自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

303 第223話 断たれた手段

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第223話 断たれた手段

1485年(1945年)1月24日 午後9時 レスタン領ハタリフィク

レスタン領軍集団司令官ルィキム・エルグマド大将は、軍集団司令部内の作戦室の窓際から夜空を眺めていた。
昨日に引き続き、今日は天気が良いため、やや多めの雲の間からは、大小2つの月が顔を出している。
通称、親子月とも呼ばれるこの2つの月は、鮮やかな、青白い光を発し、その光は、ほのかに地上を照らしている。
真っ暗な闇を幾らか和らげてくれる月の光は、見る者の心を癒してくれるかのような魅力があった。
だが、エルグマドは、その神々しい親子月の光を見ても、何ら感じる事が出来なかった。
いや、むしろ、その光を見続けている内に怒りすら溜まり始める有様である。
エルグマドは窓辺から顔を背け、後ろに振り向く。
作戦室内には、軍集団司令部の馴染みの顔が、机を取り囲むようにして立っている。
彼らは皆、浮かぬ顔付きでエルグマドを見つめ続けていた。

「……そうか。海軍は、勝てなかったか……」

エルグマドは、悲痛そうな声音で、彼らに言い放った。


凶報が入ったのは、今日の明け方頃である。
海軍総司令部から陸軍総司令部に伝えられた第1報が、レスタン領軍集団司令部に飛び込んで来た。
その内容は素っ気なかったが、それだけでも、海軍側の苦境を読み取る事が出来た。

「第4機動艦隊は敵機動部隊並びに、敵水上砲戦部隊の迎撃網を突破できず。被害甚大なり。」

報告はこれだけであり、詳細はまだ送られて来ていなかった。
エルグマドは、第4機動艦隊が大損害を被った事と、迎撃網を突破できなかったという知らせを受け、最初は全く驚かなかった。
彼は、第4機動艦隊が損害を出し、迎撃網の突破が出来ない事は既に予想していたが、それは一時的な物であり、いずれは、敵の迎撃網を
突破して敵上陸部隊を孤立させるであろうと信じていた。

海軍側から正確な損害を知らされていない事も、エルグマドが自信を失わない原因ともなった。
エルグマドは、この時点で、海軍側の損害が、まさに、壊滅的な代物である事を知らなかった。
だが、午後1時に入って来た続報が、エルグマドの自信を揺るがせた。

「第4機動艦隊は、竜母6隻、戦艦4隻を始めとする多数の艦艇、ワイバーンを喪失せり。」

この報告を受けたエルグマドは、第4機動艦隊の受けた甚大な損害に、思わず絶句してしまった。
竜母や戦艦といった主力艦の喪失数が10隻という数字は、今までの対米戦では一度も出て来なかった物だ。
かつて、帝国の勢力圏が最大規模に達した際に発生した、バゼット海海戦でもシホールアンル海軍は大損害を出したが、それでも竜母、
戦艦の喪失艦は合わせて7隻である。
だが、今回の海戦では10隻と言う大台を記録してしまった。
アメリカよりも国力の劣るシホールアンル帝国にとって、主力艦10隻の喪失は余りにも痛すぎる損害だ。
だが、エルグマドはまだ諦めてはいなかった。
本国の司令部から送られて来た報告は驚愕すべき物であったが、それでも、報告文の中には、第4機動艦隊が撤退したという文字は
含まれていなかった。
それに加え、損害も喪失した艦の数だけしか知らされていなかったため、エルグマドは、第4機動艦隊が米機動部隊に大出血を与え、
撃退するだろうと考えていた。
あの、レビリンイクル沖海戦のように……

だが、今から10分程前に届けられた報告は、彼のみならず、レスタン領軍集団司令部幕僚達の望みを、見事に打ち砕いてしまった。

「第4機動艦隊は、竜母6隻、戦艦4隻喪失の他、竜母3隻、戦艦4隻に甚大なる損害を受けた上、航空戦力が壊滅状態に陥ったため、
止む無く撤退した模様。」

本国の総司令部より送られたそっけない報告文。
そして、あまりにも無情な言葉の羅列は……エルグマドも賛同していた、敵上陸軍の封じ込め策が、瓦解した事を意味していた。

