中する。
ヨークタウン隊は、敵機動部隊に取り付く前に、2機が敵ワイバーンに撃墜されている。
さきほど、新たに2機が対空砲火に食われた為、残りは12機だ。

ジェファーソンは、敵2番艦が完全に機首に隠れた所を見計らって、遂に決断を下した。

「こちら隊長機だ。今から突入する。しっかり付いて来い!」

彼はハッパを掛けるような命令を発するや、操縦桿を一気に倒した。
愛機が機首を拝み込ませ、前方に断雲に半ば隠れた敵艦隊が見える。
目標に定めた巡洋艦は、まるで活火山と見紛わんばかりに対空砲を撃ちまくっていた。

「普通の巡洋艦にしては火力が高い……もしかして、奴は防空巡洋艦か?」

ジェファーソンは、敵艦を見据えながらそう呟く。
彼の愛機は、急降下に移ると同時に、両翼のダイブブレーキを展張させ、周囲に独特の甲高い音を鳴らし始めている。
周囲に炸裂する砲弾の数がにわかに激しさを増した。
盛んに砲弾が炸裂し、70度の急角度で降下していく機体を周囲から揺さぶる。
降下高度は急激に下がっていく。それに比例するかのように、ジェファーソン機に向けられる対空砲火も熾烈を極めて行く。
敵巡洋艦2番艦に掩護の手が差し伸べられているのか、ヘルダイバーは盛んに炸裂する砲弾の破片をひっきりなしに浴び、機体は頼りなく揺れ続ける。
高度が1600を切った所で、敵巡洋艦は魔道銃をも対空射撃に加えて来た。
振動が伝わる度に、照準器の向こう側に敵巡洋艦は大きくブレ、照準が狂わされて行く。

「1300……1200……1100……」

後部座席の部下は、砲弾弾雨が吹き荒ぶ中でも、平静な声音で高度計を読み上げていく。
内心は恐怖感で一杯だが、精鋭空母の艦爆隊の一員である誇りと義務感が、部下の心を支えていた。

「畜生……やはり、あいつはフリレンギラ級防空巡洋艦か。道理で火力がでかい訳だ。」

ジェファーソンは舌打ち混じりにそう独語する。
彼は知らなかったが、ヨークタウン隊が攻撃していたのは、フリレンギラ級防空巡洋艦の6番艦フィキイギラである。

フィキイギラは、ジェファーソン機に向けて6基の3ネルリ連装両用砲と18丁の魔道銃を向けていた。
この猛烈な弾幕は、ジェファーソンのヘルダイバーはかなり痛めつけていたが、アメリカ機特有の頑丈さはここでも遺憾無く発揮された。
ジェファーソン機は、高射砲弾や魔道銃の被弾によって生じた損傷に辛くも耐え、遂に投下高度に達した。

「400!」

後部座席の部下の声が聞こえたと同時に、ジェファーソンは無言で爆弾の投下レバーを引いた。
(腹の1000ポンドを投下する前に散って行った戦友達の仇だ!)
ジェファーソンは、心中でそう絶叫しながら操縦桿を引き起こした。
後部座席の部下は、急な引き起こしによって発するきついGに耐えながらも、体を捻って爆弾の行方を追った。
敵巡洋艦から猛烈な高射砲弾や魔道銃が放たれて来るが、爆弾を投下したジェファーソン機に注がれる対空砲火は、意外にも当たらなかった。
ジェファーソンが戦友の仇とばかりに投下した爆弾は、敵2番艦にめがけて落下したかに思えた。
だが、結果は甚だ不本意な物に終わった。

