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178 第138話 レンベルリカの凪 ウェルバンルの暗雲

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第138話 レンベルリカの凪 ウェルバンルの暗雲

1484年(1944年)6月2日 午後1時 レンベルリカ領タラウキント

この日、フェスク・スハルクは、久しぶりに、のびのびとした気持ちで屋上から空を眺めていた。
空は雲一つ無い晴天だが、風はひんやりとしており、疲れた体にはとても気持ちよく感じられた。

「・・・・すっかり変わってしまったなぁ。」

スハルクは、何気なく屋上から下に目線を写すや、思わず呟いていた。
タラウキント市内の様相は、2ヶ月前と比べてがらりと変わっていた。
タラウキント市は、タラウキント地方の中心都市であり、同時に城塞都市でもあるが、壁の中には多数の建築物が建ち並んでいた。
ところが、度重なる激戦の結果、町の半分以上は廃墟と化している。
スハルクが今居るレンベルリカ軍総司令部・・・・元マオンド共和国レンベルリカ領南西統治本部も、建物の左半分は、敵の砲火
によって半壊状態にある。

「復興するには、莫大な資金と人手が居るんだろうなぁ。」

スハルクはつぶやきながら、半ば廃墟と化したタラウキントの町並みを見続ける。
このタラウキント市やその外で、合わせて3度の会戦が行われた。
特に苛烈を極めたのは、5月16日に行われた3度目の攻撃であり、マオンド軍は防御戦を強引に突破して市内に侵入し、
一時は町の5割近くがマオンド軍の手に落ちたが、ハイエルフ族の士官、ミリエル将軍の奇策によって敵軍は混乱に陥り、
2日後にはタラウキント市から撤退していった。
この3度の攻撃で、レンベルリカ軍は戦死者12911人、負傷者29234人を出している。
戦死者や負傷者の中には、反乱軍の主要メンバーであったランドサール将軍やミリエル将軍も含まれており、戦力はかなり低下している。
マオンド側は、反乱軍以上に損害を受けていたようだが、兵力は40万以上もいるため、反乱側と違ってまだまだ予備部隊がある。
5月18日には、マオンド側は早速斥候部隊を送り込んで、反乱側の弱体ぶりを調べ始める一方、新たに2個軍団7万名以上の軍勢を主力に、
攻勢準備を進めていた。

だが、その翌日から情勢は変わり始めた。
5月20日。マオンド側の部隊の一部が突然、後方へ移動し始めたのだ。
マオンド側が行った後方への部隊移動に、反乱軍首脳部は誰もが首を捻った。
と言うのも、彼らはアメリカ軍がスィンク沖海戦で勝利したことや、グラーズレット空襲に成功した事を全く知らなかった。
ヘルベスタン人であるスハルクは、一応無線機を持っていたが、その無線機は戦闘中の流れ弾によって破壊され、外部との連絡は
一切途絶えたままとなっていた。
マオンド軍の部隊移動は5月28日から活発になり、6月1日からは何ら動きを見せなくなった。
その間、マオンド軍の動向を後方で監視していたスパイは、およそ10万~15万以上のマオンド軍部隊が南に
向かっていったと報告を送ってきていた。
タラウキントの激戦が始まるまで、マオンド軍が用意した軍勢は40万。
戦闘でいくらかは減ったが、それでも30万以上の大軍を擁していた。
しかし、マオンド側は急な部隊移動によって、残りの兵力の3分の1、または半数に減っていた。
そのため、準備されていた攻勢は取り止められ、マオンド軍は相変わらず、タラウキント市を包囲できる位置に布陣しながら
レンベルリカ軍と睨み合いを続けている。
膠着状態に陥って早1週間。タラウキントのレンベルリカ軍は敵と交戦する事なく、平穏な時間を過ごしていた。