「閣下。第4機動艦隊が目的を達せられなかった以上、我々は、これまでに考えて来た作戦を見直す必要があります。」

軍集団司令部作戦参謀ヒートス・ファイロク大佐が、浮かぬ顔を現したままエルグマドに進言する。

「そこの所は、わしも同感だ。」

エルグマドは深く頷いた。

「東部方面軍はひとまず、これまで通りで良いとして、西部方面軍は、第4機動艦隊の作戦が成功した後、敵が補給を断たれ、
孤立状態に陥った事を前提にして、一気に総反撃を行う予定を立てていたが……」

エルグマドは、机の上に敷かれている地図に目をやった。

「海軍が撃退された以上、我々は、総反撃に移らぬ方が良さそうだな。」

エルグマドの言葉の前に、司令部要員の大半が顔を頷かせる。
その一方で、異を唱える者も出て来た。

「閣下、お言葉ですが、昨日の海戦で海軍は勿論、陸軍の基地航空隊にも大損害を被りましたが、西部方面に元々配備されて
いた4個空中騎士軍は依然戦力を残しております。また、増援部隊も、まだ6割ほどは戦力を有しております。残された航空戦力を
総動員すれば、地上部隊は航空支援も充分に受けられる筈です。閣下、航空戦力がまだ充分に残っている今の内に、敵上陸軍に
総反撃を行うべきではありませんか?」

主任参謀長のヴィルヒレ・レイフスコ中将は、強い口調でエルグマドに言った。
だが、エルグマドは首を縦に振らなかった。

「主任参謀長。総反撃に出るのもいいかもしれんが、そうなれば、敵はこちら以上に航空戦力を動員して来るぞ。君も知って
いるだろう?」

エルグマドは顔をしかめながらレイフスコに言う。

「海戦前日の22日。我が方は約1000騎ものワイバーンや、飛空挺を動員して航空支援や沖合の敵艦船攻撃を行った。
だが、敵は南から、少なくとも1000機、海側から500機以上の航空機を動員してこちら側の航空攻撃に対応したばかりか、
我が地上軍に対して効果的な爆撃までも行って来ている。東部方面でこちらと同じか、それ以上の戦線を抱えているにもかかわらずにだ。」
「は……」
「主任参謀長。我々が全力で1000機ものワイバーンや飛空挺を出したにも関わらず、敵はもう1つの戦場を見ながら、こちら以上の航空戦力を
片手間でポンと出して来たのだぞ。このような状況で、大規模な総反撃を行う事は、自殺するにも等しい。」
「!!」

レイフスコは驚愕し、目を見開いた。

「……閣下のおっしゃる通りです。」

話を聞いていた兵站参謀のラッヘル・リンブ少佐も頷きながら言う。

「我が方の航空優勢が崩れかけている事は、同時に各部隊に対する補給も脅かされつつある事を意味しています。いや、現に脅か
されています。」
「兵站参謀。確か、アメリカ軍機が今日の昼頃から夕方にかけて、前線後方の補給基地や補給路を空爆して来たと報告していたが、
やはり、状況は酷いかね?」

問い掛けられたリンブ兵站参謀は、表情を曇らせながらエルグマドに答えた。

「私が判断する限りでは、かなり酷いとしか言いようがありません。むしろ、あの猛烈な空爆の中で、補給ルートが2つ残った事は、
奇跡に等しいと思います。」

レスタン領軍集団は、西部方面軍と東部方面軍で構成されており、今はエルグマドが統括指揮を取っている。
上陸して来たアメリカ軍とカレアント軍と戦っているのは西部方面軍である。
西部方面軍は、21日の敵軍上陸以来、必死の防戦を繰り広げている。
24日現在、敵部隊はレーミア湾沿岸部から2ゼルドまで前進し、次第に内陸部へ向かいつつあるが、その進撃速度は、敵が戦車を使った、
本格的な進撃作戦をまだ行っていない事もあるが、応戦するシホールアンル軍各師団の奮闘の甲斐あってまだ鈍いままだ。

