自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

322 第238話 ヒーレリへの道

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第238話 ヒーレリへの道

1945年(1945年)7月25日 午前8時 ヒーレリ領首都オスヴァルス

ヒーレリ領領主を務めるウルスム・クブナルヴォ伯爵は、元ヒーレリ王国宮殿となっていたヒーレリ行政庁舎の会議室で、
複数の部下と駐留軍の幕僚達と共に、机に置かれていた地図を見つめあっていた。

「今の所、ヒーレリ領内での騒乱地域は、確認されただけでも、この9つです。」
「うぬぬ……北部のみならず、敵と対峙している南部領境の近くでも反乱が起きておるのか……!」

クブナルヴォ伯爵は、肥満で膨らんだ髭面を赤く染め上げる。

「レジェノ将軍!反乱者共の鎮圧はどうなっておるのだ!?」

詰問を受けたヒーレリ駐留軍参謀長のオーボス・レジェノ少将は、平静な声音で返す。

「各地域とも、付近の師団や国内省軍を投入して鎮圧に動いておりますが、如何せん、動員兵力が少ないため、
捗捗しい成果は上がっておりません。」
「反乱部隊には、現地のヒーレリ人治安部隊が多数参加している他、軍の物資集積所が敵に奪取されたため、予備の
携行式魔道銃が敵民兵に出回っている事もあって、鎮圧隊も相当な苦戦を強いられています。特に、メレンスゲ地方
では鎮圧を行った2個連隊が逆襲にあって撃退されるという有様で、今の時点では、早急な鎮圧は見込めません。」
「……」

クブナルヴォは押し黙ってしまった。
机に広げられた地図には、敵味方を現す四角状の駒の他に、大急ぎで作ったと思われる黒い駒が置かれている。
その黒い駒が置かれた地方は現在、オスヴァルスからの統制が完全に取れない状態にあり、駐留軍の予備の部隊が
その地方に展開しようとしている。
反乱が確認された9の地域は、現在も駐留軍の部隊と反乱勢力が戦闘を行っているが、投入兵力が少ない事が災いして、
1つの地域すらも未だに鎮圧出来ていない状態だ。

「こんな時期に、住民共が反乱を起こすとは!!」

クブナルヴォは忌々しげに喚き散らした。

最初の反乱騒ぎが起こったのは、今から10時間前だ。
事は、ジヴェリキヴスから始まった。
ジヴェルキヴスにある都市、フェルベラネイン市では、食料品の徴用を行っていた軍部隊の一部は、とある事から
住民といさかいを起こした。
騒動の原因は、軍側の過剰な徴発にあったが、この時の徴発はそれ以上にも増して苛烈に行われた。
それが住民達の怒りを買ってしまった。
度重なる徴発に激怒した住民達は、何かに憑かれたかのように軍部隊に襲い掛かった。
怒りは次の怒りを広げていく。
とある兵士が、従順にならない住民を殴り倒した瞬間、どこかの店主が棍棒を振りおろして頭を叩き割る。
それを見た別の兵士は、仲間をやられた怒りに駆られて携行型魔道銃を住民に撃ち込んで射殺した。
その兵士がざまあ見ろとばかりに、残虐な笑みを浮かべた瞬間、怒りで顔をどす黒くした住民に囲まれ、
よってたかって殴られ、傷付けられ、そして殺されていく。
互いの報復は次第にエスカレートしていき、遂には、完全装備の部隊が鎮圧に乗り出すまでになった。
だが、この時、市内に居た100万の住民はシホールアンル軍の敵となっており、住民に対して(表面上では)
無言の威圧を投げ掛けていた数千のヒーレリ人治安部隊も完全に住民側に付いており、1個師団や2個師団程度では
対処出来る筈も無かった。
第299歩兵師団は市の郊外から叩き出され、すぐに応援としてやって来た第302師団と第92旅団の攻撃も、
住民達の猛烈な抵抗によって失敗に終わった。
そこから、反乱の火の手は広がっていった。
24日午後8時には、フェルベラネインから北に30ゼルド離れたヴキジュで大規模な騒乱が起き、その僅か30分後には、
隣のエーベデラネインでも反乱が発生し、ジヴェリキヴス地方全体で騒乱状態に陥った。
ジヴェリキヴスから起こった火の手は、まるで、申し合わせたかのように広がっていく。
それから2時間置きに各地で大規模な反乱が起き、今から1時間前には、クィネル地方のスバイタ川沿岸にあるチューリン
という町で騒乱が発生したとの報告が上がり、机の地図には、クィネルと書かれた部分に、新たに黒い駒が置かれたばかりである。

