第224話 携行型魔道銃
1485年(1945年)1月28日 午前7時 レスタン領レーミア
第3海兵師団第3海兵戦車連隊の指揮官であるヨアヒム・パイパー中佐は、指揮戦車のキューポラから身を乗り出し、落ち着かない表情で
空を見上げていた。
「……こりゃ、航空支援は望めんかもしれんな。」
パイパーはため息交じりに呟きながら、右手で空から降りしきる雪を掴み取った。
「連隊長!師団本部より通信です!」
「了解、繋いでくれ。」
パイパーは、指揮戦車に乗り組む部下に命じ、師団本部の参謀と通信を繋げさせる。
「こちらパイパー。今替わりました、聞こえますか?」
「こちらホガブーム。ああ、良く聞こえる。」
声の主は、第3海兵師団の参謀長を務めるロバート・ホガブーム大佐である。
「今日の攻撃だが、予定通り午前8時30分に行う。その前に、砲兵隊とカレアント軍砲兵が事前砲撃を行う。ここまでは一応、
予定通りだが、その上に行う筈だった航空支援は、空を見て貰えば分かると思うが、中止となった。」
「そうですか……」
パイパーは冷淡な口調で答えつつも、心中では幾らか落胆していた。
「しかし、攻撃は予定通り行う。そうですね?」
「ああ。予定通りだ。何しろ、上陸以来の、初の本格的な前進だからな。私も、師団長も幾らか不安に感じているが、決まった以上は仕方がない。」
「わかりました。幸い、うちの連隊の将兵は士気旺盛です。ベストを尽くしますよ。」
「うむ、流石はノール攻防戦の経験者だ。自信に溢れているな。その言葉を信じて、君達の活躍を期待しているよ。」
ホガブーム大佐との通信はそこで切れた。
パイパーはふぅっとため息を吐いた。
「期待通りにしたいもんだが……果たして、どうなるかな?」
彼はそう呟いた後、連隊が保有する戦車数を、再び頭の中で数え始めた。
パイパーの指揮する第3海兵戦車連隊は、第31戦車大隊、第32戦車大隊、第33戦車大隊の計3個大隊で編成されている。
各戦車大隊は、それぞれが48両のM26パーシングで構成され、連隊全体では144両の戦車を有している事になっている。
しかし、連隊指揮下の戦車隊は、21日から続く戦闘で戦力を減らしており、第31大隊の稼働戦車は42両、第32大隊は38両、第33大隊は
34両にまで減っている。
現時点で、第3海兵戦車連隊の保有戦車は114両となっており、この1週間で30両が撃破されるか、戦列から離れている。
損耗率は3割にも達する勢いであり、いかに頑丈かつ、攻撃力に秀でたパーシングといえど、敵と戦えば、普通に傷付き、壊れる武器である事を、
その数字が如実に表していた。
最も、第3海兵戦車連隊が損耗率3割近い大損害を出した理由としては、常に先頭を切って戦った事にあり、第1海兵師団や第2海兵師団等の
部隊と共同で戦っていれば、第3海兵戦車連隊の損害比率も少なくなったであろう。
ちなみに、損耗した戦車のうち、実際に撃破された戦車は10両程であり、残りの20両は後方の整備中隊に引き取られ、修理に当たっている。
これに対して、連隊全体では推定でも60台以上のキリラルブスを破壊しており、話半分としても30台は確実に破壊しているため、パーシングが
キリラルブスに対していかに優位に立ち、かつ、頑健であるかが良く分かる。
とはいえ、損傷戦車が、今日の攻勢開始前に戻って来る事は無いため、パイパー連隊は残った114両のパーシングでもって、攻勢に当たらなければ
ならなかった。
「俺達の連隊は上陸開始以来、遮二無二進んで来たが、敵の抵抗の激しいせいで、まだ7キロしか前進していない。こっちが本格的な前進して
いなかった事もあるが、航空支援を受けながら、まだ7キロ。目標だった0-3ラインの確保がまだ成されていない状況だ。これは、敵の抵抗が
思ったよりも激しい事を意味している。今日からは本格的な突破作戦に移るから、ノロノロと進まなくてもいいと思うが……頼みの航空支援が
無いと言うのがどうも不安だ……」
パイパーはやや不安を感じていた。
彼がドイツ軍時代に経験した最大の攻防戦である、フランスのノール攻防戦で装甲部隊が縦横に活躍できたのも、空軍のスツーカやハインケル等の
支援があってこそだ。
エルネイルでもそれは同様であり、海軍の艦載機隊や陸軍航空隊のP-47は勿論の事、軽爆隊や重爆隊も良く仕事をこなし、海兵隊や陸軍の前進を
助けてくれた。
だが、今日の攻撃では、天候悪化のため、航空支援の類が一切ない。
唯一、沖合の艦艇から艦砲の支援を受ける事が出来るが、精密な攻撃も可能な航空支援と比べると、幾らか不安が伴う。
とはいえ、命令を下された以上、パイパーはやるしかないと決めていた。
「連隊長、あと1分で事前砲撃が始まります。」
彼はレシーバー越しに、無線手の報告を聞いた。
パイパーは短く答えてから、砲兵隊の砲撃を待った。
時計の針が午前7時5分を指した時、海岸付近に布陣した砲兵隊が事前砲撃を開始し、砲弾の飛翔音が、パイパーの部隊も含む前進部隊の上空を
飛び去っていく。
程無くして、1キロほど離れた敵陣に砲弾が落下し、無数の爆煙が立ち上がった。
事前砲撃は1時間半ぶっ通しで行われ、午前8時30分には砲撃は終わり、各前進部隊には、師団本部より新たな命令が届いていた。
「連隊長。師団司令部より命令です。攻撃開始。」
「こちら連隊長、了解した。」
パイパーは答えると、隊内無線で指揮下の大隊長、ならびに、共に前進するハーフトラック隊の指揮官達に命令を伝えた。
「こちらパイパー。今より前進する。突撃!」
彼の命令は、すぐさま、各指揮官に伝わって行った。
前進部隊の最先頭を務める第3海兵戦車連隊第1大隊の所属中隊が我先に動き始め、その両翼を第1大隊所属のパーシング戦車が固めつつ、
楔形陣形を形成して行く。
その後方を、ハーフトラックに分乗した第3海兵連隊第1大隊と第2大隊が続く。
第3海兵連隊の2個歩兵大隊を援護するのは、戦車連隊の第2大隊と第3大隊であり、それぞれの戦車は、右方向、または左方向に砲身を
向けながら前進していく。
米陸軍機甲師団ではすっかりお馴染みとなったパンツァーカイルを、第3海兵師団の戦車連隊と2個大隊は、実戦で初めてやるにもかかわらず、
完璧な形で形成しながら、敵陣へ向けて、一気に殺到して行った。
進撃開始から5分後、第3海兵戦車連隊第1大隊の所属中隊は、攻撃開始発起地点より1キロ前進した所で、敵戦線より攻撃を受け始めた。
パイパーの指揮戦車は、陣形の右翼を固めている第3中隊と共に前進していたが、ハッチから半ば体を出していたパイパーは、左前方の
第1中隊の周囲に砲弾が弾着するのを確認した。
「連隊長!第1大隊A中隊が交戦を開始しました!」
「さて、本番開始だぞ。」
パイパーはぼそりと呟きつつ、体を車体の内部に潜り込ませる。
ほぼ氷点下に近い外と違って、戦車の内部は温かかった。
彼はキューポラの小さな監視窓から、前進して行くA中隊を見続けた。
A中隊は砲撃を行う事無く、20キロ程のスピードで緩やかな丘を下っていく。パイパーの視界からA中隊の戦車が消えるまで、さほど時間は掛からなかった。
「連隊長、ここら辺は緩やかな丘があちこちにあるみたいですな。」
「ああ。守る側にとってはなかなかいい地形だよ。あの丘の向こう側には、敵さんが満を持して待ち構えているだろうな。」
「ええ……というか、何か似てるなぁ。」
操縦手のウィリクト・ルカシェンコ軍曹が呟く。
「ウィリクト、何が似てるんだ?」
「は……なんか、この戦域の風景が似てるんですよ。昔、親父が故郷のロシアで取った草原と。確か、クルスクってとこで撮影したと聞きました。
白黒ですが、なかなか綺麗な草原で、所々に聳え立つ丘が、今、自分達が走っている戦域と似たような感じで聳え立っとりました。クルスクの草原は、
休日の時に、散歩がてらに行ったらいい気分転換になるんじゃないかなと、私は思いましたね。」
「ほほう、クルスクか。軍曹の話を聞いた限りではなかなか良い所らしいな。もし、前の世界に居たままなら、一度は行ってみたい所だな。」
パイパーは苦笑しながら、気分を切り替えた。
しばらくして、無線機越しにA中隊乗員達の声が伝わり始めた。
「こちら中隊長車。前方900メートルに敵防御陣地!敵は陣地の中に多数の野砲を有している模様!」
「こちら3番車、敵野砲撃破!」
「こちら4番車、シホットの大砲をぶっ潰したぞ!」
「畜生!第2小隊長車被弾!シホットの連中、1台の戦車に大砲を5、6門向けて撃ちまくってやがる!」
「怯むな!撃ち続けろ!距離を詰めれば俺達の勝ちだ!」
パイパーは次第に、A中隊が苦戦しつつある事に気付いた。
無線機越しにA中隊の将兵達が流す歓声や罵声を聞きながらも、程無くして、B中隊とC中隊も丘を越え、A中隊と共に戦闘に加わり始めた。
「これは……敵も立派な物をつくったな……」
パイパーは、思わず感嘆の言葉を漏らした。
前進部隊の目前には、海岸付近にあった防御陣地帯とは異なる形の陣地帯が広がっていた。
無論、これらの陣地帯は事前の爆撃や艦砲射撃を受けて被害を与えており、また、作戦前に偵察機が撮影し、パイパー達は作戦会議で偵察写真を
見ているため、敵の縦進陣地がどのような構造になっているか等は予想が付いていた。
とはいえ、実際に自分の目で見てみると、シホールアンル軍の作った防御陣地は、あらゆる工夫が凝らされた立派な陣地帯である事が確認できる。
「所々に立つ丘が、立派な対戦車砲陣地として機能している。俺も在籍して居たドイツ軍が考えた、PAKフロントと似ているな。」
彼は小声でぼやきながら、キューポラの監視窓からA中隊を付け狙う対戦車陣地に視線を移す。
A中隊は、正面の防御陣地と、左右の小振りな丘から集中射撃を受けている。
A中隊は主に、正面の防御陣地に攻撃を集中しているが、全く攻撃を受けていない左右の防御陣地は一方的に野砲を放って来ており、A中隊は
必然的に苦戦を余儀なくされていた。
被弾し、擱坐した2両のパーシングから乗員が脱出し、急いで後方に駆けていく。
パイパーは、逃げ惑う戦車兵達を尻目に、次の指示はどうするかを考える。
「連隊長!第3中隊が右の丘を攻撃するようです!」
「よし!俺達も第3中隊に習って、その目標を攻撃する。砲手!目標、2時方向の丘、距離850、弾種、榴弾!」
「アイ・サー!」
指示を受け取った装填手が、パーシング特有の重い90ミリ砲弾を担ぎ上げ、それを主砲に装填する。
作業は鮮やかな手付きで行われていく。
「装填完了!」
「こちら砲手、射撃準備完了!」
「停止!砲手、撃て!」
パイパーは凛とした声音で命令を発する。
重い車体が急停止した後、砲口から90ミリ砲弾が弾き出された。敵の防御陣地に弾着の煙が上がり、周囲が爆煙で覆われる。
爆煙の向こう側から新たな発砲炎が広がり、煙が噴き散らされる。
敵野砲弾が、パイパーの居るC中隊の周囲にも着弾し始めた。同時に、B中隊にも野砲弾が弾着する。
「B中隊も砲撃を受けています!」
その報告を聞いたパイパーは、不敵な笑みを浮かべた。
「ようし、これでA中隊の負担を幾らか軽くできたぞ。」
彼の言う通り、A中隊は砲兵弾幕が薄くなった事を待ち侘びていたかのように、ノロノロとした動きから一転、速度を上げて一気に敵陣に突っ込み始める。
