自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

320 第237話 突発の危機

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第237話 突発の危機

1485年(1945年)7月18日 午後9時 マルヒナス運河東港

第5艦隊の主力部隊である第58任務部隊は、この日の夜9時に、マルヒナス運河を抜けていた。
第58任務部隊旗艦である、正規空母ハンコックの艦上では、5月よりTF58の司令官に任ぜられたフレデリック・シャーマン中将が、
艦橋上で運河を抜けたとの報告を伝えられていた。

「そうか。運河を抜けたか。」
「はい。指揮下の4個任務群は全て、太平洋側に移動を完了した事になります。」

TF58参謀長のジェームス・シューメーカー少将がシャーマンに言う。

「……しかし、今回の作戦では、第5艦隊司令部もいささか、変な編成を行った物ですな。」
「君もそう思うか。」

シャーマン中将は、シューメーカー少将に顔を向けながら聞く。

「はい。攻勢開始地点は、太平洋側で行うのにも関わらず、第5艦隊所属の高速空母群を全て投入しないのは、いささか変に思います。」
「TF57も連れて来た方が良かったと、君は考えているのかね?」
「はい。戦闘は、戦力の集中投入を行って実施されるべきです。なのに、高速空母部隊を2隊に分け、別々の海域に投入するのはいかがな物かと、
私は思うのです。艦隊司令部の考えは分からないのではないのですが……」

シューメーカー少将は、言葉を濁しながらそう言った。
第5艦隊の主力である第58任務部隊は、7月初めの時点で正規空母、軽空母合わせて25隻の大所帯になっていたが、第5艦隊司令長官である
レイモンド・スプルーアンス大将は、近い内に実行されるバイスエ攻略作戦に4個空母群のみを投入すると決めた。
第58任務部隊は、計6個の空母任務群を有している。
6個中、4個の任務群はバイスエ戦線に投入するが、2個はそのまま、レスタン方面で警戒に当たらせるというのだ。

これに対して、前任者のマーク・ミッチャー提督から指揮を引き継いだシャーマン中将は、

「確かに、レスタン方面に敵艦隊が接近するという可能性も無くは無いが、敵側も、我が艦隊の主力がバイスエ方面に移動した事を察知し、主力の
航空隊をバイスエに回して防御力を増すかもしれません。守りに入った敵が異常な強さを発揮する事は過去の戦訓で明らかになっています。
レスタン方面の沿岸防備は、海兵隊航空隊や陸軍航空隊に任せ、残りの2個任務群もバイスエ戦線に投入するべきです。」

と、スプルーアンスに反論したが、逆に、

「TF58の主力全てをバイスエ攻略に回した場合、我々が居ない隙を見計らって、敵がレスタン方面に向けて攻勢を仕掛ける可能性もある。その時、
敵戦線後方に深く回り込む事が出来るのは、洋上を高速で疾駆出来る高速空母部隊しか居ない。私としても、主力を全て投入したいと思うが、敵は
常識破りな行動を得意とするシホールアンル軍だ。ここは念を入れて、主力の一部をレスタン方面に置き、敵に睨みを利かせた方が良い。」

とまで言われた。
その会議の後、第58任務部隊とは別の高速空母部隊である、第57任務部隊が編成された。
第57任務部隊は、レスタン方面に居残った2個空母群の事である。
指揮官には、長い間空母任務群を率いてきたジョン・リーブス中将が任命され、7月1日よりTF57の指揮を取っていた。
また、これとは別として、旧式戦艦のアリゾナ、ペンシルヴァニアを主力とする第56任務部隊も新編され、指揮官には歴戦の巡洋艦部隊指揮官である、
ウィリアム・バーケ少将が任命された。
高速空母部隊の主力と、火力支援部隊の一部を念のためレスタンに置いた第5艦隊は、残る4個空母群と火力支援部隊。そして、バイスエ攻略戦で
活躍する予定である第5水陸両用軍の4個師団を引き連れ、マルヒナス運河を抜けようとしていた。
先発隊である第58任務部隊は、24日の作戦開始よりも早い7月20日には、バイスエ領沿岸と、シホールアンル帝国とバイスエ領境部の沿岸
付近を空母艦載機で攻撃する予定が立てられている。
最初の第1目標は、バイスエ領北東部にあるフバイスク港周辺の在泊艦船や、航空基地であり、その次には、シホールアンル帝国領に点在する
航空基地を艦載機で叩き、24日までに、上陸地点クルキュドラを含むバイスエ領沿岸の制空権の確保を目的として、航空作戦を展開する予定だ。
海兵隊の上陸作戦が成功するか否かは、TF58の働き次第と言えた。

「参謀長の言う事も分かるが、今は決められた戦力で任務を完遂する事を考えよう。主力任務群の一部が無いとはいえ、TF58は空母17隻、
艦載機1300機以上を有する大機動部隊だ。堅実に行けば、敵に負けはしないよ。」

「……司令官のおっしゃる通りですな。」

シャーマンの言葉を聞いたシューメーカーは、くよくよと考えてはいかぬと心中で決めた。

「機動部隊の陣容がどうのこうのと話すのは、もう良いとして。明後日の航空攻撃の事に関してですが、やはり、最初の第一波は戦闘機中心で
編成いたしますか?」
「それがいいだろう。」

シャーマンは頷いた。

「バイスエには、敵もかなりの数の航空部隊を展開させていると聞く。恐らく、戦闘ワイバーンも相当な数に上るだろう。敵の戦闘ワイバーンを
減らすにも、最初はF6F、F4U中心で固めた方がいいだろうな。」
「では、最初はファイターズスイープで行かれるのですな。では、その後は戦爆混成のみで反復攻撃を行い、フバイスクの在泊艦船並びに、
航空基地の撃滅を狙う。という方針で宜しいでしょうか。」
「それで良いだろう。最初の1日目で、フバイスクにある3つの航空基地を全て叩き潰したい所だが……さて、実際はどうなるかな。」
「攻撃開始日の天候は晴れとの予報が出ています。予定通りいけば、攻撃は上手く行くでしょう。」
「予定通り………か。」