「はは、こいつは気持ちの良い天気だ。」

ふと、後ろから野太い声が聞こえてきた。
振り返った彼は、会談から上がってきたその人物を見るなり、声を掛けた。

「これはキルゴール将軍。」
「よう。元気そうだな。」

キルゴール将軍は、その厳つい顔に屈託のない笑みを浮かべながら、スハルクに挨拶をする。

「ええ。キルゴール将軍こそ、お体の具合はどうでしょうか?」
「体の具合?この通りぴんぴんしとるよ。」

キルゴール将軍は胸を右手で小突きながら言う。彼は3日前から発熱で床に伏せっていた。

「あれぐらいはただの微熱だよ。2日も寝たらすっかり良くなったぞ。それに加え、今日は気持ちの良い天気だ。
このような晴天なら、どんな奴だって気分は良くなるだろうさ。」

彼は顔の下半分に生えている髭を撫でながら言ったあと、快活な笑い声を上げた。
キルゴール将軍は、反乱軍のドワーフ族の部隊を統べる司令官である。
タラウキント市のレンベルリカ軍は、人間種であるレンベルリカ人を始めとし、ドワーフ族、ハイエルフ族、獣人族で構成されている。
そのうち、キルゴール将軍の配下にあるドワーフ族の部隊は32000名で構成されていた。
だが、部隊は相次ぐ戦闘で消耗し、今では28000名の兵しか残っていない。
残りの4000名は戦死するか、後方の野戦病院に担ぎ込まれている。
キルゴール将軍の部隊は、将軍自身も含めて勇敢に戦い、味方の勝利に大きく貢献している。
そんなキルゴールは、傍目から見れば頑固一徹の熱血漢であるが、実際は陽気で物わかりが良い。
最初は消極論を唱えていたスハルクとそりが合わなかったが、今では顔馴染みとなっているためか、スハルクに対しても気軽に話しかけてくれる。

「それにしても、敵は一向に攻めて来ないのう。いつまでも待機の状態が続くと、体が鈍ってしまうわい。」

そんなことを言うキルゴール将軍に、スハルクは思わず苦笑する。

「それで良いではありませんか。」
「・・・・まぁ、確かに良いのだが。」

キルゴール将軍は、釈然としない口ぶりで呟く。そんな彼の視線は、マオンド軍が居ると思われる方角に向けられていた。

「マオンド軍はこの間、ワイバーンから大量の伝単(ビラ)を撒き散らした。その伝単には、マオンド本国の侵攻を目論んだ
アメリカ軍が撃退されたと書いてあった。あの時、君は頼りのアメリカ軍が撃退されたと知り、愕然としていたな。」
「ええ。」

スハルクは頷いた。

去る4月23日。マオンド軍は50騎ほどのワイバーンをタラウキント市に向かわせ、大量の伝単を市内に撒いた。
ビラには、北スィンク島沖海戦でアメリカ軍の艦隊が撃退されたと書いてあり、丁寧にも炎上しながら沈んでいく
アメリカ軍空母の絵も付いていた。
その2日後にマオンド側の総攻撃が始まり、一時は市内に突入されるところまで行ったが、レンベルリカ軍は何とか持ち堪えた。
マオンド側は、彼らが頼りにしていた味方が来ないという事を知らせた上で、士気の喪失を狙って宣伝作戦を行ったのだが、
後ろ盾が無くなったと思ったレンベルリカ軍は逆に士気を上げ、徹底抗戦を行うことを決めた。
マオンド側の当ては外れ、攻撃部隊は戦意旺盛なレンベルリカ軍相手に敗北した。
それからも、マオンド軍は繰り返しタラウキント市に攻撃を仕掛けた。あるときなどは、連日ワイバーンの大編隊が上空に押し寄せ、
傍若無人な攻撃を繰り返したこともあった。
また、ある時は、付近の村から集めた数百人の住人達を門前に集め、虐殺した事もあった。
籠城兵達は、マオンド側の度重なる攻撃に神経を苛まれながらも、なんとか耐えてきた。
これからも続くであろうと思われたマオンド軍の攻撃は、5月18日を境にぱたりと止んだ。
そして、いつの間にか多くの敵部隊が、南に向かっていった。

「どうして、マオンドは攻撃を止めたのだ?」

キルゴール将軍は、唸るように粒やく。彼は理解が出来なかった。

「アメリカ軍を撃退したのなら、戦力に余裕があるだろう。更なる敵部隊が増援に駆けつけても良いだろう。
なのに・・・・・攻撃を仕掛けてこないとは。」
「部隊を増やすどころか、逆に削減して別方面に転用した、という事でしょうか?」
「そうかもしれん。そして、解せん事がまだある。」