「爆弾が外れました!」

後部座席の部下が発した声はジェファーソンにも届き、彼は悔しげに顔を歪めた。


第2次攻撃隊が敵機動部隊の上空に辿り着いた時、時間は午前11時20分を回っていた。

「ほう……1次の連中は、ひとまず、仕事をしたようだな。」

第2次攻撃隊指揮官を務める、空母ホーネット艦攻隊隊長ロック・ギースラー少佐は、第1次攻撃隊の猛攻を受けたと思しき
敵艦隊から、幾つもの黒煙が上がっている事に気付いた。
黒煙の数は約7つほどだ。
そのうち1つは、艦隊から離れた場所で上がっている。
コルセアのロケット弾攻撃か、はたまた、ヘルダイバー隊の爆撃による被害なのかは分からないが、いずれにせよ、敵艦1隻は
大損害を受けて大破状態にある事は、ほぼ確実のようだ。

「隊長!11時方向より敵騎です!」

唐突に、戦闘機隊指揮官機より報告が入る。
良く見ると、シホールアンル軍のワイバーン隊多数が第2次攻撃隊に向かって来るのが分かった。
数は少なめに見積もっても、100騎は下らないだろう。

「戦闘機隊は至急、敵編隊の迎撃に向かえ!VF-13とVF-15は攻撃隊を守れ!」

ギースラー少佐は矢継ぎ早に命令を発して行く。
第2次攻撃隊は、TG58.1,58.2、58.3の艦載機から成っている。
TG58.1は、エセックスからF6F12機、SB2C12機、TBF10機、イントレピッドからF6F12機、SB2C8機、
アベンジャー10機、軽空母サンジャシントとプリンストンからそれぞれF6F12機ずつ発進させている。
TG58.2は、ヨークタウンからF4U12機、TBF10機、エンタープライズからF6F16機、TBF9機、ホーネットから
F4U18機、TBF16機、軽空母カウペンスからF6F8機が発艦している。
TG58.3はランドルフからF4U24機、SB2C16機、フランクリンからF4U16機、TBF18機、ボクサーから
F4U32機が発進した。
総計で283機の第2次攻撃隊は、第1次攻撃隊の発艦から40分後にTF58から発進し、ようやく、敵機動部隊の上空に到達した。
第1次攻撃隊は制空および対空艦掃討のため、F6FとF4U、SB2Cのみの編成となり、攻撃のもう1つの柱となるアベンジャーは
先の1次攻撃隊には含まれなかった。
第1次攻撃隊は、主目標である筈の竜母を無視して、専ら敵戦闘ワイバーンの減殺や、防空艦潰しに励んだ。
1次攻撃隊指揮官機からは、

「敵ワイバーン40騎以上撃墜、駆逐艦6隻、巡洋艦2隻撃破。」

という戦果報告がもたらされ、第2次攻撃隊は、1次攻撃隊によって輪形陣を半ば崩された敵竜母群に向かっていた。
その途中、第2次攻撃隊は敵の戦闘ワイバーンの迎撃を受ける事になったのだが、ギースラー少佐は制空隊に敵ワイバーンの対応を任せ、
攻撃隊は敵竜母群に向けて突進し始めた。
程無くして、戦闘機隊とワイバーン隊が交戦を開始した。

攻撃隊は、空中の乱戦を尻目に、敵機動部隊との距離を詰めていく。
艦爆隊は高度4500メートル付近まで上昇をしていき、逆に艦攻隊は海面に近い所まで降下しようとする。

「ヨークタウン隊、フランクリン隊、離れます。」

すぐ後ろの電信員がギースラーに報告を伝える。
VT-5に所属する10機のアベンジャーと、VT-13の18機が、敵機動部隊の陣形左側から突入するべく、編隊から離れていく。
ヨークタウン隊に習うかのように、翼下にロケット弾を搭載したボクサー所属のF4U16機も編隊から離れていく。

「エンタープライズ隊、エセックス隊、敵艦隊の後方に回ります。」

今度はVT-6の9機とVT-10の10機がホーネット隊から離れていく。
各母艦に所属する艦攻隊が次々と離れた結果、ホーネット隊の周りには、護衛のF6F12機が留まるだけとなった。

