自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

318 第235話 奔放姫と装甲空母

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第235話 奔放姫と装甲空母

1485年(1945年)5月21日 午前7時 カレアント公国クズツォネフ

空母リプライザル艦長ジョージ・ベレンティー大佐は、午前7時に起床した後、カレアント軍から割り当てられた宿舎を出て、2キロ先の
クズツォネフ海軍工廠に向かおうとしていた。

「おはようございます、艦長。」

ベレンティーは、ドアから出た所を、副長のホセ・ジェイソン中佐に呼び止められた。

「よぉ、ホセ。よく眠れたか?」
「はぁ……眠れはしましたが、少し気分が悪いですな。」
「調子に乗って飲みすぎるからだぞ。」

ベレンティーはニヤニヤと笑いながら、冷やかし口調でジェイソンに言う。

「あの後、俺は大変だったぞ。酔っ払った君を抱えてここまで戻って来たが、まったく、酒臭いったらありゃしない。」
「いやぁ、カレアント産の地酒が思いのほか美味しかった物ですから、つい調子に乗って飲み過ぎてしまいました。そのせいで、昨日は
帰るまでの記憶が全くありません。」
「記憶が無いか……いやはや、酔っ払った君は色々叫びまくっていたぞ。やれ、シホット共は皆殺しだ!とか、リプライザルの装甲板なら
戦艦の主砲弾でも耐えきれるぜ!とか、アホな事を次から次へと口に出していたぞ。どうやら、普段のストレスが溜まっていたようだな。」
「う……面目ない次第です。」

自らの奇行を赤裸々に語られたジェイソン副長は、恥ずかしさの余り顔を赤く染めた。

「まっ、同席していたカレアント海軍の連中は、君よりもっと酷かったがね。連中は寄った挙句、男女構い無しにその場で服を脱ぎ始めたからな。」
「ちょ……それは本当ですか!?」

ジェイソンは驚きの余り、目を丸くした。

昨日の夕方、ベレンティー艦長はジェイソン副長と航海長、飛行長と共に、カレアント海軍の士官に親睦を兼ねた飲み会に招かれた。
その数時間前、ベレンティーはカレアント海軍から派遣された士官4人にリプライザルの案内を行っている。
犬耳と猫耳の男性士官2人と、狐耳と虎耳の女性士官2人は、ベレンティーの案内の下、リプライザルの艦内を1時間かけて歩き回ったが、4人の
カレアント海軍士官は、アメリカの工業力がもたらした、最新鋭の大型空母の威容に圧倒されっぱなしであった。
特に、艦載機145機というリプライザル特有の搭載力を説明した時は、4人の士官は完全に目が点になっていた。
保有艦艇が、せいぜい現世界の第1次大戦レベルの戦艦ぐらいしかないカレアント海軍にとって、米海軍の空母は摩訶不思議な存在であると同時に、
水上砲戦以外の戦闘行為を何でもこなす万能艦という評価を下しており、最近までは、エセックス級空母こそがアメリカ海軍の中でも最優秀の艦である
と思っていた。
だが、空母リプライザルは、そのエセックス級空母ですら完全に霞むような威容を持っており、その性能も破格な物であった。
4人のカレアント海軍士官は、見学を終えた頃には、すっかり興奮しきっていた。
ベレンティーらは、その4人からお礼がてらに誘われたのである。
アメリカ、カレアント海軍士官のささやかな交流会は大いに盛り上がり、途中で酔ったカレアント士官が服を脱ごうとするハプニングまで起きたが……
幸いにも、憲兵を呼ばれる所までは行かずに済んだ。

「君が酔い潰れて眠った後だったかな。まぁ、俺達が諌めたお陰で、何とか思いとどまってくれたがね。」

ベレンティーは苦笑しながら、副長に言う。

「迎えの車が来たようだな。」

彼は、坂を上がって来る黒塗りの車を見つめた。
星条旗の小旗をバンパーに指したそのフォード車は、2人の前で止まった。

「おはようございます。」

運転兵が車から降り、ドアを開けながら挨拶をしてくる。

「おはよう。今日はいい天気だな。」

ベレンティーは運転兵にそう返しながら、車の中に潜り込んだ。
2人が後部座席に入るのを確認した運転兵は、ドアを閉め、運転席に座ってから車を発進させた。
ベレンティーらが寝泊まりしていた宿舎は、クズツォネフ港を見下ろせる丘の上にあるため、坂道を下るときは軍港の様子が良く見渡せる。
クズツォネフ港には、カレアント海軍のクズツォネフ級1等重武装戦列艦1隻と巡洋艦4隻、駆逐艦他、30隻以上の小型艦艇が停泊している。
クズツォネフ港は広大な入り江を利用して作られた港であり、ミスリアル王国のエスピリットゥ・サント港よりも規模は大きい。
港の規模に反して、カレアント海軍の装備艦艇は余り多くないため、カレアント中の海軍艦艇は余裕で入る程である。
平時ならば、全艦隊を入れても埋める事が出来ないクズツォネフ港は、カレアントの所属では無い、別の国の艦船によって埋め尽くされていた。
その艦船は、全てが、アメリカ合衆国が保有する輸送艦艇であり、大小300隻以上が広い湾内を埋め尽くさんばかりに停泊している。
ベレンティーは、その中の1隻に注目した。
その1隻の右側には、カレアント海軍のクズツォネフ級戦艦が居るのだが、ベレンティーが注目している艦は、基準排水量27000トン近い
クズツォネフ級戦艦を、まるで巡洋艦と見違いさせかねぬほどの大きさがある。