キルゴール将軍は、不快気な顔つきで言いながら、空を眺めた。

「どうして、ワイバーン共は見えなくなったのだ?もう、4日もこの空には、ワイバーンが飛んでいないぞ。」
「言われてみれば、確かに・・・・」

ワイバーンを持たぬレンベルリカ軍は、マオンド軍に制空権を握られている。
今日のような晴天では、通常でも2、3騎ほどのワイバーンが高空を悠々と飛行していたが、ここ4日ほどは
そのワイバーンすらも見あたらない。

「交代のために、一時後方に下がったのですかね?」
「それにしては長すぎると思うが。」

キルゴール将軍は、唸るような声で言った後、しばし考え込んだ。
1分ほど黙考した彼は、何かに思い至ったのか、ハッとしたような表情を浮かべる。

「もしかしたら、マオンド軍は何かを警戒して、兵を後方に引き上げさせたのだろうな。」
「何か・・・・・ですか?」
「そうだ。それも、他から兵を掻き集めなければならぬほど、強大なその何かに・・・」
「君の言うとおりだよ。」

唐突に、後ろから新たな声が聞こえた。
その声は、決起軍司令官、レオトル・トルファー中将のものであった。

「マオンド軍は、このレンベルリカとは別の地域で大きな問題を抱えている。」

トルファー中将は、キルゴール将軍の側に歩み寄ると、一枚の紙を差し出した。

「これは、ヘルベスタンで頑張っている同志から送られた魔法通信だ。つい10分前に魔導士が私に伝えてきた。」

キルゴールは、訝しげな表情でその紙を読み始めたが、その表情は次第に緩くなっていく。

「キルゴール。君はこの間、マオンド軍が兵の一部を引き上げさせたのは、別の地域で異常が発生したからだと
言っていたな?この紙に書かれている内容は、その異常の詳細だ。」

キルゴールは、スハルクに顔を向けた。彼の顔には喜色が混じっていた。

「スハルク。頼れる仲間が本格的に動き始めたようだぞ。まずは読んでみろ。」

スハルクは言われるがままに、差し出された紙を受け取って内容を読んだ。

「・・・・・・・・・」

紙に書かれていた文を読み終った後、スハルクはおもむろに草原を眺めた。
草原の向こう側には、マオンド軍が陣を張っているが、それを除けばのどかな風景だ。
時折、心地の良い風がびゅうっと吹き、戦場の凪に涼しさが戻る。

「アメリカ軍の来援を諦めたのは、どうやら早計だったようですね。」
「ああ、君の言うとおりだ。」

トルファーは深く頷く。

「ヘルベスタン地方は、連日アメリカ軍の爆撃機に襲われている。たった数日の間に、アメリカ軍はのべ2000機以上の
飛空挺を投入して、反乱部隊を包囲するマオンド軍に痛打を与えているようだ。このタラウキントに、一時の平穏が訪れたのも、
マオンドがアメリカの本格的な侵攻を警戒してからのことだろうな。」

