自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

319 第236話 間違った提案

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第236話 間違った提案

1485年(1945年)6月23日 午前7時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

目を開けると、そこには、灰色の天井が広がっていた。

「う……チッ、嫌な色だぜ。」

深い眠りから覚めたばかりのオールフェスは、いつも見慣れたその天井に対して、忌々しげにそう言い放つ。

「起きたばかりの光景が、悪い夢を見た時のそれと似ているとは。一日の始まりとしては、あまり、良いとは言えんねぇ。」

彼はため息交じりの口調で呟いた後、体を起こし、ベッドから立ち上がった。
黒の寝間着を付けている彼は、よれよれになった裾を手ではたいた後、背中まで伸びている亜麻色の髪を、寝台のテーブルに
置いていたひもで後ろに束ねた。
オールフェスは、壁掛け時計の針を見つめた。

「午前7時5分か。会議まではあと2時間あるな。」

今日は、彼の住まいでもある帝国宮殿で、陸海軍の首脳も含めた定例の会議を行う予定となっている。
オールフェスにとって、この定例会議はストレスの溜まる行事となっていた。

「糞面白くねェ話聞く前に、適当に朝飯でも食って英気を養うか。いや……武道場にいって汗を流すのがいいかな……それとも、
溜まっている書類仕事をやった方がいいかな。」

彼はブツブツと呟きながら、着替えの入ったクローゼットを開け、寝間着からいつもの服に着替えていく。
淡い赤色を基調とした王の服に着替え終わった彼は、鏡で自分の身なりを確認した後、首をコキコキ鳴らしながら寝室を出て行った。

同日 午前9時 帝国宮殿内大会議室

起床してから会議に参加するまでの間、オールフェスは朝食前に1時間ほど、剣の稽古を行い、それから朝食に入った。
その後、午前8時20分から午前8時55分までは、執務室でうんざりとした表情で書類仕事を行って時間を潰した後、午前9時前に
執務室を出て、大会議室に向かった。

「陛下。大会議室には各省庁の大臣がお集まりになられています。陸海軍の首脳もおなじく。」
「わかった。」

オールフェスは、参加者の集合を伝えてきたマルバ侍従長に短く返答してから、ゆったりとした足取りで大会議室に向けて歩いて行く。
その道中、所々に配置された衛兵が、オールフェスの通る度に直立不動の体勢で、皇帝陛下である彼を見送っていく。
程無くして、オールフェスは大会議室前まで辿り着いた。
いつも、自分が通る大きなドアの前で、オールフェスは一旦立ち止まった。

「ふぅ……さて、と。」

彼は、深く溜息を吐いてから、ドアの両側に立っている衛兵に目配せし、ドアを開けさせた。
ドアがギギィ……という小さなきしみ音と共に拓かれ、オールフェスは中に入っていった。
彼は、長テーブルの両側に座る各省庁の大臣や陸海軍の首脳らには視線を送らず、そのまま、玉座に向かう。
オールフェスの入室を確認した計12名の参加者達は、一斉に立ち上がって、オールフェスに向けて恭しく頭を下げた。
オールフェスは、装飾の施された玉座に座り、参加者達を眺め回した。
参加者の内の1人。帝国議会議長兼帝国政府主席を務める、ポルサウ・クロヴレイソが、皺が深く刻まれた顔をゆっくりと上げた。

「陛下。おはようございます。参加者は全て集まっております。」
「おはよう。全員、着席していいぞ。」

オールフェスは、感情のこもらぬ声音で、参加者全員にそう告げた。
彼の言葉を聞き取った参加者達は、静かに腰を下ろして行った。

「まず、内政面の方から報告を聞きたいのだが。クロヴレイソ、この2カ月の間、何か変化は無いか?」
「はっ。内政面に関してですが、幾つかございます。まず、帝国本土内での物流に変化が表れ始めた事が1つ。その次に、帝国臣民の中に、
戦争継続に不安の声が上がりつつある事。大きな事に関しては、この2つが上げられます。最初の1つ目に関しては、ユシオント商工大臣
から説明があります。」

名前を呼ばれた商工大臣、ルギオレス・ユシオントは、短く刈り上げた髪をやや撫でた後、軽く頭を下げてから席を立った。

「現在、我が国の産業は、アメリカ軍の保有するスーパーフォートレスの爆撃の影響で物流に悪影響が出たため、各地で生産量の減少や
物価の上昇等の影響が生じております。特に、米軍の爆撃を多く受けている、南部3つの辺境領では物流は勿論の事、産業はほぼ壊滅に
等しい打撃を受けています。アメリカ軍の爆撃によって生じた影響は、南部はもとより、中部地区や北東地区にも生じつつあり、
主要都市にある市場では、主要商品の仕入が不可能になった事で、店を畳まざるを得なくなった商人も多数出てきております。我が国は、
建国時より、本土の中部地区や北部地区の金鉱山や宝石鉱山より出る莫大の収入によって、国を大きくし、民の懐も暖かくして来ました。
今も尚、我が国の資金は無尽蔵にあります。しかし……金銭と言う物は、買う物があって初めて、生きていく物でございます。店の閉鎖や
商会の解散といった事が今後も増え続ければ、国民は物が買えなくなり、やがて、我が国の産業が衰退する事は、火を見るよりも明らかに
なります。」