レーミア湾周辺に展開するシホールアンル軍は、苦戦を重ねつつも、敵の進行を抑えている事で幾らか自信を保っていたが、24日、
その自信を揺るがす事態が、レーミア湾沿岸部の北方付近で起こった。
24日正午頃、レーミア湾北方5ゼルド付近にあった複数の物資集積所に、南側からやって来たアメリカ軍機の大群が襲い掛かって来た。
物資集積所の上空には、既に敵の来襲を察知したワイバーン部隊が待ち構えていたが、米軍の戦爆連合編隊は、損害を出しながらも物資集積所に殺到した。
アメリカ軍の爆撃機隊は、今まで見慣れて来たフライングフォートレスやリベレーターといった大型爆撃機から、ハボックやミッチェル、
インベーダーといった様々な中型爆撃機で構成されていた。
敵は、正午頃に第1波190機を投入したのを皮切りに、続々と攻撃隊を差し向け、午後3次頃には第4波120機を含めた、計700機もの
敵機が物資集積所を襲撃した。
物資集積所には、第47軍6個師団の武器弾薬は勿論の事、食料品や医薬品等の必要物資が秘密裏に集積されていたが、米軍機の大群はこれらに
爆弾やナパーム弾の雨を降らせて片っ端から焼き討ちにしてしまった。
午後4時頃には、沖合の小型空母から発艦したと思われる艦載機200機と、昨日の決戦で消耗した筈の高速機動部隊から180機が参戦した
ばかりか、夕方にはスーパーフォートレス主体に編成された戦爆連合編隊が、レスタン領とヒーレリ領の領境沿いにある主要街道や鉄道路を猛爆し、
シホールアンル軍の主要補給路を狙い撃ちにしていった。
最終的に、アメリカ軍は1600機もの航空機を投入し、前半は物資集積所を狙い、後半は補給路となる街道や林道のみならず、補給部隊にとっては
絶好の隠れ家となる森林地帯にも焼夷弾をぶち込み、空襲から逃れていた補給部隊を森ごと焼き払った。
幸いにも、前線部隊に対する空襲は少なく、地上部隊はアメリカ軍やカレアント軍との攻防戦に集中する事が出来たが、物資集積所や補給路を爆撃され、
物資の補給が急激に減る事となった部隊……特に第47軍では、早くも食糧品の不足が顕在化し、第47軍司令部では、このままでは明日以降の戦闘に
支障を来すであろうと報告を送って来ている。
第47軍は、敵軍が上陸してから2日目に戦闘に加わり、23日には消耗した第42軍第22軍団にかわって、全部隊が最前線に立って決死の防戦に
努めているが、その第47軍が戦闘不能となれば、上陸軍に対する囲いが解けてしまい、敵の有力部隊に残りの部隊……第42軍や、新たに前線に
加わった第2親衛石甲軍の第1親衛軍団の後背に回り込まれる恐れがある。
総反撃による敵上陸部隊の覆滅という道が断たれた今、敵の進撃を抑える為には、効果的に防戦を行うしかない。
しかし、補給を脅かされては、その防戦すらもままならない。
西部方面軍は、敵軍上陸から4日目で、早くも危機に陥っていた。

「補給路が激減したとあっては、第47軍は満足に戦えません。ここは、増援部隊を送るべきだと、私は考えます。」
「……作戦参謀。その増援部隊の件だが、どこから出すのだね?」

レイフスコがすかさず問い質す。

「はい。ファルヴエイノ防衛隊からと、考えております。抽出する兵力は、防衛の主力である首都防衛軍団で良いでしょう。」
「な……君!」

レイフスコは困惑した表情を浮かべた後、咎める様な口調でファイロクを責め立てた。

「ファルヴエイノ防衛隊から抽出するだと?君はファルヴエイノの重要性を認識しておらんのか?あそこは、このレスタン領の首都なのだぞ!
ジャスオ領には、敵の空挺部隊が以前待機中との報告が届けられておる。敵空挺部隊の狙いは、このファルヴエイノ制圧にあるかもしれん。
その敵部隊に、ファルヴエイノを制圧されたら、現地民に対する我が軍への威信はともかく、絶対防衛圏の崩壊を声高に宣言されるような物だ!
私としては、第54軍団……もとい、首都防衛軍団の前線移動には反対である!」
「主任参謀長のお言葉はわかります。ですが……不思議ではありませんか?」
「んん?何が不思議なのかね?」

ファイロク大佐の言葉を聞いたレイフスコは、苛立ったように質問を返す。

「敵は我が軍の隙を窺ってずっと待機しておる。これのどこが不思議なのだ。」
「……何故、敵は動こうとしないのでしょうか?天候的には、これから、あと3日間しか天気の良い日は続きません。いや、今日辺りから、
天候は崩れ始めています。」
「作戦参謀、君は何が言いたいのかね?」
「はっ……率直に言わせていただきます。」