「艦長。遠目から見ても、リプライザルは良く目立ちますな。」
「確かに。あれで間違える奴がいたら、そいつの頭はどうかしとるな。」

ベレンティーは苦笑しながら、そう答えた。
2人を乗せた公用車は、10分程で港の桟橋に到着した。

「艦長、到着しました。」

運転兵がベレンティーに伝えてきた。

「ありがとう。」

ベレンティーは挨拶を返してから、車から降りる。目の前には、リプライザルの巨大な艦体があった。
全長295メートルの艦体は、世界最大の戦艦と言われているアイオワ級よりも長く、舷側には、新装備の54口径5インチ砲が、その細長い砲身を
艦の軸に沿う形で向けている。
5インチ砲のうち、何門かは互いに砲身を向き合う形になっており、素人目から見れば、砲撃を行う時は互いに自滅し合う形になりかねないと
思われるだろうが、弾薬を抜いている5インチ砲には、そのような間抜けな珍事が起こる事は無い。

ベレンティーは、ジェイソンと共に桟橋に掛けられた階段を上って行く。
あと2歩で飛行甲板に上がろうと思われた時、ベレンティーは不意に、後ろから声を掛けられた。

「艦長!艦長ー!」

怪訝な表情を浮かべたベレンティーは、おもむろに振り返った。
桟橋の上に立っていた、航海長のギュンター・クライスト中佐が、両手をメガホン代わりにしてベレンティーに言葉を伝えてくる。

「大変です!この艦に来客です!」
「来客だと?」

ベレンティーは大声で聞き返した。

「はい!カレアント公国の女王様が、急に港へ来訪されて、このリプライザルを視察したいとの事です!」

クライスト航海長の返事を聞いたベレンティーは、右手で額を抑えてしまった。

「おいおいおい。いくら同盟国の首脳とはいえ、何もアポ無しで来る事は無かろうに……」
「確かに。って、あれは……艦長!何かが物凄いスピードで桟橋に向かって来ますよ!」

ジェイソンは、ベレンティーの肩を叩きながら、その何かを指差した。
その何かは、道端の障害物を鮮やかに避けながら、猛スピードで突っ走っており、あっという間にリプライザルの左舷側にある桟橋に辿り着いた。
カレアント陸軍首都親衛師団の紋章が描かれたM8グレイハウンド装甲車は、甲高いブレーキ音と共に停車し、一瞬だけ車の周りが白煙に包まれた。

「……おい、あれに女王様が乗っているのか?」
「そう考えた方がいいでしょうね。」

ベレンティーの問いに、ジェイソンは苦笑いを浮かべながら返した。
煙が晴れると、そこには、装甲車の窓からひょっこりと顔を出す、若い猫耳姿の娘が居た。

その娘の顔は、リプライザルを見たまま固まっていた。

「……艦長、あれは間違いありません。」
「ああ。ミレナ・カンレアク王、その人だな。」

ベレンティーはため息を吐いた後、航海長に命令を下した。

「航海長。君は先に言って、乗員達にカンレアク王が来たと伝えろ。」
「準備はしないのですか?登舷礼とか。」
「目の前に居るんだからもう間に合わんよ。それに、カンレアク王の性格からして、堅苦しい儀式みたいなのはあまり好まんだろう。通常通り作業を
やらせておけ。」
「アイアイサー。」

航海長は頷いてから、足早に飛行甲板を横切って行った。

カレアント公国女王ミレナ・カンレアクは、始めてみる大型航空母艦リプライザルの威容に、圧倒されていた。

「これが……噂に聞いていたリプライザルって奴……」

ミレナは、高鳴る鼓動を抑えながら、リプライザルの艦首から艦尾までを、舐める様に見つめて行く。
一昨年の12月に乗った戦艦アイオワも、彼女から見れば信じられない程の大きさと、強力な武装を施した化け物であったが、リプライザルは、
アイオワとはまた違った驚きをミレナに与えていた。
ミレナは装甲車から降りた後も、視線はリプライザルに釘付けとなっていた。

「カンレアク陛下でいらっしゃいますね?」

ふと、ミレナは横から声を掛けられた。

「え……ええ。貴方は、この艦の乗員?」

ミレナは、カーキ色の軍服を着たアメリカ海軍の将校にはっとなりながらも、平静さを取り繕って質問を投げかけた。

「はい。私は、空母リプライザルの航海長をやっております、ギュンター・クライスト中佐と申します。」

クライスト航海長は、階段から降りて来るベレンティー艦長に気が付いた。

「艦長!カンレアク陛下がお出でになられました。」
「おお。これは女王陛下。」

ベレンティー艦長は、にこやかな笑みを浮かべながら、堂々たる姿勢で挨拶をかけた。

「私は空母リプライザル艦長、ジョージ・ベレンティー大佐と申します。」

ベレンティー艦長は、見事な敬礼を行いつつ、自己紹介をする。

「武勇名高い陛下の本艦へのご視察、光栄であります。」
「ベレンティー大佐ですね。」

ミレナも笑みを返しながら、ピシリと背筋を伸ばして敬礼する。

「ご存知と思いますが、私もご紹介を……カレアント公国女王、ミレナ・カンレアクと申します。急な訪問で深く、ご迷惑をおかけしますが、
貴国の建造された最新鋭の航空母艦を一目見たいがために、首都から直接参りました。」

ベレンティーは、意外と礼儀正しいミレナを見つめながら、内心ではかなり緊張していた。
(なかなか、礼儀のあるお方だが……しかし、付き人の姿が見えんな)
ベレンティーは、ミレナがたった1人だけという事を不審に思った。