シャーマンは、噛みしめるようにそう呟いた後、首を振りながら苦笑を浮かべた。

「今度こそ、そう行って貰いたい物だ。これまでの戦いでは、予定通りに言った試しがないし、全体的には予定通りには見えても、常に
少なからぬ損害を出しているからなぁ。」
「確かに。」

シューメーカーも、顔に苦笑いを張り付かせた。

「ただ、今回からは、我が機動部隊にも新型艦載機が配備されています。数は未だに少ないですが、彼らの活躍次第では、機動部隊の損害を
これまで以上に少なく出来るでしょう。」

「ベアキャットの事だな。」

シャーマンは、TG58.2とTG58.3に配備されたばかりの、新型艦戦の名を口に出す。

「君の言う通り、今度ばかりは、母艦の損害だけでもゼロに抑えたい物だが……実際どうなるかは、戦ってみないと分からないがね。」

シャーマンは、自分を戒めるかのような言葉を吐いた後、軽く溜息を吐いてから、漆黒の洋上を見据えた。
第58任務部隊は、会合地点に向けて着々と進みつつあり、先に到達したTG58.1は、会合地点で待機していた給油艦部隊との間で、
燃料補給を始めつつあった。


7月23日 午前11時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

「あーあ!最近はストレスの溜まる事ばかりで嫌になるねぇ!」

シホールアンル海軍総司令部の情報室主任を務めるヴィルリエ・フレギル中佐は、苛立った声を上げながら、総司令部からさほど
離れていない場所にある小さな公園に足を運んでいた。
彼女は司令部内の業務に勤しんでいたが、つい先程、総司令部の幕僚2人相手に議論を終え、気分転換がてらに公園までぶらぶらとやって来た。
ヴィルリエは相変わらず、軍服を着崩した格好のままであるが、今は夏と言う事もあって、部分的に冬場よりも露出が多くなっている。
傍目から見れば、どこぞの売春婦が公園でエサを釣ろうとしているような格好である。

「……アメリカさん相手じゃ、今は何も出来ないと言っているのに……あの石頭連中と来たら、しつこく戦力を出して敵を少しでも叩くの
繰り返し……戦力なんか出したら、艦隊は即死するんだぜ……たく。」

ヴィルリエは愚痴をこぼしつつも、暑さで額に滲む汗をハンカチでぬぐいながら、ゆっくりとした足取りで公園の奥にある木のベンチに向かって行く。
彼女は、仕事場で何かあった時は、必ず、公園の奥側にあるベンチに座ってボーっと思案する事で気分転換を図っている。
彼女がいつも座るベンチは、夏でもよく木陰の下にあるうえに、涼しい風が良く吹き込んで来る為、海軍総司令部に配置されてからは、
そのベンチは彼女が休憩用に使う指定席のような存在となっていた。

「そろそろ……って、あれ?」

ヴィルリエは、“指定席”から30メートル程離れた場所で、一瞬立ち止まった。
彼女の指定席には、既に先客がいた。

「誰だ?あたしの指定席を占領した奴は……」

ヴィルリエは、さほど気にする事も無く、せめて、指定席を乗っ取った相手の顔を確かめようと、そのまま歩を進めた。
指定席に座っている人物は、頭に帽子を被っており、上半身は肘までの部分しか裾の無い水色の羽織物に、胸元だけを覆い、腹の部分の無い
運動着用の服、下には濃緑色の質素なズボンを穿いている。
体つきからして女性である事は間違いなかった。
どこかで運動をした後に、そのベンチで休んでいるのであろうが、ヴィルリエは直後、その人物が身に付けているある物に注視した。
その人物は、目を黒い何かで覆っていた。
(あれは……眼鏡?)
ヴィルリエは、形状からしてその黒い物が眼鏡であると分かったが、彼女にしてみれば、レンズ部分が黒い眼鏡を見るのは、生まれて初めての事である。
(あんな眼鏡、うちの国にあったっけ?それと……)
ヴィルリエは、黒い眼鏡を身に付ける謎の人物の髪に注目した。
ベンチに座っている女性の髪はポニーテール状に束ねられており、紫色の髪が風に揺れている。
彼女の友人にも、同じような髪の色を持つ者が居る。
ここシホールアンルでは、髪の毛が紫色の人物は多く居るが、ヴィルリエはリリスティほど、艶やかで綺麗な色合いの紫髪は見た事が無かった。
ベンチに座って、首を垂れた形で休んでいる女性の髪は、リリスティのそれと勝るとも劣らぬほどの美しさがあった。
(綺麗な髪の色をしてるなぁ……リリィの髪も、あんな感じだったわね)
ヴィルリエは、心中でそう呟きつつも、黒眼鏡の女性の側を通り過ぎようとした。
その時、不意に黒眼鏡の女性が顔を上げ、ヴィルリエと視線があった。

「お……やっほー。」

黒眼鏡の女性は、唐突に、親しげな動作で右手を上げ、聞き覚えのある気軽な声音で挨拶をしてきた。

「久しぶりだねぇ。」
「え……まさか、リリィ?」
「そうだけど……どしたの?あたしの顔に何かついてる?」

黒眼鏡の女性……もとい、黒眼鏡をかけた帽子姿のリリスティは、口元に笑みを浮かべながらヴィルリエに聞く。
目線が分からず、口元だけがニカッと笑う姿は、ヴィルリエにとってやや不気味に思えた。