ユシオント商工大臣は、額に脂汗を浮かべながら説明を続けていく。
彼の言う通り、シホールアンル帝国では、米軍の戦略爆撃によって店や商会の閉鎖が相次ぐようになってから国民の消費が減り続け、
現状では、金があれども、買う物が買えないため、文字通り、宝の持ち腐れ状態に陥るという事態に至っている。
帝国政府では、豊富な資金力を活かすために、閉鎖した商会に復興金として多額の補助金を送っており、それらの商会は、未だに戦火の
届かない北東部や北西部に移動し、新しく店を構えようとする所が増えて来ている。
帝国上層部の考えた資金援助策は、被災地で家を失った被災者にも適応されており、臣民達は資金面で苦労する事も無く、無事に
疎開地に向けて避難する事が出来ていた。
だが、この一連の経済対策は、同時に被災地の大幅な人口流出という副次的な効果も生み出しており、特に、南の辺境領である
ウィステイグ領では、同地に住んでいた250万の臣民が、今では160万人に激減して産業の復興が全く進まぬという事態に陥っている。
ウィステイグ領の領主であるフリテム・リヒンツム伯爵は、税収が大幅に減ったため、領地を維持する事が難しいという報告を送っており、
帝国上層部はリヒンツム伯爵に対しても、緊急に援助金を送っているのだが、ウィステイグ地方への戦略爆撃は現在も続いているため、
援助金の大半は、施設や道路の復旧費に消えていくのが常である。
ウィステイグ領よりも北にある2つの領地でも状況は同じであり、南部3領の産業は空爆のみならず、臣民の人口流出と、それに伴う
消費量の低下によって深刻なダメージを受けつつあった。

「この状況を打開するには、敵の戦略爆撃を阻止するか、あるいは、何らかの形で効果を失わせるかしか、方法はありません。」
「私からも、説明があります。」

ユシオント商工大臣に変わり、今度は内需大臣のユルヴァ・フリヴサが説明を始めた。

「先程、商工大臣の説明にもありましたが、我が帝国臣民の購買意欲が低下している事は、開戦前と比べても明らかです。それに加え、
人口の流出は、この首都でも起きつつあります。わが内需省の調査によりますと、帝都の臣民が使用した金銭は、昨年のこの時期と比べて、
約3割近く減っているという結果が出ました。原因としては、帝都内の市場や、郊外で経営していた人気の商店や、商会が解散して店を
閉めるか、あるいは別の地方で移転するか等で、帝都の民が欲しがっていた物が無くなり、それが、民の購買意欲の低下に繋がった物だと
思われます。それに加えて、この首都ウェルバンルの地理的条件が原因で民が首都を離れ、物を買う消費者が減少した事も、金銭の使用量
が昨年のこの時期と比べて、減少した原因の1つと考えております。」
「人口流出か……これは痛すぎるな。」

オールフェスは、後頭部を掻きながら呟く。

「近い内に、本格的な対策を立てないと行けないだろうな。爆撃を受けている南部は仕方ないとしても、国の中心である首都近郊の経済まで
もが衰退したとあっては、今後の戦局にも響いて来る。商工省と内需省でその辺りを考えてくれ。なんなら、共同チームを編成して対策に
当たってもいいぞ。」
「はっ。わかりました。」

オールフェスの指示を受け取った2人の大臣は、恭しく頭を下げてから、腰を下ろす。
2人の大臣に変わって、今度は医療福祉省のエリミャ・シボルィクが席を立った。
(むむ、エリミャの姐さんか。こりゃきつい事を言われそうだな)
彼は、この中では唯一の女性大臣を見るなり、心の中で不安げに呟いた。
腰まで伸ばした緑色の髪に、華奢な格好のシボルィク大臣は、今年で35歳になるが、姿恰好は20代中盤にも見える。
元は海軍出身の軍人であり、リリスティの先輩でもある彼女は、8年前に戦傷で軍務を離れてからは、元老院の議員として議場で活躍を続け、
開戦前には若干30歳にして、大臣に任命されている。
その手腕は、並居る古参達でさえもが唸るほど優秀であり、オールフェスも彼女には一目置いていた。

「陛下。現在、我が国はアメリカを含む連合国と交戦中でありますが、我が帝国軍は、対米戦を開始して以来、既に100万を超す将兵を
失っています。このため、国内では、肉親を失った事により、精神を病む者や、命を絶つ者が出始めています。それに加え、民の中には、
この戦争が、いずれ我が国の国土にも及び、住民でさえも巻き込んだ戦が繰り広げられるのではないか?という不安の声も出始めています。」
「その辺りに関しては、国内省側からの報告で聞いている。今更、聞く必要はないと思うが。」
「はい。ここまでは、陛下が以前、お聞きした通りです。ですが、問題はここからです。」

シボルィク大臣は、オールフェスの突き放す様な言葉にたじろぐ事無く、平静な声音で言葉を発して行く。

「先も話した通り、戦死した遺族の中には、精神を病んだ上に、命を絶つ者が現れ、それに至らなくても、戦争の行く末を案ずる声が
増え始めています。ここまでなら、まだ問題はありません。ですが、ここ最近、戦争を継続する帝国政府内に、不満の声を発する者が
急速に増えつつあります。」
「何?それは誠か?」

国内省のギーレン・ジェクラ大臣が反応した。

「はい。確かな筋の情報です。」
「何たる事だ!偉大なる我が帝国の民ともあろうものが、陛下に対して不敬な言葉を発するとは!」
「おいおい、ジェクラよ。今は落ち着けよ。」