「領主殿。状況はあまり良くありません。ですが、手はまだあります。」
「なんだ?その手とは。」

レジェノは頷いてから説明を始めた。

「反乱地域に、本国から送られたばかりの石甲師団や機動師団を投入するのです。」
「まさか……後方の予備兵力を使おうと言うのか!?」
「はい。早急に解決するには、これしか無いと思われます。準備に多少時間は掛かる筈ですが。」
「ちょ……ちょっと待ちたまえ!」

クブナルヴォは、慌てた様子で説明を遮った。

「領境後方に配置された予備機動軍のみならず、本国から送られた部隊も投入するとなると、前線の守りはどうなってしまう?
前線が突破されたら、連合軍はあっという間に雪崩れ込んで来てしまうぞ!」
「では領主殿。我々は、外側のみならず、内側から叩かれ続ける中で戦わねばならないのですかな?」
「ぬぬ………」
「敵が一方向から来るのであれば、駐留軍も存分に戦えますが、あちこちから来られたり、後方で補給部隊相手に暴れられては
何もできなくなります。ここは、後顧の憂いを断つためにも、騒乱地域の平定は成すべきかと思われます。無論、情勢は流動的です。
これまでの経験で、事が予定通りに運ぶとは限りません。が、最悪でも、北部地区は完全に平定しなければなりません。
ここヒーレリが1日でも持ち堪えれば、それだけ、我が帝国軍の数も、質も敵に迫ります。だからこそ、騒乱地域の平定は成さねば
ならないと思うのですが……領主殿。如何ですかな?」
「………貴官の言う通りだ。」

クブナルヴォは、吐き出すかのように言葉を返す。

「その方針は、駐留軍司令官も承認しているのかね?」
「はい。」

レジェノは即答した。

「駐留軍の意思は既に決まっています。後は、領主殿。貴方の判断を待つだけです。」
「ふむ……決断せよ、と言う事だな。」

クブナルヴォはそう呟いてから、獰猛な笑みを浮かべた。

「よろしい!駐留軍は、動員可能な兵力を持って、騒乱を鎮圧せよ!反逆者に対する処遇は、駐留軍に一任するが……
この際、反乱の芽を摘むために、徹底的にやっても構わぬ。」
「はっ!すぐにお言葉を伝えます!」

レジェノはそう返事してから、同行していた副官に命令を伝えるよう指示を与えた。

「頼むぞ。敵が動かぬうちに早く態勢を整えるのだ。」
「ご安心ください。我が帝国軍は装備が整っています。今はまだ状況は良くありませんが、予備の機動師団と、
航空部隊を投入すれば、早急の鎮圧も可能でしょう。攻撃準備が整うまでは、あと3日程かかりますが。その3日が過ぎれば、
反乱も早急に鎮圧出来るでしょう。」
「うむ……バイスエ方面も気になる所だが、それはいい。将軍!駐留軍の活躍に期待しているぞ。」

クブナルヴォはそう言ってから、不意に何かを思いついた。

「そうだ。私から1つ提案があるのだが。」
「何でしょうか?」
「今回の反乱だが、各地域にそれぞれ、中心人物となる者が居るかも知れない。軍部隊は、出来ればこの反逆者を殺さずに捕えて欲しい。」
「もしや……また、やられるのですな。」
「うむ。」