「その顔についている眼鏡は何だ?というか、それであたしの顔が見えるの?」
「?」

狼狽するヴィルリエに首を傾げたリリスティは首を傾げたが、直後、自分が身に付けている黒眼鏡に気付き、それを外した。

「これの事ね。ご心配なく、ちゃんと見えてるよ。」

彼女は、手に取った黒眼鏡をヒラヒラとかざしながらそう言った。そこに居たのは、紛れも無くリリスティ本人であった。

「これね……サングラスって言う奴なんだ。分かり易く言えば、日よけ眼鏡かな。」
「サングラス?」

ヴィルリエは、初めて聞く言葉にポカンと口を開けてしまった。

「アメリカで作られた物よ。レイバンサングラスって呼ばれているみたい。アメリカでは、マッカーサーとかいう将軍が常に身に付けているようだよ。」
「アメリカ製なんだ……でも、なんでリリィがレイバンなんとやらっつー物を持ってるの?」
「ルイクスからの贈り物なんだ、これ。何でも、前線で兵士から戦利品を幾つか貰って、その中の1つがこれだったと。で、ルイクスが気を利かせて、
あたしに送って来たんだ。なかなか悪くないよ、これ。」

リリスティはサングラスを見つめながら、ヴィルリエに説明する。

「あたしは休暇中に、気分転換がてらに体を動かしているけど、夏の走り込みの時は結構役に立つよ。いつもは、あの嫌らしい夕日に目を覆う
事もあったけど、これを付ければ、あの陽光も何のその。目の負担を軽くする事に関しては、この眼鏡は良く出来ているよ。」
「でも、夜中に付けたら見えにくそうだねぇ……」

ヴィルリエは、リリスティが持つサングラスに注視しながら言う。

「昼間専用の眼鏡だから、仕方ないね。どうかな?」

リリスティは、サングラスをヴィルリエに差し出した。

「ヴィルも付けてみる?」
「いいの?じゃあ、ひとまず。」

リリスティからレイバンのサングラスを手渡されたヴィルリエは、自分の眼鏡を外し、恐る恐ると言った様子でサングラスを身に付けた。

「ふ~ん……ちょっと薄暗いけど、真っ暗という程でも無いね。あっ、厳しい陽光が何か柔らかく感じるなぁ。」

ヴィルリエは、初めて体験するサングラス越しの世界に拍子抜けしていた。
サングラスは、見ただけでは真っ黒な塗料を塗り付け、視界を潰した意味の分からない物にしか見えないが、実際はそうでもない。
サングラスのやや薄暗い視界は、厳しい陽光を和らげる効果があり、ヴィルリエ自身、サングラスを付けてその有難みを体験する事が出来た。

「どうも。これ、返すよ。あんたのいとこも、良い戦利品を送って来たわね。」
「ルイクスは昔から、物の見る目があるからね。」

リリスティはそう返しながら、ヴィルリエからサングラスを受け取った。
ルイクスとは、リリスティの親戚関係でもあるルイクス・エルファルフ陸軍中将の事である。

「隣にお邪魔してもいいかな?」

「いいよ。ヴィル。」

リリスティはヴィルリエにそう答えると、ヴィルリエが右隣に座って来た。

「しかし、ヴィル……少しまともな格好をした方がいいんじゃない?」
「ん?この格好の事?いやいやいや、夏は暑いんだから、多少着崩したっていいじゃない。それに、ホラ、今から忌々しい昼間が来るんだよ。
厚着なんかしてらんねぇよ。」
「いや……いくら暑いからってねぇ……せめて、谷間モロ出しの部分を隠したらどう?それだけでも多少まともになるんだけど。」
「そういうリリィだって、なかなか官能的な姿をしてるじゃない。」

ヴィルリエはニヤリを微笑みながら、リリスティの体をじろじろと眺め回す。

「いやぁ、隠してはいるけど、見える所は見えてるねぇ。張り出さんばかりの谷間!それに、これ見よがしに見えるへそ!微妙に腹筋が浮いてる
のも、またいいねぇ……それに加えて、中途半端に被った羽織モンが、あんたの褐色の体に付いている妖艶さを更に引き出してるねぇ。」
「ちょっと。あんたはどこぞの変態親父か!」

リリスティは顔を赤らめながら、慌てて薄水色の羽織物で肌の露出部分を隠そうとするが、胸元の部分だけはどうしても隠し切れなかった。

「………さて、と。それにしても、珍しい物よね。」

ヴィルリエは、口調を改めてリリスティに質問を投げ掛けた。

「“年末年始”しか帰る時間が無かったリリィが、この夏真っ盛りの時期に、首都の辺鄙な場所でのんびりとしているなんて。」
「………あまり、話したくなかったんだけど。」

リリスティは、幾分、沈んだ声音でヴィルリエに答える。

「あたし、3日前から休暇でここに来てるんだ。」

「3日前から……最近のバイスエ戦線の情勢は知らなかったの?」
「いや。休暇で艦隊から離れる直前までは、本国から情報を集めていたよ。ある程度の事は知っている。」
「新型艦載機が現れた事も?」

その瞬間、リリスティの目付きが変わった。

「え?ヴィル、それはどういう事?」
「……その様子じゃ、7月20日から行われている航空戦の様相を、全て知っているようじゃないようだね。まっ、あたしも新型艦載機の情報を
知ったのは、今から2日前だったから無理も無いけど。」
「あたしが聞いた話では、バイスエ沿岸の陸軍航空隊が、アメリカ機動部隊と戦って戦力が大幅に削られた上に、航空基地も反復攻撃を受けて
大損害を受けた、とまでは聞いた。その戦闘中に、新型艦載機が現れたと?」
「ええ。」

ヴィルリエは頷いた。

「撃墜機から脱出した捕虜の話では、あの日現れた新型艦載機は、ベアキャットと呼ばれる新しい戦闘飛空挺で、ヘルキャットの後継機のようね。
戦闘詳報によれば、ワイバーン隊は空戦中、34騎で18騎のベアキャットと渡り合った結果、3機を撃墜するも、逆に7騎を失い、8騎を傷付け
られている。」
「34対21で、この結果……」