それに釣られるかのように、B中隊とC中隊も増速していく。
敵陣との距離を詰める間にも、急停止、砲撃というパターンは崩さずに行っていく。
A中隊のパーシングがまた1両擱坐し、黒煙を上げる戦車から乗員が慌てて飛び出して行く。
報復だとばかりに、A中隊の残存戦車が正面の野砲陣地を集中砲撃する。
B中隊とC中隊も、小高い丘の野砲陣地に痛打を浴びせる。
第3海兵戦車連隊の各戦車と野砲陣地の砲撃戦は次第に激化していく。
90ミリ砲弾の直撃を食らったのか、野砲陣地から爆炎と共に何かの塊が派手に吹き飛んだ。
かと思えば、砲塔正面に砲弾を食らったパーシングが動きを止め、先程撃破された戦車と同様、戦車兵がハッチから飛び出して来る。
先程の戦車と違って、この戦車兵達は全員が火達磨となっており、彼らは脱出を果たしたにもかかわらず、体に纏わりついた火を消す事も叶わぬまま、
しばし草原を転げ回り、そして、動かなくなった。
いかな新鋭戦車とは言え、高初速の野砲弾を受けてはひとたまりもなく、シホールアンル軍が構築したPAKフロントがパーシングには有効であると
証明した瞬間であった。
だが、戦いは更に続いて行く。
第3海兵戦車連隊と敵野砲陣地は、互いにしのぎを削り合いながらその交戦距離を縮めていく。
シホールアンル軍第47軍に属している第41軍団は、全戦線でアメリカ軍とカレアント軍前進部隊の猛攻を受けつつあった。
第41軍団は、歩兵2個師団と、機動砲兵1個旅団で編成されているが、各部隊とも、上陸戦以来続く激戦で消耗を重ねており、各部隊とも兵員、
物資の補充が追い付いていない状態であったが、第41軍団は事前に構築されていた予備陣地に立て籠もり、2日前、何とか補充された各種兵器を
装備する事で、辛うじて防御態勢を整える事ができた。
第32歩兵師団第3連隊も、その中の1部隊である。
第3連隊に属している第1大隊第4中隊は、縦横に巡らされた塹壕の中に籠りながら、砲兵隊と敵戦車部隊との交戦に見入っていた。
「中隊長、見て下さい!化け物戦車がまた1台火を噴きましたよ!」
第4中隊長フリキス・ランヴィルダ大尉は、伝令として側に置いている若い2等兵が、はしゃぎ声を上げるように伝えて来るのを耳にしたが、
彼自身は、その報せに対してなんの感動も抱かなかった。
いや、感動を抱くどころか、むしろ苛立ちさえ募らせていた。
「……交戦開始から10分以上経つにもかかわらず、撃破した戦車はたったの5台しかないぞ……砲兵隊の連中は何をやってるんだ……!」
ランヴィルダ大尉はそう言い放ちながら、砲兵隊の阻止砲火が思った以上に機能していない事に愕然となった。
第3連隊は、師団直属部隊より分派された砲兵1個大隊の阻止砲火を受け、弱体化した敵前進部隊を叩いて撃退するように命じられていた。
そのためにはまず、敵前進部隊の要となる戦車部隊を撃破しなければならない。
砲兵隊は、前進して来るであろう敵に備えるべく、以前より構築されていた本陣地の左右の丘の対戦車砲陣地に布陣し、巧みに偽装を施しながら
敵の進出を待っていた。
幸いにも、今日は昨日より崩れ始めた天気のため、敵の航空支援を受ける心配は無いため、砲兵隊は思い切って敵を叩ける筈であった。
ところが、意に反して、敵戦車部隊は30門もの野砲の阻止砲火を受けながらも、遮二無二前進を続けている。
それも、砲兵陣地に反撃を加えながら……
もし彼らに、砲兵隊との苦闘の様子が逐一報告されていれば、ランヴィルダ大尉のように苛立ちを募らせる者はいなかった筈だが、砲兵隊の様子は
彼らに何ら伝えられていなかった。
そして、砲兵隊に関する最初の情報が伝えられた時、ランヴィルダ大尉は頭を押さえたくなった。
「南高地の砲兵戦力がたった4門に落ちただと……!?あそこは、敵を撃ち下ろせる場所に遭った筈なのに!」
「中隊長!我が本隊に置かれている中央隊の野砲戦力が半減されました!敵戦車の火力は思った以上に強力なようです!」
「ク……このままじゃ、敵の前進部隊に押し潰されてしまうぞ!」
ランヴィルダ大尉は悔しげに呟く。
待ち伏せていた砲兵隊が使えないとなると、この陣地を保持する意味が無くなって来る。
「そうだ、第5親衛石甲師団はどうなっている?戦線が危ない場合は、連中がすかさず、応援に駆けつけてくれると言われているが。」
「今確認してみます。」
魔道士が魔法通信で確認を取る。魔道士が大隊本部へ確認を取っている間にも、敵戦車部隊と野砲部隊との交戦は続く。
悲しい事に、野砲部隊は敵戦車部隊の反撃によって、次第に砲撃出来る野砲を撃ち減らされつつあった。
パーシング戦車は、砲兵の阻止弾幕を物ともせず、冷静に野砲陣地に向けて榴弾を放つ。
榴弾の炸裂を受けた1門の野砲陣地が砲弾の誘爆を起こし、操作に当たっていた兵員もろ共吹き飛ばされた。
別の野砲陣地は、野砲に直接砲弾を受け、砲と人員が爆砕される。
爆煙が晴れると、先程までその陣地で砲の操作を行っていた砲兵達は、全員が姿を消している。
その代わりに、地面には赤黒い染みの様な物が大量にこびりついていた。
パーシングの反撃により、1門、また1門と野砲が撃破されていくが、それでも、野砲大隊は半数以上の戦力を有しており、果敢に砲撃を続けている。
そのため、米軍側も損害が続出する。
1両のパーシングが履帯部分に被弾し、夥しい破片を浴びながら擱坐する。その擱坐したパーシングにここぞとばかりに、野砲が砲撃を集中する。
この時、彼我の交戦距離は500メートルを割ろうとしていた。
パーシングの90ミリ砲では既に撃ちごろの距離であるが、それは同時に、野砲部隊にとっても撃ちやすい距離と言えた。
そのため、砲弾は初速の早いままパーシングに命中した。
第32歩兵師団第91機動砲兵連隊が使用している野砲は84年型3.5ネルリ野砲であり、昨年の秋頃から歩兵師団に配属されている。
この84年型野砲は、旧式ながらも優良な野砲であった71年型野砲を改良した物であり、主砲口径は52口径、射程距離は4.6ゼルド
(13.8キロ)と、82年型重野砲よりも長い射程距離を誇っている。
シホールアンル軍は、野砲でありながら初速の高いこの砲を対戦車砲として使用する事に決め、各師団では対戦車野砲を用いた様々な迎撃戦術が考案された。
その中の1つが、丘を利用した高地からの砲撃である。この砲撃はパーシング戦車にもある程度有効である事は、今日の戦闘で既に証明されている。
そして、その証明の事実となる出来事が、またもや現出した。
擱坐したパーシング戦車に5発の野砲弾が迫り来る。
3発は外れたものの、2発が正面に命中した。
パーシングの装甲はかなり頑丈に作られており、この84年式野砲でも、500グレルから放たれた砲弾はことごとく弾き返されていた。
だが、今の距離はたったの250グレルだ。この距離なら、発射された3.5ネルリ砲弾も、自慢の高初速を生かしてパーシング戦車の装甲を突き破る事が出来た。
2発もの砲弾に前面装甲を突き破られたパーシングは、内部で砲弾の炸裂を受けた。
野砲弾の爆発は、5名の戦車兵を即死させた後、搭載弾薬を誘爆させた。
その瞬間、米軍前進部隊の中から、派手に爆炎が噴き上がった。
文字通り爆砕されたパーシングを目にして、砲兵隊の士気はますます上がった。
「ざまあ見ろ!今まで散々調子に乗って来た罰だ!」
とある砲座の指揮官は、爆発炎上する米軍戦車を見ながら、興奮した口調で叫びつつ、今から3日前に、危険を冒しながらも、この貴重な野砲と砲弾を新兵器と
共に運んで来てくれた補給部隊……見慣れぬキリラルブスが数台程混じって居たが……に、胸中で感謝の言葉を贈った。
敵前進部隊はそれで恐れを成したのか、遮二無二前進を続けていた敵戦車が急に停止した。
「敵の戦車が止まったぞ!今の内に1台ずつ仕留めろ!」
砲兵隊の指揮官は、金切り声のような叫びを上げながら、指揮下の砲兵にそう命じる。
だが、その直後、砲兵陣地にこれまでに聞いた事の無い様な轟音が響いて来た。
敵戦車部隊が急停止してから1分後、左右の丘の砲兵陣地に、先の事前砲撃とは比べ物にならぬほどの大爆発が連続して湧き起こった。
大音響と共に地面が振動する。振動は1度や2度では無い。
断続的に大爆発が起こる度に、砲兵陣地がすき返されていく。
ほぼ40秒、または50秒置きに伝わって来るその衝撃は、やや離れた場所に居たランヴィルダ大尉にも伝わってきた。
「おい!何だこの衝撃は!?」
「わかりません!ですが……砲兵隊は、とてつもなくでかい大砲で撃たれまくっているようです!」
「でかい大砲だと?敵はまた、ロング・トムでもぶっ放して来たのか!?」
ランヴィル大尉がそう聞き返した直後、甲高い飛翔音が周囲になり響いた、と思いきや、凄まじい爆発音と大地震さながらの衝撃が伝わり、思わず体が
浮き上がったと錯覚してしまった。
「こ……こいつはロング・トムどころじゃない……戦艦クラスの砲弾だぞ!」
パイパーは、指揮戦車のハッチから頭だけを出し、沖合の戦艦部隊が放った砲撃の成果を見つめていた。
「こちらクラウスホワイト。アリゾナへ、弾着位置が近い。もう少し位置を延伸してくれ。」
「こちらアリゾナ、了解した。」
無線機の向こう側から単調な答えが返って来てから約20秒後、停止している前進部隊の上空を鋭い飛翔音が幾つも飛び去っていく。
次の瞬間、先の弾着で爆煙に覆われている敵陣に新たな爆発が湧き起こる。
爆発の数は24個である。
ひとしきり爆煙が噴き上がり、大量の土砂が空高く噴き上がる。煙の中には、明らかに野砲の破片と思しき物も混じっている。
「戦艦の砲撃は凄まじい物だ……」
パイパーは、味方戦艦部隊の放つ艦砲射撃に対して、頼もしいと思う反面、若干の恐怖感も感じていた。
「戦艦部隊の砲術科員の錬度は素晴らしい物があるが……着弾点が少しでもずれたら、俺達も木端微塵に吹き飛んじまうな……」
パイパーの不安をよそに、第3海兵師団前進部隊を援護する戦艦2隻……アリゾナとペンシルヴァニアは次々と斉射弾を放って行く。
アリゾナとペンシルヴァニアは、レーミア海岸より1キロ離れた沖合から第3海兵師団を掩護しており、ほぼ50秒置きに12門の14インチ砲を撃ち放っている。
2戦艦の主砲弾が落下する度に、シホールアンル軍の構築したPAKフロントは次々と粉砕されていく。
それぞれが10度目の斉射を撃ち終えた所で、敵野砲陣地やその後方の敵陣に上がっていた大爆発がぴたりと止んだ。
「こちらアリゾナ。予定通り、10斉射叩き込んだ。敵の様子はどうか?」
「ちょっと待ってくれ。あと少しで煙が薄くなる。」
パイパーは回答を保留しつつ、煙で見えなくなった敵陣をじっと見据える。
程無くして、敵陣を覆っていた煙が薄れていく。
やがて、煙が完全に晴れ、敵陣の様子が露わになった。
「……こちらクラウスホワイト。敵野砲陣地は完全に沈黙した。強力に感謝する!」
パイパーはやや口調を弾ませながら答えた後、待機していた部隊に命令を下した。
「こちらパイパー!敵野砲陣地は沈黙した、前進再開!」
彼の命令が伝わるや否や、各部隊はすぐさま動き始めた。
陣形の先頭を行くA中隊が我先にと突っ込み、それをB中隊とC中隊が追って行く。
野砲陣地が置かれていた左右の小高い丘は、アリゾナ、ペンシルヴァニアの放った砲弾によって表面に幾つ物クレーターが出来上がり、野砲の大半は吹き飛んでいる。