「何分、急に来た物で、あまりいい服装を着て来れなかったのですが。その辺りは後で謝罪いたします。」

ミレナは、自らの服装の事をすまなさそうに言った。

彼女は、上下を青を基調とした戦闘服のような物を着ているが、所々には、やはり王族らしい装飾が付いており、ベレンティーはさほど
悪くは無いと思った。

「いえ、お気になさらずに。それよりも……今日は陛下お一人だけでしょうか?確か、いつもはカラマンボ閣下を始めとするお付きの人が
おられた筈ですが……」
「ああ……その辺りは別に気にしないでください。」

ミレナは爽やかな笑顔を浮かべつつ、明るい声音でベレンティーに言った。
(……脱走して来たのか)
ベレンティーはその口調で、ミレナが居城から逃げ出して来たと確信した。

「わかりました。では、私がご案内いたしましょう。どうぞ、こちらへ。」

ベレンティー艦長は、営業スマイルを張り付かせたままミレナを案内した。
やや急な階段を淡々と登って行く事しばし。

「陛下。こちらが飛行甲板です。」

ベレンティーと共に、飛行甲板の左舷側に出たミレナは、その巨大さに思わず息をのんでしまった。

「……でかい……」

彼女は、すらりと伸びる広大な飛行甲板を前に、目が点となる。
リプライザル級空母の全長は295メートルと、アイオワ級戦艦や、エセックス級空母よりも25メートル長い。
上空から見たら、どのような空母もちっぽけなマッチ箱に用にしか見えないが、エセックス級やレキシントン級等の大型空母の場合だと、
その場に立っているだけで甲板の異様な広さに圧倒される。
特に、リプライザル級の甲板から見たその光景は、極め付きの圧巻であった。

「こんなに大きな空母なら、どんなにでかい飛行機だって降りれるかもしれない……」

ミレナは、驚きで口を震わせながら、そう独語する。
それを聞いたベレンティーは誇らしげに思いながらも、ミレナに相槌を打つ。

「ありがとうございます。しかし、流石にB-29のような大型機は無理ですぞ。B-25ぐらいなら、発艦させた事がありますが。」
「え……B-25を発艦……させた?」

ミレナが固まった。それに対して、ベレンティーは紳士的な口調で答えた。

「はい。丁度、慣熟訓練中に陸軍の実験に付き合わされてしまいましてね。私としては反対でしたが、上層部のごり押しで止む無く、訓練に
付き合わされました。あの時は確か、10機ほどを爆装状態で発艦させましたかな。」
「もしや、全て発艦を成功させたのですか?」
「はい。流石に、私もヒヤリとしましたが、やれば出来る事もある物だなと思いましたな。」

ベレンティーはそう言ってから、艦橋の報に指を向けた。

「さて、まずは艦橋の方からご案内いたしましょう。今指差していますのが、艦橋です。空母にとって、艦橋は人間の頭部のような物です。私は常に、
あの中に入って艦の指揮を取っております。」
「へぇ~、結構でかいんだね……エセックス級空母の写真で艦橋の存在は知っていましたが、写真で見る時は、なかなか小さく見えます。でも、実際に
目にしてみると、意外と大きな物ですね。」
「艦橋には、様々な設備が付いておりますからね。あと、本艦のアイランドの大きさはレキシントン級と同等か、やや小さいほどです。海軍内では、
艦体の大きさに比して、あれでも艦橋は小さく纏めた方だと言う人も居ます。」
「あれで小さいか……ちょっとした砦ぐらいの大きさがあるのに。」

ミレナは、頭を掻きながら、リプライザルの艦橋を見つめ続けた。
不意に、彼女の視線が艦橋のマストに注がれた。

「あれが、レーダーですね。」
「はい。我が合衆国海軍は、開戦直後よりレーダーの開発と配備を進めて来ました。このリプライザルにも、様々なレーダーが搭載されています。」

ベレンティーは、幾つものレーダーが設置されたマストの上部に指をさしながら、1つ1つ説明して行く。

「あの大きな丸い物は、SK-2レーダーと呼ばれる対空レーダーです。その上、マストの天辺にあるのが、水上索敵用のSGレーダーです。この他にも、
防空戦闘時に使用するSM1高角レーダーと、対空射撃用のMK22レーダー等があります。」
「レーダーにも様々な種類があるのですね。」
「はい。このリプライザルに搭載されているレーダーは、計4つあります。このレーダーで集められた情報は、艦内のCICで分析され、戦闘時に
反映されるようになっています。それでは、中に入ってみましょう。」

ベレンティーはそそくさと歩いて行く。
ミレナは、先の難しい話で(別に難しくないのだが)頭をクラクラさせつつも、何とか平静さを装いながら後に付いて行く。
場所は艦橋内部の航海艦橋に移った。

「こちらが航海艦橋です。艦橋の前部には、艦の生命線でもある操艦機能が入っております。私は、普段はこの席に座って指揮をとり、戦闘時にはここから
1つ上にある戦闘艦橋で戦闘の指揮を取ります。」

ベレンティーは、自らの席の前に歩み寄った後、ミレナを誘った。
「どうです?1度座ってみませんか?」
「……よろしいのですか?」
「ええ。構いません。」

ベレンティーの誘いに、最初は戸惑ったミレナだが、彼が許すのならばとばかりに、艦長席に座った。

「おお……これが、空母艦長の椅子……」

ミレナは、イスの座り心地と、艦橋のスリットガラスから見える光景に、思わずうっとりとなった。

「私は、貴方がたアメリカが来るまで、戦艦こそ最強の兵器だと信じていました。しかし、そうでもないと、私は気付きましたね。」

ミレナは、艦長席をくるりと回し、ベレンティーに体を向けた。

「空母こそ最強の兵器。そして、空母の艦長こそ、最強の武人……と、私は今、そう思いましたよ。」

彼女は満足気な笑みを浮かべた後、艦長席から降りた。

「お褒めのお言葉、ありがとうございます。」

ベレンティーは恭しく頭を下げた。

「では、次に参りましょうか。」

ベレンティーは通路の方に手をかざしながら、脚を動かして行く。
艦橋の案内が一通り終わると、再び飛行甲板に戻った。

「今度は、この艦の主要兵装を紹介いたします。まず、手前にあるこの機銃が20ミリ機銃です。この機銃は、艦から約1000メートル以内の
距離に進入して来た敵に向けて使われます。その次にありますのが……」

