ぼくとリナロが乗った軽トラックと川村たちを乗せた高機動車が駐屯地に戻った。周囲に待機していた自衛官から歓声があがった。車を止めて降りたとたんに、もみくちゃの大歓迎を受けた。
「ちょ、ちょっと、通してください!」
サヨナラホームランを打ったプロ野球選手のごとく、頭や肩をバンバンと叩かれながらもぼくはリナロの手を引っ張って駐屯地内に入った。人混みから少しはずれたところに、ヘルメットをかぶったままの大川さんと、その横に金髪の女性を見つけた。
「かあさん!」
リナロがびっくりしたように叫んで、女性に飛びついた。なるほど、彼女の金髪は母親譲りだったのか。がっちりと抱き合った親子は互いの無事を確かめあうようにお互いの顔をじっくりとながめた。
「かあさん、寝てなきゃだめじゃない!」
「もうすっかりよくなってね。咳も収まって身体も軽くなって・・・・。それにして、わたしのためにあんたはこんな危ない仕事をしてたなんて・・・」
現代医療のおかげで、リナロのお母さんはすっかり顔色もよくなって顔も丸みを帯びてきていた。結核患者だったとは思えない回復ぶりだ。
「立花!」
大川さんもぼくに駆け寄ってきてくれた。なんだかんだ言ってやっぱり会社の仲間。心配してくれていたのだろう。ちょっとうれしくなって目頭が熱くなった。
「大川さん、心配かけました・・・・」
思わず声を震わせそうになりながらそう言ったぼくの頭を、大川さんの鉄拳が襲った。
「てめえ!今度の事件に最初から関わってたそうじゃないか!」
「いてて・・・・・。はい・・・・」
真剣に怒っている。大川さん。ぼくはあなたのことを誤解してました。こんなにもぼくのことを心配してくれているなんて・・・・。愛の鞭を受けてぼくは神妙になった。だが、次に発せられた言葉はぼくをどん底に突き落とすに等しかった。
「だったらなんで俺に一言も言わないんだ?おまえ、何も知らない俺が王宮にのこのこと出向いて騎士に殺されでもしたらどーすんだよ!この野郎!」
「へ・・・・?」
ひょっとしてももしかしてもないが・・・・。まさか大川さんが怒ってる理由はぼくが入手した危険な情報を彼に教えなかったことなのか?そんなことペラペラ しゃべれるはずもないし、そもそも大川さん。あなたは確か「王宮は広くてめんどくさいから、おまえに全部任せた」って言ってたじゃないですか!などと正当 なつっこみはできるはずもない。
「す、すいません・・・・」
後々のことを考えるといさぎよく謝っておくのが間違いない。経験則からぼくはとりあえず謝った。大川さんはまだ何か言いたげだったが、川村が歩いてくるのを見て追撃をあきらめたようだ。
「いやあ!立花君!君は大した男だな!」
結局、おいしいところは全部この男に持って行かれたわけだが、考えてみれば政治問題のおいしい部分なんてぼくにとってはあまりメリットはない。
「どうだね?君たち3人。本業で情報関係の仕事をやってみないかね?」
いきなりの川村のオファーにぼくも大川さんもリナロもきょとんとした。つまり、プロのスパイになってみないかってことだ。ということは国家公務員か・・・・。
「いや、俺は技術畑ばっかりだったんで、遠慮しときます。それに既成事実を作るとは言え、カッターで手を毎回切られちゃたまりませんや。」
大川さんが苦笑いしながら断った。川村は少し残念そうな顔をした。
「わたしも、今度の件でちょっと疲れちゃった。こういうのは苦手だし・・・。いろいろお世話になったけど」
リナロも申し訳なさそうに断った。当然、川村の視線は残ったぼくに向けられることになった。数十秒、考えるふりをしてぼくは答えた。
「ぼくも遠慮します。公務員も悪くないけど、今の仕事も好きですから・・・・」