辛うじて残っている野砲と思しき物体が、衝撃でひしゃげた砲身を天に突き上げるか、半ば地面に埋め込ませ、そこからうっすらと白煙を吐いていた。
野砲陣地が敵戦艦の艦砲射撃によって無残に粉砕された後、敵戦車部隊は好機とばかりに前進を再開し、瞬く間に塹壕のある中央陣地に迫って来た。
「畜生!制海権を敵に取られているせいで、結局、何も変わらんじゃないか!」
先程まで艦砲射撃の弾着に身を縮めこませていたランヴィルダ大尉は、前進を始めた敵戦車部隊を睨みつけながら叫んだ。
「中隊長!大隊本部より命令です!第5親衛石甲師団の来援は望めず。中隊は他の部隊が後退するまでの間、現地点に布陣し、後退を援護せよ、との事です!」
「ク……石甲師団に奴ら、戦艦の砲撃に恐れを成したか。それに加えて、俺達の中隊が後衛中隊を任されるとは!」
ランヴィルダ大尉の忌々しげな声を聞いた魔道士官が、肩に下げていた武器を手に取り、それを睨みつけた。
「中隊長、大隊長は俺達に最後まで戦え、という事なんですかね。新しく支給された、こいつを思う存分に使って……」
ランヴィルダ大尉は、魔道士官が手元に持っている“それ”を見つめた後、自らの肩にも提げている“それ”の感触を確かめながら、深いため息を吐いた。
「だろうな。全く、嫌な予感はしていたんだが……即興の訓練で少し使って、使い方は一応わかってるが……」
彼はそう呟いた後、すぐに意識を切り替え、中隊の各指揮官達に迎撃を行うように命じた。
「最初にやって来る戦車部隊は無視しろ。俺達の武器で戦っても自殺するのと一緒だ。俺達は、後続する敵の歩兵部隊を狙う。それまで攻撃するな!」
彼は命令した後、中隊の生き残りを地下陣地に潜らせた。
程無くして、最初の戦車部隊が彼らの居た陣地の真上を通り過ぎて行く。
敵戦車が頭上を通り過ぎる際、その戦車から放たれたと思しき発砲音が響いて来た。
後退中の味方部隊を発見し、攻撃を加えたのだろう。
「調子に乗りやがって……今に見ていろ!」
ランヴィルダは舌打ち混じりにぼやきつつ、目標となる歩兵部隊を乗せた車両部隊が近付くのを待った。
「中隊長!歩兵部隊です!」
塹壕の中から、こっそりと敵前進部隊の様子を見守っていた見張りから報告が届く。
「よし、配置に付け!」
彼の命令を受けた中隊の将兵達が地下壕から飛び出し、所定の配置に付いて行く。
中隊で温存していた1個野砲小隊が、手製の偽装網を剥ぎ取り、簡易な作りの陣地の穴から砲身を突き出す。
「50口径の2.8ネルリ砲4門だけでどれだけやれるか微妙だが……最悪でも、4、5台の戦車は道連れにしてやるぞ。」
彼は憎々しげな口調で呟きながら、接近し続ける敵歩兵部隊を睨みつける。
敵歩兵部隊は、左右をパーシング戦車に護衛されながら前進を続けている。幸いな事に、こちらにはまだ気が付いていない。
ランヴィルダ中隊が布陣している後方からは、ひっきりなしに砲声が響いている。
恐らく、第一線陣地を突破した敵戦車部隊が、後退する味方部隊に砲撃を加えながら追撃を行っているのだろう。
「敵の装甲車、200グレルまで接近!」
「100グレルまで近付いたら撃つ。それまで待機しろ!」
ランヴィルダは念を押すように、各小隊に命じた。
中隊の各将兵達は、偽装が施された塹壕の銃眼から武器の筒先を出し、狙いを定めている……筈だったが、全員が敵を待ち構えている訳では無かった。
「チッ、こいつはどうやってやるんだ?」
「お前も知らんのか?訓練ではあれほど、上手く使いこなしていたのに。」
「いや、知っている。知っている筈なんだが……畜生!手が震えて思うようにいかない!」
どこからか、部下の震えた声音が聞こえる。
「……俺も最終確認を済ませておくか。」
ランヴィルダはそう呟きながら、肩に提げていた武器を両手に持った。
その武器は、今までに使っていた長剣や、クロスボウ等と言った武器とは明らかに違っていた。
「携行式魔道銃……か。これが支給されただけマシって事かな。」
彼は自嘲気味に呟きつつ、腰に巻いている魔法石の収納ポケットから1個の魔法石を取り出し、それを魔道銃の開けた装填部に上から押し込む。
カチリ、という音が鳴ったのを確認し、彼は装填部の蓋を閉じる。
「しかし、こいつでどれぐらい戦えるのかねぇ。」
ランヴィルダはそう呟きながら、改めて、自らの携える武器をまじまじと見つめた。
彼が持つ武器は、シホールアンル軍が初めて開発に成功した、携帯用の小型魔道銃であった。
84年式携行型魔道銃と呼ばれたその武器は、鉄と木を組み合わせて作られていた。
形は、訓練の際に見て来た米軍のガーランドライフルと似ているが、この魔道銃はガーランドライフルと違って、銃身部の木製部分がやや少なく、銃身が長い。
通称は小型魔道銃と呼ばれているのだが、ランヴィルダにしてみれば、この魔道銃は決して小型では無く、どちらかというと大ぶりで扱い難い印象がある。
銃身部にある木製の部分には、射撃の際の反動を和らげるため、脱着式のグリップが付いている。
もともと、84年式携行型魔道銃は、このグリップが無くても普通に射撃が出来るのだが、この魔道銃は反動があるため、グリップなしでは射手が撃ちにくいと
判断され、急遽、反動抑制のためのグリップが装備された。
このグリップが付いたお陰で、射撃時の問題はある程度解消されたが、この銃を使用する兵の間では、さほど大差は無いと言われている。
射撃の際に使う魔法石は、それぞれ15発が発射可能であり、15回の発射を終えた後は、スライドを開閉して使用済みの魔法石を取らなければならない。
その際、魔法石は高熱を発しているため、取り出しの際には注意が必要となる。
ランヴィルダは、魔法石がしっかり装填された事を確認した後、予め開けて置いた銃眼の偽装を外し、そこから銃身を突き出した。
魔道銃には、参考となったガーランドライフルの照準器と似たような照準が付いているため、狙いは付けやすい。
「まだだぞ……まだ撃つな……」
ランヴィルダは緊張しながらも、傍らに経っている魔道士に念を押す。
「……よし。攻撃開始!!」
彼は、敵の装甲車が100グレルまで近付いた瞬間、中隊の各隊に命令を発した。
待ってましたとばかりに、半地下式の擬装陣地に隠されていた野砲が火を噴く。
不意を突かれた1両のパーシングが履帯に被弾し、黒煙を上げて擱坐する。
異変を察知した敵の装甲車が急に速度を上げた。
車体の前部が輸送用等に使われるトラック、後部部分が戦車に似た奇怪な敵車両に向けて、中隊の将兵達が一斉に射撃を開始する。
陣地防御用の81年型魔道銃が勢いよく光弾の束を弾き出す。その傍ら、塹壕の銃眼から狙いを付けていた歩兵達が携行式魔道銃を撃ち放つ。
ランヴィルダも、1両の装甲車……M3ハーフトラックめがけて魔道銃を撃った。
バン!バン!バン!と、腹に応える様な単発音が響き、緑色の光弾が狙ったハーフトラックに殺到する。
(魔道銃は確かに使える武器だが、光弾を使っているから否応なしに位置を知らせてしまうな)
ランヴィルダは心中でそう呟きながら、更に魔道銃を撃つ。
15発目を撃ち、勢いで16発目を撃とうとしたが、それは叶わなかった。
「む、いかんいかん、弾が切れたか。」
彼は弾切れになった事に気付き、銃本体の装填部の開閉部を後ろにスライドさせ、本体の右側にあるつまみを同じように、後ろに引き、また戻す。
装填部から使用済みの四角状の魔法石が排出された。ランヴィルダはそれを確認しつつ、腰の光弾ポケットから新しい魔法石を取り出し、装填部に差し込む。
再び装甲車に狙いをつけ、光弾を発射する。
唐突に、中隊の陣地の方で爆発が起きた。この時になって、敵を見つけた護衛のパーシングが中隊目掛けて備砲を撃ち放って来た。
連続する砲弾の爆発に、中隊の将兵達は次々と倒れていく。
真っ先に狙われたのは野砲部隊であり、これらはパーシング戦車1個中隊の集中射を受け、瞬く間に全滅した。
歩兵部隊を乗せた敵装甲車は、銃火を受けながらも猛スピードで突進を続ける。
敵兵が装甲車の荷台に設置されている機銃に取り付き、射撃を行って来る。しばしの間、装甲車と塹壕に隠れた中隊の兵との間で激しい銃撃戦が展開された。
30グレル程に接近した所で、中隊の兵が投滴式の爆弾を投げつけた。
装甲車の手前で爆発が起こり、土砂が噴き上がる。装甲車はそれを突っ切り、尚も距離を詰めて来るが。
その車体の下に、投げ込まれた爆弾が転がり込む。
次の瞬間、真下で爆発が起こり、装甲車の車体後部が大きく浮き上がり、そして横転した。
荷台に乗っていた敵兵が地面に投げ出された。好機とばかりに、多くの兵が魔道銃の狙いを、無様に転げ回った敵兵に向けた。
横転車両から投げ出され、負傷に呻いていた海兵隊員がまず犠牲となる。身動きできぬ内に、全身に光弾を撃ち込まれ、絶叫を上げながら死に絶えた。
満足に動けた3、4名の海兵隊員は、魔道銃を撃たれながらも、間一髪のところで黒煙を上げるハーフトラックの影に隠れた。
敵の装甲車部隊は、爆弾の爆発で擱坐したり、オープントップ式の荷台に爆弾が入り、爆発炎上する物も居たが、大半は銃火を受けながらも、躊躇う事無く
塹壕に迫った。
「来るぞ!」
誰かがそう叫んだ直後、敵装甲車が猛スピードで塹壕を乗り越えた。
荷台に乗っていた敵兵が、一瞬ながらも目に移った中隊の兵目掛けて銃を撃って来る。
敵装甲車部隊の大半は、ランヴィルダ中隊の迎撃を無視する形で陣地を突破して行った。
第3海兵師団第3海兵連隊第1大隊に属するルエスト・ステビンス大尉が率いるB中隊は、塹壕のシホールアンル軍部隊の制圧を命じられ、敵陣から
50メートルの所でハーフトラックから下ろされた。
「シホットの連中はいつも以上に魔道銃を撃ちまくってやがる!気をつけろ!」
ステビンスは、降車した直率の分隊員達にそう言いながら、装甲車を陰にして敵陣の様子を見る。
敵陣には、ステビンス中隊の支援として残された6両のパーシングが主砲を撃ち込んでいる。
敵は戦車の制圧射撃で抵抗力が削がれたのか、ぴたりと射撃を止めた。
「今だ!突っ込むぞ!」
ステビンスは合図を下すと、自ら先頭に立って敵陣に突っ込んで行った。
半ば煙に覆われた敵の塹壕陣地から発砲音が聞こえてきた。
不思議な事に、その発砲音は、それまで聞いて来た銃声と比べて、間隔が開いているように感じられた。
(何だこの音は……まるで、ガーランドのようなセミオートライフルを撃っているみたいだ)
ステビンスはそう思いながら、敵陣から10メートル程の所で一旦、体を伏せる。
体のすぐ近くを、幾つもの光弾が飛び抜けていく。後方で味方の海兵隊員が被弾し、悲鳴を上げて倒れるが、ステビンスはそれを気に留める事も無く、
2つの手榴弾を取り出し、ピンを抜いから3秒数え上げ、それから塹壕の中に投げ入れた。
炸裂音が鳴り響いた直後、ステビンスは脱兎のごとく駆け出し、塹壕の中に暴れ込んだ。
手榴弾が爆発した位置には4名のシホールアンル兵が倒れていた。
逃げる暇もなかったのか、全員が全身血まみれで倒れており、うち1人は左の足と右手が吹き飛んでいた。
顔が酷く傷付いていたため、性別はわからなかった。
「アメリカ兵だ!殺せ!!」
7メートル程先に居たシホールアンル兵が、ステビンスを見るなり銃と思しき物を構えた。
(な、あいつら……!)
