自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

007

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「しかし、隊員たちにどう説明しよう」
艦長のつぶやきには、深刻な空気があった。艦長や幹部クラスはともかく、
一般隊員の多くが状況を把握していない。漠然としたおかしさは感じていても、
決定的なところを知らないのだ。

特に輸送艦は、帆船団と至近で接触していないし、何より陸自の
隊員を積んでいる。説明は護衛艦よりも困難だろう。

「許可書を貰った以上、ここに長くいると向こうに怪しまれます。
じっくり説明している暇はありませんよ」
「分かっている。だからこそ、だ」

事務官の口にした確認の言葉に、艦長はぶっきらぼうに返事をした。
場が落ち着くまでの時間が、ここでは取れない。ならばどのようにして
説明をすべきか?それが艦長の頭を悩ませていた。

「いっその事、進みながら説明しますか?」
事務官の言葉に、艦長の悩みが一瞬停止する。
その後の艦長の返答は、余り乗り気でない物だった。

「進みながら?確かにそれしか無いだろうが、理解してくれるかどうか」
「理解が得られるかはともかく、混乱は押さえられる方法があります。
後はバクチになりますが」

事務官の発言に困惑しながらも、艦長は少し心を動かされた。現状では
混乱を押さえられる、というのは魅力だからだ。そして艦長は、とりあえず
聞いてみる事にした。
「どんな方法だね?」

事務官の答えは明瞭だった。彼はあっさりと言った。
「乗員全員を、甲板に上げて航行するんです」
「何?」
「全員に目の前の光景を見せながら進めば、嫌でも受け入れるでしょう。
私も実際そうでしたし」
「しかし、それでは混乱が大きくなるのでは?」

艦長の疑問はもっともだった。唐突に現実を見せつけられれば、
日頃冷静な隊員でも、予想外のパニックを起こすかもしれない。
それに対し事務官は、自嘲ぎみた笑いと共に言った。

「確かに最初は私も混乱しましたよ。でも周りは海でしょう?パニックに
なっている暇もないんですよ。『落ちたら死ぬ』と考えてしまえば、
体が考えたり動いたりするのをやめます」

「なるほど、逃げられないなら止まってしまえ、という訳か」
「そしてその間に、自分のすべきことを叩き込んでしまえば良いんです。
これなら無用の混乱は、何とか避けられるかと」

事務官の言うとおり、この案はバクチ的な部分があった。もし混乱が起きた場合、
転落したり錯乱する者が出るかもしれない。そして一端火が付いたら、
混乱は止めようがない。

しかし、そんなことには構っていられなかった。時間を取ることは出来ない以上、
次善の手しか打ちようがないのだ。結局この案を艦長は採用し、幹部の賛同を得て
輸送艦と打ち合わせを行った。

そして、案は実行された。甲板の上に手すきの乗員が鈴なりになり、
艦隊はゆっくりと港へと向かっていく。

甲板の上は、喧噪に包まれていた。驚きの声、小さなざわめき、諦めた様な
気楽な声など、様々な声が響いている。

「うわー。物の見事に何もないな。というか、街全体が低い」
「右見ろ右!あんな船初めてみるぞ!一体なんなんだあれは」

乗員達があっけにとられている中で、艦内からの放送が始まった。
「あー、諸君らは今、港をみていると思う。見慣れない帆船があったり、
高層ビルがなかったりすると思うが、それは映画のセットではない。
そこにあるのは全て、普通の町である」

流石にこの発言には、乗員も戸惑いを覚える。全部が普通の町だなどとは
とても信じられないからだ。

「諸般の事情により、寄港予定地から位置がずれた。現在向かっているのは、
クゥエートではなくバスラである。上陸後すぐに物資の固縛を解き、陸揚げを
行う。今の内によく空気を吸っておくように。甲板での休息は、着岸までとする!
以上!」

乗員たちは命令の異様さに驚いた。着岸まで甲板に出ていられるとは、どう
考えても普通ではない。陸揚げ準備があるなら、なおさらである。

しかし隊員たちは、命令に従うことにした。外の空気を吸わない訳ではないが、
陸から吹いてくる風は久しぶりだからだ。それに、目の前の光景が何度見ても
信じられない。

土色の建物に木の看板、石造りの港。バスラは戦争で爆撃を受けているが、
復旧にこんな素材を使ったとは思えない。帆船にしたところで、骨董品どころか
現役バリバリの船ばかりにしか見えないのだ。

しかし、港に近付くに連れ混乱は収まっていった。目の前にある質量、それに
逆らっても仕方がないと大半が腹を括ったからだ。そして落ち着いた空気が
流れると、それが全体に伝播していった。

そして港に付く頃には、両艦とも通常任務に就くような雰囲気になっていた。

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