いきなり喚き出すジェクラを見ていたオールフェスは、半ばあきれ顔になりながら宥める。

「はっ。申し訳ありませんでした……シボルィク大臣、邪魔して悪かったな。続けてくれ。」

彼女は、説明を中断された事を気に留める様子も無く、淡々とした口調で言葉を続けた。

「この不満の声は、大半が、戦略爆撃を受けた南部地方の民から発せられておりますが、一部では中北部の住民からも発せられている、
という情報もあります。陛下、これら一連の声は、今の所多くは聞こえておりませんが、民の中には、不満を言わなくても、心中には
何か思う所がある者が、相当数いると思われます。やはり、民も気付いているのかもしれません。我が帝国が、この戦争に勝てぬ事を。」

シボルィク大臣が言い終えるや、どこからともなく呻き声が漏れた。

「大臣の言う事はもっともだな。」

オールフェスは、シボルィク大臣の言う事を冷静に受け止めた。

「今は、広報省の努力のお陰で、臣民の士気は未だに高いが、アメリカの連中に南部を焼き討ちにされた上に、こうまでも大損害を
受けては、大臣の言う様な事が起こるのは、ある意味当然と言える。今の所、遺族の連中にも援助金をバラ撒いたりして対策を取って
いたが、今後は別の方法での対策も考えないといけないな。」
「はっ。臣民の士気を高める為にも、何か変えなければ行けないでしょう。例えば、臣民が心の底から安堵する様な希望を与えるとか……」

彼女はそう言いながら、隣に座っている国外相のグルレント・フレルに目を向けた。
シボルィク大臣から冷たい視線を送られたフレルは、しかし、それに反応しなかった。

「そうだな……では、そこの所は後で考える事にしよう。報告、大義であった。」

彼は、仰々しい言葉を発しつつ、心中では
(はぁ……いつ言っても、この言葉は俺に似合わねぇなぁ)
と、幾ばくかの恥ずかしさを感じていた。

内政面での報告を聞き終えたオールフェスは、最も気掛かりとなっていた軍事面での報告を聞こうとしていた。

「では、軍部の代表から話を聞きたいが、何か報告はあるか?」
「はっ。では、私から。」

陸軍総司令官のウィンリヒ・ギレイル元帥が説明を始める。

「現在、我が陸軍は、属領であるバイスエ領に20個師団、ヒーレリ領に34個師団。そして、帝国本土南部に30個師団を配置して
おります。連合軍は、4月末にバイスエ領を占領して以来、進軍を止めておりますが、バイスエ領並びにヒーレリ領の領境付近には、
敵部隊が集結中であり、連合軍はバイスエ、またはヒーレリ領へ向けて近々、大規模な侵攻作戦を行う物と予想しております。」

「敵の戦力はどれぐらいだ?」

オールフェスは、すかさず聞いた。

「威力偵察とスパイの調査の結果、バイスエ方面には最低でも20個師団ないし、25個師団。ヒーレリ方面には30個師団の
存在が確認されています。また、本土南部の国境には、敵は40個師団の戦力を配置しております。この方面の敵は、2月以来
この状態のまま待機を続けているようです。」
「陸軍側としては、集結中の敵部隊に対する攻撃は行わないつもりですか?」

ジェクラ大臣が聞いて来る。

「行いません。いや、行えない、と言った方が正しいでしょう。攻撃を行うにしても、中核となる石甲師団は数が足りず、特に、
帝国本土南部の部隊は、40個師団中、4個が石甲師団で、残りは砲兵師団か、軍直轄の予備歩兵師団、並びに予備機動旅団ぐらい
しかありません。また、敵の占領地に攻勢を仕掛けるにしても、我が軍の航空部隊は、敵の航空部隊よりも数が少なく、万が一、
制空権を確保したとしても、距離の関係上、短期間で制空権を奪取される恐れがあります。我が航空部隊の基地は、領境から
100ゼルド以上離れているのが常ですからな。」

アメリカ軍を始めとする連合軍航空部隊は、レスタン領が陥落した翌日から、ヒーレリ領や本土南部の航空基地に対して、断続的に
航空攻撃を仕掛けるようになった。
シホールアンル軍航空部隊は、これらの空襲部隊に対して、果敢に反撃して来たが、次第に数で勝る連合軍航空部隊に押され気味となり、
5月末には、ヒーレリ領境沿いの前線航空基地が全滅するという事態に見舞われた。
この一連の航空撃滅戦でまたもや損害を被ったシホールアンル軍は、苦肉の策として、航空基地を領境から最低、100ゼルド
(300キロ)の距離を置いて配置する事を決め、ワイバーン隊や飛空挺隊は、最前線からはるか離れた後方に置かれた。
その結果、航空部隊の被害は日を追う毎に減少し始めたが、逆に、領境沿いの制空権は、連合軍航空部隊に抑えられる形となったため、
領境沿いの地上部隊は、連日来襲する連合軍機の銃爆撃に被害を出していた。
シホールアンル軍部隊の配置は、明らかに防御を重視した形となっており、攻勢に移れる状態では無い。
もし、攻勢に移ったとしても、最前線から100キロも離れていない場所に基地を設けた連合軍に対して、前線より遥か後方に
航空基地を配備してしまったシホールアンル軍では航空支援の密度に決定的な差が出てしまうため、地上部隊が航空支援を受ける前に、
敵爆撃機の攻撃で大損害を出す事は、容易に想像できた。

「ジェクラ大臣。守りの体勢に移っている我々は、攻勢に移れる余裕は、今の所ありません。」
「……なんとも消極的な。」

ジェクラは、失望したと言わんばかりに、頭を横に振る。

「現状では、これが精一杯です。無論、まだ希望はあります。」

ギレイル元帥は、語調を強めながら説明を続ける。

「連合軍がバイスエ、ヒーレリのどちらかに侵攻を行う事は、先に説明しましたが、陸軍としましては、この2つの地方に増援を送る事で、
敵の侵攻に対処する方向で準備を進めています。増援部隊の内訳は、バイスエ方面に5個石甲師団を含む2個軍9師団、並びに3個旅団。
ヒーレリ方面に3個石甲師団を含む2個軍6個師団、並びに2個旅団となっています。」
「ほう、随分と羽振りがいいな。」