ステビンスは一瞬、敵が小銃を持っている事に驚いたが、体はすぐに反応し、持っていたガーランドライフルを鮮やかな動作で構え、3発の7.62ミリ弾を
撃ち放った。
シホールアンル兵の胸と頭に銃弾が命中し、敵の背中と後頭部から赤い物が飛び散る。
後ろのシホールアンル兵がステビンスに向けて小銃を撃って来る。
ステビンスは咄嗟に、横に開いていた隙間に隠れる。
敵の小銃もセミオートらしく、ガーランドライフルのように連続で光弾を放って来る。
「くそ!シホット共も小銃を持ってやがったとは!」
ステビンスは忌々しげにぼやきつつ、ガーランドライフルの銃身だけを出して、敵が居る方向に5発の弾丸を放った。
弾が切れた瞬間、ガーランドの機構部から空になったグリップが、甲高い音と共に排出される。
ステビンスの銃が弾切れになったが、敵兵の銃はガーランドよりも装弾数が多いのか、10発以上もの弾を撃って来た。
(おいおい、ガーランドよりも装弾数が多いのか!?こりゃとんでもない事になったぞ!)
ステビンスは心中で仰天しながらも、空になった機構部に、ポケットから取り出した8発1セットのグリップを取り出し、それをガーランドに装填する。
都合15回目の発砲音が鳴った所で、敵も弾切れとなったのか、音がぴたりと鳴り止んだ。
(弾切れのようだな)
ステビンスはスムーズな動作で弾を込めた後、遮蔽物から素早く体を出し、銃を敵に向ける。
その時、彼は敵兵が小銃から何かを吐き出し、腰の弾薬ポケットと思しき物から弾を取り出そうとしている光景を目の当たりにした。
ステビンスは問答無用で、2発の銃弾をシホールアンル兵に撃ち込む。
敵兵は腹と胸に銃弾を受け、仰向けに倒れた。
その頃には、ステビンスが率いる中隊の将兵達は、次々と塹壕陣地に暴れ込んでいる。
魔道銃を乱射しながら抵抗を続けるトーチカには、銃眼から手榴弾を投げ込んで沈黙させた。
ショットガンを構えた海兵隊員が、塹壕内にいるシホールアンル兵目掛けて3度発砲する。
もともと、トレンチガンとも呼ばれるショットガンの威力は凄まじく、一気に9名もの敵兵が撃ち殺されるか、負傷してその場から動けなくなった。
シホールアンル兵も負けてはいない。
新しく支給された携行型魔道銃は、海兵隊員達を次々と傷つけていく。
敵にガーランドのような携行式銃は無いと信じていた8数名の海兵隊員は、不用心にもおざなり程度に制圧射撃をし、手榴弾を投げぬまま塹壕に
突入しようとした。
その瞬間、ひょっこりと顔を出した2名のシホールアンル兵が、持っていた携行式魔道銃を撃ちまくった。
1丁15発、2丁で計30発もの光弾は、次々に海兵隊員達を襲った。
反動抑制を考慮され、装着されたグリップの効果もあり、シホールアンル兵は落ち着いて敵を狙い撃ちにする。
8名の海兵隊員は全員が被弾し、その場に打ち倒された。
別の所では、ステビンスが行ったように、ガーランドライフルと携行式魔道銃の“正面対決”が勃発し、双方共に激しく撃ち合った。
だが、唐突に生まれた均衡も、彼我の銃の性能差によって唐突に撃ち崩されていく。
ガーランドライフルは、8発の銃弾を撃ち終えた後はグリップが自動的に排出されるため、装備している兵士はポケットから銃弾を取り出して
装填するだけで事が足りる。(最も、独特の甲高い排出音は弾切れしたと言う事を教えているような物でもあり、兵士達からは不評だ)
だが、シホールアンル側の携行型魔道銃は、装弾数こそガーランドより多い物の、弾切れとなれば、銃本体の装填部についている開閉口を開け、
本体右側に付いている突起を前後にスライドさせて使用済み魔法石を排出してから光弾を入れる、という面倒な手間を行わなくてはならないため、
自然に射撃開始までの時間が長くなった。
セミオートライフルでありながら、部分的にボルトアクションライフルのような機能も持つ携行式魔道銃は、弾切れから射撃再開にまでに移れる時間が、
明らかにガーランドよりも遅く、その点では完全に劣っていた。
それに加え、操作に慣れていない事も災いし、シホールアンル兵が弾の装填に手こずっている間に、距離を詰めたM1トンプソン装備の兵や、
ショットガン装備の米兵に掃討される事も頻繁に起こった。
シホールアンル兵は奮闘した物の、銃の性能差に加え、ステビンス中隊の猛攻の前に敵わず、交戦開始から僅か20分足らずで制圧されてしまった。
戦場カメラマンのアーニー・パイルは、後発の第21海兵連隊と共に出発し、ようやく前線に辿り着いた。
彼は、同乗していたハーフトラックから降りると、武装解除された捕虜を並ばせている1人の将校と目があった。
「やぁ、これはパイルさんじゃないか。」
「また会ったね、ミスターステビンス。」
ステビンスは、上陸以来の再会に(といっても、まだ1週間足らずだが)微笑みを浮かべた。
「こいつらは、君の中隊がやっつけたのかい?」
「ああ。なかなか手強かったがね。」
「被害の方は?」
「……結構多い。戦死者9名、負傷者21名。負傷者の内15名は野戦病院送りだ。1個小隊相当が俺の中隊から無くなっちまったよ。」
「これはまた、酷いもんだな。」
パイルはそう答えながら、捕虜たちに向けてカメラを向ける。
「おい貴様!何を見ている!?俺達は見世物じゃないぞ!!」
いきなり、カメラを向けた将校と思しきシホールアンル兵が、パイルに食ってかかった。
「うぉ、とと。兵隊さん、俺は怪しい物じゃないよ。俺は戦場カメラマンだ。」
パイルは穏やかな口調で、怒声を上げたシホールアンル軍将校に返したが、
「馬鹿野郎!俺は兵隊じゃないぞ!シホールアンル陸軍の大尉だ!貴様らアメリカ兵は将校と兵隊の区別もつかんのか!?」
「まぁまぁ、ランヴィルダ大尉殿。ここは少し落ち着いて。」
みかねたステビンスが間に入りつつ、ランヴィルダに銃口を向けながら話し掛けてきた。
「この人はただの民間人だ。別に、悪気があって話している訳ではない。それに、考えてみろ。民間人は軍人と違って知識が疎い。そんな人に
いちいち噛み付いていたら、栄光の帝国軍将校の名が泣くぜ?」
ステビンスの言葉を聞いたランヴィルダは、キッとステビンスを睨みつける。
だが、ステビンスはそれに動じることなく、言葉を続ける。
「それはともかく、あんたらはもう捕虜の身だ。ここは捕虜らしく、大人しくしてくれないか?」
ステビンスの一言に、ランヴィルダは更に言い返そうとしたが、すんでのところでやめた。
ランヴィルダはステビンスの持っているガーランドライフルをちらりと見つめた後、ステビンスに視線を移した。
「……アメリカ製の武器は良い物だな。」
彼は、ぼそりと呟いた。
「大尉殿。MPが来ました。」
「OK!曹長、こいつらをMPに引き渡してくれ。」
「了解です!」
指示を受け取った曹長は、監視役の兵と共に捕虜たちを引き連れて行った。
「すまんね、パイルさん。奴さん、戦闘の後で頭に血が上っていたみたいだ。」
「いや、いいよ。別に気にしてないさ。」
パイルは頭をふった。
「それよりも、どうして君の中隊は大損害を被ったんだ?」
「ああ。今から教えてやるよ。」
ステビンスはそう言った後、手で着いて来いと合図しながら塹壕に向かう。
パイルはステビンスの後を追い、塹壕内に入った。
そこには、見慣れた形の武器が置かれていた。ステビンスはそれを手に取った。
「原因は、コイツだよ。」
「コイツって……これはもしや、敵の小銃か?」
「ああ。立派なメイドイン・シホールアンルの銃だ。よく見ると、ガーランドに似ていると思わないかい?」
「そう言えば……確かに似ているな。」
パイルは、ガーランドに似た、グリップ付きの銃を見つめながら、ステビンスに答える。
「しかし、細部はガーランドと異なるね。どちらかというと、微妙にほっそりとした印象がある。それに……この木製のグリップはなんだ?」
「こいつは多分、反動を抑制する為の物だろう。連中はこんな感じで構えていたよ。」
ステビンスは参考がてらに、シホールアンル兵がこの小銃を構えていた姿勢を見せてくれた。
ガーランドを構える時は、曲銃床と銃の真ん中部分に手を当てるが、シホールアンル軍の銃を構える時は、曲銃床に右手を当て、左手で
グリップを握る形となっている。
「なんか、取り回しがしやすそうな感じもするね。」
パイルはそう言いながら、カメラを、シホールアンル製の小銃を構えるステビンスに向け、写真を3枚撮った。
「重さはどうだい?」
「ガーランドと同じか……いや、若干軽いかな。大きさはガーランドより5センチほど小さいな。」
ステビンスは、敵の小銃を両手で持ち、上げ下げしながらパイルに言う。
「ただ、身長が足りない奴が持つと、扱い難いかも知れん。ただ、こいつは弾倉に15発の弾を込められるらしいから、装弾数に関しては
こいつに軍配が上がるよ。」
彼は、側に落ちていた緑色のカートリッジと思しき物を手に取り、それをパイルに渡した。
「ただ連中はこいつを再装填する際、妙に手こずっていたな。操作に慣れていないせいもあったかもしれないが、俺が見る限りは装填の仕方に問題があると思う。」
「どのような問題なんだ?」
「そのあたりはまだ知らないな。時間が開いたら、詳しく調べてみるさ。」
ステビンスは肩を竦めながらパイルに返答した。
「……しかし、シホットの連中もこんな物を持ち出してて来やがるとはなぁ。パイルさん、B-29の連中はしっかり仕事してるのかねぇ。」
「さぁ。俺は陸軍の軍人じゃないから、何とも言えんね。」
パイルは苦笑しながらステビンスに答えた。
「パイルさん、こいつをじゃんじゃん撮って、写真を本土の連中に見せてやってくれ。俺達は、こんな物騒な代物まで担ぎ出した奴らと戦っている事を、
世に知らせてやりたい。」
「OK。ご希望のままに。」
パイルは快諾すると、ステビンスが地面に置いた携行式魔道銃を撮影する。
彼は淡々とした動作で撮影しながらも、遂に小銃をも作り出したシホールアンルの技術力に、半ば感嘆の念を抱いていた。
1485年(1945年)1月28日 午前7時 レスタン領レーミア
第3海兵師団第3海兵戦車連隊の指揮官であるヨアヒム・パイパー中佐は、指揮戦車のキューポラから身を乗り出し、落ち着かない表情で
空を見上げていた。
「……こりゃ、航空支援は望めんかもしれんな。」
パイパーはため息交じりに呟きながら、右手で空から降りしきる雪を掴み取った。
「連隊長!師団本部より通信です!」
「了解、繋いでくれ。」
パイパーは、指揮戦車に乗り組む部下に命じ、師団本部の参謀と通信を繋げさせる。
「こちらパイパー。今替わりました、聞こえますか?」
「こちらホガブーム。ああ、良く聞こえる。」
声の主は、第3海兵師団の参謀長を務めるロバート・ホガブーム大佐である。
「今日の攻撃だが、予定通り午前8時30分に行う。その前に、砲兵隊とカレアント軍砲兵が事前砲撃を行う。ここまでは一応、
予定通りだが、その上に行う筈だった航空支援は、空を見て貰えば分かると思うが、中止となった。」