ファイロク大佐は、軽く頷いてからレイフスコに答えた。

「敵の空挺部隊は、首都防衛軍団を前線に出さない為の囮ではありませんか?」
「……何?」
「主任参謀長。よく考えて下さい。我が軍集団に属する西部方面軍は、敵の攻勢を一応、抑え込んでいます。ですが、それも、圧力を強める
敵に対しては、いつまで続くか分かりません。我が軍は、西部方面のみならず、東部方面でも、敵軍の大攻勢を受けています。必然的に、
2正面作戦を強いられている我が軍集団に、予備兵力を回す余裕は、全くありません。首都防衛に配備されている、第54軍団を除いては……」

「作戦参謀、つまり、アメリカ軍は、投入する気もない空挺部隊を敢えて集結させて、こちらが用意していた予備兵力の動員を防いでいる、
という事になるのだな?」

エルグマドがファイロク大佐に聞く。

「はい。アメリカ軍としては、こちらがどの程度の部隊を拘束されているかまでは知らない筈ですが、それでも、一定の部隊はファルヴエイノに
拘束できていると考えているでしょう。東部方面の侵攻軍よりも戦力の少ない敵上陸軍には、1個師団……いや、1個連隊程度の兵力でも居なく
なれば、その分戦い易くなります。閣下、主任参謀長の言われる事も良く分かりますが、私としましては、敵上陸軍の進行を出来るだけ遅らせる為に、
是が非でも、増援部隊を投入する必要があると考えます。本国司令部が新たな増援を送るまで、レスタン領はある程度維持しなければなりません。
その為にも、首都防衛軍団の前線投入を行うべきです!」

ファイロク大佐は、強い口調でエルグマドに言った。
それに対して、エルグマドはすぐには答えず、腕を組んで思考し始めた。
(増援……か。確かに、首都防衛の2個師団と1個石甲旅団を送れば、敵の進撃を抑え続ける事も可能だろう。いや、食い止める所か、押し戻す
事も可能かもしれん。ファルヴエイノに配備している正規軍は、全てが新式の魔道銃と移動型ゴーレムを揃えているからな。しかし……増援を
欲しいと言っている所は、西部方面だけではないからなぁ……)
エルグマドは、半ば憂鬱な気分で東部方面軍の戦況を思い出す。
東部方面軍は、西部方面軍よりも倍以上の兵力を配備されているにもかかわらず、敵軍の猛攻の前に苦戦を余儀なくされている。
連合軍は、21日正午頃から開始した大攻勢で、東部方面軍が構築した縦進陣地を徐々に突破して行き、24日正午前には、全ての縦進陣地が
連合国軍によって突破された。
東部方面軍は、21日に第29石甲軍を、22日には第20石甲軍を投入し、連合軍の前進を阻もうとした。
東部方面軍の主力と行っても良い2個石甲軍の前線投入は功を奏し、23日午後以降に行われた米軍の戦車部隊と第20石甲軍のキリラルブス隊は、
対米戦開始以来最大規模となる大会戦を繰り広げた。
この戦車戦で、第20石甲軍は敵の新鋭戦車パーシング多数と、M4シャーマン戦車等の装甲車両を次々と撃破し、大損害を与えた。
しかし、第20石甲軍も、この大規模な戦闘で第32軍団が壊滅的打撃を被り、元々、魔法騎士師団から石甲師団に改編した、第72親衛石甲師団も
含む第56軍団も少なからぬ損害を受けている。
この為、24日以降に開始された米軍の新たなる攻勢を支え切る事は出来ず、最期の縦進陣地帯を突破されるに至った。
東部方面軍は、戦線の右翼を突破したアメリカ軍部隊並びに、バルランド軍部隊に包囲される事を恐れ、戦線を6ゼルド(18キロ)後退させる事を決定。