リリスティは、ワイバーン隊の被害の大きさと、それと戦った新型機の損害が少ない事に驚く。

「2:1の割合でこちらの負けだね。こうなった原因としては、まず、ベアキャットの性能が、ヘルキャットよりも格段に向上していた事。特に、
運動性能ではヘルキャットなんて、目じゃない程の性能だったようだね。それでも、ワイバーンの空戦機動には及ばないとは報告にあったけど、
これはこれで問題ね。そして、次の問題が、敵機同士の連携がいつも通り機能していた事。情報によると、敵新型機は常に2機1組の態勢を
維持しながら、ワイバーンと渡り合ったみたい。それに対して、ワイバーン隊は1対1の戦闘方針で戦ったから、数が多いのにあちこちで、
数的不利になって撃ち落とされるという笑えない事態が発生している。」
「1対1?ワイバーンの戦闘方針は、陸軍でも海軍でも、2騎ずつ組んで空戦を行う筈じゃ……」

「迎撃に出たワイバーン隊は、促成訓練で出されたお陰で錬度不十分だった。要するに、互いの錬度の問題が、勝敗を分けたって事。」

それから……と言いながら、ヴィルリエは深呼吸をした。

「20日の航空戦では、1つの悲劇が生まれた。その悲劇は、陸軍のドシュダム戦闘隊とアメリカ軍艦載機の戦闘で起こった。」
「まさか……例の新型艦載機が、ドシュダムを?」
「ええ、そのまさかよ。ドシュダムは34機で出撃し、対するアメリカ軍機は、あのベアキャットが16機だけ。アメリカ側は、ワイバーン隊よりも
数は少ない。2倍以上の戦力差で完全にドシュダム隊が有利だった。しかも、ドシュダム隊がベアキャットよりも高度を取った状態での戦闘開始、
というおまけ付きでね。その結果……ドシュダム隊が19機を失い、ベアキャットは喪失無し。完全な敗北よ。」
「………」

リリスティは、声が出なかった。
ドシュダムがアメリカ軍戦闘機……特に艦載機に対して苦戦する事はよく知られているが、どんなに苦戦したとしても、何機かは必ず落としている。
だが、今回に至っては、相手が劣勢だったにもかかわらず完敗という結果に終わっている。
双方合わせて50機もの戦闘機が戦ってこの結果であるから、新型艦載機ベアキャットの空戦能力がどれだけ優れているかは、誰の目にも明らだ。

「捕虜からの情報では、ベアキャット乗りは、大半が過去の戦闘を経験して来たベテランで占められているようね。ワイバーン隊やドシュダム隊が
惨敗を喫したのも納得がいくわ。」
「それにしても、一介の捕虜が、よくそんな詳細な情報を知っていたわね。」
「ええ。何しろ、その捕虜自体が、ベアキャットのパイロットだったからね。不幸中の幸いとはこの事よ。まぁ、今頃は、頭に血が上った尋問官から
熱烈な歓迎を受けまくっているんだろうけどね。」

ヴィルリエは何気無い口調でそう言い放った。

「それからは?」
「ずっと、連合軍側が押しまくってるよ。洋上には、敵の大機動部隊。そして、南からはわんさかとやって来る敵の航空部隊。今は準備攻撃の段階だけど、
敵の主力部隊は、遅くても3日後にはバイスエに雪崩れ込んで来る。あとは、バイスエ駐留軍がうまく立ち回れるか否かだね。」
「そう………」

リリスティは、表情を曇らせた。

「………リリィ。別に思い詰める事は無いよ。」

ヴィルリエは、リリスティに向けて言う。

「今、リリィはまた、あの海戦で負けた事を悔やんでいたね。」
「え……う、やっぱり分かってた?」
「モロわかりよ。顔に出てるほどね。」

ヴィルリエは、語調を強めてそう言う。

「ハッキリ言うけど。例え、レーミア沖海戦で勝ったとしても、今の状況が訪れる事は避けられなかっただろうね。」
「え……ヴィル。それはどういう事?あたしが頑張っても、そんなのは無駄だったと言いたいの!?」
「アメリカの決断次第では、無駄だったろうね。」

憤るリリスティに構う事無く、ヴィルリエはそう断言した。

「アメリカは、あたし達シホールアンルの基準では計れない程の力がある。そして、彼らはこの戦争に、全てを掛けている。リリィ、
アメリカは、このシホールアンルを潰す手段を既に手にしているんだよ。リリィも、あたしも軍人だから、このシホールアンルの事は
良く知っている。過去の戦争で、シホールアンルは相手国を潰すと決めたら、最後までそれをやり遂げている。その出番が、今度は
このシホールアンルに回って来たんだよ。」
「……ヴィル。あんたは……何を知っているの?」
「大した事は知っていないさ。でも、捕虜達の情報を集める事で、これだけは知る事が出来た。」

ヴィルリエは、リリスティの目をじっと見据えた。

「この戦争は、もはや、シホールアンル帝国が勝てない事を。そして、アメリカは、今のシホールアンルの体制が覆らない限り、決して
容赦しない事を、ね。」

「な……何を言っているの!まだ……まだ軍は戦える力を残している!」

リリスティは、思わず立ち上がった。

「竜母機動艦隊は奇跡的に、まだ再編が出来る!そして、陸軍も戦力を有している!今度こそ、敵に大打撃を与えて侵攻を止められれば、
それを機会として講和の糸口を掴める!」

彼女は、声を荒げてヴィルリエに言い放った。
だが、ヴィルリエは予想通りといった口調で反論した。

「……アメリカや連合国は、それを否定しているんだけどな。今の政権が存在するままなら、どんなに足掻いても講和出来ないね。無論、
シホールアンルは大国だから、あと数年は粘れるかもしれない。」
「当然よ!どんなに長い戦争でも、帝国軍は耐え抜いてきたからね。」
「でも………国民は耐えられると思う?」

ヴィルリエの答えに、リリスティは即座に答えようとする。

「勿論よ!帝国本土には敵が…………」
「そう。問題はそこだよ。」

ヴィルリエは頷きながら、リリスティに言う。

「今までの戦争では、どんなに長引いても国民は団結して来た。過去に起きた、建国時の大戦争の中では、北部の山岳地帯に全国民が立て籠り、
機を見て反撃して国土を取り戻した時もあった。でも、それらは全て、後方に敵の侵入を受けなかったか、例え侵入を受けても、しっかりとした
統制で後方の基盤を強固に維持できたか……リリィ、今回の戦争では、その後方にすら、大打撃を与えられているんだよ。」