ベレンティーは、近くにある40ミリ機銃座のすぐ側まで歩み寄った。

「40ミリ機銃座になります。このボフォース40ミリ機関砲は、エリコン銃よりも遠くの敵、約2000メートル以上の距離に居る敵に向けて
撃ち放つ事が出来ます。これらの機銃は、射撃統制指揮官の命令に従いながら、割り当てられた空域を撃って敵を撃墜、もしくは敵の攻撃を妨害
する事によって、艦の被害を阻止、または極限する役目を担っています。」
「……少々申し訳ないですが、銃座に座ってもよろしいですか?」

ミレナは、駄目もとでベレンティーに頼み込んで見た。

「よろしいですよ。弾薬は抜いてありますから、発射ペダルを踏んで貰っても大丈夫です。」
「ありがとうございます。それでは、早速……」

ミレナは、内心で自分に落ち着けと言い聞かせるが、ベレンティーの目から見たミレナは、おもちゃを与えられた子供の様な素早さで、銃座に座っていた。
(流石は奔放姫……好きな物にはすぐに飛びつくな)
ベレンティーは心中でそうぼやくが、ミレナの目が次第に据わり始めている事に気が付いた。

「フフフフ……一度でいいから、こいつを撃ってみたいなぁ。こんなでかい機銃の弾が人やモンスターに当たったら、さぞかし、汚い花火が
見れるわね……フフフ」

ミレナは、小声で怖い事を呟きながら、40ミリ機銃の発射ペダルを幾度も踏み込む。
彼女の脳裏には、自らの操る40ミリ4連装機銃が火を噴き、敵を原型に留めぬまでに粉砕する光景が映し出されているのであろう。
(いかん!変なスイッチが入る前に軌道修正をしなければ)
ハッとなったベレンティーは、すぐに声をかけた。

「陛下。どうですかな?」
「うん!40ミリ機関砲もいい物ですね!こいつを2、3基ほど、個人用に調達したいぐらいですね。」
「ははは。お気に召されたようですな。それでは、次の説明に移りましょうか。」
「む?……あ、そうか、そうだったね!」

ミレナは、悪い癖が出かけていた自分を恥じつつ、慌てて40ミリ機銃の銃座から降りた。
ベレンティーは5インチ砲の説明を始めた。

「この54口径5インチ砲は、リプライザルに搭載された対空火砲です。この砲は従来の5インチ砲よりも砲身長が伸びたため、より広い範囲での
対空戦闘が可能となっています。敵航空部隊と対決する際には、まず、この5インチ砲を使って戦闘を行って行きます。」
「ほほう……では艦長。このリプライザルは、5インチ砲、40ミリ機関砲、20ミリ機銃の3種類の対空火器を使う事で、3段階の対空戦闘を
行う事が出来るのですね?」
「その通りです。以前までは、40ミリ機銃は使われておらず、28ミリ4連装機銃が使われていましたが、1.1インチ機銃の場合だと、
対空戦闘時の隙が大きくなる事が多々ありました。その代わりに配備された40ミリ機銃は、その開いた隙を見事に埋めてくれています。」
「なるほど……両用砲、機関砲、機関銃を使う事で、対空火器の及ばぬ範囲を無くして行くとは。考えた物ですね。」
「ええ。そのお陰で、これまでの実戦では、敵航空部隊に幾度も大損害を与えています。」

ベレンティーはそう言ってから、軽く溜息を吐いた。

「とは言っても、空母1隻だけでは、阻止できる敵の数も限られて来ます。そのため、空母には複数の護衛艦が必要になります。空母1隻を
守るには、最低でも巡洋艦2隻ないし、戦艦1隻、駆逐艦4、5隻程は必要になりますから、これらの戦力が揃って初めて、空母は本来の戦闘力を
発揮すると言っても、過言ではありません。」

「確かに、護衛は必要ですね。」

ミレナはそう返しながら、以前に見たレーミア沖海戦の記録映画の映像を思い出す。
スクリーンの中のアメリカ機動部隊は、空母は無論の事、護衛の戦艦、巡洋艦、駆逐艦があらゆる火器を総動員して、上空に濃密な弾幕を展開していた。
目を覆わんばかりの弾幕の前に、シホールアンル側のワイバーンがばたばたと撃ち落とされていく光景は、まさに衝撃的だった。

「しかし、戦争とは敵も居る事です。このように、厚い防御兵器を配備しても、弾幕を突破して来る敵は必ず出て来ます。私も、リプライザルに
乗る前は、サラトガの艦長として経験を積んで来ましたが、リプライザルの分厚い対空防御を持ってしても、敵ワイバーンが完全に阻止できるかは
微妙な所だと思います。」
「……あいつらは、恐ろしいほどに勇敢ですからね。」
「その勇敢なシホールアンル軍に、我が合衆国海軍は何隻もの空母を撃沈破されて来ました……が、今後はもう、そのような事はさせません。」