今日の夜8時頃から、後衛師団の援護を受けながら後退を開始している。
第20石甲軍と同じように、第29石甲軍も奮闘していたが、こちらの損害は第20石甲軍よりもやや大きい。
第29石甲軍は、第49軍団が壊滅状態に陥り、第63軍団の3個石甲師団も、師団戦力の4割を喪失し、もはや、石甲軍団としては期待できない程に
まで戦力を低下させている。
第29石甲軍も、前進して来る連合軍部隊に損害を与え続けていたが、装甲兵力は勿論の事、航空部隊までも効果的に使って来る敵部隊の前に、
さしもの精鋭部隊も次々と損害を出していった。
エルグマドは知らなかったが、第29石甲軍が相手していたのは、パットン率いる第3軍とクリンド将軍率いるバルランド軍第62軍であった。
両軍の攻撃は、他の連合軍部隊と比べても一線を画すほど凄まじく、24日の時点で、アメリカ第3軍は18キロ、バルランド第62軍は16キロも
前進していた。
他の連合軍部隊が、平均で10キロ前後しか前進していないのと比べると、米第3軍とバルランド第62軍の進撃速度は、まさに驚異的と言えた。
敵の攻勢開始から早3日で、殆どの戦線を突破されるにいたった東部方面軍は、戦線の後退を行うと同時に、未だに手付かずに残されている
ファルヴエイノ防衛軍団の東部戦線への投入を、軍集団司令部に要請していた。
(東部方面軍も、第54軍団を回して欲しいと言って来ている。だが、西部戦線にも第54軍団は必要だ。敵上陸軍が勢い付いたら、
ファルヴエイノだけではなく、レスタン領の西半分が瞬く間に制圧されてしまう……かといって、敵の空挺部隊が待機状態にある今、
迂闊に第54軍団を回す事は出来ない。これは参ったぞ……)
エルグマドは、珍しく焦燥の念を抱き始めていた。
西部戦線と東部戦線は、いずれもが増援を投入しなければならない程、戦況が逼迫している。
エルグマドとしては、西部戦線と東部戦線に、すぐにでも増援を送りたいと思っているが、遅れる増援部隊は機動化されたとはいえ、2個師団と
1個石甲旅団で編成された1個軍団のみである。
これでは、2つの戦線のうち、どちらか1つだけにしか増援を送らざるを得ない。
西部戦線を取るか、それとも、東部戦線を取るか……エルグマドの悩みはより、深くなりつつあった。

「……閣下。どうされますか?」
「すまん、もう少し考えさせてくれ。」

ファイロク大佐がエルグマドに聞くが、エルグマドはそう言ってから、回答を先延ばしにした。
それから2分ほど黙考した後、エルグマドは、リンブ兵站参謀に顔を向けた。

「兵站参謀。第47軍の状況について少し調べて貰えないかね?」
「は。分かりました。それで、どのような事を?」
「47軍が現在有している物資で、あと何日戦えるか知りたい。御苦労だが、急ぎで頼む。」
「わかりました。至急、47軍司令部に問い合わせてみます!」

リンブ兵站参謀は深く頷いてから、作戦室を飛び出して行った。


それから1時間後、リンブ少佐が作戦室に戻って来た。

「閣下!47軍司令部より回答がありました!」
「よし、聞こう。」

エルグマドは頷いてから、リンブ少佐の報告を聞く。

「第47軍は、現在の状況で戦闘が推移した場合、最低でも4日。状況によっては、3日程は戦闘継続が可能なようです。」
「天気が本格的に崩れ始めるのは、確か3日後だったな。」
「はい。今日の夕方頃から雲が多くなり始めていますが、27日か、28日あたりからは再び、雪が降る程の天気になるでしょう。」
「よし、これで腹は決まった。」

エルグマドは意を決した。

「第54軍団は、西部戦線に投入する。ただし……投入は天候が崩れる日……今から3日後に行う。」
「3日後……でありますか?」

レイフスコ中将が困惑顔でエルグマドに言う。

「うむ。3日後だ。わしは、そこが良いと考えている。」

「しかし閣下。西部戦線はそれまで、敵の攻勢を支え切れるでしょうか。いや、西部戦線のみならず、東部戦線も増援を欲しております。
第54軍団の西部前線投入は確かに良い判断ですが……東部戦線は今後、どうなるのでしょうか?」
「東部戦線については、今しばらくはまだ持ち堪えられると考えているが、万が一の事も考えて、バイスエの駐留軍から軍を回して貰おうかと考えている。」
「バイスエ領から……!?」

レイフスコは、エルグマドの口から飛び出たその言葉に、驚きの余り、目を丸くしてしまった。

「閣下!バイスエ領の軍部隊は、我が軍集団の指揮下にありませんぞ!」
「主任参謀長。そんな事ぐらい、わしにも分かっておる。」

エルグマドは苦笑しながら、レイフスコに答える。

「わしは本国に要請するのだよ。バイスエ領の軍部隊を幾つか、レスタン戦線に回して下さい、とな。もともと、バイスエ駐留軍司令官の
ルィッテビ大将は、いざという時はバイスエの領境沿いに配置している2個軍をレスタン戦線に増援として差し向けたいと、何度も本国司令部に
要請している程だ。わしからもお願いすれば、バイスエ軍もこのレスタン戦線に動員出来るだろう。」