オールフェスは、感心した口調でギレイルに言う。

「はっ。北方や西端部の辺境で警備当たっていた部隊を、被害を受けて休養が必要な部隊と交代したのと、動員令を受けて招集された
予備役や新兵が戦力化できましたので、今回のように大規模な増援が可能となりました。元々、我が陸軍は常備軍200万の他に、
予備役200万を有しておりますから、現在も尚、適度に動員を発しつつ、新規部隊の編成を行っております。」
「………」

説明を聞いていたジェクラが、不快そうな目付きでギレイルを見据えるが、ギレイルはそれを無視した。

「陸軍は、訓練が行き届いた師団の層が厚いからな。こう言う時には本当、助かるな。」
「とはいえ、対米戦を経験した部隊が少ない事もあって、実戦でどれだけの戦闘力を発揮できるかはまだわかりません。この状態で
大規模な攻勢を行えば、人員の大量損失に繋がる事は明白であるため、陸軍としましては、そんな彼らにも経験を積ませる為に、
敢えて防御を中心とした戦闘を行わせるようにしております。」
「なるほど。経験のある奴とない奴の差があり過ぎては、実戦ではそれがもとで戦線崩壊、と言う事にもなりかねないからな。」
「しかし、陛下。その大量動員が原因で、属国の将兵が現地民に対して、過度な行為に及ぶ事が増えている、という情報もあります。」

唐突に、シボルィク大臣が口を挟んで来た。
彼女の言葉を聞いたギレイルは、あからさまに不快な表情を浮かべた。

「現地の将兵が懸命に戦えるか否かは、現地の住民の出方次第と言っても過言ではありません。ここは、軍部隊の充実を行うと同時に、
将兵の精神的な教育を計ってはどうかと思いますが。」
「失礼だが大臣。我が軍の将兵は、充分な訓練を受けている。彼らが住民に対して敵対行動を取ったのは、住民が馬鹿な事を考えたからに
過ぎん。」
「将軍。あなたは身内の報告しか聞いていないから分からないのです。私の省の下部組織からの報告では、軍の将兵が現地で略奪を
働いたり、住民の経営する商店に、不当な方法で商品を買ったりなど、様々な報が届いています。これでは、住民の反感を煽っている
ような物です。前線の将兵に心おきなく戦って貰いたいと考えるのならば、まずは、このような蛮行を止めさせ、逆に、将兵にも住民に
対する教育を施した方が良いと、私は考えます。エルグマド将軍のやり方が、その見本です。」

シボルィク大臣は毅然とした態度で、ギレイルにそう言った。だが、

「エルグマドの考えで戦争に勝てれば、苦労はしないですぞ!大臣!エルグマドは、現地住民に厚遇を施しながらも、おめおめと逃げ帰った
ではありませんか!彼のせいで、我が陸軍は防御一辺倒の戦いしか出来なくなった!帝国の窮状を作り出したエルグマドのやり方は、私は
賛同できん。それに、属国の守備は我が帝国軍が担っているではないか。属国の連中も、我が帝国の一臣民として、軍に無限大の協力をしても
いい筈だ!」

ギレイルは、顔を赤く染めながら、シボルィクに言い返した。
それに対して、シボルィクも顔に不快気な色を表す。彼女が苛立った表情を浮かべつつ、ギレイルに反論しようとしたが、それは出来なかった。

「待て。ここは会議室だ。喧嘩をする場所じゃないぞ?」

オールフェスは、冷たい声でそう言い放った。

「今は、建設的な話し合いをしよう。大声で醜く怒鳴り合うのは、会議が終わった後にやってくれ。」
「はっ。失礼いたしました。」

ギレイルは、姿勢を正してオールフェスに頭を下げた。
その一方で、自分の考え方を全否定されたシボルィクは、不服そうに顔を曇らせながらも、無言でオールフェスに頭を下げた。

「話を元に戻します。前線の本格的な兵力配置は、増援部隊の到着を待って行われる予定です。ヒーレリ領では、動員可能の兵力の半数を、
領境沿いから30ゼルドの範囲に配置すると同時に、石甲師団を含む機動軍を要所に配置し、敵の上陸作戦に備えます。バイスエ方面でも、
ヒーレリ領と同様に、前線に配置する部隊を多くすると共に、沿岸部の部隊も適宜増強致します。今度の防御作戦では、このような兵力配置で
臨もうと考えています。陸軍からは以上です。」
「次に、海軍側からの説明になりますが……」

説明を終えたギレイル元帥に代わって、今度は海軍のエウマルト・レンス元帥が口を開いた。

「海軍としましては、目下、母艦航空隊の再建に努めると共に、艦隊の編成を急いでおります。ただし、今回の敵の侵攻に対しましては、
海軍は最小限度の行動に留まるか、あるいは行動が困難であると判断しています。」
「艦隊の再建はどれぐらい進んでいる?」