ベレンティーはそう言いながら、リプライザルの飛行甲板を眺め回して行く。

「このリプライザルには、これまでの戦訓を基に、幾つもの試みが実施されています。その中の1つが、この飛行甲板です。」

彼は、片膝をつき、甲板を右の拳で3度ほど叩いた。

「リプライザル級航空母艦の飛行甲板には、これまでの戦訓と、大西洋艦隊で活躍したイラストリアスに習って、装甲板を敷いています。このお陰で、
飛行甲板の強度は飛躍的に上がり、1000ポンド(454キロ)爆弾までは耐える事が出来ます。それに加えて、エセックス級やヨークタウン級にも
見られた喫水線の防御力不足も、リプライザルでは大幅に改良されており、少なくとも、魚雷2本を受けても、本艦は航行能力に支障をきたさぬ程の
防御力を得ています。」
「爆撃はともかく、魚雷攻撃にも耐えられるとは……リプライザルの防御力は戦艦並みですね!」

ミレナは、目を輝かせながらベレンティーに言った。

「はい。とは言っても、アイオワ級戦艦に比べれば、リプライザルはまだ脆い方ですよ。」

ベレンティーは苦笑いしながら、ミレナにそう返した。

「次は、格納甲板に行ってみましょう。」

ミレナは、ベレンティーと共に格納甲板に移動した。

「こちらが、格納甲板です。」
「うぉぉ……飛行機がいっぱい………」

彼女は、目を白黒させながら、格納甲板を見回した。
格納甲板には、リプライザルの搭載機が多数駐機していた。
その数は余りにも多く、彼女が見えるだけでも、実に30機以上のコルセアが、翼を折り畳まれた状態で置かれていた。
艦載機の整備に当たっている整備兵達が作業を止め、艦内見学にやって来たミレナを物珍しそうに見つめる。
近くに居る兵士達は、上官の気を付け!の号令のもと、直立不動の体勢でミレナを出迎えていた。

「格納甲板では、艦載機の整備や弾薬の搭載、破損機の修理等を行っています。今、ここに居る整備兵達ですが、機動部隊が攻撃力を発揮できるか否かは、
彼らの努力に負う所が大です。彼らなくしては、最強の攻撃力を持つ高速機動部隊もまた、ただの案山子になり下がるでしょう。」
「リプライザルには現在、何機の飛行機を搭載しているのですか?」
「はい。定数一杯である、145機を搭載しています。」
「145機………かなり多いですね。」

ミレナは、半ばため息を吐きながら、そう呟いた。

「あと、見えるのがコルセア戦闘機ばかりなのですが、リプライザルにはヘルダイバーやアベンジャーといった攻撃機は搭載していないのでしょうか?」
「いえ、勿論搭載しています。この部分には、たまたまコルセアを集めているだけで、艦爆、艦攻は格納庫の後部付近に止めております。」
「戦闘機と攻撃機は大体、どれぐらいの比率で搭載しているのですか?」
「全体的に見れば、2:1の割合で戦闘機が多いですな。このリプライザルは、F4U100機、SB2C20機、TBF16機、S1A9機を搭載しています。」
「145機中、100機が戦闘機だとは……艦隊防空にかなり力を入れているようですね。でも、敵艦隊攻撃や、敵地攻撃には主力を担う筈の攻撃機が
異様に少なくないですか?」
「ご質問の通り、戦闘機の比率に対して、攻撃機の搭載数は確かに少なくなっています。ですが、攻撃機の搭載比率は、通常編成のエセックス級空母と
比べて、あまり差はありません。通常編成のエセックス級空母は、戦闘機60機に攻撃機42機、または45機。艦偵5機から8機を搭載しています。
それと比較して、リプライザルは戦闘機戦力をエセックス級空母よりも4割ほど増大出来た上、一定の攻撃機を確保出来ておりますので、この攻撃機数は、
別段少なくはありません。ちなみに、戦闘機の編成を中心にしたエセックス級空母の搭載比率は、戦闘機が85機から90機。攻撃機が10機から14、5機。
偵察機が6機程です。」

「なるほど………」

ミレナは、ベレンティーの説明に納得した。
(戦闘機戦力を大幅に増やして、かつ、攻撃力は普通の正規空母と同等。そして、防御力は戦艦並み……いや、なんか、こんな空母に攻撃されるシホールアンル軍が、
ちょっと可哀想になって来た)
彼女の心中に、少しばかり同情の念が湧くが、そんな事は知らないベレンティーは、更に艦内を案内していく。

「こちらにあるのは、航空機用のエレベーターです。これは舷側エレベーターで、エセックス級から本格的に導入された新機軸の1つです。リプライザルも
含む各空母は、このエレベーターを使って、偵察隊や、攻撃隊として編成された艦載機を飛行甲板に上げたり、帰還して来た艦載機をエレベーターで下げ、
この格納庫で整備や修理を行います。」
「艦長……所々が開いているのですが、これは何でしょうか?」

ミレナが、格納庫内にある開放シャッターを指差しながら聞いて来る。

「これは開放シャッターです。我が合衆国海軍の多くは、格納庫の側壁を開放できるように、一定の箇所にシャッターを設けています。これは格納庫内の換気を
良くすると同時に、戦闘時の被弾に対応するためでもあります。陛下は、我が海軍の空母が撃たれ強い事は知っておりますね?」
「ええ。何度か報告書にありましたので、知っていますが。」
「我が方の正規空母が撃たれ強い原因の1つが、この開放シャッターにあります。通常、爆弾が命中すると、かなりの確率で飛行甲板を貫通して来ます。
そして、貫通した爆弾は格納甲板で炸裂して、このような区画に損害を与えます。この開放式シャッターは、そのような場合、爆弾から噴き出した爆風を
外に逃がす効果があり、これによって、逃げ道を得た爆風は、格納庫内を必要以上に破壊する事無く、すぐ収まっていきます。」