エルグマドは説明しながら、内心ではバイスエ駐留軍を率いる、3個下の後輩の顔を思い出す。
(ルィッテビの奴め。今頃は、眼前で決戦が行われているのを見て、切歯扼腕しておるのだろうな)
シホールアンル軍は、バイスエ領にも3個軍と1個軍団規模の兵力を配置している。
帝国軍上層部は、バイスエ領に対する連合軍の侵攻を懸念し、バイスエ軍の前線投入を今まで控えて来た。
バイスエ駐留軍司令官であるカルギス・ルィッテビ大将は21日早朝から幾度も、

「バイスエ駐留軍のレスタン戦線投入を許可されたし」

という要請分を本国司令部に送っていたが、連合軍のバイスエ侵攻を警戒していた本国総司令部は、この要請を頑なに拒み続けていた。
だが、ルィッテビの要請に加えて、レスタン領軍司令官であるエルグマドからも要請も送られれば、本国司令部も無視できないかもしれない。

「東部戦線軍は後退を行いつつ戦えば、まだ持ち堪えられる。上手く行けば、急進中のアメリカ軍とバルランド軍部隊を、バイスエ軍と共同で逆に包囲して、
大打撃を与えられるかも知れんぞ。」

「なるほど……その手がありましたか。」

レイフスコが感心した口調でエルグマドに言った。

「何も、現地軍だけでずっと、戦い続けろとは言われておらんからな。時には、血気盛んな待機部隊も使って、敵の進撃を阻止しなければならん。」
「西部戦線と東部戦線への対応は、閣下の言われた通りでよろしいかと、小官も思います。」

ファイロク大佐も満足気に頷きながら、エルグマドに言う。

「第47軍が後退した後は、第2親衛軍が温存していた第2親衛軍団と第54軍団で穴埋めをすれば大丈夫でしょう。第42軍も戦力的に限界が近づいて
いますが、こちらは最低でも、1週間程度は粘れると聞いております。いずれにせよ、敵空挺部隊が天候の良い内に、ファルヴエイノに向かうのはほぼ無理と
言えるでしょう。」
「恐らくはな。所で、天候回復はいつ頃になるかね?」
「はっ。予報では、来月の9日までは雪か、曇りが続く見込みです。その間、天候が回復する日は1日もありません。」

ファイロク大佐はそう断言した。

「よろしい。少なくとも、来月の初旬までは、敵の空挺部隊に背後を衝かれることはなさそうだな。」
「はい。それまでは、安心して防戦に臨む事が出来ます。」

ファイロク大佐は嬉し気な声で言い放った。
その時、唐突に、作戦室に空気が変わった。

「……そうだな。」

エルグマドは、深いため息を吐いた。
(どんなに頑張った所で、わしらは“防戦”しか出来ぬのだ。第4機動艦隊が敗退した時点で、攻勢に出る道は断たれてしまった。次に攻勢に移れるとしたら、
いや、そもそも、攻勢に出る時期が来るのかどうかも分からんな。)
彼は、心中で、レスタン駐留軍の置かれた現状を分析し、更に憂鬱な気分になった。
かつては無敵と謳われて言うたシホールアンル帝国軍が、今では防戦しか出来ぬと言う現状は、エルグマドのみならず、レスタン領に駐留する全軍にも、
暗い影を落としつつあった。

1485年(1945年)1月26日 午前9時 レスタン領レーミア湾

カレアント軍第1機械化騎兵師団に所属するエリラ・ファルマント曹長は、先日の戦闘で損傷し、修理を受けていた戦車を受け取るため、整備中隊から借りた
ジープを使って、レーミア海岸橋頭保に設営された修理工場へ向かっていた。

「やば……なんか、すっかり寒くなって来たなぁ。」

エリラは、隣でジープのハンドルを握る弟のグルアロスの声を聞いた。

「そういえば、天気が悪いわねぇ。」

エリラは上空を仰ぎ見る。
24日の夕方頃から、レスタン領南部の天候は傾き始めていた。
21日の上陸当初から24日頃までは、冬であるにもかかわらず、気温は14度まであったのだが、24日夕方頃からは雲が急速に増え始め、
25日未明からは雨と共に気温が下がり始めた。
今日の朝の気温は7度とかなり寒く、エリラ達は、戦闘中は脱いでいた防寒服を慌てて着込む羽目になった。
今日の天候は、昨日にも増して悪くなっており、空は鉛色の雲に覆われて薄暗く、今は日中であるにもかかわらず、白い息が盛んに出るほどだ。
雨が降っていないだけマシであるが、肌を指す様な冷気に体を包まれていれば、雨が降っていない事なぞ気休めにもならない。

