自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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  数日後、ぼくは王宮にいた。マガンダ侍従の発行した許可証の威力は抜群だった。王宮への出入りはほとんどフリーパス状態だ。リナロに忠告されたとおり、 2,3日に1回はこうやって設備の点検に来ている。あの一件以来、設備に何かされるということはなくなった。よほどガスが噴出したのにびびったんだろう。 いや、ぼくでもびびる。
「あ、こんちわ~」
 配管を張り巡らせた廊下ですれ違う侍女に軽く挨拶するが、彼女は何か恐ろしいモノでも見るようにぼくから遠ざかっていった。やっぱり、ガスのことを悪魔と契約した暗黒魔法と思いこんでいる人々は一定数いるようだ。
「やれやれ・・・」
 ぼくは王宮の中庭でタバコに火をつけて一服した。芝生にしゃがみ込んで煙を吐き出した。ふと、庭に面したろ廊下を歩く黒い鎧を身につけた騎士が目に入った。
「まずいっ」
 思わずぼくは柱の影に隠れた。その騎士とは、アルドラ王国神聖騎士団長アストラーダだ。これもやはりリナロの忠告だったが、親衛騎士団には近づくな。今この国はマキシム6世や文官たち改革派と、アストラーダなど武官の保守派で冷戦状態なのだ。
  アストラーダは廊下を曲がってマガンダ侍従のいる部屋に入っていった。中立派、というより日和見のマガンダ侍従の部屋にいったい何の用事というのだろう。 ぼくはポケットを探って川村から渡されたレコーダと、シャッター音のしないデジカメを確認した。しぶしぶ引き受けることになった副業とはいえ、やはりこの 展開には好奇心をそそられずにはいられなかった。
 ぼくは中庭から廊下に入って、衛兵の詰め所を通り抜け、侍従の部屋の窓にとりついた。窓の下にはちょうど配管が通っている。モンキーレンチを取り出していかにも作業している風に装った。窓の向こうからデブのおっさんと、いかつい騎士の会話が漏れ聞こえてきた。
「いったいどういうことだ?あの邪教徒に王宮の出入りを許す許可証を発行するとは!」
 いかつい声。アストラーダだ。外見と同じくやっぱり声もうんざりするほどいかつい。
「まあまあ、騎士団長。これも手の内だ」
「ほお・・・」

マガンダ侍従は得意げに「手の内」とやらを話し始めた。ちょっと待て。リナロの話と食い違うぞ。あのデブのおっさんは日和見派じゃないのか・・・。
「王 があの不気味な空気を珍しがったのは仕方がない。だが、先日騎士の一人があの暗黒魔法の設備を壊したら、邪教徒が慌てて修理にきおった。そこでだ。あの邪 教徒をうろうろさせながらも暗黒魔法が大事故を起こせば・・・。王は邪教徒どもを追放するに違いない。その上、暗黒魔法を王宮に導き入れた王も、改革派の 連中も追い落とすことができる。許可証はそのための撒き餌だ。」
 邪教徒というのは日本人。そしてこのおっさんの指すのはどうやらぼくのことのようだ。マガンダの狙いは王宮のガス設備が事故を起こせば、それを認可した王の権威も失墜するということだ。よくもまあ、そんなことを考えつくモノだ。
「ふむ・・・。しかし我らは暗黒魔法の原理もわかってないのだぞ。どうやって都合よく惨事を起こすのだ?」
「それについては問題ない。あの邪教徒。質問されたらなんでもホイホイ答えている。こちらの息のかかった人間をヤツの周辺に送り込んである。」
  おいおいおいおいおいおい!!こいつらガス事故の怖さをみじんもわかっていないようだ。ぼくは思わず、窓から身を乗り出してLPガスを使用するにあたって の安全基準や法令を小一時間レクチャーしたくなる衝動に駆られた。ガスのことをわかってない人間が起こす事故は過失とはいえ甚大な被害につながる。まして やそれを、仕組みを理解した上に人為的におこされた日には・・・。