ミレナはベレンティーの説明を聞いて行くうちに、過去に見た報告書を思い出した。
ある時、彼女は米正規空母に乗っていた通信員が、本国に送って来た報告書に付けられている写真を見た事がある。
その写真は、敵ワイバーンの爆弾を浴びて損傷した米空母の格納甲板を移した物であったが、写真では被弾したにもかかわらず、意外にも艦内の損傷は
大きくは無かった。
ちなみに、この写真は、昨年のサウスラ島沖海戦で損傷した、空母ホーネットの艦内で映されており、ホーネットはこの海戦で、大破と判定される損害を
受けていた。
だが、その格納甲板は、大破を受けた艦の割には思いのほか傷は少なく、ミレナは、何故この様な事が起きたのかと、しばらくの間不思議に思っていた。
その時の疑問が、今日になって、ようやく解けたのである。

「なるほど……だから、アメリカの正規空母は滅多に沈まなかったのね。」
「流石に、昨年からは敵が魚雷を投入した事もあって、太平洋艦隊だけでも8隻の空母を失っていますから、開放式シャッターというからくりも
通用しなくなっています。ですが、対爆防御力に関しては、依然として有効な手段です。」

ベレンティーは格納甲板の説明を終えた後、更に艦の深部に入っていった。
30分程の間、艦内の各所を回ったベレンティーとミレナは、CICの前で立ち止まった。部屋の前には、2名の武装した海兵隊員が立っており、
2人を見るなり、捧げ銃の体勢で出迎えた。

「陛下、こちらがCICです。」
「ほう……これが、あのCIC……」

ミレナは、米海軍に出向した訓練員の報告書に良く出て来るCICという物に、以前から興味を抱いていた。
訓練員達は、報告書の中で、アメリカ海軍の強さはCICにありという言葉を書いている。
流石に、CIC自体はアメリカの重要な軍事機密の1つという事もあって、通信員達は滅多に出入りする事は出来ないがミレナとしては、米海軍の
強さの秘訣とも言えるCICを、1度でもいいからこの目で見たいと思っていた。
(見たいけど……いくらあたしでも駄目かなぁ)
ミレナは、不安げにそう思った。
彼女は、外見は単なる20代前半の猫耳娘であるものの、一国の国政を取り仕切る王である。それに、ミレナはルーズベルトから、指導者として、もっと自覚してくれとも言われている。
いくら同盟国の王とは言え、相手が見せたがらない物は、無理して見る必要はないだろうと思っていた。
だが……

「どうですか陛下。一度、ご覧になられますか?」

ベレンティーの口から、予想外の言葉が飛び出して来た。
ミレナは思わず、目を見開いてしまった。

「え……いいの?」
「構いません。CICの中身は、既に訓練生たちにも見せたりしています。今更、隠す物などありませんよ。」

ベレンティーは爽やかな口調で言いながら、CICのドアを開いた。

「どうぞ、こちらへ。」

ミレナは、ベレンティーに言われるがまま、夢のCIC内部に入っていった。

「ここがCIC……戦闘中央情報センターです。ここでは、各艦の通信の送受信や、レーダーから得た情報の分析を行っています。」

ベレンティーとミレナは、CICの要員達に出迎えられながら、内部を突き進んでいく。

「おはようございます、艦長。」
「おはよう飛行長。こちらは、ミレナ・カンレアク陛下だ。」

ベレンティーは、飛行長にミレナを紹介した。

「初めまして。カンレアクと申します。適当にミレナと呼んでもいいわよ。」

ミレナはウィンクをしながら、飛行長に言った。

「ハハハ!これは参りますなぁ……っと、紹介が遅れましたね。私は、空母リプライザル搭載のCVG-41の指揮官を務めます、ジョン・C・ウォルドロン中佐と
申します。以降、お見知りおきを。」
「彼が、このリプライザル搭載航空団の指揮を取っています。総勢145機の大所帯ですが、彼はそれを、難無く指揮するスペシャリストですよ。」
「飛行長となると、パイロット出身ですね?ここに来る以前は別の母艦で勤務を?」
「ええ。開戦前から母艦航空隊に乗っています。初陣は42年のレーフェイル大陸強襲作戦で、それ以降は第2次バゼット海海戦や43年中の航空作戦に参加し、
44年1月から6月までは、空母ランドルフの艦攻隊を率いて前線に出ていました。7月からは内地で練習航空隊の指導に当たりましたが、12月に、リプライザル搭載の
第41航空群の指揮を任されてからは、この艦で勤務しています。」
「凄い……ベテラン中のベテランじゃないですか。」

ミレナは、ウォルドロン中佐の戦歴に心の底から驚いていた。

「ありがとうございます。ただ、私もまだ勉強中の身です。今も、色々と試行錯誤を繰り返しながら任務に当たっている状況です。」
「……任務、頑張ってくださいね!」

ミレナは、目を輝かせながら、ウォルドロンと握手を交わした。

「はい。微力を尽くします。」

ウォルドロンもまんざらではない様子で、微笑みながらそう返した。

「しかし、CICの内部は初めてみますが……これはまた、不思議な空間ですね……」

ミレナは、改めてCIC内部を見回した。

「ここには様々な情報が集まりますからな。あちらの透明の板には、対空レーダーで映る敵味方の位置を記入する事が出来ます。防空戦闘時には、
記録係が情報を記入し、飛行長、または戦闘機隊管制官が、上空に展開している戦闘機隊に無線で双方の位置を知らせていきます。また、こちらの
スコープはSGレーダーの表示機で、万が一、敵の水上部隊に接近されても、この表示機で素早く探知できるため、護衛艦の援護を受けながら
避退する事も可能です。水上艦の位置情報も、随時、あそこの対勢表示板に記入して、水上戦闘の推移を把握できるようにしています。」
ベレンティーは、分かり易い言葉で説明を続けて行く。
ミレナは、ずっと黙ったまま、熱心に彼の説明に聞き入っていた。