「車長は確か、寒いの苦手でしたっけ?」

後部座席に座っている砲手のフライビ・ハンソル伍長がエリラに聞いて来る。

「苦手って訳じゃないけど、好きでも無いわね。」
「自分は、冬っていう季節は好きですけどね。自分が生まれた所は、一年中冬みたいなところですし。」

狼系の獣人であるハンソル伍長は、途中、しみじみとした表情でエリラに言った。

「今頃、実家の姐さんは何してんだろうなぁ。」
「フライビ。実家の事ばっか考えていると、ホームシックになっちまうぞ。」

グルアロスが茶化すような口調でフライビに注意した。

「へへ、すんません先輩。」
「まっ、誤らなくてもいいけどな……おっと、見えましたよ、車長。」

グルアロスは、整備工場の方向に顎をしゃくりながら、エリラに向けて言う。
エリラ達と、装填手と操縦手を乗せた2台のジープは、急造の整備工場の側に車を止めた。

「ふぅ、この海岸もすっかり変ったねぇ……」

エリラはジープから降りつつ、船団に付いて来た輸送艦から下ろされた、各種補給物資の山と、乱立する後方支援施設の数々を見て、感嘆した。
レーミア海岸は、上陸初日から輸送艦によって続々と各種物資が揚陸され、その日の夜までには、海兵隊4個師団とカレアント軍1個師団が上陸を果たした。
22日から今日までには、更に数多くの物資が揚陸された他、24日頃からは整備工場や野戦病院といった多数の後方支援施設が作られ、昨日からは
アメリカ海軍工兵大隊…通称、シービーズによって飛行場の建設も始まっている。
飛行場の建設のスピードは思いのほか早く、3日後には第1海兵航空団所属の戦闘機や艦爆、艦攻が飛行場に展開出来るだろうと言われている。
エリラは、沖合にたむろしている無数の輸送船団を見つめている中、唐突に視線を止めた。

「……車長、何を見てるんですか?」
「グルアロス、あれ、何か分かる?」
「ん?」

グルアロスは、エリラが指差す方向に目を向ける。
レーミア海岸から2キロほど離れた浅瀬。そこに、輸送船とは違う何かが座礁していた。

「……あれは、アメリカ海軍の戦艦か……」

「確か、ワシントン、と言ってたわね。遠目から見ただけでも、かなりの損傷を受けてる…」

エリラは、墓標と化した米戦艦の姿に、ただただ驚くしかなかった。
浅瀬に艦体を乗り上げているワシントンは、艦体のあちこちに破孔を穿たれ、爆炎に彩られた跡が生々しく残っていた。
23日の夜半に起きたレーミア湾沖大海戦で、上陸船団と橋頭堡の護衛に当たっていた米太平洋艦隊所属の第5艦隊が、反撃に出て来たシホールアンル海軍を
激闘の末、見事撃退したという報せは、第1機械化騎兵師団にも届いていた。
それと同時に、迎撃に当たった第58任務部隊も大損害を被ったと聞いているが、その詳細は知らされていなかった。
詳細が明らかになり始めたのは、昨日の午後、損傷した米戦艦がレーミア湾沖の浅瀬で座礁したという話が伝わってからだ。
エリラは、彼氏であるリンゲが乗っていた空母エンタープライズが大破し、後退した事を聞いてリンゲの安否が気になったが、今の所、戦死したという
報告は届いていないため、さほど心配はしていなかった。

「……身をボロボロにしてまで、あたしたちを守ってくれたアメリカ艦隊のためにも、これからの戦いは勝ち続けなくちゃね。」

エリラは小声で呟いた後、再び足を歩めた。
整備工場の中に入ると、そこには、前線で損傷を受け、修理を受けている6台の戦車と装甲車があり、休憩室と思われる場所から笑い声が響いて来た。

「おーっす!整備班長!」

エリラは、休憩室で3名のアメリカ海兵隊員と思しき米兵と談笑している、兎耳の整備班長に声をかけた。
栗色の長髪に、特徴のある兎耳を生やしたその女性整備班長は、エリラに振り向くと、はにかみながら手を振って来た。