ヴィルリエは、悲しげな表情を浮かべながら、空に顔を向ける。

「ヴィル………」
「リリィ。見てよ、いい空だね。」

ヴィルリエは、儚げな口調でリリスティに空を見るように促す。
リリスティもつられて、空を見上げた。
ウェルバンルの上空に掛かる空は、雲の少ない、済んだ青色に包まれていた。

「あの空から、アメリカの連中は大量の爆撃機を送り込んで来ている。リリィ、アメリカ軍は、帝国本土の南部に爆撃をやりまくっている。あたしが
聞いた話だと、南部地域の産業は壊滅状態で、人口の流出が未だに止まらないようだよ。」
「つまり……南部は既に、荒廃しつつあるという事ね。」
「ああ。今まで、守って来た“後方”が滅茶苦茶にされてしまったのさ。」

ヴィルリエは、リリスティに顔を向けた。

「力の強い国は、更に強力な兵器を前線に投入して来る。今回のベアキャットでもそうだよ。リリィは、この現状を知って、尚もアメリカ相手に、
自分の望む戦いが出来ると考えているのかい?」

リリスティは、ヴィルリエの辛辣な口調の前に、何も言い返す事が出来なかった。

「………」
「………ごめんなさい、リリィ。言い過ぎちゃったね。」

ヴィルリエは、答えに窮するリリスティを見て、自らのしでかした行為を反省する。
だが、リリスティは、ヴィルリエの言葉に怒らなかった。

「いや、いいのよ。前線にばっかり目が行っていたあたしが悪いわね。ヴィルの言う通りだわ。」

彼女は、すまなさそうな口調で行ってから、頭を下げた。

「って、この流れ、前にもあったような……」

それから、デジャブを覚えたリリスティは、ぼそりと呟いた。

「いやいや、あたしも悪かったわ。最近は妙にイライラしてたから、つい……」
「イライラと言うと、総司令部の勤務もやはりきついのかな?」
「いや。情報室の勤務自体は別にきつくは無いんだけど………幕僚連中との会議がねぇ……どうも、連中は頭が固くて、会議の度にネチネチと
突っ込んで来るのよ。お前らガキかよ!って何度叫ぼうと思った事か。」

ヴィルリエは、額を抑えながらそう言った。
彼女の落ち込み用からして、会議の際のストレスは相当な物のようだ。

「今日も幕僚2人と会議があったけど、案の定、連中はクソすぎて駄目だわ。ねぇリリィ、いっそ、あんたが全海軍の指揮を取ってくれない?
いや、全海軍とは言わず、せめて、総司令部のナンバー2ぐらいになって欲しいなぁ。」
「ちょ……!あ、あたしには無理だよ!」

リリスティは、急に慌てた口調で反論する。

「あたしには……その、前線指揮官としての義務があるし!それに、まだ34歳と若いし、中央司令部の椅子なんて似合わないよ!」
「若干34歳で海軍大将になったくせに、そう言うか。」

ヴィルリエは、引き攣った笑みを浮かべながら、嫉妬の念がこもった言葉を吐く。

それに気付いたリリスティ、内心まずいと思った。
(やば、ヴィルのヤツ。上手いこと昇進してんのにねぇ、とか思ってるな……)

「はぁ……リリィがそう言うんなら、別に勧めはしないさ。でも、一度は後方の仕事も経験した方がいいと思うよ。あんたは前線勤務ばかりだからね。」
「……そう言われると、ヴィルの言う通りかもね。」

リリスティは頷いた。

「しかし、この公園で気分転換がてらにと思って来たら、まさか、リリィに会えるとね。」
「はは、暇人ですいませんね。」

リリスティは苦笑しながら、そう答えた。

「っと、じゃあヴィル、私はこれで失礼するね。」
「お……もう行くのかい?もう少しゆっくりして行ってもいいのに。」
「いや、もういいよ。せっかくの休憩を邪魔しちゃ悪いし。」