「金床戦法の準備よし、という所か。」

ギースラー少佐は呟きながら、指揮下の雷撃隊を率いて敵機動部隊に接近して行く。
高度計が徐々に下がっていく。300メートルから200メートル。200メートルから100メートル。
高度が50メートル以下になってもアベンジャーの降下はとまらず、高度計の針が20メートルを指すか否かの位置でようやく、
アベンジャーの降下は止まった。
敵機動部隊から約10000メートルに近付いた所で、輪形陣外輪部に位置する敵駆逐艦が砲を撃って来た。
最後まで護衛にあたっていた12機のF6Fがサッと離脱する。
アベンジャー隊の周囲に、幾つもの砲弾が炸裂し、黒煙が湧くが、どれもがアベンジャー隊の後ろ上方で炸裂しているうえ、
放たれる砲弾の数が少ない。
ギースラーが見る限り、前方の黒煙を上げている駆逐艦は、被弾の影響で全力射撃が不可能な状態に陥っているようであった。

「ようし。この薄い弾幕なら、さほど犠牲を出さずに敵竜母の至近に突っ込めそうだ。」

彼は、敵艦隊が発するか弱い弾幕を目にして、やや楽観的な気分になった。
ギースラーは愛機の速度を300キロに維持しつつ、超低空飛行で敵駆逐艦の防衛ライン突破を試みた。
敵艦との距離は急速に縮まり、1600メートルを切った所で魔道銃を撃って来た。
ホーネット隊に注がれる光弾の量はさほど多くなかった。
敵駆逐艦の上空を1機の喪失もなく突破した時、既に他の母艦航空隊による敵竜母攻撃は始まっていた。
最初に攻撃を開始したのは、エンタープライズの艦爆隊であった。
敵艦隊は激しい対空砲火で持ってエンタープライズ隊の爆撃を阻止しようとする。
相次いで2機が撃墜されたが、残りはダイブブレーキの轟音を発しながら、次々と爆弾を投下した。
エンタープライズ隊に狙われた敵竜母は、咄嗟に右舷に急回頭したため、爆弾の大半を避ける事が出来たが、1発が飛行甲板の
ど真ん中に命中し、激しく爆炎を噴き上げた。
艦爆隊の爆撃が終わると同時に、今度は同じエンタープライズの所属であるアベンジャー隊が、ホーネット隊と負けず劣らずの
超低空飛行で接近して来た。
アベンジャー隊に、敵戦艦からの猛烈な対空砲火が注ぎ込まれる。
1機のアベンジャーがコクピット部分を薙ぎ払われ、瞬時に海面に突っ込み、もう1機のアベンジャーが左主翼を吹き飛ばされ、
錐揉み状態になりながら海面に叩きつけられ、次の瞬間、魚雷が誘爆を起こし、大爆発が湧き起こった。
残ったアベンジャーは尚も諦めずに前進を続け、距離800メートルで扇状に魚雷を投下した。
敵竜母はまたもや変針し、魚雷を回避しようとする。
7本中、5本は外れてしまったが、2本は敵竜母の左舷前部と、中央部に向かっていた。
魚雷と敵竜母との距離が200メートルを切った所で、敵竜母が左舷に回頭を始めた。
この急回頭で、惜しくも1本が外れてしまった。
だが、残る1本は40ノット以上のスピードで敵竜母の左舷後部に命中した。
その瞬間、敵竜母の左舷後部に水柱が立ちあがり、心なしか、敵竜母が振動で揺れているようにも見えた。