「このCICを採用したお陰で、我が合衆国海軍の戦闘効率は大幅に向上しています。もし、CICが無かったら、今日のように、シホールアンル海軍を
圧倒する事は出来なかったでしょう。」
「素晴らしいシステムです。是非、私達も、この方式を採用したい物ですね。」

ミレナは、やや興奮した口調でベレンティーに言ったが、その後、すぐに肩を落とした。

「あ………レーダーを開発するだけの電子技術が全く無いカレアントでは……無理ですね……」


20分後、艦内視察を一通り終えたミレナは、再び飛行甲板に上がった。

「これで、一通り回り終えましたかな。」

「はい。陛下が回られた区画は、これで全てになります。」

ベレンティーは丁寧な口調で答えた後、ミレナに質問を投げかけた。

「陛下、他に何かご質問はありますか?」
「質問……というと……何かあったかな。」

ミレナは唸りながら、ベレンティーに聞いていない事は何かあるか思い出して行く。
(あらかた質問はし終えた筈……って、ああ!まだあった!)
まだ1つ聞いていない事を思い出したミレナは、すぐに問い掛けた。

「1つだけ、まだ聞いていない事が。」
「何でしょうか?」
「ええと……このリプライザルは、どれ程の期間で建造されたのですか?」
「起工から竣工まで、ですかな?」
「はい。」
ベレンティーは、しばし間を置いてから答えた。
「2年3カ月になります。」
「……え?あの、失礼ですが、それは本当ですか?」

ミレナは、冷や汗を浮かべながらも、再度聞いた。

「はい。本当です。」
「こ……この、アイオワ級よりもでかい大型艦が!?に、に、2年3カ月……!?」

ミレナは、思いがけない言葉の前に仰天するしか無かった。
米海軍の主力艦の建造期間が思いのほか短いという情報は、1年ほど前から上がっていたが、それでも、空母や戦艦等の主力艦は早くても
3年ぐらいは掛かると言われていた。
クズツォネフ級戦艦を4年で建造したカレアント公国としては、報告書にあった建造期間は驚異的な建艦スピードとして驚かされた。

だが、実際の建造期間は、それよりも短い物であった。

「あの、何か……作るスピードが速くないですか?」
「いや、リプライザルの建造期間は遅い方ですよ。本国では、エセックス級空母は平均で1年7カ月から1年半、短い方では1年3カ月で
建造された物もあります。リプライザルの建造期間は、それらに比べると、ゆったりした方です。リプライザル級の姉妹艦であるキティホークと
サラトガⅡも、今年の2月と3月に就役していますが、建造期間はリプライザルと同じぐらいですな。まっ、このような大型艦の建造日数
としては早い方ですが。」

ベレンティーはそう言いながら、HAHAHAHA!と高笑いを上げた。
(これは、ミレナの耳から聞こえた物で、実際は軽く笑っただけである)

「う……わけが分からないよ……」

ミレナは、アメリカの非常識とも言える建造力の前に、ただ唖然とするしか無かった。
その時、彼女は何かを感じ取った。
(……やば、もう追って来たか)
ミレナは平静さを装うと、ベレンティー艦長に感謝の言葉を贈った。

「それでは艦長。今日は急な艦内視察に応じてくれて、礼を申し述べます。」
「こちらこそ、陛下にこの新鋭空母をご視察下った事は、誠に名誉です。我々からも感謝の言葉をお送りします。」

ミレナは、深く頭を下げた後、ベレンティー艦長に右手を差し出した。

「早めに、艦の不具合が直る事をお祈りします。そして、ご武運も。」
「はっ。ありがとうございます!」

ベレンティーは、半ば感激気味な口調で返しながら、ミレナと握手を交わした。
そして、彼はいきなり驚く事となった。

「それでは、さようなら!!」

ミレナはそう言うや否や、いきなり右舷側に向かって走り、そして、飛行甲板から海に飛び込んで行った。

「な……どうしたんだ!?」

ミレナが不意に見せた奇行に、ベレンティーは仰天しながらも、急いで右舷側に向かった。

「おーい!ミレナ女王が海に飛び込んだぞ!」
「何!?マジで飛び込んだのか!?」
「奴さん溺れてねえか!?おい、誰か浮き輪を持ってこい!」

ミレナの急な飛び込みを目撃した乗員達がわらわらと集まって来た。

「ちょっとどいてくれ!カンレアク陛下はどうなっている!?大丈夫か!?」

ベレンティーは乗員達の間に割って入り、ミレナが飛び込んだ海面に視線を移す。

「……何だいありゃあ……」

ベレンティーは思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
海に飛び込んだミレナは、物凄い勢いでリプライザルから離れて行った。
彼女の泳ぎっぷりは凄まじく、さながら、人間魚雷といった様子だ。
ミレナが右舷側に停泊しているクズツォネフ級戦艦の影に隠れた頃、桟橋のある左舷側から何台もの車両が走り寄り、ブレーキ音を響かせていた。

「艦長、また来客です!」
「何?一体誰だ?」

ベレンティーは大急ぎで、階段の出入り口に走り寄った。
その時、彼は、怒りで顔を赤く染めた人物……ミレナのお目付け役で知られるホレイショ・カラマンボ元帥が、勢い良く階段を上り切るのを
目の当たりにした。