クブナルヴォは満足気に頷いた。

「狩猟の獲物には最適だ。出来る範囲でも良いから捕まえて来てくれ。」

7月26日 午前7時40分 バイスエ領沖

第5艦隊旗艦である重巡洋艦インディアナポリスの作戦室では、司令長官であるレイモンド・スプルーアンス大将が、珍しく、
狼狽したような口調で、幕僚達に口を開いた。

「諸君。これは由々しき事態だ。」

彼は指示棒を取ると、壁に掲げられている地図のある部分……ヒーレリ領の部分をくるりと撫でまわす。

「コリンズ少佐が説明した通り、このヒーレリ領では住民が各地で蜂起し、騒乱状態にあると言われている。」
「陸軍航空隊の偵察機が確認しただけでも、南部地域は勿論の事、ヒーレリ領北部に近い地域でも大騒動が起こっているようです。
一部の地域では、鹵獲したシホールアンル軍の武器を使ってシホールアンル側の鎮圧部隊を撃退した、という敵信情報も入っています。」

陸軍側から連絡将校として派遣された、スティックス・コリンズ少佐も説明する。

「今の所、決起したヒーレリ住民側の方が優勢となっているようですが、今まで、ヒーレリ側パルチザンの鎮圧に当たって来た部隊は、
全てが歩兵師団であり、しかも、錬度の低い後方警備の二線級部隊ばかりです。今後は、ヒーレリ駐留部隊も後顧の憂いを断つべく、
ヒーレリ側反乱部隊に対して、重火力を有する完全充足の正規師団や、石甲師団を投入して来るでしょう。」
「石甲師団だと……敵は貧弱な武器しか持たない住民に、我が軍の機甲師団に相当する部隊を本当に持ち出してくるのかね?」

参謀長のカール・ムーア少将が疑問を投げかけた。

「シホールアンル軍石甲部隊は、今の敵の状況からして、あるだけ前線に注ぎ込みたい部隊の筈だ。ヒーレリ側反乱部隊には、歩兵師団のみを
投入すると思うが。」
「参謀長のおっしゃる通りです。長剣か矢、槍か斧。良くて、奪った魔道銃しか保有していないヒーレリ反乱部隊には歩兵師団でも充分……
いや、過剰かもしれません。ですが、敵はヒーレリ、レスタン領境沿いに我が軍が有する大軍を張り付かせられています。現地の駐留部隊が、
我々連合軍の侵攻がいつ始まってもおかしくないと考えるのは、ある意味当然と言えます。そんな危ない状況の中、不意に始まったヒーレリ領内の
大騒乱。」

コリンズ少佐は、背後のヒーレリ領の地図に顔を向けた。

「我々が確認できた反乱は、南部並びに中部地区、そして、北部地区です。この一連航空偵察で得た情報は、あまり充分な量とは言えませんが、
それでも、ヒーレリ領はまさに、パルチザン祭りといっても過言ではない状況にあります。充分とは言えぬ偵察情報でこの状態です。我々よりも、
詳細な情報を知らされているシホールアンル軍は、更に多数の地域での反乱を確認している事でしょう。」

コリンズ少佐は、ムーア少将に向き直った。

「シホールアンル軍は、状況を元に戻すために、あらゆる手段を使って反乱を鎮圧するでしょう。例え、石甲師団を集中投入し、無関係な住民も
巻き添えにしようとしてでも。」
「しかし……元は別の国とは言え、ヒーレリもシホールアンル帝国の一部であろう。帝国の臣民を、大々的に殺しまくる事はしないのでは……」
「ミスター・ムーア。それは甘いと思うぞ。」

スプルーアンスが即座に異を唱えた。

「彼らならやってしまうだろう。君は忘れたのかね?かつて、我が連合軍が解放したレスタンでは、多くのレスタン人が虐殺されている。
そのレベルはまさに、民族浄化といってもおかしくはない。」
「う……」
「参謀長。敵は余裕のある時ですら、このような暴挙をしでかすのだ。ましてや、今は戦時だ。昔と違って無敵でも無くなったシホールアンルは、
それでも戦争に勝利しようと努力している。コリンズ少佐の言う通り、シホールアンルは、勝利のためには手段を選ばない。ヒーレリ駐留軍は、
過剰ともいえる戦力を動員して、ヒーレリ反乱部隊の鎮圧を行うだろう。」
「は……では、長官。敵がヒーレリ領の反乱を鎮圧するとした場合、我が第5艦隊はどうするのでしょうか?」
「参謀長。どうするもこうするも、我が第5艦隊の主力は、海兵隊4個師団と共に上陸作戦を展開中です。」