オールフェスが質問する。

「艦隊の再建としましては、まず、1月のレーミア沖海戦で損傷した竜母群の修理と試験航行は、潜水艦に撃沈されたジルファリアを除いて
全て終了しています。第4機動艦隊は、修理の成った艦と既存の艦、新しく就役した小型竜母を含めて訓練に当たっています。また、今年の
4月より戦力の成ったフェリウェルド級戦艦が、他の新鋭艦と共に第4機動艦隊に編入され、訓練を行っています。第4機動艦隊の戦力は、
6月20日現在で正規竜母6隻、小型竜母8隻、戦艦7隻、巡洋艦13隻、駆逐艦36隻となっています。巡洋艦と駆逐艦の数が少ないのは、
重要度の高い竜母や戦艦を優先的に修理したため、未だに修理が成らず、戦線に復帰できていないためと、補充と喪失が追い付いていない事が
原因となっております。その他にも、戦艦マルブドラガと巡戦マレディングラ、ミズレライスツはまだ修理が続いているため、他の巡洋艦や
駆逐艦と同様に、前線に復帰できておりません。その他の艦隊に関しては、第4機動艦隊と共に行動した第2、第3艦隊以外の艦隊は、前回の
海戦に参加していない事もあって以前と変わらぬ状態で任務に当たっています。」
「……しかし、ジルファリアの喪失が痛すぎるな。」

オールフェスが渋面を作りながら、レンス元帥に言った。

「ワイバーン搭載数が90騎以上を誇るホロウレイグ級は、財宝並みに貴重な存在だったんだが……」
「米潜水艦の活動海域が、以前よりも大幅に変わった事に気付かなかった我々の責任です。その事に関しては、深く、お詫びを申し上げます。」
「まぁ、済んだ事は仕方ない。海軍はあの後、レンフェラルの報復で小型空母を2隻沈めているから、収支としてはほぼ釣り合っているな。」

オールフェスの言葉を受けたレンス元帥は、恭しく頭を下げた。
正規竜母ジルファリアは、5月11日に、帝国本土西部にあるヴィランヅィ海軍工廠で損傷修理を終え、試験航行を行っていたが、その翌日、
米潜水艦の雷撃を受けて撃沈されてしまった。

シホールアンル側は知らなかったが、ジルファリアを撃沈した潜水艦は、ロックウッド中将の指揮する第6艦隊所属の潜水艦アーチャーフィッシュであった。
アーチャーフィッシュは、ミスリアル海軍から試験敵に渡された、小型の生命反応探知妨害装置の試験運用を行うため、ミスリアル海軍の士官2名と
共に3週間の哨戒活動に出ていた。
5月12日早朝。3隻の護衛駆逐艦と共に洋上を行くジルファリアを発見したアーチャーフィッシュは、ジルファリアの左舷側前方2000メートルから、
6本の魚雷を発射した。
魚雷は6本中、4本がジルファリアに命中した。
唐突に雷撃を受けたジルファリアは、たちまちの内に大火災を起こして洋上に停止し、被雷から1時間半後に沈没した。
アーチャーフィッシュは、魚雷発射後に探知妨害装置が故障したため、3隻のシホールアンル駆逐艦に追い回されたが、奇跡的に危機を脱し、
浮上後、艦隊司令部に向けて、敵大型竜母1隻を雷撃、撃沈確実という電報を発していた。
それから1週間後、レーミア湾沖の第5艦隊は、レンフェラルの攻撃で護衛空母バゼット・シーを撃沈され、キトカン・ベイが大破
(レンフェラルはキトカン・ベイも撃沈したと誤認している)するという手痛い仕返しを受けているが、その2日後にはコメンスメント・ベイ級の
ネームシップであるコメンスメント・ベイとモンメロ・ガルフが補充として到着し、戦力の穴は埋められた。

米潜水艦の雷撃によって、貴重な正規竜母を失うという手痛い損害を受けたシホールアンル海軍であるが、艦隊の再建はその後も進み、
6月20日までには、完全ではない物の、形の上では“見物に出来る程度の”艦隊を再建する事が出来た。


「レンス提督。艦隊は相当数の規模を擁しているようだが、それでも、連合国海軍には戦いを挑めないのかね?」

ジェクラが質問を投げかけた。

「無理です。」

レンスは即答した。

「彼我の戦力差があり過ぎます。レンフェラルの情報によりますと、レーミア湾から30ゼルドないし、40ゼルド沖には、空母
4、5隻を中心とした機動部隊が2隊程、常時うろついているとの事です。それに加えて、レーミア湾港には、確認できただけでも
空母14、5隻が停泊中であり、これらの空母部隊は、交代で洋上の警備を行っているようです。また、最近入手した情報によりますと、
マルヒナス運河西方沖を航行中の別の空母機動部隊が、レーミア湾方面に向かっているとの報告も、上層部にもたらされております。
情報部の分析では……」

レンス元帥は、情報部と言う言葉を口にした時だけ、嫌そうに顔を歪めた。

「アメリカ太平洋艦隊は、レーミア湾沖に最低でも空母23隻を集結させ、沖合の警備を行いながら、次期侵攻作戦の出撃に備えて
いるとの事です。大臣、我々が動員可能な竜母は14隻。それに対して、敵は空母が23隻です。その内、敵の主力であるエセックス級
正規空母は、我々が艦隊で有している正規竜母の数と比べて、およそ倍の数はいます。航空戦力は、2:1どころか、3:1の割合で
敵が有利でしょう。そのような場所に、艦隊を突っ込ませる訳にはいきません。」
「………」