トルファーの言葉を肯定するかのように、キルゴールとスハルクは頷いた。

「我々には、まだまだチャンスが残されている。ようやく、西の援軍が来てくれた今、私達もやるべきことをやるとしよう。」

執務室から5部屋ほど前の離れた部屋を通り過ぎようとしたとき、リリスティはちらりと、開かれたドアの中を見た。

「ん?」

リリスティはそれを見るなり、ドアの前で立ち止まった。

降り続ける雨は、首都が見渡せるバルコニーを水浸しにしていた。

「最近、こんな天気が多いよなぁ。」

シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイは、憂鬱そうな口調で呟いた。

「最近は久しぶりに、こっから抜け出してやろうとおもったのに。こんなんじゃ、遊びに行けねえよ。」

彼が心底残念そうに呟いたその時、

「なぁにが遊びに行けないよ!」

聞き覚えのある声が後ろから響いてきた。その声を聞いたオールフェスは、一瞬、声の主が誰であるか忘れてしまった。

「え?」

オールフェスは間抜けな声を漏らしながら、慌てて後ろを振り返った。

「り、リリスティ姉?」
「そうでありますわ。皇帝陛下。」

彼の情けない問いに、リリスティは笑いながら大袈裟な口調で答えた。

「久しぶりだなぁ。でも、どうしてここに?」
「あんたの顔でも見たいなーと思って、帰り際にこっちに寄ったんだけど。あんた仕事どうしたの?」

リリスティの質問に、オールフェスは淀みなく答えた。

「さぼった。」
「さぼるな!!」
思わずリリスティは怒鳴ってしまった。

「まぁまぁ、落ち着いてよリリスティ姉。俺は最近かなり頑張ったんだよ。だから、今日から1ヶ月ぐらい仕事さぼっても
大丈夫かなぁ~と・・・・・いやすみません。今のはほんの軽い冗談です。はい。」

オールフェスは、思い思いの事を口走ろうとしたが、途中でリリスティが彼の首を軽く掴んだので止めた。

「そう。それは良かったわ。でないと、このままギュッと行っちゃうとこよ。」
「いやぁ、ははは。」

リリスティの爽やかすぎる微笑みにつられて、オールフェスも朗らかな、しかし引きつった表情で笑った。

「まったく。さっきマルバさんと会ったんだけど、オールフェスが頑張っているって自慢気に言ってたわよ。それなのに、
当の本人は仕事をさぼってるなんて。」
「なに、ただの小休止さ。別にさぼってるわけじゃないよ。最近は仕事の合間に20分ほど、ここで休んでいるんだ。」

オールフェスは苦笑しながら言った。

「リリスティ姉はいつ、首都に戻ったんだい?」
「3日前かな。海軍総司令部で開かれた会議に出席するために戻ったの。その後は久しぶりに実家へ帰ったわ。」
「久しぶりの実家はどうだった?」

「楽しかった。まぁ、妹連中は相も変わらず強かだったなぁ。」
「ああ、あいつらね。」

オールフェスは唸りながら言った。
モルクンレル家の子供は、長女であるリリスティの他に3人の女、1人の男の計5人である。
末っ子の弟は既に成人し、今は飛空挺乗りとして部隊に配備されている。
妹3人も成人して各方面で活躍している。
リリスティは、たまたま居合わせた妹連中に剣術や格闘術の試合を強要され、かれこれ4時間以上も付き合わされた。
彼女は疲労困憊しながらも、挑んでくる妹連中を打ち負かした。

「確か、帰ってくる度に勝負をしようと言うんだよな?」
「ええ。特にリラなんて、あたしが昼寝をしようとした矢先に挑戦状を叩き付けるほどだからね。」
「ていうか、元々の発端は、リリスティ姉が妹連中を手も足も出ないほど叩きのめしたからじゃねえか。いい加減負けてやれよ。」
「嫌だね。」