 「ミスティ」でぼくは今日のことを川村に報告した。彼はビールをあおりながら聞いていた。
「なるほど・・・。王宮でガス爆発でも起きれば、今進んでるガス事業も電気事業も撤退ってことになるな。その上、うまくいけば改革派の王様も邪教に心奪われ、アルドラ正教の教えを踏みにじった背教者だ。」
 まるで他人事のような川村の発言にぼくはビールも手伝って少しいらいらしていた。
「冗談じゃないっすよ。ガス爆発なんて起こされたら。どうしましょう?」
「残念だが、今の段階で政治が介入できる要素はない。引き続き頼むぞ」
  それだけ言って川村は勘定を済ませて帰ってしまった。なんて冷たいんだ。まあ、彼も政府の人間だ。他国のこと、しかもまだ起きてもいない国王失脚計画に介 入はできないのだろう。だが、ぼくは違っていた。自分の設置したガス設備で、しかもつまらない抗争のために人が傷つくことは看過できない。ぼくは常々思っ ていたことを実行に移す決心を決めた。
「よーし、政治が介入できないなら民間で介入してやる・・・」
 ビールをぐいっと飲み干してぼくは 準備にかかろうと店を出ようとした。が、ふと足が止まった。マガンダ侍従の言葉を思い出したのだ。ぼくの周囲に放った間者。ガスの仕組みを理解し、効果的 に事故を大きくするための卑劣なスパイ。自分と仲良くなった衛兵や侍女を思いだしてみる。リナロも・・・。
「まさか・・・。」
 思わず、自分の中に浮かんだイヤな想像を頭を振って打ち消した。

2日後、王宮の大広間には国王はじめ側近、文官、侍女、侍従、衛兵に至るまですべての人が集まった。
騎士もちらほら混じっている。すべて、とは言いつつも当然アストラーダはじめ、親衛騎士団は1人も来ていない。
  スーツ姿のぼくを見つけてリナロが笑って手を振った。彼女がガス事故を大きくするためにマガンダから送り込まれたスパイかも知れない。想像したくないが考 えずにはいられない推理が頭をよぎって、彼女には軽く手を挙げて返すことしかできなかった。持ち込んだハンディマイクとスピーカーのスイッチを入れてぼく はみんなの前に立った。
「えー、これよりLPガス安全講習会を始めたいと思います」
 苦肉の策だった。親衛騎士団の連中がいつ人為的にガ ス事故を起こすかわからないが、当面は王宮に出入りするのはぼくと大川さんだけだ。24時間つきっきりで警備はできない。だったら、王宮中の人間がガスの 原理とガス設備のことを日本の一般人程度まで理解して、自ら安全管理をやってくれれば話は早い。それに、誰だかわからないが、ぼくに放たれたスパイも目的 を失ってしまう。これは改革派の貴族、スピノーラ公に直談判して実現した。彼は中年の感じのいい貴族でガス事業に関しても好意的だったのが幸いした。
「ではまず、LPガスとはなんであるかということですが・・・」
  できるだけかいつまんで、LPガスはプロパンとブタンの混合体でどうのこうのなんてのは極力はしょって講義した。要するに、扱い方と安全管理を意識しても らうことが目的だった。マイコンメーターの原理、調整機の原理、ガス漏れ時の緊急対応などなど、安全面に時間を割き、質疑応答にもたっぷり時間を割いた。
「では、これで終わります。長い時間お疲れさまでした。」
 たっぷり半日かけて講義は終了した。終始真剣に聞いていたマキシム6世が立ち上がった。
「タチバナ殿!すばらしい講義だった。おかげで異世界の便利な魔法をこの城の者は安全に使うことができそうだ」
 王の言葉を受けて集まった人々から拍手が起こった。顧客の周知を行って拍手をもらうのは初めてだった。照れたぼくはリナロと目があった。彼女も笑顔で拍手している。きっと彼女はスパイなんかじゃない。その笑顔を見てそう信じずにはいられなかった。
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