作戦参謀のフォレステル大佐が口を挟んだ。

「今の所、上陸作戦は順調に推移しています。先鋒の第1海兵師団は、こちらの空爆と艦砲射撃で弱体化した敵の海岸守備隊を粉砕し、後詰めの第2、第4海兵師団と
共に橋頭堡を拡大中ですが、ここからが本当の勝負です。」

フォレステル大佐は、コリンズ少佐に視線を向ける。

「上陸地点の確保は、海兵軍団のお陰でほぼ成功したと言えるでしょう。現在揚陸中の第6海兵師団の上陸が完成すれば、橋頭堡の防備は確固たる物になります。
ですが、この地のシホールアンル軍は、約6個師団程が配置されており、そのうち2個師団は完全充足の石甲師団と言われています。その一方で、装甲戦力の
少ない海兵隊4個師団は、0-3ラインからそれ以上先には進めません。もし、それ以上進んだ場合、守るべき戦線が広がり、各師団の防衛範囲が大きくなり、
戦力が薄くなってしまいます。そこを敵部隊の集中攻撃を受けた場合、海兵軍団は大打撃を被る可能性があります。」
「現状は、0-3ライン確保以降は防備に徹し、南から来る味方部隊との合流を待つべきかと思われます。その防衛を支援するには、高速空母部隊が必要に
なります。参謀長、バイスエ領の敵航空戦力は、完全に消耗させたとは言い難い状況で、現に、上陸作戦中にも、3波200騎以上にも渡る敵ワイバーン部隊が
襲来して来ています。この戦区からは、1個任務群たりとも、他の戦区に回す事は出来ないでしょう。」
「むむ………」

ムーア少将は、表情を険しくし、顔を俯かせる。

「TF58は全任務群とも、この海域に残って貰う。ヒーレリ方面への対応はTF57に任せるしかない。」
「派遣軍総司令部からは、まだ何も指示を出されていません。新たな指令が無い以上は、今遂行中の作戦に集中すべきかと……私はそう思いますが。」

航空参謀のジョン・サッチ中佐が、やや控えめな口調でそう言う。
それにスプルーアンスは反応し、2度頭を頷かせる。

「航空参謀の言う通りだ。我々はまず、目先の仕事から取り掛からなければならない。ヒーレリの内乱に対し、我が第5艦隊がどのように行動するかは、
いずれ、太平洋艦隊司令部より指令が下るであろう。」
「確かに。」

ムーアがぼそりと呟く。スプルーアンスの言葉を聞いた幕僚達は、一様に同じ表情を浮かべた。

「それにしても……なぜ、ヒーレリの民達は怒りを爆発させ、このような騒乱状態を引き起こしたのでしょうか。」

兵站参謀のバートン・ビッグス大佐が、どこか憐れむような口調で言う。

「もう少し我慢していれば、連合軍がヒーレリ解放を始めていたと言うのに。」
「……兵站参謀の言う通りだ。」

スプルーアンスは肯定の言葉を呟く。
「だが、ヒーレリの領民達にとって、我々の言うもう少しの時間は、限り無く、長い物に感じられたのだろう。」
「長官……」

コリンズ少佐が訝しげな表情を浮かべる。

「私は、ヒーレリ人でもなく、また、ヒーレリという国については全く知らん。だが、ヒーレリ人は、9年もの間、
シホールアンルの支配下にあった。時には暴政が敷かれた時もあったかもしれんが、それでも、彼らは9年間耐え
続けてきた。だが、彼らの我慢も、遂に限界に達したのだろう。」