レンス元帥の説明を聞くジェクラは、次第に表情を曇らせていく。

「百歩譲って、それで戦うとしても。全滅は免れないでしょう。ですが……時期が来れば、全滅覚悟といえでも、敵の空母を2、3隻、
道連れにする事は出来ます。しかし……母艦航空隊の錬度が未だに低い今は、敵機動部隊に対して決戦を挑んでも、一方的に討ち取られて
いくだけです。それこそ、射的訓練の如く……」
「つまり、海軍としては、今度の防衛作戦には大兵力を投入出来ない、って事だな?」
「はっ……率直に申し上げて、そう言わざるを得ません。もし、竜母部隊全てを投入するとなると、あと3カ月は必要になります。
そうでなければ、母艦航空隊は一部を除いて、全く使い物になりません。」

海軍側の厳しい現実の前に、誰もが顔を俯かせた。
海軍の状況は、畑の案山子と罵られても何も言えぬ状態にあった。

艦艇の修理と再建はある程度成ったが、補充の乗員はまだ新米であり、使えるまでは相当の時間を要する。
それは、新鋭艦にも言える事であり、新たに第4機動艦隊に配備された3隻の小型竜母も、乗員は艦に慣れ切ってはおらず、艦隊航行すら
ままならない状況だ。
艦艇や航空隊の数は揃えども(それも、かなりの無理をして、である)真の意味での再建には程遠いと言えた。

「ただし、状況に応じて小規模の打撃艦隊を編成する事は可能です。第4機動艦隊には、実戦経験の豊富な2個竜母群がある上、
巡戦マレディングラ、ミズレライスツの修理も1週間後には完了します。また、新鋭戦艦のフェリウェルド級は、前級と同様に
15リンルの高速力を発揮出来ますので、他の巡洋艦や駆逐艦と組ませて、一撃離脱専門の打撃艦隊に加える事も可能です。」
「つまり、少しばかりの戦力は出せる、と言う事か。」
「はい。とはいえ、戦力が出せるか否かは、敵の状況を見極めてからになります。」
「そうか……海軍側の状況は理解出来た。」

オールフェスは頷いた後、心中に疑問が湧いた。

「ところで、もしバイスエに敵が侵攻して来た場合、海軍はどうする?首都の軍港に張り付いている艦隊を敵にぶつけるつもりなのか?」
「いえ。バイスエに侵攻した場合に備え、新鋭の巡洋艦を含む快速艦隊を既に配備しています。この艦隊は、元々は第4機動艦隊に配備予定
の艦隊でしたが、モルクンレル提督を説き伏せて、何とか回す事が出来ました。この他にも、フェリウェルド級戦艦の3番艦もこの艦隊に
加える予定です。また、第4艦隊に配備されている旧式戦艦は、機関換装を含む大改装を終えていますので、敵の旧式戦艦にもある程度は
対抗可能です。強大な米太平洋艦隊相手には戦力不足は否めませんが、嫌がらせを行うには充分と言えます。」
「ほう。やるじゃないか。」

オールフェスはニヤリと笑った。

「軍事面での報告はこれで終わりかな?」

オールフェスの問いに、2人の将官は無言で頷いた。

「一通り、報告は聞かせて貰った。あとは、いつもの通り、この報告で聞いた問題で、それぞれが思った事を議論して貰おうか。」

彼は次のステップに移ろうとしたが、その時、国内相のジェクラが手を上げた。

「どうした?何か意見でもあるのか?」
「はっ。私から少々申し述べた事があるのですが、宜しいでしょうか?」
「いいだろう。」

オールフェスは頷いた。

「では……私から意見を述べさせて貰います。」

ジェクラは席から立ち上がり、参加者達を眺め回しながら言葉を発し始めた。

「最近、我が軍のたび重なる敗北の報に失望されていた方も多い事でしょう。私としましては、参加者各位に、私が思い立った案を
申し述べさせていただく。」

ジェクラは不意に、厳しい視線をレンス元帥とギレイル元帥に向けた。

「我が軍の敗北の原因は、将兵の徹底抗戦の意思が無いから起こった物であると、私は考えております!何故そう思うのかと言いたいで
しょうが、私は、その証拠を持っております。」

ジェクラは、懐から2、3枚の紙切れを取り出した。

「これまでの作戦で、帝国陸軍だけでも100万近く、海軍も含めれば100万名以上の人員が失われていますが、損失人員の中には、
敵に情けを乞い、降伏した輩も多く見受けられます!捕虜から得た証言では、レスタン領で得られた我が軍の捕虜は、なんと10万以上
にも上ると言われています!10万ですぞ!」

ジェクラは、紙切れを振りかざしながら、詰問口調でレンスとギレイルに言う。

「閣下!あなたの陸軍は、敵に小突かれただけで腰砕けになる兵士をむざむざと前線に送り付けたのですか!?」

「大臣。貴方は一体、何を言われておられるのか?前線で戦い抜いた将兵を馬鹿にして居るのか?」
「馬鹿になどしたくはありませんが、敵に寝返った者に寛大なるほどの神経を、私は持ち合わせておりません。」
「何だと!?貴方は、我が軍を馬鹿にして居るのか!」
「その台詞はこちらのセリフですぞ。」

いけしゃあしゃあと言い返すジェクラに、ギレイル元帥は半ば呆れた。

「何ぃ?」
「前線で戦う兵士は、敵を殺す事であります。それをやらずに、自分の命欲しさに敵に投降する兵士を増やした軍上層部こそ、我が帝国を
馬鹿にしております。このような有様では、我が軍が崩壊して行くのは目に見えております。」

ジェクラは視線を、玉座に座るオールフェスに向けた。

「陛下!私から提案があります。」
「なんだ?」
「今後、前線の将兵が戦意を喪失し、敵に投降して利敵行為を働く事を防ぐためにも、これからは軍内部に、軍外部から出向した督戦を
専門とする部隊を置くべきかと、私は思います。」