「本気か?今回の件も含めて待遇は考慮するぞ」
再度の申し入れだったがぼくは固辞した。ぼくの意志が固いことを知ると川村はため息をついて懐から小切手を取り出した。それぞれに小切手を渡してくれた。
「よかろう。とりあえず、今回の報酬だ。受け取ってくれ」
彼から小切手を受け取った大川さんが目を飛び出さんばかりに驚いている。ぼくもそれを見て口をぽかんと開けてしまった。リナロはぼくたちのリアクションを見てきょとんとしている。小切手には額面で400万円という数字が印字されていた。
「こ れでいいかね?何か他に希望があれば今のうちに聞くが・・・。これには口止め料も入っているからな。帰国してもペラペラと今回のことはしゃべらないでくれ よ。今日のことは3ヶ月後に発表することになっている。情勢がある程度落ち着いてからじゃないと発表はできないからな」
「しゃべりません!つーか、3ヶ月たっても俺たち、帰国しませんから!」
大川さんは大満足で答えた。ぼくは川村のこの言葉に少し考え込んだ。大川さんとも相談していた件だが、この際だから政府の好意に甘えてしまおうか・・・。でもなあ、これはちょっとどうなんだろう?恐る恐る彼に声をかけた。
「あのー。1つだけお願いがあるんですけど・・・・」
「何かね?」
メガネの奥で川村の眼が鋭くなったのがわかった。前にも見せた彼独特の警戒信号だ。ちょっとびびりながらぼくは営業スマイルを浮かべて希望を言ってみた。
「トラバーユしたい人物がいるんですけど・・・・」
「トラバーユだって?」
ぼくのオファーに今度は川村がきょとんとする番だった。
2ヶ月後。駐屯地内の「ミスティ」でぼくはカウンターに座ってビールをあおっていた。時間は午後4時。非番の自衛官、最近増えてきた出張してきた官庁の役 人が多い。ママさんは相変わらずきれいなんだが、愛想がいまいちだった。それが余計にそそるというマニアックな人物も多いのだろうか、店は相変わらず盛況 だった。
「あ、いた!またさぼってる!」
ママとは正反対のこうるさい声にぼくはため息をついた。それを見てママが面白そうに笑う。ぼくがママに反論しようとしたがそれよりも早く、ぼくの耳を声の主が引っ張った。
「いてててて!!!」
「何さぼってんの!うちの隣に住んでる衛兵のフランツさん、契約とれたんだから早速工事!オオカワはどこ?また車で寝てんじゃないでしょうね!」
耳を引っ張る人物はもちろん、リナロだった。あの時、川村にトラバーユの斡旋をお願いした人物だ。彼女は王宮に仕える侍女だ。国王にお願いしないと引き抜 くことはできない。そこで川村にお願いしたわけだ。その理由はかんたんだ。王都アルドラータで、ガス事業が一般市民向けに解禁になると熾烈な顧客争奪戦に なる。営業担当で現地人がいれば受け入れられる確率も格段に高くなる。大川さんと話し合っていた事項だ。
リナロを引き抜いたのは大成功だった。 城の侍女ということで社会的信用も高いしこの性格だ。我が事業所では(もっともぼくと大川さんとリナロだけだが)抜群の営業成績だった。今や、彼女がぼく や大川さんのスケジュールまで管理して馬車馬のように新規顧客への工事や周知、保安と働かされている。近々、うちの社長から社長賞までもらうことが確定し ていた。
「立花ちゃん、がんばってね」
ママのミスティはぼくを助けるどころかリナロにウインクしている。しぶしぶ勘定を払って軽トラッ クに乗り込んだ。荷台にはリナロがLPガス協会のヘルメットをかぶってスタンバイしている。すっかり走る軽トラの荷台で受ける風を気に入ったようで、彼女 の定位置になってしまった。
「早く行くわよ!よその会社に横取りされたら大変よ!」
「へいへい・・・・」