スプルーアンスは、視線をヒーレリ領の地図に移した。
北大陸では、シホールアンル帝国の2番目に大きな国であったヒーレリの地。
その地図上には、ヒーレリ側パルチザン発生を現す黒いピンが幾つも刺さっている。
その数は計9個と、少なく感じるが、その9個の黒ピンが刺さった地では、シホールアンルに反旗を翻した住民や反乱部隊が、
シホールアンル軍の鎮圧部隊を相手に、今も決死の戦いを繰り広げているのであろう。
唐突に、作戦室に通信士官が入室して来た。
通信士官はコリンズ少佐の側に近寄ると、複数の紙を手渡した。
数分掛けて、3枚の紙の内容を読み終えたコリンズ少佐は、テーブルに置いてあった黒ピンを幾つか手に取り、それをヒーレリ領の南部と、
海側に近い中部地区に刺し込んだ。

「……偵察機からの報告によりますと、新たに、3つの地域でシホールアンル軍と交戦する反乱部隊を確認したようです。そのうちの1つでは、
反乱部隊に対して航空部隊と地上部隊と共同で鎮圧を行う敵部隊の姿も確認されています。」
コリンズの報告を聞いた幕僚達は、一様に表情を曇らせた。
「参謀長。TF57に緊急信だ。」
「はっ。」
「TF57は至急、出港準備に取り掛かれと送れ。」

同日午前9時 レスタン民主国レーミア

アメリカ北大陸派遣軍総司令官であるドワイト・アイゼンハワー元帥(今年5月に昇進)は、レーミアに移動した連合国軍最高司令部の会議室内で、
連合軍各国の派遣軍司令官と共に緊急会議を行っていた。

「ヒーレリの騒乱発生は、我々にとっても寝耳に水の出来事です。正直申しまして、このヒーレリの騒動を起こした住民に対して、余りにも
無謀すぎると思う次第です。とは言え、現実に事が起こってしまった以上、我々の戦闘計画も修正を行う必要があると考えますが。」

バルランド軍北大陸派遣軍総司令官であるオルフラ・カルベナイト大将が、温和そうな表情を幾分曇らせながら言う。

「カルベナイト閣下の言われる通りですな。」

レースベルン軍司令官のホムト・ロッセルト大将(先月初めに昇進)もカルベナイト大将の言葉に賛同し、頭を頷かせた。

「アイゼンハワー閣下。もし、ヒーレリ領での騒乱を放置した場合、質・量ともに不利である反乱部隊は、遅かれ早かれ殲滅される可能性が
あります。ここは、ヒーレリの騒乱に呼応する形で、領境沿いの部隊をヒーレリ領へ向けて前進させるべきではないでしょうか?」
「ロッセルト閣下とカルベナイト閣下はそう言われておりますが、果たして、我が連合軍はヒーレリ侵攻に動いた所で、順調に解放できるでしょうか?」

ミスリアル軍司令官であるマルスキ・ラルブレイト大将は、カルベナイト、ロッセルトの意見に異を唱える。

「現在、レスタン、ヒーレリ領境沿いに配備された部隊は、アイゼンハワー閣下の指揮するアメリカ軍が4個軍、24個師団。我がミスリアル軍が
1個軍6個師団、バルランド軍が1個軍6個師団、レースベルン軍とグレンキア軍がそれぞれ3個師団ずつ。計48個師団です。それに対して、
シホールアンル軍は、領境沿いに約20個師団以上を展開させ、内陸部にも10から15個師団程度の軍を駐留させています。それに加えて、
ヒーレリ駐留軍には新たに、機動戦力として複数の石甲師団が増援として配備されたとの情報も入っています。攻める側が攻撃を行う際、その
戦力は防御側の3倍程を揃えるという原則から見て、彼我共に同数か、こちら側がやや上回っている今の状況は、力攻めを行うのには危険が大きい
と、私は判断しますが。」
「攻撃を行うか否かの前に、私としては今の戦力でヒーレリ領を侵攻する事自体が危ういと思います。」

カレアント軍北大陸派遣軍司令官であるフェルデス・イードランク大将(今年3月に昇進)も発言する。
この時、アイゼンハワーが意外そうな顔を浮かべたが、イードランク大将はそれに気付く事無く、言葉を述べていく。