「流石はエンタープライズ隊だ。敵艦の前方から雷撃と言う難易度の高い攻撃を成功させるとは……」

負けちゃおれん!
ギースラーは心中でそう決意した後、隊内無線で指示を飛ばした。

「敵艦が射点からずれた!もう一度敵の右側に回り込む!」

彼は命令を下した後、即座に愛機を右旋回させ、敵竜母の右側に回り込んでいく。
彼が率いる9機のアベンジャーも、一糸乱れぬ動きで横隊を維持したまま、彼に付いて行く。
この間、ギースラーの率いるVT-8も、被弾しつつも戦闘力を残した敵巡洋艦と敵戦艦から激しい対空射撃を受けている。
だが、この時、被弾した敵竜母に新たなヘルダイバーが急降下で迫って来たため、VT-8を全力で迎撃する事が出来なかった。
VT-8は、損傷機こそはあれど、喪失機は1機も無いという状態のまま、敵竜母の右舷側に回り込む事が出来た。
目標の敵竜母は、新たに襲い掛かって来たエセックス隊のヘルダイバー隊に向けて、必死に高射砲と魔道銃を撃ちまくる。
エセックス隊は、急降下爆撃に入る前に、不意を襲ってきた2機のワイバーン隊に3機を撃墜され、残りは9機となっていたが、
エセックス隊の搭乗員達は誰もが鬼気迫る表情を顔に張り付かせ、被弾し、黒煙を噴き上げる敵竜母に愛機を突っ込ませていた。
対空砲火によって、新たに2機が撃墜されたものの、残った機が高度500メートルまで降下し、1000ポンド爆弾を投下した。
敵竜母の周囲に水柱が立ち上がる中、飛行甲板前部と後部部分に新たな爆炎が噴き上がり、黒煙を濛々と吐き出した。

「エセックス隊の連中もナイスファイトだ。」

ギースラーは、敵竜母との距離が徐々に詰まる中、エセックス隊の奮闘を素直に称えた。

「今度は、俺達の出番だ!」

彼がそう叫んだ瞬間、迎撃目標をVT-10に変えた敵戦艦が、向けられるだけの高射砲や魔道銃を総動員して全力で迎撃して来た。
敵戦艦の至近を通り過ぎようとしていたVT-10のアベンジャー1機が被弾し、火を噴きながら墜落する。
ギースラー機は、巨大なハンマーで殴られたかの様な強い衝撃に襲われた。

「!?」

彼は仰天したが、体は自然に反応し、機体のバランスを崩すまいと必死に操作する。

「くそ、派手に食らったな……おい、無事か!?」

ギースラーは目を前方に向けたまま、電信員と機銃員に声をかけた。

「自分は大丈夫です。」
「隊長!自分も大丈夫です!ですが、本機の左翼端が欠けています!」
「翼端が欠けているだと?」

ギースラーは憂鬱な気分になりかけたが、今の所、愛機は何とか飛び続け、操縦もできるため、機体の損傷については後で考える事にした。

「まだ飛んでいるから大丈夫だ!」

彼はそう叫ぶ事で、心中に満ちかけていた不安を払しょくした。
敵戦艦の上空を飛び抜けるまでに、2機のアベンジャーが撃墜されたが、VT-8は生き残りの8機で雷撃を行うべく、尚も突進を続ける。
眼前には、主目標である敵竜母の姿があった。
形からして、43年頃から順次竣工し始めたホロウレイグ級正規竜母に間違いない。
VT-8は、ようやく、エセックス級のライバルと見られていた敵の主力竜母を仕留める最大のチャンスを得た。

「爆弾を複数受けた上に魚雷も食らったとなっては、流石に30ノット以上の高速で動けんか。」

ギースラーは呟きながら、敵竜母との距離が縮まるのを待つ。
敵竜母は、爆弾3発と魚雷1本を受けているため、今や18ノット程度の低速でしか動いていない。
だが、敵竜母は、戦いはこれからだと言わんばかりに、右舷側の魔道銃や高射砲を全力で撃ち放って来た。
敵戦艦の対空射撃よりはいくらか劣るものの、それでも、侮れない量の弾幕がVT-8に注がれる。
ギースラー機の周囲を、無数のカラフルな光弾が通り過ぎていく。光弾の大半はアベンジャーの上方を抜けていくが、至近距離を
飛び去っていく弾も少なくない。
時折、被弾と思しき振動が伝わるが、グラマン鉄工所の異名を持つ航空機メーカーが作った機体は、なんとか持ち堪えていた。
敵竜母の砲術長は、アベンジャーが高度10メートル程度の超低空で迫っている事を考慮してか、高射砲弾をアベンジャーの前方の海面に
撃ち込み、水柱で叩き落とそうとする。