リリスティはフンと鼻を鳴らした。

「オールフェスも知ってるでしょう?あたしは負けることが嫌いなのよ。」
「そうだったなぁ。あいつらも戦う相手が悪かったな。」

オールフェスは苦笑しながら呟いた。

「それにしても、5月に入ってからは、こんな天気が多くなったなぁ。」

彼は、窓の外に顔を向けるや、どこかのんびりとした口調でリリスティに言った。

「そうねぇ。」
「まるで、俺の心境を現しているみたいだぜ。」

リリスティは、オールフェスの発したこの言葉が、妙に重く感じた。
(・・・・あなたも、大分苦労が溜まってるのね)
リリスティは、オールフェスの寂しげな横顔を見るなり、そう思った。
アメリカ軍が北大陸の南にあたる北ウェンステルに上陸してから、早半年近くが経った。
6月1日の時点で、北ウェンステル領に配備されていたシホールアンル軍は、アメリカ軍によって北ウェンステル領の半分以上を
制圧されていた。
アメリカ軍は、主力の3個軍をもって西はルテクリッピから、東はサンムケにまで押し寄せている。
北ウェンステルに配備されている60万の味方部隊は懸命に戦っているが、装備の優れたアメリカ軍や、士気の高まった南大陸連合軍
相手に今も後退を続けている。
今から1ヶ月前の5月には、レイキ領にもアメリカ軍1個軍と南大陸軍2個軍が侵攻し、現在までに国土の半分が敵の手に落ちている。
北大陸の戦況が悪くなる中、アメリカ側は4月にホウロナ諸島を制圧し、ここに大艦隊や陸軍部隊を配備している。
3月の中旬には、ジャスオ領にもB-29の編隊が現れ、それ以降、ジャスオ領の後方基地もまた、敵の爆撃下にある。
戦況は、良くなるどころか悪くなる一方だ。

「リリスティ姉。」

オールフェスは、先とは違ったやや固い口ぶりでリリスティに聞いた。

「ホウロナ諸島には今、アメリカ軍や南大陸軍の別働隊が居る。そいつらは、日増しに戦力を蓄えつつある。リリスティ姉は、
この別働隊がジャスオか、レスタンに来ると思うかい?」
「・・・・・来るかもね。」

リリスティは答えた。

「アメリカ人は、この戦争は早く終らせようとしている。そのためには何だってやるかもしれない。あたしは陸軍の戦術には
あまり悔しくないけれど、敵が来るとしたら、やっぱりジャスオかもね。」
「リリスティ姉もそう思うか。」

オールフェスはため息まじりに言った。

「敵はジャスオ領の南部地区に攻めてくるだろう。アメリカ軍は、上陸作戦にはもってこいの道具を腐るほど持っている。
そんな奴らが選ぶ上陸地点は、ホウロナからは遠いが、上陸作戦のしやすい南部地区だろう。ここは断崖の続く北部地区や、
潮の流れが変わりやすい中部地区と違って海も地形も穏やかだ。あいつらは、ここに大挙してやって来る。」
「対策の手立てはあるの?」
「あるよ。」

オールフェスは即答した。

「ウェンステル戦線から、支障を来さない程度にいくつかの軍団を引き抜き、レスタンや本国から増援部隊を送り込む。
7月までには、ジャスオ領南部だけで20万以上は集まる。敵は恐らく、この20万を超える数でホウロナから押し寄せて
くるはずだが、この20万には最新装備の部隊を中心に編成する。この20万の部隊が敵を足止めしている間に、他からも
援軍を送り込ませる。敵が動けない間、俺達は北ウェンステルから兵をサッと引く。当然敵の追撃も激しいだろうが、
むざむざ敵の別働隊に退路を遮断されて、ジャスオ領南部や北ウェンステルの友軍部隊60万以上を失うよりは、遙かに
少ない損害で済むはずだ。」
「なるほどね。」

リリスティは納得したかのように頷く。

「敵の別働隊は、いつ頃になったら動き出すと思う?」
「・・・・・詳しくは分らないが、少なくとも7月末には行動を開始するだろうな。」
「それまでに、頼れる同盟国は、アメリカ軍の攻撃に耐えられるかな。」

リリスティの言葉に、オールフェスはぴくりと体を震わせた。

「マオンドか・・・・・全く、アメリカという国は、物持ちが良すぎて困るね。」

彼は、苦笑しながら言った。

「こっちの戦線には、少なめに見積もっても6、70万ほどの軍勢を派遣しているのに、レーフェイルに対しても
大軍を派遣している。レーフェイル方面は、アメリカの同盟国はほぼ皆無だから、マオンドは粘れると思う。」
「本当に粘れると思うの?」

リリスティは、オールフェスの言葉を否定するかのように言った。

「マオンドは、本国にまであの巨大爆撃機がやって来ているのよ。それに加え、マオンドにはケルフェラクのような高性能の
飛空挺は1機もない。このシホールアンルと違って、マオンドはあの爆撃機に対して、ひっかき傷を付けることすら出来ない。
そんな爆撃機に本国を蹂躙され、あまつさえレーフェイルの上陸を許したら、マオンドはもう終ったも同然よ。」
「いや、マオンドは粘るよ。」