適当に彼女に答えて、ぼくは酔いさましにくわえたタバコに火をつけると、エンジンキーを回した。
「ちょ、ちょっと、通してください!」
サヨナラホームランを打ったプロ野球選手のごとく、頭や肩をバンバンと叩かれながらもぼくはリナロの手を引っ張って駐屯地内に入った。人混みから少しはずれたところに、ヘルメットをかぶったままの大川さんと、その横に金髪の女性を見つけた。
「かあさん!」
リナロがびっくりしたように叫んで、女性に飛びついた。なるほど、彼女の金髪は母親譲りだったのか。がっちりと抱き合った親子は互いの無事を確かめあうようにお互いの顔をじっくりとながめた。
「かあさん、寝てなきゃだめじゃない!」
「もうすっかりよくなってね。咳も収まって身体も軽くなって・・・・。それにして、わたしのためにあんたはこんな危ない仕事をしてたなんて・・・」
現代医療のおかげで、リナロのお母さんはすっかり顔色もよくなって顔も丸みを帯びてきていた。結核患者だったとは思えない回復ぶりだ。
「立花!」
大川さんもぼくに駆け寄ってきてくれた。なんだかんだ言ってやっぱり会社の仲間。心配してくれていたのだろう。ちょっとうれしくなって目頭が熱くなった。
「大川さん、心配かけました・・・・」
思わず声を震わせそうになりながらそう言ったぼくの頭を、大川さんの鉄拳が襲った。
「てめえ!今度の事件に最初から関わってたそうじゃないか!」
「いてて・・・・・。はい・・・・」
真剣に怒っている。大川さん。ぼくはあなたのことを誤解してました。こんなにもぼくのことを心配してくれているなんて・・・・。愛の鞭を受けてぼくは神妙になった。だが、次に発せられた言葉はぼくをどん底に突き落とすに等しかった。
「だったらなんで俺に一言も言わないんだ?おまえ、何も知らない俺が王宮にのこのこと出向いて騎士に殺されでもしたらどーすんだよ!この野郎!」
「へ・・・・?」
ひょっとしてももしかしてもないが・・・・。まさか大川さんが怒ってる理由はぼくが入手した危険な情報を彼に教えなかったことなのか?そんなことペラペラ しゃべれるはずもないし、そもそも大川さん。あなたは確か「王宮は広くてめんどくさいから、おまえに全部任せた」って言ってたじゃないですか!などと正当 なつっこみはできるはずもない。
「す、すいません・・・・」
後々のことを考えるといさぎよく謝っておくのが間違いない。経験則からぼくはとりあえず謝った。大川さんはまだ何か言いたげだったが、川村が歩いてくるのを見て追撃をあきらめたようだ。
「いやあ!立花君!君は大した男だな!」
結局、おいしいところは全部この男に持って行かれたわけだが、考えてみれば政治問題のおいしい部分なんてぼくにとってはあまりメリットはない。
「どうだね?君たち3人。本業で情報関係の仕事をやってみないかね?」
いきなりの川村のオファーにぼくも大川さんもリナロもきょとんとした。つまり、プロのスパイになってみないかってことだ。ということは国家公務員か・・・・。
「いや、俺は技術畑ばっかりだったんで、遠慮しときます。それに既成事実を作るとは言え、カッターで手を毎回切られちゃたまりませんや。」
大川さんが苦笑いしながら断った。川村は少し残念そうな顔をした。
「わたしも、今度の件でちょっと疲れちゃった。こういうのは苦手だし・・・。いろいろお世話になったけど」
リナロも申し訳なさそうに断った。当然、川村の視線は残ったぼくに向けられることになった。数十秒、考えるふりをしてぼくは答えた。
「ぼくも遠慮します。公務員も悪くないけど、今の仕事も好きですから・・・・」
「本気か?今回の件も含めて待遇は考慮するぞ」