「ヒーレリ領は余りにも大き過ぎる。国土の面積は、アメリカよりも若干小さいぐらいでしか無く、軍の戦闘計画をヒーレリ領への侵攻のみに
留めた場合、前進部隊は常に、シホールアンル本土からの脅威に晒される事になります。それに対応するには、前進中の部隊を援護するため、
要所に戦力を配置して行くしかありませんが、もしそうなった場合、48個師団のみでヒーレリの解放が成るとは思えません。」
「イードランク閣下の言う通りですな。」

ここで、黙っていたアイゼンハワーが、ゆっくりと喋り始めた。

「はっきりと言いますが、私としては、今、攻勢に出るのは余りにも危険が大きく、やるべきではないと判断します。下手をすれば、ヒーレリ解放を
行っていた軍が、シホールアンル本土の敵軍に側面を衝かれ、逆に包囲されかねません。制空権を握れば、ある程度の問題は解消されますが、
ここ最近はシホールアンル軍も航空戦力を回復させているため、制空権を奪ったとしても、それが維持できないのが現状です。」
「2方面に戦力が分散されていますからな。我が連合軍は。」

グレンキア軍司令官のスルーク・フラトスク大将が、陰鬱そうな口調で言う。

「バイスエ侵攻軍は、総計で68個師団が投入されていますが、そのうち、2個軍18個師団は、このレスタン、ヒーレリ戦線から引き抜いています。」
「パットンの第3軍と、ブラッドレーの第1軍を回したのは、バイスエ戦線を早めに終わらせる為だったのですが………今思うと、この2個軍をここから
抜き出した事は良くありませんでしたな。」

アイゼンハワーは額を抑えてしまった。
レスタン、ヒーレリ領境沿いに配置した連合軍部隊は、ヒーレリ方面からのシホールアンル軍の攻撃に備えられるよう、いつでも戦闘に移れる状態にあり、
もし戦闘が始まれば、ヒーレリ方面のシホールアンル軍に大打撃を与えられる自信はあり、ヒーレリ方面へ軍を進攻させる事も可能であった。
だが、現時点での戦力では、ヒーレリ方面への進出可能距離は、航空支援を受けてもせいぜい50キロ程度と言われている。
この50キロという数字は、最も良い条件で、という意味であり、その数字は、必ずしも達成出来るとは限らない。
ヒーレリ領境沿いのシホールアンル軍は、レスタン戦線でもみられたような縦進陣地を、領境全体に構築しており、しかも、防御線は領境から100キロ以上も
離れた後方地区にまで張り巡らされていた。

その上、領境付近には、防御側にとってはうってつけの森林地帯や丘陵地帯が、目に見える国境線の如く存在しており、機甲師団の戦力が最大限に発揮できる
平野部は、領境沿いに限ってはごく少ない。
シホールアンル軍が縦進防御戦術を用いた際の防御の固さは、既にレスタン戦線で身に染みている。
仮に攻勢を行ったとしても、進撃速度の上昇は見込めず、仮に防御線地帯を抜けたとしても、48個師団全てが前進出来る筈も無く、その内の幾つかの
師団は、ヒーレリとシホールアンル本土国境沿いに配置しなければならない。
とどのつまり……現有戦力で解放できる地域は、広大なヒーレリ領の、ほんの一部でしか無いのだ。
ヒーレリに生まれた自由の芽を守りたいと考えるアイゼンハワーにとって、現状は思わしくないと言えた。

「空挺部隊は、今の状況では全く当てにならない。」

アイゼンハワーは首を振りながらそう言う。

「空挺部隊は敵の後方拠点を制圧するための部隊だが、使うにはまず、早急な救援体制を確立しなければならない。これまでの作戦で空挺部隊を使えたのも、
ひとえに、地上部隊との早期合流が期待出来たからだ。だが……地上部隊が思うように進撃出来ないような戦域では、使うだけ無駄になってしまう……」