ジェクラの発した言葉を聞いたギレイルは、絶句してしまった。

「大臣。それはつまり、戦い疲れて退却して来た味方部隊を、後ろから剣でつっ突き、無理矢理前線で戦えと脅すという事ですか?」
「分かり易く言えばそうなります。場合によっては、無断で退却して来た不良兵を処刑して、隊の士気を維持させる事も考えております。
陛下!もしこの督戦部隊の編成を行えば、このように、無様に敵に命乞いをする輩も減る筈です!既に、私は独自の判断で、10万近い
人員を集めて、いつでも任務を執行できるように訓練に当たらせております。今後の軍事作戦を円滑に進める為にも、督戦部隊の編成と
投入は、すぐにでも行うべきです!」
「……確かに、前線では後退した兵を脅しすかして、戦わせる場合もある。だが、それは、その場にいた上官の思い付きで行われる
事だ。始めから、後ろから味方を追い立てる目的で部隊を編成するとは聞いた事が無い。いくら負けが込んでいるとはいえ、それは
狂気の沙汰ではないか!」

ギレイル元帥が怒声を上げる。

「貴方は、そこまでして、帝国に勝利を求めたいのか!?」
「将軍。相手は連合軍だ。敵を圧倒するには、温存している予備兵力は勿論の事、常備軍を全て投入した人海戦術しかありません。
だが、普通にそれを行うには難しいであろうから、士気の維持を目標とした私の督戦隊が必要になって来るのです。今は技術も進歩し、
魔道銃という兵器も出てきておりますから、士気が限り無く低くなった部隊でも、魔道銃2、3丁で援護してやれば、敵陣に突っ込んで
いくでしょう。」
「……すまないが、その魔道銃はどこに向けて撃つ予定だ?敵かね?」
「出来るだけ、敵を撃つ事に使いたいですが……場合によっては、怖気づいた味方に活を入れる時にも使うでしょうな。」
「!!」

ギレイルは、思わず頭に血が上ってしまった。

「如何です、陛下。この際、軍の士気を高める為にも、督戦隊は必要不可欠だと思いますが。」

ジェクラは、自信満々にそう告げた。
大会議室には、これまでにない重苦しい雰囲気に包まれている。その中で、ジェクラだけは異様に活き活きとしているように思われた。
それに対して、オールフェスは……

「いや、すまんが必要ねぇな。」

あっさりと断ってしまった。

「ジェクラよ。味方を脅すだけしか能の無い、役立たずは別にいらねえんだよ。俺が必要とおもうのはな、魔道銃を敵に向けて撃って、
初めて戦局に貢献できる、“使える兵士”なんだよ。督戦を専門とする部隊だって?戦いでへとへとになった味方に戦えって言うぐらい
なら、自分達で戦わせろよ。ギレイル、そう思わないか?」
「はっ!ごもっともであります!」

ギレイル元帥は、活きの良い声音でそう答えた。

それに対して、ジェクラは、自分が考えた自信満々の策が、あっさりと否定された事に呆然としていた。

「は…………し、しかし!」
「何がしかしなのかな?」

オールフェスは、ずいと前のめりになる。

「陸軍は陸軍で精一杯頑張っているんだよ。捕虜が出るだと?それでいいじゃないか。相手は本当に優しい人間なんだからよ、捕虜なんか
取らしちまえばいい。捕虜の連中は、曲がりなりにも、傷付きながらも戦い抜いた戦士だ。中には、一生消えない傷を負って、廃人同然に
なった奴も居るかも知れない。でも、別に構わん。それに対して、お前の言っていた督戦隊って奴だけど、それはあるだけ無駄だから。
何で、敵の爆撃で残った、なけなしの補給物資を、“味方撃ちしか知らん糞共”に分けてやらないといけないんだ?無駄だろうが。」

オールフェスは、きっぱりと言い放った。

「と言う事で、ジェクラの案は取り下げる。帝国軍には、馬鹿共にあげる程、物資の余裕はないんでね。それに……500年前の悲劇は
繰り返したくない。」
「な…………」
「ああ、それともう1つ。お前が集めた10万の人員だが、そのまま陸軍にあげてくれ。密かに訓練を施しているようだから、徴兵したての
新兵よりは仕上がりも早い筈だ。」
「え…………」
「これは皇帝命令だ。この会議の終了後、すぐに取り掛かってくれ。」

オールフェスは、有無を言わぬ口調で、ジェクラに命じた。

「……わかりました。陛下の仰せられるままに……。」

ジェクラは、自らの敗北を悟り、大人しく席に座った。

「ギレイル。陸軍には、国内省から“味方撃ち部隊”10万がやって来る。連中を、敵を撃てるように再訓練し、歩兵師団なり、石甲師団に
混ぜるなりして、使ってくれ。」

「……ありがとうございます!これで、幾ばくかは前線の維持が出来るでしょう。」

オールフェスの英断に感極まったギレイルは、幾度も頭を下げた。

「ジェクラ。今回の不手際については不問にする。お前も色々とよくやってくれているからな。今回の失敗を教訓にして、以降の仕事に
取り掛かってくれ。分かったな?」
「はっ。畏まりました。」

ジェクラは、半ば諦めたような表情を浮かべつつ、しっかりとした声音でそう答えた。



この日の会議は、正午までには終わった。
オールフェスは会議を終えた後、くたびれた様子で執務室に戻って来た。

「全く……今日もただ、疲れるだけの会議だったな。」

ため息交じりに呟いた彼は、机の前に置いてある椅子にどっかりと腰を下ろした。

「ジェクラの提案には驚かされたな。これからは督戦隊が流行だ!と言わんばかりのツラで喚きやがって。あいつ、あれでも名門貴族の出かね?
500年前、何が起こったのか歴史の勉強で習った筈なのに……」