「おっと!」

ギースラーは咄嗟に機体を動かし、辛うじて噴き上がる水柱を避けた。
距離900メートルに達した所で、相次いで2機のアベンジャーが撃墜された。
10機で出撃したVT-10は、今や6機にまで撃ち減らされてしまった。
しかし、先に逝った仲間達の無念を晴らす為にも、残ったアベンジャーは決して怯んだ様子を見せず、急速に敵艦に接近して行った。

「機長!敵艦との距離、600です!」
「ようし!魚雷投下ぁ!!」

ギースラーは、溜まっていた物を吐き出すかのように、大声で命令を下した。
ギースラー機の胴体から思い魚雷が投下され、通常通り海面に着水する。
アベンジャーと敵竜母との距離は、指呼の間に迫ろうとしていた。

「行きがけの駄賃だ!受け取ってくれ!」

ギースラーはそう叫びながら、機銃の発射ボタンを押した。
両翼の12.7ミリ機銃が火を噴き、2条の火箭が敵竜母の銃座付近に命中し、次いで、甲板をミシン掛けをするかのように機銃弾
が突き刺さった。

「魚雷が走ってます!順調に走っています!」

レシーバー越しに機銃員がそう伝えて来る。後ろから12.7ミリ機銃の連射音が響いて来た。
魚雷の航走を確認した機銃員が、旋回機銃を撃ちまくっているのだろう。
10秒ほどが経って、その機銃員が絶叫めいた口調で、ギースラーに魚雷が命中した事を伝えてきた。

ホーネット隊の雷撃を食らったのは、第2群の旗艦である正規竜母コルパリヒであった。
コルパリヒの艦長は、急転舵を命じてアベンジャーの雷撃をかわそうとした。

だが、先の雷撃によって速力が低下しているコルパリヒは、かわすどころか、回頭すら満足に出来ない状態だった。
コルパリヒの艦首が回り始めた瞬間、相次いで魚雷が命中した。。
コルパリヒの右舷には、計4本の魚雷が突き刺さった。
まず、最初の魚雷は右舷艦首側に命中した。魚雷は命中した直後に炸裂し、舷側に大穴を開け、大量の海水が艦内に侵入して来た。
2本目と3本目は同時に右舷中央部付近に命中した。
この被雷によってコルパリヒは前部魔道機関室が破壊され、一気に動力の50%を喪失してしまった。
とどめの一撃となったのが4本目で、この魚雷は右舷後部に命中し、バルジを突き破って艦内で炸裂。
第4甲板の後部動力制御室は魚雷の爆発に巻き込まれ、操作に当たっていた2名の魔道士と5名の水兵は、瞬時に入って来た海水に
飲み込まれ、間を置かずに全員が溺死した。
海水は第4甲板後部の区画を次々と席巻し、慌てて逃げ惑う者と、被雷箇所に急行しつつあった応急修理班を一緒くたに飲み込んだ。
コルパリヒは、最後の被雷から僅か5分で停止し、夥しい黒煙を吐きながら右舷に傾斜を深めていった。


午後0時15分 第4機動艦隊旗艦モルクド

リリスティは、艦橋の露天部から、第2群が居ると思しき方向から上がる黒煙を見つめながら、魔道参謀の報告を聞いていた。

「第2群司令部からの報告は、以下の通りです。竜母コルパリヒ、ホロウレイグ、リネェング・バイ大破。うち、コルパリヒと
リネェング・バイは被弾、被雷多数の為、沈没確実。この他に、巡洋艦ルムンレ、イムレガルツ中破。フィキイギラ小破。駆逐艦2隻大破、
4隻中小破となっています。」
「補助艦艇の損害が多い上に、第2群の竜母4隻中、2隻が沈没確実、1隻が大破……第2群で残る竜母は、小型竜母ゾルラーのみ……か。」