オールフェスが振り返る。彼は笑っていたが、その目付きは恐ろしかった。

「粘ってもらわないと、困るね。」

一瞬、リリスティは背筋が凍り付いた。

「とにもかくも、マオンドは頑張るよ。あれこれ手を使ってね。そして、俺達も頑張る。だからリリスティ姉。」

オールフェスは、そのまま笑みを浮かべながらリリスティの側に歩み寄り、彼女の肩に手を置いた。

「諦めたらだめだぜ?」
「・・・・オールフェス。」

リリスティは、儚げな声音で彼の名を呼んだ。
彼女は、今、目の前に居るオールフェスに恐怖感を抱いていた。
彼は、相変わらず笑っている。その笑顔は、いつも見せる物と変わらないように見える。
だが、しかし・・・・

「リリスティ姉。」

両肩にかかっているオールフェスの手に、力が込められていくのが分る。

「諦めたら、全てが終わりだ。それは、リリスティ姉にも分ってるだろ?」
「オールフェス・・・・」

リリスティは、再び彼の名を呼ぶが、その言葉には力がこもっていない。
(なぜ・・・・)
彼女は、オールフェスの双眸をじっと見据えながら、内心で呟いた。
(なぜ、あなたの目は・・・・)

「リリスティ姉・・・!」

オールフェスが笑みを消し、まるで縋るような口ぶりで彼女の名を呟く。
(そんなに邪な物になったの?)
彼女は、狂気の混じったオールフェスの双眸をこれ以上見つめることが出来なかった。

「ええ。確かに。」

リリスティは、視線をそらしながらも、平静な口調で言った。

「まだ、勝負は付いていないわね。オールフェスの言うとおり・・・・」

一瞬、言葉に詰まる。この先は、言ってもいいのだろうか?
彼女は、しばし躊躇った。だが、その躊躇いも打ち消して、言葉を吐いた。

「諦めちゃ行けないわ。あたし達の国シホールアンルは、常にそうして生き延びてきたから。」
「ああ、そうだな。」

オールフェスは、掠れた声で言う。

「リリスティ姉も、根っからのシホールアンル人だな。」
「当たり前でしょ。私は周りから童顔だの、ガキだのと馬鹿にされてるけど、こう見えても第4機動艦隊を統べる将よ。
戦える限りは戦うわ。それに、私は負けるのが大嫌いだからね。アメリカの機動部隊相手に負け越したままじゃ気が済まない。」

リリスティは胸を張って、堂々とした口ぶりで言った。
オールフェスは、そんなリリスティを見て、彼女が青海の戦姫と呼ばれるのも納得がいくなと思った。

「あなたが何を考えているにしろ、あたしはあたしでやっていく。」

リリスティは男勝りな笑顔を浮かべると、右手の拳をポンとオールフェスの胸に当てた。

「だから、あんたはそんな顔しないで、堂々としなさい。そんな顔じゃ、町に出ても幽霊と間違われるわよ。」

オールフェスは思わず、顔を赤らめてしまった。

「ハハハ、リリスティ姉に言われると、たまらんな。」
「そう言われないようにしなければなりませんよ?皇帝陛下。」

リリスティは、最後の部分は妙に間延びした口調で言い放った。

「さて、気になるいとこの顔も拝めたことだし、姉さんはこれで帰るとしますかね。」
「おう、さっさと帰っていいぜ。俺は早めに昼寝したいから。」

オールフェスは、爽やかな口調でリリスティに言った。

「じゃあ。」

リリスティは、それ以上に爽やかな笑みを浮かべるや、右手の拳をオールフェスの脳天に叩き込んでいた。

部屋から出たリリスティは、そのまま1階の出口に向かった。
しばらくして、彼女は心臓の辺りを抑えていた。
激しい動悸が膨らんだ胸元を上下させ、健康的な褐色な肌には、自然と汗が流れていた。