「そうですか……」
パイパーは冷淡な口調で答えつつも、心中では幾らか落胆していた。
「しかし、攻撃は予定通り行う。そうですね?」
「ああ。予定通りだ。何しろ、上陸以来の、初の本格的な前進だからな。私も、師団長も幾らか不安に感じているが、決まった以上は仕方がない。」
「わかりました。幸い、うちの連隊の将兵は士気旺盛です。ベストを尽くしますよ。」
「うむ、流石はノール攻防戦の経験者だ。自信に溢れているな。その言葉を信じて、君達の活躍を期待しているよ。」
ホガブーム大佐との通信はそこで切れた。
パイパーはふぅっとため息を吐いた。
「期待通りにしたいもんだが……果たして、どうなるかな?」
彼はそう呟いた後、連隊が保有する戦車数を、再び頭の中で数え始めた。
パイパーの指揮する第3海兵戦車連隊は、第31戦車大隊、第32戦車大隊、第33戦車大隊の計3個大隊で編成されている。
各戦車大隊は、それぞれが48両のM26パーシングで構成され、連隊全体では144両の戦車を有している事になっている。
しかし、連隊指揮下の戦車隊は、21日から続く戦闘で戦力を減らしており、第31大隊の稼働戦車は42両、第32大隊は38両、第33大隊は
34両にまで減っている。
現時点で、第3海兵戦車連隊の保有戦車は114両となっており、この1週間で30両が撃破されるか、戦列から離れている。
損耗率は3割にも達する勢いであり、いかに頑丈かつ、攻撃力に秀でたパーシングといえど、敵と戦えば、普通に傷付き、壊れる武器である事を、
その数字が如実に表していた。
最も、第3海兵戦車連隊が損耗率3割近い大損害を出した理由としては、常に先頭を切って戦った事にあり、第1海兵師団や第2海兵師団等の
部隊と共同で戦っていれば、第3海兵戦車連隊の損害比率も少なくなったであろう。
ちなみに、損耗した戦車のうち、実際に撃破された戦車は10両程であり、残りの20両は後方の整備中隊に引き取られ、修理に当たっている。
これに対して、連隊全体では推定でも60台以上のキリラルブスを破壊しており、話半分としても30台は確実に破壊しているため、パーシングが
キリラルブスに対していかに優位に立ち、かつ、頑健であるかが良く分かる。
とはいえ、損傷戦車が、今日の攻勢開始前に戻って来る事は無いため、パイパー連隊は残った114両のパーシングでもって、攻勢に当たらなければ
ならなかった。
「俺達の連隊は上陸開始以来、遮二無二進んで来たが、敵の抵抗の激しいせいで、まだ7キロしか前進していない。こっちが本格的な前進して
いなかった事もあるが、航空支援を受けながら、まだ7キロ。目標だった0-3ラインの確保がまだ成されていない状況だ。これは、敵の抵抗が
思ったよりも激しい事を意味している。今日からは本格的な突破作戦に移るから、ノロノロと進まなくてもいいと思うが……頼みの航空支援が
無いと言うのがどうも不安だ……」
パイパーはやや不安を感じていた。
彼がドイツ軍時代に経験した最大の攻防戦である、フランスのノール攻防戦で装甲部隊が縦横に活躍できたのも、空軍のスツーカやハインケル等の
支援があってこそだ。
エルネイルでもそれは同様であり、海軍の艦載機隊や陸軍航空隊のP-47は勿論の事、軽爆隊や重爆隊も良く仕事をこなし、海兵隊や陸軍の前進を
助けてくれた。
だが、今日の攻撃では、天候悪化のため、航空支援の類が一切ない。
唯一、沖合の艦艇から艦砲の支援を受ける事が出来るが、精密な攻撃も可能な航空支援と比べると、幾らか不安が伴う。
とはいえ、命令を下された以上、パイパーはやるしかないと決めていた。
「連隊長、あと1分で事前砲撃が始まります。」
彼はレシーバー越しに、無線手の報告を聞いた。
パイパーは短く答えてから、砲兵隊の砲撃を待った。
時計の針が午前7時5分を指した時、海岸付近に布陣した砲兵隊が事前砲撃を開始し、砲弾の飛翔音が、パイパーの部隊も含む前進部隊の上空を
飛び去っていく。
程無くして、1キロほど離れた敵陣に砲弾が落下し、無数の爆煙が立ち上がった。
事前砲撃は1時間半ぶっ通しで行われ、午前8時30分には砲撃は終わり、各前進部隊には、師団本部より新たな命令が届いていた。
「連隊長。師団司令部より命令です。攻撃開始。」
「こちら連隊長、了解した。」
パイパーは答えると、隊内無線で指揮下の大隊長、ならびに、共に前進するハーフトラック隊の指揮官達に命令を伝えた。
「こちらパイパー。今より前進する。突撃!」
彼の命令は、すぐさま、各指揮官に伝わって行った。
前進部隊の最先頭を務める第3海兵戦車連隊第1大隊の所属中隊が我先に動き始め、その両翼を第1大隊所属のパーシング戦車が固めつつ、
楔形陣形を形成して行く。
その後方を、ハーフトラックに分乗した第3海兵連隊第1大隊と第2大隊が続く。
第3海兵連隊の2個歩兵大隊を援護するのは、戦車連隊の第2大隊と第3大隊であり、それぞれの戦車は、右方向、または左方向に砲身を
向けながら前進していく。
米陸軍機甲師団ではすっかりお馴染みとなったパンツァーカイルを、第3海兵師団の戦車連隊と2個大隊は、実戦で初めてやるにもかかわらず、
完璧な形で形成しながら、敵陣へ向けて、一気に殺到して行った。
進撃開始から5分後、第3海兵戦車連隊第1大隊の所属中隊は、攻撃開始発起地点より1キロ前進した所で、敵戦線より攻撃を受け始めた。
パイパーの指揮戦車は、陣形の右翼を固めている第3中隊と共に前進していたが、ハッチから半ば体を出していたパイパーは、左前方の
第1中隊の周囲に砲弾が弾着するのを確認した。
「連隊長!第1大隊A中隊が交戦を開始しました!」
「さて、本番開始だぞ。」
パイパーはぼそりと呟きつつ、体を車体の内部に潜り込ませる。
ほぼ氷点下に近い外と違って、戦車の内部は温かかった。
彼はキューポラの小さな監視窓から、前進して行くA中隊を見続けた。
A中隊は砲撃を行う事無く、20キロ程のスピードで緩やかな丘を下っていく。パイパーの視界からA中隊の戦車が消えるまで、さほど時間は掛からなかった。
「連隊長、ここら辺は緩やかな丘があちこちにあるみたいですな。」
「ああ。守る側にとってはなかなかいい地形だよ。あの丘の向こう側には、敵さんが満を持して待ち構えているだろうな。」
「ええ……というか、何か似てるなぁ。」
操縦手のウィリクト・ルカシェンコ軍曹が呟く。
「ウィリクト、何が似てるんだ?」
「は……なんか、この戦域の風景が似てるんですよ。昔、親父が故郷のロシアで取った草原と。確か、クルスクってとこで撮影したと聞きました。
白黒ですが、なかなか綺麗な草原で、所々に聳え立つ丘が、今、自分達が走っている戦域と似たような感じで聳え立っとりました。クルスクの草原は、
休日の時に、散歩がてらに行ったらいい気分転換になるんじゃないかなと、私は思いましたね。」
「ほほう、クルスクか。軍曹の話を聞いた限りではなかなか良い所らしいな。もし、前の世界に居たままなら、一度は行ってみたい所だな。」
パイパーは苦笑しながら、気分を切り替えた。
しばらくして、無線機越しにA中隊乗員達の声が伝わり始めた。
「こちら中隊長車。前方900メートルに敵防御陣地!敵は陣地の中に多数の野砲を有している模様!」
「こちら3番車、敵野砲撃破!」
「こちら4番車、シホットの大砲をぶっ潰したぞ!」
「畜生!第2小隊長車被弾!シホットの連中、1台の戦車に大砲を5、6門向けて撃ちまくってやがる!」
「怯むな!撃ち続けろ!距離を詰めれば俺達の勝ちだ!」
パイパーは次第に、A中隊が苦戦しつつある事に気付いた。
無線機越しにA中隊の将兵達が流す歓声や罵声を聞きながらも、程無くして、B中隊とC中隊も丘を越え、A中隊と共に戦闘に加わり始めた。
「これは……敵も立派な物をつくったな……」
パイパーは、思わず感嘆の言葉を漏らした。
前進部隊の目前には、海岸付近にあった防御陣地帯とは異なる形の陣地帯が広がっていた。
無論、これらの陣地帯は事前の爆撃や艦砲射撃を受けて被害を与えており、また、作戦前に偵察機が撮影し、パイパー達は作戦会議で偵察写真を
見ているため、敵の縦進陣地がどのような構造になっているか等は予想が付いていた。
とはいえ、実際に自分の目で見てみると、シホールアンル軍の作った防御陣地は、あらゆる工夫が凝らされた立派な陣地帯である事が確認できる。
「所々に立つ丘が、立派な対戦車砲陣地として機能している。俺も在籍して居たドイツ軍が考えた、PAKフロントと似ているな。」
彼は小声でぼやきながら、キューポラの監視窓からA中隊を付け狙う対戦車陣地に視線を移す。
A中隊は、正面の防御陣地と、左右の小振りな丘から集中射撃を受けている。
A中隊は主に、正面の防御陣地に攻撃を集中しているが、全く攻撃を受けていない左右の防御陣地は一方的に野砲を放って来ており、A中隊は
必然的に苦戦を余儀なくされていた。
被弾し、擱坐した2両のパーシングから乗員が脱出し、急いで後方に駆けていく。
パイパーは、逃げ惑う戦車兵達を尻目に、次の指示はどうするかを考える。
「連隊長!第3中隊が右の丘を攻撃するようです!」
「よし!俺達も第3中隊に習って、その目標を攻撃する。砲手!目標、2時方向の丘、距離850、弾種、榴弾!」
「アイ・サー!」
指示を受け取った装填手が、パーシング特有の重い90ミリ砲弾を担ぎ上げ、それを主砲に装填する。
作業は鮮やかな手付きで行われていく。
「装填完了!」
「こちら砲手、射撃準備完了!」
「停止!砲手、撃て!」
パイパーは凛とした声音で命令を発する。
重い車体が急停止した後、砲口から90ミリ砲弾が弾き出された。敵の防御陣地に弾着の煙が上がり、周囲が爆煙で覆われる。
爆煙の向こう側から新たな発砲炎が広がり、煙が噴き散らされる。
敵野砲弾が、パイパーの居るC中隊の周囲にも着弾し始めた。同時に、B中隊にも野砲弾が弾着する。
「B中隊も砲撃を受けています!」
その報告を聞いたパイパーは、不敵な笑みを浮かべた。
「ようし、これでA中隊の負担を幾らか軽くできたぞ。」
彼の言う通り、A中隊は砲兵弾幕が薄くなった事を待ち侘びていたかのように、ノロノロとした動きから一転、速度を上げて一気に敵陣に突っ込み始める。
それに釣られるかのように、B中隊とC中隊も増速していく。
敵陣との距離を詰める間にも、急停止、砲撃というパターンは崩さずに行っていく。
A中隊のパーシングがまた1両擱坐し、黒煙を上げる戦車から乗員が慌てて飛び出して行く。
報復だとばかりに、A中隊の残存戦車が正面の野砲陣地を集中砲撃する。
B中隊とC中隊も、小高い丘の野砲陣地に痛打を浴びせる。
第3海兵戦車連隊の各戦車と野砲陣地の砲撃戦は次第に激化していく。
90ミリ砲弾の直撃を食らったのか、野砲陣地から爆炎と共に何かの塊が派手に吹き飛んだ。
かと思えば、砲塔正面に砲弾を食らったパーシングが動きを止め、先程撃破された戦車と同様、戦車兵がハッチから飛び出して来る。