リリスティは、それではと言いながら、軽い足取りで走り去って行った。


午前11時45分 海軍総司令部

「うぃーす、今戻ったよー。」

海軍総司令部内にある情報室に戻ったヴィルリエは、中で働いている3人の部下達に向けて戻った事を伝えた。

「ちーっす。」
「おっす、主任。」
「あっ、お帰りなさい。」

3人の部下達は、どこか小慣れた口調で挨拶を返して来た。

「主任、つい今しがた、バイスエの海軍分遣隊より総司令部当てに発せられた魔法通信の写しです。」

情報室にいる体の大きな男性将校が、のっしのっしといった感じで歩み寄って来た。

「海岸地区に関する続報かい?」
「ええ。」
「どれどれ……うわぁ~、これ、朝以上に酷くなってるなぁ。」
「ええ。ホント、たまげたなぁと言う感じですよ。」

ヴィルリエは、頬を掻きながら部下から渡された紙の内容を読んで行く。
現在、バイスエ領南東部沿岸の海岸には、上陸部隊を乗せたと思しき大船団がすぐそこまで迫っており、上陸地点と予想されている
クルキュドラ海岸には、昨日の早朝から、確認出来るだけでも戦艦4、または6隻。巡洋艦6隻、駆逐艦10隻以上が居座っており、
その他多数の支援艦艇と洋上の空母機動部隊から発艦した艦載機によって、猛烈な砲爆撃を受け続けている。
砲爆撃は、夜間も絶えず行われ(昼間よりはかなり少なかったが、海岸付近の守備隊は、砲撃と爆撃の振動で寝付けない将兵が多かった)、
今日の早朝からは、昨日と同じように、戦艦、巡洋艦、駆逐艦を始めとした砲撃支援艦艇や、空母艦載機のよる砲爆撃が再開され、
海岸の陣地帯をこれでもかとばかりに荒らしまくった。
米機動部隊は、クルキュドラを攻撃するだけでは飽き足らず、今日の午前10時頃には、バイスエ領との領境に近い、帝国本土南部の
港に空襲を行った。
その際、シホールアンル軍は、動員可能なワイバーン隊を投入して、本土南部に迫った米機動部隊と、クルキュドラ周辺のアメリカ艦隊
に航空反撃を実施した。
総数300騎以上ものワイバーンを投入した航空反撃は、米機動部隊の卓越した防空システムの前に多数の損失を出して失敗し、
戦果は敵機34機撃墜、空母と護衛艦艇、合わせて4隻に損害を与えただけであった。
これだけでも、バイスエ駐留軍にとっては大きな痛手となったが、アメリカ機動部隊は、バイスエ駐留のワイバーン隊が航空反撃を行う直前、
航空基地攻撃のために200機の攻撃隊を発艦させており、それらの攻撃隊は、主力ワイバーン隊が出払ってもぬけの殻に近かったワイバーン基地に
襲い掛かった。
クルキュドラ周辺には大小合わせて5つの航空基地があったが、連日の航空戦で大きなワイバーン基地を1つと、飛空挺隊の基地を
1つ失っていたが、米機動部隊の空襲を受けるまでは、未だに3つの航空基地が使用可能であった。
だが、航空反撃の為に、主力ワイバーン隊を出撃させていたシホールアンル側は、米空母部隊艦載機に虚を衝かれた形となり、午前10時
までには、米機動部隊から発艦した第2次攻撃隊140機の猛攻を受け、3つの航空基地は全て、壊滅状態に陥った。
バイスエ駐留軍の航空戦力は、航空反撃の失敗と、主要航空基地の壊滅という大打撃を受けた事によって、稼働戦力の3割以上を喪失すると
言う事態に陥った。

それに加えて、現在、バイスエ南部のワイバーン部隊は、南方より迫り来る連合軍航空部隊の猛攻を受けている最中であり、航空戦力の維持は
ますます困難になりつつあった。
航空戦力の激減と比例するかのように、海岸付近の守備隊の損害も漸増している。
クルキュドラ地方には、陸軍の第91軍6個師団が展開しており、そのうち、2個師団が海岸防備部隊となっていたのだが、連日の猛爆撃によって
守備隊の損害は甚大な物となり、現時点では、両師団ともに、戦闘力が通常の70%にまで落ち込んでいた。
これは、海岸付近の防衛が非常に困難になった事を意味しており、近々開始される米軍の上陸作戦を阻止する事は、実質的に不可能となった。

「クルキュドラに米軍が上陸したら、バイスエ南部の20個師団は北と南から挟み撃ちに合うわね。」
「陸軍さんの方でもそれを危惧してか、第91軍への増援として、バイスエと本国領境沿いに温存していた駐留軍予備隊のうち、石甲師団を含む
3個師団をクルキュドラに向かわせているようです。ですが、この急行中の増援部隊も、現在、連合軍機の相次ぐ空襲を受けて思うように進めて
いないようです。」
「うわ……バイスエ領はまさに大火事だね。」

ヴィルリエは顔をしかめた。

「他に新しい情報は無い?」
「今の所はこれだけですな。」
「……わかった。引き続き、情報の収集に努めるように。」
「了解です。」

部下は頷くと、自分の席に座った。

「そういえば、例の情報については、何かわかった?」
「敵さんの新型空母の情報ですな。」

先程、報告を伝えた部下とは別の部下が、ヴィルリエの言葉に反応した。

「新しい情報は何も入って来ておりません。謎の新型空母の性能に関しては、2日前に上がった情報の通りと見ていいでしょう。」

「情報の通り……ねぇ。」

ヴィルリエはため息を吐きながら、自らの机に置いた報告書を手にとって、その内容に目を通して行く。

「これほど、情報が間違いであって欲しい思った事は、今までに一度も無いよ……」

その報告書は、2日前の空襲で撃墜された、米艦載機のパイロットから聞き出した新型空母の情報が乗っていた。
ヴィルリエは、午前中の会議でこの新型空母の存在を2人の幕僚に知らせたが、幕僚達は、その空母の持つ性能を耳にした時、
ヴィルリエの正気を疑うような言葉を発したが、ヴィルリエ自身、この報告書に書いてある内容を素直に信じられなかったほどだ。

「アメリカ海軍の新型空母……リプライザルという名前の大型空母が近頃、敵機動部隊に配備された模様。新型空母はエセックス級空母よりも
大型であり、航空機搭載量は、最大でも130機前後に上る模様……130機ってどういう事なの。」
「いや、本当にアメリカさんは卑怯ですな。」

部下があきれ顔で言って来る。

「エセックス級で100機搭載ですよ?100機もの航空兵力と言うと、自分達がプルパグント級竜母でやっと成し得た搭載量なのに、
アメさんはリプライザルという名の新鋭空母に130機も積むとは。はっきり言って積み過ぎですよ。」
「おまけに、でかくなった分、対空兵器も余分に積んで、エセックス級以上に防御力も上げている筈。アメリカ人の事だから、恐らくは、
被弾に対する防御力もエセックス並みに施しているでしょうね。」
「……そのリプライザルっていう空母を撃沈するには、一体、何騎のワイバーンが必要になるんすかね。」

部下が、沈んだ声音でそう言って来た。
シホールアンル海軍では、エセックス級空母を1隻大破させるには、最低でもワイバーン100機は必要であると考えており、撃沈する時は
その5割増し……150機は必要という試算を出している。
(この数字は、敵機動部隊上空の援護機や、艦隊の護衛艦の数を考慮した結果である)
だが、その数字は、ワイバーン隊の錬度がまだ高かった昨年の11月頃に出された物であり、現在では、大破に至らせるにはワイバーン150騎。
撃沈までにはワイバーン180~200騎は必要と考えていた。

だが、リプライザルと言う名の新型空母は、どう考えても、100騎や200騎のワイバーンで対応しても処理出来ぬ可能性が充分に高かった。
敵の新鋭空母の性能は、敵の捕虜から得た情報を又聞きしただけで、未だにその詳細は明らかになってはいないが、少なくとも、エセックス級
空母よりは確実に大型であり、航空機搭載力は、わかるだけでも最低は130機、対空戦闘力は、船の大きさを考慮して、前級よりも向上して
いる事は容易に想像が付く。