「オールフェス・・・・」

彼女は、先ほどまで会話を交わしていたいとこの名前を呟く。
あの狂気に染まった目付き。オールフェスの異常なまでの、勝利に対する執着心。
そして・・・・

「あの時、私が気丈に振る舞っていなかったら・・・・」

リリスティは、左の腰に吊っている短剣に目をやる。一瞬だったが、短剣に何かが触れるような感触があった。
その時は、彼女が一瞬だけ、答えを躊躇っていた。
リリスティが自らの心境を打ち明けたとき、オールフェスの手は彼女の両肩に置かれていた。
(もし・・・・・あそこで別の言葉を言っていたら)
彼女はそこまで考えてから、一瞬、脳裏に思い浮かべたくもない光景がよぎる。
その瞬間、胃の辺りが痛んだ。リリスティは一瞬歩調を緩め、顔をややしかめながら腹の辺りを抑える。

「・・・・はぁ。まさかね。」

リリスティは笑いながら、そんな馬鹿げた光景を頭から消し去った。

「オールフェスに限って、そんな事は無いわね。」

彼女は呟いてから、深くため息を吐いた。

「あたしも疲れてるんだなぁ。まぁ、今のご時世じゃ仕方のない事ね。」

リリスティはぼやきながら、3日前に行われた海軍総司令部での会議を思い出す。
会議の議題は、現在計画中の作戦についての物であったが、話の最後には、レーフェイル方面の話題も持ち上がった。
話によると、アメリカ海軍は4月のスィンク沖海戦で少なくとも空母3隻を撃沈され、5隻を大破させられたが、5月中旬には
戦力を盛り返して、再び活動を活発化させているという。
アメリカ軍の高速機動部隊は、5月末の時点で推定ながらも7隻、あるいは8隻の空母を中心にレーフェイル方面で活動しているという。
4月には壊滅的な打撃を喫した敵機動部隊が、僅か1ヶ月ほどで再生したと言う事に海軍上層部は驚きを隠せなかった。
リリスティは、この話題に関して、次のように発言している。

「マオンド海軍は、発表された戦果ほどは敵に打撃を与えていないと思われます。しかし、話半分としても空母1隻撃沈、
2、3隻を大破させたことはほぼ確実です。ですが、敵は再び、7、8隻の高速空母を揃えて前線に出てきた。この事からして、
アメリカ側は本国に補充用の空母を用意していたと推測されます。」

彼女の言葉に、シホールアンル海軍の将官達は、最初は難色を示していたが、次第に納得した。
現在のアメリカ海軍が、常に空母8隻以上の機動部隊でもって行動するのは、アメリカ海軍のみならず、シホールアンル海軍にも
常識として知られている。
シホールアンル側が確認した、太平洋艦隊所属の空母は16~18隻。
そして、マオンド側が確認した空母は、6月の時点で7、8隻。
これを合計すれば、敵は24隻ないし、26隻の高速空母を保有することになる。
それに加え、後方任務用の小型空母も別に20~30隻以上確認されている。
これに対し、シホールアンル海軍が保有する竜母は、現状で12隻。
今年の10月には、ホロウレイグ級の5番艦と、プルパグント級の1番艦、小型竜母の7、8番艦が前線に登場するため、
竜母部隊は16隻編成になる。
シホールアンル側は、真正面から戦ってもある程度勝算が見込める。
だが、マオンド側の竜母部隊は、僅か5隻のみ。
これでは強大な大西洋艦隊と真正面から戦えるはずもなく、マオンド機動部隊はシホールアンル側よりも慎重に行動せねばならないだろう。
これは、高速機動部隊同士で戦えば、の話である。
敵が小型空母も総動員して来ると、数の少ないマオンド機動部隊は数の暴力によって一飲みにされるだろうし、それよりマシな編成の
シホールアンル側ですら、勝算の見込みは全くないだろう。
海軍だけでこの有様なのに、陸軍の場合はもっと酷いと聞いている。

「こんな有様じゃ、オールフェスがああなるのも、致し方無いのかな。」

リリスティはそう呟くと、再び歩き始めた。
最初は驚き、ふとすれば卒倒したい気分に駆られるが、リリスティにとって、このような数字合わせはもはや慣れた物であった。

その日も、帝都はずっと雨だった。しつこく覆い被さる灰色の雨雲は、いつまでも雨を降らし続けていた。
まるで、皇帝オールフェスの心境を代弁しているかのように。
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