先程の戦車と違って、この戦車兵達は全員が火達磨となっており、彼らは脱出を果たしたにもかかわらず、体に纏わりついた火を消す事も叶わぬまま、
しばし草原を転げ回り、そして、動かなくなった。
いかな新鋭戦車とは言え、高初速の野砲弾を受けてはひとたまりもなく、シホールアンル軍が構築したPAKフロントがパーシングには有効であると
証明した瞬間であった。
だが、戦いは更に続いて行く。
第3海兵戦車連隊と敵野砲陣地は、互いにしのぎを削り合いながらその交戦距離を縮めていく。
シホールアンル軍第47軍に属している第41軍団は、全戦線でアメリカ軍とカレアント軍前進部隊の猛攻を受けつつあった。
第41軍団は、歩兵2個師団と、機動砲兵1個旅団で編成されているが、各部隊とも、上陸戦以来続く激戦で消耗を重ねており、各部隊とも兵員、
物資の補充が追い付いていない状態であったが、第41軍団は事前に構築されていた予備陣地に立て籠もり、2日前、何とか補充された各種兵器を
装備する事で、辛うじて防御態勢を整える事ができた。
第32歩兵師団第3連隊も、その中の1部隊である。
第3連隊に属している第1大隊第4中隊は、縦横に巡らされた塹壕の中に籠りながら、砲兵隊と敵戦車部隊との交戦に見入っていた。
「中隊長、見て下さい!化け物戦車がまた1台火を噴きましたよ!」
第4中隊長フリキス・ランヴィルダ大尉は、伝令として側に置いている若い2等兵が、はしゃぎ声を上げるように伝えて来るのを耳にしたが、
彼自身は、その報せに対してなんの感動も抱かなかった。
いや、感動を抱くどころか、むしろ苛立ちさえ募らせていた。
「……交戦開始から10分以上経つにもかかわらず、撃破した戦車はたったの5台しかないぞ……砲兵隊の連中は何をやってるんだ……!」
ランヴィルダ大尉はそう言い放ちながら、砲兵隊の阻止砲火が思った以上に機能していない事に愕然となった。
第3連隊は、師団直属部隊より分派された砲兵1個大隊の阻止砲火を受け、弱体化した敵前進部隊を叩いて撃退するように命じられていた。
そのためにはまず、敵前進部隊の要となる戦車部隊を撃破しなければならない。
砲兵隊は、前進して来るであろう敵に備えるべく、以前より構築されていた本陣地の左右の丘の対戦車砲陣地に布陣し、巧みに偽装を施しながら
敵の進出を待っていた。
幸いにも、今日は昨日より崩れ始めた天気のため、敵の航空支援を受ける心配は無いため、砲兵隊は思い切って敵を叩ける筈であった。
ところが、意に反して、敵戦車部隊は30門もの野砲の阻止砲火を受けながらも、遮二無二前進を続けている。
それも、砲兵陣地に反撃を加えながら……
もし彼らに、砲兵隊との苦闘の様子が逐一報告されていれば、ランヴィルダ大尉のように苛立ちを募らせる者はいなかった筈だが、砲兵隊の様子は
彼らに何ら伝えられていなかった。
そして、砲兵隊に関する最初の情報が伝えられた時、ランヴィルダ大尉は頭を押さえたくなった。
「南高地の砲兵戦力がたった4門に落ちただと……!?あそこは、敵を撃ち下ろせる場所に遭った筈なのに!」
「中隊長!我が本隊に置かれている中央隊の野砲戦力が半減されました!敵戦車の火力は思った以上に強力なようです!」
「ク……このままじゃ、敵の前進部隊に押し潰されてしまうぞ!」
ランヴィルダ大尉は悔しげに呟く。
待ち伏せていた砲兵隊が使えないとなると、この陣地を保持する意味が無くなって来る。
「そうだ、第5親衛石甲師団はどうなっている?戦線が危ない場合は、連中がすかさず、応援に駆けつけてくれると言われているが。」
「今確認してみます。」
魔道士が魔法通信で確認を取る。魔道士が大隊本部へ確認を取っている間にも、敵戦車部隊と野砲部隊との交戦は続く。
悲しい事に、野砲部隊は敵戦車部隊の反撃によって、次第に砲撃出来る野砲を撃ち減らされつつあった。
パーシング戦車は、砲兵の阻止弾幕を物ともせず、冷静に野砲陣地に向けて榴弾を放つ。
榴弾の炸裂を受けた1門の野砲陣地が砲弾の誘爆を起こし、操作に当たっていた兵員もろ共吹き飛ばされた。
別の野砲陣地は、野砲に直接砲弾を受け、砲と人員が爆砕される。
爆煙が晴れると、先程までその陣地で砲の操作を行っていた砲兵達は、全員が姿を消している。
その代わりに、地面には赤黒い染みの様な物が大量にこびりついていた。
パーシングの反撃により、1門、また1門と野砲が撃破されていくが、それでも、野砲大隊は半数以上の戦力を有しており、果敢に砲撃を続けている。
そのため、米軍側も損害が続出する。
1両のパーシングが履帯部分に被弾し、夥しい破片を浴びながら擱坐する。その擱坐したパーシングにここぞとばかりに、野砲が砲撃を集中する。
この時、彼我の交戦距離は500メートルを割ろうとしていた。
パーシングの90ミリ砲では既に撃ちごろの距離であるが、それは同時に、野砲部隊にとっても撃ちやすい距離と言えた。
そのため、砲弾は初速の早いままパーシングに命中した。
第32歩兵師団第91機動砲兵連隊が使用している野砲は84年型3.5ネルリ野砲であり、昨年の秋頃から歩兵師団に配属されている。
この84年型野砲は、旧式ながらも優良な野砲であった71年型野砲を改良した物であり、主砲口径は52口径、射程距離は4.6ゼルド
(13.8キロ)と、82年型重野砲よりも長い射程距離を誇っている。
シホールアンル軍は、野砲でありながら初速の高いこの砲を対戦車砲として使用する事に決め、各師団では対戦車野砲を用いた様々な迎撃戦術が考案された。
その中の1つが、丘を利用した高地からの砲撃である。この砲撃はパーシング戦車にもある程度有効である事は、今日の戦闘で既に証明されている。
そして、その証明の事実となる出来事が、またもや現出した。
擱坐したパーシング戦車に5発の野砲弾が迫り来る。
3発は外れたものの、2発が正面に命中した。
パーシングの装甲はかなり頑丈に作られており、この84年式野砲でも、500グレルから放たれた砲弾はことごとく弾き返されていた。
だが、今の距離はたったの250グレルだ。この距離なら、発射された3.5ネルリ砲弾も、自慢の高初速を生かしてパーシング戦車の装甲を突き破る事が出来た。
2発もの砲弾に前面装甲を突き破られたパーシングは、内部で砲弾の炸裂を受けた。
野砲弾の爆発は、5名の戦車兵を即死させた後、搭載弾薬を誘爆させた。
その瞬間、米軍前進部隊の中から、派手に爆炎が噴き上がった。
文字通り爆砕されたパーシングを目にして、砲兵隊の士気はますます上がった。
「ざまあ見ろ!今まで散々調子に乗って来た罰だ!」
とある砲座の指揮官は、爆発炎上する米軍戦車を見ながら、興奮した口調で叫びつつ、今から3日前に、危険を冒しながらも、この貴重な野砲と砲弾を新兵器と
共に運んで来てくれた補給部隊……見慣れぬキリラルブスが数台程混じって居たが……に、胸中で感謝の言葉を贈った。
敵前進部隊はそれで恐れを成したのか、遮二無二前進を続けていた敵戦車が急に停止した。
「敵の戦車が止まったぞ!今の内に1台ずつ仕留めろ!」
砲兵隊の指揮官は、金切り声のような叫びを上げながら、指揮下の砲兵にそう命じる。
だが、その直後、砲兵陣地にこれまでに聞いた事の無い様な轟音が響いて来た。
敵戦車部隊が急停止してから1分後、左右の丘の砲兵陣地に、先の事前砲撃とは比べ物にならぬほどの大爆発が連続して湧き起こった。
大音響と共に地面が振動する。振動は1度や2度では無い。
断続的に大爆発が起こる度に、砲兵陣地がすき返されていく。
ほぼ40秒、または50秒置きに伝わって来るその衝撃は、やや離れた場所に居たランヴィルダ大尉にも伝わってきた。
「おい!何だこの衝撃は!?」
「わかりません!ですが……砲兵隊は、とてつもなくでかい大砲で撃たれまくっているようです!」
「でかい大砲だと?敵はまた、ロング・トムでもぶっ放して来たのか!?」
ランヴィル大尉がそう聞き返した直後、甲高い飛翔音が周囲になり響いた、と思いきや、凄まじい爆発音と大地震さながらの衝撃が伝わり、思わず体が
浮き上がったと錯覚してしまった。
「こ……こいつはロング・トムどころじゃない……戦艦クラスの砲弾だぞ!」
パイパーは、指揮戦車のハッチから頭だけを出し、沖合の戦艦部隊が放った砲撃の成果を見つめていた。
「こちらクラウスホワイト。アリゾナへ、弾着位置が近い。もう少し位置を延伸してくれ。」
「こちらアリゾナ、了解した。」
無線機の向こう側から単調な答えが返って来てから約20秒後、停止している前進部隊の上空を鋭い飛翔音が幾つも飛び去っていく。
次の瞬間、先の弾着で爆煙に覆われている敵陣に新たな爆発が湧き起こる。
爆発の数は24個である。
ひとしきり爆煙が噴き上がり、大量の土砂が空高く噴き上がる。煙の中には、明らかに野砲の破片と思しき物も混じっている。
「戦艦の砲撃は凄まじい物だ……」
パイパーは、味方戦艦部隊の放つ艦砲射撃に対して、頼もしいと思う反面、若干の恐怖感も感じていた。
「戦艦部隊の砲術科員の錬度は素晴らしい物があるが……着弾点が少しでもずれたら、俺達も木端微塵に吹き飛んじまうな……」
パイパーの不安をよそに、第3海兵師団前進部隊を援護する戦艦2隻……アリゾナとペンシルヴァニアは次々と斉射弾を放って行く。
アリゾナとペンシルヴァニアは、レーミア海岸より1キロ離れた沖合から第3海兵師団を掩護しており、ほぼ50秒置きに12門の14インチ砲を撃ち放っている。
2戦艦の主砲弾が落下する度に、シホールアンル軍の構築したPAKフロントは次々と粉砕されていく。
それぞれが10度目の斉射を撃ち終えた所で、敵野砲陣地やその後方の敵陣に上がっていた大爆発がぴたりと止んだ。
「こちらアリゾナ。予定通り、10斉射叩き込んだ。敵の様子はどうか?」
「ちょっと待ってくれ。あと少しで煙が薄くなる。」
パイパーは回答を保留しつつ、煙で見えなくなった敵陣をじっと見据える。
程無くして、敵陣を覆っていた煙が薄れていく。
やがて、煙が完全に晴れ、敵陣の様子が露わになった。
「……こちらクラウスホワイト。敵野砲陣地は完全に沈黙した。強力に感謝する!」
パイパーはやや口調を弾ませながら答えた後、待機していた部隊に命令を下した。
「こちらパイパー!敵野砲陣地は沈黙した、前進再開!」
彼の命令が伝わるや否や、各部隊はすぐさま動き始めた。
陣形の先頭を行くA中隊が我先にと突っ込み、それをB中隊とC中隊が追って行く。
野砲陣地が置かれていた左右の小高い丘は、アリゾナ、ペンシルヴァニアの放った砲弾によって表面に幾つ物クレーターが出来上がり、野砲の大半は吹き飛んでいる。
辛うじて残っている野砲と思しき物体が、衝撃でひしゃげた砲身を天に突き上げるか、半ば地面に埋め込ませ、そこからうっすらと白煙を吐いていた。
野砲陣地が敵戦艦の艦砲射撃によって無残に粉砕された後、敵戦車部隊は好機とばかりに前進を再開し、瞬く間に塹壕のある中央陣地に迫って来た。