カラマンボ元帥は腰を悪くしているのか、顔を引き攣らせながら、腰に手を当てていた。

「ハァ、ハァ、ハァ」
「あ……あなたは、カラマンボ閣下ですな?」
「はい。いかにも。貴官はこの艦の責任者ですかな?」

ベレンティーは、カラマンボ元帥の放つ鋭い眼光に恐怖を感じたが、傍目からは平静な口調で答えた。

「はい。私は空母リプライザル艦長のジョージ・ベレンティー大佐と申します。」
「ベレンティー大佐!確か、この艦に我らが主君がお邪魔していると聞き及んだのですが、どこにおられますか!?」
「……実を言いますと、ミレナ様はもう、この艦にはおられません。カラマンボ閣下が来る頃には、既に艦を離れられました。」
「なんと………おのれ、姫様に私の殺気を感付かれてしまったか!」

カラマンボは忌々しげに言いながら、持っていた痛そうな棒を、何度も掌に打ち付けている。彼のナイスなコールマン髭は、怒りでプルプルと震えていた。
傍目から見れば、カラマンボとベレンティーの立ち位置は、性悪な不良が、通りすがりに金銭せびりを行っているようにも見える光景だ。

「わかりました、艦長殿。ミレナ様おられぬなら、仕方がありませんな。では、これで失礼します。急に押し掛けた無礼をお許しください。」
「いえ、こちらこそ。道中お気を付けて。」

ベレンティーは、カラマンボに答礼する。
上りと同じく、下りる時も慌ただしく下って行ったカラマンボは、一緒に連れて来た部下達に声を張り上げた。

「ミレナ様はまだこの辺りに居る筈だ!探せ!おいそこ!空母に見とれている場合では無いぞ!急いで姫様を探し出せ!」

ベレンティーは、親衛隊と思しき兵士達に命令を飛ばしまくるカラマンボ元帥を見て、思わず苦笑してしまった。

「いやはや、奔放姫のお目付け役は大変そうだな。」
「そうですな。まぁ、そこがこの国の民を惹きつけている原因でもあるんでしょうが……」

側にいたクライスト航海長は、やれやれといった口調で、ベレンティーに言う。

「ひとまず、帰ったら元帥閣下にお仕置きされるでしょうねぇ。」
「だろうな。」

ベレンティーは、軽い口調でそう返した後、大きく背伸びしながら艦橋に戻っていった。


5月22日 午前11時 カレアント公国クズツォネフ港沖1マイル地点

昨日のミレナ様来訪というトラブル(乗員達にとっては良いサプライズになった)から丸1日経ったこの日。機関の故障を修理したリプライザルは、
護衛のギアリング級駆逐艦4隻と共にクズツォネフ港を出港していた。

「艦長!間もなく港外に出ます………今抜けました!」

艦橋に、見張り員の声が響いて来る。

それを確認したベレンティー艦長は、すぐさま別の指示を与えた。

「両舷原速。速力12ノット。」
「両舷原速、速力12ノット、アイアイサー!」

復唱の声が聞こえた後、艦深部のエンジンがいっそう唸りを上げ、リプライザルの巨体をぐいぐいと押し出して行く。
全長295メートル、基準排水量45000トンの巨大空母は、修理の成ったばかりのエンジンを快調に回しながら、難無くスピードを速めて行った。

「機関の調子はすこぶる快調のようだな。」

ベレンティー艦長は、移動サービス部隊の見事な仕事ぶりに、満足していた。

「しかし、昨日はちょっとした騒ぎでしたな。まさか、カンレアク陛下がアポ無しで乗り組んで来るとは。」

副長のジェイソン中佐が話しかけて来た。

「艦長はこの艦の色々な所を案内していましたが、CICの内部に入れたのはまずくないですか?」
「普通ならまずい。あそこは合衆国海軍の機密で塗り固められた様な部屋だからな。でも、第5艦隊司令部は、どうせなら見せて行けと俺に言っていたよ。」
「はぁ……また、思い切りましたな。」
「俺もそう思ったが、しかし、それもすぐに納得が言ったな。」

ベレンティーは、周囲を見回した後、声のトーンを小さくしてから続気を言う。

「ここだけの話だが、CICの仕様は近い内に変わるらしい。」
「それは本当ですか?」
「ああ。本当だ。その新しい仕様と比べて、この艦のCICは、既存の物に改良を加えた程度の代物で、悪く言えば、中古品だ。そのような中古品ならば、
別にみられても構わんと決めたんだろう。それに、カレアントの電子技術はゼロに等しいから、この技術をパクる事は出来んさ。」
「なるほど。だから、艦長はCICの内部を案内したのですね。」
「まあな。」

ベレンティーは軽く頷いた。

「艦長、第5艦隊司令部より通信です。」

艦橋に入って来た通信士官が、ベレンティーに入電したばかりの命令電を伝える。

「読んでくれ。」
「はっ。リプライザルは予定通り、第5任務群へ所属されたし。以降の指示は、第5任務群司令部が下す、以上であります。」
「いよいよ実戦か。」

ベレンティーはそう言ってから、肩にのしかかったプレッシャーをひしひしと感じ取る。
彼の指揮するリプライザルは、エセックス級空母2隻を主力とする第58任務部隊第5任務群に配備される事が決まっている。
TG58.5の司令官は、エドウィン・マドックス少将に任命されており、マドックス少将は空母レイク・シャンプレインを旗艦に定めている。
リプライザルは、5月25日までにはレスタン民主国にレーミア湾泊地に到達する予定だ。
その後の出動はいつになるかは、まだ決まっていないが、リプライザルが、高速機動部隊の一員として初陣を飾る日は、そう遠くない内にやって来るであろう。

「見てろよ、シホット共。サラトガの仇、取ってやるぞ。」

ベレンティーは、レディ・サラを葬ったシホールアンル軍に対して、改めて、仇討を誓ったのであった。
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