(敵空母は、爆弾を10発以上当てても沈まない。でも、飛行甲板は破壊できるし、魚雷を少なくとも2本を叩き込めば脱落させられ、
4、5本当てれば撃沈は出来る筈。リプライザルでもそれは同じだと思う。でも……それに至るには、一体、いくつのワイバーンや、
飛空挺が犠牲になるのだろうか)

ヴィルリエは、これまでの海戦で、米空母を撃沈する度に味方ワイバーン隊もまた、甚大な損害を被り続けている事を知っている。
その影響で、海軍航空隊のワイバーン隊は、ベテラン竜騎士を大量に失ってしまい、今では、対米戦開戦時とは比べ物にならぬほど、錬度が
低下している有様である。
現在の状態で、敵の護衛戦闘機や、護衛艦に守られたリプライザル級空母を、果たして、撃沈に追い込めるのだろうか?
ヴィルリエは、心中にそのような疑問が湧き起こったが、すぐに答えは出てしまった。

(いや、今の状態では、リプライザルという名の新型空母は沈められないかもしれない。というか、沈めるどころか……一時的に脱落させる
事すら可能かどうか……)

彼女は、海軍航空隊の現状の前にして、落胆せざるを得なかった。

「主任。主任……」
「ん?どうした?」

ヴィルリエは、暗澹たる気持ちになりながらも、平静な表情を繕って部下に顔を向けた。

「ヒーレリ領から変わった通信が届きました。」
「ちょっと見せて。」

ヴィルリエは、部から紙を受け取った。

「ふむふむ……クルヴィスタで軍と住民がいさかいを起こしたとある。珍しいね。」
「なんでも、軍の過剰な物資徴発に反抗したようです。住民の何人かは、軍に逮捕されたようですね。」
「ヒーレリ領駐留軍の将兵は、とりわけ頭の悪いクズが多いからなぁ。現地の貴族も噂では人間を使った狩猟もどきのような遊びをやっている
と聞いた事がある。」
「主任、その話は本当ですか?」
「……デマかもしれないけど……あそこに居る貴族連中の性格を考えた限り、デマでは無い可能性もあるわね。」

ヴィルリエは、さして気にも留めない口調で言いながら、愛用のキセルを取り出した。

「まっ、このような話は都市伝説のような物だから、あたしは気にしてないけどね。」
「それにしても、このヒーレリの事件は大丈夫ですかね。あそこでは、我が帝国に対する不満が意外と高いと聞きます。これがきっかけで、
何か大きな事が起きなければいいですが。」
「……見た所は、ほんの小競り合いだから、まだ大丈夫よ。」

ヴィルリエはそう言ってから、キセルの先端に葉を詰め、火を付ける。

「今大変なのは、ヒーレリよりも、バイスエの方よ。あそこは近々、敵味方の地上部隊が入り乱れる激戦地となる。もしかしたら、海軍の
出番もあるかもしれない。我々情報室は、その時に備えるために、少しでも多くの情報を集めるわよ。」


1485年(1945年)7月25日 午前7時 レスタン民主国レーミア湾

重巡洋艦デ・モインは、昨日の正午頃に軽空母ロング・アイランドⅡ、軽巡洋艦ウースターと駆逐艦6隻と共にレーミア湾に入港した後、
カレアント海軍を始めとする連合国艦艇と混ざる形で湾内に停泊していた。
デ・モイン艦長リンク・ヒューイット大佐は、時計の針が7時を回った所で、艦橋に上がって来た。

「おはようございます。」

艦橋に上がると、副長のデミトリィ・ルイスコフ中佐が挨拶を送って来た。
「おはよう。」
「……艦長、大丈夫ですか?まだ顔が青いようですが。」
「いや、まだ気分が悪いよ。」

ヒューイット艦長は、額を抑えながらルイスコフ副長に答えつつ、艦長席に座った。

「昨日は陸のバーで飲み過ぎてしまった。まさか、初対面の同盟国軍の艦長が、あんなに大酒飲みとは思わなかったよ……」

彼は、心中で後悔しつつも、昨日の飲み会は楽しめたという仄かな満足感も感じていた。
リンク・ヒューイット大佐は、今年の1月にデ・モインの艦長に就任したが、その前は重巡洋艦サンフランシスコの艦長を務めていた。
彼は今年で38歳になるが、海軍兵学校を出てからは、駆逐艦や巡洋艦の乗員として乗り組み、一貫して現場で経験を積んで来ている。
経歴から見れば、実戦も幾度となく経験して来た、塩っ気に溢れる海の武人そのものである。
だが、彼には、なかなか治せない悪い癖があった。
リンクは、幼少の頃から、初対面に対しては不必要に下手に出てしまう癖があり、学生時代は、それが原因で同級生からいじめを受けた
事もあった。
リンクはそれを直すために、海軍兵学校に入り、自らを鍛えた筈なのだが、その悪癖はなかなか治らなかった。
この悪い癖が、昨日行われた、即席の飲み会で再発してしまったのだ。

「艦長は、初対面の人に対しては妙に優しいですからなぁ。」
「自分でも呆れるほどだよ。昨日はそれに付け込まれる形で、夕方の5時から夜の12時まで付き合わされてしまったよ。」
「というより、相手が悪すぎましたな。」

ルイスコフ中佐の言葉に苦笑しながら、リンクは左舷側に目を向けた。
現在、レーミア湾は連合国海軍の各艦艇が共同で使用しているため、それぞれの艦艇が一部混じる形で停泊しているのは当たり前となっている。
デ・モインの左舷側100メートルには、リンクを二日酔いにさせた下手人の乗る船が停泊していた。
その船は、カレアント海軍の有する強襲艦、ガメランであった。
リンクは初めてガメランを見た時、その猛々しい異様に驚かされた。