「畜生!制海権を敵に取られているせいで、結局、何も変わらんじゃないか!」
先程まで艦砲射撃の弾着に身を縮めこませていたランヴィルダ大尉は、前進を始めた敵戦車部隊を睨みつけながら叫んだ。
「中隊長!大隊本部より命令です!第5親衛石甲師団の来援は望めず。中隊は他の部隊が後退するまでの間、現地点に布陣し、後退を援護せよ、との事です!」
「ク……石甲師団に奴ら、戦艦の砲撃に恐れを成したか。それに加えて、俺達の中隊が後衛中隊を任されるとは!」
ランヴィルダ大尉の忌々しげな声を聞いた魔道士官が、肩に下げていた武器を手に取り、それを睨みつけた。
「中隊長、大隊長は俺達に最後まで戦え、という事なんですかね。新しく支給された、こいつを思う存分に使って……」
ランヴィルダ大尉は、魔道士官が手元に持っている“それ”を見つめた後、自らの肩にも提げている“それ”の感触を確かめながら、深いため息を吐いた。
「だろうな。全く、嫌な予感はしていたんだが……即興の訓練で少し使って、使い方は一応わかってるが……」
彼はそう呟いた後、すぐに意識を切り替え、中隊の各指揮官達に迎撃を行うように命じた。
「最初にやって来る戦車部隊は無視しろ。俺達の武器で戦っても自殺するのと一緒だ。俺達は、後続する敵の歩兵部隊を狙う。それまで攻撃するな!」
彼は命令した後、中隊の生き残りを地下陣地に潜らせた。
程無くして、最初の戦車部隊が彼らの居た陣地の真上を通り過ぎて行く。
敵戦車が頭上を通り過ぎる際、その戦車から放たれたと思しき発砲音が響いて来た。
後退中の味方部隊を発見し、攻撃を加えたのだろう。
「調子に乗りやがって……今に見ていろ!」
ランヴィルダは舌打ち混じりにぼやきつつ、目標となる歩兵部隊を乗せた車両部隊が近付くのを待った。
「中隊長!歩兵部隊です!」
塹壕の中から、こっそりと敵前進部隊の様子を見守っていた見張りから報告が届く。
「よし、配置に付け!」
彼の命令を受けた中隊の将兵達が地下壕から飛び出し、所定の配置に付いて行く。
中隊で温存していた1個野砲小隊が、手製の偽装網を剥ぎ取り、簡易な作りの陣地の穴から砲身を突き出す。
「50口径の2.8ネルリ砲4門だけでどれだけやれるか微妙だが……最悪でも、4、5台の戦車は道連れにしてやるぞ。」
彼は憎々しげな口調で呟きながら、接近し続ける敵歩兵部隊を睨みつける。
敵歩兵部隊は、左右をパーシング戦車に護衛されながら前進を続けている。幸いな事に、こちらにはまだ気が付いていない。
ランヴィルダ中隊が布陣している後方からは、ひっきりなしに砲声が響いている。
恐らく、第一線陣地を突破した敵戦車部隊が、後退する味方部隊に砲撃を加えながら追撃を行っているのだろう。
「敵の装甲車、200グレルまで接近!」
「100グレルまで近付いたら撃つ。それまで待機しろ!」
ランヴィルダは念を押すように、各小隊に命じた。
中隊の各将兵達は、偽装が施された塹壕の銃眼から武器の筒先を出し、狙いを定めている……筈だったが、全員が敵を待ち構えている訳では無かった。
「チッ、こいつはどうやってやるんだ?」
「お前も知らんのか?訓練ではあれほど、上手く使いこなしていたのに。」
「いや、知っている。知っている筈なんだが……畜生!手が震えて思うようにいかない!」
どこからか、部下の震えた声音が聞こえる。
「……俺も最終確認を済ませておくか。」
ランヴィルダはそう呟きながら、肩に提げていた武器を両手に持った。
その武器は、今までに使っていた長剣や、クロスボウ等と言った武器とは明らかに違っていた。
「携行式魔道銃……か。これが支給されただけマシって事かな。」
彼は自嘲気味に呟きつつ、腰に巻いている魔法石の収納ポケットから1個の魔法石を取り出し、それを魔道銃の開けた装填部に上から押し込む。
カチリ、という音が鳴ったのを確認し、彼は装填部の蓋を閉じる。
「しかし、こいつでどれぐらい戦えるのかねぇ。」
ランヴィルダはそう呟きながら、改めて、自らの携える武器をまじまじと見つめた。
彼が持つ武器は、シホールアンル軍が初めて開発に成功した、携帯用の小型魔道銃であった。
84年式携行型魔道銃と呼ばれたその武器は、鉄と木を組み合わせて作られていた。
形は、訓練の際に見て来た米軍のガーランドライフルと似ているが、この魔道銃はガーランドライフルと違って、銃身部の木製部分がやや少なく、銃身が長い。
通称は小型魔道銃と呼ばれているのだが、ランヴィルダにしてみれば、この魔道銃は決して小型では無く、どちらかというと大ぶりで扱い難い印象がある。
銃身部にある木製の部分には、射撃の際の反動を和らげるため、脱着式のグリップが付いている。
もともと、84年式携行型魔道銃は、このグリップが無くても普通に射撃が出来るのだが、この魔道銃は反動があるため、グリップなしでは射手が撃ちにくいと
判断され、急遽、反動抑制のためのグリップが装備された。
このグリップが付いたお陰で、射撃時の問題はある程度解消されたが、この銃を使用する兵の間では、さほど大差は無いと言われている。
射撃の際に使う魔法石は、それぞれ15発が発射可能であり、15回の発射を終えた後は、スライドを開閉して使用済みの魔法石を取らなければならない。
その際、魔法石は高熱を発しているため、取り出しの際には注意が必要となる。
ランヴィルダは、魔法石がしっかり装填された事を確認した後、予め開けて置いた銃眼の偽装を外し、そこから銃身を突き出した。
魔道銃には、参考となったガーランドライフルの照準器と似たような照準が付いているため、狙いは付けやすい。
「まだだぞ……まだ撃つな……」
ランヴィルダは緊張しながらも、傍らに経っている魔道士に念を押す。
「……よし。攻撃開始!!」
彼は、敵の装甲車が100グレルまで近付いた瞬間、中隊の各隊に命令を発した。
待ってましたとばかりに、半地下式の擬装陣地に隠されていた野砲が火を噴く。
不意を突かれた1両のパーシングが履帯に被弾し、黒煙を上げて擱坐する。
異変を察知した敵の装甲車が急に速度を上げた。
車体の前部が輸送用等に使われるトラック、後部部分が戦車に似た奇怪な敵車両に向けて、中隊の将兵達が一斉に射撃を開始する。
陣地防御用の81年型魔道銃が勢いよく光弾の束を弾き出す。その傍ら、塹壕の銃眼から狙いを付けていた歩兵達が携行式魔道銃を撃ち放つ。
ランヴィルダも、1両の装甲車……M3ハーフトラックめがけて魔道銃を撃った。
バン!バン!バン!と、腹に応える様な単発音が響き、緑色の光弾が狙ったハーフトラックに殺到する。
(魔道銃は確かに使える武器だが、光弾を使っているから否応なしに位置を知らせてしまうな)
ランヴィルダは心中でそう呟きながら、更に魔道銃を撃つ。
15発目を撃ち、勢いで16発目を撃とうとしたが、それは叶わなかった。
「む、いかんいかん、弾が切れたか。」
彼は弾切れになった事に気付き、銃本体の装填部の開閉部を後ろにスライドさせ、本体の右側にあるつまみを同じように、後ろに引き、また戻す。
装填部から使用済みの四角状の魔法石が排出された。ランヴィルダはそれを確認しつつ、腰の光弾ポケットから新しい魔法石を取り出し、装填部に差し込む。
再び装甲車に狙いをつけ、光弾を発射する。
唐突に、中隊の陣地の方で爆発が起きた。この時になって、敵を見つけた護衛のパーシングが中隊目掛けて備砲を撃ち放って来た。
連続する砲弾の爆発に、中隊の将兵達は次々と倒れていく。
真っ先に狙われたのは野砲部隊であり、これらはパーシング戦車1個中隊の集中射を受け、瞬く間に全滅した。
歩兵部隊を乗せた敵装甲車は、銃火を受けながらも猛スピードで突進を続ける。
敵兵が装甲車の荷台に設置されている機銃に取り付き、射撃を行って来る。しばしの間、装甲車と塹壕に隠れた中隊の兵との間で激しい銃撃戦が展開された。
30グレル程に接近した所で、中隊の兵が投滴式の爆弾を投げつけた。
装甲車の手前で爆発が起こり、土砂が噴き上がる。装甲車はそれを突っ切り、尚も距離を詰めて来るが。
その車体の下に、投げ込まれた爆弾が転がり込む。
次の瞬間、真下で爆発が起こり、装甲車の車体後部が大きく浮き上がり、そして横転した。
荷台に乗っていた敵兵が地面に投げ出された。好機とばかりに、多くの兵が魔道銃の狙いを、無様に転げ回った敵兵に向けた。
横転車両から投げ出され、負傷に呻いていた海兵隊員がまず犠牲となる。身動きできぬ内に、全身に光弾を撃ち込まれ、絶叫を上げながら死に絶えた。
満足に動けた3、4名の海兵隊員は、魔道銃を撃たれながらも、間一髪のところで黒煙を上げるハーフトラックの影に隠れた。
敵の装甲車部隊は、爆弾の爆発で擱坐したり、オープントップ式の荷台に爆弾が入り、爆発炎上する物も居たが、大半は銃火を受けながらも、躊躇う事無く
塹壕に迫った。
「来るぞ!」
誰かがそう叫んだ直後、敵装甲車が猛スピードで塹壕を乗り越えた。
荷台に乗っていた敵兵が、一瞬ながらも目に移った中隊の兵目掛けて銃を撃って来る。
敵装甲車部隊の大半は、ランヴィルダ中隊の迎撃を無視する形で陣地を突破して行った。
第3海兵師団第3海兵連隊第1大隊に属するルエスト・ステビンス大尉が率いるB中隊は、塹壕のシホールアンル軍部隊の制圧を命じられ、敵陣から
50メートルの所でハーフトラックから下ろされた。
「シホットの連中はいつも以上に魔道銃を撃ちまくってやがる!気をつけろ!」
ステビンスは、降車した直率の分隊員達にそう言いながら、装甲車を陰にして敵陣の様子を見る。
敵陣には、ステビンス中隊の支援として残された6両のパーシングが主砲を撃ち込んでいる。
敵は戦車の制圧射撃で抵抗力が削がれたのか、ぴたりと射撃を止めた。
「今だ!突っ込むぞ!」
ステビンスは合図を下すと、自ら先頭に立って敵陣に突っ込んで行った。
半ば煙に覆われた敵の塹壕陣地から発砲音が聞こえてきた。
不思議な事に、その発砲音は、それまで聞いて来た銃声と比べて、間隔が開いているように感じられた。
(何だこの音は……まるで、ガーランドのようなセミオートライフルを撃っているみたいだ)
ステビンスはそう思いながら、敵陣から10メートル程の所で一旦、体を伏せる。
体のすぐ近くを、幾つもの光弾が飛び抜けていく。後方で味方の海兵隊員が被弾し、悲鳴を上げて倒れるが、ステビンスはそれを気に留める事も無く、
2つの手榴弾を取り出し、ピンを抜いから3秒数え上げ、それから塹壕の中に投げ入れた。
炸裂音が鳴り響いた直後、ステビンスは脱兎のごとく駆け出し、塹壕の中に暴れ込んだ。
手榴弾が爆発した位置には4名のシホールアンル兵が倒れていた。
逃げる暇もなかったのか、全員が全身血まみれで倒れており、うち1人は左の足と右手が吹き飛んでいた。
顔が酷く傷付いていたため、性別はわからなかった。
「アメリカ兵だ!殺せ!!」
7メートル程先に居たシホールアンル兵が、ステビンスを見るなり銃と思しき物を構えた。
(な、あいつら……!)