第10空挺軍団は、今年の6月から、新たに第113空挺師団と第114空挺師団の2個空挺師団を指揮下に入れており、軍団は7月1日付けで
第18空挺軍に昇格している。

第18空挺軍は、従来の部隊である第10空挺軍団と、新規編入の2個師団からなる第11空挺軍団で編成されている。
第18空挺軍の司令官には、マシュー・リッジウェイ中将が任命されており、第10空挺軍団は第101空挺師団の指揮官であったウイリアム・テイラー少将が
就任し、第11空挺軍団はジョセフ・スイング少将が指揮官に任ぜられている。
第18空挺軍の4個空挺師団と1個空挺旅団は、レスタン戦終了後も、依然として米北大陸派遣軍の直轄予備として、レスタン領南部に駐屯しており、
この部隊も投入する事は可能である。
だが、現状としては、第18空挺軍の4個師団、1個旅団を、敵地後方に空挺降下させる事は不可能である。

「………第18空挺軍は、歩兵部隊として戦う事も可能です。この際、彼らを最前線に投入する事も検討しなければいけないでしょう。
最も、今の所はヒーレリに侵攻を行うのかどうかも分からない状況ですが。」
「現状の戦力では、ヒーレリの解放は困難。それは良く分かります。しかし………ヒーレリの住民達はどうなるのでしょうか?」

ロッセルトが、複雑な表情を浮かべながらアイゼンハワーに問う。

「ヒーレリの住民達は、今この瞬間にも、圧倒的なシホールアンル軍を前に、必死の戦いを繰り広げています。彼らはきっと、我々が来てくれると、
心の中で思っている筈です。それなのに、我々が行動を起こさなければ、彼らはどうなるでしょうか。そして、彼らは我々に対して、どう思うでしょうか?」
「ロッセルト閣下。貴方の言いたい事は良く分かります。無論、私としても、今すぐに軍を動かし、ヒーレリ解放を行いたい気持ちです。ですが……先にも
話した通り、現有戦力ではそれが困難なのです。」

アイゼンハワーは、やんわりとしながらも、言葉の節々に苛立ちを含ませながらそう答えた。

「統合参謀本部では、ヒーレリ解放には、最低でも100個師団の戦力が必要であり、同時に、シホールアンル本土に対しても攻勢を行う事が必要に
なると判断されています。」
「100個師団……桁違いですな。」

ラルブレイトが驚きながら言う。

「それだけ、ヒーレリ領が広いと言う事です。」

アイゼンハワーは事務的な口調で返した。

「この数字はあくまで目安であり、ヒーレリ領解放を順調に行うには、130個師団が必要との試算も出ております。ロッセルト閣下……我々としても
動きたいのは山々です。しかし、今の状況で動いても、あたらに軍の被害が増えるだけで、得られる益は多くありません。」
「………」

ロッセルトは黙り込んでしまった。

「何度も申し上げますが……ヒーレリ領への侵攻は、現時点では大きな危険を伴います。せめて、バイスエ攻略が成り、こちらの戦線に戦力が回り切る、
今年の10月までは待機した方が宜しいかと思われます。ですが………これも、先程申しましたが、私としても、ヒーレリの早期解放は行いたい。
しかし、私個人の意志では、軍をヒーレリに差し向ける事は出来ません。」

「そうですか………」
「私としても、不本意ではありますが……残念ながら、私はこの派遣軍という組織を軍から“与えられている”だけに過ぎません。本国の方にも、
ヒーレリ反乱の報は伝わっている筈ですが、本国の判断が無い限りは、勝手に、軍を動かす事は出来ません。非常に心苦しいが、今はなんとか、
耐えていただきたい。」

アイゼンハワーはそう言うと、すまなさそうに頭を下げた。

「あなた方もおっしゃりたい事はある筈ですが、現有戦力ではどうしようもないのです。何か変わった戦法があり、それが、この兵力でも
ヒーレリ解放に繋がるのならば、話は変わって来る筈です。無論、本国の反応も、良い方向に流れると思いますが………」

アイゼンハワーはそう言い終えるなり、自分は何を言っているのかと思った。
(さっきは耐えろと言いながら、今はこの苦境を打開する方法は無いのか?と言うとは……私はどうかしているな)
彼は、心中で自嘲気味に呟いてから、深く溜息を吐いた。
その直後、黙って話を聞いていたラルブレイトが、おもむろに手を上げる。