「おお、来たかいエリラ。待ち侘びていたよ。」

整備班長は笑みを浮かべたまま、エリラの肩を叩いた。

「リンデル姉さん、あたしの馬車を取りに来たわ。」
「おう、あんたのヤツはあっちだよ。ついて来な。」

リンデル姉さんと呼ばれた整備班長は、頷きながら休憩室を出て、エリラ達を案内する。
リンデル・ヴェルフラ大尉は、第1機械化騎兵師団第2機械化騎兵連隊に所属する第21整備中隊の指揮官である。
エリラとは同郷のよしみであり、幼少期から頼れるお姉さんと、可愛い妹分といった関係のまま、今に至っている。

「はいよ、これがあんたの馬車だ。ぶっ壊れた右のキャタピラは突貫工事で直してある。」
「わお、相変わらず腕が良いなぁ。」

エリラは、修復成った自らのシャーマン戦車を見ながら、修理をしてくれたリンデルに感謝の言葉を送る。

「これで突貫工事かぁ。ホント、いつ見ても見事だわ。ありがとね。」
「いや、礼はいいよ。それより、」

リンデルは、悪戯小僧が浮かべる様な笑みを現しながら、人差指でエリラの額を突いた。

「もう2度と、無闇に敵陣に突っ込むなんて事するんじゃないよ。敵の野砲弾が履帯部分当たったから良かったものの、運が悪けりゃ、
コイツがあんたらの棺桶になってたよ。」
「……ハハ、面目ないです。」

エリラは頭を掻きつつ、弱々しい声音でリンデルに返した。
今から2日前、エリラの所属する第1機械化騎兵師団は、アメリカ第3海兵師団と共に、海岸線南側から5キロほど離れた敵陣に攻撃を仕掛けた。
その時、エリラは、キリラルブス撃退の余勢をかって、敵陣に突破したが、運悪く、彼女はたった1台で敵陣に乗り込んだ形となった。
彼女は素早く指示を飛ばし、敵のキリラルブスを1台破壊し、1台を撃退した物の、敵が隠していた野砲の集中攻撃を受けた。
エリラ車は野砲弾の猛射を食らい、1発が右のキャタピラに命中して擱坐してしまった。
動きを止めたエリラ車に、敵の野砲は更に砲撃を行おうとしたが、運良く、仲間の戦車部隊が駆け付けてくれたお陰で、戦死は免れた。
戦闘終了後、彼女の戦車はすぐに整備中隊送りとなった。

「しかし、思ったよりも早く出来あがりましたね。自分らはてっきり、あと2日ぐらいは掛かるだろうと思ってたんですが。」

グルアロスが感心しながら、リンデルに言う。

「ああ、実を言うとね、こいつは思ったよりも損傷が酷くなかったんだ。あたしもてっきり、車体部分にも傷が入っているかと思ったんだけど、
履帯部分を修理するだけで充分だったよ。」
「へぇ、砲弾が命中した時は、結構揺れたけどなぁ……」
「良かったな、敵の砲手がヘボイ奴で。」

リンデルは笑いながら、エリラの肩を叩いた。

「うむむ、微妙におちょくられているような……まぁ、それはともかく。」

エリラは、一呼吸置いてから気を取り直す。

「とりあえず、持って行きますね。」
「ああ。さっさと持って行って頂戴。まだ、修理していない戦車があるから、あんたのをどかしてそいつを入れないけないからね。」

リンデルは後の対応を部下に任せ、エリラ達は自らの愛車に乗り込んでいく。
程無くして、彼女らは整備班員の誘導を受けながら、戦車を整備工場の敷地外に出していた。
エリラは整備工場の敷地外に戦車を出した後、邪魔にならぬ場所で戦車を止めた。

「こちら車長。各員、点検開始。」

エリラは、さっきと打って変わった口調で、4名の部下に指示を下した。
やや間を置いてから、部下達から次々と報告が入る。

「こちら操縦手、エンジン、操縦機系統異常なし。」
「砲手より車長へ、砲の発射装置の動作は正常。照準器異常なし。」
「こちら無線手、通信機異常なし。今日のリリー・マルレーンは正常に聞けます。」

エリラは、弟の何気ないジョークに思わず微笑んだ。

「装填手より車長へ。弾薬懸架装置に異常なし。砲身内部の状態も極めて良好。いつも通り、砲弾を撃ちまくれます。」
「状態良し、ってとこね。」

エリラは、予想通りの結果に満足した。

「ようし、これより部隊に戻る。前進!」

彼女の号令が掛かるや、アイドリング状態で待機していたシャーマン戦車は、高々とエンジンを唸らせ、
履帯をきしませながら原隊へ向かって行った。
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