ステビンスは一瞬、敵が小銃を持っている事に驚いたが、体はすぐに反応し、持っていたガーランドライフルを鮮やかな動作で構え、3発の7.62ミリ弾を
撃ち放った。
シホールアンル兵の胸と頭に銃弾が命中し、敵の背中と後頭部から赤い物が飛び散る。
後ろのシホールアンル兵がステビンスに向けて小銃を撃って来る。
ステビンスは咄嗟に、横に開いていた隙間に隠れる。
敵の小銃もセミオートらしく、ガーランドライフルのように連続で光弾を放って来る。
「くそ!シホット共も小銃を持ってやがったとは!」
ステビンスは忌々しげにぼやきつつ、ガーランドライフルの銃身だけを出して、敵が居る方向に5発の弾丸を放った。
弾が切れた瞬間、ガーランドの機構部から空になったグリップが、甲高い音と共に排出される。
ステビンスの銃が弾切れになったが、敵兵の銃はガーランドよりも装弾数が多いのか、10発以上もの弾を撃って来た。
(おいおい、ガーランドよりも装弾数が多いのか!?こりゃとんでもない事になったぞ!)
ステビンスは心中で仰天しながらも、空になった機構部に、ポケットから取り出した8発1セットのグリップを取り出し、それをガーランドに装填する。
都合15回目の発砲音が鳴った所で、敵も弾切れとなったのか、音がぴたりと鳴り止んだ。
(弾切れのようだな)
ステビンスはスムーズな動作で弾を込めた後、遮蔽物から素早く体を出し、銃を敵に向ける。
その時、彼は敵兵が小銃から何かを吐き出し、腰の弾薬ポケットと思しき物から弾を取り出そうとしている光景を目の当たりにした。
ステビンスは問答無用で、2発の銃弾をシホールアンル兵に撃ち込む。
敵兵は腹と胸に銃弾を受け、仰向けに倒れた。
その頃には、ステビンスが率いる中隊の将兵達は、次々と塹壕陣地に暴れ込んでいる。
魔道銃を乱射しながら抵抗を続けるトーチカには、銃眼から手榴弾を投げ込んで沈黙させた。
ショットガンを構えた海兵隊員が、塹壕内にいるシホールアンル兵目掛けて3度発砲する。
もともと、トレンチガンとも呼ばれるショットガンの威力は凄まじく、一気に9名もの敵兵が撃ち殺されるか、負傷してその場から動けなくなった。
シホールアンル兵も負けてはいない。
新しく支給された携行型魔道銃は、海兵隊員達を次々と傷つけていく。
敵にガーランドのような携行式銃は無いと信じていた8数名の海兵隊員は、不用心にもおざなり程度に制圧射撃をし、手榴弾を投げぬまま塹壕に
突入しようとした。
その瞬間、ひょっこりと顔を出した2名のシホールアンル兵が、持っていた携行式魔道銃を撃ちまくった。
1丁15発、2丁で計30発もの光弾は、次々に海兵隊員達を襲った。
反動抑制を考慮され、装着されたグリップの効果もあり、シホールアンル兵は落ち着いて敵を狙い撃ちにする。
8名の海兵隊員は全員が被弾し、その場に打ち倒された。
別の所では、ステビンスが行ったように、ガーランドライフルと携行式魔道銃の“正面対決”が勃発し、双方共に激しく撃ち合った。
だが、唐突に生まれた均衡も、彼我の銃の性能差によって唐突に撃ち崩されていく。
ガーランドライフルは、8発の銃弾を撃ち終えた後はグリップが自動的に排出されるため、装備している兵士はポケットから銃弾を取り出して
装填するだけで事が足りる。(最も、独特の甲高い排出音は弾切れしたと言う事を教えているような物でもあり、兵士達からは不評だ)
だが、シホールアンル側の携行型魔道銃は、装弾数こそガーランドより多い物の、弾切れとなれば、銃本体の装填部についている開閉口を開け、
本体右側に付いている突起を前後にスライドさせて使用済み魔法石を排出してから光弾を入れる、という面倒な手間を行わなくてはならないため、
自然に射撃開始までの時間が長くなった。
セミオートライフルでありながら、部分的にボルトアクションライフルのような機能も持つ携行式魔道銃は、弾切れから射撃再開にまでに移れる時間が、
明らかにガーランドよりも遅く、その点では完全に劣っていた。
それに加え、操作に慣れていない事も災いし、シホールアンル兵が弾の装填に手こずっている間に、距離を詰めたM1トンプソン装備の兵や、
ショットガン装備の米兵に掃討される事も頻繁に起こった。
シホールアンル兵は奮闘した物の、銃の性能差に加え、ステビンス中隊の猛攻の前に敵わず、交戦開始から僅か20分足らずで制圧されてしまった。
戦場カメラマンのアーニー・パイルは、後発の第21海兵連隊と共に出発し、ようやく前線に辿り着いた。
彼は、同乗していたハーフトラックから降りると、武装解除された捕虜を並ばせている1人の将校と目があった。
「やぁ、これはパイルさんじゃないか。」
「また会ったね、ミスターステビンス。」
ステビンスは、上陸以来の再会に(といっても、まだ1週間足らずだが)微笑みを浮かべた。
「こいつらは、君の中隊がやっつけたのかい?」
「ああ。なかなか手強かったがね。」
「被害の方は?」
「……結構多い。戦死者9名、負傷者21名。負傷者の内15名は野戦病院送りだ。1個小隊相当が俺の中隊から無くなっちまったよ。」
「これはまた、酷いもんだな。」
パイルはそう答えながら、捕虜たちに向けてカメラを向ける。
「おい貴様!何を見ている!?俺達は見世物じゃないぞ!!」
いきなり、カメラを向けた将校と思しきシホールアンル兵が、パイルに食ってかかった。
「うぉ、とと。兵隊さん、俺は怪しい物じゃないよ。俺は戦場カメラマンだ。」
パイルは穏やかな口調で、怒声を上げたシホールアンル軍将校に返したが、
「馬鹿野郎!俺は兵隊じゃないぞ!シホールアンル陸軍の大尉だ!貴様らアメリカ兵は将校と兵隊の区別もつかんのか!?」
「まぁまぁ、ランヴィルダ大尉殿。ここは少し落ち着いて。」
みかねたステビンスが間に入りつつ、ランヴィルダに銃口を向けながら話し掛けてきた。
「この人はただの民間人だ。別に、悪気があって話している訳ではない。それに、考えてみろ。民間人は軍人と違って知識が疎い。そんな人に
いちいち噛み付いていたら、栄光の帝国軍将校の名が泣くぜ?」
ステビンスの言葉を聞いたランヴィルダは、キッとステビンスを睨みつける。
だが、ステビンスはそれに動じることなく、言葉を続ける。
「それはともかく、あんたらはもう捕虜の身だ。ここは捕虜らしく、大人しくしてくれないか?」
ステビンスの一言に、ランヴィルダは更に言い返そうとしたが、すんでのところでやめた。
ランヴィルダはステビンスの持っているガーランドライフルをちらりと見つめた後、ステビンスに視線を移した。
「……アメリカ製の武器は良い物だな。」
彼は、ぼそりと呟いた。
「大尉殿。MPが来ました。」
「OK!曹長、こいつらをMPに引き渡してくれ。」
「了解です!」
指示を受け取った曹長は、監視役の兵と共に捕虜たちを引き連れて行った。
「すまんね、パイルさん。奴さん、戦闘の後で頭に血が上っていたみたいだ。」
「いや、いいよ。別に気にしてないさ。」
パイルは頭をふった。
「それよりも、どうして君の中隊は大損害を被ったんだ?」
「ああ。今から教えてやるよ。」
ステビンスはそう言った後、手で着いて来いと合図しながら塹壕に向かう。
パイルはステビンスの後を追い、塹壕内に入った。
そこには、見慣れた形の武器が置かれていた。ステビンスはそれを手に取った。
「原因は、コイツだよ。」
「コイツって……これはもしや、敵の小銃か?」
「ああ。立派なメイドイン・シホールアンルの銃だ。よく見ると、ガーランドに似ていると思わないかい?」
「そう言えば……確かに似ているな。」
パイルは、ガーランドに似た、グリップ付きの銃を見つめながら、ステビンスに答える。
「しかし、細部はガーランドと異なるね。どちらかというと、微妙にほっそりとした印象がある。それに……この木製のグリップはなんだ?」
「こいつは多分、反動を抑制する為の物だろう。連中はこんな感じで構えていたよ。」
ステビンスは参考がてらに、シホールアンル兵がこの小銃を構えていた姿勢を見せてくれた。
ガーランドを構える時は、曲銃床と銃の真ん中部分に手を当てるが、シホールアンル軍の銃を構える時は、曲銃床に右手を当て、左手で
グリップを握る形となっている。
「なんか、取り回しがしやすそうな感じもするね。」
パイルはそう言いながら、カメラを、シホールアンル製の小銃を構えるステビンスに向け、写真を3枚撮った。
「重さはどうだい?」
「ガーランドと同じか……いや、若干軽いかな。大きさはガーランドより5センチほど小さいな。」
ステビンスは、敵の小銃を両手で持ち、上げ下げしながらパイルに言う。
「ただ、身長が足りない奴が持つと、扱い難いかも知れん。ただ、こいつは弾倉に15発の弾を込められるらしいから、装弾数に関しては
こいつに軍配が上がるよ。」
彼は、側に落ちていた緑色のカートリッジと思しき物を手に取り、それをパイルに渡した。
「ただ連中はこいつを再装填する際、妙に手こずっていたな。操作に慣れていないせいもあったかもしれないが、俺が見る限りは装填の仕方に問題があると思う。」
「どのような問題なんだ?」
「そのあたりはまだ知らないな。時間が開いたら、詳しく調べてみるさ。」
ステビンスは肩を竦めながらパイルに返答した。
「……しかし、シホットの連中もこんな物を持ち出してて来やがるとはなぁ。パイルさん、B-29の連中はしっかり仕事してるのかねぇ。」
「さぁ。俺は陸軍の軍人じゃないから、何とも言えんね。」
パイルは苦笑しながらステビンスに答えた。
「パイルさん、こいつをじゃんじゃん撮って、写真を本土の連中に見せてやってくれ。俺達は、こんな物騒な代物まで担ぎ出した奴らと戦っている事を、
世に知らせてやりたい。」
「OK。ご希望のままに。」
パイルは快諾すると、ステビンスが地面に置いた携行式魔道銃を撮影する。
彼は淡々とした動作で撮影しながらも、遂に小銃をも作り出したシホールアンルの技術力に、半ば感嘆の念を抱いていた。