再度の申し入れだったがぼくは固辞した。ぼくの意志が固いことを知ると川村はため息をついて懐から小切手を取り出した。それぞれに小切手を渡してくれた。
「よかろう。とりあえず、今回の報酬だ。受け取ってくれ」
彼から小切手を受け取った大川さんが目を飛び出さんばかりに驚いている。ぼくもそれを見て口をぽかんと開けてしまった。リナロはぼくたちのリアクションを見てきょとんとしている。小切手には額面で400万円という数字が印字されていた。
「こ れでいいかね?何か他に希望があれば今のうちに聞くが・・・。これには口止め料も入っているからな。帰国してもペラペラと今回のことはしゃべらないでくれ よ。今日のことは3ヶ月後に発表することになっている。情勢がある程度落ち着いてからじゃないと発表はできないからな」
「しゃべりません!つーか、3ヶ月たっても俺たち、帰国しませんから!」
大川さんは大満足で答えた。ぼくは川村のこの言葉に少し考え込んだ。大川さんとも相談していた件だが、この際だから政府の好意に甘えてしまおうか・・・。でもなあ、これはちょっとどうなんだろう?恐る恐る彼に声をかけた。
「あのー。1つだけお願いがあるんですけど・・・・」
「何かね?」
メガネの奥で川村の眼が鋭くなったのがわかった。前にも見せた彼独特の警戒信号だ。ちょっとびびりながらぼくは営業スマイルを浮かべて希望を言ってみた。
「トラバーユしたい人物がいるんですけど・・・・」
「トラバーユだって?」
ぼくのオファーに今度は川村がきょとんとする番だった。
2ヶ月後。駐屯地内の「ミスティ」でぼくはカウンターに座ってビールをあおっていた。時間は午後4時。非番の自衛官、最近増えてきた出張してきた官庁の役 人が多い。ママさんは相変わらずきれいなんだが、愛想がいまいちだった。それが余計にそそるというマニアックな人物も多いのだろうか、店は相変わらず盛況 だった。
「あ、いた!またさぼってる!」
ママとは正反対のこうるさい声にぼくはため息をついた。それを見てママが面白そうに笑う。ぼくがママに反論しようとしたがそれよりも早く、ぼくの耳を声の主が引っ張った。
「いてててて!!!」
「何さぼってんの!うちの隣に住んでる衛兵のフランツさん、契約とれたんだから早速工事!オオカワはどこ?また車で寝てんじゃないでしょうね!」
耳を引っ張る人物はもちろん、リナロだった。あの時、川村にトラバーユの斡旋をお願いした人物だ。彼女は王宮に仕える侍女だ。国王にお願いしないと引き抜 くことはできない。そこで川村にお願いしたわけだ。その理由はかんたんだ。王都アルドラータで、ガス事業が一般市民向けに解禁になると熾烈な顧客争奪戦に なる。営業担当で現地人がいれば受け入れられる確率も格段に高くなる。大川さんと話し合っていた事項だ。
リナロを引き抜いたのは大成功だった。 城の侍女ということで社会的信用も高いしこの性格だ。我が事業所では(もっともぼくと大川さんとリナロだけだが)抜群の営業成績だった。今や、彼女がぼく や大川さんのスケジュールまで管理して馬車馬のように新規顧客への工事や周知、保安と働かされている。近々、うちの社長から社長賞までもらうことが確定し ていた。
「立花ちゃん、がんばってね」
ママのミスティはぼくを助けるどころかリナロにウインクしている。しぶしぶ勘定を払って軽トラッ クに乗り込んだ。荷台にはリナロがLPガス協会のヘルメットをかぶってスタンバイしている。すっかり走る軽トラの荷台で受ける風を気に入ったようで、彼女 の定位置になってしまった。
「早く行くわよ!よその会社に横取りされたら大変よ!」
「へいへい・・・・」
適当に彼女に答えて、ぼくは酔いさましにくわえたタバコに火をつけると、エンジンキーを回した。