リリスティは深いため息を吐いた。

「手荒くやられたわね。」
「やはり、米艦載機の対艦攻撃力は凄まじい物がありますな。」

魔道参謀の隣に立っていた、ハランクブ大佐が幾分、沈みがちな口調で言う。

「ですが、竜母喪失の一番の要因は、やはり、アメリカ軍も本格的に、輪形陣崩しを行った事にあります。」
「……敵の第一波攻撃隊は、竜母や戦艦等の大物はまるっきり無視して、巡洋艦や駆逐艦ばかりを狙ったそうね。あたしが考えた輪形陣崩しを、
そのまま取り入れて来るなんて……いや、そのままどころか、100機単位の攻撃隊を丸々、輪形陣崩し専門部隊として投入できる分、
アメリカ軍の方が進んでいるのかな……」

リリスティは右手で額を抑えながら呟く。
彼女の判断で出した攻撃隊にも、対艦爆裂光弾を搭載した対艦攻撃部隊を随伴させているが、対艦攻撃隊は敵空母撃沈の任を担った降下爆撃隊
と雷撃隊と共に、混同して編成している。
その一方で、アメリカ軍は、彼女の考えた戦法を丸々取り入れて、序盤で陣形崩しを挑んで来たが、この時の敵編隊には、竜母撃沈に必要な
急降下爆撃隊と雷撃隊は1機も居なかった。
ヘルダイバーは多数見受けられたが、それらも専ら、巡洋艦部隊を攻撃するばかりで、戦艦や竜母には見向きもしなかった。
複数の目標を達成できるように様々な攻撃隊を混同して向かわせるシホールアンル軍。
その一方で、対空艦潰しと敵主力攻撃用に分けて、個別に攻撃隊を差し向けて来たアメリカ軍。
リリスティは、この時点で、何か差を付けられているかのような思いを感じていた。

「司令官。敵機動部隊攻撃に向かっていたワイバーン隊より報告です。」

唐突に、背後から魔道参謀の声が聞こえた。
リリスティは振り返る。ちょうど、魔道参謀が部下から紙を渡され、今しも内容を読み上げる所であった。

しばらくして、魔道参謀がリリスティに報告を終えた。

「攻撃隊はよくやったわね。」

リリスティは、先ほどとは打って変わって、晴れ晴れとした表情で魔道参謀に言った。

「第2次と第3次の波状攻撃が功を奏した結果ですが、ひとまず、我々は再び、敵機動部隊に対して痛烈な打撃を与える事ができました。」
「決戦第1試合はお互い、痛み分けって事ね。」

「は。そのようですな。」

ハランクブ大佐も、ようやく、強張っていた頬を緩ませた。

「ですが、問題は未帰還機の多さですな。」

魔道参謀は不安げな口調でリリスティに言う。

「対艦攻撃を行った第2次攻撃隊と第3次攻撃隊は、相当の被害が出ているようです。確かに、敵正規空母と小型空母を1隻ずつ撃沈し、
正規空母2隻を撃破する事が出来ましたが、攻撃隊の損害次第では、第4次攻撃が困難になる可能性もあります。」
「……そこの所は、攻撃隊が帰還した後に判断するしかないわね。あとで航空参謀を呼んで、具体的な考えを纏めなくちゃね。」

リリスティはそう言ってから、艦橋内部に戻って行った。
彼女が艦橋に入ると、艦橋内の雰囲気ががらりと変わっているのが分かった。
それまで、味方竜母の喪失に鬱屈していた雰囲気はすっかり消え去り、今では誰しもが、自信に満ち満ちていた。
(まっ、喜ぶのも無理は無いわね。何しろ、今回の戦果は、前回のレビリンイクル沖海戦のような、寝首をかくような戦いじゃない。
紛れもない、正面切っての戦いで得た戦果。しかも、長い間、悩まされてきたあいつらに、ようやく、致命弾を浴びせる事が出来たの
だからね。)
リリスティは心中で呟きながら、この後の戦闘でどうやれば有利に立てるか、思考し始めた。
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