「アイゼンハワー閣下。ヒーレリ領への侵攻作戦は、やはり、機甲師団や自動車化師団といった、機械化部隊の快速を用いた電撃戦を使って
行うのでしょうか?」
「はい。現状ではそれが最適の戦法です。敵の縦進陣地を突破するには……特に強固に構築されている最前線を貫くには、豊富な火力支援と
航空支援を受けた機械化部隊を集中して穴を開けるしか方法は無いと考えます。」
「電撃戦理論は確かに素晴らしいですが……閣下、戦争とはなにも、常にやかましく音を立てながらやるだけではない、と、小官は考えます。」
「と、いいますと?」

アイゼンハワーは首を傾げながら聞く。

「時には、そっと忍び寄ってから穴を開けるのもいいのではありませんか?」
「忍び寄る………」

アイゼンハワーはそう呟いた後、その言葉の意味を考えた。

しばしの間黙考した後、アイゼンハワーはそう来たかとばかりに言葉を発した。

「なるほど、浸透戦術ですか。」
「ええ。その通りです。」

ラルブレイトはしたり顔で頷いた。

「装甲部隊を用いた攻撃も、敵に火力を集中されれば、その足並みは遅くなっていきます。航空支援や洋上の艦船からの支援があれば、
その抵抗を退けながら進む事は出来ますが、敵も航空戦力をぶつけて我が軍の地上部隊を叩きに来ます。また、第1線陣地を突破できた
としても、装甲部隊はその後に待ち構えている敵の防御陣地を叩かねばなりません。防御線にぶつかる度に、装甲部隊の数は減っていきます。
閣下も、レスタン戦での結果はご存知でしょう。」
「確かに……」

アイゼンハワーは頷く。
先のレスタン戦では、連合国軍は主に戦車や機械化部隊を用いた機動戦術を行っシホールアンル軍を押しに押したが、その反面、被害も甚大な物となった。
作戦にあたった各機甲師団の稼働戦力は、定数の6割程度に落ち込み、酷い物では、戦車部隊の残存戦力が通常の3割に落ち込んだ所もあった。
レスタン戦線で西部方面の戦闘に活躍した米第3海兵師団はその典型であり、首都ファルヴエイノ攻略時には、第3海兵戦車連隊は144両中、
僅かに42両という異常な損耗率を叩き出している。
第3海兵戦車連隊は、最新鋭の重戦車であるM26パーシングを装備した精鋭部隊であったが、その精鋭部隊ですら、損耗率70%以上という
大損害を受けているのだ。
この数字は、シホールアンル軍の防御力が、以前とは比べ物にならぬ程に向上した証しとも言えた。

「現在行われているバイスエ攻略戦でも、敵の縦進防御の影響で、少なからぬ被害を受けつつあると言われています。シホールアンル軍が火力を
集中した防御戦法を取る以上、今のやり方と、現在の戦力では、ヒーレリ南部を制圧できるのだけでも御の字と言えるでしょう。」
「ラルブレイト閣下の言われる通りです。」

アイゼンハワーは深く頷いた。

「では、その忌々しい防御線を少しでも無力化したらどうなるでしょうか。」

「……無力化されただけ、前進部隊の被害は少なくなる。そして、前進部隊は、敵の後方陣地に全戦力を維持しながら攻撃に当たれる。」
「つまりは、そう言う事です。」

その瞬間、アイゼンハワーの脳裏に、何かが閃いた。

それから2時間後。緊急会議は大詰めを迎えていた。

「話は大分纏まったようですな。」

ラルブレイトは、開始前と変わらぬ凛とした声音でアイゼンハワーに言う。

「作戦開始は早くても、2日後の7月27日。遅くても29日という所で調節しましょう。本国の司令部には、私の方からお話しいたします。」
「「わかりました。」」

会議室に、連合軍将星達の声が響いた。
その声には、会議開始直後の不安な響きなど、全く含まれておらず、むしろ、自信に満ち溢れていた。
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