全体的になだらかな曲線の多いこの艦は、古来の亀甲船を想起させる物があるが、艦首の喫水部に備え付けられた鋭いラムの影響で、まるで、
獰猛な大海獣のような印象が強い。
大きさはニューオーリンズ級重巡洋艦とほぼ同じぐらいであるが、砲戦力に関しては5インチ相当の小さな口径砲しか持たぬ為、あまり強いとは言い難い。
しかし、装甲防御は重巡並みであり、過去に撃沈された2隻の同型艦も、長い時間砲撃を加えられてやっと沈んだと言われる程の防御力を有している。
速力に関しては30ノット近く発揮できるため、なかなか早い方である。
ガメランは、頭で考えるよりも、まずは全力で体を動かせ!をモットーとする、カレアント人の気質に合った軍艦と言えるであろう。
リンクは、昨日の夕方。海岸に新設されたばかりのバーで飲んでいた所を、その艦の艦長であるアナキン大佐に出会い、酒を飲み交わした。
アナキン艦長は、自らの船の横に停泊して来た、リンクのデ・モインとウースターに興味をそそられたらしく、幾つか質問をして来た。
その中には、機密にかかわる部分もあるため、適当にはぐらかしたが、次第に酒が進むようになって、リンクはアナキン艦長の勢いに押され始め、
結局、彼は夜の12時までアナキンに付き合わされる羽目になった。

「うちらが、ガメランに対して変わった艦だなぁと思うのと同じく、あちらさんも、デ・モインに対して何か思っているのでしょう。」
「副長の言う通りだな。」

リンクは軽く頷く。

「デ・モインは、普通の巡洋艦とは違うからな。アナキン艦長が根掘り葉掘り聞きたがるのも分かるよ。そういえば、アナキン艦長はウースターの
事もよく聞いて来たな。なんで、あんな破天荒な船をアメリカは作ったんだ!?と叫んでいたよ。」
「ハハハ、傍目から見りゃ、あれはどこぞのトリガーハッピーが設計したんだ?と思う様な船ですからね。」

ルイスコフ副長は苦笑しながら、顔をデ・モインの右舷側に停泊しているウースターに向けた。
ウースターは、デ・モインと共に配属されたばかりの新鋭艦であるが、その外見は明らかに派手と言えた。
ウースターは、アトランタ級防空軽巡洋艦の後継艦として開発された船であるが、主要兵装は、新型の54口径5インチ連装砲を搭載している。
54口径5インチ砲は、38口径5インチ砲よりも砲身長が伸びており、その姿は38口径砲よりも幾らか逞しく見える。
その新式砲を、ウースターはなんと、24門も搭載しているのである。
ウースターは、54口径5インチ連装砲をまず、アトランタ級と同じように、艦の前部と後部にそれぞれ3基ずつ、階段状に配置している。
これだけでも、対空艦としては充分な重火力と言えるが、ウースターはそれに加えて、艦の左右両舷にそれぞれ3基ずつ、計6基もの
5インチ連装砲を搭載している。

艦の前後部と、舷側に配置された砲は、総計で12基24門にも上り、これは、前級のアトランタ級防空巡洋艦が有していた砲火力の4割
増しに相当する数字である。
これに加え、新式の76ミリ高射砲と40ミリ機銃、20ミリ機銃が対空兵器として搭載されており、実質的な対空戦闘力は、アトランタ級の
それと比べて、約2倍近くになると言われている。
ガメランをカレアント人気質に合った艦と評価するのと同じく、ウースターやデ・モインも、その性質上、アメリカ人気質に合った艦と
言ってもよいであろう。

「TG57.1が洋上哨戒から戻って来るまであと3日か。それまでは乗員に休養を与えられるな。」
「TF58がバイスエで奮闘しているのを見ると、どうも落ち着きませんな。いっその事、TF57もバイスエに投入すれば良い物を……」
「まぁ、そう言うな。」

リンクは艦長席かた立ち上がった。

「俺達は、レーミア湾を守るガードマンだぜ?シホット共の主力部隊は、前回のレーミア沖海戦で大損害を受けたとはいえ、まだ完全には
戦力を喪失していない。敵は必死になって、戦局を挽回しようとしている。シホットの連中が、高速空母部隊の居なくなったレーミア湾を
襲わないとは限らないからな。だから、TF57がこうして、ここを守っているんだよ。」
「なるほど……確かに、空母9隻を主体とする機動部隊が居れば、安心して後ろを任せられますからな。それに、我が軍の正規空母は、
1隻あたりの搭載機数が100機以上。リプライザルに至っては140機以上と、敵の正規竜母よりもですから、TF57だけでも
敵の主力機動部隊に匹敵します。これらの艦隊が配置に付いていれば、シホールアンル側もおいそれと手出しは出来ませんな。」
「その通り。じっと待つのも、任務の内だよ。」

リンクは、艦首側に顔を向けながら、そう答えた。
この時、彼は、デ・モインの艦首前方300メートルの所に停泊しているTF57旗艦の空母キティ・ホークの舷側で、慌ただしい動きで
内火艇に乗り組んで行く数名の士官が見えた。

「……なんだあいつら。かなり慌てているようだが、オカの上で何か忘れ物でもしたのかな?」

リンクは、さほど気にも留めないまま、再び艦長席に座った。

時間が午前7時30分を過ぎた頃、眠気覚ましのコーヒーを飲んでいたリンクは、CICの様子を見る為、艦長席から立ち上がった。

「副長。俺はCICに行って来る。ここを頼むぞ。」
「アイ・サー。」

リンクは副長に後を任せてから、CICに向かって行った。
その途中、彼は通路で、通信長とばったり出くわした。

「あっ、艦長!」
「おお、どうした?そんなに慌てて。何かあったのか?」
「はい。これを見て下さい。」

通信長は、リンクに紙を手渡す。

「……陸軍航空隊からの通信か。む?」

その時、リンクは首を傾げた。

「ヒーレリ領の複数地域で大規模な暴動が発生、一部では戦闘が起きている模様……これはどういう事だ?」
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