シホールアンル帝国が、現在の領土の半分程度の大きさしか無かった時代。
980年頃のシホールアンルは、かつて、シェルフィクルを首都としていたシェリクル大公国との戦争に明け暮れていた。
当時の皇帝であるポリスト・グレンディル王は、こう着状態に陥った戦況を打開するため、部隊の後方に督戦隊を置いた。
督戦隊の任務は、前線から離れようとした兵を引き止め、戦いにつれ戻したり、制止を振り切って逃げようとした兵は問答無用で殺害して、
士気を維持させる事にあった。
だが、督戦隊を投入してから1週間後には、督戦隊の導入に不満を抱く一部軍の考えに賛同した国民と、皇帝側との間で大規模な内乱が
勃発し、それから2年ほどは、シホールアンル帝国は二つに分裂して、血で血を争う内戦を繰り広げた。
結局、グエンディル王は反乱軍によって討ち取られ、シェリクル大公国とは和平を結ばれて戦争は終結した。
このように、督戦隊はシホールアンルを亡国に陥れかけた疫病神として、今でも民に嫌われていた。
その嫌われ者で、役立たずの集団を、ジェクラは復活させようとしたのである。

「ジェクラの奴は、アメリカのいた世界では、督戦隊を使って戦争を遂行させていた国もあったとか抜かしていたな。ソビなんとか
という名前らしいが、まさか、それを聞いて自分達の国でも出来ると思ったのかねぇ。」

オールフェスは、不意にジェクラの似顔絵が描かれた書類を見つけた。
何を思ったのか、彼はジェクラの顔に落書きをし始めた。
程無くして、オールフェスは、ジェクラの首に、「私は兵を無駄に死なせようとした国賊です」という札を下げた落書きを描いていた。

「てめえはその通りだ。督戦隊なんていう屑集団を考える暇があったら、自分のケツの穴でも掘ってろや。」

彼は、口汚い言葉でジェクラをののしった。

「……もっとも、俺も人の事は言えないけどな。」

オールフェスは自嘲気味に呟いたあと、気を取り直して、つまらない書類仕事を再開させた。


1485年(1945年)6月24日 午後1時 レスタン民主国レーミア

この日、戦艦アイオワは、僚艦ニュージャージーと共に5か月ぶりとなる前線復帰を果たしていた。

「艦長!見えました、レーミア湾港です!」

戦艦アイオワ艦長ブルース・メイヤー大佐は、双眼鏡で、今や連合国軍の一大拠点となったレーミア海岸を見つめた。

「レーミアの領境が近いってのに、凄い数の船だな。敵の空襲は大丈夫なのかな?」
「レスタン領の制空権は、完全に連合軍側が抑えているので、空襲の心配は必要ないとの事ですよ。」

副長が暢気な口調でブルースに答えた。

「今は空襲よりも、レンフェラルの襲撃を警戒した方がいいですね。1ヵ月前にも、護衛空母が1隻沈められていますから。」
「レンフェラルか。敵の空襲が無い今は、確かに脅威だな。」
「泊地の航空隊もかなり気合入っているようですよ。」

副長は、空に指をさす。ブルースは、上空に顔を向けた。
艦橋の張り出し通路に出ている彼らは、上空を旋回するPBYカタリナ飛行艇を見つめる。

「しかし、カタリナも頑張るもんだなぁ。開戦以来、ずっと現役だぞ。」
「カタリナはかなり使いやすいですからな。哨戒機としてはまさに、うってつけの名機ですよ。」
「だな。」

ブルースは頷く。彼は視線を、カタリナから左舷側700メートルを航行するニュージャージーに向けた。
ニュージャージーは、アイオワと同様、時速18ノットの速力で洋上を航行している。
実戦で敵戦艦部隊との激しい撃ち合いも経験しているニュージャージーの姿は、まるで、誇らしげに歩く凱旋将軍にも見えた。

「このアイオワとニュージャージーの修理が4カ月で終わるのは意外だったな。」
「ええ。敵弾はこの艦のヴァイタルパートも貫いて、なかなか酷い損害でしたが、海軍工廠の工員達の仕事ぶりは素晴らしいですな。」
「本当だよ。彼らには、いくら感謝しても感謝しきれないね。」

ブルースは、心の底から、短期間でアイオワを修理してくれた工員達に感謝していた。

「そういえば、TF58には既に、ミズーリとウィスコンシン、モンタナが加わっているようですよ。」
「ほほう。て事は、このレーミア湾には5隻のアイオワ級戦艦が揃う事になるのか………」
「8月まで待てば、7隻のアイオワ級勢揃いしますよ。」
「7隻……いやはや、一度は見てみたいもんだ。」

彼はそう言いながら、自然と胸の内が熱くなるのを感じた。
程無くして、レーミア湾港の全容が明らかになり始めた。TF58所属の正規空母や軽空母は、艦種ごとに勢揃いし、その間を
雑多の小型艦艇が往来している。
その中には、港から出航しつつある10隻のリバティ船やLSTの姿もあった。
それらの艦艇は、荷物目一杯積みこんでいるのだろう、喫水を深く下げていた。
ブルースらは知らなかったが、この10隻の輸送船は、バイスエ上陸作戦に参加する第1海兵師団の将兵や装甲車両を満載していた。

7月24日に決まったバイスエ攻略作戦の準備は、この日から本格的に開始されたのであった。
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